『要は巨大兵器の破壊です。私一人だけでは潰せる自信がない』
ターミナルからメインコンピュータルームまで、曲がり曲がる道を何キロも走ったジナイーダ達としては、ターミナルエリアとコンピュータルームの間には途方もない距離があるように思えていた。
が、いざ地上に出て直線距離を目の当たりにすると大して遠くないのが分かる。
メインコンピュータルーム横エレベータから地上に出たシーラは地平の向こう側に出てくるだろうと思っていたのだが、ターミナルのエレベーターから上がってきたカラスの黒い細身は案外近い位置にあった。
肉眼でもカラスの脚部がどのくらい損傷しているかが分かる。柱骨に傷はあまり無いようだが、ジョイントの部品がそれはもう酷い事になっていた。今すぐにでも整備に入りたいが、時間がないと言うカドルの弁を信じるならおそらく応急処置の時間もないのだろう。
「スペックは分からないのか?」
平坦な声ならば一体誰のものかすぐに分かる。今日限りの馴れ合いとやらをするリムは多分此処に集うメンバーの中で最も頭が回るやつなんじゃないのか。
『正確なものは……僕が手に入れたスペック表はありますけど、多分全然当てになりません』
行った傍から、各ACとトラックにデータが送信される。
ジャウザーは送られてきたデータを見て、まずその機体コードに愕然とする。
シーラはデータが送られてきてもそっちのけで通信回線を開いた。もう周りの声は聞こえていないようで、直接会話をカラスとの間につなげる。
「ねえノブレス、だいじょぶ? 怪我とかない?」
結構バカな質問。シーラは映画とかでこの手のせりふを聞くたんびに「怪我してない訳がないじゃない」だとか「見りゃ分かるでしょうよ」とかいう人間なのだが、いざ目の前にそういったことが展開されるとバカになるしかなかった。
「ちょっと黙ってろって」
「人が心配してるんだから『大丈夫』の一言ぐらい言ってもいいでしょうが」
スペック表はモニターに強制展開されるようプログラムされている。シーラにもノブレスにもそれは見えてるだろうし、そこに書いてある無茶なスペックが意味する事も分かってるだろうが、声の端にすら緊張感のかけらだって無い。
スペック表の右上に書かれていた文字はLeviathan-R。
レヴィアタン。英語読みではリヴァイアサン。サタンと同列でありラハブと同一であり終末の大海であり大嘘つきで女好きのクジラ。
もちろん、ジャウザーはそんなことに愕然としているのではない。
アライアンスには少し前にも巨大軌道兵器の開発が進められていた。そのコードネームは終末の火の海を作り出すものとしてレビヤタンと名づけられた。
その過激な設計思想と運用目的。コスト面から考えても効果的な使用は絶望的と考えられており、此処最近では最もそれを有効活用できただろう一日戦争でも終ぞ使われることが無かった。
一ヶ月前にはレビヤタンは解体されたと聞く。それはジャックの墓所に調査隊が向けられた直後の話だ。その調査隊は調査と言うには少し無理のある部隊編成で、何かの部品を持ち帰るための設備が充実していた。
無尽蔵なエネルギー、膨大な数のミサイル、規格外の威力を持つ各種兵装を持ったレビヤタンを人の作るものでないと評した研究者はほとんど行方不明になっていた。
ジャウザーも只の殲滅兵器でしかないレビヤタンの存在には不快を抱いていた。自分達では不足なのだろうか、ACは既に最強の戦闘兵器であるのに更にその上を求める必要があると考える上層部に軽い反発を覚えていた。
レビヤタンの解体は僥倖であったと言えたし、レイヴンとしての面目も立てられる。最強はやはり自分達だと言う事に誇りを持っていた。
そして今、送られてきたデータの中にはレビヤタンのリファインだかリメイクだかのスペック表が載っている。
姿形は全く似ても似つかないが、その設計思想はやはり忌むべきレビヤタンと同じ。
人工衛星でも飛ばすのかと言うほどに馬鹿でかいブースターとかENランチャーとかゼロの数が半端じゃないジェネレータの出力とか。レビヤタンが持っていたものよりも昇華された技術が使われている。
見ているだけで身震いしてしまうほどの武装だった。見る限りは正確なデータがそろっていたが、これのどこが当てにならないのか。
「ずいぶん細かいデータですが、これのどこが当てにならないと?」
『機体図の前面のほう、見たことありませんか?』
馬鹿でかいブースターが横からの機体図のほとんどを占めているせいで、前面のチェックが遅れた。
機体の前部には見たことのある人型が生えている。腹に紋章を抱え、赤いボディーに高出力レーザーブレードを装備した姿は……
「パルヴァライザーか、これは」
『ご明察の通り。ジャウザーさんもご存知の一ヶ月前の墓参りはこのためのものです』
地面の底から何かの駆動音が近づいてくる。
細かいようで、大きく大地をうねらせるその振動は小さい音がいくつも重なったものだと容易に想像できる。地下にあったエレベーターが全部稼動して、地上に向かって上昇しているらしい。
間もなくカモフラージュされきって、最早只の荒野の一部分としか思えなかった地面が真っ二つに割れる。分厚い断面と構造を見る限りにおいて、それは自分達が乗ってきたものを隠していたのと同じ対爆隔壁だと分かる。それも一つではなかった。
その全ての底からせり上がってくる床にはピンチベックが何機も膝をついて、何かを待ついるように身をかがめている。
さっきまではどのピンチベックも基地内にいたからレーダーに映っていなかった。唐突にレーダーの中には光点がめちゃくちゃ増える。
ジャウザーは口元をゆがめて、リムは口笛を吹いた。ノブレスは笑って「こんなに沢山いたのか」、ジナイーダはイマイチ納得のいかない顔をカドルに向ける。
同じACが数え切れないほど沢山一つの場所に集まっているのは、傍目に見てもかなり気持ち悪くて、シーラなどは軽く頭が痛くなった。
パルヴァライザーはジャックが潰したはずだ。わが身を犠牲にしてまでジャックがパルヴァライザーを討ち、ジナイーダがインターネサインを破壊した。
これで完全にパルヴァライザーは機能を停止したはずで、特攻兵器も止んだ。
しかし、パルヴァライザーはその力を失っても尚、人の意思に巻き込まれ兵器としての威力を発揮しようとしている。
あの時パルヴァライザーを止めるのがジャックの役目だと言う事は、もしかしてジャックは命を無駄にしたのではないのか。
本当はそのような事はそれをした本人しか考えちゃならない事だが、ジナイーダは考えずにおれない。無駄になったのであれば、世界にとって損失ですらあると思う。
そして、そうなったことをレイヴンの自分は知らなくて、それなのにカドルは知っている。自分が知らない半年間。カドルにとっての半年間。
時間の流れは双方全く違う道を歩ませて、もしかしてその結果がこれなのだろうか。
カドルがそれを知っていたとして、その場限りの感情で戦う事を選んだ自分は何なのだろう。
奥歯をギリと噛んだ。
「カドル、私が知らない間に何があった?」
カドルはジナイーダの質問に返事を返せない。無言が返答だったかもしれないが、ジナイーダはそんなことは認めない。
『……私はパルヴァライザーを止めたい。だからあなた達に依頼する』
ひざまずいた何機ものピンチベックを背後に、カドルはあらためてアイカメラでレイヴンたちを見据える。
迫力に押されたわけじゃない。でも、真摯な感情を受け取る事自体を圧倒されたと表現するのならば、少なくともジャウザーとノブレス、シーラも圧倒されていた。
「わかった」「うん」「了解しました」
調子をずらしてからリムが、
「俺たちはレイヴンだ。報酬は?」
『明日の朝日ってんじゃだめですか?』
笑った。クックッと、必死に何かを押し込めて、さっきまで無表情だっただろうリムが心底愉快そうに声を漏らすのが、この場の機器類全部に響いて回った。
それっきりだったが、カドルはこれを依頼受諾とみなす。リムと話した事が何度でもあるわけではなかったが、それでもある程度のことが理解できている自負があった。
レイヴンという傭兵は皆酔狂でこの世を渡るばか者の集まりだ。やれ親父の敵だのやれ親父を超えるだのばかり言っているらしいリムファイヤーですら、その限りであろう。
「後で良い、きっちり説明しろ」
ジナイーダも仕方ないとばかりに口元をゆがませて、俯き加減の瞳を持ち上げる。目の前の厄介事は散らさなければならない。
その直後に、ピンチベックの群れが急に首をもたげた。全員アイカメラを最高輝度、最高倍率で西のほうの山脈に向ける。同じ波長の駆動音が重なって増幅しあい、一様の同じ動作には妙な快感があった。
それを認めた有人機は全機つられて振り返るなりなんなりで西を見つめる。
『来ます』
瞬間、その場の空気が全部遥か遠くの一点に吸い上げられる。普通に考えて、空間を限定してその場の熱エネルギーを計測したとすれば膨大な量になるのは目に見えている。
その熱量を全て山の向こう側に吸い込まれている気がした。大地の存在感とでも言うべきものと大気に伴った雲が固まりになってある山の頂に集まる。
タツマキのように巻かれた力の中心点、即ち山の遥か地下に凶悪な何かを感じ取ったノブレスは唇を噛んで、シーラは口をあんぐりとあけたままになる。
地上に落ちていく熱量の中心から槍のような力が光を伴って上空にはじけ飛んで、只一直線に全てをかき回して天を目指す。ゆっくりと上っているようにも見えるが、それは見ているものの錯覚だ。あまりの力の桁の差に呆然とするしかないせいだ。
雲を蹴散らし、青い空を露にして更に突き進む。その膨大な力は何時しか空の強烈な青に吸い込まれて消えていくが、光の槍が与えた影響はそう簡単に消えない。
集まった大気の温度差やらなにやら。圧縮された後に蹴散らされた一切合財があたりに向かって放出されていく。
それだけの作用で風は巨大な嵐となり、レーダーをかき乱してカメラを塗りつぶして電波を拡散させて、大地をもたげて当たりに散らした。
巨大な力がACの装甲板に叩きつけられてカラスはカメラを守るために腕で顔を覆い隠そうとしたが、そんな簡単にどうにかなる嵐じゃなかった。
嵐はつむじ風になり、やがてそよ風にまで退化して、構えたカラスも屈んで運転席の下に隠れたシーラも姿勢を出来るだけ低くして影響を少なくしようとした他のACまでもが、嵐の終焉に気付き、顔を上げて、山を見つけたときにとてつもない違和感を覚える。
山が無い。そこにあった山脈が丸ごと消え去って、代わりに山の頂上があったところには妙な機械が浮いている。
マッチ箱をそのまま大きくしたような尾っぽをぶら下げたその上半身は、直接正体を知るジナイーダにとっては忘れがたいものだ。
今のは産声のようなものだったのだろう。膨大なエネルギーを目の当たりにした人間にはどうしてもパルヴァライザーがスペック以上の性能を持っているとしか思えない。
「おい、スペック違うじゃねえか! あんなん聞いてねえぞ!?」
『当てにならないって言ったじゃないですか!』
何故当てにならないのか。それはまあパルヴァライザーが何なのか分かってる奴ならすぐに分かる事だ。
パルヴァライザーは自己完結した、自己再生自己修復を可能にした兵器としての究極系の一つ。ならば大方の予想はつくだろう。
パルヴァライザーは自身の力で自分を再生、強化する事が出来る。そうでなければ砂漠の真ん中でやられた一機っきりのパルヴァライザーが再び人の目の前に立ちふさがる事なんて出来ないはずだ。
その辺の事についてはカドルとジナイーダしか知らない。カドルはアライアンスのデータバンクから、ジナイーダはジャックから。
パルヴァライザーに恐ろしい兵器以上の認識を持っていないノブレス達には自己強化の話はするだけ無駄だ。
どうせオーバーテクノロジー、どうせ理解は出来ない話だ。確証のない話でもあるし、話す必要も感じない。
今のパルヴァライザーは恐ろしい兵器である。今、恐ろしい以外の形容の仕方が思いつかないのは脳みそが恐怖しているからで、同様に恐ろしいとレイヴンたちが認識しているのなら何も問題はない。
恐ろしい兵器を破壊しなければならないのだ。
知識とかを抜きにした共通認識さえあればいい。
いきなり殴りかかりたいところだが、それをするのは蛮族のする事だと思え、カドルはパルヴァライザーに強力な電波を飛ばす。
『お前、今から何をする気だ!』
その言葉がパルヴァライザーに届くまではわずかのタイムラグがある。まだ風が暴れているし、電波が真っ直ぐ飛ぶとも限らない。アンテナつきのピンチベックのコクピットの中で誰も触れていないのに、つまみの一つがグイと上がって電波を強くした。
指揮官機のアンテナはそのためのものでもある。相当お粗末なものだがないよりましだ。
『My…』
チキチキとコンピューターが何かの処理を行う音が外に漏れ出して、言語モードが切り替わったようだ。
『私の任務は戦争の停止だ、それを実行する』
迫力に負けないために叫ぶ。音量の変化でなく、感情の変化が語調を変える。プログラムとなった自分にもそれができる事をカドルは意識して、1と0の涙を一筋流した。
『戦争なんて起こっちゃいない!』
『銃が一発でも撃たれればそれは戦争だ! 私はそれをやめさせるためにある!』
それを戦争と呼ぶのならば、世界は戦争だけに包まれたものだと言える。しかも、それを生み出すのは全て人間の鬱屈した感情だ。
取り付く島もないが、せめて相手が具体的に何をしようというのかぐらいのことは知りたい。相手の動きで推測するしかないかもしれないが、やれる事はやる。今此処で止められるのが一番いいが。ACが相手と等速で走ることができない以上それは無理な質問だ。
自分達を狙うのならば万々歳だが、もしも他の目標があるのならばそれを封じる方法を考えなければ……。
「戦争なんか当事者にやらせておけばいい!」
ノブレスが大声を張り上げた。ぶれにぶれた弱弱しい電波だが、かろうじてパルヴァライザーに届いているはずだ。
「第三者が口を挟むことではない、ましてやパルヴァライザーなんて機械如きが」
妙に好戦的で自分勝手な意見。極論はよい印象を持たない。
個人的な思い上がりで人間を代表したノブレスの言葉に激昂した電波が降り注ぐ。大気がプラズマ化して走り回った。怒気を噴射して空高く浮かび上がっていく。
『そのような無粋な名ではない! 私、コードジャンヌダルクは争いを効果的に減少させるための兵器だ!』
「あんたのことを知ってるやつなんてほとんどいないでしょう、正体も分からないものに結果を左右されたくなんてない!」
シーラも負けじと絶叫する。ここにいるのはカドルだけでもノブレスだけでもない。トラックに乗ったシーラは何も出来ないが、敵意ぐらいぶつけられる。
感情の表現が心を揺るがす。言葉を持つものならそれだけで挑発になる。
『今しか知らない人間――』
「従うだけしか出来ない臆病者が人に干渉するのがおこがましいと言う!」
パルヴァライザーの声さえさえぎってリムファイヤーの声。
「人の心の機知さえ知らんくせに!」
「あなたに人をどうこうする力はもったいないんですよ!」
ジャウザーまでもが鬱屈を吐き出して、最後にジナイーダがハンドレールガンで敵を指し示す。
「私たちはお前を肯定しない! この生への願望があなたを許さない!」
ここにいる全員がジャンヌの存在を否定する。心の表明は発言者の意思を石のように硬くする。逆らう意思はきっとパルヴァライザーを貫く。
カドルの接触は周りの人間にパルヴァライザーの幼稚な思考の存在を教え、否定の行動を起こさせた。レイヴン達はもう依頼としてではなく自ら戦おうとしている。
西の空から黒い、不吉な積乱雲が立ち上り、青空を覆い隠して大地に大きな影を落とす。
ジャンヌは縮めこんでいた六本の腕を開花のように広げ、頭部は曇り始めた天を向いて無差別に怒張の強力な電波をばら撒く。
『当機は争いの元凶、人間どもを討ち滅ぼす一本の剣である!』
自分の信じる聖戦を行うためにジャンヌはブースターに火を入れる。
ジャンヌは交戦の意思を表しながらも、処理能力の半分を索敵に回した。誰もいない小さなコクピットの小さな画面にReadyの文字が浮かんで、戦闘準備もする。
戦闘プログラムと索敵プログラムの同時展開。
人が争いを生むのなら、人を効果的に減らせる方法を見つけたほうがいい。AC五十機そこそこの小さな軍勢を相手にするぐらいであれば、それを振り切って人間の集落を焼き尽くしたほうが早いと考えられた。
片目をつぶって意識の半分を遥か天空に飛ばして辺りを見回す。昨今の人間に作れる程度の大規模な集落を探すのだ。
人の持つ熱、工業機械の持つ熱、膨大な電力の熱。
それらの熱ですら、遥かな天空から見ればこまごまとしたものにしか過ぎず、近くてそこそこに大きい集落の判別には時間がかかると思える。
その間は半分だけの昨日で小さな軍勢の相手をする。
前面に装備された八門のレーザー砲を起動。胸についたENグレネードも起動。ジェネレーターの出力を戦闘モードまで引き上げた。
生まれた熱は百平方メートルだけの地域をツンドラ地帯にしてしまうだけの能力を持つラジエーターが全力で戦闘行動を行っても問題のない低温まで下げる。
ジャンヌの脳天に集約された超巨大FCSが高速並列処理で超効果的なレーザー照射ルートを導き出す。即ち薙ぎ払い。
『クズどもがぁ!』
ジャンヌの改造により超長射程を得たレーザー砲が光の剣を形成する。現状の世界に住む人間から見れば天罰としか形容の出来ない暴力的な熱量の雨。
まだまだピンチベック達との接触までは時間があったが、光の剣はその距離さえもものともしない。
熱量を収束、重金属粒子の力を借りた粒子砲は光の早さには程遠いが、銃弾の速さから考えれば圧倒的な速度で着弾線の端に到達した。
そこにいたピンチベックの一機をカドルは最速で退避させるべくブーストを起動したが、レーザーの速度は圧倒的。前述の通りに放たれた打撃を避けるだけの力は人にはない。
伸びた光線がキリの様に極小の点をピンチベックのコクピットを貫いて地にまで到達。煙を上げて地に穴を開けた後、左片手平突きよろしく横になぎ払う。
あっという間にそのピンチベックは無力化され、胴を真っ二つにされてしまう。地面の底が沸騰して暴力が吹き荒れる。
すぐさまカドルはレーザーの射線を予想。敵に勝つにはまず自らを知る必要がある。敵に読める自らの陣形の弱点を読めずしてジャンヌを潰せる道理はない。
相手が狙う陣形の弱点を即座に見抜くことで可能になる事だ。
全員、ジャンヌの薙ぎ払い射線から退避。ブースターが吹っ飛びそうな程に火を噴出して、ピンチベック達が散り、ノブレス達も散る。
黒い機体に混じる青と銀と赤、只の黒よりも黒い鴉色がクモの子のように散る。
それでも光線は散開を始めた黒い機体の何割かを紙のように裂いていく。裂かれた装甲の内は瞬時に熱され、解けて赤い液体となり飛び散る。
大地も暴力に薙がれ、そして切り裂かれていく。あまりにも圧倒的過ぎる力。
ジャンヌを止めることが出来なくては、世界が焼き尽くされるのも時間の問題でしかない。今の人間の文明など一日で滅ぶ事になる。
ピンチベックは四十機を切らず、しかし四十五機程も残っていない。
『貴女が言えた事ですか!』
ピンチベック全機体が大型グレネードを肩で支えて飛び回る。いつでも相手の攻撃を回避できるように止まらず動き回ることを前提に、前衛と後衛に分かれてブーストをかけて接近してくるジャンヌにじりじりと接近。
前衛がグレネードを撃ち、後衛がライフルを撃つ。後衛がグレネードを撃ち、前衛がライフルを撃つ。
交互に撃つのはデータベースの底に沈殿した無駄な記憶の中、ひときわ輝く古代の王信長が使ったの鉄砲戦術に習ったものだ。
間髪は無く、回避は不可能。直線に並んだピンチベック達の放つグレネード弾は一点に集中。奇妙で美しい火の模様を作り出す。
全ての弾が直撃。ACを最低十機は吹き飛ばしてしまう量の火薬が只一機の起動兵器に集約した。
当然、それだけの火力は視界を遮る煙幕を作り出す。ねずみ色の煙は普通の兵器相手ならば、撃破確認の合図にすらなるのだが、古代現代両技術の結集たるジャンヌには適用できない。
どの有人機体のFCSも煙幕が立ち上る地点までカバーできる長距離タイプのものじゃないし、電波に妨害されてレーダーは使い物にならないのでジャンヌの撃墜も生存も確認できないが、リムならば生存の方に100000Cは賭ける。
大方の予想通り、青いプラズマの膜に包まれた赤い上半身は灰の雲を切り裂いてこの世に姿を取り戻す。この程度で潰せる相手じゃないと意識してても、カドルは苦いimgをするしかなかった。
ジャウザーのマシンガンはジャンヌの浮かぶ高度まで届かない。リムファイヤーのフィンガーマシンガンとチェーンガンも同様だ。
ジャウザーにはミサイルがあるが、リムファイヤーは今回ミサイルを装備していない。室内専用にチェーンガンを両肩につんできている。
逆間接とニ脚と無限軌道の機体がチェーンガンの反動に耐えるには姿勢を低く、地に機体を固定せねばならない。タンク型の機体は土台がしっかりしているから構えなくてもいい。そして四脚の機体は地に脚をつけて踏ん張る必要がある。
無茶な姿勢制御を行うことで空中でも撃てない事はないが、それをしてまでチェーンガンを撃つとなれば、安定した姿勢でフィンガーを当てたほうがいい。
少々の弾をを無駄にしてもいいように腕に一杯一杯のチェーン状の弾を巻きつけてきた。
リムファイヤーは思い切り良く強化ガラスで保護されたスイッチをガラスごと二つ叩き割る。
やたらに重いドラムマガジンで大量の弾丸を確保していたチェーンガンは相当な足かせとなっている。
バレットライフは一気に身軽になり、足取り軽やかに接地圧制御をある程度かけて接近するジャンヌに相対速度を合わせる。
ヘヴンズレイのミサイルが急接近したジャンヌをロック。同時発射の予備装備に火を入れて、ジャウザーはモニター向こうの青い膜に包まれた機体を見る。
強固であればあるほどEN壁は吸うENが多くなるはず。いくらジェネレーターが強力なものでも、シールドを発生させ続ける事は不可能のはずだ。
必ずシールドは消える。ヘヴンズレイはその時を見計らう。汗が指をトリガーの上を滑らせる。嫌な感触だ。
唾を飲み込んで数を数える。無音に包まれた中でゴクリと言う音が響いて、ロックオンカーソルが忌まわしきレビヤタンの複製の中心に重なっていく。
カーソルの色は相手との間の障害物の有無を示していて、赤は撃てば当たる位置に相手がいることを示す。
シールドを認識できない機器は目標から必ず目を離してはならないという重圧をジャウザーに与えた。
ロックオンと同時に青い膜が薄れていく。時を逃してはならない。今撃たねば有効だになり得ない。
長い事待った割りにトリガーを引く瞬間は一瞬で、その瞬間に煙を引いた音速の暴力がジャンヌを目指す。
ジャンヌのブースターは後部にでかいのが一つっきりだ。絶望的なまでの推力の全てをそれで得られるように出来ている。が、それだけでは戦闘行動を行うことは出来ない。
センサーの死角に入った敵を追いかけるにも、こちらの訪問の死角に入った敵を撃つのにも必要なのは旋回機能だ。
初代レビヤタンはその旋回機能を省く事で機体の軽量化を行ったが、そのせいでヒットアンドアウェイしか行うことが出来なくなっている。
しかし、レビヤタンの先をゆく兵器であるLeviathan-R、もといジャンヌダルクはそのブースターに各方位五基ずつのスラスターを装備している。
コアとなる上半身にも計三機のスラスターが設置されており、その一基一基ごとの噴射力はACのブースターにも匹敵する。
これにより凶悪なまでの旋回性能を得たジャンヌには圧倒的なまでの機動パターンを作成していた。
ニュートンにケツを向けて、この世の物理法則全てにケンカを売った。
巨大なジャンヌが四のミサイルから逃れられるはずは無いと確信を抱いたジャウザーだったが、ジャンヌはそれを嘲笑うかのように急上昇する。
広がったミサイルがジャンヌを追いかけて収束していき、ジャンヌを捕らえようと言う正にその時に上昇を止め、直角を描いて前進。
物質の域を超えた機動をノータリンのミサイルに捕らえられるはずも無く、ミサイルは目標を見失って方々に散り、やがて爆発する。
ジャウザーは目を見開いて、すぐに細める。舌打ちして機体を最大限軽くするべくブレードをパージした。
疾走する機体から放り出されたブレードは空気抵抗により、機体との相対速度を爆発的に増して機体後方にすっ飛んでいく。
カラスにはもう遠距離用の武装が残されておらず、ある武器は杭が一本とブレードのみ。
たいAC戦ならまだやりようもあっただろうが、何もかもが桁の違う相手と戦うのは無理がある。
ノブレスは地下でミサイルを捨てた事を悔やむ。
『とにかく攻撃してアレの優先目標が私たちになるようにしてください!』
カドルからの指示が飛んだが、それはもう作戦でない。
考える時間でもあれば多少は違ったのだろうかと思い、それでもどうにでも出来ないのではないのかと思う所もある。
「接近すれば当てられる、飛ぶぞ!」
武器をフィンガーだけにして、極限まで軽量化されたバレットライフが飛び立つ。
相手のスピードが凄まじいせいで近寄る事も至難の業だが、それしか手段がないのならば仕方がない。
肩に何も背負わずに、ずいぶんとちっぽけになってしまったバレットライフは触っただけでも壊れそうに見える。
一機だけが突っ込んでは危険だとカドルは判断したのだろうか。
十機ほどのピンチベックがバレットライフに続く。
全機なるたけ複雑な機動を描けるよう機体を軽くする。半数がグレネードを一本ずつ捨てて、全員がブレードを同時に投げ捨てた。
グレネードを捨てなかった半数がFCSによる弾道修正を捨てる。
保護を受けずとも当てる自身がカドルにはある。機体に五の機体に意識を同調させて、人間には到底理解できない感覚を得つつも、攻撃のための機動。
保護無しで撃つ場合は機体の制御に更なる重きを置くことになり、カドル自身としては苦しいのだが、そうでなければつぶせない敵なのだと思えば我慢するしかない。
一万の動作があれば、必ず三はバグがある。その三ですらも大きな負担となり、始めは些細なものでも障害は雪だるま式に膨れ上がり、やがては巨大な失敗となる。
未然に防ぐべき。多少の処理をバグの除去にまわして、その上でカドルに出来るだけの機動を四十機とちょっとの機体にさせる。飛び立った十機には細心の注意を払った。
みんな下手な踊りを踊るように相手の目をかく乱するような動きで広がる。
直線的なレーザーがジャンヌと同じ高度まで上ってきたバレットライフを集中的に狙い撃つが、身軽になったバレットライフはそれをものともしないでとんぼ返りで全て避けきる。
『カトンボにも劣る!』
フィンガーマシンガンによる弾丸の雨だって避ける必要がある。いくらジャンヌの装甲が厚かろうと、馬鹿の一念岩をも砕く。
過激な相対速度で弾丸にぶち当たって、しかもそれを大量に浴びて無事に済む保証はない。シールドを張れるだけのエネルギーが充填されるまで避けなければならない。
ACとジャンヌダルク、サイズは鼠とライオンほども違うのに、ほぼ同じ機動力で相手の攻撃をかわし合う。
高温のレーザーは機体を舐められずに空気を舐める。超他方向からの同時攻撃だと言うのに、その中の一本も宙返りするバレットライフを捉えられない。
加えてその後ろ、レーザーの射角を読んだピンチベックの群れが大量のグレネードを放つ。
その中の一発ももらってはならぬ。ジャンヌは自分が機械なのに、プレッシャーを受けさせられている事実を認めるわけにいかない。
『ちょこまかとぉ!』
「でかい図体して、いい加減にしろ!」
十の弾丸が赤い巨体を狙い撃つ。通常ならば避けられるとは思えないのだが、その何億トンあるか分からない巨体が宙返りすらするというのであれば話は別。
ぐるりと回転して、体の端も射線に入れずに死角に回り込むべく移動する。
一時も止まらず、双方一秒も相手を捕らえられない。
故に一撃も入れられていない。
「おいシーラ、どこにいる!」
地上で見守るしかないカラス。見守るだけでも、有事に備えて無限ともいえる機動を繰り返す。
「そっちから南西五キロ、あとどれくらい離れればいい!?」
トラックはACに比べると機動力が圧倒的に足りない。運良く相手の第一波攻撃はやり過ごしたものの、次攻撃されればどうなるかわからないのでノブレスはシーラに射程外への離脱を命じた。
五キロも離れるともう無差別の強力な電波でしか通信が取れなくなる。不便なものだ。
「そこでとまって電子機器とアンテナのコントロールこっちに回せ!」
考えが読めない。電子機器だけでノブレスは何をしようというのか。一瞬で状況が変わりかねない威力を目の当たりにした今、はやる気持ちを抑えるのは苦しい。
「一体何するのよ!」
「使えるモノは全部使う! 衛星照準であの赤子を丸焼きにしてやる!」
赤子。赤ちゃん。強力な兵装と上等な思考回路を兼ね備えたジャンヌには似合わないように思えるが、その名前にはノブレスの蔑みが混じっている。
相手の言う事に耳も貸さず、幼稚な思考で敵を責め、持ったおもちゃで気に入らないものを壊そうとする。考えれば考えるほど赤子そっくりだ。
「ちょっと待って、ここから電波飛ばしたら相手に気付かれ……」
「問題無い、当てればいいんだ」
トラックから飛ばされたぶっとい電波には機密暗号の一つも使用されず、膨大な量の情報が整理もされず積み込まれている。
カラスはそれを受け取ってから、無い知恵絞ってなるたけ整理し、遠隔操作でアンテナを空に向ける。
記録された座標を読み取ってそちらに向ければ、光はやがてある衛星に辿り着く。小規模レーザーキャノンをつんだ軍事衛星、御名前を宙軌道気象衛星サムンバ。
いくら小規模と言っても、地を這いずり回るどの兵器が持つどの武器よりも強力だ。当然。宇宙は今や前人未到の地である。
カラスのモニターにはサムンバから帰って来た電波に乗っていた操作表が映っている。光と言うのはたいしたもので、万を越える距離すら一秒に満たない。
設定されていた設定値以内照準順次索敵捕捉撃破モード解除、手動カメラ照準に切り替えて、何千倍何万倍のズームで地上を凝視する。
表示された限り、バレットライフもピンチベックも、とにかくAC全部がハエのようにしか見えない縮尺でも、ジャンヌの赤い機体はやたらでかでかしい。
これなら外しようが無い。衛星からの膨大熱量を照射すれば赤子も少しは懲りるだろう。
懲りて欲しい。
AC一機で相手をするにはいささか強力すぎる相手はノブレスの心の表層にすでに十円玉で引っかき傷をつけている。
衛星とのタイムラグはわずかコンマ以下。それでもジャンヌはレーザーを避けてしまいかねない機動を今この瞬間も繰り返す。ジャンヌ近くから伸びる小さい赤い線がチカチカ光って目を疲労させる。
狙う。手動照準の衛星は音で合図などしてくれない。四角い枠の中、ズームできる限りのズームをして、キリで穴を開ける気持ちになる。ノブレスはこの時点で衛星砲のエネルギー表記操作をしていない。連射速度を上げるため、ジェネレーターには多少の余裕が与えられている。
「リム! 退避しろ!」
「!」
突然の指示に多少の困惑を作られつつ、わずかに後退するバレットライフ。気持ち少々程度のものでしかなかったが、それでも上出来だった。ノブレスは成功を祈ってトリガー。
音も無く、神のおわす天空から禍々しい光の帯が地上に降りてくる。一瞬、光速。形容しがたい熱量の群れは赤い機体を撃墜するはずだ。
しかしジャンヌはピコセカンド域でこれに気がつく。熱量の量と速度、自分のエネルギー残量と刹那で相談してバリアーを最大出力で展開。
白の光と青の膜が衝突した。
閃光がACのモニターを焼き、五キロはなれたところにいるシーラも光の帯を目撃した。
プラズマ化した大気がキロ単位で走り回り、膨大な威力の衝突を全員が肌で感じ取った。
しかし、それは不吉の兆候である。つまりは相手にガードされたと言う事だ。
指示の切れ端も受けていないジャウザーとジナイーダは撃墜を半分信じたが、カドルとノブレスとシーラとリムファイヤーは着弾の瞬間に状況を察した。
やがて青の膜に力の余韻を残しながら、回復しはじめたモニターに映ったジャンヌには全員ため息を漏らすしかない。
当のジャンヌはといえば、目的の半分を達した直後だった。
飛ばした意識がわずかな熱量を意識し、ここから東の砂漠の真ん中に近辺で最も大量かつ近距離の集落を確認した。
――レイヴン達は後でも殺せる。
目標の変更を戦闘プログラムに命じて、スラスターに燃料を突っ込んだ。
その二終了。その三に続く