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 ピンチベックがファシネイターのコックピットにブレードを突きつける。
 どんなにブレードの射程が短いと言っても、ゼロ距離なら避けられるわけがない。
 もう勝負はついている。ファシネイターにはきっとこの状況から抜け出す術は残っていないと、カドルは確信している。
 ロケットもミサイルも、倒れたままの姿勢では当てることは出来ないだろうし、ファシネイターが動きを見せた瞬間にブレードはきっとコックピットを焼き尽くす。
「もう、抵抗することもできんだろう」
 今、カドルの手の中には間違いなく卑怯者の心臓が握られていた。
 そして、それを潰すのも捨てるもカドルの意思次第。まるでカドルは神にでもなったような気分で銀色のACを見下ろした。
「言い残すことはあるか」
 死刑囚にだって遺言を残す権利ぐらいある、
「燃える街で、お前は何をした」
 カドルには質問の意図がなかなか読めないで、しばし記録の海の中を彷徨った。
 「燃える街」とは一体どこの事なのだろう。心当たりがありすぎて見当もつかない。
 猫に追い詰められたネズミが怒りに震え、唸る様な声で通信機につばを吐いた。
 低い声はコックピット内で跳ね返って、妙な音を作った。
「街を襲った試作型AMIDAの群れ、燃え盛る街、昔、私と母さんとそしてお前も住んでいた街で一体何をした。忘れたとは言わせない」
 忘れたと言ったらどうだと言うのだろう。ネズミ如きに一体何ができると言うのか。
 何も出来やしないのに唸ってばっかりいるのは臆病な証拠だ。きっと
 しかし、ならば多少の情けはかけてやろうと思う。どうせ後一分もない命だ。冥土の土産ぐらいはくれてやっても罪にはならない。
 どの燃え盛る街でもカドルは同じ任務を請け負っていた。どの街でも、対象の種類がどう変わろうとも、いつでもカドルの仕事は『害虫』駆除だった。
 どこにいたって、世界を守る管理者であるアライアンスに楯突く害虫の相手をしていたのだ。
 だから、正直に答えた。
「害虫駆除だ」
 カドルが負け犬に伝えなければならない言葉はそれだけだった。
 追い詰められたネズミは猫を噛む。追い詰められれば臆病者だってその心を熱く燃やす。
 その上、カドルの見下したような目と口調と、母への侮辱はジナイーダにもう一度火をつけた。
「ゲス野郎め!」
 ジナイーダは涙目で肺の中の空気を全部吐き出す。
 大音響がコックピット中に満ちて、
「だれがゲス……っ!」
 音があっちこっちに跳ね返るのと一緒にピンチベックのレーダーやFCS、さまざまな電子機器が何かに侵すれていく。
 アラームがけたたましく泣き喚いて危険を知らせたけど、カドルの耳にその音は届いていない。
 カドルはコンピューターと一体になっている。だから、コンピューターが侵すされるのは直接心を侵されるのと同じだ。
 激しい痛みは脳みそを引っ掻き回して、痛みが通った後は動かなくなった。ろくに考えることが出来なくなった。
 カドルは片手で頭を抱え、もう片方の手でレバーを握り締めるが、ひどいめまいがその視界そのものを跳ね除け始める。
そして激しい吐き気を全部飲み下して
 ファシネイターが右足を限界まで縮めて、ためた力全てでピンチベックを蹴り飛ばした。
、吐いた。カドルは嘔吐感まで征服しそこねた。コックピットが胃液まみれになってしまう。
 ピンチベックはオートバランサーに支えられて、数歩下がったもののなんとかすっ転ぶのだけは防いだ。
 最小限に押し止められたけども、決して小さい隙じゃなかった。
 その隙の間にファシネイターはマシンガンを投げ捨てて、上半身を回転させ、その勢いを使って左拳で地面を叩いた。
 回転しながら機体全体が宙に浮いて、もう一度腰を回して上下半身の軸をそろえてブースターに火をつける。機体を水平にして着地した。
 カドルは揺れる視界の端っこに赤い小型の機械を見つける。頭痛を作り上げた張本人は血のような赤い色をしていた。
「ジャマーか!」
 カドルにとって、今感じてる痛みはそれはもう地獄の苦しみだった。頭の中を引っ掻き回されるのなんて初めてだった。
 カドルはもう人としては狂っていたけど、このままジャマーを放って置けば完全に壊れることになってしまう。それは耐え難い。
「ああああああああああああ!」
 サルのように絶叫なんだか雄叫びをなんだかわからない叫びを上げながら、ピンチベックを一直線に走らせる。
 今、カドルの目はジャマーにだけを見つめていて、それ以外は全然見えていない。
 ファシネイターの事はすっかり頭から抜け落ちていた。
 ノーマークのファシネイターは悠々と自分の倒れていた方向を向いて、目の前にピンチベックが滑り込んでくるのを待った。
 そして、おもむろにロケットを二発撃つ。
 コンピューターを積む事を考えて設計されているミサイルと違って、その体一杯に火薬を詰め込んだロケットは破壊力がミサイルとは段違い。
 迷うだけの頭を持たないロケットはその一途さによって、ジャマーを潰そうと左腕を振り上げたピンチベックの左腕と頭にもろに当たった。
 ピンチベックの左腕の肘から先と頭は粉々に砕け散って、役割を完全に終えた。振り下ろされた左腕は拳を失っているせいでジャマーを捉えることが出来なかった。
「クソッ」
 わめいたカドルはすぐにアクセルを踏んでブースターを全開にする。ピンチベックはジャマーをひき潰しながら全速で前進する。
 痛みが消えて、FCSが作動するようになっても、レーダーの機能が回復する事はなかった。そもそもレーダー自体がもう無くなっている。
 空間把握のほとんどをレーダーに補ってもらっていたカドルは、補助をなくしたことでむやみやたらに大きい不安を手に入れた。
 目の前しか見ることが出来なくなって、パニックに陥る。
「管制室、聞こえるか!? すぐに援護しろ!!」
 カドルは力の限りに叫んだけども、管制室には今一人しか人がいない。
 その一人もモニタリングの作業に没頭しているし、コンピュータのセキュリティーシステムは弾薬を節約するよう設定されたままだった。
 だから援護射撃は申し訳程度のものでしかなかったし、そんな弾をジナイーダが避けられない筈がなかった。
 ファシネイターは身動きが取れないでいるピンチベックに組み付いて、振り回してから援護射撃を放つ砲台の方に投げ飛ばした。
 ピンチベックはファシネイターのなすがままに振り回されて、放り投げられて、味方の援護射撃が右ひざを直撃した。
 援護射撃はファシネイターを狙ったものだったが、コンピューターは対象との間に味方がいても、発射のリズムを変える事はしなかった。
 そのせいで弾丸は味方に当たってしまう。
「管制室! ちゃんと援護しろよ!」
 文字通りにピンチベックの膝は砕けてピンチベックはバランスを無くしつつあった。
 それでも卑怯者にバカにされたままで終われるか、とカドルは残り少ない根性を振り絞って今選べるなかで最もよいと思える選択肢を選んだ。
 ピンチベックは完全にこけてしまう前にブースターのリミッターを破壊して、後ろに向けて動き始める。
 普通ではとても考えられない過剰なエネルギーは、ブースターそのものまで壊し始めて、ブースターは普通ならありえない所からも炎を吹き上げた。
 時を同じくして、両肩にぶら下がった黒い筒がその身を持ち上げて、ピンチベックの肩を支えに砲口をファシネイターに向ける。
 それから一秒も立たない間にブースターが爆発したけれど、ピンチベックはそれまでに手に入れた推進力で管制室付近の壁まで砂塵を巻き上げながら一息に後退した。
 ピンチベックはOB並みの衝撃で背中から塀に叩きつけられる。背中から突き出たグレネードの給弾装置がひしゃげたけど、塀に寄りかかってバランスをとる事はできた。
 ピンチベックが反撃をすることが出来ない内にファシネイターは邪魔な援護射撃をとめるべくレールガンを掲げた。
 三本の柱の間に何本も電光が走って、交わって、少しづつ大きくなって。光は管制室があると思われる場所に向かって一直線。
 一瞬でそこまで到達した光は刹那のうちに管制室の中にいた一人のスタッフと中央コンピュータとを焼き尽くして、灰にした。
 司令塔を失くした砲台はがっくりとうなだれて機能を停止する。
 ピンチベックは残された右腕が握り締めるライフルを放り投げた。
 今、カドルが必要だと思う武器は高火力の武器。ファシネイターを一撃でガラクタに変えられるだけの威力を持った武装。
 当たっても、一個限りの穴しかあけられないライフルは必要ない。
 コア下腹部の射出口がスライドして、中から小型のグレネードが射出され、勢いを殺すために右手は肘をしならせながらグレネードを受け取った。
 カドルは死にかけたモニターを睨みつけて、目の前の細っこくて殴れば折れてしまいそうな銀色のACを凝視した。
 ロックオンマーカーが緑色に輝いて、カドルが歯を剥き出しにして満面の笑みを浮かべる。瞳の色は狂人のものになり、涎を撒き散らして全力でトリガーを引き絞った。
 FCS単体では左右両肩と右腕の武装を同時に処理することは出来ないが、カドルの脳がFCSの処理をサポートして処理速度を引き上げることにより、同時使用も可能になる。
 処理速度が上がれば上がるほど、カドルの脳細胞は破壊されていった。
 計三丁のグレネードがファシネイターを見つめる。
「さっさと死ねぇ!」
 裏返った声を合図に圧倒的な量の火薬がいっせいに撃ちだされる。
 弾が飛び出すごとに機体に大きな負荷がかかって、軋む。壁を背にしたピンチベックは衝撃を空に逃がすことが出来ない。
 ファシネイターに襲い掛かる火の雨は一発一発がACをガラクタにすることが出来るだけの火薬をつんでいて、ジナイーダは回避に余念を持ち込めない。
 しゃがんで一撃をかわし、脚部のバネを使ったジャンプで二撃目をかわす。ファシネイターが立っていた地面は爆発に大きくえぐられた。
 絶え間のない射撃は空中を飛ぶハエだって目ざとく狙う。
 ファシネイターはブースターを吹かして更に高く、太陽に向かって飛ぶ。火の玉がつま先をかすめた。
 銀のACはたくさんの炎を紙一重でかわしていく。足を振り回して、わざとバランスを崩すようにして、姿勢制御の動作で。
 拳でハエを落とすのは通常は不可能で、それと同じようにグレネードでファシネイターを捉えることは不可能のように思えた。
 そのとき、ブースターの出力を調整して、ファシネイターは大地に接触するべく高度を下げるファシネイターのカメラがあさっての方向にすっ飛んでいく火弾を見た。
 火弾はファシネイターが着地しようとしている地点に向かっていて、それにジナイーダが気付くのが遅すぎた。火弾が生み出す爆風に機体が煽られて大きく姿勢を崩す。
「っ!」
 砕けそうなほどに歯を噛み締めて、一瞬だけ死を覚悟する。次にはグレネードの直撃弾が飛んでくるはずで、それに当たればジナイーダの命はない。
 目蓋の裏で、風に煽られ、手と足と首が千切れて飛んでいく母の姿がフラッシュバックした。
 さっきまではなんともなかった手の平に激痛が走る。
 痛い。
 皮膚の向こうの肉はまだ焼けてはいなくて、そのことについては幸運以外に言いようも無かったけど、皮膚がはがれる痛みはジナイーダの人生の中でもダントツで一位をとることのできるものだった。
 皮のなくなった手のひらは鮮やかなピンク色だった。
 鮮やか過ぎて、それが逆に不気味で気持ち悪くてたまらない。血管が肉の下でうごめいていた。
 ジナイーダは絶望的過ぎる状況にとうとう我慢し切れなくなって生まれたばかりの子供みたいに泣き出した。
 「アアァッァッァァァ……」
 肺に残った酸素も少なくて、叫びも尻すぼみになってすぐに消える。
 血まみれの両手で顔を覆うと、涙がいくらも溢れてきた。
 ――んなときにカ。
  
 頼れる相手なんてもう残っちゃいない。自分だけで走らなくちゃならない。もっと速く、もっと強くなって。
 誰に頼らなくても、この世界で生きていけるだけの力を手に入れるのだ。
 だから、死ねない。死んだら生きていけなくなる。
 もっと生きて、生き続けるために強くなるんだ。
 だからまだ
「終わりになんか……してたまるか」
 かさぶたでガサガサになった手の平でレバーを撫でて、瞑った目を見開いてからフットペダルを力いっぱい踏み抜いた。
 
「さっさと死ね、死んじまえよ!」
 狂気に染まっているはずの顔は、どことなくおびえているようにも見える。
 それは当然だ。今カドルが感じているのは脅えだからこその狂気。
 我知らずの内にトリガーを引く指はリズムを持つ。
 そして、モニターの向こうでは今、一発の炎がファシネイターを捉えようとしているはずだった。
 でも、あっさりとかわされた。
「なんで!?」
 ファシネイターは仰向けのままブースターを吹かして、ピンチベックとの軸線をずらす。弾丸をかわしきったところで上半身を折ってバランスをとって着地した。
 必中だと思っていた弾丸がかわされた上にグレネードの残段数表示が心許なくなってきていた。
 カドルの額にいやな汗が居座っていて、そいつは際限のない不快感をカドルに与えた。トリガーを引く指のリズムも少しづつ狂いはじめていた。
 機体のどこかで金属同士がぶつかる無粋な音が響く。同時に立ての振動がコックピットを襲って、発射される弾が少なくなったが、混乱するカドルはそれに気付けなかった。
 ファシネイターはそのまま直進すれば間違いなく火球の直撃を受けるコースでブースターを吹かし始めた。
 それを見たカドルは顔を笑みの形に歪め始めたが、やはり思う様にいくものじゃない。
 ファシネイターは火弾にぶつかる直前にミサイルとロケット、エクステンションまでもパージ、一気に速度を跳ね上げて直撃コースを回避した。
 カドルの笑みが凍りつく。
 銀色のACは青い尾をちらちらさせながら、肩先をかすめるグレネードには目もくれずに光の足跡を引く瞳でピンチベックを睨みつけた。
 ジナイーダもカドルを睨み付け、トリガーを引いた。
 迸る電光はピンチベックの右腕を叩き壊して、生まれた炎が握り締めたものと肩に背負うもの、二つのグレネードまでも巻き込んだ。
 わずかに残弾を残したグレネードはやり過ぎるほどの爆発を起こして、千切れた砲身と指が宙に舞った。
 爆風でピンチベックは塀に体を押し付けられ、左肩と塀の間にはグレネードの給弾装置があった。
 ひしゃげた弾丸の内からバカでかい産声が聞こえる。
 巨大な爆発が作り出され、コックピットは炎に両側から挟みこまれる形になり、その炎はまだまだ大きくなる。
 コックピットも強度を上回る熱と力には逆らえずに少しづつ変形していく様を見つつ、カドルは自分の思い出を踏みにじった無礼者を憎んだ。
 その無礼者に命を奪われるのはどうしようもない不快だ。
 死にかけたモニターの向こう側で銀色のACのコックピットが徐々に開いていくのが見える。カドルは最後に、自分を殺した人間の顔を見ていこうと思った。地獄まで恨みを持って行ってやろうと思った。
 そして、細められた目が現実を見て、大きく見開かれる。
「そんな、バカな……」
 膨れ上がる炎がコアにも伝染して、コアの内から火と風が巻き上がり、その火と風が全部を一緒くたにしてばらばらにした。
 
 
 まだしばらく感慨に浸っていたかったけども、いやみったらしく吹き続ける風はそれを邪魔した。
 風は頬を撫でて、髪を連れて行こうと引っ張る。さほど強い力でもないが、少しだけ面白くなかった。
 ジナイーダは神経のほとんどが死滅した手のひらを見つめる。目の前の障害を打ち倒すために手に入れた力は、その障害がなくなった今も力を手に入れたことによる代償だけは残して行った。
 それでも、死ぬよりはマシだと思える。AMIDAと対峙したときに死を選ぶことも出来たけど、傷を負ってでも生きていたいとジナイーダは思った。
 傷を負い続けるのはイヤだけど、死ぬのはもっとイヤだと思った。
 ジナイーダはきっと今日のことを何度も思い出すし、夢にだって見る。それは見ようによっては傷になる。そしてそれはきっと親の仇を討つために手に入れた力による代償だろう。
 仇を討たないでいる道もあったのかもしれないが、ジナイーダは親の死を受け止めるだけで何もしないのは人を捨てることと同じように思えてならない。
 結局、ジナイーダは人として生きるために仇討ちの力を手に入れた。そして、この先生きていくにはきっともっと多くの力が必要になる。
 その上でその力はもっと多くの傷を作り続けるだろう。
 ジナイーダは可能な限り生き続ける道を選ぶし、そのためには傷を負うことも辞さない。可能な限り強くなるのだ。
 拳を握り締めて、地平線の向こうを見つめたけども、そこは灰色と茶色の境目もわからない地獄の果てだった。きっと人類の未来の色なのだろうと思う。
 風が頬をなでて髪を連れて行こうとする。決して強い力ではないのに、何故だかジナイーダは面白くは思えなかった。
 
 「任務、完了」




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