要は、この物語は馬鹿な男女の話である。




「じょ、冗談じゃ……」

 ない、と。男の断末魔は、爆風に飲まれて消えた。
 男の名はズベン・L・ゲヌビ。小さな武装組織のトップとして君臨する猿山の長。実力も指導力も欠如した、ゴミと言ってもいい小物レイヴンである。
 それを仕留める事など、あまりにも容易き事。ある程度の鉄火場を潜り抜けたレイヴンならば、狩る事など朝飯前だ。弾薬費が勿体無いとさえ称せる程の。

 まさか、雇い入れたレイヴンが裏切るとは思わなかったのだろう。背後からフィンガーの凶弾を浴び、痩身のAC、サウスネイルは為す術もなく倒れた。
 あまりに呆気ない結末だ。如何に小物との情報を仕入れていたとしても、これほどに弱いとは思わなかった。
 こんな奴の首に賞金が掛けられているとは、両勢力ともよっぽど戦力が足りないようだと、ズベン・L・ゲヌビを仕留めたレイヴンは推測した。

 男の名はリム・ファイアー。ジャック・O、エヴァンジェなどといった勢力の指揮官レベルを除けば、トップクラスの賞金を掛けられたレイヴンだ。
 レイヴンを狩る事こそを至上とする彼は、その目的故に他勢力を忌み嫌われ、遠ざけられてきた。しかし、確かな実力ゆえに自滅する事無く、今日まで生き延びている。

 それが、両勢力を苛立たせたのだろう。アライアンスとバーテックスから賞金を掛けられた後は、とんとん拍子に賞金が上がり、今では80000Cを超える賞金となっている。
 尤も、それが疎ましいと思ったことは、リム・ファイアーにはない。賞金が上がるという事は、彼の命を狙う者が増えるという事。そしてそれは、標的であるレイヴンが近づいてくるという事だ。

 自分自身の首を餌とし、金の香りに酔ったレイヴンを引き寄せ、これを討つ。そうして、リム・ファイアーはレイヴンを殺し、賞金を奪ってきた。
 故に、ズベン・L・ゲヌビがレイヴンでありながら自分を雇い入れた時は、密かに期待もしていたのだが、あまりに拍子抜けの結末に、溜息すらつきたくなった。

 ガレージに愛機バレットライフを向かわせ、コックピットから飛び降りる。強化人間特有の強化骨格にリノリウム製の床を叩く衝撃が伝わった。
 常人ならば、骨折しているところだ。だが、リム・ファイアーは骨折などしない。何故なら、彼は強化人間だからだ。

 どうしてこんな事になったのだろうか。何度目とも知れない自問に、リム・ファイアーの意識が過去へと遡る。

 そもそも、彼がレイヴンになったのは、父であるピン・ファイアーの死が切っ掛けだった。
 自分を男手一つで育ててくれた父が死んだ。その凶報を聞いたリム・ファイアーは、持ち前の正義感と義侠心も相まって、怒髪が天を突かんばかりに怒り狂った。
 そして、父の仇を討つべく、彼はレイヴンに志願。父の命を奪ったレイヴンを殺さんと、全てを投げ打って奔走したのだ。

 そこには、クレストによる強化手術も含まれている。
 強化手術とは、ライウンなどといった有名レイヴンにも用いられたという特殊な手術だ。しかし、クレストがそれを行おうと決意したのには、少々複雑な経緯がある。

 クレストとて、強化人間技術には着目していた。現に、アグラーヤ、ジノーヴィーといった強化人間レイヴンが、クレストには所属している。
 しかし、彼らは所詮外様から成り上がったものである。加えて彼らの強大な力故に、機嫌を損ねるわけにはいかない。人体実験など持っての外だ。

 それでも、クレストはよくやった。理論上とはいえ、独自の強化技術を確立したのだから。後は実験台が必要なだけだった。
 そして、クレストはリム・ファイアーの強靭な肉体を求めたのだ。強化技術を内外に示す為の人体実験として。

 結論から言おう。手術は成功した。だが、同時に失敗でもあった。被験体であるリム・ファイアーが、もう用はないとばかりに研究所を脱走してしまったのだ。
 クレスト専属レイヴンとしての権力をかなぐり捨てての蛮行は、研究所の予想外の行動であり、有効な手が打てないまま、リム・ファイアーは脱走に成功した。

 結果、クレストは強化人間手術の実験データを手に入れられたが、実戦データは手に入らなかったのだ。
 とはいえ、実験が成功した事は、後のリム・ファイアーの活躍が物語っていた。

 しかし、それはリム・ファイアーにとってどうでもいい瑣末事に過ぎない。彼にとって重要なのは、レイヴンとして強大な力を手に入れたという事だ。
 事実、彼は強化手術の成功後、めきめきと力を伸ばし、アークの筆頭レイヴンの一人にさえ数えられていた。
 無論、それもアークへの忠誠などではなく、父の復讐という己が正義の為のものだったが、そこに父を超えたいという思いもあった。
 だからこそ、彼は殺人の禁じられているアリーナでの戦闘を了承したのだ。

 アリーナでの戦い。そこで、リム・ファイアーは仇であるレイヴンに敗北した。
 いいところまで行ったという自信はある。だが、負けは負けだ。挫折にリム・ファイアーは心を折り、しばらくレイヴンとしての活動すらままならなかった。

 そして、彼はその後、一度も戦場に出る事無く、大破壊を迎えた。
 その際、彼が仇と付け狙っていたレイヴンが、行方不明――恐らくは戦死した事も耳にした。

 なんでも、彼は旧世代の兵器の起動を止める為に向かっていたらしい。起動後も戦闘を継続し、土壇場まで特攻兵器を食い止めようとしたという。
 その言葉を聞いたとき、リム・ファイアーは衝撃を覚えた。父の復讐、その正義感がなんて小さなものだったのかを自覚し、胸を引き裂かれる思いだった。
 正義は自分にはなく、むしろ仇と付け狙った男にあったのだと結論し、リム・ファイアーは苦悶した。

 だが、それで復讐心を消しさせるほど、彼は大人ではない。静まらず、暴走する怒りは、やがて矛先を変えた凶刃となる。
 父が死んだのは、レイヴンという存在がいた所為だからなのだと、論理を飛躍させたのだ。


 * * *


「……リム・ファイアー、リム・ファイアー!」

 鼓膜を震わす女の声に、リム・ファイアーの意識は現在へと舞い戻った。
 見れば、そこにはズベンの組織に入ってから、見慣れた顔がある。ピウ・モッソ。かつてはレイヴンだったという女通信士である。
 彼女はリム・ファイアーの担当であり、それ故にこうして顔を突き合わせる機会も少なくなかった。だが、彼女のほかに誰もいないという状況は珍しい。
 逃げたのだろう。自分を恐れて。そう、リム・ファイアーは結論した。

「……世話になったな。俺はすぐにここに出ていく。ズベンの賞金は全てお前達にやる。好きに使え、ただし……」

 言いながらも、リム・ファイアーはしわがれた自身の声に驚く。強化手術の弊害だ。
 経験のあるキサラギではなく、クレストによる独自の強化手術。加え、今日まで適切な治療を受けてこなかった所為で、リム・ファイアーの肉体は実年齢より遥かに老化している。
 もう、この命は長くはない。

 しかし、生き残ったレイヴンは後二十人を切った。それを全滅させればこの苦行も終わるのだ。
 その思いを抱くが故に、リム・ファイアーの言葉は剃刀のように鋭くなる。

「俺を殺そうというなら容赦はしない」

 短い間とはいえ、相棒を務めた相手に拳銃を突きつけるリム・ファイアーに、しばしの間、ピウ・モッソは凍りついていた。どころか、次第に震え始める。
 そこには怯えしかなく、自分を殺して賞金を得ようという殺意は欠片も見られない。それ故に、リム・ファイアーは自分に憤りを覚えた。
 自身を狙う者と、仲間を分けられない自分の不手際を、憎悪した。

「金が足りないというのならばいくらでも出そう。幸い、他の賞金首を仕留めた時の金をまだ持って……」
「ふざけないでっ!」

 パンッ、という乾いた音がした。
 それが、自分の頬が叩かれたからなのだと気付き、リム・ファイアーは呆然とする。強化人間である彼に、この程度はダメージにもならない。
 しかし、涙ぐんだ目の前の女の顔が、リム・ファイアーの胸の何処かをひどく痛ませた。

「あんな男でも、リーダーだったのよ……。リーダーを失った組織は、アライアンスかバーテックスに狩られるしかない……」

 ピウ・モッソは涙ぐんだ顔もそのままに、リム・ファイアーの胸倉を掴む。
 女にしては強い握力だが、やはり元レイヴンにしてはか弱い。だが、振り払おうとすれば振り払えた筈なのに、そのか弱い腕をリム・ファイアーは振り払えなかった。

「どうしてくれるのよッ! 私たちにこのまま死ねっていうの!?」

 リム・ファイアーは、その言葉に思わず唇を噛み締めていた。
 ピウ・モッソの嗚咽を聞くと、恐ろしくもないのに、何故だか逃げ出したくなる衝動に駆られる。
 それが何なのか分からず、リム・ファイアーは胸倉を掴むピウ・モッソの手を、強化された力で潰してしまわぬよう、慎重に解いた。

「……そうは言ってない」
「じゃあ、なんて言いたいのよ。アライアンスもバーテックスも私たちを逃がさないわ。今までズベンの下で悪事を働いてきた人間だもの。足を洗うには、今更遅すぎる……」

 ピウ・モッソの言葉は正しい。ズベンの下でアライアンスの資材を奪った事もあるし、バーテックスを騙し討ちした事もある。
 そんな人間を、長の命令だったから、で納得して引き入れるだろうか? 答えは否だ。

 彼女達はこのままのたれ死ぬ。なら、どうするべきか。
 リム・ファイアーはレイヴンをこそ憎んでいるが、無用の殺生を良しとする男ではない。それは、彼の持ち前の正義感によるものだ。我欲によって歪んでいるとはいえ、それは今なお強い。
 その正義感が、己を責めたてる。見捨てるな、父のように見捨てて、見殺しにはするなと、胸の奥で声がした。

「……死なせはしない。俺が守ろう。責任、だからな」

 どうしてそんな言葉を口にしたのか、リム・ファイアーにも分からなかった。

 驚き、再び身体を固まらせるピウ・モッソの身体を、リム・ファイアーはそっと抱きしめる。いつも泣いていた自分に、父がよくしてくれた行動、暖かな抱擁。
 こうすれば、好きなだけ泣けると知っていた。まさか、自分がやる日が来るとは、思っても見なかったけれど。

 ピウ・モッソの嗚咽が、ガレージに響き渡る。その泣き顔を誰にも、自分にも見られないよう、リム・ファイアーは己の相棒を見つめていた。
 ――相棒。厄介な事に、徒党を組む事になりそうだ。
 リム・ファイアーの相棒であるACバレットライフは、光芒の消えた目で、ずっと己が主を見つめていた。



 * * *

 ズベンの組織がリム・ファイアーに吸収されて何時間かが経ったころ、ガラブ砂漠の端に位置する廃墟された施設に、何人かの人間が訪れていた。
 企業の社員ではあり得ない。全員が、抜け目のない目をしている。それは、修羅場を潜り抜けてきたものに特有の、刃物のようなきらめきだった。

 彼らは用意されていた新品の円卓、並べられたパイプ椅子に腰掛け、他の人間達に視線を回す。油断のない視線、それは、他者の隙を窺っているようでもあった。

 彼らは武装組織の長である。アライアンスとバーテックス、それらに与さず、今なお自治を保っている武装集団。
 中でも彼らは、アライアンスとバーテックスの最終決戦に向けての討伐作戦を生き延びた、百戦錬磨のつわもの達である。あるいはアライアンスの重役などよりも鋭い手腕を持っているだろう。
 それだけの力が、彼らにあった。

 しかし、統廃合が進み、すでに組織は数える程しか残っていない。このままではジリ貧でやられるのは目に見えている。
 半同盟的な立場を武装組織同士で結んだとしても、アライアンスどころかバーテックスの半分にも満たない。故に、彼らがここに集まった理由は一つだ。

 アライアンスとバーテックス、どちらに着くか。その意思を固める為に、彼らは今、こうして席を共にしているのである。
 だが、それもおじゃんに成りかねない事態があると、組織の長の一人、ムームは伝えていた。

「では、ムーム、説明をしてもらえないかな?」

 老齢の男に名指しされ、ムームと呼ばれた女は立ち上がる。
 まとめられた書類の束を、隣に座る剣呑な目付きをした男から受け取ると、一度、プレッシャーをかけるように周囲に視線をやり、一拍間をおいて口を開いた。

「ズベン・L・ゲヌビの組織はご存知ですか?」

 鋭い言葉。しかし、他者の反応は鈍い。当然である。ズベン・L・ゲヌビは所詮小物だ。さして議題に挙げる程の価値はない。

「それがどうかしたのかね。彼が死んだ事は聞いているが、我々の大勢に影響はない」
「ええ。本来ならばその通りです。アライアンスかバーテックス辺りに潰されるのが関の山だったでしょう」

 ですが、とムームは言葉を続ける。

「ですが、首がすげ替わったとなればいかがでしょうか?」

 武装組織の長達の目に、今までのそれとは違う光が宿った。興味などという次元では済まされぬ、詰問の光だ。
 それに、内心怖れを抱きつつも、これぞ好機と読んでムームは口を開く。

「レイヴンによって組織は再び統治され、その勢力を拡大しつつあります。それはいい。ですが、彼らが足並みを乱せば、我々の大局にも影響を与えます」
「…………」
「彼らを潰さねば、アライアンスにもバーテックスにも組しえなくなります。ここは、殲滅しておくべきではないかと」

 チ、と舌打ちしたい衝動を、ムームの隣に座っていた男――ケルベロス=ガルムは堪えた。これでは駄目だ。見れば分かるだろうとムームに視線で訴える。だが、気付く様子はない。
 見れば、すでに長達の目から光が失われつつある。当然だ。誰だって自分の戦力は削りたくない。そんな中で殲滅作戦を提案したところで、受理される筈がない。
 自分たちも、兵を失いたくないのは理解しているくせに、なぜムームは気付かないのか。その事に心中で嘆息しつつ、ケルベロス=ガロムはフォローの言葉を脳内で組み立て始めた。

「……ムームくん。皆が君たちのように戦力を保有しているわけではないのだよ?」
「そうだ。我らの主力はMT、ACなど一機も保有していない。レイヴンが相手だというならば、君たちがやるのが筋だろう」
「それに、彼らの長がレイヴンならば我らに引き入れた方がいい。情勢は見極めている筈だ。それに、レイヴンが味方になるのならば、それに越した事はない」

 慎重論を叩きつけられ、ムームは唇を噛み締める。それでは遅いというのに、という焦燥が顔に浮かぶ。
 だが、その焦燥はすぐに消えた。ケルベロス=ガルムが、立ち上がったからだ。

 長達の顔に再び緊張が走る。それは、先程ムームが立ち上がった時のそれよりも重い。
 そう。ムームという女など、長達は歯牙にも掛けていない。重要なのは、この男。ケルベロス=ガロムだと、長達は理解していた。

 犯罪を繰り返した男。レイヴン有数の凶暴さ。ムームに首輪をつけられていると言っても、その牙はいまだ健在なのだと、長達は知っていた。
 彼らを馬鹿にした愚かな長が、何処からか漏れた情報によってアライアンスに潰された、その時から。

「確かに。皆様の言葉はもっともです」

 裏切るのか、と言わんばかりのムームの視線を、ケルベロス=ガルムは無言で黙殺する。
 別に嫌悪を抱いているわけではない――むしろ好意を抱いてさえいるが、この状況においてそんな感情は無駄だ。

「ですが、その挿げ替えられた首が問題なのですよ」
「……一体、なにが問題なのだ、ケルベロス=ガロム」
「ガルム、です。まあいいでしょう」

 食いついてきた、と内心ほくそえみつつ、ケルベロス=ガルムは憂いを帯びた表情で口を開く。

「リム・ファイアーだそうですよ。奴らの長は」

 一気に長達に緊張が走る。これで、流れはケルベロス=ガルムに一気に引き寄せられた。

「知っていますよね、勿論。虐殺者リム・ファイアー。私などとは比べ物にならない狂人です。殺された人間の数、賞金の額。私とムームの二人を足しても届かない大物ですよ」
「だが、奴はレイヴンを狩っていると……」
「ええ。ですが、金になるのならば何でもするのがレイヴンというもの。レイヴン狩りもその一環でしょう」
「むう……確かに、私怨よりはその方が説得力がある」
「ええ。そうです。人の命を金の為に食い物にする男。それを味方に引き入れる。これはまさに獅子身中の虫そのものですな。いつ金で売られるか知れない。何より、そんな男が、我々に御せるとお思いですか?」

 長達は無言である。だが、それは否定ではなく肯定の沈黙だ。そのとおりだと、ケルベロス=ガルムの言葉に頷く長さえ出始めている。

「暴れ馬を鎖で繋いだところで、引きちぎられては元も子もない。乗っていた将が落馬すれば、矢で射られるのは確実」
「同意はしよう。しかしだな、ガルムくん。我々には戦力がない。ましてや虐殺者リム・ファイアーを倒せるような戦力はとても……」
「ええ。その通りです。二機ものACを持つ我々もそうなのですから、MTでは倒せないでしょう」

 言外に他の組織への罵倒を織り交ぜつつ、ガルムはニヤリと口の端を歪める。
 それに、不快感を覚えつつも、この状況で口を出す間抜けはいない。
 だが、独壇場は許さぬとばかりに、一人の長が表情に僅かに憎悪を滲ませつつ、ガルムへと質問を飛ばした。

「ならば、どうするというのかね。総動員しての決戦など行えぬぞ。戦力を消耗すれば、我ら同盟をどちらの組織にも売る事が出来なくなる」

 そうだそうだと同意する長達。その中で、ただ一人沈黙を守る老齢の男が、静かにガルムに詰問の言葉を放った。

「方法はあるのか?」
「ええ、あります。それもとびきりのものが」

 その言葉に、長達が再び静まり返る。いつしか、隣に立っていたムームすらもが、椅子に座り、ケルベロス=ガルムの言葉を待っていた。
 この状況、この流れを掴んだ喜びに、しかしケルベロス=ガルムは油断しない。彼は不適な笑みを顔に乗せ、一つの証書を円卓の中央へと差し出した。

「我らに倒す余裕はありません。ならば、力ある者に倒してもらえばいいのです」

 その証書に描かれたデルタのエンブレム。それは、アライアンスのそれと全くの同一。

「まさか……ガルムくん、君は」
「喧嘩で強い者につくのは必定。ですが、それでは権力は狙えない。
 幸い、二つの組織は拮抗している。この状況下、我々がつく事で戦力バランスが変わるとなれば、アライアンスも我らを無碍には出来ない。
 ……少なくとも、打診した限りでは、いい椅子に座れそうですよ」

 長達の沈黙を見やる。完全に、流れはガルムのものだった。ムームにさえ、流れはなかった。
 完全に、ケルベロス=ガルムの独壇場だった。

「アライアンスに彼らを売ります。
 情報はスパイを通して手に入れていますし、アライアンスも決戦に向け、エヴァンジェの脱走を利用して従わない組織を狩り出そうと画策し始めている。
 この情報は、まさに渡りに船でしょう。そして、情報と引き換えに我々はアライアンスの傘下に入る……」

 もう一度、ケルベロス=ガルムは円卓に座る長達を見やった。地獄の猛犬の名を冠すレイヴンは、確実な勝機を掴んだという歓喜の表情を浮かべる。
 独断専攻を咎められる前に、一気にケリをつける。長の一人が糾弾の言葉を放たんとするのを横目で見つつ、彼は殊更に大きな声を出した。

「今更アライアンスを裏切れば、我らは奴らの怒りを買い全滅ッ!」

 しん、と静寂が周囲を満たした。
 その中で、ケルベロス=ガルムの言葉だけが響く。

「……全滅は免れません。今更選ぶまでもないでしょう。今日皆様に集まったもらったのは、アライアンスにつく了承を頂く為です。まさか嫌とは言いますまいな?」

 その言葉は、神の宣託のように朗々と響き渡った。







 バレットライフのコックピットは狭い。コアパーツが旧式な所為で、コックピットの居住性が低いのだ。
 だが、このコアパーツを変える気にはなれなかった。このACは父が乗っていたものだ。戦場の為に多少パーツは変えても、コックピットだけは変えたくなかった。

「ピウ・モッソ。聞こえるか」
『聞こえてるわ、リム』
「……略さなくていい」
『言いにくいし長いんだもの』

 ハァ、とコックピット内でリム・ファイアーは溜息をついた。ピウ・モッソが妙に馴れ馴れしい。
 それは、目の前で涙を流した恥ずかしさを誤魔化す為もあるだろうが、好意もあるのだろうとも思う。

 無論、男女関係のそれとは程遠いものだと、リム・ファイアーは理解している。
 出会ってから一日程度、加えて戦場という特殊な状況下で、恋愛感情を抱いていられる余裕はない。ストレスを誤魔化す為に契りあうなら兎も角、愛情は妨げになる。
 皆が本能的に自覚しているからこそ、恋愛感情が芽生える余地はなかった。ましてや、一人は元とはいえレイヴン同士。戦死は身近にあったのを理解している。

 だが、そう理解していても、向けられる好意はこそばゆいような、妙なものだった。

「今回の任務は、輸送車両の破壊だったな」
『ええ。十数台になるかしらね。それと、ACが護衛についているって情報もある。注意してね。これに成功すれば、ジャック・Oからの評価も上がるわ』
「奴はレイヴンだ。いつか殺す敵だ」
『……もう。深窓の令嬢でもない癖にお堅いわね。いい? ジャック・Oに評価されるというのはバーテックスに評価されるという事! それは後々プラスになるわ』
「……深窓の令嬢?」

 ピウ・モッソの言葉に同意しつつも、その言葉が気になり、つい疑問の言葉を出してしまう。
 しばし、マイクの先のピウ・モッソの口が閉ざされた。
 そして、何泊か置いて、ゆっくりと震えを誤魔化すように言葉が漏れる。

『……んー、昔の話よ」

 その言葉を聞いて、リム・ファイアーは胸に突き刺さるようなものを感じた。しまった、という後悔にも似たそれは、千々にリム・ファイアーの心を掻き乱す。

「……すまん」
『……リムって本当にデリカシーがない奴よね。顔も老けてるし、口も悪いし、舌は回らないし、男として失格だわ』

 老けてるのは強化手術の所為だ。そう言おうとして、やめる。どうせ言った所で誤魔化しにしかならない。
 それに、この話を早く区切ったほうがいいだろう。自分の為ではなく、彼女の為に。

 そう考え、リム・ファイアーはその後も続いたピウ・モッソの罵倒を聞き流した。
 やれマッチョだの、介護が必要な老人だの、お前なんか孫の代までの恥じだのという、他愛のない言葉に、胸が暖まるような錯覚を覚えながら。

『まあ、そんな貴方でも、死なれたら寝覚めが悪いからね。いきましょう、リム・ファイアー』

 ひとしきり罵倒し終えてすっきりしたのか、ピウ・モッソの声は落ち着いていた。

「ああ」

 その声が同意を示すものなのか、それとも安堵により漏れ出た吐息なのか、リム・ファイアー本人にも分からなかった。




 サークシティ内部を通る輸送車両。それは、とある武装組織がアライアンスの支援の為に送るものだという。
 平たく言えば、賄賂だ。中身は金ではなく資源だが、取り入る為のものである事は変わらない。

 それを破壊するのが、今回のリム・ファイアーのミッションである。
 ジャック・Oに言わせれば、武装組織は金の亡者と手を結ぶ裏切り者だろうが、リム・ファイアーには関係ない。そもそも、輸送車両の破壊の方がおまけのようなものだ。

 今回の任務には、レイヴンが二人も出てくる。ムーム、ケルベロス=ガルム。賞金こそ少ないものの、ここまで生き延びてきたのだ。それなりの腕はあるだろう。
 それを殺す。レイヴンを皆殺しにする。その至上目的のステップアップとして、この任務は最適だ。

 そう心中で呟きつつ、リム・ファイアーはほくそえんだ。

「こちらリム・ファイアー。目標地点に到着」
『リム? もうすでにACが到着しているみたいだわ、注意して!』

 了解、と応える事は出来なかった。すでに、目前に紅蓮の色合いを纏ったACが近づいていたからだ。
 レイヴン、ムーム。AC、METIS。それが、射出ブレードを構え、リム・ファイアーへと接近していた。
 いくらリム・ファイアーが腕利きでも、いまだ戦闘モードに移行していないバレットライフで、その一撃を避ける事は出来ない。

『掛かったわね、間抜け!』
「舐めるなッ」

 戦闘モードの起動を急行した所為で、バレットライフのコンピュータがアラームの警鐘を鳴らし始める。バグによって、APの表示が9999で固まった。
 悲鳴めいたそれを黙殺しつつ、リム・ファイアーはコンソールを叩いて強制起動。目前に迫る射出ブレードを回避すべく、後方へとブースターを展開する。

『なッ……!』
「間抜けめ。唯一の勝機を逃すとはな」

 結果、射出ブレードの切先は空しく中を切り、変わってMETISが窮地に陥る。
 目前には、接近戦最強と目されるマシンガン、フィンガーを諸手に構えるバレットライフの姿。このままでは、ブレードの二撃目を放つ前に蜂の巣だ。

 いや、それどころかバレットライフは、四脚による己が機動性を生かし、フィンガーを乱射しながら突っ込んでくる。

『くそっ、やるじゃないの!』

 左手に構えたショットガンで応戦しつつ、METISは後退する。だが、如何に軽量脚とはいえ、リム・ファイアーの技量も合わさったバレットライフを振り切れはしない。
 次第に追いつかれ、フィンガーの弾丸の密度が増していく。それに肝を冷やしつつも、ムームはレバーを離さない。
 負けたくない。その負けん気の強さ故に、ムームは最期まで諦めない。

「往生際が悪い!」

 ショットガンによるダメージをものともせず、リム・ファイアーは自機をさらに深く突っ込ませる。被ダメージ量も増大するが、これによりMETISに与えられるダメージ量も飛躍的に増大する。
 ムームは肝を冷やしているだろう。そう思い、リム・ファイアーは口の端に残酷な色合いを乗せた。
 レイヴンを殺す。それは、彼の存在意義でもある。それが果たされる瞬間、彼はなんとも言えぬ達成感を得るのだ。

「もう観念しろ! レイヴンなど不要な存在なのだ!」

 リム・ファイアーは弾の切れた左手のフィンガーをパージ。同時に妖精の名を冠すマシンガン、シルフをコアより取り出す。
 フィンガーに威力は劣ると言っても、集弾性能は上回っている一品だ。瞬間火力ならば兎も角、総合火力ならばフィンガーにも劣らない一品である。
 その銃火の前に、フィンガーをもろに浴び、傷ついたMETISが耐えられる道理はない。
 リム・ファイアーは標的である輸送トラックが来る前にムームに止めを刺さんとし、

「ぬっ!」

 横合いから飛び込んできたレーザーライフルの光弾に、突撃を阻まれた。

『到着したぞ、ムーム!』
『ガル!』
「チィッ」
『ACニフルヘイム、ケルベロス=ガルムよ! リム、用心して!』

 ケルベロス=ガルム。その男の到着に三者が三様の反応を見せる。敵は、それほどの難物なのだ。
 地獄の猛犬の名を冠すかのレイヴンは、その実、レイヴンとして活躍した時期の方が長いという変り種だ。
 しかも、その理由が犯罪者として捕まっていたからだというのが始末に負えない。それどころか、レイヴンの高額報酬を利用して保釈金を積み立て、さらには事件をもみ消してさえしてきた男だ。
 戦闘能力が如何ほどであろうと、生き残らせておくには危険すぎる。

「ケルベロス=ガルムか」
『リム・ファイアーか。貴様とこんなところで出会えるとは思わなかったぞ』

 言葉と同時に、オーバードブーストを展開。AC、二フルヘイムは、相棒を凶弾の射手から引き離すべく特攻する。
 リム・ファイアーはマシンガンで応戦する。しかし、METISを軽々と撃ち抜いた筈のそれは、ニフルヘイムの重装甲の前には通らない。

 ニフルヘイムは、重装甲とオーバードブーストを売りにした特攻型ACだ。同じ特攻型のバレットライフに比べ、攻撃力と機動性で劣るものの、瞬間速度は極めて速い。
 その重質量が突撃してくるのである。防げる道理はなかった。
 それはさながら、地獄の騎士の行進の如く。

『計画には修正が必要か……』

 その声は、すでにリム・ファイアーの死を確信した声色だった。
 ニフルヘイムの装備するレーザーライフルとリボルバーハンドガンが火を吹く。バレットライフは特攻型のACの中でも、機動性に重点を置いたACだ。防ぎきるだけの装甲はない。
 故に、リム・ファイアーは回避する。バレットライフのブースターを点火、空中へと飛び、敵のロックを外す。

「俺の首を取らせはせん!」

 リム・ファイアーは光ファイバー製の己の神経に命令を伝達。素早くコンソールを操作し、武器をチェンジする。
 構えられるチェインガン。その銃口が、ニフルヘイムへと向けられる。

『馬鹿めっ、撃てるものか!』

 だが、それは肩部武装。安定性に掛ける武装は、しっかと構えなければ撃ちだす事が出来ないものだ。四脚がキャノンの制動に優れていると言っても、空中にいながら撃ち放てる道理はない。
 故に、中空に浮かぶリム・ファイアーはいい的でしかない。その確信と共に、ケルベロス=ガルムはロックサイトを合わせる。


『……終わりだな!』
「……貴様がなッ!」


 瞬間、ケルベロス=ガルムの五体が強い衝撃に襲われた。ニフルヘイムが、チェインガンの直撃を受けたのだ。
 チェインガンは連射型兵装でありながら、高い火力を得る事に成功したクレストの傑作だ。キャノン特有の制動性の難はあるものの、優れた武器である事に疑いはない。
 その唯一の欠点が失われればどうなるか。それが、ニフルヘイムの直撃であり、体勢を崩しての落下だった。

『貴様ッ』

 だが、それでもケルベロス=ガルムは一流だった。
 コンソールを弾き、ニフルヘイムに着地体勢を取らせる。その指捌きは、強化人間と見紛う程に速い。
 幾度の犯罪、その死線を潜り抜けた本能が、今この時のみ、ケルベロス=ガルムをドミナントの域にまで押し上げていた。

『やってくれるッ!』

 何故、空中でチェインガンを撃つ事が出来たのか。ケルベロス=ガルムはそれを考えない事にした。
 今、重要なのは、あの敵が制約なく火器を操るバケモノだという事だ。
 これが賞金80000C。その力と威圧に、ケルベロス=ガルムは舌なめずりする。相手にとって、不足はない。そう心中で呟きつつ、オーバードブーストを再び起動する。

「させんぞケルベロス!」

 展開し始める光を目にし、動きを止めんとリム・ファイアーはチェインガンのロックサイトを合わせる。
 だが、同時に側面から衝撃。ぐらつく視界を右に向ければ、そこにはショットガンを放つMETISの姿があった。

「貴様、邪魔を……」
『今よ、ガル!」

 ムームの声に答えるように、ニフルヘイムが再び飛翔する。
 恐ろしい程スピードで、横に機体を振りながら接近するその姿は、さながら知性を持つ猛牛のようだ。四脚の旋回性能を生かしても、ロックサイトを合わせる事すらままならない。

 完全に避けられないタイミングで放たれる一撃。レーザーライフルとリボルバーの多重射撃が、バレットライフのコアを貫かんと迫る。
 だが、

『リム……!』

 死ぬ訳にはいかない。鼓膜を叩くピウ・モッソの悲痛な声に、覚悟を新たにしつつ、リム・ファイアーはチェインガンを上空へと向ける。無論、そこにニフルヘイムはおろか、METISの姿すらない。
 だが、それにも構わずリム・ファイアーは乱射する。同時に、コンソールを弾き、とある機能の効力を弱めた。

 その機能とは、強化人間特有の能力。キャノン制動力の強化。
 それをキャンセルさせられ、チェインガンをばらまいたバレットライフは、反動を打ち消す事が出来ずに地上へと落下。ドスンと音を立てて着地した。

『なっ……だが、所詮は大道芸だ!』

 その声に含まれるものは驚愕。ケルベロス=ガルムが必中の覚悟で放った射撃を、チェインガンの反動によって避けたリム・ファイアーに対する賞賛だった。
 だが、ここで逃しはしない。FCSを操作、ロックサイトを下方へと向けつつ、ケルベロス=ガルムは笑う。

 ピー、というアラーム。それにケルベロス=ガルムが気付いた時にはすでに遅く、勝利を確信した笑みが凍りついた。

『エネルギー切れだと!?』

 悲しいかな、ケルベロス=ガルムの技量にニフルヘイムは付いていけていなかった。
 加え、オーバードブーストとレーザーライフルの連射、ジェネレーターの加熱、ラジエーターの過剰運動。
 これ程のエネルギーの多様に、ニフルヘイムのジェネレーターのコンデンサ量は間に合わない。チャージングに入ってしまうのは、最早必然と言っても良かった。

 これぞ勝機と読んで、リム・ファイアーは己が機体を再び突撃させる。構えられるフィンガーとシルフ。その視界を埋めんばかりの猛火が、ニフルヘイムへと放たれる。
 重装甲と言っても、延々弾丸の直撃に耐えられるACは存在しない。加え、その頭部はレーダーを満載した防御力の低いもの。それを潰せば、奴の目は完全に死ぬ。

「押し切る!」
『ぬおおおぉぉぉぉぉ! 動けッ、このポンコツがッ!!!』

 いくらケルベロス=ガルムが叫ぼうと、動力を失ったACが動く道理はない。頭が弾け飛び、視界の悪いサブカメラに視界が移行する。
 ブースターを吹かせられぬ重量二脚など、いい的だ。バレットライフのマシンガンが面白いように当たり、次第にモニターが窮地を告げる真紅に染まり始める。
 だが、それが分かっていても動けない。それが、さらにケルベロス=ガルムを苛立たせる。

『ガル!』

 救援しようと接近するMETISに、バレットライフのカメラアイが向く。その瞬間、死を目前にしても脈動を続けていたケルベロス=ガルムの心臓が、確かに凍りついた。
 リム・ファイアーは殺る気だと直感する。すでに、マシンガンの弾丸をもろに浴びたMETISに、次撃を耐えられる道理はない。

『ムーム、来るな!』

 その雄叫びに呼応したかのように、ニフルヘイムのチャージングが完了する。
 同時にレバーを押し出し、ブースターに点火。重量機体に似合わぬ機動力で以って、ケルベロス=ガルムは己が機体を、METISに向けられていたリム・ファイアーの射線に割り込ませる。

『死なばもろともッ、消えろリム・ファイアーッ!』

 肩部に装備した一撃必殺の兵装、大型ロケットへとケルベロス=ガルムは武器を変える。
 ロックオンも追尾も出来ぬこの兵器は、その代わりに絶大な威力を誇る兵器だ。如何にACであろうと、直撃すればただでは済まない。
 その武装に勝負を掛け、ケルベロス=ガルムは吼える。

 だが、その勝負にリム・ファイアーが乗る筈もなく。
 目前にあった迷彩が、頭上へと跳躍した。
 銃口の先にいるのはMETIS。狙いはあくまで、ACの操縦が未熟なムーム。

『この真性サド野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!』

 ケルベロス=ガルムは再びニフルヘイムを駆動させ、バレットライフの銃口の前に移動する。
 だが、それが限界。ロケットの狙いをつけるどころか、トリガーを引く余裕すら、もはやない。コンデンサも、もう底をついた。
 そして、リム・ファイアーにしてみれば、勝手に獲物が舞い込んできた状況だ。彼は、ここに来てようやく、必殺の確信を得た。

『ここまでか……』

 ケルベロス=ガルムの脳裏を、走馬燈が駆け巡る。
 警察だったムームと出会ったこと。女に逮捕された屈辱。そして恨み。治安が壊れていく事への、女が語る絶望。

 レイヴンとなってかつての世界を取り戻すと女は言った。その為の力を貸して欲しいと彼女は言った。貴方だけが頼りだと、ムームは言ってくれた。
 それが。馬鹿らしい、青臭い事だが。世界に否定され、犯罪を繰り返していた自分を認めてくれたのが嬉しくて、付いていく内に惚れ込んでしまったのだ。

 馬鹿な女に惚れた自分はきっと、馬鹿な男なんだろう。

『逃げろムー…………!』

 コックピットを弾丸に潰され、ケルベロス=ガルムはその言葉を、それ以上紡ぐ事が出来なくなった。
 至近距離からマシンガンを浴びせかけられれば、重装甲を誇るニフルヘイムとて耐え切れない。
 地獄の猛犬は、主をその身で庇い、自身を地獄の業火へと落とした。




 だん、と骸のように地面に伏すニフルヘイム。それは、愛する者の死をムームに理解させるには十分な惨さを孕んでいた。

『ガル……貴方が……』

 茫然自失とした声。それに、リム・ファイアーは途轍もない殺気を感じ取る。

『よくも! よくもッ!」

 だが、突撃する者を御するのは容易い。彼は、再びマシンガンを構え、迎撃の体勢を取る。

『ムーム様、トラックの脱出に成功しました』

 その言葉に、ムームの意識が冷や水を浴びせかけられたように冷えた。冷静になる。自分は、自分ひとりの身ではなく、組織を預かる身なのだ。
 女としての怒りは、まだ果たせない。
 だが、いつか殺せる機会はやってくる。それまで死ぬわけにはいかない。

『……分かったわ。後退する!』

 憎悪を喉奥に封じつつ、震える声でムームはそう口にした。
 ショットガンを乱射しつつ、領域外へとMETISは離脱する。追撃せんと放つバレットライフのミサイルも、METISに装備されたミサイルカウンターの前には無意味。
 必殺の覚悟を胸に、ムームはサークシティから逃げ出した。

「……逃したか」
『いいえ、リム。十分上出来よ。ミッションには失敗したけど……ケルベロス=ガルムが討てたんだから』

 そうだな、と頷きつつ、リム・ファイアーはバレットライフのコンピュータを通常モードへと移行する。
 残るレイヴンは、十人を切っていた。







 * * *

 相棒を失ってからのムームは、苛烈の権化となった。

 もともと辣腕を振るっていたのはケルベロス=ガルムであり、彼が戦死した以上、ムームの組織内での地位下落は避けられないものと思われていた。
 事実、彼の死後、アライアンスに付こうという動きが硬直化し、バーテックスとのパイプを繋ごうとする組織さえ現れ始めた程である。

 ムームは、それを黙認するだろうと、長達は考えていた。
 しかし、ケルベロス=ガルムを喪ったムームは、それほど甘い相手ではなかった。

 彼女は、とくにバーテックスとの癒着の強い組織の本拠の情報をアライアンスに提供。エヴァンジェ捜索の名目で討伐させたのである。
 このえげつないやり方はまさにケルベロス=ガルムの再臨であり、長達は自身の見通しが甘かった事を悟った。

「今更逃げ出すわけにはいきません。一蓮托生、死ぬときは同じ。我々は今、大河へと流れているのです。逆流に舵を取ろうとする愚者には、しかるべき報いを」

 その言葉で長達の急進派を焚きつけ、彼女はどうにか作戦の中核まで漕ぎ着けた。
 リム・ファイアーの本拠、ガレージR11の情報をアライアンスに売り、それを元手にアライアンスに同盟の席を得る。
 先に他組織の情報を売っていた事で、アライアンスの信用は高まり、謀略は予想以上に上手く機能していた。長達も、手の平を返したようにムームへの協力を確約した。
 ケルベロス=ガルムの残したスパイ、そして謀略が、今まさに機能しようとしていた。

「この時を……待っていた……」

 切り立った崖の一つ。そこに、痩身の女が立っていた。赤色に染め上げたパイロットスーツは、月光にはあまり似合わない。陽光の方が、よく映えるだろう。
 だが、狂気の中に憂いを帯びたその顔は、月光の寂しげな明かりによく映えていた。

「リム・ファイアー、今こそ、貴様の罪を償うとき……」

 鮮やかな口紅の塗られた唇が、天空に掛かる三日月のように吊り上がる。

「貴様が殺した者達の怨念が、貴様の死地への舵を切るっ……!」

 憎悪と達成感の滲み出した声。だが、そこには僅かながら寂寥もあった事に、気付く者は誰もいなかった。
 口にしたムームすらも、気付いていなかった。





 * * *

 基地内に鳴り響く警鐘に、リム・ファイアーは跳ね起きた。硬いベッドでは安眠は出来ないとはいえ、すでに半日以上も戦い続けている身体には十分な休息を与えてくれる。
 それから覚まされるのは、ひどい苦痛ではあったが、それでもリム・ファイアーは持ち前の精神力で覚醒し、手早くパイロットスーツに着替えると、バレットライフがあるガレージへと向かった。

「何が起きている?」
「敵ACの襲撃です。名前は……」

 その名前を聞き、リム・ファイアーは戦慄に似たものを覚えた。
 それは、ジナイーダと並ぶ恐怖の御名。リム・ファイアーの賞金すら超えんばかりの活躍を見せているレイヴンの名だ。
 実力は風の噂が証明し、眼力も、ズベンと待ち構えていた際に証明されている。強敵、だった。

「分かった。ACの準備をしてくれっ!」

 アイアイサー、と整備員が応える声がする。一人で戦っていた頃にはなかったものだ。
 ズベンを、自らの長を殺した男を、組織の人間は快く受け入れてくれた。ズベンが無能だった事もあるだろう。だが、受け入れてくれたのは、皆の人柄によるものだ。
 長になって十時間程度だというのに、信頼を向けて貰えている。荒廃した世界の中で磨耗した心に、その暖かさがなによりもありがたい。

 奴らを助けたつもりが、いつの間にか助けられたのかもしれないと、リム・ファイアーは思った。

「すいません団長! 足回りの整備がまだ終わっていません!」

 先刻行ったチェインガンによる無理矢理の着地が、脚部に深刻なダメージを与えていた。それの修繕を急ピッチで進めているが、まだ終わってはいない。
 それは、彼のミスだった。必要な判断だったとは言え、長期戦を考慮していなかった彼の致命的なミスだった。 

「くそっ、ならばMTは余っていないか? 迎撃する!」
「駄目ですよ団長。団長しかACは使えないんですから、まだ行ってもらうわけにはいきやせん。待っててください。すぐに仕上げてやります。野郎ども! 根性見せろッ!」

 オーーーー! と応える声に、リム・ファイアーの顔が歪む。怒りではない。悲しみではない。
 自分でも分からない感情のまま、彼は叫び出したくなる衝動を堪えた。

『団長、俺らが時間を稼ぎます!』

 整備員の一人が、MTに乗り込みながら言った。

「待て! お前に操縦できる筈がっ……」
『いいえ。俺は整備サボってMTの操縦勉強してる馬鹿ですから。……実は団長のACも操縦しようとした事もあったり』
『その時は危うくぶっ壊しかけたよなー』

 同じくMTに乗り込んだ整備員の一人が応え、笑いの声が漏れる。
 それを受けて、自身の技量では役に立たないと判断した整備員が、次々にMTに乗り込んでいく。

『敵AC接近、距離500!』

 監視塔からの声に、弛緩しかけた空気が引き締まる。
 MTに乗り込んでいた整備員の一人が、固い声で口を開いた。

『足止めします! 団長、指示を!』

 一瞬、リム・ファイアーは躊躇う。だが、躊躇っている時間はない。
 確かに、時間を稼がなければバレットライフは出撃も叶わず破壊される。彼らに足止めを頼むのが正しい筈だ。

 だが、感情が収まらない。行けば、彼らは死ぬ。そう確信していたが故に。
 それでも行かせなければならない。そう、リム・ファイアーは理解していた。

「みんな、行ってくれ。ただし、必ず生き残る事」

 その命令は、傍から聞けば甘っちょろい戯言だ。ともすれば、士気を下げかねない。
 だが、殺戮を繰り返してきた、味方の命すらも利用してきた男が生き延びろと言うのだ。そこには、特別な意味がある。

『確かに聞き入れましたよ、団長。さあ、行くゼッ、皆の衆!」

 古めかしい言葉で閉める整備員に、他の整備員からの笑いが漏れた。その笑顔のまま、出撃するMTを見守る。
 リム・ファイアーは、整備の完了を待ちつつ、コックピットへと乗り込んだ。早く助けに生きたい気持ちを、必死に抑えこみながら。

『……リム?』
「大丈夫だ。ピウ・モッソ」

 心配げに声を掛けてくるピウ・モッソの声に応える。
 その声は、暖かなものを孕みながらも、石のように固かった。




 * * *

 ムームは見下ろす。戦場の惨禍を。
 戦いは圧倒的だった。そもそも、MTでACが防げる筈がない。ましてや相手は自分はおろか、ケルベロス=ガルムでさえ勝てるかどうかという凄腕だ。敗北は当然の帰結である。
 だが、肝心のリム・ファイアーの姿が出てこない。それに、ムームは苛立った。

「……遅い」

 手に持っていた通信装置を起動し、ズベン・L・ゲヌビの組織を売る時の為に、ケルベロス=ガルムが潜り込ませていたスパイに状況を聞く。

「なるほど。機体が故障していて動けない、と……。出てくるつもりはあるのね? 怖気づいてはいないのね……? ならば、いいわ」

 通信を途絶し、再び眼下の惨状を見やる。戦いは、もはや決まっていた。
 残るMTの一機も、ブレードの一撃に骸となる。生き残った者は、一人もいない。

 じきに、バレットライフの修理も終わるだろう。その時こそ、奴が死ぬ瞬間だ。
 その瞬間の為に、ムームは眼を凝らす。その死に様を、決して逃さないように。

 レイヴンが、思いついたように弾丸を施設に撃ち込んだのは、その時の事だった。




 * * *

 その砲火は、ガレージを貫き、バレットライフの最終点検に入っていた整備員達を直撃した。
 対AC用の大型弾丸だ。人間が耐えられる道理はない。彼らは一人残らず鉄塊に押しつぶされ、爆風に呑まれ、死亡した。

「…………あ」

 あまりの事に、リム・ファイアーはしばしの間、言葉を失った。そんな馬鹿なと、分かっている癖に叫びだしたくなった。
 そして、気付く。整備員は死んだ。MTに乗った者も死んでしまった。その事実に、呆然となる。
 自分が死ぬ覚悟はあった。だが、これはどういう事だ? 何故、戦闘能力などない彼らが死んだ?
 ないからこそ死んだのだと気付きつつも、リム・ファイアーの自問は止まらない。

 だが、それも中途で打ちとめられる。一人、生き残っている者がいるかもしれない。彼女を、死なせてはならない。
 失格もいいところだが、自分は団長だ。長として、それだけは許されない。そう、気付いたが故に。

「ピウ・モッソ! 聞こえるか!? ピウ・モッソ!!」

 その声は、いつかの彼女の涙声のように震えていた。
 応える声はない。通信先に流れるのは、無骨なノイズの音だけだ。
 それは、彼女もまた戦火に巻き込まれて死亡したのだと、リム・ファイアーに推測させるには十分すぎた。

「…………俺、一人か」

 誰にともなく、呟く。バレットライフの自動最終点検が、オールグリーンを告げる。
 ガレージの扉を開く。空には曇天の闇と、それを切り裂く月光。それを受け、バレットライフの迷彩が淡い輝きを魅せた。

「ずいぶんと派手に暴れてくれたな」

 通信回線は繋がっている筈だが、敵が応える声はない。それは、まるで応えるまでもないとばかりの不遜な態度だ。
 憤怒がリム・ファイアーの身を焦がす。だが、組織の長として憤る死角は、もはや自分にはない。

 目前の敵を、レイヴン殺しの自分として殺す。リム・ファイアーは、心中で決意を固めた。

「貴様も終わらせてやる。俺が倒してきた奴らと同じくな!」

 リム・ファイアーはブーストを点火。ミサイルとフィンガーを構えつつ、敵のACへと特攻した。
 言葉もなく、敵はライフルを構える。リニアライフル。整備員の命を奪ったライフルを。

 リム・ファイアーはミサイルのトリガーを引きつつ、FCSのロックサイトを下方へ修正、空中へと飛びながらフィンガーを構える。
 ミサイルを避けようとして障害物に足を取られた敵のレイヴンに、避けられる道理はない。

「死ねッ!」

 純粋な殺意を声にして叩き付けつつ、最強のマシンガン、フィンガーの弾丸を雨あられと降り注がせる。
 だが、それを前にして欠片も動じる事無く、敵のレイヴンはリム・ファイアーのロックを外した。

「何っ?」

 空中を飛んでいるACをロックするのは難しい。しかし、逆に言えばそれだけの話なのだ。
 故に、リム・ファイアーは己が真下を潜り抜けられるという可能性を考えていなかった。

「貴様……!」

 憤り、一気に旋回する。バレットライフは四脚のACだ。旋回性能ならば、間違いなく相手に勝る。
 だが、それは敵も承知している事。故に、相手の常道を覆す詭道を以って、敵は戦闘の流れを引き寄せる。

 バレットライフが振り向いた時、そこにすでにACの姿はなかった。いや、それどころか周囲を見渡しても姿を見出す事が出来ない。

「何処に消えたッ!?」

 その苛立ちの声と共に、頭部センサーが悲鳴を挙げた。
 ――――上か! リム・ファイアーの背中を戦慄が走る。

 先程の事態を裏返したような状況、リニアライフルとリボルバーハンドガンによる攻撃が、バレットライフの頭上から降り注ぐ。
 回避しようにも、施設に足を絡め取られ、リム・ファイアーは上手く動けない。故に、行うのは足を止めての全力迎撃。

「死ねるか、死ぬ訳には!」

 フィンガーを諸手に構え、一気呵成と発射する。他の何よりも厚い弾幕に、溜まらず敵は後退する。
 ここで追い詰めれば、流れは自分のものになるだろう。そう確信したが故に、リム・ファイアーは勢いを緩めずに特攻。逃げ回る敵ACの息の根を止めんと追い縋る。

 リニアライフルの咆哮に、溜まらずバレットライフが悲鳴を挙げ始めた。内部には危険を告げる真紅とアラート音、外部には黒煙すら出始めている。

「持ってくれよ相棒! 何のために修理を待った!?」

 主の声に呼応するかのように、バレットライフが最後の輝きを見せる。フィンガーの弾幕を張りつつ、勝負に決着を着けんと前進する。
 だが、それこそが過ちだった事に、残弾数を確認していなかったリム・ファイアーは、最後まで気付かなかった。

「ジャムッ、いや弾切れか!?」

 フィンガーの弾幕が、唐突に途切れる。慌ててシルフをコアから取り出すも、遅い。
 その絶対的な隙を敵が見逃す筈はなく、途切れた弾幕の間隙を縫って、ブレードを構えて特攻してくる。

 青い輝き。月光のそれすらも霞む強い光が、刃となってバレットライフを一閃した。
 同時に、沈黙。ブーストを切り、着地した両者は動かず、十秒ほどとも一分とも取れる静寂が流れる。

「……すまない、皆」

 諦観の滲む声。それは最後まで紡がれる事なく、バレットライフが爆発する音に飲まれて消えた。
 リム・ファイアー、DEAD。その赤い文字が、殺したACのモニターに浮かび上がり、朗々と輝いていた。



 * * *

 …………戦いは終わった。
 リム・ファイアーの動きのクセを掴んだレイヴンは正確無比な射撃でリム・ファイアーを追い詰め、ついにはダメージに耐え切れなくなったバレットライフは爆散。
 一握りの煙と共に、胡散霧消した。

 あの様子ならば、中に乗っていたリム・ファイアーは、間違いなく死んだだろう。

 暗い闇に、女の笑い声が響く。ムームは、ケルベロス=ガルムの形見を手に、勝鬨代わりの笑い声を挙げ続けた。
 ようやく仇は取った。地獄にいるだろうケルベロス=ガルムに、心中でそっと囁きかける。

「ムーム様」

 背後から掛けられた声に振り向く。そこには、ケルベロス=ガルムが送り込み、ムームを真の勝利者に仕立て上げた立役者。組織に潜んでいたスパイの姿があった。
 ピウ・モッソという、女の姿が。

「ありがとう。ピウ・モッソ。貴方のお陰で作戦は成功したわ。さすがは、元レイヴンね」
「ACを失おうと私はレイヴンです。……受けた依頼は完遂します」

 その感情のない、機械めいた言葉を受け、ムームは声もなく笑った。
 こんな女の為に命を掛けたリム・ファイアーを嘲笑うように。

 その姿に、ピウ・モッソは微かに眉を顰める。

「……リム・ファイアーは、組織の為に命を掛けたのです」
「……へえ。随分と楯突くわね、ピウ・モッソ」

 ナイフのように鋭い言葉に、ピウ・モッソは押し黙る。ムームは、それ以上はなにも言わずに舌先を抑えた。
 札束を一杯に詰めたアタッシュケースをムームはピウ・モッソに手渡す。ずしりと重い感触。80000Cの報酬の重みは、ピウ・モッソのか細い腕には重かった。

「ありがとう。これからも活躍してもらうわ。よろしくね」
「いえ。その必要はありません」
「は?」

 何が起きたのか、ムームには分からなかった。ただ、鼓膜を引き裂くような音がした瞬間、胸に衝撃が走ったのだ。
 その音が銃声であるという事も、銃弾に心臓を抉られたという事にも、成功の喜びに弛緩していたムームは気付けない。

「な、にを……」
「仇討ちですよ。貴方と同じです、ムーム」

 血反吐を吐き、ムームはよろよろとよろめきながら後退する。そして、当然のように足を踏み外し、その痩身は崖の下に広がる闇へと消えていった。
 その姿を、ピウ・モッソは感情のない眼差しで見つめる。

「依頼を遂行し、雇い主への義理は果たした……。そして、リムの仇も取った……」

 報酬の札束が詰まったアタッシュケースを手に取り、ピウ・モッソは崖へと近づく。見上げれば雲は晴れ、空には眩いばかりの月の光。
 この鮮やかな光も、すぐに消えてしまうだろう。その前に、為すべき事はやっておきたい。

「これで全部……終わり」

 そう呟き、ピウ・モッソは報酬の詰まったアタッシュケースを、彼方へと放り投げた。重力に引かれて落ちていったそれは、いつしか見えなくなる。

「私みたいなひどい女には言われたくないだろうけど、それでも別れの言葉は伝えておく。……さようなら、リム」

 微かに感情の滲んだ色合いで、主と仰いだレイヴンの名を呟くと、ピウ・モッソは踵を返し、姿を消した。
 ピウ・モッソの投げたアタッシュケースが、バレットライフの頭部パーツの残骸にぶつかり、乾いた音を立てた。




 要は、この物語は馬鹿な男女の話である。





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