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「第一回定時放送」(2016/07/27 (水) 23:29:23) の最新版変更点
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*第一回定時放送
決められた枠組みの中に留まることに、人は窮屈さを覚える。
幼少の頃には学生として、成人を迎えれば組織人として、出世を重ねれば管理者として。
どのような立場に置かれても、人は相応の責務を課せられ、自由に振る舞うことを許されない。
真実、人が束縛を受けず、自由でいられる瞬間など、責務をこなす力のない、赤子か老人の時分くらいだろう。
しかし人には、その枠組みを、放棄する権利も与えられている。
学校に通うことを嫌うのならば、学校を辞めてしまえばいい。
仕事に縛られることを嫌うのならば、仕事を辞めてしまえばいい。
それでも人は、その選択を、滅多に選ぶことをしない。
何故ならば、人は枠組みの中に在る限り、責務の見返りとしての保障を、常に与えられているからだ。
学生であれば、将来の進学や就職について、ある程度の面倒を見てもらえる。
会社員であれば、生きていくための資金を、給料としてもらうことができる。
反対に、それらを失えば、人は生きていく上で、大きな不利益を被ることになる。
それを恐れているからこそ、人は社会の規範や枠を、飛び出すことができずにいるのだ。
なればこそ。
なればこそ、だ。
もしもその枠組みを、踏破してしまえる者がいるのなら――
◆
一通りの外回りを終えて、壁をすり抜け部屋へと入る。
ここに至るまでの間に、念話による呼び出しはなかった。ということはつまり、全てが万事、平穏に片付いたということなのだろう。
「………」
昼間からホテルのベッドで眠る、己がマスターの顔を見て、キーパー――オリオン座のエデンは安堵した。
思えばここに至るまでに、マリア・カデンツァヴナ・イヴが辿った道は、正しく激動の茨道だった。
開幕早々何者かに、仮の住居を特定されて、謎の使い魔の襲撃を受ける。
自らの頼みの綱だった、シンフォギアシステムに不具合が生じ、己が足場が揺らぎかける。
そしてそこへ立て続けに、ライダーとそのマスターが襲いかかり、絶体絶命の窮地を味わう。
これらに数時間のうちに見まわれ、ようやく寝床へありついたのだ。できることならこのままずっと、眠らせてやりたいとも思う。
(しかし)
だがそれでも、状況は未だ予断を許さず、マリアを苛み続けている。
恐らくは最初の襲撃者の主人が、軍や警察の関係者だったのだろう。
先ほどから周辺のあちらこちらに、彼女の名前と顔写真が載った、指名手配書が貼り付けられている。
その上遠目に見る限りでは、検問らしきものまでもが、準備を進められているように見えた。
このままここに長居していては、思うように逃げられなくなる。
なればこそ、早急な対応が必要だった。心苦しくも、平和な寝顔を、揺り起こすことになったとしてもだ。
「マスター、そろそろいいだろうか」
幸いと言うべきかは微妙なところだが、もうすぐ定時放送が始まる。
今回の聖杯戦争においては、人数が多すぎることもあってか、脱落者などの情報が、12時間ごとに告知されるようになっているのだ。
エデンが代理で聞いてもよかったが、これを聞くためということであれば、起こすきっかけとしても角が立たないだろう。
故に彼は、己がマスターを、目覚めさせることを選択した。
これから迫り来る過酷な運命を、くぐって切り抜けるためにも。
◆
――さーて、前置きはこのあたりにして、いよいよ本題のスタートだ!
既に開戦から12時間! といってもここまでの半日は、俺的には序盤も序盤って考えでいた。
だけどこの街のあちらこちらで、ホットなバトルが見られたっていうのは、やる気たっぷりって感じで嬉しいねぇ。
ユグドラシルを騒がせる、超人サーヴァント同士の激戦、激戦! どれもこれも見応えバツグン、まさに群雄割拠ってやつだ!
そしてそいつを証明するように、ここまでの12時間で遂に、初めての脱落者が登場した!
エクストラクラスのサーヴァント・メンターと、そのマスター・ルイズ・フランソワーズ!
当人達にしちゃ残念だったが、彼女はサーヴァントを失って、敢えなくリタイアしてしまった。
ゲームの駒がなくなった以上、出場権は取り消しだ。今はもうこのユグドラシルには、彼女の姿はないはずだぜ。
もっとも、こいつは聖杯戦争を戦う、ハリキリボーイズ・アンド・ガールズにとっては、嬉しい知らせかもしれないな?
何にせよ、ここまではいいペースだぜ! この調子でボルテージを高めて、聖杯をゲットするその瞬間まで、頑張って戦い抜いてくれ!
さてと、ここからはインフォメーションだ。
今度は良いニュースかもしれないし、悪いニュースかもしれない。
残念なことに俺達からすりゃ、バッドなニュースになっちまうんだけどねぇ。
実は今回出揃った、23人のマスターの中には、何の因果か偶然か、インチキで生き残っちまった奴がいた!
ホントはいちゃあいけないはずの、バグで現れたサーヴァントと、うっかり契約しちまったんだそうだ!
こいつがなかなかの曲者でな。学術地区の学校で、とんでもない大騒ぎを起こして、サーバーに大きな負荷をかけちまってる。
おまけにこいつ一人のおかげで、聖杯とサーヴァントのリンクに不具合が生じて、情報伝達が困難になっちまった!
宝具や真名が明らかになっても、相手がどんな奴か分からないし、そいつを調べる方法もない――ホントだったらこんなこと、起こるはずもなかったんだけどねぇ。
とにかくも、きちんと聖杯と繋がってない以上、こっちとしても強引に、そいつを消しちまうこともできない。
だから本当に申し訳ないが、ここでエクストラ・ミッションだ!
会場の不具合を解決するため、この勝手放題やってるサーヴァントを、優先して退治してほしい!
もちろんただお願いするだけじゃ、やる気も湧いてこないだろうからな。お楽しみのポイントと、ボーナスも用意させてもらうぜ。
ルールは簡単、早い者勝ちだ! こっちが与えたヒントを元に、目的のサーヴァントを探し出して、素早くぶっ飛ばしてやってくれ!
そうすればこのDJサガラが、素敵な特典をプレゼントする! どうだい、簡単だろ? ワクワクしてきただろ?
どうやら相手のサーヴァントは、珍しく霊体化が使えないらしい。
だから見つけたらその時がチャンスだ! 絶対にどこにも逃さずに、一気呵成にフィニッシュしてくれ!
みんなが探すサーヴァントは、ゴールデンな鎧を纏った、アーチャークラスのサーヴァントだ!
ミッションも、もちろん通常のバトルも、きっちり楽しみにさせてもらうぜ!
それじゃ、今回はここまでだ! DJサガラのユグドラシル・ホットライン! 次回も無事にチェックしてくれ!
◆
ある者は仮初の自宅にて。ある者は与えられた勤め先で。
ある者は戦場から逃れながら。ある者は戦場の只中にいながら。
その時、生き残った22組の、全てのマスターとサーヴァントとが、同時に放送を耳にしていた。
受け止め方は人それぞれだが、それでも単純な情報だけは、平等に届けられていた。
「すぐさまサジタリアスの元へ、乃木園子を向かわせよ」
そしてそれは、ユグドラシル市長――ルーラーのサーヴァント・アンドレアスもまた、同じように耳にしていた。
収録された定時放送が、流れ終わったのを確かめた後に、目の前のサガラへと告げる。
彼に割り当てたバーサーカーを、件のアーチャーの元へと派遣せよと。
「要するに、特典なんてのはハナから嘘で、俺にバーサーカーを使って、アーチャーにとどめを刺させろと?」
「無論、それがかなわなかった場合は、倒したマスターへと便宜を図る。お前と乃木園子に求めるのは、ミッションとやらの円滑な進行だ」
「なるほどね……情けをかける奴が出ないように、上手いこと引っ掻き回せってことか」
サガラの解釈に、アンドレアスが頷く。
要するに、彼が求めるのはこういうことだ。
鹿目まどかの実態を知れば、中には彼女らの境遇に、同情を覚える者がいるかもしれない。
そうして、射手座の星矢に同調して、同盟関係を結ぶことにでもなれば、排除は更に困難になるはずだ。
そうならないよう、場をかき乱して、星矢を倒すべき悪者に仕立てる。
不意打ちなり何なりをしたように見せかけ、奴は討伐対象になるような悪党なのだと、取り込まれかかった者に刷り込ませるのだ。
「恐らく奴めとの戦いとなれば、犠牲が出ることもあるだろう。であれば聖杯戦争は、終結に向けてまた加速する」
「了解だ。余裕があれば、集まった連中も、それなりに間引いておくことにするよ」
そう言うと、サガラはくるりと踵を返し、手をひらひらと振りながら、市長室を後にした。
とはいえ、システムの管理側に立ち、制約の壁を超えたサガラにとって、人並みの振る舞いをすることに、さしたる意味も必要性もない。
行政府の人間に見つかる前に、霞のごとく姿を消し、周りの風景へと溶けこむ。
(どっちのやり方にしたって、俺の趣味ってわけじゃないんだけどな)
肩を竦めながら思い返すのは、先のアンドレアスのオーダーだ。
特定のアーチャーを排除するために、他のマスター達を差し向けよ。
アーチャーの協力者が出ないように、戦況を掻き回し分断せよ。
どちらにしても、特定の誰かに、意図的なペナルティを与えることで、不利な状況を作るやり口だ。
誰かを贔屓することで、ゲームの加速を狙うことならある。結果的にそのことで、不利になる人間も出てくる。
しかしこのやり方の場合は、有利になる人間は出てこない。誰かだけが一方的に、不利益を被ることになる。
五十歩百歩の話だろうがと、ツッコミを受けることになるかもしれないが、少なくとも、嫌いな手ではあった。
(まぁ仕方ない。今は奴の顔を立てておくさ)
それでも、ここで歯向かったところで、サガラに利益がないのも確かだ。
元々そういう類の利など、求める柄でもなかったのだが、議論が紛糾することで、ゲームが停滞することはよくない。
預かり知らない埒外の事態に、一方的に邪魔されることほど、プレイヤーを苛立たせることもあるまい。
どうせ損な役回りも、ゲームが終わればそれまでなのだ。
そうやって自分に言い聞かせながら、サガラはバーサーカーへと念話を送った。
◆
暗黒の中に、光が瞬く。
されど光明は必ずしも、希望と結び付けられるものではない。
天の威光と同じように、地獄で燃え盛る業火もまた、光っていることに変わりはないのだ。
不気味に明滅するランプは、張り巡らされた鋼鉄の血肉を、禍々しくてらてらと照らし上げていた。
「奴めの接触したサーヴァント……異様な気を放つ者ではあったが、よもやこのような結果になるとは」
未だ戦いをマスターに任せ、自身は沈黙を保つサーヴァント・パスダー。
彼は放送で告げられた、黄金のサーヴァントについて、事前に情報を握る者の一人だった。
元々がゾンダーの主である。ゾンダーの存在するところ、すなわち東郷美森のいるところを、監視できない道理などないのだ。
「我が身に力が満たされれば、奴らの施しなど無用ではあるが、心弱き者にとってはそうもいかぬ」
『Extra-Intelligence-01(パスダー)』自身の肉体は、宝具として正確に機能すれば、間違いなく全サーヴァントの中でも最強だ。
しかしその力を解き放つには、今少しばかりの時間がかかる。
そしてそれまでの間に、自身のマスターである小日向未来に、情けなく死なれるわけにもいかない。
であれば、エクストラ・ミッションとやらの特典も、獲得を目指さない道理はなかった。
何とも情けない話ではあったが、これも自らの生命線を、有利な状況へ導いて、生きながらえてもらうためだ。
「最善の結果とまではいかなかったが、既に策も整っている」
もちろん、あの絶大な魔力を有したアーチャーに、その気配に釣られてやって来た、他のサーヴァント達の存在もある。
想定される大乱戦は、シンフォギアとゾンダー人間だけでは、到底切り抜けることは不可能だろう。
東郷とそのサーヴァントを利用したとしても、彼女らが未来の生命を、確実に守り抜けるという保証はない。
なればこそ、別の手が必要だった。
同盟関係などでなく、数頼りの雑兵などでもなく、着実に任務を遂行しうる、強力な手駒が必要だった。
故にパスダーは、それを用意した。
その策がルールに抵触しかねない、危険な賭けであることも理解している。しかしそれを恐れる心は、ゾンダーには存在しなかった。
「やはり完全に掌握せねば、これが限度ではあったが――」
彼が根を張る世界樹の魔力は、すなわち聖杯そのものの魔力だ。
ムーンセルが形成した、このフィールドに干渉することは、言うなればムーンセルそのものの一端に、干渉することを意味する。
完全覚醒には未だ遠い。それでも世界樹に巡らされた魔力の、その一部を汲み取ることは容易い。
なればこそ、できることもある。
試行するだけの価値があり、そして限定的とはいえ、得られた成果も存在する。
ここからは誰にも明かしていない、トップシークレットの領域だ。
他のマスターも、未来自身も、これの存在には気付いていない。
彼女が遅刻した学校から、休校を受けとんぼ返りし、ここにたどり着くまでには、今しばらくの時間を要する。
なればこそ、カードは今のうちに切るべきだろう。
最強のサーヴァント・パスダーが、その手に掴んだ大いなる力を、今こそ世に解き放つ時だ。
「目覚めよ――機界四天王よ」
奇機怪械と蠢くものは、暗がりよりもなお深き闇。
漆黒そのものと形容すべき、四つの風が巻き起こり、瘴気となって形を示す。
空間から何者かのシルエットを、そっくりそのまま切り抜いたような、異様な黒点がそこにはあった。
機械の広間に等間隔に、パスダーを囲みながら見上げるように、姿を現す異形があった。
「ポロネズならここにおります、パスダー様」
最初に口を開いた声は、低く落ち着いた男のそれだ。
ぽうっ――とけたたましく鳴り響くのは、蒸気機関車の嘶きか。
まるで醜い芋虫を、何十倍にも巨大化したようなそれは、臭覚のように伸びた器官から、勢いよく蒸気を噴き出していた。
されど、異様なそのシルエットにも、人間の手足が生えている。
その芋虫を己が頭部として、そのまま載せたような形をしながらも、下で支える胴体は、間違いなく人間のそれだった。
「プリマーダ、もう待ちくたびれましたわ」
続けて響き渡った声は、妖艶な女性のものだった。
回る、回る、くるくると舞う。
全身に円形の意匠を纏う、グラマラスな曲線の肢体が、その身を見せびらかすように踊る。
ひときわ大きく太いリングが、腰まわりを巡るそのシルエットは、さながらバレリーナのそれか。
美しくそして艶やかに、それは存在を示していたが、しかし絢爛なその見せかけが、毒へ誘う誘蛾灯であることは、誰の目にも明白であった。
「ピッツァ、ただ今到着」
その次に空気を揺らした声は、若く鋭い青年のものだ。
鳥か、飛行機か、否これも人だ。
羽毛のように広がったのは、恐らくは羽織った外套であろう。そうした印象を強固にするのは、猛禽のような頭部の形だ。
鷹のように尊大な自信と、烏のように狡猾な野心。
それらを孕んだ声色が、己を射落とすものなどいないと、そう暗示させているかのように、影は静かに現れ佇む。
「このペンチノン、すぐにでも出港可能です」
最後に発せられた声は、もはや人間のそれではなかった。
調子の外れたノイズのように、感情無き合成音声のように。
これまでのどの声とも違った、怖気を孕んだその声は、地響きと共に姿を現した。
そのシルエットもまた、人ではない。何かのようだと言うまでもなく、船のものだと言う他ない。
おおよそ人間に倍する程度の、船のような巨大な異形から、両足とマシーンアームが伸び、がちんと音と火花を散らした。
「マスターと同盟を組んだ者が、先刻遭遇したサーヴァント……それが監督役によって、優先する討伐対象に指定された」
「それは愉快な話ですわ。獲物の匂いに引き寄せられて、舌なめずりをする者達は、さぞ楽しく踊ってくれることでしょう」
「なればこそ、目覚めたばかりの我々が、呼び集められた理由ともなるわけか」
くつくつと笑う女の声に、不敵な鳥頭の男の声。
理性のあるように振る舞っていても、それはあくまでも見せかけに過ぎない。
これなるは機界四天王。
かつて在りし日のパスダーが、星々の生命の在り方を歪め、手駒とした最強の四人衆。
観測された記録こそあれど、その形を失った魂が、英霊の座に留まることは、絶対にありえない存在である。
ありえならざる者達を、ありえならざる方法で、この世に蘇らせたとあれば、それは形だけのフェイクということ。
英霊召喚のプロセスを経ながら、実現性、ないし出力に不都合を生じ、不完全な影としてしか生み出されなかった、サーヴァント手前の失格者達。
影、あるいは幻とあれば、その存在を表す呼び名は――『シャドウサーヴァント』とするのが相応しいか。
「まともに取り合えば敗北は必至。されど並のゾンダーを超えた、お前達の力あればこそ、達成しうる目標もある」
「かしこまりました。我ら機界四天王、この身この力を尽くして、必ずや成果を持ち帰りましょう」
「戦況が大きく乱れれば、孤立したアーチャーのマスターを、仕留めることも容易いこと……ウィィィィ!」
慇懃な芋虫男の声と、奇天烈な笑いを上げる巨人の声。
シャドウサーヴァントに自我はない。これまでのパスダーとのやり取りにも、その実意味は全くない。
人間の思考回路をロールしながらも、彼らの本質はただ単純に、主の命令を実行する人形。
されども、サーヴァントの機能と証がなくとも、サーヴァントに届きうる力を持つ彼らは、地獄の戦線を切り抜けることができる。
孤立したマスターに狙いを絞り、直接交戦を避けさえすれば、一点突破の暗殺も、達成することが可能だ。
それはパスダーの思惑を、誰よりも正確に反映する、彼らなればこそのミッションでもあった。
「すぐさま準備を整えよ。来たるべき戦いの成果を、我が元へと持ち帰るのだ」
「は――!」
容姿も声音もばらばらであったが、返答を発するタイミングまでは、不気味なまでに一致していた。
そして四つの影全てが、完璧すぎるタイミングで、一斉に同時に姿をかき消す。
当然だ。自我のない人形同士であるなら、衝突する個性など持つはずもない。
彼らは完璧な統率のもとに、黄金のサーヴァントのマスターを追い詰め、その命を確実に奪い去るだろう。
後は準備が整うまで、ゆるりと待ち続ければいいだけのこと。
マスターを、同盟を結んだ相手を。そして聖杯の力ですらも。
全てを矢面に立たせて、遠い安全圏から糸だけを伸ばし、我が意のままにと操りながら。
暗く冷たい深淵の中で、自らの完全覚醒の時を、パスダーは悠然と待ち続けていた。
【聖杯戦争異伝・世界樹戦線――――――残り22組】
※全マスターおよびサーヴァントに、念話にて定時放送が行われました
※アーチャー・星矢の討伐令が発令されました。
星矢を討伐したマスターには、監督役から特典が贈られることになります。
またアンドレアス・リーセおよびサガラは、星矢を討伐することで、英霊の情報が公開されると踏んでいます。
全マスターおよびサーヴァントには、星矢について、
「金色の鎧を着たアーチャー」「学術地区に出現している」「霊体化を行うことができない」という情報が与えられています。
※市内各所における検問の準備と、マリア・カデンツァヴナ・イヴの指名手配が完了しました。
※中学校での戦闘を受け、学術地区の各学校が、休校体制を取りつつあります。
少なくとも午後1時までの間に、全ての学校が休校となる予定です。
※E-8のホテルに、マリア・カデンツァヴナ・イヴが宿泊しています。
※パスダーがシャドウサーヴァント「ピッツァ」「ポロネズ」「プリマーダ」「ペンチノン」を召喚し、自らの手駒としました。
シャドウサーヴァントは自我を持たないため、独立した参加者にはカウントされず、状態表を持ちません。
神埼士郎の使役するライダーや、アルバート・W・ワイリーの生み出したナンバーズのような、使い魔型宝具と同様のものとして扱います。
『シャドウサーヴァント・機界四天王』
シャドウサーヴァントとは、サーヴァントとして召喚されながらも、様々な要因から完遂に至らず、不完全な形で誕生した霊体である。
本来の聖杯戦争では召喚されるはずのない存在であり、
彼方の並行世界において、聖杯が引き起こした特殊な事例の最中に、その存在が確認された。
そして今回、世界樹を部分的に侵食し、その魔力と情報を悪用したことで、
同様の状態に至ったパスダーが、独自に召喚したものが、この機界四天王である。
機界四天王は、飛行機の特性を持つ「ピッツァ」、列車の特性を持つ「ポロネズ」、
自動車の特性を持つ「プリマーダ」、船舶の特性を持つ「ペンチノン」からなる、四体の生機融合体・ゾンダリアンである。
元々肉体と自我を有していた生命体を、ゾンダー化し捻じ曲げることで生まれた存在であるため、
これら機界四天王の魂は、英霊の座に存在しておらず、正規の方法でサーヴァント化することはできない。
今回召喚された四体にも、生前の魂は宿されておらず、
あくまでパスダーとムーンセルに記録された情報を元に、それらしい振る舞いを演じているに過ぎない。
完全なサーヴァントになることがかなわなかったため、彼らはクラス・スキル・宝具を有していない。
しかしサーヴァントになるはずだった彼らは、サーヴァントに匹敵するだけの魔力を有している。
まともに戦えば、サーヴァント相手には押し負けてしまうが、それでも並の使い魔ならば、遥かに凌駕するほどの力を発揮するだろう。
また、シャドウサーヴァントの特徴の一つとして、そもそもが粗悪品であるが故に、大量召喚が容易である点が挙げられる。
今でこそ四体で構成されている機界四天王だが、この先パスダーの力が増大した時に、数が増えないという保障はどこにもない。
*第一回定時放送
決められた枠組みの中に留まることに、人は窮屈さを覚える。
幼少の頃には学生として、成人を迎えれば組織人として、出世を重ねれば管理者として。
どのような立場に置かれても、人は相応の責務を課せられ、自由に振る舞うことを許されない。
真実、人が束縛を受けず、自由でいられる瞬間など、責務をこなす力のない、赤子か老人の時分くらいだろう。
しかし人には、その枠組みを、放棄する権利も与えられている。
学校に通うことを嫌うのならば、学校を辞めてしまえばいい。
仕事に縛られることを嫌うのならば、仕事を辞めてしまえばいい。
それでも人は、その選択を、滅多に選ぶことをしない。
何故ならば、人は枠組みの中に在る限り、責務の見返りとしての保障を、常に与えられているからだ。
学生であれば、将来の進学や就職について、ある程度の面倒を見てもらえる。
会社員であれば、生きていくための資金を、給料としてもらうことができる。
反対に、それらを失えば、人は生きていく上で、大きな不利益を被ることになる。
それを恐れているからこそ、人は社会の規範や枠を、飛び出すことができずにいるのだ。
なればこそ。
なればこそ、だ。
もしもその枠組みを、踏破してしまえる者がいるのなら――
◆
一通りの外回りを終えて、壁をすり抜け部屋へと入る。
ここに至るまでの間に、念話による呼び出しはなかった。ということはつまり、全てが万事、平穏に片付いたということなのだろう。
「………」
昼間からホテルのベッドで眠る、己がマスターの顔を見て、キーパー――オリオン座のエデンは安堵した。
思えばここに至るまでに、マリア・カデンツァヴナ・イヴが辿った道は、正しく激動の茨道だった。
開幕早々何者かに、仮の住居を特定されて、謎の使い魔の襲撃を受ける。
自らの頼みの綱だった、シンフォギアシステムに不具合が生じ、己が足場が揺らぎかける。
そしてそこへ立て続けに、ライダーとそのマスターが襲いかかり、絶体絶命の窮地を味わう。
これらに数時間のうちに見まわれ、ようやく寝床へありついたのだ。できることならこのままずっと、眠らせてやりたいとも思う。
(しかし)
だがそれでも、状況は未だ予断を許さず、マリアを苛み続けている。
恐らくは最初の襲撃者の主人が、軍や警察の関係者だったのだろう。
先ほどから周辺のあちらこちらに、彼女の名前と顔写真が載った、指名手配書が貼り付けられている。
その上遠目に見る限りでは、検問らしきものまでもが、準備を進められているように見えた。
このままここに長居していては、思うように逃げられなくなる。
なればこそ、早急な対応が必要だった。心苦しくも、平和な寝顔を、揺り起こすことになったとしてもだ。
「マスター、そろそろいいだろうか」
幸いと言うべきかは微妙なところだが、もうすぐ定時放送が始まる。
今回の聖杯戦争においては、人数が多すぎることもあってか、脱落者などの情報が、12時間ごとに告知されるようになっているのだ。
エデンが代理で聞いてもよかったが、これを聞くためということであれば、起こすきっかけとしても角が立たないだろう。
故に彼は、己がマスターを、目覚めさせることを選択した。
これから迫り来る過酷な運命を、くぐって切り抜けるためにも。
◆
――さーて、前置きはこのあたりにして、いよいよ本題のスタートだ!
既に開戦から12時間! といってもここまでの半日は、俺的には序盤も序盤って考えでいた。
だけどこの街のあちらこちらで、ホットなバトルが見られたっていうのは、やる気たっぷりって感じで嬉しいねぇ。
ユグドラシルを騒がせる、超人サーヴァント同士の激戦、激戦! どれもこれも見応えバツグン、まさに群雄割拠ってやつだ!
そしてそいつを証明するように、ここまでの12時間で遂に、初めての脱落者が登場した!
エクストラクラスのサーヴァント・メンターと、そのマスター・ルイズ・フランソワーズ!
当人達にしちゃ残念だったが、彼女はサーヴァントを失って、敢えなくリタイアしてしまった。
ゲームの駒がなくなった以上、出場権は取り消しだ。今はもうこのユグドラシルには、彼女の姿はないはずだぜ。
もっとも、こいつは聖杯戦争を戦う、ハリキリボーイズ・アンド・ガールズにとっては、嬉しい知らせかもしれないな?
何にせよ、ここまではいいペースだぜ! この調子でボルテージを高めて、聖杯をゲットするその瞬間まで、頑張って戦い抜いてくれ!
さてと、ここからはインフォメーションだ。
今度は良いニュースかもしれないし、悪いニュースかもしれない。
残念なことに俺達からすりゃ、バッドなニュースになっちまうんだけどねぇ。
実は今回出揃った、23人のマスターの中には、何の因果か偶然か、インチキで生き残っちまった奴がいた!
ホントはいちゃあいけないはずの、バグで現れたサーヴァントと、うっかり契約しちまったんだそうだ!
こいつがなかなかの曲者でな。学術地区の学校で、とんでもない大騒ぎを起こして、サーバーに大きな負荷をかけちまってる。
おまけにこいつ一人のおかげで、聖杯とサーヴァントのリンクに不具合が生じて、情報伝達が困難になっちまった!
宝具や真名が明らかになっても、相手がどんな奴か分からないし、そいつを調べる方法もない――ホントだったらこんなこと、起こるはずもなかったんだけどねぇ。
とにかくも、きちんと聖杯と繋がってない以上、こっちとしても強引に、そいつを消しちまうこともできない。
だから本当に申し訳ないが、ここでエクストラ・ミッションだ!
会場の不具合を解決するため、この勝手放題やってるサーヴァントを、優先して退治してほしい!
もちろんただお願いするだけじゃ、やる気も湧いてこないだろうからな。お楽しみのポイントと、ボーナスも用意させてもらうぜ。
ルールは簡単、早い者勝ちだ! こっちが与えたヒントを元に、目的のサーヴァントを探し出して、素早くぶっ飛ばしてやってくれ!
そうすればこのDJサガラが、素敵な特典をプレゼントする! どうだい、簡単だろ? ワクワクしてきただろ?
どうやら相手のサーヴァントは、珍しく霊体化が使えないらしい。
だから見つけたらその時がチャンスだ! 絶対にどこにも逃さずに、一気呵成にフィニッシュしてくれ!
みんなが探すサーヴァントは、ゴールデンな鎧を纏った、アーチャークラスのサーヴァントだ!
ミッションも、もちろん通常のバトルも、きっちり楽しみにさせてもらうぜ!
それじゃ、今回はここまでだ! DJサガラのユグドラシル・ホットライン! 次回も無事にチェックしてくれ!
◆
ある者は仮初の自宅にて。ある者は与えられた勤め先で。
ある者は戦場から逃れながら。ある者は戦場の只中にいながら。
その時、生き残った22組の、全てのマスターとサーヴァントとが、同時に放送を耳にしていた。
受け止め方は人それぞれだが、それでも単純な情報だけは、平等に届けられていた。
「すぐさまサジタリアスの元へ、乃木園子を向かわせよ」
そしてそれは、ユグドラシル市長――ルーラーのサーヴァント・アンドレアスもまた、同じように耳にしていた。
収録された定時放送が、流れ終わったのを確かめた後に、目の前のサガラへと告げる。
彼に割り当てたバーサーカーを、件のアーチャーの元へと派遣せよと。
「要するに、特典なんてのはハナから嘘で、俺にバーサーカーを使って、アーチャーにとどめを刺させろと?」
「無論、それがかなわなかった場合は、倒したマスターへと便宜を図る。お前と乃木園子に求めるのは、ミッションとやらの円滑な進行だ」
「なるほどね……情けをかける奴が出ないように、上手いこと引っ掻き回せってことか」
サガラの解釈に、アンドレアスが頷く。
要するに、彼が求めるのはこういうことだ。
鹿目まどかの実態を知れば、中には彼女らの境遇に、同情を覚える者がいるかもしれない。
そうして、射手座の星矢に同調して、同盟関係を結ぶことにでもなれば、排除は更に困難になるはずだ。
そうならないよう、場をかき乱して、星矢を倒すべき悪者に仕立てる。
不意打ちなり何なりをしたように見せかけ、奴は討伐対象になるような悪党なのだと、取り込まれかかった者に刷り込ませるのだ。
「恐らく奴めとの戦いとなれば、犠牲が出ることもあるだろう。であれば聖杯戦争は、終結に向けてまた加速する」
「了解だ。余裕があれば、集まった連中も、それなりに間引いておくことにするよ」
そう言うと、サガラはくるりと踵を返し、手をひらひらと振りながら、市長室を後にした。
とはいえ、システムの管理側に立ち、制約の壁を超えたサガラにとって、人並みの振る舞いをすることに、さしたる意味も必要性もない。
行政府の人間に見つかる前に、霞のごとく姿を消し、周りの風景へと溶けこむ。
(どっちのやり方にしたって、俺の趣味ってわけじゃないんだけどな)
肩を竦めながら思い返すのは、先のアンドレアスのオーダーだ。
特定のアーチャーを排除するために、他のマスター達を差し向けよ。
アーチャーの協力者が出ないように、戦況を掻き回し分断せよ。
どちらにしても、特定の誰かに、意図的なペナルティを与えることで、不利な状況を作るやり口だ。
誰かを贔屓することで、ゲームの加速を狙うことならある。結果的にそのことで、不利になる人間も出てくる。
しかしこのやり方の場合は、有利になる人間は出てこない。誰かだけが一方的に、不利益を被ることになる。
五十歩百歩の話だろうがと、ツッコミを受けることになるかもしれないが、少なくとも、嫌いな手ではあった。
(まぁ仕方ない。今は奴の顔を立てておくさ)
それでも、ここで歯向かったところで、サガラに利益がないのも確かだ。
元々そういう類の利など、求める柄でもなかったのだが、議論が紛糾することで、ゲームが停滞することはよくない。
預かり知らない埒外の事態に、一方的に邪魔されることほど、プレイヤーを苛立たせることもあるまい。
どうせ損な役回りも、ゲームが終わればそれまでなのだ。
そうやって自分に言い聞かせながら、サガラはバーサーカーへと念話を送った。
◆
暗黒の中に、光が瞬く。
されど光明は必ずしも、希望と結び付けられるものではない。
天の威光と同じように、地獄で燃え盛る業火もまた、光っていることに変わりはないのだ。
不気味に明滅するランプは、張り巡らされた鋼鉄の血肉を、禍々しくてらてらと照らし上げていた。
「奴めの接触したサーヴァント……異様な気を放つ者ではあったが、よもやこのような結果になるとは」
未だ戦いをマスターに任せ、自身は沈黙を保つサーヴァント・パスダー。
彼は放送で告げられた、黄金のサーヴァントについて、事前に情報を握る者の一人だった。
元々がゾンダーの主である。ゾンダーの存在するところ、すなわち東郷美森のいるところを、監視できない道理などないのだ。
「我が身に力が満たされれば、奴らの施しなど無用ではあるが、心弱き者にとってはそうもいかぬ」
『Extra-Intelligence-01(パスダー)』自身の肉体は、宝具として正確に機能すれば、間違いなく全サーヴァントの中でも最強だ。
しかしその力を解き放つには、今少しばかりの時間がかかる。
そしてそれまでの間に、自身のマスターである小日向未来に、情けなく死なれるわけにもいかない。
であれば、エクストラ・ミッションとやらの特典も、獲得を目指さない道理はなかった。
何とも情けない話ではあったが、これも自らの生命線を、有利な状況へ導いて、生きながらえてもらうためだ。
「最善の結果とまではいかなかったが、既に策も整っている」
もちろん、あの絶大な魔力を有したアーチャーに、その気配に釣られてやって来た、他のサーヴァント達の存在もある。
想定される大乱戦は、シンフォギアとゾンダー人間だけでは、到底切り抜けることは不可能だろう。
東郷とそのサーヴァントを利用したとしても、彼女らが未来の生命を、確実に守り抜けるという保証はない。
なればこそ、別の手が必要だった。
同盟関係などでなく、数頼りの雑兵などでもなく、着実に任務を遂行しうる、強力な手駒が必要だった。
故にパスダーは、それを用意した。
その策がルールに抵触しかねない、危険な賭けであることも理解している。しかしそれを恐れる心は、ゾンダーには存在しなかった。
「やはり完全に掌握せねば、これが限度ではあったが――」
彼が根を張る世界樹の魔力は、すなわち聖杯そのものの魔力だ。
ムーンセルが形成した、このフィールドに干渉することは、言うなればムーンセルそのものの一端に、干渉することを意味する。
完全覚醒には未だ遠い。それでも世界樹に巡らされた魔力の、その一部を汲み取ることは容易い。
なればこそ、できることもある。
試行するだけの価値があり、そして限定的とはいえ、得られた成果も存在する。
ここからは誰にも明かしていない、トップシークレットの領域だ。
他のマスターも、未来自身も、これの存在には気付いていない。
彼女が遅刻した学校から、休校を受けとんぼ返りし、ここにたどり着くまでには、今しばらくの時間を要する。
なればこそ、カードは今のうちに切るべきだろう。
最強のサーヴァント・パスダーが、その手に掴んだ大いなる力を、今こそ世に解き放つ時だ。
「目覚めよ――機界四天王よ」
奇機怪械と蠢くものは、暗がりよりもなお深き闇。
漆黒そのものと形容すべき、四つの風が巻き起こり、瘴気となって形を示す。
空間から何者かのシルエットを、そっくりそのまま切り抜いたような、異様な黒点がそこにはあった。
機械の広間に等間隔に、パスダーを囲みながら見上げるように、姿を現す異形があった。
「ポロネズならここにおります、パスダー様」
最初に口を開いた声は、低く落ち着いた男のそれだ。
ぽうっ――とけたたましく鳴り響くのは、蒸気機関車の嘶きか。
まるで醜い芋虫を、何十倍にも巨大化したようなそれは、臭覚のように伸びた器官から、勢いよく蒸気を噴き出していた。
されど、異様なそのシルエットにも、人間の手足が生えている。
その芋虫を己が頭部として、そのまま載せたような形をしながらも、下で支える胴体は、間違いなく人間のそれだった。
「プリマーダ、もう待ちくたびれましたわ」
続けて響き渡った声は、妖艶な女性のものだった。
回る、回る、くるくると舞う。
全身に円形の意匠を纏う、グラマラスな曲線の肢体が、その身を見せびらかすように踊る。
ひときわ大きく太いリングが、腰まわりを巡るそのシルエットは、さながらバレリーナのそれか。
美しくそして艶やかに、それは存在を示していたが、しかし絢爛なその見せかけが、毒へ誘う誘蛾灯であることは、誰の目にも明白であった。
「ピッツァ、ただ今到着」
その次に空気を揺らした声は、若く鋭い青年のものだ。
鳥か、飛行機か、否これも人だ。
羽毛のように広がったのは、恐らくは羽織った外套であろう。そうした印象を強固にするのは、猛禽のような頭部の形だ。
鷹のように尊大な自信と、烏のように狡猾な野心。
それらを孕んだ声色が、己を射落とすものなどいないと、そう暗示させているかのように、影は静かに現れ佇む。
「このペンチノン、すぐにでも出港可能です」
最後に発せられた声は、もはや人間のそれではなかった。
調子の外れたノイズのように、感情無き合成音声のように。
これまでのどの声とも違った、怖気を孕んだその声は、地響きと共に姿を現した。
そのシルエットもまた、人ではない。何かのようだと言うまでもなく、船のものだと言う他ない。
おおよそ人間に倍する程度の、船のような巨大な異形から、両足とマシーンアームが伸び、がちんと音と火花を散らした。
「マスターと同盟を組んだ者が、先刻遭遇したサーヴァント……それが監督役によって、優先する討伐対象に指定された」
「それは愉快な話ですわ。獲物の匂いに引き寄せられて、舌なめずりをする者達は、さぞ楽しく踊ってくれることでしょう」
「なればこそ、目覚めたばかりの我々が、呼び集められた理由ともなるわけか」
くつくつと笑う女の声に、不敵な鳥頭の男の声。
理性のあるように振る舞っていても、それはあくまでも見せかけに過ぎない。
これなるは機界四天王。
かつて在りし日のパスダーが、星々の生命の在り方を歪め、手駒とした最強の四人衆。
観測された記録こそあれど、その形を失った魂が、英霊の座に留まることは、絶対にありえない存在である。
ありえならざる者達を、ありえならざる方法で、この世に蘇らせたとあれば、それは形だけのフェイクということ。
英霊召喚のプロセスを経ながら、実現性、ないし出力に不都合を生じ、不完全な影としてしか生み出されなかった、サーヴァント手前の失格者達。
影、あるいは幻とあれば、その存在を表す呼び名は――『シャドウサーヴァント』とするのが相応しいか。
「まともに取り合えば敗北は必至。されど並のゾンダーを超えた、お前達の力あればこそ、達成しうる目標もある」
「かしこまりました。我ら機界四天王、この身この力を尽くして、必ずや成果を持ち帰りましょう」
「戦況が大きく乱れれば、孤立したアーチャーのマスターを、仕留めることも容易いこと……ウィィィィ!」
慇懃な芋虫男の声と、奇天烈な笑いを上げる巨人の声。
シャドウサーヴァントに自我はない。これまでのパスダーとのやり取りにも、その実意味は全くない。
人間の思考回路をロールしながらも、彼らの本質はただ単純に、主の命令を実行する人形。
されども、サーヴァントの機能と証がなくとも、サーヴァントに届きうる力を持つ彼らは、地獄の戦線を切り抜けることができる。
孤立したマスターに狙いを絞り、直接交戦を避けさえすれば、一点突破の暗殺も、達成することが可能だ。
それはパスダーの思惑を、誰よりも正確に反映する、彼らなればこそのミッションでもあった。
「すぐさま準備を整えよ。来たるべき戦いの成果を、我が元へと持ち帰るのだ」
「は――!」
容姿も声音もばらばらであったが、返答を発するタイミングまでは、不気味なまでに一致していた。
そして四つの影全てが、完璧すぎるタイミングで、一斉に同時に姿をかき消す。
当然だ。自我のない人形同士であるなら、衝突する個性など持つはずもない。
彼らは完璧な統率のもとに、黄金のサーヴァントのマスターを追い詰め、その命を確実に奪い去るだろう。
後は準備が整うまで、ゆるりと待ち続ければいいだけのこと。
マスターを、同盟を結んだ相手を。そして聖杯の力ですらも。
全てを矢面に立たせて、遠い安全圏から糸だけを伸ばし、我が意のままにと操りながら。
暗く冷たい深淵の中で、自らの完全覚醒の時を、パスダーは悠然と待ち続けていた。
【聖杯戦争異伝・世界樹戦線――――――残り22組】
※全マスターおよびサーヴァントに、念話にて定時放送が行われました
※アーチャー・星矢の討伐令が発令されました。
星矢を討伐したマスターには、監督役から特典が贈られることになります。
またアンドレアス・リーセおよびサガラは、星矢を討伐することで、英霊の情報が公開されると踏んでいます。
全マスターおよびサーヴァントには、星矢について、
「金色の鎧を着たアーチャー」「学術地区に出現している」「霊体化を行うことができない」という情報が与えられています。
※市内各所における検問の準備と、マリア・カデンツァヴナ・イヴの指名手配が完了しました。
※中学校での戦闘を受け、学術地区の各学校が、休校体制を取りつつあります。
少なくとも午後1時までの間に、全ての学校が休校となる予定です。
※E-8のホテルに、マリア・カデンツァヴナ・イヴが宿泊しています。
※パスダーがシャドウサーヴァント「ピッツァ」「ポロネズ」「プリマーダ」「ペンチノン」を召喚し、自らの手駒としました。
シャドウサーヴァントは自我を持たないため、独立した参加者にはカウントされず、状態表を持ちません。
神埼士郎の使役するライダーや、アルバート・W・ワイリーの生み出したナンバーズのような、使い魔型宝具と同様のものとして扱います。
『シャドウサーヴァント・機界四天王』
シャドウサーヴァントとは、サーヴァントとして召喚されながらも、様々な要因から完遂に至らず、不完全な形で誕生した霊体である。
本来の聖杯戦争では召喚されるはずのない存在であり、
彼方の並行世界において、聖杯が引き起こした特殊な事例の最中に、その存在が確認された。
そして今回、世界樹を部分的に侵食し、その魔力と情報を悪用したことで、
同様の状態に至ったパスダーが、独自に召喚したものが、この機界四天王である。
機界四天王は、飛行機の特性を持つ「ピッツァ」、列車の特性を持つ「ポロネズ」、
自動車の特性を持つ「プリマーダ」、船舶の特性を持つ「ペンチノン」からなる、四体の生機融合体・ゾンダリアンである。
元々肉体と自我を有していた生命体を、ゾンダー化し捻じ曲げることで生まれた存在であるため、
これら機界四天王の魂は、英霊の座に存在しておらず、正規の方法でサーヴァント化することはできない。
今回召喚された四体にも、生前の魂は宿されておらず、
あくまでパスダーとムーンセルに記録された情報を元に、それらしい振る舞いを演じているに過ぎない。
完全なサーヴァントになることがかなわなかったため、彼らはクラス・スキル・宝具を有していない。
しかしサーヴァントになるはずだった彼らは、サーヴァントに匹敵するだけの魔力を有している。
まともに戦えば、サーヴァント相手には押し負けてしまうが、それでも並の使い魔ならば、遥かに凌駕するほどの力を発揮するだろう。
また、シャドウサーヴァントの特徴の一つとして、そもそもが粗悪品であるが故に、大量召喚が容易である点が挙げられる。
今でこそ四体で構成されている機界四天王だが、この先パスダーの力が増大した時に、数が増えないという保障はどこにもない。
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