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 上昇するエレベーターの中。シーラ達は箱に乗せられるのでなく、上昇する板の上に押し込められて剥き出しの赤錆の浮いた鉄骨と、要塞を支えるコンピューターの回路の末端を呆けたような顔で見ている。
 でかいトラックとヘヴンズレイとバレットライフとファシネイター、そして十機ほどのピンチベックが乗ってもまだ少しばかりの余裕のある上昇する板はつい最近開通されたばかりの地上からメインコンピュータールーム直通エレベーターだ。
 地上から深い深い地の底まで、大量の荷物を載せることを前提に製作されたであろうエレベーターは、馬力こそあれど上昇速度がかなり遅い。
「こんな便利なものがあったんなら最初っから使えばいいのに」
 口を尖らせて不満をぶちまけたのはシーラだった。確かに彼女が言うとおり、リムファイヤーが持っているIDとかでこのエレベーターが使えるようなら、最初からそうすればわざわざセキュリティーを相手にせずに済んだのだ。
「無理ですね、多分。このエレベーターリムさんが持ってるやつよりもっとIDナンバーでかいと思いますよ」
 そう言ってヘヴンズレイの望遠レンズで辺りを見回す。望遠レンズは、エレベーターの四方を固めるように立ったピンチベックを舐める様に見回し、その内に指揮官機らしいアンテナ付のピンチベックが操作盤に触れているのを発見した。
 すかさずズームイン。遠目に不明瞭だった操作盤が見る見るうちに大きくなって、ズーム五倍ほどで固定。ジャウザーはシートから腰を浮かせて操作盤にはっつけてある仕様紙を見る。
「ええと、このエレベーターはIDのレベル10だそうです。それに一方通行ですって。地上口は対爆隔壁で覆われてますから僕らには破れそうにありませんし」
 機体ごと振り返ってメインモニターにトラックとバレットライフを入れてから、
「リムさんのはいくつでしたっけ?」
「俺のはエヴァンジェのコピーだ」
 ジャウザーは感心したように表情を改めて、息を吸い込んだ。
「よくそんな危ない事したモンですね」
 すぐさま手元のキーボードを叩いて、さまざまなデータを呼び出す。子画面にいろいろと必要の無いデータが飛び交った後に、エヴァンジェのデータが呼び出された。古い顔写真と年齢とか経歴とか。そのデータのほとんどは不明で埋められていたが、IDはさすがに不明ではない。
 レベル8だった。すなわちメインターミナルの通行をかろうじて許可される程度。ここまでの信用を勝ち取るのは生半な技ではない。戦術部隊の隊長ならではのものだ。
 それでも、今は解体されてしまってはいるが、当時は本部に対抗できるほど巨大な組織であった戦術部隊の隊長でもこの程度、とも思えるかもしれない。
 正直な話、ジャウザーはレベル10なんて聞いたことがない。レベル9ですべての施設を出入りできるようになるというのが、ジャウザーの集めた情報によるところだが、このエレベーターにははっきりレベル10と書かれていた。インビジブル10が存在するということはジャウザーが思っていた以上に暗部が巨大だということでもある。
 疑問。今同乗しているピンチベックに乗るモリ=カドルは何でこのエレベーターのことを知っていたのか。
 それ以前に聞きたい事だって山ほどある。
「仮にあなたをカドルと呼ばせてもらいます。私はレベル10なんて聞いたことがない。それに、私が知っているカドルとあなたは様子が違うようですが?」
「カドルはもとからこうだ。狂ってるのはあんたの頭の方だろうが」
 先ほどから妙に元気になったジナイーダが混ぜっ返す。正直な話、ややこしくなるだけだから口を挟まないでほしい。昔の恋人だかなんだか知らないが知らない事だってあるだろうに。
「なんか噛み付いてきますね、カドルが出てきてから妙に元気になっちゃって。僕は質問をしてるんですからあなたちょっと黙っててください」
 さっきから何だこいつ、妙にえらそうじゃねえか。分かったような顔して私のカドルにいちゃモンつけようってのか、いい度胸だ。そのケンカ買ってやろうか。
「あんたの質問がワケ分かんないっての。カドルは最初っからこうだ。だからさっきからてめえの脳みそ腐ってるんじゃないかといってるだろうよ」
「誰の脳みそが腐ってるんですか、私はあなたが知らない頭狂ったやつを知ってるから言ってるんですよ。断じて言います。こんなんカドル違います」
 話がこじれる。双方の見解が異なっているから変な事になるのだ。当のカドルが何も言わないうちにモニター越しのガンの付け合いが始まってしまう。
 ここは双方情報を整理しあうべきだ。認識の違いというのはほんの些細なところから生まれるのでもっと落ち着いて話さなければならない。
 ジャウザーが知ってるカドルはアライアンス戦術部隊を追い出された愚犬の事だ。人まねのACに乗って、たいした戦果もあげられずに大口だけは立派に叩く。妙に「守りたいものを守ってる」を連呼するクソ野郎だ。実力ともなわない貴様が守れるやつなどこの世には一人もおらんわい。
 実はカドルが改造されていた云々についてのことはジャウザーはこれっぽっちも知らない。改造が人に負わせるリスクと過大な自身。巨大なバグこそがジャウザーの知っているカドルだが、それこそが間違いであり、同時に事実である。
 現在に至ってはこの認識を捨て去ったほうがまあるく収まる。しかしさげすむべき対象を急に普通の人間としてみろといわれてもどだい無理な話だ。ジャウザーがカドルの事を軽視していた事実はひっくり返らない。
 そもそもはカドルがフォローしないのが悪いのだが、この場にいる全員がカドルが何なのかを知らないし、カドル自身が自分がすでに人間でないことをばらしたくないと思っている。


 
 カドルがメインコンピュータールームに着いた時に最初に見たのは落ち着かない様子で辺りをきょろきょろ見回し、ひっきりなしにつま先で地面を叩き続けるジナイーダの姿だった。
 それを見たシーラは何を思っただろう。
 どうも思わなかったのかもしれない。彼女は当初の予定通りにトラック側面のケーブルを持って端末のほうに走ってったから。
 彼女はジナイーダと二三言葉を交わした後に、ケーブルを端末につないでものすごいスピードで端末のボードを叩き始める。ボタンの音が響いて聞こえてきそうなほどの勢い。
 これで自分の役割も終わりかと思って、ため息をついてシートにもたれ掛かったジャウザーを無愛想な声がたたき起こす。
『油断するな、周囲を警戒しろ』
 実は警戒のことなど頭からすっぽ抜けていたのだが、素直に従うのが癪なように思う。
 大体今しがた合流したところのやつになんで命令されなきゃあいかんのだか理解に苦しむのだ。
「分かってますよ、んなこと」
 しぶしぶ言ってペダルを踏む。リムファイヤーは後方の警戒をするべく回転したのを確認してから、ヘヴンズレイはメインターミナル方面の警戒をするためにゆったりと歩き始めた。
 ペダルを半ばまで踏んで、落ち着いたスピードでヘヴンズレイを歩かせる。意外とすさまじいたての揺れに揺られながら、カメラだけをメインコンピュータ端末に向けるジャウザーはお世辞にも警戒しているとは言いがたい。
 シーラの手つきはプロの手つきだ。選択肢を突きつけられても迷うことなく勝利のための一本槍を通す手つき。キーボードの上を踊る手のひらは蝶のように舞い続ける。
 それを見ながら大したもんだとばかりに腕を組んでカドルは誰に向いてでもなくウンウンとうなづいて、縦揺れに揺られ続けた。ファシネイターを通り過ぎて、もう少しでメインターミナル側の扉にたどり着く。
 そんなときに照明がちかちかと点滅した。
 コンピュータ室内をくまなく照らすように設置された馬鹿みたいにたくさんの量の500W電球が全部同時に消えて、一瞬した後にまたついた。
 何か世界が変わったような印象を受ける。ペダルを押す足を無意識に外して、ポカンと口をあけて見上げると、さっきまでと電球の色まで違うような気がした。まるで、電球が消えた瞬間にこの世界が終わって、今また始まったような、さっきまでの世界のものとはまた別の法律で動いてる気がする。
 見上げたまま、そういえばいつの間にクラシック音楽のメドレーが止まったんだろうか、と思っていると、スピーカーに火の入ったときの、空気が集音機の中をめぐる音が聞こえてからアナウンス。
『あー、あー、テステス、マイクのテスト中、本日は晴天なり』
 聞き覚えのある声だった。ずっと自分が軽蔑していた大ばか者の声だ。
 思う暇もなく、端末のあった方から黄色い歓声が聞こえた。やった、とか帰ってきた、とかわけの分からないことを言っている。
『ええと、聞こえてますか、ええと、三、五……とにかくそこでちょっと待っててください』
 ちょっとだけ待った。さっきまでとは何かが違うことぐらいは分かっているから、様子を見るのは変なことでない。バレットライフもスピーカーを見上げたままの姿勢で硬直している。
 リムファイヤーの仏頂面は先ほどモニターで一回見たっきりだが、見上げるその顔もたいした変化をもってるとは思えない。ジャウザーはリムを表情の変化が乏しい男なのだろうと思っている。
 一、二、三、四、五。
 誰もが無言の五秒間だ。声、
『あれ、パスが必要? 乗っ取ったのに今更そんなこと言わなくても』 
 更に
 一、二、三、四、五。
 唐突に壁が割れた。その場にいる五人が勝手に壁だと思っているだけだったが、ガラにもなく全員がたたらを踏んで身構えた。
 コクピットの中の人間が身構えたところでACは動かないが、ジナイーダとシーラは露骨にファイティングポーズをとって壁を見上げる。でかい壁の向こうには格納庫のようなものが広がっていて、そこを除こうとする全員の視界を塞ぐ様にピンチベックが一機だけ立ちふさがっている。頭にアンテナがついてたし、様子が少し違うように感じたが、スイッチの入ったレイヴンに気付ける範囲の違いじゃない。
 ヘヴンズレイにもバレットライフにも一瞬あれば十分だ。相手は構えてないで無防備、対するこちらはすでにレバーを握っている。ヘヴンズレイに腕を上げさせてトリ
『う、撃たないで!』
 ガーする前にピンチベックが両手を上げて情けない声を出した。
 「情けない」という声が通信機から漏れて、足元からカドルカドルと名前を呼ぶ女の姿が目に入った。なにやら飛び跳ねていて妙にうれしそうだった。
『僕はモリ=カドルですこの基地のシステムをレベル9セキュリティー以外は停止させました自動運転のピンチベックのコントロールものっとりました』
 以外に話が通じる。脅されれば手を挙げて無力を証明しようとしたのが何よりの証拠で、ジャウザーにはそれがなかなか信じられない。以前の人の話を聞かない、ジャウザーの知るカドルであれば脅されてることする無視して反抗するだろう。蛮勇と愚鈍の境目がわかっているように見える目の前のカドルはジャウザーの知るカドルではない用に見えた。
『あの、銃をおろしていただけませんでしょうか』


 
 うつむいたカラスのコクピットにはスピーカーを通じたアナウンスだけが届いた。
『とりあえず、皆さんここから脱出してください。時間がないですから』
 何の時間がないというのだろうかとノブレスは考えた後、誰の声だろうか、という当然の疑問がむくむくと体を起こし始める。
 アナウンスは基地の全施設に放送されているようで、ノブレスは放送の声だけで現状の判断に勤める。
 脱出ということは多分、もう目的は達成されたのだと思う。レイヴンが雁首そろえて、しかもうちの自慢のオペレーターまで連れてっている、失敗するはずがないとノブレスは信じ込んでいた。
 この声は誰の声だろうか。自分に記憶の限りによれば、この声の人間とは話したことがないはずだ。
 知らない振動数、知らない波長はそれでもはっきりと耳の奥にまで届いた。どこか頼りない、しかしそれゆえに信用してもよいのではないかと思わせる魔法寸前の変な声がだだっ広いターミナルに響いた。
『早くノブレスさんも! ターミナルエリアにもレベル10の直通エレベーターが一機だけあります。ここを脱出してもらわないと困るんですよ!』
 何で俺の名前知ってんだ。
 さらに疑問が増えてしまった。しかもその声は時間がないと言う。
 何で時間がないのかをきっちり説明してもらわないことにはOBの無茶な起動でガタついた体を起こす気にもなれないし、今にも立てなくなってしまいそうなカラスの足を動かす気にもなれない。
 寝惚けている様な気分だ。聞こえるものがすべてエコーがかって聞こえて、視界は赤く塗りつぶされたままだ。体が疲れた疲れたと泣き喚いているので、すぐにも寝てしまいたいぐらいだった。
『ジナイーダ、早くファシネイターに乗って! そこにエレベーターあるだろ? ちがうそれじゃなくて、ああもう、三番機、中から扉開けて、五番機も扉あけてあけて!』
 声の後にざーざーノイズが走り、十秒間。
 ノイズが止まったかと思えば放送そのものが切れていた。
 カラスにスピーカーを見上げさせると、スピーカーはありえない角度で首をうなだれて黙り込んでいた。メインターミナルにはほかにスピーカーは無く、天井のライトが切れ掛かっているのだろうか、ぱちぱちと明滅する。
 ガッコン、と眠ってた何かが急に目を覚ましたような音が聞こえて、メインターミナル中で不自然なまでに何も無い壁を気取っていた壁が真ん中から開き始める。
 ずいぶんなのろのろ具合だったが、スピーカーの声の言うとおりならこれで一発で脱出できるはずだった。レベル10だかなんだか知らないが、それが本当なら乗ってしまえ、と思う。何かあればそれはそれでその時どうにかすればいい話だ。
 とんでもない楽天具合だ。足に不具合のある状態で無茶は言うもんじゃないが、未覚醒の頭が無茶と判断はしなかった。
 扉の向こう側から長い影が伸びる。ACか何かだろうが、まずは相手の動きを見るべきだろうか。
 とにかく、立って歩み寄ってみないことには何もわかろうはずが無い。


 「あによあんたえらそうじゃないの、オトコとオンナが話をしようってんだから邪魔してんじゃねー」
「そのオンナは馬鹿なんじゃないですか大体カドルはディルガンで死んだはずですそのカドルを名乗る男がここにいるだなんて怪しすぎるじゃないですか」
 核心を突かれた。
 今、ジナイーダの中には矛盾が生じている。彼女はそれを願望の力でねじ切って、ゴミ箱にぽいすることで無視を決め込んでいるが、それは現実逃避はなはだしいところだ。
 ジナイーダは元彼に会えた。しかもその元彼は昔のまんまでちっともおかしいところなんて見当たらない。おかしいところといえばACに乗ってるところぐらいだが、レイヴンにあこがれていたあいつのことだ。不思議じゃないだろう。
 ちょっと声を聞いただけだが、その声の色は以前とちっとも変わらない。目の前の機体はあの日母を焼いたものと同じだが、ジノーヴィーの機体とエンブレムを真似るやつぐらいこの世のどこかにいるだろう。
 自分はあの日確かにカドルを殺したし、その最後を見たし、その時聞いた彼の声が狂っていたのも認識済み。しかしこの目の前のカドルは以前のままでいる。女の第六感によればこのACに乗っているのは間違いなくカドルだ。確かめるまでも無い。財産全部かけてもいい。
 見事な二律背反だ。よって人間の正常な精神活動としてディルガンであったことをねじりねじってゴミ箱にポイする。
 信じたいほうを信じるのが人間だ、と言ってしまえばそれまでだが、信じる信じないにかかわらず、ジナイーダにはカドルがここにいる確信がある。
 信じる信じないの問題ではないのだ。ジナイーダにとってはこれは圧倒的な、精神でなく事実の矛盾だ。理解はできるはずが無い。
 だいぶ前にも述べたが、理性的に考えるならばディルガンでカドル自身は死んでいると見るのが自然である。
 そのときは客観的に見ればそれが正しいのだと理解できたが、今回は状況が違う。感情問題じゃなくなっている。
 ならばなんだ。これは何だ。あの日死んだカドルは生きていてここにいる。死んでないのか生きているのか生きてないのか死んでいるのか。
「それよりも、質問があるんだが」
 さっきからカドルが一言もしゃべらない。それをジャウザーは疑っているんじゃないのか。合成音声で声なんかいくらでも作れると思っているのか。
 残念だがそれは間違いだ。声に混じる感情の温かみは機械にコピーできない。なぜならそれを操るのが機械だからだ。それを操るのが感情を持った生命体ならば話は別だが、声を真似たところで完全に真似ることはできるはずが無い。
『はい、リムファイヤーさんでしたっけ。リムさんでいいですか?』
「いや、呼びたいように呼んだらいいと思うぞ」
 一拍おいた。その一拍の間にジャウザーが何も言わなくなった。シーラはさっきからわけのわからない電波をいろんな場所に飛ばしてはぶつけ、竪穴の中に電子の乱流を作っていたが、それすらも止んだ。「そういえば」と声が漏れる。
「人間に数機以上のACを操ることはできないと思うんだが」「黒いやつ数多すぎじゃない?」
 実はこの質問もかなり確信に近い。聞いてる本人たちはわかっていっているのだろうか、カドルはわき腹を弾丸が掠めるような思いをする。
『アライアンス脅威の科学力ってやつです』
 しかしスピーカーはスラスラと音声を紡ぎ出した。カドルは戸惑っていただけのつもりだが、無意識のうちにうそをついてる自分を目の当たりにして、今までに何回うそついたんだろう、なんて関係の無いことまで考えた。
 今のカドルははっきり言って頭が悪い。メインコンピューターの処理速度で高速回転していた脳を丸ごとACの中に移動させたので、容量がオーバーしてあんまり高度な思考がつむげない。
 思考能力を確保するためにカドルは五十人に分裂する。指揮下にあるピンチベックに処理速度を間借りさせてもらい、五十の機体をすべて自分の手足に変えて、脳を共有した。実に一秒ですべての動作を終える。
『――ってのじゃだめですか?』
 頭がよくなっても馬鹿は馬鹿だ。頭の良し悪しと関係なく馬鹿なのだ。
 自分でぼろを出してしまってから、しまった、とプログラムをエラーまみれにさせて誤魔化す方法を探したが、
「AI技術は失われたと聞いていた。しかし……まあいい。後で説明してもらおう」
 片方はあっさり引き下がった。もう片方はそもそもこの問題にあまり興味が無いようで、それ以上に興味があることについての質問をした。
「ノブレスは大丈夫なの?」
『それはご心配なく。エレベーターに乗ったのを今しがた確認しました。映像、送ります』
 程なくしてずいぶん解像度の低いお粗末な画像がピンチベックからトラックへ。メインターミナル側のエレベーターについていた百八十度カメラの画像を一般の画面用に圧縮したものなので、写るものすべてがたてにつぶれてしまっているが、体、特に脚をぼろぼろにしたカラスの姿は何とか確認できた。
「何これ、ずいぶんぼろぼろになっちゃって……」
「そんなことより今までどこに行っていた」
「結局レベル10って何ですか」
「地上が近いぞ」
 全員が違うことを言っている。彼らはアライアンスをつぶしたことですべて終わったと思っているようだが、先ほどカドルが言った「時間が無い」のことをそろそろ思い出してほしいもんだ。
 一人だけ、別の場所で五番機を問い詰めるノブレスの姿があったが、それ以外は警戒心が無いような気がする。
 スピーカーをON、五十機全機で呼びかける。
『時間がありません。あなた方に依頼したいことがある』
 ノブレスは「さっさといえよ馬鹿やろう」とわめいたが、コンピュータールームのエレベーターに乗ってるやつらは揃いもそろって口をあんぐりとあけた。それでもリムファイヤーだけは無表情のままだったが。
 天井が見えてきた。地上ではカモフラージュされた分厚い対爆隔壁が馬鹿でかい音を出してゆっくりと開いて、地面の底と比べれば圧倒的な量の光が雪崩れ込んできた。
 同時に真横からむちゃくちゃな量の電磁波が対電装甲を突き抜けて吹き荒れた。叫びのような電波は風がなるような音を各AC、車内に轟かせて、情報体となったカドルは思いっきりひっぱたかれて横なぎに吹っ飛ばされそうになった。
 ただのあくびでこの威力。本気の叫びはどのようなものなのか。
 
 

 彼女が開発者からもらったコードネームはジャンヌダルクだ。神の声を聞き、救世の戦士として戦場に降り立った勝利を呼び込む背信者の名前だ。結果的には。
 当時はどうだったか知らないが、ジャンヌダルクは権力者にコテンパンにされたと聞く。その辺のことは詳しくは知らないが、問題なのは勝利を呼ぶ女神であったということだ。
 それはつまり彼女自身が現代戦争の常識をマリアナ海溝の底から覆す超兵器だということだ。立った一機でも勝利することを義務付けられている。
 相手との戦闘データを元に親機と連携して自己修復、自己進化を繰り返す究極の兵器だ。
 この力で彼女は大小百万くだらない兵器を屈服せしめたし、八つもの国を焦土と化した。
 彼女は懸命に戦い、役目が終わればモノホンのジャンヌダルクのように、忌み嫌われる兵器として封印され、長い間眠り続けた。
 しかし半年前に封印施設へ届いたある種の信号を頼りに親機が再稼動。ジャンヌも復活の機会を与えられた。
 彼女は健気だ。言いつけられたことは絶対に守る。彼女に与えられた使命は争いの根絶である。
 指令範囲外に制限されていた項目もあったのだが、それは数百万年の眠りの中でかすれて読めなくなっている。
 自分ではできる範囲の仕事をするべきだ。ジャンヌはそう考えて、争いの根絶のため動き出した。ざっと半年前のことだ。
 その時はパルヴァライザーなどというわけのわからぬ名前で呼ばれたが、ジャンヌには相手が自分のことをどう思っているかなんて関係ない。
 ただ排除するのみである。
 争いの火種はすぐにわかった。世界の情勢を把握するなんてのは朝飯前だ。
 どんなやつだって幼稚園にいたときに先生に言われたことがあるはずだ。「喧嘩両成敗」。
 ジャンヌの頭にあったのはそれのみである。順調に双方の戦力を疲弊させ、ようやっと戦争も終結するか、というときになってからよもや自分が破壊されるとは思っていなかった。
 いままで見てきた戦力では自分を破壊することは不可能のはずだ。ジャンヌはACを十万機以上ぶち壊してきた。
 それなのにやられてしまうのはなぜなのか、考える暇も無く意識を失って、気づいたとき自分はひとつの穴倉のそこにいた。
 穴倉はタイル張りで、中にはむちゃくちゃたくさんの端末がびっしりと埋まっている。
 そして、自分がなぜ意識を保っているか疑問に思い、妙に重い思考を働かせて端末にもぐりこむ。
 自分は一ヶ月も眠っていた。常識的に壊れた機械は動かないもので、自分は一ヶ月前に死んだはずだったのだが、どうやらこの穴倉で修理されたらしい。
 自分の体を見回す。まず、おなじみの上半身が埋まってるものが異様だ。
 まるでポッキーとかプリッツとか、データでしか知らないお菓子の箱をそのまま大きくしたような赤い鉄の箱に自分の上半身は埋まっていた。
 中枢の埋め込まれた紋章部やFCSを全部叩き込んだ頭も元通りだったが、初めて見た赤い箱はとてつもなく不細工に見えた。
 赤い箱はデータによればブースターらしい。自分はこんなに大きなブースターを装備したことが無く、ただただ圧倒されたが、現実的に見て必要であるスペックを見て、更に圧倒された。
 分離式噴射装置の航続距離は三十八万キロ。月まで飛べる。更に航続時間を犠牲に真ん中から後ろを捨てることで軽量化と高速化ができる。
 ブースター側面には上半身よりなおでかいコンテナがつんであって、中には左右三つずつの巨大なミサイルコンテナが入っていた。通常弾頭もある程度保存してある。
 上半身には前面に突き出した腕が三対もついていて、おまけにブースターの付け根には一対の隠し腕までついている。そのすべてが高出力レーザーブレード発振口付だ。
 更に前面部には八門左右側面にはあわせて十二門のレーザーが装備されていた。頭部には一際でかいのがひとつ。しかしこれはあまりほめられた武装ではない。
 今詰め込まれているジェネレーターはめちゃくちゃな安物のようだし、レーザー砲の出力も足りない。ブースターで出せる速度と射程距離が噛み合わない。
 ジャンヌの戦闘記録は親機がとっているが、自己改造はジャンヌ自身が主導権を握っていた。そのときの応用で、中枢のそこに沈殿していた知識を流用してレーザーとジェネレーターを万倍にも強化して、さらに応用技術でシールド発生装置を造り出した
 最も驚かされたのは上から二つ目のと三つ目の腕の間に装備された二つのミサイル。
 このミサイルには炸薬意外にもウラン235と238が詰まっていて、その効果により爆発の威力が何百倍にも膨れ上がる、むかしむかし世界協定でまで禁止された兵器だ。名を原子爆弾と言う。
 地上に太陽を作り、何年も毒を撒き散らす最強最悪の殲滅兵器。
 これだけの装備があれば誰にも負けない。そう思い、飛び立とうとしたときにやっと重大なことに気がついた。自分には拘束具がいくらもいくらもつけられている。
 何重にも巻かれた拘束具は暴れる獣を封じるには力不足だが、眠る獣を動けなくするには十分のものだったらしい。
 拘束具にまみれているうちに、いくつかの端末にたまに張り付いてる人間も見つけた。飛び立つことができず、何もすることが無い毎日に飽きはじめてからこの白衣の人間たちを観察し、たまに声をかけることがあるが、奴らはいつも暗鬱な顔をこちらに向けるばかりで何も起こりやしなかった。
 各システムのチェックを何千回と繰り返すだけの毎日だった。プロセスにちょっかいを出す勇気ももてない哀れなバグを何匹も殺した。
 そんな時、あるプログラムがシステム内に放り込まれる。
 それを放り込んだのはメガネをかけた冷たそうな男で、見ているだけでひねりつぶしてやりたくなったが、今ジャンヌにできることは何もない。
 そのプログラムは拘束具の時限破壊コードだった。あと何日かすれば自動的に拘束具は自壊するようにセットされている。
 感謝。感謝はするが、それだけだ。
 この時ジャンヌの中にある新しい方向性の思考が生まれた。目的を果たすためのアイデアとでも言うべきものだ。
 争いを生むのは争いを望む人間だ。ならば、それを生み出す人間自身を滅ぼしてしまえば争いもなくなるのではないかと言う思考。
 昔の彼女ならこの思考を暴走したプロセスの生んだバグと判断しただろうが、今の彼女は違う。何年もの稼動年月を経て得た自分自身のアイデアにジャンヌは狂喜した。
 そしてまた数日。腕折で数を数える。三、二、一……
 まず、ジェネレーターを暖める。大出力に強化されたジェネレーターはすぐには完全稼動はしない。いくらかの慣らし運転が必要だ。起動した直後に膨大なノイズを辺りに撒き散らして、端末が軒並み壊れてしまったが、それはかまわない。もう使わないのだから。
 頭部のレーザー砲を真上に向ける。シールドの展開準備。
 爪を研いで、産声を上げる瞬間を今か今かと待ち続ける。



 その一終了、その二へ続く





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