この手の刃は光れども ◆nig7QPL25k
行政地区と一言に言っても、用意されたスペースを、役所だけが埋め尽くしているわけではない。
勤務する人々に向けた集合住宅や、彼らが食事をするための飲食店など、多種多様な施設が点在している。
マリア・カデンツァヴナ・イヴの暮らすアパートもまた、そうした施設の一つだった。
『ロールス・ロイス社は19日に、これまでにない新たな発想の……』
「………」
風呂あがりのしっとりとした肌に、薄い部屋着を身に着けて。
ベッドの上に腰掛けながら、ぼんやりとした顔でテレビを見る。
魔術都市の娯楽としては、このテレビが最も文明的なものだ。
といっても、当然ユグドラシルの街には、ローカルのテレビ局など存在しない。
故にどことも知れない周辺国から受信した、この街には何ら関わりあいのないニュースを、こうやって見せられている。
ワイドショーで紹介されるスポットも、当然樹の下にあるものばかりだ。
これではそれこそバラエティしか、見る番組がないではないか。
(どうでもいいことか)
だが、突き詰めて言ってしまえば、そんなことは重要ではない。
リモコンをベッドに放り出すと、自身もごろりと横になる。
部屋の明かりはつきっぱなしだ。寝ようとしていたわけではなかった。
《間もなく本戦の始まる時間だが》
頭に念話が響いてくる。部屋の外で見張りをしている、キーパーのエデンが問いかけてくる。
現在の時刻は23時半。これがテレビ番組について、呑気に考えられない原因だった。
《とりあえず、私も1時までは起きてるわ。何もなかったらそのまま寝る。そしたらキーパーも休んでちょうだい》
《それは駄目だ。マスターが眠っている間に、襲撃があったらどうする》
《でも、貴方だって寝ないと体に毒よ?》
《サーヴァントに睡眠は必要ない。一晩寝なかった程度で、不調になることはないんだ》
何しろ幽霊だからなと、エデンは言った。
言われてみれば、既に死んでいる人間に対して、健康を説くのも野暮な話だ。
人間扱いしていないようで、少々心が痛んだが、そういうことならと了承すると、マリアはエデンとの念話を終える。
(いよいよか……)
とうとう本戦が始まるのだ。
最後の一人になるまで戦う、血塗られたバトルロイヤルが幕を開けるのだ。
ルールを鵜呑みにするならば、サーヴァントのみを対象にすれば、マスターが死ぬことはない。
しかし戦力差を考えれば、マスターを狙う方が正道だ。命懸けの戦いの中で、相手の生死を気にかける者など、恐らく誰もいないだろう。
(本当に、これでいいのかしら)
犠牲の数は確かに減る。
しかし人の命とは、足し引きで計算できるものではない。
地球を救うという理想を、この戦いに願うのは、本当に正しいことなのだろうか。
何度となく繰り返した自問を、再び胸中で問いかける。
「………」
少し、気分を入れ替えよう。
そう思って立ち上がり、部屋の窓を軽く開ける。
そしてミネラルウォーターを取り出すために、冷蔵庫のある調理場へと向かった。
考えてみれば、水道水を直飲みしないのも、随分と久しぶりなことのように思えた。
まだ日本で行動を起こしてから、それほど経っているわけでもないのに。
◆
「………」
夜風が服の裾を揺らす。
不可視の英霊・サーヴァントが、暗い街並みを見下ろしている。
オリオン星座の聖闘士――エデン。
彼はアパートの屋上に立ち、敵の襲撃に備えて、周囲を見渡し目を光らせていた。
(このユグドラシルの地に降り立ってから、妙な気配を感じている)
左手の手袋を見やり、思った。
紫の宝石があしらわれたそれは、本来不要になったはずのものだ。
その石の名は聖衣石(クロストーン)。
かつて暗黒神アプスの発した、闇の小宇宙に反発し、聖衣が変異した姿である。
しかしエデンの『巨人星座の青銅聖衣(オリオンクロス)』 は、このくらいの年の頃には、既に聖衣石化から解き放たれていたはずだ。
(障害となるものがある)
であれば、再び聖衣の力を、抑えつけている何かがある。
それがユグドラシルの地に流れる、魔力に感じた違和感だ。
戦闘自体には支障はないが、全く無視していいものではない。
いずれマスターにも相談し、探りを入れなければならないか。
「……?」
そこまで考えた、その時。
視界の中に、影が見えた。
建物と建物の間を飛び交う、赤い人影を視界に捉えた。
(只人の動きではない、か)
俊敏華麗な身のこなしは、明らかにNPCのものではない。
その上どうにもこちらへと、真っ直ぐ向かっているように見える。
《マスター、敵襲だ。すぐに応戦する》
時刻は0時を回ってすぐ。開幕に合わせてきたというのは、律儀と言うべきか何と言うか。
エデンは自らの霊体化を解くと、迫り来る影を迎えに出た。
「止まれ」
制止の声をかけながら、向かい合う相手を見定める。
金属の光沢を放つ、赤を基調とした装束の男だ。
額の真ん中に取り付けられた、丸鋸のような物体が、妙な存在感を醸し出している。
サーヴァントの気配は、感じられない。であれば、キャスターか何かの使い魔か。
「この先に何の用がある。答え次第では、引き返してもらうことになるぞ」
「………」
エデンの声にも答えない。赤い使い魔は全くの無言だ。
友好的な相手であるなら、ここで押し黙る理由はない。
であれば、やはり敵対者か。眉間に皺が刻まれる。空気がぴりぴりと張り詰める。
「!」
その時だ。
赤い男が懐から、煌めく銀色を取り出したのは。
あれは武器だ。鋭利な刃物だ。
額についているものと同じ、ぎざぎざとした丸鋸だ。
「――ッ!」
びゅんっ、と風を切る音が鳴る。
文字通り夜風を切り裂いて、二枚の刃が投擲される。
狙いはエデンだ。殺意の刃だ。
光は盛大な爆音を上げ、街の石畳を打ち砕き、周囲を粉塵の闇で満たす。
これが直撃したのであれば、いかな英霊サーヴァントとて、無傷というわけにはいかないだろう。
「――『巨人星座の青銅聖衣(オリオンクロス)』!」
もっとも、当たっていればの話だが。
闇を暴くのは雷光だ。眩い光が煙を引き裂き、夜の空へと跳び上がる。
星空の下に舞い踊るのは、パールのような光を放つ、白い戦闘甲冑だ。
聖闘士の鎧、青銅聖衣(ブロンズクロス)。それを解き放ち纏ったエデンが、眼下の敵を睨み据える。
「ヒーラ・マスティーア!」
雷撃が赤い男を襲った。
エデンの左手から放たれたのは、眩い稲妻の光だ。
牽制の放電攻撃を放ち、自らは自由落下で敵に迫る。
10m、5m、そしてゼロ距離。音速の拳の射程内。
「ふんっ!」
繰り出す拳が、敵を捉えた。
神話のオリオンの棍棒の如く、肥大化した左腕のアーマーが、ターゲットに叩きこまれたのだ。
よろめく敵に追撃を放つ。素早く右の拳を繰り出す。
命中。そして再び追撃。
しかし次なる左手は、さすがに防御に阻まれてしまった。
「フォルゴーレ……ルネッサンス!」
それでもそのままでは終わらない。
小宇宙を左手に集中し、雷光と変えて爆裂させる。
防御の上から放たれた光は、防御ごと赤い男を吹き飛ばす。
石畳を蹴り、前へ進んだ。崩れた姿勢の隙を突かんと、迷わず懐へ飛び込んだ。
「!!」
吹き飛びながらも赤い男は、鋸をこちらへ投げつけてくる。
このままでは正面衝突だ。加速のついた状態では回避できない。
「トニトルイ・サルターレッ!」
ならば取るべき手は迎撃だ。
電撃の弾丸を両手に生じ、同じく標的へ投げ放つ。
鋼と雷は軌跡を描き、闇の只中で激突を果たした。
爆音。スパーク。奪われる五感。
「でぇぇやッ!」
光の晴れた虚空の中で、拳と拳が打ち合っていた。
建物の壁を蹴った使い魔が、真っ向から飛び込んできていたのだ。
お互いの拳を、振り払う。スピードに従い交錯し、地に降りて再び標的へ向かう。
イーブンになった条件下で、脚と拳がぶつかり合った。幾合も繰り返させる衝突が、火花で暗い夜道を照らした。
(強い……)
ただの使い魔にしては強敵だ。
応酬を途切れさせることなく、オリオン座の聖闘士は思考する。
恐らく敵の実力は、サーヴァントと同等と言えるだろう。
違うのは宝具がないことくらいか。使い魔にしては、破格と言っていい性能だった。
(ならば機を見て、大技で――、ッ!?)
しかし、その時轟音が迫る。
背後から迫り来る爆音に、咄嗟に振り返った瞬間。
「ぐぁあっ!?」
ぶぉん――と轟くエンジン音に、正面から迫られ吹き飛ばされた。
痛む体に鞭を打ち、なんとか地面に踏みとどまる。
現れたのは青い影だ。赤い使い魔の攻撃ではない。新たな敵影が現れたのだ。
がちゃがちゃと身を変形させるのは、タイヤやマフラーの意匠を有した、車のようなロボットだった。
やはり、サーヴァントの気配はない。赤い奴と同様に、何者かの使い魔であるらしい。
(厄介だな)
実力まで同等であるとするなら、サーヴァント二騎を相手取ると同義か。
赤と青を視界に収めながら、エデンは身を起こし思考する。
こうなると宝具による一掃が、いよいよ現実味を帯びてきたか。
しかしあれは魔力消費が激しい。マスターの承認なしに、容易く放っていいものではあるまい。
「ムン――ッ!」
エデンの判断より早く、敵の使い魔が行動を起こした。
それぞれに攻撃態勢を取り、こちらに向かって飛びかかってきた。
やむを得ない。ここは迷わず使うべきだ。
己が奥義を放つべく、小宇宙を練り上げ始めた瞬間。
「Granzizel bilfen gungnir zizzl――」
戦場に、響き渡る歌があった。
◆
奇跡は鎧の形をなす。
調べは呪文の言葉となって、神話の神秘を呼び覚ます。
振りかざす手に掲げるものは、遠き神代の時代の槍。
己が正義をなさんがためにと、悪を貫くと誓った意志。
「はぁああああッ!」
裂帛の気合を穂先に込めて、轟音と共に振り下ろした。
金と黒に輝く槍は、赤い鋸男の体を、真っ二つに叩き割った。
ばちばちとスパークの音が鳴る。断面から覗く金属が、危険な光を放ち始める。
「なっ……!?」
驚愕にエデンが瞠目した瞬間、赤い人影は爆裂した。
真紅の爆炎を炸裂させて、瞬きの間に四散した。
炎と風を受けはためくものは、闇に溶け込むような漆黒のマント。
桃色の髪をなびかせるのは、マリア・カデンツァヴナ・イヴだ。
「マスター! 何故出てきた!?」
「言ったでしょうッ! 任せっきりは性分でないとッ!」
エデンの元に駆け寄ると、庇うように槍を構える。
背後でたなびき蠢くマント――中・近距離用の防護兵装が、大きく広がり道を塞ぐ。
「フンッ!」
残された青い影が生じたものは、真っ赤に燃える炎のリングだ。
それを赤い影がしたように、こちら目掛けて投げつけてくる。
上等だ。敵はサーヴァントではない。ただの使い魔であるのなら、どうにか凌ぎ切ってみせる。
「このッ、胸に宿った、信念の火は――ッ!」
呪文の歌を歌い奏でた。
音楽に合わせて言葉を紡いだ。
シンフォギアとは音の鎧だ。装束が奏でる戦の調べに、祝詞の歌を乗せることで、初めて真価を発揮するのだ。
マントを前面に誘導し、迫る火の玉を受け止める。
「誰もぉッ、消すことは、できやしないッ!」
痛烈な衝撃に歌声が揺らいだ。
押し飛ばされそうになるのを、槍を地に刺して踏みとどまった。
「永劫のブレイズッ!」
力任せにマントを開き、焼けつくリングを左右に引き裂く。
予想以上の威力だったが、何とか防ぎきることはできた。
石畳から槍を引き抜くと、マリアは再び構え直し、油断なく敵の姿を睨む。
「フガァアアアアアッ!」
その時、横合いから雄叫びが響いた。
咄嗟にそちらの方を向き、そして驚愕に目を見開いた。
あれは何だ。あの巨人は。これまでに出てきた連中の、軽く倍はある巨体ではないか。
透き通るような全身は、まるで氷の細工のようだ。であればあの使い魔は、山奥から降りてきた雪男か。
「ふんっ!」
背後から声と雷鳴が響く。
エデンの投げ放った雷球が、新たに姿を現した、3体目の使い魔に直撃する。
「奴は僕が相手をする!」
「キーパーッ!」
「無理だと思ったら、すぐに後方に下がるんだ。いいな!」
そう言うと、エデンはマントを飛び越え、雪男へと殺到した。
両肩から伸びる装飾の布が、闇夜にばたばたとはためいて、見る見るうちに遠ざかった。
無理だと思ったらということは、今は構わないということか。
ならば青いのは任せてもらう。受け入れられたというのなら、その役割を果たしてみせる。
「闇に惑う夜にはッ! 歌を灯そうかッ!」
襲い来る敵へと槍を放った。
アームドギアを投擲し、空中で姿勢を崩させた。
マントを纏って自ら飛び込む。転がり落ちた槍を拾い、すぐさま追撃態勢に移る。
「力よ宿れ――ッ!」
槍と腕とがぶつかり合った。鋼と鋼の激突が、火花となって目の前を散らした。
大槍を強引に引き戻し、次の攻撃に備える。
敵の攻撃に槍をぶつけて、反発と同時に構え直す。
突き出した一撃をかわされた。がら空きの胴に鉄拳が迫った。
反射的にマントを回す。なんとか直撃は避けられたものの、勢いは殺しきれずに地を滑る。
(ギアがいつもよりも重い……ッ!)
踏みとどまったその場所で、ぜいぜいと肩で息をした。
もとよりマリア・カデンツァヴナ・イヴは、シンフォギアを纏える人間ではない。
低すぎる適合率を薬で補い、どうにか戦えている状態だ。
だがそれにしても、普段であれば、もっと自由に戦えたはずだ。
これは一体どうしたことだ。制御薬LiNKERの効力が、思ったよりも薄れているのか。
「ぐぅっ!」
その時、エデンの声が聞こえた。
見れば両足が氷に包まれ、地面に固定されている。
不可解な現象の正体は、氷の巨人の放つ凍気だ。見た目通りに氷を操り、敵を凍てつかせる使い魔だというのか。
あのままでは追撃を受ける。
「キーパーッ!」
あの巨体にまともにぶつかられては、彼もただでは済まないはずだ。
そうはさせない。お互いギリギリだというのなら、さっさと終わらせてやる。
「覚悟をッ、今構えたらッ!」
槍を構えて穂先を拡げる。
変形されたアームドギアが、エネルギーの奔流を生み出す。
歌女の放つ必殺技――超火力の砲撃・HORIZON†SPEARだ。
渦巻く暴力的な熱量は、立ちはだかる敵を撃ち貫かんと、一直線に解き放たれた。
「誇り、と――ぉおおおッ!?」
されど、上がるのは歌ではなく、悲鳴。
紡ぎ上げられたリズムが狂い、マリアの顔が驚愕に染まる。
何だこれは。どうしたというのだ。
いつも通りに放ったはずだ。QUEENS of MUSICのステージにおいても、適切に使えた技だったはずだ。
それがどうしてこうなっている。
こんな結果を招いている。
放たれるHORIZON†SPEARの威力は――ここまで強大ではなかったはずだ!
「ウガァッ!?」
光線が使い魔を捉える。腹へと一直線に命中する。
膨大なまでの破壊力は、マリアの倍以上の巨体を、紙くずのように吹き飛ばす。
しかしそれだけではとどまらなかった。あまりにも大きすぎる力は、敵を倒すだけでは収まらなかった。
「ぐっ……ぅあああああああああああ――ッ!!」
悲痛な叫びがマリアから上がる。
破壊係数に振り回されて、体をよじって倒れ伏す。
紫色の光線は、槍の動きに従って、並ぶ建物を薙ぎ払った。
眩い暴力は阻む全てを、焼き尽くし粉微塵に吹き飛ばした。
「マスター!」
エデンの叫びが聞こえた気がした。それすらも明瞭には聞き取れない。
目の前で巻き起こる炎の熱が、マリアの意識をぼやけさせる。
力の抜けた虚脱感と、無理やり身を動かした痛み。
思考することもままならぬまま、マリアは立ち上がることもかなわず、無様に地に這いつくばっていた。
◆
製作者(クリエイター)アルバート・W・ワイリーは、A級の製作スキルの持ち主だ。
小型の監視用ロボットを作り出し、戦況を映像中継させるなど、彼には朝飯前である。
無論彼の放った戦闘ロボと、キーパーのサーヴァントの戦闘も、そうして筒抜けになっていた。
もっとも、訪れた結末は、ワイリーにもそのマスターにも、少々予想外なものだったが。
「あれは、本当に人間か?」
目を丸くしながら、ワイリーが言う。
無論、身体能力だけならば、ここまで驚くことはない。
実際、ロボット以上に動ける者は、自分のすぐ隣に座っている。
問題はマリア・カデンツァヴナ・イヴが、纏い戦った装束の力だ。
生身の人間がビームを放ち、市街地を焼き尽くすなど、ワイリーにとっては前代未聞だ。
英霊ならば分からないでもないが、何しろ現代人である。
恐らくは魔術も使うことなく、あれほどの力を発揮する者が、今の世にいたとは信じられない。
「無論、人間だ。私がこの目で確かめておる」
そのワイリーの言葉を否定するのが、軍司令官キング・ブラッドレイだ。
元々彼女の元にナンバーズを差し向け、偵察するよう進言したは、直接マリアと会った彼である。
昼間にも気配や呼吸など、五感で感じられる全ての情報が、人間のものであったと確認は取っている。
故に得体の知れない力を使おうと、彼女は間違いなく人類なのだ。
あのような奇っ怪な力が、この舞台に存在していたことには、彼も少々驚かされたが。
「まぁそれなら認めるしかないがな……」
「だが、彼女とて自分の持つ力を、完全に制御できてはおらんらしい」
であるなら恐れるには値しないと、キング・ブラッドレイは断言した。
あの程度の腕前であるなら、攻撃を避けるのは容易だ。
サーヴァント戦のセオリー通り、直接相対することがあれば、マスター同士で決着をつければいい。
そうするに値する気概が、あの娘にあればの話だが。
「あれだけ派手にやったからには、じき他のマスターも動くだろう。ナンバーズの修理、くれぐれも頼んだぞ」
「フン! 言われんでも分かっておるわい」
ブラッドレイの言葉にそう返すと、ワイリーはロボット達へと帰還を指示した。
弱点属性を突かれたメタルマンは、既に修復不可能だ。
最初から手駒を一体失ったのは、少々どころではない痛手だったが、幸い他二体は健在である。
ターボマンもフロストマンも、今から修理に取りかかれば、すぐに調子を取り戻すはずだ。
忙しくなるぞとつぶやきながら、クリエイターのサーヴァントは、自らの工房へと向かった。
【G-4/特級住宅街・ブラッドレイ邸/1日目 深夜】
【憤怒のラース(キング・ブラッドレイ)@鋼の錬金術師】
[状態] 健康
[令呪]残り三画
[装備] 刀×4
[道具] なし
[所持金] 裕福
[思考・状況]
基本行動方針:ホムンクルスとして、人間と心行くまで戦う
1.ターボマンとフロストマンの修復を待つ
2.ひとまず今夜は睡眠を取り、起床後改めて、今後の方針を考える
[備考]
※G-4にある豪邸に暮らしています
※マリア・カデンツァヴナ・イヴがマスターであると知りました
【クリエイター(アルバート・W・ワイリー)@ロックマンシリーズ】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:世界征服のために聖杯を狙う
1.ターボマンとフロストマンを修復する
2.マリア・カデンツァヴナ・イヴの戦闘能力に興味
[備考]
※マリア・カデンツァヴナ・イヴがマスターであると知りました
【『DWN(ドクター・ワイリー・ナンバーズ)』 】
【DWN.056 ターボマン@ロックマン7】体力90%・現在地H-6
【DWN.062 フロストマン@ロックマン8】体力60%・現在地H-6
【DWN.009 メタルマン@ロックマン2 大破】
◆
特級住宅街と行政地区を結ぶ、橋のすぐ下にある陰。
目の前に水路が流れるその場所で、シンフォギアを解除したマリアは、息を切らせながら座り込んでいた。
遠くで聞こえるサイレンの音は、戦場に駆けつけた消防車だろうか。
誰もが魔術師でないからには、そういうものも必要になるのだろう。
「水だマスター。タオルもある」
傍らに現れたエデンが、彼女にペットボトルを差し出した。
それを引ったくるように受け取ると、焦る手つきで蓋を開いて、思いっきり中の水を飲んだ。
口からこぼれるのもお構いなしに、みっともなく水分を貪る。
ややあって口からボトルを離すと、エデンが持っていたタオルを受け取り、顔周りに浮かんだ汗を拭いた。
「しばらく家には戻れないだろう。財布と着替えを取ってきた。それと、これは戦いの跡地で拾ったものだ」
取っておいてくれ、と言いながら、エデンが持ってきたものを一通り渡す。
着替えの入った鞄と、財布。それから赤い機械のチップだ。
少し落ち着いたマリアは、まず鞄を受け取って、中に入ったものを確かめる。
「……下着がないわ」
「っと……すまない。うっかりしていた」
「いいのよ。お金があれば、店で買えるから」
財布を回収してくれたから、足りないものは購入が可能だ。
欲を言うなら、通帳もセットで欲しかったが、それは夜が明けてから頼めばいい。
「職場にも出られないとなると、周りから怪しまれそうね……」
「大丈夫か」
エデンの問いかけに、無言で頷く。
シンフォギアのバックファイアは、既に落ち着いている。問題があるとするならば、せいぜい体力の消耗くらいだ。
「あの時のガングニールは、明らかに異常を来たしていた……」
待機形態のペンダントへ戻った、己がシンフォギアを見ながら、言う。
ギアを重たく感じたのは、自分が弱っていたからではない。
自分の身に余るほどに、ギアが強くなっていたからだ。
シンフォギアシステムには、装者の肉体を保護すべく、301655722種類ものロックが存在している。
その中のいくらかのリミッターが外れ、マリアに制御できないほどの力が、溢れ出してしまっていたのだろう。
そんなことは、装者自身の意志ですら、実行することは困難だというのに。
「そうか……すまないな、もっと早くに気付くべきだった」
「気付く、って何を?」
「マスターの持つガングニールは、元は世界樹ユグドラシルの枝から作られた槍だった……それは知っているか?」
「ええ、まぁ……ということは、まさか……」
「そう。仮にこの街を支える世界樹が、ユグドラシルを元に作られたものだったとしたら……何らかの形で共鳴しても、不思議ではないということだ」
たとえば、世界樹の中で渦巻く魔力が、枝の魔力に干渉し、その力を高めるかもしれない。
あるいは、枝が幹へと戻ろうとして、より大きな反応を示すかもしれない。
「……そう……」
悪夢のような推論だった。
肌着姿のマリアは、膝をぎゅっと抱え込む。
そんな危険な状態なのか。この漆黒のガングニールは。
これでは技を放つことなど、恐ろしくてとてもできやしない。
いいや、普通に使うことすら、この先続けられるかどうか。
(結局私はどこへ行っても、何も貫けないというの……?)
状況は好転したはずだった。
自分一人が戦うだけで、世界は救われるはずだった。
けれどこの身の力は及ばず、出しゃばっていても引き下がっても、キーパーに迷惑をかけている。
剣にもフィーネの器にもなれない、半端者の力では、何も成し遂げることはできないというのか。
(セレナ……)
妹の声が聞きたかった。
優しく慰めてほしかった。
彼女のためになると信じて、戦い始めたというのに、その彼女を頼っている自分が、一層情けなく思えた。
◆
(今の話には続きがある)
失意のマリアを見下ろしながら、エデンは一人思考する。
世界樹ユグドラシルの神話は、人間の世界で語られている、表向きの物語だ。
しかし、聖闘士エデンの知る神話には、更に隠された真実がある。
大神宣言・グングニル――それは遠い北欧の大地・アスガルドに伝わる究極の神器。
邪悪な大樹ユグドラシルが、地上の小宇宙を吸い上げることで、それを養分に生み出す槍だ。
そしてそのユグドラシルには、更にこのような逸話もあった。
(アスガルドに広がる世界樹の根は、信徒たる戦士に力を授け、逆に異教徒の力を奪う……)
父・マルスが蜂起した数年前、アスガルドの神闘士と、死んだはずの黄金聖闘士が、戦いを繰り広げたことがあった。
その時世界樹ユグドラシルは、黄金聖闘士達の小宇宙を吸い上げ、弱体化させていたというのだ。
(この件は僕にとっても、無関係ではないのでは……?)
聖衣の力を抑え込み、聖衣石へと変異させた力。
この世界樹に漂う魔力は、あるいはアスガルドの神話と、何か関係があるのではないか。
左手の聖衣石を見やりながら、エデンはそれにつきまとう何かを、見定めようとしていた。
【H-6/行政地区・橋の下/1日目 深夜】
【マリア・カデンツァヴナ・イヴ@戦姫絶唱シンフォギアG】
[状態]ダメージ(小)、疲労(大)、魔力残量8割
[令呪]残り三画
[装備]ガングニール
[道具]アガートラーム、外出鞄(財布、着替えセット、タオル)、特殊武器チップ(メタルマン)
[所持金] 普通(現在は財布の中身のみ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、月の落下を止めたい
1.他のマスターにも居場所を悟られているかもしれない。しばらくの間、身を隠す
2.夜が明けたら、足りない生活用品を買い揃える。特に下着が欲しい
3.状況が落ち着いたら、エデンに通帳を取りに行ってもらう
4.ガングニールに振り回されている、弱い自分に自己嫌悪
[備考]
※H-6にあるアパートに暮らしています
※ガングニールのロックが外れ、平時より出力が増大していることに気付きました
【キーパー(エデン)@聖闘士星矢Ω】
[状態] ダメージ(小)
[装備] 『巨人星座の青銅聖衣(オリオンクロス)』
[道具] なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う
1.他のマスターにも居場所を悟られているかもしれない。しばらくの間、身を隠す
2.ユグドラシルの空気に違和感。何かからくりがあるのかもしれない
[備考]
※世界樹の大元になっている樹が、「アスガルドのユグドラシル」なのではないかと考えています
◆
轟々と燃え盛る炎が、魔術の都市を赤く照らす。
集まった野次馬たちは皆、一様に不安な表情を浮かべて、その光景を見上げていた。
世界樹の魔力は強大だ。それが守りになっているから、炎で焼け落ちることはない。
されど建物はそうはいかない。現に立ち並ぶ小さなビルは、炎と黒煙を上げている。
「間違いないんだな?」
そしてその地獄絵図の中で、冷静な者が二人だけいた。
明らかに堅気ではない雰囲気を漂わせる、厳つい顔をしたゴロツキ達だ。
「ああ。遠目にだがバッチリ見た。この辺りを飛び回る人影も、ビルを焼いた光もな」
「そうか。それなら決まりだな」
男達は踵を返して、群衆に背を向け立ち去っていく。
冷静な口調で話していたが、しかし二人の双眸は、どこか焦点が定まらず、ぼんやりとしているようにも見えた。
そして二人の両目には、微かに赤い彩りが宿り光っているようにも見えた。
「ああ、そうだとも」
「早く戻ってあの方に――ミヤビさんに報告しないとな」
[全体の備考]
※H-6にて、火災が発生しました。消防隊による消化活動が進んでいます。
※ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに洗脳されたマフィア二人が、H-6で起きた戦闘を目撃しました。
放置すると、雅緋の元へと報告に向かい、情報が伝わってしまいます。
最終更新:2015年10月26日 01:18