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 グリッド…1、タ…いは……
 グリッド2の勝利……デす……

 薄暗いモニター室。
 負けたアーキテクトは、薄気味悪いアナウンスを聞くや顔面を蒼白へと変える。

 ――やめろッやめてくれッ!!もう一度……もう一度だけ俺にチャンスをくれぇぇぇぇぇ!!!

 男は、いつの間にか背後に現れた黒ずくめの2人に両脇を抑えられる。
 そして……突然現れた骨のように痩せ細った両手が、男の首に手を掛ける。

 ――これはっ…これは悪い夢なんだ……そ、そそそそうだよ、これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ夢だゆめだゆめだ ゆめだ ゆめ だ ゆめ だ ゆ め  だ   ゆ  


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「おはようございます。」
「おぅ、イルス君おはよう、今日はいつもより早いな。」

 ここは、フォーミュラXに在籍するチーム、“ブルーネメシス”のACガレージ。
 チームに所属する、サブアーキテクトであるイルス・ブレームは、いつものようにメインアーキテクトであるブラウに挨拶をかける。
 声をかけられたブラウは、これまたいつものように手を振り、返事をした。

「今日は結構早く目が覚めちゃったんですよね……別に早寝してるわけでもないんですけど。」
「まあいいじゃないか、早起きは三畳の得だっていうしな。」
「三文の徳、ですよ……なんですか三畳って……」

 ブラウのいい加減な知識を軽く冷やかし、イルスはu-ACガレージの談話室にいつも置いてある新聞紙に目を通した。


――フロートMT強奪、C-27エリア爆走中に壁に激突、あえなく御用。
――旧世紀の遺物…旧ACパーツと思われる物体…さらに太古の昔に使われていた炊飯ジャーも発掘か?
――スチール・バレーで、フォーミュラフロント用の新ステージ追加か?FFAが今日にも協議。

「うーん、あんまり興味引くような記事はないなあ…スチール・バレーの件も、どうせうやむやで終わっちゃうだろうしなぁ……」

 談話室の自販機で買った紙パックの牛乳を片手に、イルスは新聞に軽く目を通す。

「以前もイエリブロックの改変だとかなんとか言ってなんにもしなかったし……ん?」

そこで、イルスは妙な記事を見つけた。

――アーキテクトが発狂、そして謎の死、これで4人目。

「なにこれ……?」
「あぁその記事、おまえさんも気になったか?」

 後から声がしたので振り返ると、ブラウが立っていた。片手にはどこから持ってきたのか、バニラ味の棒アイスを持っていた。

「いやぁ、こう真夏日和だと暑くてたまらんな……」
「ガレージシャッター全開で、外の気温入ってきますからね。ところで、この事件知ってるんですか?」
「あぁ、最近アーキテクトの間では有名な話だぞ。」

 イルスは、新聞のその「気になる記事」に目を通してみる。


[アーキテクトが発狂、そして謎の死、これで4人目]

 白昼、飲食店でそれは起こった。
ランチタイムで溢れかえっている店内に、突然ネイルハンマーを持った男がガラスを叩き割り、乱入した。
 レストランにいた女性客の証言によると、現れた男は片っ端にハンマーを振り回し、「もう一度、もう一度チャンスをくれー」と叫びながら暴れまわり、
そしてひとしきり暴れまわった後、足を滑らせて叩き割ったテーブルに強く頭をぶつけて倒れた。シティガードが駆けつけた頃には、男は出血多量で死亡していた。
 男はインゴ・スティン(31)、調べによるとBリーグ所属のアーキテクトだった。知人の話によると、最近よく嫌な夢を見て情緒不安定であったと言う。
 8月に入ってから似たような事件が既に3件起きており、シティガードは事件を捜査をするようだが、他の事件とは関連性は薄いと思われている。


「……発狂って、なんですかコレ。」
「さぁ、な。ほら今年は例年より気温が高いらしいしな、変なのも沸きやすいんじゃないのか?」
「そんなもんですかねぇ……」
「ま、発狂云々はどうせ偶然さ。ささっ、昨日の続き、重ACのAI調整テストをさっさと仕上げちまおうぜ。」

 そうですね、と軽く返事をしたイルスは新聞を折り畳んでテーブルに置き、ブラウと共にu-ACガレージへと歩いていった。
u-ACの調整をしているとき、イルスの頭の中ではこの奇妙な事件のことは完全に忘れ、頭の中からキレイに消えてしまっていた。


 まさかこの奇妙な事件の、5人目の体験者になるのが自分だということを、イルスは知らない。


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 最近、疲れがたまっている。イルスはそう思った。
 次のシーズン戦があと1週間で始まることもあり、チームは慌しく動いていた。
 オフ・シーズンであろうとも、アーキテクトには休みはほとんど無い。改良に改良を重ね、より高みに上り詰めるには果てしない時間が必要だ。
終わりの無い世界、無限に広がる知識の応酬、だからアーキテクトには休みが無い。

 ……とは言うものの、こう毎日毎日夜遅くまでACの調整をして、日付が変わる頃に自室に帰って来るようでは、いつの日か過労で倒れそうだ。
 どこかで休日をもらってリフレッシュしないと、と本気で考えないといけないかも。
 そんなことを考えながら、イルスはベッドにもぐりこむ。疲労のせいだろうか、程よく寝息を立てて眠りに付く。

 彼の意識は混濁していく。
 ひどく、ひどく息苦しい。胸が締め付けられているみたいな……苦しい、ただひたすら苦しい……


 気が付いたら、イルスは薄暗い部屋の長椅子に横になっていた。自分の部屋じゃない、どこだ…ここは?
 辺りを見回す。四方は白い壁のようで、やや緑色の灯りが反射して不気味な色を醸し出している。
天井を見ると、切れ掛かった電球が点滅を繰り返し、そのたびにパチッパチッという音をだす。
 長椅子の左手側に、モニターが設置してある。そのモニターからはどこかの映像が映し出されていて、モニターは古いのか映像がやや緑色に変色していた。部屋全体が緑色なのは、このモニターのせいらしい。

 視線を正面に戻すと、そこに二人の黒ずくめが立っていた。
 上から下まで黒いローブのようなものを身につけていて、わずかに口元だけ見える。見るからに異常ない格好だ。

「……ここはどこ?そして貴方達は誰だ?」

イルスがそう聞くや、片方の男が答えた、掠れた声で。


「おまえは……選ばれた。5人目の挑戦者に選ばれたのだ……」

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「おまえは……選ばれた。5人目の挑戦者に選ばれたのだ……」

 自宅で床についていたはずのイルス・ブレーム。
 だが、気が付いたら謎のモニター室で横になっていた。
 薄気味悪い部屋の中で目を覚ましたイルスは、あたりを見回す。すると突然沸いて出たかのように二人の黒ずくめが現れた。そして、いきなり「おまえは選ばれた」。どう考えてもまともじゃない。

「選ばれた……?誰に、何のために?」
 正直イルスは、こんな怪しい風貌をしている相手に話しかけたくなかったが、他に聞く相手がいない。仕方がないので、目の前の黒ずくめに聞いてみる。

黒ずくめは、こう答えた。

「我等の……ヌシにだ。」
ヌシ、と答えたっきり、黒ずくめはしゃべらない、一応意思疎通は出来そうだ。

「ヌシ?」
「そうだ、我がヌシ……」
「ヌシって誰のこと?」
「ヌシ、はヌシだ。それ以上でもそれ以下でもない。」

「水掛け論だね……ここから帰して欲しいんだけど。ここはどこなの?」

「ここは、悪夢。」

「悪夢?いや、そんな抽象的な話をしたいんじゃなくて、この場所がどこなのかと聞いてるんだけど?」

 完全に堂々巡りの会話。会話のキャッチボールが一方的にすり抜けていくかのような気分だった。
 と、そこで黒ずくめの一人が、やけに痩せ細った指でひとつのモニターを指差した。

「そろそろ………そろそろ時間だ…」

「なんの時間――」



『ここは、その昔廃棄されたアリーナドームだ。試合中の事故で火災に見舞われ、使われなくなった、誰からも忘れられた場所。』


 突如、スピーカー――部屋の隅にでも配置されているのであろう――から重みのある声と共に、モニターにひとりの男の姿が浮かび上がった。
 その男はイルスと一緒の部屋にいる黒ずくめとは違い、普通の風貌をした普通の男。だがその眼光は鋭く、モニター越しだというのにどこか自分の心の中まで見透かされるかのような気分を感じた。
 もし、初対面にこの男のような人間が、不意打ちのように現れたら、誰でもその威圧的な雰囲気に一瞬気圧されるであろう。

 「意外と肝が据わっている」と仲間内からも評判だったイルスも、現に一瞬怯んだ。

「……貴方は、誰だ?」
その一言を搾り出すのが精一杯だった。

『私の名前は……GR、とでも言っておこう。』
「ジー・アール?」
『そう、ジー・アール。私のことはそう呼んでくれ。』

「まあ貴方の名前については置いておくとして……ここの良いご趣味の黒ずくめ達は、僕の質問にまともに答えてくれないんだ。ちょうど良かった、貴方に聞くとしようか。」

 気圧されたとは言え、そうそういつまでも怯みっぱなしでいるわけにもいかない。すぐにいつもの調子に戻ったイルスは、“GR”と名乗った男に食って掛る。
 これくらいのやり取りは、リーグ戦でもよくあること。オーガのディアボリックに比べれば、可愛いものだ。

『ふむ、質問というのは、なにかな?』
「ここは、どこなんですか……ミスター・GR?」
黒ずくめにした質問と同じことを聞く。GRはそれに答えた。

『ここは悪夢の中だ、君のね。』

黒ずくめと同じ答えが返ってきた。イルスはその答えを聞くや、わざとらしく肩をすくめた。
「……貴方も同じ事を言うとはね、さすがに呆れた。」
『だがそれ以上の言い方は無い。』
「だったら、せめてもう少し判りやすく説明をしてくれないと。」

『君の知っている世界とは隔離された世界。』
「……なんだって?」
『現実であって、現実ではない。夢の中であっても、それは夢の中だけは済まされない。』
「言ってる意味が……よくわからないんだけど?」
『いずれ判る。いや、君がこの世界に現れたということは、少なからずその片鱗にわずかながら触れた、ということになる。』

「……もういい、そんなオカルトチックな話に付き合う気は無いよ。……話を変えるけど、ここから出るにはどうすれば……いい?」

 早々こんな薄気味悪い場所からは退散したい。イルスは後にいる黒ずくめを半ば強引に押しのけ、この部屋の出口に歩きながら心底うんざりした口調で言い放った。
 案の定、出口のドアはまったく動く気配が無い。こじ開けようと手で押したり引いたり、挙句は蹴り飛ばしたりしたが、結局ドアは無反応。

『ここから出る……というより、“この世界から開放”してほしければ、私の望みを叶えて欲しい。』
「誰が、見ず知らずの人の望みなんか叶えると思う?」
『そういきり立つな、私の望みは、君とある勝負をすることだ。』

 ドアのすぐ上からGRの声がした。見上げてみると、そこにはスピーカーがあった。

「勝負?勝負ってどういう勝負?銃撃戦でもするっていうのかい?」

その問いをGRは鼻で「ふふっ」と笑い飛ばし、その問いに答えた。

『勝負は、君の得意な分野……フォーミュラF。』

「……なんだって?」

『これでも私は、君と同じアーキテクトだ。知識の赴くまま、極限の知能戦をする……それが私の望みだ。』

 “アーキテクト”と聞いた瞬間、イルスはガンガンッとパイプイスでドアを叩くのその手を止めた。

「つまり……貴方に勝てば、ここから開放される、大方そんなとこ?」
『話が早くて助かる、そういうことだ。』

 かなり無理矢理でむちゃくちゃな話ではあるが、そんな異常な状況だというのにも関わらず、イルスは“アーキテクト”としてこのいかにも只者ではなさそうな雰囲気の男と戦うことに興味を持ってしまった。

『その顔、その目つき……やる気のようだな。』
「どの道、貴方のそのお望みを叶えて差し上げてあげないと、ここから出すつもりもないんでしょ?」
『我ながら、いささか強引なことだと思うが、その通りだ。』

「じゃあ、しょうがないよね……いいよ、その話乗った。」


 “どうせ夢の中の出来事だ”。そう思い、イルスは相手の条件を飲んだ。
(よくよく考えたら、僕の夢の中の出来事なんだから、そんな深く考える必要なんかないじゃないか。)
“夢の中で深く考えられる”という時点で、普通はなにかがおかしいと感じると思うのだが……残念ながらイルスはそこまでの考えにいたらなかった。

『対戦は明日の夜、この廃棄ドームで行われる。詳しい事は君の端末にメールで送っておこう。あともうひとつ……』

 音も無く、現れたときと同じように、いつの間にかイルスの背後に、黒ずくめの二人が立っていた。その二人が、突然イルスの両脇をつかみ、壁に押さえつけた。

「ちょ、なにを……する、い、いたたたたっ!!」

 か細い腕をしているのにも関わらず、物凄い力でイルスの体を押さえつける。もちろんイルスは抵抗したが、まるで万力で固定されているかのように、まったく跳ね除けることが出来なかった。

(これは……なんかものすごくやばい気がする……!)

 その予感はすぐに的中した。黒ずくめは抑えている手の反対の手を、ゆっくりとイルスの胸に置き、そして……ゆっくりと下へと動かし、腹の辺りで手を離した。
 その瞬間……イルスは、背中に嫌な悪寒が走った。

 急激に、気分が悪くなる。世界が混濁していく。息が……苦しい……あたまが われ そう  だ  …… これは ぜったい  やば  い ……


『この勝負が終わるまで、君の体の力を奪っておくよ。安心したまえ、君の生活にはそれほど支障はない……はずだ。』

 黒ずくめの腕の力から解放され、GRの言葉をどこか遠くに感じたまま、イルスは地面に倒れこんだ。


 彼は“夢の中で気絶した”、真っ黒なまどろみに包まれて。




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