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 グレネードの間合の更に内側に入って右フックと最後に一本残った杭をトリガー。
 鉄杭が機体の中枢部分を焼き尽くし、ピンチベックのアイカメラが光を失うにつれてカラスを焼き尽くさんとする意思も掻き消えていく。
 丁度オラクルもそのEOの針のような弾丸とリニアガンで目の前の敵を打ち倒していた。
 互いに背を向けたままの沈黙。やり場の無くなった身を遊ばせるわけにもいかず、今後に備えて腰にくっつけてあった予備の鉄杭に手を伸ばした。
 今いるのは敵の本拠地。そうだからこそ一体何が起こるのかはわからない。レーダーはまともに動作してくれないが、勘だけを当てにするならばここには敵はもう来ないと判断できた。
 さっきまでの敵、セキュリティーシステムならば。
 右腕に装備した杭撃ち機、通称「NIOH」の装弾数はたったの四発。一撃必殺の力を持った大口径の鉄杭は、その威力に反比例して装弾数を減らす事になった。
 一本たりとも無駄にする事は出来ない。実際にノブレスは一本たりとも無駄にせず、その全てを敵を打ち倒す事に使った。
 NIOHについた無数のかすり傷の痕が今までに打ち倒してきた敵の数を雄弁に物語っている。
 マシンガンを床に置き、NIOHの杭の固定具を緩めて右腰から一本ずつ杭を抜き出してNIOHに詰めて行く。サイズにぴったりと合った杭は少しでも動かせばすぐに固定具と擦れ合い、耳障りな音が辺りに広がる。
 全て詰め終わると、ノブレスはポケットから出したリモコンの右のボタンを押す。武器ラックの根元に仕掛けてあった少量の爆薬が破裂して、右腰の武器ラックは機体から切り離されて音を立てて地に転がった。
 杭の装填を終わるのを待っていたエヴァンジェから通信があった。エヴァンジェもまた半年前よりレイヴンとして活動を始めたクチで、古参からすれば単なる若造にしか過ぎないがその古参ですら遥かに凌ぐ力を持っている。
「なあ、お前はレイヴンとして誰かに負けたことがあるか?」
 半年前、正確には半年と一ヶ月前だが、その時期にはナービスやミラージュなどの企業が資源を巡って争っていた。まだ砂漠もそんなに大きくなかった時期だ。
 その戦乱は長いようで短い。ノブレスは直接それに参加したわけでは無いが、最後に何が起こったかは誰でも知っている。
 謎の生物兵器の襲来、文明の崩壊、それに伴った環境への致命的なダメージ。
 結果的に、世界は衰退の一途をたどった。それから半年足らずで砂漠は取り返しが付かないほどに広がったが、人間の生命力は草木でも目ではないようだ。生きるもの一ついないと思われていた巨大な砂漠にも街を作る人間には恐怖すべきなのかも知れない。
「ノブレス=オブリージュ、その名前の意味は高貴なる義務、大した名前だな。俺の知る限りにおいてお前が敗北を喫したことは無い」
 ノブレスは半年前、大破壊の直前にレイヴンとしてアークに登録され、その時初めてエヴァンジェの名を知った。
 ノブレスは当初ランキングにさしたる興味を持たなかったし、その時はこの世に山といたレイヴンの中トップ30に入る実力が自分にあるとも思えなかった。しかしそれでもランキングの中をウナギのように上っていくエヴァンジェとその一足先を行くレイヴンだけは一際、下手をすればあのジノーヴィーよりも輝いてノブレスの目に映った。
 ナンバーワンでなくオンリーワン。この世の負け犬の九割がこぼす言い訳の言葉を免罪符にして、上を目指す気なんてさらさらなかったノブレスでも、エヴァンジェと今はもう姿を消したレイヴンの強さに多少は憧れた。
 些細な強さへの願望はたぶん初恋のようなものだっただろうが、甘いものではなかった。
 初めからムチャな機体構成は、そのときに更に過激なものになり、今は通常のブーストを噴かしただけで時速五百キロに手が届こうと言う愛機が出来上がった。
 今の自分はエヴァンジェあってのものだ。その他のレイヴンの中にも自分と同じようなヤツはいるだろうし、そんなレイヴンたちにとってエヴァンジェは雲の上だった。
 雲上人に会えると信じたか、そうでないかが線引きだっただろう。そして自分は会えると信じていたからここにいるのだろうか、と考える事がたまにある。
 そのエヴァンジェへの畏敬の念も一ヶ月前には消し飛んでいたわけだが。
「俺は一度だけ負けたことがある。ヤツは只のレイヴンだった。そしてヤツはとんでもない卑怯者だった」
 語調が荒い。当然だろう。ノブレスは大破壊後に始めて知ったことだったが、エヴァンジェはどこか危険なものを含んでいる。それが一部のものに忌み嫌われる理由だし、信奉するものの理由でもある。
 その実力から来る揺らぎの無い自信と思い上がり、自分が最強だと信じて疑わない傲慢さをノブレスは大破壊の後、それなりの地位を築いた時に始めて知って、それを一日戦争の時に実感した。
 初めから相手が自分より低い事を前提にした態度が癪に障った。アイドルの隠れた素顔、と言うヤツか。そこから生まれる妙な余裕がカリスマと言う形をとっているのだろう。それにほれて付いて行くジャウザーやトロット・S・スパーのような人間もいる。
 しかし、ノブレスが感じたのはエヴァンジェのあまりにも幼稚でガキくさい、よく言えば純粋なところだった。ノブレスが感じたところによると、エヴァンジェはジャウザーよりも青い頭をしている。
 ノブレスは賢しい子供が大嫌いだ。バカなヤツは好きだが賢しいやつは大嫌いだ。然るに、エヴァンジェを好きになれない自分がいるのは当然だと思えた。
「ヤツは俺に勝って、もう一度も戦わない内にいなくなった」
「何が言いたい」
 回りくどい言い方はまるで小遣いをねだる子供のようだった。それも賢しい子供の何もかも知ったようで人を小ばかにしたニュアンスだって含まれている。ノブレスはそれをカワイイと笑って許せる器量なんて持ち合わせていないのだ。
「俺は俺を超える者を探している」
 エヴァンジェは自分が一番強い事を本気で信じていて、彼の言う事が本当だとすると、自分が強くない事を証明したいといっている風にも聞こえる。
 そんなはず、無い。
 そんな者がいない事を信じているからそんな言い方をするのだ。もっと素直に言いやがれ、糞ガキが。
「アンタはもう超えられただろ? そのいなくなったレイヴンに」
「だからだ。だからこそ、今最も強いとされるお前を倒す。お前を倒して俺がドミナントもイレギュラーも、ランカーなんて関係無いこの世で最も強いものだと言う証明をする!」
 カラスがしゃがんで、落ちていたマシンガンを拾う。マガジンは後四つ残っていた。AC一機、ガキ一人を相手にするには十分すぎる量に思える。
 気配を感じた。ノソリ、とこの場の空気が生きてるように座り方を変えた気配だ。居直った空間の中にいるのはACが二機、レイヴンが二人。
 旋回ブースター点火、振り向いたカラスの黒い装甲板は青い光と赤い銃弾を映す。脚のブースターを焼ききれんばかりに点火して、その場でバク転。襲い来るリニアガンの弾を通常のレイヴンなら考えもしない動きで避ける。
 いいだろう。通常のレイヴンなんてもうこの世にはいない。大破壊のときに皆死んだ。死ななかったヤツは皆普通じゃないからして、カラスのその場バク転は驚くべきものでもなんでもない。ただ避けるための手段の一つ。
 頭が下になったときはさすがに焦ったが、カラスは何とか地に落ちるまでに着地は出来た。着地した後にマシンガンを撃つ。トリガーは引きっぱなしで、ワンマガジン丸ごと。
 もったいないと言う人がいるかもしれないが、今撃ったマシンガンはけん制以外の意味を持ち合わせていない。改めてご挨拶したに過ぎない。
 後三マガジン。オラクルはリニアガンを撃った直後に後退を始めていたから、マガジン一本分の弾はほとんど青い機影を捉える事は出来なかったが、それでも四発も当たった。
 すべてがすべて装甲を抜く事が出来なかった。
 外部装甲をへこませるぐらいじゃダメ。マシンガンの威力ならば同じ箇所に何回も弾丸を浴びせなければダメ。エヴァンジェほどの力量の者をマシンガンで釘付けにする自信は無い。
 オーバードブースト展開、チャージ。
 その間にもエヴァンジェの弾丸は止まらない。とんでもない速さの弾丸を吐き続ける新型のリニア機構とは一体どのようなものだろうか。しかしエヴァンジェもけん制程度に考えているらしく、照準は意外に甘かった。
 戦闘の結果を左右するモノの一つに相手の二手三手先を読む能力がある。それは、端的に言えば想像力に過ぎない。高速で回転する頭が相手がどのようなことをしてくるかを予想するのだ。
 想像力は人が思うよりも戦うものには重要なものだ。斬り合い然りチェス然り。ならばAC対ACの潰しあいにおいても然りと言う他無いだろう。
 ここまで生き残り、天才と呼ばれ、戦闘狂と蔑まれるには想像力も必要不可欠な要素だったろう。そのようなものならば多分今チャージしているカラスのOBは想像済みであろう。
 OB点火、体に圧倒的なGが今日に入ってから三度にわたって体を包み込む。シートに押し付けられて、視界が赤く染まったが、赤は黒ではない事をノブレスは知っている。本当にやばいのはブラックアウトだ。それ以外はどうってこと無い。
 体を保護する何かがあれば流れていく風景もスピード感もそれなりに楽しめるのかもしれないが、二十メートルほどの機体が長時間稼動、絶大な攻撃性、圧倒的な力、ケタの違う推力の全てを手に入れるためには操縦者を思いやる装置の一つもつける余裕はない。
 レイヴンに必要な気概の一つは機体に体を合わせる根性である。昔のバカな軍隊と似ている。
 赤い風景を確認する暇もなく、一瞬でオラクルに到達。右拳を引く事もせずに突き出したまま杭を打ち出す準備をして、体全体の速度に乗せてぶつかりに行く。
 ボクシングの選手が知っておかなければならない事がある。これは、喧嘩の世界でもどうしようもない常識で、打ち出されたパンチを避けられると思わない事だ。
 人の神経速度は光の速さであろうとも、体はパンチを避けるには少し遅すぎる。
 避けるためには相手の攻撃を読む事が肝要。相手のストレートもジャブもフックもアッパーも、予測した上でスウェーなり何なりして避けるのだ。
 人は動体視力だけをいくら鍛えても放たれた銃弾を避けられるようには出来ていない。
 エヴァンジェはOBの発動も、どれぐらいで自分に到達するかも、どのように攻撃を仕掛けてくるかも、全てを想像の上で、打ち出されたカラスの拳も想像通りにあっさりとかわした。
「そんなものに!」
 大した事じゃない。空論に空論を上乗せするのは危険だと言う人もいるが、それをしなければ人間は争ってはいけない。必要なのはしないことでなくすることで、一つでなく無数を信じる事だ。
 ノブレスはその先を想像していた。必要なのは無数を信じる事で、想像していた「相手が既にOBを予測済みで、簡単に必殺の杭を避けられてしまった」場合の更に先も想像する。
 想像は先に生まれる。何時の日だって人間を進歩させてきたのは空想だった。空を飛ぶのも武器を作るのも、簡単な計算だって終わらない円周率だって人間の想像の先にあった。
 その想像が人の争いを左右すると言うのはなんとも滑稽極まりない。人は想像するために生まれてきていて、そして争いに勝つために想像するのだ。まるで人間は争うために生まれてきたように思えるし、事によっては争いを否定してしまう事は自らの否定につながる。事実、争いを否定するものは肯定するものと何時だって争ってきたではないか。
 エヴァンジェが戦いの強さを求めるのは至極当然の事かもしれない。しかし、そんな事ばかりを考えていては生き物とはいえないのだ。それだけをするというのは恐ろしい事でもある。
 カラスはまたもや旋回ブーストを起動、慣性でオラクルとの距離が出来てしまう前に接近するべく百八十度回転して、減速を始めた。
 対するエヴァンジェはEOを最速で起動させる。赤外線によるオラクル本体との連絡密度を限界まで下げて、攻撃的な設定を施した。
 ACの持つマシンガンの口径は六十ミリ前後、対するEO、イクシードオービットの口径も似たようなものだが弾丸をあまり積まず、撃つための機構に重きを置いたその威力は十分脅威になる。
 さらに通常の銃器による攻撃が併用されるとなればプレッシャーも酷いものだ。生きた心地がしない。
 ACのシュミレータープログラムなどで、よくAPという表記を見かける。パーツごとに設定された耐久力の総合地を示したもので、シミュレーターでしか無い分にはさしたる問題にはならない数値だ。
 シミュレーターであれば許される事が実戦で許されるとは限らない。シミュレーター通りにAPがゼロになるほどまでACは攻撃に耐えられるようには出来てないし、コクピット自体のような急所を狙われればひとたまりも無い。
 モノホンのレイヴン達にはシミュレーターはオマルのようなものだと言うやつが結構いる。オマルを使ってみればボットン便所のありがたみがわかると言うわけだ。
 ACはひどい乗り心地だが、結局のところシミュレーターはオモチャでしかない故、そのような事を言われている。シミュレーターは野糞である。
 というわけでシミュレーターにおいてはEO一発一発ならばそれほど脅威ではないように設定をされているが、実際のところEO一発は致命傷になり得るのだ。
 EOは完全にFCSに沿った動きしかしないが、弾丸を絶やすことなく吐き続ける。これを避けるには遮蔽物の間に入るのが最も効果的だ。
 しかし生憎とこのホール内には柱の一本も見当たらず、隠れるところなんて無い。唯一の遮蔽物といえば相手の機体自体だ。
 それを遮蔽物として活用するには姿勢を低くして、射線上カラスを結ぶ線の間にオラクルがいるようにしなければ。
 カラスが腰を落とし、正拳突きでもするようなポーズでブーストを噴かす。オラクルの懐に入るのは多大な苦労を必要とするだろう。
 EOのカメラからカラスが隠れた時点でEOは弾の発射を中止する。するが、黒い装甲版の端くれでも見つかればすぐに射撃を再開するだろう。
 カラスがオラクルに接近して、ブレードの間合いの手前で躊躇する。確実な優位を確保するにはここから先に進み、オラクルの懐にもぐりこむ必要がある。
 それでも「月光」は、最強を謳われるブレードは躊躇させるに十分なプレッシャーを発散させていた。
 そうこうしている間にも、エヴァンジェはキャノンを構えるかもしれないし、そうなればおしまいだ。ENキャノンやリニアカノンの至近距離での直撃を食らえば十中八九命が無い。
 迷った時間はコンマに満たなかった。エヴァンジェはリニアガンを構えるべく右のレバーを動かそうとしたが、こっちもコンマに満たない間で判断をとっかえて左のレバーをトリガー。「月光」出力最大で縦一線。
 至近距離、カラスは左右に大きく動けばEOの射程に入る。その状況下でろくに動けるはずも無いのに、黒いACは腕を縮めて更に内側へ走る。ブレードをかざした左腕をはじき、マシンガンを構える。
 ブレードの射程よりも更に内側、リニアガンは当然撃てないが、リニアガンを捨ててしまえばエヴァンジェは敗北を認める事になってしまう。それは不可能ならば、間合いに相手を入れればいい。
 オラクルはカラスの向かって左に回りこむように動く。オラクルが向かって右に平行移動したときにトリガーを引かれたマシンガンが中に弾を放ち、オラクルのEOが黒い肩を捉らえたが、EOが弾丸発射準備に入る暇もなくマシンガンが銃口をEOに向ける。
 本体に一発の弾を当ててもダメージは出来ないが、小型で装甲が薄いEOになら一発でも当たればいい。
 EOは攻撃設定ばかりに重点を置かれて設定されている。必然的に機体について行くのは遅れて、マシンガンの弾を避ける事も出来なかった。
 EOは一発の弾丸がぶつかっただけで簡単にはじかれ、爆発、四散する。巨大な脅威も案外あっさりとした最後を迎えた。プレッシャーが格段に減り、オラクルのEOは左が死角になる。
 常にその時最善を尽くすのがプロフェッショナルだ。潰れたEOにエヴァンジェは一瞥もくれてやらず、間合いを計るべく一歩後ろへ下がる。
 しかしオラクルよりもいくらも軽いカラスはそれよりも速く左に旋回して、オラクルが一歩下げた足が大地に落ちる音とカラスの踏み込みの音が重なった。
 ブレードを装備したライト級オラクルかフェザー級カラス、格闘戦ではどちらが上か。カラスは俊敏な動きでオラクルに追いすがるが、オラクルは一撃を狙うべくブレードの間合いを取ろうとする。
 カラスがブレード射程の更に内側に食らい付いて、柳生十兵衛の如く相手に合わせて動く。間合いが一ミリも揺らがずに決定打が放てないでいるように見えるが、カラスの杭はまだ一本しか使われていない。
 これは大きなチャンスだ。エヴァンジェに食らいついた今当てずに何時当てると言うのか。逆手の拳を腰に溜めて、姿勢は低く、相手の突き出た胸を狙って――


 ジナイーダがメインコンピュータールームへの一番乗りだった。もらったIDコマンドが敵に照会されてしまわない内に、メインコンピュータールームの小ぢんまりしたドアに飛ばすとドアはすんなりと開いた。
 メインコンピュータールームでするべきことは、本来の予定ならばノブレスのオペレーターのトラックがなければ出来ないが、都合が少し変わった。
 エヴァンジェがよこしたIDコードには一つファイルが添付されていた。その名もロジックブレイカー。聞くからにウイルスらしい名前だ。
 これをメインコンピュータールームに流せと言う事らしい。大容量CDにロジックブレイカーを焼いて、本体の割にはちっぽけなメインコンピューターの端末にセットする。
 メインコンピュータールームはターミナルエリア程では無いにしろ、とんでもなく大きかった。特に横よりも縦に大きい。その理由は単純明快だ。中央コンピューターは管理者を真似て作られたものだからだ。
 ジナイーダは管理者を直接見た事は無いが、インターネサイン破壊のときにジャックから寄越されたジャックが集めたという情報の中に混じっていた。
 壮大な光景だ。スペックの数字だけじゃあ一体何がどうなのかはわからなかったが、この目で一分の一スケール管理者の模造品であるメインコンピューターを見ればわかる。
 管理者と言うのはこれよりもすごいものだったのかも知れない。
 コンピューターは天井が見えないほどの高みにまで達していて、もしかして地上にまで届くのではないかと思える。
 端末がウイルスのダウンロードを開始。ウイルスは端末の中に入った瞬間に増殖する。自身を自動でカモフラージュした後潜伏して、着々と根回し。一定時間が経過した後一斉蜂起して一気にコンピューターを潰すと言う物騒な代物だ。
 とはいえ、たった一箇所からの進入だ。本当にこれでよかったのだろうかと思い、辺りを見回す。
 カドルの姿はどこにも見えない。もしかしたら隠れているのかもしれないとどこかで思ったが、それは無いとまたどこかで否定された。メールには確かにここで待つと書いてあったのだ。
 今いないのは何かわけがあるんだろうか。一回もデートをすっぽかした事も遅れた事も無いことを日々自慢していたカドルが約束の時間に遅れるとは思えなかった。
 いやな予感がループに入りかけたそのときにメインコンピュータールームにあった、自分が通ってきたヤツ以外の扉が開いた。
 
 
 
 放ったアッパーは虚を突いて、オラクルが接近戦の最中に肩部装備を構えるという行為に邪魔をされた。
 突き上げられた右よりの拳とそれから飛び出した力の渦は構えられたリニアカノンを真ん中から折って、外れすまいと思っていたノブレスは創造の範囲外のことが起きた事によって大きな隙を作ってしまった。
「糞ガキめ!」
 その間にオラクルは見る見る遠ざかっていく。十分な距離をとって、今度はENキャノンを構える。
 距離を詰めるにはOBを使うべきだ。
 はやる気持ちを抑えきれずにOBを展開。頭に血が上って、怒りとも笑いともつかない感情が顔の表面を支配する。
 はじけたタガが普通なら絶対にやらないことをノブレスにさせる。ジェネレーターのリミッターを解除。
 小画面中にアラームメッセージ「リミッターを解除するとジェネレーターの余剰ENが膨張して機体を潰す危険があります。よろしいですか?」。
 百個くだらない同じメッセージはまるでブラウザクラッシャーで、それはつまりリミッター解除はやめとけ、という無言の圧力に他ならないのだが、頭に血が上ったノブレスはそれすら無視してしまう。
 全部YES。ジェネレーターの生んだ電力がまたジェネレーターを動かし、際限なく増幅されていく。OBに火が付くのと脳みそに火が付くのとENキャノンが火を吹くのが同時だった。
 ジェネレーターがいつ爆発してもおかしくない速度で動くその様は、イヌネコネズミその他もろもろ寿命が人よりもはるかに短い生物の心臓の様だ。
 生き物の心臓が生きてる内に動く量はどの生き物も等しいとノブレスは聞いたことがある。つまりは寿命が短ければ短いほど心臓の動きが早い。ならば、普段の何倍もの力強さ、ことによれば暴走とも取れる姿はジェネレーターが規定数働いたとき、ACが潰れるからこそだろうか。
 知ったことか。勝てればそれでいいのだ。今はそれだけを考えろ。
 人体に非常な急加速はまたも視界を赤く染めたが、ノブレスにはそれはもはや気付けのようなものに過ぎなかった。
 左へ超高速で移動。にじんだ視界がすべてにおいて一泊遅れで脳に情報を伝達する。光の速さはどこへ行ったのやら。
 にじんだ視界はまったく信用ならなくて、OBを使っている限り感覚だけで移動をするしかない。そのくせ、オラクルの一度どころか今エヴァンジェが何を思っているか、オラクルが次に何をするかが手に取るようにわかるように思える。
 EN弾なんて関係なかった。ノブレスがかわしたと意識をする暇もなくEN弾は大地に衝突して、目標に達する未来を永遠に失った。
 ターミナルの中心付近から一瞬で端まで飛べる。ターミナル中のすべてが手に取るようにわかる。そして今すぐにテリトリーの中で悪戯を働く糞ガキをひねり殺してやりたかった。
 そう思う一方で妙に冷静な自分がいる。妙に冷静な第三者のような意識を持った自分が、熱くなる自分を遠い遠い空の向こうからただ眺めているような感覚だった。
 限られた空間を恐ろしいスピードで駆け巡るカラスとターミナルの中心に立つ青いAC。人間には六つ目の入力系統があるのか、はたまた二つ目の出力系統があるのか。超能力か第六感でも信じなければ発狂してしまいそうな光景だ。
 跳ねるように飛ぶ。飛ぶように跳ねる。刹那の内にでもその場にとどまることなくカラスが時速八百キロで走り回る。通常ブーストと三百キロしか違わないように思えるが、されど三百キロである。しかもその機動性は慣性の法則何のそのの子供の落書きのようだった。
 中の人間が耐え切れるのが信じられない。ノブレスの哄笑が響き渡り、その哄笑は青いACのパイロット、エヴァンジェにも伝染した。
 エヴァンジェはまた、第六感の存在を信じるしかないような状況。人に捉えられるはずのないカラスの挙動の一つ一つが正確に理解でき、さらにそこから星の数ほどの想像を作り出すことができた。
 人間の脳には六十パーセントもの未知の部分があるという。きっとこの未知の宇宙が今の自分を形作っているのだと、エヴァンジェは信じる。
 ターミナルの端から端まで、エヴァンジェの背後まで回りこむのも一瞬。何でできるのか、そこまで遡らなければならない非人間的な判断速度で相手の隙を見出して杭の回転を命じる。
 針の穴よりももっと小さい。万分の一の万分の一の万分の一のそのまた万分の一に等しいそこには無い隙。
 到達するまでの距離の半分の距離で気づかれた。
「ぞれぐらいがぁ! がわぜぬどぉぉ!!」
 獣の叫びだ。人類の持つ争いの歴史を過去一兆年遡ってもまだ手ぬるい原初の叫びだ。見開いた目が闘争心にうずもれて、覚醒した全部が理性を上から塗りつぶした。
 距離と勢いのついたカラスの突進ストレートが紙一重で避けられる。
 よかろう。ノブレスも一撃で決められると本気で思っていたわけではない。
 オラクルはカラスをブレードで縦から殺ろうとしたがACのチンケな動作では人間の争いの歴史を全部をぶった切ることはできない。
 捉えきれずに大きく空振り。ノブレスは歯を食いしばって渾身で笑いながらはずしてはならぬもののそのまた向こうまで行った。
 OB、オーバードブースト、限界加速。その限界とはいったい何を指し示していたか。何の限界か。
 考えるまでも無い。――の限界だ。
「がああああああああああああああ!」
 叫びながらカラスが上昇する。暴走したエネルギーを全部コア後部に叩き込んで、推進力に変換。無限に湧き出るENがOBをさらにオーバーさせる。
 さらに加速。さらに大きな翼を背負って、うまく機体を操れないノブレスがカラスに前方に足を突き出させる。
 高みの壁に足を着け、地と水平に機体を蹴ってまた加速。衝撃が足の限界強度を超えているはずなのに足はミシリとも言わない。
 それでも、またうまく操れずに逆側の壁へ向かって一直線。
 その軌道は人間に見切れるものでないように見えるが、エヴァンジェはその軌道がどんな機動によるものか自身の人間離れした想像により知っていた。
 オラクルの上昇速度はカラスに遠く及ばないが、上昇するにしてはかなり無駄な機動をするカラスの正面をとる事は多分、何とか出来る。
 正直な話、只のブースト機動でOBの機動と張り合えるとは考えられないのだが、エヴァンジェはそれをする。オラクルの遥か上空を飛び越えるカラスの予測軌道めがけて上昇。
 極限までカラスの正面に近づいたオラクルがその右手に握ったリニアガンを撃つ。当然それは通常避けられるとは思うことが出来ない、普段ならば当たった事を確信するほどの確実な弾道を描いている。
 カラスは巨大な翼を背負ってマッハに近い速度で飛び続ける。話によれば、ACの持つライフルの速度はマッハ2.これほどの速度があれば、一メートル級の鉄板にだって穴が開く。
 さらにリニアガンはそれよりも早い。正確な弾速は聞いたこと無いが、マッハ2を超えれば、些細な違いなどそうそう気になるものでもない。
 相対速度は約マッハ3。巨大な特殊装甲に身を包んだ玉鋼の巨人と言えどもこれには耐えられまい。
 EOも同時起動。追い撃ちをかけるように鋭い弾が黒い鳥を狙う。
 カラスは二つの火牙に追い詰められ、それでも速度を落とさない。相手の狙いだってお見通しだ。エヴァンジェが星の数の想像を形作るのなら自分はその倍の想像を形作ろう。
 相手はこちらの行動を確実に読んでいるからこそ、最初の杭を避けられたのだとノブレスは分かっている。
 相手の行動を確実に読めるのはこちらも同じだ。たった二つの予測済みの火線を避ける事など赤子の手を捻るようなものだ。
 ノブレスは期待の制御を仕切れないなりに上昇。二本の牙を紙一重で全て交わして、あろうことかオラクルの頭を踏んづけた。
 EOが脚を捉える前に蹴り飛ばす。オラクルはブーストによる上昇を押さえつけられて落下。
 戦いで相手に打ち勝つのに必要なことは、相手の予想の裏をかくことだ。それさえすれば勝てるのだが、行動で予想を超えることがすでに不可能になりつつある。
 ならば威力で相手に打ち勝てばいいのだ。そのためのものがカラスには装備されている。
 三本もマガジンを引っ付けたままのマシンガンをかなぐり捨てて、右手を左腰にやった。
 相手の持つ破壊力を確実に超えるもの。そこそこでしかないブレードのバッテリーを四つほど直列につないだクソ不細工なブレードがそこにはある。
 
 
 
 初めは小さな変化だった。停滞した研究室の状況。メインコンピュータールームに二組の侵入者が現れたと、スタッフが報告してからまだ間が無かった時、敵の抵抗に些細なほころびが現れた。
 自分が作ったものではないウイルスの存在をそこに確認したカドルは軽く首を捻ったが、すぐに相手の攻撃の対処に移った。一瞬でも隙ができればいい。一瞬でもカドル自身が防御を忘れられる時間があれば、論理爆弾の良性が完了する。
 そのウイルスは少しずつその身を大きくしていったが、相手の防衛網を停止させるにはあと百万倍の数が必要だ。そこまでなるのにいったい何時間かかるのか。
 そんなに待っていてはだめだ。多分、研究主任のメガネ野郎が言っていた勝利とは某特攻兵器の生産元から回収した某自立兵器を使用した改良型の某機動兵器の稼動。
 某機動兵器は大本営とはまったく別の、近くはあるが、完全に隔離された施設の地下に封印されている。
 主任はすでに勝っている、と言った。まだ辺りの破壊は始まってないことから考えても兵器の起動は成されていないが、おそらくメガネはタイマーでもセットしているのだろう。
 カドルが今ここのいる時点で、機動兵器のある施設に乱入できるものは誰一人として存在しない。タイマーを止めることはもう不可能だ。
 ならばせめてここの戦力をできるだけかっぱらって、機動兵器を止めるための戦力としたいところだ。
 いつ刻限を迎えるか分からない今、一分一秒でも無駄にしたくないのにカドルには何もできないし、ウイルスの進行を待つのも危険だった。
 どうしようかと、考えあぐねていたそのときの変化だった。ホントに小さな変化だったが、確かに何かが変わった。
 まず、ウイルスの攻撃プロセスが切り替わったのだ。攻撃的なものから更に攻撃的なものへと、繁殖速度も今までとダンチになる。
 一瞬で勢力図が塗りつぶされた。小さな変化で、それが初めだったが勢力図が切り替わるまで一秒無かった。
 それにより、カドルに一瞬の暇ができる。すかさず論理爆弾の威力調整。
 時限装置負荷、爆雷型、大規模で無く小規模爆破でもなく。完全防壁に穴を開けるための爆弾。
 論理爆弾は音も無く爆発し、研究室にはアラームが鳴り響くが、それも一瞬でやんだ。
「防壁、破られました、もう我々に抵抗の手段は残されていません……」
 スタッフの落胆が部屋中に充満する。負けたものの常だ。狂人に先導されたものの末路だ。
 それでも狂人本人は嘆息しただけだった。その後余裕の表情を作り、ニヤリと笑って見せられた。
 カドルがひとつ決めていたことがある。
 メガネの自分への仕打ちは許そうと思う。取り返しはつかないが、カドルは許さないでいることを無駄のように感じた。ジナイーダとの問題はまた別の話だ。
 しかし、禁断の所業に手を染めたその罪だけは見逃すわけには行かない。モニターに映るカドルが口を開く。同時に、部屋の天井の角に設置され、さっきまで完全防壁で守られていたレーザー発信機が首をもたげる。
『僕は親殺しを放って置けるほどできた人間じゃない』
 裁判官も弁護士も検事も陪審員もみんなカドル。ただ一人、被告はこのメガネ野郎。判決
『死ね』
 発振機が起動する。もたげた首はターゲットを見てはいないが、起動した瞬間に発したレーザーが見るものの目に焼きついて離れなくなる。
 残像。疾走。切断。出血。そしてとりあえずの休息。


 ごつくて不細工なブレードを左腕に設置。月の光になお勝る威力のこの光を仮に日光と呼ぶ。更には結局使うことの無かったミサイルポッドと散々世話になった旋回用ブースターを切り離し、これ以上無い程にスピードを上げる。
 ノブレスは加速する機体の軌道を強引に捻じ曲げ、コロシアムの頂点、すなわちオラクルの直上に陣取り、ブレード起動。ともにありったけのENをOBにぶち込んだ。
 その速度はマッハを軽く超える。
 保護されない人間が生き残れる世界ではないが、驚くべきことに空気の壁をぶち破ってもノブレスは意識を保ち続け、そして笑っている。
 ノブレスは断頭台のように、黄金の光を構えて落下するが、それにさえエヴァンジェは反応した。
 エヴァンジェは自信満々にブレードを起動して、日光とかち合わせる。
「しねやあ!」
「どっちが!」
 日光が膨大なENを生まれた端から吸い取ってすべてを焼き尽くす力に変換する。巨大な力場に月光は耐え切れずその道を譲るが、発振口はそれを認めようとしないでいる。
 オラクルはジェネレーターを暴走させていないが、カラスのジェネレーターは暴走している。その差は歴然。光の刃を支える土台が違う。月の光はジェネレーターの力をすべて奪い去り、それでも勝てずにオラクルはチャージングへ。
 カラスは規格外のENの使い方によって暴走で生まれたENのほとんどを消費する。ジェネレーターは膨大な搾取に緊急停止し、ENの底だめが残される。
 着地した瞬間に足がミシリと鳴って、アラームが子画面を埋め尽くしたが、それすらも無視して旋回ブースター起動。
 間合いは超絶的なインファイト。いつの間にか杭撃ち機が唸っていて、後はそれを押し付けるだけ。
 拳が震えるボディーブローだ。杭が火花すら散らさずにコクピットに潜り込んで、機体が横なぎに吹っ飛んだ。魂までも焼き尽くされて、天国へもいけぬことだろう。
 吹き飛んだ機体はどの力にも抗する事をやめて流されるままに飛び、地に機体を擦って、やがて壁にぶつかって物言わぬ墓標となる。
 ボディーブローをした時のままの姿勢で固まったカラスは、その頃には脚部のジョイントが緩みきった所為で膝を突いてうずくまっていた。
 こっちも、もう屍になったかのように見えなくも無い。その屍と、青い墓標には天からの声が降り注ぐ。


『あー、テステス、マイクのテスト中。本日は晴天なり』
 間延びした声が聞こえた瞬間にジナイーダが顔を上げて、顔を綻ばせる。デートの時間には彼は遅れていない。ただ、自分が早すぎただけだったのだ。




 第五話終了、最終話へ続く。






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