◇セントラル・シティ サンシャインマンション 205号室

「…………」
窓から差し込む陽の光で玲司は目を覚ました。
(生きてるのか……)

コックピットの中でシェイクされたところまでは覚えている。
しかし、その後のことが全く分からない。
あの状況からどうなったのか。

玲司が横たわっているのは簡素なベッドの上だった。
(ここはどこだ……?)
カーテンで仕切られた個室。灰色の天井。切れかかっている丸い蛍光灯。
陽の光を取り込む小窓。他には何もない。普通の病院とは明らかに様相が違う。

しばらく考えてから玲司は思い至った。
死んだ父親の友人――シド・ワイズに紹介された闇医者の1つではないかと。
レイヴンになってからは公の医療機関を不用意に使用するわけにもいかなくなるので
何かあった時は闇医者を頼るように助言された記憶がある。

起き上がって体に異常がないか確かめていると
不意にカーテンが開いて、隣のスペースからクレアが飛び込んできた。
「レージ!」

「よお――って、おいおい」
有無を言わせない速さで、クレアは玲司の胸にしがみついた。
目に涙をため、肩を震わせ、まるで子供のように。

「よかった……。目が覚めてよかった……」
玲司はうろたえ、どうしたものかと困惑。
「その、すまなかったな……」
なだめすかすように彼女の頭をそっと撫でてやることしかできなかった。

「痛いところは? おかしいところはない? 先生にもう一度ちゃんと診てもらおう」
「このとおり、大丈夫だって」
「レージまで死んじゃったら、あたしは……」

「俺は大丈夫だから――」
玲司はそこまで言ったところで、クレアが口にした副助詞が引っかかった。
「“まで”って……?」

「姉さんが……姉さんが……死んじゃった……」



◇某山間部 偽装ガレージ クレアの私室前

部屋のドアをノックしようとして――止める。
腕を組み、しばらく考えた後に、再びドアに手をかざして――また止める。
同じような動作を玲司は何度も繰り返していた。

(こういう時はなんて声をかければいい……。
 「俺がシェリーをやった奴を殺してやる」とでも言ってみるか?)

復讐を糧にして活力を取り戻してくれるなら、それもいい。
しかし、クレアはそういうタイプではないので
逆効果になることが玲司にはよく分かっていた。

かくして思案は振り出しに戻る。

堂々巡りが15分ほど経ったところで携帯端末の呼び出し音が鳴った。
玲司は慌ててクレアの部屋の前を離れ
なんとなくトイレの中に駆け込んでから携帯端末を取り出した。

「はい、阿部です」
『久しぶりだな、玲司』
「シドさん?」
『ああ』

(この人と直接話すのはいつぶりだろう)
レイヴン業開業当初は色々と世話を焼いてくれたシド・ワイズであるが
落ち着いてからは、連絡など滅多にしてこなくなっていた。
その彼からの連絡。恐らく今回の件を聞きつけたのだろう。

『手酷くやられたらしいな』
「まあ、ね……」
『雇われていたレイヴンと警備部隊は全滅。クサナギ中央支社は施設の
 90%以上を破壊されて再建の目途が全く立っていないと聞いたが』

「その通りだよ。得意先を失った上、ACがワンセット丸々スクラップさ……」
『お前、よく生きていたな』
「路頭に迷いそうだけど……」

『生きてさえいればどうにでもなる。……シェリーは残念だったな』
「それも知ってるのか……」

『余計なお世話だろうが、お前たち大丈夫か?』
「俺の方はね……」
『クレアか?』

「事後処理をしてた時は大丈夫だったんだけど
 それが終わったら急に部屋に閉じ篭っちまってさ……」
『仲の良い姉妹だったからな、無理もない』

「こういう時はどうすればいいんだ?」
『お前が慰めてやるしかないだろう、身体でも何でも使ってな』
「じょ、冗談はやめてくれ、あいつは妹みたいなもんなんだよ!」

『割と実用的だと思ったんだが……。後は時間が解決してくれるのを待つぐらいだ』
「時間か……」
悠長な解決策だ。だが、他には何も思いつかない。
玲司はやり切れない思いで歯噛みするしかなかった。

『馬鹿なことを考えていたら止めるつもりで連絡したんだが
 その心配はなさそうだな、安心したぞ』
「え? あぁ……、親父が死んだ時も復讐なんて一言も言わなかっただろ?」

危険な目に遭っているのなら駆けつける。攫われたのなら助けに行く。
しかし、殺されてしまった場合は復讐しようと思えない。
死んだ者にしてやれることは無いと考えるのが玲司だった。

『そうだったな……』
「それにしばらくは身動きが取れそうにないんで」
『そうか……。まあ、何かあったら連絡しろ』
玲司が返事をする前にシドからの通信は切れた。

「サンキュ、シドさん……」
もう伝わらないのは分かっていたが玲司は呟いた。

(これからどうするかなぁ……………………………………。
 とりあえず何かパーツを売って当座の生活費を確保するか)
馴染みの武器商に連絡しようと携帯端末のディスプレイに目をやると
新着メールが届いていた。運送業者からのメールだ。

「貨物用コンテナ(大型工業機械)発送のお知らせ……」
玲司がACのパーツを購入した際に用いる偽装と同じ品名だった。
「なんだ、これ……?」
近頃は日照り続きだったせいもあって、新しくパーツを頼んだ覚えは無い。



◇某山間部 偽装ガレージ前 空き地

ガレージに貨物用コンテナ(大型工業機械)が届いたのは
発送メールを受け取った2時間後のことだった。

そのコンテナは2メートル四方のサイコロ型で
色は緑なのだが、錆が酷く迷彩柄のようになっていた。
誰でも一目見ただけで分かる年代物だ。

差出人の欄に記入が無く、送り主は不明。
恐らく中身は大型工業機械などではないだろう。
玲司は受け取りを拒否しようか迷ったが、結局受け取った。
価値のある物なら売って生活費の足しにしようと考えたのだ。

危険物である可能性を考慮して一旦ガレージの外に出した後
ACを使ってコンテナを開けることにした。

「これでもACごと吹き飛ばす爆弾とかならアウトだけどな……」
適当に組んだ<ホワイトリンク>のコックピットの中で玲司は独りごちた。
「開けた瞬間にドカン!」という嫌なイメージを振り払って作業開始。

ACのマニュピレーターを使って慎重にコンテナの留め金具を外していく。
(よっ、よっと……)
コンテナに異常なし。問題は次だ。
あまり意味が無いことは分かっていたが、玲司はチビリチビリと蓋を開けた。

爆発は――しなかった。
変な色のガスなども噴き出してこない。
どうやら害はなさそうだ。

「ふぅ……」
ほっと一息ついて中を覗き込んでみる。
コンテナの中身はACの頭部だった。

「バケツ頭か……」
ミラージュ製頭部パーツ、MHD-MM/003。
エネルギー防御に優れた防御型で、ごつい見た目のくせに意外と軽い。
バケツのような形状からそのままバケツ頭と呼ばれているパーツだ。

「一体誰がこいつを俺に……」
天文学的な確率だろうが、ACのパーツが間違って別のレイヴンの所に
送られてくる可能性はあるかもしれない。
だが、バケツ頭は玲司のパーソナルカラーである白一色に塗装されていた。
そこまでの偶然はちょっと考えられない。

送り主の手がかりが何か見つからないかと
玲司は<ホワイトリンク>から降りて、バケツ頭に近づいた。

遠目から見た時にも思ったが、やはり傷が多い。
バケツ頭の装甲には大小さまざまな傷が刻まれていた。
修理や補強の跡も随所に見受けられる。
長く戦場で戦ったパーツなのだろう。

傷を手でなぞりながらバケツ頭の周りを半周ほどしたところで
傷のひとつに小さなカードが挟まっているのを見つけた。

___________________

 ハッピーバースデートゥー玲司!!!

 今年はおもいきり奮発してみました
 中古ですけど、感謝してくださいね
 これからも妹とわたしをよろしく!


      シェリー・ゴールドスミス
___________________

「あいかわらずきったない字だな。そうか、今日は俺の誕生日か……」
今の今まで完全に忘れていた。というか、それどころではなかった。
このバケツ頭はシェリーが死ぬ前に日付指定で送った物なのだろう。

「クソッ……」
彼女の顔が目に浮かび、メッセージカードを持つ手に力が入る。
「死んでからよろしくはなしだろ。どうしろってんだよ……」
玲司の頬を熱いものが伝った。



◇某山間部 偽装ガレージ 格納庫

自分は大丈夫だ。
強がりや痩せ我慢ではなく、本当にそう思っていた。
しかし、実際は無自覚なだけ。今回の一件は相当堪えていた。

休息が必要だと自覚した玲司は事務室のソファで横になっていたのだが
これがなかなか落ち着かない。真昼間からだらだらと過ごす。
それは至福のひとときであるはずなのに、今は苦痛だった。

玲司は休息を断念。事務室を出て格納庫の中をふらふらと歩き回り
結局、バケツ頭を動かしてみることにした。
「もう使う機会はないかもしれないが、せっかくだしな……」

気が紛れることを期待して作業を始めるも、これはすぐに終わってしまう。
なにせ適当なコアに繋げてエネルギーを通すだけだ。
バケツ頭を乗せたACのコックピットでシステムが立ち上がるのを待ちながら
この時ばかりはACの換装の容易さが恨めしく思えた。

《ハッピーバースデーレージ!》
立ち上がった頭部COMに誕生日を祝われてしまった。
シェリーの仕業だろう。めんどくさがって差出人欄には名前を書かないくせに
こういう手の込んだことはする。自分の好きなこと
興味があること以外は、恐ろしくいい加減な奴だった。

「どうせメッセージを入れるなら既存のボイスを使いまわすなよな。
 野朗の声で祝われても嬉しくなんかねぇよ……」
《タシカニコレデハ、アジケナイカモシレマセンネ。
 あーあー、てすてす。わたしの声はこんな感じでしたか?》

「はぁ?」
《自分の声は骨格を伝わって聞こえる分があるので、再現が難しいんですよ?》
「はぁ?」

《事態がよく飲み込めないのですが……》
「それは俺の台詞だ」
《ちょっとネットに繋がせてもらいますよ》
「なんなんだ……」

《…………うわっ、オリジナルのわたし死んじゃってるじゃないですか!
 あ~あ~、勤め先がなくなってる。…………マンションが火事?
 わたしの部屋から出火なんて、タイミング的に偶然じゃないですよね?
 怨恨の類? これの資金をかなり強引に集めましたからねぇ。
 はっ! それで研究を嗅ぎつけられて、成果の横取りを!?
 残念ながらもうデータは残ってませんけどね、わたしの頭の中以外には。
 でも母さんの日記があったか……。燃えてしまっていればいいん――》

「ちょっと待て!」
《得心がいきました。レージはわたしが死んだと思って泣いていたんですね?》
「泣いてねーよ!」

《クレアも酷いことになっているのでは?》
「あ、ああ……」
《これは一大事です!! お姉ちゃんは健在だとすぐに教えてあげないと》

「だからちょっと待て、お前は何なんだ?」
《ショックですね、わかりませんか? シェリー・ゴールドスミスですよ》
「あいつの思考を真似たAIなのか?」

《う~~ん、少し違いますね》
「じゃあ、何なんだ?」
《完コピです》

「変な専門用語を使わずに言え」
《専門用語じゃありませんよ。わたしが考えた完全脳機能複写の略称です》
「ますますわからん」

《順を追って説明しましょうか。レージは人間の要ってどこだと思います?》
「……心臓か?」
《肉体を維持するのに心臓は欠かせませんね。でも最近は優秀な人工臓器があるので
 替えが利くでしょう? 替えの利かない、重要な部位といえば?》

「あたま――脳ミソか?」
《正解です。人間を1人の個人たらしめているのは脳なんですよ。
 ここからが本題なんですが、わたしは脳の高次機能である学習、記憶、思考、推論
 更には自意識なんかを複写する研究を趣味でしていまして
 ついに成し遂げてしまいました。それが完全脳機能複写です。
 心――魂のデジタル化に成功したと言ってもいいかもしれません》

「つまり……お前はオリジナルのシェリーと全く変わらないと?」
《オリジナルからコピーされた後、コンテナに入っていた期間があるので
 正確には全く同じじゃなくなりましたけど、あえてYESと答えておきます》

「本当にそんなことが可能なのか?」
《少し前にわたしが可能にしました。こうして話していて
 AI特有の融通の利かなさや、思考の限界を感じないでしょう?》

「確かに……」
機械と話している気はしない。
しかし、オリジナルと変わらないのならこそ――
「お前はそれでいいのか?」

《シェリー・ゴールドスミスという人間は死にましたが
 シェリー・ゴールドスミスという存在は生きていますから
 あまり問題はないんじゃないでしょうか?》

「疑問系で返されても困るんだが……」
不思議と真面目に話すのがバカらしくなってきた。
こいつは間違いなくシェリー・ゴールドスミスだ。

「お前はACの頭部に自分のコピーを詰めてどうするつもりだったんだ?」
《サプライズです。2人を驚かせてやろうと思ったんです》
「一発芸かよ!」
《ビックリしたでしょ?》

「アホか! しかし、バケツ頭なんかになっちまって、これからどうするんだ?」
《このままじゃ不便なのでガイノイドのボディにでも乗り換えようかと。
 そのためにまずは完コピシステムの小型化を研究です》
「全く懲りてないな、お前は……」

《当分はここで働かせてくださいね。既存の頭部COMよりは有能な自信があります》



MISSION:3 -END-





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