「吊るされた男」


鉄の枠組みのベンチを照らすのは黄色と言うには少し蒲色の強い街灯の光。
影を落とす中年の大男と対象的に体の小さな少女、二人は静かに座っていた。
不意に少女は口を開く。
「それで、大切な女性(ひと)が死んじゃった男の人はどうなったの」と。
それは先ほどまで、隣の大男が少女に聞かせていた話のことだ。哀れな男が想い人に先立たれる物語。
ははと笑いながら飴の甘さに頬を落とす少女への答えは「名前通りに、吊るされちゃったんだよ……自分の愚かさによって」というものだった。
その時男の瞳に浮かぶものなど、幼い聞き手には理解できないだろう。
「なんて名前だっけ」
棒付きの飴を口から離して問う少女、そこで男はベンチから立ち上がり再び答え合わせ。

「ハングマン、今じゃ首の縄は鎖に変わったけどね」
そう言って少女に、ポケットから取り出したくしゃくしゃの紙幣を渡す。いいの?と、今にもはしゃぎそうな子供の頭を撫でると、大男は街灯の下から影へと消えた。
闇の中、語部の端末が知らせる緊急連絡の音は少女の耳に届いただろうか?

―――ZIO MATRLX
『ネオ・アイザックにて我が社の遣り方に不満の声を上げる連中が集っているのは知ってるな?
彼奴等に武装したMTを流した駄企業が在ったようだ、歩く者は火炎瓶に手製の爆弾、MTは四方に発砲していて手に負えん』
愚痴煩い端末の向こうの老人が喋り続けるのも構わない、そんな様子で男は言った。
「どうしてやればいい」
『皆、殺せ』


男が迎えの車に乗りネオ・アイザックの都市部、ジオマトリクス所有区画での暴動を抑え込もうとするシティガード部隊の元へと付くのに十分と掛からなかった。
黒塗りの車から降りる男の元へと駆け寄る現場責任者、いきなり向けられた怒号は、此処にACが運ばれていることへの怒りからだ。
「この状況でACを出したら被害がどれだけ拡大するのかわかってるんですか!MTが居るとは言え数はたったの――
「許可は出た」
一言で小うるさい相手を黙らせ、自分の荷物を届けてくれたトラクターへと男は向かう。
幾つかの書類を持って端的な説明をしに駆け寄る整備班、その言葉に耳を傾ける代わりにコートを預けヘルメットを受け取った。
小型のシャフトを使い上へと、幾重ともなる装甲と板金との人型を模した重装義体の上に足を下ろす。
トラクターの上ともなれば、横たわる人型兵器からでもかなりの高さになる。シティガードが必死に抵抗するラインの向こう、不満を叫ぶ人だかりがよく見える。
それよりもかなり後方にはMTがいる。確かに発砲はしているようだがコチラに飛んでくる気配はない、素人の操縦ではそんなものなのかと男は不満げだ。
これじゃあ一般人を殺すのと大差ないな、そう思えるから。

『身を出してちゃあ危ない、ACに乗れぇ……』

『ハングマンッ』

わかってる、メットの通信機から聞こえる整備班長の声に返答。
花の弁のようにに開いているコア中心に足を置き、一部を力強く踏みつける。それと同時に立ったままの男を取り込む形で装甲が包み込み、カシャカシャと音を立て、時にガスは排出しながらコアは頑丈に、堅牢に出来上がっていく。
最後に前のめりに倒れている装甲と頭部が持ち上がり定位置へ。密閉用ガスを何度か押し出し、ハングマンの搭乗機である重量級AC戒世はその出力を巡らせ紅いフレームを動かした。
ゆっくりと立ち上がり荷がなくなることで少しだけタイヤが押し上げたトラクター、その横脇に設置されている機関砲を掴む、それは従来の物に比べ幾分も大型化され形状の変化したAC用兵装、EWG-MGSAW。
背部の追加弾装から垂らした弾帯を引っ張り機関砲に装填、重々しい金属音はシティガードを退避させる合図になった。

男は何を見ているのか?
アーチ状に飛び出し落ちていく薬莢か。それとも、次々と機関部に取り込まれていく弾薬帯か。
止まることなく発せられる銃口からの閃光か。それとも連続発射で見える弾頭の真っ直ぐに伸びる光か。
目の前で繰り広げる虐殺劇なのか、血飛沫と煙なのか、拉げて行くMTなのか、その残骸なのか。
違う。
吊るされた男は彼女以外何も見えていない、自分の中に残った想い人だけしか。
それを知っているのは他でもない男だけ、過去を聞かされた少女はきっとあの話を理解できなかっただろうから。
だから男だけなのだ。
世の戒め、そんな正義感に満ちた機体は悲しくも、敵とする者を殺すだけの道具と成り果てていた。





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