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 店の前のベンチで月見酒を楽しんだ。あの月に人が住んでるなんてチャンチャラおかしいやい、と叫んだ後隣に座ってた顔すら思い出せない誰かの頭をびんでどついたところまでは覚えている。
 ついさっき、気付いた時には腹丸出しで一升瓶を抱えながらベンチの上で横になっていた。
 まず目に入ったのは今日も元気なお天道様。その次には通りの異常な騒ぎに気がついた。起き上がって見てみると、家電を一杯一杯に詰め込んだ風呂敷を背負った男が土煙を蹴り上げて走っていくのが見える。追っかけるようにトラックが全速力。
 子供がこけて膝をすりむいて泣き、両手一杯に荷物を抱えた女親がそれに気付かずに走り去る。後からついて来た男親が子供を小脇に抱えて走っていく。何時までたっても子供は泣き止まないようで、親子が視界の端に消え去っても泣き声は耳に残った。
 砂漠にバイクはない。防塵処理も砂嵐から身を守るための防壁もない、人間を剥き身のまま走るような乗り物は砂漠を通るのには適していないため、この街にバイクは一台もない。
 だから、通りを通るエンジン付は意外と少ないのだが、それでも十分な大騒ぎだった。
 自慢のハゲ頭で太陽光を存分に反射させた親父は、ベンチの上においたままだった携帯ラジオの液晶時計で時刻を確認しようとした。
 持ち上げて、液晶を覗き込むと、既に液晶は割れている。なんとなしにラジオの電源を入れてみると、まず最初にノイズが飛び出した。
 チャンネルは街の真ん中にある放送局の流す電波にチャンネルが合っているはずだ。この砂漠のど真ん中の名もない町にある局と言えば、それぐらいのもので、その局もたまにアライアンスに検閲されたニュースを流すだけで、ほとんどの場合において大破壊以前のレコードがかけっ放しになっている。
 今も多分そのはずだ。そう思ってノイズに耳を澄ましていると、ノイズにわずかに人の声が混じっている事に気がついた。
 目を瞑って耳に感覚を集中させる。安物ラジオの音を大きくして、耳に近づけた。
 小さい声だったが、存在感のある声。よく通って、聞く者の耳の底に沈殿していく。
『……ミサイルが……パルヴァライザーはどこに向かって……?』
 途切れ途切れの音。か細い電波はたぶん無差別通信によるものだろう。たまにあることだ。砂漠の真ん中で救援をよこしてくれだの食料がないだの騒ぎ立てるやからが。
 原則としてそういう輩は無視する事と決まっている。砂漠の事をよおく分かっている砂漠の町の住民たちは一歩街の外に出れば、瞬く間にミイラ取りがミイラになりかねない事を悟っているのだ。
 心苦しいが、砂漠に住むに当たっては人を見捨てることだって必要になる。武器を持ち、活人を歌い救援に行く場かもたまにはいるが、そいつは二度と街には帰ってこない。この街に生き残ってる人々は活人とは人、つまり自分を生かすこと、そのためには見捨てる事も必要だと子供に教える。
 早々長い歴史があるわけでもないが砂漠の過酷な状況下におかれて何ヶ月か。生まれて間もなくまだ言葉も分からぬだろう赤ちゃんに自らを最も優先する旨を何度も言い聞かせる親を、ハゲ頭の男は何人も見てきた。
 砂漠のどこで遭難してるかも分からん奴らを助けようだなんて何をかいわんやだ。
 だが、声の調子は救援を求める種類の声でない事は容易に想像できる。ハゲが眉をひそめた。
『……まま行くと――』


 「――砂漠の町を通るぞ!!」
 ジャンヌが急に加速を始めた。バリアーを張って、ACの群れに見向きもせずにマッハ近い速度を出した。
 ジャンヌは人を殺す、そう自分で宣言した。ならば砂漠の町を目指して何をする気なのかは色々と想像できる。
 ジャンヌは更に高度を上げ、音速で空気の壁を突き破る。
「どうする!」
『とにかく追撃してください!』
 カドルはブースターに更なるENをぶち込む。過激なENは消化されきれずに飽和状態に陥って、ブースターの出力は仕様の限界を一足飛びに吹っ切る。
 その出力はOBの巡航速度に匹敵する。同様の動作を四十機超のピンチベックもする。全機が全機「安全」の二文字を完全に放棄してブースターの出力を無理矢理引き上げた。
 巨大な火を吹き上げるブースターは煙まで噴いてるものもある。
「正気でやっているのか!?」
 自分の命の保障を完全に投げ捨てて加速するカドルの機体を見てリムが驚嘆の声を上げた。
 ヘヴンズレイとカラスがOBを展開、チャージする。ピンチベックの群れは時速六百キロを超えているが、それでも空気の壁を突き破ったジャンヌには遠く及ばない。
 OBですら通常速度なら時速七百から八百キロ。それ以上出すことは通常ブーストの出力危険域突破なんて比にならない位の危険行為だ。
 急加速は人間の身体に極端な悪影響を及ぼして、失神するのが関の山。失神しなくても毎瞬爆発の危険が生まれるし、機体の制御だって簡単ではない。
 あくまで生き残る事を前提に戦うのならば、絶対しない事だ。
「私も行く! ブースターの出力を――」
『するなよ! これだけいれば十分のはずだ、後からついて来い!』
「しかし……!」
 何かを言いたそうな様子のジナイーダ。右親指の爪を噛む。
 ――自分だけが無理をしていいだなんて……
 傲慢さの混じった勝手な指示に反感を抱く。抱くが、指示されたから、と心に言い聞かせて出力の上昇を諦めた気になる。実際には調節つまみを引き上げる瞬間に死の恐怖に指が硬直してしまっていた。
「ジャウザー、ジェネレーターのリミットを制限付解除してOBにENをありったけぶち込め! 予備バッテリーの接続も忘れるな!」
 言ってノブレス自身もジェネレーターのリミット制限付解除する。
 制限付、つまり規定の限界超過出力使用安全範囲設定は時間制限の事。それを過ぎればジェネレーターは緊急冷却とチャージングに入って暫く動かなくなる。
 戦闘中にするにはあまりにも馬鹿馬鹿しい機能で、ほとんど日の目を見ることはない。
 ブーストを連続起動させるのにリミット解除するバカはいないし、使うとするならOBの連続使用かプラズマライフルを両手撃ちするときぐらいだろう。
 それにOBの連続起動は人の業ではない。10Gを超える力が体にかかり続ければ、人などあっという間に意識ごとペチャンコになってしまう。
 連続使用するだけでも危険なのに、限界出力以上の出力を出すというのは最早死にたがりの所業でしかない。
 ただでさえカラスのジェネレーターは一度その死にたがりの所業をやってのけた後なのだ。部品の劣化や機能の出力低下などを受けていて、その上にまだ限界突破をするのはあまりにも無茶だ。
 生まれたENが飽和して回路を侵食しないうちにカラスがENを丸ごとOBに突っ込む。
 しかし、ジャウザーは死にたがりで無いせいで躊躇してしまう。この場にいる全機が急加速をはじめ、バレットライフとファシネイターが追いつけずに後ろへ流れていき、ヘヴンズレイのENはあっという間に底をつきそうになる。
「早くしろ! 何も出来ずに死ぬのと戦って死ぬのとどっちがいい!」
「ッ!」
 舌打ちして、でも何も出来ずに死ぬ事実を受け止めたくないジャウザーは覚悟を決めてジェネレーターのリミットを飛ばす。OBの出力を引き上げて、一秒もしない間に音速突破。空気の壁を突き破ったヘヴンズレイの装甲がギシギシ軋む。
「シーラは赤子と五キロの差を離されるな!」
「無茶言わないでよ!」
 最大でも時速三百キロしか出ないトラックはのろくさと懸命に走るが、マッハを超えたジャンヌとはどんどん距離を離される。
 そんな時、ジャンヌがブースター脇の箱から何かを左右二つ投下する。
 スペック上はミサイル。百発を超えたミサイルが詰まれたコンテナだ。
 ジャンヌはそれを投下した後、とんでもない悪知恵を働かすFCSにブースター付属コンテナ上部のミサイルのロックを命じた。
 誰もいないコクピットにミサイルロックの音が響く。いくつもの音が重なって増幅しあい、妙な合唱を披露している。
 ジャンヌのFCSの範囲はジャンヌが持つ二百八十度広角視界全域を覆い、尚且つその射程は50キロにも及ぶ。核の発射のために拡張されたFCSを応用して、トラックを追うミサイルを三発用意する。
 三次元の回避運動のためにジャンヌを追う全機が飛び立って、OBによってはいないピンチベックがわずかにスピードを落とした。
 膨大な量のミサイルがおのおののFCSで照準を決める。小規模FCSでロックできるのは近距離の敵、つまりOBを起動したヘヴンズレイ・カラス、それとブースターを暴走させるピンチベックが四十機弱。
 ミサイルにしては大きめのFCSを積んでいるせいで小型ミサイル並みの大きさの割りに威力はマイクロミサイル並み。それでも一発食らえばそのまま落ちてしまいかねない弾頭を前にピンチベックは必死こいて円を描く。
 OBの速度と機動について来れるミサイルは少なく、ヘヴンズレイとカラスは常時ミサイルを紙一重で避け続ける。
 短い雲を引いたミサイル群はカラス達の引くヴェイパートレイルに惑わされ、目標を失って明後日に向かって飛んでいく。
 だが、通常機動の延長上でしかない動きしか出来ないピンチベックはそう上手くはいかない。
 百発ずつのミサイルコンテナ×ニ、合計ニ百発のミサイルの内五十発は先陣を切るカラス達を狙い、欺かれて目標を見失うが、まだ百五十発も弾頭が残っている。追うピンチベックとの数を考慮すれば、大体一機あたり三つの弾頭をよければよい。
 しかし、何事もそう上手くはいかないものだ。絶対に敵の弾に当たらない保証はない。
 いくら機械そのものが意思を持っているに等しい状態とはいえ、ピンチベック四十機が同時に狙われれば、三機ぐらい落ちるやつがいるのだ。
 大部分のピンチベックは基本的な機動でミサイルを避けていくが、ある一機は機動が遅れてコクピットに直撃をもらう。爆発の破壊力でなく、弾頭との相対速度による威力で胴体から真っ二つに折れ、爆発がそれを彩る。
 ある一機は脚をやられる。付け根から脚が吹っ飛んで流れていく。計算されていない障害物にバグだらけになったプロセスを処理できなくなったのが折れた足にぶつかって機動をずらす。
 両方ともバランスを崩し、回避動作が出来なくなってミサイルが直撃、爆散する。
 ミサイル群とAC達の接触を確認、ジャンヌはミサイルを発射した。通常の小型ミサイルと同じ規格の弾頭がこれまたありったけばら撒かれる。
 コンテナからはなたれたミサイルよりも早い。FCSの省略により命中率は下がるが、只でさえてんてこ舞いのカドルは悲鳴を上げた。
 全員のEN残量を把握し、それに見合った回避機動。ENが残り少なくなったものは地上に降り、種類の少ない軌道を描く。
 大地を目指すミサイルのほとんどはこれまた避けられて地上に激突、粉塵を撒き散らすばかりだが、二段構えの攻撃に対応しきれなくなったピンチベックの何機かがまた落ちる。
 ミサイル群のほとんどを避けた時点でカドル自身は残存勢力の計算。直接の指揮を執ることにより、本物のレイヴンと同じくらいには戦えるようになったピンチベックの実に三割が撃墜されてしまった。
 減った戦力で勝たなければならない。既に七割しか残っていないのならば、これ以上へってしまう前に散開して波状攻撃を仕掛けるべきかもしれない。正直、このままの追撃戦で勝てる気はしない。
『!!』
 そんな時のことだ。ミサイル群最後の三つは誰も狙っていない事に気付いたのは。
 そのミサイルはどのピンチベックも狙うことなく、そしてかろうじてカドルの索敵範囲内にいるファシネイターとバレットライフにすら当たる軌道ではない。狙っているとすればもっと後ろ。もっと……
『シーラさん! ミサイルが三発そっちに行ってます!』
「何だと!?」
 狙われた当人が驚愕の声を上げるより早くノブレスが反応する。レーダーを確認すれば、ジャンヌを表す青い点と対称の位置に光点が見える。遠距離武器を残しておらず、既にかなりの距離が離れたカラスに何も出来はしない。
「ジナイーダ、リム、そこから撃てないか!」
「わかっている!」「っ、三発ぐらいは!」
 並んで枯れた大地を疾走するバレットライフとファシネイター。そのコクピット内のリムとジナイーダはFCSを切って、手動でACがマシンガンを持つ方のレバーを押し込んだ。
 モニターの向こうを高速飛行するミサイルとの相対速度はマッハいくらなのか、二機のACと接触できる時間はわずかしかなく、その一瞬の内に三発のミサイルを叩き落さなくてはならない。
 唾を飲む暇も無くトリガー、十一の火線がミサイルを撃つ。カンカンとミサイルの表面を弾が滑って、保護された火薬に火がついたときミサイルは全力で爆発する。
 煙幕が発生するのは爆発兵器の常だ。一瞬しかミサイルを狙い撃つ瞬間は無く、ジナイーダ達はその一瞬の撃ちに生まれた煙幕を見つめてミサイルの全弾撃墜を願うしかない。
 心の中で手のひらを合わせ、確率論による十一分の三だか二十二分の三だかの低い確率に絶望した時、煙幕を突き破ってミサイルが一途に直進していくのが見えた。
 また歯を食いしばる。これでトラックを助ける事は出来なくなったと思い、ただ弾が外れる偶然のみを願う。
「シーラ、リムだ! ミサイルは一発撃墜出来ず! そっちで何とかしてくれ」
 リムはこの時くぐもったため息を聞いた気がする。特注といえどトラック如きの機動性でミサイルを避けられるとは考えられず、絶望的な状況におかれているというのに、ため息一つしかつかないと言うのがリムにはなかなかどうして諦めがいいヤツだと思えた。
 トラックはトラックとは思えない高速で荒野の砂をけり続ける。両方4.0のシーラの自慢の視力はかなりの早期から飛んでくるミサイルを見つめている。
 只のトラックなら絶対に避ける事は出来ないだろうが、この改造トラックを甘く見ては困る。たった一発のミサイルを避けるぐらいできずにおれるわけがない。
 シーラはブレーキを踏んづけてトラックは減速、タイヤが滑ったときにハンドルを右に。後大体二百メートル。すべるタイヤの力は死なずに残る。トラックの尾っぽを百度以上も回転させてミサイルを引き寄せる動作。
 後百メートル。ミサイルが進度変更、徐々に角度を変えてトラックを追いかける。あと50。シーラはニトロのボタンに手をかける。
 十メートル、押し込み、急加速。ミサイルはトラックに鼻をこすろうかという超近距離で目標の急激加速を感知する。この時点で相当無理な飛び方でもしない限りはミサイルはトラックに追いつけない。
 想像を絶する亜酸化窒素の威力に驚きながらもシーラは強引なハンドル切り、ミサイルがトラックにぶち当たる可能性を完全にぶち切る。
 タイヤはまたしてもすべりに滑ったが、ミサイルは地面にぶちあたり、トラックは事なきを得る。
 ニトロをすぐに切ってエンジン通常始動の馬力を上げて加速。
 トラックは回避動作のせいでジャンヌとの距離を更に広げた。その分急いで追いかけなければならないと、シーラはアクセルをキックする。
 座席の下に落としていた通信機を拾って告げる。
「ミサイル回避成功、追跡続ける!」
 今度は通信機の向こうから感嘆の声が漏れる。そこにノブレスの声は混じってはいない。
 シーラはOB加速中のノブレスに返事は期待しないことにしている。普通は出来はしない事なのだから、それを期待するのは酷というものだろう。
 シーラの予想通りにノブレスは歯を食いしばってカラスを更に加速させる。ジャンヌは更に加速する。
 カドルから全員に広域通信。
『あの赤いのに人類を滅ぼす近道が僕達である事を教えてやってください!』 
 ジャンヌよりもわずかにカラスの方が早いのだが、それでもジャンヌの加速初期で離された距離は簡単には埋まらない。
 暴走したジェネレーターが止まるまで残された時間はあとわずか二十秒。それまでに埋められない溝を埋めなければならない。
 プレッシャーにあせり、暴走して生まれる以上のENをOBにまわす。
 腕を縮めて、脚を曲げて空気抵抗を少なく。通常ブースターを起動させてジャンヌを表すレーダー上の青の点が赤になるまで上昇する。
 ジャウザーも一生懸命についてきてはいるが、思い切りの良すぎるノブレスのEN消費に追いつけずに少しずつ距離が離れる。
 後十秒しか残っておらず、カウントダウンが始まる。危険を示す赤ランプがコクピットを血の色に染めてアラームが泣き喚く。
 残ったENの七割をOBに突っ込む。音速どころかその二倍ほどに速度が到達するかもしれない。瞬間的に20を越えるGがノブレスにかかり、ノブレスは紙になるかと思った。
 それだけで見る見る内に距離が埋まる。少しずつしか近寄れなかったのに、急に近づいたせいで奇妙な錯覚を覚えた。とうとう頭がおかしくなったかと思ったが、別におかしくたっていいとも思えた。
 ――赤子が止まればそれでいい!
 ジャンヌのわずか10メートル直上まで一気に接近、残ったわずかなエネルギーでブレード起動。もしもこれが直撃すればいくら巨大兵器といえど……
 わずかな希望を抱きつつ、ブレードの起動だけならちょっとやりすぎなENを左手にむりやり注ぎ込む。瞬間、青い膜が虚空に生まれた。
 一瞬何のことか分からず、しかし動作を止める事も出来ずにそのまま光の刃は青い膜に突き刺さる。
 猛烈なスパークが大気を揺らし、膨大なエネルギーが散って青の花となる。ブレードに注いだENが最後のカラスはブレードが消えてしまった後も慣性の力でジャンヌの前のほうにすっ飛んでいく。
 減速のためのブーストを起動させることも出来ないカラスは、マッハを超える高速で地との衝撃に備えるべく対ショック体制を整えるのに手一杯だ。
 ほとんどは前方へのエネルギーなので、逆らわずにいれば痛みもないが、縦のエネルギーが怖い。ミシリとなった脚は多分後ニ回は着地には耐えられるだろうと実戦の勘はつぶやいたが、その不確定さに一瞬だけ心が固まった。
 ブレードと共に青い膜が消滅した。ジャンヌはブレード程度のEN波の干渉で大量のENを消費するはずがないと固く信じていたせいで、ブレードの予想以上の出力に軽く面食らった。
『殺されるだけの存在が……抵抗を』
 ショックを受けながらシールドのEN消費を上げ、ついには余剰ENを使い果たしてしまう。減速せざる終えない状況にジャンヌは追い込まれる。
 結果、マッハ以下の速度になったジャンヌにジャウザーがすぐに追いつく。
 ヘヴンズレイはミサイルのロックオンを開始、エクステンションを起動。
 たった1ロックで十分。ジャウザーは音が聞こえる前から同時発射ミサイルのトリガーを押し込んでいる。
 左右二発ずつ、合計四発の双牙はジャンヌならば軽く避けられるはずだったが、シールドも無く、複雑な軌道を描くだけのENもないジャンヌは直撃に甘んじる事になる。
 できる事といえば、直撃位置をずらす事ぐらい。コンピューターのほとんどの詰まった本体に当てるのは不味く、ブースターに当てるのも不味い。ならばミサイルコンテナに当てるのが最善と見て、出来るだけの加速。
 本体を狙った左右からの牙はミサイルコンテナ上部に直撃する。丈夫な機構は、中のミサイルに被害を出す事を許さなかったが、小型の爆発により発射機構がイカレる。
 ジャンヌはエラーを削除しながら緊急用の小型バッテリーを作動させて出力を回復させる。レイヴン達が侮りがたいものである事は理解した。反撃するべきか、振り切るべきか。
 十二の簡易プログラムに判断をゆだねると、六対六で真っ二つに意見が割れる。
 かんかんがくがく、中核プログラムに至ってまで判断は真っ二つに分かれた時に、突如として高速飛来物体を確認。
 コンマ2秒で接触予定のそれは、ジャンヌの斜め後ろを行くACの集団が発したものでなく、もっと後ろから放たれている。
 広角視界内にすらその物体が映らないと言う事は、ほぼ真後ろ。そっちの方向にはたった二機のACと遥か後方にトラックが一台。
 新たに判断材料が加えられ、判断プログラムが再び走る。電気信号が一秒の百万分の一の間に二百回も往復した後に、反撃賛成ニ、撤退ニ、条件付賛成一に分かれた。
 条件はシールドによるENの節約、回避行動の優先と現時点においての即時回避。
 ジャンヌはシールドの展開を停止してブースター下部のスラスターに点火、一瞬で上昇して後方からの未確認飛来物を回避する。
 風切り音を響かせて一瞬でジャンヌの真下をくぐって、イオンの光を纏ったアダムスキー型UFOの様なレールガン専用小型貫通弾が通り過ぎていく。
 明らかに通常のハンドレールガンが出せる威力ではない。弾速が桁違いすぎて、バリバリの特殊改造である事が見て取れる。
 速度を下げて回避準備の軌道に入る。スラスターを複雑に起動させて一所には止まらない。前方八門左右合わせて十二門のレーザー発振口を過熱、同時に余剰ENの確保に使ったバッテリーを機体外部に放出する。
 取っ掛かりのない真四角のイオン電池が高高度から地上に落ちる。機体がいくらか軽くなって、わずか一メートルばかり持ち上がった。
 乱流に洗われるジャンヌの巨体は自身が予定した軌道よりわずかばかりずれていて、それを許せぬ生真面目な制御中枢が文句を言った。
 ACたちの射程外に居続ける為に高度を維持していたが、文句を言われた時には既にピンチベックの群れがほぼ真下に降り、射程がどうの言ってる場合じゃない事に気がついた。
 高度を下げてACとほぼ同じ土俵に降り、スラスター下四基右八基上部右より三基に点火、高速回転しながらランダム軌道で位置をずらす。
 案の定巨大な赤の弾がジャンヌを掠めて飛来し、そのまま空中で花を咲かせる。
 ジャンヌは真下にセンサーを向けて、敵の様子を確認する。かなりの数を潰したはずだが、さっきの反撃から考えると一機でも残すわけにはいかない。
 逆らうだけの力を持ったものは排除、そしてそれから任務を遂行する。
 ジャンヌはそれが人間を滅ぼすのに最も適した行動だと判断して、十門のレーザー砲を真下に向ける。
 ピンチベックの群れの中、三機のピンチベックで無い機体と十七機のピンチベックが高速で前方に離脱していく。
 ――逃走……? ……判断処理・boot……分散と予測。
 後で攻撃してくるのならそれでいい。今はこの場に止まる敵を優先的に狙うべき。
 温まったレーザー発振口がいっせいに光を噴き、光は黒い機体を追っかけて小型のナスカの地上絵を描く。


 
 三機の有人ACとアンテナ付ピンチベックが十六機のACの群れを率いて荒野を行く。ジャンヌを追いかけてかなりの距離を移動したはずで、そこから更にジャンヌとの距離をとった。徐々に地平線のかなただった。砂漠はもう目の前まで来ている。
『収集したデータによるとあの紋章が目印です』
 カドルはカーソルキーで呼び出したパルヴァライザーの上半身データの腹を指す。
「目印? 何かあるんですか?」
 カーソルは接触回線を通じてピンチベックからヘヴンズレイへと転送される。輝度を更に高くしたモニターがジャウザーの顔を照らし、カーソルが示す粉砕者の胸にある紋章は、青く光り輝いていた。
『ここにパルヴァライザー、ジャンヌダルクの中枢コンピューターがあります。これを潰せば私たちの勝ちだ』
 高速で走るACたちに吹き付ける風に砂が混じってくる。ACが起こす突風による砂塵も多くなってきた。
 背負うものを捨てたせいでファシネイター以上に小さく見えるバレットライフがワイヤーをピンチベックに飛ばす。
 しなる金属繊維のワイヤーは風に押し流されつつも何とかピンチベックに辿り着き、会話を音を伝える。砂漠から吹きつける砂嵐が通信に影響するようになった以上、接触通信がもっとも有効な会話手段となっていた。
「あの図体の正面を取って攻撃なんぞ出来るのか? 正面からの火力はバカには出来ん」
『それしかないんです、手段が選べないんだったら選択も出来ません。幸いアレのエネルギーも無限ではないようだ、複数による同時攻撃とかく乱を当てにするしかありませんが』
 ファシネイターはまだワイヤーを飛ばさない。力なくぶら下がるだけの左腕が握ったマシンガンを手放し、ミサイルとエクステンションを機体につなげとめるジョイントを切り離した。流れる大地に四つの武器がバウンドしながら転がっていく。
 後方で戦闘の音が聞こえる。爆発音が響き、地鳴りがする。後方からの閃光が時折ACの後頭部を照らした。巨大な爆発はジェネレーターが溜め込んだENが外に流れ出したときに起こるものだ。
 戦況は芳しくない。このままでは十分かそこらで残してきたピンチベックは全滅しかねない。
 時間がないのにジナイーダが回線をつなげてくるのを待つわけにもいかず、カドルはピンチベックの二本目のワイヤーをファシネイターに伸ばした。
『残してきた部隊で時間を稼ぎます。その間にその砂漠の町へ、避難勧告を出しましょう』
 消極的な意見と見える。時間がない。相手がどんどん押してきているのに、されるがままに押される姿勢で勝つ気がさらさら無いようにジャウザーに思える。
『連れて来た戦力と私たちで砂漠で戦います。砂漠ならば砂嵐でレーザーの威力も照準も少しぐらい影響を受けるし、撹乱も楽になる。メリットはあります』
「撹乱するなら全員でしたほうがいい、叩ける相手は早めに叩いておいたほうがいい。」
 リムには子供の頃から血気にはやる傾向がある。短気は損気とよく父親に言われたものだがその父親もレイヴンで、喧嘩っ早い性格をしていた。説得力の無いことを言いながら頭をなでてくれた二十年前の手のひらは忘れない。
 その手のひらはこのまま戦略的撤退をしたほうがいいと訴えたが、仇討ちにはやるレイヴンとしての生来の血が親指を下に向けてガンをつける。
「ここで全力で倒してしまえばいい! 街まで辿り着かせなければ何も問題は無いだろう!」
『ここで倒せる保証は無いでしょうが! 少しでも有利な条件が作れるのならそうするべき、血気にはやって失敗するのはバカのすることです! 他人の生死を左右できるのに何も考えないんですか!?』
 リムはガキが、と口の中でぼやいてから左右を走るACにガンをくれてやる。右にへヴンズレイ、左にファシネイター。
 沈黙の正体を察知したジャウザーが頷く。レイヴンとしての自覚を手に入れて、一皮向けたジャウザーもお上品に文句を言うだけでなく、けんかを売る事を覚えた。
「敵前逃亡なんてしたくありませんから、カドルの作戦には賛成できません。私たちはレイヴンなのですから、あの赤いのにも私たちの最強を示すべきです。ジナイーダもそうは思いませんか」
 ジナイーダは暗いコクピット内で膝を抱えるような姿勢で俯いている。モニターから流れてくる外界の光が後頭部を照らして、徐々に顔を上げていく顔をも照らし出す。一ヶ月前と何かが違う顔、レイヴンの顔ではない。
 レイヴンとしてのジナイーダを知るジャウザーはレイヴンとして戦う意思を持ったジナイーダを求めたが、それは一ヶ月も前の話だ。
 ジナイーダが吐き出す。羽の無いカ鴉は最早空を夢見る事すらしないで、地平を見つめて当たり前を言葉にした。
「今戦いに行けば町に住む人々を切り捨てる事になる。切り捨ててまで得るものは私には見えていない。……理由のある後退を認められないのはただの子供だ」
 凛とした顔で正論。このセリフをいえるのはある一定の強さを持った場合のみである。だからと言って、戦う事を選ぶのが弱いわけでもない。それだって強さの証明で、両方が強さである事は疑いの無い事実だが、二元的な思考を持ってすれば二つの強さは矛盾する。
 強さのベクトルにも様々なものがあると言うだけだ。三元的どころか四元的ですらあるベクトルは人類が歴史を持つ限り解明される事は無いだろう。
 そして、前方から電波が向けられた。この期に及んで広域通信で、砂嵐に邪魔されて、音全体に文字通りの砂嵐がかかっている。
「町に行けば俺はシーラを切り離す事になる、逃げるなんて出来ない相談だ!」
 慣性によって遥か遠くまで飛んだ黒い鳥が今大地に降り立とうとしている。ぼろぼろの脚のジョイントを保護するために着地の瞬間に膝を曲げに曲げて、とうとう地面に膝をつけて急減速する。
 着地の瞬間にもうと砂が舞い立ち、膝から下を地面にこすり付けてすべるので、ジャウザー達の視界の半分は煙で埋まる。
 急減速によってブースター以下の速度まで落ち、それにぶつからないように三機の有人ACと十七機のピンチベックが道を空けた。
 合計二十機ものACがいっせいに道を空けるのは壮観。相対速度のあまりもの違いにワイヤーを取り付けることはかなわない。
「分断作戦ならお前らでやれ」
 やがて直立しても大丈夫なぐらいまで速度を下げたカラスは恐る恐る膝を伸ばしていく。
「血気にはやるヤツから先に死ぬって言うけどな。俺たちはそれだけでやっているわけじゃない、退けない理由がある」
 こちらも凛とした声だった。強さを含ませる声が、主観しかもてない人間としてのジナイーダを触発した。
「くだらない理由で人命を捨てるのがレイヴンなら、私はそんなものではない!」
 ジナイーダは自分の首から提げたワシのペンダントを握って投げ捨てた。コクピットの壁で跳ね返って床に落ちる。
 羽を無くした鳥は空を夢見ず、地平を眺めて状況に適応するものだ。精神の変化なんて一瞬のもので、羽をもがれた鳥はもがれた次の瞬間から飛んでいた頃の自分すら理解できなくなる。
「カドル、私たちは退けません。戦う意思を放棄すれば私たちはレイヴンでいられなくなる。それ以外を考える気は起きない」
 ヘヴンズレイがワイヤーをもぎ取って地に投げつけ、転進。走りながら方向転換し、ブーストに点火する。
 その逆方向に向かって走り続けるカドルには遠く遠くへ走っていくように見える。血気にはやっているだけではないとノブレスは言ったが、それでも死にに行くように見えた。
 リムは復讐のためにレイヴンを狩ると決めた。復讐のを果たすためにあの赤いのを潰すと決めて、それを目的としている。結果的に復讐に繋がると思ってそうしたが、心にしこりが残った。
 復讐に反対する気持ちがあるわけじゃないが、それのために自分が戦う事にある種の違和感を覚える。
 自分は戦う時に逐一父の顔を思い出していたのだろうか。復讐一筋、純粋一途にそれだけのためにやってきたのだろうか。
 復讐はともかく、戦いそのものに何を抱いていたのか。自分がこだわるものが、父以外にあるような気がして心のうちを自分で探る。
 どこかで、手段と目的が変わるのは一瞬だと聞いたことがある。
 そして父を自分自身で侮辱していると思い、その考えをねじ切った。
 そこでリムはレイヴンをやめてしまう事もできる事に気付く。復讐に純粋にこだわり続ける事が出来なければ、レイヴンをやめるのも一つのてであると思えたが、何故かそうする気にはどうしてもなれなかった。
 あの赤いのを殺してレイヴンたちを殺す。戦って勝つ。そうして復讐でない何かを達成できると思え、その何かが何であるかを確かめたいと思う。
「俺にも目指すものがある。抜けさせてもらうぞ」
 ヘヴンズレイと同様、流れるように急減速回転加速。百八十度逆の方向に走っていく。
 バレットライフのコクピット。何も無い殺風景な風景の中で、父がくれた手のひらのぬくもりの更に先、父の笑顔を思い出そうとしたが、どうしても首から上が思い出せない。
 吹っ切るようにアクセルをキック。




 その三終了。その四に続く。





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