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百機夜行」(2016/07/27 (水) 23:28:27) の最新版変更点

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*百機夜行 ◆nig7QPL25k  彼女がそこで目撃したのは、二人分の強者だった。  片や、60代の男。片や、20代の女。  罪歌の洗礼を受けた『子』は、魔術都市の役所の一つで、それらの気配を察知していた。  興味を惹かれたのはうち片方だ。  なにしろ男の方の立場は、軍隊の司令官である。  もちろん程度の差こそあれど、強者であるのは当然のことだ。  それだけでは優先するだけの理由にはならない。故にその『子』は男ではなく、女の方を優先した。  女の方は、同じ役所に勤務している、ただの公務員であるはずだった。  しかし彼女の放つ気配は、その程度の人間が持っているにしては、あまりにも不自然なものだった。  魔力にも似た、捉えどころのないオーラ。訓練された者の身のこなし。  一度に接触できるのは片方だけだ。なればこそ彼女は、そちらの方を優先し、ターゲットとして報告した。  そして聖杯戦争の開幕と同時に、女の家に向かってみれば、その近所で起きたのが大規模な火災だ。  このあたりで戦闘が起きている。であれば、もはや確定だ。  彼女は周辺の人間に、怪しい人影を見なかったかと聞き込みを行い、その行き先へと目星をつけた。  向かったのは西方。この辺りは警備の目も光っている。遠くまで移動することはできないだろう。  彼女は近くにいるであろうターゲットを目指し、即座に行動を開始した。  同じ職場で働く年下の女――マリア・カデンツァヴナ・イヴを求めて。 ◆  雅緋の目的地は行政地区だ。  そう戒斗から告げられた黒咲は、バイクのエンジンを始動させ、すぐさま移動を開始した。  両サイドに荷物を括りつけ、後ろには戒斗を乗せるという、半ば無理のある態勢で、ではあったが。 「乗り物くらい持っていないのか! 英霊のくせに!」  窮屈さに苛立ちながら、黒咲が言う。 「ライダーのクラスとして呼ばれていればな。もっともその場合は、お前の言う本当の姿を、見せてやることはできなかったろうが」  当て付けのように言う戒斗に対して、黒咲はヘルメットの下で眉をひそめた。  サーヴァントのクラス適性とは、何も一つきりではない。  戒斗にはランサーのクラスの他に、ライダークラスの適性もある。  その場合、彼の変身した姿である、アーマードライダーなる存在の特徴が強調され、使用できるアイテムが増えるのだそうだ。  もっとも、純粋な戦闘歩兵としてのスペックは、三騎士クラスの方が上回っている。  彼がその真の姿である、真紅の魔神へと変身するには、ランサーか、あるいはセイバーとして、召喚されていなければならないのだった。  戒斗が剣を使うなど、黒咲にとっては初耳であったが。 「……それで、行政地区のどこに行くかまでは、お前は聞いていないんだな?」 「向こうも正確な位置は把握していないらしい。現場に着いてから、捜索すると言っていた」  戒斗が立ち聞きした情報を確認する。  雅緋が行動を起こしたのは、やはり他のサーヴァントの存在を感知し、討伐に動いたからだったのだそうだ。  とはいえ、向こうも存在を知っただけで、正確な位置までは把握していなかったらしい。  故に何人か人手を集め、人海戦術にて捜索し、これを撃破するという作戦を取った。戒斗が確認したのはそこまでだ。 「マフィアが警察の縄張りで家探しか」  妙なことになったものだと、黒咲が言う。  行政地区は、政庁や特級住宅街に次いで、警備の目が厳しいエリアだ。  そんな所で事を起こすような、馬鹿が現れでもしない限り、黒咲にも、そして雅緋にとっても、縁遠いはずの場所だった。  もっとも、無法者が裏で官僚と繋がっているというのは、フィクションではよくある話ではあったが。 「そのこともある。目立つ行動は避けるのが無難だろうな」 「どうせ俺達が動かずとも、事が起これば、向こうから花火を上げてくれる」  それを目印にすると黒咲が言い、バイクを更に加速させた。 ◆  報告にあったのは、この辺りで戦火を広げた、戦闘者がいたということだけだ。  それが男であるのか女であるのか、そのことすらも雅緋は知らない。  その上追われる身であろう標的は、身を隠しているに違いないのだ。  大変な捜索になるであろうことは、彼女自身、理解はしていた。 《たとえば、逃げ延びた方の人間が、寝込みを襲われたのだと仮定する》  その助けとなったのが、ライダーのサーヴァント・ルルーシュだ。  生意気な態度は気になったが、彼は戦略家としては、一流の才を持つ知恵者だった。 《家に戻れば警察によって、質問責めに遭うだろう。かといってろくに荷物も持てない状態で、ここを離れるわけにもいかない》 《サバイバルゲームではないからな。町中で食べ物を確保するには、金を払うことが必須条件だ》 《あるいは、衣類の問題もある。マスターも、着の身着のままで、外をうろつきたくはないだろう?》  そういう聞き方をするか、普通。  デリカシーのない言葉に、一瞬むっとしたものの、その気持ちはぐっと飲み込んで堪える。 《まぁ……そうだな》 《ならば、しばらくはどこかに身を隠して、サーヴァントに荷物を取りに行かせ、それから行動を起こす。そう考えるべきだろう》  今まさにそうしているルルーシュのように、サーヴァントには霊体化能力がある。  ガサ入れでもされていない限り、周囲から身を隠して家に忍び込み、財布や服を持ち出すくらいは、造作もないだろう。  故にしばらくは動かないはずだと、そう推理するルルーシュの論は、説得力があるように思えた。 《ではそいつが襲われた方ではなく、襲った方の人間だったら?》 《お手上げだな。躊躇なくこの場を離れようとするだろう。そうなれば現状の手がかりだけでは、ターゲットを見つける術はない》  恐らくは肩を竦めているのだろう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとはそういう男だ。  それは霊体化した状態であっても、容易く想像することができた。 《どちらにせよ、通行人や警察には構うな。私の読み通りであるのなら、敵は必ず身を隠している》  もしまだこの行政地区に、ターゲットが潜んでいるのなら、いちいち令呪を確かめることはない。  そこまで豪胆に動ける余裕は、今の奴にはないはずだ。  雅緋はその言葉に従い、敵マスターの捜索に向かった。 ◆  知らず渦中の人物となった、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。  下着以外の着替えを済ませ、一応の防寒準備を整えた彼女は、未だ橋の下にいた。  近くに、エデンの気配はない。衣服を着替えることができたのも、彼が通帳を取りに行くため、この場を離れたからだった。 (これからどうしようかしら)  夜が明ければ、状況も落ち着いて、また出歩けるようになるだろう。  しかし、それからどうするか。寝泊まりはどこでするべきか。  そもそもそれ以前に、この体たらくで、生き残ることができるのか。 (キーパーのことは信じたい)  あくまで戦いの主役はサーヴァントだ。マスターとは司令塔であり、必ずしも戦闘者でなければいけないというわけではない。  だからもしもエデンが、一人で戦い続けることができたなら、それで問題はないのだろう。 (けれど……)  それでも、自分は見てしまった。  大勢の使い魔に翻弄される、エデンの姿を目の当たりにしてしまった。  サーヴァント並の使い魔を、複数召喚できる敵がいる。さすがに例外的な存在ではあろうが、そういう敵もいることはいるのだ。  もしもう一度まみえることがあれば、その時には傍観してなどいられない。  あれを打倒するためには、サーヴァントとマスターの連携が、必要不可欠になってくる。  それができるのか。  身に余る力に振り回され、撃槍を御しきれずにいる自分に、彼と並び立つ資格があるのか。 「――ああ、いたいたッ!」  その時だ。  不意に橋の上の方から、大きな声をかけられたのは。  思わず、びくりと身構える。追手が来たのかもしれない。どうしてもそう思ってしまう。  しかしそこに立っていたのは、予想に反して、見知った顔だった。 「あ……友里、さん」 「心配してたのよ、マリア? 家の近くで家事があったって聞いたし、電話にも出なかったんだから」  橋の近くに立っていたのは、友里という名前の歳上の女性だ。  マリアと同じ役所に勤めていて、年齢的には、先輩に当たる。  どうやらマリアの身を案じて、探しに来てくれたらしい。 「……それでどうして、こんな所で隠れていたの?」 「ええと、これは……色々と事情があって」  まさか、敵から身を隠しているなどとは言えまい。  上手い言い訳が見つからず、マリアはしばし、言葉に迷う。 「とにかく、ここじゃ何だし、ちょっと場所を変えましょうか」 「そう……ですね」  友里の提案に従い、マリアはその場から立ち上がる。  橋の陰から顔を出しながら、エデンに対して、合流地点を変えようと、念話を飛ばそうとした、その瞬間だ。 「――止まれ、マスター!」  声が聞こえた。頭上から注いだ。  マリアが足を止めると同時に、びゅんと風を切る音が鳴る。  何かが飛来したかと思えば、友里の体が崩れ落ち、足場に隠れて見えなくなる。 「きゃッ! ちょっ、何を……ッ!?」  戻ってきたエデンが、彼女を組み伏せたのだと理解したのは、その声を耳にした時だった。 「なっ……何をしているの、キーパーッ!? その人は私を心配して――」 「助けに来た人間が、何故こんなものを持ち歩いている?」  近くにあった階段を使い、駆け上がるマリアが見たものは、何かを握ったエデンの右手だ。 「それは……ッ!」 「袖口に隠すようにして握っていた。もっとも、こんなもので、何ができるのかは知らないがな」  カッターナイフ。  人に向ければ、十分に凶器となる代物だ。  それを友里が隠し持っていた。明らかにマリアを刺すつもりで、その凶刃を潜ませていたのだ。  思わぬ裏切りに対して、マリアは驚愕に目を見開く。 「く……ッ! このっ、放しなさ……ッ!」 「ッ!」 「ぎゃあああああッ!?」  瞬間、稲妻が弾けた。  取り押さえられた友里の体を、眩い電撃が駆け巡り、焼いた。  断末魔の悲鳴を上げた後、黒く煤けた女の顔は、力なくぺたりと石畳に貼りつく。 「殺したの……人を……?」 「……これはマスターではない。聖杯によって用意された、ただのNPCに過ぎない」  サーヴァントを連れているのなら、こんな呆気無い幕切れはあり得ないはずだ。  実際、見えている部分の素肌には、令呪など影も形もなかった。 「この街では、人を操る礼装の使い手が、手下を増やし続けているという」  そういう噂を聞いたからこそ、その可能性を考慮できた。  なればこそ、躊躇なく殺害したのだと、エデンはマリアに対して言った。 「……そう」  それでも、マリアの顔は暗い。  元来争いを好まず、人の死を悼む感性の持ち主だ。  たとえ人間ですらない擬似人格だろうと、人の姿をしたものが、惨たらしく殺される姿を見て、いい気分ではいられない。  だからこそ彼女は、フィーネを演じることに対して、迷いを抱き続けてきたのだ。  それがこの場に訪れて、フィーネを演じることがなくなっても、同じようなことを繰り返している。  そのことはマリアの繊細な心に、いくらか暗い影を落としていた。 「とにかく、場所を変えよう。今の声を聞きつけて、誰かに――」 『――それは今一歩遅かったな』 「ッ!?」  エデンが移動を促した、その時。  割って入る声があり、直後に爆音と光が轟く。  振り返る方向に光を伴い、突如現れたその姿は、マリアの想像を超えたものだった。 「飛行機ッ!?」  小さめの機体だが、飛行機だ。  四枚の翼を左右に広げ、低空飛行する黒い飛行機が、そこに姿を現していたのだ。  現代的どころか近未来的だ。その光沢を放つフォルムは、明らかに魔術都市には似つかわしくない。 「ライダークラスか……!」 『ご名算だ。もう少しかかると思っていたが、そちらから姿を見せてくれたのは、僥倖だったぞ』  自信満々な声色は、機体のスピーカーから響いているのか。  騎兵のサーヴァントであると認識し、敵意を滲ませるエデンに対し、若い男の声が笑う。 「マスター、シンフォギアを! 盾としてなら使えるはずだ!」 「わ、分かったわッ!」  宝具を纏うエデンに呼応し、自らも聖詠を唱える。  神世の調べが紡ぐのは、奇跡の糸が織り成す鎧だ。  白く輝く『巨人星座の青銅聖衣(オリオンクロス)』と、黒くはためくシンフォギア。  遠き神話に由来する、黒白の鎧が並び立ち、黒鉄の飛行兵器を睨み据えた。 『これはまた。神話のというより、テレビ番組のヒーローのようだな』 「言い過ぎだ、ライダー。それは私にとっても侮辱になるぞ」  くつくつと笑うライダーを、諌める声が聞こえてくる。  機体の影から現れたのは、マリアと同い年くらいの、白い装束の女性だった。  それもシンフォギアや聖衣と同じく、特殊な戦闘装束なのだろうか。  漆黒の剣を光らせて、マントと腰布をはためかせる姿は、明らかに普通の洋服ではない。  古の武人が纏っていたような、剛健な印象を与える衣服だ。  大きく開き露出した、大きな両胸の谷間には、真紅のエンブレムが刻まれている。  間違いない。マスターだ。今度は正真正銘の。 「主人同伴でやって来るとは、随分な自信だ……なっ!」  言いながら、エデンが雷球を投げる。  ごうっと音を立て加速するのは、トニトルイ・サルターレと呼ばれる飛び道具だ。  直撃コース一直線。微動だにしないマスターには、それを止める手段などない。 「何っ!?」  その、はずだった。  突如奔った赤い光が、雷を四散させるまでは。  ばちっ、と弾ける音と共に、光は粉々に弾け飛ぶ。  その向こうに出現したものは、半透明に光る壁だ。  エネルギー障壁。分かりやすく言えば、バリアか。  それがマスターを連れ現れた、ライダーの自信の正体だった。  たとえ弱点を晒そうとも、それを容易には攻めさせない用意が、彼の乗り物には存在したのだ。  恐らくは騎兵のサーヴァントの、宝具であろう飛行兵器には。 『そう、自信だ。だがこれは決して慢心ではない。正しく分相応の自信だよ』 「貴様……」 『ああ、前置きが長かったな。ならばそろそろ始めるとしようか』  睨むエデンの殺気を流し、どこ吹く風でライダーは言う。  そしてその開戦の一言が、浮遊する漆黒の飛行機に、新たな変化をもたらした。  機体が捻れる。各部が蠢く。不可思議な挙動を繰り返しながら、飛行物体のシルエットが変貌していく。  伸びたのは足か。開いたのは手か。  ぬうっと姿を現したのは、まさか頭部のつもりなのか。 「これは……ッ!?」  様変わりしたその姿は、翼持つ暗黒の巨人だった。  ライダーのサーヴァントの宝具は、飛行機などではなかったのだ。  身の丈5メートルはあろうかという、巨大な人型ロボット兵器――それこそが襲撃者の正体だった。 ◆ 「人の趣味を笑えないな」  威容を見上げ、エデンが言う。  飛行機だろうとロボットだろうと、所詮は同じ機動兵器。サイズにもそれほど変化はない。  しかし縦に大きく見上げる、その人型の気配の何としたこと。  古来より、人は巨人というものに対して、格別の畏怖を抱いたという。  各地の遺跡や神殿に、巨大な神像が祀られているのは、この視覚効果によるものか。 『見てくれだけではないぞ』  ふふんと軽く笑いながら、黒き巨神の操り手は、エデンの声にそう応える。  見下ろす顔面に光るのは四つ目。そして異様に大きなレンズだ。  その窓を覗き込むうちに、自身が吸い込まれていくような。異形の五つ目で形成された、不気味な面構えだった。  この風貌で神だというなら、ライダーが操るその姿は、悪魔か邪神の映し身か。 『せっかく披露したのだからな……力の方も味わってもらおう!』  瞬間、ロボットの両腕が動いた。  突き出された手のひらの、袖下あたりに備わったのは、弾丸を放つ銃口だろうか。  であれば来る。射撃武器だ。 「フッ……!」  反射的に飛び退った。視界の中で光が爆ぜた。  バリアを張れるならビームもありか。禍々しい気配と共に放たれたのは、渦を巻くエネルギーの弾丸だ。  着地し見上げたその先では、既にライダーの巨神像は、より空高くへと上昇している。  戦闘スタイルは聖闘士の真逆――バリアを張りつつ飛び道具を放って、遠距離から一方的に制圧する魂胆だろう。 「はぁっ!」  だが、そうはいかない。  思い通りになどさせるものか。  手近な建物に飛びつくと、その壁を蹴って跳躍し、夜の暗黒へと躍り出る。  虚空の彼方のターゲットへと、見舞うのは銀の左腕だ。  命中。されど、弾けるは閃光。  先ほども見たバリアによって、鉄拳は容易く防がれてしまう。 『仮にも絶対守護領域! 侮ってもらっては困るな!』  大仰な盾の名を謳い上げ、誇らしげにライダーが言った。  赤熱の向こうで銃口が光る。先ほどのエネルギー兵器か。この距離で狙い撃つつもりか。 「チッ!」  舌打ちと共にバリアを蹴って、エデンはその場を離脱する。  どんっとエネルギー弾が放たれた。迫り来る灼熱の凶弾は、両手でサルターレを投げ撃ち落とした。  着地すると同時に、頭上を仰いだ。その時エデンが目にしたものは、何とも奇妙な光景だった。 (何だ……?)  巨神の胸が、開いている。  胸部のハッチが開放されて、内部メカが露出している。  内臓は生身であっても機械であっても、急所と呼べる部位であるはずだ。  ましてや人の乗る乗り物であるなら、そんなところを攻撃されれば、コックピットにダメージが及びかねない。  そんな弱点を晒す行動に、一体何の意味があるというのだ。 『そしてこれこそ、対をなす矛』  瞬間、放たれるものがある。  月光を複雑に反射し、光を放つ結晶体だ。  ここに来て実弾兵器か? そもそもあれは弾丸なのか? 宝石を巨大化させたような、あんな珍妙な物体が?  不可解としか言いようのない光景に、エデンの思考は回転する。 『その光の切っ先――受けるがいい!』  刹那、ロボットの胸部が光った。  その瞬間、思考を直感が凌駕し、脳内にアラートが響き渡った。  何かが来る。これまでの攻撃とは一線を画する、恐らくは危険極まりない一手が。  理屈は未だ分からないが、何か恐るべき攻撃が、あそこから放たれようとしている。 「マスター! 盾をッ!」 「えッ――」  言いながら、エデンは駆け出した。  マスターであるマリアを守るため、方向転換し疾駆した。  雷の小宇宙を解き放つ。周囲にエネルギーを巡らせ、バリアの要領で壁を作る。  間に合え。あれが放たれる前に。恐ろしいことが起こる前に。 「がぁああっ!?」 「きゃぁあああッ!」  瞬間、痛烈な衝撃が襲った。  貫通と灼熱は、一箇所ではない。  視界が光に覆われて、眩く包まれたと思った瞬間、無数の攻撃をほぼ同時に受けた。  まばたきすら追いつかない間に、数十数百の閃光の矛が、エデンの体を貫いたのだ。 「ぐ……」  さしもの聖闘士も、ただでは済まない。焼け焦げた体を震わせて、がくりと力なく膝をつく。 『ハハハハ! 悪くない色になったじゃないか』  煤けた青銅聖衣を見下ろしながら、黒き邪神像は愉悦に笑う。  超然と天に浮かぶその姿は、エデンが生前対峙してきた、神々の姿そのものだ。  違いはあくまで姿を真似ただけで、そこに彼らの神性は、欠片も宿っていないということか。  実物を知るエデンにとっては、大きすぎる違いだが、それでもなお、脅威であることに変わりはなかった。 (マスターは……) 「う……ッ」  痛む体を起こしながら、エデンはマリアの方を見やる。  なんとか、彼女は生き延びていた。漆黒のマントで全身を覆い、いくらかダメージを負いながらも、一命だけはとりとめていた。 『壊すには忍びなくなったが、これも勝負。チェックは打たせてもらうぞ』  更なるライダーの追撃が迫る。  地を砕く巨大なアンカーが、膝から放たれ襲いかかる。 (恐るべき技だ)  これでも防衛態勢スキルの補正によって、防御力は上がっているのだ。どうにか動ける余力はある。  それを身を捩りかわしながら、エデンは敵の技を見定めた。  先ほど放たれた武器は、恐らくはレーザー兵器の類だろう。  原理は不明だが、例の結晶体に放つことで、その光を乱反射して、無数に拡散させたものだ。  その反射角度を巧みに操り、軌道を誘導することによって、オールレンジに近い攻撃を実現している。  亜光速の攻撃が、全方向から迫って敵を包囲し、逃げ場を塞いで焼き尽くすのだ。 (近い技を知っている)  雷撃を纏った鉄拳で、射撃を叩き落としながら、思考する。  獅子座の黄金聖闘士の技には、光速拳を奥義の域まで高めた、ライトニングプラズマというのものがあるのだそうだ。  師であるミケーネは、柄に合わなかったのか、ついぞ使うことはなかった。それもありエデンはその技を、直接身に受けたことはない。  だが知識のみで推測するなら、奴の武器は、それと同じものを、再現し実践するものなのだろう。 (それでも、所詮はカラクリ細工)  だとしても、そこには決定的な違いがある。  歴代の黄金聖闘士達は、この現象を引き起こすために、手品のタネなど要さなかった。  小細工で支えられた技など、タネが割れれば崩すのは容易い。 『さらばだ!』  再び例の攻撃が来る。  放たれたレンズ代わりの結晶体が、エデンの頭上へと向かう。 「キーパー……?」  未だ膝をついたままの、マリアの元へと敢えて戻った。  攻撃を誘い込む、というのとは違う。策を実行するためには、マリアには近くにいてもらわねばならない。  あの技の生命線は結晶体だ。壊してしまうのが理想だが、強度は未だ計り知れない。  それでも。  だとしても。  たとえ壊すことができずとも、この技を打ち破ることができる、最も確実な方法は他にある――! 「トワノ……トルナードッ!!」  雄叫びと共に、荒れるのは嵐だ。  稲妻を響かせて乱れ狂う、雷撃色の竜巻だ。  ばたばたと聖衣の装束が揺れる。ガングニールのマントがはためく。  エデンが持つ奥義の一つ、トワノ・トルナード。  雷撃を纏う竜巻を生じ、敵に向かってぶつける技だ。 「これは……ッ!」  台風の目の只中で、マリアは両目を見開いた。  自らの周囲で轟然と、渦を巻く突風を見定めた。  そして頭上で風に煽られ、傾く結晶体の姿を。 『ほう……?』  ライダーがそう呟いた時には、既に全てが遅すぎた。  放たれたレーザーはまっすぐに、偏光レンズへと命中する。  風に煽られ揺れたことで、入射角も反射角も変化し、照準が破綻した結晶体にだ。  そうなれば全てがご破産だ。光線は見当違いな角度で曲がり、文字通り無茶苦茶な軌跡を描いて、あちらこちらへと撒き散らされる。  建物が射抜かれた。石畳が焼けた。泉の水が少し沸いた。  だがそれだけだ。狙いを狂わされたレーザーは、肝心なエデンとマリアには、一発も命中しなかったのだ。 「お前の放った結晶体が、僕に壊せるものなのかは、分からなかった」  遂に結晶に亀裂が走り、やがて粉々に砕け散る。  兵器ではなく月明を受けて、きらきらと光る欠片達が、烈風に溶けて消えていく。 「それでも、僕にはこの技があった。トワノ・トルナードが巻き起こす嵐は、その風圧で結晶を揺さぶり、お前の狙いを狂わせる」  嵐はやがて凪へと変わる。  風の止んだ只中で、エデンが静かに言葉を紡ぐ。  凄惨な破壊の傷跡は、全て周囲に残されていた。  対してエデンの立つ足場は、至って綺麗なものだった。 「そして今、破壊可能であることも証明された。お前の切り札は、決して僕に届くことはない!」  一度正体を見切った技は、聖闘士には決して通用しない。  邪神の放つ光の雨が、オリオン星座のエデンを射抜く未来は、決して訪れることはない。  漆黒の機体が放つ光が、アルテミスの矢となることは、ない。 「どうする、ライダー? 相性の悪そうな相手だぞ」  機体の肩に立つ、敵マスターが言った。  未だ余裕だとでも言いたいのか。この光景を見せられてもなお、その表情に変化はない。 『……そうだな。方針を変えるべきか』  言うと、ライダーの乗機が、再びその姿を変えた。  元の飛行機の形態へ戻り、そのまま後方へと下がりだす。  撤退する気か。だがそうはいかない。この状況で退かれれば、今後に大きな障害を残す。  追われる立場のマスターを、これ以上ややこしい状況に置くことはできない。 「キーパーッ!?」 「マスターはそのまま! どこかに身を隠していてくれ!」  番人らしからぬ選択だが、ここは攻めに出るべきだ。  マリアをその場へと残すと、エデンは石畳を蹴って、逃げる機影を追いかけ始めた。  大きいとはいえ、5メートルクラスだ。小柄なライダーの機体は、建物の間を巧みに縫って、エデンの追跡を振り切らんとする。  だが、それでも小回りならば、生身の方が利くのは間違いない。この程度の追いかけっこでは、まだまだ見失うには至らない。 『粘るな!』 「抜かせ!」  手のひらより雷撃を放つ。しかしそれは阻まれる。  レーザーは攻略したとはいえ、敵の絶対守護領域とやらは、未だ健在というわけだ。  赤い障壁のその向こうで、飛行機は再び邪神へと化ける。  神像の姿を取った敵機は、身を捻りエデンの方へ向き直ると、再び胸部のハッチを開いた。 「っ……!」  瞬間、迸ったのは光だ。反射的に小宇宙をもって、迫る熱量を迎え撃つ。  結晶体を介したものではない。本来拡散すべきレーザーを、そのままの状態で直射したのだ。  一点に集中した威力は、先ほど以上の突破力と、眩い光をもって襲いかかる。 「……ぇえええいっ!」  負けてなるものか。あと一歩の距離まで追い詰めているのだ。  雷の小宇宙を練り上げた。  極限のせめぎ合いに追い込まれ、セブンセンシズに達した小宇宙が、文字通りのビッグバンとなって弾けた。  爆裂する轟音と閃光は、一瞬エデンの五感全てを、眩い白で埋め尽くす。  純白の闇はやがて晴れた。宙に浮いていたエデンは、勢いを失って着地した。 「何っ!?」  しかし、この光景はなんとしたことだ。  いるはずのものが、そこにいない。  あの禍々しい巨神の姿が、その身に乗っていたマスターの姿が、どこにも見当たらなかったのだ。 「まさか……!」  方針の転換とはこのことか。  要するに自分は嵌められたのだ。派手な囮に気を引かれ、まんまと誘い出されてしまったのだ。  宝具を解除したサーヴァントの姿は、周囲のどこにも見当たらない。  それはマスターも同様だ。先ほどの閃光が弾けた隙に、この場から離れてしまっている。  マスターとサーヴァントを引き離し、目眩ましによって身を隠し、自身は別の場所へ移動。  そうなればこの次の行動は、もはや一つしか考えられない。 (マスターが危険だ!)  エデンがいなくなったあの場所には、襲撃に晒されるマリアを守る者は、もはや一人もいないのだから。  思考し、元来た道を振り返る。守護の任務に戻らなければと、己が足を走らせんとす。 「っ!?」  瞬間、それを遮ったのは、鼓膜を破らんほどの爆音だった。  モーター音か。自動車? 違う。あまりに迫力が違いすぎる。 「何だ、これは……!?」  果たしてビルの陰から現れたのは、またしても巨大なロボットだった。  しかしそれは先程のような、漆黒の邪神像ではない。  紫色をベースに塗られた、より無骨な印象を与える機体だ。足元の車輪で走るそれは、どうやら飛ぶことすらできないらしい。  神々の映し身というよりは、オズのブリキ人形と呼ぶ方が近い。見るからに大量生産品と分かる、無様とすら呼べる姿だった。  そうだ。大量生産品だ。  何せ紫色のロボット兵器は――一度に三体も現れたのだから。 ◆  戦況は一体どうなった。  マリア・カデンツァヴナ・イヴは、耳をすませながら思考する。  万一の事態を想定して、シンフォギアは解除せずにいた。恐らくはエデンも、そうすることを望んでいただろう。 (今はまだ、動かない方がいい)  ここで出しゃばるのは得策ではない。  気持ちの整理のつかない今では、エデンにとって、邪魔にしかならない。  迷いが刃を鈍らせることを、武装組織フィーネの首魁は、誰よりも強く理解している。  そしてそんなことに対してばかり、理解の深くなった自分に、またしても嫌気がさしたのだった。 《――マスター、聞こえるか!?》  その時、不意に声が響く。  遠く離れたサーヴァントから、念話が脳内へと届く。 《キーパー? どうしたの?》 《すまない、嵌められた! 恐らくは今、マスターを狙って、そちらに敵が向かっている!》 《ええッ!?》  それは最悪の通達だった。  敵におびき出されたエデンは、敵の増援に囲まれ、完全に分断されたのだという。  そして彼のいる場所には、ライダーのサーヴァントもマスターも、どちらも見当たらないというのだ。  行き先は決まっている。この場所だ。戦場で孤立したマスターという、美味しすぎるこの状況を、敵が放置しておくわけがない。 《いいか、マスター! 今すぐ令――》  令呪を使ってエデンを呼び、この場に強制転移させる。  後から思い返せば、恐らく彼は、そのことを言いたかったのだろう。  しかし、その言葉は届かなかった。状況を打開する一手を、マリアが耳にすることはなかった。 「――はぁあああっ!」  それよりも早く、敵の声が、その場に割って入ったからだ。 「ッ!?」  ほとんど条件反射だった。  訓練された肉体は、素早く殺気に反応し、烈槍をそちらへ構えさせる。  がきんと鋭い音を上げ、火花の明かりがマリアを照らした。  槍と剣が激突し、鋭く散ったその火花は――黒く、禍々しく光っていた。 「よく受けたな」 「さっきの、サムライ……ッ!」  黒々とした熱を放ち、炎上するサムライソードを握るのは、白髪と白装束のマスターだ。  豊かな胸元に刻まれた、赤い三画の令呪が、これ見よがしに主張している。  猛獣か猛禽を思わせる、鋭い金色の瞳が、黒炎を纏う刀の向こうで、真っ向からマリアを睨んでいた。 「それは適切な呼び名ではないな」  言いながら、繰り出されたのは足だ。  鍔迫り合いのその下から、がら空きのマリアの腹部めがけて、痛烈なローキックが叩きこまれた。 「う……ッ!」  どんっと襲う衝撃と共に、神話の装束が吹っ飛ばされる。  襲撃者が使う得物は和刀だ。しかし、彼女は侍ではなかった。  仮に侍であったなら、あれほど巧みに身を隠し、ここまで忍び寄ることもなかった。  そうだ。忍び寄ったのだ。  彼女はそれを生業とする者。闇夜に忍びて敵を追い、命を奪う悪しき花。 「私は――忍だ!」  禍を纏いし妖刀を構え、左手にもまた炎を宿し。  右手に刀、左は拳。黒き炎を殺意より生じ、獲物を狙う暗殺者。  ライダーのサーヴァントのマスターは、自らが背負ったその称号を、月下に高らかに宣言した。 ◆  RPI-13・サザーランド。  対ナイトメアフレーム戦を想定して製造された、初のナイトメアフレームだ。  優れた汎用性と安定性を誇る本機は、相当数が生産されて、長らく戦線を支えていたという。  ライダー――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアもまた、飽きるほどに相手をし、時には手駒として操った機体だ。  それが今、再び彼の手駒となって、この世界樹の魔術都市に、姿を現し立ち回っている。  方針を転換した彼の策は、それを用いた物量戦だった。 「ははは……どうした色男? 個々のスペックだけならば、俺の蜃気楼よりも格下だぞ?」  観測兵の報告を受けながら、皇帝ルルーシュは邪悪に笑う。  元ブリタニア皇帝ルルーシュは、自身は戦闘能力を持たないものの、その身に三つの宝具を携えていた。  一つは、『我は世界を創る者(ぜったいじゅんしゅのギアス)』。強烈な催眠効果により、雅緋の軍団を築いた宝具だ。  もう一つは、『我は世界を壊す者(しんきろう)』。自らが駆る漆黒の機体であり、生前のルルーシュの愛機である。  そして残された最後の宝具が、『我は世界を変える者(オール・ハイル・ルルーシュ)』だ。  自らを讃える号令を、そのまま名前とした傲慢な宝具。  自らを讃える兵士達を、地獄の底から呼び起こし、手下として操ることができる宝具。  それこそ、天才軍師と謳われた、ルルーシュの力を最大限発揮する、真の切り札と呼べる宝具だった。 「S-6、攻撃を仕掛けろ。2秒後にS-7も突撃。両脇から時間差で攻めて態勢を崩す。  その後G-2が背後から砲撃し、標的をマスターから遠ざける。頼んだぞ、G-2」  S-5およびS-6のSは、サザーランドの頭文字のSだ。  無線機で指示を出しながら、Gの頭文字を持つ機体――ガレスを新たに生成する。  蜃気楼の両腕にもあった、粒子ビーム兵器・ハドロン砲を主兵装とする、空戦タイプのナイトメアフレーム名だ。  サザーランドでキーパーをかき乱し、そこにガレスの高火力砲撃を撃って、望む方向へと誘導する。それがルルーシュの戦略だった。 《ライダー、残り五機でその場を抑えろ。私の魔力も残しておけ》 《問題はない。三機出せれば十分だ》  マスターの雅緋からの念話に、応じた。  ルルーシュの指揮する作戦は、あくまで雅緋が目的を果たすまでの、時間稼ぎに過ぎない。  彼女が敵マスターを直接攻め、撃破するまでの間、キーパーを繋ぎ止めておく。それがルルーシュの役割だ。  本来守られるべきマスターが前線に立ち、逆にサーヴァントが闇に身を隠す。ともすれば、暴論とすら言える作戦である。  それでも、今はこの策がいい。隠密性に優れた雅緋は、奇襲作戦という観点で言えば、ルルーシュ以上に適任だ。 (それにしても、奴もこんな手にかかるとは)  守護者(キーパー)のクラスも名ばかりだなと、ルルーシュは内心で嘲笑った。  雅緋の同道を許可したのは、何も自信だけが理由ではない。  次善策として用意していた、この作戦を実行する上で、その方が挑発効果が見込めたからだ。  マスターとサーヴァントが一箇所に固まっていれば、敵の狙いもそこに絞られる。  その状態で逃げ去れば、敵はそれを追いかけるしかなく、結果容易に誘き出すことができる。  そんなことすらも予測できず、結果無数のナイトメアフレーム相手に、苦戦しているキーパーの姿は、滑稽としか言いようがなかった。 ◆  緒川慎次という男がいる。  二度交戦したシンフォギア装者・風鳴翼の付き人であり、自身も忍術を修めた強者だ。  特異災害対策機動部二課と、事を交えると決めた時から、いつか忍者と戦う機会は、訪れるだろうと考えてはいた。 (強い……ッ!)  それがこの場で、こんな形でだとは、マリアも想定していなかったのだが。  敵マスターの豪剣に、防ぐ槍と手を震わせながら、マリア・カデンツァヴナ・イヴは冷や汗を流した。 「誰が為にこの声、鳴り渡るのか……ッ!」 「この程度か! そのご大層なカラオケも、所詮はただのお飾りか!」  アームドギアを押しのけながら、白髪のマスターが轟然と吼える。  妖刀の黒炎をより強くしながら、マリアの守りを意にも介さず、じりじりとにじり寄ってくる。 「あぁッ!」  遂に距離はゼロへと詰まった。  唸りを上げる左の拳が、マリアを容赦なく殴り飛ばした。  悲鳴を上げ吹き飛ぶ彼女に、容赦なく忍の追撃が迫る。  なんとか態勢を立て直し、懸命にガングニールを握って、その攻撃に対処する。 (忍者の力は、シンフォギアよりも強いというのッ!?)  戦闘能力ではあちらが上だ。  神話の武具の力を宿した、FG式回天特機装束・シンフォギア。  その奇跡を具現化した甲冑よりも、今は忍の技の方が、明らかに強い。  東洋の神秘とはこれほどのものか。自分達F.I.Sは、こんな怪物相手に、喧嘩を売っていたというのか。 (違う……これは私の弱さだ……ッ!)  しかしマリアは、その思考を、即座に自ら否定する。  扱いきれていないにせよ、ガングニールのスペックは、平時より上がっているはずなのだ。  にもかかわらず只人ごときに、こうして遅れを取っているのは、自身が原因に他ならない。  迷いと躊躇いに鈍った刃が、女一人倒せないほどに、神話の槍を貶めているのだ。  常勝不敗と謳われた槍を、脆弱なものに変えているのは、他ならぬマリア自身の歌なのだ。 「喰らえ!」  敵マスターが突っ込んできた。開いた距離を詰めてきたのだ。  直線的な攻めだ。今なら間に合う。遠距離からの必殺技で、迎撃することができる。 「カデンツァの――ッ!」  そこまで考えて、手が止まった。  脳裏に蘇った炎の海に、槍を繰り出す手が止められた。  ここで引き金を引いてしまえば、また同じ結果を招くのではないか。  一瞬前と同じ炎が、目の前の敵を焼き殺し、悲劇を引き寄せるのではないか。  巡る懸念が思考を鈍らせ、紡ぐ歌を止めさせる。 「悦ばしきInfernoッ!!」  その隙を見逃してくれるほど、東洋の忍は甘くはなかった。  黒き魔刃がその火力を増す。より一層の火を纏った刀が、唸りを上げて襲いかかる。  一撃。二撃。更に三撃。次々と繰り出される必殺剣を、止められるだけの根性はマリアにはない。 「くぁあああッ!」  情けない悲鳴を上げながら、マリアは遂に直撃を受けた。  マントの防御すら間に合わず、全身をずたずたに引き裂かれ、傷口を炎で炙られた。  漆黒に染まった装束は、黒き炎の刃の前に、遂に崩れ落ち膝をついた。 「もう少し楽しめるかと思ったが……期待外れだったな」  金の眼光がマリアを見下ろす。  白装束に黒炎を纏う、モノクロのコントラストの武人が、冷たい視線と言葉を放つ。  強い。  何度となく抱いた感想だ。  その拳にも刃にも、迷いが一切感じられない。  私は強い。私は勝てる。むしろ絶対に勝たなければならない。  その凄まじい覚悟と気迫が、刃を燃やす炎となって、弱いマリアの身を焼き焦がしてくる。 (私とは、まるで違う)  ほぼタメ歳だというのに随分な違いだ。  これが今の自分に欠けているものか。  むしろこれこそが、今の自分が、持っていなければならないものだったのか。  無様に地べたに跪きながら、陽炎の向こうに立つ忍の姿を、マリアはじっと見上げていた。 ◆ (マスターは無事なのか……!?)  マリアとの念話が途切れてから、それなりの時間が経過している。  恐らくはエデンの予測通り、敵の襲撃を受けてしまい、それどころではなくなったのだろう。  あちらが受信できないのであれば、令呪による強制転移もできない。であれば、自分が力を尽くして、彼女の元へ戻らねばならない。 「邪魔だっ!」  そのためにも、倒さねばならない敵がいる。  青紫のロボットの胴体に、勢いよく鉄拳を叩き込んだ。  拳から小宇宙を爆裂させる。機体の内側で迸る雷が、内部メカを焼き尽くす。  機能を失ったブリキ人形は、エデンが離脱すると同時に、力なくうつ伏せに倒れた。  これでもまだ倒したのは二機目だ。青紫の陸戦機に限っても、まだ六機ほど残っている。  更に頭上を見上げれば、先ほどのライダーのそれとも違う、新たな黒いロボットが二機。 (大した敵ではないはずだ!)  単純火力も耐久力も、ライダーが直接駆っていた、あの黒き邪神の方が勝っている。  にもかかわらず苦戦しているのは、連戦がパフォーマンスの低下を招き、エデンが弱っているからか。  いいや違う。これは戦い方の差だ。  先程から敵は見透かしたかのように、こちらが攻められたくない位置とタイミングで、次々と攻撃を仕掛けてくる。  あのサーヴァントもとんだ策士だ。自らパイロットをやるよりも、後方で手下を操る方が、よほど手強いではないか。 「チィッ!」  だだだだだっ、と機銃が唸る。  ロボットサイズのマシンガンが、雄叫びを上げて凶弾を放つ。  鉛弾ところか砲弾サイズだ。大きく舌打ちを打ちながら、エデンはこれを飛び退って回避。 「がはっ!」  しかしその背後から襲ったのは、痛烈な衝撃の一打だった。  跳ね返る体をなんとか捻り、着地するより早く敵を見やる。  別の青紫のロボットだ。腕に仕込まれたトンファーを、背中に叩きつけてきたのだ。  あの程度の攻撃を食らってしまうとは、いよいよヤキが回ってきたらしい。 (このままでは……!)  今のままでは敗北する。  戦場の主導権は完全に、ライダーの陣営が握っている。  このまま突破口を見出せないようでは、マリアを殺され脱落だ。  何とかしなければ。  そう思いながらも、それでも何ともできない自分に、エデンは下唇を噛んだ。  未だ顔も見ていないライダーが、高らかに嘲笑う姿が、脳裏に浮かんでくる気がした。 ◆  そしてそれらの戦況を、一人見下ろす者がいる。  ゴーグルとスカーフで顔を隠し、紺色のコートを夜風に揺らし、ビルの上に立つ男がいる。  劣勢を強いられるキーパー側と、優勢に事を進めるライダー側。  彼はそのどちらでもなかった。全くの第三者だった。 「そうやって見下すことしかしないから、貴様らは足元を掬われる」  故に彼は純粋に、打算だけを考えて、その後の行動を決定した。  このまま野放しにしておいて、危険な存在になるのはどちらか。  たとえこの場で見逃したとしても、野垂れ死ぬのがオチなのはどちらか。  それは誰の目にも明白だ。故に男は弱者ではなく、強者の方に狙いを定めた。 「ならばその驕りを抱えたまま――潔く地の底へと沈め!」  かちり、と乾いた音がする。  それは彼がその手に握った、リモコンのボタンの音だった。  直後戦場に響いたのは、キーパーでもライダーによるものでもなく、設置式の爆弾によって生じた、鋭い爆発音だった。 ◆ 「何が起きた……!?」  地を埋める瓦礫の只中で、苦々しげに顔を歪めながら、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは呟く。  現象だけなら簡単だ。何らかの爆発によって、背後のビルの一部が崩落し、瓦礫がルルーシュへと降り注いできた。  それだけならば問題はない。幽霊であるサーヴァントには、石くれの雪崩など蚊ほども効かない。  今確認を取るべきなのは、それが誰によって起こされたかだ。  キーパーも、そのマスターさえも、戦場からは動いていない。彼らにはルルーシュを攻撃することはできない。 「キィイイイ――ッ!」  その時だ。  鳥の鳴き声を思わせる、甲高い声が聞こえてきたのは。 「使い魔か!?」  果たして姿を現したのは、奇妙な姿を持った怪鳥だ。  金属のパイプやエンジンを有した、機械仕掛けの猛禽である。それが二羽、三羽と現れ、ルルーシュの周囲を飛び交っている。  実体はない。されど質量は感じる。魔力の気配は感じられないが、本物のロボット鳥でないのは確かだ。  であれば、未知のサーヴァントによる、何らかの召喚術である可能性がある。  自分が神秘の欠片もない、ナイトメアフレームを呼び寄せ、意のままに操っているように。 「S-1! 私の直掩に回れ! 新手が現れた可能性がある!」  ルルーシュは無線を観測兵に繋ぐと、自らの護衛に回るよう指示した。  戦況の確認を担っていた、最初に召喚したサザーランドが、すぐさまルルーシュの元へと戻る。  万一キーパーらに視認されていたら、自分の位置を気取られかねない手だ。  だが、既に相当量のナイトメアフレームを召喚し、雅緋の魔力を使ってしまっている。  自分の身を守るために、『我は世界を壊す者(しんきろう)』で戦い続ける余力はない。であれば、今ある手駒を使うしかない。  そうした判断に対しては、ルルーシュは迷いのない男だった。  しかし、それとは違った意味で、この選択が誤りだったことを、彼は遠からず知ることになる。 ◆  雅緋は正しく勝ち誇っていた。  よほどつまらない勝負だったのか、その顔に浮かぶ感情は薄い。  ただしその冷酷な眼差しは、既に黒服の女をライバルではなく、屠るべくゴミとして見下していた。  後は黒刀を振り下ろすだけだ。  逆転あどあり得るはずもない。無様に膝をついた槍の女は、その一刀で絶命する。  故に雅緋のその態度は、自分の勝利を疑うことなく、戦いの終わりを確信しきっていた。 《――注意は引きつけた! やれ、ランサー!》  そういう状況下の人間こそ、最も警戒が薄れるものだ。  ランサーのサーヴァント――駆紋戒斗は、その隙を見逃す男ではなかった。 「おおおおっ!」 「何っ!?」  気付いた時にはもう遅い。  真紅のボディを固く覆った、金と銀色の鎧が光る。  地を蹴り物陰から飛び出してきた、甲冑の戦士の得物が唸る。  駆紋戒斗の戦闘形態――その名も、アーマードライダー・バロン。  『掲げよ、騎士の黄槍を(バナナアームズ)』をその身に纏い、豪槍を振りかぶる赤熱の男が、一直線に駆け抜けてくる。  その勢いを殺すことなど、雅緋にはできようはずもなかった。  あの殺気の塊のような女が、今まさにこの瞬間だけは、それほどに警戒を緩めていたのだ。 「フンッ!」 「がぁああああーっ!」  振り下ろす切っ先が、身を切り裂く。  甲高い悲鳴が闇夜に木霊し、真っ赤な鮮血が暗黒を彩る。  胴体を狙ったその一撃は、しかし両断には至らなかった。  さすがにユグドラシルの闇のボスだ。咄嗟にその身をよじることで、直撃だけは免れたのだ。 「ぐぅ……っ!」  それでも、ただでは済まされない。破れ飛んだ衣服の下では、胸元から腹のあたりまでにかけて、痛ましい傷跡が刻まれている。  露出した胸元の傷口からは、令呪すらも塗り潰す勢いで、どくどくと血が流れ落ちている。 「え……?」 「仕損じたな」  だとしても、即死で終わらせるつもりだった戒斗にとっては、それすらも不本意な結果だった。  戸惑うもう一人の女を無視し、アーマードライダーは舌打ちをする。 「令呪をもって、命ずる……来い……ライダーッ!」  そして雅緋の行動は、戒斗のそれよりも早かった。  胸の谷間の令呪を光らせ、強制転移の命令を下す。  声を張り上げたその勢いで、気力を使い果たしたのか、今度は雅緋が膝をついた。 「なかなかに無茶を言ってくれる!」  瞬間、闇夜に広がったのは光だ。  人間大の白い光が、徐々にその大きさを増して、新たな存在を現出させる。  現れたのは黒いロボット。恐らくはライダー自身の駆る宝具か。  強制転移と同時に発動し、攻撃を受けるリスクを避けたのは、さすがと言うべきかなんと言うべきか。 『この勝負、預けるぞ!』  次に聞こえてきた声は、先ほどとは異なり、スピーカー越しに発せられたものだ。  屈辱の色の濃い声を上げ、主人を拾い上げた漆黒の巨神は、すぐさまそのまま飛び去っていった。  追いかける術は、戒斗にはない。オーバーロードならまだしも、アーマードライダーにその力はない。 (収穫なし、か)  己のポリシーを曲げてまで、息巻いて飛び込んできた割には、この程度の結果しか得られなかった。  プライドの高い戒斗にとって、そのあまりにもお粗末な結果は、彼のヘソを曲げさせるには、あまりにも十分すぎるものだった。 ◆ 「すまない、マスター。僕としたことが、迂闊だった」  聖衣を解いて帰還してきた、エデンが放った第一声は、そんな謝罪の言葉だった。 「それを言うなら、私もそう……結局貴方に、負担をかけることしかできなかった」  そんな申し訳なさそうな顔をされると、こちらまでいたたまれなくなってくる。  元はといえば、マリアがちゃんと戦えていたならよかった話だ。  二人でライダーを追っていたなら、戦力を分断されることもなく、共に戦えたはずだったのだ。  だからこそガングニールを解いたマリアは、謝る必要はないと、エデンにそう返したのだった。 「………」  ちらと、エデンは脇を見やる。  鉄仮面のランサーは、未だ逃げることなくそこにいた。  臨戦態勢を解いたマリア達と異なり、恐らくは宝具か何かであろうその鎧を、未だその身に纏ったままでだ。 「やるつもりか。今のお前ら程度なら、俺一人でも事足りるぞ」  離れずにいたのは、手負いごとき敵ではないという、ランサーの自信の表れか。  悔しいが、こちらは満身創痍だ。確かに二人がかりで挑んでも、万全の敵を相手取るには、厳しいものがあるだろう。 《……マスター、僕に提案がある》  それ故かもしれない。  エデンがマリアに対して、念話でそう語りかけたのは。 ◆ 「えっ?」  キーパーなるサーヴァントのマスターが、驚いたような表情を作った。  どうやら念話で、何かしらの作戦会議を行っているらしい。  戦闘態勢に戻っていないことを考えると、どうやら正面から戦う気はなさそうだ。  どちらでもいい。何をしてこようと、正面から叩き伏せるだけのことだ。  そうして戒斗は、その光景を傍観し、相手の次の言葉を待った。 「……あの、ランサー。これはよかったらでいいのだけれど……私達と、同盟を組まないかしら?」  しかし実際に、相手のマスターの口から出た言葉は、少々予想外のものだった。  アーマードライダーのマスクの下で、戒斗は軽く、目を見開く。 「僕達はお互い、聖杯を得るために戦っている。  しかしそのライバルはあまりに多い……ならば、せめて一時的にでも手を組むことで、共にその数を減らしていくのが、得策だとは思わないか?」  マスターに続くように、キーパーが言った。  なるほど、つまりはそういうことか。  勝ち目が薄いというのなら、味方につけてしまえばいいということか。  生き残りを賭けたデスゲームである以上、そういう選択肢は、考えていなかった。  確かに、最後の二組になるまでという条件なら、同盟を組むという行為も自然にはなる。 「なるほど。悪くはない提案だ」  言いながら、戒斗は変身を解いた。  赤いスーツと鎧が消えて、黒と赤を基調とした、ロングコートの姿へと戻る。  平時ならばそのような提案、戒斗は一笑に付していただろう。  しかし状況が状況だ。雅緋一人を警戒する自分達に、手段を選んでいる余裕はない。  何よりも、敢えて徒党を組むと決めたなら、その状況をしかと受け止め、活用できるだけ活用する――駆紋戒斗はそういう人間だった。 「だが、俺はあくまでもサーヴァントだ。マスターの意志を聞かずして、結論を出すわけにはいかない」 「承知している」  応えたのはマスターではなく、サーヴァントだった。  主導権を握っている。これはマスター自身の考えではなく、キーパー側の提案ということか。  さすがに、傀儡になっている、とまではいかないだろうが。 「さてどうする、マスター殿?」  言いながら、戒斗は背後を振り返る。正確には後方に建っている、背の低い建物の上の方にだ。  そこには一つの人影があった。  紺色のコートを身に纏い、天上の月を背負う男。相も変わらず警戒を解かず、がちがちに顔を隠した男。  戒斗のマスター――黒咲隼が、高みからキーパーらを見下ろしていた。 「……好きにしろ。ただ、俺は貴様らと馴れ合うつもりも、ましてや助けてやる気もない。それだけはよく覚えておけ」  吐き捨てるようにそう言うと、黒咲はすぐさま身を翻した。  それで終わりだと言わんばかりに、彼は会話を拒絶して、その場から立ち去っていった。 「だ、そうだ。お互いに相互不可侵ということで、この場は納得してもらおうか」  敵対関係を貫くとは言わない。ただし協力することもない。  それはすなわち、お互いをターゲットとしては認識せず、手を出さないということだ。  戒斗の要約に、キーパー達も納得し、首を縦に振って了解した。 「詫びの代わりに、一つ教えてやる。あの女の名は雅緋。この街のゴロツキを束ねる親玉だ」  リベンジを挑むつもりがあるなら、歓楽街を探してみれば、奴を見つけられるんじゃないかと。  戒斗はそれだけを言い残して、同じく身を翻し立ち去った。 《喋りすぎだ》  黒咲の苛立たしげな念話が聞こえる。しかし戒斗は、それを無視した。  奴らに戦う意志があるのなら、雅緋と潰し合うことで、こちらの手間を省いてくれるだろう。  仮にそうでなかったとしたら、どの道遠からず野垂れ死ぬ。その程度の器だったというだけの話だ。 (無償の取引など存在しない)  手を組みたいというのなら、働ける分だけは働いてもらう。  それが駆紋戒斗なりの、同盟関係の条件だった。 【H-6/行政地区/一日目 深夜】 【マリア・カデンツァヴナ・イヴ@戦姫絶唱シンフォギアG】 [状態]ダメージ(大)、疲労(大)、魔力残量5割 [令呪]残り三画 [装備]ガングニール [道具]アガートラーム、外出鞄(財布、肌着、タオル、通帳)、特殊武器チップ(メタルマン) [所持金] 普通 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手に入れ、月の落下を止めたい 1.他のマスターにも居場所を悟られているかもしれない。しばらくの間、身を隠す 2.ランサー(=駆紋戒斗)達とは相互不可侵。助けられるなら助けたい 3.夜が明けたら、足りない生活用品を買い揃える。特に下着が欲しい 4.ガングニールに振り回されている、弱い自分に自己嫌悪 [備考] ※H-6にあるアパートに暮らしています ※ガングニールのロックが外れ、平時より出力が増大していることに気付きました ※ランサー(=駆紋戒斗)組と相互不可侵の関係を結びました ※ランサーのマスター(=黒咲隼)の顔と名前を知りません ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません ※雅緋が歓楽街を縄張りにしていると聞きました ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません 【キーパー(エデン)@聖闘士星矢Ω】 [状態] ダメージ(中) [装備] 『巨人星座の青銅聖衣(オリオンクロス)』 [道具] なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターに従う 1.他のマスターにも居場所を悟られているかもしれない。しばらくの間、身を隠す 2.ランサー(=駆紋戒斗)達とは相互不可侵 3.ユグドラシルの空気に違和感。何かからくりがあるのかもしれない [備考] ※世界樹の大元になっている樹が、「アスガルドのユグドラシル」なのではないかと考えています ※ランサー(=駆紋戒斗)組と相互不可侵の関係を結びました ※ランサーのマスター(=黒咲隼)の顔と名前を知りません ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません ※雅緋が歓楽街を縄張りにしていると聞きました ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません 【黒咲隼@遊戯王ARC-Ⅴ】 [状態]魔力残量9割5分 [令呪]残り三画 [装備]ゴーグル [道具]カードデッキ、デュエルディスク、オートバイ [所持金]やや貧乏 [思考・状況] 基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる 1.帰宅する。その後、今後の方針を練る 2.キーパー(=エデン)達とは相互不可侵。積極的に助けに行くつもりはない [備考] ※D-9にあるアパートに暮らしています ※キーパー(=エデン)組と相互不可侵の関係を結びました ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません 【ランサー(駆紋戒斗)@仮面ライダー鎧武】 [状態]健康 [装備]なし [道具]戦極ドライバー、ゲネシスドライバー、ロックシード(バナナ、マンゴー、レモンエナジー)、トランプ [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:優勝する 1.帰宅する。その後、今後の方針を練る 2.キーパー(=エデン)達とは相互不可侵。積極的に助けに行くつもりはない [備考] ※キーパー(=エデン)組と相互不可侵の関係を結びました ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません ◆  戦闘者の肉体とは、重いものだ。  基本的に筋肉というものは、脂肪よりも重たいものである。  そのため戦いのために己を鍛え、筋肉の鎧を纏った者は、必然体重も重くなってくる。  何もしない一般人よりは、確実に体格はよくなっているはずだ。 「重いぞ、マスター」  とはいえ、その発言をしたのは、頭でっかちのルルーシュである。  あるいは普通の人間であっても、膝の上に寝転ばれていては、同じ感想を漏らしたかもしれない。 「お互い、様だ。キーパーから逃れる時……お前を抱えてやったのを、忘れたか」  ひゅうひゅうと細く息を吐きながら、顔にびっしりと汗をかいて、雅緋は従者の悪口に返した。  『我は世界を壊す者(しんきろう)』にて戦場を離脱し、街の上空を飛ぶ両者は、今はまっすぐに歓楽街を目指していた。  ナイトメアフレームの機動力だ。到着に時間はかからないだろう。  あとはこのデカブツが、上手く着陸できる場所を、どこか探さなければならない。それだけが当面の問題だった。 「とにかく……部下を、退かせなければならないな。あのまま放置しては、足がつく……」 「馬鹿か。その前に医者だ。マスターが死んでは元も子もないだろう」  口調が素のものに近づいているのは、余裕のなさの表れだろうか。  ルルーシュに魔術の心得はない。人間の医者を頼らない限り、雅緋を治療することはできない。  表面上は平静を装いながらも、内心でライダーのサーヴァントは、それなりに切羽詰まっていた。 (らしくないミスをした)  先の戦闘を省みる。  あの時奇襲を仕掛けた者は、敵サーヴァントなどではなかった。  恐らくはサーヴァントのマスターだ。それが自らを囮にし、なおかつ正体を悟らせることなく、巧みに陽動を実行したのだ。  信じがたい、とは今でも思う。雅緋じゃあるまいし、とは思ってしまう。  その思考自体が、マスターは基本後方支援に徹するものと、無意識に決めつけてしまった結果だ。  自分達という例外が、唯一無二の存在であると、勝手に思い込んでしまったが故のミスだ。 (固定観念の隙を突くことこそ、小兵の取れる唯一の策)  かつてテロリストを率いていた自分なら、それは分かっていただろうに。  その固定観念に縛られたことこそが、勝利の目前まで迫ったゲームを、敗北したも同然の形で、こうして投げ出す結果を招いた。  同じ轍は二度と踏むまい。膝もとに力なく横たわる、己がマスターの痛ましい姿に、ルルーシュはそう固く誓った。 (それに、他にもクリアすべき条件がある)  更に今回の戦いにおいては、もう一つの問題点が浮上した。  それは自らの宝具の燃費の悪さだ。  十機近いナイトメアフレームを使役し、『我は世界を壊す者(しんきろう)』を二度召喚し、マスターにも前線で戦わせた。  神秘性に乏しいとはいえ、ナイトメアフレームは大質量兵器だ。その消費は無視できないものがあった。  結果として今回の戦いだけで、雅緋の魔力残量は、半分以下にまで減少してしまった。  『我は世界を壊す者(しんきろう)』と『我は世界を変える者(オール・ハイル・ルルーシュ)』の同時使用。それがルルーシュの理想だ。  しかしこの燃費の悪さでは、たとえ雅緋がマスターであっても、とても賄いきれるものではない。 (対策を打たねばならないな)  魔力が要る。  それも魂喰いなどという、効率の悪い手段を、ちまちまと取ってもいられない。  ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアにとっては、その方法を探るのが、当面の課題となるだろう。それは重々承知していた。 【F-8/行政地区上空・『我は世界を壊す者(しんきろう)』コックピット内部/一日目 深夜】 【雅緋@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】 [状態]胴体にダメージ(大)、魔力残量4割 [令呪]残りニ画 [装備]コート [道具]妖刀、秘伝忍法書、財布 [所持金]そこそこ裕福(マフィアの運営資金を握っている) [思考・状況] 基本行動方針:優勝を狙う 1.歓楽街に戻る。その後何らかの手段で部下に連絡し、行政地区から撤退させる 2.聖杯にかける願いに対する迷い [備考] ※ランサー(=駆紋戒斗)の顔を見ていません 【ライダー(ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)@コードギアス 反逆のルルーシュR2 】 [状態]健康 [装備]『我は世界を壊す者(しんきろう)』 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:雅緋を助け、優勝へと導く 1.歓楽街に戻る。その後雅緋を病院へ運ぶ 2.魔力確保の方法を探る 3.雅緋の迷いに対して懸念 [備考] ※ランサー(=駆紋戒斗)の顔を見ていません [全体の備考] ※H-6の橋の周辺で、大規模な戦闘が発生し、街に被害が出ました。周辺住民の間で、噂になる可能性があります。 ---- |BACK||NEXT| |[[不屈]]|[[投下順>本編目次投下順]]|[[森の向こうに目が潜む]]| |[[不屈]]|[[時系列順>本編目次時系列順]]|-| |BACK|登場キャラ|NEXT| |[[陰にて爪を研ぐ]]|[[雅緋]]|[[膠着期間]]| |~|ライダー([[ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア]])|~| |~|[[黒咲隼]]|~| |~|ランサー([[駆紋戒斗]])|~| |[[この手の刃は光れども]]|[[マリア・カデンツァヴナ・イヴ]]|-| |~|キーパー([[エデン]])|-|
*百機夜行 ◆nig7QPL25k  彼女がそこで目撃したのは、二人分の強者だった。  片や、60代の男。片や、20代の女。  罪歌の洗礼を受けた『子』は、魔術都市の役所の一つで、それらの気配を察知していた。  興味を惹かれたのはうち片方だ。  なにしろ男の方の立場は、軍隊の司令官である。  もちろん程度の差こそあれど、強者であるのは当然のことだ。  それだけでは優先するだけの理由にはならない。故にその『子』は男ではなく、女の方を優先した。  女の方は、同じ役所に勤務している、ただの公務員であるはずだった。  しかし彼女の放つ気配は、その程度の人間が持っているにしては、あまりにも不自然なものだった。  魔力にも似た、捉えどころのないオーラ。訓練された者の身のこなし。  一度に接触できるのは片方だけだ。なればこそ彼女は、そちらの方を優先し、ターゲットとして報告した。  そして聖杯戦争の開幕と同時に、女の家に向かってみれば、その近所で起きたのが大規模な火災だ。  このあたりで戦闘が起きている。であれば、もはや確定だ。  彼女は周辺の人間に、怪しい人影を見なかったかと聞き込みを行い、その行き先へと目星をつけた。  向かったのは西方。この辺りは警備の目も光っている。遠くまで移動することはできないだろう。  彼女は近くにいるであろうターゲットを目指し、即座に行動を開始した。  同じ職場で働く年下の女――マリア・カデンツァヴナ・イヴを求めて。 ◆  雅緋の目的地は行政地区だ。  そう戒斗から告げられた黒咲は、バイクのエンジンを始動させ、すぐさま移動を開始した。  両サイドに荷物を括りつけ、後ろには戒斗を乗せるという、半ば無理のある態勢で、ではあったが。 「乗り物くらい持っていないのか! 英霊のくせに!」  窮屈さに苛立ちながら、黒咲が言う。 「ライダーのクラスとして呼ばれていればな。もっともその場合は、お前の言う本当の姿を、見せてやることはできなかったろうが」  当て付けのように言う戒斗に対して、黒咲はヘルメットの下で眉をひそめた。  サーヴァントのクラス適性とは、何も一つきりではない。  戒斗にはランサーのクラスの他に、ライダークラスの適性もある。  その場合、彼の変身した姿である、アーマードライダーなる存在の特徴が強調され、使用できるアイテムが増えるのだそうだ。  もっとも、純粋な戦闘歩兵としてのスペックは、三騎士クラスの方が上回っている。  彼がその真の姿である、真紅の魔神へと変身するには、ランサーか、あるいはセイバーとして、召喚されていなければならないのだった。  戒斗が剣を使うなど、黒咲にとっては初耳であったが。 「……それで、行政地区のどこに行くかまでは、お前は聞いていないんだな?」 「向こうも正確な位置は把握していないらしい。現場に着いてから、捜索すると言っていた」  戒斗が立ち聞きした情報を確認する。  雅緋が行動を起こしたのは、やはり他のサーヴァントの存在を感知し、討伐に動いたからだったのだそうだ。  とはいえ、向こうも存在を知っただけで、正確な位置までは把握していなかったらしい。  故に何人か人手を集め、人海戦術にて捜索し、これを撃破するという作戦を取った。戒斗が確認したのはそこまでだ。 「マフィアが警察の縄張りで家探しか」  妙なことになったものだと、黒咲が言う。  行政地区は、政庁や特級住宅街に次いで、警備の目が厳しいエリアだ。  そんな所で事を起こすような、馬鹿が現れでもしない限り、黒咲にも、そして雅緋にとっても、縁遠いはずの場所だった。  もっとも、無法者が裏で官僚と繋がっているというのは、フィクションではよくある話ではあったが。 「そのこともある。目立つ行動は避けるのが無難だろうな」 「どうせ俺達が動かずとも、事が起これば、向こうから花火を上げてくれる」  それを目印にすると黒咲が言い、バイクを更に加速させた。 ◆  報告にあったのは、この辺りで戦火を広げた、戦闘者がいたということだけだ。  それが男であるのか女であるのか、そのことすらも雅緋は知らない。  その上追われる身であろう標的は、身を隠しているに違いないのだ。  大変な捜索になるであろうことは、彼女自身、理解はしていた。 《たとえば、逃げ延びた方の人間が、寝込みを襲われたのだと仮定する》  その助けとなったのが、ライダーのサーヴァント・ルルーシュだ。  生意気な態度は気になったが、彼は戦略家としては、一流の才を持つ知恵者だった。 《家に戻れば警察によって、質問責めに遭うだろう。かといってろくに荷物も持てない状態で、ここを離れるわけにもいかない》 《サバイバルゲームではないからな。町中で食べ物を確保するには、金を払うことが必須条件だ》 《あるいは、衣類の問題もある。マスターも、着の身着のままで、外をうろつきたくはないだろう?》  そういう聞き方をするか、普通。  デリカシーのない言葉に、一瞬むっとしたものの、その気持ちはぐっと飲み込んで堪える。 《まぁ……そうだな》 《ならば、しばらくはどこかに身を隠して、サーヴァントに荷物を取りに行かせ、それから行動を起こす。そう考えるべきだろう》  今まさにそうしているルルーシュのように、サーヴァントには霊体化能力がある。  ガサ入れでもされていない限り、周囲から身を隠して家に忍び込み、財布や服を持ち出すくらいは、造作もないだろう。  故にしばらくは動かないはずだと、そう推理するルルーシュの論は、説得力があるように思えた。 《ではそいつが襲われた方ではなく、襲った方の人間だったら?》 《お手上げだな。躊躇なくこの場を離れようとするだろう。そうなれば現状の手がかりだけでは、ターゲットを見つける術はない》  恐らくは肩を竦めているのだろう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとはそういう男だ。  それは霊体化した状態であっても、容易く想像することができた。 《どちらにせよ、通行人や警察には構うな。私の読み通りであるのなら、敵は必ず身を隠している》  もしまだこの行政地区に、ターゲットが潜んでいるのなら、いちいち令呪を確かめることはない。  そこまで豪胆に動ける余裕は、今の奴にはないはずだ。  雅緋はその言葉に従い、敵マスターの捜索に向かった。 ◆  知らず渦中の人物となった、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。  下着以外の着替えを済ませ、一応の防寒準備を整えた彼女は、未だ橋の下にいた。  近くに、エデンの気配はない。衣服を着替えることができたのも、彼が通帳を取りに行くため、この場を離れたからだった。 (これからどうしようかしら)  夜が明ければ、状況も落ち着いて、また出歩けるようになるだろう。  しかし、それからどうするか。寝泊まりはどこでするべきか。  そもそもそれ以前に、この体たらくで、生き残ることができるのか。 (キーパーのことは信じたい)  あくまで戦いの主役はサーヴァントだ。マスターとは司令塔であり、必ずしも戦闘者でなければいけないというわけではない。  だからもしもエデンが、一人で戦い続けることができたなら、それで問題はないのだろう。 (けれど……)  それでも、自分は見てしまった。  大勢の使い魔に翻弄される、エデンの姿を目の当たりにしてしまった。  サーヴァント並の使い魔を、複数召喚できる敵がいる。さすがに例外的な存在ではあろうが、そういう敵もいることはいるのだ。  もしもう一度まみえることがあれば、その時には傍観してなどいられない。  あれを打倒するためには、サーヴァントとマスターの連携が、必要不可欠になってくる。  それができるのか。  身に余る力に振り回され、撃槍を御しきれずにいる自分に、彼と並び立つ資格があるのか。 「――ああ、いたいたッ!」  その時だ。  不意に橋の上の方から、大きな声をかけられたのは。  思わず、びくりと身構える。追手が来たのかもしれない。どうしてもそう思ってしまう。  しかしそこに立っていたのは、予想に反して、見知った顔だった。 「あ……友里、さん」 「心配してたのよ、マリア? 家の近くで家事があったって聞いたし、電話にも出なかったんだから」  橋の近くに立っていたのは、友里という名前の歳上の女性だ。  マリアと同じ役所に勤めていて、年齢的には、先輩に当たる。  どうやらマリアの身を案じて、探しに来てくれたらしい。 「……それでどうして、こんな所で隠れていたの?」 「ええと、これは……色々と事情があって」  まさか、敵から身を隠しているなどとは言えまい。  上手い言い訳が見つからず、マリアはしばし、言葉に迷う。 「とにかく、ここじゃ何だし、ちょっと場所を変えましょうか」 「そう……ですね」  友里の提案に従い、マリアはその場から立ち上がる。  橋の陰から顔を出しながら、エデンに対して、合流地点を変えようと、念話を飛ばそうとした、その瞬間だ。 「――止まれ、マスター!」  声が聞こえた。頭上から注いだ。  マリアが足を止めると同時に、びゅんと風を切る音が鳴る。  何かが飛来したかと思えば、友里の体が崩れ落ち、足場に隠れて見えなくなる。 「きゃッ! ちょっ、何を……ッ!?」  戻ってきたエデンが、彼女を組み伏せたのだと理解したのは、その声を耳にした時だった。 「なっ……何をしているの、キーパーッ!? その人は私を心配して――」 「助けに来た人間が、何故こんなものを持ち歩いている?」  近くにあった階段を使い、駆け上がるマリアが見たものは、何かを握ったエデンの右手だ。 「それは……ッ!」 「袖口に隠すようにして握っていた。もっとも、こんなもので、何ができるのかは知らないがな」  カッターナイフ。  人に向ければ、十分に凶器となる代物だ。  それを友里が隠し持っていた。明らかにマリアを刺すつもりで、その凶刃を潜ませていたのだ。  思わぬ裏切りに対して、マリアは驚愕に目を見開く。 「く……ッ! このっ、放しなさ……ッ!」 「ッ!」 「ぎゃあああああッ!?」  瞬間、稲妻が弾けた。  取り押さえられた友里の体を、眩い電撃が駆け巡り、焼いた。  断末魔の悲鳴を上げた後、黒く煤けた女の顔は、力なくぺたりと石畳に貼りつく。 「殺したの……人を……?」 「……これはマスターではない。聖杯によって用意された、ただのNPCに過ぎない」  サーヴァントを連れているのなら、こんな呆気無い幕切れはあり得ないはずだ。  実際、見えている部分の素肌には、令呪など影も形もなかった。 「この街では、人を操る礼装の使い手が、手下を増やし続けているという」  そういう噂を聞いたからこそ、その可能性を考慮できた。  なればこそ、躊躇なく殺害したのだと、エデンはマリアに対して言った。 「……そう」  それでも、マリアの顔は暗い。  元来争いを好まず、人の死を悼む感性の持ち主だ。  たとえ人間ですらない擬似人格だろうと、人の姿をしたものが、惨たらしく殺される姿を見て、いい気分ではいられない。  だからこそ彼女は、フィーネを演じることに対して、迷いを抱き続けてきたのだ。  それがこの場に訪れて、フィーネを演じることがなくなっても、同じようなことを繰り返している。  そのことはマリアの繊細な心に、いくらか暗い影を落としていた。 「とにかく、場所を変えよう。今の声を聞きつけて、誰かに――」 『――それは今一歩遅かったな』 「ッ!?」  エデンが移動を促した、その時。  割って入る声があり、直後に爆音と光が轟く。  振り返る方向に光を伴い、突如現れたその姿は、マリアの想像を超えたものだった。 「飛行機ッ!?」  小さめの機体だが、飛行機だ。  四枚の翼を左右に広げ、低空飛行する黒い飛行機が、そこに姿を現していたのだ。  現代的どころか近未来的だ。その光沢を放つフォルムは、明らかに魔術都市には似つかわしくない。 「ライダークラスか……!」 『ご名算だ。もう少しかかると思っていたが、そちらから姿を見せてくれたのは、僥倖だったぞ』  自信満々な声色は、機体のスピーカーから響いているのか。  騎兵のサーヴァントであると認識し、敵意を滲ませるエデンに対し、若い男の声が笑う。 「マスター、シンフォギアを! 盾としてなら使えるはずだ!」 「わ、分かったわッ!」  宝具を纏うエデンに呼応し、自らも聖詠を唱える。  神世の調べが紡ぐのは、奇跡の糸が織り成す鎧だ。  白く輝く『巨人星座の青銅聖衣(オリオンクロス)』と、黒くはためくシンフォギア。  遠き神話に由来する、黒白の鎧が並び立ち、黒鉄の飛行兵器を睨み据えた。 『これはまた。神話のというより、テレビ番組のヒーローのようだな』 「言い過ぎだ、ライダー。それは私にとっても侮辱になるぞ」  くつくつと笑うライダーを、諌める声が聞こえてくる。  機体の影から現れたのは、マリアと同い年くらいの、白い装束の女性だった。  それもシンフォギアや聖衣と同じく、特殊な戦闘装束なのだろうか。  漆黒の剣を光らせて、マントと腰布をはためかせる姿は、明らかに普通の洋服ではない。  古の武人が纏っていたような、剛健な印象を与える衣服だ。  大きく開き露出した、大きな両胸の谷間には、真紅のエンブレムが刻まれている。  間違いない。マスターだ。今度は正真正銘の。 「主人同伴でやって来るとは、随分な自信だ……なっ!」  言いながら、エデンが雷球を投げる。  ごうっと音を立て加速するのは、トニトルイ・サルターレと呼ばれる飛び道具だ。  直撃コース一直線。微動だにしないマスターには、それを止める手段などない。 「何っ!?」  その、はずだった。  突如奔った赤い光が、雷を四散させるまでは。  ばちっ、と弾ける音と共に、光は粉々に弾け飛ぶ。  その向こうに出現したものは、半透明に光る壁だ。  エネルギー障壁。分かりやすく言えば、バリアか。  それがマスターを連れ現れた、ライダーの自信の正体だった。  たとえ弱点を晒そうとも、それを容易には攻めさせない用意が、彼の乗り物には存在したのだ。  恐らくは騎兵のサーヴァントの、宝具であろう飛行兵器には。 『そう、自信だ。だがこれは決して慢心ではない。正しく分相応の自信だよ』 「貴様……」 『ああ、前置きが長かったな。ならばそろそろ始めるとしようか』  睨むエデンの殺気を流し、どこ吹く風でライダーは言う。  そしてその開戦の一言が、浮遊する漆黒の飛行機に、新たな変化をもたらした。  機体が捻れる。各部が蠢く。不可思議な挙動を繰り返しながら、飛行物体のシルエットが変貌していく。  伸びたのは足か。開いたのは手か。  ぬうっと姿を現したのは、まさか頭部のつもりなのか。 「これは……ッ!?」  様変わりしたその姿は、翼持つ暗黒の巨人だった。  ライダーのサーヴァントの宝具は、飛行機などではなかったのだ。  身の丈5メートルはあろうかという、巨大な人型ロボット兵器――それこそが襲撃者の正体だった。 ◆ 「人の趣味を笑えないな」  威容を見上げ、エデンが言う。  飛行機だろうとロボットだろうと、所詮は同じ機動兵器。サイズにもそれほど変化はない。  しかし縦に大きく見上げる、その人型の気配の何としたこと。  古来より、人は巨人というものに対して、格別の畏怖を抱いたという。  各地の遺跡や神殿に、巨大な神像が祀られているのは、この視覚効果によるものか。 『見てくれだけではないぞ』  ふふんと軽く笑いながら、黒き巨神の操り手は、エデンの声にそう応える。  見下ろす顔面に光るのは四つ目。そして異様に大きなレンズだ。  その窓を覗き込むうちに、自身が吸い込まれていくような。異形の五つ目で形成された、不気味な面構えだった。  この風貌で神だというなら、ライダーが操るその姿は、悪魔か邪神の映し身か。 『せっかく披露したのだからな……力の方も味わってもらおう!』  瞬間、ロボットの両腕が動いた。  突き出された手のひらの、袖下あたりに備わったのは、弾丸を放つ銃口だろうか。  であれば来る。射撃武器だ。 「フッ……!」  反射的に飛び退った。視界の中で光が爆ぜた。  バリアを張れるならビームもありか。禍々しい気配と共に放たれたのは、渦を巻くエネルギーの弾丸だ。  着地し見上げたその先では、既にライダーの巨神像は、より空高くへと上昇している。  戦闘スタイルは聖闘士の真逆――バリアを張りつつ飛び道具を放って、遠距離から一方的に制圧する魂胆だろう。 「はぁっ!」  だが、そうはいかない。  思い通りになどさせるものか。  手近な建物に飛びつくと、その壁を蹴って跳躍し、夜の暗黒へと躍り出る。  虚空の彼方のターゲットへと、見舞うのは銀の左腕だ。  命中。されど、弾けるは閃光。  先ほども見たバリアによって、鉄拳は容易く防がれてしまう。 『仮にも絶対守護領域! 侮ってもらっては困るな!』  大仰な盾の名を謳い上げ、誇らしげにライダーが言った。  赤熱の向こうで銃口が光る。先ほどのエネルギー兵器か。この距離で狙い撃つつもりか。 「チッ!」  舌打ちと共にバリアを蹴って、エデンはその場を離脱する。  どんっとエネルギー弾が放たれた。迫り来る灼熱の凶弾は、両手でサルターレを投げ撃ち落とした。  着地すると同時に、頭上を仰いだ。その時エデンが目にしたものは、何とも奇妙な光景だった。 (何だ……?)  巨神の胸が、開いている。  胸部のハッチが開放されて、内部メカが露出している。  内臓は生身であっても機械であっても、急所と呼べる部位であるはずだ。  ましてや人の乗る乗り物であるなら、そんなところを攻撃されれば、コックピットにダメージが及びかねない。  そんな弱点を晒す行動に、一体何の意味があるというのだ。 『そしてこれこそ、対をなす矛』  瞬間、放たれるものがある。  月光を複雑に反射し、光を放つ結晶体だ。  ここに来て実弾兵器か? そもそもあれは弾丸なのか? 宝石を巨大化させたような、あんな珍妙な物体が?  不可解としか言いようのない光景に、エデンの思考は回転する。 『その光の切っ先――受けるがいい!』  刹那、ロボットの胸部が光った。  その瞬間、思考を直感が凌駕し、脳内にアラートが響き渡った。  何かが来る。これまでの攻撃とは一線を画する、恐らくは危険極まりない一手が。  理屈は未だ分からないが、何か恐るべき攻撃が、あそこから放たれようとしている。 「マスター! 盾をッ!」 「えッ――」  言いながら、エデンは駆け出した。  マスターであるマリアを守るため、方向転換し疾駆した。  雷の小宇宙を解き放つ。周囲にエネルギーを巡らせ、バリアの要領で壁を作る。  間に合え。あれが放たれる前に。恐ろしいことが起こる前に。 「がぁああっ!?」 「きゃぁあああッ!」  瞬間、痛烈な衝撃が襲った。  貫通と灼熱は、一箇所ではない。  視界が光に覆われて、眩く包まれたと思った瞬間、無数の攻撃をほぼ同時に受けた。  まばたきすら追いつかない間に、数十数百の閃光の矛が、エデンの体を貫いたのだ。 「ぐ……」  さしもの聖闘士も、ただでは済まない。焼け焦げた体を震わせて、がくりと力なく膝をつく。 『ハハハハ! 悪くない色になったじゃないか』  煤けた青銅聖衣を見下ろしながら、黒き邪神像は愉悦に笑う。  超然と天に浮かぶその姿は、エデンが生前対峙してきた、神々の姿そのものだ。  違いはあくまで姿を真似ただけで、そこに彼らの神性は、欠片も宿っていないということか。  実物を知るエデンにとっては、大きすぎる違いだが、それでもなお、脅威であることに変わりはなかった。 (マスターは……) 「う……ッ」  痛む体を起こしながら、エデンはマリアの方を見やる。  なんとか、彼女は生き延びていた。漆黒のマントで全身を覆い、いくらかダメージを負いながらも、一命だけはとりとめていた。 『壊すには忍びなくなったが、これも勝負。チェックは打たせてもらうぞ』  更なるライダーの追撃が迫る。  地を砕く巨大なアンカーが、膝から放たれ襲いかかる。 (恐るべき技だ)  これでも防衛態勢スキルの補正によって、防御力は上がっているのだ。どうにか動ける余力はある。  それを身を捩りかわしながら、エデンは敵の技を見定めた。  先ほど放たれた武器は、恐らくはレーザー兵器の類だろう。  原理は不明だが、例の結晶体に放つことで、その光を乱反射して、無数に拡散させたものだ。  その反射角度を巧みに操り、軌道を誘導することによって、オールレンジに近い攻撃を実現している。  亜光速の攻撃が、全方向から迫って敵を包囲し、逃げ場を塞いで焼き尽くすのだ。 (近い技を知っている)  雷撃を纏った鉄拳で、射撃を叩き落としながら、思考する。  獅子座の黄金聖闘士の技には、光速拳を奥義の域まで高めた、ライトニングプラズマというのものがあるのだそうだ。  師であるミケーネは、柄に合わなかったのか、ついぞ使うことはなかった。それもありエデンはその技を、直接身に受けたことはない。  だが知識のみで推測するなら、奴の武器は、それと同じものを、再現し実践するものなのだろう。 (それでも、所詮はカラクリ細工)  だとしても、そこには決定的な違いがある。  歴代の黄金聖闘士達は、この現象を引き起こすために、手品のタネなど要さなかった。  小細工で支えられた技など、タネが割れれば崩すのは容易い。 『さらばだ!』  再び例の攻撃が来る。  放たれたレンズ代わりの結晶体が、エデンの頭上へと向かう。 「キーパー……?」  未だ膝をついたままの、マリアの元へと敢えて戻った。  攻撃を誘い込む、というのとは違う。策を実行するためには、マリアには近くにいてもらわねばならない。  あの技の生命線は結晶体だ。壊してしまうのが理想だが、強度は未だ計り知れない。  それでも。  だとしても。  たとえ壊すことができずとも、この技を打ち破ることができる、最も確実な方法は他にある――! 「トワノ……トルナードッ!!」  雄叫びと共に、荒れるのは嵐だ。  稲妻を響かせて乱れ狂う、雷撃色の竜巻だ。  ばたばたと聖衣の装束が揺れる。ガングニールのマントがはためく。  エデンが持つ奥義の一つ、トワノ・トルナード。  雷撃を纏う竜巻を生じ、敵に向かってぶつける技だ。 「これは……ッ!」  台風の目の只中で、マリアは両目を見開いた。  自らの周囲で轟然と、渦を巻く突風を見定めた。  そして頭上で風に煽られ、傾く結晶体の姿を。 『ほう……?』  ライダーがそう呟いた時には、既に全てが遅すぎた。  放たれたレーザーはまっすぐに、偏光レンズへと命中する。  風に煽られ揺れたことで、入射角も反射角も変化し、照準が破綻した結晶体にだ。  そうなれば全てがご破産だ。光線は見当違いな角度で曲がり、文字通り無茶苦茶な軌跡を描いて、あちらこちらへと撒き散らされる。  建物が射抜かれた。石畳が焼けた。泉の水が少し沸いた。  だがそれだけだ。狙いを狂わされたレーザーは、肝心なエデンとマリアには、一発も命中しなかったのだ。 「お前の放った結晶体が、僕に壊せるものなのかは、分からなかった」  遂に結晶に亀裂が走り、やがて粉々に砕け散る。  兵器ではなく月明を受けて、きらきらと光る欠片達が、烈風に溶けて消えていく。 「それでも、僕にはこの技があった。トワノ・トルナードが巻き起こす嵐は、その風圧で結晶を揺さぶり、お前の狙いを狂わせる」  嵐はやがて凪へと変わる。  風の止んだ只中で、エデンが静かに言葉を紡ぐ。  凄惨な破壊の傷跡は、全て周囲に残されていた。  対してエデンの立つ足場は、至って綺麗なものだった。 「そして今、破壊可能であることも証明された。お前の切り札は、決して僕に届くことはない!」  一度正体を見切った技は、聖闘士には決して通用しない。  邪神の放つ光の雨が、オリオン星座のエデンを射抜く未来は、決して訪れることはない。  漆黒の機体が放つ光が、アルテミスの矢となることは、ない。 「どうする、ライダー? 相性の悪そうな相手だぞ」  機体の肩に立つ、敵マスターが言った。  未だ余裕だとでも言いたいのか。この光景を見せられてもなお、その表情に変化はない。 『……そうだな。方針を変えるべきか』  言うと、ライダーの乗機が、再びその姿を変えた。  元の飛行機の形態へ戻り、そのまま後方へと下がりだす。  撤退する気か。だがそうはいかない。この状況で退かれれば、今後に大きな障害を残す。  追われる立場のマスターを、これ以上ややこしい状況に置くことはできない。 「キーパーッ!?」 「マスターはそのまま! どこかに身を隠していてくれ!」  番人らしからぬ選択だが、ここは攻めに出るべきだ。  マリアをその場へと残すと、エデンは石畳を蹴って、逃げる機影を追いかけ始めた。  大きいとはいえ、5メートルクラスだ。小柄なライダーの機体は、建物の間を巧みに縫って、エデンの追跡を振り切らんとする。  だが、それでも小回りならば、生身の方が利くのは間違いない。この程度の追いかけっこでは、まだまだ見失うには至らない。 『粘るな!』 「抜かせ!」  手のひらより雷撃を放つ。しかしそれは阻まれる。  レーザーは攻略したとはいえ、敵の絶対守護領域とやらは、未だ健在というわけだ。  赤い障壁のその向こうで、飛行機は再び邪神へと化ける。  神像の姿を取った敵機は、身を捻りエデンの方へ向き直ると、再び胸部のハッチを開いた。 「っ……!」  瞬間、迸ったのは光だ。反射的に小宇宙をもって、迫る熱量を迎え撃つ。  結晶体を介したものではない。本来拡散すべきレーザーを、そのままの状態で直射したのだ。  一点に集中した威力は、先ほど以上の突破力と、眩い光をもって襲いかかる。 「……ぇえええいっ!」  負けてなるものか。あと一歩の距離まで追い詰めているのだ。  雷の小宇宙を練り上げた。  極限のせめぎ合いに追い込まれ、セブンセンシズに達した小宇宙が、文字通りのビッグバンとなって弾けた。  爆裂する轟音と閃光は、一瞬エデンの五感全てを、眩い白で埋め尽くす。  純白の闇はやがて晴れた。宙に浮いていたエデンは、勢いを失って着地した。 「何っ!?」  しかし、この光景はなんとしたことだ。  いるはずのものが、そこにいない。  あの禍々しい巨神の姿が、その身に乗っていたマスターの姿が、どこにも見当たらなかったのだ。 「まさか……!」  方針の転換とはこのことか。  要するに自分は嵌められたのだ。派手な囮に気を引かれ、まんまと誘い出されてしまったのだ。  宝具を解除したサーヴァントの姿は、周囲のどこにも見当たらない。  それはマスターも同様だ。先ほどの閃光が弾けた隙に、この場から離れてしまっている。  マスターとサーヴァントを引き離し、目眩ましによって身を隠し、自身は別の場所へ移動。  そうなればこの次の行動は、もはや一つしか考えられない。 (マスターが危険だ!)  エデンがいなくなったあの場所には、襲撃に晒されるマリアを守る者は、もはや一人もいないのだから。  思考し、元来た道を振り返る。守護の任務に戻らなければと、己が足を走らせんとす。 「っ!?」  瞬間、それを遮ったのは、鼓膜を破らんほどの爆音だった。  モーター音か。自動車? 違う。あまりに迫力が違いすぎる。 「何だ、これは……!?」  果たしてビルの陰から現れたのは、またしても巨大なロボットだった。  しかしそれは先程のような、漆黒の邪神像ではない。  紫色をベースに塗られた、より無骨な印象を与える機体だ。足元の車輪で走るそれは、どうやら飛ぶことすらできないらしい。  神々の映し身というよりは、オズのブリキ人形と呼ぶ方が近い。見るからに大量生産品と分かる、無様とすら呼べる姿だった。  そうだ。大量生産品だ。  何せ紫色のロボット兵器は――一度に三体も現れたのだから。 ◆  戦況は一体どうなった。  マリア・カデンツァヴナ・イヴは、耳をすませながら思考する。  万一の事態を想定して、シンフォギアは解除せずにいた。恐らくはエデンも、そうすることを望んでいただろう。 (今はまだ、動かない方がいい)  ここで出しゃばるのは得策ではない。  気持ちの整理のつかない今では、エデンにとって、邪魔にしかならない。  迷いが刃を鈍らせることを、武装組織フィーネの首魁は、誰よりも強く理解している。  そしてそんなことに対してばかり、理解の深くなった自分に、またしても嫌気がさしたのだった。 《――マスター、聞こえるか!?》  その時、不意に声が響く。  遠く離れたサーヴァントから、念話が脳内へと届く。 《キーパー? どうしたの?》 《すまない、嵌められた! 恐らくは今、マスターを狙って、そちらに敵が向かっている!》 《ええッ!?》  それは最悪の通達だった。  敵におびき出されたエデンは、敵の増援に囲まれ、完全に分断されたのだという。  そして彼のいる場所には、ライダーのサーヴァントもマスターも、どちらも見当たらないというのだ。  行き先は決まっている。この場所だ。戦場で孤立したマスターという、美味しすぎるこの状況を、敵が放置しておくわけがない。 《いいか、マスター! 今すぐ令――》  令呪を使ってエデンを呼び、この場に強制転移させる。  後から思い返せば、恐らく彼は、そのことを言いたかったのだろう。  しかし、その言葉は届かなかった。状況を打開する一手を、マリアが耳にすることはなかった。 「――はぁあああっ!」  それよりも早く、敵の声が、その場に割って入ったからだ。 「ッ!?」  ほとんど条件反射だった。  訓練された肉体は、素早く殺気に反応し、烈槍をそちらへ構えさせる。  がきんと鋭い音を上げ、火花の明かりがマリアを照らした。  槍と剣が激突し、鋭く散ったその火花は――黒く、禍々しく光っていた。 「よく受けたな」 「さっきの、サムライ……ッ!」  黒々とした熱を放ち、炎上するサムライソードを握るのは、白髪と白装束のマスターだ。  豊かな胸元に刻まれた、赤い三画の令呪が、これ見よがしに主張している。  猛獣か猛禽を思わせる、鋭い金色の瞳が、黒炎を纏う刀の向こうで、真っ向からマリアを睨んでいた。 「それは適切な呼び名ではないな」  言いながら、繰り出されたのは足だ。  鍔迫り合いのその下から、がら空きのマリアの腹部めがけて、痛烈なローキックが叩きこまれた。 「う……ッ!」  どんっと襲う衝撃と共に、神話の装束が吹っ飛ばされる。  襲撃者が使う得物は和刀だ。しかし、彼女は侍ではなかった。  仮に侍であったなら、あれほど巧みに身を隠し、ここまで忍び寄ることもなかった。  そうだ。忍び寄ったのだ。  彼女はそれを生業とする者。闇夜に忍びて敵を追い、命を奪う悪しき花。 「私は――忍だ!」  禍を纏いし妖刀を構え、左手にもまた炎を宿し。  右手に刀、左は拳。黒き炎を殺意より生じ、獲物を狙う暗殺者。  ライダーのサーヴァントのマスターは、自らが背負ったその称号を、月下に高らかに宣言した。 ◆  RPI-13・サザーランド。  対ナイトメアフレーム戦を想定して製造された、初のナイトメアフレームだ。  優れた汎用性と安定性を誇る本機は、相当数が生産されて、長らく戦線を支えていたという。  ライダー――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアもまた、飽きるほどに相手をし、時には手駒として操った機体だ。  それが今、再び彼の手駒となって、この世界樹の魔術都市に、姿を現し立ち回っている。  方針を転換した彼の策は、それを用いた物量戦だった。 「ははは……どうした色男? 個々のスペックだけならば、俺の蜃気楼よりも格下だぞ?」  観測兵の報告を受けながら、皇帝ルルーシュは邪悪に笑う。  元ブリタニア皇帝ルルーシュは、自身は戦闘能力を持たないものの、その身に三つの宝具を携えていた。  一つは、『我は世界を創る者(ぜったいじゅんしゅのギアス)』。強烈な催眠効果により、雅緋の軍団を築いた宝具だ。  もう一つは、『我は世界を壊す者(しんきろう)』。自らが駆る漆黒の機体であり、生前のルルーシュの愛機である。  そして残された最後の宝具が、『我は世界を変える者(オール・ハイル・ルルーシュ)』だ。  自らを讃える号令を、そのまま名前とした傲慢な宝具。  自らを讃える兵士達を、地獄の底から呼び起こし、手下として操ることができる宝具。  それこそ、天才軍師と謳われた、ルルーシュの力を最大限発揮する、真の切り札と呼べる宝具だった。 「S-6、攻撃を仕掛けろ。2秒後にS-7も突撃。両脇から時間差で攻めて態勢を崩す。  その後G-2が背後から砲撃し、標的をマスターから遠ざける。頼んだぞ、G-2」  S-5およびS-6のSは、サザーランドの頭文字のSだ。  無線機で指示を出しながら、Gの頭文字を持つ機体――ガレスを新たに生成する。  蜃気楼の両腕にもあった、粒子ビーム兵器・ハドロン砲を主兵装とする、空戦タイプのナイトメアフレーム名だ。  サザーランドでキーパーをかき乱し、そこにガレスの高火力砲撃を撃って、望む方向へと誘導する。それがルルーシュの戦略だった。 《ライダー、残り五機でその場を抑えろ。私の魔力も残しておけ》 《問題はない。三機出せれば十分だ》  マスターの雅緋からの念話に、応じた。  ルルーシュの指揮する作戦は、あくまで雅緋が目的を果たすまでの、時間稼ぎに過ぎない。  彼女が敵マスターを直接攻め、撃破するまでの間、キーパーを繋ぎ止めておく。それがルルーシュの役割だ。  本来守られるべきマスターが前線に立ち、逆にサーヴァントが闇に身を隠す。ともすれば、暴論とすら言える作戦である。  それでも、今はこの策がいい。隠密性に優れた雅緋は、奇襲作戦という観点で言えば、ルルーシュ以上に適任だ。 (それにしても、奴もこんな手にかかるとは)  守護者(キーパー)のクラスも名ばかりだなと、ルルーシュは内心で嘲笑った。  雅緋の同道を許可したのは、何も自信だけが理由ではない。  次善策として用意していた、この作戦を実行する上で、その方が挑発効果が見込めたからだ。  マスターとサーヴァントが一箇所に固まっていれば、敵の狙いもそこに絞られる。  その状態で逃げ去れば、敵はそれを追いかけるしかなく、結果容易に誘き出すことができる。  そんなことすらも予測できず、結果無数のナイトメアフレーム相手に、苦戦しているキーパーの姿は、滑稽としか言いようがなかった。 ◆  緒川慎次という男がいる。  二度交戦したシンフォギア装者・風鳴翼の付き人であり、自身も忍術を修めた強者だ。  特異災害対策機動部二課と、事を交えると決めた時から、いつか忍者と戦う機会は、訪れるだろうと考えてはいた。 (強い……ッ!)  それがこの場で、こんな形でだとは、マリアも想定していなかったのだが。  敵マスターの豪剣に、防ぐ槍と手を震わせながら、マリア・カデンツァヴナ・イヴは冷や汗を流した。 「誰が為にこの声、鳴り渡るのか……ッ!」 「この程度か! そのご大層なカラオケも、所詮はただのお飾りか!」  アームドギアを押しのけながら、白髪のマスターが轟然と吼える。  妖刀の黒炎をより強くしながら、マリアの守りを意にも介さず、じりじりとにじり寄ってくる。 「あぁッ!」  遂に距離はゼロへと詰まった。  唸りを上げる左の拳が、マリアを容赦なく殴り飛ばした。  悲鳴を上げ吹き飛ぶ彼女に、容赦なく忍の追撃が迫る。  なんとか態勢を立て直し、懸命にガングニールを握って、その攻撃に対処する。 (忍者の力は、シンフォギアよりも強いというのッ!?)  戦闘能力ではあちらが上だ。  神話の武具の力を宿した、FG式回天特機装束・シンフォギア。  その奇跡を具現化した甲冑よりも、今は忍の技の方が、明らかに強い。  東洋の神秘とはこれほどのものか。自分達F.I.Sは、こんな怪物相手に、喧嘩を売っていたというのか。 (違う……これは私の弱さだ……ッ!)  しかしマリアは、その思考を、即座に自ら否定する。  扱いきれていないにせよ、ガングニールのスペックは、平時より上がっているはずなのだ。  にもかかわらず只人ごときに、こうして遅れを取っているのは、自身が原因に他ならない。  迷いと躊躇いに鈍った刃が、女一人倒せないほどに、神話の槍を貶めているのだ。  常勝不敗と謳われた槍を、脆弱なものに変えているのは、他ならぬマリア自身の歌なのだ。 「喰らえ!」  敵マスターが突っ込んできた。開いた距離を詰めてきたのだ。  直線的な攻めだ。今なら間に合う。遠距離からの必殺技で、迎撃することができる。 「カデンツァの――ッ!」  そこまで考えて、手が止まった。  脳裏に蘇った炎の海に、槍を繰り出す手が止められた。  ここで引き金を引いてしまえば、また同じ結果を招くのではないか。  一瞬前と同じ炎が、目の前の敵を焼き殺し、悲劇を引き寄せるのではないか。  巡る懸念が思考を鈍らせ、紡ぐ歌を止めさせる。 「悦ばしきInfernoッ!!」  その隙を見逃してくれるほど、東洋の忍は甘くはなかった。  黒き魔刃がその火力を増す。より一層の火を纏った刀が、唸りを上げて襲いかかる。  一撃。二撃。更に三撃。次々と繰り出される必殺剣を、止められるだけの根性はマリアにはない。 「くぁあああッ!」  情けない悲鳴を上げながら、マリアは遂に直撃を受けた。  マントの防御すら間に合わず、全身をずたずたに引き裂かれ、傷口を炎で炙られた。  漆黒に染まった装束は、黒き炎の刃の前に、遂に崩れ落ち膝をついた。 「もう少し楽しめるかと思ったが……期待外れだったな」  金の眼光がマリアを見下ろす。  白装束に黒炎を纏う、モノクロのコントラストの武人が、冷たい視線と言葉を放つ。  強い。  何度となく抱いた感想だ。  その拳にも刃にも、迷いが一切感じられない。  私は強い。私は勝てる。むしろ絶対に勝たなければならない。  その凄まじい覚悟と気迫が、刃を燃やす炎となって、弱いマリアの身を焼き焦がしてくる。 (私とは、まるで違う)  ほぼタメ歳だというのに随分な違いだ。  これが今の自分に欠けているものか。  むしろこれこそが、今の自分が、持っていなければならないものだったのか。  無様に地べたに跪きながら、陽炎の向こうに立つ忍の姿を、マリアはじっと見上げていた。 ◆ (マスターは無事なのか……!?)  マリアとの念話が途切れてから、それなりの時間が経過している。  恐らくはエデンの予測通り、敵の襲撃を受けてしまい、それどころではなくなったのだろう。  あちらが受信できないのであれば、令呪による強制転移もできない。であれば、自分が力を尽くして、彼女の元へ戻らねばならない。 「邪魔だっ!」  そのためにも、倒さねばならない敵がいる。  青紫のロボットの胴体に、勢いよく鉄拳を叩き込んだ。  拳から小宇宙を爆裂させる。機体の内側で迸る雷が、内部メカを焼き尽くす。  機能を失ったブリキ人形は、エデンが離脱すると同時に、力なくうつ伏せに倒れた。  これでもまだ倒したのは二機目だ。青紫の陸戦機に限っても、まだ六機ほど残っている。  更に頭上を見上げれば、先ほどのライダーのそれとも違う、新たな黒いロボットが二機。 (大した敵ではないはずだ!)  単純火力も耐久力も、ライダーが直接駆っていた、あの黒き邪神の方が勝っている。  にもかかわらず苦戦しているのは、連戦がパフォーマンスの低下を招き、エデンが弱っているからか。  いいや違う。これは戦い方の差だ。  先程から敵は見透かしたかのように、こちらが攻められたくない位置とタイミングで、次々と攻撃を仕掛けてくる。  あのサーヴァントもとんだ策士だ。自らパイロットをやるよりも、後方で手下を操る方が、よほど手強いではないか。 「チィッ!」  だだだだだっ、と機銃が唸る。  ロボットサイズのマシンガンが、雄叫びを上げて凶弾を放つ。  鉛弾ところか砲弾サイズだ。大きく舌打ちを打ちながら、エデンはこれを飛び退って回避。 「がはっ!」  しかしその背後から襲ったのは、痛烈な衝撃の一打だった。  跳ね返る体をなんとか捻り、着地するより早く敵を見やる。  別の青紫のロボットだ。腕に仕込まれたトンファーを、背中に叩きつけてきたのだ。  あの程度の攻撃を食らってしまうとは、いよいよヤキが回ってきたらしい。 (このままでは……!)  今のままでは敗北する。  戦場の主導権は完全に、ライダーの陣営が握っている。  このまま突破口を見出せないようでは、マリアを殺され脱落だ。  何とかしなければ。  そう思いながらも、それでも何ともできない自分に、エデンは下唇を噛んだ。  未だ顔も見ていないライダーが、高らかに嘲笑う姿が、脳裏に浮かんでくる気がした。 ◆  そしてそれらの戦況を、一人見下ろす者がいる。  ゴーグルとスカーフで顔を隠し、紺色のコートを夜風に揺らし、ビルの上に立つ男がいる。  劣勢を強いられるキーパー側と、優勢に事を進めるライダー側。  彼はそのどちらでもなかった。全くの第三者だった。 「そうやって見下すことしかしないから、貴様らは足元を掬われる」  故に彼は純粋に、打算だけを考えて、その後の行動を決定した。  このまま野放しにしておいて、危険な存在になるのはどちらか。  たとえこの場で見逃したとしても、野垂れ死ぬのがオチなのはどちらか。  それは誰の目にも明白だ。故に男は弱者ではなく、強者の方に狙いを定めた。 「ならばその驕りを抱えたまま――潔く地の底へと沈め!」  かちり、と乾いた音がする。  それは彼がその手に握った、リモコンのボタンの音だった。  直後戦場に響いたのは、キーパーでもライダーによるものでもなく、設置式の爆弾によって生じた、鋭い爆発音だった。 ◆ 「何が起きた……!?」  地を埋める瓦礫の只中で、苦々しげに顔を歪めながら、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは呟く。  現象だけなら簡単だ。何らかの爆発によって、背後のビルの一部が崩落し、瓦礫がルルーシュへと降り注いできた。  それだけならば問題はない。幽霊であるサーヴァントには、石くれの雪崩など蚊ほども効かない。  今確認を取るべきなのは、それが誰によって起こされたかだ。  キーパーも、そのマスターさえも、戦場からは動いていない。彼らにはルルーシュを攻撃することはできない。 「キィイイイ――ッ!」  その時だ。  鳥の鳴き声を思わせる、甲高い声が聞こえてきたのは。 「使い魔か!?」  果たして姿を現したのは、奇妙な姿を持った怪鳥だ。  金属のパイプやエンジンを有した、機械仕掛けの猛禽である。それが二羽、三羽と現れ、ルルーシュの周囲を飛び交っている。  実体はない。されど質量は感じる。魔力の気配は感じられないが、本物のロボット鳥でないのは確かだ。  であれば、未知のサーヴァントによる、何らかの召喚術である可能性がある。  自分が神秘の欠片もない、ナイトメアフレームを呼び寄せ、意のままに操っているように。 「S-1! 私の直掩に回れ! 新手が現れた可能性がある!」  ルルーシュは無線を観測兵に繋ぐと、自らの護衛に回るよう指示した。  戦況の確認を担っていた、最初に召喚したサザーランドが、すぐさまルルーシュの元へと戻る。  万一キーパーらに視認されていたら、自分の位置を気取られかねない手だ。  だが、既に相当量のナイトメアフレームを召喚し、雅緋の魔力を使ってしまっている。  自分の身を守るために、『我は世界を壊す者(しんきろう)』で戦い続ける余力はない。であれば、今ある手駒を使うしかない。  そうした判断に対しては、ルルーシュは迷いのない男だった。  しかし、それとは違った意味で、この選択が誤りだったことを、彼は遠からず知ることになる。 ◆  雅緋は正しく勝ち誇っていた。  よほどつまらない勝負だったのか、その顔に浮かぶ感情は薄い。  ただしその冷酷な眼差しは、既に黒服の女をライバルではなく、屠るべくゴミとして見下していた。  後は黒刀を振り下ろすだけだ。  逆転あどあり得るはずもない。無様に膝をついた槍の女は、その一刀で絶命する。  故に雅緋のその態度は、自分の勝利を疑うことなく、戦いの終わりを確信しきっていた。 《――注意は引きつけた! やれ、ランサー!》  そういう状況下の人間こそ、最も警戒が薄れるものだ。  ランサーのサーヴァント――駆紋戒斗は、その隙を見逃す男ではなかった。 「おおおおっ!」 「何っ!?」  気付いた時にはもう遅い。  真紅のボディを固く覆った、金と銀色の鎧が光る。  地を蹴り物陰から飛び出してきた、甲冑の戦士の得物が唸る。  駆紋戒斗の戦闘形態――その名も、アーマードライダー・バロン。  『掲げよ、騎士の黄槍を(バナナアームズ)』をその身に纏い、豪槍を振りかぶる赤熱の男が、一直線に駆け抜けてくる。  その勢いを殺すことなど、雅緋にはできようはずもなかった。  あの殺気の塊のような女が、今まさにこの瞬間だけは、それほどに警戒を緩めていたのだ。 「フンッ!」 「がぁああああーっ!」  振り下ろす切っ先が、身を切り裂く。  甲高い悲鳴が闇夜に木霊し、真っ赤な鮮血が暗黒を彩る。  胴体を狙ったその一撃は、しかし両断には至らなかった。  さすがにユグドラシルの闇のボスだ。咄嗟にその身をよじることで、直撃だけは免れたのだ。 「ぐぅ……っ!」  それでも、ただでは済まされない。破れ飛んだ衣服の下では、胸元から腹のあたりまでにかけて、痛ましい傷跡が刻まれている。  露出した胸元の傷口からは、令呪すらも塗り潰す勢いで、どくどくと血が流れ落ちている。 「え……?」 「仕損じたな」  だとしても、即死で終わらせるつもりだった戒斗にとっては、それすらも不本意な結果だった。  戸惑うもう一人の女を無視し、アーマードライダーは舌打ちをする。 「令呪をもって、命ずる……来い……ライダーッ!」  そして雅緋の行動は、戒斗のそれよりも早かった。  胸の谷間の令呪を光らせ、強制転移の命令を下す。  声を張り上げたその勢いで、気力を使い果たしたのか、今度は雅緋が膝をついた。 「なかなかに無茶を言ってくれる!」  瞬間、闇夜に広がったのは光だ。  人間大の白い光が、徐々にその大きさを増して、新たな存在を現出させる。  現れたのは黒いロボット。恐らくはライダー自身の駆る宝具か。  強制転移と同時に発動し、攻撃を受けるリスクを避けたのは、さすがと言うべきかなんと言うべきか。 『この勝負、預けるぞ!』  次に聞こえてきた声は、先ほどとは異なり、スピーカー越しに発せられたものだ。  屈辱の色の濃い声を上げ、主人を拾い上げた漆黒の巨神は、すぐさまそのまま飛び去っていった。  追いかける術は、戒斗にはない。オーバーロードならまだしも、アーマードライダーにその力はない。 (収穫なし、か)  己のポリシーを曲げてまで、息巻いて飛び込んできた割には、この程度の結果しか得られなかった。  プライドの高い戒斗にとって、そのあまりにもお粗末な結果は、彼のヘソを曲げさせるには、あまりにも十分すぎるものだった。 ◆ 「すまない、マスター。僕としたことが、迂闊だった」  聖衣を解いて帰還してきた、エデンが放った第一声は、そんな謝罪の言葉だった。 「それを言うなら、私もそう……結局貴方に、負担をかけることしかできなかった」  そんな申し訳なさそうな顔をされると、こちらまでいたたまれなくなってくる。  元はといえば、マリアがちゃんと戦えていたならよかった話だ。  二人でライダーを追っていたなら、戦力を分断されることもなく、共に戦えたはずだったのだ。  だからこそガングニールを解いたマリアは、謝る必要はないと、エデンにそう返したのだった。 「………」  ちらと、エデンは脇を見やる。  鉄仮面のランサーは、未だ逃げることなくそこにいた。  臨戦態勢を解いたマリア達と異なり、恐らくは宝具か何かであろうその鎧を、未だその身に纏ったままでだ。 「やるつもりか。今のお前ら程度なら、俺一人でも事足りるぞ」  離れずにいたのは、手負いごとき敵ではないという、ランサーの自信の表れか。  悔しいが、こちらは満身創痍だ。確かに二人がかりで挑んでも、万全の敵を相手取るには、厳しいものがあるだろう。 《……マスター、僕に提案がある》  それ故かもしれない。  エデンがマリアに対して、念話でそう語りかけたのは。 ◆ 「えっ?」  キーパーなるサーヴァントのマスターが、驚いたような表情を作った。  どうやら念話で、何かしらの作戦会議を行っているらしい。  戦闘態勢に戻っていないことを考えると、どうやら正面から戦う気はなさそうだ。  どちらでもいい。何をしてこようと、正面から叩き伏せるだけのことだ。  そうして戒斗は、その光景を傍観し、相手の次の言葉を待った。 「……あの、ランサー。これはよかったらでいいのだけれど……私達と、同盟を組まないかしら?」  しかし実際に、相手のマスターの口から出た言葉は、少々予想外のものだった。  アーマードライダーのマスクの下で、戒斗は軽く、目を見開く。 「僕達はお互い、聖杯を得るために戦っている。  しかしそのライバルはあまりに多い……ならば、せめて一時的にでも手を組むことで、共にその数を減らしていくのが、得策だとは思わないか?」  マスターに続くように、キーパーが言った。  なるほど、つまりはそういうことか。  勝ち目が薄いというのなら、味方につけてしまえばいいということか。  生き残りを賭けたデスゲームである以上、そういう選択肢は、考えていなかった。  確かに、最後の二組になるまでという条件なら、同盟を組むという行為も自然にはなる。 「なるほど。悪くはない提案だ」  言いながら、戒斗は変身を解いた。  赤いスーツと鎧が消えて、黒と赤を基調とした、ロングコートの姿へと戻る。  平時ならばそのような提案、戒斗は一笑に付していただろう。  しかし状況が状況だ。雅緋一人を警戒する自分達に、手段を選んでいる余裕はない。  何よりも、敢えて徒党を組むと決めたなら、その状況をしかと受け止め、活用できるだけ活用する――駆紋戒斗はそういう人間だった。 「だが、俺はあくまでもサーヴァントだ。マスターの意志を聞かずして、結論を出すわけにはいかない」 「承知している」  応えたのはマスターではなく、サーヴァントだった。  主導権を握っている。これはマスター自身の考えではなく、キーパー側の提案ということか。  さすがに、傀儡になっている、とまではいかないだろうが。 「さてどうする、マスター殿?」  言いながら、戒斗は背後を振り返る。正確には後方に建っている、背の低い建物の上の方にだ。  そこには一つの人影があった。  紺色のコートを身に纏い、天上の月を背負う男。相も変わらず警戒を解かず、がちがちに顔を隠した男。  戒斗のマスター――黒咲隼が、高みからキーパーらを見下ろしていた。 「……好きにしろ。ただ、俺は貴様らと馴れ合うつもりも、ましてや助けてやる気もない。それだけはよく覚えておけ」  吐き捨てるようにそう言うと、黒咲はすぐさま身を翻した。  それで終わりだと言わんばかりに、彼は会話を拒絶して、その場から立ち去っていった。 「だ、そうだ。お互いに相互不可侵ということで、この場は納得してもらおうか」  敵対関係を貫くとは言わない。ただし協力することもない。  それはすなわち、お互いをターゲットとしては認識せず、手を出さないということだ。  戒斗の要約に、キーパー達も納得し、首を縦に振って了解した。 「詫びの代わりに、一つ教えてやる。あの女の名は雅緋。この街のゴロツキを束ねる親玉だ」  リベンジを挑むつもりがあるなら、歓楽街を探してみれば、奴を見つけられるんじゃないかと。  戒斗はそれだけを言い残して、同じく身を翻し立ち去った。 《喋りすぎだ》  黒咲の苛立たしげな念話が聞こえる。しかし戒斗は、それを無視した。  奴らに戦う意志があるのなら、雅緋と潰し合うことで、こちらの手間を省いてくれるだろう。  仮にそうでなかったとしたら、どの道遠からず野垂れ死ぬ。その程度の器だったというだけの話だ。 (無償の取引など存在しない)  手を組みたいというのなら、働ける分だけは働いてもらう。  それが駆紋戒斗なりの、同盟関係の条件だった。 【H-6/行政地区/一日目 深夜】 【マリア・カデンツァヴナ・イヴ@戦姫絶唱シンフォギアG】 [状態]ダメージ(大)、疲労(大)、魔力残量5割 [令呪]残り三画 [装備]ガングニール [道具]アガートラーム、外出鞄(財布、肌着、タオル、通帳)、特殊武器チップ(メタルマン) [所持金] 普通 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手に入れ、月の落下を止めたい 1.他のマスターにも居場所を悟られているかもしれない。しばらくの間、身を隠す 2.ランサー(=駆紋戒斗)達とは相互不可侵。助けられるなら助けたい 3.夜が明けたら、足りない生活用品を買い揃える。特に下着が欲しい 4.ガングニールに振り回されている、弱い自分に自己嫌悪 [備考] ※H-6にあるアパートに暮らしています ※ガングニールのロックが外れ、平時より出力が増大していることに気付きました ※ランサー(=駆紋戒斗)組と相互不可侵の関係を結びました ※ランサーのマスター(=黒咲隼)の顔と名前を知りません ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません ※雅緋が歓楽街を縄張りにしていると聞きました ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません 【キーパー(エデン)@聖闘士星矢Ω】 [状態] ダメージ(中) [装備] 『巨人星座の青銅聖衣(オリオンクロス)』 [道具] なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターに従う 1.他のマスターにも居場所を悟られているかもしれない。しばらくの間、身を隠す 2.ランサー(=駆紋戒斗)達とは相互不可侵 3.ユグドラシルの空気に違和感。何かからくりがあるのかもしれない [備考] ※世界樹の大元になっている樹が、「アスガルドのユグドラシル」なのではないかと考えています ※ランサー(=駆紋戒斗)組と相互不可侵の関係を結びました ※ランサーのマスター(=黒咲隼)の顔と名前を知りません ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません ※雅緋が歓楽街を縄張りにしていると聞きました ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません 【黒咲隼@遊戯王ARC-Ⅴ】 [状態]魔力残量9割5分 [令呪]残り三画 [装備]ゴーグル [道具]カードデッキ、デュエルディスク、オートバイ [所持金]やや貧乏 [思考・状況] 基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる 1.帰宅する。その後、今後の方針を練る 2.キーパー(=エデン)達とは相互不可侵。積極的に助けに行くつもりはない [備考] ※D-9にあるアパートに暮らしています ※キーパー(=エデン)組と相互不可侵の関係を結びました ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません 【ランサー(駆紋戒斗)@仮面ライダー鎧武】 [状態]健康 [装備]なし [道具]戦極ドライバー、ゲネシスドライバー、ロックシード(バナナ、マンゴー、レモンエナジー)、トランプ [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:優勝する 1.帰宅する。その後、今後の方針を練る 2.キーパー(=エデン)達とは相互不可侵。積極的に助けに行くつもりはない [備考] ※キーパー(=エデン)組と相互不可侵の関係を結びました ※ライダー(=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)の顔を見ていません ◆  戦闘者の肉体とは、重いものだ。  基本的に筋肉というものは、脂肪よりも重たいものである。  そのため戦いのために己を鍛え、筋肉の鎧を纏った者は、必然体重も重くなってくる。  何もしない一般人よりは、確実に体格はよくなっているはずだ。 「重いぞ、マスター」  とはいえ、その発言をしたのは、頭でっかちのルルーシュである。  あるいは普通の人間であっても、膝の上に寝転ばれていては、同じ感想を漏らしたかもしれない。 「お互い、様だ。キーパーから逃れる時……お前を抱えてやったのを、忘れたか」  ひゅうひゅうと細く息を吐きながら、顔にびっしりと汗をかいて、雅緋は従者の悪口に返した。  『我は世界を壊す者(しんきろう)』にて戦場を離脱し、街の上空を飛ぶ両者は、今はまっすぐに歓楽街を目指していた。  ナイトメアフレームの機動力だ。到着に時間はかからないだろう。  あとはこのデカブツが、上手く着陸できる場所を、どこか探さなければならない。それだけが当面の問題だった。 「とにかく……部下を、退かせなければならないな。あのまま放置しては、足がつく……」 「馬鹿か。その前に医者だ。マスターが死んでは元も子もないだろう」  口調が素のものに近づいているのは、余裕のなさの表れだろうか。  ルルーシュに魔術の心得はない。人間の医者を頼らない限り、雅緋を治療することはできない。  表面上は平静を装いながらも、内心でライダーのサーヴァントは、それなりに切羽詰まっていた。 (らしくないミスをした)  先の戦闘を省みる。  あの時奇襲を仕掛けた者は、敵サーヴァントなどではなかった。  恐らくはサーヴァントのマスターだ。それが自らを囮にし、なおかつ正体を悟らせることなく、巧みに陽動を実行したのだ。  信じがたい、とは今でも思う。雅緋じゃあるまいし、とは思ってしまう。  その思考自体が、マスターは基本後方支援に徹するものと、無意識に決めつけてしまった結果だ。  自分達という例外が、唯一無二の存在であると、勝手に思い込んでしまったが故のミスだ。 (固定観念の隙を突くことこそ、小兵の取れる唯一の策)  かつてテロリストを率いていた自分なら、それは分かっていただろうに。  その固定観念に縛られたことこそが、勝利の目前まで迫ったゲームを、敗北したも同然の形で、こうして投げ出す結果を招いた。  同じ轍は二度と踏むまい。膝もとに力なく横たわる、己がマスターの痛ましい姿に、ルルーシュはそう固く誓った。 (それに、他にもクリアすべき条件がある)  更に今回の戦いにおいては、もう一つの問題点が浮上した。  それは自らの宝具の燃費の悪さだ。  十機近いナイトメアフレームを使役し、『我は世界を壊す者(しんきろう)』を二度召喚し、マスターにも前線で戦わせた。  神秘性に乏しいとはいえ、ナイトメアフレームは大質量兵器だ。その消費は無視できないものがあった。  結果として今回の戦いだけで、雅緋の魔力残量は、半分以下にまで減少してしまった。  『我は世界を壊す者(しんきろう)』と『我は世界を変える者(オール・ハイル・ルルーシュ)』の同時使用。それがルルーシュの理想だ。  しかしこの燃費の悪さでは、たとえ雅緋がマスターであっても、とても賄いきれるものではない。 (対策を打たねばならないな)  魔力が要る。  それも魂喰いなどという、効率の悪い手段を、ちまちまと取ってもいられない。  ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアにとっては、その方法を探るのが、当面の課題となるだろう。それは重々承知していた。 【F-8/行政地区上空・『我は世界を壊す者(しんきろう)』コックピット内部/一日目 深夜】 【雅緋@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】 [状態]胴体にダメージ(大)、魔力残量4割 [令呪]残りニ画 [装備]コート [道具]妖刀、秘伝忍法書、財布 [所持金]そこそこ裕福(マフィアの運営資金を握っている) [思考・状況] 基本行動方針:優勝を狙う 1.歓楽街に戻る。その後何らかの手段で部下に連絡し、行政地区から撤退させる 2.聖杯にかける願いに対する迷い [備考] ※ランサー(=駆紋戒斗)の顔を見ていません 【ライダー(ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)@コードギアス 反逆のルルーシュR2 】 [状態]健康 [装備]『我は世界を壊す者(しんきろう)』 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:雅緋を助け、優勝へと導く 1.歓楽街に戻る。その後雅緋を病院へ運ぶ 2.魔力確保の方法を探る 3.雅緋の迷いに対して懸念 [備考] ※ランサー(=駆紋戒斗)の顔を見ていません [全体の備考] ※H-6の橋の周辺で、大規模な戦闘が発生し、街に被害が出ました。周辺住民の間で、噂になる可能性があります。 ---- |BACK||NEXT| |[[不屈]]|[[投下順>本編目次投下順]]|[[森の向こうに目が潜む]]| |[[不屈]]|[[時系列順>本編目次時系列順]]|-| |BACK|登場キャラ|NEXT| |[[陰にて爪を研ぐ]]|[[雅緋]]|[[膠着期間]]| |~|ライダー([[ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア]])|~| |~|[[黒咲隼]]|~| |~|ランサー([[駆紋戒斗]])|~| |[[この手の刃は光れども]]|[[マリア・カデンツァヴナ・イヴ]]|[[第一回定時放送]]| |~|キーパー([[エデン]])|~|

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