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「皮下を走る稲妻」
「完璧などない、破壊するはいつもひとつのイレギュラー」
「もう少しだけ」
「工場見学的SS」
「避難所の灯り」


「皮下を走る稲妻」


「…手、震えてるぞ」
廊下に響く男の声に同じく男は度肝を抜かれた。
紙コップに注がれた珈琲は男の脊髄反射に半分を床にぶちまける。
暖かかった珈琲がすっかり冷めているのに気付く、誰かに驚かされるまで結構な時間この調子だったようだ、と。
手に掛かった冷めた珈琲を舐め取りながら振り返り、やっとこさ自分を驚かせた声の主を見つけた。
「そんなにビビるなよ。これは演習なんだから」
声の主は珈琲をぶちまけ驚く男を笑いながら励ましの声。
「若いうちから正義側に付くってのが気に入った、俺達は歓迎するよジャウザー」
そして彼の名を呼びながら厳つい笑顔を見せた。
「有難う御座います、副司令官」
「トロットでいいさ、御堅いのはなしで行こう」
そういってジャウザーに気前よく接するトロット、副指令としてよりも良き先輩としての気を感じさせる彼に若きジャウザーは安心した。
わからない事は何でも聞くといい、と肩を叩いた彼に今回の演習についてを教えてくれと頼むジャウザー。
それを快く受け入れ、トロットもまたジャウザーに流れを説明してやるのだ。

「大まかにはこんな感じか、こんな集団でもレイヴンだからな。演習というよりも上下関係ハッキリさせるのと新人のテスト込みだ」
そういって腕を組みながら頷くトロットは、演習の相手が彼(トロット)であればと心の中で呟くジャウザーの心境を見抜く。
といよりも見ればわかった。最初にアレと演習だと言われ良い顔したレイヴンはいない。…自分を除いて。
「あの、エヴァンジェ隊長の事で聞きたいことがあるのですが」
歪んだ眉を精一杯整え影の落ちる顔に明かりを当てようと首を持ち上げるジャウザーに、ほらやっぱりなとトロットは少しだけ笑った。


『安全装置解除』        『ロックボルトパージ完了』
        『ジェネレータ出力安定を確認』       『ラジエータ確認、正常です』
    『オートバランサー問題なし』
                          『各部サブカメラ起動、チェック』
           『メインモニターに出力』
                                  『スクリーン出力正常』
 『メインカメラ、感度良好』          『各部コネクタ、問題ありません』
               『全可動装甲テスト、チェック終了』

緊張に胸が締め付けられる。ジャウザーはダウナーに興奮していた。
息苦しく今すぐにでもこの狭いコックピットから逃げ出したい気分、格納庫に引き篭もっていれば誰かが同情して演習は終わる。
そんな起こりうる筈もない事態まで願った。
もちろんそんな事をしたって意味もない、わかってはいたがそれでも…というやつだ。
前日のトロットとの話を思い出す。彼の言葉が本当ならばいいのだが、と良き上司を疑う自分に嫌気がさすこともなく彼は開かれるガレージの扉を生唾を無理矢理喉に流しながら眺めた。

「隊長は良い人だよ、少なくとも相手が若いからって手加減しないだろうし」
返ってきた頓珍漢な言葉に一瞬自分が何を問うたのか忘れそうになった。
「?、それは良いことですが…隊長のそのぉ、戦い方のクセとか、そういうのを…教えて欲しいんですよ」
「クセ?あったかな。…ところで、なんでそんな事を聞くんだ?そういったことを実戦で学び役立てるってのも演習に含まれるだろぅ」
今度は真面目な返事にジャウザーはまたしても面食らった。
正面に立つ男のことがよくわからなくなってくる。それでもジャウザーは隊長と呼ばれるエヴァンジェを一目見た時のイメージを払拭するためにも質問を続けた。
「なるほどな、隊長の個人演習見たのか。それならわからいでもない」
そう言って肩を揺らして笑うトロット。ジャウザーも笑って済ませたいところだったが苦笑いが精々だった。
個人演習といっても空、陸の的を破壊する単純なものだ。だがジャウザーにはあの時、演習場に立つ青いACの姿が忘れられない。
全ての的を文字通り薙ぎ払う姿に恐怖さへ感じさせられ、日差しの下いるにも関わらず身を震わしたのだから。
こちらを睨めつけるあの紅い目…。初めて演習を行うと聞かされた際あの的の全てが自分のACと重なる。
「だったら、左腕に気をつけること。自分の中でも答えが出てたんじゃないか?一時の安心のために他者に共感を求めるのではなく、それの前に立ち恐怖すらも安心の範疇に入れよ
ってぐらいか、隊長は距離を詰めると無理矢理にでも切り込もうとするからそこ狙ってみると良い、俺からはこのぐらいだな」

『新しく戦術部隊に入った、ジャウザー…だったな。歓迎する、今日の演習は歓迎会だとでも思えばいい』
通信相手はえらく不機嫌なのか、元々このような喋り方なのか、メモ帳殴り書きされた〝新人を快く迎えるための挨拶〟でも読み上げるかのように淡々と言葉を並べた。
ジャウザーもジャウザーで通信から聞こえた不機嫌そうな声にビクつき、自分が何か悪いことでもしたのか考えたあと自意識過剰だと頬を張った。

広大な演習場に向かい合って立つ二機の巨人。大型の機械。人型を模した汎用兵器。この地上で最も優れた烏の翼。
アーマード・コアが今、何十にも重なる可動音を交えながら睨み合う。
片方は、右手にゴツい火器を携え、背中に幾つかの砲を背負う。その体躯は細身でありながら棘を感じさせ、何よりも青白い色合いの中で機体に落ちる影を紅いカメラアイだけが煌々としている姿が特徴的だ。
片方は、全体的にコンパクトにまとまった火器類、紫と赤は暗く派手といよりも毒々しい色合い。その中で堅牢さを感じさせながらもどこか線の細い四肢はなんとも掴めない印象があった。
青いAC、オラクルと紫のAC、ヘヴンズレイ。エヴァンジェとジャウザーは目前のACに目を走らせていた。
(…機動タイプ、動きに入られたらコッチが追いつけない。近距離持って行けるか?)
『良い機体だな』
突然の通信に度肝を抜かれるのは二度目だった、それに誉められたのだ。
ジャウザーは安堵を感じつつも続く言葉に耳を傾ける。
『えぇと…ガサガサッ、バランスよく詰まれた火器、数あるパーツからフレームチョイスも目の付け所が…ハッ!私から言わせればまずバランスが…おっと、気にするな』
どうやら本当にメモ片手に喋っていたようだ。
『好きに始めろ、私も好きに終わらせる』
本性が見えた。かなりの自信。ジャウザーはこれにこそ恐怖のようなものをを感じた。
ただの過剰な自信ではない、あの時の個人演習でみた光景がそれを証明している。
「では御言葉に甘えさせてもらいます」
頬に落ちる汗を拭いたい。ヘルメットが邪魔でそれもできない。
自分の言葉すらも恐怖で有言不実行に終わりそうだった。胃が締め付けられる。汗の臭いもACの可動音も掻き消える程煩い鼓動。
何か、何か開始の音を。彼は心の中で平静を求めタガを外す合図を待った。鼓動はゆっくりと、徐々に落ち着きを取り戻し。
ぼんやりと鼓膜を刺激する呼吸音。汗の通り過ぎる感覚。何でもいい、はっきりとした合図を。

はっきりとした―――

                   対に鼓膜を最大まで刺激しその身を奮わせたのは冷却排熱音だった。

何かが弾ける音と共に点火されたブースター、一蹴り入れた地面はコンクリが飛び散る。
後方に距離を取るように動き、右手を相手に向けた。集束用光学レンズが複数に配置されたバレルの中をエネルギーが通ると多少の大気でも減衰できぬ出力のレーザーが連射される。
翠色のレーザーは目標の居た地点を通り過ぎるも狙った物へと命中しなかった。青いACはとっくにその脚を宙に浮かせている。
(速い、…違う!読まれてた。だったら)
光学照準を別パターンに切り替えた。肩部のデュアルタイプ小型ミサイルを展開。
しかし、ロックオンには間に合わず、相手は更に高度を上げる。FCSの対応距離を超えたのだ。此処でジャウザーは更に照準パターンを変更。
ミサイルの単純な熱追尾性に賭けロックオンを省く、ミサイルハッチの保護幕が吹き飛び勢いよく飛び出すミサイル、更にEX搭載の連動型は先のミサイルに軌道を合わせ発射筒を抜け出した。
(更に!)
相手に向かい飛翔するミサイル群の後方からもう片方の肩部に積載されているキャノンタイプの火器を展開した。
二回続けて連射された散弾兵器、上空にて体勢を整えるACを狙う。対装甲性に優れた特別性の礫はミサイルと共に。
だが、あの時と同じく感覚だった。
辺りがスローで流れるような感覚、上空を見つめる自機。見下ろす相手のAC、それ挟むようにミサイル群、鉛弾の壁。
その隙間から覗くあの紅い目。
恐怖?それと似ているがもっと違った何か、そう言える。その感覚はまるで皮下を走る稲妻の如く勢いで全身を震わせ、奮わせる。

単純な追尾性のミサイルの隙間に合わせエヴァンジェは自機くねらせる。数発は身体の外側を、もう数発は爪先をかすり、脇の間を抜け、片脚を曲げるとそこを通過した。
全てのミサイルを避けた後、目前の散弾壁を瞬発したブーストでその軌道から抜け出る。あまりに突飛もないかわし方にジャウザーはその目を疑った。完全に何をしたのか気付くまで数瞬を要した程だ。
しかし驚いても入られない胸部のブースタを吹かしコンクリを削りながら後退、更には右腕のエネルギーマシンガンを連射する。
同時に肩部のスラッグキャノンを間合いと動きを予測し、偏差射撃。だがその尽くを避けられる。
「そこなら!」
一瞬脚を付いたオラクルを目掛けミサイルを斉射する。だが相手は巧みな側面ブースタ出力バランスで地面スレスレを滑るように飛びかわす。
直後に機体が揺れた。あの今にも肩から地面に突っ込みそうな体勢から右手のリニアライフルを命中させてきたのだ。
大口径の亜音速弾頭は肩の装甲を削る。コックピット内をフレームアラートが警告。
こちらも同じ土俵にと出力を前回に、空へ。ミサイルを発射し距離を取りながら弾の尽きたEXミサイルポッドをパージ。
スラッグキャノンで火力代行、上から下へと雨を降らすように散弾を撒き散らした。

オラクルは地面をボードで滑るかのようにスルスルとその軌道を変えスラッグの弾を避ける。
時折飛んでくるミサイルをリニアライフルで撃ち落しながら数発の弾をジャウザーの機体に叩き込んだ。
(もっとだ!もっと距離をとって―――)
とうとう、オラクルはリニア以外の武器を選んだ。肩部一方のキャノンを展開、折り畳まれたバレルは機構搭載部と連結する。
その瞬間を捉えたとジャウザー。
(今なら!)
背部装甲が展開しミサイルとマシンガンをパージ、重石を外し軽くなった機体をほんの僅かな間出力されたオーバードブーストがオラクルまでの距離をあっと言う間もなく詰める。
更にそこから左腕の近距離兵装、高出力ブレードが襲う。
だが、見誤った。オラクルは既に展開したキャノンをパージしていたのだ。エヴァンジェもまた左腕に輝く月光を振り抜こうとする。

「やっぱり、読まれてましたか――――…っ私の勝ちです!!」

脚は触れていた。
コンクリを削る、そんなものではなく。ジャウザーの機体、ヘヴンズレイは脚部を捨てたのだった。脚部に度を超えた衝撃とそれに伴う損傷が警告を機体の悲鳴として鳴り響かせる。
だが減衰できた。それ以上に、最大値を超えた出力で胸部のブースタを吹かし脚への信号が途絶える前に送られた操作信号が脚部ブースターを破損前に吹かさせたのだ。
距離が生まれた。ブレードが当たらず、コチラの散弾兵器が相手を襲う距離が。
確信していた。これは自分の中で越えたと確信できていた、あの恐怖、あの不安、あの紅い目を。

散弾兵器の撃ったにも関わらず、相手を沈められたと思っていたにも関わらず、ブレードは当たらないと信じていたにも関わらず。
あの紅い目がメインモニターに映ったまでは。
『悪くない…が、まだ粗い』
青い刀身が真っ直ぐに伸びるコチラのコアを目掛けて。貫かれる、どうして?どうやって?あの距離をどう縮めた?キャノンは?どう避けた?なにも理解できなかった。

軽い金属音が響いた、何の音かはジャウザーは理解できなかった。少ししてそれがブレードの甲でコアを小突かれる音だと理解したのはサブカメラを小突くオラクルの姿が映っていたからだ。
『まぁまぁだ、御苦労。我々アライアンス戦術部隊は君を歓迎しよう。これにて実戦演習は終了とする』
今度はメモではないようだ。不機嫌そうではあるが棒読みではない。
その言葉にジャウザーは安堵と疲労、そしてあの感覚がまたも皮下を駆け巡る。
「恐怖?不安?…アッハハ、越えられないワケですね。これは――――」

「純粋な尊敬…ですか」



「完璧などない、破壊するはいつもひとつのイレギュラー」


砂粒に身を任せた。装甲にブチ当たる彼の弾頭すらもひらりと避けるつもりだった。
用意した偽の依頼、偽りは私の存在そのものだ、そして目標は本物だ。本物のMTとレイヴンの駆るAC。
砂塵に翻弄された彼はこの依頼をこなすのに苦労するだろうと、そう考えていた。
後始末は引き金ひとつで仕舞いの筈。それが私の算段だったのだ。
砂嵐に身を任せた。生半可の武器であれば私の装甲にこの砂の風同様傷ひとつつけることはできない筈。
抉れて行く、火花が散る、崩れていく。私が、崩れていく。
オートバランサーがその挙動を忘れ、私の重装甲、重装備の鋼の烏は膝を付いてしまった。
今だけはその痛みを忘れてくれ、目の前のコンソールが呟きに答える程時代の進歩には期待するでもなく。
私の言葉もまた、力なく消える。私のACは既に限界だ。
まだ身を任せる時ではない。私に『諦め、目を閉じよ』と囁きかける砂の声を振り払う。
以前目標は目前、役30m、至近距離だ。
裏切りを返り討ちにしたと、今までの道程を反芻しているのだろう?
ではもう少し近づけ、油断せよ、打ち倒した敵であり、無様にも動けぬ私に勝者の余裕を見せつけろ。


その時は死ぬだけだ、君も…私も。


「隣に失礼する」
あの時君は無礼にも独り酒を煽る私の隣に座った。
座るだけならまだしも、一言声を掛けた。それは今から君に話すことがあると言うのと然程変わりない。
だが、私の横に座った君は何を言うでもなくただ酒の瓶を傾ける。正直呆れたよ。
これでは私が早とちりをしたようだ。こういった状況でやきもきするのは好きではない。
「何か用が―――
「あるなら早く話したらどうだ?だろう、少し待って貰えないか?レイヴン、ストラング」
屈辱だった、私の考えていることが筒抜けだ。それ以上に誰にも明かしていないレイヴンとしての私と人としての私。
それを知っていること。
隣に座る青白い肌の痩せこけた男、彼は危険な存在だと私は自分に告げる。
懐ではない、私は自分の袖に通したホルスターに指を触れさせた。不穏な動き、都合の悪い発言ひとつでコンマ1秒の間に私は君に3発の鉛弾を撃ち込める。
「その銃は…まだ使わなくて良い、そういった話じゃあない」
たぶんこの辺りだ、当時の私は呆気に取られただけだろうと考えていたが、私はこの時既に、隣の男に、男の持つ才に魅了されていた。
「名を」
          此処              向う
「―――クライン、〝火星〟ではそう名乗っているし、〝地球〟でもそう名乗るだろう」

私は彼の駒にでも、知人にでも友人にでもなってやろう。そういう風に考え出したのはもう少し後の話だ。

「良いプランだ、…気に入った」
彼の話には人を魅了するに充分の匂いを持っていた。
屈強な男と呼ばれた私ですら、花を前にしたミツバチと変わらぬとは今更ながら笑える。
目の前に広げられたアナログな図と計画書、こういった古めかしい会議というのは嫌いではない。
「しかし――」
思わず声が漏れた、計画書に書いてあることを実現しようものなら、かならずと言って良いほど時代は動く。
この段階では現実味すら感じられない。
フライトナーズの使役、古代兵器の拡散、侵攻、破壊、略奪etc……。
〝舞台〟の足場となる作戦のひとつひとつが起きればメディア、企業が騒がしくなるものばかり。
「現実味がない?か、正直、私もだ」
クラインの冗談に私は老いた顔を歪ませる。知人であり友人であり駒である私からの茶化した皮肉のつもりだ。
「幾重にもなる行動順、配置、代替プラン。君に言うにはわかりきったことかも知れんが…完璧だ」
そう言って計画書に何度も目を通す私に向かって、クラインはめずらしくも声を上げ笑ったのだ。
おかげで頭に叩き込もうとした自身の役割をもう一度憶え直す羽目になった。

よく考えればこの言葉は後々、クラインが私に向かって何度も何度も言いやっていたな。
今になって君の言葉を痛い程理解できる。
「ストラング……。完璧などない、破壊するはいつもひとつの――――」

「イィィレェェギュゥゥゥラァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」

膝は折れたままで良い、その場に留まるだけで良い、私は君を待っていた。
敗者に近づく勝者である君を。私は叫んだ、背負うガトリングの爆音に負けぬ程。君のあだ名を叫んでやった。
風に舞う砂すらも焼き、吐き出される排莢の山をも崩す程の威力を持つガトリングが牙となって。
油断した君を、穴だらけにしてくれる。そう、敗者となることも私の持つ役割の、プランの内の、道程のひとつなのだから。
だから最後に、私は君を殺そう。敗者のままで良い、勝者でなくて良い、無様なやり方で、残酷なやり方で。

イレギュラー、君の息の根を止めよう。

―――砂に身を任せた。
ガトリングの対機動兵器用スクリーン干渉弾頭が空を切った。昔見た映画を思い出す。
砂嵐は海、私は魔法使い、海を半分に割ってみせたのだ。
そこに彼の姿がないと気付くのに遅れたのは歳のせいだろう。私の機体はとうとう黒煙を上げた。
機体の損傷を考慮せずガトリングを乱射したのもそうだが、なにより、彼のライフルが私のACの装甲にトドメの一撃を加えたことこそ大きな理由。
クラインよりも永い付き合いのACは砂の上に倒れる。
ボロボロなのは私と一緒だ、血が、オイルが止まることを忘れたようだ。
私はようやく、砂にゆっくりと身を任せたのだ。
悔しいが、障害となるに充分な腕の男をレイヴンとして見送ってしまったな。

「…クライン」

これが最後というのも、悪くないのかもしれない。


「もう少しだけ」



避難勧告は鳴り響き、天井の下の町からは煙が上がる。
道路に転がる車に火の手、赤子が泣き母はそれを捜し父が身構える。
今にも崩れんとするオフィスビル。壁やコンクリの地面からは千切れた配管が蒸気や水を撒き散らす。
人の真上を飛び交う機動兵器、ACの戦闘による被害だ。
大型の人型兵器が推力を噴かすたび、その圧が瓦礫の山を吹き飛ばす。それらは未だ逃げられぬ人達の頭上に。
彼らが脚で地面を蹴りいるたび、その揺れが絶望する人達の膝を折らせた。
『レジーナ!エリアDの市民の避難が完了したよ、西の方角になら撃てる!』
無線に応える余裕はないが、それを聞けただけよかった。
そう言わんとする表情の彼女はレジーナ、たった一機のACに対し複数で挑む〝コチラ側〟の一人だ。
今まで抑えていた火器管制のレベルを上げる。彼女の乗るACもまた、早く撃ちたかったとFCSにエネルギーを回した。
メインモニターに納まらぬ速さを見せ付ける敵AC、その黒光りする装甲に紅い眼光は滲んでいた。
「管理者の実働部隊だかなんだか知らないけど、コレで…!」
右腕を突き出せばソコから生えるグレネードが槍のように伸びた。この弾頭であればACすらも吹き飛ばせる。
限定された射角、恐ろしい程の機動力、レジーナが戦ってきた中で恐らく最強のACだろう。
大型火器を向けられているにも関わらず、敵の視点と行動は他のレイヴンに向けてのみ行われていた。
飛び交うライフル弾を避け、あらゆる武器を同時に使役し複数相手に苦戦すらしていない。
ロックオンを示す赤の表示、彼女は好機だと引き金を引いた。


呆気に取られた。
グレネードの弾頭が放たれ反動によって身を揺らしたほんの僅かな間に、黒いACは目と鼻の先。
悔しいかな、彼女の射撃はかすりすらしなかったのだ。
「まっず…!!」
コアとコアがぶつかる程の距離、機体の陰に接近され味方からの支援も期待できない。
敵の左腕が無理矢理な角度から切り上げる。コアの右と右腕部が抉られ機体は大きく揺れた。
彼女は声を噛み殺し、EOを展開、自動迎撃が至近距離で敵を睨みつける。
だがそれも不発。敵の振り上げられた腕がブレードをそのままEO機構に突き刺したのだ。
アラートが耳を刺激し、コンソールが弾ける、レジーナは頭の中で「いよいよ御仕舞いか」と呟く。
だがそこまで彼女側、つまり〝コチラ側〟も役立たずではなかった。
『うわああああああ!!』
無線から聞こえる頼りない雄叫びと共にレジーナの機体に衝撃、その際額をこすり傷つけたがおかげで思考がはっきりとした。
初期構成に少し手を加えたようなシンプルなACが彼女の乗るACに体当たり、おかげで彼女は致命的な一撃を回避できた。
「アップル!?」
彼女の声が無線を通しアップルと呼ばれたレイヴンに聞こえたであろう時、黒いACのレーザーがシンプルACのコアに直撃。
だが、それで落ちる程柔な装甲ではないと、敵に見せつけるかの如し。シンプルACが敵を掴む。
敵はその行動への対処として肩に背負うグレネードを構えた。
此処でシンプルACに乗るレイヴン、アップルボーイも覚悟を決める。

『こちらグナー、援護する』

無線から無機質な声。それから少し遅れて飛んできた閃光は事態掌握のための一撃。
初撃、構えられたグレネードのバレルを吹き飛ばす。シンプルACとの隙間やく1メートル。
連撃、武器破損を確認した管理者ACの展開するEO、頭部脚部を正確に撃ち抜く。最早敵は何も出来ない。
終撃、瞬きする暇もなく繰り出された援護射撃の最後の一発、敵ACのコア下部を抉り取った。シンプルACの腕からやく80センチ下だ。
『事態掌握完了、お疲れさまレジーナ、アップルボーイ、その他レイヴン』
「ふぅ…、サンキューグナー、助かったわ」

「こんな時にですか?」
コーテックス医務室。イスに腰を落ち着け額に包帯を巻いてもらっている女性に男は聞いた。
彼女は頭に響くから声を小さくしろと男を睨む。
「こんな時だからってんでしょ。チョコレートくらい良いじゃん」
「まぁ、気持ちはわかりますけど…。レジーナさん、もう少し状況が落ち着いてからでもいいじゃないですか」
不安そうにおろおろ、声からしてさっきのアップルボーイと思われる。
そしてアップルボーイは続けた。
「それに、なんでチョコなんです?」
「私が好きだから」
包帯を巻き終えもういいよと白衣の男に言われると、イスを倒す勢いで立ち上がるレジーナ。
そう、レジーナ。さきの戦闘で一緒だった二人だ。
「親父がいつおっちぬかわかんないしね」
「そんな縁起でもない…」
レジーナは手を軽く振り、アップルは頭を下げ、白衣の男に礼を。
そのまま調子良く歩き二人は出て行く。
その際、医務室の扉を勢いよく――
「医務室では静かにね」
閉めた。

「板チョコ?ちっこいの?ん~、どうしよっか」
「僕は小さいのがいいですね、瓶に沢山詰めて蓋の所にリボンと造花、メッセージ入りのプレートなんてお洒落じゃないですか?」
「………アンタがたまに男なのか疑いたくなるわ」
ショッピングセンターは別の意味で盛況だった。非常食、簡易携行食、水が飛ぶように売れている。
それらを買えなかった人達はできるだけ日持ちする食料、気軽に作れるインスタント類を籠いっぱいに詰め込んでいた。
今では棚に商品を補充する店員すら見当たらない。
「ほんっとにすっからかんね」
「どこもそうでしょう。管理者はいつ無差別な実働部隊を送ってくるかわかりませんから、避難所暮らしも荒れなければいいけど」


無事チョコレートを買い店を後にする二人、アップル少年の勧めで買わされたテディベア(期間限定チョコレートカラー)の頭にパンチを食らわせるレジーナは何処か楽しげだ。
「もしかして、浮かれてます?」
アップルはテディベアを心配しながらも嬉しそうな彼女の表情に自然と微笑んだ。
そう聞かれたレジーナは恥ずかしげに、だがそれでも嬉しさをみせながら答える。
「バカ親父にプレゼントなんて子供ん時以来だから…、あん時の親父ったらもう、バカみたいにはしゃいでさ」
「見てるこっちが恥ずかしくなったよ」
過去を懐かしむように、思い出すあの時を。レジーナは過去を反芻する。
「今じゃ顔合わせるたびに恨みごと言ってるから、何かある前に―――
端末が鳴る、緊急の用事を示す音。
あまりにものタイミングなだけに二人は顔引きつらせる。
鳴ったのはレジーナの端末だった。
荷物をアップルに任せ、ポケットから端末を取り出す。
冷や汗が一滴。続いて脂汗。空気を飲み込もうと必死になる喉。
凍ったように動かない指をパネルに走らせる。
『…レジーナ』
「あぁ、レイヴン?どうしたのさ」

実は――――


端末を落としたレジーナにアップルは察した。
どう言葉を掛けていいのかわからない、こんな不幸があるだろうか。彼女は肩を震わせ、握る掌に力が入る。
「あの…レジーナ……こんな時に、どう言えばいいかわからないけど…」

「あんにゃろぉぉぉ…今日という今日はぶっ飛ばす!!」

「……はい?」

レイヴンは目の前の惨事を見て唖然とした。
そしてコレは、この事態は一刻も早くレジーナに教える必要があるだろうと判断したのだ。
端末を引っ張り出すとコードを打ち込みレジーナが出るのを待った。
反応有り、緊急コードを使ったおかげで今回はコールを無視されずに済んだ。良い判断だっただろう。
「…レジーナ」
『あぁ、レイヴン?どうしたのさ』
「実は……君のおやじさんが暴走してる、グナーの話を聞いてたら突然血相変えて医務室に走り出した。
治療中だと言い聞かせたのに扉を蹴破るは医者の首根っこ掴んでヒス起こすはで抑えられん」
「仕舞いにゃ医者の『彼女ならもういないよ』の発言をネガティブに勘違いして今君の部屋で自棄酒かっくらいながら大声で君の名を連呼してるぞ」
『…』
「どうにかしてくれ…扉あけっぱで大声出してるから野次馬が酷いぞ。ん?レジーナ?レジーナ!?」
レイヴンは察した、今日この部屋で壮大な親子喧嘩(一方的な)が始まると。
できるだけ被害を抑えるにはまずこの酔っ払いの酔いを少しでも醒まさせることだろう。
「ジョーカー、ちょっと野次馬追い払ってくれ。レジーナがかなりキレてる」
「ついでに酔い醒ましでも買ってくるか?」
「…頼む」

「ちょっとでもアイツに優しくしようとした私がバカだった!!」
レジーナの強引な運転に、振り回されながら事態を把握できないアップル少年。
紙袋の中のチョコを引ったくり運転しながらソレを貪るレジーナ。

彼女が親孝行するのは もう少しだけ 後の話。



「工場見学的SS」


ここに三人の漢が集まった。
クレスト代表――技術主任
ミラージュ代表――技術主任
キサラギ代表――元技術主任

そして漢達の前に鎮座するアームズフォートは…


「ほら!見えて来ましたよっ!!」
高速艇に揺られながらメットを被ったスーツの男が指差した。
その声と共に後部に座る三人の漢は興味を引かれ立ち上がる。
揺れに負けじと腰に力を入れ、顔に飛んでくる飛沫に目を細めながら指差す先を見据えた。
「「「おおおおぉぉぉぉぉ~」」」
同様に驚きの声、漢達の目に入ったアームズフォート〝ギガベース〟は三人の視線を釘付けにした。
(ミ)「大きいですねぇ!」
一人が言った、それもそうだろう。
此処は2kmも離れた地点、それでも目に映る海上拠点はそのサイズの異常さを物語っているのだから。
「全高は約400mですから!近づくともっと大きくみえますよ!!あと10分もしないですから少々お待ちくださ~い!!」
曇りの海、波は高く飛沫と潮風。
彼等三人の漢達は期待に胸を膨らませた。

「到着しました、お疲れ様です」
高速艇はケーブルで固定され、今やっと、格納プラットフォームに落ち着いた。

(ク)「なんて広さだ…此処だけでコッチの本社ビルの受付広場ぐらいあるぞ」
(ミ)「うちのはもう少し広いかな」
(キ)「またまた~、しかし…船付き場にこんなにスペースを割いても大丈夫なんですか?」
「えぇ、このサイズの兵器を運用するワケですから、それなりの人員数になってしまい、
初期型で問題になった出入りの不自由さを解消するためにこの部分の設計を変えたんですよ。
今では作業員の出入りがスムーズになりましたね」
歩くたびコツンコツンと響く革靴の音がどこまでも飛んでいくかのようだ。
出入り口からして既に三人とも関心の表情。
案内されるがまま通路に入っていく。
(キ)「はっはーん、これまた廊下も快適な広さ」
「有難う御座います。以前から言われていた大型兵器内での集団、及びぃその長期間の生活の中で、ストレスから伴う
身体的または精神的な苦痛をどう緩和するか。ギガベースでは耐久に問題が出ない程度に、行動スペースにゆとりを持って設計したんです」
(ク)「それにアレだ、動力や推進の駆動音なんかが殆ど聞こえてこない。これだけのサイズのものを海に浮かせてるのに音振動も殆どないのが凄い」
「お気づきになられましたか。このギガベース、実は陸上活動よりも海上での活動が高評価…その防音性と推進機構が自慢のひとつなんです」
(ミ)「勿体ぶるじゃないですか、その自慢の推進機構を是非見せてくださいよ」
案内を務める男は自慢げに窓の外を指差した。
「アレです!」
「「「おおおおおおおおおおお!」」」
窓の外には絶景とも言えるだろう兵器景色。
反対側に壁のようにそびえ立つもうひとつの船体、そして眼下にはふたつの船体に挟まれるように海の水が流れる。
ふたつの船体をつなぐ柱体のひとつにも無数の窓があり、このベースの巨大さを三人の目焼きつかせた。
壁から生える木のような物体はひとつひとつが自動迎撃機関砲。規則的に周囲を監視している。
(キ)「びゅ~りほ~…」
(ク)「土産に持って帰りたいくらいだ」
(ミ)「スナップ禁止なのが惜しい」
「凄いでしょ~。ですが皆さん、重要なのは下です。水面をご覧下さい!」
そう言われ水のみ鳥のように首をかくんと曲げる三人。

(ミ)「あれは?発射装置に見えますが」
「実は…そうなんです!我がアームズフォートギガベースの主力兵器で最大級の推進装置、超大型レールガンなんです!」
三人の漢は驚愕の表情を隠せなかった。
目を丸くする様に案内の男は満足そうに頷く。
(キ)「主力兵装を推進装置にするとは!こりゃぁたまげた」
(ク)「キサラギよりぶっ飛んでるとは恐れ入ったね」
「そして頭上にあるのが艦首です。あそこには火器管制、司令塔があり、それ等を保護する形でPAが集中して展開されています」
(キ)「勿論その艦首の中も見せてくれるんですよね?」
「申し訳ありません。かなりLvの高い極秘事項なので此処から眺めるのが限界です」
「「「えぇぇぇぇええええ~」」」
漢達は落胆した。


結論
(ク)「いやまぁ技術的評価っつってもあれよりデカいの作ってみないとなぁ」
(ミ)「こっちゃ資源集めるのに精一杯だしな」
(キ)「AMIDAでおっきいのつくりたいな」

― 完 ―



「避難所の灯り」

額を流れる汗は男の肉体的疲労の現れだった。
それに混じる血は男の置かれた状況を一目で理解するに事足りる。髪の生え際から流れるそれ等は男の視界を濁らせるに充分。
けれども男は安堵の笑み、笑っているのだ。軋む骨裂けた肉背負う身体をベルトで締めながら。
片手で自分の鼓動を確かめる。強く、強く脈打つのが感じられたからか、男は声を上げた。
「生き延びた!生き延びてやった!」
ぼやけた視界に気付いた男はぴしゃりと頬を打ち、身の回りを確かめた。
片手で握る操縦桿も、狭い個室一杯に広がるモニターも、それに映る個室の外の様子も、細かなスイッチの類も…全てがはっきりと見て取れる。
幾つもあるモニタの内のひとつ、広範囲索敵機の情報を映し出すものを見やる。
周辺に熱源なし。
見た目よりも頑丈な身体と自分を包む機器類の表示する情報…或いは此処まで辿り付けた運に感謝するべくか、自身を固定するベルトを緩めゆっくりと息を吐き出す。
口の中を切ったのか少量の血が涎に混じり垂れた。その内の一滴が脚を包む強化ポリマー素材のプロテクターの上に落ちるの見る。
頭を下げたからか視界が再度ぼやけるのがわかる。
「存外キツいな…情報提示申請、周辺の所属企業が展開する施設を、システムは通常、企業用信号とアラートを発信して…あとは……オートで頼む」
『了解、システム通常モード続行。キサラギの展開する施設へ――――』
電子音声の繰り返す言葉が耳を抜けていき、男は暗い穴に落ちていくのを感じた。
視界の〝もや〟は張り詰めた緊張と疲労しきった身体の悲鳴でもあるかのように。
――――ピッ!
『避難所からの信号を受信、着陸します』
寝息をたてる男の身体は揺さぶられる。
潤朱板金の巨人〝アーマードコア〟が、傷だらけの男を労わろうともせずにその間接を命一杯使って二本脚を地面に突き立てた。


清潔な布の肌触りは心地よく、落ち着いた照明に塗られた柿色の壁は目に優しい。
涼しさを感じる程度に風が送られるのは天井の回転翼のおかげか。
目覚めたばかりの男はフと頭に違和感を憶える、包帯。少し突っ張った触り心地は憶えがあった。
身体を起こそうとするが手足が拘束されている。治療台に備えられているベルトか何かだろうか。
仕方なしに頭を横にやる………と、本来見えるであろう部屋の全景とは別に、顔が目に飛び込んだ。
化粧なしのくりくりした瞳。無造作に伸びた前髪から覗く肌は如何にもな代物。
頬杖をついてコチラを凝視する様は不気味だが、目の前に居るのは間違いなく少女であった。
「おはよー」
小さな口から聞こえた声は鼻詰まったようなものだ。
言葉が見つからない男に対して少女はやっぱりねと呟き、同じように口を動かした。
「ようこそ緊急用避難所〝TAMARI〟へ。此処はキサラギ管轄の第432番避難所、キサラギ第8支社周辺地区を担当する地下シェルターです。」
それを聞いてか男はほっとした。愛機が自分の指示通り専属企業管轄内の施設へと自分を導いてくれたことにだ。
それと同時に自分の愛機のことを思い出してしまった、なんせこの傷はコアに貰った一撃が原因なのだから。寝ている間にACは爆発してましたでは洒落にならない。
そう思うといてもたってもいられない、が、こうも縛られていては動きようがない。怪我とは別の心配に焦り男は強い口調で少女に問う。


「俺のACは!?」
「アンカーで吊るして倉庫にしまったよ、自慢じゃないけどここは人の収容施設と同じくらい倉庫も大きいの。あぁそれとコアからおじさんを引きずり出すときは企業から発効してもらった
緊急コードで開けたから壊してないよ、前の方の傷はここで付いたワケじゃないから変な言い掛かりで請求しないでね」
少女はどこか突っ掛かるような口調だ、現に口を尖らせている。
男は戸惑ったが嗚呼とひとつ、自分の無礼に気が付いたのだ。
「すまん…じゃなくて、イヤあってるか。…いろいろ有難う、無礼を詫びるよ」
「あいさつ~…!」
ぷっくりと頬を膨らませる少女に男は再度頭を下げた。
しかし口元は笑ってしまう、大人びているのか歳相応なのか。少女が不思議と可笑しかったのだ。
「…おはよう」
座っていた椅子からピョンとはねると少女は男の手足を縛っているベルトを解く。
「来て!お腹へったでしょ」
早々に部屋を出て行く少女を尻目に男はベットから起き上がりながら部屋を見渡す。壁はむき出しのコンクリ。
ベッドは塗装の剥げたパイプが重なり合う簡易的なものだ。
「確かに……避難所らしいな」
軋む腰を摩り少女の後を追った。


足早な少女に遅れまいと痛む身体を引きずった、予想以上に痛めていたらしく設備の整った避難所に来れたことが有難かった。
しかし、その割にだ。これまた予想を上回る広さの避難所、それにしては人がいない。
いつでも機能してるのが避難所、そこいらから避難してきた人で賑やかでもいい筈だ…とは言わないが、酷く静かなこの避難所は何処か不気味でもある。
そもそも少女独りなのか?これだけ大きな施設を管理しているのが?そんな事まで過ぎってくる。
死後の世界は信じていないが仮に此処がそうなら随分と先進的というか、逆に言えば現実的なものだ…と。
「ここが地獄なら…俺には随分可愛い悪魔が宛がわれたもんだ」
ぼそりと呟いたつもりだが
「ここは地獄じゃないよ~!可愛いっていうのは嬉しいけど悪魔じゃない!」
廊下の向こうから響く詰まり声、どうやら彼女の耳には届いたようだ、男は愛想笑いで冗談めかしたがまたやっちまったと頭を掻く。
そうこうしている内に少女に案内された広間へと付く。大広間…なら聞こえはいいが目に映るのはガラス越しに覗くキッチンと高い天井から吊るされたライトだけだ。
そのライトも遥か下の床全体を照らしだせる程の強さも数もなく全体が薄暗い。
「ご飯とってくるから座ってて」
駆け出した少女に置いてかれた男は辺りを見渡す、もちろん座れるものなど何もない。
「床に?」


少女の持ってきてくれた簡易食を男は貪った。
腸詰の燻製、クラッカー、乾燥果実、瓶詰めのアンチョビ、塩漬け肉、飯盒の中の冷めた白米、豆の缶詰。
中でも缶詰は印象的な味だった。悪い方での意味だが。
「……好みの味ではないな」

〝ポークビーンズ 栄養満点 夜食や保存食として〟

顔をしかめた男に少女はなんで?と言いたげな顔をした。
手には男の持ってるものと同じ缶詰があるが、既に2缶も平らげていた。
「いや、好みの問題だろう…気にしないでくれ。それよりも、此処。この避難所は…独りで管理しているのか?
これだけ広いと独りだけでは色々不都合があるだろう」
スプーンに残った最後の一口を口に運ぶと少女は舌なめずり、首を横に振ると男の缶詰を引っ手繰る。
彼女に缶詰を盗られた男は無言の礼を少女に言う。
「人来ないから全然へーき、キサラギさんからは手当てもらえてるし」
その目は何処か寂しげだった。


「なんで人が来ないんだ?」
聞くべきかはわからなかったが、話の種がこれくらいしかなかったし。未だに死後の世界説を自分の中で
払拭できていないのでどうにも聞いておきたかったのだ。
「ここ、山の中にあるから、それだけ。よく避難しなきゃいけなくなる人たちはここより近いところ行くの。
だから、ここはいつでもすっからかん。でもキサラギさんとこの人が言うにはね、一帯の世帯数を考慮するとここも必要なんだって」
この歳にしては難しい言葉をすらすら使うものだ、話しの内容よりもそんな所を気にかけた。
だが現にそうだ。
男の目に映る少女は正直言ってまだ子供も子供。
肌は白く奇麗と言うよりも不健康の現れ、薄く濁ったような灰色の伸びた髪が更に拍車掛けている。少しサイズの大きい服から伸びる腕はまるで細枝のようだ。
動きやすさのためか穿いてるスパッツも、食い込む白い太ももと対照的。
それに地下施設の管理ともなると日の光などどれ程浴びてないのだろうか。いや、最近浴びただろう。
そうやって自分を助けて貰ったときのことを想像する、しかし頭に浮かぶ絵面はなんとも情けない。
と、考え事に忙しい男の姿は視線が少女に釘付けのようにも見えた。
それもあまり凝視してはいけない部分を真面目な顔つきで。もちろんそれを目の前に座る少女に気付かれない筈もなく。
「……えっち」
「えっ?………あぁいや!!そういうワケじゃ!…ハァ…」


「こんどはおじさんが話してよ、なんでこんな所に来たの?レイヴンなんでしょ?」
そういう彼女は男の後ろに立ち、頭の包帯を新しい物に巻き直している最中だった。
包帯を外された時に男は気付いた、髪は全て剃り落とされているのだと。
容姿を気にすることはなかったが、流石に違和感がないとは言えなかったようだ。
「俺はおじさんじゃぁないが…まぁいいか。確かに俺はレイヴンだ、レイヴンではあるが専属の雇われモンで
本来のレイヴンという枠組みには入らないかもな、腕が立つワケでもないから仕事を選べる立場でもないし」
愚痴にも聞こえる男の話しにうんうんと相槌、それがどうにも照れくさい。
だが、男は続けた。あの時のこと反芻するかのように、時折苦虫を噛み潰したような顔をしながら。
「今回はたまたま良くないお仕事を引いたんだ。まぁ引く前からジョーカーだってのはわかってたがね。他のカードを引くにも手札抱えてんのは
お上だから、まぁ引くしかない。なんつっても相手企業はワルキューレを護衛に付けてた…天下一品の狙撃主さ、だが俺みたいな使い捨てを当て馬に
時間稼ぎできれば新装備納入を遅れさせられるかもしれないそう思ってたのかもな連中は…まぁこっ酷くやられるのは今回が初めてじゃぁないが、流石に死を覚悟したよ」
男は震えた、怒りに、勿論悲しみにも。
下唇を今にも噛み千切りそうだ、こんな使われ方するのがレイヴンか、と。
「よくよく考えれば下らない……!クレストの株価をほんの少し落とさせるために死にに行けって言われたのさ……イタッ!!?」
縫われた傷口を包帯の上から小突かれた、滑稽にもその痛みは大の男が背中をえびぞりにさせる程。
けれど震えは止んでいた、涙目ながらに見上げればそこには少女の顔、悪戯に笑っている顔には温かみを感じる。
「でも生きてる」
少女は鼻詰まり声で優しく言ってくれた。


「もう行っちゃうのぉ!?」
格納用エレベーターの中をブースターの轟音が暴れ、その音に負けじと少女は声を張り上げる。
エレベーターの駆動音にACが放つ騒音も混じりしっちゃかめっちゃかな反響音の中その言葉は男の耳に届いた。
「いつまでも此処でゆっくりしてられないから!それと!首にかけてるヘッドセット使うんだ!!」
そう言って少女に首元を指すジェスチャーをしながら、男はACの首後ろに隠れたパネルを叩きコックピットを開けた。
少女がヘッドセットのサイズを合わせている間に男も狭い個室の中へ、パチリと捻ったスイッチに通信の状態を有効に設定する。
『キサラギ、嫌いだったんじゃないの?戻ってもへーき?』
ヘッドセットで騒音が幾らか抑えられたものの少女の声はまだ大きなモノだ。
仕草のひとつひとつが可愛らしい少女に男はつい笑ってしまう。
「俺を使い捨て同然に扱ったのもキサラギだが、もしものために避難所を残しておいたのもキサラギだ。そう考えると
企業の全部が悪いワケじゃないんだろうからって思えた…それだけさ」
分厚い防護扉が開く、天気は晴れ、少女の肌にも太陽の光が当たる。
「また此処に来ても?」
『わたしは良いけど、ここ避難所だよ?』
「俺、よく機体ぶっ壊すからさ」
久々に動かす脚部間接は重い、装甲の間から響く駆動音は一歩踏むたびに振動となり少女に伝わる。
アイドリング状態で吹かしていたブースターを少しずつ強く、少しして脚は地面から離れた。
コアに弾痕の目立つACはその高度をどんどんと上げる。サブカメラに映る少女を眺めながら男は人のいない少し不気味なそれでいて居心地は悪くない避難所を後にした。

「あ、ACの火器管制規制解除するの忘れてた」
男がお上にどやされまた避難所に戻ってくるのはほん少し先の話。





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