――静寂。束の間の、休息。作戦開始時刻まであと数分。暗く狭い操縦席の中で、その時を待つ。
今回の我々――ミラージュの作戦は、我が社に対抗するクレスト社の前線を後退させることだ。
例の特攻兵器の飛来によって企業の力が衰退している今、これ以上の侵攻は阻止しなければならない。
例の特攻兵器の飛来によって企業の力が衰退している今、これ以上の侵攻は阻止しなければならない。
明朝、MT5機で編成された我々第一小隊がクレスト前線基地を奇襲、頃合を見計らい、後方の補給地点まで後退。
後続の第二、第三小隊を投入。その後、本隊と合流し、制圧する。
貴重な戦力を割いての大規模作戦だ。
クレスト側も疲弊している。おそらく「次」は無い。
この戦闘が企業の運命を左右するといっても過言ではないだろう。
後続の第二、第三小隊を投入。その後、本隊と合流し、制圧する。
貴重な戦力を割いての大規模作戦だ。
クレスト側も疲弊している。おそらく「次」は無い。
この戦闘が企業の運命を左右するといっても過言ではないだろう。
負けるわけには、いかない。ぎゅっと、操縦桿を握り締める。
『――ン、ザイン!』
はっ、と我に返った。
『お前らしくないな。どうした?』
コクピットに太い、男の声が響く。隊長――自分たちの部隊では、「御頭」と呼んでいる。
誰もが認める優秀なパイロットだ。
誰もが認める優秀なパイロットだ。
「いえ、問題ありません」
モニターは切ってあるのに・・・御頭には敵わないな。
『はは、こんな時に随分と余裕そうじゃないか。そろそろ時間だ。火を入れろ』
「了解」
コンソールを操作し、システムを立ち上げる。戦闘モード起動――オールグリーン。
『デルタ1より各機、以降はコールサインを使用する。時間合わせ!・・・スクリメージ!』
まだ暗い空の下、黒い機体――MT09-OWL が数機、大地を疾走してゆく――。
『目標地点到達!ECM出力最大、ECCM起動。クソッたれ共に鉛のプレゼントだ!』
「御頭」の放ったロケット弾がクレストの装甲車両を吹き飛ばす。
その爆音を皮切りに、小さな戦争は、幕を開けた。
その爆音を皮切りに、小さな戦争は、幕を開けた。
奇襲は成功したが、さすがにクレストの対応も早い。彼らも必死だ。
『こちらデルタ4!敵MTの起動を確認!カニ4、箱組み6!』
思ったより少ない・・・補給が終わってないのだろうか。
『デルタ2、バックアップに回れ!デルタ3!5!俺に続け!コード2-6E!』
『了解』「了解」
流れるように陣形を組み、各個に撃破していく――。
15分足らずで基地の制圧を完了した。が、腑に落ちない。余りにも一方的すぎる。
現在も警戒してはいるが・・・。
前線基地はもぬけの殻。ここを捨てたというのか?侵攻を諦めた?なら今の部隊は?
『・・・・・。』
「御頭・・・」
『各機、持ち場を離れるなよ。まず―――』
通信が入ったようだ。
『・・・・ッッ!やられた!全機撤退!本丸付近に敵部隊!』
『くそ!』
迂回して後続の補給部隊を叩くつもりか!情報が漏れていたのか・・・?
機体を転進させ、ペダルを思いっきり踏み込む。
機体を転進させ、ペダルを思いっきり踏み込む。
同時にアラート。哨戒に当たっていた機体から通信が入った。
『こちらデルタ5!南東に機影確認!あれは・・・!』
砂塵を巻き上げ、猛スピードで接近してくる機体。オーバード・ブースト・・・AC。
この段階でACの投入は想定外だった。レイヴンを雇う余裕がまだあったとは。
MT数機では、AC1機にすらまともに太刀打ちできない。
MT数機では、AC1機にすらまともに太刀打ちできない。
しかし、逃げ切れもしない。残された方法は、ACの撃破という、途方も無い夢物語だった。
しかも先ほどの戦闘で弾薬も消耗している。勝機は皆無だった。
しかも先ほどの戦闘で弾薬も消耗している。勝機は皆無だった。
『全機!散開して叩く!ECM出力全開!楽に攻撃させるな!』
『へへ、帰ったら奢らせてもらいますよ!』
『やけに気前がいいじゃねえか。その前に俺に借金かえせよ!』
――こんな状況でも、皆は笑いあっている。決して余裕や、自暴自棄からではない。
絶対的な信頼・・・それが安心感につながっているのだろう。
絶対的な信頼・・・それが安心感につながっているのだろう。
かつて自分が新米だった頃、それがどんなに大切なものかが身にしみてわかった。
「自分も奢りますよ、最上級のをね!」
不思議と、もう不安は感じなくなった。
『ヒューゥ、そいつぁマーベラスだぜ!』
『さっさと終わらせて帰ろうぜ!』
そのACは領域に入ると速度を落とさず、間合いに入ると上昇し、上空からライフルを放つ。
機動性が違いすぎる。視界に入れることすらできない。
機動性が違いすぎる。視界に入れることすらできない。
レーダーからマーカーが一つ、消えた。
ACは着地と同時に機体を滑らせ、降り注ぐ銃弾をかわすと、ミサイルをばら撒いた。
また、一つ。
また、一つ。
「く・・・そ!」
ようやく視界に捕らえた瞬間、また一機、ブレードで両断されていた。
ロックアラート。ACが自機に狙いをつけた。MTの小型マシンガン程度では歯が立たない。
敵はレーザーブレードを構えて接近してくる。
ロックアラート。ACが自機に狙いをつけた。MTの小型マシンガン程度では歯が立たない。
敵はレーザーブレードを構えて接近してくる。
しゃにむにトリガーを引き続ける。
もう弾は切れていた。
気がつくと自分は叫んでいた。
もう弾は切れていた。
気がつくと自分は叫んでいた。
「うわああぁぁぁぁああああ!!」
「うっさい!」
「がふっっ!!」
腹部に激痛が走る。
「(・・・夢?)」
自分が生きているということに安堵した。同時に後悔した。しばらくもがいた後、体を起こした。
脇には、腹部に衝撃を与えたであろう女性が立っていた。
脇には、腹部に衝撃を与えたであろう女性が立っていた。
「おはよ」
普通に笑顔で挨拶してくる。
「あのな・・・いくらなんでも カカト落とし はないだろ・・・」
「せっかく起こしに来てあげたのにいきなり叫ぶからでしょー?朝食、できたよ」
作ってくれと頼んだ覚えは無いが、言っても無駄なのはわかっていた。
「・・・わかったよ。着替えるから出てってくれないか」
汗びっしょりだった。
「手伝ったげよか?」
悪戯っぽく笑いながら彼女は言う。冗談に聞こえないところが怖い。
「出てけ。」
とりあえず一人になりたかった。
「はいはい・・・あーそうそう」
彼女は部屋を出る直前に何か思い出して振り返る。
「新しい依頼、承諾しといたから。8時間後に出発ね」
そして彼女はドアの向こうに消えていった。
「・・・ハァ・・・」
出てくるのはため息ばかり。行動力はあるのだろうが・・・。
やっと落ち着き、部屋を見回す。何の変哲もない、殺風景な部屋。
年頃の男の部屋とは思えないほど、キレイにされている。
壁には一枚の写真。パイロットスーツを着た数人の男達と、MTが数機写っている。その隣には写真と同じスーツがかけてある。
壁には一枚の写真。パイロットスーツを着た数人の男達と、MTが数機写っている。その隣には写真と同じスーツがかけてある。
この青年――ザイナス=ラードヴァークは、つい最近までミラージュ社のMT部隊に配属されていた。
彼は除隊したが、レイヴンになった今でも、このスーツを着て出撃している。
彼は除隊したが、レイヴンになった今でも、このスーツを着て出撃している。
着替えを済ませ、小さなガレージの中を歩く。
新人レイヴンに提供されるそれは、ランカーのそれに比べると――いや、比べることすら叶わないだろう。
まさに「必要最低限」という言葉がふさわしい。
しかし彼は、そんなココが気に入っていた。
まさに「必要最低限」という言葉がふさわしい。
しかし彼は、そんなココが気に入っていた。
階段を下り、リビングに顔を出すと、先ほどの女性が朝食を並べていた。
彼女――エルフェリア=アレスティードとは、レイヴンになる際の試験でペアを組み、以来、行動を共にしている。
互いの年も近かった(というか同じ)ということで、馬が合ったのだろう。言い出したのは、彼女だった。
彼女――エルフェリア=アレスティードとは、レイヴンになる際の試験でペアを組み、以来、行動を共にしている。
互いの年も近かった(というか同じ)ということで、馬が合ったのだろう。言い出したのは、彼女だった。
「お、来たか。ほら!今日のは結構うまくいったよ!」
料理が趣味のひとつと、女性らしいところもあり、味もなかなかのものだが、一つ問題があった。
「・・・あのさ、エルフィ。朝からハンバーグはつらいものがあるぞ・・・」
起きぬけにこのようなヘビーな食事は確かにきつい。だが、問題はそこではなかった。
「そして・・・なんだ『これ』?何でハンバーグに尻尾が生えてるんだ?」
本来ハンバーグにあるはずのない、魚の尻尾のようなものが、端っこから突き出していた。
頭は見当たらない。それがまた不気味さを出していた。
頭は見当たらない。それがまた不気味さを出していた。
「え?ザインはサンマ好きじゃなかった?」
彼女はしばしば、オリジナルレシピを編み出していた。
しかし、彼の記憶の中で、まともだったものは思い出せなかった。
が、不思議と味はよかった。
しかし、彼の記憶の中で、まともだったものは思い出せなかった。
が、不思議と味はよかった。
「・・・で、依頼内容は?」
ハンバーグ(仮)を口に運びながら、問う。
「えーっと・・・クライアントはミラージュ。武装勢力の位置を特定したから来るまえにやっつけちゃって。
だってさ。報酬はねー・・・70000c。」
だってさ。報酬はねー・・・70000c。」
特攻兵器飛来からまもなく、各地でテロリストの行動が激化してきている。
企業は、特攻兵器に対処しつつ、同時に人間を相手にしなければならなかった。皮肉な話である。
企業は、特攻兵器に対処しつつ、同時に人間を相手にしなければならなかった。皮肉な話である。
ガレージに足を運ぶ。整備は終わっているので、作業員はいない。
足音が小気味よく響く。足を止めると、世界が音から切り離された。
日差しの中、鈍い光を発して静かにたたずむ二機のAC。
足音が小気味よく響く。足を止めると、世界が音から切り離された。
日差しの中、鈍い光を発して静かにたたずむ二機のAC。
その片方、MTをほうふっとさせる、黒く塗装された機体――ヴェリタス。
「真実」と名付けたその機体を見上げ、見つめる。しばらくして、彼女が来た。
「真実」と名付けたその機体を見上げ、見つめる。しばらくして、彼女が来た。
「どしたの?」
パイロットスーツの襟元を正しながら、静寂の中に透き通る声を響かせる。
「いや・・・さぁ、輸送機が来る前に出ておこう」
リフトに乗り、機体背面の搭乗ハッチまで上る。
シートに座り、システムを起動させる。機体が、目を覚ました。
シートに座り、システムを起動させる。機体が、目を覚ました。
『システム 通常モード 起動します 』
淡々と、抑揚の無い音声が機体の状況をモニターに映し出す。
側面モニターに目をやると、彼女が愛機に乗り込むところが見えた。
薄い桃色で塗装され、曲線を主体に構成された機体。
「アストロメリア」と名付けられたその機体は、どこか女性らしさを感じさせる。
名前の通り、花のようだった。
側面モニターに目をやると、彼女が愛機に乗り込むところが見えた。
薄い桃色で塗装され、曲線を主体に構成された機体。
「アストロメリア」と名付けられたその機体は、どこか女性らしさを感じさせる。
名前の通り、花のようだった。
『――異常なし、じゃ、いこっか。』
「ああ」
上面のハッチが開き、リフトが上昇する。やわらかな日光がガレージにふりそそぐ。
数分後、彼らを乗せた輸送機が飛び立った。