――胚だよ。

――胚、ですか?

――そうだ。それを、遺伝子的に近いモノに植え付ける事が出来れば……

――より優れた生命への、進化? 近き存在とは?

――ククク……いるじゃないか……“子”が……

――甦るのだ……時を越えて、“母”が……

――“子”と共に、生態系すら己が手中にするために……

――這い上がる……生態ピラミッドを……塗り潰す……全てが、支配下……


――ククク……ククク……ククク……


時刻 14:12 《大魔神》カーゴ内
“マザー”攻略作戦開始から既に、12分が経った。
レイヴン達はそれぞれのACへと乗り込み、ハンガーでの組み立て作業が完了した巨大な鉄の塊、
正確には加工金属で造られた《大魔神》へと詰め込まれる。
真っ先に搭乗機ごと押し込められたプロジェクターは、あちこちつぎはぎだらけの内装に不安を掻き立てられていた。
本当に、こんな滅茶苦茶な作戦が成功するのだろうか?

――耐性生物が囮の役割を果たせなかったら?
――ルシャナ隊が早々に全滅してしまったら?
――そもそも、この危ない杭打ち機が正確に飛ばなかったら?
不確定要素があまりにも多過ぎる。「戦場に不測の事態は付き物」とは誰の言葉だったか。
しかし、これでは自殺行為に近い。報酬を全額前金で受け取っていなければ、今すぐにでも逃げ出したいところだ。
仮に逃げ出そうとした所で、この基地の連中が素直に帰してくれるかどうか。

「一〇一発進準備完了」
「一〇二完了」
「一〇三OKだ」
三機一組の八小隊、合計二十四機で構成されたルシャナ隊が、先程囮の耐性生物を撃ち出したカタパルトの前へと集結する。
それぞれ番号が若い小隊から発進準備を整え、見るからに急造のカタパルトから撃ち出されてゆく。
本来ACが戦場へ出向く時には、輸送ヘリによる投下や、地上からの直接的な移動が主になる。
このように“人間大砲”の如く撃ち出される事など、通常ではありはしないのだ。
だが、ルシャナ隊は飛んで行く。補助装備も無しに、だ。
――ルシャナならば可能だと、プロジェクターは知っている。
外見上こそ人型二脚だが、その本質は人脚とはかけ離れている事も。
現行のAC技術では、ルシャナ以上の空中制動性能と敏捷性を持つ機体は恐らく存在しない。
ルシャナに用いられている構成パーツの中で、市場に出回っている物はコアのみだが、
普段から奇怪なパーツを生産するキサラギにしては、落ち着いた性能だとRAKANは評されている。
元々技術力に関しては、二大企業であるミラージュ、クレストにも劣らない企業だ。少々空気が読めないだけなのだ。
事実、補助エネルギーパック等、キサラギが独占している技術すらあるのだから。
キサラギの技術に関しては、信頼が出来る。だから問題無い、問題無いのだ……
――そう、自分に言い聞かせる。狭い上に暗い《大魔神》の中に押し込められていては普通でいられなくなりそうだった。
座りなれている筈のACのシート。だが、孤独というものは想像以上に辛い。
身体をシートに固定する為のベルトが、やや窮屈だと感じられる程に。

苦しさを紛らわせようと、通信機のスイッチを入れた。
「あー司令部、聞こえるか?」
「聞こえています。なんでしょうか?」
「……外の様子を見たい。ACに映像を送ってくれないか?」
「了解」
事務的なオペレーターの受け答えでも、今は温かく感じられた。

モニターに映し出された映像は、正に彼の心境を表しているといっても過言では無かった。
厚い雲に覆われた、黒い空。どす黒い雲の表面のうねるような模様は、非常に気味が悪い。
時刻は、未だ14時を過ぎたばかりの筈なのに、こんなに空が黒いとは。
モニターに映る景色を見ていると、黒い空に押し潰されそうな気にすらなってくる。
プロジェクターは頭を抱えて、モニターの映像を切った。

時刻 14:13 キサラギ反対派前線基地 格納庫
先程までハンガーを埋め尽くしていたルシャナが全て消え失せ、すっかり広くなったガレージにも未だ残る機体はあった。
紫色をカラーリングの基調とし、何故かコア部分のみ灰色の奇妙なAC。
そのACのコクピットで、ヘクトは新品のシートカバーをがむしゃらに剥がしていた。
(あーもう! こんな状況じゃなけりゃ、結構楽しい作業なのに……)
クリスマスプレゼントの包装を破く子供の様に、ひたすらビニールで作られたカバーを破いてゆく。
品薄のために返却が遅れていた自機は、入荷したてのコアをそのまま装着した状態で返ってきた。
そのため塗装もされておらず、非常に違和感のあるカラーリングをしているが、そのまま使わざるをえないのだ。
レミントンが言うには、これでも幸運な方らしい。
仮にあと一時間遅れていれば、キサラギ社製のRAKANで代用する羽目になる所だったと。
流石にそのキサラギの施設だけあって、ルシャナの予備パーツとしてRAKANの数には余裕があった。
しかし、彼女はRAKANに乗った事も無ければ、今回の事件でより一層キサラギへの不信が高まっている。
そんな状況でRAKANを代用できるだろうか。
(……無理よ、絶対無理)
そんな事を考えながら、包装の解かれたシートへ座り、コンソール上に指を滑らせた。
空っぽのOSに、前代の頭脳を移植しつつ、ACを起動させる。
目の前のモニターからチェック終了の合図が送られ、クイックトリガーはオールグリーンの状態で起動した。
外部カメラに目を向けると、忙しく走り回っていた作業員は蜘蛛の子を散らしたようにいなくなっている。
ベルトを締め、愛機クイックトリガーと共に《大魔神》へと向かった。

時刻 14:18 カタパルトデッキ
「八〇三発進準備良し」
「発射!」
轟音と共に最後のルシャナが高速で弾き出された。
炸薬を用いた原始的なカタパルトは、火薬の臭いと高温を放つ。
作業員達は次の《大魔神》発射準備のため、大急ぎで準備を整えている。
司令部では、囮として放り込まれた耐性生物とルシャナ隊を、ルシャナの外部カメラを通じてモニターしていた。
一小隊三機の内一機は、早期警戒装備を一部流用した構成となっており、
それから送られてくる映像を元に、司令部から地下の通信中継装置を通して指示を送るのだ。
「第一小隊、目標地点に到達。これより任務を開始する」
先陣を切った第一小隊が、戦闘を開始した。

時刻 14:18 《大魔神》カーゴ内
「なぁ、おっさん」
かすかにくぐもったトーマスの声がコクピットに響く。その声色は、ややかげりが生じていた。
既に六機のACが詰め込まれ、すし詰め状態のカーゴ内では、機体同士が接触するのは当然だった。
そのため、通信機を使わずとも装甲の表面を伝わる震動を通じて会話が出来る。俗に言う接触回線だ。
だが、この状況ではカーゴ内のAC全てが触れ合っているために、ほぼ全員に会話が筒抜けになる。
それを承知で彼はプロジェクターを名指しこそしなかったが、呼んだ。
「……どうした?」
「おっさんは今回の作戦、どう思う?」
どうもこうも無い。「無茶苦茶さ」――それ以外に何があるのだ。
その即答に、「おいおい、雇い主の手前でそんな即答ねぇだろ!」とラッシュが横から入る。
「バーカ。接触回線だぞ?俺達以外に聞いてる奴なんかいねぇよ」
「いやいや……案外聞いてるかもしれんぞ? なんせキサラギの連中だからな」
あえて軽口に乗っていく。下手をすれば集団自殺になりかねない作戦だ。
出来るだけ緊張感など感じたくは無かった。真面目に考えれば考えるほど気が滅入りそうだった。
そんな軽口も、突然カーゴ内に射した光に遮られるかのように止まる。
光の正体は、カーゴの荷物だった。ヘクトのAC、クイックトリガーがようやく積み込まれたのだ。
「いよう隊長……って何だその色は?」
真っ先に機体色の事に触れたのはジョー。見慣れた筈の機体が一部無塗装であれば、気付かない訳が無い。
「新品過ぎるんだよ」
晴れて狭いカーゴの寿司ネタの一つとなったヘクトは、ジョーの疑問に素っ気無く答える。
クイックトリガーの搭載が終わると同時に、カーゴ内のレイヴン達は振動と浮遊感に襲われた。
《大魔神》自体が動いている、正確には運ばれているのだ。

「諸君! 全員揃ったようだな」
そして強制的な通信割り込み。オペレーティングモニターにはウィルソンの姿が映しだされる。
『全員』という言葉の意味は、このカーゴ内にこれ以上のネタは入ってこないという事だ。
「レミントンはどうした」
すぐさま違和感を感じたスウィフトは、モニターに映るウィルソンに向かって言い放った。
今、寿司ネタとなっているACは七機。この作戦に集まったレイヴンは八名……一機足りない。
レミントン搭乗機、スナイプサーキットだ。
「僕は今回の作戦では、後方支援に回らせて頂きます」
その声と共に、オペレーティングモニターの映像が切り替わった。見慣れた丸眼鏡の痩せぎす男が映る。
「おいおい、一人だけ見物かよ! ひっでーな」
「酷いとは心外ですね。適材適所を考えた末の配置ですよ」
相変わらずのオーバーリアクションを取るジョーに対し、冷静に対応を返す。
高火力と狙撃能力に特化したスナイプサーキットには、閉所における乱戦には不向きだ。
狭いという事は、砲撃を当て易くなるものの、多数対多数の乱戦ともなると話は違ってくる。
一撃の威力を重視した武装は、誤射時の危険性をいっそう高めてしまう。
その上、機動性も劣悪な性能を誇る。今回の作戦では『離脱』も任務の内なのだ。
「とか何とか言って、上手いことサボるんじゃねーか」
「糞野郎」
次々と非難の声がレミントンに向けられる。モニターの中の当人は、苦笑するだけだった。
……いくら理があろうとも、納得のいくものでは無いようだ。

一瞬、寿司ネタ達を震動が襲い、動きが止まった後、再び動き出した。
七機のACを載せた《大魔神》が、カタパルトに設置されたのだ。
「発射カウントダウン、開始します」
「10、9、8、7、6」カウントが進む度に、心臓の鼓動が早まっていく。
賽は投げられた。今更止める事など出来はしない。ただ、任務を遂行するだけが残された道なのだ。
「5、4、3、2、1、0、発射!」
棺桶のような巨大な杭打ち機は、七人のレイヴンを載せ、風を切って空を飛ぶ。
乗り心地もへったくれも無く、ただ、飛ばされるがままに。体験した事の無いGが、寿司ネタ達を襲う。
普段、己を乗せて飛び跳ねる愛機は全く動いていない。しかし、彼等は今、飛んでいる。
Gそのものには慣れているが、現在自分達を締め付け、明後日の方向へと投げ出しそうな未体験のGは、彼等を痛めつける。
複雑に胃が圧迫され、時として呼吸すら困難な状態に追い込まれる。
その状況に皆、歯を食い縛り、終わりの瞬間までじっと耐え忍ぶ。
例え辛くとも、口を開く事は出来ない。下手をすれば舌を噛んでしまいかねないからだ。――最悪、死に至る。
その上、ACの発する光以外に何も無いカーゴの内装は、不快感をより一層煽った。
事前に外の様子を見ていたプロジェクターは、ここも外とそう変わらない事を知っている。
あの黒い雲を、黒い空を切り裂いて、この黒く巨大な杭打ち機が飛んでいるのだろうか。
想像してみると随分とチープな映像が浮かぶ。己はその杭打ち機の中だというのに、だ。

浮遊感が頂点に達し、ぴたりと止まる。
そして消失した浮遊感に変わって、表れたのは急速な落下感。
まるで何処ぞのアトラクションの如く、《大魔神》は落下を始める。
その急速の変化に、寿司ネタ達はこのアトラクションが終わりに近づいている事を肌で感じていた。

時刻 14:18 司令部
現場で戦闘を繰り広げる囮の耐性生物、ルシャナ隊、そしてレイヴン。
それら全てに指示を出すのが、この司令部に集められたオペレーター達だ。
――しかし、大半が本職では無い、言わば寄せ集めと即席だった。
「囮の効果は予想以上ですね」
特殊なフェロモンを分泌・放出する耐性生物に、まるで砂場に落ちた飴に蟻が群がるかのように攻撃が集中している。
元々MTだった筈の『砲台』すら、耐性生物へと銃口を向けていた。
この分ならば、《大魔神》の突入を阻む障害は無いだろう……そんな安堵の空気が司令部に流れる。
恐らく空港に放置されていたであろうMTに細胞を侵蝕させ、その操作系統を掌握したもの。
それが『砲台』の正体だった。始めて見た時はあれ程焦っていたのに、ネタが分かると途端に落ち着いてしまう。
無論、司令部の人間がこの映像を見ているという事は、ルシャナ隊も健在であるという事の証でもある。
「大魔神の方はどうなっている?」
「今の所問題ありませんね。突入コースの誤差は±3m程に留まります。まず成功しますよ」
気楽な表情でレミントンは言う。しかし、尋ねたウィルソンは「そうか」とだけ呟き、そのまま黙り込んでしまう。
作戦は軌道に乗っているのだが、何故か少しも表情を緩めようとしない。
この作戦は人類の明日を賭けている、と主張していた当の本人は今の状況が好ましくないようだった。
レミントンはモニターから目を離さず、言葉だけで尋ねた。
「どうしたんです?」
「事が上手く行き過ぎる時は、大体トラブると相場が決まっているじゃないか……嫌な予感がする。」
士気にも関わるというのに、何を弱気になっているのか……
態度には出さなかったが、レミントンは彼の言葉に落胆した。
ただ、作戦は四分の一程しか終わっていないのは、事実なのだ。楽観視できない彼の気持ちも分かる。
「我々に出来る事は、現場の彼等に少しでも正確な指示を出す事だけなのです」
半ば自分に言い聞かせるように、今度は顔を向けて力強く言った。





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