◇庵野塾拠点 デルタ要塞 地下ブロック 小型通路

太ももがスースーする。動きやすいようにスカートの横を裂いたからだ。
足の裏が痛い。走りやすいようにパンプスを脱ぎ捨てて、裸足たからだ。
首筋が痛い。ンジャムジ君との根競べが長引いてしまったせいだ。

(あの子、大丈夫かな……)
クレアは隙を突いて手加減無しにノックアウトしまったンジャムジ少年のことが
少し気がかりではあったが、今は先を急いだ。戦闘の音がする方へと。

独房を出て5分ほど走ったところで他の通路に出れた。
ACでも通れる高さと道幅を持つ大型の通路だ。
ここには戦闘の音だけではなく、大気の揺れまで伝わってくる。

(近いわ、この先にレージたちが……)
そう確信したクレアは焦る気持ちを抑えて呼吸を整えた。
先程までの全力疾走とは違い、注意深く――慎重に歩みを進める。

戦闘の気配を辿って行くとドーム状の広い空間に行き当たった。
あちこちにコンクリートで作られたビルのフェイクや障害物の類。
市街地戦を想定した屋内演習場といったところだろう。

「いたっ!」
演習場の中央にバケツ頭の白い軽量二脚――<ホワイトリンク>を発見。
小型のガードメカや歩兵集団に包囲され、一方的に攻撃されていた。

(バケツ頭は間違いなく姉さん、あの<ホワイトリンク>にはレージが乗っってる!)

胸の鼓動が高鳴った。
全身に湧き上がる不思議な力。
何でもやれる気がする。
きっと上手くいく。
スリーカウントで行こう。

「3、2、1――」
クレアはスタートを切った。
銃弾が飛び交う中心地点、<ホワイトリンク>に向かって一直線。

恐怖など微塵も感じない。
「今のあたしならやれる」という確信だけが強くあった。
その確信に従ってひたすら全力で突っ走る。

「!?」
バケツ頭と目が合った。
(いけるっ!!)

<ホワイトリンク>が動きを止めた。片膝をつき、腰を落とした。
差し出される右腕。その手の平にクレアは飛び込んだ。
次の瞬間、右腕は勢いよく振り上げられ――クレアは空を舞った。

半開きのコックピットハッチが右下に見える。このままでは駄目だ。
そう直感したクレアは空中で体勢を変えて落下地点を調整。
見事、コックピットの中に滑り込んだ。

ハッチを閉鎖しながら<ホワイトリンク>は全速力で後退。
そこいらじゅうの障害物にガシガシとぶつかりながら、手近なビルの陰に隠れた。
《なんて滅茶苦茶なことをするんです! クレア、怪我は?》

そんなことはどうでもいい。それよりも――
「姉さん、レージはどこ!?」
コックピットの中は無人だった。

《この先はACが通れないので降りてあなたを探しに》
「入れ違いってこと!? 道理でぎこちない動きだと思った」
《ひどい、これでも精一杯頑張ってるんですよ!》

「話はあと、レージに連絡して! 機体コントロールはこっちにちょうだい」
《はいはい、了解です、あなたが元気そうで何よりです》
「今は口より手を動かしてよ!」

《クレア……》
「?」
《あなたが無事で本当によかった》

「あ、ありがと……」
無性にジ~ンときた。

クレアは泣いてしまいそうになるのをどうにか我慢した。
まだだ。まだ早い。まだやるべき事が残っている。
(レージと合流して脱出してからよ!)

シートを調節して身体を固定。
計器類を確認。ダメージチェック。各部機能正常。
機体スペックと武装の詳細を呼び出して、ポテンシャルを把握。
ペダルの感触を確かめる。大丈夫だ。
大きく深呼吸をしてスティックを握った。

何も問題は無い筈なのに違和感。何かがおかしい。そう――
「静か……すぎない……?」
あれだけいた歩兵やガードメカの姿が見えなくなっていた。

『クレア・ゴールドスミス! そのACから降りろぉーー!』

共通回線からの怒声。
それと同時に姿を現した赤い軽量二脚がクレアの問いに対する答えだった。
ACの相手はACがする、という事らしい。

《ひぇぇぇぇぇぇ! あの赤いのには敵いません! に、逃げましょう!》
「逃げない……」
《レージの完コピを瞬殺した相手ですよ!? 正気ですか!?》

クレアは正気だった。それどころかシェリーよりも状況を的確に捉えていた。
一目見ただけで赤いAC――<ソードダンサー>の機動性の高さを看破して
鬼ごっこではこちらの勝ち目が薄いと、冷静に判断したのだ。
この<ホワイトリンク>も同じ軽量二脚ではあるが、向こうはもっと速い。
背中を見せれば十中八九、後ろから斬り伏せられて終わるだろう。

そもそもパイロットスーツ無しでACの高速機動は負担が大きすぎるのだ。
シートにあずけた身体は完全に安定していないし、身体能力を強化されている
クレアといえどもG-LOC(Gによる意識喪失)の可能性がある。

それに――
「レージを置いてはいけない」
《レージなら自力で脱出しますよ!》
「姉さん、お願い……後悔したくないの」

《……作戦はあるんですか?》
「どっしり構えてカウンターを狙う。付け入る隙も多分あるわ」
敵はクレア・ゴールドスミスが<ホワイトリンク>に乗っている事を知っている。
そして先天性強化人間を生け捕りにしたいという欲がある。これは大きな枷だ。

《ち、ちなみにクレアちゃん、ACでの戦闘経験はどれくらいなんです?》
「そんなのあるわけないでしょ」
《え゛え゛っ!?》

「ACは人が使いやすいように出来てるわ。余計な力を抜いて、後は手を添えるだけよ」



◇庵野塾拠点 デルタ要塞 地上ブロック 防壁内部

優秀なレイヴンを失い、要塞はここまでダメージを与えられ
敵ACの地下ブロック侵入まで許してしまった。最早勝ちはない。
ここから先は純粋な闘争。レイヴンとして鎬を削り合うのみ。

重二、逆脚、四脚、フロート――この4機は付き合ってくれるようだ。
もう地下ブロックへの侵入を窺う気配が感じられない。
「私と<エスポワール>の力はそちらの4機分と評価してくれたわけか」
白いカラスたちの連携の良さを考慮すれば、妥当なところだろう。

4機の布陣も悪くない。
前衛に近距離格闘型を1機。後衛に遠距離射撃型を2機。
前衛と後衛の間に撹乱戦術型を1機。
格闘型を前衛に立たせ、それを残りの3機で援護できる。理に適った布陣だ。

地上ブロックがほぼ壊滅してしまった現状、要塞からの援護射撃は
期待できないが、これで要塞を護りながら戦う必要も無くなった。
(存分に戦おうではないか)

雲の心の声を聞いたかのようなタイミングで、逆脚――撹乱戦術型が
エクステンションに装備された太い筒状のパーツから大量の白煙を撒き始めた。
(スモークか、面白い兵装を使う)
4機は白い煙幕の中に。真っ白い塗装のせいで益々敵ACの視認が困難となった。

雲は煙幕に巻かれてしまわぬように<エスポワール>を少し後退させ
レーダーに視線を移すが、
「なにっ」
レーダーに映るACの反応が3倍の12に増えていた。

(更なる増援――ではないな)
レーダーを騙しているだけだ。恐らくこれも撹乱戦術型の特殊兵装。
ACと同じ熱量を持たせたダミーバルーンといったところだろう。

(厄介だな……)
ダミーバルーンと煙幕の組みあわせ、更に自然現象が突如、敵に回った。
風が吹き始め、<エスポワール>の位置が風下となってしまったのだ。

風に乗る煙幕と共に4機のACとダミーバルーンの反応は距離を詰めてくる。
スモークの残量にはまだまだ余裕があるのか、尽きる様子は一向に無い。
どんどん捕煙範囲を拡大して、じりじりと<エスポワール>を追い込んでいった。

しかし、雲は単純に後退を続けていた訳ではない。
無駄弾を使わず、レーダーに映る光点の動きを観察して当たりを付けていたのだ。
どの光点がダミーで、残りの光点のどれがどの機体かを。

白いACのレイヴンたちは皆、自機の脚部特性をしっかりと理解して動いている。
故に逆脚、四脚、重二を判別するのは比較的難しくなかった。問題はフロート。
フロートは元々ふわふわした挙動をしている為、レーダー上では
風に乗って動いているダミーバルーンと見分けるのが非情に難しい。

(これ以上は無駄か……)
雲は判別に見切りを付け、<エスポワール>の残弾を確認。
(心許無いものだ)

機体自体の消耗は抑えられているが、弾薬の減りだけは如何様にもし難かった。
対ACライフルが9発、小型ミサイルとその連動がワンセットで打ち止めである。
左腕のロングブレードに大きく頼る事となるだろう。

これらの武装でどこから切り崩そうかと思案していると――
ミサイルのロックオンアラート。
(痺れを切らしたか)
直後に煙幕の中から飛来する集中砲火。

スナイパーライフルの実弾とEN弾――ガイルを仕留めた四脚。
グレネードの固め撃ち――要塞施設に一番損害を与えた重量二脚。
密度の高いマイクロミサイル群――スモークを撒き散らしている逆脚。
雲は全ての砲火とその撃ち手を見極めながら回避行動をとった。

(レーダーに気を取られ過ぎたか……)
若干被弾。頭部COMが軽微な損傷を知らせた。
しかし、フロート以外の位置は完全に捕捉。

――ここから攻勢に転じる。
集中砲火の間隙を突いて<エスポワール>はOBを起動。
白い煙幕に向かって猛スピードで突っ込んだ。

視界不良の中、レーダーを頼りに雲が先ず狙うのは重量二脚。
標的にミサイルロックを完了した後、ダメージ覚悟で肉薄――
<エスポワール>はOBの勢いを乗せた強烈な体当たりを重量二脚に見舞った。

それを受けて踏ん張る重量二脚。ぎりぎり堪えてなんとか倒れない。
だが、倒れずとも十分。体勢を崩した事が命取りなのは変わらない。
<エスポワール>は既にロックオンの完了している小型ミサイルと
エクステンションの連動を超至近距離から一斉に解き放った。

重量二脚――撃破。

残弾の無くなったミサイルと連動をパージして<エスポワール>は上空へ。
向かったのは一番煙幕の濃いポイント。
そこにいるのはこの煙幕を撒き散らしている撹乱戦術型の逆脚だ。

再びミサイルのロックオンアラートが鳴った。
(させんよ)
今度はロックオンが完了する直前に急速な軌道変更を行い
逆脚からのミサイルロックを外す――撃たせない。
無防備な逆脚に対ACライフルの残弾9発を全て叩き込んだ。

逆脚――撃破。

ミサイルに続いて用済みになった対ACライフルをパージしようとした刹那、被弾。
コアと右腕の接合部分を射抜かれた。<エスポワール>の右腕脱落。
雲は攻撃に集中する余り、回避と防御への意識配分が疎かになっていたのである。

鋭い、危険な一撃だった。下方向、地上の四脚からの狙撃。
もう少し左にずれていればコアを貫かれ、終わっていただろう。
(所詮、私はこの程度……。しかしライフルを捨てる手間が省けたか)

<エスポワール>は自由落下しながら再びOBを起動。
機体を左右に振って四脚からの狙撃を往なし、着地と同時に
スナイパーライフルの射手――四脚に向かって突進を開始した。

対ACライフルと右腕を同時に失い、一気に軽量化した<エスポワール>の動きを
四脚のスナイパーライフルは捉えられない。
2機の距離はあっという間に縮まり、<エスポワール>は標的の懐に潜り込んだ。

こうなってしまうと四脚が両腕に持つスナイパーライフルは役に立たない。
無用の長物。邪魔なデッドウェイトである。
四脚の搭乗者はスナイパーライフルに執着せず、即座にパージした。

(攻撃手段を失う事を恐れず、先ずは生存を優先。いい判断だが――)
相手が悪かった。この隙を見逃す雲ではない。
<エスポワール>はOBを起動して距離を離そうとする四脚を
ロングブレードで一撃。更に駄目押しの二撃目を加えた。

四脚――撃破。

白いACの残りは、1機。
(最後のフロートはどこだ……?)
レーダーには何も映っていなかった。何も、全く何も映っていなかった。
<エスポワール>はいつの間にか背部のレーダーをやられていたのだ。

「なんとッ!!」
雲は戦慄した。フロートの武装を思い出して戦慄した。
あのフロートは大型レーザーブレードと大型ENショットガンを携えている。
近距離で真価を発揮する特化機ではないか。

奴は今までどこにいた? 何をしていた?

もし、あれに、今、背後を、取られて、いたら、確実に――

風が、一際強い風が吹いた。煙幕がそっと押し流される。
<エスポワール>の足元に落ちるもうひとつの影。月明かりが教える背後の存在。
(いる、間違いなく、後ろに……)
雲の首筋を一筋の汗が伝う。

「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
<エスポワール>は左脚を軸にブースト――
急速旋回しながら我武者羅にロングブレードを振った。

最後の足掻きに、手応え――あり。しかし、軽い。大きな風船を斬ったような感触。
ロングブレードが切り裂いたのはACの形をしたダミーバルーンであった。
(では、フロートはどこだ!?)

――いた。遥か彼方にいた。
フロートは戦場から離れ、まるで他人事のように傍観を決め込んでいた。
その上、<エスポワール>と目が合った途端、反転して逃げ出す始末。

「何を……している……」
雲の中では助かったという思いよりも、落胆の方が遥かに大きかった。
あちらにとっては千載一遇の好機だった。紛れもない勝機だったのだ。

レーダーの破損に気づけなかったのか?
ダメージ蓄積によるマシントラブルか?
仲間をやられて臆病風に吹かれたのか?

デルタ要塞をここまで追い込んでおきながら、この幕引き。
「酷いものだ、興が削がれた……」
そう吐き捨てながらも雲はフロートを逃す気はない。
3度目になる<エスポワール>のOBを起動。

追撃されると悟ったフロートはブレードとショットガンを同時に捨てた。
機体を軽くして、逃げ切る確率を少しでも上げようとしたのだ。
しかし、白いフロートのコアにはOBが搭載されていない。

OBの有無。この差は大きかった。あっという間に2機の距離は縮まり
<エスポワール>はフロートの背中に食らいつける一歩手前まで迫った。

(憐れだな……)
<エスポワール>の武装は既にブレードしか残っていないのだ。
無防備な背中を晒しながら逃げるよりも、覚悟を決めて勝負を挑んだ方が
生存確率は遥かに高くなる筈である。やはり戦意を失った者ほど脆いものはない。

「終わりだ」
雲がフロートACを背中から斬り裂こうとロングブレードを構えたその時に
“異常”が起こった。

異常は<エスポワール>のコックピットの中――
メインモニター、サブモニター、コンソール、計器類、それら全てが同時に落ちた。
非常灯すら点灯しない。コックピット中の光が全て消えた。突然の機能不全。

OBで加速していた<エスポワール>はバランスを崩し、派手に転倒した。
うつ伏せに倒れ、地面を抉りながら50メートル程滑ったところで
大きな岩山にぶつかってやっと停止した。

(なんだ、ACが……死んだ……!?)
コックピット中の光が消えただけではない。全く、何も、反応しない。
<エスポワール>の全機能が完全に死んでいる。
(閃光、衝撃、爆発音、それらの一切が無かった。フロートACに何をされた……?)

雲の問いに答えを出したのは雲自身の身体だった。

コーテックス時代から戦い続けてきた雲の身体はレイヴンとして
とっくの昔に限界を迎えていた。それでも“ある事”が諦め切れなかった。
だから限界を迎えた部位を機械に置き換える処置を行った。
レイヴンとしての延命。機械で身体機能を補い、ここまで戦い続けてきたのだ。

その身体が激しく異常を訴えている。
これはつまり――
(EMPか!?)

※【EMP】electromagnetic pulse
 強力な電磁波によって電子機器を破壊する電磁パルス。
 生物への影響はほとんど無く、電子機器だけを狙って破壊できる。

最高の対EMP防御――電磁シールドを持つACを破壊する大出力EMPともなれば
使った側のACも無事では済まない。間違いなく破壊される。これは完全な自爆兵器。
フロートACの搭乗者は臆病風に吹かれたのではなかった。誘っていたのだ。
(全ての武装を捨てたと見せかけ、無防備な背中を晒して……。そうか――)

フロートACが背負っていたランドセル型のバックパック。
あれは追加弾装などではなかった。あれこそが本命。
敵AC部隊の切り札――大出力EMP発生装置だったのだ。

「はっはっはっはっはっはっはっ! もう、長くは保たないか……」

右目が霞み、左手が震える。
左足の感覚がほとんど無い。
呼吸が少し辛くなってきた。
全身が鉛のように重たい。

雲は手動でコックピットハッチを爆破して外に這い出した。
まるで酔っ払いのように足元が覚束無い。
酷く惨めな姿だったが、心は晴れやかだった。

<エスポワール>と同様にEMPを受けて擱座した白いフロートACが遠くに見える。
片目が霞んでいるせいか、雲にはそのACが勝ち誇った表情をしているように見えた。
「やられたよ、完敗だ……」
雲は自らと<エスポワール>の敗北を潔く認めた。

長年共に戦場を駆けた愛機はもう動かない。本当に長い付き合いだった。
「死に場所はお前のコックピットの中と決めていたが、それは叶いそうにない。
 許せ、<エスペランザ>よ……。私にはまだやるべき事が残っている……」

愛機に別れを告げ、雲は最後の後始末をする為にデルタ要塞に向かって歩き始めた。



◇庵野塾拠点 デルタ要塞 地下ブロック 第一演習場

「そのACから降りろぉー!!」
『…………嫌よ』
「くそ~、なんであんたが乗ってるのよっ!!」

エリーアの目の前にいる白い軽量二脚にはクレア・ゴールドスミスが乗っている。
元々乗っていたパイロットが途中でACから降りたとの報告が仲間からあった。
つまり、今この軽量二脚にはクレア・ゴールドスミスしか乗っていない。

「ど素人のくせにぃ……。ケガしないうちに、お・り・ろっ!」
『い・や・よっ!』
「ぐぬぬ……」
エリーアとクレアの会話は平行線を辿り続け、交わることなく2分経過。

このままではマズイと思ったエリーアは次の手を考えた。
「3つ数えるうちに降りてこないと――そのACを潰してあんたを引きずり出す!」
『精一杯の抵抗をさせてもらうわ』

脅しは容易に撥ね退けられてしまった。
(舐められてるの? 自信があるの? 頭おかしいの?)
このままでは脅しが脅しではなくなってしまう。

エリーアの脳裏に甦ったのは過去の苦い経験。シェリー・ゴールドスミスをうっかり
殺してしまった時の記憶。殺すつもりは無かった。連れ帰るように念を押されていた。
しかし、隠し持っていた銃を向けられ、身体が勝手に反応――射殺してしまったのだ。

本能で行動するエリーア・大葉にとって「加減」という行為は酷く難しい。
それにブレードで敵を斬り刻んでいると、気持ちよくなってしまう悪癖があった。
素人の乗ったACに負ける事は無いが、搭乗者を殺してしまう危険性があるのだ。

「け、ケガするわよ?」
『……まだ数えないの?』
「こいつ……ッ」
身を案じた言葉に返ってきたのは不遜な挑発。

(上等じゃない……)
エリーアは腹を決め、白い軽量二脚の武装を改めて凝視した。
(武装は4つ……。全部潰して、あの女をギャフンと言わせてやる……)

左腕のレーザーブレードは地上で使っているところを見た。
中央ゲートの隔壁を切り裂いた威力の高そうなタイプだ。
しかし、得意のブレード戦で後れを取るような事は有り得ない。
危険度――低。

左右の背中から伸びている中途半端な長さの砲身はレーザーキャノンか何かだろう。
何でもいい。飛び道具である以上、射線を読めば簡単に避けられる。
“点”でしか攻撃できない銃は“線”で攻撃できる剣には敵わないのだ。
危険度――低。

問題は右腕で異彩を放っている射突ブレードのようなモノ。
キサラギ製の射突ブレードよりも二周りほど大きく、杭が変な形をしている。
(あのとっつき、こわい……杭が爆発しそう……)
危険度――高。

エリーアの右腕武装に対する直感は見事に当たっていた。
軽量二脚型<ホワイトリンク>が右腕に装着している武装は射突グレネード。
射突ブレードの杭にグレネード砲弾を取り付けたようなパーツで
目標に杭を撃ち込んだ後、目標内部でグレネードを炸裂させるという
一撃必殺を狙った代物。アリゼブラ重工が考案したトンデモ試作兵器である。

(まずはあの右腕を斬り落としてやる。次に左腕、最後に背中のキャノンを2つとも)
潰す順番は決まった。<ソードダンサー>とデュアルブレードのコンディションも
悪くない。白い軽量二脚との距離およそ200メートル。一息で斬り込める距離だ。

「最後の最後のケーコクよ。そのACから降りろっ!」
『嫌よ、しつこいわね』
「ゼッタイ後悔させてやる……」
『ご自由にどうぞ』

「ひとつ!」
『…………ッ』
秒読み開始と同時に白い軽量二脚は後ずさった。

「ふたつ!」
ブーストを噴射して小さくバックジャンプ。軽量二脚は逃げようとしたのではない。
距離を調整したのでもない。自らビルのフェイクを――壁を背負いに行った。
死角を晴らし、<ソードダンサー>を正面から迎え撃とうという構えだ。

「みっつ!!」
エリーアが叫ぶのと同時に<ソードダンサー>は白い軽量二脚――
<ホワイトリンク>に目掛けて突進した。OBを使う必要は無い。
ACにとって200メートルは短い距離だ。通常ブーストで事足りる。

<ホワイトリンク>が右腕の射突グレネードを大きく振りかぶった。
(やっぱりそうきたかっ!)
射突タイプのブレードは動く標的に命中させるのが難しい。例外は唯一
自分から近づいてくるブレーダーが相手の場合にのみ話が変わってくる。
(でも、そんなミエミエの手に――)

2機の間にある距離は20メートルまで縮まった。
互いのブレードが届きそうで届かない微妙な距離。
先に<ホワイトリンク>が動いた。

焦りからのフライングではない。<ホワイトリンク>の腕の振りは鈍かった。
射突グレネードの本体重量がとても重いのだろう。それを考慮しての初動。
腕部のスピードまで計算した完璧なタイミングでの迎撃行動である。

しかし、エリーアにはその動きがスローモーションに見えていた。
<ソードダンサー>のバックブーストをほんの少しだけ噴かせて減速。
斬りかかるタイミングを微妙にずらした。必殺の一撃を“釣った”のだ。

結果、<ホワイトリンク>の射突グレネードは空振り、突き出された右腕を
<ソードダンサー>のデュアルブレードが正確に切断した。
<ホワイトリンク>はよろめきながらも左腕のレーザーブレードを
振るおうとするが、またも制したのは<ソードダンサー>。

デュアルブレードはその名が示す通り、二連撃が可能な武器腕パーツ。
そこに一切の隙は生じない。
エリーアは容赦なく<ホワイトリンク>の両腕を斬り落とした。

<ホワイトリンク>に触れてしまいそうな超至近距離で<ソードダンサー>は
身を沈めた。たったこれだけの事で<ホワイトリンク>は背中のキャノンを
撃つことができない。射撃武器には砲身、射角という弱点がある。
肉薄されてしまうと全くの役立たずに成り果ててしまうのだ。

「後悔しろっ!!」
エリーアがクレアに叫んだのと同時に<ホワイトリンク>の
背部に装備されたキャノンの砲身が、どちらも“縦に裂けた”。

否、それはキャノンなどではなかった。

(カマキリの腕ッ!?)
縦に裂け、「く」の字型に展開された“それ”は蟷螂の前脚――鎌を思わせる。
<ホワイトリンク>が背部に装備していたモノは射撃武器などではない。

“それ”は格闘武器の常識を覆す存在。酔狂の塊。
――背部用レーザーブレード。
軽量二脚型<ホワイトリンク>はまさかの四刀流ACであった。

『動くな――』
エリーアは、<ソードダンサー>は動かない。動けない。
デュアルブレードのリロードが間に合わない。抗う術がない。

「こんなの反則だよぉぉぉぉ!!」
青い光を纏った鎌は真上から両肩に向かって振り下ろされ
一撃で<ソードダンサー>の両腕――デュアルブレードを奪い去った。

「いやぁぁぁぁぁっ!!!」
<ソードダンサー>は斬撃の衝撃に耐え切れず、そのままうつ伏せに倒れた。
そこを<ホワイトリンク>の脚部が上から容赦なく押さえつける。
<ソードダンサー>は両腕を同時にもがれた上、身動きが取れなくなってしまった。

『あなたの、負けよ』
「くっ、くうぅぅぅぅ……」
『大人しくACから降りて』

「こ、ころせぇ! 捕虜にはならない」
『あなたを捕虜にするつもりは――な、なに!?』
エリーアとクレア、2人の通信を突然の警報が遮った。

『――全塾生に告ぐ、全ての戦闘行為を直ちに停止し、要塞から脱出せよ』

『この声は、庵野 雲?』
「う、そ……」
要塞全体に流れた雲からの放送はエリーアにとって信じ難いものであった。

『要塞は機能の大半を失い、拠点としての役目を終えた。
 ここからは皆、それぞれが好きに生きて欲しい。
 諸君にはこの世界で生き抜く術を可能な限り伝えてきたつもりだ。
 一方的に契約を破る形となってしまった事だけが心残りではあるが
 残念ながら、敗者である私にはあまり時間が残されていない……』

「雲さまが……やら、れた……」
デルタ要塞を放棄。庵野塾の解体。完全な敗北宣言。
エリーアの世界が音を立てて崩れ落ちた。
「そん……な……」

『エリーア、生きているのなら――退け。塾生にはまだ心許無い者が多くいる。
 お前に頼みたい。私からの最初で最後の頼みだ。どうか聞き届けてくれ……』



◇庵野塾拠点 デルタ要塞 地下ブロック 予備管制室

「そこにいるのは……阿部 玲司か……?」
「あんたが庵野 雲だな」
「そうだ……」

自分の夢の後始末をする為に身体を引きずりながら戻った雲。
クレアを救出に向かった筈が、歩兵に追い回されて迷い込んだ玲司。
2人は誰にも使われていない予備管制室で偶然にも遭遇した。

「教えてくれ……赤いACは……どうなった……?」
雲は壁に背中を預け、脚を延ばして座り込んでいた。
呼吸が不規則で荒く、虚ろな瞳には何も映っていない。
玲司はだらりと床に垂れた雲の両腕を見て、構えていたアサルトライフルを下ろした。

「あんたの指示通りに退いたそうだ」
「そうか……」
「非情の傭兵が戦災孤児を集めて育てていたとはな」
「私は……そのような慈善家ではないよ……彼らと……契約したのだ……」

「契約?」
「私は彼らに……当座の居場所を用意し……そこで生きる術を教える……
 彼らはただ強くなってくれれば……それでいい……そういう契約だ……」
「変わった契約だな」

「君は……イレギュラーを……知っているか……?」
「……『やり過ぎた者』のことか?」
「そうだ……」

「残念ながら本物にお目にかかったことは無いね。大企業を相手に大立ち回り
 管理者の破壊、サイレントライン事件を解決したなんて伝説が広まってはいるが
 どれも眉唾物。いくら強いレイヴンでも単機でできる事とできない事がある」

「はっはっはっ……はっはっ……そう思うのも……無理からぬ事か……
 しかし、それらは全て本当の事だ……イレギュラーは……実在する……」
「桁外れに強いあんたでさえ、結局は数に負け、こうして倒れているじゃないか」

「私は……そう……イレギュラーになれなかった者……だからだよ……
 名を変え、身体機能を機械で補い……強くなる事だけに全てを賭けてきた……
 だが……長年研鑽を積んで分かったのは……自分が“そうではない”
 という事だけだった……だから、せめてこの手で……育ててみたかった……」

「…………」
「イレギュラーこそが……レイヴンの本当の姿だとは……思わないか……?」
「悪いが、考えたこともない」
「そうか……私は……そればかり……考えていた……レイヴン――」

 They are mercenaries with firecest humanoid weapon

 "Armored Core" who complete their client's request for large reward.

 Everything is ruled and controlled in the world,

 however, they never belong to anything.

レイヴンのことを表現した有名な一節。
それを口にし終えるのと同時に、庵野 雲は事切れた。
「理解できないね……」
玲司は雲の亡骸に冷淡な視線を送る。

「これだけ戦えたあんたが“そうじゃない”なら――イレギュラーなんて幻想さ」



MISSION:5 -END-





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー