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MISSION:3



ある男の話をしましょう。純粋で実直な男の話です。

男は幼い頃にアーマード・コアの姿を見て衝撃を受けました。
ああ、なんてかっこいいんだろう。
彼はアーマード・コアに憧れました。焦がれました。
ACに乗って颯爽と戦場を駆け抜ける自分の姿を夢見ました。

多くの少年が胸に抱き、成長と共にやがて忘れてしまう夢想。
男の子なら誰でも一度は同じ様な経験があるのではないでしょうか?
よくあることです。何も珍しいことではありません。

しかし彼は少年から青年に成長しても尚、ACへの憧れを忘れませんでした。
それどころかACとその操縦者であるレイヴンへの思いは募るばかり。

-レイヴン-
最強の人型兵器“アーマード・コア”を繰り
多額の報酬と引き換えに依頼を遂行する傭兵。
支配という名の権力が横行する世界において
何にも与することのない例外的な存在である。

この有名な一節は男の心を捉えて離しませんでした。
魅入られてしまったのです。

レイヴン――漆黒の翼で戦場を自由に飛び回るワタリガラス。
レイヴン――獲物を狩る孤高のハンター。
レイヴン――災厄を運ぶ凶兆のシンボル。

レイヴン。
その言葉を口にするだけで彼の胸は高鳴りました。
レイヴン。ああ、なんという甘美な響きなんだろう。

もう誰も男を止めることなど出来はしませんでした。
彼は周囲の反対を押し切って、当時レイヴンの派遣を一手に引き受けていた
グローバル・コーテックスの門を叩いたのです。

幾多の障害を乗り越え、最終試験という名の実戦を生き抜いて
男は無事レイヴンとなりました。
当初はレイヴンとしての資質を危ぶまれていましたが
実力をつけ、サポート役として傭兵仲間の間で信頼される存在にまでなりました。

大願成就。彼が幼い頃に思い描いた夢は叶った!

でも、そう思ったのは本人以外の人たちだけでした。
彼は満足していなかったのです。夢を叶えたとも思っていませんでした。
決して表には出しませんでしたが、理想と現実のギャップに苦しんでいたのです。

企業の駒でしかないレイヴン。
もっと自由な存在じゃなかったのか?

いつも主役にはなれない自分。
こんな脇役になりたかったんじゃない!

彼がこんな感情を持ってしまうのは仕方のないことなのです。
だって知っているのだから。
企業と真正面から戦える力を持ったレイヴンを。
常に事件の中心にいて主役であり続けるレイヴンを。
そんな眩し過ぎる存在を知っているのだから。

レイヴンとしての出発点は同じだった。
同じ輸送機に乗っていた。
一緒に投下された筈なのに……。

イレギュラーとの出会いが男にとって幸運だったのか
不幸だったのかは分かりません。
しかし、彼の人生を変える出会いだった事だけは間違いないでしょう。

彼は管理者崩壊の混乱に乗じて姿を消しました。



◇某山間部 偽装ガレージ 事務室

「またか……」
テーブルの上にずらりと並べられたインスタント麺の1つを手に取って
玲司は不満の声を漏らした。
「またカップラーメンかよ」
不満だらだら。目を細めて心底うんざりした顔を作っている。

「ラーメンが嫌なら他にも色々あるわよ。うどん、そば、パスタ。
 え~っと、うまうま塩焼きそばなんていうのもあるけど、どれにする?」
クレアはダンボール箱から色々な種類のインスタント麺を次々取り出して
テーブルの上に並べていった。玲司が不満顔をしているのは完璧に無視して。

「そーじゃなくてさ、なにも晩飯までカップ麺にすることはないんじゃないか?
 こうインスタントばっかりだと体にも良くないだろ」
クレアの手がぴたりと止まった。
「誰のせいでこうなったと思ってるわけ?」

「そりゃまあ……。ひょっとしたら俺かもしれない……」
「ひょっとしたら!? かも!? あたしの聞き間違いかしら?」
「すみませんでした……。俺のせいです……」

フリーランスと言うと聞こえはいいが現実は非情だった。
特定の企業や団体、組織に縛られない自由の代償はあまりにも大きい。
簡単に言うと暇。依頼が無い時は全く無いのである。

運よく舞い込んだ依頼の報酬を変てこなパーツに変えてしまう男が事業主である場合
生活に困らない方がおかしい。これは当然の帰結と言えるだろう。
非常用に買い溜めておいたインスタント麺が出てきたのは、むしろ幸運であった。

「食べないなら格納庫に転がってるパーツを売ってもいいのよ?
 鉄クズ同然の値段でも、あれだけ沢山あればそこそこのお金になるんだから。
 そのお金で豪勢な夕食に変更しましょうか?」

「そ、それだけはご容赦を……」
「食べられるだけありがたいと思いなさい」
「はい、ありがたいです……」

結局、玲司は土下座までしてインスタント麺に湯を注ぐ破目になってしまった。
(とほほ……)
わびしい夕食を黙って口に運びながら彼は自分の軽率な発言を反省したことだろう。
報酬を変てこなパーツに変えたことは多分これっぽっちも反省していない。
懲りない男なのである。

『プルルルル、プルルルル……』
不意に端末の呼び出し音が鳴った。
「あの、クレアさん? 鳴ってますけど……」
「…………出れば」

事務室に2人いる時はいつもクレアがさっと出てくれるのだが
只今はご機嫌斜めの真っ最中。仕方が無いので玲司は自分で動いた。
「はい、阿部です」

『クサナギだ。相変わらず景気の悪そうな声をしているな、玲司』
「なんだ、警備主任のおっさんか。実際に不景気なんだよ」
『おっさんは余計だぞ。それにしてもお前が応対に出るのは珍しいな。
 嬢ちゃんはどうした? ついに愛想を尽かされたか?』
「今のところは何とか見捨てられずに済んでるよ」

『それはよかった。お前に仕事を頼みたい』
玲司はボディランゲージで「クサナギ、依頼キタ、機嫌ナオセ」と表現してから
通信を一緒に聞けるように予備のインターコムをクレアに投げてよこした。

『中央支社の襲撃が計画されているという情報が入ってな。
 うちの警備部隊と共同で支社の防衛に当たってもらい』
「中小企業も大変だねぇ。敵さんの規模は?」
『一切不明だ。実は未確定情報でな』
「ふ~~ん」

今回と似たような依頼を玲司は過去に2度受けたことがあったが
1度目はクサナギの誇る高級MT<アマノ>で編成された警備部隊の活躍により
出番なし。2度目は襲撃自体が無いまま終わり、出動手当を貰って帰った。
労せずして報酬が手に入る――オイシイ仕事の臭いを嗅ぎ取って玲司はにやけた。

『情報の出所も胡散臭い。俺はデマなんじゃないかと思ってるんだが』
「念の為ってやつね」
『そういうことだ。襲撃がなかった場合も相応の報酬は支払わせてもらう。
 そろそろ今期の予算を使い切らなきゃならんからな』

「おっさん、部外者にそんなこと言っちまっていいのか?」
『口が滑った。今のは忘れてくれ』
「しっかりしろよ」
『まあなんだ、お前を推してくれたトラブルダさんに感謝するんだな』
「ああ、あの人か」

ジョン・トラブルダ。クサナギ中央支社の社員。
彼は窮地を救ってくれた玲司に恩義を感じているらしく
根回しをしてオイシイ仕事を振ってくれたりする。
MTトライアル成功の功績で大きく出世したらしい。
暇を持て余している玲司たちにとって非常に有り難い存在となっていた。

「やっぱ、権力持ってる人に気に入られると得だよな~」
『フリーのレイヴンがサラリーマンみたいなこと言いやがって』
「売れてないフリーは大変なんだよ」

『相変わらず暇みたいでよかった。情報によると襲撃は明日らしい。
 日付が変わる前にこっちに来て待機しておいてほしいんだが、いけそうか?』
「ちょっと待ってくれ」

玲司はインターコムを一旦保留にしてクレアの方に向き直った。
「これでやっとカップ麺生活からおさらばできる。受けよう」
「でも情報が全く無いのは怖くない?」
「そうか?」
「何もない可能性もあるけど、とんでもない相手が出てくる可能性だってあるのよ」

気が強い割に心配性なパートナーの性格を熟知している玲司は更に畳み掛ける。
「クサナギには2機いればACと互角以上に渡り合えるって謳い文句の<アマノ>が
 2ダース以上配備されてるから大丈夫だろ。俺たちの出番はそうそうないさ」

「だといいんだけど……」
「<アマノ>の謳い文句は伊達じゃない。装甲と機動性を両立したバランスの良さ。
 それに加えて豊富な重火器。一般的なMTの水準を確実に上回ってる」
「でも……」
「乗ったことのある俺が言うんだから間違いないさ」

自分の力量ではなく、共闘するMTの有用性を力説するレイヴンの姿が
そこにはあった。
※これでも一応主人公です。

クレアは胸の前で腕を組み、ひとしきり考えてから答えを出した。
人差し指をぴっと立てながら、
「ひとつだけ約束して」
「なんなりと」
「危ない思ったら任務を放棄して一目散に逃げること、いい?」

流石の玲司も「レイヴンとしてそれはどうなんだ?」という思いが一瞬過ぎったが
それでクレアが納得してくれるならと、二つ返事で肯定した。

「絶対よ?」
「ああ、無理はしない。それに逃げ足の速さには自信がある」



◇クサナギ中央支社 南東四十キロメートル地点

人の手の入っていない天然の岩場に2機のACが身を潜めている。
片膝を突き、頭を垂れるACの他に人工物はない。
あたりを支配するのは月明かりと夜の静寂ばかりだ。

2機のACの足下に一組の男女がいた。
男は落ち着いた雰囲気で、壮年かそれ以上の歳を重ねているかもしれない。
女は若く、いたるところにまだあどけなさが残っている。
少女と言っても差し支えないだろう。
いずれも黒いレイヴン用のパイロットスーツに身を包んでいた。

「手筈は分かっているな?」
壮年の男が少女に確認した。
「はい、雲さま! バッチリです!」
少女は手を挙げて自信満々に答えた。

「言ってみろ」
雲と呼ばれた壮年の男は少女の瞳を真っ直ぐ見据えながら再度確認した。
「はい! アタシと雲さまの2人で乗り込んで暴れ回ります。
 なんでも潰せば潰すほど報酬が増えるんですよね?」

「ああ、稼がせてもらうつもりだ」
「テッテーテキにやっちゃいましょう」

「それで次はどうする?」
「キリのいいところでアタシが目標の確保に走ります。
 雲さまに背中を守ってもらいながら。
 えへへ、久しぶりの共同作業ですね!」

雲は少女の照れた笑顔を気にも留めずに頷いた。
「要点は抑えているな。及第点だ」
「えぇぇ~、もっと褒めてください。エリーアは褒められると伸びる子なんです!」

「最後までミスをしなければな」
「教え子をもっと信頼してくださいよ~」
「お前の操縦技術“だけ”は信用している」

「その他はダメなんですか?」
「駄目だな」
「そんなぁ~、酷いです」

「結果を出して見せろ」



◇セントラル・シティ ハイウェイ

都市の高速道も深夜が近くなるに連れて、普通車両の数は減り
変わりに物流業者の大型車両が目立ち始める。
彼らは道路が空く時間帯を狙って業務を効率的に行うのだ。

そんな物流業者たちに雑じって走る1台のトレーラー式車両は中でも一際大きかった。
後ろにつかれれば、道を譲りたくなる程の迫力がある。

そのトレーラーは3つの車両が連結されて成り立っていた。
先頭は牽引車両である黒いトレーラーヘッド。
次に紺色のコンテナと一体になった1つ目の被牽引車両。
最後尾は荷台に巨大な積荷を載せ、覆いを被せてある2つ目の被牽引車両。

どんな厳つい男がこのモンスタートレーラーを運転しているのだろうかと
興味を引かれ、運転席を覗き込む者がいたならば、さぞ面食らった事だろう。
ハンドルを手にしているのは華奢な若い女――クレア・ゴールドスミスなのだから。

このトレーラーはトランスポーターとオペレーターを兼任する彼女の足であり
目であり耳。アーマード・コアの輸送車両兼指揮車両なのだ。

「レージさ、今何か欲しい物ってある?」
クレアは助手席で雑誌を丸めて読んでいる玲司をちらりと見て話を切り出した。
「そうだな……」
玲司は手に持っている雑誌から視線を外さずに答える。
「頭部パーツが欲しいかな。できるだけ多機能で賢いやつがいい」

「そういうのじゃなくて、もっと普通な物で」
「なんだよ急に」
「もうすぐレージの誕生日でしょ?」

「ああ……。そういえばそうだな」
玲司は気の抜けた返事をした。
「まさか自分の誕生日を忘れてたの?」

「ガキの頃は親父にプレゼントをねだれる数少ないチャンスだったけど
 それが出来なくなってからはなぁ……」
「あきれたわね。そもそも誕生日っていうのは――」

玲司は適当に相槌を打ちながら、2週間ほど前の事を思い出した。
(そういえば、シェリーにも同じ様な事を聞かれたな。
 今年は期待してくれとかなんとか言ってたっけ。女っていう生き物は
 どうしてこういうイベント事を大切にする傾向があるんだろうな)

「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよー」
「それでね、誕生日はお祝いをしてもらうだけじゃなくて
 生まれて来たことに感謝する日でもあるの。つまり――」
延々続くかと思われたうん蓄と相槌の応酬を無線の呼び出し音が遮った。

「はいはい、どちらさまですか?」
玲司が無線機をさっと取った。

『玲司、今どこだ?』
「おっさんか?」
名乗りもせず、いきなり玲司たちの現在地を確認するクサナギ警備主任の声には
焦燥の色があった。2人は不穏な気配を感じ取り、気を引き締めた。

「後30分もあればそっちに着く。何があった?」
『レーダーが所属不明のACを2機捉えた』
「襲撃は明日じゃなかったのかよ」
『俺に言わんでくれ』

「ヤバそうなのか?」
『まだ分からん。だが出来るだけ早く来てくれ』
「待ってろ、5分で行く」

無線を切った玲司は狭い助手席でパイロットスーツへの着替えを始めた。
「ちょっと、バカ! こんなところで脱がないでよ!」
「非常事態だ。我慢しろ」

「5分で行くって、まさか!?」
「ここから<ホワイトリンク>で飛べばそのくらい短縮できる」
「無断で街中を飛ぶつもり!?」
「非常事態だ。事後申請よろしく」

「もう無茶苦茶よ!」
「ぶーたれてないでちゃんと運転しろ。少しでも距離を稼いでくれ」

「レージ、わかってると思うけど――」
「身の危険を感じたらちゃんと下がるさ。
 ポーズでもそれなりの対応をしとかないと、後でマズイだろ?」
「それはそうだけど……」

「クソッ……。足の遅い重二で来るんじゃなかった」



◇クサナギ中央支社 研究棟

ドーン。ドドーン。ドーン――
大気を震わせ、断続的に続く戦闘の音。
中央支社の敷地内では戦闘エリアから一番離れている研究棟の中まで聞こえてくる。

「始まったみたいだな。チクショウ、ツイてねーぜ」
警備部隊の制服を着た大男は研究棟2Fの通路を走りながら悪態をついた。
「まったくッス。襲いに来るのは自分たちが休みの明日にしてほしかったッス」
同じ制服を着た細身の男が並走しながら同意した。

「おめーはわかってねーなぁ」
「どういうことッスか?」
「俺は<アマノ>で迎撃に出たかったんだよ」

「でも相手はACッス。危ないッスよ」
「だからいいんだろーが!」
「先輩は死に場所とか求めちゃうタイプなんスか?」
「ちげーよ」

やる気が萎えた体で大男は足を止め、防弾ベストの下から煙草を取り出した。
大男の様子を見た細身の男も遅れて走るのを止めた。その場で足踏みしながら――
「急がなくていいんスか?」
「いいんだよ、ちょっと落ち着け」
大男は煙草に火をつけて美味そうに煙を吐き出した。

「うちには<アマノ>が何機あるか知ってるか?」
「即稼動状態のが25機あるッス。予備や整備点検中の物
 工場で組み立てを終えて出荷を待っている物も合わせれば40機以上ッス」

「勉強熱心じゃねーか」
「ウッス」
「じゃあ今回迎撃に出たのは何機だ?」
「20機ッス」

「<アマノ>の戦力評価は?」
「2機でAC1機と同じぐらいッス」
「こっちには<アマノ>20機と迎撃装置もある。AC2機にやられると思うか?」
「思わないッス」

「だろう? レイヴンを仕留めて箔をつけるチャンスなんだよ」
「なるほどッス」
「俺はクサナギのちっぽけな警備部隊で終わるつもりはねーからな」
「さすが先輩ッス!」

「それに俺たちMT乗りを格下に見て調子に乗ってるレイヴン野朗を袋叩きにできる
 またとないチャンスだろう? こんな時に逃げ遅れたアホな研究員の保護なんて
 冗談じゃねーぞ。だいたい主任はビビリすぎなんだよ」

「先輩はきっとビッグになるッスね」
「あったりめーなこと言ってんじゃねーよ!」

「あれ? 先輩、何かこっちに来るッス……」
不意に細身の男が窓の外を指差して呟いた。
「何かじゃねーだろ。報告はいつも具体的にし――なんだありゃ!?」

赤い。赤いACだ。赤い軽量二脚のACが真っ直ぐ研究棟に向かってくる。
次の瞬間、おそろしい衝撃が2人を襲った。
壁が、床が、天井が砕けた。ガラスが、鉄筋が、コンクリートがばらばらになった。

大男は色々な物の破片がスローモーションで飛び交うのが見えた。
後輩の頭に目掛けて巨大なコンクリートの塊が襲い掛かろうとしている。
(危ねぇ、避けろ!)
声は出ず、身体も動かない。
吹き飛ばされた後輩の頭が潰れる様を見ていることしかできなかった。

次の瞬間、スローモンションは解除され、大男自身も吹き飛ばされた。

「あ、ああ…………。チク……ショウ……」
破片に埋もれた大男は呻き声を上げた。
朦朧とした意識の中で身体に命令を送るが
全身をひどく打ちつけられたらしく、全く言うことを聞いてくれない。

『あちゃー、勢いよくぶつかりすぎちゃった……。生きてますか?』
この惨事を起こした元凶が、崩れ落ちた壁の隙間から大男に話しかけた。
巨大な赤い頭部。不気味に光るカメラアイ。それらとはミスマッチな幼い女の声。

『ちょっと教えてもらいたい事があるんですけど』



◇クサナギ中央支社

クサナギ中央支社とその周辺はやけに明るかった。
照明の灯りではない。燃えているのだ。
撃破されたMTの残骸が、破壊された固定砲台が
崩れた支社ビルが、原形を留めていない生産工場が。
あたりは炎に包まれていた。

「これは一体……」
<ホワイトリンク>を駆り現場に近づく玲司に緊張が走った。

頭部カメラの最大望遠で索敵。
炎の中で悠然と周囲の施設を破壊して回るACの姿を捉えた。
赤と黄の2色で塗装された中量二脚型。
そのカラーリングからまるで炎そのもののように見える。

「クレア! 敵AC照会」
玲司は通信機に向かって叫んだ。
『2秒待って』
トレーラーで<ホワイトリンク>からの映像を受け取ったクレアが答える。

きっかり2秒後。
『あの赤黄色のACは<エスポワール>。レイヴンは庵野 雲――』
「アンノウン? ACは特定できるのにか?」
『そういう名前のレイヴンなのよ! それより庵野 雲はレージの敵う相手じゃないわ』

「だろうな……」
ぱっと見ただけでも既に15機以上の<アマノ>がやられている。
しかもコックピットや主要部を一撃で。

2機いればACと互角以上に渡り合えるスペックの<アマノ>。
並のAC2機に対して、この惨状では計算が合わない。
「2機……。もう1機はどこに行った?」

まるで玲司の独り言を聞いていたかのようなタイミングで
クサナギ警備主任から通信が入った。
『玲司、来てくれたか! その赤黄色ともう1機、赤いACが研究棟の方にいる。
 こいつら、うちの部隊じゃ全く歯が立たん。なんとかしてくれ!』

「研究棟?」
『ゴールドスミス博士がまだ研究棟にいる。逃げ遅れているんだ!』
「シェリーが!? あのバカ……」

玲司は何もせずに逃げるつもりは元より無かった。
クレアが何と言おうと、報酬分の仕事はこなす腹積もりでいた。
(実力差があるならあるで、それなりの戦い方がある。だが……)
事態は急変した。一刻を争う物へと。

「聞いての通りだ。やるぞ、クレア」
『レージ、あたしは……』
「わかってる。それ以上言うな」

消え入りそうな声のクレアと自分自身を奮い立たせる為に言葉を続ける。
「俺は死なないし、シェリーは助ける。だから力を貸してくれ」
『……うん、了解』

交戦距離の一歩手前。
炎に包まれたクサナギの敷地内で<ホワイトリンク>と<エスポワール>は対峙した。
<エスポワール>は周囲の施設を破壊するのを止め
突然現れた<ホワイトリンク>を値踏みするかのように見ている。

余裕か、作戦か、<エスポワール>は即座に仕掛けてこない。
この状況で落ち着き払っている様子が不気味だった。
何を考えているのか分からない。しかし、研究棟に向かおうとする玲司を
すんなり通してくれない事だけは間違いないだろう。

無視して背中を向ければ、背後から撃たれて終了。
どうにかして倒す以外の選択肢はない。
「おっさん、もう戦力は残ってないのか?」
『第二格納庫に<アマノ>が5機あるが、奴に近すぎて出られん。狙い撃ちにされる』

<エスポワール>の左後方に黒煙を上げている格納庫を確認。
建物自体が倒壊寸前に見えるが、警備主任の言から察するに中のMTは無事のようだ。
「俺が奴を引き付ける。その隙に出せ」
逸る気持ちを抑えて、玲司は冷静な判断を下した。

(時間が惜しい……)
しかし、単独では<エスポワール>と庵野 雲には絶対に勝てない。
玲司の主観と客観の両方がそう告げていた。

「クレア、<アマノ>5機とのデータリンクを頼む。奴を囲い込んで潰す」



◇クサナギ中央支社 研究棟 第十三研究室

夕方、研究室に1つの案件が持ち込まれた。
とても知的探究心をかきたてられる内容だった。
例えるなら、解けそうでなかなか解けない意地悪パズルのような物だ。

ああでもない、こうでもない。
これはどうだろう?
やっぱりこうかな?
仮説-検証-仮説-検証の工程を延々と繰り返す必要がある。

普通の人間は難題相手に狭い部屋で根を詰めると精神的に参ってしまうが
シェリー・ゴールドスミスはそれらを全く苦にしない。
むしろ楽しんでしまうタイプの人間だった。
理想的な研究者体質と言えるだろう。

しかし、シェリーの研究者体質にも欠点がないわけではない。
彼女は一度本気で取り組むと、没入してしまうのだ。
周りが全く見えなくなってしまう程に。

今回はその欠点が災いした。
警備部隊から連絡を受けるまでクサナギが襲撃されている事に
全く気づかなかったのだ。研究棟にたった1人で取り残されてしまっていた。

それでもまだ「大丈夫でしょう」と、のん気に構えていたシェリーであったが
研究棟に何か巨大な物がぶつかった轟音と衝撃。
さすがに考えを改めさせられた。

落ち着かない素振りで狭い研究室の中を行ったり来たり。
すぐに迎えに行くと言っていた警備部隊の人を待ってみるが、一向に来る気配がない。
心配になって呼びかけてみると、連絡自体が取れなくなっていた。

このまま部屋に残って危険が通り過ぎるの待つべきか。
それとも自力で安全なエリアまで避難をするべきか。

決断を迫られたシェリーは後者を選択した。
丸腰では心もとないと考え、私物を入れてあるロッカーの中をゴソゴソとまさぐる。
「たしか、ここに…………。え~~と…………。あっ、ありました!」

ずいぶん前に護身用にと玲司からもらった電気銃。
ワイヤー針を発射する使い捨てタイプで、有効射程は五メートル程度。
命中すれば高圧電流を流して相手を気絶させるこができる。
役に立つかは分からないが、無いよりはマシだろう。

電気銃を白衣の右ポケットに収め、動きやすいように髪をまとめる。
「よし!」
脱出の準備は整った。後は行動するのみ。

セキュリティを解除して部屋の出入り口に向かう。
何故かドアが独りでに開いた。
――いや、独りでに開いたのではない。部屋の外側から誰かがドアを開けたのだ。

「「あっ!?」」
シェリーとドアを開けた人物は、同時にまぬけな声を上げた。
「「…………」」
膠着。2人は顔を見合わせたまま時間が止まったかのように固まった。

先にシェリーが口を開いた。
「あの、警備部隊の方じゃ、ないですよね……?」
その人物は玲司がよく着ているパイロットスーツに似た格好で、腰のベルトに
ファイティングナイフとハンドガン、手にはサブマシンガンという完全武装。
シェリーの知る警備部隊の装備とは明らかに異なっていた。

「はい、違います」
シンプルな返答。そしてサブマシンガンの銃口がこちらに向けられる。
シェリーは両手を上げて抵抗の意思が無いことを示した。

「シェリー・ゴールドスミス博士ですね? 一緒に来てもらいます」

(ずいぶんと幼い声……)
ヘルメットを被っており、はっきりと顔は見えない。
スーツのシルエットから若い女と推測していたのだが、相手は少女のようだ。
光明が見えた。まだなんとかなるかもしれない。

「手を下ろしてもいいですか? このポーズは辛くて……」
「無駄なテーコーはしないでくださいね」
「もちろんしませんよ」
「じゃあ、オーケーです」

(思ったとおり、甘いですね)
両手をゆっくりと下ろしながらシェリーは手応えを感じた。
いけるかもしれない、と。

「後学のために教えてもらいたいんですが
 わたしを連れて行くとどのぐらい貰えるんですか?」
「いくらだっけ……。こ、細かいことは後で雲さまに聞いてください!」

「わたしに直接の恨みがあるわけではないんですね。
 その雲さまという人と今話しをせてもらえませんか?」
「それはダメ。アタシが怒られるんで」

「ダメですか……」
「ダメ」
「条件次第ではわたしを逃がした方が得になるように提案できるかもしれませんよ?」

「…………」
少女は少し考えた後、おもむろに腰からハンドガンを抜き――発砲。
「これでもう逃げられない」

「えっ……!?」
突然の衝撃。その場に倒れた。右足に力が入らない。
血が流れている。わけがわからない。

(撃たれ、た……?)
ショック状態から徐々に回復して、意識がハッキリしてくると
脳天を突き抜けるような激痛がシェリーを襲った。

「むぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!」

あまりの痛みにのたうち回り、悶絶しそうになるのを堪えて
右足の銃創を必死で押さえるが、血はだらだらと溢れて止まってくれない。
「じ、じんで、じまいまずぅぅぅぅぅぅぅ……」

少女はシェリーを見下ろしながら平然と言った。
「足の付け根を圧迫するといいですよ」
まるで応急処置の訓練でもしているかのような口調で、悪びれた様子など微塵もない。

言われたとおりに止血を行いながら、シェリーは思い知った。
自分が相手にしている少女が、どれほど危険な存在であるかを。
そして交渉の余地が無いということを。

「血は止まったみたいですね。あーあ、時間食っちゃったな~。
 余計なお喋りはナシで黙って付いて来て下さいね?」
「わ、わかまりました! だからもう撃たないでください!」
撃ち抜かれた右足を庇いながらシェリーはヨロヨロと立ち上がった。

「とぅーとぅーとぅーとぅ♪ とぅーとぅーとぅーとぅとぅー♪」
少女はお互いの立場を明確にできた事に気分を良くしたのか
鼻歌を口ずさみながらシェリーを急き立てた。

「ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……」
身体が重い。大量の血液を失ったせいで意識が朦朧としてきた。
そのくせ一歩毎に酷い激痛が走る。まるで拷問だ。

「ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……、痛……ッ!」
傷口に何かぶつかった。恐ろしく痛い。
白衣のポケットに何か硬い物が――

(あっ! 電気銃……)



◇クサナギ中央支社

5機中4機。
それが陽動を行い格納庫から無事に出せた<アマノ>の数だった。
玲司は間に合わなかった1機の断末魔に「すまない……」と返しながらも
それ以上感情が引っ張られることを良しとはしない。冷静さを失えば全て終わる。

「MTを1機失った。それだけだ」そう自分に言い聞かせて
今は失った戦力と新しく得た敵ACの情報を元に作戦を練り直す。

AC1+MT4 対 AC1。数の上ではまだこちらが優勢。
しかし、赤黄色の敵AC――<エスポワール>の戦闘力を
目の当たりにした後では楽観できる状況ではなかった。

「どう攻める……」
<エスポワール>の構成は中量二脚、ライフル、ブレード、ミサイル。
ACの教科書があれば範例として載っていそうな程、基本に忠実な組み合わせ。

多くのレイヴンが出発点とするアセンの基本形なのだが
この基本形というのがなかなか合理的な代物で隙がない。
そして一流の乗り手によって基本は万能へと昇華される。

目の前にいる庵野 雲と<エスポワール>がまさしく“それ”だった。

あらゆる状況に対応が可能な万能タイプ。
敵の弱点を突く戦い方を得意とする玲司にとっては一番厄介な相手と言える。
その上、雲は玲司より明らかに格上のレイヴンなのだから尚更だろう。

唯一の救いが玲司の乗機<ホワイトリンク>の構成だった。
拠点防衛用に装甲の厚い重量二脚を選択し
更に左腕には機体の左半身を覆うほど巨大な実体シールドを装備。
装甲自体と盾の両面から耐久性にかなりの信頼が置ける。

防御面では明らかに<ホワイトリンク>は<エスポワール>に勝っているのだ。
この有利を利用して格上の相手に打ち勝つ戦法。
(ある……)
シンプルかつ効果的な戦法――肉を切らせて骨を断つ。

あえて切らせる肉、問題ない。
骨を断つ為の火力、問題ない。

<ホワイトリンク>の右腕には手に入れたばかりの<カラクサⅢ>。
本家<カラサワ>に劣らぬ攻撃力を備えており
これ一丁で近~中距離を幅広くガバーできる。

そして背部の両スロットを占拠している大物――ガトリンググレネード。
束ねられた6つの砲身から36発の小型グレネード砲弾を連続発射可能な代物で
全弾命中すれば一瞬でACを蒸発させることができるゲテモノ武装である。

(ゲテモノぐらいでちょうどいい……)
玲司の前に立ち塞がっているのはそういう相手だ。
オーバーキルを行うぐらいの心構えで挑むのが丁度いい。

(もう1機への切り札としてガトリンググレネードは温存しておきたかったが
 そんな余裕はない、か……。仕方ないな。
 問題はどうやって取り回しの悪いコイツを当てる?)

肉を切らせて骨を断つと言っても、そう簡単に思惑通り運ばせてはくれまい。
失敗は許されないのだ。少しでも成功確率を上げる必要がある。
<アマノ>4機に手伝ってもらうしかないだろう。
「警備部隊MT全機へ、距離を取って――」

『あんた同じレイヴンなんだろッ、なんとかしてくれッ!』
『こ、こっちに来るなぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
『いやだ、まだ死にたくないぃぃぃぃぃぃぃ!』
『ぶち殺してやるーー! 死ねーー!』

「まっ、待て!」
玲司の制止を振り切って1機が猛然と突撃した。
1機は逃走を始めた。
1機は所構わず火器を乱射。
1機はなんとかその場に踏み止まった。

まるでちぐはぐな動き。

(しまった……!)
冷静さを保つ為に<アマノ>を只の戦力と割り切って考えていたのが裏目に出た。
中に乗って操縦しているのは血の通った人間、機械ではない。
パイロットたちは恐慌という名の戦場病に蝕まれていたのだ。

作戦は一瞬で瓦解。玲司は歯を食い縛って自分の甘さを呪った。
突撃する1機を援護しようと<カラクサⅢ>を構えるが――射線を確保できない。
(駄目だ、味方に当たる)

<エスポワール>はこの隙を見逃さない。
ナックルガードを展開して豪快に殴りかかった<アマノ>を
ひらりとかわして、すれ違いざまにブレードで一閃。
突撃機は胴体を薙ぎ払われて真っ二つとなり――爆散した。

派手に吹き飛んだMTを背にして<エスポワール>はライフルを構える。
狙いは逃げ出した<アマノ>。その無防備な背中に向けて、2発撃ち込む。
内1発の銃弾が背面ブーストのノズルに入り込んで逃走機は内側から爆ぜた。

(なんだ、これは……)
瞬く間に2機やられた。
(レベルが、違いすぎる……)
玲司は自分が庵野 雲をまだまだ過小評価していたことに気づいた。

こんなバケモノには――

勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、
勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、

だが……負けるわけにはいかない。

その理由を思い出して玲司の精神は踏み止まった。
(研究棟に取り残されたシェリーはどうなる? クレアに大見得切っただろうがぁ!)
自分が死に、シェリーがどうにかなれば、あいつは独りで残される。
脳裏に浮かんだパートナーの泣き顔――我慢がならない。

玲司は消えかかった戦意の炎を再び燃え上がらせ、思考を巡らせる。
(状況は悪化、AC1+MT2 対 バケモノAC1。
 所構わず火器を乱射してる奴は使い物になりそうもない。
 実質、AC1+MT1 対 バケモノAC1か……)

ゆっくりと、しかし確実に赤黄色の悪魔<エスポワール>は迫ってくる。
「クソッ……」
戦意は保てても状況を打開できる妙案など都合よく浮かんではこない。
(無心で、全力でぶつかってみるか? 中途半端な事をするよりはよっぽ――)

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
通信からの絶叫が玲司の思考を遮った。
気が狂ってしまったのか、はたまた赤黄色の悪魔から逃れる術はないと悟ったのか
火器を乱射していた<アマノ>は全ての弾薬を撃ちつくして
今度は猛然と<エスポワール>に突撃した。

「やめろ!! 死ぬ気か!?」
『――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
玲司の声は絶叫にかき消され、本人には届かない。

<ホワイトリンク>の陰に隠れているもう1機の<アマノ>。
そのパイロットが叫んだ。
『あいつごと撃てッ!』

「なにっ!?」
『背中のデカブツは飾りじゃないんだろッ!』
「だが」
『もう助けられないんだよッ!』

「ぐっ……」
<ホワイトリンク>は腰を落とし、実体シールドを前面に構えた。
関節各部をホールド。ガトリンググレネードを展開。
砲身を回転させて射撃体勢に入るが――撃てない。

このままではどうせ全滅する。
そのことがわかっていても玲司はトリガーを引けなかった。
味方を殺すことへの強烈な抵抗感。それが合理的な選択を許さなかった。

『どうして撃たないッ、レイヴゥゥゥン!!!』

己が身を省みない、狂ったような機動で近づいてくるMTを
<エスポワール>は軽くいなしてブレードで一撃の下に葬った。
まるで歴戦の闘牛士のように一切の無駄なく完璧に。

『レレレ、レイヴゥゥゥン!!!』

非情になりきれない甘さ。無駄死にとなってしまったMTパイロット。
それらの事を考える暇など玲司にありはしない。
(く、来る……)
雲は動きを止めている<ホワイトリンク>に狙いを定めた。

もう後には引き返せない。迎え撃つ以外の選択肢は皆無。
ガトリンググレネードの反動に耐える為に必要な射撃体勢を整える機会が
この後に訪れる保障はどこにもないのだ。ここが正念場。

<エスポワール>が間合いを詰めながら放つライフルとミサイルの雨を
かわすことはかなわない。頼みは左腕に装備した実体シールド。
これでACの主要部であるコアを守る。はみ出た部分は重二の装甲に頼る他ない。

(持ちこたえてくれ!)
着弾の衝撃がシールドを通してコックピット内にまで伝わってくる。
シールドは――――抜かれていない。
ライフル弾を弾き、ミサイルの爆発に耐えている。

(必中だ、もっと近づいて来い、限界まで引き付けて)
狙いは<エスポワール>の足元――地面に着弾させて爆風に巻き込む算段。
一瞬でも怯ませることができれば、後は全弾叩き込む。

まだだ

まだだ

まだだ

今――

「消し飛べーーーーーーーーーーーー!!!」
玲司は叫びながらトリガーを引き絞った。
高速で回転するガトリンググレネードの砲身から
小型グレネード砲弾が連続で放たれた。

初弾――逸れた。
次弾――浅い。
次々弾――あと少し。
次々々弾――発射されない。砲身が空回りした。
(なっ!?)

GATLING GRENADE
     33/36

(つ、つまった!?)
そうではない。雲にやられたのだ。
敵は頑丈な盾を構える<ホワイトリンク>に対して
無為に攻撃を仕掛けていたのではなかった。
ガトリンググレネードの無力化を狙っていたのだ。

盾の守備範囲から外れており、ガトリンググレネードの構造上一番脆い部分
――砲身と弾倉を繋ぐ給弾ベルトを撃ち抜くことに雲は成功していた。
神業の領域のピンポイントショット。
それ以外の攻撃は全て本命を隠す為の囮に過ぎなかった。

玲司は疑問に思わなければならなかったのだ。
明らかに脅威であろう武装を構えた<ホワイトリンク>に
敵は何故、近づいてくるのか?
無策である筈がない。

『レージ、逃げてぇ!』
クレアの声で我に返った玲司はもう使い物にならないガトリンググレネードを
即座にパージして捨てた。関節各部のホールドを解除。

雲の<エスポワール>が迫る。回避は――間に合わない。
玲司は<ホワイトリンク>を半身の構えにして、実体シールドを前に押し出した。
(こいつならまだ耐えられるはずだ)
<エスポワール>の武装の中で一番攻撃力の高いブレードの一撃が間違いなく来る。

しかし、この予測は間違いだった。
雲は<ホワイトリンク>の持つ実体シールドの防御力を既に推し量っていた。
手持ちのブレードで無駄な攻撃などは仕掛けない。

<エスポワール>はブーストのスピードを乗せたまま装甲の厚い肩口から
シールドにぶつかった。有り体に言えばタックル。
ACという巨人のタックルは凄まじい衝撃を生み出すが
<ホワイトリンク>のシールを破壊するまでには至らない。

だが、シールドを持つACの腕は別だった。
全ての衝撃を支えることになった左腕のマニュピレーターは
負荷に耐え切れず、悲鳴を上げて砕け散った。

左腕と盾を失った上、吹き飛ばされる<ホワイトリンク>。
天地が逆さまになった。前後左右が分からない。
視界がぐるぐると回って、次の瞬間には地面に叩きつけられた。
「ぐはっ……」
ACの衝撃吸収システムでも拾いきれなかったショックが玲司を襲った。

(まだ、やれる……)
機体を起き上がらせ、受けたダメージを確認しようとするが
視界がぼやける。頭が回らない。体が言うことを聞かない。
(や、やばい……)
そう思った直後に玲司の意識は途絶えた。




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