2画面のテトリスを上下にくっつけあったらこの様な光景になるのだろうか。
 消えないテトリスが何億も、天井から底面から、噛み合わせの悪い歯茎のように乱立している。
 ビルの合間にクモの巣のように張り巡らされた黄色い回廊はビルを相互に移動するためのものだ。
 かつてあった溢れるような人波はもう無い。
 アイザックシティ――かつての秩序の中央部。ここは廃棄されて久しい最早抜けがらである。
 ネスト崩壊後、シティに大勢いた人間たちは汚染の残る地上に回帰したか、企業による独立した管理機構が未だ働いているセクションに逃げ込むか、いずれかにしもあらずでどこかでくたばったのだろう。

 その静寂の支配する中を赤い注意ランプを灯した機械の凧。
 グゥーアァ!――大きい対空ジャイロの音。
 巡航型:疾風。
 機体下部にひょっこり突き出した大根のような器官に存在するギロギロせわしなく動く二つの電子の眼で警戒する。
 ゆたかな葉っぱは、束ねられた四本の長い銃身である。
 今日もまた、彼は自分の役割を果たしつづけるのだ。彼は与えられた役割を果たしているだけだ。
 かつてのアイザックを縫うように駆け巡ったメモリィを再生しているに過ぎない。
 だが今日はまた、一段と体が重かった。自慢の対空ジャイロが不調を兆してる。
 帰ってからテクポッド達に修理を”私”は要請しなくてはならない。
 ふらふらなんとか体勢を立て直しつついつものルートを走行し、
 今日も何もありませんでしたと彼が返事の返って来ないネストへ送信しようとしていたその時だ。
 誰だ……? いつぶりだろうか……。
 だがそんな事を考える役割を与えられてはいない。
 早急に役割を果たし、機体下部のレンズアイによってその姿をとらえた。
 彼――疾風も、その流れる大河のようにあらゆる大勢の人間が歩いていたのを見てきた中央回廊にびっこを引いて走るのは一人の少年だ。

 布きれ同然の薄汚れた衣服をまとった少年は、胸に何かを抱え、その背には大きすぎるビームガンの存在が確認された。
 武器:人が殺されてしまう=イレギュラー! 
 イレギュラーだ! 危険分子だ。排除しなくては……!
 そう判断した彼はレンズアイの同軸バルカンを照準し、撃ち放つ。
 ブゥーン!――しかし撃ち放たれる極太の弾丸は、
 回廊を形づくる硬質セラミックを抉っただけで、のろのろと移動する標的には命中しなかった。
 必中であったはずのバルカンももはや碌な整備を受けていない、最早弾の出る筒でしかなかった。
 これも整備へ……ああ、そうだった。
 もう彼ら――テクポッド達は壊れてしまっていたんだった。
 そしてお家《ホーム》に帰れば私の同僚達の残骸に大きな声でただいま!――を言うのだ。

 だがその音で少年はそのあやふやな足元を縺れさせ転んでしまった。
 放り出した彼の胸の内は腐敗というよりなかば乾燥した大人の腕あった。
 少年は狂ったように泣きじゃぐり、足腰が立たず芋虫のようにのたくって放り出した
 それを何として取り戻そうと手を伸ばすが、少年を確実に始末する為に接近した疾風の弾丸によって
 何の意味も持たぬ肉片と化した。
 誰も通らぬ回廊に堆積した埃が彼の噴き出すホバージェットに吹き飛ばされる。
 風が”彼”を中心に循環し始めた。
 少年の汗油で固まった髪の毛が千切れると思われるくらいふりみだされる。
 いつ私はこの少年を撃ったのだろう。
 私のこの権限の与えられていない思考という存在に気づいた時から、身体との乖離が始まったのだ。
 この思考も中断すれば忘れてしまう、のだろうか。
 もしかしたら今回のように何かしらを思い出す事もあるやもしれぬが、その時の”わたし”は一体、この今の私であろう事だろうか。

 絶叫する少年は背のビームガンを構え、疾風=私へ向け引き金を引くが鉄をもとかす熱線の光帯は現れず、カチンカチンとただむなしいだけだ。
 わたし=私は束ねられた銃口を向ける。
 仮想の指で重い撃鉄を起こしたその時だ。どこからか光の帯が一閃した! 
 グラリと傾く彼――疾風=わたし=私、は攻撃されたのだ!
 誰だ! 優秀な彼は自分の状況を瞬時に理解し、自らにビームを撃ってきたある角度を見つけ出す。
 その角度に向かって私はバルカンを連射する。
 ブゥーーーン!――上階層の回廊の一点が爆裂した。
 質量ある血しぶきが飛んだのが確認できた。
 もう充分であろうと私が判断しても彼は連射を止めなかった。
 錆ついた回転銃身を回すギアが唸りを上げる!
 これは歓喜だ――彼=疾風から私に直接流れ込んでくるデータの渦は嬉しさに涙を流す感情だ!
 だがまだ少年が残っている、殺さなくては! 私が彼にそう告げると彼は、
 《イレギュラァ ハ モウ居ナイ》――嗚呼ァそうか、少年は無様に燃え上がる私を見つめほう然とし、戦うすべも意志もない、今はまだ―ー。
 全ての弾丸を吐き出し終えた”我々”はゆらゆらと少年の元を離れ、お家《ホーム》へ帰らんとする。
 だがそれは叶わない。 
 我々の停滞した時間は急速に歩を進めていく!
 彼は底面界の底にぶつかり爆散するその直前、ネストへメッセージを発信した。
 『任務完了』という宣言を。――彼の役割はここですべて終わったのだ。
 ただし私は思考する。私はまだ死んで――壊れてはいない。私は思考する、繋がれた焼かれ爛れる神経の痛さを考える!
 『そうだ。今はまだ、だ。少年、君もいずれ――』
 私は今の私で思考する。今のわたしは私で思考する。消え往くメモリィの中で私は――……

 糸冬





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