※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 どんな歩き方をしようとも、安物のタイルはたった一歩の足踏みすら見逃さない。
 融通の利かないタイルはその生真面目さで歩く人々を不快にさせる。
 ただ歩いているだけなのに、警報の代わりにだってなれるぐらいに、タイルが喚く。敵と見方の区別も出来ない警報装置にどれほどの意味があるのか。
 何よりここより上のフロアにはタイルよりもよほど頼りになるガードマシンがひしめき合っているし、天下のアライアンス本部に殴りこみに来るやつもいないだろう。
 ただ一本、一方通行の通路はモリ・カドルには自分で選ぶことが出来ない運命そのものに見えた。
 自分がこの道を歩くことを決めたのはもしかしたら自分じゃないかもしれないと思う。
 しかし、足を止めない事自体はカドル自身の意思であり、カドルはそのことに誇りを持っていた。
 今、彼の目の前に提示された運命はある人物の抹殺という形で、カドルの目の前に姿を現した。
 対象の名は懐かしい恋人のそれであったが、カドルは確信している。ジナイーダがレイヴンになろ
っている筈がない。    命令書に書かれた名前は偽名でしかなく、そのレイヴンは自分の名前をも隠そうとする卑怯者なのだ。



 週刊誌の、漫画雑誌の、そして今ちょうど新聞のジノーヴィーに関する記事を切り抜き、その記事の全てをホッチキスで一まとめにする。
 一まとめにした記事の大きさは全部ばらばらで、記事の束はとても不細工な物だったが、カドルはそんなことは気にしない。
 連戦連勝、無敗の帝王、向かうところ敵なし。それらの煽り文句の全てが、ジノーヴィーに憧れ、強くなりたいと常々思い続けるファンには特別に見える。
 きっとこれらはジノーヴィーのためにある言葉なのだと、カドルは腕を組み、鼻の穴を膨らませてウンウンと頷いた。
 カドルが座るデパートで廃棄処分寸前だった超安物のソファーの後方にはキッチンがあり、キッチン内ではもうもうとほこりが渦巻いている。
「カドル、どうして二週間でパンがこんなにカビまみれになるのよ!」
 恋人のジナイーダはカドルが家の掃除を手伝わないことに腹を立てているようで、大声を張り上げるが、ほこりを吸ったのか
「ゴホッゴホッ」
 手でほこりを払いながらリビングに駆け込んできた。手にはカビまみれのパンを持っている。
 真っ白なエプロンとマスクとバンダナがジナイーダをまるで給食の当番のように燦然と輝かせていた。意外と似合っている。
 それはそうと、パンのカビの生え方が尋常でなく、ただカビが生えただけのパンならいくらでも見てきたカドルも異臭とその不気味さから逃れようと後ずさってソファーから落ちた。
 パンは紫色一色に染まっていて、元が食パンであったことはそれを三週間前に買ったカドルと二週間前に確認したジナイーダだけが知ることの出来る事実である。まだ賞味期限は切れていないが、どう見たって食べられたものではない
「これはすごい」
 あまりの迫力に思わず息を呑む。ジナイーダは異臭に耐え切れないようで、鼻をつまんでおまけに息まで止めていた。その顔色はカビの色に負けじと紫色に近づいていく。
「写真」
「ん~?ん、ん~!」
 まるで理解できない言葉だがカドルにはわかる。なにしろ恋人である。親の次に彼女のことを知っているのである。
 彼女はきっと「写真?んなものどうするのよ」と。
 カドルはジナイーダがもう片方の手にビニール袋を持っているのを見た。
 その瞬間に大事なことだけはいつまで経っても覚えない、脳内の有機回路は目にも止まらぬ速さで高速演算処理を開始する。
 ジナイーダはきっとビニール袋にパンを詰めた後ゴミ箱にダンクシュートするだろう。
 ゴミ箱に入ったゴミ火曜と金曜にゴミ捨て場に出されてゴミ収集車に乗せられて、焼却場で地獄の業火に焼かれることだろう。
 そんなのとんでもない。これはきっと古代地球語で言うところの「ギネス級」というやつに違いない。
 時は一刻を争う。カドルが写真に収めるのが早いか、ジナイーダのダンクシュートのほうが早いか。
 カドルは日ごろ使わない筋肉を総動員して立ち上がると同時にダッシュ。一ッ飛びで元高級ステレオの頭に乗っかったカメラを引っつかんでターンする。
 信じられない運動性能を発揮して反転したカドルは紫色の顔をしたジナイーダがビニール袋を広げるのが見える。
 そうはさせるか。全速前進、もっと肉薄して渾身のシャッターを切るのだ。
 肉食獣の瞳をぎらぎらと光らせ、カメラをしっかと胸に構え、踏み込みは強く鋭く、
 紫色のバナナを踏み抜いた。 



 パンが紫色でも空は青い。ギネス級の秘法をめぐって行われた悲しい戦争の結末もまた、大空にしてみればちっぽけなものだった。
「これ以上部屋を汚くしてどうするって言うのよ」
 ブツブツ文句を言いながらゴム手袋をはめた手で昔は黄色であっただろうバナナの化石を摘み上げた。歴戦の勇者だって人に忘れられれば錆びついていくのだ。
 カドルはやっぱり手伝おうともしないでニヤニヤしながら束ねられたスクラップを眺めていた。
「ちょっと、手伝いなさいよ!」
 カドルの耳にはもはや誰の声も聞こえない。それほどまでに集中して記事を読んでいるのか。そんなに熱中してしまうほどジノーヴィーというやつはすごいのか。
 今のジナイーダには死ぬまでに自分がそれを理解できるとは思えなかった。そんなことより目の前の汚れに汚れたカドルの部屋の方が数万倍も重要な問題である。
 ところで、カドルの部屋がここまで汚れているのはカドルが何日も家を空けているからで、家を空ける原因になったのはやはりジノーヴィーである。
 どうもかなり遠くの方でジノーヴィーの試合があったらしくて、それを見に行っていたらしい。二週間も。
 数分で終わってしまう試合を二週間もかけて見に行くカドルの気持ちは今の自分には死ぬまでわからないんだろうな、とジナイーダは一人ごちる。
「勝ったの?」
 カドルは勝敗という単語に敏い。なぜだかは知らないがとにかく「勝敗」「ジノーヴィー」、もしくはそれに準じる言葉を使えばカドルの気を引くことは出来るのだ。
「へ?」
 気を引いてから改めて質問。初めから質問をぶつけてもジノーヴィーに関することなら答えたのだろうが、「勝敗」ならまだしも「ジノーヴィー」で気を引くのは嫌だった。
 「ジノーヴィー」に反応するカドルを見ると自分の事などどうでもいいのではないのかと思えてしまう。
 でも、会話にならないよりはましだと、「ジノーヴィー」を口にする勇気を肺からひり出した。
「ジノーヴィー、勝ったの?」
 声は不機嫌そうなイントネーションで発せられてしまう。ジナイーダが望んだことではないが、カドルに不快な感情を見せる自分はもっと望んではいない。
「勝ったよ」
 カドルは簡潔に、会話がそこで終わってしまうように答えてから、すぐに雑誌の山の下のほうから新しい雑誌を引っ張り出す。崩れた本の山は眠っていた埃をたたき起こして宙に舞わせた。
 掃除機の駆動音だけが場を支配する。会話が続かないと気が滅入ってしまう。
 そうなる前に何とか頭の中から話題を引っ張り出すよう勤め、これだ、と思える話題で切り込んでみる。「ジノーヴィー」も「勝敗」も使わない真っ向勝負である。
「ねえ、お母さんのね」
「うん」
 気のない返事。負けは決まっているのかもしれないが、簡単に負けを認めるわけにはいかない。実際、伝えておかねばならないことのひとつではある。
「体調がよくないんだけど」
「うん」
 やはり気のない返事。
 身内の病状にかかわることならば、カドルもまともに取り合うかもしれないと思っていたが駄目だったようで、残念ではある。
 でもまだ母の病状は一刻の猶予もないという程に追い詰められているわけでもなく、実のところを言えばこのごろは以前よりも調子がいい。
 病気がちなため、普通の人よりも体調が悪いのはいつものことである。重要な問題でないといえばそうなのだ。
「昔々ある所におじいさんとおばあさんが」
「うん」
 三度目の返事を聞き届けたジナイーダは無言のままスイッチの入ったままの掃除機をバッターのように振りかぶる。一呼吸おいてから
「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」
 死刑囚にだって遺言を残す権利ぐらいある。しかし権利はあっても、それをどぶに捨てる人間だっている。
「うん」
 部屋中に中身の詰まってない何かを思い切りひっぱたく音が響いた。ソファーがぶっ倒れて、倒れるカドルの足がテーブルを引きたおす。
 テーブルの上から連戦連勝、向かうところ敵なしの無敗の帝王が束になって落っこちて、その上には一枚の写真がひらりと降り立つ。
 その写真には満面の笑顔のカドルとジナイーダが並んでおり、二人に挟まれるように車椅子に乗った女性が写っていた。 



 「ジナイーダ、聞こえていますか、ジナイーダ?」
 オペレーターの声に気持ちのよい眠りを邪魔されて、少々不機嫌なジナイーダはコンソールパネルを乱暴に叩いてスリープ状態に入っていたコンピューターをたたき起こした。
「すこし寝ていたらしいな。夢を見ていた」
「夢?」
 ジナイーダは無言で頷く。通信機の向こうには映像は届いていないのでその行動に意味はなかったはずだが、オペレータは何かを承知したようで、多くを聞こうとはしない。
「何分ぐらい停まっていた?」
 通信機の向こう側から聞こえてくる声は事務的で冷たかったが、伝えてくる情報に間違いは無く、
「五分と少し」
 事務的で冷たいからこそ正確なのかもしれない。そして、だからこそ今最も信用できるもののひとつなのだ。
 それにしても懐かしい夢を見た。あのころは幸せだったと、あのころに戻りたいと一瞬だけ考えて、一瞬後にはかぶりを振ってそんな自分を否定していた。
 カドルは敵、母を奪った。
 口の中で繰り返し呪詛のようにつぶやく。
 けだるい体はまだ重たかったが、我慢しないわけには行かない。
 ひらげた手の平は薄いかさぶたに覆われており、ピンク色の肉の色がわずかに透けて見えていた。このきれいな色の手はジナイーダが前に進むために手に入れた傷で、今日に至るまで挫けそうになったジナイーダを何度も奮い立たせてきた。
 たった半年前、目の前の障害を押しのけるために手に入れた力の代償は、半年過ぎた今もこの世の摂理をジナイーダに教え続ける。
 手の平を握り締め、拳を作り、フットペダルを踏み込むと、出来のいい機械音声が
「エコノミーモード解除」
 平坦な声で告げてから機体が振動して熱を持ち、一歩一歩を確かに歩き出した。
 レーダーを確認したジナイーダは今、敵がMTだけであるという情報を、疑ってかかっていた。
 確かに、今まで遭遇してきたのはMTだけだったが、扉の向こうにACがいないとも限らない。
 それでも今は前に進む以外の道は用意されていない。迷うだけ無駄のハズだ。 



 カドルが引き当てたバイトは今の時勢ではありえない位、いや、それどころでは無く、どんな時勢でもありえないぐらい羽振りがよすぎた。受ける前に少しぐらい依頼主を疑うべきだった。
 今、その疑いを知らないウスラトンカチは口を横線一本にしか見えないぐらいに固く結んで、安っぽいタイルを踏みしめていた。
 カドルは町外れに一般市民には内緒の秘密結社の秘密基地があるなんて考えたことがなかった。秘密でなければ秘密基地なわけはないが、とにかく考えたことがなかった。
 存在が秘密、場所が秘密、やってることは当然秘密の秘密基地はとにかく秘密だらけで、そんなところで仕事をしている人は特別で、そこに来た自分も特別なんだろうと思う。ただのバイトでも。
 特別なのだから、特別な自分なりに最大限特別な態度で特別な基地を案内してもらった。
 ウスラトンカチは白髪の老人に付き従って、一本道一方通行の地獄への通路を歩いていた。
 地に張り巡らされたタイルだけはどうも特別ではないようで、足で叩くたびに辺りに靴音が響き渡る。
「あの」
 老人の特別すぎる雰囲気に完全にビビッているカドルは誰が見ても特別な存在には見えない。そんな腰の引けた青年は自分でも意識しない間に老人に声をかけていた。
「なんじゃ」
 びびったの脳みその厨房はその機能を十分に果たさず、生焼けの言葉をそのまま皿に乗っけた。
「ここで何するの……するんですか」
 老人は足が速いワケでもないのに、カドルがどう走っても追いつくことが出来ない。そんな老人が急に足を止めたので、ぶつかりそうになったかドルは前進をカチコチにして機械のように静止した。
 急に老人が振り返る。
「ひっ」
 秘密基地にいる人間の中でもっとも気が弱い生物であろう青年は小便漏らしたガキの如く情けない声と顔で三歩よろよろと退いた。
 しかしそれはカドルが気が弱いからではないのかもしれない。老人の目は落ち窪んで、顔中しわだらけ、右目と左目は両方とも転でばらばらの方向に焦点を合わせており、その様はまるで子供向けゲームの悪のマッドサイエンティストだ。
「なんじゃ、わしの顔に何かついてるか」
 尋ねる顔もどこのお化け屋敷に行っても自給九百円は固い顔で、しかしその事を言うわけにも行かないかドルはすごい速さで何度も左右に顔を振り回した。
 マッドサイエンティストは「フム」と何だかよくわからないものに納得したようで、すぐに話題を変えて見せた。
「それで、何か質問か?」
 平常心を忘れたくないカドルは引きつりそうになる顔の筋肉を必死に押し止めながら気になっていることを述べる。
「えと、僕ここで何するんでしょうか、というかここどこですか?」
 老人は呆けたような顔を経過して終着は意味ありげな笑みに、顔をグラデーションのように変える。
 そしてカドルに背を向けて、今一度歩き出した。静まり返っていた周囲にまた靴音が響き渡る。
「歩きながら話す。お前の仕事場まではまだ距離があるぞ」
 カドルもあわてて走って追いかけるが、やはり追いつけなかった。
「少しばかり前の話になるが……人類が地下にいたときには管理者がいたというだろう」
「そんなこともありましたか、でもどうしてそんな昔のことを?」
「そう先を急ぐな。
 管理者は文字通り人間を管理するものだ。人間の行動を監視し、人間に進むべき道を提示する。そしてそのことにより人が自分自身で負うべき責任の全てを肩代わりした。
 人は管理者の言うことだけきいていれば生きていけたし、何も考える必要はなかった」
 人は考えることをやめれば人ではなくなってしまう。考えることをやめることは許されたことではないと、カドルは思う。
「それってなんだかおかしいですよね、考えない人間なんて―」
 カドルは同意を求めたが、老人はそれを無視してカドルの発言までもさえぎる。
「個人としては考えることもあったろうが、少なくとも人類全体としてみれば何も考えてはいなかった。」
 そこから作られるのは停滞した世界。時は完全に止まってしまっている。
 声が少しばかり強くなった。
「そんなときに管理者は暴走を始めた。初めからプログラムに組み込まれていた者かもしれんがな。
 とにかく、今まで導かれるだけだった人類は先導していた者の暴力を自分たちに向けられて初めて何かを考えることをはじめた。」
 自由を求めて、一部の人間が、イレギュラーが奮起し、管理者に反攻、これを撃破した。
 およそ七十年前だ」
 話に一区切りついても未知には区切りがない。代わり映えのしない廊下はどこまでも続く。
それはカドルに後戻りが出来ないことを教えているようにも見えた。
「それからの事はだいぶ省くぞ。とにかく、企業が管理者に取って代わろうとしたことだけ知っていればいい。
 それから何年か経った時、もうひとつの管理者のちょっかいによって人類はかなりの損害を受ける。これがSL事件」
 道の向こう側にまぶしい光が見えた。もしかしたらさらに深い地獄への入り口かもしれないが、狭苦しい廊下よりもましなように思えていた。
 響く音と狭い壁は通行者の心を押しつぶしそうになる。
「それから五十年。人類の生活は安定してきたが、先人たちが残していったテクノロジーはいまだ解析不能なものばかり。
暴走の危険をはらんだ者も多くあり、いつSLのときのようなことが起こるかもわからない」
 出口の向こう側にはカドルにとって、憧れそのものとも言えるACが直立していた。
 ACの周りには整備班の人間が何人もおり、各自プログラムや装甲などの点検をしている。
 ACの力強い腕にはダガーと呼ばれる短距離ブレード、もう片方にはライフルを装備しており、
 肩にはジノーヴィーが多くの敵を打ち倒してきたのとまったく同じグレネードをジノーヴィーと同じように二門も装備していた。
 ただ、色とエンブレムだけがまだなかった。
 これはいったい何のためのものなのか、それぐらいは聞いたっていいはず。
 ジノーヴィーのファンに、聞くなと言う方が無理だというものだ。
「これは一体……?」
 老人はまたも質問を無視して目の前にある手すりにもたれかかった。
 カドルたちが立っているのはAC首回りの整備をするための通路で、カドルの立ち位置からはACの精悍かつ獰猛な横顔がはっきりと見えた。
「一ヶ月前。稼動中のロステクが見つかった。操作する方法はわからなかったが、何をしているかぐらいはわかった。
 設備が作り出しているのは兵器。それも生物兵器だ。どのような原理かは知らないが、特攻と自爆を繰り返す最悪の部類に入る物だ。
 それが幾千幾万と生産され続け、着々と何かに攻め入る準備をしていた。
 まもなくその生体兵器は全世界に飛び立つだろう。われわれにはなすすべはないだろうし、止めたいとも思いはしない。
 我々は蹂躙された後の世界のことを考えている。おそらく、もはや企業一つ一つの力はあてには出来ないだろう。なら、それらが一つになって、今度こそ管理者として君臨すべきではないか」
 老人は握った拳を白衣のポケットに突っ込んで、今一度カドルを振り返る。 
 やはり、カドルは自分が引き返せない地点に立っていることを再確認してしまい、生き残るためには覚悟をしなければならない。
 カドルはもう老人の顔にはビビラなかった。
「ようこそ、企業複合体アライアンスへ」
 マッドサイエンティストの顔が歪んで、はっきりと言葉をつむぐ。
「強くなりたいと、思わんかね?」



 有り体に言ってしまえば、カドルは実のところジノーヴィーのファンではなかった。
 カドルにとってのジノーヴィーは、絶対的な力を表す記号だった。
 カドルには守りたいものがいくつもあり、そのひとつにジナイーダも含まれているし、何より何事もない正しい日常は守るべきものだと思っていた。
 生来の慎重さ、臆病さはよく言えば責任感を重く持つということに繋がる。カドルは自分の守りたいものを守るために絶対的な力が必要だと思ったのだ。
 力の無い正義は無力であり、また、責任を持たない力はただの暴力である。どちらか一方だけがあっても決してろくなものにはならない。
 責任を重んじるカドルは自分に足りなかった力をジノーヴィーの中に見出していたのだ。
 そして、今のカドルには力があった。志は今も昔も決して変わっていないと信じている。カドルは今日も明日も、未来永劫過去の思い出ときっとどこかで生きているであろうジナイーダを守り続けるのだ。新たな秩序の剣として。
 カドルの肉体をモニタリングしている管制室から通信が入る。
 『気分はどうですか』
 先程からカドルは、ある種の高揚感に包まれている。
 今日までMTばかりを相手にした虐殺ばかり行ってきたが、今回の相手はAC、それもカドルにとって大切な思い出を土足で踏みにじる無礼者である。
 俄然やる気も出てくるはずである。
 「こちらピンチベック、問題はない」
 誰が見たって反吐を吐く、ある意味人として正しい自己満足の塊はヘルメットのバイザーを下ろしてにやりと笑う。
「いつでも殺せる」



 二本足のMTが放つミサイルはいくら数を増やそうともファシネイターにかすりもしない。狭い一本道で雨あられと降り注ぐミサイルを全てよけきるには相当な場数を踏んでいる必要があるはずだ。
 しかし、レイヴン歴わずか半年に届くか届かないかぐらいのジナイーダはそれを軽く実行して見せた。
 常人の神経で成し遂げられる事ではないのだと、ジナイーダは頭の中ではわかってはいたが、自分が化け物に近い存在であるという周りの見解は到底理解しうるものではなかった。
 なぜならば、自分にはそれを成し遂げることが当然であるべき理由があるからだと、ジナイーダは考える。
 自分の力しか信用することが出来ないという切迫した心境と、親の仇であるカドルへの執念が彼女にそう思わせていた。
 ファシネイターの姿勢は低く、MTに一気に接近する。肩からMTの重心に体当たりを仕掛け、ピーキーなバランスのMTは巨大な力に逆らえずに仰向けに倒れる。
 ファシネイターは覆いかぶさるように仁王立ち。MTのコックピットブロックにマシンガンを突きつける。
 直後にマシンガンはいくつもの薬莢を勢いよく吐き出し、刹那にマズルフラッシュはMTのモニターを完全に焼ききる。弾丸は装甲にたくさんの虫食い穴を開けて内部に侵入、何が起こっているのかも理解できていない操縦者を砕き、ミンチ以上にひどい肉塊に姿を変える。
 ファシネイターはまた一人の人間の血をすすり、それでもまだ足りないとでも言いたげな表情で通路先の扉の向こうを見つめる。
『ジナイーダ』
 的確な判断は的確な言動を生む、それはやがて的確な力となり正当な結果を生む。つまるところオペレーターの言葉は素直に聞くべきだということだ。
 そして、たった半年の永遠を生きてきたジナイーダにとって、何よりも歓迎するべき言葉だった。
『敵ACを確認、ピンチベックです。』
 ファシネイターのカメラアイが笑うようにズームをかけ、ジナイーダは溜まったつばを飲み込んだ。
 ゴクリと、小さい喉が鳴る音は、やけに耳の奥に絡みついた。






| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー