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 朝もまだ早い六時、太陽はまだ昇りきっているわけでなく東よりの空から雲にさえぎられながらも健気に光を降らせ続ける。
 約束の時間は六時だったが、ノブレスもジナイーダも約束の時間より随分と早くに着いている。
 待ち合わせは正確に、余裕を持って。レイヴンの常だ。約束の時間ぎりぎりに着くようでは信用されない。依頼は確実にこなす。その為にまず依頼主からの信用を得なければならない。
 そのときの癖でノブレスは約束の時間よりもかなり早くに整備を切り上げて、砂漠の町より西に六十キロ。
 立会人として、オペレーターとして、相棒としてシーラは寝ずにカラスの動作チェックに付き合ってくれていて、機体の調子も良好。
 陽光に照らされたカラスは影を至る所に帯びていて、黒い装甲の中でも尚黒く光っている。対峙するように立つジナイーダのファシネイターは銀色の装甲が東からの光を反射している。
 朝焼けが空の雲を照らし出して、くっきりとした影を生み、見るもの全てに何かが起こるのだと言うことを強く予感させる。
 それが何かは知らないが、見るものは一様に息を呑む。
「ジェネレーター、ラジエーター、各部間接、ミサイル杭撃ちマシンガン、その他諸々全部オッケー」
 徹夜で整備しただけあって、機体の問題は全くない。明け方近く、最後に施した仕掛けも送った信号にしっかりと返信を送ってきた。唯一不安だった部品だったが、さすがはシーラが手伝ってくれただけあって、文句なしの調子。
 言うノブレスの頬には赤い紅葉が輝いていてどうにも締まらないが、表情自体は締まっている。
 シーラはトラックの中の情報戦用電子機器を詰め込んだブロックから機体の状態をモニタリングしていて、試合が間近に迫った今もせわしなくキーボードを叩いて綿密なチェックを行う。
「マシンガンは全弾詰めてあるけどミサイルは三セット分しか詰まってないからね、慎重に使ってよ。それとレーダーのスキャン間隔は絞ったけど範囲は狭めてあるから注意して」
 ノブレスは手元のキーを叩いてレーダーの確認。近距離モードでもないのにファシネイターを表す光点は中心からやけに遠く、点滅の間隔もいつもの二分の一ぐらいになっている。
 距離はとりすぎるなと言うことだろう。確実に敵を捉えるためには仕方のないチューンかもしれない。ファシネイターは軽量級ACなので動きもすばやく、見失ったが最後になる可能性だってある。
「確認終了、ミサイルは残り何発だっけ?」
『トラック内の分?』
 うんうん、と頷くが通信機では姿までは相手に送れない。それでも阿吽の呼吸のように肯定を察したシーラが
「二十九発、この弾は無駄にしちゃダメだかんね」
 目を瞑って深呼吸をした。朝の空気を吸いたかったが、コクピットの中では朝も夜も空気は淀んだまんまなのでそれは無理。それでも見える光景だけの力でも空気の味は変わるのだ。いつものコクピットの空気よりもうまい気がする。
 弾を残すのは負けるつもりがないからで、その後だって戦って生きていくつもりをしているから。ちょっとした小石に躓くような真似はしない。
 決闘と言う言葉に心は躍るが、目の前の腑抜けを相手にすることを考えるとお遊戯のもののように感じられる。決闘とはどっちが勝つか、どっちが死ぬかわからないのが決闘だ。任務だから、と割り切った形で受けた決闘には絶対に負けない。
 目は瞑ったまま、三つあるフットペダルの一番右に足を乗せる。右から順にブースター、歩行、ブレーキの順で、前か後ろかは肘辺りのシフトレバーを動かせばいい。
「ドラム缶が飛んだら試合開始だからすぐ動けるようにしといてよ」
「ああ」 
 確認は何重にもする。物事は確実でなければならない。
 右腕左腕に対応したレバーを握って、感触を確かめるように撫でる。
「約束したんだから、ギッタンギッタンに叩きのめしてきなさい!」
「ああ!」
 目を開ける。体をシートからわずかに起こしてカメラの向こうのファシネイターを睨み付ける。
 ドラム缶が砂漠のど真ん中にあるのは結構異様な光景で、双方が存在を水と油のように嫌がっているようにすら見えていて、その反発力はもうすぐ頂点に達する。 過剰な量の爆薬が真下に仕掛けられたドラム缶は素晴らしい速度で飛び出して、ACの頭頂高を通過してもまだ直上に飛び続ける。


 ジナイーダは反応が遅れてあっさりと先手を取られる。
 ファシネイターの軽そうな体もこのままでは形無しだ。動かない木偶人形なんて一瞬で粉砕される。
 黒いACは開幕早々突撃開始して、ロックもしていないだろうと思われるマシンガンをがむしゃらに撃つ。
 一体何tあるかもわからない巨体が砂塵を背負って時速五百キロもの速度で疾る。
 地面には何故だか知らないが、MTの残骸が転がっていて何かの墓標のようにも思えた。
 戦略もへったくれも無い急加速による先手は予想外の手で、正面切って不意を突かれたような状態になったジナイーダは軽く戸惑ってファシネイターは熱いシャワーを浴びることとなる。
 十字の火とともに打ち出された弾丸は銀の装甲板に強く当たってへこませる。
 舌打ちをして回避行動。マシンガンの弾を避けるにはその場留まらない事、左手装備のマシンガンはそんなに弾が入っているわけじゃない。すぐに弾丸も止む。
 ――こんなバカの何を調べろと言うのだ。
 エヴァンジェからの依頼はノブレス=オブリージュの戦力調査、手っ取り早く行うために決闘を望まれていた。
 この決闘はあくまで仕事であると言うことをジナイーダは理解している。そんなに本気になることも無い。生き残るための強さはしたたかさだって含む。派手にやられて命も助かればいいし、ACの整備も十分にこなせるだけの前金をもらっている。
 それにしてもいきなり突撃してくるような奴の何を調査するのか。何から調査したらいいのか。
 そもそも戦力調査とは何か。
 そのための決闘だとエヴァンジェは言った。ならば本気で決闘に望むべきだろうが、決闘などと言う古臭い儀式地味たマネに本気になるのはバカバカしい。
 ならばどうすればいいのかを考え、考えながらなおも回避行動。既に敵は一マガジン分の弾を撃ち切った。反撃をするなら今。
 FCSの緑色を確認して右指をトリガー、ファシネイターのレールガンは弾丸のチャージを始め、大気が震えながら恐ろしい量の光とエネルギーが収束し始める。
 銀色が砂を巻き上げながら黒色と距離をとって跳躍する。軽量だけあってなかなかのジャンプ力。そのままブースターを吹かして更に上昇しながら、完全にFCSに頼りきった一撃がレールガンから放たれる。
 煌く電光は直進するカラスの軌道を予測して、カラスの幾分か先を狙う。それを見越したカラスが急に減速したせいで黒を赤く染め上げるはずだった力は砂漠を真っ赤に染めて青い電光とむちゃくちゃな量の砂塵を撒き散らした。
「ナイフでカラスが切れてたまるかよ!」
 少なくとも飛ぶ鳥を落とすにはもっと鋭く、もっとリーチのあるものが必要だ。確実に斬らなければならないのにたかがなまくらナイフ程度の鋭さの目をしたジナイーダには自分は切れない。そういう意味のことを言っている。
 ジナイーダはそれを自己完結しただけのナルシストの妄言だとハナッから決めつけて立ち上る砂塵に向かってマシンガンを打ち続ける。
 砂塵を吹き散らす赤の弾丸をまるで見ていないようにカラスがその羽を広げて飛び立つ。見ていないくせに弾丸はかすりもしないし、残弾数は減り続ける。
 上昇し続けるカラスは何の工夫もなしにミサイルを七発発射。ポッドからは盛大に煙が噴出して、黒いACを完全に覆い尽くしてしまうかのように思えた。
「バカにして!」
 火薬の量は微小で当たっても一発程度では大した致命傷にもならない七連装マイクロミサイルポッド。
 ミサイル自体の大きさもあってか、七十発もの弾が装填されたポッドも割りに小さい。この小さい鉄の箱に七十発もミサイルが入るのは不思議なようにすら思える。
 ジナイーダはその鉄の箱とファシネイターの肩先ににぶら下がったこれまたバカに小さいサブマイクロミサイルポッドにも電気信号を流し込む。
 信号に答えた計三つのミサイルポッドはそれぞれの持つ肩先のヤツは二つずつと肩の根元のヤツは七つのおちょぼ口を精一杯にあんぐりと開ける。
 決闘を馬鹿にして小便ふっかけて後ろ足で砂かけた自分が更に相手を愚弄している。「バカにして!」は本来ノブレスが言うべき台詞なのに、現在仕事バカのジナイーダはそれをノブレスに向けて言った。
 問題、バカは果たしてどっち。
 ジナイーダはトリガーを引く。
 計十一個のおちょぼ口が一斉に同じ型のミサイルを吐き出して、更にそこに飛び退るそれまた同じ型のミサイル群と正面衝突。
 十二発のミサイルが自分と全く同じ顔したヤツと正面衝突して、皆一緒に爆発する。爆発は煙を撒き散らして一瞬だけ双方の視界をふさいで、それを書き分けながら進むミサイルをジナイーダは一発だけ、ノブレスは五発見る。
 ジナイーダは体制を整え、回避行動をとらないで正面からミサイルにぶつかる。一発程度では大した致命傷にもならない。図体の割には妙に煙を撒き散らすだけでファシネイターは痛みをほとんど訴えなかったし、機体もわずかに傾いたまま。
 ジナイーダが対抗してミサイルを撃ったタイミングはかなり遅く、煙はジナイーダの直前で起こっている。そこから五発程度のマイクロミサイルが飛んできても、結構な距離がとってあるせいで回避にはかなりの余裕がある。
 ブースターの出力を上げて煙と距離を詰める。ジナイーダは煙のすぐ近くにいるはずで、煙を割って入ればすぐに不意打ちになる。ここまで生き残ってきたレイヴンなら当然そんなことはするハズ無い。やはりジナイーダはナイフでしかないのだ。
 引っ張りに引っ張られたミサイルはもう少しでカラスに直撃する。カラスの上昇に合わせてそれを追い続けた五発のミサイルは一塊になって真下からカラスを襲うが、ノブレスはそんなのお見通しだ。
 OB起動、チャージ、全て煙と距離を詰めている間にこなしていて、あとは噴射。
 黒い烏の青い翼の発生と共に一気に今までの何倍ものGがコクピットを襲って、ノブレスはシートにものすごい勢いで押し付けられる。ミサイルは急にサーチ範囲外へと消えたACに必死に追いすがって、蛇行しながらやがて爆発する。
 青い翼の発生は一瞬だけで、感じる加速のGも一瞬だけ。ノブレスはすぐにOBのスイッチを切って慣性を利用して煙の向こうのファシネイターに向かって日本刀のような曲線を描いて突進する。
 カラスが煙を割って引きずって、相手が反応する暇も無い内に脚でファシネイターの腕の付け根を押さえる様は、鉤爪で獲物を鷲づかみにするワシにも見える。地上から見守るオペレーターたちにはそのようにしか見えなかったはずだ。
 カラスが右手を振り上げて、それに呼応するかのように腕に取り付いた死神が金切り声を上げる。バンシーは叫びで人を殺すがこの死神はその身で敵を焼き堕とす。捕まれば地獄まで一気に落ちることだろう。
 カラスの体重の乗った蹴りでファシネイターは一瞬の機能不全に陥って、傾いた機体の中ではいろいろな音がわめきまくる。衝撃がジナイーダの全身を襲って、死神の唸る声がかすかにコクピット内にも響いた気がした。
 ――こんな簡単に……
 選ぶまでも無い。選択肢が存在しない。
 選べる限り生きるほうを選び続けると誓ったジナイーダだったが、今度ばかりはもうだめだ。全部をひっくるめた強さがあっさり負けて、このまま自分は焼かれてしまう。
 仕事だから。
 決闘なんかに本気になるものか。
 だからと言ってこの戦いに手を抜いたつもりではない。決闘には本気にはなっていないが、仕事には本気になったつもりだ。
 
 全部スローモーションに見える。優柔不断な計器類がどっちをさせばいいか迷いまくって、暴れまわる。モニターの向こうで黒いのが腕を振り上げる。
 ポケットから特殊通信機が抜け出て、首からぶら下がるわしと一緒に宙を舞っている。特殊通信機は、今朝方画面を一目も見ないで軽くポケットに放り込んだままのもので、つまりはそこに表示された内容は一文字も変わってはいない。
 今はそれを見る者がいる。メールには「TO ジナイーダ」「From カドル」の文字が刻まれている。
 特に「カドル」に興味を引かれた。今日日こんな悪戯をするヤツがどれくらいいるだろうか。
 カドルは親の仇だし一ヶ月前紅蓮の炎に焼かれて死んだはずで、この世に生きているわけが無くて、メールが届くはずが無くて……
 理屈ではどうにもならない悪戯としか思えない。
 でも理屈を考えるだけの処理速度はジナイーダに残されていない。自分が殺したくせに、独りぼっちになって寂しいと思っていた根っこの部分が喚起の叫びを上げた。
 むちゃくちゃ大口を開けて目もむちゃくちゃ見開いた。何を叫んだかは覚えてはいないが、通信は閉じていない。勝負がついた後になってから覚えていればあの黒いのに乗ってる野郎に聞いてみようか。
 とにかく、何かをむちゃくちゃ叫んで、何も意識しないで何かの赴くままにレバーを握ってペダルを踏んだ。 あの夢の燃え盛る炎の中に立っていた自分は、私の胸のワシを引きちぎってから、私を罵倒した。
 どう言ったのかは覚えていないが、今の自分なら彼女が何を言ったかわかるつもりだ。
「選ぶ暇なんて無い! 生きる道しか残っちゃいない!!」
 
 金切り声を上げ続ける右腕を振り下ろそうとしたその時、全く動く気配の無かったファシネイターが急に動いた。
 通信機の向こう側からは意味不明の叫び声が聞こえてきて、何が起こったのかノブレスにもわからないうちにファシネイターは両手で腕の根っこを押さえるカラスの足首を握って、体全体をむちゃくちゃに振り回した。
 パイロットは正気じゃない。いきなり最大出力で銀色のブーストが噴かされ、腰がぐるんと回って、圧倒的優位に立っていたカラスはあっという間に攻守逆転される。
 すさまじい力で振り下ろされて、手をはなされた。黒がすさまじい勢いで大地に落ちていく。杭が常軌を逸した速度で回転しながら虚空に飛び出して、大気をかき回して踊り狂う。
 高高度から二十メートル超の鉄の巨人が砂の大地に落ちた場合、どのくらいの砂漠の砂が舞い上がったか想像出来るだろうか。 
 狭っ苦しい電子制御室内、モニター内では圧倒的優勢だったはずのカラスが空中で振り落とされて、地面に激突したように見える。砂漠の細かい砂がめちゃくちゃに飛び散って、まだ空にいるファシネイターの姿まで覆い隠してしまう。
 ACはバカみたいに重いし、振り落とされたときの高度も凄かった。でもそこからただ落ちただけではそんなに砂は巻き上がるものじゃない。砂を巻き上げる何かがあった。砂をむちゃくちゃに巻き上げる何かが起こったのだ。
 ノブレスは負けない。
 負けないといっていたし、指きりで約束までした。約束は律儀に守るやつだから、絶対に負けない。
 パネルの上においたままの通信機は、シーラと同じくギャラリーに徹している筈である向こう側のオペレーターと繋がっている。面倒くさがりなのか何なのか、必要以上には喋ろうとしないし気味が悪いやつだ。
「あなたはこの勝負がどうなると思う?」
 目の前で行われているのは決闘で、どちらかが死ぬ可能性はめっぽう高い。曲がりなりにも何ヶ月もレイヴンと一緒にいただろうオペレーターはしかし、随分と落ち着いた声色をしている。
 顔が容易に想像できる。どうせ紫色の口紅塗ったボブカットのいけすかないタレ目女だ。テレビに出てくる悪役の秘書とかにいるヤツ。そういう奴に限って黒幕だとか何とかで最後の最後まで尻尾を出さない。
 馬鹿の事を聞いてくるな、と思う。「私のノブレス」と「ノブレスと私のカラス」は絶対に負けないのだ。シーラの理性と根性と人生とその他諸々がそう決めている。
「ノブレスが負けるわけ無いでしょあんたたちみたいな陰気シスターズに負けるほどよわっちくないの、絶対にノブレスが勝つんだから黙って事の成り行きを見ているがいいわこのあばずれ」
 通信機をオフにする。陰気臭い声出しやがって自分の相棒の心配ぐらいしたらどうなのか、この冷血女め。
 モニターの向こう側の砂塵の城の下の方、砂塵の城がその姿を妙な形に伸ばし始める。その戦闘には黒いACが最大出力のブーストで後退しているのが見える。
 どこにも通信をつなげないで、なんに使うんだか良く解らない無数の計器類に見守られながらシーラはヒャッホウと喜びの叫びを上げる。   
 同様のトラックの中、シーラのいるトラックの電子制御室はシーラたちの物よりも更に複雑化したケーブルやら倍以上の計器類やらに取り囲まれている。
 トラックの真上には見たことも無いぐらいに馬鹿でかい折りたたみ式アンテナが刺さっている。
 どう見たって普通じゃない。地上でレイヴンとのコンタクトを取るだけなら馬鹿でかいアンテナは要らないし、もっと小さいアンテナでも砂漠を通り越した通信ぐらい出来る。
 誰に傍受されるかはわかったモンじゃないが、とにかくそう。
 地上で物のやり取りをする分にはアンテナなんて必要ない。なのにその必要の無いアンテナは夜闇の中の朝顔のようにしおれたままトラックの上に鎮座している。
 陰気臭い顔をした女が薄暗い制御室の中でニヤリと笑う。
「どっちが勝ったって私には関係無いもの」
 しおれていたアンテナが光を感知する。機械信号の力ですっくと立ち上がり、上を向いてはるか遠くの人工衛星を指し示す。
 地球軌道上高度五千キロ中軌道上と区分される地域を円軌道によって周回し続ける過去の遺産に光の速さの電波はコンマで到達する。
 アクセスコード入力、プログラム設定、照射地域は砂漠のど真ん中よりちょっと東よりの高熱源物体。設定温度百度以上。
「どっちが先に死ぬかなんてそんなに違わない」


 当然の事だがジャウザーはアライアンスの犬になっていたわけではない。
 ジャウザーはカドでもリエドでもレモでもリュックスでもボリスでもシリーでもない。ましてやボルビー中尉なんてもってのほか。(※1、2 文末にてフォロー)
 ジャウザーにはジャウザーなりのアライアンスの犬と呼ばれるに足る理由があったのだ。褒められると嬉しいから、ただそれだけでパラシュート降下する犬どもとは違う。
 その理由も費えた、今となってはアライアンスは砂漠を目標地点目指して全速力で走り続ける狼の敵だ。自分にとって、ひいては世界にとってガンとなるものは排除するべきだ。
 ジャウザーは逃走だけを企てていたワケではない。彼が企てていたのは反逆で、エヴァンジェを誘ったのは彼と戦いたくなかったからだ。
 ジャウザーはその若さ故に自分の理想が皆の理想だと信じている。自分と同じ理由で他の奴らだって力を貸してくれるはずだと信じている。
 羨ましいことだ。普通の人間ならそこまでバカ正直ではいられない。残ったレイヴンの力を合わせてアライアンスの壊滅を促す、なんてことは考えなかっただろう。
 ブーストを噴かして砂漠を突っ切るヘヴンズレイ、そしてそのコクピットで真っ直ぐな目をした賢しい犬が一匹。
 ジャウザーはエヴァンジェに指示された通りに持ち出したアンテナを器用にヘヴンズレイに構えさせ、角度を調整してから固定する。
 ブーストの出力を調整してあまり機体が揺れないように。
 衛星の状態を監視するだけならACだってできる。無論専用装備を必要としているが、そんなに難しい事じゃない。
 電波を飛ばして衛星の状態を探る。
 衛星はその砲台を地上に向けている。


 「うわああああ!」
 地面に落ちるのにブーストを使う奴はいない。どんなに凄い機械でも、地球上の物体としてニュートン力学の呪縛から逃れる事は出来ない。
 だから落っこちるし、その力は物凄いわけで、落ちるのに更に加速する奴は普通はいない。
 それでもジナイーダは着地の瞬間の事も忘れて機体を下に向かせて、ペダルを一気に踏み込む。元々の一G加速にその何倍かの力がかかってジナイーダはシートにピッタリとへばりつく。
 チャージに時間のかかるハンドレールガンは構えずにマシンガンをノーロックでワンマガジン分全部打ち尽くす。
 FCSの予測射撃とはまた一味も二味も違った軌道を描く弾丸は確実に後退するカラスを追い詰める。
 砂への着弾が砂塵を舞い上がらせるが、そんなの気にしない。後先考えて戦ってたんじゃ本気は出っこない。
 大地に接触する直前にやっとこさジナイーダは機体を起こして急減速。出来るだけ機体への負担を減らして着地したが、それでも負担は大きい。片ひざ付いて大仰に衝撃を無に帰す。
 ワンマガジン二十四発の弾丸をひーこら言いながら全部避けたカラスは、蛇行しながら後ろへの加速を停止して、砂の上を滑りながらOBの展開を始める。
 ――それでこそ!
 ノブレスは半分狂気、半分歓喜に満ちた表情で人間の限界を超えた喜びを体現して右レバーを思いっきり引っ張る。今跳ね落とされたときの衝撃でかるくイっちまう所だった。
「往生せいやぁ!」
 一瞬で時速八百キロを軽く超える大加速。つぶれそうになりながらもトリガーを握る手は力強い。左レバーを引き絞るとまたもや高速に高速の上乗せをした弾丸。
 もはや相手を見ていない。レーダーを見ていない。煙なんか関係ない。
 そこに感じる気配だけを頼りに突撃。野に放たれた野獣の勘はとても鋭い。勘だけでトリガーのタイミングだって決める。
 マシンガンの弾は小さく、一発一発だけでは巨大な煙に飲み込まれるだけのように見える。しかしその中にいるヤツにそれが当たるかどうかは別問題だ。
 ノブレスはもうFCSのミサイル以外のサポートを禁止していて、ばらまかれた弾だっててんでばらばらのように見えるが、それは野獣の勘に従った物だ。FCSなんかよりよっぽど頼りになる。
 二十四発はそれぞれの方向に向かって飛び出して、ある弾は雲をつきぬけ、ある物は何かにぶち当たる。
 ジナイーダだってFCSのサポートはミサイルだけ。ぶきっちょで底抜けにバカなFCSの手なんか借りなくたって、絶対手動照準のほうが信用できる。
 マシンガンのマガジンのオートリロードの遅さが鼻に付く。そうしてる間にも熱いシャワーが銀板に降りかかって溶かそうとしてくる。
 その程度で解けて割れる銀板ではないが、癪に障る。
 次にノブレスが何を仕掛けてくるかは概ね見当が付いている。当たるかどうかは運しだい、では無く絶対に当たらない。己の力への過信でなく、世界の法律だ。
 雲を割って先ほどと同じように死神をけしかけてくるカラス、真正面から何の工夫も無しに突っ込んでくるなんてバカではないか。
 バカ上等。
 問題・ノブレスとジナイーダ、果たしてどちらがバカなのか。
 模範解答は両方バカ。
 バカのジナイーダは真正面からぶつかってくる相手を真正面から出迎える。
 ファシネイターの身体を縮こまらせて、スウェーでもするように相手の懐にもぐりこむ。ミドルレンジからハイレンジを想定したストレートはショートレンジには対応できない。そこまで機械の腕は柔軟ではない。
 ファシネイターはそのまま体当たり。ブーストの力を借りて一気に相手の体に渾身の力を載せる。
 それでもOBの持つ勢いは殺せ切れずにファシネイターは吹き飛ばされた。その後をのろくさ追う様に決して追いつけない杭が必死に飛び付く。
 大してダメージもなさそうに見える杭だが、触れれば装甲が一瞬にして溶解する。カラスが右手につけているのは高速回転による熱と何だかよくわからない射出方式に支えられた、一発だけの威力としてはACの装備できる兵装の中では最もえげつない。ミサイルとは違う恐怖がある。
 銀巨人は吹き飛ばされても尚姿勢を水平に保ち続け、浮いた右足から砂についてひきずる。続いて左足。腰が引けたようなポーズのまま結構な距離を後退。
 圧倒的な力がコアに一気にかかったカラスはその場でOBを切ってよろめく。
 今がチャンスとばかりにジナイーダはFCS対応のエクステンションとミサイルを起動。十一のおちょぼ口は事務的且つ催促で口を精一杯にあけてミサイル十一連射。
 立ち止まっていたカラスはすぐにはジャンプも出来まい。
 しかし、そんなことで終わるノブレスではない。今の今までお飾りとしか思えなかった回転用ブースターの起動と一緒にまたもやOBチャージ。
 立て続け、搭乗者は自らの命の危険も顧みぬ加速で一気にミサイルとの距離を引き離した。
 とうとうファシネイターのレーダーレンジ外に出てしまう。レーダーレンジを狭めたカラスのレーダーはこの距離では使い物にならない。
 そこまで出来るノブレスはジナイーダにはとても人間とは思えない。
 それだって当然の事だ。ノブレスはレイヴンだからして人間の常識を超えていたからなんだというのだ。
 またもやカラスが半回転する。マシンガンの三つ目のマガジンの残弾表示が見る見る減って行く。
 ノブレスの狙いは至って正確、二十四発の弾丸を使って十一発のミサイルを沈めるのはなかなか出来ない芸当だ。それもこれもFCS無しだからこそ出来る技である。
 カラスのレーダーにはもう光点は表示されていない。レーダーのレンジ外に出でいて、それでもミサイルのロック範囲内。微妙な距離だ。
 ミサイルなんてどうせ捨て札でダメージは期待できない。それでもミサイルは侮ってはならないのだ。熟練者は決してミサイルには当たらないが、行動は制限できる。当てる事でなく、相手を追いかけるシステムそのものに効果を期待する。
 七つの口の底には装甲板と同じ色の闇が広がっていて、しかしその底からミサイルがせり上がる。
 そもそもミサイルしかロクに撃てないような距離でミサイルを撃ってもたいした脅威でないのだ。ファシネイターはジャンプしてアッサリとミサイルをかわす。全員同じ軌道を描いて飛んで、正直者だってバカを見て、犬が歩けば棒に当たる。
 カラスも追う様にジャンプ。双方共にまたミサイルなんて無粋な真似はしない。
 近づいて近づいてからマシンガンでの真っ向からの撃ち合い。空中で踊りながらマシンガンだけで戦うそのさまは正に決闘、なかなか見られたものでない。
 いくつもの薬莢が地に落ちて、いくつものマガジンも地に落ちる。
 同じ速度で飛ぶ弾と同じ速射性。
 実に規則的なリズムで繰り出される弾丸の起動は実に不規則で芸術的でもある。
 将棋やチェスの様な撃ち合いだった。
 相手が次に右に跳ねるか左に跳ねるか下降するか上昇するかはたまた直進か。
 コンピューターには計算できない何かを予測して、相手の機動を呼んで弾丸を撃ち込む。双方共にトリガー引きっ放しで、ありえない曲芸飛行を繰り返す。
 側転上等バック転結構。
 くるくるくるくると回りながらも相手から勘をはずさない。目よりも直感を信じて、先読みの繰り返し。
 一発一発のダメージはやはりたいしたことが無いが、消える事は無い。徐々にダメージが蓄積していくが致命傷ではない。
 そろそろ決める頃合であろう。
 パフォーマンスの時間はもう終わり。カラスの右腕が唸る。目の前の獲物によだれして歓喜の悲鳴を上げた。
 ジナイーダのパフォーマンスの時間ももう終わり。マシンガンももうすぐ弾切れで、ハンドレールガンがチャージを始めて光の粒子がいくつもいくつも集まり始める。
 杭撃ち準備からOB点火、加速までのタイムラグは今のノブレスにとって山よりも高く海よりも深い圧倒的な壁となって立ちふさがる。
 レールガンのチャージの方が早かった。
 一瞬でも、とブースターを切って、下降しながらレールガン、もちろん手動照準で、腕を狙う。
 ドミナントの手動照準はFCSより遥かに有能で、閃いた雷光は見事にカラスの右腕を吹き飛ばした。
 一瞬で金切り声も止んで切り札が消え失せるが、OBはもう止められないしこのまま止まったところで狙い撃ち。
 EN兵器であるレールガンは多分もう使わないだろう。マシンガンが弾切れを訴え始めるほどの長時間の空中戦。カラスのジェネレーターも悲鳴を上げている。
 次のOBでENチャージングが始まる。それは向こうも同じで、レールガンが撃てないならばやりようだってある。マシンガンの弾だって残り少ないだろう。
 急加速。黒い鳥のクセに青く輝く翼を背負って手加減無しの突進。弾切れのマシンガンはかなぐり捨てて、一セットしか残ってないミサイルポッドと補助ブースターもパージしてこれまでで最高のスピードを引き出す。
 目にも止まらない。
 一瞬でファシネイターに到達するはずだが、ジナイーダは一瞬に対応できないぼんくらとは違って、こちらも同じくマシンガンとレールガンを放り投げてミサイルポッドをメインサブ両方パージ。
 身体を傾けてブースト噴射方向を調節。全部のENが前方に向くようにして、余った左手を掲げるカラスに付き合って左手を掲げる。
 速度は三百キロも違うけどそのままヘッドオン、左手と左手でストレートをぶつけ合ってそのまま通過。
 銀も黒も砕けてもいいハズの左手はかろうじてコアと繋がっている。バグとアラートが喧嘩して相殺しあって悲鳴は黙殺される。
 同時のEN切れ、同時の落下、同時の着地、同時の砂塵。
 同時に片ひざを付いて同時に肩越しに振り返る。同じじゃないのは右腕の有無ぐらい。
 同じように軸足を使った回転、向かい合ってクラウチングスタートでもするように構えてスタート。
 砂を懸命に蹴り上げて、ファシネイターが腕を振り上げる。
 答えるようにカラスが腕を振り上げる。翼をもがれた鳥は意外に足が速かった。
 なかなかに不細工な格好の全力疾走でクロスコンバット。同時にノブレスがパネル上の明らかにとってつけたようなボタンを押すと、肘と両膝についていた不細工な巻き上げ機が超硬度ワイヤーを放つ。
 全て紙一重でファシネイターを通り過ぎた後に急停止して遠心力でファシネイターの身体の各所に巻きついた。
「っ!」
 これで自由な身動きは取れない。ファシネイターはサンドバッグ同然になったわけだ。
「これで逃げられないだろぉ!」
 ノブレスの度が過ぎた歓喜の表情が怖いが、対するジナイーダだって負けちゃいない。
 アドレナリンがぐんぐん分泌される脳みそは決して停止を命じない。ココで一気に止めを刺せと本能が告げるのだ。
 黒い左ストレート。ぼろぼろの腕のどこにこんな力が隠されているのか不思議になるほどの力でコアをぶったたく。
 忘れてはいけない。ファシネイターの腕はまだ二本とも健在である。その上、ファシネイターがサンドバッグになったと同時にカラスもまな板の上の鯉になっている。
 負けはしない。
 右アッパー
「ひとぉつ!」
 野獣そのものの叫びがもれる。腹のどこから出たかも解らない唸りがコックピットを支配して、戦意を煽った。
 銀の右フック「ふたぁつ!」黒の左ジャブ、ジャブ「死ねやぁ!」
 ACはもうぼろぼろで鉄の拳だけでもバラバラになってしまいそうに思える。一発一発の拳が驚くほど重い。駆動だっていつもの七十パーセントを切っている。
「みいぃぃっつう!!」
「ぬかせ!!」
 クロスカウンター。頭が吹き飛んで舞い上がる。
 衝撃一つ一つに人が何度昇天しても飽き足りないエネルギーが込められているのに、何でどっちも倒れないのか不思議に思える。最早心霊現象の域だった。
 カラスの脚のブーストのみコントロールを分離、高速のローキックでジナイーダの間接を横から蹴り飛ばす。
 バランスが崩れた。
 そんな時、広域割り込み通信の回線が開いて、回線が切り替わった小さな電子音は誰も聞いちゃいなかったが、危険を知らせる犬の悲痛な吠え声だけは染み渡る。
「――えに気をつけてください!!」
 空気を読まないアライアンスの犬が走り寄ってくる。こんなところで何をしているのか、いまさら何か言う事でもあるのだろうか。




※1 カド・リエド・リュックス・レモ・ボリス・シリー 第二次世界大戦中にパラシュート降下部隊に所属していた犬。彼らは降下した後も戸惑う事無くリーダーの命令を守り、作戦を成功に導いた。確かシェパード

※2 ボルビー中尉 死ぬまでに何と十二もの勲章をものにしたアメリカ軍将校。犬。死んだときはアメリカ国旗に包まれ、厳かに弔われた、らしい。



第四話に続く





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