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★その113

「この状況下で最適と思われるルートを示してください。制限時間、5秒です。」
端末のディスプレイに映し出された情報を睨みつける。
地形、天候、時刻、風向き、敵の配置、その他諸々から判断すると―――

「ここの渓谷を通って、ここに出て…こう。」
自分の意図したルートを指でなぞった。

「48点です。渓谷を通るのであればルート526の方がよりベターでしょう。」
「48点か、手厳しいな…」
「甘く評価してもヨウヘイさんの為にはなりません。」
「そうだな。」

「更に戦況を有利に運べるルートがあります。分かりますか?」
「う~ん……………こうか?」
もう一度ディスプレイを指でなぞった。

「正解です。」
「ふぅ…、一歩前進かな?」

強くなろうと決めたあの日から3ヶ月経った。
俺の目指す理想はまだ遠い。進めば進むほど目標の遠さを思い知らされた。
止めてしまおうと思った事も何度かあったが
アイビスが付き合ってくれるおかげもあって今日まで続いている。

初めのうちは血ヘドを吐くぐらいシミュレーターにこもったが
そんなにポンポンと操作技術が向上する筈もなく、体力的にも限界があった。

そこで過去にイレギュラー、ドミナントと呼ばれた傭兵たちから学ぶ事にした。
彼らは純粋に強い。操作技術は勿論、汎用性が高く、思考は柔軟で
状況判断の早さもズバ抜けている。

そして何より、戦場で自分に有利な流れを作るのが上手い。
迂闊な行動をして毎回追い込まれている俺とは正反対。
苦手科目は伸ばしやすいって言うし、こっち方面を猛特訓中だ。
今やっているのも、その1つ。

他にも色々と思いつく限りの事を試している。
大昔のミッションレポートを分析、考察してみたりとかね。
アイビスはそういった過去の記録をネット上から集めてくるのが得意らしく
資料には事欠かなかった。

「そろそろ時間です。今朝はこれくらいにしましょう。」
「そうだな。」
「続きは帰ってからです。」
「うん。」

「朝食の準備をしてきます。」
アイビスは俺の部屋を出て台所に向かった。

最近は彼女の世話になりっぱなしだ。
「アイビスって何をしてあげれば喜ぶんだろう…」
こうも世話になりっぱなしだと、何だかな~

前にそれとなく欲しい物がないか訊いたら、料理に使う調味料が欲しいって言われたし
物欲が無さそうなんだよな。う~ん…もう1回訊いてみるか。

学校に行く支度を済ませて1階に降りた。

★その114

「おおっ、良い匂いだな。」
「今日のお魚は紅鮭です。」
テーブルには脂ののった鮭の切り身や味噌汁が並べられている。

「いただきまーす!」
平日の朝食は1人でする事が多くなった。
姉さんたちが起きてくる前に済ませて、早めに家を出るんだ。
グローランサーの整備を自分でする為にね。

もぐ、もぐ、もぐ、もぐ…

「なあ、アイビス。」
「はい。」
「今欲しい物って何かある?」
「お醤油が欲しいです。そろそろストックが切れそうです。」
また調味料ですか…

「財布預かってるんだから醤油は好きに買ってくれ。そうゆうのじゃなくてさ。」
「?」
「こう…洋服とか、アイビスが個人的に欲しい物はない?」
「ないですね。」

即答されてしまった。だが簡単に引き下がる訳にはいかない。
「どっか行きたいとか、何か俺にしてほしいって事もない?」
「どうしたのですか?」

「いや、その、なんだ…」
「?」
そんなに不思議そうな顔しなくてもいいだろ。
「日頃のお礼がしたいんだよ!」
言わせんな、恥ずかしい。

「その気持ちだけで十分です。」
「そう言わずに考えるだけ考えてみてくれないか?」
「……………」
何事も即時即決のアイビスが悩んでいた。初めて見る姿だった。

「急ぐもんじゃないし、見つかったら教えてよ。」
「分かりました。」
粘ってみるものだな、ミッションコンプリート。
アイビスが何を言ってくるかちょっと楽しみだ。

「おはよう、今日も早いな。」
「セレン様、おはようございます。」
「おはよう。」
姉さんが起きてきたという事は結構な時間だ、急がなきゃな。

残りの朝食を平らげて家を出た。

★その115

学園に着いて直ぐ、格納庫に足を向ける。
「一番乗りかな…」
早朝の格納庫はひと気がない。これでもかというぐらい静まり返っている。

朝一でここに寄るのは以前と同じだが、目的が変わったんだ。
グローランサーを眺めて無為に時間を過ごすのを止め
ACの整備点検の勉強をするようになった。

色々考えた結果、ある程度は自分で整備点検が出来ないと困るという結論に至った。
僻地で不良動作を起こしたり、故障したらどうするよ?
そこには優秀なメカニックやオートメーションのハンガーなんかも無い。
あるのは自分の腕だけだ。応急処置ぐらいは出来るようになっておかないとな。

というわけで、クラフツさんに無理を言って基礎を叩き込んでもらった。
最初の方はそりゃもう酷かった、笑えないぐらい…
でも徐々にコツを掴み、3ヶ月でメカニック科1年の基礎過程を済ませた。
実用的な所を掻い摘んだとはいえ、人間やろうと思えば結構やれるもんだ。

クラフツさんもよく様子を見に来てくれるが、最近は仕様書を片手に1人でやっている。
整備点検なんて地味な作業は正直好きじゃなかったけど、分かってくると中々楽しい。
昨日は脚回りの途中までだったかな?
折り目だらけでヨレヨレになった仕様書を開いて、俺は没頭した。

 ・
 ・
 ・

格納庫の扉が開く音で我に返った。誰か来たみたいだ…もう授業時間か?
腕時計に目をやると授業開始の15分前、そろそろ片付け始めないと遅刻してしまう。

「おはよう。今日も頑張っているじゃないか。」
「あっ、先輩、おはようございます。」
ジノーヴィー先輩だったか。それにしても先輩は朝から爽やかである。

「聞いたよ、槍杉君。ダイ=アモンのデータに勝ったらしいね。」
「何十回やって、やっとの1回ですけど。」
「それでも大したものじゃないか。」
先輩に大したものとか言われると照れる…

「私もうかうかしていられないな。」
「フッフッフッ、油断してると追い抜いちゃいますよ。」
「これは火星のアリーナに挑戦するのが楽しみだ。」

SPアリーナの時にした約束を先輩は本気で楽しみにしていた。
あの時はその場のノリ、軽い感じで行くって言っちゃったけど先輩は大マジだった。
約束を違えるのは申し訳ないし、卒業後に声を掛けられたら行かざるを得ない…
まあいいさ、ザルトホック相手に腕試しと洒落込もうじゃないか。

「話は変わるんだが、槍杉君はパイロットスーツにこだわりはあるかい?」
「特にないですね。学園で売ってるやつの一番安いの使ってます。
 前に高いのを買った事もあるんですけど、イマイチ違いが分からなくて…」

「最新モデルは着ているだけで生存率が5%上がるらしい。」
「へぇ~」
インパクトの瞬間に全身からエアバッグでも出るんだろうか?
どんな計算してるのか分からないが、5%って結構凄いぞ。

「知り合いのツテで安く買えそうなんだが行ってみないか?
 無論、気に入らなければ買う必要はない。」
まあ、見るだけならタダだし…行ってみようかな。

「じゃあ、お願いします。」
「決まりだな、後で予定が空いている日を言ってくれ。」
「はい。」

「ああ、片付けている途中だったか。手伝うよ。」
「す、すみません。」

★その116

ジノーヴィー先輩が手伝ってくれたおかげで、俺は余裕を持って教室に到着した。
「エクレールさん、おはよう。」
「おはよう、槍杉君。あっ、ちょっと動かないで。」
「な、なに?」

「制服に油付いてるわよ。」
「あ、ほんとだ。」
「また着替えずにAC弄ってたんでしょ。」
「めんどくさくてつい…」

「ハンカチだけじゃ、あまり取れないわね。」
「いいよいいよ、後で洗うからさ。」

「最近ちょっと落ち着いてきたのに、こういう所は子供っぽいままなのよね。」
「俺様のような大人の男にはまだまだ遠いんだぜ、ヒャッハー!」
「神威よりは落ち着いてる自信があ―――」

ガシッ

「グエッ…」
突然、制服の襟首を何者かに引っ張られて変な声が出た。
「ちょ、苦しい…」
俺が悲鳴を上げているにも関わらず、そのまま昇降口まで引きずられてゆく。

「ゴホッ…ゴホッ…何するんだよ、ジナ…授業始まるぞ…」
「落ち着いて聞け、槍杉。」
お前が落ち着け。人の話を全く聞いてないし…

「ジ、ジノーヴィー先輩にデデデ、デートに誘われた!」
「おおお、やったじゃないか!」
こいつは予想外の展開だ。ジナが動揺しているのも頷ける。

「着て行く服が無いぞ、槍杉。デートには何を着て行けばいい?
 あまり気合いを入れすぎるのも可笑しいか?先輩の趣味が分からない、助けてくれ。」
「グエェェ…とりあえず…俺の首を絞めるの…止めてくれ…」
「ああ、すまない。」

「ゴホッ…ゴホッ…」
危うく落とされるところだった。
でも先輩がジナをデートにねぇ…今日は晴れときどき特攻兵器かもな。

「で、デートはどこに行くんだ?」
「ショッピングだ。」
「なに買いに行くの?」
「パイロットスーツ。」

「……………」
喉元まで出掛かった言葉をなんとか呑み込んだ。
あちゃぁ…それ俺も誘われてるぞ。
ジノーヴィー先輩に声を掛けられて舞い上がっちゃったんだな。
デートに誘われたと勘違いしてる…

「どうした、槍杉?」
「いや、なんでもないよ。」
俺が取るべき行動はもう決まっていた。

「あんまり気張らずにカジュアルな感じでいいんじゃない?」

★その117

そして俺はジナのデートプランを考えさせられている。授業中なのにも関わらずだ。
普段は真面目に受けてるんだぞ。うちの授業は実戦でも役に立つ貴重な経験値源。
家で頑張っていても授業をサボったんじゃ、あんまり意味がないからな。

でも、わかるだろ?あいつの頼みを断ったらどうなるか…
気付いたら病院のベッドの上なんて事も十分に有り得る。
俺に選択の余地は無かった。
後で模擬戦にでも付き合ってもらわないと割が合わないな~

そんな事を考えながらも肝心のデートプランは真っ白だった。
パイロットスーツを買いに行ってから…どうするよ?

ジナにはこういう事に詳しいと思われているみたいだが、圧倒的な誤解だ。
ご存知の通り、生まれてこの方デートなんてした事がない。
なのに他人のデートプランを考えろだもんな。

自分に当て嵌めて考えてみるか?相手は…そうだな…
「……………」
自然と1人の姿が浮かび上がってきた。

なんでアイビスを思い浮かべたんだろう。
そりゃ色々と世話になってるけど、彼女は家族みたいなもんで…そういう対象じゃ…
な、な、な、ないだろ?

「……………」
自分に嘘はつけない、か…
「ふぅ…」
変なの好きになっちゃったな。

ピンポンパンポーン

突然の放送音によって現実に引き戻された。
何の変哲もない学内放送の音。しかし嫌な予感がする。
まさか…

『学園に未確認AC接近、未確認AC接近。
 生徒のみなさんは直ちにシェルターに避難してください。』
嫌な予感は的中した。

『繰り返します。これは訓練ではありません。シェルターに避難してください。』
避難勧告で騒然となった教室。みんな我先にと逃げ出す。
教師が生徒を誘導する中、俺とエクレールさんは顔を見合わせた。

今週の警備当番はクライン組。
すなわちクライン先生、ジノーヴィー先輩、エクレールさん、俺の4人だ。
有事の際なんてそうそう起こらないと思ってたのに、本当に起こっちまったよ。
しかも何で俺が当番の日に…

「行くわよ、槍杉君。」
「了解。」
嘆いていても仕方ない、自分の役目を果たそう。
避難を始めるクラスメイトとは真逆の方向―――俺たち2人は格納庫へと向かった。

★その118

人の波に揉まれながらの移動は困難を極め、なかなか前に進めない。
俺たちが格納庫に到着した時には既にクライン先生のACが動き出していた。

先生のACは無名らしく、生徒の間ではクラインACと呼ばれている。
クラインACはカラサワと月光を備えた青い中量二脚。
ナインブレイカーにこの武装は鬼に金棒と言っても過言ではない組み合わせだろう。
これの相手をする人が可哀相にすら思えてくる。

「遅い。」
スピーカーモードでクラインACに一喝されて
俺とエクレールさんは自機への搭乗を急いだ。

メインシステム 戦闘モード 起動します

グローランサーのシステムを立ち上げ、各部をチェック…
毎朝、整備点検をしているだけあってグローランサーの調子は良好。
出番があるかは分からないが、いざという時は万全の状態で行ける。

「未確認ACが1機、こちらに接近中だ。私が先行して目標を叩く。
 ジノーヴィー、援護できるか?」
「はい。」
ジノーヴィー先輩も前に出る!?

「エクレール、槍杉の両名は校舎前で待機、周辺への警戒を怠るな。」
「「了解。」」
俺たち2人はお留守番か…本当に出番ないかもよ?

いや、悪い癖だな。別働隊が来る可能性もある。
考え得る最悪の状況と、その対処法を念頭に置いておけ。
気を抜くなよ、洋平。油断大敵、油断大敵、油断大敵だ。

あっちはクライン先生とジノーヴィー先輩の組み合わせだから問題ないと思うけど…
「先輩、気を付けてくださいね。」
「ああ、ありがとう。」

格納庫を出て飛翔するクラインACと、それに続くデュアルフェイス。
未確認ACはまだ遠い、校庭からはその姿を視認できない距離だ。
先生は学園の敷地外で目標を迎え撃つつもりだろう。
2機のACがどんどん小さくなっていく。

「私たちは周囲を警戒しましょう。」
「了解。」
どんな些細な異常も見逃さないように注意深く。
俺たちはそれぞれ校舎の周りを回りながら、目視とレーダーに全神経を注いだ。

「エクレールさん、そっちはどう?」
「異常なし。そっちは?」
「こっちも異常なし。」

遠くから花火のような音が散発的に聞こえてくる。
クライン先生たちの戦闘は既に始まっているみたいだ。
どうなっているんだろう…
「未確認ACは見えた?」

「ぼんやりとだけど、赤い点が飛んでいるのが見えたわ。
 クラインACは青でデュアルフェイスは黒だから、あれが未確認ACだったと思う。」
「赤い点!?」
「そう、未確認ACは赤いカラーリングなんだと思うわ。」

「ち、違うんだ。赤い点がこっちに向かってくる。」
「え!?」
「エクレールさん、こっちに回りこんで!
 先生たちが戦っているのとは別の、新手が来る!!」

ラファールが校舎を飛び越えてグローランサーの横に着地するまでの間に
俺は頭をフル回転させた。

クライン先生たちは戦闘中、それに指示を仰いでいる暇は…無さそう。
赤い点はどんどん大きくなっていた。
今ではハッキリとその形が分かる程に近づいている。間違いなくAC、赤いACだ。
時間が無い・・・

このまま待っていたら学園が戦場になるぞ?それはマズい。
どう頑張ったって周りに被害が出る。
2対1のこの状況、数的には有利だ。打って出るか?

「打って出ましょう。今こっちが前に出れば戦場を裏山に出来るわ。」
即座に状況を理解したエクレールさんが俺の思案に入ってきた。
「でも…」
こうなったら3機目のACが現れる可能性も捨てきれない。

どうする?

⇒《動く》
 《待つ》

「………打って出よう。」
学園が異常なだけでACは本来はかなり高価な代物。
そうポンポンと何機も投入できる可能性は低い。
”速攻で片付けて戻る”これが一番ベストな選択の筈だ。

「じゃあ、援護よろしく!」
「ちょ、エクレールさん!?」
言うが早いか、彼女はブーストを吹かした。

ラファールはその特性上、援護には向かない。向かないのは分かっているけど。
装甲が薄いんだから危ないでしょうが!ああ、もう…
仕方なく彼女に続くしかなかった。

それにしても今日のエクレールさんは好戦的だ。
ラファールを手に入れたのはいいが、使用できる機会が無くて
ウズウズしていたのかもしれない。これもACの魔力か…

俺たちと赤いACが交戦距離に入ったのは学園の後ろに広がる裏山の中央部。
ここならある程度は周囲の被害を気にせず戦える。
ベストポジションと言って差し支えない。

「いくわよ!」
「了解。」
この短いやりとりで彼女がどんな援護を望んでいるのか、俺は悟った。

長い間、ブレードの扱い方を教えてもらっているせいで
エクレールさんの考えはよく分かる。恐らく彼女も同様だろう。
所謂、ツーカーの仲というやつだ。

今回はあの戦法で仕掛けるんだね?

ラファールはステルスを展開して、不規則な軌道で目標との距離を詰めた。
素早い動きとステルスの効果で赤いACは彼女を捉える事が出来ない。
2機の距離はどんどん縮まり、ラファールはそのまま斬りかかる!?
と見せ掛けて斬りかからない。ふらっとコースから外れる。

ここで俺の出番だ。目標に向かってリボハンとグレネードを連射した。
素直にコレを食らってくれればそこまでだが―――躱される。
相手もそんなに甘くはない。しかし次が本命だ。

俺の攻撃を躱した先に待ち受けているのがエクレールさん。
完璧なタイミングでの斬撃がラファールから繰り出される。
これは躱せない。

ズザァァァン

何故!?何故、ラファールの右腕が千切れ飛ぶんだ!?
完全に相手の虚を突いた筈なのに、斬りかかった方のラファールが斬られていた。
自分の目を疑ったが、それが結果。曲げられない現実だった。

よろめくラファールに止めを刺そうとする赤いAC。
「やばい…」
俺はブースト全開で2機の間に割って入った。

「エクレールさん、無事?」
「ええ、でもラファールの右腕をやられたわ…」
「仕切り直そう、一旦距離を離す。」
エクレールさんがブレード戦で後れを取るなんて…こいつ…

「槍杉君…あの赤いACのエンブレム見た?」
「………見た。」
彼女も見たという事は俺の見間違いじゃないのか…

あの赤いACの肩に描かれた―――――⑨のエンブレム。

★その119

ナインボール…なのか?
人類がまだ地下に篭っていた時代の伝説的トップランカー ハスラー・ワンの乗機。
レイヴンを名乗る者にとって存在そのものが憧れであり、恐怖の対象であったと
教科書には記されていた。

恐らく、史上最も有名なAC。
その影響力は凄まじく、今でもアセンやカラーリングをナインボールに似せる者や
ハスラー・ワンの後継者を自称する者が出現すると聞いたことがある。

こいつも擬い物か?……………いや、今重要なのはそこじゃない。
過去の亡霊だろうが模倣者だろうが、そんな事はどうでもいい。
重要なのは戦闘力、こいつの強さだけは間違いなく本物だ。
たった一瞬でそれを思い知らされた。

「くそっ…」
しくじった、油断した、相手を甘く見た。
あれ程、あれ程、油断大敵と唱えておきながらこのザマだ。

AC同士の戦いにおいて数で勝っているという事は圧倒的な有利を意味する。
2対1の状況を引っくり返せるレイヴンはそういない。
単純計算で瞬間火力が2倍だからな。2の方が遥かに劣っていようとも
1は2に勝つことが難しい。過去の事例がそう示していた。
しかし、俺たち2機がかりでも抑えられそうにない化け物が、目の前にいる…

ナインボールの狙いは何だ?学園施設の破壊と考えるのが妥当か?
もしそうなら迂闊な行動は出来ない。あからさまに逃げ回れば俺たちを無視して
学園に向かう可能性もある。

クライン先生に助けを求めるのが一番得策か…
そろそろあっちは片付いていてもおかしくない。
それまで持ち堪えるぐらいなら、なんとかなる筈だ。

「悔しいけどこいつは俺たちの手に余る。クライン先生に来てもらおう。
 それまでナインボールを裏山に縛り付ける事に専念。
 今度は俺の言う事を聞いてもらうよ、いいね?」

「くっ…分かったわ…」
直接ナインボールと斬り結んだエクレールさんが力量差を一番感じている筈だ。
どれほど悔しくとも、俺の提案を跳ね除けるほど彼女は馬鹿じゃない。

「私がステルスを使って時間を稼ぐから、先生に状況説明を!」
「エクレールさん………了解。」
彼女はステルスを逃げに使う事を良しとしない。それを曲げての提案だった。
ありがとう、これで落ち着いて通信を行える。

「クライン先生、こちらも未確認AC1機と裏山で交戦中。
 俺たちだけでは手に負えそうにない相手です。
 事後報告になって申し訳ありません。救援をお願いします。」
「……………」
「先生?」

「そちらの救援には行けそうに無い…」
「えっ!?」
何故か返ってきた通信はジノーヴィー先輩の声だった。

「ど、どういう事ですか?」
「クライン先生が逃走した。」
「なッ…!?」

とうそう、トウソウ、闘争、刀飾、党争、凍瘡、党葬、逃走。
その言葉を頭の中で色々と変換してみたが
一番有り得ない”逃走”が一番当て嵌まる。クライン先生が逃走した!?

「ど、どういう事ですか?」
「私にも分からないが事実だ。クライン先生は突然、何も言わずに戦域から離脱した。
 何度か試してみたが、通信も一切繋がらない。」

見捨てられた…のか…?何故?どうして?
頭の中がグチャグチャだ。意味が分からない。
一体、何がどうなっているんだ?誰か教えてくれ!

「こちらも苦戦している。どうやら私の相手は本物のナインボールらしい。」
なん…だって………ということは………ナインボールが2機!?

★その120

”本物のナインボール”そうジノーヴィー先輩は言った。
俺たちにナインボールの真贋を確かめる術はない。
先輩の言う本物とは敵の戦闘力の高さ。未確認ACはその強さを以ってして
彼に本物のナインボールと言わしめているのだろう。

クライン先生の逃走、2機のナインボール。
強烈なダブルパンチで脳髄を揺らされながらも、俺は考えを巡らせていた。

全員が生き残って且つ、学園を守るには…
やはりナインボールとまともに戦うのは得策じゃない。
学園にはまだ何機かACが残っている。援軍を要請して―――

「既に援軍を要請してある。もう少しの辛抱だ。」
「りょ、了解。」
ジノーヴィー先輩が先手を打っていたか。
2対1の俺たちより状況は厳しい筈なのに…

「エクレールさん、聞いての通りだ。もう少し頑張ろう。」
「オーケーよ。」

事も無げに通信が返ってきたが、ラファールの損傷はかなり酷い。
ロックオンを阻害するステルスを使いながら、回避と牽制に専念する彼女を
ナインボールのパルスライフルは捉え始めている。彼女1人に無理をさせすぎた。

ステルスのリロードが近いのを見て取り、グローランサーを前に出す。
エクレールさんはこっちの意図に気付いて、ブレード光波を撒きながら下がった。
もう少しだ、辛い所は俺が引き受けよう。

弱っているラファールに止めを刺そうと追撃をかけてくるナインボール。
こっちに攻めっ気が無い事はもう気付かれている。でも簡単に―――
「やらせるかよ!」
奴とラファールの間に立ち塞がり、トリガーを引く。

もう敵パイロットを気遣うのは完全に止めている。
そんな事ができる相手でも、場合でもないのは明白。
出来るだけ殺さない為に、それが出来るように今まで頑張ってきたが…
状況がそれを許さない。

中途半端な事をして、後悔に苛まれている自分の姿を、悪夢を一瞬で幻視した。
「守るべきモノを履き違えるなッ!」自らにそう言い聞かせてトリガーを引き続ける。
狙いはコアの中心、コックピットに照準を。

「いけぇ!」
強引にラファールを追いかけようとするナインボールに隙が生じたのを
俺は見逃さなかった。透かさずグレネードを撃ち込む―――――直撃コース。

しかし、回避不能と判断したナインボールは向かって来るグレネード弾に
直接グレネード弾をぶつけるという荒業をやってみせ、砲弾は空中で相殺された。
目の前に爆炎が広がり、俺の視界を奪う。この機に乗じて…来る!?

正面!?

右か!?

左か!?

上か!?

全ての可能性に備えながら後ろに下がった。
どこからナインボールが出現しても対応できる。

「左だぁッ!」
爆炎の中から炎を纏って姿を現したナインボールは
グローランサーの左サイドに飛び込んできた。

俺は絶妙のタイミングで左腕を振り抜いたが、ブレードは空を切る。
あろうことか、ナインボールはグローランサーを無視して左横を素通りしていたのだ。
瞬時に敵の意図に気付いた。狙いはラファールの方か!?

完全に出し抜かれたが、幸いグローランサーの旋回は速い。
「間に合えー!」
ナインボールに追いすがろうとターンブースターを作動させる。

が―――――

どういうわけか、方向転換を完了したグローランサーを赤い悪魔が待ち受けていた。
「!?」
何が起こったのか理解せずにはいられない。
裏の裏は表、俺を無視してラファールに向かおうとしていたのはフェイクだった。

「誰であろうと私を止めることなど不可能だ。」
若い男の声が通信機から聞こえてくる。
こいつがナインボールのパイロット…?
抑揚のない、酷く冷たい声…

ナインボールの左腕に装備されたブレードがエネルギー刃を輝かせ
―――――俺の世界は暗転した。

★その121

そっと髪を撫でる感触。暖かくて心地良い…誰の手だ…母さん…?

この手が本当に母さんのものだったら、俺はあの世に来てしまったという事になる。
目を開けるのが怖い。あの後、どうなったんだ?
……………分からない。
ただ、俺が横たわっている場所は明らかにグローランサーのコックピットとは違う。

ずっとこうしている訳にもいかないので、少しずつ…ゆっくりと目を開けた。
またこの天井だ…市立病院。ここのベッドのお世話になるのはこれで何度目だっけ。
「いき…てる…」

「目が覚めたのですね。よかった…」
君だったのか…アイビス。
窓の外は暗くなっている。ずっと俺に付き添っていてくれたんだな。
あれからどれぐらいの時間が経っているんだ?
いや、それよりも他に聞きたい事が山のようにある。

「が、学園はどうなった?あの赤いAC、ナインボールは?」
「落ち着いてください。学園施設に被害は出ていません。
 ヨウヘイさんが撃破された直後に到着した援軍を見て
 ナインボールは即時撤退。取り逃がしたそうです。」

「2機とも?」
「はい。」
「そうか…」
上々、だよな?あんな化け物の相手をしたのに命があって、学園も無事。
逃げられたっていいさ。

「エクレールさんとジノーヴィー先輩は無事なんだよね?」
「エクレール様は無事です。ジノーヴィー様は…」
「な、なんだよ?」
やめろよ、何でそんな顔するんだよ。それじゃまるで―――

「戦死されました…」

「嘘だッ!!」
そんなこと有り得ない、絶対に有り得ない。何かの間違いだ。
「性質の悪い冗談だよな?俺を担ごうとしてるんだろ?嘘だよな?な?」
「こんな嘘をついて、どうするのですか…」

「う、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「どこに行くのですか!?」
アイビスの制止を振り切って病室を飛び出していた。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」
病院着のまま、裸足で夜の街を走った。
足の裏が裂けるのも、心臓が破裂しそうになるのも無視して、がむしゃらに走った。
ジノーヴィー先輩はきっと生きてる。学園に、格納庫に行こう。
徹夜でデュアルフェイスの修理をしているに違いない。先輩の大切な相棒だからな。

 ・
 ・
 ・

ギギギギギギギー

「あれ?真っ暗だ。ジノーヴィー先輩ー!
 照明を点けずに作業するのは危ないですよー?
 自分で言ってたじゃないですか、点けますよ?」

パチッ

「どこですか~?隠れてないで出て来てください。
 俺もデュアルフェイスの修理手伝います。いつも手伝ってもらってばかりじゃ
 申し訳ないですから。こんな時ぐらい手伝わせてください。」

あれ?おかしいな。デュアルフェイスがいつも収まっている場所にないぞ?
大破したグローランサーと中破したラファールはちゃんと回収されてるのに。
なんで…ないんだろう…?

「受け止めてください…」
「アイビス…」
追いかけてきたのか…

「な、何を受け止めるんだよッ!」
「受け止めてください…」
同じ言葉を掛けられて、全身の力が一気に抜けた。
膝が笑い、もう立っていられない。

認めたくなかった…これが夢であればと何度も願った―――でも夢じゃない…

「何も…何もできなかった…」
「できない事もあります。」
「わかってるッ!…そんなこと…分かってる…」

アイビスに抱きしめられながら泣いた。赤ん坊のように泣いた。声を上げて泣いた。
泣き叫ぶ事しかできない自分が悔しくて、また泣いた…




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