アリア=リーフオルトはベッドの上で1人心細い気分に浸っていた。
浸っていたといっても楽しんでいるわけではない、純粋に心細かった。
プリマ宅にクレリスは泊まった。事実はそれだけである。
久しぶりにアリアは一人が淋しいと感じた。
たった二回、そう、二回しか少女と一緒に寝ていないのに。この気持ちは抑えられなかった。
そんなに大きくないベッドの上で、彼女は膝を抱えて眠りに落ちた。

いつものように出社する。
昼からまた捜査会議が始まる。それまでは慣れたデスクワークだ。
実の所その仕事も、あまり無い。レイヴン事件のおかげで通常業務が滞っている状態なのだ。
こういう時、彼女は射撃場に赴く。
暇つぶしと射撃の腕を上げられる、まったく一石二鳥だと彼女は思っていた。
もやもやした気持ちを晴らすたり、また鬱憤晴らしにも実は役立っていたりする。
捜査会議、必然的にカールの顔を見る事になる。いや、見る必要は無いのだが。
ずるずると引きずるのも自分でどうかと思う、実際関係はもう終わっているのだから。
おかげで、それだけ彼が自分にとって大きな存在だったと認めざるを得ない。
(……公私混同、か)
構えた手、握られた拳銃から6発立て続けに銃声。
火薬の匂いが鼻を霞める。硝煙が、なんだか空しい。

パチパチパチ、と思いもよらない拍手が上がった。
拳銃を置き、拍手の音の方向を見やる。いたのは一人の男。
「いやぁ、凄いな。俺もレイヴンで射撃っぽい事はするけど…俺はトリガーを引くだけだからな」
レイヴン・ローレンだった。
前回と同じくスーツを身にまとい、茶髪から淡い緑色の目がのぞく。
普通の青年、とてもレイヴンには見えない。歳もアリアとほとんど違わない。
「暇つぶしがてら撃ち続けてたらそりゃあ上手くもなるわ」
いや、いや、とローレンは続ける。
「才能がなけりゃあ、何発撃ったって上手くはならないさ」
「そりゃ…どうも」
意地悪せずに、素直に褒め言葉を受け取っておく事にした。
手品が趣味、という彼は口がうまく、挙動もどこかしら安心感を与えるものである。
それを上手く利用して、人を華麗に騙す手品を得意としているのだが。

「っと、邪魔だったかな」
今更気づいたように、ローレンは言う。
耳当てを外し、凝った肩をほぐしながらアリアは答えた。
「いーや、どうせただの暇つぶし」
「そうか、ならちょいと俺に付き合ってくれないか?」
予想通り、彼の懐から出て来たのはトランプの束だった。
彼はほぼ毎日のように新作を披露する。主な相手であり、相方だったアルフレッドはもう居ない。
彼の目の前で、アルフレッドは殺され、挙げ句の果てにはACそのものをミサイルで粉々にされた。
ローレンは直ぐに立ち直った。彼の弔いも早々に済ませ、捜査に協力している。
或いはレイヴンだからこその芸当なのだろうか。傭兵として死と隣合わせなのは必然ではある。
貴重な目撃者であり、レイヴンとしての意見も提供できる貴重な人材。
彼もまた、アリアと共に昼からの捜査会議に加わっている。

コーヒーでも飲みながら、と休憩室に行った途端アリアはプリマからの連絡を受けた。
クレリスが居ない、何処かへ行ってしまった。という内容のものでアリアは非常にショックを受けた。
そんなアリアを見たローレンから放たれた言葉は相談に乗ろう、というものだ。
アリアの答えは「お言葉に…甘えようかしら」である。
スカートから伸びた曲線美を描く脚を暫くブラブラさせながら、言葉を考える。
物事を考えて発言するよりも、その場の思いつきで発言するのが常な彼女には面倒極まり無かった。
だから、考えるのを止めて、彼女はなるべく簡単に話す事にした。
「女の子を拾ったの、かくかくしかじかで私が引き取って…で、その子が行方不明」
思いもよらない言葉にローレンは詰まった。
栗色のポニーを揺らす彼女を見て、冗談ではない事を悟った。
(まずい…こんな重いの…俺何言えば良いんだろう)
乗った事のない種類の相談に、彼は四苦八苦した。

「とりあえずは警察…って、君は警察官か…」
ローレンは目の前の女性・アリアが警察官である事を再認識した。
だが、その言葉に他でもないアリアが驚いていた。
「あ!そうだった!」
彼女の本気の驚きに逆にローレンは驚かされた。
(なんだ…そりゃ)
何か世界を変えるような大発明に気づいたような顔のアリア。
これについて何かを言う事は止めよう、とその顔を見て思ったりしたローレン。

「なんだ…俺が出来たのは君を気づかせてやることだけだったな」
苦笑混じりにコーヒーを口に運ぶローレン。
自分の馬鹿さ加減に今更気づいたアリアは、ごまかしの意味もこめてコーヒーを飲む。
「女の子を拾った…ねぇ、どんな子なんだ?いや、これはただの興味なんだけど」
「10歳にいくつか数を足した感じの年齢で、やたらと無表情な美少女」
「へぇ…因みに名前は?」
これこそ本当に興味、野次馬精神の現れである。
「ん、クレリス…クレリス・ワス・カリム」
ローレンは彼女の言った少女の名前に、特に最後の部分に聞き覚えがあった。
「カリム、か…そういうレイヴンが居たな」
「レイヴン?別人ね、いくらなんでも出来そうな歳じゃないわ」
アリアは笑い飛ばしたが、事実彼女はレイヴンだったりした。
ローレンも、だな。なんて短く言い返しただけだった。

昼を迎え、捜査会議が始まった。
新しく狙撃という手段が判明したため、その筋に詳しいレイヴンと民間人が協力に加わった。
「資料によれば、かなりの距離からの狙撃と思われます。やはりそんな兵器は無い」
狙撃を得意とする(らしい)レイヴンが大勢の捜査官の集まる会議室で熱弁を振るう。
「あったとしたら…そうだな、少なからず我々と同等程度の腕を持つと予想されます」
所々敬語だったり地だったりするからレイヴンらしいと言えば、らしい。
しかし拉致があかない、アリアはそう感じていた。
どう考えても狙撃に使った兵器が解らない。存在しない。
どこかの誰かが作り出したのだろうが、実物が解らないとその見当も付かない。
もう片方、直接レイヴンを殺して回っている黒フードコートの男。
こちらの足取りはそれなりに掴めている。というか犯人の名前迄判明した。
これに大きく貢献したのが他でもない情報屋を営むカールだった。
独自の情報網を持つ彼であるからこそ、男の正体が分かったのだ。
そして当のアリアはその犯人、レオンという男の捜査を続けていた。

「以上で会議を終了する、各員…」
その言葉と共に捜査員達はガタガタ音を立てて席を立つ。
そんな中アリアは1人椅子にもたれかかったまま大きく伸びをした。
ローレンと目が合い、苦笑されたが彼女は気にしない。
ざわざわと去る者達で五月蝿い会議室、この混乱の中直ぐに退室しよう等とは思って無かった。
いつしか殆どの人が去った後、ようやく彼女は席を立ち退室しようとした。
が、その肩を叩かれ彼女は思わず振り向く。カールの姿がそこにあった。

「アリア、捜査員数人で此処へ向かって欲しい」
彼は一枚のメモ紙をアリアに手渡した。
どこか憂いを帯びた顔。立派なのに、自信無さげな言動を取る。そんな男。
だが今はそんな事をいちいち気にしてられない。
今は仕事中である。先ほど射撃場で言い聞かせた言葉を繰り替えす。
(もう関係無いし、第一、公私混同…!)
プリマと同じく、アリアもまた切り替えの早い女性である。
しかし、彼女はその切り替えるという事をあまりしていないから問題なのだが。
メモを受け取り、カールに聞く。
「何があるの?」
「ただの警戒、調査していくつか奴が現れそうなポイントを絞った。その一つ」
メモを見るとそこにはテトラデパートの文字と、その場所。
「…デパート…?」
「うん、そう。ただのデパート」
首を傾げつつも、彼女は会議室を後にした。

それからすぐに、アリアを含む数人の捜査員がテトラデパートへと到着。
かなり大きく、全7階から成るこの大きな建物は階層が全て一望できる吹き抜けが中心にある。
3階の通路から吹き抜けの階下を見下ろし、呟く。
「こんな所に…現れるとは到底思えないけど…」
その呟きを聞いた隣に立つ同僚が予想外の言葉を吐く。
「いや、ここ結構レイヴンが来るらしいぞ?知らない?」
「全然、だって私レイヴンじゃないもーん」
一応、私服に着替え警官であることを偽装する。
そんな連中がこのデパートに全部で20人。かなりの警戒っぷりである。
が、しかしこれはやはりただの警戒である。他の所も大体この程度の人数を配置している。
事が事だけに、捜査員の人員派遣には事欠かないらしい。

「それで、レイヴンが結構来る理由ってのは何?」
となりでジュース片手に行き交う人々を眺める同僚に聞いてみた。
「レイヴン御用達の情報が集まる店があるんだってよ、丁度ここの反対側だ」
「そこに来るレイヴンを狙う可能性がある、って事か。レオン…だっけ?」
「確かそんな名前だ。まぁ、店の周りには結構な人数配置されてるらしいけどな」
ふぅーん、と気の抜けた返事を返すアリア。
彼女はここに犯人が現れるなど思っても居ない。職務怠慢も甚だしい限りだ。
また追いかける状況になった時の為自慢の脚力を生かせる格好をしているのだが。
いかんせん、彼が現れる可能性は低い。なんだってこんな所にわざわざ、である。
「だってさー、レイヴンの半数近くが今行動を自粛してるんじゃないの?」
「…だから活動できないかわりにレイヴン同士暇つぶしでもするんじゃないのか?」
「あ、なーるほーどねー」
どこまでも気の抜けた返事を出すアリア。

ちょっとトイレ、と軽く同僚に言い残しその場を後にする。
そしてそのトイレへと続く道すがら、一人の男とすれ違った。
たまたま目に入っただけだが、その顔がしっかりとアリアの目に映った。
彼女を、アリアを見て…笑った。不気味に、口元だけの笑みを浮かべて。
思わず脚を止めたアリア、この男をどうするべきか一瞬迷った。その時。
向かう筈だった女性用トイレから、甲高い悲鳴が聞こえて来た。
民衆が、道行く人々が一瞬、全ての者が動きを止めた。
動いたのは、すれ違った男とアリアを含む捜査官。
(トイレの中を見張らなかったのは…こっちの落ち度か!)
即座に逃げる男を追い、アリアは走り出した。全力で、レオンという男を追いかけた。

「待てッ!くそぅ!」
待つ筈は無いと解っているのに叫ばずにはいられない。
男の脚はかなり早かった。しかしおかしい、何故こうも堂々とレイヴン殺しを行うのか。
少なくともアリア、その他捜査官が居ると解っているこの場所で。
第一脚で逃げる等と言う愚かな行為を自らに課す意味が理解出来ない。
或いは、それを逆手にとっての犯行なのだろうか。そう考えられない事も無い。
事実、男の脚はかなり早かった。
この早さで逃げられてはいくら射撃の腕が良いアリアでも当てられない。
第一周りには一般人が居る。間違えて撃っちゃいました、では済まされない。
しかし今逃げる男は別だ、民間人だろうとなんだろうと邪魔する者には容赦なく発砲するだろう。
待ち構えていたとはいえ、状況的にはこちらが不利だった。

逃げさるレオンを、誰も邪魔しない。
だが、今やっと1人捜査官が彼を止めるべく前方に立ちはだかった。
勇敢なのか、はたまた愚かだったのか捜査官は躊躇う事無く放たれた銃弾をその身に受け、倒れた。
その光景に、周りの人間が一斉に口々に叫び逃げ回る。
「ハハハハハハッ!」
レオンが大きく笑い声を上げた、走りながらとは思えない疲れを微塵も感じさせない笑い声。
ついに彼は、テトラデパートの正面出入り口から堂々と街中へと走り去った。
彼においつけるだけの脚の速さをもっていたのは、悲しいかな、アリアただ1人。

街中を人を押しのけ、走り続けるレオン。
それを必死に追うアリア、仲間との連絡を試みるも胸元のマイクに語りかけられる状況じゃない。
このままどちらかがリタイアするまで走り続ける事は無いだろう。
それは彼にとって不利な状況を呼ぶ。こちら追う側はアリアだけではない。
だがアリアは、それだからこそ、彼を見失うわけにはいかない。
(速い…!負けて…たまるもんですかぁー!)
声に出せないので、心の叫びとして吠える。
眼前で、レオンが姿を消した。裏路地へと入って行ったようだ。
アリアもすかさず後を追う、狭く暗い路地を抜けた先は、どうやら古びた倉庫のようだ。
走りながらなので周りを見ている余裕なんてものは持ち合わせていない。
しかし人も居ない、もう使われていないような感だけが漂っていた。
レオンが倉庫の中に、再び姿を消した。

「はぁ…はぁ…はぁ…」
拳銃を取り出し、構えるアリア。
レオンの姿は見えない。もう此処から出て行ったのだろうか、だがそんな音もしない。
おそらく何処かに身を潜めているのだろう。最大限の警戒をするアリア。
胸元に忍ばせていた通信用マイクに疲れきった声を出す、絶え絶えに。
「…変な、そ…倉庫に…」
傍らに落ちていた看板らしきものが目に入った。埃まみれではあったが、文字は見えた。
「…産廃…株式…会…社、そう…こ?」
変な名前だ。何かを生産していた会社だとしたら縁起の悪い事この上ない。
耳中のイヤホンから声が聞こえてこない、故障でもしたのだろうか。
だがマイクの声は皆に届いただろう。すぐに駆けつけてくれる筈だ。
勿論、だからといってのんびりまっているわけにも行かない。彼を逃がすわけにはいかない。

全体的に埃まみれではあるが、どことなく人の存在感があった。
(…アジトだったのかな…)
なるべく足音を立てないように、慎重に歩く。拳銃は、構えたまま。
自分の荒い息づかいだけが耳に響く。気配は感じない。
壁際に設置されている階段を上り、高い場所から全体を見渡そうと考えた。
或いは、そう考えた彼がそこにいるかもしれない。
カラン…、と不意に音がした。何かが落ちた、人の関わったが故に起きた音。
(後ろか!)
すばやく身をかがませながら振り向いた。見えたのは物陰から銃をこちらへ向ける男の姿。
そしてそれを確認する直前、先ほどまで彼女の上半身のあった場所に銃弾が弾ける。
身をかがませていなかったら、直撃する位置。
彼女も銃弾を放つ、が同じく男が屈んだ後の発砲だったため、空しく壁に着弾。

彼女は男の居た場所へ猛ダッシュした。拳銃は、しっかり握って。
物陰に身を隠した男が移動しようとしていた、その背中に、飛び蹴りを一撃放った。
ドガッ!
鈍い音と共に男がよろけ、その手から銃が放り出される。
両足での飛び蹴りだったため、おきあがるのに時間を要したアリア。
直ぐに銃を向けるが男の鋭い蹴りがその銃を吹き飛ばした。
双方、銃を失ったまま。対峙。
どちらも、静かに構えを取った。
アリアは一度、深呼吸をした。その終わりが開戦の合図。

クレリスがそうであったように、アリアもまた知らない。
ここから離れた遠い場所で時を同じくしてもう一つの戦いが始まった事を。





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