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 宴を開く習慣は、どこの人間でも変わらない。どのような種族、どのような歴史を紡いできたものであっても、宴という習慣は存在する。
 それは、喜びというものを噛み締めると同時に、他の人々と共有する為のものだったのだろう。
 言葉すらもなかった原始の時代、言葉に変わって感情を共有するには、宴は必要不可欠だった。そして、言葉が生まれた後も、宴は人々の心をまとめる大きな手段となっていた。

 ならば、この宴はどう称すればいいのか。それとも、宴とも呼べない騒ぎに過ぎないのか。
 何を祝うでもなく、己が街に来客を迎え入れる為の宴。宴席に座る者の感情は共有されることなく、走る空気は冷たい打算を帯びている。
 それを覆い隠す為に、殊更に華やかな雰囲気を演出している所為で、宴の賑わいはひどく薄っぺらい。

 最も、それは誰もが知っている事実だ。気付かない奴はよほどの鈍感か、あるいは阿呆か。
 そして、そのような者はこの宴には現れまい。
 コンコードの権力者、アライアンスの軍内における重鎮、アークの使者、そして百戦錬磨のレイヴン達。その眼力は、その程度の虚飾も見破れない程甘くはない。

「……もっとも」

 宴に出てくる料理は上物だった。それだけは評価できる。
 食料生産プラントが十分に稼動しているのが大きいのだろう。味わいは芳醇、色合いも良好。腕を振るう事無く死んでいった数多の料理人にとって、ここの厨房は理想郷に違いない。
 大破壊で失われた多くのものが、この街、コンコードには揃えられている。それを知らしめる為に、この宴は開かれたのだろう。
 無論、それは富族層にのみ与えられるものだろうが。

「……このパーティー……魅力的だと思えます?」

 胸元を強調するアクアマリンのドレス、その薄布越しに張り出した胸を揺らしつつ、その女性、ラートシカ武威は傍らに立つ最強に声を掛けた。
 最強の御名を欲しいままにするレイヴン、MxS7HGSは、ラートシカの言葉に苦笑で応える。

 当然だ。ラートシカは二人のレイヴンを連れての代表としての態度を取らなければならない。
 普段のようなおちゃらけた態度は取れないのだ。彼女には責任があるのだから。現に、彼女は宴の前に謝罪していた。高圧的な態度を取る事になってしまうと。

 それを理解しているが故に、MxS7HGSは憤らない。自分はあくまで姫君を守る騎士の役割なのだ。
 高圧の中に隠される信頼こそ、騎士の喜び。なれば、威圧に殺意で応える理由もなし。

「……君は魅力的だがね」

 軽口で応えてみせると、ラートシカは作った笑顔を浮かべた。だが、そこには確かな喜びの気配がある。

「ありがとう」

 格好付け過ぎですよ、先生。そんな言葉が、笑みの浮かぶ眦から感じ取れた。
 やはりかね、と目で応え、MxS7HGSは苦笑を浮かべる。

「ところで、彼女は何をしているのかな?」
「ああ。今変な女性に絡まれてしまってるそうです。彼女、男装してるから勘違いされたらしくて」

 自分の事を棚に上げたラートシカの言葉に、MxS7HGSはさらに苦笑を深くした。年季を思わせる皺が歪み、老兵の顔の彫りを一際深くする。
 言葉とは裏腹に、ラートシカの顔には心配の色が滲み出ていた。高圧の仮面で覆い隠してはいるが、それを見出せない程に浅い付き合いではない。

 それでも、助けにいかないのは信頼しているが故だろう。ラートシカは随分とあの新米、ジナイーダを気に入っているらしい。
 依頼の遂行率は完璧だが、実力があるかどうかは疑問が残る。運なのか、才覚なのか。経験の無さを補っているのがどちらなのか、皆、計りあぐねているのだ。

 その中にあって、絶対の信頼を向けるラートシカは、ある意味異様でもあった。
 実力の分からぬ者を味方に引き入れるのは、無能を仲間とするのに続いて厄介な事態だ。今からでも遅くはない。やめさせるべきだろう。
 そう考え、MxS7HGSは慎重に言葉を選び、吐き出す。

「よほど、気にいってるようだな」
「そうですねー、彼女、美人ですし」

 周囲に人がいないのを確認してから、ラートシカは語調を崩して返答する。
 そのギャップに微かな眩暈を覚えつつ、MxS7HGSは言葉を続けた。

「…………私は、レイヴンとしてのジナイーダを気にいっているかどうか、聞いたのだが」
「美人以上に価値があるものなんていますか?」

 MxS7HGSは閉口し、眼差しを疑念で細めた。

「……まさか、ラートシカ」
「いやー、前回は男に貢いでフラられたから、今回は女性に手を出してみようかと」

 ラートシカの言葉は拳骨で遮られた。
 疾風を巻いて放たれた拳が、ラートシカの頭頂部に直撃する。小気味いい音が響き、周囲の視線が集まる。

「……失礼した」

 MxS7HGSの言葉に、周囲の視線は散り散りになった。そうして残った視線は、ラートシカの涙ぐんだものだけとなる。

「わ、悪かった。すまない、ラートシカ」

 それが演技だと知りつつも、老兵は居た堪れなさを覚え、取り成すように空咳をした。
 気を落ち着けようと煙草を口に咥え、火を付けようとライターを取り出す。

「あ、駄目ですよ先生」

 MxS7HGSの喫煙を窘める声。それと共に、ラートシカは煙草を奪わんと腕を伸ばす。
 だが、それよりも一拍早く、横合いから伸びてきた手が、MxS7HGSの口から煙草を抜き取った。

「宴席で煙草を吸うな、マナー違反だ」

 かつん、と強い靴音。それに付随する強い意志の滲む声。女の柔らかさを感じさせない眼差しと、鎧のように着込まれた男物のスーツ。
 声音に相応しく、その表情は厳しい。美麗であり、人目を引く顔立ちではあるが、鋭く吊り上がった眦は戦士のそれだ。加え、纏う空気は刃の鋭ささえ帯びている。

 それを見て、MxS7HGSは評価を固めた。
 運だけで生き残ったレイヴンが、このような気配を纏う筈がない。

「失礼した、君の言うとおりだ、ジナイーダ」
「分かってもらえたならいい」

 男装の麗人、ジナイーダが煙草を爪弾き、MxS7HGSへと飛ばした。パシと音を立てて受け取り、老兵は己がスーツのポケットへとねじ込む。
 ラートシカは伸ばした腕で所在なさげに空を掻いた後、取り成すように笑みを浮かべ、ジナイーダへと言葉を投げた。

「ジナイーダさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。全く、浮かれた女性だったよ。私を男だと思っていたらしい。再三に渡り女だと告げて、ようやく消えてくれた」
「…………ハハハ。それは、まあ、大変でしたねー。まあ、私は女でも構いませんけど」
「その件に関しては全力でお断りさせて頂く」
「もー、お硬いというかなんというか。まあそこがいいんですけどねー」

 僅かに身震いし、表情を凍らせながら後退るジナイーダ。それに対し、ラートシカは僅かに苦笑を浮かべると、「冗談です」と両手を上げ、降参のポーズを取って見せた。
 ジナイーダは安堵に顔を緩めると、冗談の趣味が悪い、と言わんばかりの険のある視線をラートシカに向けた。

 その実、冗談ではなく本気である事を知っているMxS7HGSは、苦笑を口の端に乗せる。
 だが、今更になってジナイーダの排斥を進言するつもりはない。生き残れるかどうかは分からないが、これだけの戦意を纏うレイヴンならば、決断を保留する価値はあるだろう。

 ふと周囲に目線をやってみれば、ジョン・ドゥを筆頭とした他の新人レイヴンの姿も見える。
 だが、ジナイーダに比べれば雲泥だ。なるほど、ラートシカの判断もあながち間違っていなかったのだろうと、MxS7HGSは心中で呟いた。

 ――その中に、見知った顔がなければ、その判断が揺らぐ事もなかっただろう。

「――――っ!」
「……どうかしましたか、先生」

 目を見開き、肩を緊張に漲らせる老兵。その姿に呼応するように、ラートシカの眼差しも緊縮の色を帯びる。
 だがそれも数瞬。MxS7HGSは目蓋を擦ると、僅かにかぶりを振って警戒を解いた。

「なんでもない。気のせいだろう」

 呟き、ゆっくりと息を吐く。老兵の身体は弛緩し、戦士の気配が辺りの騒ぎに埋没する。
 ラートシカは怪訝そうにしていたものの、師が何も口にしないであろう事を見越して、疑問を投げかける事はない。

 気のせいに決まっている、と老兵は己が迷いを断ずる。
 かのトップランカーはもはやいない。その姿を見たとて、それは幻影に他ならない。漆黒の機影が落ちると同時に、その命もまた潰えた。その筈だ。
 そう。死んだ者は蘇らない。ジノーヴィーはもはやいない。挑む事すら出来なくなった最強の男が、この期に及んで生きている筈はない。 

 ――――傍らに立つジナイーダが、蒼白な顔で虚空を睨んでいた。


 * * *


「さて、皆さん。宴もたけなわ、真打の登場を許してもらっていいかね?」

 その一言は、雑然とする宴席の中に朗々と響き渡った。

 宴のざわめきが驚愕のどよめきに変わる。同時に灯りが落とされ、辺りは暗闇が充満する。どよめきがさらに強まり、混乱の気配が立ち上り始める。
 その中で、MxS7HGSは平静を保っていた。ジナイーダは警戒を露にしているが、ラートシカは驚きではなく呆れの色を顔に浮かべている。

「……ジナイーダさん、大丈夫ですよ。これは彼の演出でしょうから」

 その言葉と同時に、指を弾く音が響き渡った。
 天井にぽつぽつと灯りがつく。床から白を基調とした光が瞬く。壁面にうつろう輝きが現れる。
 中央の一際強い光りを中心とし、流転する輝石の群体。それは、まさに宇宙の縮図。プラネタリウムという、今では好事家以外に求める者のいない技術だ。
 ましてや、これほど大規模なものとなると、よほどの資金を使わねば組み上げられない。パーティーに招かれた人々に気付かれぬよう隠蔽するのにも、膨大な金が掛かっただろう。

「だというのに躊躇しない辺りが、あいつらしいか」

 MxS7HGSは呟き、ポケットの中に放り込んでいた煙草を握り締めた

 星々の輝きに彩られる薄闇の中、一つの靴音が響く。続いて、光の影より現れる人影の姿。
 その人影は、仰々しく両手を広げると、事態が飲み込めず呆然としている客人たちを睥睨し、口を開いた。

「レディース、アンド、ジェントルメン! この趣向は楽しんでいただけたかな、皆々様? 私はDr.?。科学者だが、今はコンコードの主宰を務めさせてもらっている。
 ああ、それと私が元レイヴンだという事は知っていただけているとは思う。つまり、Dr.?というのはレイヴンとしての名だ。本名ではない。
 だが、私の名前はDr.?の方が知れ渡っているし、Dr.?で通じる。だから、私を示す時はDr.?と呼んで欲しい」

 息を接ぐ事もなくそこまで言うと、人影は一歩、足を踏み出した。星の光が白衣を照らし、片眼鏡の下の喜悦に滲む眼を浮かび上がらせる。
 その表情は、まるで悪戯が成功した時の子供のそれだ。それを見た瞬間、MxS7HGSは脳髄が沸騰するような怒りを感じた。

「……生きていたのか、ドクター」

 感情を抑制し、平坦な声で問いかける。声は星の瞬きを滑り、白衣の男の鼓膜を揺らした。
 生きていた事は知っていた。だが、ここでそれを問いかける事には特別な意味合いがある。

「ああ、生きているとも。MxS7……あー、やっぱ言いにくい名前だなこれは。舌を噛んでしまったよ。ラートシカくんが言うように、アイアンくんと呼んでいいかね」
「好きにしろ。それより、何故生存をアークに伝えなかった」
「ジャック・Oの手下どもに追われていたのさ。そら、アークに戻れるわけがないだろう?」

 そう嘯き、Dr.?は笑みを浮かべる。その屈託のない笑顔に対し、MxS7HGSは肩を怒らせながら歩み寄っていく。
 一歩、二歩、三歩。周囲の視線が靴音を追うのを気にも留めず、老兵は同郷のレイヴンの面前に立つ。
 その身に纏うのは、殺気には届かずとも並の者では震え上がらずにはいられない程、濃密な怒気だ。それを受けて、Dr.?は笑みを引っ込める。

「子細は問わん。よく生きていたな」

 怒りの色と、それ以上の喜びを声に乗せ、MxS7HGSは口の端を緩めた。
 それに対し、Dr.?は満面の笑みで応える。

「最強のレイヴンである君が、コンコードを守ってくれる。再会を祝うには、十分すぎるな」

 Dr.?はワイングラスを手に取ると、そこにシャンパンを注いだ。プラネタリウムの輝きに反射する液体が、ワイングラスに彩を添える。
 彼はそれをMxS7HGSに手渡すと、自身の分のワイングラスに同じシャンパンを注いだ。

「乾杯」

 同音の言葉で再会を祝し、両雄はワイングラスをぶつけた。小気味いい音が、作られた星の世界に響き渡る。

「さて、宴を再開しようじゃないか。もっと盛大に祝おう! 明るく行こうじゃないか、皆様方!」

 ざわめきが再び宴席を支配し、星空の下に声が響きあう。狼狽する客人の顔も、いつしか笑顔に変わる。苦笑であれなんであれ、全ての人々の顔が笑顔となる。
 華やかな空気の中、宴は第二幕を迎えた。

 弾けるような騒ぎ。それは混迷を極める情勢の中、一縷の光となるだろう。



 ――――始まりはここから。
 遍く者を巻き込んだ輪廻の宴は、これからが本番である――――




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