「不屈」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

不屈」(2016/02/11 (木) 03:45:40) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*不屈 ◆nig7QPL25k 「がっ……!」  無様な声を上げながら、男が一人倒れ伏す。  包丁を片手に現れた、取るに足らない通り魔だ。確か、ハリウッドと名乗っていたか。 「こいつじゃない」  不埒な男を見下ろしているのは、如意棒を携えた女――忌夢だ。  眼鏡の向こうの眼差しは、不機嫌そうにひそめられている。  当然だ。探していたはずの通り魔は、この男ではなかったからだ。  サーヴァントを召喚することもなく、魔術礼装も持っていない。  令呪を確認するまでもなく、これが噂のマスターでないことは、察することができた。 「喰え、バーサーカー」  背後の暗黒騎士へと命じ、その魂を取り込ませる。  恐らくこの男は、どこかに潜んだマスターによって、幻術か何かで操られたのだろう。  あるいは、人を操る礼装によって、切り裂かれた被害者なのかもしれない。  こんな奴が出歩いているということは、既に本物の通り魔は、雲隠れしているのかもしれない。  であれば、これ以上の探索は無駄か。今夜はこのまま家に帰って、明日に備えて寝るべきか。 「……?」  その時だ。  遠くの方から、爆発の音が、聞こえてきたような気がしたのは。 (あっちは確か、特級住宅街か?)  そういえばこの街にはもう一つ、噂があったことを思い出す。  姿を現さぬ戦闘者の、正体不明の爆発音だ。  あるいはその音の主が、この先で戦っているのかもしれない。  潰し合うのなら好きにすればいいが、生き残った者を仕留められれば、こちらも優勝に近づける。 (行ってみるか)  無理はしない。だが見逃すこともしない。  忌夢は爆発の方に向かって、ゆっくりと歩みを進み始めた。 ◆  時間は少し巻き戻る。  これは開戦の直前――一撃目をかわした高町なのはが、襲撃者と対峙した時のことだ。  黄金の鎧を身にまとい、不敵に笑う大男を、視界に捉えたその時のことだった。 「……戦う前に、一つ聞かせて。貴方とそのマスターの目的は何?」  抱え込んだマスターのルイズを、ゆっくりと道路へ下ろしながら。  油断なく襲撃者を睨み据え、メンターのサーヴァントは問いかける。  戦闘は避けたいのが本音だ。聖杯の完成は、できることなら、阻止したいと考えている。  願いを叶えることよりも、その過程で失われる、命を守ることの方を優先したい。  それはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールもまた、理解してくれていることだった。  理解して、くれているはずだ。 「知らねぇよ。俺のマスターはそんなこと、聞いても話しちゃくれなかったからな」  それを一笑に付したのが、現れたキーパーのサーヴァントだ。  粗野な顔立ちはならず者のそれだが、身にまとう金色のオーラには、強者の放つ気迫がある。  単純な戦闘能力では、あるいは自分すらも上回るかもしれない。  打算で考えたくはないが、今後の戦況を考えても、敵にしておきたくはない男だった。 「望みも持たずに人を襲うだなんて……」 「英霊の倫理にもとる、ってか。そいつは見当外れだな。  ここまで生き残ってきた連中は、どいつもこの戦いを受け入れ、勝ち抜いてきた奴ばかりだ。  殺しも殺されも覚悟して、戦場に立った奴を相手に、そいつを言うのはお門違いだろ?」  それは違う。ルイズにそんな覚悟はない。  偶然巻き込まれた上に、自分勝手な戦いはしないと、面と向かって言われているのだ。  そう言いかけた己の言葉を、しかしなのはは飲み込んだ。  分かっていたはずだ。それはあくまで少数派。  あのスバル・ナカジマがそうであるように、多くのマスターとサーヴァントは、聖杯を獲る覚悟を決めている。  それを考えられなかったのは、予選の全ての戦いを避け、結界に閉じこもっていたが故か。 「……そっちの理屈に巻き込むな、とは、言わせてもらえないんだね」 「あんまり興ざめなことを言うんじゃねえよ。マスターの願いなんざ知らねぇが、俺にはやりたいことってのはあるんだ」  これ以上の言葉は通じない。  少なくとも、交渉の前提条件を知らないキーパーには、どんな取引も通用しない。  であれば、戦いは避けられないか。  できるのか。未だ身を守る術しか知らない、未熟なマスターを庇いながら、この敵を退けることが。  張り詰めた空気がその場を満たし、月明に頬の汗が光る。 「っ!」  瞬間、敵の姿が膨れた。  先に動いたのはキーパーだ。策もブラフも何もない、真っ向からの突進だ。  恐らく速度は敵の方が速い。不意を打たれたこの状況では、回避の加速は追いつかない。 「このくそったれた状況で、少しはマシな戦いをする――そいつがこの俺の望みってやつよ!」  至近距離。次に来るのは拳か。  低く踏み込んだ姿勢から、恐らくはアッパーが来るだろう。  杖を繰り出す。呪文を紡ぐ。防御のラウンドシールドを展開。 (え――!?)  何だ、これは。  明確に知覚できたのはそこまでだ。  その疑問の内容が、いかなものであったのかも、認識することはかなわなかった。 「あぅっ!」  その前に猛烈な鉄拳が、杖ごとなのはを吹き飛ばしたからだ。  砕け散る桜色の魔力光と共に、白いジャケットが宙を舞う。  重い。とてつもなく強い。思考が途切れてしまったのは、意識が飛んでいたからかもしれない。  サーヴァントとして強化されたはずの体が、ぎしぎしと軋み始めている。  痛む体を強引に動かし、飛行魔法で姿勢制御。杖の先端に魔力を込めて、牽制の準備を整える。 「アクセルシューター!」  解き放たれたのは流星雨。  光り輝く奇跡を描く、高速の誘導射撃魔法だ。  出し惜しみはしない。総計32の魔力弾を、発射タイミングをずらしつつ、次から次へと叩き込む。  夜空を切り裂く魔弾の数々を、しかしキーパーは捌ききった。  ほとんど不可視と言っていい、とてつもない速度の手捌きで、次々と弾丸を叩き落としたのだ。 (あれだ……!)  攻撃を低速のディバインシューターに切り替え、ルイズを庇うように位置取りながら、なのはは敵を見定める。  先の拳に感じた驚異は、正確には重さに対してではなかった。  キーパーの放った鉄拳は、あまりにも素早すぎたのだ。  予測通りの攻撃だった。防御の展開時間もあった。  にもかかわらず、黄金の右アッパーは、ラウンドシールドの完成前に命中し、不完全な防御を打ち砕いた。 「レイジングハート!」  己が宝具へと問いかける。  『不屈の心はこの胸に。そしてこの胸に小さな勇気と奇跡を(レイジングハート・エクセリオン)』へと、拳の正体を問いただす。 『敵の攻撃速度の平均は、29万9千メートル毎秒。光の速度に匹敵します』 「光速!?」  音速の間違いではないのかと、なのはは相棒へと問い返した。  そもそも数度見ているとはいえ、そこまで出鱈目な速度を、よくもまあ計測できたものだ。 『マスターが初撃を回避できたのは、サーチャーで襲撃を察知し、攻撃を実行する前から、回避行動を起こしていたからです』 「つまり、それは……」 『まぐれです』  まともに相手をしていては、とてもかわしきれはしないと。  インテリジェント・デバイスが導いたのは、絶望的な回答だった。 「知らずにかわしたってのか。そいつはある意味すげぇ話だ」  せせら笑うキーパーに対して、なのはは緊張した表情を浮かべる。  それほどの速度があるのなら、もはやマスターの力量が、整っているいないの話ではない。  一瞬でもマスターの懐に入られれば、ルイズでなくても間違いなく即死だ。  であれば通すわけにはいかない。距離が開いた状態のまま、一歩も動かさずに制圧する。 「バスター!」  もはやなのはに躊躇はなかった。  足を止めるための攻撃ではなく、敵を倒すための攻撃に移った。  砲撃魔法、ディバインバスター。高火力での遠距離戦を得意とする、高町なのはの必殺技だ。  膨大な魔力の奔流は、太陽の光輝すらも飲み込み、塵一つ残らず焼滅させる。 「――無理すんなよ!」  その、はずだった。  しかし耳に飛び込んできたのは、直撃を受けたはずのキーパーの声だ。  それもそのはず、なのはが狙った太陽の鎧は、既にその場には見当たらない。  そこにいたのは太陽ではなく、暗がりに溶けて潜む闇だ。 「シャドーホーンッ!」  振り返った背後に現れたのは、不定形の黒い影。  それが形と色をなし、再び現れたのが黄金の鎧だ。  恐らくは身を歪め姿を変えて、縦横無尽に駆け巡り、ここまで回り込んできたのだろう。 「ぐっ!?」  それだけの思考ができたのは、背後から殴り飛ばされて、距離を開けられた後だった。 「メンター!」 「別にこのガキが目当てじゃねえんだ。お前を倒すことができれば、それでも勝利条件は整う」  ルイズの上げた声に対して、キーパーは振り向きもしなかった。  その存在をまるきり無視し、あくまでも道路に転がるなのはに対して、鎧の男は語りかける。 「雑魚の骨をへし折ったって、大して面白みもありゃしねえんだ。それよかお前と戦った方が、いくらか戦り甲斐もあるってわけよ」 「くっ……!」 「さぁ、来いよ! タイマン張ってやるって言ってんだ! 他のことなんざ全部忘れて、ぶっ殺すことだけ考えて来いや!」  両手を大きく広げながら、キーパーは高らかに宣言した。  易い敵を眼中にも置かず、強い敵だけを狙って戦う。それは間違いなく驕りだ。  しかし彼ほどの大英霊ともあれば、それは相応の自信に変わる。  やれるのだ。そんな非効率な戦いが。  そう確信できてしまうことが、何よりもぞっとする話だった。 ◆ 「勝手言ってんじゃないわよ、キーパーの奴……!」  そしてそんな状況を、苛立ちと共に見る者がいる。  恐らく戦いの現場で、最も不機嫌そうな顔をしているのが、キーパーのマスターであるはずの両備だ。  屋根の上に身を潜めながら、彼女はしもべであるハービンジャーの姿を、じっと見下ろしていたのだった。 (どう考えたって、あの貧乳チビを殺した方が、さっさと片付く話じゃない!)  自分の体型は棚に上げながら、両備はそんなことを思う。  警備の連中が騒ぎだそうと、魔術師達が割り込んでこようと、そんなことは問題ではない。  あの激烈な強さを持ったハービンジャーなら、NPC連中ごときは造作もなく、蹴散らすことが可能だからだ。  両備が問題視しているのは、NPCではなくPC――他のマスターの介入である。  あのメンターなるサーヴァント、実力で劣っている割にはよく粘る。  タイマンでなら勝てるだろうが、他に一人二人と数が増えれば、また結果も変わってくるかもしれない。 (もういい! あいつは両備が殺る!)  そうなっては危険だ。  魔力の少ない両備には、長期戦をする余裕などないのだ。  長大なスナイパーライフルを取り出し、眼下の敵マスターに狙いを定める。  敵味方が好き勝手に暴れ回り、照準を遮る戦況下においては、狙撃の難易度は跳ね上がる。  だが、何もしないよりはマシだ。自分はお荷物ではないのだ。  魔力がなかったとしても、只人を超越した忍であるなら、こうして戦うことはできる。  それを分からせてやると考え、両備は一人スコープを覗き、トリガーを引くタイミングを待った。 ◆ 「エクシードモード!」  高町なのはの装束が変わる。  ミニスカートの丈が伸び、赤いリボンが姿を消す。  より戦闘的になったスタイルこそ、高町なのはの本領だ。  燃費を犠牲にしながらも、長所を伸ばしたこの姿ならば、彼女の戦闘能力を、100%発揮することができる。 「はっ!」  マスターの魔力を使い切らない程度に、それでいて最大限の火力を展開。  無数の弾丸を織り交ぜながら、敵の退路を塞ぎつつ、大火力の砲撃を叩き込む。 「ぬぉおおッ!」  それでも致命傷には至らなかった。  爆煙をかき分け現れるのは、絢爛豪華な暴れ牛だ。 「嘘でしょ!? 今のも効いてないの!?」  ルイズが悲鳴にも似た声を上げる。  正確にはそれは誤りだ。鎧から覗いた強面の顔には、微かに傷がついている。  問題はそのダメージが、奴にとってはあまりにも、些細なものにしかならなかったことだ。 『Protection!』  攻撃動作に入られてからでは遅い。どこから攻められても構わないように、全身を覆うタイプの魔法を選択。  サーヴァント化して強化された感覚を研ぎ澄まし、なおかつ経験則で攻撃の狙いを予測しても、恐らく攻撃の先を打てるのは一発。  これがかのアーサー・ペンドラゴンのように、超高度の直感スキルの持ち主であれば、四度か五度は凌げるだろう。  それができないのであれば、無理に捌くことはしない。真っ向から受け止める以外に防御策はない。 「でぇいっ!」  それでも、その目論見をご破産にするのが、キーパーの豪腕の破壊力だ。  振りかざす拳が雷を纏った。バリアと接触するストレートが、炸裂し稲妻を撒き散らした。  ルイズも巻き込まれるのではないか。一瞬そう思えるほどの余波が、スパークを形取って爆散し、石畳を次々と抉り壊す。  今のでバリアの耐久力の、そのほとんどが削り取られた。恐らく次は耐えられない。  無駄な壁は壊される前に、壊して有効に使わせてもらう。 「バースト!」  攻勢防御、バリアバースト。  展開した防壁を爆発させ、対象を吹き飛ばす荒業だ。  魔力の調節を行えば、衝撃だけを自分にも伝え、無理やり距離を開けることもできる。  目眩ましの爆煙から飛び出し、上空で姿勢制御を取った。  敵がラッシュを仕掛けてくるのではなく、一撃の重みで仕留めにかかるタイプだったのは、ある意味では僥倖だったと言える。  そういうタイプの人間であったなら、こんなことをできるような、隙を作られることもなかった。 (あれは……!)  これもまた、だからこそなのかもしれない。  飛び退ったその先で、銃を構える何者かの姿を、見下ろすことができたのは。 (間違いない! あの子……このサーヴァントのマスター!)  茶色い髪を二つに結んだ、ティーンエイジャーの女の子だ。横顔から感じられる年齢は、ルイズや響と同じくらいか。  屋根の上に寝そべりながら、その手に握っているものは、物々しいスナイパーライフル。  これはキーパーも承知しているのか、あるいはマスターの独断なのか。  黒光りする銃口は――地上のルイズへと向けられている! 《マスター、危ないっ!》 「えっ!?」  念話で危険を訴えながら、自身は杖を少女へと向ける。  アクセルシューターを形成し、手元目掛けて一発発射。  引き金を引くその直前。なんとか着弾が間に合った。 「きゃっ!?」  悲鳴と共に、トリガーが引かれる。  ぱぁんと撃たれた銃弾は、しかし狙いからは大きく外れ、明後日の方向へと消えていった。 「何すんのよ!」 「それはこっちの台詞!」  こちらを睨みつけキレる少女に、なのはは至極真っ当な反論を返した。 「余計なことすんじゃねえ! 勝負が終わっちまうだろうが!」 「何よ! 終わらせようとしてんじゃな……、ぅあっ!?」  揉めているところを狙って、マスターにバインド魔法を仕掛けた。  キーパーには通用しないだろうが、相手は生身の人間だ。すんなりと拘束は成功し、銃は無様に屋根を転がる。 「ごめんね。お話は後で聞かせてもらう。だから今は、そこでじっとしてて」 「……ふん! 両備を懐柔しようったって、無駄よ」  先の話のことを言っているのだろうか。  どちらにせよ、今の自分には交渉の余裕はない。  何しろ敵の実力を考えれば、逃走という選択肢すら取れないのだ。  すぐさまなのはは戦線に戻り、敵サーヴァントを睨み据えた。 「今までの流れで、だいたい分かった」  対峙するなのはを見据え、キーパーが言う。 「お前のその戦い方……俺を恐れてるってだけでもなさそうだ。  どうやら殴り合いを避けて、飛び道具で制圧するスタイルが、元から得意だったってクチみてぇだな」  小休止のつもりなのだろうか。  両腕を胸の高さで組んで、黄金のサーヴァントが語りかける。 「そいつは俺の趣味じゃねえが……まぁいい。だったらこっちもお望み通り、そいつに合わせてやろうじゃねえか!」  否。違った。  あれは余裕の構えではなく、攻撃の予備動作だったのだ。  それを悟ることになるのは、異常な魔力の高まりを、なのはが感じた瞬間だった。 (これは、何……!?)  迸る黄金が空気を歪める。  轟然と唸る雷が、キーパーの周辺でぱちぱちと弾ける。  何をしようとしているのか。そこまでは理解が及ばなかった。  だが確実に、何かがある。恐らく相手が狙っているのは、宝具クラスの必殺技だ。  これまでとは比較にならない一撃が、来る。 (シールドとバリアを最大出力……!)  間に合え。そう心に念じ続けた。  防御魔法を限界まで強化し、迫り来る何かに向けて備える。  当然突っ立っているつもりもない。光の翼を羽ばたかせ、上空への退避を図ろうとする。  しかし、そちらは遅かった。  これより放たれるキーパーの絶技を、完全にかわし切るためには、加速が足りなかったのだ。 「――『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』 ッ!!!」  そのことを理解することすら、高町なのはには許されなかった。  雄叫びが戦場を揺るがした瞬間、メンターのサーヴァントの思考は、爆音と雷光の彼方へと消えた。 ◆ 「なっ……」  何よそれは。  それを言うことすらかなわず、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、へなへなとその場にへたり込んだ。  目の当たりにした光景は、それほど衝撃的なものだったからだ。  キーパーが何事かを叫んだ瞬間、世界の光景は一変した。  荒れる突風と轟く光が、突然キーパーの目の前から噴き出し、メンターの腰から下を飲み込んだのだ。  そのままちぎれ飛んだりするような、スプラッターな光景は見ていない。  しかし攻撃を受けた高町なのはは、引きずられるようにして衝撃波に呑まれ、全身を滅多打ちにされながら吹っ飛ばされた。  さながら竜巻が通り過ぎたような、激烈な破壊痕の向こうには、ぴくぴくと震えるメンターが、無様に倒れ伏している。  あのなのはが、為す術もなくやられた。  自在に魔法を使いこなし、それを教えてくれた師匠が、ゴミのように蹴散らされたのだ。  輝きを失った白のジャケットは、ルイズに残された希望の全てを、残らず摘み取るには十分な光景だった。 「いい音だな。骨の折れる音ってのはよ」  どこか悦を含んだ声で、黄金のサーヴァントが呟く。  大地に刻まれた破壊の痕を、のしのしと悠然と歩きながら、キーパーは戦果の余韻に酔う。 「だがな、お前の心はまだ折れちゃいねぇ。まだ立ち上がる気でいやがる」  遂に金色の具足は、なのはの元へと到達した。  ゆっくりとしたその歩みを、止めるための力すら、なのはには残っていないのだろうか。  未だダメージの抜けきらぬ体は、伸ばした指を震わせながら、地を掴もうとするのが精一杯だった。 「その音を聞かせてもらうまでは、終わりってわけにもいかねぇからな」  無理だ。こんなの勝てっこない。  もはや戦いを続けるどころか、立ち上がる力すら残ってないはずだ。  もういい。自分など見捨ててくれていい。いっそ令呪で命じてもいい。  メンターは十分に頑張った。十分過ぎるほどに戦ったのだ。  だからもうやめてくれ。せめて逃げることを考えてくれ。  相手が死人であることも忘れ、ルイズは声ならぬ声で必死に祈る。 「きっちりと、とどめを刺させてもらうぜ……!」  黄金の右手がなのはに伸びる。  白服の体を掴み上げんと、キーパーの手が伸ばされる。  誰か。どこの誰でもいい。奴のその手を止めてくれ。  悔しいが自分には力が足りない。ゼロでなくなったとはいえど、未だ力のないルイズには、奴を止める手立てがない。  だからどうか。誰か来てくれ。  誰か。 (誰か……っ!)  誰か――メンターを助けてくれ。 「――ぅおおおおおおおおおおっ!!!」  その、瞬間だ。  彼方から聞こえる雄叫びと、エンジンの音を耳にしたのは。  闇を切り裂き駆け抜ける、青き彗星を目にしたのは。 「うん……?」  黒鉄の拳が胴を捉える。  白銀のタービンが唸りを上げる。  爆裂する魔力は衝撃となり、キーパーの懐へ叩き込まれる。 「ここから……離れろぉぉぉッ!」  瞳を緑に燃やすのは、スバル・ナカジマの横顔だった。  先ほど同盟を結んだばかりの、キャスターのサーヴァントの拳があった。  大恩ある師匠の窮地に駆けつけ、怒りを燃やす姉弟子は、暴虐のサーヴァントの体躯を、その場から猛然と押し出したのだった。 ◆  手応えは大したものではない。恐らくはダメージもないのだろう。  金の甲冑を身に纏う、黄金の英霊を退かせたのを見ると、スバルは素早く飛び退り、己が師匠のもとへと降り立つ。 「スバ、ル……」 「揺れます。一瞬だけ我慢して!」  それだけを短くなのはに告げると、スバルはその場から飛び退いた。  ルイズのいる辺りへと降り立ち、ゆっくりとその体を下ろすと、自身は再び敵を睨む。 「メンターさんのこと、お願い」 「あ……え、ええ」  かけた声はなのはではなく、すぐ傍のマスターに対してのものだ。  頷いたのを確認すると、すぐさま鋼の両手を構え、臨戦状態へと移行する。  衝撃と破壊を司る、右手のリボルバーナックル。  反撃と粉砕を司る、左手のソードブレイカー。  攻防一体のシューティングアーツが、正体不明のサーヴァントに対して、油断なく構えを取り相対する。 《響、屋根の上にマスターがいる》 《分かりましたッ! こっちは任せてくださいッ!》  戦うことのできない響は、敵マスターの見張りに向かわせた。  どれほどの戦闘能力があろうと、強固なバインドで縛られた身だ。危害を加えられることはないだろう。 「どこのどいつかは知らねぇが、せっかく機嫌のよかったところに、横槍かましてくれたんだ」  興ざめさせたら許さねぇぜと、金の鎧が不敵に笑う。  相手の手の内は分からないが、全盛期の肉体を持つ高町なのはを、ここまでズタボロにした男だ。  勝てる勝てないはさておいて、恐らくは、ただでは済まないだろう。 「要らない心配だよ」  だとしても、一つだけ、確信していることがある。 「これ以上は他の誰にも、手を出させるつもりはないから!」  たとえこの身が砕け散っても、なのはとルイズは守ってみせる。  よしんば響に手を出そうとしても、絶対に守り通してみせる。  否――砕けるわけにはいかないか。  立花響という少女を救い、聖杯を渡してやるためにも、生きて切り抜けなければならないのだ。 「おおおぉっ!」  足の車輪を走らせる。  『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』を、トップスピードで猛進させる。  跳躍し、回し蹴りを見舞った。左手で防がれたもののそのまま落下し、着地と同時に足を払った。  ぐらついた体躯にストレートを打ち込み、リボルバーキャノンを発動。  シュートの時には放つ魔力を、そのままゼロ距離で炸裂させて、金色の巨体を吹っ飛ばす。 「なるほど! お前はそっち側のタイプか!」  そうだろう。そんなことだろうと思った。  あれほどなのはを痛めつけた相手が、この程度のコンボをいいように食らって、宙を舞ってくれるわけがない。  こちらの力量を見極めるため、敢えて攻撃を食らっていたのだ。  そうだと分かっていながらも、スバルは突っ込まずにはいられなかった。  攻撃し続けることでしか、止められない相手なのだろうと、本能的に察知していたのだ。 「面白ぇ……面白ぇぞ!」  その姿勢を、黄金は讃える。  対等に戦うライバルとして、という意味の言葉だとは思えない。  力差を自覚しながらも、それでもなお立ち向かってくる、その健気さを可愛がっているのだ。  屈辱だ。だが受けたままでは終わらない。  この悔しさはその悪人面を、地に叩きつけることで返す――! 「ふんッ!」  その、はずだった。  振りかざされたハンマーパンチを、頭部に叩き込まれるまでは。 「ぁっ……」  何だ。  一体何が起こった。  揺らされたのか。戦闘機人の肉体が、脳震盪を起こしたというのか。  いいやそもそも、自分はいつ、今の攻撃を食らったというのだ。  速い遅いの問題ではなく、両手が視界から消えた次の瞬間、既に殴られていたような感じがした。 「気をつけて! そいつ、光の速さがどうとかって言ってた! よく分からないけど、凄く速い!」  朦朧とする意識の片隅に、そんな声が聞こえた気がした。  なるほど、光速の拳ときたか。それは確かに速いわけだ。師匠が嬲られるのもうなずける。  恐らく自分の世界では、そんな速度に至れた者など、誰一人としていなかっただろう。  次元世界とは実に広い。こんな怪物じみた男を生み出し、英霊の座へと送り出し、この場に招いたというのだから。 「ぬぅぅりゃあっ!」  次の一撃が迫り来る。  知覚した瞬間にはもう手遅れだ。  がら空きの脇腹を目掛けて、必殺の光速拳が叩き込まれる。 「………!」  一瞬、足元がぐらついた。  だがそれだけだ。倒れてはいない。どころか黄金の拳には、黒鉄の右手が伸ばされている。 「あん?」 「いくら、すごいと言ったって……!」  その身を光で覆う姿が、金色のサーヴァントには見えただろう。  なのはと同じ防御魔法の、プロテクションを使っていたのだ。  意識を揺さぶられた瞬間に、それを発動できたのは、ひとえに己が相棒のおかげだ。  『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』には、いくつかの魔法の発動を、自己の判断で発動するよう、生前から示し合わせている。 「たかだか――音速の、90万倍ッ!」  ならば平気だ。戦える。  たとえ迫り来る拳が、どれほど素早く重かろうとも。  急所を打たれた体が軋み、口から血反吐を吐き散らそうとも。  それでも死んでいないのならば、まだ十分に戦える。  たとえ何十発叩きこまれようと、即死に至らないのであれば、全て受け止め耐え切ってやる。 「ディバイィーンッ……!」  そうして打ち合い続ければ、待っているのは、自分の勝利だ。 「バスタァァァーッ!!」  スバル・ナカジマは確信していた。  本気でそう信じ込んでいた。  でなければ勝てる戦いも、決して勝てはしないのだと、己にそう言い聞かせていた。  奇跡が起きなければ勝てないとしても、その奇跡を掴み取るためには、自身が諦めずに戦う姿勢が、絶対に必要不可欠なのだと。  故に彼女はその手を伸ばした。直伝の砲撃魔法の魔力を、再びゼロ距離から叩き込んだ。  砲撃魔法の適性のないスバルに、長距離攻撃を放つことはできない。  それでも、これだけの距離で放てば、魔力減衰などは関係ない。持てるポテンシャルの全てを、ダイレクトに叩き込むことができる。 「うぉぉぉりゃぁあああああっ!」  今度は本当の直撃だった。  軽く驚いた様子の金ピカ男を、本当に宙へと浮かせてみせた。  その隙を決して逃しはしない。飛び蹴りを見舞ってダメージを打ち込む。  着地したところにも手心を加えず、次々と拳打を叩き込んだ。 「やるじゃねえか! 代打としちゃあ、不足はねぇぜ!」  にぃと不敵な笑みを浮かべて、敵が拳を振り下ろす。  回避は当に捨てていた。振り上げた腕から攻撃を予測し、急所をそれから庇っただけだ。  左肩が鉄拳を受け、バリア越しに揺さぶられる。  問題ない。『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』の判断で、すぐさまバリアの強度を補強。  それだけの余裕のある魔力は、己がマスターである響から、十分すぎるほどにもらっている。 「まだ、まだぁっ!」  この程度ではやられはしない。  ここに来る直前に耳にした、恐らくは宝具によるものであろう爆音を、スバルはまだ聞いていないのだ。  なのはが受けた切り札を、受けないままに倒れたのでは、弟子として彼女に顔向けできない。  故にどれほどの拳打であっても、スバルは必死に耐え抜いた。  迫り来る攻撃の全てを受け止め、持てる力のその全てを、徹底して攻撃に注ぎ込んだ。 《スバル、聞こえる……!?》  だからこそだろう。その念話を聞けたのは。  ダメージからようやく復帰し、デバイスを杖とするなのはを、視界に収めることができたのは。 《この場を打開できるかもしれない……そういう方法が、一つだけある。だからそれまで、時間を稼いで!》  だからこそ、突破口は開けた。  逆転のための選択肢を、彼女から受け取ることができたのだ。  合点承知だ。異論などない。  弟子を頼ってくれるという、最高の栄誉を前にして、断る理由などどこにもない。 《了解っ!》  必ず時間を稼ぎきり、勝利の策へと導いてみせる。  それが彼女を奮い立たせ、前へと進む力と勇気を、全身へと巡らせたぎらせていた。 ◆  眼下で起きるその戦いを、響には見下ろすことしかできない。  いやむしろ、現在の自分を思えば、マスターの監視という仕事があるだけ、役に立てている方なのだ。  であれば、役目を果たすべきだろう。自分にそう言い聞かせながら、響は足元のマスターへと向かった。 「ねぇ……どうして戦うの? 聖杯を手に入れて、何をするつもり?」  屋根に寝転がり倒れる、茶髪の少女へと、問いかけた。  恐らくは同い年であろう、オッドアイの娘へと尋ねた。  敵と相対した時には、まずは話し合いから始める。戦いを避けることができないかどうか、まず最大限の努力をする。  それは聖杯の獲得以上に、優先しなければならないことだ。  聖杯を手に入れたいとは確かに思うが、避けられる戦いがあるなら避けたいという思いは、きっとそれ以上に強い。  それで聖杯をどうするのかなど、後から考えればいいだけのことだ。 「フン……何よ、あんたもあの女と同じクチ?」  返ってきたのは、憎まれ口だ。  青と緑の視線を背け、不機嫌そうに少女は言う。 「まぁ、同盟関係だからね……だけど多分、メンターさんがいなくても、私はそう聞いてたと思う」  そういう性分なんだ、と響は言った。  誰かが悲しむ争いがあるなら、この手で止めたいと思う。  誰かが悩んでいるのなら、それを聞いてあげたいと思う。 「この手を伸ばし続けることが、立花響の戦いだから」  だからこそ、自分はここまで来たのだと、少女へ立花響は言った。 「……どうせ理解できないわよ。そういう奴には」 「何も決めつけなくったって――」 「復讐よ! それが両備の戦う理由。聖杯にかけるべき望みなの」  復讐。  恨みを晴らすということ。  両備と名乗った少女の放つ、鋭く暗い五文字の言葉が、響を遮り突き立てられる。 「復讐ッ!? って、そんな……そんなことしたって、何も……ッ!」 「何もならないでしょうね。喜んでくれる人がいるかなんて、死んじゃった今では分からない。  だけど、両備達はずっとそうしてきたの。この憎しみを晴らさない限り……何にもなれやしないのよ……!」  仇討ちが何かを生むことはない。  より多くの悲しみを生みこそすれど、喜ぶべき人間がいない以上、報酬を得ることはないのだろう。  それでも、それを果たさない限り、自分たちは恨みと憎悪に、一生囚われ続けることになる。  そうやって両備は生きてきたのだ。今更それまでの道筋を、なかったことにはできないのだ。  たとえその仇討ちが、見当外れの勘違いだと、咎められたものだとしても。 「でも……でもそれって、どうしても聖杯に願わなくっちゃいけないものじゃ……ッ!」 「どうかしらね……でも、ないよりはマシなのは確かよ。  悔しいけど、まともに殺り合おうとしたら、とてもかなわないような……そういう奴が相手だから」  同じことを問われ続け、うんざりして吐き出したのだろう。  分かったらこれ以上踏み込んでこないでと、両備は顔を背けながら言った。  響には、何も言葉を返せない。  それは間違っていると言うのは簡単だ。だが、彼女を理解し説得するには、それでは足りないような気もする。  その足りない言葉というものが、今の響には見つからなかった。  考えなしに踏み込めるような、単純な問題ではないのだ。 「!?」  その時だ。  不意に爆音が轟き、光が眼下に炸裂したのは。  敵サーヴァントによるものではない。光の主はメンターだ。  高町なのはを中心に、莫大な魔力が渦を巻き、何らかの攻撃態勢を整えている。  恐らくは、切り札を切るつもりだ。  この戦況を打開するための、最後の一手を打つつもりなのだ。 「……両備ちゃん。私には今、両備ちゃんに対して、かける言葉が見つからない」  勝負を決めようとしている。  この一撃で、恐らくは、何かしらが決することになる。  だとすれば、マスターである立花響も、知らぬふりではいられなかった。  何ができるか分からなくても、覚悟は決めなければならなかった。 「っ……何よ、馴れ馴れしく名前で……!」 「だけど、生きることだけは諦めないよ」  この場を戦い生き抜けば、いつか両備ちゃんにかける言葉が、見つかる時が来るかもしれないから。  決然と口にした響の顔には、既に迷いも戸惑いもなかった。 ◆  何よ! 一体何考えてるのよ!  キャスターが食い止めてるうちに、最大宝具の準備をして、真っ向から迎え撃つですって!?  あいつ、今の自分の状況を、分かってそんなこと言ってるの!?  そんなボロボロの体で、そんな無茶なことしたら……どうなるか分かったものじゃないのよ!?  信じられない! そんな相打ち覚悟の攻撃……下手したら自爆も当然じゃない!  メンターが死んだら、私だって、強制的に脱落になるのに……!  ………  ……分かってる。分かってるわよ。  そうしなければこの状況を、切り抜けることはできないってことは。  キャスターは凄く強いけど、それでもメンターと同じくらい。  キーパーの宝具を一発でも受けたら、きっと同じようにボロボロになっちゃう。  そうなったら賭けるまでもなく、確実に敗北することになる。  そうすれば、確率を問うまでもなく……私もここで命を落とす。  そうよ。分かってたわよ。  みんな私を生かすために、必死に戦ってたってことくらい。  私を死なせないようにするために、強い敵に立ち向かい、決死の賭けにも臨んでる。  それくらい言われなくったって、分かりきってたことだったのよ。  情けないわ。  そうまでして戦ってくれているのに、何もできない私自身が。  そうまでして想ってくれていたのに、真っ先に諦めようとしていた自分自身が。  何が貴族よ。笑わせるわ。  力ある者は、力なき者を、その力をもって守らねばならない。  大きな力に伴う責務――それがノブレス・オブリージュ。  使い魔達が私のために、必死に戦っているというのに、ご主人様であるはずの私は、何一つその責任を果たしていない。  ……そんなの嫌よ。御免だわ。  何ができるかなんて知らない。  できることがあったところで、通用するかどうかも分からない。  だけど、それは何もしないってことを、肯定する言い訳にはならない。  分かったわよ。やってやるわよ。  それが貴族の務めだから。  そうあってこそのメイジだから。  ゼロのルイズでなくなった、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの、果たさなければならない責任だから。  あんたはその背中をもって、それを伝えたかったんでしょ。  そうなんでしょ――高町なのは! ◆ 「っははははは!」  渦巻く極大の魔力を前に、黄金のサーヴァントが高らかに笑う。  自分たちの逆転の一手、『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』。  その気配を察した敵が、その気概を前に大笑している。 「本当に面白い奴らだぜ! これだけやられておきながら、まだそういう手を選んできやがる!」  ここに来てもなお、この男は、迎え撃つ側でいるつもりなのだ。  格下からの挑戦を、面白がって受け止める。そういう心構えでいるのだ。  他人の優越感に対して、これほど不快感を覚えたのは、スバル・ナカジマの人生の中で、一度もなかったことかもしれなかった。 「いいぜ! 相手をしてやるよ! その心、俺のこの小宇宙をもって、真正面からぶち折ってやる!」  黄金のサーヴァントが魔力を練った。  稲妻が駆け抜け大気が歪み、揺らめく力場が具現化した。  その背後に幻視したものは、太陽の光を身にまとう、雄々しくも荒々しき猛牛の姿か。 《スバル! 防いで!》  恐らくは敵の宝具が来る。  エースオブエース・高町なのはを、満身創痍にまで追い込んだ、奴のフェイバリットアーツが来る。  それをこのタイミングで放たれれば、この作戦はご破産だ。  ならば、守り切ってみせよう。どれほど圧倒的な力であろうと、必ず凌ぎ切ってみせよう。  そうする他に、この状況を、打開する手などないのだから。 「――『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』ッ!!!」  雄叫びと共に、衝撃が駆けた。  最大出力の防御魔法が、びりびりと震え悲鳴を上げた。 「ぐぁっ、ぁああ……!」  魔力の補填が追いつかない。シールドを張ってそれでもなお、壁越しに肉体が痛めつけられる。  これまで受けてきた拳とは、根本的に異なる威力だ。  これが宝具というものか。これが神話の英霊の、必殺の一撃というものか。  耐えろ。耐え抜けスバル・ナカジマ。  あれほど膨れ上がった魔力だ。恐らくなのはの切り札も、あと数秒で完成する。  完全に凌ぎきれなくてもいい。それまでの時間を稼げればいい。  たとえシールドが砕けても、その時星の煌めきが、大地を照らしさえすれば―― 「――わぁあああああああああーっ!!!」  その時だ。  もう一つの声と魔力の光が、すぐ傍らで弾けたのは。 「るっ……ルイズ!? どうして……!?」 「全く! 何なのよアンタ達は! ご主人様の許しもなしに、勝手に話ばかり進めて! 勝手に無茶ばかりやらかして!」  割り込んできたのはマスターのルイズだ。  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、なのはから教わったシールドを張り、スバルの隣に並び立ったのだ。  あまりにも危険すぎる行動だ。  そもそもそうやって身を張ったどころで、所詮は人間の力でしかない。サーヴァントの宝具を前にしては、気休め程度にしかならない。 「やるじゃねえか! 雑魚とばかり思っちゃいたが、見直してやるぜ!」 「うっさいわよ、この筋肉ダルマ!」  それでもルイズは、必死に叫ぶ。  黄金のサーヴァントすら一蹴し、懸命に魔力を張り続ける。 「困るのよ、ご主人様のこと無視して、勝手に死にに行かれたら……!」 「マスター……!」 「まだ私は、メンターに、何も大切なことを教わってない……それを教えてもらうまでは……絶対に死なせないんだからっ!」  守られっぱなしではいられない。  守られて死なれてしまったところで、何も嬉しくは思わない。  それはプライドが許さないから。それでは目的を果たせないから。  何よりそういう生き方を、貴族(メイジ)たるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、決して許すことはできないから。  小さく幼い貴族の娘の、精一杯のプライドの叫びだ。 「……ありがとう、マスター!」  そしてその小さな叫びは、高町なのはに確かに届いた。  たとえ気休めの力であっても、それが切り拓いた一瞬こそが、逆転への道を確かに繋いだ。 「『胸に宿る(スターライト)』――」  魔力が集う。光を成す。  戦場にばらまかれた己の魔力。味方の魔力に、敵の魔力も。  それら全てを一点に束ね、己が力へ転換し、一挙に放つ集束魔法。  絶望的な戦場であろうと、小さな希望を拾い重ね、勝利の確信へと変えてきた、エースオブエースの必殺魔法。  それこそが闇夜を照らす光――スターライトブレイカーだ。 「――『熱き彗星の光(ブレイカー)』ァァァァ――ッ!!!」  遂に彗星は放たれた。  持てる力の全てを込めた、文字通り全力全開の光が、荒れ狂う金牛と激突した。  宝具対宝具。  最強対最強。  神話にその名を刻まれた、古今無双の一撃同士が、世界樹の頂でぶつかり合った。 「うぉおおおおおおおおっ!!」  スバルもまた、その攻勢に加わる。  左手でルイズを後方へ押し下げ、右手はディバインバスターを放ち、『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』へと束ねる。  更なる魔力を得た集束魔法は、桜と空色の螺旋を描き、金色の衝撃を迎え撃つ。 「大したもんだ……」  一瞬、敵サーヴァントのトーンが落ちた。  面白がるばかりの男の声が、シリアスな響きを宿して聞こえた。  認めたのだ。この瞬間に。  戯れるばかりの相手ではなく、本気で挑むべき相手なのだと。  この一撃の担い手を、遊び相手としてではなく、ライバルと見なすべきなのだと。 「なら! 俺の方も遠慮はしねぇ! 牡牛座の黄金聖闘士の全力――食らいやがれぇぇぇッ!!」  瞬間、咆哮は爆裂する。  黄金のサーヴァントの渾身の叫びは、全霊の破壊力となって戦場に満ちる。  ぶつかり合う力の中心点から、ばちばちとスパークが迸った。  さながら地上に降りた雷雲。荒れ狂い全てを飲み込むハリケーンだ。  稲妻は石畳をひっくり返し、遂には家屋を薙ぎ払って、住宅街を炎で染める。  神話の力がもたらすものは、神話に刻まれた黙示録。遠き伝承の時代に起きた、カタストロフの再現だ。 「駄目! 相手の力の方が、少し強い!」 「せめて……せめてあと、もうひと押しッ……!」  ここまできて、まだ足りないのか。  これほどの力を束ねてもなお、奴に打ち勝つことはできないのか。  いいや、そんなことは認めない。  なのはが、己が、そしてルイズが。皆が必死に戦い抜いて、掴み取ったこの拮抗を、決して破らせるつもりはない。  探り続けろ。次の一手を。  奴の力を打ち砕く、最後の最後のひと押しは―― 「――ぉおおおおおおおお――ッ!!!」  見つけ出すべき最後のピースは、四人目の仲間の歌だった。 「響っ!? その姿……それに、その力は……!」  現れたのは立花響だ。  あれほど禁じたシンフォギアを、その身に纏って現れた、スバル・ナカジマのマスターだ。  おまけに突き出して右拳から、渦を巻き放たれるエネルギーは、今までに見たことのない力だ。  可能性は一つしかない。  FG式回天特機装束・シンフォギア、その最終決戦機能――絶唱。  身の安全を度外視し、聖遺物の力を限界以上に引き出す、自滅覚悟の滅びの歌だ。  それこそ今の響にとっては、ガングニールの侵蝕を加速させかねない、禁じ手中の禁じ手のはずだ。 「死にませんッ!」  されど、それを否定する。  スバルの脳裏によぎった思考を、立花響は切り捨てる。 「生きることを諦めない……そのために伸ばしたのがこの手だからッ! だから何があったって、死んでも生きて帰りますッ!」  なんとも滅茶苦茶な理屈だ。死んだら生きて帰れないだろうが。  そう言ってため息をつく気になれないのは、自分も同じ穴の狢だからか。  いいだろう。ならば頼らせてもらおう。  力強く笑みを浮かべ、スバルは意識を集中する。  途切れた戦意を繋ぎ直し、再び攻勢へと転じる。 「胸に宿ったこの歌が、神話の調べであるのなら……ッ!」  渦を巻く力が星へと宿る。  七色に輝くフォニックゲインが、彗星の煌めきと重なって、虹色の道を切り拓く。 「――伝説を貫けッ! ガングニィィィィ―――ルッ!!!」  響き渡る少女の叫びが、戦場を揺るがす力と変わった。  未来へと伸ばすその右腕が、奇跡をもぎ取り握り締めた。  二人分のサーヴァントの、宝具クラスの必殺魔法。  そして世界樹の影響を受け、それに匹敵する出力を得た、暴走状態の絶唱。  一つに束ねられた三つの奇跡は、その力を乗算式に束ね、太陽を目指す翼となる。  黄金の暴威に真っ向から挑み、日輪すらも突破して、どこまでも羽ばたける力となる。 《脱出っ!》  なのはの念話を耳にしたのは、ちょうどその時のことだった。  撤退を指示する号令と、抑えきれない力の破綻は、ほとんど同時に起きていた。  一歩も退かない二つの力が、最後に行き着く終着点は、双方共倒れの対消滅。  破綻を来たした均衡は、想像を絶する大爆発となり、戦場を音と光で染めた。 ◆  『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』をもって、敵の宝具を迎撃する。  最悪突破できなかった場合は、その混乱に乗じて戦線を離脱。各自の判断で撤退する。  それが高町なのはの考案した、状況を打開するための作戦だった。  荒れ狂う雷鳴と爆煙の中、スバルはなんとか響を抱き上げ、それを実行してのけた。  極限状態での行動力は、半生以上を費やした、レスキュー現場での経験則か。  死してなお、役に立つとは思わなかった。人生とは一度終わってからも、何が起こるか分からないものらしい。 「………」  立花響は、眠っている。  限界を超えた力を使い、シンフォギアの変身も解かれ、気を失い瞳を閉じている。 「お疲れ様」  その無茶を、責める気にはなれなかった。  死にに逝くための戦いではなく、生きるために挑んだ姿を、今は叱るつもりにはなれなかった。  もちろん、二度とあんなことはするなと、目を覚ましたら言うつもりではいる。  それでも今は、起こしたりせず、このまま寝かせてやることにしよう。  己がマスターを抱きかかえながら、スバルは柔らかな笑顔を浮かべて、素直に労いの言葉をかけた。 (なのはさんには悪いけど……)  現状を振り返りながら、思考する。  こちらのマスターは、この状況だ。これ以上戦場にはとどまれない。  自己の判断で動けという、彼女の命令に従い、この場は撤収を選ばせてもらおう。  じきに騒ぎを聞きつけて、人が集まってくるはずだ。見つからないようにしなければなるまい。  なるべく人目につかない道を選び、スバルは響の学生寮へと、帰還する選択肢を取った。 【E-3/学術地区・路地裏/一日目 深夜】 【立花響@戦姫絶唱シンフォギアG】 [状態]気絶、魔力残量2割、ダメージ(中)、疲労(大) [令呪]残り三画 [装備]ガングニール(肉体と同化) [道具]学校カバン [所持金]やや貧乏(学生のお小遣い程度) [思考・状況] 基本行動方針:ガングニールの過剰融合を抑えるため、メンターから回復魔法を教わる 1.……… 2.学校の時間以外は、ルイズと一緒にメンターの指導を受ける 3.ルイズと共に回復魔法を無事に習得できたら、聖杯戦争からの脱出方法を探る 4.両備の復讐を止めたい 5.出会ったマスターと戦闘になってしまった時は、まずは理由を聞く。いざとなれば戦う覚悟はある [備考] ※シンフォギアを纏わない限り、ガングニール過剰融合の症状は進行しないと思われます。  なのはとスバルの見立てでは、変身できるのは残り2回(予想)です。  特に絶唱を使ったため、この回数は減少している可能性もあります。 【キャスター(スバル・ナカジマ)@魔法戦記リリカルなのはForce】 [状態]全身ダメージ(大)、脇腹ダメージ(大) [装備]『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』、リボルバーナックル、ソードブレイカー [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:ルイズ・なのは組と協力し、マスターの願いを叶えて元の世界に帰す 1.一度帰宅する。夜が明けたら、なのは達と合流するため、ルイズの家を目指す 2.金色のサーヴァント(=ハービンジャー)を警戒 3.ルイズと響に回復魔法を習得させる 4.戦闘時にはマスターは前線に出さず、自分が戦う 5.ルイズと響が回復魔法を習得できたら、聖杯戦争からの脱出方法を探る 6.万が一、回復魔法による解決が成らなかった場合、たとえなのはと戦ってでも、聖杯を手に入れるために行動する [備考] ※4つの塔を覆う、結界の存在を知りました ※ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール&高町なのは組と情報を交換し、同盟を結びました。  同盟内容は『ルイズと響に回復魔法を習得させ、共に聖杯戦争から脱出する』になります ※予選敗退後に街に取り残された人物が現れ、目の前で戦いに巻き込まれた際、何らかの動きがあるかもしれません。 ◆ 「………」  小宇宙を込めた右腕で、強引に拘束を引きちぎる。  乱暴な助け方をしても、両備は文句一つ言わなかった。  急激な魔力の消耗により、意識を失ってしまったからだ。  恐らくこのまま戦えば、彼女は枯死してしまうだろう。腹立たしいが、それはハービンジャーにとっても本意ではない。 「潮時か」  面白くなさそうに呟きながら、牡牛座の黄金聖闘士は、身に纏う聖衣を解除した。  教皇の大仰なローブではない、Tシャツとジーンズというラフな姿に戻り、両備を乱暴に肩に抱える。  ついでに近くに転がっていた、長いスナイパーライフルも、左手で回収してやった。 「俺が最初に一抜けとはよ。カッコ悪いったらありゃしねえ」  一番有利なはずの人間が、真っ先に戦闘を放棄する。こんな情けない話はなかった。  同時に、魔力に乏しいマスターというのが、これほどに大きなハンデになるのかと、改めて思い知らされた。  たった二発の『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』で、戦闘不能に陥ってしまう。  こんなことは生前には、一度も経験していなかったことだ。  どうやら戦いを楽しむためには、相応の工夫というものが必要らしい。 「あん……?」  その時、ハービンジャーはそれを見た。  見覚えのある人間が、遠くの方からこちらに向かって、歩み寄ってくる姿を。  否、目的はこちらではない。確かあっちは、メンターのサーヴァントが、小娘を連れて飛び去った方向だ。 「この俺の上前を撥ねようとは、いい度胸じゃねえか」  今はこちらにも手立てがない。だから見逃してやることにしよう。  だが、せっかくのライバルを奪った報いは、いつか必ず受けさせてやる。  額の開いたヘアスタイルをした、眼鏡の女性を遠目に見据え、ハービンジャーはそう呟いていた。 【F-3/特級住宅街/一日目 深夜】 【両備@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】 [状態]気絶、魔力残量1割 [令呪]残り三画 [装備]なし [道具]秘伝忍法書、財布 [所持金]やや貧乏(学生の小遣い程度) [思考・状況] 基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる 1.……… 2.復讐を果たすこと、忌夢と戦うことに迷い [備考] ※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』の噂を聞きました ※忌夢が本物であるかどうか、図りかねています。また、忌夢の家が特級住宅街にはないことを調べています 【キーパー(ハービンジャー)@聖闘士星矢Ω】 [状態]ダメージ(中) [装備]『牡牛座の黄金聖衣(タウラスクロス)』 [道具]なし [所持金]スナイパーライフル [思考・状況] 基本行動方針:両備について行き、共に戦う 1.一度帰宅する 2.獲物を横取りする忌夢を許さない。次に会ったら倒す 3.両備の迷いに対して懸念 [備考] ※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』の噂を聞きました ※忌夢がマスターであると考えています ◆ 「ここまで来れば、もう大丈夫かな」  抱えたルイズの体を下ろし、高町なのははそう呟く。  最善の成果は得られなかったが、何とか敵を振り切って、戦線を離脱することはできた。  拘束したままの敵マスターや、はぐれてしまった響達など、懸念すべき要素はある。  それでも最低限、ルイズ達の安全だけは、こうして確保することはできた。 「………」  であれば、やらねばならないことがある。  左手の甲を突き出して、真紅のルーンを光らせる。 「令呪を持って命ずる。今後私の許可なしに、独断専行をしないこと」  輝く令呪の一画が消えた。  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの言葉は、絶対の拘束力となって、メンターのサーヴァントに課せられた。 「マスター……?」 「ごめんなさい。でも、これはやらなきゃいけないことなの。けじめはつけないと駄目なのよ」  そもそもの発端となったのは、なのはの勝手な行動だ。  彼女が夜中にルイズを連れ出し、目立つ行動を取ったからこそ、敵に捕捉されてしまった。  同じことを繰り返さないよう、身勝手な振る舞いを取った使い魔には、罰を与えなければならない。  それが主人たる貴族の、つけるべきけじめというものだ。  響達との同盟は、失点を帳消しにするための言い訳にはならない。  聖杯戦争の打倒は、ルイズにとってはついでであって、絶対条件ではないのだから。 「……そうだね。ごめん、マスター」  言わずとも、聡明なメンターは、その考えに気付いたのだろう。  どこか寂しげではあるものの、納得したという表情で、謝罪の言葉を口にする。 (嫌な気分だわ)  そしてルイズはなのは以上に、強く胸を痛めていた。  何がけじめだ。笑わせる。  あの場で一番役に立たなかったのは、他でもなくこのルイズ自身だ。  一番のお荷物であった自分が、他人の行動を咎めて、罰まで与えようなどと、図々しくて反吐が出る。  恩を仇で返すような、そんな真似しかできない自分が、情けなくて仕方がなかった。 「……まぁ、でも。助けてくれたことは、嬉しかったわ。ありがとう」  それでも、礼だけは言っておかねばなるまい。  どの口がほざくと言われようが、本心であることに違いはないのだ。  ばつの悪そうな顔をして、言葉を選ぶように区切らせながら、ルイズはなのはに向かって言った。 「ふふ……ありがとう」 「っ! なっ、何よ! 気持ち悪いわね!」  何を察したのかは知らないが、静かに笑みを浮かべるなのは。  それが何だか照れくさくて、顔を真っ赤に染めながら、ルイズはムキになって言い返す。 「ごめんごめん。じゃあ、一度帰ろうか。ちょうど家も近くだし」 「まぁ、そうね……今から響達を探す余裕もなさそうだし。ここは素直に撤収しましょ」  とりあえず、これ以上会話を続けると、色々とボロが出そうなので、なのはの提案に応じる。  幸いにして、周囲に敵の気配はない。自宅へ帰るまでの道のりを、気取られる心配はなさそうだ。  仮に何かがあったとしても、メンターの仕掛けたサーチャーが、敵の気配を察知してくれる。  そう考え、ルイズは共に、家路へとつくことにした。 「とりあえず、帰ったら――」  風呂にでも入って汗を流したい。  そんな他愛のないことを、言いたかったつもりでいた。 「……え?」  その、はずだった。  呆然としたなのはの顔を、視界に収めるその時までは。  装束の色が変わったなのはの姿を、目にしてしまうその時までは。  腹部を突き破り現れる――漆黒の光を放つ剣を、目の当たりにしてしまうまでは。 「メンターッ!?」 「ぁ……」  悲鳴のようなルイズの声。気の抜けたようななのはの声。  それらからワンテンポ遅れて、ずるりと剣が姿を消す。  ただでさえボロボロになったなのはの体は、最後の糸を切られたように、無様に路傍に転がった。 「討ち取ったぞ」  おどろおどろしいその声は、これまでに聞いたことがない。  なのはの背後から現れたのは、全くの未知の存在だ。  見上げるような大鎧――その特徴は、キーパーのそれとも一致している。  しかし、その色が違った。太陽のような黄金ではなく、宵闇そのものの暗黒の鎧だ。  全ての希望を喰らい尽くし、絶望の闇で塗り固める。そんな印象を受ける黒だ。  そのクラスは、バーサーカー。  神話のケルベロスのような、おぞましい狼のヘルムを被った、未知のサーヴァントの姿がそこにあった。 「マス、ター……逃げ――」  それが最期の言葉となった。  力を使い果たした英霊は、白い光の粒となって、呆気無く闇夜に融けて消える。  ルイズに刻まれた残りの令呪も、僅かな痣を残して消えた。  自分を教え導いてくれた、あのメンターのサーヴァントが。  強敵にも屈することなく立ち向かった、エースオブエースの高町なのはが。  たった一刀を受けただけで、あっさりと命の糸を断ち切られ、再び死の闇へと沈んでいったのだ。 「だそうだ。お前はどうする?」  新たな声は、鎧の背後から聞こえる。  恐らくはバーサーカーのマスターだろう。  額を広く露出した、ツリ目の女性がそこにいた。  眼鏡の奥の厳しい視線は、自身の姉であるエレオノールを、いくらか若くしたようなものだ。  もっとも、衣服の下から主張する、その豊満に過ぎるバストサイズは、姉とも自分とも異なっていたが。 「ッ……!」  サーヴァントを失ったマスターがどうなるか。  それはつい先程に、考えたばかりの結論だ。  このまま数時間以内に、新しいサーヴァントを見つけられなければ、この場から強制排除される。  その後どうなるかまでは知らないが、もうこの世界樹にいられるのは、その数時間の間だけだ。  選ばなければならない。  残されたその時間を駆使して、自分が一体何をすべきか。 「……こんのぉぉぉっ!」  覚えてなさい、とまでは言わなかった。  それが意味を持つことは、決してないのだと理解していた。  ルイズが取った行動は、逃走。  なのはの最期の願い通り、勝てない戦いに挑むことなく、自宅へとまっすぐに逃げ去ったのだ。 「捨て置け。サーヴァントを失ったマスターなど、もはや何の価値もない」 「分かってるよ、そんなことくらいは」  そんなバーサーカー達の会話は、ルイズの耳には届くことなく、夜の闇へと静かに消えた。 【G-3/特級住宅街・ラ・ヴァリエール邸近く/一日目 深夜】 【忌夢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [装備]如意棒 [道具]秘伝忍法書、外出鞄、財布 [所持金]普通 [思考・状況] 基本行動方針:優勝し、聖杯を雅緋に捧げる 1.帰宅する 2.明晩になったら、また街を出歩き、『魔術礼装を持った通り魔』を誘き出す 3.呀には極力そのままで戦わせる。いざという時には、装着して戦う 4.そこらのNPCでは、呀を使いこなせないらしい。無理に代わりの体を探すことはしない 5.呀を再び纏うことに、強い恐れ [備考] ※特級住宅街以外のどこかで暮らしています。詳細な家の位置は、後続の書き手さんにお任せします ※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』『姿の見えない戦闘音(=高町なのは)』の噂を聞きました。  後者の主がなのはであることには気付いていません。 ※両備が本物であることに気付いていません ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません 【バーサーカー(呀)@牙狼-GARO-】 [状態]健康、魔力増(一般人の魂二つ分) [装備]魔戒剣、暗黒斬 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手に入れる 1.戦う [備考] ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません ◆ 「ちびルイズ! 一体どこに行っていたの! こんな時間までうろついて!」 「ごめんなさい姉様! 急いでいるの! 話は後からにさせてちょうだい!」  偽物とはいえ、姉エレオノールに、そんな強い言葉で話したのは、これが初めてかもしれない。  怒る家族には目もくれず、汗を風呂で流すこともせず、ルイズは自宅の階段を登り、自分の部屋へとまっすぐに駆け込む。  時間がない。こうして移動する時間はおろか、考えている時間すら遅いのだ。  自分が消えるその前に、できることをしなければ。  あの場で戦ったなのはは、決して無駄死にをするために、戦っていたわけではなかった。  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという、命を残すためという、意味ある戦いをしていたのだ。  彼女の宝具にも名付けられた、「不屈の心」というものだ。 「絶対にこのままじゃ終われない……!」  であれば、それにならわねばならない。  それがなのはが教えてくれた、最期の教導であるのなら、それに応えなければならない。  自分はゼロのルイズではないのだ。役立たずから卒業したのだ。  であるなら、どんな形であっても、たとえ魔法が絡まなくても、何かを遺さなければならないのだ。  それがメイジである以前の、貴族としての務めなのだから。  お荷物のくせして偉そうに、恩人に罰を与えたままで――嫌な気分のままでは終われないのだ。 「見てなさいよ!」  適当なノートのページを破る。  ペンを取り出し走らせる。  彼女が遺すのは文書だ。同盟を組んだ響達への、最期のメッセージを託した手紙だ。  もう自分には何もできない。けれど響達が生きていたなら、まだ何かをすることはできる。  自分の無事を確認するため、明日にでもここに来るであろう響には、何かを遺すことができる。  とにかく文字を書き続けた。その時間すらもどかしかった。  回りくどい言い回しなどしていられず、乱暴に殴り書きしたような、無様な手紙が出来上がる。  全然貴族らしくなどない。それでも今はこれがいい。  一刻一秒を争う状況で、優先すべきは体裁でなく、成果だ。 「エレオノール姉様! お願いがあるの!」  出来上がった手紙に封をし、どたばたと自室を飛び出し叫ぶ。  明日立花響という、日本人風の少女が来たら、この手紙を渡してやってほしい。  それがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、最後に遺した成果だった。 ◆ 立花響へ  あんたがこの手紙を読んでいる時には、もう私はここにいないと思う。  悔しいけど、あの戦いの後、メンターがやられてしまったの。  相手のクラスはバーサーカー。見たことのないサーヴァントだったわ。  全身真っ黒の鎧を着て、犬みたいなマスクを被ってる、変な奴。  それを連れてるマスターは、眼鏡をかけた女だったわ。  広く開いたデコが印象的で、うちのエレオノール姉様みたいに、つんけんとした顔してた。  その上邪魔くさいことこの上なさそうな、でっかいチチまでぶら下げてた!  一方的に呼びつけといて、先に一抜けしちゃうのは、本当に申し訳ないと思ってる。  もう私には何もできない。でも、敵の存在だけは、こうしてあんたに伝えとくから。  鎧のサーヴァントを連れた眼鏡の女よ! そいつには絶対に気をつけて!                           ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール &color(red){【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔 & 高町なのは@魔法少女リリカルなのはシリーズ 脱落】} &color(red){【残り主従 22組】} [全体の備考] ※エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールに、  上記の文章を記した、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの手紙が預けられました。  立花響がラ・ヴァリエール邸を訪れた時には、エレオノールの手で渡されることになっています。 ※F-3・特級住宅街にて、火災が発生しました。間もなく消防隊が駆けつけ、消火活動が行われます ※『姿の見えない戦闘音』の噂に、若干の変化が生じる可能性があります。  変化の内容は、後続の書き手さんにお任せします ---- |BACK||NEXT| |[[冷たい伏魔]]|[[投下順>本編目次投下順]]|[[百機夜行]]| |[[背負う覚悟は胸にあるか]]|[[時系列順>本編目次時系列順]]|[[百機夜行]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |[[背負う覚悟は胸にあるか]]|[[ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール]]|&color(red){GAME OVER}| |~|メンター([[高町なのは]])|~| |~|[[立花響]]|-| |~|キャスター([[スバル・ナカジマ]])|-| |~|[[両備]]|-| |~|キーパー([[ハービンジャー]])|-| |[[闇に吠える氷の呀]]|[[忌夢]]|-| |~|バーサーカー([[呀]])|-|
*不屈 ◆nig7QPL25k 「がっ……!」  無様な声を上げながら、男が一人倒れ伏す。  包丁を片手に現れた、取るに足らない通り魔だ。確か、ハリウッドと名乗っていたか。 「こいつじゃない」  不埒な男を見下ろしているのは、如意棒を携えた女――忌夢だ。  眼鏡の向こうの眼差しは、不機嫌そうにひそめられている。  当然だ。探していたはずの通り魔は、この男ではなかったからだ。  サーヴァントを召喚することもなく、魔術礼装も持っていない。  令呪を確認するまでもなく、これが噂のマスターでないことは、察することができた。 「喰え、バーサーカー」  背後の暗黒騎士へと命じ、その魂を取り込ませる。  恐らくこの男は、どこかに潜んだマスターによって、幻術か何かで操られたのだろう。  あるいは、人を操る礼装によって、切り裂かれた被害者なのかもしれない。  こんな奴が出歩いているということは、既に本物の通り魔は、雲隠れしているのかもしれない。  であれば、これ以上の探索は無駄か。今夜はこのまま家に帰って、明日に備えて寝るべきか。 「……?」  その時だ。  遠くの方から、爆発の音が、聞こえてきたような気がしたのは。 (あっちは確か、特級住宅街か?)  そういえばこの街にはもう一つ、噂があったことを思い出す。  姿を現さぬ戦闘者の、正体不明の爆発音だ。  あるいはその音の主が、この先で戦っているのかもしれない。  潰し合うのなら好きにすればいいが、生き残った者を仕留められれば、こちらも優勝に近づける。 (行ってみるか)  無理はしない。だが見逃すこともしない。  忌夢は爆発の方に向かって、ゆっくりと歩みを進み始めた。 ◆  時間は少し巻き戻る。  これは開戦の直前――一撃目をかわした高町なのはが、襲撃者と対峙した時のことだ。  黄金の鎧を身にまとい、不敵に笑う大男を、視界に捉えたその時のことだった。 「……戦う前に、一つ聞かせて。貴方とそのマスターの目的は何?」  抱え込んだマスターのルイズを、ゆっくりと道路へ下ろしながら。  油断なく襲撃者を睨み据え、メンターのサーヴァントは問いかける。  戦闘は避けたいのが本音だ。聖杯の完成は、できることなら、阻止したいと考えている。  願いを叶えることよりも、その過程で失われる、命を守ることの方を優先したい。  それはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールもまた、理解してくれていることだった。  理解して、くれているはずだ。 「知らねぇよ。俺のマスターはそんなこと、聞いても話しちゃくれなかったからな」  それを一笑に付したのが、現れたキーパーのサーヴァントだ。  粗野な顔立ちはならず者のそれだが、身にまとう金色のオーラには、強者の放つ気迫がある。  単純な戦闘能力では、あるいは自分すらも上回るかもしれない。  打算で考えたくはないが、今後の戦況を考えても、敵にしておきたくはない男だった。 「望みも持たずに人を襲うだなんて……」 「英霊の倫理にもとる、ってか。そいつは見当外れだな。  ここまで生き残ってきた連中は、どいつもこの戦いを受け入れ、勝ち抜いてきた奴ばかりだ。  殺しも殺されも覚悟して、戦場に立った奴を相手に、そいつを言うのはお門違いだろ?」  それは違う。ルイズにそんな覚悟はない。  偶然巻き込まれた上に、自分勝手な戦いはしないと、面と向かって言われているのだ。  そう言いかけた己の言葉を、しかしなのはは飲み込んだ。  分かっていたはずだ。それはあくまで少数派。  あのスバル・ナカジマがそうであるように、多くのマスターとサーヴァントは、聖杯を獲る覚悟を決めている。  それを考えられなかったのは、予選の全ての戦いを避け、結界に閉じこもっていたが故か。 「……そっちの理屈に巻き込むな、とは、言わせてもらえないんだね」 「あんまり興ざめなことを言うんじゃねえよ。マスターの願いなんざ知らねぇが、俺にはやりたいことってのはあるんだ」  これ以上の言葉は通じない。  少なくとも、交渉の前提条件を知らないキーパーには、どんな取引も通用しない。  であれば、戦いは避けられないか。  できるのか。未だ身を守る術しか知らない、未熟なマスターを庇いながら、この敵を退けることが。  張り詰めた空気がその場を満たし、月明に頬の汗が光る。 「っ!」  瞬間、敵の姿が膨れた。  先に動いたのはキーパーだ。策もブラフも何もない、真っ向からの突進だ。  恐らく速度は敵の方が速い。不意を打たれたこの状況では、回避の加速は追いつかない。 「このくそったれた状況で、少しはマシな戦いをする――そいつがこの俺の望みってやつよ!」  至近距離。次に来るのは拳か。  低く踏み込んだ姿勢から、恐らくはアッパーが来るだろう。  杖を繰り出す。呪文を紡ぐ。防御のラウンドシールドを展開。 (え――!?)  何だ、これは。  明確に知覚できたのはそこまでだ。  その疑問の内容が、いかなものであったのかも、認識することはかなわなかった。 「あぅっ!」  その前に猛烈な鉄拳が、杖ごとなのはを吹き飛ばしたからだ。  砕け散る桜色の魔力光と共に、白いジャケットが宙を舞う。  重い。とてつもなく強い。思考が途切れてしまったのは、意識が飛んでいたからかもしれない。  サーヴァントとして強化されたはずの体が、ぎしぎしと軋み始めている。  痛む体を強引に動かし、飛行魔法で姿勢制御。杖の先端に魔力を込めて、牽制の準備を整える。 「アクセルシューター!」  解き放たれたのは流星雨。  光り輝く奇跡を描く、高速の誘導射撃魔法だ。  出し惜しみはしない。総計32の魔力弾を、発射タイミングをずらしつつ、次から次へと叩き込む。  夜空を切り裂く魔弾の数々を、しかしキーパーは捌ききった。  ほとんど不可視と言っていい、とてつもない速度の手捌きで、次々と弾丸を叩き落としたのだ。 (あれだ……!)  攻撃を低速のディバインシューターに切り替え、ルイズを庇うように位置取りながら、なのはは敵を見定める。  先の拳に感じた驚異は、正確には重さに対してではなかった。  キーパーの放った鉄拳は、あまりにも素早すぎたのだ。  予測通りの攻撃だった。防御の展開時間もあった。  にもかかわらず、黄金の右アッパーは、ラウンドシールドの完成前に命中し、不完全な防御を打ち砕いた。 「レイジングハート!」  己が宝具へと問いかける。  『不屈の心はこの胸に。そしてこの胸に小さな勇気と奇跡を(レイジングハート・エクセリオン)』へと、拳の正体を問いただす。 『敵の攻撃速度の平均は、29万9千メートル毎秒。光の速度に匹敵します』 「光速!?」  音速の間違いではないのかと、なのはは相棒へと問い返した。  そもそも数度見ているとはいえ、そこまで出鱈目な速度を、よくもまあ計測できたものだ。 『マスターが初撃を回避できたのは、サーチャーで襲撃を察知し、攻撃を実行する前から、回避行動を起こしていたからです』 「つまり、それは……」 『まぐれです』  まともに相手をしていては、とてもかわしきれはしないと。  インテリジェント・デバイスが導いたのは、絶望的な回答だった。 「知らずにかわしたってのか。そいつはある意味すげぇ話だ」  せせら笑うキーパーに対して、なのはは緊張した表情を浮かべる。  それほどの速度があるのなら、もはやマスターの力量が、整っているいないの話ではない。  一瞬でもマスターの懐に入られれば、ルイズでなくても間違いなく即死だ。  であれば通すわけにはいかない。距離が開いた状態のまま、一歩も動かさずに制圧する。 「バスター!」  もはやなのはに躊躇はなかった。  足を止めるための攻撃ではなく、敵を倒すための攻撃に移った。  砲撃魔法、ディバインバスター。高火力での遠距離戦を得意とする、高町なのはの必殺技だ。  膨大な魔力の奔流は、太陽の光輝すらも飲み込み、塵一つ残らず焼滅させる。 「――無理すんなよ!」  その、はずだった。  しかし耳に飛び込んできたのは、直撃を受けたはずのキーパーの声だ。  それもそのはず、なのはが狙った太陽の鎧は、既にその場には見当たらない。  そこにいたのは太陽ではなく、暗がりに溶けて潜む闇だ。 「シャドーホーンッ!」  振り返った背後に現れたのは、不定形の黒い影。  それが形と色をなし、再び現れたのが黄金の鎧だ。  恐らくは身を歪め姿を変えて、縦横無尽に駆け巡り、ここまで回り込んできたのだろう。 「ぐっ!?」  それだけの思考ができたのは、背後から殴り飛ばされて、距離を開けられた後だった。 「メンター!」 「別にこのガキが目当てじゃねえんだ。お前を倒すことができれば、それでも勝利条件は整う」  ルイズの上げた声に対して、キーパーは振り向きもしなかった。  その存在をまるきり無視し、あくまでも道路に転がるなのはに対して、鎧の男は語りかける。 「雑魚の骨をへし折ったって、大して面白みもありゃしねえんだ。それよかお前と戦った方が、いくらか戦り甲斐もあるってわけよ」 「くっ……!」 「さぁ、来いよ! タイマン張ってやるって言ってんだ! 他のことなんざ全部忘れて、ぶっ殺すことだけ考えて来いや!」  両手を大きく広げながら、キーパーは高らかに宣言した。  易い敵を眼中にも置かず、強い敵だけを狙って戦う。それは間違いなく驕りだ。  しかし彼ほどの大英霊ともあれば、それは相応の自信に変わる。  やれるのだ。そんな非効率な戦いが。  そう確信できてしまうことが、何よりもぞっとする話だった。 ◆ 「勝手言ってんじゃないわよ、キーパーの奴……!」  そしてそんな状況を、苛立ちと共に見る者がいる。  恐らく戦いの現場で、最も不機嫌そうな顔をしているのが、キーパーのマスターであるはずの両備だ。  屋根の上に身を潜めながら、彼女はしもべであるハービンジャーの姿を、じっと見下ろしていたのだった。 (どう考えたって、あの貧乳チビを殺した方が、さっさと片付く話じゃない!)  自分の体型は棚に上げながら、両備はそんなことを思う。  警備の連中が騒ぎだそうと、魔術師達が割り込んでこようと、そんなことは問題ではない。  あの激烈な強さを持ったハービンジャーなら、NPC連中ごときは造作もなく、蹴散らすことが可能だからだ。  両備が問題視しているのは、NPCではなくPC――他のマスターの介入である。  あのメンターなるサーヴァント、実力で劣っている割にはよく粘る。  タイマンでなら勝てるだろうが、他に一人二人と数が増えれば、また結果も変わってくるかもしれない。 (もういい! あいつは両備が殺る!)  そうなっては危険だ。  魔力の少ない両備には、長期戦をする余裕などないのだ。  長大なスナイパーライフルを取り出し、眼下の敵マスターに狙いを定める。  敵味方が好き勝手に暴れ回り、照準を遮る戦況下においては、狙撃の難易度は跳ね上がる。  だが、何もしないよりはマシだ。自分はお荷物ではないのだ。  魔力がなかったとしても、只人を超越した忍であるなら、こうして戦うことはできる。  それを分からせてやると考え、両備は一人スコープを覗き、トリガーを引くタイミングを待った。 ◆ 「エクシードモード!」  高町なのはの装束が変わる。  ミニスカートの丈が伸び、赤いリボンが姿を消す。  より戦闘的になったスタイルこそ、高町なのはの本領だ。  燃費を犠牲にしながらも、長所を伸ばしたこの姿ならば、彼女の戦闘能力を、100%発揮することができる。 「はっ!」  マスターの魔力を使い切らない程度に、それでいて最大限の火力を展開。  無数の弾丸を織り交ぜながら、敵の退路を塞ぎつつ、大火力の砲撃を叩き込む。 「ぬぉおおッ!」  それでも致命傷には至らなかった。  爆煙をかき分け現れるのは、絢爛豪華な暴れ牛だ。 「嘘でしょ!? 今のも効いてないの!?」  ルイズが悲鳴にも似た声を上げる。  正確にはそれは誤りだ。鎧から覗いた強面の顔には、微かに傷がついている。  問題はそのダメージが、奴にとってはあまりにも、些細なものにしかならなかったことだ。 『Protection!』  攻撃動作に入られてからでは遅い。どこから攻められても構わないように、全身を覆うタイプの魔法を選択。  サーヴァント化して強化された感覚を研ぎ澄まし、なおかつ経験則で攻撃の狙いを予測しても、恐らく攻撃の先を打てるのは一発。  これがかのアーサー・ペンドラゴンのように、超高度の直感スキルの持ち主であれば、四度か五度は凌げるだろう。  それができないのであれば、無理に捌くことはしない。真っ向から受け止める以外に防御策はない。 「でぇいっ!」  それでも、その目論見をご破産にするのが、キーパーの豪腕の破壊力だ。  振りかざす拳が雷を纏った。バリアと接触するストレートが、炸裂し稲妻を撒き散らした。  ルイズも巻き込まれるのではないか。一瞬そう思えるほどの余波が、スパークを形取って爆散し、石畳を次々と抉り壊す。  今のでバリアの耐久力の、そのほとんどが削り取られた。恐らく次は耐えられない。  無駄な壁は壊される前に、壊して有効に使わせてもらう。 「バースト!」  攻勢防御、バリアバースト。  展開した防壁を爆発させ、対象を吹き飛ばす荒業だ。  魔力の調節を行えば、衝撃だけを自分にも伝え、無理やり距離を開けることもできる。  目眩ましの爆煙から飛び出し、上空で姿勢制御を取った。  敵がラッシュを仕掛けてくるのではなく、一撃の重みで仕留めにかかるタイプだったのは、ある意味では僥倖だったと言える。  そういうタイプの人間であったなら、こんなことをできるような、隙を作られることもなかった。 (あれは……!)  これもまた、だからこそなのかもしれない。  飛び退ったその先で、銃を構える何者かの姿を、見下ろすことができたのは。 (間違いない! あの子……このサーヴァントのマスター!)  茶色い髪を二つに結んだ、ティーンエイジャーの女の子だ。横顔から感じられる年齢は、ルイズや響と同じくらいか。  屋根の上に寝そべりながら、その手に握っているものは、物々しいスナイパーライフル。  これはキーパーも承知しているのか、あるいはマスターの独断なのか。  黒光りする銃口は――地上のルイズへと向けられている! 《マスター、危ないっ!》 「えっ!?」  念話で危険を訴えながら、自身は杖を少女へと向ける。  アクセルシューターを形成し、手元目掛けて一発発射。  引き金を引くその直前。なんとか着弾が間に合った。 「きゃっ!?」  悲鳴と共に、トリガーが引かれる。  ぱぁんと撃たれた銃弾は、しかし狙いからは大きく外れ、明後日の方向へと消えていった。 「何すんのよ!」 「それはこっちの台詞!」  こちらを睨みつけキレる少女に、なのはは至極真っ当な反論を返した。 「余計なことすんじゃねえ! 勝負が終わっちまうだろうが!」 「何よ! 終わらせようとしてんじゃな……、ぅあっ!?」  揉めているところを狙って、マスターにバインド魔法を仕掛けた。  キーパーには通用しないだろうが、相手は生身の人間だ。すんなりと拘束は成功し、銃は無様に屋根を転がる。 「ごめんね。お話は後で聞かせてもらう。だから今は、そこでじっとしてて」 「……ふん! 両備を懐柔しようったって、無駄よ」  先の話のことを言っているのだろうか。  どちらにせよ、今の自分には交渉の余裕はない。  何しろ敵の実力を考えれば、逃走という選択肢すら取れないのだ。  すぐさまなのはは戦線に戻り、敵サーヴァントを睨み据えた。 「今までの流れで、だいたい分かった」  対峙するなのはを見据え、キーパーが言う。 「お前のその戦い方……俺を恐れてるってだけでもなさそうだ。  どうやら殴り合いを避けて、飛び道具で制圧するスタイルが、元から得意だったってクチみてぇだな」  小休止のつもりなのだろうか。  両腕を胸の高さで組んで、黄金のサーヴァントが語りかける。 「そいつは俺の趣味じゃねえが……まぁいい。だったらこっちもお望み通り、そいつに合わせてやろうじゃねえか!」  否。違った。  あれは余裕の構えではなく、攻撃の予備動作だったのだ。  それを悟ることになるのは、異常な魔力の高まりを、なのはが感じた瞬間だった。 (これは、何……!?)  迸る黄金が空気を歪める。  轟然と唸る雷が、キーパーの周辺でぱちぱちと弾ける。  何をしようとしているのか。そこまでは理解が及ばなかった。  だが確実に、何かがある。恐らく相手が狙っているのは、宝具クラスの必殺技だ。  これまでとは比較にならない一撃が、来る。 (シールドとバリアを最大出力……!)  間に合え。そう心に念じ続けた。  防御魔法を限界まで強化し、迫り来る何かに向けて備える。  当然突っ立っているつもりもない。光の翼を羽ばたかせ、上空への退避を図ろうとする。  しかし、そちらは遅かった。  これより放たれるキーパーの絶技を、完全にかわし切るためには、加速が足りなかったのだ。 「――『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』 ッ!!!」  そのことを理解することすら、高町なのはには許されなかった。  雄叫びが戦場を揺るがした瞬間、メンターのサーヴァントの思考は、爆音と雷光の彼方へと消えた。 ◆ 「なっ……」  何よそれは。  それを言うことすらかなわず、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、へなへなとその場にへたり込んだ。  目の当たりにした光景は、それほど衝撃的なものだったからだ。  キーパーが何事かを叫んだ瞬間、世界の光景は一変した。  荒れる突風と轟く光が、突然キーパーの目の前から噴き出し、メンターの腰から下を飲み込んだのだ。  そのままちぎれ飛んだりするような、スプラッターな光景は見ていない。  しかし攻撃を受けた高町なのはは、引きずられるようにして衝撃波に呑まれ、全身を滅多打ちにされながら吹っ飛ばされた。  さながら竜巻が通り過ぎたような、激烈な破壊痕の向こうには、ぴくぴくと震えるメンターが、無様に倒れ伏している。  あのなのはが、為す術もなくやられた。  自在に魔法を使いこなし、それを教えてくれた師匠が、ゴミのように蹴散らされたのだ。  輝きを失った白のジャケットは、ルイズに残された希望の全てを、残らず摘み取るには十分な光景だった。 「いい音だな。骨の折れる音ってのはよ」  どこか悦を含んだ声で、黄金のサーヴァントが呟く。  大地に刻まれた破壊の痕を、のしのしと悠然と歩きながら、キーパーは戦果の余韻に酔う。 「だがな、お前の心はまだ折れちゃいねぇ。まだ立ち上がる気でいやがる」  遂に金色の具足は、なのはの元へと到達した。  ゆっくりとしたその歩みを、止めるための力すら、なのはには残っていないのだろうか。  未だダメージの抜けきらぬ体は、伸ばした指を震わせながら、地を掴もうとするのが精一杯だった。 「その音を聞かせてもらうまでは、終わりってわけにもいかねぇからな」  無理だ。こんなの勝てっこない。  もはや戦いを続けるどころか、立ち上がる力すら残ってないはずだ。  もういい。自分など見捨ててくれていい。いっそ令呪で命じてもいい。  メンターは十分に頑張った。十分過ぎるほどに戦ったのだ。  だからもうやめてくれ。せめて逃げることを考えてくれ。  相手が死人であることも忘れ、ルイズは声ならぬ声で必死に祈る。 「きっちりと、とどめを刺させてもらうぜ……!」  黄金の右手がなのはに伸びる。  白服の体を掴み上げんと、キーパーの手が伸ばされる。  誰か。どこの誰でもいい。奴のその手を止めてくれ。  悔しいが自分には力が足りない。ゼロでなくなったとはいえど、未だ力のないルイズには、奴を止める手立てがない。  だからどうか。誰か来てくれ。  誰か。 (誰か……っ!)  誰か――メンターを助けてくれ。 「――ぅおおおおおおおおおおっ!!!」  その、瞬間だ。  彼方から聞こえる雄叫びと、エンジンの音を耳にしたのは。  闇を切り裂き駆け抜ける、青き彗星を目にしたのは。 「うん……?」  黒鉄の拳が胴を捉える。  白銀のタービンが唸りを上げる。  爆裂する魔力は衝撃となり、キーパーの懐へ叩き込まれる。 「ここから……離れろぉぉぉッ!」  瞳を緑に燃やすのは、スバル・ナカジマの横顔だった。  先ほど同盟を結んだばかりの、キャスターのサーヴァントの拳があった。  大恩ある師匠の窮地に駆けつけ、怒りを燃やす姉弟子は、暴虐のサーヴァントの体躯を、その場から猛然と押し出したのだった。 ◆  手応えは大したものではない。恐らくはダメージもないのだろう。  金の甲冑を身に纏う、黄金の英霊を退かせたのを見ると、スバルは素早く飛び退り、己が師匠のもとへと降り立つ。 「スバ、ル……」 「揺れます。一瞬だけ我慢して!」  それだけを短くなのはに告げると、スバルはその場から飛び退いた。  ルイズのいる辺りへと降り立ち、ゆっくりとその体を下ろすと、自身は再び敵を睨む。 「メンターさんのこと、お願い」 「あ……え、ええ」  かけた声はなのはではなく、すぐ傍のマスターに対してのものだ。  頷いたのを確認すると、すぐさま鋼の両手を構え、臨戦状態へと移行する。  衝撃と破壊を司る、右手のリボルバーナックル。  反撃と粉砕を司る、左手のソードブレイカー。  攻防一体のシューティングアーツが、正体不明のサーヴァントに対して、油断なく構えを取り相対する。 《響、屋根の上にマスターがいる》 《分かりましたッ! こっちは任せてくださいッ!》  戦うことのできない響は、敵マスターの見張りに向かわせた。  どれほどの戦闘能力があろうと、強固なバインドで縛られた身だ。危害を加えられることはないだろう。 「どこのどいつかは知らねぇが、せっかく機嫌のよかったところに、横槍かましてくれたんだ」  興ざめさせたら許さねぇぜと、金の鎧が不敵に笑う。  相手の手の内は分からないが、全盛期の肉体を持つ高町なのはを、ここまでズタボロにした男だ。  勝てる勝てないはさておいて、恐らくは、ただでは済まないだろう。 「要らない心配だよ」  だとしても、一つだけ、確信していることがある。 「これ以上は他の誰にも、手を出させるつもりはないから!」  たとえこの身が砕け散っても、なのはとルイズは守ってみせる。  よしんば響に手を出そうとしても、絶対に守り通してみせる。  否――砕けるわけにはいかないか。  立花響という少女を救い、聖杯を渡してやるためにも、生きて切り抜けなければならないのだ。 「おおおぉっ!」  足の車輪を走らせる。  『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』を、トップスピードで猛進させる。  跳躍し、回し蹴りを見舞った。左手で防がれたもののそのまま落下し、着地と同時に足を払った。  ぐらついた体躯にストレートを打ち込み、リボルバーキャノンを発動。  シュートの時には放つ魔力を、そのままゼロ距離で炸裂させて、金色の巨体を吹っ飛ばす。 「なるほど! お前はそっち側のタイプか!」  そうだろう。そんなことだろうと思った。  あれほどなのはを痛めつけた相手が、この程度のコンボをいいように食らって、宙を舞ってくれるわけがない。  こちらの力量を見極めるため、敢えて攻撃を食らっていたのだ。  そうだと分かっていながらも、スバルは突っ込まずにはいられなかった。  攻撃し続けることでしか、止められない相手なのだろうと、本能的に察知していたのだ。 「面白ぇ……面白ぇぞ!」  その姿勢を、黄金は讃える。  対等に戦うライバルとして、という意味の言葉だとは思えない。  力差を自覚しながらも、それでもなお立ち向かってくる、その健気さを可愛がっているのだ。  屈辱だ。だが受けたままでは終わらない。  この悔しさはその悪人面を、地に叩きつけることで返す――! 「ふんッ!」  その、はずだった。  振りかざされたハンマーパンチを、頭部に叩き込まれるまでは。 「ぁっ……」  何だ。  一体何が起こった。  揺らされたのか。戦闘機人の肉体が、脳震盪を起こしたというのか。  いいやそもそも、自分はいつ、今の攻撃を食らったというのだ。  速い遅いの問題ではなく、両手が視界から消えた次の瞬間、既に殴られていたような感じがした。 「気をつけて! そいつ、光の速さがどうとかって言ってた! よく分からないけど、凄く速い!」  朦朧とする意識の片隅に、そんな声が聞こえた気がした。  なるほど、光速の拳ときたか。それは確かに速いわけだ。師匠が嬲られるのもうなずける。  恐らく自分の世界では、そんな速度に至れた者など、誰一人としていなかっただろう。  次元世界とは実に広い。こんな怪物じみた男を生み出し、英霊の座へと送り出し、この場に招いたというのだから。 「ぬぅぅりゃあっ!」  次の一撃が迫り来る。  知覚した瞬間にはもう手遅れだ。  がら空きの脇腹を目掛けて、必殺の光速拳が叩き込まれる。 「………!」  一瞬、足元がぐらついた。  だがそれだけだ。倒れてはいない。どころか黄金の拳には、黒鉄の右手が伸ばされている。 「あん?」 「いくら、すごいと言ったって……!」  その身を光で覆う姿が、金色のサーヴァントには見えただろう。  なのはと同じ防御魔法の、プロテクションを使っていたのだ。  意識を揺さぶられた瞬間に、それを発動できたのは、ひとえに己が相棒のおかげだ。  『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』には、いくつかの魔法の発動を、自己の判断で発動するよう、生前から示し合わせている。 「たかだか――音速の、90万倍ッ!」  ならば平気だ。戦える。  たとえ迫り来る拳が、どれほど素早く重かろうとも。  急所を打たれた体が軋み、口から血反吐を吐き散らそうとも。  それでも死んでいないのならば、まだ十分に戦える。  たとえ何十発叩きこまれようと、即死に至らないのであれば、全て受け止め耐え切ってやる。 「ディバイィーンッ……!」  そうして打ち合い続ければ、待っているのは、自分の勝利だ。 「バスタァァァーッ!!」  スバル・ナカジマは確信していた。  本気でそう信じ込んでいた。  でなければ勝てる戦いも、決して勝てはしないのだと、己にそう言い聞かせていた。  奇跡が起きなければ勝てないとしても、その奇跡を掴み取るためには、自身が諦めずに戦う姿勢が、絶対に必要不可欠なのだと。  故に彼女はその手を伸ばした。直伝の砲撃魔法の魔力を、再びゼロ距離から叩き込んだ。  砲撃魔法の適性のないスバルに、長距離攻撃を放つことはできない。  それでも、これだけの距離で放てば、魔力減衰などは関係ない。持てるポテンシャルの全てを、ダイレクトに叩き込むことができる。 「うぉぉぉりゃぁあああああっ!」  今度は本当の直撃だった。  軽く驚いた様子の金ピカ男を、本当に宙へと浮かせてみせた。  その隙を決して逃しはしない。飛び蹴りを見舞ってダメージを打ち込む。  着地したところにも手心を加えず、次々と拳打を叩き込んだ。 「やるじゃねえか! 代打としちゃあ、不足はねぇぜ!」  にぃと不敵な笑みを浮かべて、敵が拳を振り下ろす。  回避は当に捨てていた。振り上げた腕から攻撃を予測し、急所をそれから庇っただけだ。  左肩が鉄拳を受け、バリア越しに揺さぶられる。  問題ない。『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』の判断で、すぐさまバリアの強度を補強。  それだけの余裕のある魔力は、己がマスターである響から、十分すぎるほどにもらっている。 「まだ、まだぁっ!」  この程度ではやられはしない。  ここに来る直前に耳にした、恐らくは宝具によるものであろう爆音を、スバルはまだ聞いていないのだ。  なのはが受けた切り札を、受けないままに倒れたのでは、弟子として彼女に顔向けできない。  故にどれほどの拳打であっても、スバルは必死に耐え抜いた。  迫り来る攻撃の全てを受け止め、持てる力のその全てを、徹底して攻撃に注ぎ込んだ。 《スバル、聞こえる……!?》  だからこそだろう。その念話を聞けたのは。  ダメージからようやく復帰し、デバイスを杖とするなのはを、視界に収めることができたのは。 《この場を打開できるかもしれない……そういう方法が、一つだけある。だからそれまで、時間を稼いで!》  だからこそ、突破口は開けた。  逆転のための選択肢を、彼女から受け取ることができたのだ。  合点承知だ。異論などない。  弟子を頼ってくれるという、最高の栄誉を前にして、断る理由などどこにもない。 《了解っ!》  必ず時間を稼ぎきり、勝利の策へと導いてみせる。  それが彼女を奮い立たせ、前へと進む力と勇気を、全身へと巡らせたぎらせていた。 ◆  眼下で起きるその戦いを、響には見下ろすことしかできない。  いやむしろ、現在の自分を思えば、マスターの監視という仕事があるだけ、役に立てている方なのだ。  であれば、役目を果たすべきだろう。自分にそう言い聞かせながら、響は足元のマスターへと向かった。 「ねぇ……どうして戦うの? 聖杯を手に入れて、何をするつもり?」  屋根に寝転がり倒れる、茶髪の少女へと、問いかけた。  恐らくは同い年であろう、オッドアイの娘へと尋ねた。  敵と相対した時には、まずは話し合いから始める。戦いを避けることができないかどうか、まず最大限の努力をする。  それは聖杯の獲得以上に、優先しなければならないことだ。  聖杯を手に入れたいとは確かに思うが、避けられる戦いがあるなら避けたいという思いは、きっとそれ以上に強い。  それで聖杯をどうするのかなど、後から考えればいいだけのことだ。 「フン……何よ、あんたもあの女と同じクチ?」  返ってきたのは、憎まれ口だ。  青と緑の視線を背け、不機嫌そうに少女は言う。 「まぁ、同盟関係だからね……だけど多分、メンターさんがいなくても、私はそう聞いてたと思う」  そういう性分なんだ、と響は言った。  誰かが悲しむ争いがあるなら、この手で止めたいと思う。  誰かが悩んでいるのなら、それを聞いてあげたいと思う。 「この手を伸ばし続けることが、立花響の戦いだから」  だからこそ、自分はここまで来たのだと、少女へ立花響は言った。 「……どうせ理解できないわよ。そういう奴には」 「何も決めつけなくったって――」 「復讐よ! それが両備の戦う理由。聖杯にかけるべき望みなの」  復讐。  恨みを晴らすということ。  両備と名乗った少女の放つ、鋭く暗い五文字の言葉が、響を遮り突き立てられる。 「復讐ッ!? って、そんな……そんなことしたって、何も……ッ!」 「何もならないでしょうね。喜んでくれる人がいるかなんて、死んじゃった今では分からない。  だけど、両備達はずっとそうしてきたの。この憎しみを晴らさない限り……何にもなれやしないのよ……!」  仇討ちが何かを生むことはない。  より多くの悲しみを生みこそすれど、喜ぶべき人間がいない以上、報酬を得ることはないのだろう。  それでも、それを果たさない限り、自分たちは恨みと憎悪に、一生囚われ続けることになる。  そうやって両備は生きてきたのだ。今更それまでの道筋を、なかったことにはできないのだ。  たとえその仇討ちが、見当外れの勘違いだと、咎められたものだとしても。 「でも……でもそれって、どうしても聖杯に願わなくっちゃいけないものじゃ……ッ!」 「どうかしらね……でも、ないよりはマシなのは確かよ。  悔しいけど、まともに殺り合おうとしたら、とてもかなわないような……そういう奴が相手だから」  同じことを問われ続け、うんざりして吐き出したのだろう。  分かったらこれ以上踏み込んでこないでと、両備は顔を背けながら言った。  響には、何も言葉を返せない。  それは間違っていると言うのは簡単だ。だが、彼女を理解し説得するには、それでは足りないような気もする。  その足りない言葉というものが、今の響には見つからなかった。  考えなしに踏み込めるような、単純な問題ではないのだ。 「!?」  その時だ。  不意に爆音が轟き、光が眼下に炸裂したのは。  敵サーヴァントによるものではない。光の主はメンターだ。  高町なのはを中心に、莫大な魔力が渦を巻き、何らかの攻撃態勢を整えている。  恐らくは、切り札を切るつもりだ。  この戦況を打開するための、最後の一手を打つつもりなのだ。 「……両備ちゃん。私には今、両備ちゃんに対して、かける言葉が見つからない」  勝負を決めようとしている。  この一撃で、恐らくは、何かしらが決することになる。  だとすれば、マスターである立花響も、知らぬふりではいられなかった。  何ができるか分からなくても、覚悟は決めなければならなかった。 「っ……何よ、馴れ馴れしく名前で……!」 「だけど、生きることだけは諦めないよ」  この場を戦い生き抜けば、いつか両備ちゃんにかける言葉が、見つかる時が来るかもしれないから。  決然と口にした響の顔には、既に迷いも戸惑いもなかった。 ◆  何よ! 一体何考えてるのよ!  キャスターが食い止めてるうちに、最大宝具の準備をして、真っ向から迎え撃つですって!?  あいつ、今の自分の状況を、分かってそんなこと言ってるの!?  そんなボロボロの体で、そんな無茶なことしたら……どうなるか分かったものじゃないのよ!?  信じられない! そんな相打ち覚悟の攻撃……下手したら自爆も当然じゃない!  メンターが死んだら、私だって、強制的に脱落になるのに……!  ………  ……分かってる。分かってるわよ。  そうしなければこの状況を、切り抜けることはできないってことは。  キャスターは凄く強いけど、それでもメンターと同じくらい。  キーパーの宝具を一発でも受けたら、きっと同じようにボロボロになっちゃう。  そうなったら賭けるまでもなく、確実に敗北することになる。  そうすれば、確率を問うまでもなく……私もここで命を落とす。  そうよ。分かってたわよ。  みんな私を生かすために、必死に戦ってたってことくらい。  私を死なせないようにするために、強い敵に立ち向かい、決死の賭けにも臨んでる。  それくらい言われなくったって、分かりきってたことだったのよ。  情けないわ。  そうまでして戦ってくれているのに、何もできない私自身が。  そうまでして想ってくれていたのに、真っ先に諦めようとしていた自分自身が。  何が貴族よ。笑わせるわ。  力ある者は、力なき者を、その力をもって守らねばならない。  大きな力に伴う責務――それがノブレス・オブリージュ。  使い魔達が私のために、必死に戦っているというのに、ご主人様であるはずの私は、何一つその責任を果たしていない。  ……そんなの嫌よ。御免だわ。  何ができるかなんて知らない。  できることがあったところで、通用するかどうかも分からない。  だけど、それは何もしないってことを、肯定する言い訳にはならない。  分かったわよ。やってやるわよ。  それが貴族の務めだから。  そうあってこそのメイジだから。  ゼロのルイズでなくなった、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの、果たさなければならない責任だから。  あんたはその背中をもって、それを伝えたかったんでしょ。  そうなんでしょ――高町なのは! ◆ 「っははははは!」  渦巻く極大の魔力を前に、黄金のサーヴァントが高らかに笑う。  自分たちの逆転の一手、『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』。  その気配を察した敵が、その気概を前に大笑している。 「本当に面白い奴らだぜ! これだけやられておきながら、まだそういう手を選んできやがる!」  ここに来てもなお、この男は、迎え撃つ側でいるつもりなのだ。  格下からの挑戦を、面白がって受け止める。そういう心構えでいるのだ。  他人の優越感に対して、これほど不快感を覚えたのは、スバル・ナカジマの人生の中で、一度もなかったことかもしれなかった。 「いいぜ! 相手をしてやるよ! その心、俺のこの小宇宙をもって、真正面からぶち折ってやる!」  黄金のサーヴァントが魔力を練った。  稲妻が駆け抜け大気が歪み、揺らめく力場が具現化した。  その背後に幻視したものは、太陽の光を身にまとう、雄々しくも荒々しき猛牛の姿か。 《スバル! 防いで!》  恐らくは敵の宝具が来る。  エースオブエース・高町なのはを、満身創痍にまで追い込んだ、奴のフェイバリットアーツが来る。  それをこのタイミングで放たれれば、この作戦はご破産だ。  ならば、守り切ってみせよう。どれほど圧倒的な力であろうと、必ず凌ぎ切ってみせよう。  そうする他に、この状況を、打開する手などないのだから。 「――『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』ッ!!!」  雄叫びと共に、衝撃が駆けた。  最大出力の防御魔法が、びりびりと震え悲鳴を上げた。 「ぐぁっ、ぁああ……!」  魔力の補填が追いつかない。シールドを張ってそれでもなお、壁越しに肉体が痛めつけられる。  これまで受けてきた拳とは、根本的に異なる威力だ。  これが宝具というものか。これが神話の英霊の、必殺の一撃というものか。  耐えろ。耐え抜けスバル・ナカジマ。  あれほど膨れ上がった魔力だ。恐らくなのはの切り札も、あと数秒で完成する。  完全に凌ぎきれなくてもいい。それまでの時間を稼げればいい。  たとえシールドが砕けても、その時星の煌めきが、大地を照らしさえすれば―― 「――わぁあああああああああーっ!!!」  その時だ。  もう一つの声と魔力の光が、すぐ傍らで弾けたのは。 「るっ……ルイズ!? どうして……!?」 「全く! 何なのよアンタ達は! ご主人様の許しもなしに、勝手に話ばかり進めて! 勝手に無茶ばかりやらかして!」  割り込んできたのはマスターのルイズだ。  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、なのはから教わったシールドを張り、スバルの隣に並び立ったのだ。  あまりにも危険すぎる行動だ。  そもそもそうやって身を張ったどころで、所詮は人間の力でしかない。サーヴァントの宝具を前にしては、気休め程度にしかならない。 「やるじゃねえか! 雑魚とばかり思っちゃいたが、見直してやるぜ!」 「うっさいわよ、この筋肉ダルマ!」  それでもルイズは、必死に叫ぶ。  黄金のサーヴァントすら一蹴し、懸命に魔力を張り続ける。 「困るのよ、ご主人様のこと無視して、勝手に死にに行かれたら……!」 「マスター……!」 「まだ私は、メンターに、何も大切なことを教わってない……それを教えてもらうまでは……絶対に死なせないんだからっ!」  守られっぱなしではいられない。  守られて死なれてしまったところで、何も嬉しくは思わない。  それはプライドが許さないから。それでは目的を果たせないから。  何よりそういう生き方を、貴族(メイジ)たるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、決して許すことはできないから。  小さく幼い貴族の娘の、精一杯のプライドの叫びだ。 「……ありがとう、マスター!」  そしてその小さな叫びは、高町なのはに確かに届いた。  たとえ気休めの力であっても、それが切り拓いた一瞬こそが、逆転への道を確かに繋いだ。 「『胸に宿る(スターライト)』――」  魔力が集う。光を成す。  戦場にばらまかれた己の魔力。味方の魔力に、敵の魔力も。  それら全てを一点に束ね、己が力へ転換し、一挙に放つ集束魔法。  絶望的な戦場であろうと、小さな希望を拾い重ね、勝利の確信へと変えてきた、エースオブエースの必殺魔法。  それこそが闇夜を照らす光――スターライトブレイカーだ。 「――『熱き彗星の光(ブレイカー)』ァァァァ――ッ!!!」  遂に彗星は放たれた。  持てる力の全てを込めた、文字通り全力全開の光が、荒れ狂う金牛と激突した。  宝具対宝具。  最強対最強。  神話にその名を刻まれた、古今無双の一撃同士が、世界樹の頂でぶつかり合った。 「うぉおおおおおおおおっ!!」  スバルもまた、その攻勢に加わる。  左手でルイズを後方へ押し下げ、右手はディバインバスターを放ち、『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』へと束ねる。  更なる魔力を得た集束魔法は、桜と空色の螺旋を描き、金色の衝撃を迎え撃つ。 「大したもんだ……」  一瞬、敵サーヴァントのトーンが落ちた。  面白がるばかりの男の声が、シリアスな響きを宿して聞こえた。  認めたのだ。この瞬間に。  戯れるばかりの相手ではなく、本気で挑むべき相手なのだと。  この一撃の担い手を、遊び相手としてではなく、ライバルと見なすべきなのだと。 「なら! 俺の方も遠慮はしねぇ! 牡牛座の黄金聖闘士の全力――食らいやがれぇぇぇッ!!」  瞬間、咆哮は爆裂する。  黄金のサーヴァントの渾身の叫びは、全霊の破壊力となって戦場に満ちる。  ぶつかり合う力の中心点から、ばちばちとスパークが迸った。  さながら地上に降りた雷雲。荒れ狂い全てを飲み込むハリケーンだ。  稲妻は石畳をひっくり返し、遂には家屋を薙ぎ払って、住宅街を炎で染める。  神話の力がもたらすものは、神話に刻まれた黙示録。遠き伝承の時代に起きた、カタストロフの再現だ。 「駄目! 相手の力の方が、少し強い!」 「せめて……せめてあと、もうひと押しッ……!」  ここまできて、まだ足りないのか。  これほどの力を束ねてもなお、奴に打ち勝つことはできないのか。  いいや、そんなことは認めない。  なのはが、己が、そしてルイズが。皆が必死に戦い抜いて、掴み取ったこの拮抗を、決して破らせるつもりはない。  探り続けろ。次の一手を。  奴の力を打ち砕く、最後の最後のひと押しは―― 「――ぉおおおおおおおお――ッ!!!」  見つけ出すべき最後のピースは、四人目の仲間の歌だった。 「響っ!? その姿……それに、その力は……!」  現れたのは立花響だ。  あれほど禁じたシンフォギアを、その身に纏って現れた、スバル・ナカジマのマスターだ。  おまけに突き出して右拳から、渦を巻き放たれるエネルギーは、今までに見たことのない力だ。  可能性は一つしかない。  FG式回天特機装束・シンフォギア、その最終決戦機能――絶唱。  身の安全を度外視し、聖遺物の力を限界以上に引き出す、自滅覚悟の滅びの歌だ。  それこそ今の響にとっては、ガングニールの侵蝕を加速させかねない、禁じ手中の禁じ手のはずだ。 「死にませんッ!」  されど、それを否定する。  スバルの脳裏によぎった思考を、立花響は切り捨てる。 「生きることを諦めない……そのために伸ばしたのがこの手だからッ! だから何があったって、死んでも生きて帰りますッ!」  なんとも滅茶苦茶な理屈だ。死んだら生きて帰れないだろうが。  そう言ってため息をつく気になれないのは、自分も同じ穴の狢だからか。  いいだろう。ならば頼らせてもらおう。  力強く笑みを浮かべ、スバルは意識を集中する。  途切れた戦意を繋ぎ直し、再び攻勢へと転じる。 「胸に宿ったこの歌が、神話の調べであるのなら……ッ!」  渦を巻く力が星へと宿る。  七色に輝くフォニックゲインが、彗星の煌めきと重なって、虹色の道を切り拓く。 「――伝説を貫けッ! ガングニィィィィ―――ルッ!!!」  響き渡る少女の叫びが、戦場を揺るがす力と変わった。  未来へと伸ばすその右腕が、奇跡をもぎ取り握り締めた。  二人分のサーヴァントの、宝具クラスの必殺魔法。  そして世界樹の影響を受け、それに匹敵する出力を得た、暴走状態の絶唱。  一つに束ねられた三つの奇跡は、その力を乗算式に束ね、太陽を目指す翼となる。  黄金の暴威に真っ向から挑み、日輪すらも突破して、どこまでも羽ばたける力となる。 《脱出っ!》  なのはの念話を耳にしたのは、ちょうどその時のことだった。  撤退を指示する号令と、抑えきれない力の破綻は、ほとんど同時に起きていた。  一歩も退かない二つの力が、最後に行き着く終着点は、双方共倒れの対消滅。  破綻を来たした均衡は、想像を絶する大爆発となり、戦場を音と光で染めた。 ◆  『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』をもって、敵の宝具を迎撃する。  最悪突破できなかった場合は、その混乱に乗じて戦線を離脱。各自の判断で撤退する。  それが高町なのはの考案した、状況を打開するための作戦だった。  荒れ狂う雷鳴と爆煙の中、スバルはなんとか響を抱き上げ、それを実行してのけた。  極限状態での行動力は、半生以上を費やした、レスキュー現場での経験則か。  死してなお、役に立つとは思わなかった。人生とは一度終わってからも、何が起こるか分からないものらしい。 「………」  立花響は、眠っている。  限界を超えた力を使い、シンフォギアの変身も解かれ、気を失い瞳を閉じている。 「お疲れ様」  その無茶を、責める気にはなれなかった。  死にに逝くための戦いではなく、生きるために挑んだ姿を、今は叱るつもりにはなれなかった。  もちろん、二度とあんなことはするなと、目を覚ましたら言うつもりではいる。  それでも今は、起こしたりせず、このまま寝かせてやることにしよう。  己がマスターを抱きかかえながら、スバルは柔らかな笑顔を浮かべて、素直に労いの言葉をかけた。 (なのはさんには悪いけど……)  現状を振り返りながら、思考する。  こちらのマスターは、この状況だ。これ以上戦場にはとどまれない。  自己の判断で動けという、彼女の命令に従い、この場は撤収を選ばせてもらおう。  じきに騒ぎを聞きつけて、人が集まってくるはずだ。見つからないようにしなければなるまい。  なるべく人目につかない道を選び、スバルは響の学生寮へと、帰還する選択肢を取った。 【E-3/学術地区・路地裏/一日目 深夜】 【立花響@戦姫絶唱シンフォギアG】 [状態]気絶、魔力残量2割、ダメージ(中)、疲労(大) [令呪]残り三画 [装備]ガングニール(肉体と同化) [道具]学校カバン [所持金]やや貧乏(学生のお小遣い程度) [思考・状況] 基本行動方針:ガングニールの過剰融合を抑えるため、メンターから回復魔法を教わる 1.……… 2.学校の時間以外は、ルイズと一緒にメンターの指導を受ける 3.ルイズと共に回復魔法を無事に習得できたら、聖杯戦争からの脱出方法を探る 4.両備の復讐を止めたい 5.出会ったマスターと戦闘になってしまった時は、まずは理由を聞く。いざとなれば戦う覚悟はある [備考] ※シンフォギアを纏わない限り、ガングニール過剰融合の症状は進行しないと思われます。  なのはとスバルの見立てでは、変身できるのは残り2回(予想)です。  特に絶唱を使ったため、この回数は減少している可能性もあります。 【キャスター(スバル・ナカジマ)@魔法戦記リリカルなのはForce】 [状態]全身ダメージ(大)、脇腹ダメージ(大) [装備]『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』、リボルバーナックル、ソードブレイカー [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:ルイズ・なのは組と協力し、マスターの願いを叶えて元の世界に帰す 1.一度帰宅する。夜が明けたら、なのは達と合流するため、ルイズの家を目指す 2.金色のサーヴァント(=ハービンジャー)を警戒 3.ルイズと響に回復魔法を習得させる 4.戦闘時にはマスターは前線に出さず、自分が戦う 5.ルイズと響が回復魔法を習得できたら、聖杯戦争からの脱出方法を探る 6.万が一、回復魔法による解決が成らなかった場合、たとえなのはと戦ってでも、聖杯を手に入れるために行動する [備考] ※4つの塔を覆う、結界の存在を知りました ※ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール&高町なのは組と情報を交換し、同盟を結びました。  同盟内容は『ルイズと響に回復魔法を習得させ、共に聖杯戦争から脱出する』になります ※予選敗退後に街に取り残された人物が現れ、目の前で戦いに巻き込まれた際、何らかの動きがあるかもしれません。 ◆ 「………」  小宇宙を込めた右腕で、強引に拘束を引きちぎる。  乱暴な助け方をしても、両備は文句一つ言わなかった。  急激な魔力の消耗により、意識を失ってしまったからだ。  恐らくこのまま戦えば、彼女は枯死してしまうだろう。腹立たしいが、それはハービンジャーにとっても本意ではない。 「潮時か」  面白くなさそうに呟きながら、牡牛座の黄金聖闘士は、身に纏う聖衣を解除した。  教皇の大仰なローブではない、Tシャツとジーンズというラフな姿に戻り、両備を乱暴に肩に抱える。  ついでに近くに転がっていた、長いスナイパーライフルも、左手で回収してやった。 「俺が最初に一抜けとはよ。カッコ悪いったらありゃしねえ」  一番有利なはずの人間が、真っ先に戦闘を放棄する。こんな情けない話はなかった。  同時に、魔力に乏しいマスターというのが、これほどに大きなハンデになるのかと、改めて思い知らされた。  たった二発の『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』で、戦闘不能に陥ってしまう。  こんなことは生前には、一度も経験していなかったことだ。  どうやら戦いを楽しむためには、相応の工夫というものが必要らしい。 「あん……?」  その時、ハービンジャーはそれを見た。  見覚えのある人間が、遠くの方からこちらに向かって、歩み寄ってくる姿を。  否、目的はこちらではない。確かあっちは、メンターのサーヴァントが、小娘を連れて飛び去った方向だ。 「この俺の上前を撥ねようとは、いい度胸じゃねえか」  今はこちらにも手立てがない。だから見逃してやることにしよう。  だが、せっかくのライバルを奪った報いは、いつか必ず受けさせてやる。  額の開いたヘアスタイルをした、眼鏡の女性を遠目に見据え、ハービンジャーはそう呟いていた。 【F-3/特級住宅街/一日目 深夜】 【両備@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】 [状態]気絶、魔力残量1割 [令呪]残り三画 [装備]なし [道具]秘伝忍法書、財布 [所持金]やや貧乏(学生の小遣い程度) [思考・状況] 基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる 1.……… 2.復讐を果たすこと、忌夢と戦うことに迷い [備考] ※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』の噂を聞きました ※忌夢が本物であるかどうか、図りかねています。また、忌夢の家が特級住宅街にはないことを調べています 【キーパー(ハービンジャー)@聖闘士星矢Ω】 [状態]ダメージ(中) [装備]『牡牛座の黄金聖衣(タウラスクロス)』 [道具]なし [所持金]スナイパーライフル [思考・状況] 基本行動方針:両備について行き、共に戦う 1.一度帰宅する 2.獲物を横取りする忌夢を許さない。次に会ったら倒す 3.両備の迷いに対して懸念 [備考] ※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』の噂を聞きました ※忌夢がマスターであると考えています ◆ 「ここまで来れば、もう大丈夫かな」  抱えたルイズの体を下ろし、高町なのははそう呟く。  最善の成果は得られなかったが、何とか敵を振り切って、戦線を離脱することはできた。  拘束したままの敵マスターや、はぐれてしまった響達など、懸念すべき要素はある。  それでも最低限、ルイズ達の安全だけは、こうして確保することはできた。 「………」  であれば、やらねばならないことがある。  左手の甲を突き出して、真紅のルーンを光らせる。 「令呪を持って命ずる。今後私の許可なしに、独断専行をしないこと」  輝く令呪の一画が消えた。  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの言葉は、絶対の拘束力となって、メンターのサーヴァントに課せられた。 「マスター……?」 「ごめんなさい。でも、これはやらなきゃいけないことなの。けじめはつけないと駄目なのよ」  そもそもの発端となったのは、なのはの勝手な行動だ。  彼女が夜中にルイズを連れ出し、目立つ行動を取ったからこそ、敵に捕捉されてしまった。  同じことを繰り返さないよう、身勝手な振る舞いを取った使い魔には、罰を与えなければならない。  それが主人たる貴族の、つけるべきけじめというものだ。  響達との同盟は、失点を帳消しにするための言い訳にはならない。  聖杯戦争の打倒は、ルイズにとってはついでであって、絶対条件ではないのだから。 「……そうだね。ごめん、マスター」  言わずとも、聡明なメンターは、その考えに気付いたのだろう。  どこか寂しげではあるものの、納得したという表情で、謝罪の言葉を口にする。 (嫌な気分だわ)  そしてルイズはなのは以上に、強く胸を痛めていた。  何がけじめだ。笑わせる。  あの場で一番役に立たなかったのは、他でもなくこのルイズ自身だ。  一番のお荷物であった自分が、他人の行動を咎めて、罰まで与えようなどと、図々しくて反吐が出る。  恩を仇で返すような、そんな真似しかできない自分が、情けなくて仕方がなかった。 「……まぁ、でも。助けてくれたことは、嬉しかったわ。ありがとう」  それでも、礼だけは言っておかねばなるまい。  どの口がほざくと言われようが、本心であることに違いはないのだ。  ばつの悪そうな顔をして、言葉を選ぶように区切らせながら、ルイズはなのはに向かって言った。 「ふふ……ありがとう」 「っ! なっ、何よ! 気持ち悪いわね!」  何を察したのかは知らないが、静かに笑みを浮かべるなのは。  それが何だか照れくさくて、顔を真っ赤に染めながら、ルイズはムキになって言い返す。 「ごめんごめん。じゃあ、一度帰ろうか。ちょうど家も近くだし」 「まぁ、そうね……今から響達を探す余裕もなさそうだし。ここは素直に撤収しましょ」  とりあえず、これ以上会話を続けると、色々とボロが出そうなので、なのはの提案に応じる。  幸いにして、周囲に敵の気配はない。自宅へ帰るまでの道のりを、気取られる心配はなさそうだ。  仮に何かがあったとしても、メンターの仕掛けたサーチャーが、敵の気配を察知してくれる。  そう考え、ルイズは共に、家路へとつくことにした。 「とりあえず、帰ったら――」  風呂にでも入って汗を流したい。  そんな他愛のないことを、言いたかったつもりでいた。 「……え?」  その、はずだった。  呆然としたなのはの顔を、視界に収めるその時までは。  装束の色が変わったなのはの姿を、目にしてしまうその時までは。  腹部を突き破り現れる――漆黒の光を放つ剣を、目の当たりにしてしまうまでは。 「メンターッ!?」 「ぁ……」  悲鳴のようなルイズの声。気の抜けたようななのはの声。  それらからワンテンポ遅れて、ずるりと剣が姿を消す。  ただでさえボロボロになったなのはの体は、最後の糸を切られたように、無様に路傍に転がった。 「討ち取ったぞ」  おどろおどろしいその声は、これまでに聞いたことがない。  なのはの背後から現れたのは、全くの未知の存在だ。  見上げるような大鎧――その特徴は、キーパーのそれとも一致している。  しかし、その色が違った。太陽のような黄金ではなく、宵闇そのものの暗黒の鎧だ。  全ての希望を喰らい尽くし、絶望の闇で塗り固める。そんな印象を受ける黒だ。  そのクラスは、バーサーカー。  神話のケルベロスのような、おぞましい狼のヘルムを被った、未知のサーヴァントの姿がそこにあった。 「マス、ター……逃げ――」  それが最期の言葉となった。  力を使い果たした英霊は、白い光の粒となって、呆気無く闇夜に融けて消える。  ルイズに刻まれた残りの令呪も、僅かな痣を残して消えた。  自分を教え導いてくれた、あのメンターのサーヴァントが。  強敵にも屈することなく立ち向かった、エースオブエースの高町なのはが。  たった一刀を受けただけで、あっさりと命の糸を断ち切られ、再び死の闇へと沈んでいったのだ。 「だそうだ。お前はどうする?」  新たな声は、鎧の背後から聞こえる。  恐らくはバーサーカーのマスターだろう。  額を広く露出した、ツリ目の女性がそこにいた。  眼鏡の奥の厳しい視線は、自身の姉であるエレオノールを、いくらか若くしたようなものだ。  もっとも、衣服の下から主張する、その豊満に過ぎるバストサイズは、姉とも自分とも異なっていたが。 「ッ……!」  サーヴァントを失ったマスターがどうなるか。  それはつい先程に、考えたばかりの結論だ。  このまま数時間以内に、新しいサーヴァントを見つけられなければ、この場から強制排除される。  その後どうなるかまでは知らないが、もうこの世界樹にいられるのは、その数時間の間だけだ。  選ばなければならない。  残されたその時間を駆使して、自分が一体何をすべきか。 「……こんのぉぉぉっ!」  覚えてなさい、とまでは言わなかった。  それが意味を持つことは、決してないのだと理解していた。  ルイズが取った行動は、逃走。  なのはの最期の願い通り、勝てない戦いに挑むことなく、自宅へとまっすぐに逃げ去ったのだ。 「捨て置け。サーヴァントを失ったマスターなど、もはや何の価値もない」 「分かってるよ、そんなことくらいは」  そんなバーサーカー達の会話は、ルイズの耳には届くことなく、夜の闇へと静かに消えた。 【G-3/特級住宅街・ラ・ヴァリエール邸近く/一日目 深夜】 【忌夢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [装備]如意棒 [道具]秘伝忍法書、外出鞄、財布 [所持金]普通 [思考・状況] 基本行動方針:優勝し、聖杯を雅緋に捧げる 1.帰宅する 2.明晩になったら、また街を出歩き、『魔術礼装を持った通り魔』を誘き出す 3.呀には極力そのままで戦わせる。いざという時には、装着して戦う 4.そこらのNPCでは、呀を使いこなせないらしい。無理に代わりの体を探すことはしない 5.呀を再び纏うことに、強い恐れ [備考] ※特級住宅街以外のどこかで暮らしています。詳細な家の位置は、後続の書き手さんにお任せします ※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』『姿の見えない戦闘音(=高町なのは)』の噂を聞きました。  後者の主がなのはであることには気付いていません。 ※両備が本物であることに気付いていません ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません 【バーサーカー(呀)@牙狼-GARO-】 [状態]健康、魔力増(一般人の魂二つ分) [装備]魔戒剣、暗黒斬 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手に入れる 1.戦う [備考] ※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません ◆ 「ちびルイズ! 一体どこに行っていたの! こんな時間までうろついて!」 「ごめんなさい姉様! 急いでいるの! 話は後からにさせてちょうだい!」  偽物とはいえ、姉エレオノールに、そんな強い言葉で話したのは、これが初めてかもしれない。  怒る家族には目もくれず、汗を風呂で流すこともせず、ルイズは自宅の階段を登り、自分の部屋へとまっすぐに駆け込む。  時間がない。こうして移動する時間はおろか、考えている時間すら遅いのだ。  自分が消えるその前に、できることをしなければ。  あの場で戦ったなのはは、決して無駄死にをするために、戦っていたわけではなかった。  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという、命を残すためという、意味ある戦いをしていたのだ。  彼女の宝具にも名付けられた、「不屈の心」というものだ。 「絶対にこのままじゃ終われない……!」  であれば、それにならわねばならない。  それがなのはが教えてくれた、最期の教導であるのなら、それに応えなければならない。  自分はゼロのルイズではないのだ。役立たずから卒業したのだ。  であるなら、どんな形であっても、たとえ魔法が絡まなくても、何かを遺さなければならないのだ。  それがメイジである以前の、貴族としての務めなのだから。  お荷物のくせして偉そうに、恩人に罰を与えたままで――嫌な気分のままでは終われないのだ。 「見てなさいよ!」  適当なノートのページを破る。  ペンを取り出し走らせる。  彼女が遺すのは文書だ。同盟を組んだ響達への、最期のメッセージを託した手紙だ。  もう自分には何もできない。けれど響達が生きていたなら、まだ何かをすることはできる。  自分の無事を確認するため、明日にでもここに来るであろう響には、何かを遺すことができる。  とにかく文字を書き続けた。その時間すらもどかしかった。  回りくどい言い回しなどしていられず、乱暴に殴り書きしたような、無様な手紙が出来上がる。  全然貴族らしくなどない。それでも今はこれがいい。  一刻一秒を争う状況で、優先すべきは体裁でなく、成果だ。 「エレオノール姉様! お願いがあるの!」  出来上がった手紙に封をし、どたばたと自室を飛び出し叫ぶ。  明日立花響という、日本人風の少女が来たら、この手紙を渡してやってほしい。  それがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、最後に遺した成果だった。 ◆ 立花響へ  あんたがこの手紙を読んでいる時には、もう私はここにいないと思う。  悔しいけど、あの戦いの後、メンターがやられてしまったの。  相手のクラスはバーサーカー。見たことのないサーヴァントだったわ。  全身真っ黒の鎧を着て、犬みたいなマスクを被ってる、変な奴。  それを連れてるマスターは、眼鏡をかけた女だったわ。  広く開いたデコが印象的で、うちのエレオノール姉様みたいに、つんけんとした顔してた。  その上邪魔くさいことこの上なさそうな、でっかいチチまでぶら下げてた!  一方的に呼びつけといて、先に一抜けしちゃうのは、本当に申し訳ないと思ってる。  もう私には何もできない。でも、敵の存在だけは、こうしてあんたに伝えとくから。  鎧のサーヴァントを連れた眼鏡の女よ! そいつには絶対に気をつけて!                           ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール &color(red){【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔 & 高町なのは@魔法少女リリカルなのはシリーズ 脱落】} &color(red){【残り主従 22組】} [全体の備考] ※エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールに、  上記の文章を記した、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの手紙が預けられました。  立花響がラ・ヴァリエール邸を訪れた時には、エレオノールの手で渡されることになっています。 ※F-3・特級住宅街にて、火災が発生しました。間もなく消防隊が駆けつけ、消火活動が行われます ※『姿の見えない戦闘音』の噂に、若干の変化が生じる可能性があります。  変化の内容は、後続の書き手さんにお任せします ---- |BACK||NEXT| |[[冷たい伏魔]]|[[投下順>本編目次投下順]]|[[百機夜行]]| |[[背負う覚悟は胸にあるか]]|[[時系列順>本編目次時系列順]]|[[百機夜行]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |[[背負う覚悟は胸にあるか]]|[[ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール]]|&color(red){GAME OVER}| |~|メンター([[高町なのは]])|~| |~|[[立花響]]|[[祈りと呪い]]| |~|キャスター([[スバル・ナカジマ]])|~| |~|[[両備]]|[[刻まれるカウント]]| |~|キーパー([[ハービンジャー]])|~| |[[闇に吠える氷の呀]]|[[忌夢]]|~| |~|バーサーカー([[呀]])|~|

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: