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 捕虜は四人いた。
 だが一人として情報を吐こうとしない。
 時間を掛け、ゆっくりと拷問をかけていけば、連中は洗いざらいぶちまけるのだろうが――今欲しい情報には、賞味期限がある。
 なるだけ早く手に入れておきたい。悠長にしている暇はないのだ。
 しかし――連中は吐かない。
 恐らく、彼らも情報の賞味期限は知っているのだ。それまでは、なんとしても隠し通そうと意固地になっている。
 やっかいな状況だった。
「……どうしたものか……」
 年輩の尋問官が、自身のデスクで呟いている。
 と、彼の部下が近づいてきた。

「失礼します」
 そう言って、敬礼。その後、用件を報告した。
 部下曰く、「今すぐ情報を吐かせられる人を知っている」ということだった。
 尋問官は半信半疑だったが――部下の言葉を信じ、その人物を連れてくるよう命じた。
 この部下は、新参であるが特に優秀であり、普段から何かと信頼を置いていた。
 それに――形式上『尋問官』という役職にいるが、年輩の尋問官自身には、尋問の経験はほとんどない。人材不足から、たまたま『尋問官』という役割が回ってきただけなのだ。
 だから、尋問のエキスパートが別にいるというのであれば、素直にコトを任せるべきだった。
「分かりました、連れて参ります」
 部下はきびきびと一礼し、その場を後にした。
 そして数分後、その男はやってきた。
 気味が悪いほどの長身で、側に立つ部下が子供のように見える。黒のスーツに短くカットされた黒髪と、身なりはきちんとしているので、人格はまともなのだろうが――それでもどことなく、薄ら寒い気配を纏っていた。
 実際、男は紳士じみた微笑を湛えてはいたが――その笑みは、どこか歪んでいるようにも見える。
「早速やりましょう」
 男の言葉に、尋問官ははっと我に返った。
 じろじろと見た無礼を詫び、男を尋問室に――いや、拷問部屋に案内した。
 拷問部屋とは、四メートル四方の小部屋だった。何もなく、がらんとしている。
 平時なら色々な『設備』があるのだが、今は別室に移されていた。
 中に入ると、男はどこか人形めいた視線を部屋中に這わせ、
「……いいでしょう。ここに、その四人を呼んで下さい」
 と言った。
 尋問官は言葉の通りに、捕虜の四人を連れてくるよう命じた。

 五分ほどで、全ての捕虜が壁際に並べられた。全員手錠を付けられ、体中に傷を負っていたが、それでも意志の強そうな瞳を保っている。
「……これから、どうするのです?」
 尋問官が訊くと、男はおもむろに、捕虜の一人へ歩み寄った。
 どこか優しげな口調で、
「情報を。拠点の兵力、作戦の概要、『レビヤタン』とは何のことですか?」
 一連の質問にも、捕虜が応える気配はなかった。
 男は頷き、懐から『何か』を取りだした。
 何気ない動作だった。
 少なくとも――とても、人を殺す動作には見えなかった。
「じゃあいいです」
 パス、と気の抜ける音がした。
 一拍置いて、捕虜が倒れる。床に頭蓋骨が打ち付けられる音の方が、銃声よりも大きかった。
「……なっ」
 撃った。殺した。
 その事実に焦る尋問官だが、男は構わず別の捕虜に向き直った。
「あなたは?」
 優しげな口調なのが、かえって恐ろしかった。
 その捕虜は震えながらも、
「……知らない」
「そうですか」
 男はその捕虜も殺してしまった。
 残りは、あと二人だ。
 殺された二人と比べてると、残された二人はかなり若かった。恐らく二〇代だろう。

「……さて」
 男はその二人を交互に見てから、思いついたように、
「そうだ。先に情報を吐いた方を、助けてあげましょう。早い者勝ちです」
 途端、二人の表情が変わった。
 驚いた面持ちで、お互いの顔を見あう。
 その後、片方は尚も逡巡し、もう片方は素早く決断した。
「はい、喋りますっ」
 逡巡してしまった方は、痛恨の表情を見せた。
 一方、決断した方は矢継ぎ早に、拠点の状況、場所、『レビヤタン』に関する知識をぶちまけた。
 尋問官は、それらを部下にメモさせた。十分すぎるデータになった。
 尋問官は、やっとこの『尋問』が終わると安堵したが――そう簡単にはいかなかった。
「……これで全部だ、どうだ、満足してくれたか?」
 捕虜の言葉に、男は満面の笑みを浮かべた。
 ぞっとするような笑みだった。
「この嘘つきめ!」
 三度目の銃声がした。
 三人目の捕虜が、ゆっくりと、仰向けに倒れる。
 これで、残されたのは一人となった。
 男はその一人にも銃口を向けて、
「君も……嘘つきかい?」
 最後の一人は悲鳴をあげた。
「本当だ! 今のは、全部本当だったぞ!」
「……そうなのかい?」
「そうだよ! だって……」
 パスッ、というささやかな音がした。
 四度目の銃声だ。
 最後の捕虜が、がっくりと俯せに倒れる。その死体を中心に、血溜まりが広がっていく。

「……情報は、吐かせましたよ。この様子ですと、真実でしょう」
 もはや言葉も出ない尋問官に、男が向き直った。
 どこか愉しげに、
「分かりましたか? 今のが、尋問の基本です。まず第一に、『どうせ殺されることはない』という甘えを捨てさせること。第二に、『分かりやすい条件を持ちかけてやること』。
コツはこれだけ、簡単でしょう?」
 男は笑った。
 ハ虫類じみた笑顔だった。
 尋問官が尚も言葉を発せずにいると、男は思いついたように、尋問官にも銃を突きつけた。
「ひっ」
 尋問官の口から、裏返った声が漏れる。
 男は苦笑し、銃口を天井に向けた。そのまま、何度も引き金を絞る。
 しかし、弾は一発も出なかった。
 男はマガジンを抜き、何回かスライドを操作して見せる。
「冗談ですよ。弾切れです、撃てやしません」
 そう言われても、尋問官に安堵した様子は見られなかった。
 どころか、きっと彼はこう思っているだろう。
 ――この男は、もし弾が残っていれば、撃っていたのではないか?
 その心情を知ってか知らずか、四人を殺した男は曖昧に笑うと、さっさと部屋を出てしまった。
 後には尋問官とその部下、そして四人の死体だけが残されている。

 レイヴン『オメガ』。快楽殺人者。
 尋問官が男の正体を知ったのは、それから数時間後だった。


     *


 オメガは、悪くない気分で基地の通路を歩いていた。
 手には銃を撃った感触が残り、脳裏には捕虜達の死に様が焼き付いている。
 そしてそれらが、オメガを笑顔にさせていた。
(たまらないな)
 殺しをした後は、いつもこうだった。
 津波のような征服感と、開放感。空っぽだった体に、何かが満たされていく感覚。
 アップ系の麻薬をキメた時でさえ、これほどのものは味わえない。
「……これだから、この仕事はやめられない」
 そう呟いたところで、後ろから声を掛けられた。
「邪魔するぞ」
 高揚感に水を差す、低く、しわがれた声。
 オメガは一発で誰か分かった。
(嫌な奴が来た)
 そう思ったが、態度にはおくびも出さない。
 親しげな笑顔を張り付け、ゆっくりと振り向いた。
「これは、烏大老。ご苦労様です」
 言われても、老人は特に反応を示さなかった。
 オメガより頭一つほど低い位置から、闇色の瞳が静かに見つめ返してくる。
「仕事だぞ」
 大老は、簡潔に告げた。
 ぞんざいな口調に、オメガの眉がほんの少し吊り上がったが――大老は気づきもしない。

「作戦名は輸送部隊撃破。サークシティから物資を強奪した勢力が、逃亡を図っている。そこを叩け。
AC二機ほどが妨害に現れる模様だ」
 そこまで言って、大老は数枚の書類を差し出した。
 詳細はこれを見ろ、ということだろう。
 オメガは大げさに肩をすくめ、
「一仕事こなした後、また依頼か。仮眠をとる隙もない」
「断るか?」  オメガが笑みを深くした。
 紳士然とした仮面から、暴虐の気配がはみ出した。
「……まさか。私を誰だと思っている」
「受けるのだな」
 大老は頷くと、書類を手渡し、そのまま踵を返して立ち去った。
 オメガはその背中が角に消えるのを待ってから――ふんと鼻を鳴らす。
「ロートルが」
 吐き捨て、オメガは渡された依頼文に目を落とした。
 作戦領域は、旧ナイアー産業区。ACが二機ほど確認されているらしいが、依頼文にも、機体名やレイヴン名は書かれていなかった。
 どうやら、まだ判明していないらしい。
(……まぁ、いいか。分からなくても)
 オメガはそう割り切った。
 普通のレイヴンでは、まず考えられない軽薄さだが――オメガには、そうしていられるだけの根拠があった。
(なにせ……俺には、『こいつ』がある)
 オメガは首筋の辺りに手をやった。
 骨とは別に、ごつごつした感触がある。その辺りに、何かが埋め込まれているのだ。

「今日も頼むぞ。調子はいいんだろう?」
 呟くと、答が返ってきた。
 聴神経を介さず、脳に直接告げられる答は、
 ――イエス。
 オメガは、その返答に気をよくした。
 その気分のまま、ガレージへ歩き出そうとして――止まった。
 信じられないといった面持ちで、胸の辺りに手を当てる。
 そこには、つい先程まで殺人による充足感があったはずだが――今や、何もなかった。
 開放感や征服感で満たされて心が、今やぽっかりとした空洞を晒している。
 寒々とした寂寥感が、胸を蝕んでいた。
(……畜生め)
 舌打ちした。
 充足感の後に、この空虚感がやってくることはいつものことだが――最近、特にそのローテーションが早い。
 満たされたと思っても、すぐに荒涼とした虚無がやってくる。
「燃料が必要だ」
 呟き、オメガはガレージへと向かった。
 まだ見ぬ敵レイヴンに、陰鬱な思いを馳せながら。


     *


 オメガと別れた後、大老はすぐに自室へ引き返した。
 デスクに座り、受話器を取る。
 特別なダイアルをプッシュし、バーテックスの本部――それも、ジャック・Oの執務室にのみ通じている、直通回線を呼び出した。
「烏大老だ」
 言うと、渋い声が応じた。
 聞き間違えるはずがない。ジャック・Oの声だった。
『……君か。首尾はどうだね』
「オメガは任務に出る。遠からず、例の二人と接触するだろう」
『ふむ……彼は、今回の敵にケルベロス・ガルムがいることは?』
「知らないだろうな」  大老は断言した。
「彼らは、どうやら旧知の仲のようだが……それだけだ。今もパイプを持っているとは考えにくい。
ガルムの方は分からないが……少なくとも、オメガがガルムの動向を把握しているということはないだろう。
無論、依頼文にも書いていない」
 これは、契約に反することだった。
 バーテックスは、専属レイヴンに全ての情報を開示することを、事前に約束している。

 だが、大老に悪びれた様子は少しもなかった。
 恐らく、ジャックにしてもそうだろう。
 彼らはバーテックスの本当の目的を知る、数少ない人員なのだった。
『そうか……ご苦労だったな』
 ジャックは、ひとまず大老を労った《ねぎらった》。
 そうしてから、ふと純粋な興味を滲ませる。
『ところで、君の目から見て、オメガはどうだね』
 大老はすぐさま応じた。
 この状況で訊かれることは、一つしかない。
「期待はしていない。オメガがドミナントとは思えない」
 ジャックからの返答はなかった。
 理由を述べる時間を与えられた、と判断し、大老は率直に告げた。
「快楽殺人者――そんなものが、のうのうとしていられるほど、戦場は優しくない。
そんな連中は、本質的には弱者だ。ノミの心臓に、本物の力は宿らない」
 大老の口調は、きっぱりとしていた。
 それは四〇年に渡るレイヴン経歴で、大老が掴んだ実感なのだろう。
 ジャックは試すように言った。
『彼には、あの装置がある。延髄と脊髄の合間に埋め込まれた、演算機だ。君も知っているだろう?』
 ジャックの言葉に、大老は目を細め、全方向に注意を向けた。
 少しの間耳を澄ませて、部屋は本当に大老一人か、外で聞き耳を立てている者がいないか、確かめる。
 そうしてから、ようやく会話に戻った。

「……『未来の予測』、か。実際は、どの程度の代物なのだろうな」
『それは、分からんね。だからこそ、オメガを闘わせ、その映像を実際に見てみる必要がある。
オメガの動きを見てみれば、その「未来を予測する装置」――いや、いっそ「予知能力」としようか――「予知能力」がどの程度の代物か分かるだろう』
 そして、その予知能力が本当に正確であるのなら――オメガは、とてつもない実力者ということになる。
 戦闘において、未来の情報にはそれだけの価値があるのだ。
 しかし、
「期待はできんな」
 大老は、尚も否定的だった。
 レイヴン歴の長い彼にとっては、信じがたい話なのだろう。
 そんな副官の様子に、ジャックは苦笑混じりに切り出した。
『……そういうがな、烏大老。そもそも君は、快楽殺人者が戦場に存在できると思うかね?』
「なんだと?」  思わぬ質問に、大老は聞き返した。
 ジャックは構わず、
『普通は、無理なのだよ。戦場では、自分の命が掛かってる。
そんな極限状態の中で、のんびりと殺人を愉しむのは――相当な精神的余裕がないといけない』
「……『予知能力』が、オメガにそれだけの余裕を与えていると?」
 頷く気配があった。
 ジャックは、深い知性と洞察を感じさせる口調で、
『可能性はあるだろう。「予知能力」は、大きなアドバンテージだ。命綱といっていい。
「いざとなれば、この予知能力がある」……その思いが、オメガに殺人を愉しむほどの、享楽殺人者たりうるほどの余裕を与えているのかも知れない。
とすれば……奴の「予知能力」は、それほどまでの信頼性がある、ということだ』
 電話の向こうで、パラパラと紙をめくる音がした。
 会話しつつも、ジャックは何らかの資料を参照しているらしい。

『……何より……奴のミッション達成率は未だに100%だ。実力派レイヴンと相対した経験は……皆無だが――それでも、「予測能力」が一定の能力を持っていることは確かだろう。
でなければ、これほどの成績は出ない。エヴァンジェでさえ、不可能だった』
 大老は、ジャックの――総帥の言葉に、長く息を吐き出した。
 ジャックの深い『読み』は、人生経験の長い大老をして、感服せしめるものだったのだ。
 大老よりもずっと若く、経験もない人間が聞けば、たまらず敬服していただろう。
『可能性は、あるだろう?』
 言われ、大老はゆっくりと口を開いた。
「なるほどな。しかし、それも……」
 大老は、それ以上言おうとしなかった。
 いずれにせよ、これ以上の考察は、結果を待たなくてはいけない。
 ジャックもそれを察したのか、早々に会話を締めくくった。
『……そうだな。 いずれにせよ、今回でお手並み拝見だ。
願わくば、輸送車もAC二機も全破壊する、ぐらいして欲しいものだがね』
 大老は、それがどれだけ困難な目標か知っていた。
 知りながらも、「そうだな」と応じ、受話器を置いた。


     *


 ナインボール。
 かつて、そう呼ばれた無人ACがいた。
 そして、とんでもなく古い遺跡から、そのナインボールという機体が発見された。
 保存状態は、極めて良好だった。燃料を注入し、幾つかのパーツを交換すれば、すぐにでも動く状態だったという。
 旧世代に傾倒する企業達にとって、これはまさしく宝箱だった。
 中には金銀財宝の代わりに、魅力的なテクノロジーが沢山詰まっている。
 無論、発見者であるキサラギも、すぐさまそのナインボールの技術を解析した。
 完遂には十年もかかった。
 だが技術のキサラギは、最終的にナインボールのAI、その一部分をコピーするところにまで行きついた。
 そして、そのコピーした部分こそが――『未来の予測』に関するところだった。
 ナインボールの無敵さは、どうも『先読み能力』が優れていたことに、起因しているらしい。
 この能力が優れていれば、相手の動きが予測できる。常に、相手の裏をかける。
 特に、ナインボールの先読み力は尋常でなく――あるデータによれば、ほとんど予知に近いレベルだったという。
 裏をかえせば、それぐらいでなければ、レイヴンを相手に無敵伝説など作れない、ということだろう。
 オメガは強化人間手術の際、そのナインボールの『先読み能力』を、首筋に埋め込まれた。
 首筋から延髄の辺りに、ナインボールの強さを支えたAI、その一部分が実装されているのである。
 これは、何よりも心強いことだった。

 自分に太古の最強ACが宿り、常に的確な指示をくれるのだ。
 だから――
(たまらないな)
 愛機に乗り込み、目的地へと向かう今も、オメガの表情に緊張は見られなかった。
 ばかりか、戦場に行く者としての、最低限の『気負い』すら見受けられない。
 彼の顔に浮かんでいるのは、無力な獲物を前にしたときの、陰湿な笑いだけだった。
(……まず、どうしようか。何が出てくるのかにもよるが……)
 殺す算段をしながら、オメガはスティックを左に捌いた。
 重量逆関節に、これでもかと実弾武装を施したAC――クラウンクラウンが、街路を左に曲がる。
 その次の角は、右へ。その次も、右へ。四度目の角は、左へ。
 灰色のビルが立ち並ぶ、迷路のような空間だったが、オメガのスティック操作に迷いはなかった。
 周辺地図は、脳に直接叩き込まれている。強化人間の特権だった。
「あと、少しか……」
 オメガは上唇を舐めた。
 脳内の地図によれば、目的地も近いのだ。少々早い到着になるだろうが――そこでようやく、殺しが始められる。
 オメガは唇を歪め、ポツリと呟いた。

「……楽しみだなぁ」
 快楽殺人者――オメガにとって、戦闘は一方的な『殺し』だった。当然だ。予知能力がある限り、オメガは圧倒的に有利なのだから。
 そして、彼にとっての『殺し』とは、いわば『酒』なのだった。
 殺しの快感が、自分を酔わせてくれる。
 常に感じる空虚感を、寂寥感を、上手に誤魔化してくれるのだ。
 だが一度酔いが醒めてしまえば、再び薄ら寒い虚無と向き合わなければならない、という欠点もあった。
 それが嫌だった。どうしても。
 幼い頃よりじっくりと育んできた、心の空洞。胸に広がる、荒涼とした虚無感。
 自分には何もない。
 その思いを直視していると、焦燥感が身を焼き尽くそうとする。
 そこから逃れるためには――もう一度酔うしかない。
 それが、オメガがずっと繰り返し、蓄積していった、虚無と共存するノウハウだった。
「……行くか」
 呟き、ブーストペダルをさらに強く踏み込んだ。
 クラウンクラウンが、眼前のトンネルへ向けて加速していく。
 それを抜けた先にあるのが――目的地、旧ナイアー産業区のはずだった。


     *


 オメガは旧ナイアー産業区へとやってきた。
 長いトンネルを走り抜け、並木のように立ち並ぶビル、その谷間に愛機を静止させる。
「到着した」
 基地に連絡すると、すぐに答が返ってきた。
『了解した、オメガ。さすがに早いな』
 その言葉に、オメガは口元を歪めた。
 操縦服を着込み、ACに乗り込んでから、目的地到達まで僅かに十分。距離を考えれば最速に近いタイムだった。
 オメガは満足げに鼻を鳴らし、しかし言葉にはそんな気配は微塵も出さず、
「……なに。私には造作もないことだ」
『どうも、そうらしいな。大したものだ』
「……それより」  オメガはレーダーに目をやった。
「敵は? 周辺には、何の反応もないぞ」
『本当か?』
 怪訝そうなオペレーターに、オメガは請け負った。
「本当だとも」
 クラウンクラウンのレーダーには、自機以外何も表示されていなかった。
 オメガが早く来すぎた、ということを差し引いても――周辺二キロをカバーする、広範囲レーダーにまで何も映らないというのは、あまりにも奇妙だ。
 バーテックスが、作戦領域の設定を間違えた可能性さえある。

 オペレーターは不思議そうに、
『……分かった。すぐ周辺を調べて……』
「早くしてくれ。私は待つのが嫌いなんだ。このままいつまでも何も来なければ、腹いせに、周りのビルでも破壊してしまうかも知れない」
 オペレーターが驚くのが気配で分かった。オメガなら本当にやりかねない、と彼は知っているのだろう。
 オメガは意地の悪い笑みを浮かべる。
「いやだな。冗談だよ、冗談」
『じょ、冗談……?』
「そうだ。もっとも、待つのが嫌いなのは本当だがね」
 言うと、オペレーターが慌てて応じた。
『わ、分かった。すぐやる。待たせたりしない』
 その言葉の通り、オペレーターは十秒ほどで周辺の解析を終えた。
 正面のメインモニターに、解析結果が転送されてくる。
 オメガはそれを眺めて――
(なんだ、これは)
 眉をひそめた。
 今回のミッションは、旧ナイアー産業区を通過する、敵輸送部隊を撃破しよう、というものだ。
 オメガはその輸送部隊を待ち伏せするため、早めに目的地へやってきたのだが――どういうわけか、輸送部隊の進行が遅いのである。
 すでにオメガは旧ナイアー産業区に到着しているというのに、その輸送部隊はまだアレーヌ居住区――ここより数キロも離れた地点をうろうろしていた。
 オメガが早く来すぎた、ということを差し引いても、尋常でないスローペースだ。
 距離が離れすぎているので、レーダーに映らなかったのも頷ける。
 バーテックスは、本拠地から追撃部隊を派遣したらしいが――このままでは、オメガの所へ辿り着く前に、その追撃部隊に捕まってしまうかも知れない。
『こいつはひどい』
 思うところは、オペレーターも同じのようだった。
 呆れた調子で、
『何考えてるんだ。この輸送部隊のアタマは、相当なボンクラだ』
 だがその直後、オペレーターの口調が一変した。
 コクピット内に、警報が鳴り響く。
『輸送部隊から、反応が二つ分離! ACだ! 二機のACが、そっちに向かってる!』
 どうやら、敵は待ち伏せに気づいたらしい。
 戦力を先行させて、罠を破っておこうと考えたのだろう。
(だがそれにしても、AC二機とは……)
 予想外の戦力に、オメガは正直驚いていた。
 だが、それだけだった。
 彼の表情には恐れも、気負いさえもない。
 目は冷酷に細められ、反面口元には愉しげな笑みが刻まれている。
 『戦闘』ではなく、一方的な『虐殺』を愉しむ者の表情だ。
(そうとも。そもそも『これ』があれば、負けることなど……)
 首筋を撫で、上唇を軽く舐める。
 スティックを握り直す。
 両脚がうずうずと揺れ始めた。
『一機が速い! 二機目に先行して、そちらに到達する! 距離、後300!』
 満を侍して、オメガはシステムクラッチを踏みつけた。

『メインシステム 戦闘モード 起動します』

 メインカメラに空色の灯が点る。
 と同時に、突き当たりのトンネルから何かが飛び出してきた。
 それは勢いそのままに、こちらへ突っ込んでくる。
 強化人間の動体視力が、その正体をはっきりと捉えた。
 ほっそりしたフレーム。そんな中で目だつ、鋭角的に迫り出したコア。左手にはショットガンを持ち、右腕には――射突型ブレードを備えている。
(METIS――ムームか……!)
 一瞬で看破し、オメガはトリガーを絞った。
 METISはマシンガンの集中豪雨に晒され、あっけなく前進を中断、慌てて――それでも妙にぎこちない動きで――ビルの陰に隠れていった。
「ひどい動きだ」
 笑い、オメガはクラウンクラウンを跳躍させた。
 逆関節のジャンプ力にものを言わせ、一つのビルを飛び越える。
 そして飛び越えた先は――丁度METISの頭上だった。
 すぐさまサイトを下に向け、軽量ACをロック。グレネードを容赦なく打ち下ろした。
 クリーンヒットし、気持ちがいいほどの爆発が敵の頭部を吹き飛ばす。
『しまったっ』
 敵レイヴンの悲鳴に、オメガは嗜虐心が満たされるのを感じた。
 知らず、口元が緩む。
「いいね」
 言いつつ、機体を着地させた。METISの正面である。
 本当は、もっと長い間頭上という死角を占有できたのだが――それでは、あまりにも『狩り』がつまらない。
 METISはその慢心を見逃さず、すぐさま突っ込んできた。
 大威力の射突ブレードを、限界まで振りかぶっている。
『ち、近すぎる! 何をやってる!』
 オペレーターが悲鳴を上げた。甲高い警告音が鳴る。
 だがオメガは慌てず騒がず、突っ込んでくるMETISをただ見続けた。いや――観察した。
 と、脳裏で何かが弾けた。
 首筋に埋め込まれたチップが、脅威的な速度で演算を開始する。
 相手の速度。距離。進行方向。果ては気温や湿度まで。
 そういったありとあらゆるデータを加味して、ナインボールのAIチップはMETISの動きを予測した。
 オメガはその予測に従い、機体がほんの少し左へ動かした。
 そしてそれだけの動きで、射突ブレードは回避される。
 鋼鉄の杭は、クラウンクラウンの脇の下をすり抜けてしまっていた。

『何だと……』
 METISのパイロット――ムームが、呆然と呟いた。
 今の攻撃が最後の切り札だったのだろう。
 だが――その自信をへし折った。己の力で。
 オメガは満足げに笑う。  ――まったく、たまらない。
 今の能力こそ、オメガの真骨頂だった。
 脳に埋め込まれたチップにより、相手の動きを予測できる。しかも的中率は高い。予知能力のようなものだった。
(……他のプラス《強化人間》の連中が、これを付けないのが不思議なくらいだ)
 優越感に浸りつつ、右腕のガトリングをMETISに突きつけた。
 さすがに、もう遊ぶつもりはなかった。敵ACはもう一機いるのだ。いつまでもMETISを生かしておけば、二対一になってまう。
(名残惜しいが……)
 トリガーの指に力を込めた。
 だが――そこで止まった。
 トリガーが引けない。意に反して、人差し指が動かない。
 ばかりか――体そのものが、痺れたように動かない。
 歪んだ笑みのまま硬直するオメガに、ムームから声が来た。
『まだだ……!』
 はらわたが煮えくり返るような怒りを、無理矢理一言へ圧縮する。
 そんな声だった。  知らず、喉がごくりと鳴る。
『死ね……』
 眼前のMETISが、射突ブレードを振りかぶった。
 隙だらけの挙動。とろすぎる予備動作。
 普段のオメガなら簡単に回避し、カウンターを見舞うことが可能だった。
 だが、今は違った。
 信じがたい事に、足が竦んでいたのだ。
「う、うわぁっ」
 裏返った悲鳴をあげ、オメガは機体を後ろにダッシュさせた。
 直後、METISが射突ブレードを繰り出した。
 鋼鉄製の杭が、コアの数センチ先まで伸びてきて――ギリギリで止まった。
 あと少し反応が鈍ければ、コクピットを剔られていただろう。

(た、助かった……)
 安堵しつつ、バックダッシュで間合いを取った。
 そうして安全圏に脱してから――ようやく、まともな思考がスタートする。
(……待て)
 オメガの顔から、すっと一切の表情が消え失せた。
 自分は何をやった。
 逃げた? この程度の相手を怖れた、だと?
 このオメガが、気圧され、尻尾を巻いて逃げだしたというのか。
「……なんだとくそっ」
 屈辱だった。かつてない失態だ。
 恐怖の反動で、ぐつぐつと怒りが沸き上がる。
 顔が悪鬼のように歪む。
 だがそんな怒りの奔流の中――奥底に、妙な感情が芽生えた。
 微かな羨望、劣等感、そして嫉妬だ。
 オメガはわけが分からなくなった。
 この自分が、METISのどこにそんな感情を抱くというのか。
 苛立ちで胸が爆発しそうになった。
(くそっ)
 全ての疑問を振り切るように、オメガはブーストペダルを踏みつけた。
 全速力でMETISに殺到する。
 これ以上、このACを生かしておきたくなかった。
「ふざけやがって!」
 オメガは肩のチェインガンから、景気よく弾をばらまいた。
 METISは慌てて回避行動に入るが、そんなもので避けきれるはずもない。
 METISの軽量装甲に、次々と弾丸が突き刺さっていく。
(……生意気な真似をしやがって……!)
 と、METISが動きを止めた。
 被弾反動で動けなくなったのだ。バランサーである頭部を失った状態で、チェインガンを貰い続ければ――いつかはこうなる。
 オメガはそのチャンスを見逃さなかった。
 クラウンクラウンが、左グレネードをMETISへと向ける。
「死ね」
 トリガーを、引いた。
 砲口からグレネードが吐き出され、一直線にMETISへと迫る。
 だがその進路上に、突如として巨大な影が現れた。
 その巨体は、METISの代わりにグレネードを受け止める。
 閃光、そして轟音。
 一撃でMETISの頭部を吹き飛ばした爆発が、現れた巨体を直撃した。
 オメガは撃破を確信したが――すぐに、唖然とした。
 一つ目の理由は、もうもうと立ちこめる黒煙、その中から進み出てくる巨体――いや、ACにダメージを受けた様子がなかったことだ。
 コア表面に焦げ目が着いている程度で、腕部、脚部、頭部、コア、どこも損傷した様子はない。恐ろしく固い機体だった。
 そして二つ目の理由は――そのACが『ニフルヘイム』という名前であり、知り合いの愛機であるからだった。
「……ガルムか?」  オメガは確認するように呟いた。
 だが、誤認のはずもない。
 重量二脚に、でっぷりしたコア、角張った腕部、平べったい頭部。それらが紫一色に染め上げられている。
 これほど特徴ある機体を、見間違えるはずもなかった。
『ああ。そっちは、クラウンクラウン……なるほど、オメガか』
 案の定、あっけなく肯定が返ってきた。
 オメガは心底驚いて、
「……ガルム。見ないと思ったら、そんなちっぽけな勢力にいたのか」
『ちっぽけとは、心外だな』
「ちっぽけさ。どうしてそんな場所にいやがる。ジャック・Oはお前を捜してたぞ」
 一連の言葉に、ガルムが笑った。
『こっちの勝手だ。ついうっかり、いい女を見つけてしまった』
 誇らしげな口調だった。
 実のところ、オメガも大体の所は察していた。
 ムームとガルムが、一緒に現れたこと。あのケルベロス・ガルムがムームを庇ったこと。何より、事前情報もその可能性を示唆していた。
 だが心のどこかで、認めたくなかったのだ。
「……惚れでもしたのか」
 諦めたような口調で言うと、ガルムは認めた。

『そうだ。だからバーテックスの誘いは、断らせてもらった』
 その口調には、数年前の荒々しさなど欠片もなかった。
 心の拠り所を見つけ、そこに尽くすことを誇りとしている者の口調だった。
 そこには、かつての面影など少しもない。
 数年前、似たもの同士でタッグを組んでいたのだが――その時は、オメガと同じような空気を纏っていたはずだ。
 だが今は、彼の言動にまとわりついていた、倦怠感、苛立ち、そして虚無感は綺麗に一掃されている。
 かつてのガルムが、有り余るエネルギーを持て余すチンピラだとすれば――今のガルムは、そのエネルギーを残らず『ムームを守ること』につぎ込んだ、素晴らしく立派な騎士だった。
「……そうか」
 ざわり、と心が波立つのを感じた。
 先程ムームに感じた、羨望、劣等感、嫉妬が、より強い形で再来した。
 三年の間に、この男はここまで変わった。それほどのものを手に入れたらしい。
 それに引き替え――自分は。
 オメガはその先の思考を、死に物狂いで千切って捨てた。
 貯め込まれた劣等感は、そのまま怒りと憎しみに雪崩れ込んだ。
「今は敵同士だ。殺す」
 殺せば、全てチャラにできる。
 そう念じ、オメガはブーストペダルを踏みつけた。
『お互いレイヴンだ。容赦はしないぞ』
 ニフルヘイムも両手の武器を構え、迎撃の体勢をとる。
 だが、クラウンクラウンは空中に飛び上がり、ニフルヘイムを飛び越えてしまった。
 面食らったような声が、ニフルヘイムから漏れてくる。
 だがすぐに、危機的な悲鳴に変わった。
『まさか……!』
 ガルムの声を笑いつつ、オメガは機体を着地させた。
 ニフルヘイムの遙か後方、METISの背面である。
 驚き、硬直するMETIS、その背中にクラウンクラウンは右腕のガトリングを突きつけた。

「お前からだ」
 途端、ガルムが叫びをあげた。
 ニフルヘイムがOBで突っ込んでくる。
 現在の位置関係では、ニフルヘイムはクラウンクラウンを攻撃できないのだ。なにせ、二機の間にはMETISがいる。クラウンクラウンを撃てば、丁度METISに当たってしまうのだ。
(予想通りだ)
 オメガはほくそ笑んだ。
 首筋の予知機能――『チップ』が予想した通りの成り行きだったのだ。
 オメガはすでにロックしてあった背部のミサイルを、連動ミサイルと絡めてニフルヘイムに撃ち放った。
 連動ミサイルも、背部のミサイルも、上手い具合にMETISを左右から迂回した。そういう機動のミサイルなのだ。
 驚いたのはガルムだ。
 METISの裏側から、突如大量のミサイルが飛来したのだ。
 そして、OBの機動はあまりにも単調で、ミサイル回避は不可能だ。
 結果、ニフルヘイムに全てのミサイルが直撃した。
 熱暴走したに決まっていた。
 今が絶好のチャンスだった。
『ガルム!』
 ムームの叫びをあざ笑うかのように、オメガは機体を跳躍させた。
 空中でEOを起動、チェインガンとグレネードを構える。そのまま、紫の巨体に銃弾の雨を降らせた。
 さすがに重装甲であり、すぐには死なない。
 だが、明らかに効いている。
 十秒ほどで、ニフルヘイムの脚部とコアから、黒煙が吹き出した。
(もう一押しだ)
 思ったところで、ぞっとするような声がきた。
『やめろっ』  決して大きな声ではなかった。
 だが、ずしりと胸を圧迫する気配があった。
 声の主は――またもムームだ。
 オメガの中で、何かが激しく軋みを上げた。
「また貴様か!」  オメガは標的をMETISに移した。
 空中で方向転換、METISに向き直ると、新たにミサイルを構えた。高威力のミサイルを、空中から降らす予定だった。
 だがミサイルがロックを開始した時、オペレーターから声が来る。
『オメガ! ACは放っておけ!』
 信じられない指示だった。
 無視しようと思った。
 しかし、次の言葉がオメガを引き留めた。
『作戦失敗になる! 輸送車を破壊するんだ!』
 オメガは慌てて、遠方の交差点に目をやり――愕然とした。
 十字路を、小型のトラックが駆け抜けていく。それも、次々と。かなりの速度だ。
(あの一台一台が、輸送車だと……?)
 だとしたら、今行かないと間に合わない。
 オメガは機体を地上に戻し、ブーストペダルを踏みつけた。
 クラウンクラウンが、輸送車を地上ブーストで追いかける。
「……輸送車はトレーラーじゃなかったのか? 話が違うぞ!」
 言うと、オペレーターが悔しそうに応じた。
『恐らく、トレーラーの中に、小型の車両を隠していたんだ。今高速で走っているのが、その小さい方の車両だ。トレーラーは、恐らく途中で乗り捨てたんだろう』
「何でそんな真似を!」
『恐らく……完全に逃げ切るためだ。小型車両は、足が速くて小回りが利く。幅の狭い裏路地も走破できる。逃げるには、こちらが有利だ。
後……どうも、乗り捨てられたトレーラーが、バーテックスが派遣した追撃部隊の……その、進路を塞いでいるらしい』
 オメガは思わず声をあげた。
「何だとっ?」
『つまり、そういうことだ。追撃部隊は、まんまと無力化された。もはや輸送部隊を止められるのは、位置の近いお前だけだ。
そして、そのクラウンクラウンをAC二機で妨害する……考えたもんだ、くそっ!』
 悔しいのはオメガも同じだった。
 一杯食わされたのだ。
 思えば、輸送部隊の動きがのろかったのも、トレーラーに小型車を積んでいたからだろう。過積載だったのだ。
 こればかりは、『チップ』でも予想できなかった。
(こうなれば……意地でも追いつく!)
 決意した直後、コクピットを衝撃が突き抜けた。
 後ろからだ。
 ブースターが不調を訴え、速度がみるみる落ちていく。
 猛烈に悪い予感を感じ、クラウンクラウンは後ろを振り返った。
 そして案の定――そこには、METISが迫っていた。
 しかも、右腕の射突ブレードを大きく振りかぶっている。

『もう一発……!』
 再び、鋭い衝撃。
 ブースターを傷つけたらしく、速度がさらに落ち込んだ。
 機体温度が上昇し、熱暴走まで始まる。
(いつの間に……!)  オメガは歯を食いしばった。
 甘く見ていた。
 METISの搭乗者は雑魚だが、その機動力は本物なのだ。
 かつ、視界の届かない範囲は――特に背部には、『チップ』の予測が及ばない、という欠点がもろに出てしまった。
 オメガは意味不明の悪態をつきながら、速度を調整、METISの背後に回り込んだ。
 そこから、ガトリングをぴたりと構える。
 狙うのは、METISの脇腹――ジェネレーター部位だ。

『ムーム! だめだ!』
 ガルムの悲鳴に、一変、苛立ちがすっと消えていくのを感じた。
 ――ざまあみろ。  口元を歪め、トリガーを絞る。
 ガトリングの砲身から、無数の弾が吐き出され、残らずMETISに突き刺さった。
 高速移動していたMETISは、火花をまき散らしながら転倒した。
 死んだ。
 その確信と共に、オメガはその死骸を飛び越え、輸送部隊を追おうとした。
 今なら、まだ間に合うのだ。
 だがその背中に、今度はニフルヘイムが強烈なタックルを見舞った。
 クラウンクラウンはバランスを崩し、そのまま近くのビルに突っ込んだ。
「邪魔するな――!」
 叫びが、口をついて出た。
 オメガはさらに悪態を吐こうとして――やめた。
 というより、言葉を失った、という方が正しい。
 体勢を立て直したクラウンクラウン、その前に立ちはだかるニフルヘイムは――ボロボロだった。
 右腕は千切れ、頭部は吹き飛んでいる。体の各部から絶えず黒煙が噴き上がり、満載していた武装も、左腕のハンドガンだけになっていた。
『ここは通さん……!』
 ニフルヘイムが、半壊したハンドガンを突きつけてくる。
 それは、あまりにも無様な姿だった。そもそもハンドガン一丁で何ができるというのか。
 しかも、首筋の『チップ』は、そのハンドガンも発砲できる状態でないことを告げていた。
 だがオメガは、その姿に――気圧された。
 ごくりと喉を鳴り、体が痺れる。
 まるでムームの気迫が、ガルムに乗り移ったかのようだ。
「……何なんだ……」
 オメガの顔が歪んだ。
 理不尽な仕打ちに涙ぐむ子供、そんな表情だった。
「何だっていうんだ、くそっ」
 悪態に応じるように、今度はMETISが身を起こした。
 こちらも、ボロボロだった。というより、まだ息があったこと自体が奇跡だった。オメガはパイロットの即死さえ確信していたのだ。
 事実、機体状況はニフルヘイムよりひどい。
 ジェネレーター部位が、高温で溶解を始めている。バランサーが壊れたのか、右脚が激しく痙攣し、少し押すだけで倒れてしまいそうだ。
 だがそれでも、METISは立っていた。
 立って、オメガにショットガンを向けてきた。
『行かせない。組織の命綱なんだよ、輸送部隊の連中は』
 その言葉が、ハンマーのように叩きつけられた。
 胃がむかむかした。
 あらゆる感情がごたまぜになり、胸の中で激しくうねった。
(……なんだ、お前らは……!)
 そんなに輸送部隊が大事か。
 何で、そこまで闘える。戦闘など、もう不可能なくせに。
 何で、わざわざ俺の前に立ってくるんだ。諦めて寝ていればいいものを。
『……ガル』
 ふと、ムームが口を開いた。
 ガルムはそれだけで何かを察したらしく、
『いい。気にするな』
『……しかし』
『俺は満足してる。悪くない人生だったぞ』
 ガルムの口調には、笑いが滲んでいた。
 彼は本当に満足しているのだ。
 途端、オメガの中で何かが爆ぜた。
 ありとあらゆるストレスが、そのはけ口を見つけて動き出した。
 チェインガンを選択、ニフルヘイムに照準する。
 そのまま、何も考えずにトリガーを絞った。
 高威力の銃弾が、ニフルヘイムの上半身をズタズタに引き裂いた。
 紫の巨体が、炎上し、仰向けに倒れる。

『ガル……!』
 ムームの悲鳴に、オメガはサディスティックな喜びを覚えた。
 だが――足りない。
 感じていた苛立ちも、焦りも、消える気配はなかった。
 どころか、苦い敗北感に変わりつつある。
 オメガは、今度はMETISに砲口を向けた。
「残念だったな」
 死に物狂いで、嫌みな口調を捻り出した。
「お前は死ぬ。そうだ、輸送部隊が物資を届けても、武装勢力のボスが死ぬわけだ。よく考えれば、それで終わりじゃないか、お前の組織は!」
 だがムームは、怯まなかった。
 小さな声で、だがしっかりと、こう言い返す。
『……終わりじゃないよ』
 すでに後継者が決まっているのかも知れない。あるいは、彼女は本当のリーダーではないのかもしれない。
 いずれにせよ、それはオメガが願っていたものとは、正反対の文句だった。
 やはりな、と思う一方、苛立ちは消えなかった。
 オメガはトリガーを絞り、METISに無数の銃弾を撃ち込んだ。
 装甲の薄いMETISは、上半身を引き裂かれ、倒れる。
 今度こそ本当に息絶えたはずだった。
 しかし――苛立ちも焦燥も、残ったままだ。
「くそっ」
 オメガは内壁を殴りつけた。
 成功率60%を超えていた、輸送車を撃破するという任務に、失敗したこと。
 見くびっていた二人のレイヴンに、一杯食わされたこと。
 そして、最初からガルムやムームに感じていた、正体不明の羨望や、劣等感や、苛立ち。
 それらが複雑に入り乱れていた。
 ひどく、もやもやとした気持ちだ。戦場でなければ、叫び出していたかも知れない。
『……レイヴン、輸送部隊の反応が消えた。逃げられた。
……まぁ、厄日だな』
 オペレーターが、オメガを労うように《ねぎらうように》言った。
『気にするな、仕方がなかった。トレーラーの仕掛けに気がつかなかったのは、こちら側のミスだ。だから……』
「だから、何だ」
 オメガの口から、不気味なほど平坦な声が漏れた。
『いや、だから……』
 オメガはオペレーターを無視し、スティックを握り直した。
 右腕のガトリングを、倒れたMETISへと向ける。
『……どうした、レイヴン?』
「黙れ」
 言って、ガトリングをぶっ放した。
 もはや動かないMETISに、高威力の銃弾が降り注ぐ。
 細身のフレームの上で、着弾の火花がダンスを踊る。
 無抵抗のMETISは、すぐさまくず鉄の山になってしまった。
『レイヴン! どうした!』
「うるせぇ!」
 オメガは発砲を止めなかった。
 まるでそうすることで、失ったプライドが、精神の土台が、返ってくると信じているかのように。
 しかし――オメガの意に反して、死体にむち打つクラウンクラウンの姿は、無様だった。
 まるで、手当たり次第に噛みつく、怯えきった子犬のようだ。
 ――畜生!
 オメガは唇を噛みしめた。


     *


 オメガは、これ以上ないほど惨めな思いで帰還した。
 ガルムとムーム、両名の賞金が払われ、大幅な黒字となった。作戦の失敗も、情報ミスということでオメガの責任は不問となった。むしろ、レイヴン二名を返り討ちにした、オメガの手腕は評価された。
 この結果から見れば、今回の出撃は成功の部類に入るだろう。
 金も入り、組織内での株も上昇した。文句の付け所など一つもない。
 しかしその一方で――オメガが、何か大事なものを喪ったのも確かだった。
 現に、今まで彼が安住していた土台は、丸ごと消え失せていた。
 他の者共に抱いていた、心地よい優越感が感じられなくなっている。ばかりか、劣等感がじわじわと心を蝕んでいた。
 何より深刻なのが――虚無だ。
 今までにない強さで、荒涼とした虚無が胸中に吹きすさんでいる。
 自分には、何もない。ガルムは、命を落とすに値するものを、いつの間にか手に入れていたにも関わらず。
 何も持たないまま、ここまで来てしまった。
 そう思う自分に嫌気が差し、オメガは唇を噛みしめた。
「……何だってんだ」
 小さく吐き捨てると、近くの下士官がびくりと体を揺らした。
 どうやら、聞こえていたらしい。
 だがオメガはそれにさえ気づかず、ぶつぶつと呟きながら、基地の通路を進んでいく。

「帰ってきたのか」
 そのまましばらく進んでいると、不意に、後ろから声を掛けられた。
 しわがれた声で、やはり一発で分かった。
「あんたか、烏大老」
 振り向くこともせず応じる。
 大老は特に気を害した様子もなく、こう訊いてきた。
「苦戦したようだな」  オメガの眉が跳ね上がった。
 平静の声を出すのに苦労した。
「……少しな」
「依頼も失敗したようだな。生涯初めての失敗は、この24時間でついたか」
「……何が言いたい」
 言葉に若干の険がこもるのを、止められなかった。
 だが大老は、それにも動じずこう言ってのけた。
「総帥は、お前の能力を疑問視している」
 顔が強ばった。
「……なんだと?」
「言葉の通りだ。総帥は、お前の能力を見限りつつある。
組織の建前としては、お前の責任は全て不問となっている。
だが、それは総帥本人の思惑とは違う。
今回の『失敗』で、総帥はお前の評価を大きく下げた」
 途端、オメガが爆発した。
 振り向き、大老に食ってかかる。まるで全存在を否定されたかのような激高ぶりだった。
「ふざけるなっ!」
 その言葉が廊下中に響きわたった。
 通行人の視線が集中するが、オメガは気づきもしない。
 大老の胸ぐらを掴み、
「俺が、なんだと!」
「落ち着け」
「あんな野郎に何が分かるってんだ!」
 今やオメガは、かつての紳士然とした仮面を、完全に捨て去っていた。
 大老に驚きが見られないのは――きっと、彼の眼力はオメガの本性を見抜いていたからだろう。
「……いいから、落ち着け、オメガ。お前にいい話がある」
 そう言い、大老は依頼書をオメガに突きつけた。
 上辺のミッション名の欄には、『保管区制圧阻止』と書かれていた。


     *


 大老の言い分はこうだ。
 ジャック・Oは、先の『輸送部隊撃破』の任務において、『完遂』を求めていた。
 METISとニフルヘイムを撃破し、かつ、高速で逃げる輸送部隊を残らず撃滅する――こういった結果を求めていたというのだ。
 無茶、とは言えなかった。
 ACにはそれだけのポテンシャルがある。それを引き出せなかったからこそ、オメガのプライドはああまで傷ついたのだ。
 そしてジャックは、オメガがそのポテンシャルを引き出せなかったことに、深い失望を覚えている。
 しかし、まだチャンスはゼロではない。
 本日18時頃に、ジャックが認めるレイヴンが、『資材保管区』へやってくる。
 アライアンスより、その施設の奪還命令を受けているのだ。
 そしてそのレイヴンを撃破すれば、ジャックは評価を改めるだろう。
 弱者の扱いを受けずに済むのである。

『もっとも……』

 頭の中に、大老の声が蘇った。

『楽な仕事ではない。奴は強い。本当に強い。
ドミナントの噂さえ流れている。それでも、やるか?』

 大老の問に、オメガは迷わず応と答えた。
 そして契約書にサインし、パイロットスーツを着込み、愛機に乗り込んで、ここ――資材保管区へとやってきたのだ。
 しかし――
(……いくら何でも、狭いな)
 オメガはコクピットから周辺を見渡し、眉をひそめた。

 彼がいるターミナルエリアは、資材保管区の中で最も広いエリアだ。だが、それでも手狭である感じは否めない。
 床面積はアリーナの三分の一もないし、壁のあちこちから梁《はり》のような道路が走っている。
 旋回性能が低い逆関節には、不利なマップだった。天井が低いので、持ち前のジャンプ力も生かしづらい。
(やはり、最後に頼りになるのは、こいつか)
 オメガは首筋を撫でた。
 その辺りには、オメガの切り札『チップ』が埋め込まれている。相手の動きを予測してくれる、魔法の一品だ。
(……こいつがあれば、負けない)
 オメガは自分に言い聞かせた。
 そうとも。相手が何であろうと、自分は未来を読める。
 常に、相手の裏をかける。
 このチップがある限り、オメガは圧倒的に有利なのだ。
 狩られる側と狩る側は決まっており、オメガは常に狩る側だ。
 先の戦いなど、本当なら気にする必要はないのである。
『レイヴン!』
 思っていると、通信が入った。オペレーターからだった。
『敵ACが保管区に侵入! あと数分で、そちらに到達する模様!』
 ついに来た。
 オメガは顔を引き締め、システム・クラッチを踏みつけた。
『メインシステム 戦闘モード 起動します』
 オメガは、まだ見ぬ対戦者に――いや、獲物に思いを馳せた。
 ジャックが見込んだ相手だ。自分の機嫌はひどく悪いが、それでも勝利すれば、『酔える』だろう。
 いや、酔わなければいけない。
 早く、先の戦いを忘れなければいけないのだ。
(……まだか)
 と、突き当たりのシャッターが開いた。
 まさか、と思った。早すぎると思った。
 だが、そのまさかだった。
 ぽっかりと口を開けた出入り口から、中に歩んでくるのは――ブリーフィングで見たとおりの機体だった。
 名は、ファシネイター。
 ダークパープルに染め上げられた、スリムかつ滑らかなフレーム。
 だがその反面、マシンガン、ブレード、ロケットにミサイルと、これでもかというほど攻撃的な武装をしていた。
 特徴的なグリーンのモノアイが、ゆっくりと辺りを睥睨し――やがて、その視線がオメガをまっすぐに射抜いた。
 強い。
 見つめられ、オメガは背筋を震わせた。
 オメガは、AC戦の経験が乏しいが――それでも、ナンバー1の威圧感だった。
「……そこまでだな」  動揺を悟られまいと、オメガは強い口調を捻り出した。
「易々とここを明け渡すわけにはいかない!」
 言いながら、オメガはブーストペダルを踏みつけた。クラウンクラウンが左へスライドダッシュ。
 途端、今までいた場所にロケットが突き刺さった。
 ぎりぎりで避けられたのは、予測装置――『チップ』が危険を教えてくれたからだ。
(危なかった)
 だが、やはり『チップ』の予知は役に立った。こちらの方が一歩上を行っている。
(……いける!)
 確信し、オメガはチェインガンを構えた。
 瞬時に照準、ファシネイターへ向かって高威力の弾丸をばらまいた。
 しかし、ファシネイターは怯まなかった。
 チェインガンの雨の中、ブースト全開で突っ込んでくる。
 装甲にモノを言わせた突撃だった。
 オメガが会心の笑みを浮かべる。
 千載一遇のチャンスが、まさかこんな早くに回ってこようとは。
 『チップ』の予知をもってすれば、カウンターをとるのは造作もないことなのだ。
(焦ったな)
 オメガは『チップ』を起動させた。
 こちらに突っ込んでくるファシネイター、その姿が網膜から脳へ、そして脳から『チップ』へと移動する。
 『予測結果』が出るまで、コンマ一秒もかからなかった。
 オメガはその結果の通りにスティックを捌き、機体をファシネイターの右側面へ逃がした。逃がそうとした。
 そこは敵にとっての死角であり、そこに入り込めば、悠々とカウンターをとれるはずだった。

 だが、機体は動かなかった。
 動くより早く、鋭い衝撃が――ファシネイターが放ったロケットが、クラウンクラウンを釘付けにしていたのだ。
(ロケットっ?)
 オメガにとっても、『チップ』にとっても、まるっきり考慮の外だった。
 実のところ――この時点で的確な回避行動をとっていれば、追撃は避けられたのだが、オメガは激しく動転していた。
 信じ切っていた『予測の力』、それが初めて外れたのである。
 軽いパニックですらあった。
 結果、ファシネイターの追撃を――ブレードをまともに喰らった。
 鮮やかなブルーの刀身が、クラウンクラウンのコアを一閃する。

『コア損傷』

 たった一撃で、このダメージ。
 慌ててAPを確認すると、なんと1200も吹き飛んでいた。とんでもない威力だ。
 オメガはブーストペダルを踏みつけ、機体を左へジャンプさせた。
 まずは距離をとろうと思ったのだ。
 が、甘かった。
 ファシネイターは信じられない反射速度でその動きに気づき、すぐさまクラウンクラウンの後を追った。
 機動性の違いか、一瞬で追いつかれた。
 逃げられない。
 オメガは反射的に、機体をファシネイターの方へ向けた。
 そのまま左腕のグレネードを撃ち放つ。
 至近距離での発砲であり、避けることは不可能だった。燃えたぎるグレネードが、ファシネイターのコアを直撃する。
 ファシネイターの上半身が、爆炎に包まれた。
 だが――それだけだった。
 ファシネイターは、止まらない。
 炎を振り払うような速度で、こちらに突っ込んでくる。その左腕では、ブレードが長く伸ばされていた。
「なんだと……」
 オメガが息を呑み、怯んだ。
 反撃を怖れず、クロスレンジへと機体をねじ込んだ心意気に――威圧感を感じていた。それも、ガルムやムームに感じたものと、同種の威圧感だ。
「くそっ」
 オメガは最後の望みを賭け、もう一度『チップ』を起動させた。


     *


 オメガの戦場から数一〇キロも離れた、バーテックスの拠点。
 烏大老はそこの通路で、携帯テレビを眺めていた。
 傍目には、ただ単に壁に背を預け、映画でも観ているように思える。
 しかし、大老が観ているのはそれではない。
 携帯テレビの小さな画面は、今まさに資材保管区で展開されている、オメガとファシネイターの戦いを映している。
 現地の映像が、この小型テレビに転送されているのだ。
(……やはり、厳しいか。ガルムとムームを倒したというから、『底力』の方には少しは期待したのだが……)
 一部始終を眺め、大老は鼻を鳴らした。
 丁度、オメガがファシネイターに斬られる所だった。これで、二度目である。
 開始直後に一回、その攻勢から逃げようとしたところを、追撃されてもう一回。
 無様なものだった。
「まぁ、こんなものか……」
 失望と安堵を半々に、大老は息を落とした。
 と、横から声をかけられる。
「よお」
「……マックスか」
 軽々しい挨拶に、大老は声だけで応じた。その間も、視線は画面を見つめたままだ。
 マックスと呼ばれた壮年の男は、小さく笑うと、大老にそっと問いかける。
「……で、どうだ。オメガは」
 マックスは、大老のオペレーターだった。組んで数十年になる。
 そして彼ら二人は、ジャック・Oの真意を知る数少ない人間だった。
 オメガの戦いを監視するのも、ジャックの真意――すなわち、『ドミナント選定』絡みの話である。
「……俺的には」
 マックスは続けて言った。
「オメガがドミナントっていうのはどうにも信じがたい。
大老、実際のところはどうだ」
「……だめだな」
 断言にも、マックスは動じなかった。
「だめか」
「そうだ」
「……やっぱりな」
 マックスが肩をすくめて見せた。
 そのタイミングで、画面の中でクラウンクラウンが斬られた。三度目だ。頭部を吹き飛ばされ、逆関節のACは慌てて距離を取る。
「……オメガは、姿勢に力がない。これは、結局最後まで変わらなかった」
 それを観つつ、大老は呟いた。
「奴は、戦いと本気で向き合っていない。殺人に快楽を覚えるのは、奴の勝手だ。
だが少なくとも、奴には真摯さが足りない。
相手への怨念が足りない。これでは、腹を括って闘いに挑む、本物のレイヴンには及ばない」
 厳しい評価だった。
 だが、現実である。オメガがムームやガルムに気圧されたのは、まさにこの『覚悟』の違いだったのだろう。
 もっとも、先の戦いの後半では、オメガにも若干の気迫があったが――それは『逆上』と呼ばれるものだ。
 無力だと信じ込んでいた獲物に、噛みつかれ、プライドを傷つけられる。そしてキレた。
 それだけの話なのだ。
 『覚悟』とはほど遠い。
 マックスが付け加えるように、
「『チップ』は? オメガには、それがあるんだろ、予知能力が」
「……そんなもの当てにならん」
 大老は吐き捨てるように言った。
「映像を見て、分かった。オメガに載っている『チップ』は、ナインボールや管理者無人ACのに比べると、遙かに不出来だ。
あれで動きが予測できるのは、せいぜいMTか下位のレイヴンだけだ。
敢えて言おう、俺でも勝てる」
「……でも、ガルムに勝ったんだろ? ガルムは腕利きじゃないのか?」
「思い出せ。ガルムはムームを庇ってしまった。それで動きが、MT並に直線的になっていた。
恐らく奴一人であれば、決して遅れは取らなかっただろう」
 大老の言葉に応じるように、クラウンクラウンの左腕が千切れた。どうやら、またブレードで斬られたらしい。
 手も足も出ないとはこのことだった。
「……オメガ自身の技術も、未熟だ。そして頼みの『チップ』も、役立たずであることが分かった。
もっと早い段階で、腕利きのレイヴンと当たっていれば、化けの皮も剥がれたのだろうが……」
 容赦のない大老に、マックスは尋ねた。

「……つまり、勝てない?」
「そうだ。技術も、精神力もない男だ。奴にあるのは、せいぜい――」
 大老は、自身の胸ぐらの辺りに手をやった。
 少し前、オメガに掴まれた場所だった。あれから随分時間が経ったが、未だに掴みかかられた感触が残っている。
 相手はよほど強い勢いで向かってきたのだろう。
 それだけ、馬鹿にされた怒りが強かったということか。
「――せいぜい、高いプライドぐらいだ。
それも、実力の伴わない空っぽのプライドだ」
 言っていると、画面の中でさらに動きがあった。
 大老は目を細め、ふんと鼻を鳴らした。あからさまな侮蔑の表情だった。
 画面の中では――追いつめられたクラウンクラウンが、ターミナルの出口に向かっていく。
 逃げ出そうとしているのだ。
 だがターミナルの扉は、決して開かない。決着がつくまで、決して扉を開けるな――部下にはそう言い含めてある。
(無様な最期を選んだものだ)
 大老は、オメガを完全に見限った。


     *


 オメガは、かつてない恐怖の中にあった。
 今いる敵が、同じ人間とは思えなかった。
 ファシネイターの前では、どんな攻撃も無意味であり、その猛威の前ではナインボールの『チップ』の予測さえ無力だった。
 死ぬ。
 その恐怖が、オメガの腕をがっしりと掴んでいた。
 考えたこともない状況だった。
 今までは、未来を予知できる『チップ』のおかげで、戦いは一方的な『狩り』だった。自分は『予知』という安全圏に身を置きながら、敵を蹂躙する――それが、オメガのスタイルだったのだ。
 しかしこの闘いに置いては、それが全く逆転していた。
 絶対と信じていた『チップ』という命綱は、ズタズタに切り刻まれてしまっている。
「……畜生!」
 毒づき、オメガは背後を確認した。
 ファシネイターが、追ってきている。
 逃げなければ。
 オメガの頭には、もはやそれしかなかった。
 今回の敵は、もはや天災のようなものだった。ハリケーンや火山の噴火に対して、反撃する馬鹿はいまい。
 そのような圧倒的な存在に対して、人間ができることは、避難することだけだ。さもなくば、死んでしまう。
「……くそっ」
 オメガは、なんとか出入り口へ辿り着いた。
 かつてない速度でパネルを叩き、解除キーを入力、シャッターを開けようとしたが――頭部COMは無情の宣告をした。

『ゲートが動作しません』

 足下に、ぽっかりと穴が開いた。
 その深い深い穴に、落ちていく感覚。
 もう戻れない。
 オメガは絶叫した。
 背後からは、今もファシネイターが近づいてくる。
「……なぜだ」
 クラウンクラウンが、ファシネイターに向き直った。
 もはや決着はついていたが、ファシネイターは気を緩めず、ブースト全開で突っ込んでくる。
 その左腕部からは、すでに真っ青なブレードが伸ばされていた。
 逃げられない。
 背後には壁、かといって左右に逃げる余裕もない。ついでに言えば、それだけの気概もない。
 ファシネイターが、ブレードを大きく振りかぶる。
『……死ね』  ファシネイターから、厳かな声が来た。
 と同時に、ブレードが振られる。眩いブルーの輝きが、メインモニターを埋め尽くした。
 その死の瞬間――オメガに訪れたのは、恐怖でも、怒りでもなかった。
 胸中に吹き荒れたのは――寒々とした虚無だった。
 言い残す言葉も、別れを惜しむ人も、何もない。
 何も残さず、何も与えず、消えていく。
 それが、生の終わりに顧みた《かえりみた》、オメガの人生の全てだった。
 ――寒い。
 思った途端、その音はやってきた。
 ガシャン、という車の衝突にも似た金属音だ。
 間違っても――ブレードで金属が溶ける音ではない。
(……何だ?)
 思い、オメガはメインモニターを確認し――ぎょっとした。
 クラウンクラウンの腕が、ファシネイターの左腕を掴み、押し戻そうとしていた。
 破壊的なエネルギーを秘めたブレードは、クラウンクラウンに届く寸前で止まっている。
(ブレードを……防いだのか? 俺が?)
 そこで、オメガは自分がスティックを握っていることに気がついた。
 手が、勝手に動いたのだ。そうとしか考えられなかった。
(……俺が……)
 無意識の内に発揮した、思わぬ行動力に、オメガは呆然とした。
 そんなオメガに構わず、ファシネイターはクラウンクラウンの腕を振り払うと、すぐに二度目の斬撃を準備した。
 このままでは、死んでしまう。
(……嫌だ)
 オメガは、自分の人生がどんなものであったかを思い知っていた。
 そこには思い返すに値することは、何一つとしてない。空っぽの、あまりに寒々として人生だった。
 オメガはこうなると薄々感づきながらも、幼い日より徐々に醸成された虚無、それに身を任せてしまった。

 その挙げ句が――死ぬ前に感じた、あの壮絶な『寒さ』である。
 満足げに逝った、ガルムやムームとは大違いだ。
「ちくしょう……」
 切なく、哀しく、だがそれ以上に――悔しかった。
 肥大化したプライドが、その思いを後押しする。
 この俺が。なんでこんな様に。
 理不尽だ。許容できない。
 断固として。
 オメガの中で、ゆっくりと何かが組み変わった。
 育て上げられたプライドが、今、『意地』となって行動を呼び起こそうとしている。
 ――このままでは、終われない。
「ちくしょう……!」
 スティックを握る手に、力がこもった。
 慣れ親しんだ、鋼鉄の手触りが彼の意気込みを出迎える。
 と、ファシネイターが、ブレードを振った。
 以前とは違い、上から打ち下ろすような振り方である。
 そしてそれは、より力がかかる分、受け止められにくい振り方だった。
 しかし――クラウンクラウンは、それもやり過ごした。
 腕が素早く動き、敵の左腕を打撃、ブレードの軌道をずらす。青い刀身は、クラウンクラウンの背後にあるシャッターに、深々と突き刺さっただけだった。
 ファシネイターが、驚きの声を漏らす。
 クラウンクラウンはその隙をついて、ファシネイターにチェインガンを向けた。
 言葉が口をついて出てくる。
「行くぞ……!」
 それは「殺す」であり、「ふざけるな」であり、また「見たかこの野郎」でもあった。
 心の底からの、怨念の叫びだ。
 トリガーを、絞る。
 鋭利な弾丸が、チェインガンの砲口から飛びだし、残らずファシネイターに突き刺さった。
 思わぬ反撃に驚いたのか、ファシネイターが慌てて距離を取る。
 胸のすくような思いだった。
(……そうだ)
 このままで終われるか。
 力の限り、お前に喰らいついてやる。
 決死の覚悟を胸に、オメガはシステムクラッチを踏みつけた。
『メインシステム 戦闘モード 起動します』
 飛び退くファシネイターに、クラウンクラウンが肉薄する。
 ファシネイターは、それに驚いたようだった。
 無理もない。傷を負っているクラウンクラウンが、あえて接近するというのは――完全にセオリーから脱していた。
『自殺する気か』
 ジナイーダが問う。
 オメガは応えなかった。そもそも、質問が耳に入っていなかった。
 体の芯に沸き上がる、熱く激しいもの。それが、頭に無尽蔵に汲み上げられてくる。
 とても話を聞ける状態ではなかったのだ。
「ミンチだ」
 オメガがトリガーを絞った。
 背部のチェインガンが、眼前のファシネイターに銃弾をばらまく。
『くそっ』
 ファシネイターは、飛び上がってそれらを回避した。
 変則的な機動だったが――オメガはその動きに対応し、機体を右に振り向かせる。
 案の上、そこにファシネイターが着地した。
 すでに、その左腕部からはブレードが伸ばされている。
 こちらに光波を飛ばすつもりだろう。
 そう思った途端、オメガの唇が笑みの形に歪んだ。
「いいね」
 呟き、オメガはブーストペダルを踏みつけた。
 猛スピードで接近、ファシネイターの懐に潜り込む。
 ジナイーダが、驚きの声を漏らした。
 オメガは構わずスティックを操作し、チェインガンを照準した。
 70ミリの砲口が狙う先は――ファシネイターの右肩だ。
「死ねよ……」
 静かだが、その分寒気のする声だった。死神が、耳元でそっと囁いたら――こんな感じかも知れない。
 直後、チェインガンが吼えた。
 無数の銃弾が、ファシネイターの右肩に突き刺さる。
 鼓膜を叩く発射音の中、金属が歪み、千切れる音が響いた。
 高威力の銃弾が、ファシネイターの右肩をもぎ取ったのだ。

『なんだと……!』
 ファシネイターは、残った左腕でクランクラウンを突き飛ばすと、ブースト移動で間合いをあけた。
 しかし――それは紛れもなく、本能的な『逃げ』の動きだった。
 ドミナントが、怖れている。
 オメガが叫びをあげた。
 スティックを握り直す。
 そしてもう一度、ブーストペダルを踏みつける。

「行くぞ……!」
 呟きつつ、クラウンクラウンが接敵。
 マイクロミサイルが浴びせられるが、怯むことなく中央を突破し、ファシネイターに迫る。
 このまま接近し、またチェインガンを浴びせかける。それしか頭になかった。
 同時に、地力で圧倒的に劣るクラウンクラウンが、ファシネイターに勝利するには――この特攻先方しかないと、本能的に看破してもいた。
 だがそこで、疾走する機体に鋭い衝撃が走った。
 ロケットだ。マイクロミサイルに紛れ、ファシネイターが撃っていたのだ。
 そしてその鋭い弾頭は、クラウンクラウンのジェネレーター部位に、冷酷に、かつ無慈悲に突き刺さっていた。

「……は?」
 一瞬の間。
 ぞっとするような、空白の時間。
 それが過ぎた後、急激に機体温度が上昇し始める。
 ダッシュが止まる。
 腕部が痙攣を始め、サイトが勝手にぶれる。
 慌ててトリガーを引くが、どうしてか弾が出なかった。
「ふざけんなよ」
 オメガはメインモニターを覗き込み――絶句した。
 『ジェネレーター損傷』。『下腹部で火災発生』。たった二行のメッセージが、オメガの上に重くのしかかる。
 スティックを滅茶苦茶に動かしたが、機体はもう反応しなかった。
 歩くこともなければ、腕を動かすこともない。もはやクラウンクラウンは、直立したくず鉄だった。
 じきに爆発するだろう。もっとも、その前に中のオメガは焼け死ぬだろうが。
「くそっ!」
 オメガは内壁を殴りつけた。
 だが、どんな機体であっても、ジェネレーターのEN供給がなければ動かない。その事実は決して揺るがなかった。
 もしこれが全快状態であれば、ロケット一発がジェネレーターまで到達することなどないのだが――クラウンクラウンは、すでに何回もブレードで斬られていた。
 ロケットをはじき返すだけの防御力は、もはや残っていなかった。

「……ちくしょう」
 声が、漏れた。
 目の前の敵に、届かなかった。
 その一念が、身を焼き尽くすほどの悔いになっていた。
 ファシネイターが、そんなクラウンクラウンに、ゆっくりと近づいてくる。
 その左腕部から、青く、長い刀身が伸ばされていった。
 斬るつもりだ。
 思ったときには、ファシネイターが急接近してきた。
 紫の巨体が、画面一杯を占拠する。
 その瞬間――誰よりも高いプライドが、猛々しい叫びを上げた。
 一度は消えかけた戦意が、猛然と燃焼する。
 闘え。
 その声が、頭の奥に響いた。
 予測機能――『チップ』の声とは違う、『芯』からの囁きだ。
「分かってる」
 呟き、オメガはスティックを前に倒した。
 それと同時に、固い椅子から体を浮かせ、前方の壁に――メインモニターの辺りに渾身のタックルをかます。
「進めぇ!」
 そして信じがたい事に――それで、機体の重心が動いた。
 クラウンクラウンが、前のめりに倒れ出す。
 運の良いことに――丁度その時、ファシネイターはクラウンクラウンの眼前にまで迫っていた。
 倒れるクラウンクラウンは、そのファシネイターを巻き込んだ。
 直後、突き抜けるような衝撃と共に、天地が逆転、轟音が響きわたった。
(……どうなった……?)
 痛む頭を叱咤し、オメガが目を開けると――メインモニターには、ファシネイターのコアが映し出されていた。
 どうやらクラウンクラウンは、ファシネイターの上に覆い被さっているらしい。
 まるで、押さえ込もうとするかのように。
 オメガの顔に、悪魔のような笑みが戻った。
「……道連れだなぁ」
 これ以上ないほど、気持ちのこもった声だった。
 そうとも。こいつを殺すために、全力を尽くす。こいつを殺し損ねるぐらいなら、のたうち回って焼死する方が遙かにマシだ。
 もっとも、クラウンクラウンの爆発が、ファシネイターに致命的なダメージを与えられるかは、やってみないと分からないが――可能性は十分ある。
『お前……!』
 ファシネイターが、もがく。
 ジェネレーターが壊れているクラウンクラウンは、もはや阻止できない。
 しかし――ファシネイターは、右腕を破損させていた。片腕なのだ。
 例え妨害がなくとも、片腕だけで重量級ACをどかしきれるかは――非常に怪しい。
 かつ、ファシネイターの低出力ブースターでは、ブーストのパワーで強引に立ち上がったり、這い出したりすることも容易ではないだろう。
 と、コクピットが急激に熱さを増した。
 そろそろ最期が近いらしい。爆発までは、もはや秒読み段階だ。
『馬鹿なっ』
 向こうもそれを悟ったのか、ファシネイターから焦った呻き声が漏れてくる。
 オメガは、そんな状況に――言いしれぬ滑稽さを覚えた。
(……なんて様だよ)
 くく、と声が漏れる。
 最初のファシネイターは、まさしく天災のような存在だったのだ。闘おうとさえ思わなかったし、現に『戦闘』そのものはファシネイターの圧勝だ。
 だが今はどうだ。
 愛機の下で、紫の巨体はもがいている。しかも片腕だ。
 なんて無様な姿だろう。最初の威勢など欠片もない。
 このオメガが、あのファシネイターをここまで引きずり下ろしたのだ。
 一発、かましてやれたじゃないか。
 そう思うと、不思議な気持ちが飛来した。
 満たされていく。
 空っぽだった自分の中に、心地よい疲労感が、達成感が、なみなみと注がれていく。
 その想像を絶する心地よさに、オメガの目から涙がこぼれ落ちた。
(……できれば、もう少し早く……)
 思ったが、頭を振った。ついでに涙も振り払う。
 時間は少ない。
 オメガは宿敵ファシネイターに、言葉を叩きつけた。
「……ざまぁみやがれ」
 それが、オメガの最期の言葉になった。
 あまりにもひどい遺言だが――その時のオメガは、笑っていた。
 快楽殺人者のものとは思えない、太陽のような、晴れがましい笑みだった。
 直後、圧倒的な熱量が、コクピットに押し寄せた。


     *


 映像の中で――俯せに倒れるクラウンクラウン、その背中から火が噴き上がった。
 ACほどの高さがある、巨大な火柱だ。まるでオメガの強烈な悪意が、炎となって立ち上っているかのようだ。
 その灯りが、戦場となったターミナルを夕焼け色に照らし出している。
「……終わったな」
 携帯テレビの画面を睨みつつ、大老が呟いた。
「オメガは死んだ。勝者は――」
 大老は画面端に映される、紫のACに目をやった。
「ジナイーダだ」
 紫のAC――ファシネイターが、ゆっくりとこちらを振り返った。
 ひどい姿だった。
 右腕部は千切れ、色々な関節から黒煙が噴き上がっている。
 勝者も貫禄も何もない。手ひどいやられ方だった。
 オメガの爪は、ドミナントにしっかりと届いていたのである。
「……しかし、よく脱出できたな」
 傍らで、大老のオペレーター――マックスが訝しげに言った。
「実際、やばかっただろ? ファシネイターは片腕、ブーストでの脱出も困難。どうやって助かったんだ?」
 マックスは、AC戦の専門家ではない。
 クラウンクラウンの下からファシネイター脱出する一部始終は、目にしたはずだが――映像だけみても、いまいち脱出のカラクリが分からないのだろう。
 大老は説明してやることにした。
「簡単なことだ。まず、片腕でクラウンクラウンを押し上げる」
「できるのか? 相手は重量級だ、パワー不足じゃないか?」
「正攻法では無理だがな。地面とクラウンクラウンのコアの間に、肘から先をねじ込む。つっかえ棒をするようにな。
そうすれば、のし掛かっていた機体が浮く。これなら低出力のブースターでも、脱出に支障はないだろう。一挙に脱出できなくとも、上半身だけでも出れば、後は楽だからな」
 納得したらしく、マックスは大げさに肩をすくめた。

「にしても、アンビリーバブルだ」
「だが、現実だ。あの女は、本当にドミナントかもしれん」
 大老は目線をモニターに戻した。
 だが、もはやファシネイターの姿はない。
 任務を終えたので、さっさと帰還してしまったのだろう。
 本来なら、味方の部隊が到着するまで待つべきである。腕利きのレイヴンにしては、少々無責任な態度だった。
 けれど――大老は、彼女の気持ちも理解できた。
 戦いの後半、オメガが発した気迫は尋常でなかった。
 人間の本能を直接刺激する、そういう『恐さ』があった。
 そういったものが振りまかれた空間から、遠ざかりたいというのは――自然な反応ではあるだろう。
 もっとも、単に後続のMT部隊の様子を見に行った、という線もあるが。
「しかしな」
 思っていると、マックスが不快げに言った。
「品性下劣な、最悪な奴だったな。オメガって野郎は、最期まで」
 その感想に――『常人』としてはごく当然の感想に、大老は口元を歪めた。
「そうだな」
「往生際が悪いしな」
「……マックス」
 笑みを深めながら、大老は言った。
「何を言ってる。最高の死に様じゃないか、あれは」
 遠くで無線機が鳴っている。
 階下の格納庫から、MTが駆動する音がした。
 二人の付近を、一般隊員が通過していく。その靴音が、通路に反響し、やがてゆっくりと消えていった。

「……そうか」
 長い沈黙の末、マックスはそうとだけ言った。
 大老は頷きを返す。
 どんな理由かは分からないが――後半のオメガには、気迫があった。それも、見ているこちらさえ心胆が冷えたほどの、濃密な気迫だ。
 その闘念に、怒りに導かれるまま、全ての精力を総動員して、敵わぬ敵に向かっていく。
 そしてその果てに、燃え尽きていった。
 戦士としては申し分ない、充実の死に様だった。
 もっとも、オメガのような男でも、その域に到達できたかは、まさしく神のみぞ知る、だが。
「奴には勿体ないほどの死に方だよ」
 大老が呟いた。心なしか、年相応の疲労が匂っていた。
「……できるなら、代わりたいか?」
 マックスの問に、大老は応えなかった。
 代わりに、苦笑とも微笑ともつかない、曖昧な笑みを浮かべた。




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