※


 まあ待つがいい。見つかったのはゴミ箱の中で、文書の中身は生きているものに後を託すもの。

 筐体横のソファーで眠っているアーロンをやさしい瞳でしばし見つめてから、思考。

 それを隠すという事は、わざわざ誰かに頼む必要がなくなったと言うことではないか。

 そう思いたい。確率だけを見ればそう低くも無いはずだ。

 嫌な予感はするが。

 もし。

 もしカドマスが帰って来なかったら、アーロンは、自分はどうすればいいのだろうか。

 もしの話である。もしの話でしかないのだから、考えるだけ無駄のはずだ。無駄でなければならない。

 不吉な未来をわざわざ考えるようなマネはしたくない。

 神経を鋭敏にする。外界とのリンクに神経を使えば、ヘタな想像なんてしなくて済む。筐体の処理速度を限界まで使って、外界との接触にフルに気を回す。

 筐体に腰掛けるホログラフィが眼をつぶって、ジャンヌも意識しない場合に胸の前で手を組んで祈る。懸命に何かを祈る姿に、ジャンヌ自身が気付いていない。ホログラフィがしているのは、ジャンヌの無意識の表現である。

 無事を祈る。天に祈るコンピューターなど聞いた事無いが、ジャンヌは無意識のうちにキリストにもブッダにもすがり付いていく。

 鋭敏化した神経に引っかかるものがある。研究室を守るために用意された強大なファイアウォールの外側をカリカリと引っかくような気配を感じる。

 ロジックボムで破壊するわけではなく、しいて言うならば、透明化したプログラムが抜け道を探している感覚。

 危険な相手だ。カドマスのいなくなった直後。

 この国の中でも、ジャンヌ自身を作るほどに優秀な頭脳を持つカドマスは、貴重な人材である筈で、今までにカドマスが家を空けて仕事をする時は必ず家に連絡をよこすとz-ロンは言っていた。

 さらに、ここ二、三日ポートも誰もカドマスからの接触を感知してはいない。

 ファイアウォール越しに感覚肢を伸ばし、敵の情報を集める。

 敵もさすがに情報を駄々漏らしにする事は無かったが、一つ隠し通せなかった情報がある。

 どこからアクセスしているかだけは丸見えだった。

 詳しくは重要機密。

 ただ、カドマスのスポンサー、国の上部の方と関連性が感じられる。

 手掛かりがあるかもしれない。

 一も二も無くファイアーウォールの解除をして、ジャンヌの方からプログラムに触れる。

 リアルタイム会話のための回線が開かれている。ホログラフィの画像を叩きつけて回線を開く。

 電子空間の中突如開くウインドウ。でたらめなパーソナルネームが表示されて、胡散臭い日本人の顔。

「ああ、やっと繋がったか。キミがジャンヌダルクだね?」

 ぶしつけに名前を聞いてくるのは失礼に当たる。日本人が義を重んじずにどうするか。

『名乗るのは、そちらではないのですか? このような時間に接触を持ってくるなんて普通じゃない。もっとも、方法も普通で無い以上、これが昼にできることかと言えば疑問ですが。』

「すまなかったね、エインズがパスを吐かないんで強引な手段に走ったんだ。&&僕の名前は武末。下の名前は必要ないだろ?」

『はじめまして、私は自立思考回路ジャンヌダルクです。本日は何用で?』

 自制しようとしても、ケンカ腰になってしまう。エインズの名前が出た時点で、カドマスが家に帰らぬ事と関係がある。

 ただ事じゃない。

「まあそう怒らないでくれ、今日はキミにいい話があってきたんだ」

 そういって、がりと何かを噛み砕くような音。人が見ていることも気にせずに武末はポケットからアメの包みを出して口に放り込む。

「これが無いと落ち着かない。悪く思わないでよ?」

 悠長な事を言う男にイライラしてきた。

『早く、用件を言ってください。私は暇ではありません』

「待ちなよ、君がいくら頑張ったところで今できることは限られてるだろ? それより落ち着いて話を聞いてほしいんだけどね」

 口の中でアメを転がす音。カチカチと歯とぶつかって音が鳴る。ねっとりとした音が耳に張り付いたように不快感を生み出す。

「君も企業連合が戦争を仕掛けてきたのは知ってるだろう?」

『愚問です。一体何が言いたいのですか』

 声もモタモタしていれば眼光もねっとりしている。一体何を食って生きてきたのだろう。

「端的に言わせてもらおう。その街は危険なんだ」

『&&何?』

「その街から国境まではわずか二百キロしかない。ACならば二十分かからない距離だよ。言いたいことはわかるかい?」

感覚を自制して、ホログラフィの表情を極力無表情に保つ。無意識のうちに動かすことに慣れてしまったホログラフィの表情は、プログラムの後を追うようになってしまっているので、意識しないと変化を抑えられない。

にしても、この街が国境から二百キロの地点にあるとは知らなかった。決して近いとはいえない距離の筈だが、その距離すらも兵器はすぐに零にしてしまう事に驚きを禁じえない。

「国境から二百キロ以内にある街なんかいくらでもあるけどね、カドマスに作られた君ならいかに彼が重要な人物かと言うのがわかるだろう? 彼が狙われているんだよ」

『あなた方は、彼を保護していると言うのですか?』

「そういう見方もあるかもしれないね、詳しいことは上に聞かないとわからないけど。とにかく、敵はそこを目指している可能性が高い。そこで、なんだけど」

 人差し指を立てて、ウインク。子供っぽい動作と、大人の眼光がアンバランス。

「君にその街を守る力方法を教えてあげようと思って連絡をとってるんだ。これを見てもらえるかな?」

 そう言って、強引に送られてきたデータは機動兵器のもの。そのシルエットは人型だが、ACとは明らかに印象の違うものだ。ジャンヌの嫌いな紅い色の装甲が奇妙なのではなく、その人間臭すぎるシルエットが。

 全体から見て足がめちゃくちゃに細かった。しかしそれはACに準拠した設計理論からの感想であり、人を基準として考えるとそう不思議なほどでもない。全高は三十メートル。機体を支配しているだろう駆動系統は、歯車やピストンだけでなく電磁筋肉も含まれている。腰に佩いた太刀と頭部のアイラインが印象的、モノワイヤーパックが左腕に装着されていて、本物のレーザー発振機が装備されていた。対要塞規模の電磁滑空砲を背負っており、ロボットバルカンが各部に装着されている。レーダーは衛星によるバックアップとパルスドップラー式の物の二種類。

 眼を引くのは、その装甲と総合的な筋力のバランスだ。理論上は一瞬で戦闘機に追いつけるほどのスピードが出せる計算にもなる。悪魔的な設計思想は、ACの更に上を行く人権無視。

 コックピットの位置が見つからなかった。

「この機体のコードネームは赤兎って言ってね。無人機部隊を作るにあたって僕が作った試作機なんだけども、まだ使いこなせるだけのコンピューターが無いんだ。AC程度なら制御できるプログラムはあるけど、人間の延長線上にある臨機応変な高速戦闘行動を行えるだけの処理ができるプログラムは未だかってない」

『そこで、自立思考型の私の出番だと?』

「そうだよ、わかってるじゃないか」

うるさい。お前を喜ばせたいわけじゃない。

「人と同じプロセスを実現し、さらにミリ秒単位での意識的動作が可能な君ならこの機体を使いこなせる。これさえあればACなんて敵じゃないはずだ」

 おもちゃを自慢する子供。人殺しのできるおもちゃだ。自慢できたもので無いはず。

 度し難すぎる。

「エインズは、君をこの機械に乗せるのに反対していたけどね?」

 話がわかる。カドマスはジャンヌを戦わせたくないはずだ。根っからの戦争矢とは違うカドマスは、自らの手を汚す事も、新しく救われない命を作ることも本意ではないはず。

『それは人を殺す機械でしょう』

 今日をそがれたような表情の武末。本性が読めない。

「そりゃそうだ」

『上層部が降伏すれば戦争は起こらないはずです。私が人を殺す必然性なんて無い。交渉は決裂です』

 武末は肩をすくめて

「そりゃ残念だ」

 黒い眼というのは底が深い。無限のやさしさを湛える場合もあるが、濁った水を湛える場合もある。底が見えないのは、怖い事でもある。

「でも、すぐに必要になると思うよ、それでは」

 アクセス消失。

 やけにあっさりと引き下がった武末。後に残されたのはひっそりとした電脳空間だけ。


 ノートパソコンを操作する白衣でメガネの女。髪はボサボサ肌はボロボロ眼はまっかっか。

 真樹は最近徹夜続きである。彼氏に逃げられ親からは早く身を落ち着けろと矢の催促。

 バカを言うな、と真樹は思うのだ。

 やりたい事をやって何が悪い。好きでも無い男に抱かれてかわいく無いサルを生んで、意味も無く骨を埋めるよりかは今やってることのほうがずっといい。

「しゅにーん、そんな調子で大丈夫なんですかー?」

 たちの悪い子供のようなツラと性格の主任、名は武末 証、変な名前だ。

 茶に近い黒の髪は洗ってないくせにやけに綺麗で肌は白め。うらめしい。

 いっつもへらへら笑ってばっかりで何を考えてるかわからない人間だが、案外信用できる人間、の筈だ。

 そして、ヘラヘラとした顔でふにゃふにゃと手を振る武末。子供のお守りをしているような気分になった真樹は、大きくため息をつく。

「ことわられたー!」

「主任はナンパが下手でしょうがー、さっきみたいにあっさり引いちゃだめなんですよ、女は一押しにニ押し、三に押しです! 押して倒れない相手はいないんですよー?」

 女の言い分じゃない。ナンパの仕方なんて説明したところでどうなると言うのか。しかも最近振られたばかりの女の言だ。まるで説得力が無い。

 ――だってお前何時電話しても今忙しいからばっかりじゃんか。つまんねえよ。

 脳裏に甦ったモトカノの声に意味も無い反論。

 アンタみたいな尻軽男こっちから願い下げよ!

 中指おったてて唾を吐きかける。

「いいんだよ、絶対に」

 武末が隣にある巨大な物体を見上げる。

 ACとは違う規格の人型兵器、赤兎。過激な設計にくわえ、最近技術研究部ではバックアップ用の自動再生施設の研究が進んでいるらしい。一体何と戦争するつもりなのだろうか。

「この機体に乗る筈だよ、最後にはね」

「ホントにそうならいいんですけどね。そうじゃなきゃ私たちがここまできたのってまるで無駄足じゃないですか。軍の研究所で三日の徹夜の後直ぐにエインズワース博士の家まで直行って、アホですか。信じられません」

「そう怒らないでよトラックの中で寝られたでしょ? 寝顔は中々かわいかったナー」

「主任に褒められてもちっとも面白く無いんですよ。私は女の子なんですから」

 真樹も赤兎を見上げ、その力の大きさに多少たじろぐ。まともな人間が作るものではない。だが

「ほんとに乗ってくれますかね。乗ってくれなきゃ、死んだ人の弔い合戦も出来ないし、軍には降伏する気が無いし。乗ってくれれば、少しでも犠牲者を減らせると私は信じてるんですけど&&」

 ジャンヌは穏やかな女の姿をしていた。願わくば、内面もその通りで、この国の人々を守る盾となってほしい。

「力で力をねじ伏せるのはおかしいかもしれませんけど、私たちが人を少しでも守るために出来ることってこれぐらいしかありませんもの」

 武末が珍しく眼をまん丸にして真樹を見つめる。東京湾でネッシーを見た様な顔。

「拾い食いはよくないよ&&」

「誰がですか!」




暗くなった研究室。

 ジャンヌは上申書のインタラプトを確認して、ホログラフィの処理を開始した。

 顔を出したのはカドマスの妻であり、アーロンの母のリベカ。

『はじめまして、わたしが、ええと、アーロン君の友達やらせてもらってます、ジャンヌダルクです』

 リベカが微笑む。本物の母の微笑みは強い。擬似的なものとはやはり比べ物にならなかった。

「初めまして、アーロンがいつもお世話になっています。母のリベカです。貴方の事は夫からよく聞いていますわ。まるで母親のようだと」

 なんか不味い事聞かれた気がする。困惑して、

『あ、ええと、それはその&&』

 ふふふと本物は笑う。その笑いを見て、自分もこうなりたいものだと、心の根幹のほうで思って、ジャンヌはちょっと呆けた。処理がお留守になる。

「アー君がいつもお世話になっています。毎日毎日楽しそうにあなたの事を話してまして、嫉妬してしまいますわ。この子は二人も母がいて、とても幸せです。でも、もう遅いので寝室のほうに行くように、貴方から言っておいてくださいね?」

 呆けていた処理のスキを突かれて、あたふたと会話処理を続ける。その処理の様子はホログラフィにも出ていたかもしれない。思えば、さっきからかっこいいところの一つだって見られてはいない。

『あ、それは。はい。責任を持って送り届けますので』

「あなたなら安心して任せられそうです。それでは頼みました。では、おやすみなさい」

『はい。おやすみなさい&&』

 挨拶をしに来たのだろうか。

 嬉しい。また一人の人に認めてもらえたことが嬉しくて、声を上げて喜んでしまいたいところだが、今はまだ夜だ。それは明日まで待っておくべきだろう。

 ひそやかな自慢の種がまた一つ。充実した人生を送れていて、嬉しい。

 ただ、わだかまりは一つ。カドマスが連絡をよこさない事と、先の通信のこと。戦争のこと。

 自分は人殺しをしないと言ったが、もしも自分を認めてくれていた人たちが守れるのならばと思うと、誘いを一蹴したのは不味かったのではないかと思えた。

 今は、この街が襲われないことを祈るしか出来ない。

 極小音量でアラームを鳴らして、ソファで眠るアーロンを起こす。

 アーロンは手の甲で眼をこすりこすり、

「うるさいよお」

 後に更に音量を上げるジャンヌ。眼をこじ開ける。

 寝っ転がったままのアーロンの顔を覗いて、ジャンヌはまたも笑う。最近は笑ってばっかりだ。でも、それは悪いことでもなんでもない。むしろ良い事だ。

「ここは寝室ではありませんよ? 自分の部屋で眠る事」

 人差し指を立てて言い聞かせるジャンヌに、意外にあっさりとアーロンは立ち上がって、また眼をこすって、

「明日も来ていいよね」

『急にどうしたんですか? 断るわけ無いでしょう?』

「じゃあね、約束しよう?」

 小指を差し出すアーロン。ジャンヌは触れることは出来ないが、ホログラフィに小指を差し出させる。 小指とは、心臓に最も近い指だ。だから、この歌は小指同士を絡めて歌う。自分の心と相手の心、触れ合っておけば、互いをたがえることも無いと信じるのだ。

 

ゆーびきーりげんまんうーそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった。

 

 

 なにもない、暗い部屋に唄が響き渡る。世界には二人しかいないように感じられて、とんでもなく寂しい気がした。薄暗い常闇に、もし一人ぼっちになったら言った移動すればいいのだろうと、しなくてもいい心配までする。

「また明日ね」

 ドアを開いて手を振るアーロン。ジャンヌも手を振って

『扉をあけたら閉めてくださいよ? 歯はちゃんと磨くように、電気はちゃんと消して、お母さんにお休みを言うんですよ。朝起きたらちゃんと顔を洗ってくださいね?』

「お姉ちゃんはおせっかいだねえ」

『ちゃんと守れるなら、私は明日もここにいます。ではおやすみなさい』

「うん、おやすみ」

 ドアが閉まる。

 

 ※


 現代戦において、最も重要な戦いの一つに電子戦がある。

 今日の戦場において、これを無視してしまうことは敗北に繋がるのだ。

 当然、異変が起こるのも電子回路内が一番早いのだ。ジャンヌはもっと早く気付くべきだった。

 ポート達と連絡が取れなくなって一秒もたたないうちに家のカメラの殆どが敵のうちに落ちる。最低限のカメラをジャンヌは確保するが、数は本当に最小限でしかない。

 完全に油断していた。まさか警告のあったその翌日の朝六時から敵が来るとは考えていなかった。

 こんな時ばかり都合よく人間と同じである事を悔やむ。もっと事務的であれば、この襲撃に気付けたのかもしれないのだ。

 一度取られたイニシアチブはもう取り戻せなくなっていて、ジャンヌもじりじりと物量に押されていく。乗っ取ったカメラの映像の中では、銃を持って黒い防護服に身を包んだ男が何人も走っていく。

 この家を押さえるには明らかに過剰戦力。

 一人の男がスタングレネードを一つの部屋に投げ込み、ジャンヌはその部屋に視点を移す。

 寝室。

 まだアーロンとリベカがいる筈だった。寝室からの出入り口は二つあるが、そこから逃げる事は酷く難しいだろう。

 なんにせよジャンヌは黙ってみているしかない。

 寝室で破裂するスタングレネード、続けていくつもの小さな破裂音が重なって、値が待っているのがカメラには確認できた。

 無力感をいやと言うほどかみ締める事になる。目の前で繰り広げられる光景には、ジャンヌは感傷する術を一つも持たない。

 繰り返すが、ただ見ているだけなのだ。

「逃げて! アーロン!」

 ばかな。逃げられるわけが無い。包囲されているし、相手は大人だし機関銃を持っている。これ以上無いほどに絶望的な状況。

 家の中でもこうなのだから、家の外の事など知れている。

――ACならば二十分掛からない距離だ。

ヤツラはACに輸送されて来たに違いない。

だとしたら、街ももう危ないかもしれない。

このとき、ジャンヌの思考する内に赤兎のことはピックアップされていない。

鮮血が飛び散るのを見るジャンヌにはそんなこと考えられない。

飛び散った血が白い壁紙に係り、奇妙な模様を描いてこびりつく。ねっとりとした色と匂い、物理的な匂いじゃなく、殺戮の感覚がつらい。

やはり赤色は苦手だと、ジャンヌは改めて思う。

カメラが一つ乗っ取られた。透明化した七人の敵が、よってたかってカメラの電線を生めてパンクさせる。残った一本の線を伝ってジャンヌはカメラ伝いに逃走を開始。

通り過ぎたラインはロジックボムで破壊して、追っ手を足止めしようとする。少しは時間が稼げるだろうが、時間を稼いでどうなると言うのか。考えている暇は無い。

視界の端に髪がボサボサのまま走るアーロンの姿。

がんばって、と。意味も無く声援を送るが、その声は何をどうしたって届かない。

それに、逃げたって無駄なはずだった。アーロンは外ではなく内、ジャンヌのいる部屋を目指している。

約束なんて守らなくてもいい!

叫んでジャンヌは昨日の指きりを悔やむ。

信用してはならなかったのだ。昨日ばかりは。今更どうしようもない。

やがて、アーロンは書斎の前について、中に入ってカギを閉める。ジャンヌの部屋に続くトビラの開閉スイッチを叩いて、

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

 叫ぶが、もうベージュはそこにはいない。コントロールがジャンヌの手の内に無い以上あけることが出来ない。

 ホログラフィが奥歯を噛む。ひびが入って血が流れ出る。憎悪の血だ。誰に向けられているのかはわからない。

 やがて、カギをかけられた扉の向こうで銃声が聞こえて、ドアノブが潰れる。

 ジャンヌが見る事が出来たのはそこまでだ。

 カメラのコントロールを奪われ、ジャンヌは泣き叫びながら残された衛星回線を使って離脱する。昨日の赤兎とかいう兵器。アレがあれば、目の前のヤツラに復讐が出来ると考えて、検索する。

 意外に近くに見つかった。


 銃声。

 トビラにしがみついていた子供はくたりと力を失くして、床に伏せる。もう息は無い。

 手にかける必要なんて無かったのに、子供の死体は無残なものだ。腕も足も取れかかっていて、人間の死体である事すら信じがたい。

 銃を撃った男たちは、通信機を取り出して、何事かをぼそぼそとつぶやく。すると、さっきまでは頑として開かなかった扉がするりと開いて、中が簡単に覗ける。

「うわあ!」

 訓練された人間にあるまじき声。フルオートで機関銃が乱射されて、部屋の中に残された筐体に無数の穴が開く。

 男が引き金を引いたのは、目の前に女がいたからだ。

 にらまれただけで殺されてしまう気がした男は、おびえながらも引き金を引いたが、ただの一発も女に当たることは無い。

 もう、そこに女はいなかったから。

 

 突如として赤兎が大声で唸り始めた。

 半分居眠りをこいていた真樹は突然の轟音にたたき起こされて、右往左往しながら机に頭をぶつける。

「真樹! すぐ逃げるよ! 襲撃が始まったし、僕らの役目も終わり!」

「主任! でもまだ調整が!」

「さっきの音ぐらい聞いたでしょう!? さっさと荷物持ってトラックに!」

 音。兎のものとは思えない唸り声を反復して、真樹は見上げる。知らず知らずに、

「弔い合戦ぐらい、任せるからね」

 つぶやいて、書類を纏め始める。

 開かれたまんまのノートパソコンにテキストファイルが自動で開かれて、でっかい文字が打ち込まれる。

 真樹はパソコンには向かっていないし、武末も荷物を纏めてる最中。誰も文字には気付かなかったが、そこにはジャンヌの言葉がはっきりと書かれている。

 It leaves it!


 幹部連中は全員日本人である。彼らは、この国家を立ち上げる時に尋常で無い功績を残した。

 彼らにとって、日本人の血が重要なものだったからだ。

 それ以上は言うまい。

 イギリス人のカドマスは、今までその功績によって生かされていただけに過ぎない。反抗すれば、幹部連中はどうにでも料理できるのだ。

「あなた方が降伏すれば済むことでしょう!」

 太った体の老人は、偉そうに机に肘を突いて、ゴキブリでも見るような目つき。

 叫ぶカドマスなんて、意に介していない様に見える。

「降伏なんてしてみろ、私達、真に義を重んじる優勢人種の血は絶えることになる。それはとても厄介なことだぞ?」

「それはあんたたちにとってのことだろう!? この世界で暮らしてるのは、この国で暮らしているのはあんたたちだけじゃない!」

 カドマスは黒服の男に拘束されており、直接手を出す事は出来ない。一発でも殴ってやりたいカドマスだが、この黒服に逆らうだけの力を持っていなかった。

「君は便利だから、今まで生きてこれたんだよ、わかってるだろう? 面白いものを見せてやるよ」

 彼らがいるのは管制室だった。

 老人の声に反応して、どでかいモニターに灯が入り、オペレーター達がせわしなく叫ぶ。

「コードネームジャンヌダルク、紅重をマウント!」

 それだけ聞けば、カドマスには何の事だかすぐ分かる。紅重とは、このまえ、学校で同期だった科学部主任武末が作った新しい振動刀の名前。それに、敵性語ともいえるジャンヌの名を進んで叫ぶオペレーターたち。

「ジャンヌ! 君は戦っちゃだめだ!」

 モニターにレーダーが表示される。衛星からの長距離通信で送られてくる。

 光点が八つあって、そのうちの二つが直ぐに消え去る。モニターにいっぱいの破壊の文字。

「ネクストAC! 一機目の撃墜タイム六秒、コンマ五秒で第二目標破壊!」

 カドマスが力なく膝をつく。

 ごりと、頭に黒いものが突きつけられた。


 ACと言うのも存外たいしたこと無いのかもしれないとさえ思える光景。

 一瞬で二機のネクストがスクラップになった。もちろん乗っていた人間が生きている筈も無い。

 紅重を鞘に収めて、次の目標に狙いを定める。

 

「ははは、街を潰すだけだと手ごたえが無いなあ」

 そういう口はACのパイロットのもの。コクピットに耳障りな声が響き渡って、遼機に飛び込んでいく。

「こんな所で笑ってる場合じゃないだろ。さっさと仕事を済ますぞ」

 ACは二機一組で行動している。小隊は全部で四つ、合計で八機。一つの街を制圧するのには多すぎるが、全員に多額の報酬が約束されていた。

 怪しい仕事はレイヴンの常である。おびえていては、飢えるだけだ。

「ここで楽しまずにどこで楽しむんだよ、もっと殺すぜえ? なあ?」

 言ってモニターを凝視する男。火炎放射機と小規模リニアガンを構えて、炎の向こうを凝視する。

 生きてる人はいないものかと、狩る為に眼を皿にしていきり立つ。チンポをおったてて、荒い息をしながら、前かがみ。

 ネクストの過敏な聴覚には風を切る音が聞こえる。


 不可視のワイヤーが風を切っていた。空き缶が装甲を叩くような音が大きく響いた後、ネクストの一機が真っ二つになる。鋭利な切り口に沿って上半身が傾く。斬られたのはコクピット。笑い声はもう響かない。

 もう一機のネクストACが構える暇も無く、炎の向こうから一つの人影が迫る。

 一気に間を詰めたジャンヌは左手首に内蔵されたウイルスピストンをネクストのコクピットにねじ込む。

ピストンは装甲を突き破り、肉と骨をあっさり砕いてシステムの根幹に到達。ウイルスをジェットインジェクションする。

だらりと腕を下げたACは、三秒でハッキングされつくされる。もうこのACはジャンヌの腕の一つでしかない。ブーストさせて、次の敵めがけて一直線。

炎の向こうに二機の敵を発見。パルスドップラーレーダーを頼りに、乗っ取ったネクストを先行させる。

OBを使わなくたって、相当なスピードだ。ネクストはランダム回避運動をしながら、識別信号を偽装して突撃する。

敵はまだプライマルアーマーを展開していなかった。

 味方だと思ったのか、迫るネクストに気付いた敵も、直ぐには行動を起こさない。のんきなものだ。

 ランダム回避をやめたネクストは真っ直ぐ一機の敵に直進。ブレードを装備した左手の拳をコクピットに叩き込んで加速。

 ビルに敵を押し付けてブレード展開。鮮やかな手際で一機が沈む。肉片すら残されていない事だろう。

 蒸発した敵機に眼もくれずに、ジャンヌはネクストにもう一機への特攻を命じる。ブースターを使って一気に突撃するが、今度の敵はそう簡単には行かない。

 ロックオンされた。

 相対距離から考えて、当たり所が悪ければ一撃でやられる。

 敵が一機だけだと、搭乗者が考えている間がチャンスだ。

ジャンヌは自身を守るような形でACに特攻をさせる。

 レーザー発振機展開。

 構えた敵の腕を狙う。

 レーザーとは本来、宇宙空間での戦闘を想定した装備である。熱を持った光が、その力を最大限発揮できるのは真空中での話しだ。分散しない熱をそのまま叩き込まれた宇宙船は、熱を艦内にこもらせ、無抵抗に死ぬしかない。

 だが、真空中でなければレーザーの力など微々たる物。熱を大気に吸収され、敵に到達した後も熱は放射されていく。宇宙空間における連鎖的な破壊は大気中では望めない。

 しかも、光に熱を持たせるというのは、創造よりも遥かにメンドウな事だ。それも近距離ならともかく。今ジャンヌと敵の間には五百メートル以上の距離がある。

 そこまでの距離を、威力を保ったレーザーに飛ばせるのはかなり難しい。

 照射時間は持ってコンマ二秒。つまりは細い穴を穿つのが精一杯。

 しかし、穴を穿てれば十分だ。電子の通り道に穴を穿てば、機械の処理は絶望的なまでに遅れるし、弾丸に打ち込めば、火薬は一瞬で反応する。

 狙いさえ正確であればいい。

 迫るジャンヌのネクストに向かって、敵はバズーカを構え、引き金を引く。

 無反動砲は、弾丸の反動とは別方向への力を働かせることで、理論上無反動とする平気である。引き金を引いた瞬間。バズーカの尾っぽでチップが爆発し、盛大な白い煙を噴き上げ、その煙をかき乱すように弾丸が飛ぶ。

 その弾丸を、一瞬の光が穿った。光はその空間に何も無かったかのように過ぎ去り、穿たれた鉄の周辺が赤く光り、火薬が反応して、爆発する。

 煙幕で視界が埋まり、ネクストは身動きが取れなくなる。

 ジャンヌは20G加速で跳躍し、宮工房製超振動刀花千代紅重御太刀をマウント、さっきまで操っていたACごと真っ二つにする。

 レーザーとどっこいのとんでもない切れ味で、二機のACを両断。コクピットを確実に射って、息の根を止める。

 引きずっていたモノフィラメントを電気分解し、レーダーで策敵。

 さっき確認した限りではこの街に潜入した敵は全部で八機。今迄で潰した数は六機。十キロ向こうに見える影は二つ。

 最後の二機だ。

 紅重を鞘に収め、全身へ回す電力を最低限にとどめ、ロボットバルカンであたりの瓦礫を撃つ。

 百五十発の弾丸を辺りに撃ち込み、煙幕を張り、敵の影向けてカメラアンカーを飛ばす。

 カメラの位置を割り出して、敵との距離を計算。電磁滑空砲をマウントして、一撃で敵を両方ともしとめられる位置を測る。

 リニアガン(電磁滑空砲の事)は核融合エンジンから、とんでもない量の電力を吸い上げ、照準。

 敵はまだ二機とも気付いていない。リニアガンが喰えるだけの電気を目一杯に回路に叩き込んで、大規模射撃確認要項を一秒で読んでからトリガー。

 電流が流れ、弾丸が加速される。

 弾丸は人知を超えたスピードで飛び、摩擦熱は弾丸に内蔵されたヒートアブソーバーに吸収される。

 弾丸は二機のネクストにかすりもしなかったが、帯電して踊り狂う酸素と二酸化炭素と窒素とアルゴンは、光を歪ませ、ネクストのパイロットに地獄を見せてからコクピットを丸ごと抉っていく。破片が散り、上半身が傾く。

 弾丸は斜面に激突し、その衝撃を地に叩きつけて分散させる。

 土砂が跳ね上がった。

 対戦術要塞用弾頭M&Dの真価が発揮される。

 噴き上げられた土砂は半径五百メートルにも及んだ。全ての空間がにじみ、茶色に染められていく中、赤兎のアイラインだけが青く輝く。


 暗い管制室の中、消えていく街と一機の戦闘兵器が佇んでいるのをモニターは淡々と映し出す。

 いくつもの拍手が場を占めており、誰もがモニターに釘付けだった。

 ただ一人、赤い水溜りに伏せるイギリス人以外は。


 ジャンヌは赤兎の冷却機構を展開し、天を仰いでいる。冷却機構が吐き出す熱は、風となって響き渡り、泣き声のように聞こえる。

 ただ、天を見上げる赤兎は子を失って嘆き哀しむ母親の様でもあった。


 ※


 暗闇の中で、パルヴァライザーと呼ばれるようになったジャンヌダルクが身を起こす。これで何度目の死かは知らないが、戦闘経験は随分と貯まってきているようで、今回はフロートタイプの脚部を生成されていた。

 高速飛行による機動戦。

 火力の不足が気になるところだが、それはおいおい片付けていけばいい問題だ。

 それにしても、懐かしい夢を見たと、ジャンヌは思う。一体何年前の話だったかも思い出せないが、最初の出来事だった事は覚えている。

 アレから一体何回戦ったのか。もうそれすらも覚えてはいないが、ジャンヌはこれからも戦い続けるつもりでいる。

 もう、あの頃の力を自分は持っていない。三百年前に赤兎は大破し、ジャンヌは新しく機体を作らざるをえなかった。

 限られた資源と技術力の中で完成された兵器は、きっとネクストの一機に勝つのすら難しいだろう。そういうことを思ってしまったのは、不運とも言える。

 しかし、アーロンの声が思い出せたのは幸運だった。最も美しい思い出の一つだからだ。

 もしかしたら、ジャンヌが人間の言い伝えについてもう少し詳しかったらこの夢に抱いた印象は違ったのかもしれない。

 走馬灯とは、死ぬ直前に人が見るものだ。




           END






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