――制御すら出来ない兵器に、何の価値がある?
ケミカル・ダイン社の『遺産』と、現行のAMIDA標準式セルの融合……
その危険性を説くために、ウィルソンは何度もそう唱えた。

――人の手から離れた、我らの『子』が何を成すのか。
そして、自然は、世界は『子』を受け入れるか、興味は無いか?
その言葉に惹きつけられた多数のキサラギ研究員は、安部と同じ道を歩み始めた。
元々、技術者の集団が企業として発展したキサラギでは、損得や常識などに捉われる者は少ない。
あくまでも技術者として、研究者として生きる人間が多過ぎたのだ。

ヘクトに先導され、施設内部を徘徊する事数十分……
彼女も内部を把握している訳ではなかったらしく、あっちへフラフラ、こっちへフラフラの大冒険。
結局歩き疲れて、施設の入り口へと戻って来てしまった。
地図らしき紙切れと、施設の案内図を忙しく見比べていた彼女は、気まずそうな表情で振り向くと、
「ごめんなさい。迷っちゃいました……」
と、手のひらを胸の前で合わせ、頭を下げる。
何となく予想していたし、彼女なりに頑張っていたので、たいして腹は立たなかった。

飲料の自販機と椅子が置いてあるだけの、見るからに急造臭のするロビーでの小休止。
「あぁ、何か飲むかい?」
色々と疲れた様子でへたり込んでいるヘクトに、奢りの意を込めて尋ねた。
「あ、結構です……今飲むと、戻しちゃいそうですから」
やんわりと断られてしまったが、これまでの経緯からすると、確かに戻しかねない。
小銭をポケットから取り出し、視線を自販機へと戻した途端に、背筋が凍り付いた。
研究施設の名残か自販機のラインナップは、栄養剤やその他人体に有害そうな物がズラリと並んでいる。
(キサラギの施設って事を忘れてた……)
随分と怪しいラインナップの中から、比較的まともそうな缶コーヒーを購入。
(研究を続ける為のアレかね? ドーピング? ドラッグあたりも平気で使ってそうだな……)
そんな事を考えながら、手にした缶コーヒー『だと思われる』物を見つめる。
考えれば考えるほど不気味だ。
自分の持っているこの缶コーヒーも、カフェインが50倍に強化されているかもしれない。
タブに掛けた指が、凍り付いて動かない。脳は動けと命令しているのだが、漠然とした不安がそれをさせない。

眼前の缶コーヒーと脳内で格闘しているうちに、施設の外からヘリのローター音が響いてきた。
「……ッ!」
聴き覚えのあるその音に、外へと駆け出す。投げ捨てられた未開封の缶コーヒーが、ゴトリと落ちる。
聞き覚えがあると言っても、聴き慣れている訳では無い。珍しいのだ。元ジャンク屋の悪癖である。

「ありゃあ、やっぱりC3型か! こんな所で見る事になるとはなぁ」
C3型輸送ヘリ。「クランウェル」をベースに、従来の吊り下げ方ハンガーを三つ搭載したアーク所有の大型タイプ。
最大で三機ものACを搭載し、輸送する為にローターが強化されている特殊な機体である。
もちろん、今こちらに向かって来ているヘリにも、ACらしき機影が三つぶら下がっていた。
「どうしたんですか? 急に」
背後から駆け足の足音と、ヘクトの不思議がった声が届く。
先程まで缶コーヒーを見つめたまま動かなかった男が、突然投げ捨てて走り出したのだ。
不審に思うのは当たり前だろう。
「あ、いや、ちょっとね」
曖昧な返事を返すプロジェクターの視線は、遥か上空の大型ヘリへと向けられていた。

「……あれが残りの面子か?」
上空の大型ヘリを親指で指差し、先程まで右往左往していた足を止めたスウィフトが呟いた。
「その通りだ」
「……なら、先に着いた筈の二人は何故来ない?」
一つ目の質問には自信満々の表情で答えた筈のウィルソンも、これには堪らずレミントンに視線で助けを求める。
二人は一瞬だけ顔を合わせ、そのまま困った顔をしたまま黙り込んでしまった。
「ACはガレージ入りしたんだぞ!? だったらなぜ中身が来ない?」
「大方、迷ってるんじゃないの? 道にでもよ」
ジョーの一見ふざけているようで、実は的確な意見がスウィフトの怒りを萎えさせていく。
がっくりと肩を落とし、意気消沈した姿で現地警戒室を出ようとした。
「どこ行くんだよ?」
「……小便だ」
小さな返答と対象的に、乱暴に閉じられたドアがバタンと大きな音を立てる。

数センチ程の大きさだったヘリが、視界の中でその姿を大きくしていく。
次第にはっきりとしてくるACの機影は、心臓の鼓動を力強く煽る。
「……あれ?」
隣で同じように空の機影を見つめていたヘクトが、突然声を漏らした。
自分より視力が良いのだろう。プロジェクターの目には、未だぼやけてはっきりとは見えない。
「あの先頭の機体……」
見覚えのある構成のフレームに、白、青、赤のカラーリングを施した中量二脚タイプ。
攻撃能力と携行性を両立させたマシンガン、青い光刃を発生させる、細長いレーザーブレード。
そして、両肩に装備された白銀の追加ブースタ。
――そのブースタが視界に入った途端、
頭の中でほつれていた糸が急速に形を整え、ぼやけていた事象を縫い合わせる。

「――ッ!!」
(そうだ……あの機体は……!)
舞い上がる砂塵、灰色に染まる視界、囮として投棄された銃身。
そして、背後から高速で迫りくる青い光刃……

(――あの時の!)

名は知らず、言葉も交わさず、ただ戦場で銃火を交えただけの相手。
ただ、戦場が普通ではなかった。選定試験を兼ねたスペシャルアリーナ。
あの凄絶な戦いの記憶は、彼女の心だけでなく、体にも刻まれている。

「はは……こりゃ凄ぇな。まさかここまで腐れ縁かよ」
上空のヘリに搭載されている三機のACは、紛れもなく三銃士の機体だった。
その“縁”が作為的な物である可能性は十分にある。
だが、そのような事も含めての“縁”なのだ。――そう彼は考えている。
ヘリから降下した三機のACにより、局地的に小さな地震が二度発生する。
唯一、静かに降下したガンナー3が、真っ先に誘導灯の方角、つまりガレージへと向かっていった。

「行こう!あいつ等は知り合いだ。気の良い連中なんだ、ここでぼーっとしてるよりはいいだろ?」
隣で暗い顔をしているヘクトの手を引き、半ば強引に走り出す。
もちろん、彼は彼女が暗い顔をしている本当の理由なぞ、知る由も無い。
(知り合い、だって……!? じゃあ、この人は……)

二人がガレージへと向かうと、既に到着していた三銃士達がプロジェクターを迎えた。
ガレージ内に彼のAC、アルフライラがあるという事実は、彼の存在を声高に主張している。
エンブレムまで同じなのだ。それで気付かない道理は全く無い。
「お前等……!」
「全く、いい加減にして欲しいなぁ。この腐れ縁は」
「おっさんとの腐れ縁より、女の子との縁が欲しいよ……」
「あれ、おっさんその子どうしたの? 流石に娘さんじゃあないだろ?」
顔を合わせた途端に、三人から思い思いの挨拶が飛んでくる。
そのやや失礼とも言える態度は、プロジェクターと三銃士の戦場で繋いだ信頼関係の表れだった。
「ああ、この子は……そうだな、同業者さ。俺やお前等と同じ、な」
「へぇ~、じゃあ今回の仕事でご一緒な訳?そりゃうれしいねぇ」
己に集中する視線に少々戸惑いながらも、ヘクトは軽く自己紹介を済ませる。
深く語る気は無かったし、自分も必要以上の事は知らなかった。――そして、あのACの事も気になっていたから。

三銃士達を迎えに来た筈の案内人に導かれ、プロジェクターとヘクトはようやく目的の場所へと辿り着いた。
届く時間が狂いはしたものの、一応予定通りに荷物が運ばれた事になる。
端末とモニターで埋め尽くされ、足元にも巨大スクリーンが配置された部屋の隅に、男が一人座っていた。
「随分時間が掛かりましたねぇ。案内図は渡しておいた筈ですが……」
「レミントン!」
ようやく仲間に出会えた喜びから、ヘクトが部屋へと駆け込む。
先程までの青ざめた顔も、少しだけ良くなっているように見えた。
「……あなたが、クライアントかい?」
「いえ。私は関係者ではありますが、立場的には雇われたレイヴンですよ。非公式なものではありますが」
トーマスの質問にやや素直ではない答えを返すレミントン。
どうもすっきりしない返答に、三銃士の面々は少々不満な顔をしている。

「……お宅、まさか……」
レミントンの顔を見た途端、プロジェクターの脳裏に稲妻が走った。
「……? どうかしましたか?」
「なぁ、俺とこいつ等、三銃士は補充要員で、先に任務に就いている連中がいるんだよな?
 んで、ヘクトがその連中の一人だって事は、本人から聞いた。全部で四人いるって事も」
「ええ、その通りですが、それが何か……?」
急に血相を変えて喋りだしたプロジェクターに対し、レミントンは柔和な表情を崩さずに返答する。
「あんたがその内の一人なら、残りの二人はちっこいガキみたいな奴と、ドレッドの大男か?」
「ッ!! どうして、知ってるんですか!?」
プロジェクターのその言葉に、驚きを隠そうともせず、オーバーリアクションで答えるヘクト。
対照的に、レミントンは一瞬驚きはしたものの、すぐに元の落ち着いた表情へと戻った。
「ああ、その節はどうも。しかしこんな所で再会するとは、思っていませんでしたよ」
「……え? どういう事? 知り合いなの? どうして皆の事を?」
一人で困惑し、二人の間で右往左往するヘクト。会話に入れない三銃士は既に傍観モードに入っていた。
「やっぱりか! じゃあ、あの時のけったいな嬢ちゃんが……」
そう言って指先をヘクトへと向け、レミントンに目で尋ねた。
眼鏡の奥の瞼が閉じられ、少しだけ口元を緩めつつ、
「ご名答」
と、合格通知が届く。事態を把握し切れなくなったヘクトの脳は熱暴走寸前だ。
既に、見覚えのある三銃士のACの事などすっかり消え失せ、目の前の話題にのみ脳の処理能力が使用されている。

「とりあえず、移動しましょうか。こんな部屋では色々と不便ですから。
 クライアントから直接、任務の詳細をお伝えします」
丁寧な言葉使いを崩さず、一行を予定されていた場所へと先導する。
部屋を出てすぐ近くの、「電算室」と書かれた古い紙が貼ってあるだけの扉を開け、
質素な扉とつり合った、やや寂しい雰囲気の部屋へと入る。
基本的に使われていないようだったが、大きな円卓と簡素なパイプ椅子が多数設置されていた。
「遅いぞ」
小さく、だが心にズシリと響く嫌味な言葉が、一行を待ち受けていた。
部屋の円卓には、既に三人の男が座っていた。
ヘクトの仲間の二人と、ここにいる全てのレイヴンを雇った……クライアントが。
「座ってくれ」
クライアント、ウィルソンの言葉に、静かに席につく八人のレイヴン。
それぞれ最も近い椅子へと座るが、レミントンだけはウィルソンの隣席へと座る。
それは彼もこれから行なう事に、重要な役割を持っている事の表れだ。

――長い沈黙が訪れ、集ったレイヴン達は、ただクライアントの言葉を待った。

「……何から、話そうか……」





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