特攻兵器の襲来。古代史に乗っ取り、大破壊とまで呼ばれたそれは。世界に混迷を広げるに十分な破滅を齎した。
 直下型地震にも耐える街が砕かれ、人類の英知の結晶たるシェルターが破壊され、鉄壁を唱えた要塞は駆逐され、豊かな緑は荒廃した土色に変わった。
 力なき人々も、力ある戦士も、数多の兵器も、マッスルトレーサーも、最強の機動兵器アーマードコアでさえ、その破壊から逃れられなかった。

 無論、人類とて反撃しなかった訳ではない。だが、人々の数は肥大化とはいえ有限。相手は無限だ。どちらが勝つのかは明白な話だった。
 人類滅亡論が声高に叫ばれ、怪しげな宗教が乱立したそれは、旧世代の言葉で言い表せば『世紀末』そのものだ。
 外には人類の天敵。内には不穏分子。これだけの材料が揃えば、人類が滅ぶというのもあながち間違いではない。事実、人類は滅亡寸前にまで追い込まれた。

 だが、始まりと同じように、唐突に特攻兵器は姿を消した。宗教家どもは祈りが通じたと歓喜し、権力者は軍を結集させパーレドを開き、人々は手を取り合って咽び泣いた。
 ハッピーエンドだ。だが、原因は不明。混乱と疲弊を栄光で帳消しする事は出来ない。どころか、宗教家を中心に救世主を名乗る者が続出した所為で、更なる混乱が世界を包んだ。
 混乱に乗じた者達は、生き残る為に武装組織を設立し、互いに凌ぎを削りあった。それを収めるべき企業は、すでに特攻兵器の襲来で力を失っていた。

 止める者もなく、力こそが全てとされる暗黒時代が到来した。ハッピーエンドのエピローグは、バッドエンドに突き進むストーリーの幕開けに変転した。

 かつて、アークという組織の中で統制を取っていた傭兵達も分裂。ある者はACそのものを降り、ある者は我欲に駆られ組織を作り、利潤を貪った。
 ある者は組織に追随する事で保身を計り、またある者はレイヴンとしての我を通した。

 だが、全てのレイヴンに共通していた事がある。それは貧困と呼ばれる、かつての栄光からは想像だに出来なかった悪夢だった。
 疲弊した世界に火種はあっても、燃え広がる事はない。戦車、戦闘機、MTで十分とされる戦場に、手間の掛かるACは必要とされない。
 加え、貧困という病は依頼主の間に蔓延していた。依頼主の報酬に依存する傭兵である以上、病の伝染は避けられない。

 安い報酬に命を掛ける。弾薬費すらまともに稼げず、修理すらままならない。この状況に絶望し、二束三文でACを売る者が続出した。
 売却しなかった者も野盗崩れとなり、道ゆく人々から略奪を繰り返した。

 かつてアリーナという形で人々に受け入れられていたレイヴンは、再び恐怖の言葉となって、世界を駆け巡った。
 特攻兵器と同じように、天災の類として受け入れられるようになっていったのだ。

 だが、その中にあっても、尚、かつてのようなレイヴンであろうとする者もいた。
 このままでは、遠くない内に企業連合『アライアンス』に潰されると理解している者もいれば、誇りの為に続けた者もいた。

 無論、金がなければ人々は生きていけない。コーム、すなわち共通紙幣の価値が下がった混迷の中では尚更だ。
 故に、彼らは戦場を求めた。もっとまともな戦争を。自身の命を対価とするに、相応しい報酬を用意する雇い主を。
 戦争が終わったと知って、競争しかないと知って、それでもなお銃火を求めた。

 そうして、彼らは進軍する。今尚戦火の燻る旧世代の遺物の眠る大地。最後の戦火の火種を残す大地。
 世界の最後を齎した大地。眠れる獅子が潜む大地。同胞たる烏が翼を羽ばたかせる、レイヴン達の聖域。

 そこは、未だかつて戦火が消される事はない旧ナービス領。
 世界の終わりを目覚めさせた場所。
 終わりを越えてなお続くバトルフィールド。

 最後の戦火に生き残りを掛ける外来と、最後の戦火を守ろうとする内在。
 二種のレイヴン達の共食いが、始まろうとしていた。


 * * *


【プロローグ1】

 その青年は、苛立ちを無表情の仮面に覆い隠しながら、電話の受話器を叩き落した。
 乱暴なその所業に、がちゃんと機器が悲鳴を挙げる。電話は哀れにも蹴り飛ばされ、くるくると空中を舞った。
 ばきゃん、と間抜けな音と共に壁に激突し、破片を撒き散らしながら落下する。それを最後に、電話はがらくたとなって床に転がった。

「なにをしている、フラージル」

 奥に潜む物陰から、鋭い声が飛んでくる。
 フラージルと呼ばれた男は、こめかみをピクピクと痙攣させながら、声の主へと振り返った。

「ああ、隊長。あの馬鹿本部のお馬鹿っぷりと救われなさに腹を立ててたところですよ隊長。
 分かりますか隊長。あいつら馬鹿ですよ。モノホンの、本物の、救われねえ馬鹿ですよ。ハッ、だからミラージュなんて連中に遅れを取るんだ。そう思いませんか隊長?」
「……今はアライアンスだ。お前のクレスト嫌いは知っているが、感情論は慎め」
「無理ですよ隊長。火が付いてるンですよ今の俺は。止まりませンよ。止まれませンよ。
 思えばクレストは昔ッから馬鹿だった。
 そもそも部隊を分裂させたのだって馬鹿だし、本部直営じゃない筈のナービス遠征部隊に裏切られる馬鹿だし、トップランカーを殺したのも馬鹿だし、
 モリ・カドルなンてお間抜けをこっちに入れたのも馬鹿だし、ジャウザーなンて犬はもっと馬鹿だし、ああくそ犬風情がレイヴンになるンじゃねえッ! 
 クソッ垂れが! 気にくわねえッ!」

 フラージルは頭を掻き毟りながら叫ぶ。先程まで、なんとか冷静の皮を被っていた声色に、怒気の色が混じり始める。
 それを見て、隊長と呼ばれた男は嘆息した。こうなったフラージルは止まらない。少なくとも、胸の内を全て吐き出すまでは。
 いっその事、過呼吸で死んでしまえばいいとさえ思うが、残念な事につい最近強化人間になったフラージルに、そんなお間抜けな死因はあり得ない。

 トロット辺りにでも仕事を押し付けておくべきだったか。そう後悔しつつ、隊長――エヴァンジェは再び嘆息した。

「そもそもむかつくのはあいつらが俺の愛機を盗ンでおきながら謝罪の一言もねえって事なンだよ! 
 長椅子に座りすぎて永眠してンじゃねえのかオツムがよ!! クレストは神様か? お神様ですかぁッ!? ええおい! 
 飼い主に牙剥いて周りで暴れて巻き込ンで、ごめンなさいもなしに、今日からアライアンス本部に入りました。これからよろしくね。じゃ、ねええええええンンだよぉぉッ!
 安心しきってンじゃねえだろうがあの馬鹿がよ! 花火挙げてりゃ満足なのか連中はよッ!? 
 しかもそれに俺のだぁぁぁいじなッ、大事なACをよぉ、ダ・ルーインをよぉッ! 
 盗ンで、しかも壊してしまいました? でも壊したのはアークのレイヴンだから、自分達には関係ありませン、だァァァァとぉぉぉぉ!?
 舐めた口を聞いてよぉぉぉ!! ああくそッ、糞がクソがくそが! 自分のケツも拭けねえ奴が大法螺吹くのが俺は大ッ嫌いなンだよッ!!」

 息を荒げつつフラージルは叫ぶ。肩が上下していれるのは、呼吸もせずに叫び続けた結果だ。
 勿論、同情する余地は欠片もない。強いて言うならば、壊れたスピーカーがようやく雑音を吐き出すのをやめてくれたような、そんな安堵があった。

「……で、なにがあった」
「……本部の上層部は戦術部隊の立ち上げに反対しているみたいです。
 ミラージュの連中が唯一理解を示してくれてはいますがね。あの馬鹿阿呆の糞蟲クレストの、無価値極まりないダニどもが反対しているそうですよ。
 まあ、かつての最大戦力であるミラージュが賛成してるんで、好き勝手に動けないというのが連中の本音でしょう」

 怒りのままに叫び胸の内を浄化したのか、フラージルの語調には冷静さが戻っていた。
 無論、その心中では未だ怒りの炎が燻っているのは間違いないが、報告に支障はない。一部、情報の改竄がないわけではないが、許容範囲だ。

「ですが、ミラージュとて積極的に賛成しているとは言えません。このままでは先の見えないゴミクズどもに押し切られ、戦術部隊の立ち上げすらままならなくなるでしょう。
 ま、リスクは分からンでもありませンがね。本部の戦力を削って明け渡すンだ。前に独立させた遠征部隊に裏切られたアホには、かつての悪夢の再現にしか思えないンでしょうな。
 クレストの技術陣が哀れでなりませんよ。製品はいいのに、頭が駄目じゃどうしようもない」
「……そうか」
「キサラギ派が中立を保ってるンで、こいつらを味方につける必要があります。そうすれば、生ける生ゴミの意見も翻せるでしょう。
 まあ、あいつらは虫大好きの変態どもで、アライアンスにハブられてますが、まあ数だけはあるんで議会への影響力はありますからね。
 旧世代兵器の情報でもあげれば、“ハエみたいにくるくる回って付いてくる”」

 そう言うと、フラージルは薄く笑った。先ほど叫んでいた時と同じ、あるいはそれよりも凶暴なものを感じさせる笑みだった。

「戦術部隊の有用性も、頭の固い上層部に示してあげなきゃいけない。
 頃合でしょうや隊長。ナービスでは、まだドンパチやってるそうですよ。アーク残党とアライアンスで、しのぎを削りあっている」
「……出るべきか」
「当たり前でしょう隊長。戦術部隊の存続が掛かってる。我々の生き死にが掛かってる。
 浮浪者や野盗崩れになるよりは、アライアンスについた方がよっぽど、“暴れられる”じゃないですか」

 エヴァンジェは、その言葉に応えるように、口の端を吊り上げた。
 それは、傍目から見れば穏やかとも取れる笑みだったが、その実、フラージル以上の狂気を滲ませた笑みだった。

 だが、その笑みは、机の上に置かれたパソコンの、モニター内に広がる仮想空間に置かれた書類の束を見た瞬間に消える。
 変わって現れたのは、中間管理職特有の、諦観の滲む疲弊の吐息だった。

「ああ、そうそう。言い忘れてやしたがね」
「なんだ、フラージル」

 先の激昂の聞き役、そして書類によって機嫌を損ねていたエヴァンジェの声は、苛立ちの滲むものだった。
 それを受け、フラージルは後頭部を掻く。言うべきか、どうするべきか。
 上司であるエヴァンジェを怒らせる事に対する怯えではなく、真実伝えるべきかどうか迷ったが故に。

「キサラギのド変態どもがですね。ミラージュの頭でっかちどもに先んじたい事があるらしいンですよ。
 なンでも、ドミナントとか言うらしいンですがね」
「ドミナント?」

 キーボードの上を躍らせていた指を止め、エヴァンジェはモニターからフラージルへと視線を移す。

「ええ。戦闘好適者。言わば、AC操縦の才能が図抜けた連中ですな。
 レイヤードの開放を行ったイレギュラー、サイレントライン事件を収束させた伝説のレイヴン。こいつらは間違いなくそうでしょう。
 ジノーヴィーも入れられていたかもしれませンな。まあ、死ンだンだから、名前だけのゴミだったってオチもありますが。
 まあ、兎にも角にも、ドミナントが趨勢を担うトンデモさンである事に変わりはない。そんなだから、配下に置きたいとでも思ってンのかもしれませンなァ」
「馬鹿どもめ」

 憤りを露にしながら、エヴァンジェは呟いた。その怒気の滲む声に、フラージルは些か驚く。
 言葉の矛先が自分であるというのならばまだ分からんでもない。だが、エヴァンジェの言葉は、どう考えてもキサラギの人間達に向けられているとしか思えなかった。

「ドミナントがその意味通りなら、私こそがドミナントに決まっているだろう。キサラギの連中も、存分目が悪いと見える。
 お前の言う馬鹿どもに証明してやる必要がありそうだな。私の実力を。我々、戦術部隊の力を」
「ええ。その通り。無能と有能の差異を知らしめてやりましょう」

 そうして、二人は笑いあった。その色には、隠し切れていない嘲りの色があった。
 ひとつは、無能なアライアンスの上層部に対して。
 もうひとつは、目前に経つ同胞への嘲りだった。


 * * *



【プロローグ2】

 硬い。それが、その男が一番初めに抱いた感慨だった。
 この感覚は久しく忘れていたものだ。何年前だったか、それとも何ヶ月前だったのか。それさえ思い出せないが、やはり忘却の彼方にあった快楽が戻ってくる感覚は心地いい。
 尻が震えている。ケツの穴が興奮で引き締まっている。脳内麻薬が分泌されて、脳裏のギアが上げられる。
 ハイだ。今の俺は途轍もなくハイだ。この感覚。女を抱くのにも似た、だがそれとは相反する悦楽こそが、自分の追い求めていたものだ。
 永遠のスリルにも似ていて、だが終われば怠惰の匂いに堕落する。この一瞬の刹那こそが、この行為の醍醐味だ。そう思いながら、尻を震わす。

 顔に熱気が吹き付けられ、指にかけられる感触も久しく忘れていた。
 足を昂揚と共に突き出す感覚も、匂いを感じんとする嗅覚も、荒い呼吸で吸い込まれる空気を味わう味覚すらもが、今、この場所にある。

 アレがバレて職を失ったが、特攻兵器とやらのゴタゴタのお陰でようやくこの生活を取り戻す事が出来た。
 女を片っ端からヤリ捨てるよりもいい生活だ。いや、一応これでも強姦なんて真似はしたことがないが、そんな事をヤリたいと思わないぐらいに、今この瞬間が心地よい。
 麻薬を打つよりも気持ちいい。いや、麻薬に手を出した事はないが、そんな事よりもこの“お注射”の方が強烈だ。

「……なあ、そうだろう相棒」

 傍らに眠る女がいたとしても、俺達の楽園には届くまい。そんな感情を込めて口にした言葉は、まるで恋する女のように震えていた。
 相棒の呼吸が聞こえる。体内に震える振動が感じられる。興奮で汗が零れ出る。

 笑えるぜ。まさか、ここまで気持ちいい事だったとは。自分は、こんな気持ちのいい事を忘れていたとは。
 最高だ。今の俺は最高の気分だ。お前だってそうだろう。相棒。

 AC、ストレイタス。そのコックピットの硬椅子に尻を置きつつ、その男――ファントムはほくそえんだ。

 ホバータンクの走行は、安定しているように見えてその実、意外と安定性が無い。ともすればキャタピラ型のそれと同等程度には車体が揺れる。
 無論、車体と証するにはACは相応しくないが、陸上兵器であれば扱いは同じだろう。

 こういう事を脳裏で考える度に、つくづく自分はレイヴンなんだなと考える。だが、それを忌避する感覚はない。
 自分の力がそのまま金に直結する世界。これこそが、人間というものを突き詰めていったものの究極だ。
 その中にあってこそ、人間は真に強さを評価される。金という、あまりにも分かりやすい評価によって。

 だからこそ、俺はこの地獄の戦場に戻ってきたのだ。レイヴンという種が滅び始めた、この時代に、あえて。 
 それに、この尻に感じられる走破の震えと来たらない。脳髄が研ぎ澄まされ、戦場の感覚に滾っていくスイッチしていく感覚は、何処の酒よりも甘美なものだ。 

 暖房の熱気が顔面に吹き付けられ、指を引き金にかける感触。アクセルを踏み込む感覚。血の匂いを掴み取る嗅覚。戦場の空気、そして流れを把握する味覚。
 加えて、モニターから差し込む擬似世界を見る視覚、相棒の装甲越しに悲鳴を聞き取る聴覚。五感に感じられる全てが、最高の感覚だ。
 最高の麻薬、最高の“お注射”。掛け金は命。配当はたんまり。

 最高の世界だ。シャンパンを掛けて愛の言葉を囁きたくなる。
 ナービス領、ガラブ砂漠。地獄に最も近いこの場所が、ファントムにとっての天国だ。

 砂塵の風と砲声の音。銃火の匂い。MTどもを鉄塊と錆に変えていく感触。
 獲物を撃ち殺し、金がざくざくと入ってくるという手ごたえといったら、今までのどんな遊びもごっこにしか思えなくなってくる。

「……まあ、だからこそ邪魔者がいるのは気にいらねえんだがな。そうだろう、相棒」

 ファントムは、微かに眉を顰めると、己が身を心臓とする愛機、ストレイタスへと語りかけた。
 鉄の戦士は応える事なく、主の意思にのみ身体を動かす。右腕に装備されたバズーカの照準が、傍らを付かず離れずの距離で併走するACへと向けられる。
 二脚型の、赤黒いカラーリングに塗り固められたそのACは、バズーカの照準を向けられている事に気付く事もなく、併走を続けていた。
 あまりに稀薄な危機感。それに、ファントムは思わず溜息をついた。

 レイヴン、ジョン・ドゥ。AC、ダークエイジス。
 レイヴンという種が廃れはじめた時代にレイヴン試験の合格が決まった、なんとも幸運なのか不運なのか分からない男。
 それが、今回のファントムの領機だった。

 無論、領機と言っても相棒ではない。そもそも、ファントムはストレイタス以外の相棒をよしとしない。
 任務につく者が増えれば増えるほど、分け前は減る。それは、報酬、ひいては評価が減るという事だ。
 故に、ファントムは依頼主が求めぬ限り、領機をつける事はない。

 このジョン・ドゥという男も、依頼主が求めたから随伴させただけの事だ。本当なら今すぐ撃ち殺してさえやりたい。
 随伴する者がエキスパートならいざ知らず、このレイヴン、ジョン・ドゥは最近になってレイヴンになったばかりの素人だ。
 一応、トレーニングやシミュレーター上では最高の戦績を残したらしいが、アテには出来ない。ヴァーチャルとリアルは違う。実戦の感覚がない以上、そんなものは大道芸と変わらない。

 精々、ピエロが関の山だ。そうファントムは考えていた。
 それに、シミュレーター上のトップランカーの称号に対して憤りを覚えていた、という事もある。

 ナインブレイカー。古き時代における最強を打ち砕いた、という敬意の名であり、ジョン・ドゥの持つ称号だ。それが、ジョン・ドゥを依頼主に信頼させる要因になっている。
 馬鹿らしい、とファントムは思う。所詮はシミュレーター上の仮想アリーナで得た称号に、何の意味がある。
 一応、通信で対戦相手は人間らしいが、仮想空間での戦闘は致命的に実戦の匂いが欠ける。だからこそ、トレーニング機能を持ちながら、レイヴンは実戦で愛機のアセンブルを試行錯誤するのだ。

 故に、如何に操縦技術に長けようが、素人でしかない。流動する状況に応じて機動を変える能力を、アリーナ上がりは持っていない。
 現に、アリーナや仮想空間の感覚で出撃し、やられていった自称腕利きの末路を、ファントムは嫌という程見てきた。

 だからこそ、溜息をつかずにはいられないのだ。
 ナインブレイカーなどという何の意味もない称号を得て浮かれているお坊ちゃまと、それをお守りする役目を押し付けられた自分に。

「そこの犬っころ」

 傍らを併走するダークエイジスに対し、通信回線を開く。応える声はない。不機嫌そうな舌打ちだけが、スピーカーから聞こえた。
 最悪だ、とファントムは思う。この程度のなじりも受け入れられない器量の小さい奴なら、戦場での有用性は絶望的だ。

「愛犬ジョンちゃーん……おら、ジョン・ドゥ! 聞こえてんだろうが!」
『聞こえているとも。幽霊気取り』

 機嫌の悪さの滲む声で、ジョン・ドゥは応えた。ファントムは、バズーカの引き金を引こうかどうか一瞬迷い、そして一応通信回線を切らない事にする。
 とりあえず、戦場において信用は必要だ。背中を預けるのではなく撃ち合う相棒など、全く以って洒落にならない。
 信頼関係を結ぶのは無理でも、ある程度は緊張を緩和しておく必要があるだろう。

 だが、それはあくまである程度の実力を持った相手同士の場合だ。
 今のようなド素人の場合、背中から撃たれてそのまま死ぬ奴も珍しくない。試験に受かって有頂天になり、プライドだけ高めた馬鹿の末路は同じだ。
 エヴァンジェのようなトンデモならば兎も角、シミュレーター上だけの実力を誇る馬鹿の末路も、同様だろう。

 それを少し早めてやるだけの話だ。引き金を引いても構わない。引いたところで、ファントムを責める者は誰もいない。
 しかし、ファントムは考えた。ここでこの鼻高々の小僧も、まだ若いのだと。金にもならない命を散らすのは面白くないと。
 故に、彼は親切心でこの場の命を繋いでやる事にした。

「聞こえてるならいい。耳の穴よーくかっぽじって聞けよ新米。お前は俺の後ろで震えてろ。そして実戦の匂いを覚えておけ」
『俺はナインブレイカーだ。実戦レベルの経験は行われている。トレーニングだけじゃない。アリーナでも力を証明してきた。現に、現職のレイヴン達を俺は倒したぞ』

 びきり、とこめかみに筋を走る。引き金に指が掛かる。
 だが、意を翻すのも潔くないと、ファントムは言葉を続けた。

「ヴァーチャルとリアルは違う。お前の腕は、所詮は仮想空間ものでしかない」
『ナイスジョーク』
「は?」

 くつくつと、心底愉快そうな笑い声と共にジョン・ドゥは言葉を放つ。ファントムは、あまりにも予想外の言葉に、呆気に取られ、言葉を失った。
 その無言を疑問と読んだのか、ジョン・ドゥは問われてもいないのに言葉を続ける。

『なに。トレーニングの決まり文句さ。
 それにしても哀れだな、アンタは。技術の進歩を知らないのかロートル? 仮想空間だろうが、今では現実と寸分の違いもない。
 ヴァーチャルとリアルの違いなど一ミリ単位もない。俺の力はヴァーチャルで磨かれたものだが、幻想ではないんだよ』
「……なるほど。貴様が犬なんてもんじゃない事がよく分かった」
『じゃあ、評価を改めてもらえたのか?』
「逆だよ。この天狗野郎。勝手に死ね」

 チ、という舌打ち。それはファントムのものではなく、侮蔑を受けたジョン・ドゥのものだった。
 反論しようと意気込む呼吸が、スピーカー越しにファントムの鼓膜を叩く。顔を顰めつつ、ファントムは耳を塞ごうと腕を伸ばし、

「……敵か」

 その指を、引き金へと掛けた。
 レーダーの周囲に、赤い光点が点灯している。敵の接近を示すものだ。
 ファントムはコンソールへと片手を滑らせる。敵に対する戦闘準備を整える。
 その指捌きは精密にして神速。電光のような早業が、静止の暇もなくファントムを動かすプログラムを書き換えていく。

 だが、視界の端に信じられぬものを捉え、止まらぬ筈のその指が静止した。
 赤黒いカラーリング。AC、ダークエイジス。それが、自分の準備を待たずして、敵陣へと進んでいったのだ。

『ナインボールを倒した俺の力を見せてやろう。ナインブレイカーとドミナントに、差異は何処にもない事を証明してやる!』

 ファントムには一部すら理解できぬ言葉。それだけを残し、ジョン・ドゥは敵陣へと突っ込んでいった。
 追いかけようかと考えて、やめる。タンクの機動性ではダークエイジスには追いつけないし、奴に力を貸してやる義理もない。
 運がよければ生き残り、こちらの言葉の正しさを知るだろう。悪ければ死ぬだけだ。どの道、ファントムには関係のない話である。

 それに、ファントムがダークエイジスの後を追わないのはもう一つ、理由があった。

「んで、だ。出てきたらどうだ?」

 ストレイタスの外部スピーカーがファントムの言葉を吐き出す。それと共に、一機のACが姿を現した。
 軽量化された機動型ACと思しきその機体。砂漠に合わぬ闇色の雄姿に、ファントムは覚えがあった。
 ナービス領の中級ランカーの一人、コープス・フール。その愛機、ダークチャームだ。

 肝心の目潰しが、役に立たないと悟ったからだろう。ダークチャームの肩部に取り付けられていた、三角形を思わせる形状のエクステンションがパージされる。
 パージした瞬間に、ストレイタスが警告の鐘を鳴らした。遅いんだよ、と己が相棒の警告に、ファントムは舌打ちする。

『……何故気付いた』

 開かれた通信回線越しに、コープス・フールの声がストレイタスへと届く。
 スピーカーの雑音交じりの声をファントムは聞き、思わず噴出した。相手は、そんな事を本気で言っている。それが、おかしくてたまらないと。

「馬鹿が。ACのレーダーは複合型だ。犬っころのような馬鹿なら兎も角、それなりのレイヴンは騙せやしない。
 レーダー波だけ誤魔化してもな、音信探知や熱源探知にしっかり写ってんだよ、間抜けめ」
『いや、言い訳がましいが私の落ち度ではない。エクステンションパーツが不良品だっただけだ』
「だから間抜けだというんだ。ソイツは、CROWはな。今まで大量生産した中で、機能したのが二つだけっていう故障の代名詞なんだよ!」

 ファントムの言葉に、コープス・フールは下唇を噛んだ。
 ジョン・ドゥと違い、それなりに経験を積んできたレイヴンであるからこそ、自身の失態を理解できる。悔いる事が出来る。

『……なるほど。確かに私の落ち度だな。君は優秀なレイヴンなようだ』
「はは、テメエもそれなりに目はあるんじゃねえのか。少なくとも、アレよりはよっぽどな」
『違いない。君もお守りは大変だろう』
「分かるか?」
『分かるさ』

 その言葉と同時に、コープス・フールは引き金を引いた。
 相手が会話に弛緩する瞬間を狙っての必殺。担い手の意思に応え、まるで西部のガンマンのような流麗な動きで、ダークチャームが狙撃銃を構える。
 だが、それでもなお遅い。ストレイタスの装甲が銃弾に叩かれるよりも早く、バズーカの砲声が轟いた。

 秒と置かずに大気を滑る砲弾。それを回避する為に、コープス・フールは攻撃を取りやめる。ブースターを点火、体勢を崩しつつ、鉄の五体がスライドする。
 ダークチャームのブースターの火。その紅蓮に、砲弾は己が肌を焼きながら、あらぬ方向へと飛び去り、やがてその姿を消した。

 それでもコープス・フールは油断しない。アドレナリンが分泌され、時間が鈍く感じられる世界の中、ショットガンを構えるストレイタスの姿を視認したが故に。
 再び構えられる狙撃銃。お互いに銃口を突きつけあったまま、コンマ一秒の静寂を噛み締める。

「人の言葉はよく聞いとけよボケナス。だ、か、ら、間抜けだというんだよ。俺が油断すると思ったのか? 油断してる隙に殺せるとでも?
 殺すってのは殺される覚悟をするってのと同義だ。少なくとも、俺みたいなレイヴンを相手にした時はな。分かるか? 阿呆。分かってるか? 阿呆。
 この糞阿呆が。俺を殺そうとしたんだ。殺される覚悟は当然出来てるよな? コープス・フール」
『……君もなッ』

 もはや言葉はいらない。足を引っ張るものを失った二つのACは、本来の実力を以って、命を削る死闘を開始した。
 その時、ファントムの脳裏から、ジョン・ドゥの存在は完全に掻き消された。



 * * *


【プロローグ3】

 その汚い身なりをした黒人の少年は、バットでも叩き壊せぬ強化硝子の奥に鎮座する、黄金のトランペットを見つめていた。
 輝くような眼差しだ。この荒廃した世界の中にあって、夢と希望を失わない顔をしていた。
 何処と無く場違いのような、誰も届かない眩しさを持っているような、そんな錯覚さえ覚えさせる程の純粋さ。

 だが、それを見る者に滲むのは、希望を手助けしてやろうという優しさではなく、憎悪にも似た憤怒である。
 店員も、客足を遠のかせる少年に、今にも殴りかからんばかりの形相をしていた。

 己が身に突き刺さる無数の悪意に、少年が気付かぬ筈はない。それでも、少年はトランペットを見つめ続けていた。

「それが、欲しいのかね?」

 ふいに背に掛けられた声に驚き、少年は飛び跳ねるようにして振り返った。その視線の先には、燕尾服に身を包みシルクハットを被った、初老の紳士が立っている。
 優しげな声の主が彼である事に、疑いはなかった。

 驚きのあまり声も出せない少年に、初老の紳士は再び、この荒廃した世界に相応しくない、優しい声色で語り掛ける。

「そのトランペットが欲しいのかね?」
「え、は、はい」

 すらりと伸びた長い足が印象的だな、と少年は場違いな感想を抱きつつ、紳士の言葉に返答する。
 その初々しい返答に、初老の紳士は笑みを浮かべた。同時に懐に手を伸ばし、白銀にきらめくカードを取り出す。
 何十億とも知れぬコームの所在を示す、プラチナカード。初めて目にするその輝きに、少年の目がまん丸に開かれる。

「買ってあげよう。なに、君に求めるものはない。私はこういう人助けが趣味なのだよ」

 そう嘯き、初老の紳士は店へと足を踏み入れる。笑顔で手招きし、少年も店内に入れた。
 紳士は、店員にトランペットの値段を聞く。目玉が飛び出すような価格だ。昨今、このような趣味の品を求める者は少ない。だからこそ、その手の類の高騰は続いていた。
 その上、そのトランペットはそもそもが高級な品で、好事家が調度品として欲しがる一品である。趣味で初対面の相手に購入するようなものではない。

 だが、紳士は躊躇無くトランペットを購入すると、包装されたトランペットを柔和な笑顔のままで少年へと手渡した。
 少年の顔に戸惑いが浮かぶ。それは、相手の善意に対する困惑であり、相手が悪意を秘めているのではないかという疑念でもあった。

「気にしなくていい。私は君に何も求めない。名乗る必要もないし、借金取りが来る事もない。疑わしいのは分かるが。
 むう、なんなら、そうだな。これで信じてもらえるかね?」

 紳士は、己が手に持ったプラチナカードを、少年の手に手渡す。
 少年の顔が、先ほどのそれよりも遥かに強い驚愕によって、滑稽なまでに変貌した。

「さて、これで私は一文無しだ。対して、君はそれだけのお金を持っている。例え借金取りが来ても、賄賂で簡単に追い払えるだろうさ」

 一瞬、少年の顔に戸惑いが浮かぶ。確かに、紳士の言葉は正しかった。だが、だからこそ戸惑いが浮かぶ。
 紳士が善意から言っているのは間違いないと少年は思う。そして、それを食い物にする事こそ賢い選択だと。
 だが、少年は紳士のプラチナカードを懐に収める事が、どうしても出来なかった。確かに、これがあれば一生遊んで暮らせるだろう。
 しかし、それは善意を踏みにじる事とイコールだ。それを理解しているが故に、薄っぺらいカードが異様に重く感じられた。

「いえ、これは、お返しします」

 何とかそれだけを口にし、少年はカードを紳士に返却する。紳士は、さして驚いた表情をするでもなく、手渡されたカードを再び懐に収めた。

「いいのかね?」
「いえ。このトランペットを買ってくれただけで十分です。十分、嬉しいです」

 ぺこり、と少年が頭を下げる。紳士は、柔和な笑顔のまま、その謝礼を受け入れた。

「君は無欲なんだな」
「いえ、そんな事は……ところで、おじさんのお名前は?」
「私か……私の名前はロボットみたいで好きではないんだよ、少年。そうだな……代わりに足長おじさん、とでも呼んでもらえればいいさ」

 そう言うと、紳士は牛革の革靴の踵を返す。背を向けたまま、笑顔だけを振り向かせ、少年に手を振った。

「機会があったらまた会おう。優しい少年よ」
「さようなら、足長おじさん!」

 その言葉にますます笑顔を深めつつ、紳士はその場を立ち去っていった。

 しばらくその背を見つめていた少年だったが、やがて背に響く靴音を聞き取り、振り返った。その先には、柄の悪い格好をした強面が数人、不気味な笑顔で佇んでいる。
 とは言っても、それは悪意の笑みではない。善意の笑みだ。強面ゆえに不気味に見えるが、その笑顔は少年への賞賛として向けられたものだった。

「やったな! ***!」

 強面の一人が少年の名を呼び、肩を叩いた。その手に握られた包装、その中身である高級トランペットを見て、思わず舌なめずりをする。

「これで数年分は食ってけるぜ! それだけじゃない。こいつを元手に今の麻薬流通を広げる事だって出来る! 全く、大したお手柄だぜ、***!」

 わしわしと少年の頭を掻き撫でつつ、リーダーと思しき強面の青年が賞賛した。意気揚々と踵を返し、少年と二人の強面を連れて、己がアジトへと足を伸ばした。

 彼らは、街の闇に潜む非合法組織の一人だった。自治都市であるこの街は、外部に対する警戒を強めているだけに、内部に対して穴がある。
 その穴をつき、麻薬を用いて密かに支配を広げるギャングが、彼らだった。
 幸い、麻薬を求める者はごまんといる。この腐った荒野に絶望し、一時の幸せを求める奴は大漁だ。

 ――少年は、本来店の強盗の下見に向かっていたのである。だが、あの老紳士の親切によって、狙っていたトランペットを労せずして手に入れられた。
 これをアライアンスの好事家に売った資金を元手に、組織はさらに麻薬の流通を広げられる。あるいは、街の支配者になる事すら可能かもしれない。

 膨らむ夢に、少年の足取りは自然、軽やかになった。
 そして、心中で、あの足長おじさんへの感謝の言葉を口にした。

 彼らは古いタイプのギャングで、流儀を律儀に守るところがあった。だからこそ、最近になって台頭した新組織に支配権を奪われかける窮地に陥っていたのだ。
 だが、その窮地もこのトランペットが救ってくれる。少年の顔に笑顔が浮かぶのは無理からぬ話だった。

 だからこそ、少年は紳士からプラチナカードを奪わなかったのだ。
 トランペットを購入してくれた感謝の意味合いだけではない。自身が麻薬流通を担う一員である事の、贖罪の為に。

 鉄筋製の廃ビル、彼らがアジトとするその場所に辿りつき、少年とその仲間達は各々祝杯を挙げた。
 勝利を確信した宴は盛大な盛り上がりを見せ、高級トランペットがやってきた事を祝う為に、歌が歌われた。

 そのアジトに赤銅色のタンク型ACが近づいている事を、まだ彼らは知らない。
 鉄の法の裁きが、彼らが敵とする組織に下っていた事実を、まだ知らない。
 鉄の法の裁きが、彼らに下されようとしている事を、まだ理解していない。
 アジトを知られた理由を、彼らは気付いていない。

「言っただろう、少年。また会おう、と。気付いていなかったようだな。君に取り付けられた探知機に」

 赤銅色の重装甲タンクAC、アイアンL―OW75のコックピットの中、紳士はそう呟いた。
 いや、それは最早紳士ではない。レイヴン専用のパイロットスーツに身を包み、煙草の煙をくゆらせる姿は、先ほど少年にトランペットを渡したお人好しとはまるで別人だ。
 何より、顔に浮かんでいるものが違いすぎる。柔和な人の好い笑顔は、鉄錆の匂いのする嘲笑へと移り変わっていた。

『こちらJ・タウワマーン。MxS7HGS。聞こえるか。こちらの任務は完了した。張り合いのない任務だ。とっとと終わらせたし』
「こちらMxS7HGS。聞こえているぞ、タウワマーン。了解だ。早々にケリをつけてやる」

 アイアンL―OW75の左手が挙げられ、その手の中にある大型レーザーライフルが鈍く光る。
 KRSW。過去に存在したと言われる最強の名銃、KARASAWAを、ミラージュが現行の技術で可能な限り復元した模造品だ。
 だが、その威力は紛れも無く本物である。HIレーザーライフルの閃光は、廃ビルを打ち崩すに十分な破壊力を持っている。

「子犬は可愛らしいが、この世界で生き残るには弱すぎる。そう思うだろう? 少年」

 MxS7HGS。機械のパーツめいた名を持つそのレイヴンは、かつてナービス二位を保持した力を存分に用い、宴を続ける廃ビルへ砲火を叩き込んだ。





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