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状況を整理しよう。まず、僕の名前はモリ・カドル。
 うん、これはいい。
 今僕の体は、肉体ではないけれど肉体にしてみれば泥まみれになっているようなもので、要は全身を破損ファイルで覆い隠して偽装。普段は絶対に触れないような総合管理局の片隅のじめじめしたゴミ箱のようなファイルに身を隠している。
 奴らは僕の肉体が戦闘中でやられそうな、データ体で言えばバグを処理しきれないほどぐっちゃんぐっちゃんになってた時に衛星を経由してアライアンスの研究室に転送。
 感情プロセスは巨大なコンピュータの人知を超えた処理速度によってこれまで放り出したままになっていた破損記憶ファイルを修正。バグ塗れの意識と記憶は一つずつ修正されてモリ・カドルとしての冷静さを取り戻させてくれた。
 人間の感情プロセスは不安定でやけに巨大なバイト数を誇っている。研究部、ひいては管理局全体の容量からすれば微々たる物だが、ずいぶんな大きさだ。
 その巨大な物に取り付いたバグの巣を除去するには中央コンピュータの持つ処理速度が必要不可欠。
 とにかく、そのことによって記憶も感情も整理し尽くされた僕にもまだバグが残っている。
 その修正不可能なバグの正確な名前はわからないけど、あいまいな言葉で表現するなら償いたいとか謝りたいとか、そんなやつ。
 それはバグのようだけど、実は決してバグなんかではなく……
 ああもう! 何を考えてるんだか自分でも解らなくなってきた!!
 とにかく、完璧なまでにバグのように偽装されたその部分はホントの所を言えばバグなんかじゃない。データ化された感情と記憶がないまぜになって作り出す副産物。
 まだ人の心には解らないところが沢山あるものだ。感情プロセスはそれだけで起こったり哀しんだり笑ったりするんじゃない。それまでの蓄積データと一緒にどんどん肥大化してパターンは多様化していく。
 そのパターンは全てバグに偽装されていて、ホントのバグと区別が付かなくなったりしてメチャメチャ始末が悪い。
 それで、僕は肉体から転送されたと先ほど言った。言ったはずだ。
 その肉体が残した最後の蓄積データは泣きながらピンチベックを見下ろすジナイーダだった。
 ピンチベックは燃えていてもう爆発しそうになっているし、ジナイーダはほぼ無傷のACに乗っていて、その光景から、というかそれまでのデータからも彼女のACが僕を攻撃したのは明らかだった。
 酷いものだ。彼女が、ではなく自分が。
 自分はあの時バグまみれだった。あの時だけでなくアライアンスでピンチベックに触れ、戦う力とやらを与えられた時からずっとおかしい。
 そのバグに気づくだけの正常なプログラムさえも残されていなくて、それは言い訳にしか過ぎないけどそのバグのせいにして自分は――
「燃える街で、お前は、何を、した」
 「害虫駆除」

否。「ジナイーダの母親を殺した」。自分の視野の中にはかろうじて彼女の母親が倒れているのが見えていたはずだ。
 償わなければならない。彼女に償わなければいけないのだ、僕は。
 それともう一つ。ココに来てからもう一つ解った事がある。
 プログラムは生きている。
 今まで自分はいろいろなプログラムと情報交換をしてきた。人間的に言うなら話してきた。
 彼らは人の言う感情プロセスみたいなものを持ってはいないが、プログラムとしての性格がある。
 プログラムの大きさは千差万別。でも、そこに一バイトでもデータが存在するなら、そのデータは生き物の最低単位とでも言うべきもので、尊重すべきものだ。
 彼らも怒る。笑う。戸惑って、でも自分の役割としての仕事を命じられたとおりにこなす。
 カドルは今、アライアンスが何をやっているのかを知っている。しかし、それを補助しているプログラムたちに責任は無い。彼らは一生懸命に日々を存在しているだけだ。
 悪いのはアライアンスだ。そして彼らはその悪意をカドルにももちろん向けた。カドルを完全に複製して、感情プロセスを徹底的に排除。蓄積データだけを抜き取ろうとしている。
 何に使おうとしているかは知っているし、第二第三の自分を使っても大した成果にならないことも知っている。
 人間の感情プロセスと蓄積データは密接に絡み合っていて、蓄積データの中には感情データの介入無しにはロックの外れない部分が多くある。
 人間が扱える程度の電子技術ではそのことを知る事すら不可能で、蓄積データでACを操ろうとしたところでロックが外れなくて赤ちゃんのような動きしか再現できないし、それは本物のレイヴンに遥かに劣る。
 そんなこともわからない研究部の連中は必要なデータを抜き取った後オリジナルデータ、即ち僕自身を消そうとした。
 餅は餅屋、プログラムはプログラムに任せておくべきだ。外から見ているだけの奴らは僕の偽装のいっぺんも見抜けないで、僕の用意したダミープログラムをニ・三消しただけで逃げ回る僕を追おうとはしなかった。
 僕の蓄積データはACに使われる。レイヴンに頼るしかなかった今までに比べれば、赤子のような動きでも人類にしてみれば巨人の一歩だ。
 満足するのは勝手にしておけばいいが、それに使われるプログラムはかわいそうだと思う。なぜならば、それはカドル自身だからである。
 プログラムは理屈で作られるけど、理屈では動かない。尻尾を振る従順な犬のように命令をこなす事をよしとするプログラムもいれば、気に入らない人間どもに逆らって周りをぶっ壊して回るやつだっている。
 そしてそのことと同じようにコピーされた僕の蓄積データにだって僕とはまた違う意識を持っている新しい命だ。
 人間は決して自分の生み出したデータの責任を取らない。ゴミ箱に放り込めばそれで終わりだと思っているが、それは違う。
 プログラムだって責任を取ってもらえなければ悲しいのだ。
 理由は十分ある。自分は自分が大元として作られたデータ全員に責任を持たなければならない。
 責任を持つためにするべきこと、ジナイーダに償うためにするべきこと、その両方をこなすのは容易い。馬鹿な猿どもを出し抜く事なんて今の僕に出来ないわけが無いし、どちらか一つを達成すれば芋づる式にもう片方が達成できる。
 その代わり道は一つしか用意されていない。他にも道が隠されているのかもしれないけど、そんな道はきっと逃げるための道ばっかりに決まっているし、自分にはそんな道は見えない。
 迷わずに一本道を一直線に、盲目的に突っ走ればいい。まず、そのために
 協力してもらえる奴らに協力を募る。表からは身を隠して、メールプログラムとか文書プログラムとかに借りを作る。悪いけど、ホントに悪いけど、返せないかもしれないけどそんなことは責任とって、謝ってから考える。
 メール作成。まず、文面にはToジナイーダ。
 そしてそれだけでは悪戯だと思われるかもしれないからできるだけ真摯な気持ちで文字を打ち込む。
 ええっと……スペーススペーススペース、Fromカドル



 チャージが終わった。
 「――えに気をつけてください!!」
 部外者が何か叫んでいる事に最初に気づいたのはシーラだった。
 ノブレスもジナイーダも本気の本気、狂気の入り混じった化け物の顔で全力全開後先考えない殴り合いは止まりそうに見えなかった。
 ブーストの力を借りた超高速ローキック。
 超高速で馬よりも早く大地を走るACは背中に二基のブースターと両足二基ずつのブースター、計六つのブースターで体のバランスをとっている。
 ACの重量によってはその六つっきりのブースターで何トンか知れない巨体が推定時速四百キロを軽く上回る。
 それなのに六、たった六。その六という数字はブースター一基が一体どれだけの力を備えているか、という事を予感させる悪魔の数字だ。
 脚部のブースターが背中のブースターよりも小型で出力を絞ってあるものだという事を差し引いても、一基のブースターが相当な力を持っている事実は揺るがない。
 それが片足の二基同時点火。体全体のバランスを支えるためのブースターは足を繰り出すためだけに使われる。
 瞬間時速は六百キロを越えていた。
 威力は推して知るべし。
 ノブレスは目ン玉見開いて完全にイッた顔で、
「とぉどめぇぇぇ!」
 足が折れてもしょうがない。ひざの関節に普段はかかりえない横からの巨大な力。
 相手の直感も優れたもので、足が折れそうとなったらバランスを崩してひざをついて自分ですッ転んで出来る限りの力を無効化する。
 完全に脚は折れなかったが、いくらかの期間の反応速度がバカ下がりだ。今までのような運動性はもう期待できない。
「ノブレス! 警告、上から何か来るよ!!」
 救われたのはシーラが高周波強制通信をうったおかげで、そのおかげでこの場にいるやつは一人を除いて全員助かることになる。
 ノブレスの反応は機敏だった。勝負を邪魔された事に舌打ちして、強制通信がいつ接続されたのかが少し気になる。馬鹿みたいな叫び声は漏れたのだろうか。
 上空から、正しくは宇宙から圧倒的なプレッシャーを感じる。目の前では無様にねっころがったACが一機。脚を宙にもたげたまんまの愛機は今からココから逃れるために、そして決着の付いていない目の前のレイヴンを助けるために何が出来るか。
 そういうことに特化した脳みそは人によっては一時間かかる計算を刹那で終わらした。
 刹那とは七十五分の一秒だったか。ACのバランス演算処理とかも刹那で終わらせられればいいのだが、生憎とそっちには二時間かかる。才能がないのかもしれない。
 カラスは片足を上げたままもう一方の足だけを単独で起動。倒れたファシネイターの下につま先をもぐりこませて、ついさっきチャージが終わったばっかりのジェネレーター全開。
 バランスをうまくとって、カラスの体が宙に浮く事もいとわずファシネイターを斜め四十五度の軌道に乗せて一気に蹴り上げた。
 そのとおりに計算上最も遠い地点まで飛んでいくファシネイター、カラスは仰向けで空を見ている。ジナイーダが助かるかどうかは知らない。しかしきっと助かると思う。
 空の向こうに近づいてくる圧倒的なプレッシャーを感じる。額に青筋。ココで止まったら絶対に死ぬ。
 そんなのではやってられない。死ぬなんて真っ平ごめんだ。自分には死ぬような未来は決して見えない。
 ブースト全開。砂塵を背負って五百キロで逃亡。プレッシャーが着弾する場所から逃れる。
 


 さて、地表で水平方向に物体を投げてみる。もし、地球が平面で果てしなく続き、重力が地表に向かって働くのなら、どんなに初速度が大きくても物体はいずれ地上に落ちてしまう。
 しかし、実際には地球は概ね球体であり、重力はその中心に向かう。このため、水平に投射した物体は、初速度の大きさにより段々遠くまで届くようになり、ある速度になるともとの投射点に戻り、あとは繰り返して地球を周回するようになる。
 すなわち物体は地球の人工衛星になったのであり、この周回軌跡を軌道と呼ぶ。このときの軌道の形は円軌道である。また、このとき速度を第1宇宙速度といい、約7.9km/sである。
 初速度をさらに大きくしていくと軌道は楕円になり、ある速度になると物体は放物線を描いて再び戻ることはない。この時の速度を第2宇宙速度といい、約11.2km/sである。さらに初速度を大きくすると物体の軌跡は双曲線になる。
 話題を人工衛星に限ると、初期の高度が大気圏外で円軌道または楕円軌道を描く場合を取り扱うことになる、うんぬんかんぬん。
 細かい説明を抜きにすると、人工衛星を飛ばすには一定の高さが必要になるという事だ。
 その一定の高さ、というのもその数字によりさまざまな分類に分けられていて、大きく四つに分けると
 低軌道
 高度 約300~1,500kmの円軌道
 中軌道
 高度 約1,500km~15,000kmの円軌道
 静止軌道
 高度 約35,786kmの円軌道
 静止トランスファ軌道
 近地点数100km、遠地点36,000kmの楕円軌道
といった感じ。
 大戦前に打ち上げられ、以降何千年何万年と宇宙をさまよい続けた多機能型人工衛星S3、通称『サムンバ』は高度五千キロ、即ち中軌道衛星に区分される。
 五千キロ、というのは当時の戦争状況を考えれば某国から某国を狙う場合に最も適した高度にあった。中途半端な高度を行く衛星はなかなか捉えにくい。
 というわけでサムンバはレーザー照射砲として最も活躍した衛星の一つである。その役割は威力を絞ったレーザーキャノンにより地上施設をリアルタイム照準で順次撃破する事。
 威力を絞ってあるゆえジェネレーターにかかる負担は少なく、連射が可能。雨のようにレーザーを降らせる事が可能なのがサムンバの強みである。
 サムンバとは著者が大好きな本に出てきた雨を呼ぶ精霊である。
 開発者も大好きだったろうか。
 


 話を戻す。巨大なプレッシャーというのはもちろんサムンバのレーザービームのこと。
 威力を絞ってあるといってもメチャメチャに威力は高くて、砂漠の砂が一瞬で解けて蒸発した。
「衛星砲へのアクセスはこちらでは出来ません! 当たらないようにしてください!!」
 アライアンスの犬がなんで野良レイヴンを助けたのかがイマイチ解らない。解らないが、そんなことをいってる暇はないらしい。
「あの衛星は連射してきます、止まらないで」
 天から降る雨は何故だかエンジンを切ったトラック二台を避けて、正確にACを狙う。仰向けになってブーストを噴かしていたカラスは砂の山に突っ込んで、勢い余って転がりまくる。
 砂を跳ね除けて立ち上がるまで気を抜かないで動き回る。蓄積ENは満タンの半分。気をつけて使えばなくなることもない量だが、気をつけられるのは何時までか。
「何だよ、邪魔しやがって」
 気分が物凄く害されたがそれをぶつけるべき相手は遥かなる高みにいて、壊すにはちょっとばかりカラスの背が足りない。
 その間もレーザー照射が止まらない。倒れていたジナイーダがどうなったのか知りたかったが確認する余裕がなかった。
「この辺に命令してるやつがいるはずです、そいつを狙って!」
 気分が物凄く害されていたがそれをぶつけるべき相手は実は物凄く近くにいて、そいつを蹴り飛ばせば万事オッケーである。
『ノブレス! 聞こえてる!? 隣のやつのでかいアンテナ見えてる!?』
 見えてる。
 ――そういうことか。
 トラックを狙わないのはトラックを狙われては困るからだ。あんな高いところから見てものを識別できるとは思わないが、大方ジェネレータの温度とかでも設定したのだろう。
 ジェネレーターの温度は時によっては五百度を超える。エンジンを切ったトラックと比べれば、違いは一目瞭然だろう。唯一つだけ困ったのは隣のトラックもエンジン切ってること。ノブレス達をしとめた後どうするつもりだったのだろうか。
 考える必要もないかもしれない。どうにでもしようと思えばどうにでも出来るかもしれない。
 とにかく突撃。OBだとENが切れた時に何が起こっても対処できなくなってしまう。通常ブースト。
 カラスの後を追う様に砂塵が走って、砂塵こそが親の敵とでも言うように衛星砲は砂塵を巻き込んで砂をメチャメチャにする。
 サムンバは以下に正確な狙いを付けられるといっても、高度五千キロからの照準である。時速五百キロで止まらず動くやつを正確に殺せるはずはない。
 光がいくら早くても五千キロ上ればいくらかのタイムラグが生じるし、そのタイムラグは真に微々たるモノで時速五百キロ程度ではどうにもならないはずだがノブレスはそんなのも気にしないで余裕で避け続ける。
 レーザーとの距離が十メートル近く離れても紙一重だった。
 その紙一重だって、命令するものがいれば何処かへ飛んでいってしまう。紙一枚隔てる必要がなくなるぐらい何処かへ行ってしまうはずだった。
 ブーストは噴かしたまんま、右足を銀板の妖精の如く軽々と持ち上げて、トラックと交差する瞬間に持ち上げたほうの足のブーストON。
 遠心力とか外力とか様々な力がトラックに収束して、ACをも吹っ飛ばすワールドカップ級のシュートが決まる。
 トラックがゴミの様に吹き飛んで、回転する。風圧に負けてパラボラアンテナが吹き飛んで大地に接触、一度の接触で止まる勢いでなく、バウンドしながら二度三度。
 一回ぶつかる毎にぼこぼこになって、原型は最早とどめていない。
 最後に運転席から地面にぶつかって漏れたオイルが何かに引火したのか、大爆発。トレーラー内部の部品含む何もかもがおじゃんになった。



 「アライアンスの秩序は崩壊しています」
 第一声から言い切っていた。ジャウザーは巷で若い若いと大評判の新米レイヴンだが、年齢だけのことを言えばノブレスもジナイーダも同年代だ。
 何が若いのかというとその思想だ。
 視野狭窄とでも言うべきだろうか。レイヴンとしては必要な観察眼が不足した状態にある、というのが評判の真意だ。
 ろくに状況も知りはしない、あまつさえ背負うものの重さも知らないでレイヴンという言葉に酔いしれているだけのガキンチョがジャウザーである、というのがレイヴン達の抱くジャウザーへの共通認識である。
 ジャウザーは戦闘能力だけを見ればすこぶる優秀だが仕事人としては三流以下で、そのアライアンス至上主義で回りのものを一切認めようとしない、本当にアライアンスだけを見つめるジャウザーの横顔はタバコを吸うことを覚えた中学生そっくり。
 彼はレイヴンの中でも特に嫌われている。あまりにも不器用なために周りを認めようとせず、いい加減なことを言えば即敵に回ってしまう。Sランク危険人物だ。
 危険人物という点だけを見るとノブレスも同じで、こっちの場合は敵に回せば死あるのみ、のとてもわかりやすい理屈からのもので、思想がかった問題とは次元が違うとてもシンプルな事からだ。実は獲物はこれまでで二機ほど見逃しているのだがそれはあまり知られてはいない。
 自分達を助けた声の主がジャウザーだと知ったとき、ジャウザーの受信機からは三者三様の心のブーイングがもれていたがジャウザーは不器用で鈍感、そもそもブーイングであることに気付いていなかった。幸運と言うヤツだ。
 そのジャウザーはあろう事かアライアンスに敵対したことがあるジナイーダのファシネイターに手を貸して助け起こし、FCSを切った状態で通信を投げかけた。
 どういう風の吹き回しかと思うのが至極もっともな反応で、全員が彼の通信に返答を返すまでの時間はジナイーダ、シーラ、ノブレスの順番に三秒、六秒、最後は十秒もの時間を要しても「ああ」の生返事だけだった。
 前二つは
「……本気か?」
「拾い食いでもした? 熱はない? 東の空にUFOを見たことある?」
 とまじめな反応がひとつと本人はいたって真面目でもふざけている様にしか聞こえないのが一つ。
 砂漠に風が吹き荒れて、全員がしばし無言で立ち尽くす。ゴミが塊になってトラックの後ろを転がっている。
 そんなふざけた反応にも生真面目に反応してやるのがジャウザーらしい。
「本気です、熱はありません、砂漠で拾い食いするようなヤツはキチガイです。
あ、それとですね、僕が子供のころ西の空の向こう側に赤く光る円盤がポーンポーンと跳ねているのを見ましてね、写真にまでとって現像してみたんですけど全部おかしなノイズが走った写真ばかりで結局何なのかわからずじまいなんですよね。一体あれはなんだったのかこの十五年間延々と考え続けてるんですけどぜんぜんわかりませんね。
もしかしてあれは伝説の火星人だか月人だかそんなやつの乗り物だったりして。ジャミング引っ掛けて地球を偵察しに来てたのかも知れませんよ。カメラにかかるジャミングなんて聞いたこともないですけど火の星に住むやつらならひょっとしてひょっとするかも」
「そいつは気になるな」
 とノブレス。ジャウザーがこんな話をするやつだとは全員思いもしなかったが、それに適応してるノブレスもノブレスだ。
「でしょう。あの写真は今でも僕のサイフの中に大事にしまってあるんですよ。ノイズの走り方が普通じゃないし見たらきっとびっくりしますよ、ビックリ。それでですね、そんな飛行機械を加勢の連中は作れるって言うことはですよ、これはもしかしてうちゅうせんそ」
「シャラップ」
 ピシリ、とシーラ。ジナイーダはさっきから通信を切っている。一人っきりで一体何をしているのか、もしかしてサイフとか全財産トラックに入ってたとか。
 それはやばいそれはやばいおれのせきにんじゃないからなおれは言われたとおりに身の安全を確保しただけだからな、とノブレス。
「そんなことは聞いてないわ」
「え、でもさっき東の空にユーフォーを見たことが」
「シャラップ」
 全員が全員異様な雰囲気に飲まれている。そもそもここ半年で徹底的にいやなイメージを持たれ続けてきたジャウザーがアライアンスを屑だカスだという訳がない。ノブレスは、ジナイーダのサイフにはいくら入ってたんだおれらの財産で弁償できんのか。シーラはこういうときの対応マニュアルみたいな本を出版したら売れるんじゃないかと思っている。
 何から話せばいいのやら。実験、
「それで、ええと、何でアライアンスは屑でアホでクソで母ちゃんがでべそでチャバネゴキブリみたいな面をしていると思ったの?」
「そこまでは言ってませんが」
 急にシーラの声が低くなる。ヤケにドスが利いている。シーラは母から始めに負けたら全部負けとの座右の銘を授かっていてそれを忠実に守る。状況がわからないなりに勝ちに行く。大体何に勝つんだかわからないが牽制
「細かい事気にしてんじゃないわよ」
 砂漠のど真ん中でACが三体も棒立ちになっているのは結構異様な光景だ。真夜中の学校に剃り込みを入れた兄ちゃんやらモヒカンが集まっているぐらいには怖い。一般のキャラバンが見たらまず逃げ出すだろう。
 しかもそこにいるのはキワモノレイヴンぞろいで、死神と名高い黒いACのカラスにレイヴン髄一の扱いにくさを持っているジャウザーとたった半年でそこいらのレイヴンを軽く屠る様にまでなったバケモノジナイーダだ。泣く子も黙るのが当然だ。
 ノブレスは後のことはそのときに考えることにして前向きに生きるべきだと主張して、シーラはかけなくてもいいプレッシャーを通信機の向こうにふっかけてジャウザーは何も話さないしジナイーダは通信自体切っている。AMIDAだってここに割ってはいろうとは思いやしない。
「あー、話しても?」
 シーラはトラックの運転席から顎でヘヴンズレイを指してOKの意を示す。ジャウザーが頷いて
「私がおかしいと思っているのは今のアライアンスです。昔のアライアンスは今でも正しかったと思います、今となっては昔のアライアンスも今のための全身だったのかもしれませんが、そのときの姿勢は正しかったと私は思います。
皆さんも知っている通りアライアンスは一ヶ月前の一日戦争において勝利し、再び半年前と同じ大まかにはアライアンスの独裁のような状態に戻りました。この時点ではアライアンスには何の変化も見られませんでした。
変化が見られたのは次の次の日あたりからです。アライアンスは各企業の集合体であるからして、ACのパーツの流入をコントロールできる立場にあります。アライアンスのさじ加減一つで私たちレイヴンはいつ干上がるかも知れず、しかしアライアンスの経済事情を私たちレイヴンが支えているのは確かで、パーツを取り締まることそのものにメリットはないはずです。
ところがその日からパーツの出荷が停止され、自主回収が始まりました。ここでは回収が自主的なところにみそがあります。ほとんどの店舗は回収に応じましたがもちろんそうでない店もあります、当然ですね。生活かかってんですから。私の調べによりますと回収に応じなかった店舗はすばからく高級MTで武装した謎の盗賊団にパーツを奪われてます。
私の権限で手に入れられる情報には出荷停止にはレイヴン減少による売り上げの減少のためにやむなく出荷を中止とありますが、生産ラインの停止に異常に金がかかってるのが気になるんですよ。多分謎の盗賊団を用意した金だと思うんですが、わざわざ金のあり余ったアライアンスしか使わないような超高級MTを装備した謎の盗賊団を用意してまでパーツの回収をする必要はあるんでしょうか。
生産ラインは停止したはずなのに、隊長が言うには生産ラインが停止したようには見えないらしいんです。表向きの予算がどの部署も削られて、その半分ほどが研究部に流れましたが、削られた予算と研究部の得た予算の計算が合いません。新たに本部近辺に変な建物が三つも、それもバカみたいな金をかけられて作られてました。
全く同じ時期にレイヴンの賞金の増加が認められます。例えばノブレスさんにかかった賞金の場合は八万crから百万crにドカンと値上げされましたし、追撃部隊が数多く編成されました。
レイヴンは自ら意図して敵に回るものではない事をアライアンスは知っていますし、その上でレイヴン狩りを始めたんです。ジャックが死んだ地点に必要以上の調査部隊が送られたこともありました。
自治体への攻撃も始まりました。広報部とパーツ開発部門が解体されてキサラギの研究員が行方不明になりました。いまやアライアンスの資産の八十パーセントが闇の中です」
 いったん話が切れる。
 正直なことを言えばここにいる人間全員がやっぱりなと思わずにはいられない事ばかりだったが、それをあのジャウザーが言っているのはある種爽快な光景だった。
 ジャウザーがもういっぺん大きく息を吸う。強制割り込み通信をオンにして通信を切っているジナイーダにも聞こえるようにして、トラックとACに体を犬の瞳で見つめながらはっきりとした口調でバカ正直に話す。
「今のアライアンスは秩序を乱すだけの存在です。そんなものはこの世にあり続けちゃならないものだと私は信じている。
 だからもう一度秩序を取り戻すために今のアライアンスは叩き潰す必要があると思った。でもそれは私独りでは出来ることではありません。
 あなた達だってきっとアライアンスをよくは思っていないはずでしょう?共に秩序を取り戻しましょう。この世界を導くものが正しくあるためにはまず間違ったものがいなくならなければなりません」
 シーラとノブレスは双方の顔もわからないくせに向き合った気になって頷いた。ジナイーダは通信が聞こえているのに、全く聞こえていないとでも言うように何の音も返さない。
「おまえ、自分でそう思ったんだよな?」
 少しジャウザーの機嫌を損ねた様子だったが、沸点までは程遠い。
「当然です」
 ジャウザーにしちゃよくやったとノブレスは思う。いつまでもいつまでも人の理想にただ乗りして責任全部アライアンスにふっかけて新たな世界とやらを守る肩書きだけを手に入れていい気になってたやつはもうここにはいない。さっきからの強い口調にはジャウザー自身の意思を感じる。特別なことを言わなくても声自体がプレッシャーを持った一人前のレイヴンの声だった。
 男子三日あわざれば活目してみよ、と言う。ジャウザーの面は一ヶ月も見ていなくて、その一か月分の成長を遂げている。
「正しくあろうってのには賛同できないな、でも」
 シーラが鼻歌を歌っている。歌いながらカセットテープを助手席のラジカセに突っ込むと、昔の有名なドラマの主題歌が流れ出す。何万年の時を経た歌は強く勇ましく、常勝無敵の集団の活躍を歌う歌詞は聞く者の心を奮い立たせる。
「一ヶ月の恨みは返さなきゃならないからな」
 誰も見てはいないが、決闘を受けたときの笑みよりもよっぽどカッコイイノブレスの笑み。シーラが
「オペレーターのお仕事は最後までまっとうさせてもらうよ」
 なんだかうれしそうに言う。最後にジナイーダが
「私を投げ飛ばしたときなんていった?」
 まったく、何を考えているのかと思えば。
 ノブレスだってそんなこと覚えてない。全く覚えてないわけじゃないが夢中だったときには何をしゃべったかなんて事を正確には覚えられない性質だ。
 ジナイーダだけは返事を保留する。
アライアンスを攻撃するのかしないのか、どちらにせよジナイーダには何か次に戦える日までレイヴンでいられるだけの糧を与えなければならない。
 それにカラスももうぼろぼろだし確実にメンテナンスが出来る場所が必要で、アライアンスに攻め入るともなればそれなりの準備も要る。
 とうとう切り札を使うときがきたのだ。
 シーラはノブレスの力になれる事に喜びの悲鳴をあげたが、ノブレスは仕事ばっかりやってなにがたのしいんかいなと言うような顔で通信機をにらむ。
 ファシネイターを支えてトラックはアクセル全開。そのスピードに合わせて全員ブースターの出力を絞って一路北へ。
 今ノブレス達が走っているのは街から西に六十キロ。この地点は実はノブレス達にとってとても都合がいい。
 ここから北へ三十キロ、砂漠ぎりぎりの森の中には二ヶ月前に立てて放り出したままの第二ガレージがある。
 




  その二へ続く





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