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 シザース・フォレスト北部、E-27ブロック。
ミラージュ社の所有する施設の中でも、特に辺境にある場末の倉庫群……
『I・S』の犯行声明において、標的と明記されていた場所がここだ。
 猛烈な吹雪の中、そのE-27ブロックに黒を基調とした一機の人型兵器の姿があった。
吹雪の中でぼんやりと揺らめく頭部カメラの光が、丸い頭部の形状と相俟って蛍を連想させる。
流線刑のフォルムが映える人型機動兵器、アーマード・コア。
「異常無し」
 機体を歩行させて周辺を警戒していたACの搭乗者、“傭兵”を指す言葉で、
『レイヴン』と呼ばれるその男は、一切変化の無い視界とレーダー反応を見て呟いた。
 頭部内蔵式レーダーのみを装備したACの索敵範囲は、決して広いとは言い難い。
そのために、予め決めておいた巡回ルートを移動しつつ、索敵。警戒の目は緩めてはならない。
 巡回中のジェネレーター出力は66%。いざという時に備えての、素早く戦闘態勢へと入る事の出来る数値だ。
それとは対照的に、ラジエータをフル稼働させ、機体温度の上昇を防いでいる。
 外気温が氷点下48℃を指しているこの状況で、オーバーヒートを警戒している訳では無い。
問題は、降り積もる雪である。
 雪が稼動によって表面温度の上がった装甲に触れるとたちまち蒸発し、機体は水蒸気に包まれてしまう。
排煙の影響により白と黒、二種類の水蒸気が発生するこの地域では、
通常とは比べ物にならないほど視界を悪化させかねない。
 ただでさえ良好とは言えない視界だ。これ以上悪化すると任務に支障をきたす恐れがあった。

「あいつは、私と同じ時期にレイヴンになった。だが……」
 次の巡回ルートへ向かうまでの時間、レイヴンは一人呟いた。
その表情は独り言とは思えないほど、鬼気迫るものを感じさせる。
「次こそは、必ず……!」
 握られた操縦桿が、やや軋むような音を立てる。氷点下の外気温に加えて、
ラジエータをフル稼働させているACのコクピットは、決して快適とは言えない温度のはずである。
肌を刺すような寒さの中、操縦桿を握る彼の腕は発汗していた。
「待っていろ、このエヴァンジェが必ず、必ず超えてやるぞ……!」
 怨恨交じりの言葉を呪詛のように繰り返す彼――エヴァンジェの姿は、どこか狂気じみたものを感じさせる。
「必ず……!」
 エヴァンジェの脳裏に、初めての敗北を味わったあの日の記憶が甦った。
 レイヴン試験に合格して以来、一度も『敗北』を味わってこなかったエヴァンジェ。
異例の早さでランキングへと登録され、アリーナでは負け無し、任務の達成率はほぼ100%……と、
エースへの道をひた走ってきたエヴァンジェにとって、その日行なわれたアリーナでの結果は、
彼の築き上げてきた自信を粉々に打ち砕くほど、強烈なものだった。

『同じ時期にレイヴンになったはずが……差をつけられたな』
 黒煙の中に崩れ落ちる愛機オラクルの中で、精一杯己を鼓舞しながら吐いた言葉。
自信も、プライドも、何もかも打ち砕かれる思いの中で、彼は再戦と共に復讐を誓った。
 では、復讐を果たすために自分に何が出来るのだろう……?
 エヴァンジェはまずその答えを求めた。何かに行き詰まった時や、悩み事がある時、
そんな時に、エヴァンジェはいつも頼る存在があった。

『六月生まれの運勢――新しい事を始めると、成功への道のりが開けるでしょう』
 彼の愛読する雑誌に書かれていた“占い”である。“占い”なのだ。書くだけなら子供だってできるような、
見方を変えれば単に支離滅裂な文章を書き並べているだけの、“占い”である。
 その雑誌の占いコーナーの担当者が有名な能力者であるとか、メディアに取り上げられる程の実績があるとか、
そんな特別な理由は無く、強いて言えばエヴァンジェ自身がそういったものを信じるタイプの人間なのだろう。

 ――なんとも少女じみた男だ。やはりこの男、狂気の臭いを隠し切れない。それも、妙な形で歪んだ臭いを。

 エヴァンジェは、雑誌の占いの通りに『新しい事』を始めたのだが、
流石に傭兵家業に関して全く関係の無い事を始めるような間抜けでは無かったらしい。
 『新型操作』である。エヴァンジェは、最近新たに導入されたACの操縦形態に目をつけ、
迷う事無く己の機体へと導入を決定。取り付かれたようにVR訓練を繰り返すという、過酷な日々を過ごした。

 新型操作とは、脳波コントロールを“一部”取り入れた新しい操縦形態であり、
操縦者の操作をよりダイレクトに機体へとフィードバックする事が可能なシロモノだ。
特筆すべきは、シフトトリガーを用いた武装選択が容易となっており、
従来の操作では不可能だったインサイドの独立化を実現している。
 しかし、従来の操作形態に熟練した古株のレイヴン達は、旧式とかけ離れた操作方法に反発しており、
導入は一部のルーキー用に留まっている。
 エヴァンジェが容易に習得できた背景には、彼の努力や傭兵としての才能もあるだろうが、
未だルーキーの域を出ない新人であった事も大きいだろう。

 新人とはいえ、デビューして間もないだけであり、実力はランキングに名を載せるに相応しいものである。
エヴァンジェは異例の速さでランクを上げてきた、言わば一握りの存在であった。

 ――レイヴンの8割は、雛鳥のうちに死ぬ。
 長く続いた傭兵業界の中で囁かれた、ジンクスのような“事実”である。
ハイリスク・ハイリターンの結晶とも言える職業、レイヴン。
誰もがその常識を超越した収入に憧れ、志し、そして散っていく。
 エヴァンジェは、やや常人離れな感性を持ってはいるが、その血と硝煙で創られた荒波の中を、己の翼と
「おおっと、今日のラッキーアイテムの印鑑はどこへやったけな……」
 ――雑誌の占いで掻いくぐって来た、一人前のレイヴンなのだ。

   ※
 斑模様の雪を掻き分けながら、二体のACは作戦領域であるE-27ブロックへと北進する。
コアと脚部のブースタに休む間は与えられず、ACの通過した跡は斑模様の雪は無く、蒸発した水蒸気が一瞬漂うだけだ。
巡航モード時のACは、移動に全エネルギーを使用できるように最適化され、決してチャージングには陥らない。
二機のACは並走した状態のまま、止まる事無く前進を続ける。
 作戦領域には、時間的な余裕がある程離れている。目標ポイントを指定し、オートパイロットに操縦を一時的に委ねた
シルキーは、オーレンから兵装に関しての説明を聞いていた。
「ふーん……EXエネルギーパックねぇ」
『そうなんです。うち(ミラージュ社)は、エネルギーを撃ち出す技術には長けていても、
逆に機体へエネルギーを供給する技術のノウハウが足りないんだ、って班長が言ってました』
「で、この電池を空月(そらつき)で使用して、データを取れって訳か」
 シルキーは左側面に設置された兵装パネルを操作し、エクステンション・データをピックアップ。
パネルには、自機に装備されたエクステンションの詳細が次々に表示されていく。

「キサラギ製……か。変な噂の絶えない所だけど、技術力は確かなようね」
 EXエネルギーパックは、エクステンションパーツの中でもほぼ毎年トップのシェアを誇る上、
キサラギの独占する技術を用いて開発されているために、他企業の追随を許さない傑作品である。
 他企業の技術を解析するために、解析対象そのものを実際に使用するという手法は最早常識化している。
 分解などによる直接的な解析には、各企業独自の厳重なプロテクトが施されており、
特別な場合を除いては、実際の稼動データを蓄積した上での間接的な解析が主流であった。
 もちろん、そのためにかかる時間と手間は半端なものでは無く、解析用プロテクト・プログラムの解除コードを巡る
産業スパイの跳梁すら珍しいものでは無くなっていた。

<目標地点まで距離600、搭乗者は警戒せよ>
「そろそろか――通信、切るよ」
『何かあったら、伝えてください』
 くわえていた煙草の火を消し、胸の吸殻入れへと放り込む。
 流石に戦闘中にまで吸える程器用ではなく、そこまで戦い慣れてもいない。
<距離500――450――400――350>
 頭部CPUの機械音声が響く中、顎の防護カバーまでしっかりと整えてヘッドギアを被り直し、
シートの固定ベルトを確認する。問題は何一つ無い。いわゆるオールグリーンだ。
<距離300――250――200――150――100>

 作戦目標――該当地域の調査、及び敵勢力の殲滅。
<周辺地形データ取得終了-中央マルチスクリーンにレーダー及び作戦領域表示>
<FCS起動-全兵装へのエネルギー供給開始-最終安全装置オールオフ>
<メインシステム、戦闘モード起動します>
 全てのプロセスを終了させ、巡航モードから戦闘モードへ。
ACは高速で走るだけの人形から、外観こそ変化は無いが、機動兵器たる真の姿へと変わった。
「索敵モード機動」
<レディ-メインモニター、フリップ>
 音声入力によって、メインモニターへ拡大されたレーダーが表示される。
味方機であるヴィーダーを指している緑色の光点が、自機の右前方に見えた。
「――ッ!」
 慌てて左右の操縦桿を引き、機体に急ブレーキをかける。レーダーの北端に赤い光点――敵だ。
気付かれてはいないようだった。敵反応は動いていない。気付いていれば何らかの動きがある筈だ。
 シルキーは落ち着いてヴィーダーへと指向性通信を入れる。

「ヴィーダー、止まれ! 敵を発見した。まだこっちには気付いていない」
(――オゥッ、寸止メカヨ、コノイケズゥ)

 通信が聞こえる。同時に、囁きにも似たノイズも聞こえる。
 密閉されたコクピットの中で、二つの声が同時に、ツヴァイトの耳に響く。
異常な感覚だった。通信は通信機から聞こえてくる。それは間違いない。では、あのノイズは……?
「止まれと言っている!」
 二度目の声、今度は“片方”のみが聞こえた。
はっとなったツヴァイトはすぐさま緊急停止操作を行ない、ヴィーダーは片足を軸に90度旋回、
レイビットに向き合う形で止まった。
「す、すまない。敵を見つけたって?」
 ツヴァイトの機体に搭載されたレーダーには、敵影は見当たらない。
しかし、目の前のACレイビットには、高性能を誇る肩用レーダーは装備されていない。
基本的に頭部レーダーは性能が低いものだ。ツヴァイトは自信の根拠をシルキーに尋ねた。
 現行の頭部パーツの中でも、最高のレーダー機能を持つヘッドパーツ――YH12-MAYFLY。
それが自信の根拠だと言い放ち、続けて先制攻撃の旨をツヴァイトに伝える。
 二体一という戦力的優位を逃さずに、地上と空中の二手に分かれて奇襲をかける、という内容だ。

 シルキーは左右の操縦桿を同時に外側へと軽く倒した。人間とは正反対の方向をした関節が一瞬伸縮し、
機体は空高く跳ね上がる。フットペダルを強く踏み込み、ブースタを点火。
吹雪の空を進みつつ右のシフトトリガーを引き、武装を有効射程の長いデュアルミサイルへと切り替える。
吹雪の影響で目視はできないが、切り替わったロックサイトの中に点灯するロックマーカーが敵の存在を表している。
微弱な解除パルスの反応を見たシルキーは、ミサイルの1ロックだけを確認し、ガントリガーを引いた。


 コクピットの中に突如響いたロックアラート。慌てたエヴァンジェの手から印鑑が転げ落ちる。
メインモニターに背後からの熱源接近警報が忙しく駆け回り、戦闘モードへの移行が完了する間も無く、衝撃が走った。
<筒内爆発の危険性有り! 左背装を強制的にパージします>
 左背装のリニアガンが、飛来したミサイルの直撃を受け、CPUは悲鳴をあげた。
弾倉に満載された弾薬が発火し、リニアガンはたちまち大きな榴散弾のように爆ぜる。
オラクルは爆発の衝撃で前のめりに倒れ、パージに使用した炸薬から引火して機体へと飛び火していく。
 フル稼働していたラジエータと外気温の影響で火はすぐに消えるが、ロックアラートは鳴り続ける。
エヴァンジェは舌打ちをしつつ、機体を立て直す。レーダーに機影は、見えない。

 ヒットマーカーの点灯に唇の端を歪ませながらも、シルキーは攻撃の手を休めない。
引きっぱなしのガントリガーは、1ロックが完了した瞬間にミサイルをポッドから放出していく。
5組計10発を放った所でポッドを切り離し、余剰出力の強化と機体の軽量化を行なう。
切り離されたデュアルミサイルポッドは、斑色の雪に埋もれていった。
<敵ACを確認、レイヴンズアークN-10アリーナ所属、オラクルです>
 照合データを読み上げるCPUの機会音声に雑ざって、ロックアラートと熱源接近警報が鳴り響く。
多数の熱源が一気に接近し、重なって響く警告音は耳をつんざくほどに大きい。
 接近する超小型ミサイルの雨に対し、フットペダルにかける力を弱める。
ブースタが停止し、機体は自由落下の形になる。ACの頭部をかすめるようにミサイルの雨が通り過ぎていった。
<熱源なおも接近中。以前、増加傾向にあり――危険! 危険! 危険!>
 敵は先程までのレイビットのように、ミサイルを連続して放っているようだ。
ペダルを踏み込み、機体を斜め後方へと滑るように退避させるが、避けた所目がけて次の雨が降りしきる。
波を描く様に機体を振って最大限抵抗するものの、振り切り損ねた数発がレイビットの装甲を削り取っていく。

「あいつか! コンピューター、現時点における推定戦力比は?」
 敵ACを目視で確認。FCSにてロック・オン。さらなる情報を求め、ツヴァイトは戦力比の解析をCPUに求める。
<072>
「……? もう一度だ!」
 耳に届いた音は、自分が求めていたようなものではなかった。再度CPUにコンタクト。
<072>
「モニターに出力しろ!」
 依然同じ反応を見せるCPU。音声回路の故障だろうか? 出力経路を変えてみる。
        072
        072
        072
「クソッ! こんな時に!」
 メインモニターの中央に並ぶ数字……それが何を意味するのか、ツヴァイトにはわからない。
ツヴァイトの目には、単なる意味不明の文字列としてしか映らないのだ。
CPUの故障と判断し、モニターをノーマルモードに戻すと、FCSは正常に作動している。
部分的な故障だろうか? 何にせよ、戦闘中にACのCPUが誤作動を起こすというのは恐ろしい。
ツヴァイトはこの戦場から一刻も早く逃げ出したい、という怯えた感情を抑え、パルスガンの照準を絞る。

 ――速い。目の前のACは損傷しているにもかかわらず、二体のACを相手に対等の戦いを演じている。
「プロとアマの、違い……?」
 目の前の敵機は、ランカーレイヴン。戦場の渡り烏の中でも、特に一握りの存在だ。
対してこちらは二機とは言え、ピヨピヨのひよこ一匹と、男性では無いが門外漢一人だ。
デュアルパルスガンとデュアルレーザーライフル、合計四本のエネルギーの矢がオラクルに向けて放たれ、
ジェネレーターはブースタに用いるエネルギーも含めて、凄まじい負荷を強いられていた。
 刻一刻と変化する戦況に、情報がモニターを忙しく駆け回る。
トリガーにかける指から、操縦桿を握る腕、フットペダルを踏む足……
それら全てが、体全体が、戦いの鼓動を感じて、機体を身体の延長とするべく動く。
シルキーは実戦の空気にやや戸惑い怯えながらも、歯を食い縛って目の前の現実に立ち向かう。
 エネルギーが底をつきかけるたびに、左側の操縦桿端のEXトリガーを引く。
エクステンションが起動し、機体へ送られたサブエネルギーがジェネレータを無理矢理延命させる。
メインモニターの後方から、ジェネレータの焼ける臭いが漂って来た。
 敵機オラクルから放たれるリニア弾を受け、機体が軋む。安定性に富む逆関節機体とはいえ、装甲は厚く出来ていない。
高反動、高熱量を誇るリニア弾をいくつも食らっては、機体は無事に済むはずが無い。

 斑色の吹雪の中に、いくつもの火線が交わう中、次第にオラクルの動きが鈍る。
数の違いがボディブローのように効きはじめ、エヴァンジェ自信にも焦燥の念が生じてきていた。
 リニアガンを欠き、連動も含めたミサイルを撃ち尽くしたオラクルに残された武器は少なく、
頼みのリニアライフルも半分以上撃ち尽くしていた。
 二対一の状況下で、エネルギーイクシードオービットをこれ以上展開する事は難しい。
半分以上移動にエネルギーを回している状況下で、攻撃に割く余剰エネルギーはそうそう無い。
 イクシードオービットのおかげで二体同時に対応できていたのが、今になって崩されてしまったのだ。
 コクピットの中ではギリギリと酷い音を立てて、エヴァンジェの焦りが操縦桿にぶつけられていた。

<エクステンション-ゼロカウント>
「パージしろ」
<レディ-パージ>
 エクステンションを使い切り、シルキーは役目を終えたエネルギーパックを捨てる。
強心剤を失ったレイビットはこれから、エネルギーの管理を全て自前で行なわねばならなくなった。
必然的に、攻撃の手を休めざるをえない状況が生まれてしまう。
 ――そこに、隙が生じた。

 持ち前の跳躍力を使い、レイビットは空高くブースタの援助無しに飛び上がった。
逆間接型の長所を生かした――シルキーは知らないが――昔から常用されている機動の一つで、
ACのスピードを殺さずに、ジェネレータのインターバルを取る事が可能な技術である。
「何? 下ぁ!?」
 飛び上がったレイビットの下を、くぐり抜けるようにオラクルが駆ける。
オラクルの向かう方向には、ヴィーダーの姿があった。
 真正面からの特攻とも取れる起動を描いて突進するオラクルに、ヴィーダーが連続して放った
パルスの光輪が着弾し、装甲を焼いてゆく。装甲を焼かれ、APをすり減らし、コクピットにアラートを響かせながらも、
エヴァンジェは回避行動を取ろうとはしなかった。
 パルスガンの発射にジェネレータが圧迫され、レッドゾーン突入の警告音が鳴り響く。
ツヴァイトは響く警告音に対して、反射的にフットペダルにかける力を弱めてしまった。
そして何よりも、目の前から迫り来るACの恐怖を乗り越えた気迫にツヴァイトは怯む。
 オラクルの左腕部から、青い光が伸びた。破壊のエネルギーを凝縮して出来た、光の刃。
 ――狩られる!
 共食いだ。幼いヒヨコを、獰猛なミッドナイトブルーのカラスが取って食おうとしている。
年季の違い? 機体の性能? 傭兵としての能力の差……?

 ――分かるのは、自分が狩られる側の存在であるという事だけ。
 閉じた。ツヴァイトは戦闘中に目を閉じた。敗北を悟り、観念したかのように目を閉じた。
だから、見えなかった。光の刃がどんな軌跡を描いたのか。モニターに映る、瞳が最後に見るはずの光景を。
そして知らなかった。目を閉じる刹那、モニターに映った“文字”を。


     A     I     L     E


(――オレハ、『のんけ』ダ!)
「!?」
 声が聞こえた。囁きのような声。囁きのようで、叫びにも似た声が。
頭の中に直接響くように聞こえる声。今まで空耳の類だと思っていた『声』を、ツヴァイトは始めて『声』だと認識した。
 ――自分は生きている。囁きはあの世の案内人の声ではない。今、自分がいるのは先程までと変わらぬコクピット。
目の前のモニターには、敵機の振り下ろす光刃を、同じく光刃で受け止める愛機の左腕部があった。
エネルギーを集束させたブレード同士がぶつかり合い、吹雪に荒れる周囲の大気そのものが燃えている。
耳には、その大気が焼ける落雷に似た不快な音が、絶え間無く流れている。

「どうして……?」
「何故だ!」
 光刃を合わせるレイヴン達は、両者共に目の前の状況を完全に理解し切れないでいた。
 エヴァンジェは、最強の出力を誇り『月光』の名で畏れられる愛機のブレードが何故、同じ
『月光』以外に受け止める事ができるのか。
 ツヴァイトは、全ての操作を放棄し、諦め、“何もしなかった”はずの自分が生きている事が。

<アラート-左腕上部に損傷有り-ブレードへのエネルギー供給40%未満-危険!>
「何だと!?」
 メインモニターへと表示された機体状況には、左肩の裏側に損傷がある事を映し出していた。
 最初の奇襲で破壊されたリニアガンの筒内爆発によって、左腕部の一部が破壊されていたらしい。
そのために本来の性能を発揮できず、ブレードの出力が低下している。
 それが、相手のブレードに受け止められた理由だった。
弱体化してしまえば、いかに『月光』と言えども最強の座から引きずり下ろされてしまうのだ。

(れっつクソミソオ断リ! てめーノ萎エタ愚息ニ負ケルホド、オレノじゅにあハヤワジャナイゼッ!)
 声だ。間違いない。自分以外の“誰か”がこのコクピットにいる。
通信機は先程から沈黙したままだ。通信ではなく、空耳でもない。
「誰だ!」
 叫んだ。自分以外いるはずのないコクピットで。返答はもちろん無い。
その代わりに、爆音がツヴァイトの耳に届く。
 オラクルの右腕部が吹き飛んだ。背後から放たれた二本のレーザーが右腕上部を、
二つのパルス光輪がリニアライフルを貫き、燃え上がった。リニアライフルは弾倉から筒内爆発を起こし、
炎上する残骸の破片が、赤い絵の具のように斑色の雪原へとばら撒かれた。

「全サブシステムカット、両腕部自切後に急速後退!」
<レディ-クイックエスケープモード起動します>
 どさくさに紛れたレイビットの攻撃を受け、崩れ落ちかけたオラクルの両腕が切り離される。
全てのエネルギーが移動用に回され、移動に不要なエネルギーの供給がカットされる。
オーバードブーストが使えない時の緊急手段として用いられる手法で、戦闘能力は皆無となるが、
簡易オーバードブーストのように動く事ができる。臨界出力でブースタがエネルギーを吐き出し、
弾かれる様にオラクルはその場から離脱した。

(――オイ、アレ見ロヨ)
 また、声が聞こえた。明らかに、声の主はツヴァイトに“話し掛けている”
何も触れる事なくモニターが動き、燃え上がるリニアライフルが拡大表示されていく。
(赤黒クテ、オレノじゅにあニソックリダゼ!)
 白黒の雪原に、燃え上がるリニアライフルの残骸……黒煙を上げて、赤い炎に包まれる姿は、確かに赤黒かった。

「お前、誰だ!? 何者だ? 生き物なのか?」
 こらえきれなくなったツヴァイトは、もう一度コクピットの中で叫んだ。
本当は自分はあの時死んでいて、あの世で見ている夢だとすら思った。
それほどまでに、今コクピットで何が起こっているのか、理解できなかった。
(――アア、生キテルヨ。ぎんぎんニ精力タギッテ、血管ハ青筋走リ、脈モ打ッテルサ)
 追い討ちをかけるかのように返答アリ。理解不能理解不能理解不能理解不能……
(オレハ不能ジャネーヨ)
 脳の中枢神経系のショートを確認。キノウ テイシ

<敵ACの撤退を確認>
<周辺にエネルギー反応無し>
<作戦目標クリア-システム、通常モードに移行します>
 CPUが作戦終了を告げると、シルキーはふうっ、と大きく息を吐く。
ランカーレイヴンとの戦闘経験の無いシルキーにとって、この作戦は相当過酷なものだった。
磨り減った神経と、大きく緊張して重さを感じる肩……安堵の空気に、抑圧されていた疲労と睡魔が一気に押し寄せる。
『作戦の終了を確認しました。無事で何よりです』
「まだ、なんかあるの?」
『ありませんよ、残りは調査班の仕事ですから。先程、本社から出たそうです』
「そ。じゃ、帰還するよ」
 ACを通常モードから巡航モードへ移行させ、ジェネレータ最適化完了。ブースタ出力上昇。
フットペダルにかける足に力を入れようとした時、通信機が再び鳴り出した。
シルキーは不満と疲労と睡魔その他諸々丸出しの表情で通信機のスイッチを入れた。
『お嬢さん、同行したレイヴンは健在……なんですよね?』
「あー健在健在。ACに至っては空月より綺麗。それがどうかしたの?」
『その……レイヴンズアークから協力要請がありまして。何でも、通信が通じないらしいんですよ。
現在位置の座標ポイントだけで良いそうなので、送ってくれません?』
「はーいよ」
 巡航モードのまま、索敵システムを一時起動。ACヴィーダーの現在座標をチェック。
ヴィーダーの様子は確かに変だ。作戦は終了したというのに、一歩も動かずに立ち尽くしている。
だが、そんな事は今のシルキーにはどうでも良い事だった。座標ポイントの取得を確認し、索敵モードを終了。
 キャリアとの合流ポイントにオートパイロットを設定し、仕事後の一服。
左胸からしわくちゃの箱を出し、いつものように二本まとめて取り出す。
火を点けようと指に挟むと、煙草の色と形、そして並んだ姿から、ふと雪原に捨てた
エネルギーパックの事を思い出し、笑った。
「そっくり……」




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