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「闇に吠える氷の呀」(2015/09/22 (火) 23:59:25) の最新版変更点
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**闇に吠える氷の呀 ◆nig7QPL25k
ユグドラシルの銃士隊と言えば、幾つか存在する部隊の中でも、優秀な隊として名が知られている。
魔術師以外の兵で構成された部隊だが、「詠唱より早く敵を制圧する」ことを目的とした鍛錬の成果は、相当なものがあった。
今まさに長引いた書類仕事を済ませ、自然保護区にある我が家を目指していた女性銃士もまた、その構成員の一人だった。
「……ん?」
そんな彼女の前に、人影が見える。
既に深夜を回ったというのに、一人でふらふらと歩いている。
目を凝らしてみると、若い女性だ。荷物は軽装。自分のように、仕事帰りというわけでもないらしい。
「おい、そこのお前!」
であれば、すなわち不審者だ。職務の外だが放ってはおけない。
声を張って制止すると、すぐさま近くへと駆け寄る。
眼鏡をかけた、ハタチそこそこの女性と、女性銃士との目が合った。
「こんな時間に出歩くとは、感心しないな。物騒な噂が広まっていることは、お前も知っているだろう?」
とかく近頃のユグドラシルは、妙な事件の話題でもちきりだ。
やれ人を使い魔へと変える、怪しげな辻斬り魔が徘徊しているだの。
この近くの特級住宅街でも、妙な爆発音がたびたび聞こえているだの。
そういう事件が起こっている今、この手の不審者に対しては、どうしても敏感になってしまう。
ひょっとしたらこの女が、その正体なのではないのかと。
「ええ……一応、耳にはしています」
「ならば何故、こんな所にいる。自分の命が惜しくないのか」
「大丈夫ですよ。護身術は嗜んでいますから」
「そういう問題ではなかろう」
怪しい。見るからに不審だ。
外出理由をぼかして安全を主張し、あからさまに話を切り上げようとしている。
こういう場合、理由を聞かせてくれた方が、まだ信用できるというのにだ。
「まさかとは思うが、お前――」
「通り魔の正体ではないのか、ですか?」
「ッ!」
先取られたその問いかけに、銃士は顔を強張らせる。
もう決まりだ。確保するしかない。
こいつはこの場で取り押さえて、警察にでも引き渡す。
いきなり銃を向けることはしない。半端な使い手であるのなら、体術だけでも取り押さえられる。
鞄を捨てて前へと踏み込み、自由になった手を突き出した瞬間。
「遅い」
銃士の両手は空を切り、危うく地面に転がりかけた。
「なっ……!」
驚愕に目を見開きながらも、体は次の動作へと移る。
懐に隠した拳銃を抜き、声のした背後へと振り返る。
かわしたのか。今の私の手を。
ならば手加減はできそうにない。不本意だがこちらも武器を以って、脅しをかけさせてもらうことにする。
取り押さえられないというのなら、銃を抜き放ち突き出してでも、身動きを封じさせるまでだ――!
「ッ!?」
されど、衝撃。
どんっと響く鈍い音と、鋭い痛みが右手を襲う。
くるくると宙を舞い地に落ちたのは、手に持っていたはずのピストルか。
「腕は立つようだが、その『速さ』では、到底ボクには追いつけない」
突きつけられたのは、棒か。
朱色に塗られたその長い棒が、右手から拳銃を弾き飛ばしたのか。
長物を鼻先へと突き出し、眼鏡のレンズ越しにこちらを睨む、不審者の女の姿がそこにはあった。
グラスを月光に光らせた、その先の双眸に宿された色は、目を疑うほどに冷酷なものだ。
本性を隠していたわけか。知らず、首筋を汗が伝う。
「んっ!?」
その時だ。
不意に顔面を捕まれ、ぐいっと引き寄せられる感触があった。
首が折れそうになるのを堪え、慌てて身をよじらせながら、背後から伸びた手の主を見る。
そこにいたのは人狼だ。漆黒の体毛で全身を覆い、狼の顔を持った怪物だ。
否、違う。そうではない。
黒い光は毛皮ではなく、鋼鉄でできた鎧のものだ。狼のものに見えた顔も、それを象ったヘルムでしかない。
「確かによく動く。だが、この程度ではまるで足りん。俺を使えるとは思えんな」
だが何だ、この妙な気配は。
ただの鎧でしかないはずだ。鎧を着込んでいるだけで、中身は人間であるはずだ。
しかしこの身を炙るような、この異様な威圧感は何だ。
夜の闇すらも塗りつぶすような、禍々しい漆黒の気配が、目にも見えるかのようだ。
おぞましい。
それが恐ろしい。
その黒々とした手に抑えられると、その爛々と光る目に見られると、身動きがまるで取れなくなる。
体ががたがたと震えて、頬を熱い雫が伝う。
私はこんなにも無力だったのか。
否、そうじゃない。
この異形が強すぎるのだ。
闇色の鎧を纏う人狼が、あまりに恐ろしすぎるのだ。
「だったら喰え――バーサーカー」
それが女銃士が耳にした、生涯最期の言葉になった。
「やめろぉぉぉぉぉーっ!!」
自分自身の悲鳴ですらも、もはや彼女の両耳には、欠片も届いてはいなかった。
◆
「見たところ、この辺りにはいないらしいな」
蛇女子学園の抱える忍、忌夢。
ずれた眼鏡を整えると、周囲を見渡しながら、彼女は言った。
「ならばここに用はない。次の戦場へ向かえ」
どちらがマスターか分からない、尊大な口調で鎧が言う。
狼を象った漆黒の鎧は、忌夢の召喚したサーヴァントだ。
バーサーカーのサーヴァント、呀。この怨念の塊のような鎧は、血肉と屍を求めている。
戦うべき他の敵を欲し、夜の魔術都市を闊歩し、爛々と両目を光らせている。
「分かってる。そう急かすな」
その要求を受け止めて、忌夢はその場から歩き出した。
こうして出歩いているのは、この地に広がった二つの噂――その片方の正体を探るためだ。
人を操る魔剣を持った、謎の通り魔を探して、彼女は夜道をうろついている。
相手は明らかに殺る気だ。そのためにあちこちをうろついて、呪いの刃を振り回している。
ならばこちらから出向いてやれば、血の匂いを嗅ぎつけて、姿を現すことだろう。
それが呀の意見だった。理性の欠片もない発想だ。
思慮らしい思慮も巡らせず、本能だけで直感的に、その結論に行き着いたのだろう。
積極的に目立ちにいくのは、忍らしい手ではない。
だとしても、そうやって敵をおびき寄せなければ、埒が明かないというのも事実だ。
その噂以外、忌夢の手元には、敵のヒントがないのだから。
「………」
ふと、先ほどまでいた場所を、振り返る。
そこに仰向けに倒れていたのは、汗と涙と小水で濡れた、青いショートヘアの女性だ。
くわと見開かれた瞳には、命の光が感じられない。
当然だ。あの女の魂は、呀に喰わせてしまったのだから。
(やはり駄目だったか)
適当なNPCに呀を纏わせ、その技を覚えさせ戦わせる。
それはつい先ほどまで、考えていた選択肢の一つだった。
理性を持たない怨念である呀は、戦う技術を有していない。奴の有する戦術など、力任せに剣を振り回すことくらいだ。
故に人間に鎧を纏わせ、その頭脳が持つ技を持たせるのが、呀の持っているスペックを、最大限発揮する方法だった。
しかしどうやら、その辺りのNPCでは、呀の眼鏡にはかなわなかったらしい。
(また、ボクが纏うしかないのか)
やはり呀の力を引き出すためには、自分が纏わなければならないのか。
あのおぞましい狂気の中へと、再び飛び込まなければならないのか。
恐ろしかった。
奴の抱く妄執の深さが。
ひたすらに戦うことを求め、自らの力の証明を欲する。
己が最強の存在であると、世の全てに知らしめる時まで、決して途切れることのない殺意。
そしてその奥底に息づく、何者かに対して抱いた憎悪。
それらが心に入り込んでくるのが、たまらなく気味が悪かった。
何よりその殺意に染まることに、違和感がなくなっていたことが、恐ろしくて仕方がなかった。
(このサーヴァントは、心を喰らう)
一度纏ったからこそ分かる。
このバーサーカーのサーヴァントは、纏う者の心を犯し、人間性を殺し尽くす。
その深淵に踏み込むことは、自らの心を闇へ差し出し、獣へと成り果てることを意味する。
きっと引きどころを間違えば、戦いに勝ち残ったとしても、それを自覚することはできなくなるだろう。
聖杯を手に入れたとしても、元の忌夢の心のままで、雅緋と再会することはできないだろう。
そう考えると、恐ろしくて、身が震えるような心地だった。
(それでも、やるんだ)
だが、だからとてそこから目を背け、逃げ出すわけにはいかないのだ。
たとえこの身が引き裂けてでも、この罪を贖うと心に決めた。
たとえ心を傷つけても、ヒビの入った雅緋の心を、この手で救うと誓ったのだ。
極力呀には体を預けず、単独で戦わせるようにする。
それでも万が一力が及ばず、どうにもならない事態になれば、迷わずこの身を英霊に捧げる。
きっとその覚悟がなければ、勝ち抜くことなどできないのだ。
常勝無敗で勝ち抜けるような、都合のよすぎる結果など、そうそう訪れるものではないのだ。
だから迷ってなどいられない。恐れは捨ててしまうべきだ。
視線を再び行く先に戻すと、忌夢は霊体化した鎧を引き連れ、闇の奥へと消えていった。
【I-4/自然保護区/一日目 時間帯】
【忌夢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]如意棒
[道具]秘伝忍法書、外出鞄、財布
[所持金]普通
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、聖杯を雅緋に捧げる
1.しばらく街を出歩き、『魔術礼装を持った通り魔』を誘き出す
2.呀には極力そのままで戦わせる。いざという時には、装着して戦う
3.そこらのNPCでは、呀を使いこなせないらしい。無理に代わりの体を探すことはしない
4.呀を再び纏うことに、強い恐れ
[備考]
※特級住宅街以外のどこかで暮らしています。詳細な家の位置は、後続の書き手さんにお任せします
※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』『姿の見えない戦闘音(=高町なのは)』の噂を聞きました
※両備が本物であることに気付いていません
【バーサーカー(呀)@牙狼-GARO-】
[状態]健康、魔力増(一般人の魂一つ分)
[装備]魔戒剣、暗黒斬
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる
1.戦う
2.『魔術礼装を持った通り魔』を誘き出す
[備考]
なし
◆
アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン少佐が、自身の部下の訃報を聞きつけたのは、それからしばらく経った後のことだった。
寝間着から直接軍服に着替え、火災で湧く行政地区を突っ切り、自然保護区へと向かう。
台数の少ない軍用ジープを、無理やり車庫から引っ張り出し、脇目もふらずにエンジンを噴かせる。
そうして彼女が現着した時には、既に警邏の任についていた軍人が、状況調査に当たっているのが見えた。
「失礼!」
野次馬や軍人をかき分け、現場の奥へと分け入っていく。
布で覆われた人の影が、己が部下のものだと気づき、しゃがみこんで右手で剥がす。
「……ミシェル」
落命した部下の死に顔は、悲惨極まりないものだった。
気の強かったはずの顔には、その面影は微塵もない。
瞳は開かれ頬は引きつり、自分を襲った何者かに対する、恐怖の一色に染まっている。
生気の感じられない肌は、単純に殺されたからというものではあるまい。命を抜き取られたかのような、そんな気配が感じられた。
「銃士隊長の、ミラン少佐ですね」
背後から声をかけられる。
振り向いた先に立っていたのは、金髪の女性軍人だった。恐らくはアニエスと同じくらいの、20代半ばといったところだろうか。
「リザ・ホークアイ中尉です」
敬礼をしながら、女性が名乗った。アニエスもまた立ち上がると、それに対して返礼をする。
「犯人の手がかりは?」
「ありません。特に争った形跡もなく、一方的に取り押さえられたようでした」
「ミシェルに外傷はないのか?」
「手を打たれた跡と、首元を掴まれた跡以外は」
「あり得ん話だ」
顔を押さえながら、アニエスが言う。
殺されたミシェルという女は、銃士隊の兵士の中でも、優秀な部類の人間だった。
それが大した抵抗もできず、ほぼ無傷で無力化されるなど、到底信じられる話ではなかった。
おまけに遺体の顔色も尋常ではない。魔術か何かを行使して、肉体に手を加えられたとしか考えられない。
そんじょそこらの通り魔ごときに、できるような芸当ではない。
(……通り魔?)
そこまで考えて、ふと、脳裏に過る考えがあった。
「中尉。彼女の遺体に、刀傷はなかったか?」
再びホークアイに向き直ると、アニエスはそう問いかける。
「いえ。先ほどお話しした通り、右手と首の跡で全てです」
「そうか……例の辻斬り魔の線も、あり得るかもしれんと思ったのだがな」
当てが外れたことを受け、アニエスは両肩を落とした。
思い出したのは、斬った相手を操るという、謎の通り魔の噂だ。
尋常ならざる遺体であるなら、そいつの尋常ならざる手口で、命を奪われたのかもしれない。
そう考えたのだが、凶器が違う。斬撃の跡がないとなると、別人の手口と考えるしかなさそうだ。
「その犯人の仕業であれば、被害者はゾンビになっていなければなりません。倒れたまま、ここで放置されているはずもないでしょう」
「ならばそれとも違う、未知の存在による犯行というわけか」
顎に手を当て、思考する。
ミシェルを殺した犯人は、これまでの通り魔とは違う。
そもそも奴に事件性を見出だせず、今日まで野放しにされていたのは、事件現場と思しき場所に、何も証拠がなかったからだ。
それがここには、遺体という、最大の証拠が残されている。冷静に考えてもみれば、明らかに同一犯の手口ではない。
(どうなっているんだ、この街は)
しばらく事件らしい事件のなかった街で、得体の知れない怪事件が、立て続けにいくつも起きている。
その事実に、アニエスは、不穏な気配を感じずにはいられなかった。
この魔術都市ユグドラシルで、何かが起こり始めている。
何がというのは分からない。ひょっとしたらこの予感も、考えすぎの空振りかもしれない。
それでも、一つだけ分かっていることがある。
今夜この自然保護区で、自分の部下を殺した奴がいる。
それを許しておけないというのは、間違いようもなく理解していた。
[全体の備考]
※自然保護区の警戒が強化されました
※『魂を吸い取る怪人(=呀)』の噂が、I-4を中心に流れました
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