『前傾防御!』
突如、通信機が上官の声を響かせた。
その声に、新兵は慌てて操縦桿を引き、自機を――MTオストリッチを戦闘モードへ移行させる。
周りでも、仲間のMTが次々と武装を展開しており、戦闘の開始が告げられていた。
『前傾防御! 一二時の方向、微速前進!』
再び上官の声。
一瞬、新兵は言葉の意味を計りかねたが、すぐに陣形や進撃方法を伝える言葉であることを思い出した。
(そうだった。確か、前傾防御は、二機一組になる陣形で、それから……)
新兵は、必死で記憶をまさぐった。自分だけ遅れては洒落にならない。
自分はまだ新参で、泣き虫でさえあったが、己のミスで部隊を危険に晒すのだけは嫌だった。
(微速前進だから、まず速力を落として……)
新兵はあたふたとペダルを踏み、スティックで自機の方向を調節し始める。
だが、すぐにそんな努力は無意味となった。
もとより、陣形などでどうにかなる相手ではなかったのだ。
『砂嵐で視界が悪い! 全員、レーダーを見て……』
そこで、通信が途絶えた。数拍の後、前方で爆発。
飛び散った細かい破片が、コツコツと機体を叩いてきた。
(……なんだ?)
新兵はまず訝った。
だがある時、気づいた。先程までうるさいほどに響いていた、上官の声がしなくなっているのだ。
(……まさか)
寒気と共に思った直後、前の方で次々と爆発が起こり始めた。
その数はどんどん増え、しかも――近づいてくる。前方から、後衛の自分の方に向かって。
新兵の胸で、かつてない恐怖が巻き起こった。
前から近づいてくる爆音、それは紛れもない死の足音だった。
「う、うわぁ!」

叫び、新兵はすがりつくように操縦桿を握った。
涙目でレーダーを確認、だがそこに映った敵影は――
(――一機?)
MT二〇機の中隊を、一機が? AC? いや、そんなはずは……。
そこまで思ったところで、爆音が近距離で起こった。
前にいた重装型のMT、それが爆散したのだ。
破片が弾丸のように飛来し、衝撃が機体を大きく揺さぶる。
(……ついに、ここまで……!)
歯がガチガチと音を立て、手が震え、涙が幾筋も流れた。
『鉄の棺桶』――MTにつけらた蔑称が、今になってありありと脳裏に浮かびだす。
そんな新兵が見つめていると、やがて黒煙の中から、巨大な影がゆっくりと歩み出た。
人型だった。だがそれ故に、足が妙に長かったり、頭がとんがっていたりと奇異な部分も際だっている。
しかしそんな何よりも、新兵の目を引いたのは――腕だった。
『手』が――掴むためのマニュピレーターが存在しておらず、代わりにレーザーブレードが、両腕の先から長く伸ばされている。
(……ああ……)
死を前にした落ち着きの中で、新兵は心から賛嘆した。
敵のブレードが、既存のどんなブレードとも違う、美しい色を持っていたからだ。
振り上げられるその色は、青でも赤でも緑でもなく、月下に映える――桜色。
(……きれ――)
彼の意識は、そこで途切れた。

     *

墨を垂らしたような、濃厚な闇の中。
スピーカーは、渋い男性の声で語り始めた。
『これは、君の実力を見込んでの依頼だ。
キサラギ派が隠れて製造していた、新型兵器――『ASYURA』を撃破して貰いたい』
少し間を置いてから、声は再開する。
『アシュラとは、旧世代の技術を野心的に盛り込んだ、AI制御式のACだ。
詳細は未だに聞き出せていないが、他の物体のエネルギーを奪い、それにより永久活動できる機構を備えているらしい。
また、情報によれば、コアやブースターなど、大部分のパーツを既存のものに頼っているようだが……
一方で腕に特殊なブレードを内蔵しており、斬撃の威力は強固な装甲さえ一撃で裂くほどとのことだ』
そこで、声はまた一拍置く。
『それを、撃破して貰いたいのだ。
遺憾な話であるが……キサラギ派は、どうやら実験の過程で同機を暴走させてしまったらしい。
しかも、実験結果を優先するあまり、自爆用の爆発物なども仕掛けておらず――自力での破壊が不可能、ということなのだ。
よって、「代わりに我々クレストが、その撃破を君に依頼した」、というわけなのだよ』
声は、そこで一つ咳払いをした。
『なお……これから言うことは、機密事項だ。他言は無用にしてもらいたい。
……実は、アライアンス内部の我々――クレスト派は、キサラギとより密接な関係を結びたいと思っている。
同社の技術力は喉から手が出るほど欲しいものであるし、旧世代の技術の解読も、キサラギなしでは不可能だ。
その上で、我々は今回のトラブルを、キサラギに恩を売る絶好の機会と考えている。
彼らがさじを投げた問題に、我々クレスト派が代わりに始末をつけるわけだからな。
大きな貸しができるだろう。だが……』
少し苛立ちを交えて、声は続けた。
『だが、邪魔が入ろうとしている。
ミラージュ派だ。彼らもキサラギ派の技術を狙っており、我々と同様に今回の件で恩を売ろうと考えているらしい。
実際、ミラージュ派はアライアンス戦術部隊の一個連隊を――当然、ミラージュ側の連隊だがな――動員し、ついさっき討伐に向かわせた。

我々も、偶然現地に居合わせた中隊に、討伐を命じたのだが……彼らは、目的地に近づいたところで、殲滅されてしまった。
言うまでもない無いが、目標の――『アシュラ』の仕業だな。
やはり、たった一個中隊で討伐しようとした判断は、上層部のミスだ。
しかし、そうなってしまった今、新しい部隊を派遣するのではミラージュに先を越されてしまう。
先を越されれば、アシュラを撃破するという恩を、ミラージュに取られてしまう。
……分かるね?』
そこまで言われれば、さすがに予想がついた。
つまり、この男はミラージュよりも先にアシュラを始末してくれ、と言っているのだ。
『幸い、向こうはまだレイヴンを投入しておらず、連隊の到着にももうしばらくかかるだろう。
だが、決して時間に余裕があるわけでもない。
せいぜい二時間あるか否か、というところだ。
だがそんな時に我々は運良く、アシュラの近くで任務遂行中だったレイヴンを――君を、発見したわけだな。
連続して任務を受けることになるが、その分報酬ははずむし、また……
君と同様に、標的付近で活動していたレイヴンを、僚機につけようではないか。君にとっては初対面で、情報も得ていないだろうが――腕は保証しよう。
だから、是非とも受けてはくれないか。
一応、今分かっている情報や条件としては――』
アシュラは、クレストの『海水発電施設』に逃げ込んだこと。
その施設は、塩水から電気を取り出す新型の発電施設であるが、海水を真水に濾過する装置もついた『貯水場』でもあり――内部で戦闘する場合は、なるだけ損害を少なくして欲しいこと。
さらには施設の構造や、特徴、さらに分かっている限りでのアシュラの攻撃パターン。
そういった事柄が延々と垂れ流された後、依頼主はこう締めくくった。
『頼む、ウォータン・バスカー。
我々に――クレストに、協力してはくれないか……!』
そこで、音声が途切れた。
バスカーは一つ息を吐き、録音機の『停止』ボタンを押した。
しんと静まり返った闇の中で、男は腕を組み、一人思案する。
(さて……この依頼、すでに受けてしまったが……改めて聞けば聞くほど、やばそうだな)
前金が高い。報酬そのものも多い。依頼文に焦りがにじみ出ている。

そのどれもが、危険な依頼の特徴だった。
恐らく、並みのレイヴンでは生還さえ難しいような、そういう次元での難易度なのだろう。
任務を終えた直後、補給もなしに受けるとなれば尚更に。
(まぁ、依頼者もその辺りは分かっているようだが……)
だからこそ、僚機をつけると言い出しているのだろう。
だが残念ながら、僚機がつけば難易度が下がる、というわけでもない。
熟練したコンビならともかく、今のように全くの初対面同士が組まされた場合、かえって戦いにくくなる可能性の方が高いのだ。
中途半端に連携をとろうが、てんでバラバラに戦おうが、慣れない状況は必ずミスを生みだし、そこにつけ込まれれば二対一の戦力差など容易く覆されてしまうからだ。
ACとは巨大兵器であり、かつ時速400キロ以上で動く高機動兵器でもある。そのため扱いが非常に難しく――だからこそ、AC戦というのは非常に精密かつ複雑なものにならざるを得ない。
二機になれば戦力も上昇する、という単純な世界ではないのだ。
(依頼者も、それは分かっているだろうが……)
それでも敢えて、二機にやらそうとしている。
その辺りに、『二機でも厳しそうだが、一機では絶対に不可能だし仕方なく』――というクレストの苦悩が透けて見えた。
「まぁ、受けたからには、手を抜くわけにはいかないな。プロとして」
笑い、バスカーは壁のスイッチを叩いた。
上下左右、ありとあらゆる場所に計器の光が灯り、同時に前面のモニターが起動、メインカメラの映像が映し出された。
ウォータン・バスカーのAC――クライストチャーチが、節電モードから息を吹き返したのである。
「さて」
バスカーは、腕時計とレーダーとを見比べた。
現在の時刻は午前四時。月は出ているが、空はやや白み始めている。
五時というミッションのタイムリミットまで、あと一時間しか残されていない。
だがレーダーは、依頼主の言う『僚機』も、それを運搬するであろうヘリも、未だに映してはいなかった。
(遅いな)
バスカーが合流地点に到着してから、すでに半時間が経過している。
だが、相変わらず『僚機』が到着する気配はない。
(……これは、俺一人で突入するべきか?)
本気でそう思った直後、レーダーが機影を感知した。

速度と高度からして、ヘリだろう。かつ、こちらに向かっているということは――
「来たか!」
バスカーは、機体をその方向へ向けた。
夜空の彼方からツインローター式の輸送ヘリが――クランウェルが接近してくる。
そしてよく見るまでもなく、そのヘリはACをぶら下げていた。
『レイヴン、今からACを投下する!』
その通信が来た直後、空中でACが切り離された。
青い、逆関節の機体が荒野の上に着地する。
最初の内こそ、バスカーはその情景を期待と安堵の表情で眺めていたが、ACの全貌を凝視する内に――不審げに眉を寄せ始めた。
(……なんだあれは)
青い逆関節機体は、実に珍妙な姿をしていた。
ほっそりとした脚部に、ほっそりとした腕、小さめの頭。だがコアが異様にでかく、前方に向けて大きく張り出している。
『箱人間』。そういった単語が、ふとバスカーに思い浮かんだ。
それほどまでに僚機の姿は不格好であり、兵器として備えるべき最低限の機能美さえ、見事なまでに欠いていた。
「……か」
思わずバスカーは口走ってしまった。
『「かっこわる……!」』
信じられないほど稚拙な言葉が出、しまったと思う。
だが同時に、怪訝にも思った。
まったく同じ言葉が、違う声でスピーカーからも聞こえていたからだ。
(……なんだ……?)
訝るバスカー。だが、すぐに答を発見した。

レーダーの下にある『通信状況』のパネル、そこに『回線解放中』と表示されていたからだ。
『回線解放中』とは、ACに搭載された通信形態の一つであり、端的に言えば――コクピット内の全ての言葉を、同様に『回線解放』状態である機体に垂れ流すという形態のことだ。
『回線解放中』にくしゃみをすれば、付近で『回線解放』している機体全てにその音が流され、秘め事を呟いても、同様に垂れ流すという奇妙かつ迷惑な仕様だった。
(……いつのまに、こんな状態に……というか)
恐らく、というより間違いなく、相手である青いACも『回線解放中』だったのだろう。
ということは――
(向こうも、こっちを見て同じことを言ってやがってのか……?)
あの青いACが。
あの異様に不格好なACが。
バスカーの愛機を見て。
『かっこわるい』と。
(……じょ、冗談じゃ……)
確かに、クライストチャーチは特異な外見をしていた。
フロートタイプだし、アクの強いパーツばかりを使っているし、毒々しいカラーリングだし。
だが、少なくとも――というか断じて――『箱人間』が馬鹿にできるものではない。
相手も似たことを思っているのか、スピーカーからぎりりと歯を食いしばる音が聞こえてきた。
後にコンビを組むことになる二人だが――互いの印象は、掛け値なしの『最悪』からスタートすることとなった。


     *


連携において最も重要な要素は、なにか。
こう訊かれれば、大抵のレイヴンは『信頼』と応えるだろう。
バスカーも、長い経験を経てそこへたどりついた者の一人だった。
レイヴンは、『悪意ある裏切りはしないだろう』とか、『逃亡はしないだろう』という意味で、同業者を『信用』――『信頼』とは区別された意味で――している。
だが、共に戦う場合はそれだけでは足りない。
前述の『信用』とは、あくまでモラル面での話である。それにプラスして、実力を認めた上で醸成される、背中を預けても平気だと思うほどの『信頼』が必要なのだ。
往々にして、初対面同士の即興コンビが機能しないのは、この『信頼』がない故だ。
『信頼』がないコンビは、脆い。どうしたって息が合わず、挙げ句足を引っ張り合ったりする。
だが裏を返せば、それは仲間の実力に対する『信頼』があれば、コンビはちゃんと機能するということだった。
実力を心から認め合い、敬い合った間柄なら、息は自然と合う。そういうものなのだ。こればかりは、経験を積まない限り分からない話ではあるが。
そしてその『信頼』とは、長い年月を経て生まれるとは限らない。
全くの初対面でありながら、わずか一回の戦闘で認め合ったという劇的な話もあるし、反対に数年経っても上手くいかないという例もある。
だから――
(少しは、期待していたんだが……)
バスカーはため息をついた。
彼自身も、『難しい依頼だが、ひょっとすれば戦いの最中に「信頼」が芽生え、一気に楽勝ムードになるかも』という期待を胸に秘めていたのだ。
だが、そんな甘い考えなどは通用しなかった。
現在、バスカーと僚機の間には、深い溝が彫り込まれている。
『信頼』以前に、二人の中が険悪なのだ。
「……ボラ・ヴァント」
敵が――アシュラが潜伏している施設へ向かいつつ、バスカーは僚機に語りかけた。
自分でも驚くほど、冷え切った口調になっていた。
『なんだ?』
「機体状況を、教えてくれ」
しかし、いくら互いの仲が悪いからと言って、最低限のコミュニケーションは必要だった。
さすがに、僚機――ボラ・ヴァントもそれを弁えているらしく、私情を抜いて返答してきた。

『APは六割ほど。弾薬は、全て半分程度だ。お前は?』
「おれも、同じさ」
その後、お互いに黙り込んだ。
針のような沈黙の中で、両機は夜の荒野を進んでいく。
(……やはり、チームワークは絶望的だな)
沈痛そうに息を吐くが、そう断じざるをえない状況だった。
そもそも、レイヴンにとっての顔であり、旗であり、城であるACを、対面直後からけなし合ってしまったのだ。
そう簡単に、友好的になれるわけがなかった。
(だが……こっちが嫌う理由は、それだけじゃない)
バスカーは、併走するボラのAC――サドゥン・ドロップに目を向けた。
当初は不格好さがやたら目に付いたが、さらに観察するにつれ、もっと深刻な問題が浮かび上がってくる。
武装である。
両手のスナイパーライフルはまだいいとしても――決して優良な武装でもないが――肩やエクステンションは、明らかに選択を間違っていた。
なにせ、両肩とエクステンション全てを、ミサイルが占領しているのだ。
ミサイルは近年大幅な誘導性劣化のため、ダメージソースにはなり得ない。早い話が、ハードポイントを三つも潰してまで装備する意味が、どこにもないのである。
にも関わらず、ボラは堂々と積んでいる。
これは、典型的な素人構成だった。というより、素人しかしない構成だった。
実際、バスカーは似た構成にして、戦場で泣きを見た新人達を知っている。
(これでは、実力の方も期待できないな)
バスカーは、すでにそう見限っていた。
そして半時間も待たされ、かつ足を引っ張られるかもしれない身としては、そんな僚機を好きになれるはずがない。
自然、バスカーの態度はいっそう冷たくなり、ボラも応対を硬化させていた。
「まったく……一体――」
言いかけた直後、前方に影が見え始めた。
機体を止め、カメラ映像を拡大。目標の施設が、モニターに映し出された。
かなり大規模な施設らしく、この距離でも全貌が把握できない。
無人兵器の攻撃を受けたためか、施設の各所に破損が見受けられる。
だが一方で、稼動が困難なほど壊れているようにも見えず、大部分の壁は滑らかなままで、月に照らされ青白く輝いていた。

「あれか」
『だろうな』
「よし、夜明けも近いし、とっと――」
そこで、轟音。
バスカーは思わずスティックを握り、ペダルに足をかけた。
襲撃だと思ったのである。
だがレーダーに敵影は見あたらないし、攻撃も来ない。
轟音の後は、夜の荒野はしんと静まり返っている。
「……なんだ?」
バスカーが傍らのボラを見やる。
そこで、ようやく疑問が解けた。
隣でAC――サドゥン・ドロップが転んでいたのである。俯せに、手足をだらしなく投げ出して。
(…………嘘だろ?)
絶句するバスカー。
この辺は岩も多いし、確かに転びそうではあるが――通常ACは強固な安定性を誇り、例えグレネードの直撃を受けても、容易には転ばないようになっている。
しかも、サドゥン・ドロップは高安定性で有名な『EYE3』を装備していた。
(いったい、これでどうやって転ぶんだ?)
右手のスナイパーライフルでボラを小突きつつ、バスカーは思案する。

そこで、ある可能性に思い至った。実に嫌な内容だが――こう考えると、納得がいってしまう。
(重量過多……なのか?)
脚部の積載量を超過すれば、安定性能は劇的に下がる。転ぶのも頷けた。
だがそれは、考えたくもないことだった。
ただでさえ武装に難があるのに、重量過多とは。
いったい何を考えてアセンブルしていたのか。そもそもやる気があるのか。
バスカーは、以前素人の友人にAC構成をさせたことがあったが、ここまでひどくはならなかった。
以前のトップランカー『ジノーヴィー』がそうであったように、意図して重量過多にして、「ふらつき」や「よろめき」を機動に取り入れるという手法もあるのだが――ボラにそんな技量があるとは思えない。
『すまない』
ボラがのろのろと機体を起こした。
牛でももう少し手早く起きるぞ、と思ったが言わない。重量過多なら仕方がないし――なにより、これ以上関係が悪化したら、冗談抜きで仕事が進まなくなってしまう。
(……だが、いくら何でもこれは……もうこいつ、帰った方がいいんじゃないか?)
だがそんなバスカーの願いを無視して、突然サドゥン・ドロップが施設に向かって駆け出した。
ぽかんとするバスカーだが、慌ててその後を追う。
「ど、どうしたっ」
『機影があった』
「レーダーには映らなかったぞ!」
『おれのは長距離FCSだ。それが、一瞬敵をロックした。
しかし、今ので気づかれたかもしれない。下手すれば、このまま逃げられるぞ』
「だがな……」
言い合いながら、両機は浄水場へ向かっていく。



建物の二階部分から、桜色のモノアイがその情景を静かに見下ろしていた。


     *


施設にたどり着いた二機だが、突入の前に壁が立ちふさがった。
正面ゲートが閉じているのである。
『……開かないな』
純白の扉は、ボラの操作に全く反応しないようだった。
通常、ACはロック解除ソフトウェアを搭載しているのだが、あまりにもロックが頑丈だと、開かない場合もある。
「おれにやらせてみろ」
嘆息し、バスカーはスティックを操作、ロック解除ルーチンを呼び出した。
パネルを使って、手動で解除コードを打ち込んでいく。
『できるのか?』
「多分な。軍用施設ではないようだし、ミリタリー・チップの処理能力で強引に割り込ませていけば……」
カチリ、と扉の内部で音がした。
表面のランプが赤から緑に変わり、巨大な扉が左右にゆっくりと開いていく。
内部は、だだっ広いホールになっていた。
スタジアム程の空間であり、恐らく作業用MTがここを行き来していたのだろう。
だが、今そこにいるのはMTではなかった。
バスカーとボラが、息をつめて見る。その先にいるのは――漆黒のACだった。
足が異様に長かったり、頭部が妙に細かったりと、通常規格を明らかに逸脱する外見だ。
恐らく――というより間違いなく――これこそが彼らの標的、新型無人AC『ASYURA』なのだろう。
「こいつが……」
桜色の瞳に見つめられ、バスカーはごくりと喉を鳴らした。
一方アシュラは、泰然とした動作で両腕を広げる。
桜色の刃が、その腕の先から長く伸ばされていった。
『来るぞ!』
ボラが叫んだ直後、アシュラの背後で紅蓮の炎が巻き起こった。
それがブースターの炎である、と気づいた時にはすでに、アシュラは二機の眼前に迫っていた。
(速い!)
だが、見切れないほどではない。
バスカーは冷静に左へ回避、そのまま慣性を利用しアシュラの後ろへ回り込んだ。
クライストチャーチは、そこからスナイパーライフルを打ち込もうとして――右から猛烈な体当たりを喰らい、吹っ飛ぶ。

「な、何だ!」
ブーストでブレーキしつつ、衝撃が来た方向を確認。すると、そこにはふらつくサドゥン・ドロップがいた。
どうやら、同様に回り込んだボラと衝突してしまったようだ。
(くそ、やはりいきなり共同戦線は……!)
ブーストでアシュラと距離をとりつつ、毒づいた。
ボラも、バスカーの近くまで退避してくる。
(しかも、すでに施設内部に入っているからな。……追いつめられると、厳しいぞ)
そこで、アシュラが振り向いた。
並ぶ二機に目をやると、両手のブレードを高々と交差させる。
『……なんだ?』
応じるように、ブレードの接点から光弾が放たれた。
二機は左右に分かれてこれを回避、その数瞬後、桜色の光弾が床に当たった。
炎が天井まで噴き上がるのを見て、バスカーとボラが声を揃える。
『「げ……」』
構わず、光弾は次々と発射された。
さすがに狙いは甘く、逃げ回る両機にはかすりもしない。
だがこのまま撃たれ続ければ、不意の被弾もあり得るし、再びボラとバスカーが衝突してしまうかもしれない。
アシュラは上下左右に動いているが、一向に攻撃をやめる気配もなかった。
だからバスカーは、思い切って攻勢に出た。
スナイパーライフルで牽制、ビットを放ち、一挙に接近。至近距離からハンドガンとビットの変則攻撃を撃ち込んだ。
アシュラもたまらず後退、一瞬応戦する気配を見せたが、ホールの横道に逃げ去っていった。
『バスカー』
隣に、ボラがやってきた。
バスカーは強く頷いて、
「ああ、追うぞ!」
『了解したっ』
ボラのAC――サドゥン・ドロップがその場で方向転換した。きっかり一八〇度、アシュラが逃げ去った通路に向かうためである。
が、その際サドゥン・ドロップの腕が――正確にはその手に持たれたスナイパーライフルが――クライストチャーチにぶち込まれた。
遠心力で強化された打撃は、轟音を響かせ、クライストチャーチの左手に痛烈なダメージを刻み込む。

『左腕部 損傷』

冷静なCOM音声。
ボラが息を呑み、バスカーのこめかみに青筋が浮かんだ。
一瞬の沈黙の後、
「……ボラ・ヴァント……!」
先程の体当たりといい、今のことといい――
「お前は、やる気があるのか! 何考えてやがる!」
『す、すまない……』
「くそっ。これでは……」
言いながら、バスカーはアシュラの消えた通路に向かった。
その最中、ボラに通信で伝える。
「ボラ、おれは単独で奴を追う。お前は別ルートから追え。上手くすれば、挟み撃ちにできる」
『……そうだが、いいのか? 遭遇したら……』
「これ以上いっしょに行動すれば、嫌でも接触が起こるだろう。お前はまだ新人だしな」
『……新人? おれがか? いや、一応言っておくがこれでも……』
「いいから聞け。ここからは道も狭いし、尚更分かれた方がいいんだ。
分かったな?」
そっけなく言って、バスカーは通路に入ってしまった。


     *


始めから、分かっていたのかも知れない。
初対面同士で僚機など、そもそも無理な話だったのだ。
ランカー達は、確かに即興コンビを組んで仕事をすることもある。
が、それはアリーナでお互いの実力を見せ合っており――ある程度の『信頼』を共有しているからこそ、可能なことだ。バスカーとボラのように、初対面でいきなりコンビを作るわけではない。
しかも、相方があからさまに実力が劣っている。
これでコンビが機能するはずもなかった。
(確かに……頭を捻れば、コンビが機能する陣形は、組める)
だが、それには以下の条件が絶対的に必要だ。
お互いに近づかないこと。流れ弾を味方に当てないこと。
これを遵守すれば、できないこともない。しかし――正直、これに気を配ると戦闘がおろそかになる。まず回避が制限されてくるし、攻撃もしにくくなる。
二機いるという手堅さはあるが、攻撃効率は一機の時とさほど変わらないだろう。
そしてそれくらいならば、
(一人でやろう)
バスカーは、すでにそう決めていた。
『挟み撃ちをしよう』とボラに言ったが、ボラが到着する前にケリをつけるつもりだった。
だから、現在ブースト全開でアシュラに追いすがっている。
(……まだか?)
レーダーを確認しつつ、階段を駆け登る。
アシュラは、この階層の隅にあるホールで、停止しているようだった。
何か作業でもしているのか、先程から全く動く気配がない。
(……作戦を、練るか)
バスカーは愛機を停止させ、オートマップを呼び出した。
道順を知るためではない。バスカーは、依頼を受けたときに施設の構造を頭に叩き込んでいた。
今オートマップを開いたのは、壁や床のくぼみといった、細やかな地形を把握するためである。
(施設の損壊が、ひどいな)
まず思ったのが、それだ。
特攻兵器の攻撃を受けたためか、施設の天井にはぽつぽつと穴が開き、そこから夜空が顔を出していた。
恐らく、この施設のあらゆる所に同様の穴があるだろう。

バスカーは、垂直ミサイルをその穴に通せないかと思ったが――すぐに首を振った。あまりにも、それは難度の高すぎる芸当だった。
そして残念なことに、それ以外は戦略に使えそうな箇所もない。
(……やはり、ゴリ押しか)
嘆息し、バスカーはオートマップを閉じた。
策を好むバスカーとしては、力押しは好めない。だが刻限が迫っている今、もはやのんびりしていられなかった。
アシュラの性能は確かに高い。特に、スナイパーライフルを撃ち込まれてもビクともしなかった、あの装甲は大したものだと思う。
だが、先程の戦闘を見る限りでは、単独でもなんとかなりそうだった。
小回りが利いていなかったし、最高速度もそこまで速くはないため、クライストチャーチなら翻弄さえできそうなのだ。
「行くか」
意を決し、ブーストペダルを踏みつけた。
直線を進んでホールへの扉に到達、ロックを解除し、部屋の内部へ滑り込む。
そこは、奇妙な空間になっていた。
床面積は最初のホールより二回りほど小さく、天井も低い。
部屋の中央には大きな柱が立っており、その内部からは奇妙な呻りが――モーターの回転音が聞こえてきた。
アシュラは、その柱の近くにいた。
だが、ただ棒立ちしているわけではない。頭部から――人間で言えば『口』の位置から――伸ばされた棒を、目の前の柱に突き刺している。
その様子は、木から養分を吸うセミのようだった。
(……なにしてやがるんだ?)
眉をひそめつつも、バスカーはまずハンドガンを撃ってみた。
牽制であり、無論外れた。
だが、外れ方が異様だった。
バスカーがトリガーを引いたときにはすでに、アシュラはその場から消えていたのだ。
「なっ」
慌ててレーダーを確認。そこで敵の位置を知って、ぞっとする。
アシュラは、まさにクライスチャーチの頭上にいたのだ。
(いつの間に……!)
ブースタペダルを踏みつけ、死に物狂いで前方にダッシュ。すぐ後ろで、床にブレードが突き刺さる音がした。

あと少し反応が遅ければ、脳天から串刺しにされていただろう。
(くそっ)
だが怖れるわけにはいかない。
バスカーはすぐに反転、アシュラにビットを送り込もうとして――凍りついた。
アシュラは、いつの間にか眼前に迫っていたのだ。
桜色の両刀が、高く振り上げられている。
(まずい……!)
あらゆる回避ルートを模索。しかし、そのどれもが手遅れだ。
だからバスカーは思い切った。
右手のスナイパーライフル、それでアシュラの両肘を狙った。
弾丸が一発ずつ、狙い違わずに両腕の肘間接を振動させる。
ダメージは無いようだったが、さすがのアシュラも強い揺れで腕を動かせなくなった。
クライスチャーチはこの隙をついて、近距離射程から退避する。
(速くなってやがるっ)
まず思うことは、それだった。
アシュラが見せたのは、先程とは別格の動きだ。
いったい、どうして性能に差が現れたのか――
(まさか……!)
猛烈に嫌な予感を感じ、バスカーは中央の柱に目を向けた。
柱は、相変わらずグォングォンと奇妙な呻りをあげている。が、バスカーはこういう機械に覚えがあった。
そして、依頼文の言葉がバスカーの勘を強烈に裏付けている。
『ここは、海水を使う特殊な発電施設です』
依頼主はそう言っていた。
発電施設。ではこの柱は、きっと発電設備だろう。今思えば、この柱型の機械は割とポピュラーな発電機だった。
(……そうだ。そして、アシュラはこれに口の針を刺していた……)
その事実と、アシュラの性能上昇を鑑みれば、こういうことも考えられる。
(こいつ……発電器からエネルギーを奪ってたのか?)
現行の兵器では、考えられない話だった。
だが、そう考えるのが一番自然だし、何より依頼文にあった『永久に動き続けるための機能』という言葉にも、『他の物体からエネルギーを奪う』という言葉にも、見事に合致する。
最初の性能が妙に低かったのも、エネルギー補給前だったからと考えれば、納得できた。

バスカーはここで、計画を撃破から脱出に切り替えた。
ここは室内であり、ここまで機動力に差があれば、いつかは追いつめられてしまうだろう。そうなったら即死だ。
まずは、なんとしても屋外へいかなければならない。
と、そこまで考えたところで、桜色の光弾が飛来した。
慌てて回避するが、それが次から次へと、ライフル並みの連射で撃たれる。
こちらの方も、最初とは比べものにならない精度と手数だった。
(死ぬぞ)
紙一重で回避しつつ、バスカーは策を巡らせ始めた。
なんとか、この状況を脱して外へ出なければならない。
だが、光弾の弾幕は凄まじく、回避以外に割ける余裕はない。のみならず、バスカーはじりじりと壁においやられていた。
(どうする)
まず周辺の状況を整理する。
アシュラは強い。当初は弱いと思ったが、訂正、とんでもなく強い。だが今観察した限りでは、コアやブースターなどは既存のパーツのようだった。
しかし、これが分かったからといって、壁に追いつめられているという現状は――
(壁!)
だがそこで、バスカーは閃いた。

確か、ここは外に面した部屋であり、バスカーが追いやられている壁の向こうは、外になっている。
(この光弾の威力なら……!)
バスカーは、賭けに出た。
自ら下がり、壁に背をつけた。そこで機体を左右に振って、光弾を回避し続ける。
クライストチャーチの周囲で次々と爆発が起こり、APがどんどん減っていった。

『コア損傷』

その警告と、事態の打開はほぼ同時だった。
後ろの壁が、熱と衝撃に堪えきれず崩壊を始めたのだ。
バスカーはそれを確認した後、機体を後方に走らせた。
背中で壁を突き破り、外へと脱出していく。
一瞬、脳裏に『なるだけ施設を壊さないでほしい』という契約文が浮かんだが――この程度なら、六万Cの許容額に入るだろうと思い直し、無視する。



数拍の後、アシュラも外へ飛び出していった。


     *


なんとか、施設からアシュラを連れ出すことには成功した。
状況は、僅かながらも改善されたと言えるだろう。
だが、決して楽観できる状態でもなかった。
アシュラとクライストチャーチの間に横たわる、圧倒的な性能の差が縮まったわけではないのだから。
(……どうする?)
バスカーは思い、前方の黒い無人AC見た。
旧世代の技術を野心的に盛り込まれた二脚ACは、すでに両手から桜色のブレードを伸ばし、突撃の用意を整えている。
(なにか、策はあるか?)
バスカーは、視線をパネルのマップデータに走らせた。
地形。気温。僚機との距離。
その全てを総合的に判断し、最良の選択をしようとする。
が、アシュラはそんな時間を与えない。
突如として両手のブレードを交差させ、その接点から特大の光弾を撃ち放った。
「なっ!?」
反射的に左へスライドダッシュ。
桜色の光弾は、コンマ数秒前までクライストチャーチがいた位置に着弾、爆発した。
(危な……!)
フロートの凄まじい加速のおかげで、なんとかバスカーは直撃を免れた。
他の脚部ではこうはいかないだろう。
が、今度はフロートであることが仇となった。
高いブースト熱が災いし――今までの蓄積も無論あるが――熱暴走してしまったのだ。
しかも、ANANDAは緊急冷却時に膨大なENを消費する型であり――すでにENを消費していたジェネレーターは、あっけなくチャージングに陥った。
(まずい!)
条件反射でブースタペダルを踏みつける。
が、無論ブースターは稼動しない。
それを見て取り、アシュラが地を蹴ってこちらへ迫る。

(死――)
両刀が、空中で高く振り上げられた。
月の下で、桜色の刃が妖しい輝きを放つ。
(――ぬ!)
が、その二つが振り下ろされる前に、アシュラは地面に叩き落とされた。
まるで頭を叩かれたかのように、空中でバランスを崩しうつぶせに倒れてしまったのだ。
アシュラはすぐに起きあがろうとするが、その瞬間、垂直ミサイルが再びアシュラを地面に押しつける。
その隙をついて、クライストチャーチは通常移動で近距離射程から逃げていった。
「なんだ今のは」
退きながらも、訝るバスカー。
それに応じるタイミングで、通信が来た。
『バスカー、聞こえるか?』
「ボラかっ。何の用だ!」
バスカーの怒声にも動じず、ボラは冷静に言った。
『交戦中だな? 今、「援護」させてもらっているぞ』
「援護?」
『垂直ミサイルだ』
言う間にも、ようやく立ち上がったアシュラに、三度目の垂直ミサイルが振り下ろされた。
さすがにもう転倒はしないが、高い反動で釘付けになってしまう。
「……これは、お前が撃ってるのか?」
『そうだが』
「どこから?」
『施設の中から。二階だな』
「屋内だと? どうやってここまで届いてるんだ?」
天井のある場所では、垂直ミサイルは無効化されるはずだった。ここまで届く道理など、無論ない。
だがボラは、驚くべき答を出してきた。
『天井の所々に、数メートルほどの穴があいていただろう。お前のところへ移動しながら、そういう穴を見かける度に、そこから垂直ミサイルで攻撃している』
さすがのバスカーも、唖然とした。
施設で見かけた、天井の穴のことだった。

だが数メートルほどの穴といえば、ACにとっては親指程度の大きさである。
ボラは高速で移動しながらも、不規則で現れる天井のそうした穴に、次々と垂直ミサイルを通しているのだ。しかも、頻度からして一度も失敗していないらしい。
それは、高速で進みながら、壁につけられた針に次々と糸を通していくような、そういう次元の難易度である。
『……だが、もうすぐだ。もうすぐ施設から出て、お前のところへ行けるぞ』
言葉と共に四つ目の垂直ミサイルがやってきた。
これも命中し、立ち上がったばかりのアシュラを硬直させる。
バスカーも敵の足にスナイパーライフルを撃ち、さらに反動を追加した。
(倒れちまえよっ!)
さらにもう一発。が、さすがに二度は倒れなかった。垂直ミサイルも、もう来ない。
バスカーの装備に、強い反動を与えられる装備は一つもなかった。
つまり、ようやくアシュラは、反動地獄から解放されたということになる。
アシュラは赤い目をこちらに向け、桜色のブレードを怒り狂ったように振り回した。
その背中で、ブースターが紅蓮の炎を噴射する。
「いよいよ、ガチンコの競り合いか……」
観念したように、バスカーは呟いた。
が、直後、まさに飛び立とうとしたアシュラの足に、弾丸が二つ命中した。
この不意打ちには、さすがのアシュラもよろめいた。
が、攻撃はそれだけでは終わらない。
三撃目、四撃目と空中から次々と弾丸が飛来し、的確にアシュラの足を叩いていく。
「ボラか!」
バスカーの言葉と同時に、アシュラがついに膝を折る。
そのタイミングで、上空からの跳び蹴りが――VOLA-VANTのAC「サドゥン・ドロップ」の跳び蹴りが、アシュラの頭にぶち込まれた。



『敵頭部損傷』



そのCOM音声と、鈍い金属音。
ACという巨大質量からの跳び蹴りを受け、漆黒の巨体は仰向けに吹っ飛んだ。轟音と地揺れが、アシュラが地面に落ちた衝撃のほどを物語る。
その一方、サドゥン・ドロップはバスカーの近くで、足を沈めて静かに着地した。

『……到着したぞ、バスカー』
彼の第一声には、優れた技能で窮地を救ったことへの得意さも、優越感も全く含まれていなかった。
むしろ、遅参の負い目や、バスカーの身を案じている向きさえある。
『到着が遅れたな。すまない』
その生真面目な――悪く言えば腰が低い――様子は、バスカーの方からこう訊かせてしまうほどだった。
「……お前、今のは……すごいんじゃないのか?」
跳び蹴りも、スナイパーライフルや垂直ミサイルでの攻撃も、ボラの技巧を垣間見せていた。が、
『……何の話だ?』
その自覚の無さに、バスカーはぽかんとした。次いで、苦笑してしまう。
『バスカー。戦闘中だぞ。何を笑っている』
「そ、そうだったな。すまない」
ボラの言葉の通り、二機の見つめる先で、アシュラがゆっくりと身を起こした。
それを見つつも、バスカーは呟く。
「だが、案外いいセンスだな、ボラ・ヴァント」
最初は、武装に難があると思っていた。基礎を知らない素人だと思っていた。
だがこれほどの実力を見せつけられては、考えを改めざるをえなかった。
ボラは素人ではない。現に、重量過多で跳び蹴りをしたりと、並以上の技術を持っている。彼も、立派なプロだったのだ。
そして彼の操るACもまた、欠陥品ではなかった。
ミサイルやスナイパーライフルを駆使した正確かつ強力な遠距離攻撃、それを見た上での推測だが――サドゥン・ドロップは、きっとそういう攻撃に特化したのだろう。
運動性を犠牲にしてまで遠距離火力を強化した、玄人仕様の局地戦型AC――それが、サドゥン・ドロップの正体だったのだ。
(……予想外だ)
バスカーは自らの不明を恥じた。
次いで、実力者に今まで無礼を詫びる。
「……少々、侮りすぎていた。すまなかったな、ボラ・ヴァント」
二度も褒められ、ボラは少し照れたように返した。
『……よく分からないが……それを言うなら、あんたもだな』
「? どういう――」

一変、ボラは敬意さえ込めた口調で言ってきた。
『今のを見れば分かる。あの兵器は――アシュラはヤバイ。そんなの相手に、しかも不利な地形、手負いの状態、これでよく今まで持ちこたえたものだ』
まさか、今まで散々侮辱してしまった相手に、褒められるとは思わなかった。
そのため、柄にもなくバスカーも照れた。
「……地形の、利用法はいくらでもあるからな。運も多分にあるが」
『そうか……』
アシュラが、己を痛めつけた二機を見据えてきた。
色に見えそうな殺気が渦巻き、夜の大気をピリピリと振動させる。
そんな中、二人の間にはいつしか変化が芽生えていた。
圧倒的に強い敵と、極限状態で行われる狩り合い。そんな修羅場の中で、二人はお互いの実力を遺憾なく発揮し、そしてそれに敬意を表し始めた。
そこに生まれるのが――『信頼』である。
根っからの傭兵であり、ビジネスマンである二人は、相手を共に戦う者としてようやく認めだしたのだ。
「とんだ初心者だと思っていた。だが……そうでもないらしいな」
『……やはり、そう思われていたのか』
「言っただろう。少しは、見直したさ」
言い合いつつ、二人は戦闘の準備にとりかかった。
右腕、左腕、エクステンション、背部武装、全ての武装を点検する。

「ボラ……やるぞ」
その作業をしながら、バスカーは奇妙な揚ぶりを感じていた。
今まで、ボラとは衝突してばかりだった。実際、見限ってさえいた。
だが今は違う。
初めてのことだが――そういった過去の諸々を抜きにした、『できる』、『やれる』という言葉を、全細胞がここぞとばかりに大合唱している。
――ベスト・パートナー。
そんな文句が、ふと浮かんだ。
実際そうなのかは、分からない。だがそんな気がするのも確かである。
(いや、まずは……相手を潰すのが先だろう)
思い直した途端、応じるようにボラの声がした。
『バスカー、やるぞ!』
「……ああ、そうだな。やってやろうじゃないか……!」
二人は、奇しくも同時にシステム・クラッチを践みつけていた。



『メインシステム 戦闘モード 起動します』


     *


バスカーはスティックを前に倒し、ブースタペダルを踏み込んだ。
紫のACが、最大加速でアシュラに向かう。
先程までなら、これは単なる自殺行為で終わっていただろう。
だが、今は違った。
今は、バスカーの後ろにはボラがいる。
迎撃のため前へ跳躍したアシュラを、左右から二つのミサイルが襲った。
ボラのデュアルミサイルが、両脇からクライストチャーチを迂回して、標的に到達したのである。
それは、バスカーが相手の注意を引き、ボラが本命の攻撃を送り込むという、実に息のあった連携だった。
(……ここで殺そう……!)
だが、連携はそれだけでは終わらない。
バスカーはビットを高速ロック、放った。
動きを止めたアシュラを、ビットが囲み、三方向からレーザーを照射する。
アシュラはすぐに脱出しようとするが、その頭を垂直ミサイルが叩きつけた。
さっきのデュアルミサイルに連動した、エクステンションの垂直ミサイル、それが時間差で命中したのだ。
「ボラ!」
『ああ。ここで、一気に仕留めるぞっ』
ビット、スナイパーライフル、ハンドガン、そしてミサイル。ボラとバスカーが持つありとあらゆる武装が、一斉にアシュラへぶち込まれた。
轟音と衝撃が連鎖し、岩山さえ砕く膨大な破壊エネルギーが、アシュラに向かって収束する。
(死んじまえよ!)
バスカーはトリガーを絞り続けた。完全に焼き尽くすつもりだった。
が、ある時、気づく。
モニターの隅に、命中判定である[HIT]の表示が出ないのだ。
代わりに出ているのは、[GUARD]。防御判定である。
猛烈に悪い予感を感じ、バスカーは攻撃を切り上げた。
ボラも同じことを感じたのか、サドゥン・ドロップの攻撃も途絶える。
『……妙だな』

「静かにしろっ」
攻撃を止めて見守っていると、アシュラの周りでもうもうとたちこめていた煙が、次第に晴れていった。
現れたのは――球体だ。
無論、ただの球体ではなく、桜色のエネルギー力場だ。
アシュラはそれに包まれ、ほとんど無傷で立っている。
『……バスカー……』
球体の中で、アシュラが腕を交差させた。
そのまま、内部のアシュラはゆっくりと回転を始め、やがてそれが高速になっていく。
キィィィイというエネルギー収束音まで聞こえてくるが、まさか気のせいではないだろう。
「……ボラ・ヴァント」
バスカーは、本能のまま呟いた。
「逃げるぞっ!!」
直後、桜色の光弾が全方位に振りまかれた。
交戦は無駄と悟り、二機は思い切りよく逃走する。
逃げる二機の周囲に、大威力の光弾が次々と着弾、爆発していった。
「……なんて野郎だ……」
ペダルを踏みつけながら、バスカーは唇を噛みしめる。
「バリアとは、冗談でも笑えない……!」
正直、甘く見ていた。ごり押しでハメ続ければ、勝てる相手だと践んでいた。
だが、違った。実際の装甲もさることながら、バリアといい、あり得ない威力の光弾といい、相手は規格外の反則ACだ。
『どうする、バスカー』
併走するボラに言われ、バスカーは後方を確認した。
漆黒のAC――アシュラは、逃走する二機を追ってきていた。
さすがに、バリアを張ったままで高速戦闘機動は無理らしく、すでにバリアでの防御はしていない。
だが、その攻撃性能は凄まじく、交差したブレードから次々と光弾が撃ち出されていた。
(……状況を、整理しよう)
劣勢の中で、バスカーの頭脳が動き出した。
現在、こちらが押されている。相手が攻めに回ったからだ。

相手の光弾には大型ロケットに匹敵する威力と熱量が込められており、今のように乱射されては手が出せない。
性能の差、というやつである。
(……だが、こっちは二機いる。お互いの特性を生かし、地形も利用していけば……!)
気温。高低差。フィールド特性。施設の構造。
フロート。逆関節。垂直ミサイル。ビット。
そういったありとあらゆる情報を、バスカーの頭脳は貪欲に飲み込み、やがて『策』を出力した。
(……いける!)
今や、バスカーは一人ではないのだ。
戦術に多様性が加わり、自然、策も立てやすくなっていた。
「ボラ! 施設に逃げ込むぞ!」
『……!?』
返答を待たず、バスカーは進路を施設に向けた。
ボラも、慌ててそれに続く。
光弾の群が、そんな二人の軌跡をなぞるように次々と着弾、桜色の炎をあげていった。
「ボラ」
『なんだ?』
「さっきの垂直ミサイルの使い方、見事だった。お前の腕を、信頼する」
『……何の話だ?』
「聞け。策があるんだ、ボラ。そしてその策には、お前の技術が不可欠だ」
言いながら、二人は元来た施設――ミラージュ私設浄水所に入っていった。
アシュラは一旦立ち止まり、追うべきか考えているようだったが――すぐに二機の後に続いた。


     *


施設に突入した後、最初のホールを少し進む。
その位置で、バスカーはボラに一つの指示を出した。
『……バスカー……』
「出来るか、ボラ」
『可能だ。だが、いったいどういう意図で……』
「詳しい説明は、勝ってからしよう。そろそろアライアンスが来る頃だ。夜が明ける前に、手早く済ませたい。
……そら、来たぞ」
バスカーが言うと、施設にアシュラが入ってきた。
ホールの中央に両機の姿を確認すると、二つの刃を高々と交差させる。
「頼んだぞ、ボラ。奴は俺が引きつける」
そこで、光弾が放たれた。
二機は左右に分かれてそれを回避、サドゥン・ドロップはそのまま左の通路へ逃げ去り、クライストチャーチはハンドガンで応戦した。
アシュラは迷わず、応戦してくる方――クライストチャーチを標的に定め、紅蓮の炎を噴き上げ接近してきた。
バスカーは相手を一定距離まで近づけ、それから逃走を開始する。
(ちょっとした賭だが……仕方ない)
スティックを限界まで倒し、ブースタペダルを踏みつけた。
爆発的な加速で、バスカーはアシュラとの距離を一気に離す。
が、アシュラもさらにスピードを上げてきた。その速度は、軽く500を越えているだろう。
一直線の通路で、徐々に二機の距離が詰まっていく。
(やっかいな野郎だ!)
しかし、これくらいは想定していた。バスカーは頃合いを見計らって、右へ曲がった。
アシュラもそれを追って同じ通路に入る。
が、そこで転倒。
全長の低いクライストチャーチならともかく、長身のアシュラは天井付近のパイプに引っかかってしまったのだ。
(所詮、AIか)
後方を確認し、バスカーは嗤う。
人間であれば、バスカーが『いかにも臭う動き』をしていたのを見抜いただろう。無論、曲がるときも罠を警戒していたはずだ。

しかし、プログラムにそれは期待できない。プログラムは経験を蓄積すること出来ないため、こういった『勘』が全く働かないのだ。
(……だが、厳しいのはここからだ)
再び後方を見ると、アシュラはすでに体勢を立て直し、追撃を再開していた。
そしてバスカーは、これから非常に際どいコースを通らなければならない。
AC同士がぎりぎりすれ違える程度の幅しか持たない上、一〇メートルごとにカーブが来るという、蛇のような通路だった。
追いつかれないためにも、ここを最高速度で、かつ機体をぶつけることなく駆け抜けなければならない。
本来なら避けたい道順だが、ボラが配置につくまでの時間を稼ぎ、かつ相手との速度差をカバーするには、ここを通るしかないのだ。
(腹を、くくれ!)
バスカーはブースタペダルを踏み込み、スティックを前に倒した。
速度がぐんぐん上がり、屋内での制限速度を超過したため、COMが警告を鳴らした。
が、壁にぶつかる寸でのところで、一瞬ブレーキ、その後スティックを左に捌き、最初のカーブを曲がりきった。
その直後、コーナーの壁に桜色の光が着弾、爆発する。
(撃ってやがったのか……)
冷や汗が滲み、喉がゴクリと鳴った。
正直、死ぬほど恐ろしかった。
だが、ここで操作を誤れば本当に死んでしまう。
ボラにも会わせる顔がない。
バスカーは気を取り直し、次のコーナーもなんとか曲がりきった。
(これで、曲がりは後一つか……)
そこを抜ければ、すぐに目的地だった。そして目的地に出さえすれば、勝機が見えてくる。
そう考えたのは、僅かに一瞬だった。
だが、油断は油断である。
その油断が、バスカーにスティックの操作を誤らせた。



ギョリ

なんとも、嫌な音である。
同時に感じた鈍い振動も相まって、バスカーは猛烈な胸騒ぎを覚えた。
そして最悪なことに、その胸騒ぎは的中してしまった。



『脚部損傷』



バスカーから、一気に血の気が失せた。
機体の速度がみるみる内に落ちていき、慌ててブースタペダルを踏み込んでも、それは全く改善しない。
どうやら、壁で脚部を傷つけたらしい。事前の戦闘で、すでにダメージを負っていたのも痛かった。
(じょ、冗談じゃねぇ!)
フロートにとって、脚部損傷は鬼門だった。
ブースト性能が著しく劣化し、フロートの最大特徴であるスピードが死んでしまうのだ。
こうなったフロートなど、もはや脆いだけの雑魚である。
しかも防御力も低下するため、ちょっとのダメージでさらに致命的な二次破壊が起こる可能性もあった。
(……こんな時に。ここで追いつめられたら――!)
レーダーを見て絶句。開いていた距離の差が、速度低下によってどんどん縮められているのだ。
こんな調子では、最後までに逃げ切れるかはかなり微妙だ。
出来れば、余裕を持って最後のカーブを曲がりたかったが、少なくともそれは叶いそうにない。
「くそっ」
そう呟き、最終コーナーを曲がった。
だがその時の焦りが、さらなるミスを生む。



ギョリリリ



致命的な音だった。
COMが容赦なく告げる。

『脚部破損』



バスカーが、声にならない叫びを上げた。
この野郎。てめぇ。こら。ば、馬鹿野郎――!
再び壁に当たったフロート脚は、もはや二脚が歩く程度の速度しか出せなくなっていた。
これで逃げ切れるわけがない。
だからバスカーは、最後の長い直線で、クライストチャーチの向きを変えた。
前ではなく、後ろへ――アシュラがやってくる方向へ。
アシュラを迎え撃ちつつ、後退で目的地を目指す作戦へ切り替えたのだ。
(やけくそだが、これしか……!)
直後、アシュラもカーブを曲がって来た。
ぎりぎりブレードが届くかどうか、そういうレベルの近距離に二機が並ぶ。
アシュラがブレードを交差させ、クライストチャーチが両手の武器を構えた。
「南無三!」
そして、壮絶な撃ち合いが始まる。
桜色の光が、ビットの青いレーザーが、ハンドガンとスナイパーライフルの弾丸が、空間を埋めつくさんばかりに飛び交った。
カメラ映像がノイズで乱れ、照準が定まらない。
だが構わず、バスカーは撃ち続けた。それしかなかった。
とにかく撃って撃って撃ちまくる。その反動で加速し、牽制して被弾を少なくする。
生き残るためにできることは、それだけだ。



『頭部損傷』
『頭部破損』
『AP50% 機体ダ』
『右腕部破損』



ダメージ情報が垂れ流しになり、そのうち熱暴走も始まった。
ENの減りが早くなり、ダッシュさえも出来なくなる。

(……終わりか……)
諦めかけたその時、クライストチャーチが光に包まれた。
死んだのかと思った。
だが、違った。
この光は、日光――朝日だ。
バスカーは、ついに施設を脱出し、目的地へ――屋外の貯水槽へ到達したのだ。
クライストチャーチは途切れた通路から零れ落ち、真下の水面に降り立った。
一方、アシュラは思わぬ場所に放り出され、あやうく水に浸かりそうになった。が、すぐにブースターを緊急噴射、高度を取り戻そうとする。
しかし、突如として垂直ミサイルが飛来、アシュラの頭を叩きつけた。
アシュラの高度が、下がる。
(来たな)
バスカーが笑うと、時間差で垂直ミサイルが四発飛来、アシュラの高度をさらに下げ、その胸の辺りまで水に沈めてしまった。
ブースターは胸の高さにある。
そして、ブースターは水中で稼動しない。
結果、アシュラは上昇手段を失い、水に落ちた金槌のように、あっけなく貯水槽の底へ沈んでいった。
アシュラは確かに規格外のACであったが、バスカーが観察したとおり、既存のパーツも多用している。特に、ブースターなどの推進装置にはその傾向が顕著である。
よって、『陸戦兵器は泳げない』という戦術の大前提が、ここにも通用したのだ。
「……沈んでくれたか……助かったな」
バスカーは大きく息を吐いた。
安堵と疲労が同時に押し寄せ、背もたれに体を預ける。
クライストチャーチの右手は吹き飛び、頭は潰れ、あらゆる関節からもくもくと黒煙が上がっていた。
だが、それでもバスカーは生きている。
(だったら、成功さ)
そこで、ボラから通信が入った。
『無事か、バスカー?』

「ああ」
ボラが安堵の息を吐いたのが分かった。
『……そうか。お前の企みは、成功したようだな』
笑みが浮かんだ。
当初は事情を理解していなかったボラも、すでに作戦の全貌を掴んでいるようだった。
『……しかし、よく思いついたな。相手を深い貯水湖に落とすなんて』
「作戦前に、マップデータを渡されていたからな。攻撃があまり効かないんだ、潰すとしたら、これくらいしかないだろう。
そもそも、前の戦闘で、ブースターが通常のものであることは見抜いていたし、
マップの情報も頭に入れていたからな」
バスカーにしてみれば、相手を水上におびき出し、直後垂直ミサイルで叩き落とすというのは、至極当然の発想だったのだ。
だが、ボラはそれに感銘を受けたようだ。
『……いや。おれには、想像もつかなかいな』
「そうか?」
『ああ。みっともない話だが……逃げようとさえ思っていた。まったく、大したセンスだ』
呆れと喜びを半々に、ボラはバスカーを讃えてきた。
けれど、バスカーにしてみれば、ボラは自分以上に能力を見せつけていたと思う。
なにせ、「おびき出されたアシュラを、垂直ミサイルで水に叩き落とせ」――命令するのは簡単だが、それには練達した技術と、濃密な経験と、天性のセンスが要求される。
確実にアシュラを水に落とすには、敵が外に出た直後を――コンマ数秒以内を狙わなければいけないからだ。
遅すぎれば、早急に高度を回復され、垂直ミサイルで叩かれても水に浸からなくなってしまう。
かといって、早すぎれば、屋根に遮られて攻撃が届かない。
そういった事情で、ミサイルが着弾するタイミングが肝要なのだが――垂直ミサイルはその特性上、着弾するタイミングが分かりづらい。
なにせ、風や時間によって上昇する高度が変わったり、落下速度が変わったりするのだから。
ある程度離れた位置から、確実なタイミングで垂直ミサイル命中させる、それは『狙撃』と呼んでも差し支えない、極めて精巧な技術なのだ。
『……ところで』
けれど、熟練のミサイル使いは自らの手柄を誇らず、あくまで生真面目な態度を崩さなかった。

『さすがに、敵もすぐには上がってこないとは思うが……平気なのか? 水面にいて』
「どういうことだ?」
『今気づいたんだが……アシュラは、遠距離射撃も出来ただろう?
水中からだと、さすがにレーザーの威力は落ちるだろうが――それでもあの威力だ、そこまで届くぞ。
水面にいたら底から狙い打ちにされないか? ACは、一応水中でも行動可能だし……』
心から心配そうな口調である。
バスカーは頼もしげに笑った。
「塩水だよ、ボラ・ヴァント」
『塩水?』
「そうだ。この浄水場は、塩水を濾過して真水にする施設も兼ねている。
そして、この貯水槽は海から引いてきた塩水を、一時的に蓄える場所になっているんだ。
……水と違って、塩水が電気を完全に拡散させるのは、知っているだろう?
そんなものに浸かっているんじゃ、やつのバリアもレーザーも無意味になる。
そもそも……確かにACは水中でも動くことはできるが、それは全くの無傷で、しかも数分に限っての話だ。
あれだけ叩いたんだ、さすがのあいつも、今頃は浸水しておじゃんさ」
そこまで解説したところで、レーダーが――強化人間固有のレーダーだが――多数の熱源を感知した。
その数は優に一個大隊を超え、じわじわとこちらへ迫ってきている。
アライアンスの到着だった。
「……来てたのか。ちと遅めだな」
『逃げるか?』
「当たり前だっ」
バスカーはシステム・クラッチを踏み込み、巡航モードを起動させた。


     *


その後、アライアンスに追われたり、機体が異常発熱したりしたが、三〇分ほどで無事回収地点に到達できた。
紫のフロートACと、青い逆関節ACを輸送ヘリ――クランウェルはしっかりと抱え、ECMを発しつつ拠点へと向かった。
(……終わったな……)
バスカーは息を吐くと、胸のポケットから携帯を取り出し、電源を入れた。
雇い主に連絡を入れるためだったが、実際に番号を押すよりも早く、向こう側からコールが来た。
「はい」
『おお、私だよ。依頼人だ、クレスト社のウォーレスだ。無事かね?』
「一応は」
『そうかそうか。いや、よくやってくれた。
数時間前に、戦術部隊が「貯水湖の底から未確認機体を引き上げた」ことを、本部に通達してきたよ。
ミラージュの連中より先に、キサラギが放置した研究成果を始末できたわけだな。
おかげでキサラギには「貸し」を作れたし、これより我々クレスト派は、キサラギとの関係を優位に進めていけるだろう』
依頼人の声は、終始上機嫌だった。
それにつられて、バスカーの口にも笑みが浮かぶ。
「それは結構でしたね」
『ああ。大変、結構だ。
……だがね』
そこで、声の調子が一変した。
静かだった山が突如噴火したように、その後の口調には露骨な怒りが込められていた。
『……ときに、私は言ったね。ただでさえ壊れている施設だ。これ以上は、できるだけ壊すなと。
もし新規の損害が一定以上になれば、全額を君達の報酬から出してもらうとも』
バスカーは慌てて言った。
「待って下さい。あなたの指定した許容損害額は、六万Cのはずだ。おれは、確かに施設内でかなり暴れたが――それほどの額を出したとは思えない」
『馬鹿な』

男は一蹴した。
『ただでさえ壊れていた施設に、新たに八万Cも損害額を出しておいて……よくそんな口が叩けるものだ。
許容額を二万も超過しているんだぞっ』
「それはおかしい。さっき壊したのは、せいぜい壁と……」
そこで、バスカーははっとした。
この任務は、自分一人でやったものではない。ボラもいる。
確かに自分一人で出した損害額は、大したことがないかもしれない。六万を越えないかも知れない。
しかし、もしボラも施設を破壊していたら……?
バスカーと同程度、いやそれ以上に破壊していたら……?
(壁何枚かに、床の弾痕やら亀裂やら……俺が出した損害を四万としよう)
経験則から言っても、かなり妥当な数字だった。
もとより、バスカーはこういう勘定が得意である。
(で、ボラが俺と同じくらい壊したとすれば……)
八万。計算が、合う。
バスカーから血の気がひいた。
うっかりしていた、では済まない過失である。
『把握できたかね?』
バスカーは、金魚のように口をパクパクさせた。
男は構わず続ける。
『無論、これは戦術部隊に同行した技師達が、急いで試算したものだ。
「よって、かなり安めに見積もった」と彼らも言っている。
これから、人件費や、そこに費やされる時間など、より厳密に試算していくそうだ』
もはや気を失いそうなバスカーに対し、男は容赦なく言った。
『赤字を覚悟したまえ』
そこで電話が切れた。
赤字。
バスカーの知る限り、あの男は怒るとやたら話を誇張しだす癖がある。
だが、かといって無根拠でものを言う男でもない。
(……どういうことだ……!)

痛ましげに唸った。
そこに、通信が来る。ボラからだった。
バスカーは反射的に、元凶の名前を叫んだ。
「ボラ・ヴァント!」
『バスカーっ!』
二人の声が重なった。どうやら、すでにボラも同じ内容を聞かされていたらしく、その後の質問も見事なまでに重なっていた。
一体どこを壊したのか、何故そこを壊したのか。
話を聞く限りだと、ボラもバスカーと同じように、『相方も施設を壊す』という可能性を失念していたようだった。
単独活動歴が長い故のミスは、どうやら両方に起こっていたらしい。
「……ボラ……」
一頻り話を聞き合った後、バスカーは抑えきれずに言った。
「……お前は、施設内ではろくに交戦していないはずだろう? どうしてお前が、施設内部を壊すんだ!」
『途中が落石で塞がっていたんだ。やむなく、壁に穴を開けさせてもらっただけだっ』
「それだけで四万Cもかかるのか!?」
『壊した壁の向こうに、まさかタンクがあるとは思わないだろう? 急ぐ必要があったんだ、不可抗力だ!
バスカーこそ、無理に壁を壊すことはないんじゃないか?』
「何を言っているっ! むしろ、あそこで壁を壊して脱出できたのは奇跡なんだぞ!」
等々、まるで最初に戻ったかのような口論を、二人は繰り広げた。
だが、そうしたからといって報酬が増えるわけでもなく、犯した間違いが消えるわけでもない。
二人はやがて、不毛な口論に疲れて口を閉じてしまった。
重苦しい沈黙がたれ込め、ヘリのローター音だけが、規則正しく時間を刻んでいく。
「減ったな」
そんな時間が、数分続いた頃だろうか。
不意にバスカーが呟いたのは。
『……減った?』
ボラが聞き返す。
バスカーは腹を押さえながら、

「減った」
『……何が?』
「腹だよ」
考えてみれば、もう八時間近くまともなものを食べていなかった。
しかも、ミッション前のため、最後の食事は腹八分目も食べていない。
『腹か。そう言われると……おれも、食べてないな』
そこで、またお互いが黙る。
だが、今度の沈黙はそう長くは続かなかった。
『……「チープ・アンド・ヤミー」って知ってるか?』
今度は、ボラが先に口を開いた。
バスカーは、ちょっと記憶を探ってから、
「……知らないな」
『拠点に店を出してる、軍人向けの食堂だよ。シモツキっていうゴリラみたいな男がやってる』
「美味いのか?」
『それほどでもない。だが、安い。そして量が多い』
安くて多量、という言葉はバスカーにも魅力的に聞こえた。
ごくり、と喉が鳴り、腹の虫が鳴く。
「……そうか。ちと金欠気味なんだが……それでも、たらふく食えそうか?」
ボラは頼もしく請け負った。
『食える』
バスカーに――彼としては非常に珍しく――無邪気な笑みが宿る。
「場所は?」
『地下だ。まぁ……おれも、丁度そこで飯を食いたいと思っていたしな。ついたら案内しようじゃないか』
バスカーは、素直にそれを受け入れた。
驚くほど明るい声で、
「ああ。その辺は頼むぜ、兄弟」



いつしか太陽も昇りきり、冬の太陽がさんさんと照っている。
そんな中、空中にある紫と青のACは柔らかな日差しに照らされ、その表面を爽やかに煌めかせていた。





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