振り返るもの、向き合うべきもの ◆nig7QPL25k
路地裏に看板を立てている、歓楽街のとある雑貨屋。
街の明かりから隠れるように、ひっそりと建つ店を見つけるのには、随分と時間がかかってしまった。
扉をくぐった店内もまた、照明が弱く薄暗い。
棚には異国の怪しげな物品や、何のためにあるのか分からない謎めいた物体まで、様々な物が雑多に置かれている。
おおよそまともな場所ではない。それがひと目で理解できた。
「伊達男からのもらいモンだ」
ごとり、と鈍い音を立てたのは、黒光りする拳銃だ。
イタリア軍から横流しされた、ベレッタM92。
それが口元を包帯のような布で覆った、目つきの悪い店主によって、カウンターに置かれた物だった。
それこそが、わざわざこんな所まで来て、羽佐間カノンが手に入れようとした物だ。
「ありがとう」
懐から代金を取り出し、受け取る。
決して楽に稼げた金ではなかった。高校生を演じるカノンにとっては、普通ではとても手の出せないものだ。
「護身用にしちゃ、物騒な買い物だな」
「これでも元少年兵でな」
「人手の足りない国もあったもんだ」
普通女子は徴用されんだろう、と店主は言う。
フェストゥムに蹂躙され尽くした人類軍を考えれば、人手が足りないというのは、あながち間違った評ではない。
かつてカノン・メンフィスだった彼女は、そういう環境にいたのだ。
「それで、どうする。本当に戦争でも始めるつもりか?」
「そうかもしれん」
苦笑しながら、カノンが言った。
何しろこの身は本当に、聖杯戦争の参加者だ。
もちろん、店主の思い浮かべる戦争とは、随分と様子が異なるものだろうが。
「まぁ、それで何をしようと勝手だが、せいぜい喧嘩を売る相手は選ぶことだな」
「相手?」
「世の中には楯突いちゃならねぇ相手もいるってことだ。たとえば、この街の女王様とかな」
店主は言った。
この歓楽街には闇がある。自分のようなはみ出し者が、あちらこちらでうろついている。
そしてそれらを瞬く間に束ね、闇の支配者に成り上がった、一人の女がいるのだと。
「ミヤビって女には手を出さんことだ。ユグドラシルの闇を仕切る、影の女王様にはな」
ミヤビ。
その名前が、カノンの耳には、いやに印象深く響いていた。
◆
怪しい雑貨屋で買い物をしたのが、つい一時間前のことだ。
目的を達成したカノンは、ひとまず家に帰るため、歓楽街を後にしていた。
《親が知れば嘆くだろうな》
霊体化した我愛羅が言う。
夜歩きして拳銃を買ってきたと知れば、あの家で待つ両親は、どんな顔をするだろうなと。
《そうか……いや、そうなのかもな》
《分からないのか?》
《あれは本当の両親じゃない。いや……間違いなく、本当の両親ではあったんだがな》
純粋なアイルランド人が、日本の姓を名乗っているのは、不自然であると考えられたのか。
この街におけるカノンの姓は、羽佐間ではなくメンフィスだ。
故に彼女の家にいたのは、育ての親である羽佐間ではなく、産みの親の方だった。
《あの人達は、私が8歳の頃に死んだ。愛していたのは確かだが、ときどき、分からなくなることがある。
私の本当の両親は、本当にこんな人達だったか……と》
《親の振る舞いを忘れたのか》
《かもしれない。我ながら薄情な女だ》
天羽の言うことを否定できんなと、カノンは寂しげに笑う。
両親をフェストゥムに殺された時、彼女は心を捨て去った。
己の存在を否定し、敵と戦う機械となるべく、人の心を投げ捨てたのだ。
あるいはその時、両親のことを、いくらか忘れてしまったのかもしれない。
大事な名前をもらったことは、今も確かに覚えている。それでもところどころで記憶が抜け落ち、おぼろげになってしまっている。
愛しているのは本当なのに。その気持ちに偽りはないのに。
自分を否定していた頃に、失ってしまったものは多いのだと、改めて再確認させられた。
《俺には母親がいない。俺が産まれた時に命を落とした》
《そう……だったのか》
《母は俺を愛していた。それは分かるし感じてもいる。
だが、顔を合わせたことのない俺には、お前の感じているものを、理解することはできないのだろう》
お前の悩みは、親の顔というものを、知っているからこその特権だと。
シールダーのサーヴァントは、自らのマスターに向かって言う。
《……すまない。無神経だったな》
《気にしてはいない。そういう親子もいるのかと、そう思っただけだ》
《色々あるんだ。人と人の繋がりは》
人は一言では語れない。それぞれに違った背景があり、それ故に違った中身がある。
そうした者同士の関係性は、更に細かく分化される。故に親子の形とは、七十億人七十億色。
それは竜宮島に住み、様々な親子を見てきたからこそ、理解できたことだった。
羽佐間容子の娘となった、他ならぬ自分自身も含めて。
「……?」
そこまで考えたところで、ふと、カノンは気がついた。
こんな時間だというのに、少しばかり、人が多い。
それも何かが起きたのか、皆真剣な顔をして、何事かを話しているように見える。
この魔術都市ユグドラシルが、電子によって構成された、仮想の物語であるのなら。
日常から外れた事態には、何らかの意味が持たされているはずだ。
「すまない、何かあったのか?」
故にカノンは市民に近づき、迷わずそう問いかけた。
「ああ、橋の向こうのスーパーで、強盗事件が起きたんだとよ。
変な仮面を着けた奴が、金をごっそり持ってって、歓楽街の方に逃げたんだそうだ」
「俺は変なベルトを巻いてたとか聞いたぜ。どう変なのかは知らねぇけど」
変な仮面と変なベルト。
奇妙な装飾を身に着けた、深夜のスーパー襲撃犯。
取り立てて事件のなかった街で、異様極まりない犯罪が起きた。
それも聖杯戦争が始まった、この夜になってすぐのことだ。
《匂うな》
であれば、マスターが絡んでいる。
自我を持った何者かが、ユグドラシルで何かを起こし、それが噂になっている。
我愛羅にそう言われずとも、カノンには理解できていた。
《……戻るぞ、シールダー。今なら恐らくまだ間に合う》
市民に短く礼を言うと、カノンは来た道を引き返し、再び歓楽街へと向かう。
予想外のタイミングで、敵マスターの手がかりを見つけた。
不意打ち同然であったからこそ、準備は十全であるとは言いがたい。
(本当に、これを使うんだな)
懐に隠した拳銃が、いつになく重たいものに思えた。
エゴのために人と戦い、命を奪い合うことになる。
そのことについて、心の準備が、きちんとできていたとは言えない。
(それでも)
だとしても、立ち止まってはいられないのだ。
でなければ、天羽奏との会話で、固め直したあの覚悟が、全て嘘になってしまう。
いつかは戦わなければならない。であれば、飛び込むべきは今だ。
カノンは己が顔つきを引き締め、戦の火が待つ歓楽街へと、その両足を走らせた。
【B-5/一般住宅街・橋付近/一日目 深夜】
【羽佐間カノン@蒼穹のファフナーEXODUS】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]ベレッタM92(15/15)
[道具]外出用鞄、財布
[所持金]やや貧乏(学生の小遣い程度)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する
1.基本的にサーヴァントを狙う。マスターはあまり殺したくない
2.歓楽街に戻り、強盗を探す
[備考]
※雅緋が歓楽街の無法者を支配しているという話を聞きました
※『仮面とベルトをつけた強盗(=仮面ライダーベルデ)』の噂を聞きました
【シールダー(我愛羅)@NARUTO】
[状態]健康
[装備]『我が背負うは風なる影』
[道具]忍具一式
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを補佐し、優勝へ導く
1.基本的にサーヴァント狙い。マスターは悪人のみ狙う
2.歓楽街に戻り、強盗を探す
[備考]
※雅緋が歓楽街の無法者を支配しているという話を聞きました
※『仮面とベルトをつけた強盗(=仮面ライダーベルデ)』の噂を聞きました
最終更新:2015年09月14日 01:26