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 ガレージ内に入るまでに一体何回パスワードを間違えたのか、ノブレスは三十二回までは覚えていたがそれ以降は数えていなかった。
 砂漠に森が隣接している。日が照って照ってしょうがない砂漠から五十メートルも歩けば瑞々しい葉を豊かにつけた広葉樹の森がある。
 砂漠からでもその姿は当然確認できたし、ノブレスとシーラはいつ見てもおかしい光景だなと思っていて、ジャウザーは知らなかった、とばかりにボーゼンとしていた。唯一ジナイーダだけはまた通信を切っていて、何をしているか誰にもわからない。
 第二ガレージの内部は結構立派なもので、呼びガレージのクセに通常レイヴンが一式しか持っていないような装備がずらりと並んでいたし、隣接する倉庫には整備用のパーツが積み上げられていたが、弾丸の類だけはどこを探してもなかった。どうやら全部持ち出してしまったらしい。
 ガレージに入ったときにはもう夜になっている。砂漠の夜同様に冷え込んだガレージでは皆厚着をしていたが、じきに暖房がきいてくる。
 ファシネイターとカラスとヘヴンズレイとやたらにでかいトラック。全部入れてもまだ呼びスペースが確保できるガレージを見ると、当時のノブレス達の財布の中身が見えてくるようだ。
 シーラが停車するなり汗まみれのままで転がるように飛び出して、ACのパーツを引っぺがすクレーンに向かって突進していく。それを尻目に三機のACはそれぞれの場所に落ち着いて機体を固定した。肩と首周りを拘束具が覆ってバランスを肩代わりする。
 ノブレスとジャウザーはACのコクピットが開くと、サルみたいに昇降機が上がってくる前に地上までするすると下りていくが、ジナイーダはコクピットから出て来ない。
 人には人の事情がある。レイヴンは徹底した個人主義の塊なのが世界の常識だ。二人は見合って頷きあって、待合室があるほうに向かっていく、ノブレスが全身で何かを表現しながらトイレはあっちだ物置はあっちだ仮眠室はあっちだ電気ポットは棚にある。
 隠れ家も兼用しているらしいが、どうも余りここにいることはなかったようで、新品同様のままほこりを被った電化製品が幾つもあった。一箇所にとどまることは逃亡者にとってはとんでもないバカといえるので当然であろう。
 ジャウザーは仮眠室でしばし休息。なんでも昨日から寝ていないとかでシーラの整備が終わってからもう一度起こしてくれ、との事。
 ガレージ内でまともに起きているのはノブレスとシーラだけになった。ノブレスは自分も休んでいるべきなのかもしれないと思うが、変わり者の神経が仕事を一生懸命にするシーラを尻目に睡眠を摂ることを避けさせた。
 トラックの居住区部分に走って行って、大急ぎでインスタントコーヒーを入れた。二ヶ月前に買い置きして待合室に放っておいたコーヒーはしけってダメになっている。
 そういうわけで、今ノブレスは待合室でやけに年代物の電気ポットの頭をぐりぐりとやっている。特攻野郎を鼻で歌いながら砂糖を二杯と入れないまま。ミルクはすぐ腐るから買ってない。
 砂糖を入れてない方はスプーンを突っ込む必要はないのだが、突っ込んでなければきっと彼女は砂糖なしのコーヒーがあることに気付く。「同じスプーンで混ぜたあとだから関係ない」なんて言い訳は見破られるのが落ちだ。
 ふと、思い出したように棚があるほうまで走っていって新品のカップを取り出してくる。ケネディ大統領暗殺の記事が載った英字新聞で包まれたカップは子供の小遣いでも買えるほどに安い割には丈夫な安心構造である。
 ジナイーダだってコクピット内に居るとはいえ体があったまる飲み物の一杯はあったほうがいいだろうとの配慮である。砂糖は一杯、二杯、三杯目は必要だろうか。女は甘いものは別腹らしい。入れたほうがいいかも知れない。いや、もっといるのかも。
 ノブレスの目の前で砂糖が銀のスプーンからさらさらと落ちて真っ暗闇の中に吸い込まれていく。五杯目だった。
 クレーンを手足のように使って、カラスの脚のパーツを交換しているシーラにコーヒーを持っていく。ビヤホールのウェイターじゃあるまいし三つのカップをいっぺんに持つのは出来ないので、アルミの盆に入れてバカ雑誌に出て来るウェイトレスよろしく頭の上ぐらいまで掲げていったら露骨にいやな顔された。
 三つあるカップを見た後も顔をしかめる。どうもシーラはジナイーダにいい印象を持っていないようだ。
 まあいきなり銃もって決闘しかけてきた挙句返事もしないで幽霊のように後ついてくるだけの女のどこに好印象を覚えろというのだ、といった感じなのだが、ノブレスはジナイーダに好印象を持っている。 
 それは実際に全力で戦ったノブレスにしか抱くことの出来ない印象だ。
 ノブレスはレイヴンには手相のようなものが二つあるという。無論普通の手相が一つ。そして愛機の扱い方がもう一つ。
 レイヴンは皆常軌を逸している。常人には到底理解できない領域で機体を操っている。
 過去に、手足のように操っているとしか表現の仕様がないとシーラは言ったのだが、ノブレスは首を振って言い返した。
「レイヴンはこの世には何十人と居る。その何十人もが全く同じ操作をしているわけはないんだ。全員が使う機体はもちろん違うし、パイロットが機体に覚えさす癖だって違う。
 起動するときの手順だって実は百通り以上ある。機体を荒々しく使う人や赤子を触るように扱う人も居るし、人柄みたいなものがそこから垣間見えるんだわ」
 何を言っているんだとシーラは思ったのだが、ノブレスは本気だった。
 そしてその勘から行けばジナイーダは絶対に百パーセント天地がひっくり返っても有り得ない。普通は出来ないようなことをACにさせつつギリギリのところでムチャな動作はしない。そんな操機からはジナイーダの誠実な人柄が見えている。
 砂糖二杯のカップと五杯のカップと無しのカップ。全部バラバラのカップで、どれがどれだかわからないように見える。ノブレスはシーラが二杯のやつを取りやすいように盆を回してシーラに差し出すと、シーラは全てお見通しの顔で無しのカップを選んだ。
 カップを持ち上げてにやりと笑う。ノブレスはそれ以上何も言うことが出来ずに引き下がるしかない。



Toジナイーダ     Fromカドル
 ジナイーダは要するに自分には度胸がないのだと思う。
 コクピットの中でメールを眺めつつ悩み続けて既に六時間。ラブレターを始めて書く阿呆ではないと言うのにボタンを一回押すだけでいいのにそれが出来ない。
 携帯通信機のメール置き場の一番上、メールは一ヶ月前に全部削除してそのままになっていてただ一件、戦後に初めて届いたたった一件のメールを覗くことが出来ないでいる。
 薄暗いコクピット、ジェネレータを最低速で稼動させているから電力不足にはならない。メインモニターは切って、ただ小画面の緑色の光がコンソールパネルとリニアシートとワシの首飾り、そしてジナイーダの物憂げな表情をぼんやりと照らし出している。
 周りのことはちっとも耳に入らなかった。今ならファシネイターがずっこけてもジナイーダはなんとも思わないだろう。
 確認ボタンに手が伸びていってでもその次でちょっと足踏み、指がボタンに当たるか当たらないかのあたりで止まって、迷い迷ってそれでも押す勇気が出ずに震えだす。頬を汗が伝う。
 もしかして、あくまでももしかしての話だ。ここで「現実には仮定法なんて存在しねーんだよ」などという野暮は言ってはいけない。恋する乙女が下駄箱に待ち合わせのラブレターを放り込むのもテロリストが郵便受けに爆弾放り込むのも本人の自由だ。他人が勝手に口出しするんじゃねえ。
 それでもしかしての話だが、このメールが本物だとしてみよう。カドルからのメールである。元彼からのメールで、しかもなんだかんだ言いつつもまだそいつの事が気になっている。花も恥らう二十×才、まだまだ恋は捨てられぬ。母を殺した仇だと、憎むべき敵だと頭で理解していても乙女回路がそれを邪魔するのだ。
 デートしかない。
 だが。
 このメールはどこから来たのか。自分は一ヶ月前のあの日あの時あの瞬間、自分を見て驚愕の表情にまみれながらも紅蓮の炎に包まれているカドルを見たのだ、間違いなく。親の敵のACに乗るカドルにはジナイーダ自身が鉄槌を下したのだ。
 ならばもしこのメールが性質の悪い悪戯だとしたら。なるほど説得力のある前提条件だ。現実的に見たらこのメールは悪戯でしかないのだ。死んだ人間はメールを打たない。肉体も意思もそこには存在しない。
 だったら一体誰が。この場合は誰がやったとしても大した違いはないが、そもそも自分がカドルと恋人だったことを知っているのは一体誰か。
 心当たりがないわけでもない、というかするんだったらアライアンスだろうと思う。カドルはアライアンスにこき使われていた。
 ――私の知る以外の憎しみを剥き出しにしたカドルを作ることの出来るアライアンスならば私の事ぐらい聞きだしたのかも、
 Q1・カドルはなぜジナイーダがあのジナイーダだと、恋人のジナイーダだとわからなかったのか。
 模範解答は誰も知らない。答えが存在するかどうかも怪しい。が、ノブレスやシーラがもしこの問と状況を知っていたのなら間違いなく一言言うだろう。
 A1・そんなの狂ってたからだろうが。
 全くだ。見るからに模範解答だ。人格が壊れていたのは要するに狂っていたということだ。だったらなんでもあり、なんでもするだろう。素晴らしきジョーカーカードだ。
 それでもジナイーダの乙女心は物事に妄想を抱く。外から見れば誰だって間違いなくアライアンスの悪戯、でなく何らかのおびきだすかなんか目的があってのメール、と言うのが賢い選択肢か。
 ジナイーダだってそんなことわかっていたが、もしかしたらあの時死んだのはカドルでなくカドルによく似た誰かだったのではないか。
 冷静な部分が正確な解答をしてくれる。願望からしてみればお邪魔極まりない。
 ――お前は恋人の名を名乗りつつ、しかも自分自身の目でそいつが何であるかを確認したうえでまだそんなことを言うのか。
 簡単なことでは乙女心はへこたれない。もしかしたらそもそも母さんを殺した時にあのACに乗っていたのはカドルではなかったと言うのはどうだ。
 あり得る話だとジナイーダは思う。炎に照らし出されたACピンチベックに乗っていたのが必ずしもカドルであったとは誰にも言い切れない。
 理性の解答用紙には馬鹿にすんなと書きなぐってあった。勝った、とガッツポーズをする乙女心もとい欲望。これだ。
 震える親指が確認ボタンに触れる。ボタンの感触がやけにダイレクトに伝わってきて、思わずこんなボタンだったのかと思う。
 後数ミリ押せばメールの中身は開封される。パンドラの箱は開放される。最後に残るのは希望なのだと信じたい気持ちが強すぎるが、一縷の不安が積雪のように重く心の屋根にのしかかるのだ。
 しかし悪戯だったら、最後に残るのは絶望だとしたら。いやいやそんな馬鹿な。パンドラの中に残るのは希望と相場が決まっている。猫だって知ってる。
 指が震えた。振り出しに戻った思考がまたもむりむりと何かをひねり出すように傾いていく。押すか押すまいか押
 回路の中を電子が走り回って命の火が生まれる。その火は小さいがやがてメインモニター全体まで広がって外の景色を映した。
 ジナイーダは操作をしていないし、おまけに人には言えないようなことを考えている。
「ヒッ」
 通信機が手から滑り落ちて声が上ずった。これではまるで馬鹿でないか。馬鹿上等、と思ったのはどの頭だったか。
 締め切ったコクピットは気圧が上がる。何があっても命令無しにはびくともしないコクピットカバーのせいで外との気圧差が生まれるのだ。
 命令無しにはびくともしないはずのそのドアには少なくともジナイーダは命令はしていない。外から開けるにはジナイーダと今日の朝に死んだオペレーターだけが知ってるパスコードが必要だった。
 なのにハッチの周囲にも電子が走り回って、少しづつ開く。プシューとコーラから炭酸が抜けるような音が聞こえて暗さに慣れた目が外から流れ込んでくる光を拒絶した。
 まぶしくて、とてもガレージ内の証明の明るさとは思えない。モグラにでもなったような気分で目を瞑って、腕でその上を覆う。
 そうしてる間にもハッチは開いていって、新鮮な空気が他の空気と競争デモするように飛び込んできて、気持ちのいいそよ風が棺桶のようなコクピットの中に充満した。
 ガッタン、と不器用なハッチが完全に開いたときにいつもあげるポンコツの音が聞こえて恐る恐る目を開けると、目の前で両手にコーヒーカップを持った間抜け面が一つだけある。
「コーヒーどうぞ」
 間抜け面には一つっきりだが巨大なメリットがあって、それは他の何ものにも代えがたいものだ。相手に徹底的に安心感を与える無防備な笑顔は間抜け面にしか作れない。
 間抜け面はさっきの悲鳴は聞いただろうか聞かれてないことを祈る。
 安心感の押し売りは徹底的に値切って最低値段で買って、でも相手に遠慮する意思の片鱗が残っていた。
「え、ああ。いや、私は要らないが」
 コーヒーカップは二つある。ここでは相手の好意に乗らないほうがむしろ失礼なのだが何分突然のことなのでそこまで頭が回転していない。とりあえず遠慮する。
 間抜け面はとりあえずには気づいているのかいないのか、強く片方のコーヒーカップを差し出してにへらと笑った。
 人間の差し出した肉を何分もかけてうろうろ歩き回って観察した挙句に結局口をつける野良犬のようにジナイーダはおずおずとカップを受け取る。
 なんだか照れる。情けをかけられているのだと思う部分はどっかにあって、ジナイーダはまだ疑念の満ちた目をしているが、カップを受け取るまで腕を突き出し続けていたノブレス=オブリージュの生の目は意外とくすぐったい。
 ついクスリと笑ってしまうと今度はノブレスが鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。なんだなんだおれのかおになんかついてるかおれいまなにかわらえるようなことしたか。
 さっきまで悩んでいたのが急に馬鹿馬鹿しく思えて、カップに口をつけてゆっくりと傾けてズズと音を立ててコーヒーをすすった。この世の黒を全部吸い込んでもまだ足りぬとばかりに黒いコーヒーがうまい条件は接吻の様に甘く悪魔のように熱くだったか。このコーヒーは
 なんだこれ、悪魔の接吻のように甘い。それだけでは飽き足らぬ。この世の甘いのばっかりかき集めてまだ足りない。筆舌に尽くしがたい甘さは口をついて吹き出る。
「甘」
 あ、やっぱり?という顔で実に楽しそうに笑うノブレスはなんと能天気なことか。さっきまで悩んでたのまでどっかへ吹き飛んでしまった様に思える。
 ひとしきり笑ってからノブレス、
「んで、俺を投げ飛ばしたとき何て言ったか、だったな?」
 一瞬、何の話だか本気でわからなった。自分で出した話題の癖に今の今まですっぽり抜けていたように思う。もしかしてこの能天気な笑いは周りのヤツまであアホにしてしまう力でもあるのかもしれない。
 不意をつかれて驚いて、またもや豆鉄砲を食らった顔の後に理解が追っ着いて、頭の理解の後に一拍置いてから理解の表情。頭の中には電子が走っていて、脳みその中の情報伝達は一瞬だというのは本当なのか。
「実は俺もよく覚えてないんだけどな。あ、怒んなよ、変な言い方だけど戦ってて楽しかったから夢中だったんだ。んで」
 んで、ズズと二口目のコーヒーをすする。さっきからノブレスは一回も自分のコーヒーに口をつけていない。ジナイーダのコーヒーはやはり甘く、甘く、そして甘くて更に甘くて甘いのだ。
 いつもは砂糖もミルクも無しのブラックで飲むジナイーダで、このコーヒーは結構きついのだけど彼女は残してはいけないと思う。今になってから人の行為は大切にするものだという言葉を噛み締めて、ノブレスのコーヒーがブラックだとも知らずに更に口に流し込む。コーヒーは甘いが心が苦い。
「なんか選ぶ必要なんかないとか何とか」
「私、そんな事言ってたんだ……」
 正直な話、ジナイーダは決闘の最中に何があったのか全く覚えていない。感覚としてはドラム缶が飛んで自分も空に飛んでいつの間にかやられそうになっていてその時
 思い出した。
 ジナイーダの決意はつい昨日まで選べる限り生き続けることを選ぶ事だった。その道は長く険しく果てしない巡礼の道だ。今となっては馬鹿馬鹿しい事だが。
 体中にかかったG、宙を舞う通信機。その時には自分は何も考えていなかったはずだ。昨日までの自分風に言うならば道を選ぶことを放棄したのだ。
 昨日までの自分ならそれは死を意味するが、今日の朝からの自分の場合それは生を意味するものなのは言うまでもない。
 そもそもレイヴンには選択肢なんてないのだ。生きるのが当然で、死ぬような行為はハナから選択肢にならない。選択肢になるとしたらどのような方法で生き残るかと言うようなことぐらい。深く考えるようなことじゃないのだ。
 任務は二の次、馬鹿で結構なのがレイヴンなのだとわかった今は自分がノブレスにどれだけ失礼なことをしたかわかっている。任務で決闘なんてふざけるにも程があった。
「すまなかった。真面目に戦わなくって」
 万死に値する行為だ。相手の気持ちを踏みにじった最低野郎だ。ジナイーダは女だから最低女郎だ。
「途中から本気だっただろ、何があったかわからんが気にしないでくれや」
 間抜け面の心の海は底なしだ。あらゆる意味で底なしなのでそれはメリットともデメリットとも言い難い。
 しかしありがたく思う。通常ならギロチン送りでも問題なしの失礼なことをしたと思う。なにしろ昨日まで自分はネズミ嫌いのネコだった。天変地異だ。私には部屋の真ん中に巣を作るゴキブリなんて信じられません!
 そして何かあった。ついさっきにも何かあった。それは現在進行形の問題で、人に言うのもはばかられる問題だがちょっとぐらい相談するのもいいだろうと思う。しかし言葉が見つからない。さっきまで悩んでいたことを的確に説明することの出来る言葉が見つからない。
 手を頭に当ててうつむいたジナイーダを見たノブレスがまたおれなにかまずいことしたのかもしそうだとしておれはどうわびればい
「もしもの、もしもの話だけど大切な話があるって友達からメールがあって、でもその友達とはぜんぜん会わなくなっててさ、あなたはその友達にひどい事されてその友達のことを許さないって思ってるの。それでそのメールが本当に本人が送ったものなのかどうかわからないものだったとして。
 ノブレスはメールを見る?
 それとも」
 ――何を言っているんだ。間違いなく本人が送ったものではないではないか。前提条件から間違っている。かも知れないじゃなくて本人が送ったものじゃないんだよ。
「それとも見ないで消しちゃう? なかったことにして無視する?」
 常軌を逸した甘さのコーヒーのせいで脳みそまでおかしくなったのかもしれない。わかりきったことを聞くなんて。一気に言ってから後悔したが、ノブレスは何だそんなことか、と馬鹿にするでもなかった。
「俺なら見るよ。
 本当に友達だったら俺のこと最後の最後には絶対裏切らないから。絶対帰ってきて『悪いことしてごめん』って言うに決まってる。偽者のわけが無い」
 にこりと笑って、コーヒーを一口すする。
 きっと何時だって悩んでいるからこそ選択を迫られた時にぜんぜん悩まないで即決出来るのだろうと思う。そんなノブレスを見てるともしかしてこいつは能天気なのではなく、自分が能天気だったんじゃないのかと思えてきて、またまた笑ってしまう。楽しいくて嬉しい。
 


 コックピットの底、光に照らされているものの誰も見向きもしない底にはさっきジナイーダが落っこちた通信機が画面を下にして落ちていることにはジナイーダもノブレスもまだ気付いていない。
 画面下についた出っ張りはしっかり地面との衝突で押し込まれていて、それが確認ボタンであることもいうまでも無いだろう。通信機の画面はもう切り替わっていて、送られてきた一件だけのメールの中身を皆にそっぽを向いて後悔している。
 その画面には黒い文字で「アライアンスのメインコンピュータールームで待つ。」と書いてあって、到着日時は昨日の夜遅く。
 メチャメチャ無愛想な短文なのに、スクロールバーが表示されてて短文の何十倍ものスペースがあり、書いてるやつがメチャメチャためらっていたのは簡単に見て取れる。
 その様は謝ろうと思いつつもうまい言葉が見つけられず、何時間も言葉に迷いながらなんとなく黙り続けてしまう小学生みたいで実に微笑ましい。

 朝方の決闘で得た傷はファシネイターもカラスも五分と五分といったところだった。
 一見左腕を丸ごと失くしたカラスの方が傷が深いように思えるが、カラスの場合は脚部はともかくコアへの負担が恐ろしく少ない。
 対するファシネイターはコアを集中的に殴られて中の部品類が結構ぐちゃぐちゃになっていた。コクピットの中からの修正が必要なほどではないが。カラスに蹴られた左足がバカになっていて、腕のジョイントも外れる寸前までいっている。
 修理に砂抜きに再調整、それと取って置きのお手製武器ラックを全機の腰に溶接。
 見るからに不恰好だったが、ENマシンガン用の予備バッテリーが丸まる一つ、マシンガンのマガジンにすれば三つも入る特製品だ。
 カラスの左腰のラックには予備の杭が四本も入っていて、右のラックにはこれまたお手製のブレードが入っている。
 ムーンライトなどの超高出力ブレードにも負けないブレードを目標に軽量ブレードのバッテリー部分だけ四つ。全部直列つなぎにしたうえに不細工で重い外板とバカみたいにでかい放射口を取り付けた見るも恐ろしいブレードだ。
 その威力はムーンライトをかるく上回り、そのEN消費はジェネレーターに残った蓄電力を全部使ってしまう見るも恐ろしい最終兵器だ。
 整備には昼を通り越して夜遅くまでかかり、最後にはノブレスの手を煩わせることを嫌うシーラが頭を下げて彼に頼む程だった。頭を下げられたノブレスは嬉々としてガレージに突っ込む。
 シーラがクレーンに走っていったときは何でそんなに楽しいかしらんと言うような顔をしていたくせに、その時のノブレスはフリスビーを追っかける犬そっくりだった。尻尾を千切れんばかりにブンブン振り回している。
 カップの中のコーヒーは三十分ごとに少しずつ減って、整備が終わる頃には底に黒くこびりついたカスだけが残っている。
 ノブレスとシーラは遊び疲れた子犬のように器用に背中合わせになって互いに支えあいながら寝ている。整備が終わった瞬間からそうだった。
 ノブレスが寝る直前に思うのは、ジャウザーが何か俺に頼んでいたことがあったような気がしたがなんだったか、と言うことである。

 


 そして夜明けが近づく。窓から慌て者の朝日が差し込んできたときにはコーヒーカップだけがクレーンの操作パネルの上に置き去りになっていて、ついさっきまでそこらで寝ていた奴らの姿が見えない。
 それもそのはずノブレスの座右の銘は「思い立ったら即行動」だ。今そう決まった。
 ノブレスは無駄に拾い男子更衣室の中で昔懸賞で当てたコーヒーメーカーのロゴ入りのジャンパーに腕を通す。体に形を合わせるように何度か腕を回したあとに新しい朝の一歩が踏み出されるのだ。
 更衣室を出れば、ガレージまでは一本道の廊下だ。その通路は人が三人通れるほどの広さがあって、更衣室は廊下の突き当たりにあった。
 シーラの個室の前を通った。
 通り過ぎた後にドアノブが回って勢い良く扉が開く。いつもと同じシャツと軽い上着を羽織っている。擦り切れたジーパンが驚くほど似合っていた。
 振り返らずに歩く。二人とも歩幅は異なるはずなのに全く同じ調子で足を動かしているのにちっとも距離は開かない。確かな一歩一歩を踏みしめて歩く。
 仮眠室の前を通り過ぎた。
 通り過ぎた後にドアノブが回って勢い良く扉が開く。昨日はきっと良く眠れたのだろう。さっぱりとした顔のジャウザーがでてくる。昨日とちっとも代わり映えのしないズボンと黒い上着と腰の拳銃がかっこよかった。
 ジャウザーは何か言いたそうにしていたものの毅然とした何かの気配を敏感に感じ取って、口を結ぶ。正面を向いて確かな一歩一歩を踏みしめて歩く。
 やけに巨大なガレージに着くや否や三人とも自分達が乗るべき乗機へ走っていく。ノブレスはカラスに、シーラはヘヴンズレイから剥ぎ取ったアンテナを無理やりにくっつけたトラックに、ジャウザーはヘヴンズレイに。
 無駄の無い動きですばやくコクピットに入る。ジェネレーターを起動してコンピューターに火を入れたら、小さい計器から順々に光を放ち始めて最後にモニターが寂しいガレージを映し出す。
 無駄の無い動きでドアを開けて入ってシートベルトを閉める。カチリ、とベルトが固定した後はキーホルダーとかマスコットがやたらごちゃごちゃ付いたキーを取り出してハンドルの脇の鍵穴にねじ込む。エンジンが唸りをあげて熱くなった。
 三機のACと一台のトラックの前には巨大な扉がある。パスワードを入力すると億劫な風で低い音を立てながら少しづつ開き始める。
 シーラが
「ノブレス?」
「準備オッケー」
 三機の中で真ん中にカラスに強い朝日が当たるって、黒い装甲が光を反射する。その様はまるで雨に濡れた鳥の翼。
「こっちも準備オッケーです」
 三機あるAC中唯一銀色のファシネイターにのみさっきまで火が入っていなかった。
 さっきまで。
 コクピット内部のジナイーダは暗い中淡く光る通信機を見つめてからポケットにしまいこむ。速度計に火がともる。残弾表示に火がともる。高度計に火がともる。モニターに火が入り始める。
 俯いていた顔には長い髪がかかっていて表情は良く見えないが、俯いているからといって泣いているわけではない。どちらかと言えば笑っている風にも見えた。
 顔を勢い良く上げて、ゆっくり開いていく扉の向こうの朝日を睨み付ける。
「私を忘れてもらっては困る」
 ジャウザーもノブレスもシーラも笑顔。
 通信機の向こうに耳を傾けていたノブレスが、
「親友に会いに行くのか?」
 まあな、と笑ってジナイーダは鼻の下を掻く。
 完全に開いた扉の向こう、昇っていく朝日は誰を祝福しているのだろうか。
 願わくば、戦いの向こうにあの朝日があらん事を。



 第四話終了。第五話へ続く





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