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「優しい火」


多色の油絵ノ具で塗り潰したような不快な空だった。見上げれば渦巻く濁り色の雲が視界いっぱいに広がっている。
時折覗かせる発光色は緑に垂らした一滴の青、眩い光が教えてくれるのはそれが雷雲の塊であり、同時に幾多の汚染を運び込む物であるという事。
油気質な空気を唇にじっとりと感じる少女は何かを呟いた。
長い髪を結ってはその身に似合わぬゴツいヘルメットを被った。
見上げれば空と雲、見下せば土と水。少女の立つべく場所は回りよりもほんの少しだけ高い処。
ゴンゴンと響く足音は重金属を叩く音、近くで見れば大した事はない、少女は建物の上にでも居るのだろう。そう見える。
だが少し見方を変えるだけでソレが大きな人型の機械の上である事がわかる。錆びついた剥き出しの鉄骨が鈍く光る塔。
そこに4本の脚を絡めしがみ付いているのは、少女の身体よりも幾分大きな金属の人形なのだ。少女はその人形の調度頭の近くに足を付けている。
ボウと光る紅い4つ目に少女の身体は照らされる。

『サージェント、聞こえますか?サージェント』
なんとも出入りに不便な操縦席へ腰を落ち着けた頃、少女に対して投げかけられたのは女性の言葉と少女の呼び名だった。
この声を聞くと意地悪くなってしまう自分に気付きながらも抑えを効かせる。
「マリー、聞こえてるから喧しく続けるな」
応える言葉はどこか冷たい。関係はないが、少女は見た目よりも随分とハスキーな声だった。
マリーと呼ばれた通信機の向こう側の女性はいつもの事のように二つ返事ですいません。それから言葉を紡ぐように続ける。
『この周辺の避難は終わりました。区画の避難所からも確認が取れて、漏れもないとのことです』
御苦労と少女からマリーへ、そうとわかればと言うように、鉄塔に貼り付く機械人形は脚部の固定金具を外し特徴的な4本脚で地を叩いた。

『こちらジャック!聞こえるか!?』
突然のキンキン声が通信ノイズと交ざり耳を突いた。
その五月蝿い雑音が応答を求めるたびにノイズは大きくなり、声から判断する能天気な若者が自身の通信機の不調を疑い始めた頃、少女が怒鳴り散すに充分な怒りを溜め込ませた。
「通信機の回線を見直そうとも思わんのか!貴様ァっ!!」
ぎりりと聞こえる少女の歯軋りに、同じ回線に繋いでいたマリーはコレはまだ続くのだろうと少女の怒号を聞いていた。
さんざっぱら言葉で蹴散らした若者ジャックに、次やったらホントに蹴散らすぞ?と釘を刺す少女。
やっとこ本題へ移れるとなると、ジャックは少ぅし控えめながらに言葉を並べはじめる。
『こっちの区画はあと10分もすれば避難完了だ。漏れも今の所はなしだな、それよりもじいさんの所が遅れてるらしい』
「オールドマンの区画か、あっちは隘路ばかりだからな」
その返答と共に目の前の光学画面に行路補足や別経路案が書き加えられた地図を展開する。
バツ印のない道に幾つかの線を加えてその情報をどこかへと転送する少女。相手のどうする?という言葉に
「余裕があるなら行ってやれ、この三人で一番脚が早いのはお前だろう」
と返す。ジャックからは了解だ、の軽快な返事。
五月蝿い相手の厄介払いが終わるや少女は空いていた手をぶらぶら、それから操縦桿を力強く握り機械仕掛けの人型重機、ACの脚を働かせた。
今度見上げる空はACの瞳を解してのもの、浮かぶ雲の大きさが変わらないのは、アレに比べればこの重機も小さいものだからだろう。
『あとどれくらいでしょうか』
静かに囁くマリーの声、同時に友軍機の信号を表示する熱源の接近。
重厚な装甲を身に纏う2本脚の厳ついAC、レディ・レッドが音と揺れを連れて少女の乗るACの近くに脚を付けた。
5時間程度だろう、と4本脚とレディ・レッドに負けぬ装甲を持つACアイオブカースは通信に少女の声を乗せてマリーの方を向く。
「内陸は弾の雨ばかりだ。それに比べれば微量な汚染を運ぶ嵐くらい、どうってことない、だろう?」
『それでも、避難が必要であるくらいには危険ですけれど……』
つまらん答えだ。彼女の呟きをACの歩行音が掻き消した。

『こちらオールドマン、すまんなお嬢さん方、若いノの協力がありながらあと20分は掛かろうて。送ってもらった情報は有り難く使わせてもらっとるよ』
年季と落ち着きを感じさせる静かな語りは通信の向こう側から。オールドマンを名乗る男は少女に対し礼の言葉。
「状況は把握した、そっちが終わるまで警戒態勢を維持する。そろそろ風が嫌なもの運んでくる頃合だろうからな」
その言葉が終わるのを待つかのように、通信が閉じられればどこからか響く砲音。
水平線に消えていく弾道は光が擦れながら消えるようで、後を追うように伝わってくるのは重く歪んだ定かではない音、先のそれだった。
弾の行く先には電離した気体の青白い残り香が四散する小さな爆発。正体不明の物体は肉眼では捉えられない距離でその形を崩す。
『今のは…』
事の起きた方角を見やるマリーのACを介し映る物はなし。
呆け気味の相方にフンと鼻を鳴らすローザは、自機の腕に抱える大砲を展開する。と同時に、ローザは悪戯ににへらと口を歪ませるのだ。
ACと比べても異様な長さである砲身を持つ大口径狙撃機関砲、射撃と同時に発生する反動を抑えるため脚部に内蔵された巨大な杭を静かに覗かせる。
4本の内後ろ2本の脚をほんの少し動かし、巨大な杭を打ち込んだのはレディレッドの足元僅か数十センチといったところだ。
突然の射突音と爆ぜる泥に驚くマリーを一括する調子で少女は口を開いた。
「さっきのはソリッドフェザーの撃ったものだ。呆ける暇があるのなら少しでも漂流物を見つけたらどうだ?」
ローザのくつくつと鳴らす悪戯な笑いに、マリーはすいませんと少しばっかりの動揺を混ぜて。
そういって一時の茶化しをどこか楽しげに済ませたローザの瞳も、海の向こうからの流れ物をはっきりと捉えていた。
4つの推進機関を軟体生物の脚のようにゆっくりと動かすソレは、まだコチラを見つけてはいない。それだけ彼女の瞳が遠くを見渡せるものだと言うことだ。
「見えるか?」
そういって自身の視野を隣のACにも貸しやる少女、電子画面の映す摩訶不思議な物体に興味を抱くのは当然の反応なのか。
マリーはひょんと頭を持ち上げてはコレがなんなのかを上官である少女ローザに問う。
「汚染の中を泳いで回る不気味な連中だ。企業がばら撒いた代物だって話だが、真偽はどうだかな……何時ぞやのシティでの一見じゃあ内陸の方でうようよと湧いて出たらしい。
その後何年もあんな奴等を都市群で見かけたそうだ。内陸で仕事をしてた頃はアレの除去依頼が後を絶たない時期があった。あの女……ソリッドフェザーと仕事をしていた時もよく受けた掃除のひとつだったよ。
まぁ海沿いのこの辺りじゃあ、台風の時くらいしか見ることもないだろうが」
言葉の終わりを塗り潰すような轟音はアイオブカーズの構える砲から放たれた。薬莢を吐き出した機関部からシュウと煙が押し出された。桁違いの威力を誇る弾頭が目標物を粉微塵に砕く。
同じことを二三度繰り返す頃には水平線の彼方に動く物影はなくなった。

防護シャッターを力強く叩くのは暴風、雨はもはや水の塊をぶつけるようで途切れたと思えばまたびしゃりと被せられる。
絶え間なく続く雨音から時折雷が申し訳程度に響き鳴く。
そんな音に耳をそば立てずとも聞いてしまう二人、ローザとマリーは自分達の扱う居住スペースを兼ねたガレージにて防水対策をと一頻り駆け回った後の休憩中だった。
2段構造の下段ひとつ丸々を使ったガレージスペースに納まった2機のAC、その足元には薄らと水が張っているがACそれぞれの脚計6本はビニルでしっかりと包まれていた。
上段には後付で取り付けられた寝室が2つ、その片方では特に何をするでもない少女ローザが部屋の明かりを消してはその瞳を閉じている。
が、別に寝ているワケではない。子供のような見た目の彼女も優秀なミグラント、現在は緊急時の待機中であるが睡眠なしでの仕事など手馴れたものだ。
無論この程度の事で御呼びが掛かることもないとわかりきっているので、無駄な洗浄の手間をなくすためACには防水ビニルを張っているという事。
彼女が起きているのは形式的な無線への応答がためでしかない。
そんなローザの待機する部屋の戸を叩くのはローザよりも歳相応の容姿を持つ女性マリー、「起きてますか?」の言葉と共に返答を待つ。
数秒の沈黙はその言葉がローザに届いていないからではない、悪い癖なのだ。諦めて自室に戻ろうとする足音を確認してから少女は言う。
「用があるなら入ればいいだろう」
雨の音に言葉を持っていかれたか心配であったが、ゆっくりと開いた戸にその心配を投げ捨てた。
寝巻き姿のマリーを暗がりのなかで薄らと目視し、また瞳を閉じる。電気は付けないんですか?とマリー、静かにあぁと答え部屋に入るよう言ったローザは何処か嬉しそうだ。
戸を閉じるなりローザのベッドに潜り込むマリー、通信機の前に座るローザは特に何を言うでもなし。
少女は知っていた。マリーはこういう騒がしい夜が恐い事を。弾丸や爆発が響く戦場の夜には慣れていても、時になんてことのない物音にビクつく人が居る。
それがミグラントであろうと別段珍しいとは思わない。可笑しなものにすら恐怖する兵を幾人も知っているからこそだった。
一見子供のような自分の部屋に寝にくるというのも可笑しな話だな。そんな風に笑うのはローザ、ベッドからコチラを見やるマリーに気付かれぬよう肩を震わせた。
こんな時くらい素直に迎えてやろうと立ち上がり、飾り気も色気もない部屋の隅から持ち出した古びたランタン。
どこかアンティークともガラクタとも言えるそれに1本のマッチが灯すのは、暗がりの狭い部屋をやんわりと包む優しい火。

ぼぅと照らされ輪郭がぼやけるランタンの持ち手、ローザはゆっくりと天井付きのベッドへ近付き厚手のシーツに顔を埋めるマリーの下へ。
先ほどまで座っていた椅子を手繰り寄せるとそこに座り近くの机にランタンを置いた。
目が明かりに慣れてしまうと光に照らされている部分しか目に入らず、まるでそこだけが浮き上がるような不思議な感覚。
雨や雷も遥か遠くから聞こえるかのように小さくなっていくような……。
最後にローザは煙草を取り出した。乾いた香草が火を通し、燻された落ち着きのある香りを漂わせる。
肺に溜め込んだ炙り香をゆっくりと吹き、頭をくるりと回すような感覚を楽しみながら灰皿代わりの空き缶をトンと叩く。
ぽとりと落ちた灰の音、雨が壁を叩く音はそれよりも小さく、風に揺れる何かが規則的にキィと続ける。
やっと安心したマリーは嬉しそうに顔を出した。
「何か、話してくれませんか?」
まるきり子供みたいに催促するマリーにローザは咥えたタバコ揺らしながら、わがままな奴だと笑う。
そのまま二人は他愛もない話しに熱を出した。
この嵐がガレージを揺らしている間は―
ランタンの灯りが消されるまでのは間は――
どちらかが寝息を立ててしまうまでの間は―――
狭くてちっぽけで静かで優しい火に照らされた空間で、二人は話しを続けたのだ。
気付けばだらしなく頬に涎を垂らして眠るマリー、ポケットからハンカチを取り出し拭いやるローザはそのまま通信機の子機を持って部屋を出た。
マリーが起きる頃には、この嵐も終わっていることだろう。「おやすみマリー」ローザは静かに言った。





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