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 同じ事を四回は聞かされた。目は更に見開かれ、もともとこぼれそうに見えた目の玉はいつ落ちるものかと、見ているものの心をはらはらさせている。
 そんなハゲ頭は真っ赤な顔でつまみの人工肉の燻製を噛み噛みと、「兄ちゃんよお」から始まる愚痴にも聞こえる説教を四回は述べた。
「兄ちゃんよお」
 そして今正に五回目に到達したところで、聞かされているノブレスは少なく見積もっても一回目の十倍はウンザリしている。
 手抜き工事の手本のようなスカスカであちこちに穴の開いたビルの、一階の壁をぶち抜いている文房具やなんだか八百屋なんだかよくわからないいい加減な店。
 その店の店先においてある今にも崩れ落ちそうなベンチに腰掛けたノブレスは酔っ払いの文句に気の無い返事を返しながら、空を見つめていた。
 


 いいか兄ちゃん。人生ってのはそれはそれは長いもんだ。なんてったって俺はたぶん兄ちゃんの二倍位生きてるからな。
 二倍よりはちょっと少ないかもしれんがそんな細かいことは気にしちゃいかん。
 そんなに長い間があればつらい事だってたくさんある。
 例えば俺が兄ちゃんぐらいの年だったときだ。ヤクを吸ってポリの世話になったことがある。
 中学生みたいだとお前は思うかも知れん。
 俺はその時自分に何が出来るかを真剣に考えてたんだ。パチンコでスってトトカルチョに負けてサイフは空っぽ。
 一体どうすれば良いかわからなくなってな。思わずヤクをやったら楽になれるかなとか思ったんだ。
 でもその結果がムショで一晩だ。一回も御用になったことが無いのが俺の自慢だったのに。
 だから一生懸命なやんだよ。その時にまあいろいろあって今の俺があるわけだ。
 そしてそのときの俺は何もかもを自分の責任でやった。人に迷惑はかけなかった。本当だ。神に誓って。
 なのにどうだ。今日お前は俺に何回ぶつかった?四回もぶつかった。慰謝料だって請求できるぞ。
 でも寛大な俺はそんなことはしない。なぜならお前はきっとやれば出来るやつだからだ。
 でっかくなれるに違いない。
 兄ちゃんの今が谷だとすれば次は山が来るはずだ。絶対にくる。世の中そういう風に出来ている。
 ……なあ、おい、聞いてるか。



 ハゲが赤ら顔をノブレスに寄せて疑いのまなざしをこれでもか、とぶつけた。
「やめてください、酒臭いですって」
 鼻をつまんでもう一方の手で花の前を仰いで、状態をそらして赤ら顔から身を遠ざける。
 それを見たハゲが傍らに置いた一升瓶をむんずと握って、まだ使ってないガラスのコップを持ち出して
「お前も飲め」
 一升瓶が眼前に突き出されて、ノブレスの目の前で人をおかしくする魔法の水がゆらゆらと揺れた。
 揺れも収まらないうちに瓶が傾き、コップになみなみとその魔法の水が注がれていく。
 ところでノブレスは下戸である。子供のころに一度だけ飲んだ泡の出る麦茶の味は今でも忘れない。
 苦味と苦味と苦味と苦味。
 そのときは飲み込まずにはいたけれど、今の状況ではそうも出来ない。
 ノブレスは体ごと後ずさってベンチの端まで逃げても、ハゲも体後ごとよってきて
「まあまあ、遠慮すんなって」
 精一杯の愛想笑いを浮かべながら、
「いやいや、そういうの、ご馳走になっちゃうわけには」
「まあまあまあ、気にすんなって」
 まあ一回分だけ強く誘っている。
「飲めば悩みも吹っ飛ぶぞ。向かいのじじいもウチのオニババも裏手の赤ん坊だって笑い出すんだ」
 赤ちゃんは病院に送られたが、とそっぽを向いて小声で付け加えるハゲ。
 ……赤ん坊にも酒を飲ますのか。
 内心あきれた。赤子にアルコールなど言語道断。猫だってそのぐらいは知っている、と思う。
 そして断り続けるノブリスを見かねたハゲが赤ら顔を烈火の如く燃やして
「俺の酒が飲めないってのか!」
 と怒鳴るのと店の中の「お前さん、店のモンに手ぇつけんなって言っただろ!」とベンチが悲鳴を上げるのは同時だった。
 目の前で真っ赤だった顔が真っ青になっていって、黄色があれば信号機なのに、と思ったのとハゲが短距離走の選手顔負けのスタートダッシュで店内に走り出すのも同時。
 姿勢は低くなっても、ビンとコップは傾かなかった。酒への執念もよくわかる。
 飲酒の危機はとりあえず去って、ホッと一息。頭をがっくりとうなだれて地を眺める。
 足元のあたりに店の屋根が作る影と光に照らされた所の境目がある。
 ノブリスの足は全部日陰側に入っていて、光の当たるところでちっぽけなアリがせっせと砂糖の塊を運んでいる。
 それはまるで座ったままで何もしようとしないお前が日陰者なのだ、と責めているようにも見えて逃げ場を求めるように顔を上げた。
 当然通りにも日が当たっていて、その暑苦しい中を数え切れない程の人だかりがうねうねと動いている。その人だかりは決して停まらない世間のようにも思えた。
 そんな世間の中、一瞬だけ自分を見つめる視線があったように感じたが、その感じは本当に一瞬だった。気のせいだろうか。
 世間は座ったままのノブレスを責めた。何でお前は止まってる。みんな目的をもって自分の足で歩いてるのにお前は何もしようとしない。
 そんなの知るか。
 後ろのほうで女の怒鳴り声が聞こえる。多分ハゲが女房に叱られている声。
 追い立てられたノブレスは更に逃げ道を求めて思考の海の中までもぐりこんだ。思い出だけを閲覧してとりあえずの逃げは万全。
 大昔に請けた仕事の数々を思い出す。
 難所の調査、列車の防衛、MTの排除、色々ある。
 山岳地帯の調査は非常に楽だった、その分報酬も安めだったが。剣山のようにとがった山が何本も聳え立った変な場所で、MTでは踏破出来ないほどには広く、ヘリでは燃料が足らなかった。
 遺跡がある可能性もあったらしいのだが、大昔の人もそんな厄介なところに何かつくろうとは思わなかったようである。
 次、列車護衛。
 「列車のダイヤはダイヤモンドのように固く硬く堅く、絶対に守られなければならない」という鉄道会社の意味不明の主張により、
無人兵器の掃除も済んでいないままに列車が通過することになった。
――何わけのわからないことを言ってるんだ、時代遅れのポンコツ、お前なんか特攻兵器に潰されて死んでしまえばよかったのだ。ファッキンデブめ。
 口には出さず、抗議の意思を押し隠して金のために働いた。飛来したミサイルを身を挺して守り、左腕の肘から先が吹っ飛んだ。
 次、MTの排除。
 ある研究所の正面で入り口を守るMT部隊の撃破。研究所内の注意をひきつけて、依頼主である強盗団が侵入、まんまと研究データを丸ごといただいた。
 動きが単一的、乗ってる人間もさぞとろいことだろう。皆が皆口をそろえてあれは何だACだ早すぎるあたらないこっちにくるなあっちいけ。
 まるっきり芸が無い、いくら時代遅れのMTでもまだ戦いようはあっただろうに。
 こちらの動きに全く対応しきれないまま次々と穴あきになって爆散していったMTども。そのなかで唯一、当たり所がよかったのかコクピットブロックが生きてるやつが一人。
 燃え盛る炎をバックに片方だけになった足を引きずりながらハッチから出て
 出てくる途中に機体の燃料に炎が引火、爆発。更に死体はさまざまな障害物に切り刻まれ千切れた首が中を舞ってその目は恨めしそうに俺を

 やめ。
 ノブレスは頭を振って気に入らない何もかもを吹き飛ばそうとした。棺桶乗りは何もすることが出来なくても、逃げようとしていたのだ。今の自分よりよっぽど立派なのでは?
 いらない思考が頭蓋骨の裏側で反響してどんどん不快になる。俺は悪くない俺は悪くない。俺は仕事をしただけなのだ。
 次、次のことを考えればきっと頭痛も治まるだろう。そう思ったノブレスはいつの間にか同業者の声を思い出している。
 「まだまだ!」「死にたくない!」「俺は死なない!」
 思う。そのどれにも自分は負けなかったのだ。
 「死ぬのはお前だ!」「まだ終わってない!」「貴様なんぞに!」
 思う。自分は死ななかった。  死んだのはお前らだ。俺にやられて死んだくせに人の頭に住み着いてるんじゃない。お前らなんてAMIDAのエサにもなれやしない。
 「やはりな」「なかなかやるな」「冗談じゃ……!」
 ゴミ虫め、何がやはりだ、何がなかなかだ。みんな同じクセに。皆俺にやられたくせに。
 思う。奴らの最後を作り出した自分はやはり奴等よりずっと強いのだ。
 しかしなぜその死人如きの言葉に自分は惑わされているのか。なぜやつらは最後まで抵抗していたのか。無駄なことをしてなんになると言うのか。それは一ヶ月前の自分ならば理解の出来たことだったろうか。
 幾つもの言葉が自分の周りを通り過ぎていく。一日だけでずいぶん殺した。大変な一日だった。
 そして、最後だ。

 左手を失ったACを真下に捉えて、愛機が右拳を振り上げる。
 必殺必中の杭撃ち、ジャックはまだ気付いていない。避けられるハズが無い。
 黒いマニピュレーターが更に拳を強く握り、右腕に噛み付いている杭撃ち機は甲高い唸り声を上げて獲物を見つめている。
 そしてもっと高く腕を掲げる。その時青ギツネもこちらに気付いた様だがもう遅い。それがわかっていたのか見上げるばかりで回避はしようとしなかった。
「これで、最後!!」
 自分も気付かないうちにKO宣言までして拳を打ち下ろす。
 キツネのコアに叩きつけられた拳は重さを支えきれずにバラバラになって、歯車やらねじやら折れたピストンやらを当たりにぶちまけた。
 そんな中でもかまわずにうれしそうな金切り声を上げていた杭は、獰猛な瞳を輝かせてコア斜め上から飛び込んだ。装甲を食い破り、回路とさびを舐め回し、道を作り続ける。
 ジャックは確実に死ぬ。助かる道なんて残されていなくて、命乞いなんていまさら無駄だ。なのに急に割り込み回線が開いた。
 一秒が百日にも百年にも百万年にも感じられる。呆けたような顔をして百万年ボーっとしていた。百万年もの長い間、世界は静寂に包まれている。
 特攻兵器に逃げ惑う人々の悲鳴もその爆音も機体の駆動音も、風に身を千切られた雲は文句も言わずに流れ去り、太陽はお前等なんて知らんとでも言うように雲の隙間に隠れてしまっていた。
 心臓の音だって聞こえない。そんな中

 『……礼を言う』
 


 「すまんかったな兄ちゃん」

 声が重なって、ハッと顔を上げた。
 思考の深海から無理やりに引っ張りあげられて、地上との圧力差のせいで何も聞こえなくなった。人ごみは止まらない、音も無いのに世界は動き続けている。
 また百万年過ごした。
 百万年は一瞬である。
 溜め息をついた。
 そして、隣には頭をぽりぽりと掻きながら困ったような笑いを浮かべつつもしっかりと酒瓶とグラスだけは持ち続けたハゲがいる。
 体中から水を滴らせている、たぶん水をぶっ掛けられたんだろう。酔いには効果的らしい。グラスの中の酒は水割りになっている。
 顔色は肌色に戻りつつあるが、まだまだシラフには程遠い顔でハゲがグラスの水割りを一気に飲み干す。
 カーッ、と酒臭い息を吐いたハゲはグラスとビンをそっとベンチの上において、座っているノブリスの手をとった
「兄ちゃんに見せたいものがある。ついて来い」
 でかい手でもみじのようにちっこい手を握り締める。その手のひらは温かい。
 そして引っ張る腕はとても力強い。
 ハゲはノブレスが立ったのも確認しないで、ノシノシと歩く。
 大根のように引っ張られながらも、なぜか安心してしまったノブレスは後ろに「ちょっと! お前さん!!」を聞いたが黙殺する。
 なぜか笑いがこみ上げる。沈んでいるくせになぜか笑いたくなって、そしてなぜか笑ってしまったら負けだと思った。
 結果できあがった表情は福笑いのようにアンバランスで、見ている方もおかしくなってしまう。
「どこへ行くんです?」
「いいところだ」
 五十歩歩いてハゲが急停止した。九十度左に回り、簡易テントで商売をしているヤツに声をかける。
「いよお、ガリ。景気はどうよ」
 声をかけられたターバンの黒人はその名の通りのガリガリで、骨と皮しかないように見える。どこからどう見ても不健康そのもので、見ているほうは少し引いてしまう。
 頭にやたらでっかいターバンを乗っけている。なんだかずいぶん重そうで、首が震えていた。
 「やア、ハゲじゃないノ、こんなとこほっつき歩いてたらあとで嫁さんがひどいんじゃないノ?」
 奇妙なイントネーションがかかったしゃべり方で、ヘリウムガスを吸ったような声。おまけに頭に乗っかってるのは白いウンコ。
 テントから三歩はなれたところでノブレスは愛想笑いした。
「で、景気は?」
 ハゲがもう一回たずねると今度はガリのテントのそのまた両隣のテントから二種類の声がハモる。
「ボチボチだよ」
 右のテントから寄ってくるのは無精ひげの似合っていない豚だった。もとい、豚にしか見えなかった。腹の中には何が詰まっているのだろうか。
 左から寄ってくるのはバスケの選手みたいな変なヤツ。皆変と言えば変なので、それはそれは変な表現ではあるが、とにかく変なヤツだ。たてと横のバランスがおかしくて爪楊枝にも見える。
 二人とも自分の店をほったらかしにしてガリのテントであぐらをかいた。そして、日陰に座る三人も同時に尋ねる。ブタなんかはノブレスに指まで指している。
「誰」
 ハゲが手招きした。そんなハゲの後頭部は太陽光を反射して見事に光っている。
 ノブレスは愛想笑いを浮かべたまんまテントの前までよってきて、ハゲに頭をなでられた。
 ハゲの手つきが乱暴で髪の毛はグジャグジャになるし頭を抑えられるの自体気に入らないが、黒いのは腹のそこに放り込んで蓋をした。
「今俺が道案内をしてやってるんだ。……そういや名前聞いてなかったな、お前名前は?」
 ノブレスはお尋ね者だ。アライアンスに引き渡せば一生遊んで暮らせるかもしれないような金が手に入る。
 それに目の前のハゲとその仲間達とやりあって勝てる気などしない。
 ハゲの腕はぶっとくてその拳は何でもかんでも砕いてしまうだろうし、脚もまたぶっとくて揺らぐことなどありえないだろう。堅そうな筋肉には銃弾が通る気がしない。
 偽名を使うのは当然だ。
「ノ……エイリアスです」
 ブタと爪楊枝が顔を見合わせて
「通り名(エイリアス)?変な名前」という顔をした。
 その後、ハゲ達四人はすぐにノブレスの事をほっぽらかして雑談に入る。やれ行商隊は何時になったら来るだの客にカワイコちゃんがいただの。
 ノブレスはガリの露店の商品を見つめる。木彫りの熊にライオンにペンギンもある。
 ふかふかした体毛や雄雄しい鬣まで精巧に掘り込んであって、作る人間がどれだけこの細工に入れ込んでいるか察せられた。
 その中でも一際輝く。
 それは空を向いている。嘴を突き出して、上だけ向いて、体の何倍もありそうな翼を広げたワシ。木彫りなのに妙な存在感がある。
「これ、あなたが作ったんですか?」
 ワシからどうしても目がそらせない。ニュートンを裏切った自然界は不思議な力場を作り出している。心までもを巻き込んだ。
 ガリは照れたように笑って、
「皆とおんなじ様に呼んでくれよ」
 その後にどう見たって健康体そのものな笑顔で、
「気に入ったんなら譲ってやるよ」
 ノッポがクセの入ったアメリカ笑いで細い背中をバンバンと叩いた。
「よりによってワシを欲しがる奴がそういるかよ!」
 細い目を更に細くしてデブ
「わからないよ。まだ五人残ってるじゃない。……それよりさ、噂聞いた?」
 ハゲブタ楊枝が揃って
「噂ぁ?」
 デブの声は鼻から空気が抜けるような音が混じる。どこか得意げでいる。
「ジナイーダがエヴァンジェにやられたってさ」
 聴いた瞬間にノッポが顔を抑えてのけぞってぶっ倒れてうめいた。泣き声にしてはずいぶんと太い声。通りを横切る人の何人かが振り返った。
「サイフ丸ごとかけるやつが悪いんじゃねえかよ」
 この地域では銀行なんて無い。
 理由はもちろん他人は信用できないからだ。儲からないのだ。金庫なんかも売っているが、バカみたいに高い。金を入れる容器を買うために入れられる以上の金を払うやつはどこにもいない。
 そういうわけで、この地域の人間は全財産サイフに突っ込んでいる。サイフごとかけたというのはつまるところ一文無しになる可能性だってあると言うことだ。
 ノッポは明日の朝日さえ拝めないかもしれない。
 ふと気になったノブレスがノッポのテントを眺めれば、品物の置いてある台から何かを引っつかんで走り去る子供の姿を見ることが出来た。
 ハゲはノッポを楽しさ半分の顔で哀れんで、汗でびちゃびちゃになったタオルを丸めて、わめき続けるノッポの口に突っ込んだ。
「メシ代ぐらいはおごってやるよ」
 ブタが
「といちだけどね」
 言った直後にノッポのあごは内容量過多により外れて、ノッポは物言わぬオブジェとなった。
「あの、賭けってなんです?」
 話半分に聞いていたノブレスが小さく右手をあげて誰かが答えることを期待する。
「最後に残ルのハ誰カって言うトトカルチョだヨ」
 イントネーションが耳障りだった。わかりやすい説明だったが、物分りの悪そうな顔は何もわかってない表情でうんと頷いた。
 それでも、一つだけわかったことがあった。
 ハゲが言う。
「俺はノブレスに賭けてんだ」
 変な感慨があった。
 ――この人は俺に期待している。





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