突然の予定変更を告げる通信から半時間。
  シザース・フォレストを南進していたキャリアは、踵を返して北へのルートを進んでいた。

  白い雪を激しく巻き上げる吹雪に、黒い工業排煙が雑じりあう奇妙なコントラストは、
何も知らなければ幻想的かつ、やや不気味に映るが、
実体を知っていれば嫌悪を抱くだろう。
  排煙と雪の結晶が雑ざり、黒色の雪となって振る現象は、
キャリアを走らせるオーレンにとっては害悪の象徴として映っていた。

  降り積もる黒色の雪は、通常の白い雪と混じり合い、
斑点のようにフロントウインドウを汚してしまうからだ。
ワイパーを動かして汚れを払おうとしても、そう簡単には落ちない。
  その上、極寒の気温が洗浄液を凍り付かせてしまう。
普段から往来の少ない車道である事だけが救いであった。

  近年発生した地殻変動により、シザース・フォレスト北部の気候は大きく変化を遂げた。
今では氷河すら流れる極寒の地となり、かつての森林は消え失せてしまっている。
  南部に発生している濃霧も、気候の変化によるものだと言われており、
北部へ近付くにつれて立ち枯れる木々が目立ち、森林から生気が感じられなくなってゆく。

  濃霧以上に視界を遮る吹雪に、オーレンは陰鬱な表情で溜め息をもらした。


  シザース・フォレスト北部の、作戦領域からわずかに離れた合流ポイント。
  レイヴンズアークからの缶詰を受け取る事になったシルキー達は、
缶詰を載せた輸送ヘリを待っている。
  吹雪の止む気配は全く無く、運転席のフロントウインドウは白と黒の雪によって
殆ど視界を遮られている。

  ヘッドセットを首元へと下ろし、横窓からかすかに見える外の景色へと視線を向けると、
強さを増していく吹雪の影響により、周辺は既に斑模様の雪原と化していた。
  白と黒のマーブルチョコをばら撒いた上、
潰して回ったような雪原はとても銀世界とは呼べない風景を彩っていた。

  そんな景色に見入る暇すら与えんと、通信のコール音が運転席に鳴り響く。
  慌ててヘッドセットを直して通信用のモニターを立ち上げると、
灰色に霞んだ映像が映し出された。
  周波数は見慣れた物で、シルキーのACから発せられているものだった。
「何です? お嬢さん」
  灰色に霞んだモニターの中で、シルキーはいつものように煙草を吹かしていた。
彼女はいつでも二本一緒に吸うので、狭いコクピットは紫煙ですぐにいっぱいになってしまう。
  整備班のヤニ取りに疲れた顔が脳裏に浮かび、オーレンは何とも言えない倦怠感に包まれる。

「……相変わらず凄いですね。煙でなんにも見えませんよ」
「見えなくて、何か困る事でもあるの?」
「パイロットスーツの着用が確認できません」
  力強く言い放ったオーレンに納得した様子で、
シルキーは煙草を口でくわえ直すと緊急換気用のスイッチを押した。
  みるみる鮮明になってゆくモニターの映像には、
確かにパイロットスーツを着たシルキーが映っている。
頭にはしっかりとヘッドセットとバイザーが乗せられている。

  パイロットスーツは、元々特殊環境下における作業用に開発された物へ
改良が加えられたものであり、今ではレイヴンはもちろん、MT乗りなども常用している。
  特殊環境下作業用の名残とも言える、簡易生命維持装置や、
マスクを用いた携帯型酸素ボンベ機能も有している。
  また、戦闘・作業両用に用いられるパワードスーツの開発母体でもある。

「確認しました。今回使用するACのデータを送ります」
「ちゃんと説明してね」
  手元のコンソールを立ち上げ、今回使用するACのデータを送る。
  装備の詳細だけならばデータの転送だけで事足りるのだが、彼女達の仕事はそれだけでは終わらない。
多種多様な実戦データを得るためには、意識的に行なわなければならない事も多いのだ。

「とりあえず、フレームに関しては大きな変化は無いので省略しますね」
「そうなの? 結構形は変わってたけど」
「覚える事が減って、いいじゃないですか」
  思わず口から出た言葉に、オーレンは一瞬戸惑う。
軽い気持ちで出てしまった本音に、シルキーを怒らせてしまったのではないか、と。
  シルキーは黙ったままだ。紫煙で表情は見えず、
オーレンは見えない表情を懸念して言葉を途切れさせてしまう。
  減棒か、追加労働か、それとも私刑だろうか。何にせよ、彼女を怒らせて良い事など何一つ無い。
「……それで? 続きはどうしたのよ」

  怒っている、というよりは呆れたような声色だ。
  先程までの感情を素早く心の引き出しへと引っ込ませ、意識をコンソールへと向ける。
素早くキーボードに指を滑らせ、武装データを表示させた。
「えっと、武装の方は……と。ああ、よかったですね、お嬢さん。
今日の武装はお嬢さんの好きなアレですよ。きっと、班長達が気を使ってくれたんでしょうね」
  モニターに表示されるデータを見て、思わず声が弾む。
  今回使用されるACの腕部武装は、左右共にシルキー愛用の品だった。
この事を伝えれば、彼女はきっと機嫌を良くしてくれるに違いない。

  そんなオーレンの浅はかな期待は、吹雪を切り払うように響いた轟音によってかき消された。

「予定ポイントに到達。ACを投下と同時に離脱する」
  上空に現れたヘリから降下してきたACが、着地時に吹かしたブースターによって、
眼前の雪とフロントウインドウの汚れは一瞬で消え去っていった。

  目の前に降り立つACは、無骨なフォルムを持つ重量二脚型――合流予定の缶詰だ。
  目立った武装が右腕部のパルスガンに加えて軽量型ブレードのみという構成に、新人らしさを残す。
扱う火器を絞った上で、集中的に習熟を深めていくレイヴンは珍しくはない。
  レイヴンという職業が誕生してから長い月日が経ち、ある程度のセオリーも今では数多く存在する。
目の前のACの構成も、戦術から機体の構成まで多種多様に存在する内の一つなのだろう。

「オーレン君、何やってるの!? 早く起こしなさいよ。荷物は届いたんでしょう?」
「えっ、起動準備は終わったんですか?」
「終わったわよ!」
  降り立ったACに目を奪われ、本来の業務に戻ろうとしないオーレンに怒号が叩きつけられる。
  急に耳へ飛び込んできた大音量の怒号に、ヘッドセットを外して放り投げたい感情を抑えながら、
オーレンはキャリアのコンテナを起こすための操作を入力した。

  ACを積んだコンテナの上面部と側面部が開かれ、シルキーのACが吹雪の中へと晒されると、
コンテナの底面部が車両の最後部を支点として90度せりあがり、横たわっていたACは直立の形となった。
「固定用アーム、開放します」
  合図と共に、ACをコンテナの底面に固定していた機械アームはその拘束を解き、
開放されたACは遂にキャリアから離れ、斑模様の雪原へと降り立った。
  起動完了を示すように頭部カメラがまたたき、ジェネレーターが本格的な稼動を始める。
出力は移動モードの基準値を満たし、CPUはシステムの完全起動を告げた。
「ん。異常無し、と。武装の細かい説明は移動中でいいよ」

「わかりました。コールサインの確認を……レイヴン、そちらのコールサインは?」
  コンテナを元に戻しつつ、オーレンは作戦中にそれぞれの識別に用いる
コールサインを確認しようと、前方のACへ向けて通信を入れた。

(――おすとりっちガ赤イダッテ? ナニカ悪イ物デモ食ベタンダヨ、キット)

「レイヴン?聞こえますか?」
「……ああ、すまない。ヴィーダー、だ。そう呼んでくれ」
(何だ? 今のは……?)
  突如頭の中に響いた、“ノイズ”の様な感覚に、
ACヴィーダーを駆るレイヴン、ツヴァイトは困惑した。
 通信にノイズが入るのはよくある話だが、
今の感覚は自分の頭の中へ直接送られた物だとしか思えず、
まるで幻聴のようなその“ノイズ”に、ツヴァイトは困惑する事しか出来なかった。

「お嬢さんの方はレイビット、ですからね」
「またそれぇ!? この機体は“とんべらそらつき”だって何回言えば……!」
「それは後にしてくださいッ! レイヴンはもう行っちゃいましたよ」
 二人が呼称という些細な事で揉めている間に、
ヴィーダーは遥か先の吹雪へと身を投じていた。
重量級の外見に反して中々の機動力を有しているようだ。

 斑色の吹雪が吹き荒れる中、二機のACは北へと歩を進めた。





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