『生まれ持った義務を、果たしたまえ』
 ある日、祖父はジャウザーにこう言った。
 ジャウザーが怪訝そうにすると、祖父は続けて言ってくる。
『我々は、極めて裕福な家庭だ。普通の人々より家にも、食べ物にも恵まれている』
 幼いジャウザーとて、それくらいは理解していた。
 自分の家は友人のそれよりもかなり大きかったし、人からもよく「金持ちだ」と言われてきた。なにせ、これでも『企業』のはしくれなのである。
『だがね、ジャウザー。裕福さを享受するだけでは、ダメなのだ。
人よりも大きな恵みを受け、人よりもよい生活を送るならば――相応の「義理」を尽くさなければならない。
我々――企業側は、利益だけを追究するべきではないのだ。
我々に、貴重な労働力や資源を捧げてくれる人々に――我々も、企業もまた、奉仕するべきなのだ』
 祖父はそこで言葉を切り、続けた。
『給料も、確かに重要な見返りの一つだろう。
だがそれだけでは足りないと思う。
「誠意」だよ、ジャウザー。金を払うだけでは、「誠意」は伝わらないと思うのだ』
 ジャウザーは、そこでごくりと唾を飲み込んだ。
 祖父が奇妙なほどの圧迫感を発し始めたからだ。

『……我々に、貴重な労働力を奉仕し、時には――命さえかけてくれる彼らには、我々も体を張って報いなければならない』
 祖父は、懐から何かを――四角いリモコンを取り出した。
 それを高い天井に向けて、おもむろにボタンを押す。
 ピッという電子音と、大型モーターの起動音が同時に響いた。
『闘うということだ、ジャウザー。
我々は体を張って、この混乱した時代、彼らの――我々に奉仕してくれる人々を、あらゆる危険から守るべきだ。
人々に、笑顔の絶えさせることないように……。
これが「誠意」というものだろう』
 聞きながら、ジャウザーは祖父が軍人であり――レイヴンだったことを思いだした。
 平行して、家系そのものに軍人が多いことも。
 そう言えば、この家は中世騎士の家系であり、その考え――民を守る騎士――が綿々と受け継がれていると聞いたこともある。
『古くさい考え方かもしれん。外で、無闇に口には出すな。笑われるだけではすまんだろう。
だが――少なくとも我々は、先祖代々この考えが正しいと信じている。
権力の上に胡座をかいて、下で働く人々に金だけをばらまいて――それで誠意が果たされるとは思えない』
 ガシャン、と上で金属音がした。
 見ると天井が、地割れのような音を立てつつ、左右に開いていく。

『まぁ……見たまえ』
 ぽっかりと開いた天井の隙間、そこから『何か』が降りてきた。
 ハンガーに吊された、人型のなにか――それがゆっくりとここに降りてくる。
 降下モーターの駆動音が、どうしてか猛獣のうなり声に聞こえた。
『……分かるね?』
 たっぷりと時間を掛け、ついに『それ』が床に降り立った。
 青にカラーリングされた、武骨で逞しい二脚兵器だ。右手に銃を、左手にブレードを、背中にはキャノンとミサイルを背負った重武装でもある。
 スコープ型の頭部カメラが、朝日できらりと輝いた。
『ACだよ』
 ジャウザーは、目の前の機体が獰猛に笑った気がした。
『名前はヘヴンズレイ。
近距離に特化したACだ。最高速度は四〇〇を優に超え、中量二脚だが、運動性能では軽量二脚にもひけをとるまい。
装甲は薄目だが、その分内装を頑強にしてある。総合的なタフネスは、かなり上位に入るだろう』
 祖父はリモコンをしまいながら続けた。
『ただし、扱いは難しい。
非常に高いレベルでの、心技体の充実が求められるだろう。
扱えれば強力だが、並みに腕ではろくに動かすこともできまい。
そもそも……』
 祖父は、そこで言葉を止めた。

 ジャウザーが顔を青くしていることに気づいたのだろう。
『……やはり、闘ったりするのは、怖いか』
 落胆と、安堵と、愛情――そういった諸々を含ませながら、祖父は孫に言い聞かせた。
『なら、それもいい。これは非常に古い考えだ。
人類が地下に潜るさらに前、人類がまだ電気を知らず、神や悪魔が真面目に語られていた時代の話だ。
それに馴染めないと考えるなら……それもまた、よしだ。
実際、お前の兄と父はこの考えを拒んでいる。「一心に経営のことだけを考え、そこで得た利益を、人々に配分していく姿勢の方がより善い」……だそうだ。それもよし』
 祖父は寂しげに笑った。
『強制はしないし、できないよ、ジャウザー。
こういう考えが消えるのも……時代の流れというものだ。
だが、人々に――社会に奉仕する上では、こういう道も取りうるということを、一族の者として……知っていてくれたまえよ……』

 もう八年も前のことになる。


     *


 結果から言えば、ジャウザーは祖父の申し出を受け入れた。
 数日後の夜、一人で祖父の部屋に訪れ、言ったのだ。
『やります』
 と。
 自分に経営の才はなかった。だが戦闘に関わる運動面では、他の誰よりも優れたものを持っていた。
 決して易い道ではないだろう、命を奪われることも、奪うこともあるだろう。だがこれが、自分の素質に見合った、人々に尽くせる最良の道であるのなら――考えに考えた末、やってみようと思ったのだ。
 だが、そういった理屈だけでもなかった。
 祖父の言う古くさい『騎士道』、それは恐ろしくもあった。が、何か感じるものもあった。
 遺伝子レベルで刷り込まれた、ジャウザーの本質たる「何か」――それが祖父の『騎士道』に、考えれば考えるほど、強烈に反応していったのである。
 現に、ジャウザーは結局一週間もしない内に祖父の考えを取り込み、行動原理の一つに据えてしまった。

 並大抵の適応ではない。やはり、ジャウザーは祖父の考えに、親和性を持っていたはずだろう。
 しかし――この時のジャウザーは、別の能力に欠けていた。
 『視野の広さ』である。
 生まれ持った愚直さのせいか、それとも一四という若年のせいか――この時のジャウザーの視野は、極端に狭かった。
 『騎士』には、正しさを見極める『視野』が必要なのであるが、ジャウザーはそれを欠いていたのである。
 本来なら、それは祖父が教えるべきものなのだが――彼はそれを教えるまえに、病で他界してしまった。
 無論、幾つか大事な教えも授かったが、それだけだ。ひょっとすれば、ジャウザー自身が気づくことを望んだのかもしれないが――とにかく、祖父は『視野の広さ』を鍛えなかったのである。
 そしてこのことが、ジャウザーの人生を大きく狂わせた。
 数年後、『クレスト』の『勧誘』にはまったのである。
 『クレスト』は、来るべき決戦に備えて専属のレイヴンを欲していた。
 そんな彼らが、若くして超上級者向けのACを操る、ジャウザーという天才に目を向けたのは――自然なことだろう。
 彼らは、様々な手段でジャウザーを誘い込んだ。
 代表者自らが食事に招きもした。手紙を送ったりもした。
 穏健派という評判を駆使して、とにかく『平和を愛する善良な企業』という印象を植え付けていった。
 そして、ジャウザーはそれらに『洗脳』されてしまった。数ヶ月も保たなかった。

 『クレストは騎士道に富んだ企業である。その企業に尽くすことは、力無き人々に尽くすことでもあるだろう。ならば、自分はクレストに自らを捧げよう』――まことにあっけなく、こう思い込んだのである。
 正義感に燃え、行動力に富み、呆れるほどに愚直――こういう若造ほど、操り易い者もいまい。百戦錬磨のクレスト外交陣にとっては、尚更である。
 現に、ジャウザーは家を飛び出し、クレスト専属となった。そこで、クレストの正義を疑うこともせず、延々と任務をこなしていった。
 人質を全員殺せとか、罪もない民間人を射殺しろといった、あまりにも露骨な命令でもあれば、ジャウザーも疑ったかも知れないが――ジャウザーは、愚直ではあるが愚鈍ではない――幸か不幸か、そういった命令は出されなかった。
 ジャウザーに出すのは、それなりの大義がある、あるいはそう装った依頼ばかりである。
 それ故、彼は疑わなかった。
 疑いもせず、クレストがアランアンスへ名前を変えた後までも、延々と忠勤を続けていた。
 無論、バーテックスが戦線布告した、この日でも。
 だが――
(これは、さすがに……!)
 草木も眠る、午前四時。ビル郡の片隅で、ジャウザーは沈痛な息を吐いていた。
 今やすっかり馴染みとなった愛機――ヘヴンズレイの中で、出撃の司令を待ちながら。
 待機しているのは、アライアンスより依頼を受け、現地に到達したはいいが、少々早く来すぎたためだ。

 ACは、本来なら序盤より投入すべき戦力なのだが――今回彼に与えられた任務は『奇襲』である。タイミングが大事であり、当然投入が早すぎれば十分な戦果は挙げられない。
 それ故、あまりに到着が早すぎたヘヴンズレイは、旧ナイアー産業区の片隅でもう三十分も「お預け」を喰らっている。
(……本当に、どうしてこんなことに……!)
 そんな状況で、ジャウザーは頭を抱えていた。
 戦闘の直前だというのに、その顔に覇気はなく、代わりに濃厚な悩みが渦巻いている。
「どうして……!」
 顔を伏せ、噛みしめるように呟いた。
 『洗脳』に掴まり、悩みなど持たなかった頃とは違う態度である。
 その様子に、通信機から呆れ混じりの応えが来た。
『またそれか、ジャウザー』
 オペレーター――マディスンだった。四年来のつきあいである親友は、悩めるジャウザーをぴしゃりと叩く。
『悩むなとは言わないが……今は忘れておけ。悩みを抱えたままで勝てるほど、敵も甘くはないだろう』

「……それは、分かってますが……」
『いいか、ジャウザー。お前が強いのは、がむしゃらだからだ。
何も考えずに、ひたすら敵を倒すことだけを考え、そこに天賦の才をひたすらに注ぐ――今までそういう姿勢だったからだ。
だがな、ジャウザー。悩みはそれを鈍らす天敵だぞ。悪いことは言わん、今は忘れろ』
「しかし……」
 ジャウザーが応えあぐねるのも無理はない。
 忘れられるわけがないのだ。
 なにせ、ジャウザーが抱える悩みとは、今アライアンスに従属することの是非そのものだからだ。
『ジャウザー……』
 マディスンは静かに言った。
『いいか、お前は疲れてるんだ。この戦いが終わって、酒飲んで、ぐっすり眠れば……割り切れるさ』
「……無理だと思います」
『おいおい』
 ジャウザーは、耐えきれずに叫んだ。
「では、あなたは我慢できるのですかっ? あんなことに……!」
 今度はマディスンが黙った。たっぷりと沈黙を置いてから、重々しく返す。
『仕事だからな』
「……私は我慢できません!」
 数時間前の出来事を思い出し、ジャウザーはぎりりと歯を食いしばった。

「……あそこで粘れば、もっと粘れば、あと十人は救えたはずです。どうして、アライアンスはあんなに早く兵を……兵を引いたんですか!」
 ジャウザーの記憶の中では、あの建物の中には――研究施設の中には、まだ十数人が残っていた。
 だがアライアンスは兵を引いてしまった。そのせいで、中に残っていた人々は武装勢力によって殺されてしまった。
 女子供も含めた人々が、十人以上もだ。
 『これ以上やっても勝ち目がない』、『ここで兵を退けばより多くの命を救えるかも知れない』――そういう理由でもあれば、まだジャウザーはまだ納得しただろう。
 だがアライアンスの――クレストの応答は、
『「取り残された人々は、技術者ではない。救出しても、我々への経済的な便益は皆無である。よって、作戦は中断する」……てのが理由だったな』
 マディスンの言うとおりだった。
 アライアンスは、十人の命を『金にならないから』という理由で見捨てたのである。
 しかも――こういう出来事は、これだけではない。ジャウザーはこの二四時間だけで、何度も何度も何度も、同じような状況に遭遇し、胸を裂かれるような苦悩に喘いでいる。
 異常に見えるかも知れないが、今までジャウザーという人間の根幹を為していた、二つもの――『騎士道の実践』と、『クレストへの忠勤』が、今日に限って真っ二つに矛盾してしまったのだ。
 この苦しみようも、当然だろう。
 己の芯が、二つに裂かれてしまったのだから。
「……今までも、少しだけ、悩むこともありました。ですが……これは、これは……!」
 血を吐くような言葉に、マディスンは冷静な分析で応じた。
『非常時には、組織の「本当の体質」ってものが出るからな。戦時下に入り、表面を取り繕うことができなくなってきた――てなところだろ。
実際……お前も知ってるだろうが、クレストには悪い噂も結構あったしな』

 以前なら、そんな言葉はムキになって否定しただろう。しかし、もはやできなかった。
 アライアンスのどす黒い部分を、まざまざと見せつけられてしまったのだから。
(……いったい、どうしてこんな……!)
 最初の思考に戻った直後、マディスンが時間切れを告げた。
『ジャウザー、出番だ。前線が、敵の重要拠点への通路をこじ開けた。
そこを一気に進んで、本丸を側面より強襲せよ。
……今までの戦況は最悪だが、これが成功すれば逆転もあり得る。気張って行け』
「……了解しました」
 ジャウザーは息を吐き、スティックとボタンで機体を戦闘モードへ移行させた。
 アライアンスへの不信は、ある。この数時間だけで、山のように。だがこの作戦には多くの命が――とくに民間人の命が掛かっており、少なくともこの作戦から逃げるわけにはいかない。
 自分たちがしくじれば、居住区に逃げてきた人々が、危険に晒されるのだから。
 悩みは、依然として楔のように残っているが――それでも、である。
「行きます」

『メインシステム 戦闘モード 起動します』

 ジェネレーターが、鉄の咆吼をあげた。
 メインカメラの灯が点り、機体の各所から勇ましい駆動音がする。
『迷わず捨てなさい、ジャウザー。君が心に決め、守り通していくとした「本当の芯」は……そんなものではないだろう』
 ふと、記憶の中から祖父の声が蘇ったが――ジャウザーはちょっと首を傾げただけだった。


     *


 旧ナイアー産業区から少し外れた、居住区画。
 元々は、産業区で働く人々のベッドタウンとなるべく、計画的に建築された場所であり――それ故、同型のマンションが整然と並ぶという機械じみた構成になっていた。
 しかも、特攻兵器の飛来以降住む人口が激減し、ついにバーテックスの占領をもって居住者はゼロ、現在は本物のゴーストタウンとなり果ててしまった場所である。
 だが今日に限っては、そんな死んだ街にも人がいた。
 七二の民間人が、廃ビルの一つに逃げ込んでいたのである。
「……なんとか、逃げ延びたな」
 男が、体育館ほどのホールで呟いた。
 静まり返った空間に、声が不気味なほど木霊する。
「ヤツらが攻め込んできたときは、どうなるかと思ったが……なんとかなるもんだ」
 壁にもたれつつ、男はちょっと笑ってみせた。だがその表情は引きつっており、無理な笑いであることは明らかだった。
 そもそも、こんな状況で笑うことこそが無理なのだが。
「……本当に」
「やめろよ」
 続きを、別の声が遮った。立ち上がったのは、男より一回り若い――恐らく十代後半の――若者だ。

 若者は疲労のこもった視線を向けて、
「……やめてくれ。気休めにもならないってことは……分かってるんだろ?」
 その言い草に、男は息を呑むが――反論はしなかった。俯き、ぎりりと歯を食いしばる。
 沈黙がたれ込め、七二人の空気がより暗い方へと流れ始めた。
 彼らは、かつてバーテックスの支配下にいたが、何かしらの理由で――金をもらった、借金を肩代わりして貰った、あるいは弱みを握られた――アライアンスへ協力した者達である。
 ある者は情報を伝え、またある者は軍の備品を横流しし、またある者は偽の情報で敵の混乱を誘った。
 戦争ではよく使われる、市民を利用した攪乱戦術の一つである。本来なら、容疑者の多さ故、極めて発覚しにくい工作のはずだ。
 しかし、彼らの一連の行動は数時間前に露見した。
 理由は分からない。彼らには知らされない。
 だが生命の危機であることは確かだった。バーテックスは、本来民衆に寛容であるが――反面、裏切りには異常に厳しいという側面を見せる。掴まれば、殺されるだろう。実際、バーテックス内部では、同様の出来事が幾つも起こっている。
 だから逃げた。
 彼らは、仲間について何も知らされていなかったが――同じ方向に逃げる者達とは、自然と合流していった。
 その結果が、この七二人である。
 彼らは、逃亡先としてここ――居住区を選んだ『元スパイ』達なのだ。
「……でも、ここにアライアンスが軍を展開してたのは、幸運だったわよ。
この分なら、きっとなんとかなるわ」

 ふと、窓際の女性が呟いた。
 だが彼女とて、アライアンスを信じているわけではあるまい。
 その証拠に、その顔色は死人のように青かった。
「どうだかな。ヤツらがおれらを守るかどうかは、わからないぜ」
 先程の若者が、嘲るように笑った。
 女性の返事にも力がこもる。
「……でも、彼らは私達に気づいているわ」
「気づいてても、おれらを置いて撤退するかも知れないぜ? 現に――押されてたじゃないか。負けそうだったじゃないか。
ここはバーテックスの本拠地だ。アライアンスが、『一度撤退して、ここも――おれたちも含めて――明け渡して、その間に体勢を立て直して、さぁもう一度』……って考えるのは、そう不自然じゃないだろうさ」
 自棄になっているのか、馬鹿にしたような態度ではある。だが、若者の言葉は正確だった。
 本拠地近くであるせいか、バーテックスの抵抗は凄まじい。そもそも、敗色濃厚だったアライアンスが、ここまでやって来ている時点で奇跡なのである。
 実際、彼らが逃げる直前に聞いたラジオでは、アライアンスは今にも撤退しそうだと報じていた。
 そして本当に撤退してしまえば――居住区は再びバーテックスに占拠され、彼らは掴まってしまう。
 せっかく命からがらアライアンスの陣地まで逃げ込んだのに、みすみす殺されてしまうのだ。
 撤退時に、アライアンスが彼らを拾いに来てくれれば話は別だが、今のところ、その兆候さえ――今はまだ、そんな余裕がないというだけかもしれないが――みられない。

 一般市民の弱みに付け入るような連中に、倫理観を期待するのも馬鹿らしい話だが。
「でもぉ……」
 七二人がいよいよ暗さを増したところで、妙に間延びした声がした。
 微妙に舌足らずな、子供の声である。
「助けてくれるって言ってたじゃない。あのお兄ちゃんは」
 柱の影から、ちょこちょこと子供が歩み出てきた。
 母親らしき中年の女性が、慌ててその手を引っ張って、自らの後ろに隠す。
「『あのお兄ちゃん』?」
 若者が首を傾げる。
 誰かが、それに補足した。
「レイヴンの人じゃないか? ほら、さっき無線で話したじゃないか。ジャウザー……って言ったか」
 その言葉で、全員がつぶさに思い出した。
 ここに隠れる彼らの存在に――正確には救難回線で発していたシグナルに――気づき、本隊に報せてくれたのはジャウザーなのである。
 彼らはその際、ジャウザー本人と会話したが――そんな電話口でさえ、彼の『必ず助けます』という宣言には無類の頼もしさが感じられた。
 今の状況でさえ、一筋の光明が見えてしまうほどに。
 だが若者は、それさえもばっさり斬り捨てる。
「口先だけなら、何とでも言えるさ」

 四方から抗議の目線が来るが、若者は気にしなかった。芝居がかった口調で、
「レイヴンたって、所詮は雇い主の犬さ。それも……お利口な。
鎖を噛み千切ろうともしやがらねぇ。
しかも、奴の場合は……元々クレストに属していた、筋金入りの――『忠犬』じゃねえかよ」
 あんまりな言いようだが、それも真実ではあった。
 『傭兵』に『正義』を期待するのもまた、馬鹿げてはいるだろう。彼らとて、契約の元で動いているのだから
 しかし――
「わからんよ」
 不意に、場違いなほど静かな声がした。
 老人特有の、達観を感じさせる口調である。
 そして予想に違わず、部屋の中央に座る声の主は――老人だった。髭と皺に覆われた顔が、天井を静かに見つめている。
 つられるように、部屋の中もしんと静かになっていった。

「彼は……迷っていたようだ。飼い犬であるべきか、自由となるべきか。
……もし彼が、自らの誤りと向き合い、そして愛着などをも捨て去って、自由となる道を選ぶなら……我々が助かる見込みは、あるだろうさ」
 奇妙な物言いに、若者は顔をしかめた。
「なんだ、そりゃ」
「……彼は、迷っていたようなのだよ。
これまで通り、アライアンスに従うか。それとも――従わずに、我々を優先させるべきか。
そして、もし彼が後者の選択をした場合、例えアライアンスが撤退しそうであっても……彼が我々を助けに来てくれるかもしれない。
そういう話さ」
 落ち着き払った、説得力のこもる言葉である。
 だが若者は、それに顔をより険しくした。
「どうしてそんなことが分かる」
 それに、老人は振り向くことさえなく応じた。
「……目を、失いましてな。何も見えなくなってから、どうも……声や雰囲気だけで、その人の内面が分かるようになりまして。
まぁ、所詮は推測と直感ですからな。信じなくとも、構いませんとも……」
 老人は、それきり喋らなくなった。
 室内が本当の静寂に包まれる。
 そのせいか、遠くから響く砲声と爆音が、やけに近く感じられた。


     *


 『自分の騎士道』か、『アライアンス』か。
 気がつけば、ジャウザーは今日ずっと『アライアンス』の方へ妥協してきた。
 理由も、明確だった。
 『アライアンス』を捨て去れば――『自らの騎士道』を優先し、アライアンスに反抗すれば、かなり強烈な罰則が適用されるだろう。放逐、という処罰も十分にあり得る。
 そのことが、異様なほどに――『洗脳』のせいだろう――恐ろしかった。
 それにアライアンスを、企業の正義を否定することは、シャウザーにとって今までのレイヴン歴そのものを否定することだ。
 企業に正義がないとすれば、それに従っていた彼にも、正義などなかったことになる。
(……もしそうなら……)
 怖い。本当に怖い。今の彼を支える土台が、根底から崩れ去ってしまうのだ。
 だから――今日出された、民間人を、技術者を、捕虜を見捨てろという命令にも、流されるままに従ってしまった。
 面と向かってアライアンスを非難することなど、できなかったのだ。そんな勇気は、どうしても搾り出せなかったのだ。
(そう、だが……!)
 思考が危険な区域に踏み込んだ。
 ジャウザーはそれをかき消すように、叫びを上げる。
「うわぁぁ――――――!!」
 逃げるように、ブーストペダルを踏みつけた。
 一直線のトンネルを、最高速度で突き進む。
 その様子は、一振りの槍を連想させた。

『ぇ、AC……!』
 通信を傍受。前方からだ。
 トンネルの出口付近に、重装型のMTが次々と現れる。
 身を挺してまで、戦術的死角への侵攻を阻むつもりだろう。それだけ、ジャウザーの目的地は重視されているということか。
 だが強烈な突進力を持つヘヴンズレイにとって、この程度の壁――問題ではない。
 すぐさまOBを発動させ、一挙に加速、六〇〇を越える速度で近距離射程に滑り込む。
 その間に、左手のブレードからオレンジの刀身が伸ばされていた。
『う、うわ!』
 悲鳴をあげるMT、その脇腹にブレードを撃ち込んだ。
 即死だ。パイロットも、MTも。
 爆発は起きず、ただ倒れ伏しただけだったが――ジャウザーにはそれが分かった。センス、というやつである。
『トーマス!』
 倒れたMT、その横にいるオストリッチから悲鳴がする。
 ジャウザーは耳を塞ぎたい衝動に駆られつつも、本能的にウェポンクラッチを踏み込み、スラッグガンを起動させていた。
 どでかい砲口が、オストリッチにぴたりと照準される。
『おいトーマ……ぇ?』
 オストリッチは、ようやく狙われていることに気づいたようだ。
 だが遅すぎる。
 ジャウザーがトリガーを引くと、一六の弾丸が飛びだし、オストリッチをズタズタに引き裂いた。
 これも爆発はせず、倒れただけだが――即死だ。間違いない。ジャウザーの勘は、今日も切ないほどに優れていた。

(……こうやって)
 思いながら、レーダーを確認。
 右に一機、左に一機。どちらも重装型。
(こうやって私は……!)
 ブレードを再起動させた。左腕から、オレンジの刀身が発生する。ジャウザーは、その状態で真横に左腕を伸ばした。
 MT達は、ジャウザーが何をしようとしてるのかに気づいたようだが――やはり、致命的に遅すぎた。
(こうやって、私は今まで殺してきた……!)
 そこで、ヘヴンズレイは回転した。コマのように、くるりと。唯一コマと違うのは、必殺の威力を持つ刀身も、回転したということである。
 必然的に、その円周上にいた二機は、横に胸を裂かれてしまった。
 斬撃の形態上、深くは刻めないが――それでもMTには十分すぎる威力である。
 実際、MT達は膝を突き、前のめりに倒れてしまった。起きあがる気配もない。
 こちらも――爆発こそしないが、即死だろう。
 これで、ジャウザーは全てのMTを、爆発させずに倒したこととなる。
 ふと気づけば、ヘヴンズレイはMTの屍に囲まれていた。
『流石だな』
 そんな時、マディスンから通信が入った。
『そこらにいるMTはそいつらで全部だ。やはり、ここの守備は疎かになってやがる。
この隙に、エネルギー供給ポッドの方も破壊してくれ。
アライアンスの一発逆転が掛かってる……頼んだぞ』
 ジャウザーは、小さく頷いた。消え入りそうな声で、はい、と呟く。
 そこでふと――ジャウザーは、倒れるMTに目を向けた。
 ヘヴンズレイの足下にいる、オストリッチ――そのパイロットの言葉が、戦友の名前を呼ぶ声が、ジャウザーの脳裏に蘇る。

(そうだ、あれには……MTには、『人』が乗っている)
 目を背け、逃げ回ってきた思考――それが、ここぞとばかりに襲いかかってきた。
(……私は……殺してきたんだ!)
 敵とはいえ、多くの『人間』を。『大義』もなく。
 ジャウザーは、そこに人々を救うためという『意味』があると信じたからこそ、そのような作戦も受けてきた。人殺しにも、耐えてきた。
 無論、正義で殺し全てが正当化されるはずもない。だが少なくとも、人々を救うという明確な目標があったはずだ。
 しかし、アライアンスに正義が無く、その作戦そのものも、必ずしも正義ではないとするなら――自分は『大義』もなく人を殺してきたということになる。
(……これでは、ただの人殺――!)
 そこまで考えた瞬間、猛烈な恐怖が襲ってきた。
 自らの土台そのものを脅かす、かつてない恐怖――それがジャウザーの腕をがっしりと掴んだ。
 心に、ヒビが入る。
「……!」
 悲鳴を飲み込み、ジャウザーはブーストペダルを踏みつけた。
 この場所から逃げ去るため、エネルギーポッドの場所に向かう。

『向き合い、捨て去る勇気を、持ちなさい』

 祖父の言葉が、再び聞こえてくるが――それさえもジャウザーは無視した。
 後には、MTの死骸だけが残されている。


      *


 マディスンの、『もうMTはいない』という言葉に嘘はなかった。
 ジャウザーは、ビルの谷間をルート通りに進んでいったが、その間、一度も敵に会うことはなかった。
 どうやら奇襲は完全に成功しているらしい。MT達を、ほとんど無音で倒したことも大きかった。
(……これなら)
 そう思ったところで、目的地についた。
 クレスト本社ビルの右側面である。正面に立てば、本社ビルに取り付けられたプラズマキャノンより、強力な攻撃を受けるが――側面にいれば、その脅威はない。
 ジャウザーは冷静に、ウェポンクラッチから右手のマシンガンを呼び出した。そこから、側面の上部に取り付けられたエネルギー供給ポッドに、EN弾を送り込む。
 供給ポッドは、あっさりと火を噴き爆散した。

『ターゲット 残り一』

 ヘヴンズレイは、すぐさまクレスト本社ビルの正面に回った。無論、キャノンに襲われないよう、一工夫してある。
 実は――正面といえど、すぐ真下を通ればキャノンは作動しないのだ。
 かつてクレストに属していただけあって、ジャウザーはその欠陥を知っている。
「これで……!」
 ジャウザーは、左側面に回り込んだ。と、その面の上部にある、最後のエネルギー供給ポッドにも狙いを定め――トリガーを、引いた。
 緑の光弾が立て続けに発射され、供給ポッドへ襲いかかった。
 防弾加工でもないポットは、こちらもあっけなく爆散してしまう。
 細かい破片が、ヘヴンズレイをコツコツと叩いてきた。

(……どうだ……?)
 しばらく耳を澄ませていると、ビル内部から、プラズマキャノンの停止する音がした。確か、このポッドは他の防衛施設にも供給をしていたようだし、きっとバーテックス全体の防衛力も落ちただろう。
『よくやった!』
 マディスンが快哉をあげた。
 ジャウザーもほっと口元を緩ませる。
 アライアンスは、圧倒的に劣勢であるにも関わらず、勢いに任せてここまで攻め込んだ。状況を打開するには、本陣強襲という決死の作戦しかなかったのである。
 しかし、アライアンスに長時間敵本拠地で闘うだけの体力はなく――どのみち追い散らされるのが関の山、のはずだった。
 だが今、勝利がぐっと近づいた。
 囮と挑発を繰り返し、ほとんどの兵力を前線につぎ込ませ、防御の中核たるここを疎かにさせる――その作戦が、ジャウザーと、戦術部隊の命がけの突貫によって成功した。
 バーテックスは前線指揮官『烏大老』を亡くしており、それにより敵の指揮系統が鈍っていたのも、幸運だったろう。
 だがとにかく、バーテックスの防御は弱まった。これなら、アライアンスの勢いを持ってすればバーテックス本拠に突入、主犯――ジャック・Oさえ捕えられるかも知れない。
(……そうでなくとも、戦線が保てば、彼らの……七二の命は、きっと助かる! 彼らを脱出させる時間が……稼げる!)
 そう喜びつつ、ジャウザーはふとビルの正面へ向かった。
 そこから、高い高いクレスト本社ビルを見上げてみる。
 そこにはジャウザーが入団した当初と変わらない、偉容があり――喜びも相まって、少々呑気な懐古感を感じさせた。

「懐かしいですね」
 戦闘中であることも忘れ、ついついそう呟いてしまう。
 かれこれ五年も前のことなのだが――ここで入団手続きを行い、演説を聞いたことは、まるで昨日のことのように思い出せた。現に、その演説の内容はおろか、演説官が着ていた服さえ、ジャウザーは詳細に話すことができる。
 彼のこういった面からも、クレストへの愛着の深さが――『洗脳』の根深さが、透けて見えた。
 だが、一方――
(……そうだ、今は……)
 自分の状況を思い出し、ジャウザーは暗い気持ちに逆戻りした。
 以前ならまだしも、彼はすでにクレストのどす黒い部分を、立て続けに見せられている。
 かつてのような純粋な気持ちで、ここを見ることは出来なくなっていた。
(作戦は、成功したが……。
私はこのまま……クレストに属していて、よかったのだろうか)
 例の思考に戻った直後、それはやってきた。
 オペレーターが慌てて警告する。
『敵ACだ!』
 ジャウザーは瞬時にレーダーを確認した。
 確かに――いる。赤い点だ。それが、MTではあり得ないスピードでこちらに向かってくる。
 ヘヴンズレイは見上げるのをやめ、即座に付近のトンネルへ入った。
 オペレーターの驚いた声がする。
『ジャウザーっ?』
「こちらから迎え撃ちます。ひどく無防備でしたが……ここは敵の本拠地、いつ敵部隊が戻ってくるかわかりません。場所を変えなければ、後々不利になるかも知れません」

『……そうか、そうだな』
 そこでトンネルが終わった。
 出た先は――生産区だ。今までと違い非常に入り組んだ造りとなっているらしく、四方八方で道が折れ、枝分かれし、まるで迷路のようだ。
 周りにそそり立つ建物も、軒並み天井付近まで届いており――恐らく、飛び越すこともできないだろう。ここまで来ると、本格的に迷路だ。
 そしてその一角にいたらしい敵ACが、こちらを発見したらしい。赤い点が、レーダー上を猛スピードで移動してくる。
(こっちか!)
 ジャウザーは、敵がやってくるだろう曲がり角にアタリをつけ、そちらに機体を向けた。
 だが、その予測は――見事なまでに外れた。
 敵は、そもそも『道』を通ってこなかったのである。
『ジャウザー! 違う、道じゃない、「壁の中」だ!』
 マディスンが叫んだ。

 直後――ジャウザーは信じ難いものをみた。
 ジャウザーの見つめる先で、迷路の壁が――壊れた。
 外側に歪んだかと思えば、一挙に破裂し、大小の破片をまき散らす。
 それと平行して、土煙がもくもくと上がり、穴の付近を覆い隠していく。
「な……!」
 ジャウザーが声を漏らした。
 無茶苦茶だった。敵ACは、ジャウザーが逃走するとでも考えたのかも知れないが――それにしても、ここまでして、壁を壊してまで急ぐ必要があったのか。
 そう驚くジャウザーを知ってか知らずか、敵ACが土煙の中から悠然と歩み出てくる。
 緑のモノアイ、マシンガン、そして左手のブレード。かなり好戦的な武装の、二脚ACである。なるほどこの火力なら、弱くなっているところを突けば、穴くらいはあくかもしれない。
 そうであっても、やりすぎだが。
 現に、舞い上がった砂埃は、ヘヴンズレイの付近にまで漂ってくるほどの量である。
 これでは、互いの戦闘にも支障をきたす。

(……何を考えて……!)
 思いつつも、ジャウザーは右手のENマシンガンを相手に撃ち放った。
 緑の光弾が群をなして相手に突き進み――だがその途中で、全て忽然と消失してしまった。
「なっ」
 目を見張るジャウザーだが、敵はその隙を見逃さなかった。
 最大速力で一挙に接近、近距離射程に持ち込んだ。
 ジャウザーは慌てて下がるが、もとより狭い路地だ、限界もある。すぐに追いつかれてしまった。
「邪魔を……!」
 引き剥がそうと、ジャウザーは再びENマシンガンを撃った。
 距離が近いこともあり、今度は一応当たったが――それでも威力の減衰は明らかだ。
(どういう……!)

 ジャウザーは、そこではっとした。
 メインモニターの右隅に、緑で[空中伝導率悪化]と表示されている。
 ジャウザーの顔から血の気が引いた。
 [空中伝導率]とは、『電気』が空中を進む際に受ける、『抵抗』の数値である。[空中伝導率]が高いと、『抵抗』が多いということであり――端的に言えば、電気が空中を移動しづらい状態ということだ。
 そして、当然こういう状況下では、EN兵器も抵抗を受け、威力を減算される。常識的な軍事知識だ。
 また、砂嵐や霧の中だと、特にこういう状況になりやすい。『砂』や『霧』もまた、せっかく収束されたエネルギーを、かき乱してしまうからだ。
 恐らく――敵ACは、『砂』埃を極端なほど舞い上げることによって、意図的にそういう状況を作り出したのだろう。

 ジャウザーの主武装――ENマシンガンが途中で消えたり、威力が弱まったりしたのも、きっとこのためだ。
 通常のレーザーライフルなら、多少の減衰などものともしないのだが――ENマシンガンは単発威力が低く、そのため少しでも減少されると、全くダメージが通らない場合もあるのだ。先程のように。
「考えてますね……!」
 言いながらも、ジャウザーは躊躇していた。
 この状況では、本来ならメインとすべきENマシンガンが役に立たない。ならば――パージするべきか、それとも保持しておくべきか。
 普段の彼なら、即座にどれかを選択していただろう。
 だが、今の彼には戦闘以前の迷いが満ちている。
 それらが選択を躊躇させた。集中力を乱していた。

 一瞬の隙が、生まれる。
 敵のモノアイが妖しげに輝いた。
(! しまっ……!)
 敵ACが、ブレードから『突き』を繰り出した。
 ジャウザーにとっては、不意の斬撃である。咄嗟に横へ跳ぶが、避けきれず、右肩のエクステンションが上下二つに斬られてしまった。
 が、これで終わるわけにもいかない。
 ジャウザーは、自身もブレードを起動させ、応戦しようとしたが――途端、敵ACはバックダッシュで間合いを開けた。
 そして右手のマシンガンを、こちらにぴたりと向けてくる。
 ガシャン、とマガジンに弾が込められる音がした。

『避けろ――――!』
 マディスンの言葉通り、ジャウザーはブーストペダルを踏みつけた。そのまま左へスライドダッシュ。
 直後、右腕の僅か数メートル外を、弾丸の群が駆けていった。
 ヘヴンズレイだから避けられた。他のACならこうはいくまい。
(避けられた……!)
 だが安心したのも束の間、背後の壁で着弾音が連続する。その後、再び土煙が広がった。
 カメラ映像が砂のカーテンに遮られ、もはや視界の確保さえ難しくなってしまう。
(今の攻撃は、ここまで計算して……!)
 驚き、警戒し、レーダーを見る。
 そこでもう一度愕然とした。敵ACは、この視界が悪い中でも、一直線にこちらに近づいているのだ。
 ひょっとしたら――いや、間違いなく暗視スコープ機能を応用して、視界を確保しているのだろう。暗視スコープは赤外線を使うため、雨や砂埃といった、粒子の細かい障害物からは影響を受けないのだ。

 実際、ジャウザーは同じようなことを、砂嵐下のミッションで行ったことがある。
 だが――それには暗視スコープの強制起動、明度の調整、などを手動でやらなければならないはずだ。本来なら、一分や二分とられるはずの動作である。間違っても、戦闘中、しかもこんな短時間にできるものではないはずだ。
(なんという……手練れ!)
 戦慄が全身を駆け抜けた。
 これほどの技量を持つ相手が、自分を殺しにきている。その事実が単純に恐ろしかった。
「……くそっ!」
 ジャウザーは一瞬躊躇った。が、結局バックダッシュする。
 ECMを吐きだして電波障害を起こしつつ、逃げる。オートマップを頼りに、敵ACが作った穴を抜け、そのまま市街区を駆け抜けた。
 正直、追ってくると思ったが――どうしてか、敵は追ってこなかった。






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