時刻 14:19 旧バルガス空港内部
施設の壁を貫く轟音、襲い来る凄まじい震動、悲鳴を上げるシートベルト。
遂に、《大魔神》は施設最深部への到達に成功した。
炸薬の奏でる快音と共に、カーゴの入り口が弾け飛び、《大魔神》はその役目を終えた。
今にも逆流しそうな胃液、鳴り止まない耳鳴りに晒され、敵陣の真っ只中でレイヴン達はコクピットの中で放心同然だった。
「……聞こ…すか!? 応……います! 大……ですか!?」
そんな彼等の目覚まし時計の如く、オペレーションモニターからけたたましい音声が鳴り響いた。
声の主はレミントンのようだ。長距離通信のため、激しいノイズが雑じる。
「な、なんとか……」
「酷ぇ乗り心地だった。もう二度とやらねーぞ」
「人体実験じゃないんだぞ……勘弁してくれよ」
不平を並べた返答が、オペレーションモニターへと返る。
レイヴン達の無事を確認し、司令部には再度安堵の空気が流れた。

――メインシステム、戦闘モード、起動――
ACのシステムが切り替わり、レイヴン達は己の役割を思い出す。
カーゴから一歩出ると、そこには真っ黒な闇が広がっていた。
地下深くであるため、突入時に開けた穴からも、光は届かない。
仮に届いたとしても、あの漆黒の雲が広がる空に光源の役割は期待できないだろう。
「エリア……プを確認し……さい。事前に地形デー……れておきまし……従って移動……」
「ラッシュ! 後ろだ!」
レミントンの音声が途切れると同時に、プロジェクターはガンナー1の背後に蠢く存在を確認した。
その声に反応し、ガンナー1は片足を軸に、半身のブースタを吹かしての急速旋回。
急激に噴射されたブースタに吹き飛ばされ、『何か』が高所から落ちたトマトのように地に弾け飛んだ。
茶色と緑が混じりあった体液が流れ出し、散乱した肉片は未だ蠢いている。
「AMIDA……」
ヘクトは呟き、ウィルソンの言葉を頭の中で回想する。
(我がキサラギ社の生体兵器技術の集大成だ)
初見では不覚にも醜態を晒してしまった、作戦前のあの映像にもAMIDAはいた。
敵陣の真ん中、いやこの施設自体に『マザー』が寄生しているのならば、むしろ敵の腹中か。
そんな場所に自分達は飛び込んだのだ。その子機である生体兵器が出迎えるなど当たり前だった。
そして、ガンナー1に吹き飛ばされた死骸の後方には、怪音を響かせながら子機の大群がこちらへと向かっていた。
あまりにも多数、あまりにも多種。正に生体兵器の巣に飛び込んだという事を、改めて実感できるほどの数だった。
その一匹一匹が敵意を剥き出しに、女王蟻を守る兵隊蟻の如くレイヴン達に群がろうとしていた。

不意に、一機のACが前方へと駆けた。
群れに対して真っ向から立ち塞がり、手にしたマシンガンの銃口を向ける。
「ヘクト、お前はガンナー1と3を連れて先に行け! 残りはここに留まり、迎撃に入れ!」
「戦力を割くっていうの? 無茶だよ!」
「死にたくなけりゃさっさとしろ! ガンナー3、そっちの指揮はお前に任せる」
異を唱えるヘクトを制し、マシンガンを群れの先頭へ一斉射。
水平にばら撒かれた弾丸は、瓦礫の破片と生体兵器の肉片を巻き上げ、瞬間的に群れの進攻が止まる。
「任されたッ! 恐らくそれが最善だ。ラッシュ、行くぞ!」
いち早くスウィフトの考えを察知したトーマスは、機体の進路を施設深部へと向ける。
ガンナー1、やや遅れてクイックトリガーもガンナー3の後を追う。
軽量二脚、追加ブースタ装備の中量二脚、そしてフロート。
三機の機動力は、ほぼ同列だ。七機のACの中では上位の三機だろう。
そのため、スウィフトはその三機が適任と判断し先行させた。
この場に留まるACは自機のシュライクを除いて、やや機動性に欠ける。
しかし、火力は十二分だ。後方での足止めには最適だろう。
「ここは通行止めって事かい?」
群れに銃口を向け、射程内に入るのを待つスウィフトにプロジェクターは問い掛けた。
「そうだ」と短い返答。コルトは既にリニアガンの発射態勢に入っている。
「派手にいこうぜ!」
やや弾んだジョーの声と同時に、エース&ジョーカーのコンテナミサイルが本格的な戦いの火蓋を切った。

時刻 14:21 司令部
「一〇二大破!」
「デコイ1沈黙!」
施設上部にて繰り広げられる陽動作戦は、次第に消耗の色を隠せなくなっていた。
全八体の耐性生物の内、既に一体が倒され、ルシャナ隊も被弾による損傷と残弾に余裕が無くなっている。
圧倒的な物量と生産プラントである『マザー』が健在な今、完全な子機の殲滅は不可能だった。
「……残りの推定継戦時間はどれ位だ?」
「待ってください……イレギュラー要素を排除し、全て推定通りに進めば五分といった所ですね」
早い話が希望的観測だ。本来ならば、最悪の事態を想定しなければならない。
しかし、今のレミントンにはそれをするだけの心の余裕は無かった。
計算を終えたコンソールから目を離し、スクリーンへと顔を向ける。
その途端、スクリーン上で一際大きな爆発が起こる。――ルシャナの一機が爆散したのだ。
今回の作戦では、ルシャナ隊に一つの決まり事があった。
機体を破棄し脱出する際には、自爆もしくは僚機によっての完全な破壊が義務付けられている。
乗り捨てたルシャナが、第二の『砲台』とならぬようにとの配慮だ。

時刻 14:22 旧バルガス空港地下部
送られたマップデータを頼りに、三機のACは動力炉への道を突き進んで行く。
目標が潜んでいる動力炉への道のりは、施設の原型を留めていない程、奇妙に変化していた。
時折鼓動らしき動きを見せる壁、緑色に変色した何かが流れるパイプ……とても元空港、いや建造物とは思えない。
特に恐ろしいのが、レーダーを埋め尽くす生態反応だ。
恐らく、『マザー』と一体化した施設そのものが生物へと変化しているのだろう。
反応数があまりにも多過ぎるため、最早レーダーは混乱を招くだけの物となっている。
(正に敵の腹中……か。仮に目標を仕留めたとしても、離脱は可能なのだろうか)
推測通り、施設そのものが『マザー』の一部と化しているなら、己に刃を向けた者を生かして帰そうとするだろうか?
仕留めたものの、結果的に怪物と心中では全てが水泡と化してしまう。
「コイツで最後だな!?」
目の前を遮る巨大なゲートの奥……マップデータが正しければ、そこに『マザー』の核が存在するはずだ。
ガンナー1の左腕部から伸びた青い閃光が、ゲートの側にある制御版を蒸発させた。
それでも開こうとしないゲートに、アサルトロケットが激しく撃ち込まれる。
全弾撃ち尽くしても開かぬゲートは、業を煮やしたガンナー1のタックルを受け、ついに崩れ去った。
「ッ!! デカイぞ、コイツは……!」

時刻 14:22 旧バルガス空港内部
轟く銃声、飛び交う弾丸と液体、不快な蠢きの音と地面を埋め尽くす体液……
そこは戦場というよりも、汚物廃棄所のようだった。
幾重にも重ねられた銃撃に、群れは次々と肉片に変えられていく。
しかし、肉片となる生体兵器の数は、増援として涌き出る生体兵器の数を圧倒的に下回っていた。
急造のためか、複製元程の耐久力は持っておらず、数を減らすこと自体は容易い。
だが、今の状態では蛇口から流れ出る水を撃つようなものだ。数に押し流され、いつか限界が来るのは明白だった。
「ちくしょう! 底無しってのは分かってたけど、これじゃキリがねぇ!」
「泣き言を言ってる暇があったら撃て!」
「くっそォ、早い所終わってくれぇ!」
それでも、彼等にはトリガーを引き続けるしか無かった。
無限に涌いて来る子機と、反対にその数を減らし続ける弾丸。
焦燥が彼等をゆっくりと、だが確実に包み込んでいく。

時刻 14:23 旧バルガス空港動力炉
「あれかッ!?」
炉心にその半身を同化させた白い大蛇、あの時の映像とはやや異なるが、疑う余地は無い。
ついに『マザー』と対峙した三人のレイヴン。異形の生物を前に、臆する事は許されない。
両肩のブースタを稼動させ、真っ先にガンナー1は駆けた。マシンガンを腰だめに放ち、距離を詰める。
白い巨体へと放たれた弾丸は、攻撃の意思を『マザー』に示す事となり、『マザー』はレイヴン達を敵とみなす。
巨体の上部に突き出た数本の触角から放たれた熱線は、ガンナー1の足元を容易に溶かしてしまった。
体勢を崩したガンナー1へ熱線の次弾が放たれ、ガンナー1は強引なブーストで跳ね飛び、辛くも回避する。
ガンナー1へと注意が向いている隙に、ヘクトは自機をガンナー1とは反対の方角へと走らせ、接近を試みた。
メインモニターに『マザー』の側面が映り、インサイドハッチを展開したその刹那、白い『何か』が視界を塞いだ。
コクピットに衝撃が走り、ACは遥か後方へと吹き飛ぶ。機体が地面を削る音が、コクピットに響く。
クイックトリガーは両足を前方へ投げ出す形で施設の壁に衝突し、止まる。
頭は先程の『何か』の事を考えながらも、体に染み付いた機体の状況確認は忘れない。
装甲の表面は派手にやられているが、駆動系にダメージは見当たらない。
インサイドハッチが壊され、展開しっぱなしになっている程度だ。
機体の姿勢を立て直し、再度『マザー』の方向へと機体を向けると、先程の『何か』がハッキリと視認できた。
三本の白い鞭、いや触手だろうか……意思を持った鞭の如く振り回される触手が、クイックトリガーを弾き飛ばしたのだ。
「大丈夫なのか!?」
ガンナー3からの通信が入る。焦りが目に見える表情を浮かべたトーマスが、モニターには映っていた。
「見た目よりずっと軽いから、大丈夫。戦える」
心配が無用であるとアピールするかのように、力強い声で返す。
仲間に、と言っても今回が最初の共闘ではあるが、余計な心配はかけたくなかった。

眼前の戦況は、酷いものだった。
熱線と触手、二重の守りに阻まれ、接近する事すら困難な状況だ。
通常の兵器では太刀打ちできない事は、最初に放ったマシンガンの銃撃が教えてくれる。
尋常ではない回復力を持った『マザー』は、ほんの数秒で銃創を塞いでしまうのだ。
『マザー』を討つには、インサイドに装備された『毒』を仕込んだロケットを撃ちこむ他無い。
しかし、自動照準の効かない武器であるロケットな上、激しく抵抗する『マザー』に直撃を与える事は非常に困難だ。
ウィルソンが言うには、一発で致死量となるらしい。
各ACに装備された毒入りロケットの数は、左右に一発の合計二発。
たった一撃で良い。あの二重の守りを突破し、一発撃ちこむ事が出来ればそれで終わる。

二重、今や三重となった陽動部隊に残された時間は、あまり多くは無い。
『マザー』を目の前にして引き下がれば、圧倒的な子機の物量によって揉み潰されるのは明白だ。
生きて帰るためには、今この場で『マザー』を討つ他無い。

意を決し、ラッシュはガンナー3へと通信を入れる。
「……トーマス、コルト抜きだが、フォーメーション4だ! やるしかねぇぞッ!」
「フォーメーション4ッ!? 危険過ぎるぞ!」
「それしかねぇんだよッ! 尻尾巻いて逃げるってのかよ!」
一度は反対したトーマスも、今の状況が分かっていない訳では無い。やらねば、やられるのだ。
フォーメーション4が、二重の守りを突破するには最良の策である事も分かっていた。
だが、フォーメーションはチームで行なう戦術だ。ガンナー2が抜けている今、機能するかどうか疑わしい。
「抜けてる分は私が引き受ける。何をすればいいの?」
二人の通信を聞いていたヘクトは、考えるまでも無く言った。
自分には何も策は思い付かないのだ。何かあるのならば、協力するに決まっていた。自分のためにも……
「本当か!? 頼むぜ」
「しかし……」
ガンナー2とクイックトリガー、両機の性能はまるで違う。アセンブルの方向性が全く異なるのだ。
そのため、トーマスは躊躇った。だが、結局は他に手がないという事に気付くのに時間は掛からなかった。
「……わかった、頼もう。君の役割は俺の援護だ。ラッシュは勝手にやる」
「ガンナー3をバックアップすればいいんだね?」
「それだけ分かってりゃ十分だ! 行くぜぇッ!」
ガンナー1は追加ブースタを吹かし、右に、左にとジグザグに前進する。
手にしたマシンガンが吠える。『マザー』の全身を狙い、ひたすら弾をばら撒く。
『マザー』は銃撃に反応し、熱線の触角をガンナー1へと向けた。
追加ブースタを最大限に生かしての回避運動の前に、熱線は施設の壁や床を溶解させるばかりだった。
ガンナー3とクイックトリガーは、ガンナー1とは反対方向へと向かう。
クイックトリガーをやや前方に置き、二機は遠巻きに射撃を繰り返す。
お互いに援護を素早く行なえるように、やや機動力を抑えて行動している二機のACは、
『マザー』にとっては熱線を使う必要すらないのだろう。最も大きな触手が薙ぎ払うように振り回された。
それを前方のクイックトリガーは飛び越し、ガンナー3は後方に退く事で回避。
大振りの触手は、戻ってくるのにも時間が掛かる。その隙が、トーマスの望んでいた状況だった。
三本の触角のうち、巨大な一本は戻すのに遅れ、残りの細い二本は、クイックトリガーが抑えていた。
すかさずオーバードブーストを起動。弾かれるように飛び出したガンナー3に対し、『マザー』はガンナー1に向けていた熱線の触角を向けた。

――つまり、『マザー』はガンナー1に対し、無防備となったのだ。
コアの後部ハッチが開き、渦を巻くようにエネルギーが凝縮されていく。
渦巻くエネルギーは、視覚にも、聴覚にも訴えかける。それほどまでに大きなエネルギーだ。
解き放たれたエネルギーは、ガンナー1のコクピットの小さな『世界』を大きく変えた。
瞬時に発生した叩きつけられるようなGは、ラッシュの身体を痛めつける。だが、“今は”痛みは感じない。
操縦桿を握り締め、視界の中の軌道をなぞる事に全神経を集中させた。
迷う事は死を意味する。たとえGによって眼球への血流が阻害され、一時的に視界が閉じたとしても。
視界の中には、『マザー』の触角がハッキリと映っていた。
『マザー』の中にできた空白の時間を、ガンナー1は高速で駆ける。
左腕部から青い閃光が伸び、熱線を放とうとする触角へと向けられた。

――二つの閃光が、混ざった。少なくとも、トーマスにはそう見えた。
どんな色かと尋ねられても例えようのない色が、『マザー』の触角付近で見えたのだ。

ガンナー1のブレードが触角と『マザー』を切り離すには、コンマ一秒遅かったのだろう。
熱線は、トーマスのガンナー3へと正確に向かって来る。
熱線を放てなくなった『マザー』には、そのままラッシュの『毒』入りロケットが打ち込まれるだろう。
ブレードが届くほど接近しているのだ。まず外しはしない。
だが、熱線は既に放たれている。直撃を受けて無事ではすまないだろう。
トーマスは、作戦の成功と、己の死を同時に確信した。
――刹那、鈍い衝撃と共に、トーマスの視界から熱線が消え失せる。
機体が衝撃を受けた際に、人の声らしきものが耳に入った。

ブレードを振ると同時に、インサイドから弾丸が放たれ、弾は確実に『マザー』の巨体へと吸い込まれていった。
ラッシュには『マザー』しか見えていない。『マザー』を討つ事だけを考えていたから。
だから、放たれた熱線の行き場など、思考の片隅にすら残らなかった。
『毒』を撃ち込まれた『マザー』は、ゼンマイが切れるように動きが止まり、その巨体には変化が表れた。
白い巨体に無数に浮かび上がる斑色の斑点からは、明らかに『マザー』が正常ではない事を表している。
三本の触手は、根元から腐り落ちた。修復の終わっていない銃創は、まるで漫画に出てくるチーズのように見える。
全身を震わせ、真紅の唇を開き、奇声を響かせる。物の怪の断末魔と言う所か。
開かれた唇は、端の部分からスライスチーズのように裂けていった。
緑色の体液……血だろうか、が裂けた唇から大量に溢れ出る。目の存在しない『マザー』の涙とも言えるほどの勢いで。

その様を間近で眺めているラッシュの胸は、達成感で溢れている。
本来ならば見ていられないような光景でも、なぜか心地よく感じられた。
自分達を苦しめた怪物が、目の前で死を目の当たりにし、醜くもがいている。
「へ、へへへ……ざまぁないな。悪くないぜ、こういう気分も」
脱出の事などすっかり忘れ、死のダンスの見物と勝利の余韻に浸る。

「俺は……ッ!?」
自分が生きている事に驚きながら、トーマスは先程の衝撃の原因を探した。
ガンナー3の足元に、ACの腕が落ちているのを発見し、驚愕した。
「――ッ!?」
だが、冷静に見ると、自機の左腕部である事が判明。モニターの機体状況にも、左腕部の損傷が認められた。
「あれは……ううッ」
今度こそ正真正銘の原因を見つけ、再度驚愕する。
そこにあったのは、クイックトリガーの――上半身だった。
腰から下は見当たらない。臓物のようにぶら下がったコードは火花を放ち、装甲は広い範囲にわたって焦げ付いている。
「そんな……!?」
この時点でトーマスは確信を得ていた。あの衝撃は、自機を突き飛ばしたもの。
そして、身代わりに熱線を受けたのがクイックトリガーであるという事も……

「……まさか!?」
視界の中で、何かが動いた。一瞬見間違いかと思ったが、間違いなく何かがクイックトリガーの上で動いている。
モニターを最大望遠に設定し、目を凝らす。
頭部の後ろに設置された搭乗口が開いている。そのままカメラを動かし、コアの周辺を見つめる。
肘から下を破壊された左腕部の肩に、パイロットスーツを着た人影を発見し、トーマスは安堵の溜め息を吐く。
「よかった……」
彼女は生きている。ACはズタボロだが、生きているのなら全てチャラだ。
「女の子に助けられた上に、死んじまれたら俺、滅茶苦茶カッコ悪いな」

「凄い……」
鉄屑と化した愛機の上で、ヘクトは死にゆく『マザー』を見つめていた。
自機を失うような激しい戦闘で感覚が麻痺したのか、不思議と不快感は無い。
映像だけで嘔吐に至った怪物を実際に見ているというのに、だ。
急速な老死、いや壊死だろうか? 純白の大蛇は、もはや原型を留めていない。
溢れ出ていた緑色の体液は、己への死に化粧として使い果たし、既に枯れ果てている。
「……ようし」
サディスティックな笑みを浮かべ、ヘクトは朽ちた愛機の左肩前方へと回り込み、焼け焦げた装甲をまさぐる。
パイロットスーツのグローブ越しに伝わって来る高熱も、今なら平気な顔で耐えられた。
すすを払い落とし、インサイドの射出口を露出させる。
「あった!」
『毒』入りのロケットは無傷で残っていた。既に死にかけている『マザー』だが、念には念を、という訳だ。
確認後、肩の後方へと回り込んでインサイドの撃鉄を手動で起こす。
「駄目押しの一発ッ!」
起こされた撃鉄は、勢いよく雷管を叩き、『毒』入りのロケットが射出された。

炸薬の煙を間近で吸い込み、むせる。放たれたロケットは、既に死にかけている『マザー』へと勢い良く着弾した。
弾痕からは、既に何も出てこない。ぽっかりと開いた穴は、自己再生機能が完全に沈黙している事を物語っていた。
撃ちこまれた『毒』が更に体内へと回ったのか、『マザー』は勢い良く上体を起こす。
皮膚にあたる表面の皮は、伸びに耐え切れずに裂けていった。
唇であった部分を大きく開いた。だが、何もおこらない。叫ぼうとしたのだろうか……?
次の瞬間、開かれた口の顎から下が、腐り落ちた。

時刻 14:26 司令部
「全デコイ沈黙!」
「ルシャナ隊、被害甚大! これ以上持ちません!」
混乱と焦燥が駆け回る司令部。
時刻は26分と、推定経戦時間の上限、五分を迎えようとしている。
誰もが作戦の失敗を予想した時、地下の『マザー』を捕らえていた生体センサーに変化が起こった。
「まさか!?」
「……反応、消失!?」
誰もが己の目を疑い、そして再度スクリーンを見た時、疑いは確信へと変化していった。
同時に、前線の数少ないルシャナ隊からも、歓喜の通信が入る。
「司令部! 敵の増援が途切れている! 成功したのか!?」
生産プラントである『マザー』が停止し、子機の生産が止まった。
蛇口から溢れていた水は、水源を断たれて枯渇したのだ。

ルシャナ隊の通信を聞いた誰もが、作戦の成功を確信し、歓喜の渦が司令部を包み込む。
レミントンは素早く仲間達へと通信を入れた。
「聞こえますか!? 応答願います。皆、聞こえますか!?」

時刻 14:26 旧バルガス空港内部
「聞こえ……か!? 応答願い……えますか!?」
眼前の群れは、明らかに勢いが衰えている。
こちらの弾薬も底をつきかけ、窮地を目の前にしての僥倖。
そして、レミントンからの通信。失敗か、成功か……確認の出来ていない現在では、希望的観測ではある。
それでも、疲れきったレイヴン達は、成功を願っていた。
「聞こえている。終わったんだな?」
「マザーの反の……途絶え……た。成功で……くださ……」
途切れ途切れの返答でも、十分に意図は伝わった。
周りの三機に向け、スウィフトは広域通信を入れる。
「任務完了、だとさ」
その言葉を聞いたレイヴン達は、眼前の群れに残った弾丸をばら撒いた。
忌まわしい子機どもへの、サヨナラのプレゼントとして。

「……あの三人、上手くやったみたいだな!」
早くもはしゃぎ気味のコルトは、「あんたの采配は間違ってなかった訳だ」と付け加えた。
とっさの判断で戦力の分散という、一歩間違えば自殺行為となる判断をやってのけた上、結果も出せたのだ。
今回の作戦は、スウィフトの冷静かつ的確な判断が、彼等を勝利に導いたのだろう。
内心、悪い気はしなかったが、あえてスウィフトはコルトの言葉を無視し、先行部隊の状況確認を急いだ。
レーダーに映し出された機影は二つ。一つ足りないという事は、離れているか、撃墜されたという事になる。
仮にガンナー3が撃墜されていれば、長距離通信装置を搭載していないACが残る事になり、通信は不可だろう。
目標の撃墜確認のためにも、スウィフトは通信機のスイッチを入れた。
「こちらシュライク……先行隊、聞こえるか?」

時刻 14:27 旧バルガス空港動力炉
「こちらシュライク……先行隊、聞こえるか?」
突然の通信に、トーマスは慌てて通信の準備を整えた。ノイズの無い音声は、比較的近距離からの通信である事を示している。
「こ、こちらガンナー3、目標の殲滅に成功したが、一機やられちまった。」
「こちらでも確認している。やられたのは誰だ?」
「ああ、お宅の隊長さんだ。俺の身代わりになってくれてね。本人はピンピンしてるから安心してくれ」

よりによって身内とは……心の中で舌打ちをしながら、スウィフトは通信を切り替えた。
「向こうで破損機体が出たそうだ……プロジェクター」
「あいッ!?」
急に名指しをされ、素っ頓狂な返事を返してしまう。
「ウチの馬鹿が迷惑をかけて申し訳無いが、あんたの機体が一番適任だ。先行隊の撤退支援を頼みたい」
本来ならシュライクが最も適任であるのだが、身内の恥晒しをわざわざ迎えに行く気にはならなかった。
そのため、残りの三機の内最も機動性に長けた機体であるアルフライラを指名したのだ。
「ラッシュ達を頼むぜ、引率のおっさん!」
アルフライラの肩に自機のマニピュレータを置き、コルトが茶化すように言った。
レミントンがこの場にいない今、確かにプロジェクターは最年長ではあるが。
「引率、ねぇ……まあいいや、行ってくる」
ブレードを除く全ての武装をパージし、アルフライラを高機動モードへとシフト。
施設最深部の動力炉へと向け、アルフライラは駆けて行った。

視界から緑のACが消えると、切り替えていた通信を元に戻す。
「ガンナー3、そっちに一人向かわせた。俺達は先に戻る」
「了解」
《大魔神》が開けた大穴から、三機のACが這い出ていった。
空港施設上部では、内部より広範囲に渡って子機や耐性生物の死骸が散乱し、ACの部品らしきものも見つかった。
しかし、その大半が小さな破片であるため、内部で見た汚物廃棄場とそう変わらない景色でもあった。
恐らく全てが終わった後、大規模な滅菌処理が施されることになるだろう。

「ここか……いたいた」
見慣れたACを見つけ、やや安堵する。不自然なカラーリングのあのACは、上半身だけという奇抜なスタイルではあったが。
周囲の荒れ具合は、ここで繰り広げられた戦闘の凄まじさを物語っていた。
どこぞのスラム街の壁面に描かれたラクガキの如く、緑色の液体がべったりと塗られているのだ。
余程気色悪い敵がいたのだろう。
「おっさん!」
通信モニターにラッシュの興奮しきった顔が映る。
まるで、初めてサーカスを見た子供のようだった。コルトの言った“引率”という言葉も、あながち外れでは無さそうだ。
「おっさん、この子のAC、見ての通りなんだが……そっちに乗せられないか?」
左腕部から下の無いガンナー3。その右の掌には、ヘクトが立っていた。
「そいつは無理ってもんだ。ACは複座じゃ無いからな」
「じゃ、どうすんだ?」
以前、似たような事があった。その事例を思い出し、閃いたかのように指パッチンをする。
「名案がある。トーマス、彼女を下へ降ろしてやってくれ」
黙ったままトーマスは従い、降着したガンナー3の手を地面へと近付ける。
トーマスの意思を理解したのか、ヘクトは素直に掌から降りた。
ヘクトが降りるのを確認すると、内心ほくそ笑みながら外部スピーカーを作動させる。
「あー、あー、オホン。左足の内側のアレ、覚えてるだろ? あとは分かるよな?」
カメラの中で、ヘクトは驚きの表情を浮かべ、激しく何かを叫んでいる。
恐らくは罵倒だろう。ひとしきり怒り終わると、諦めた表情で昇降用のワイヤーで登って来た。
ワイヤーの上昇を確認し、命綱を持ってコクピットを出る。
諦めと困惑が混じった表情のヘクトへと命綱を手渡し、あの一言。
「頭にでもへばり付いといてくれ」



あの作戦で、元々空港だった所は今じゃ焼け野原になってしまった。
なんでも、細胞が二度と再生しないように殺菌消毒だとか。
大型ナパームミサイルと撃ちこんだとか、核弾頭だとか、噂だけなら今でも聞くな。
瓦礫の中に埋もれたルシャナを回収して、高く売ってやろうかと思っていたんだが、それもパァになってしまった。
後で聞いた話では、行動不能に陥った物も、そうでなく無事に帰ってきたルシャナさえも爆破処分されたらしい。
随分と勿体無い話だが、よっぽどあの怪物が恐いんだろうな。自分でも、正直二度とお目にかかりたくない相手だ。
企業を二つに分けての内戦があったのにも関わらず、キサラギ社はナンバー3の地位から動く事は無かった。
世間的には、あの事件は無かった事にされている。当たり前っちゃ当たり前の話だ。

三銃士の奴等とは、今でもたまに会う。
あいつ等の紹介で行った店は中々の物だった。
ただ、個人として会う事はあっても、レイヴンとして出会う事は無くなった。
短い間だったが、いっつも組んで出ていた頃が懐かしく思えてくるくらいだ。

あと、ヘクトの嬢ちゃん達とは音沙汰無しだ。
もう一度あの馬鹿騒ぎを見物したくてあのバーへと出向く事はあるが、遭遇した事は一度も無い。
もしかすると、あの一件で恨まれてるのだろうか……? 考えすぎか。

あの作戦での報酬のおかげで、適当に毎日を過ごせる位に懐は暖まっている。
胸糞悪いヒールの野郎も、今じゃ俺の担当から外されている。
多分、あの作戦が原因だとは思うが、まぁ結果オーライだ。あんまり考えたくも無いし。

そして今日もとっつき片手にアリーナへ。
機体を新調しても、武器が変わってなけりゃ意味が無いのか、結果は散々だった。


収支報告
収入  +500000C
成功報酬+100000C
特別加算+100000C 
ダラダラした環境、酒とつまみの美味い店。





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