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「破壊衝動」
「静止」
「裏の者」
「鹿狩り」
「戦術脱兎の如く」
「希望を求めた狂信者」
「我々は爆発音を賛美する」
「緑と黒は混じらない」
「戦術部隊」
「らしさ」
「狙撃の中で息潜め」
「夜鳴くネコはどこにいる」
「うその嘘」
「右を向けと言われ右を向く」
「青空の向こうの飛行機雲」
「妄想添加物〝ヴァッハフント〟」
「妄想添加物〝マグマスピリット〟」
「亡霊の希望」
「究極の騎士は愛に生きた」
「コイルに軋む砂嵐」



「破壊衝動」


時折、どうしようもなく何かを壊したくなる。
ACというもう一つの身体に乗り込み、全てを壊したくなるのだ。
衝動が長く続いた時、肉体の方はどうしようもなく火照り、もう一つの身体は嫌に冷え切っている。
私の前に現れる敵を踏み潰した時など、性感という性感が昂り、自身を慰めるのにとても苦労する。
逆に、アリーナでは上のランクのレイヴンに挑み負けたとき、身体は熱く、肉体は冷え切っていた。
私が女だから?いや、違う。きっと他のレイヴンだってそうに決まっている。
だから恥ずべきことではない、筈だ。
あと、〝女だから〟なんて考えるのはやめよう。そう思われぬように、私はこの力を得たのだから。


――1月12日、曇り、フライングフィックス作戦行動中――


ガラガラと無限軌道を轟かせ、装甲兵器は前進する。
装甲と装甲が擦れ、ギアとギアが重なり、発する音は騒がしく、また恐ろしい。
右手の散弾バズーカは、ほのかに硝煙の香りを残しその砲身を冷やしている。
両肩に背負う物々しい重量散弾兵器は、未だ使われずその内に多くの弾頭を含ませていた。
頭部に位置する薄く平たいCHD-04-YIVは、主人の変わりとなり辺りの様子をメインとサブのカメラを使い窺っている。
そんな機体〝フラッグ〟を尻目に、搭乗者〝フライングフィックス〟は呼吸を乱し冷静さに欠いていた。

「最後の一機、はやく…早く!みつけろ!」

顔を酷く赤らめ、体を包むスーツを汗や液でぐっしょりと濡らす。
既に数機のMTを亡き者としている彼女の衝動は満たされ、後処理を早くにでもしてしまいたい。そういう顔だった。

今のフライングフィックスでは脳内で敵の索敵をできる筈もなく、最後の一機を見つけるのは難しい。
MTに乗る者が愚かでなければ今の内に逃げることができただろう。
が、思っていた以上に敵は愚かだった、それとも意地かプライドなのか。
最後の一機のスクータムDは物陰から飛び出し、敵の死角から特攻を仕掛けたのだ。
重装甲を売りとするこのMTは盾を構え、隙間から敵を覗きバズーカを構える。
できることなら一撃であのACを穿ちたい、それがMT乗りの願いだった。

「みつけた!」

だが仮にも相手はBランクのレイヴン、冷静さに欠けているとはいえ隙を突かせる程に甘くはない。
複眼で捉えた敵の方向に、エクステンションのターンブースターを全力で吹かす。
加えて無限軌道特有の旋回、キャタピラをそれぞれ逆方向に回転させることにより旋回の速度を乗算させた。
ブースターの勢いもあってか、金属の床はえぐれ、火花を散らした。
MTは殆ど距離を詰めることができぬ内にみつかってしまったのだ。
ACに見つかったMTはすぐにでも軌道を変えかったが、フラッグがOBを展開する方が速かった。
重量機をぶっ飛ばす程の推力はそのまま敵MTに向けられ、自身の身体を弾丸とし敵に体当たりをかませたのだ。
金属板が重なる頑丈な壁ですらクレーターの様に凹み、ACは元よりMTの姿は悲惨な物となっていた。
フラッグが離れてもMTは壁にめり込んだまま動かない。その残骸向けて、彼女は両肩の兵装を撃ちまくった。
凹んだ壁は更に凹み、砕けた残骸は更に砕け、その下には撃ちに撃っている弾丸の破片だけが積もっていく。

『作戦目標クリアー、システム通常モードに移行します』

電子音は彼女の耳に届いていなかった。
最後の敵を破壊した瞬間から彼女の身体は火傷するかと思える程に火照っている。
シートにもたれ掛かり、自身の肉体の表面を枝の様に細い指を這わせる。
年齢の割には未発達な胸に指を当て、弄った。
不規則な呼吸と同時に口から甘美な声が漏れ、唾液をだらしなくこぼす。
彼女はもう一つの手を下の方に伸ばし、一度めの絶頂を迎えた――――…。

ツクヨ「というストーリーで次のレイヤードコミケどうでしょう!」

ホヅミ「うむ!我が弟子ながらあっぱれな出来だ!」

ベクター「流石はジャパニーズ…HENTAI民族極まれり、だな」

アップル「Hなのはよくないと思います!……2冊買わせてもらいますね…」

ファナ「これだから男は……普通は3冊買って使用、保存、布教、でしょう。私は10冊買う」

ゲド「お前レズだったんかよ!だれかジャック本出してくれ」

ビルバオ「紙を使うのは良くないと思います!zipでお願いね」

ゲド「お前もか」

フライングフィックス「お前等………」

「「「「「「「!!!???」」」」」」」

フライングフィックス「………屋上」


完!




「静止」


男の心臓は強く脈打っている。
眼下に広がる幾百の敵を、目に焼き付けているのだ。
自身の脈の音は自身の耳まで届き、何度も反響するように錯覚する。
息は整っている。決して脅えているのではない。
彼は寧ろ喜んでいるのだ。
静止するのはドチラか、相手の猛攻が自分の息の根が、止まるのはどちらなのか。
止めるのか止められるのか。
知りたい、知ることができる。彼にとって最高の舞台だった。

『ミッションを確認します』
『敵勢力はエムロードの大隊、こちらは支援が少なからずあるとはいえ殆ど貴方単機での出撃、応戦となります』
「了解」
『これは明らかなる自殺行為であり、本社からは出撃停止命令が下されています』
『つまり、これらのブリーフィングは貴方の独断であり命令違反でもあります』
『ハングマン、引き返すなら今の内です』
「引き返す?馬鹿をいわないでくれ」
「私にはこれしかない、私の代わりはいくらでもある」
「誰かの利益を考えて生きる等、私にはできない」
「続けてくれ」
『…了解しました』
『敵大隊の編成は先日行なった長距離スキャンにより確認できました』
『主力MT、ローバストSr、同型のGn、逆脚タイプのバードラ総数90以上』
『支援型の小型兵器、浮遊型ガードメカアンブレラ、それにレッドウォッチャーこれらは総数が200を超えています』
『その他にも―――』

深く考え込むハングマンにそれ以上の言葉が耳に入らなかった。

ここからみれば敵の一つ一つが粒の様にしか見えていなかった。
近づけば、それ等がハングマンの乗る戒世と殆ど変わらない大きさなのだと彼は知っている。
だからこそ、彼は自身の鼓動を早めたのだ。
蟻のように蠢く眼下の敵の驚異を、知っているからこそ。

『ハングマン、作戦領域に到達しました』
『これから言う言葉は、社の命令とは関係ありません。なので記録にも残らないものとなります』
『生きて帰って』
「了解」


          ――――ミッション開始!――――



戒世を繋ぐアンカーは解除されその身体を大空へと投げ捨てると同時にハングマンは急いでパネルを叩き
戒世の背部装甲を展開、OBの起動を図るもそれよりも先に敵の大隊が遥か上空の戒世を探知し紅い影目掛け
幾千のミサイルを撃ち出したのを確認するやいなや戒世のOBが推力を噴出しその落下速度を高めながら
ミサイルの網に向け両肩兵装であるコンテナミサイルのハッチを開きその内の一つを射出、コンテナから噴出した
ミサイルは目前の敵ミサイルを砕き誘爆させ戒世の通り道をつくるも目標が通り過ぎるのを確認したミサイルの幾つかは
その誘導性を失っておらず向きを変え背中から遅い掛かろうとするもそれを読んでいたハングマンは直ぐに
エクステンションをパージそれをフレアの代用としたことで残りの敵ミサイルも全てその役目を果たせなかった
ことに憤慨したかのように地上の部隊は戒世目掛け地対空攻撃を浴びせかけるが戒世は既に着陸準備を整え
サブのブースターを展開し地上部隊のど真ん中に脚を下ろしたがそのまま次の行動に移るハングマンに翻弄される
地上部隊は彼の詮索と索敵を優先したがそのころには戒世の反撃が初まっていた。

重量級の機体をOBで突き動かし盾にて目前の敵の攻撃を弾く戒世を潰そうと躍起になりグレネードを乱射するローバストは
懐に潜られたことを気付くのが遅れ散弾バズーカの直撃を受けるのを目視した他のローバストが市街地の建造物を縫うように撤退するも
それよりも早いOBの出力で器用に路地を曲がり敵を追う戒世を待ち伏せていた数十機のアンブレラが攻撃を試みるも戒世の防御力の前では
叶うはずもないことを知り攻撃しようともせずに突っ込んできた戒世の体当たりもろに受けてガードメカの群れが一つ全滅した
のを確認した部隊長が指示を出すも曲がりくねったこの市街地では味方の位置の確認もろくにできないために通信は混乱していたが
戒世の猛攻は止むことがなく空に撃ち上げた一つのコンテナから無数のミサイルが市街地ごと敵のMTを吹き飛ばす最中に
バードラが逆脚特有の跳躍力で上空からACを索敵しようとするが飛び跳ねたところを散弾バズーカで狙撃され空中で塵となったが
上に気を取られた戒世とハングマン目掛け数発のグレネードが浴びせられ殆どが爆風のみだったが一発が直撃し長期戦の中で痛手となった
事に調子をよくしたローバストの部隊は接近しもう一度斉射を試みるも爆風の中から怯むことなく現れた戒世にENシールドで殴られ
沈黙した味方を見て脅えた他のローバストの間をコンテナが横切り真後ろからミサイルを浴びせられ焼かれた部隊を戒世はブーストで飛び越えた
後にすぐさまOBを展開し市街地の中を滑るように動き敵を翻弄するもあらゆる場所で沸いてでるガードメカに使う弾薬を節約し
正面に現れたバードラを散弾バズーカの砲身で殴りつけ歪んだバズーカをローバストに突き刺し機体が軽くなったことで上がった
出力を調整し機体正面のプロテクトスクリーンの出力へとまわすことで防御の底上げを図るがそこえバードラのパルスキャノンを浴びせられたが
ギリギリで盾が間に合いコアへのダメージを抑えられたことを確認するとショルダータックルの容量でバードラ吹き飛ばしはしたが
減速したところを捉えられミサイルの雨を放たれた戒世は直ぐにOBを灯し来た道を逆走して追いかけて来ていたガードメカの攻撃を障害物を
盾にするように移動しその横をすり抜け追ってきていたミサイルをガードメカで防ぎ残ったミサイルを加速したまま壁にマニピュレーターを押し当て
直角にまがる事によって壁にミサイルを衝突させ難を逃れたが狙撃型のローバストにサブのカメラを破壊され位置を確認したハングマンは
OBを続けたままローバストの下へと急ぐがレーダーの反応を見るやまたも方向を変える。

『補給部隊が到着しました、ハングマン使って下さい』
『バズーカと新しい盾、それとコンテナの弾薬です』
『現在敵の勢力は半分まで低下しています』
「了解した」
『貴方自身も補給をお忘れなく』
「……了解」

男は自身の首に琥珀色の液体が入った注射器を突きたてた。

日は沈みかけ、空が紅く染まりだしている現在も戦闘は続いていた。
市街地は所々で火の手が上がり、また別の場所では数回の爆発も見られた。

『あの部隊で最後です!ハングマン!』
「了解!」

既に弾は尽きフレームも酷く歪んだ戒世がその熱を更に上げ敵MTに突っ込んでいく光景に怯みながらも残った弾薬を撃ち尽くさんとするMTの攻撃を諸に喰らい
尚加速する戒世は指の欠けた手を握りそこにスクリーンを集中させ思いきり殴りMTのコックピットを潰したあとまだいる敵を目掛け残骸を投げ
隙を作った敵の懐に潜り体当たりをかまし転げたローバストに馬乗りの姿勢を取り両の拳を何度も突きたて沈黙させるも背後から迫る反応に気付き
OBで距離を離し方向を合わせ遅れを取った敵目掛けそのまま突進した。

「猛攻よ!とまれぇぇぇぇえええええ!」

轟音が響いた。凄まじい衝撃だったからだ。
MTは愚かAC、戒世もその身体を砕いたのだ。
残った反動でコアは地面に叩きつけられ止まるのに数十秒費やした。
戒世は全ての敵を粉砕し、あの大隊の猛攻を静止させたのだ。自身を引き換えに。

『ハングマン!応答してください!ハングマン!』
『………ハングマン』

「……迎えに来てくれ、体中が痛い」

『!…はい、ハイ!!今すぐに!』
『あっ…オホンッ……了解、ハングマンの生存を確認しました』
『至急、医療斑を手配します』
『できるだけ安静にしていて下さい、ハングマン』
「…フフッ、了解」




「裏の者」


少ない光源に照らされている長い廊下は薄暗い。
高級なレアクリスタルに包まれた電球は優しい色合いをかもし出し、ホワイトの効いた壁をほんのりと照らしている。
所々に落ちる影から少ない光を反射させる何かが覗いている。
革靴だ、丹念になめした革が光を反射する様は鏡のようだ。
影の中でその身を潜めていたのは身なりの整った男だ。
革靴と同じくらいにピカピカのスーツと、肌触りが最高級の一品であるロングコートに身を包んだ男。
髪をベタ付きのないワクッスで前から後に持ち上げている。
その男が物音に気付いたのはすぐの事だった。
長い廊下の突き当たりから規則正しいコツコツという物音、革靴がカーペットを叩く音が響く。
その音に確信を持ったであろう男は、影から身を乗り出し突き当たりの方へと歩いて行く。
突き当たりに居る相手もまた、それを悟ったのか近づく男に対して口を開いた。

「随分と早いんだな…」

声の低さから相手も男のようだった、それも高齢の。
突き当たりから現したその姿も、男同様に格調高いスーツで身を包んでいる。


「彼に比べればそれ程でもないでしょう」

男も口を開いた。
この場においては少し場違いな若い声だった。

「彼は、それが全てだ。そうだそうなんだ」
「だから好きな様にさせておけばいいんだよ」
「我々は本来の役目を大事にせねばならん」
「時には遅刻も重要だ、わかったかね?」
「わかりました」

老人の短い説教に耳を傾け、若い男は頷いた。
老人は理解ある若者に頷き、行くべき廊下を指さした。
美しい花柄の絡み合うカーペットを革靴の底が叩くのもすぐ後のことだ。
老人は率先して廊下を歩み、若者は付いて行く。
コツコツ、コツコツと調子よく音を刻むこと数分。
二人は扉の前で止まった。


――――2010号室――――


老人は革の手袋に包んだ拳で2度、マホガニー製のしなやかな扉の表面を打つ。
反応は返されることなく、油の注してある手入れの行き届いた蝶番が音立てずに滑り、扉は開かれた。


『掛けたまえ』

まだ入ってもいない部屋の奥から声が響く。
外の廊下以上に暗い部屋は長テーブルを中心に明りが灯され、向こう側が見えることはない。
もちろん声の主も確認できなかったが、二人はそれを特にどうとも思わず部屋へと入った。
先程話していた彼とは、この部屋に居る者のことなのだと理解できた。
扉を開けたであろう秘書に上着を渡し、二つの背高椅子に腰掛ける。

『話の前にいかがかな?』

その言葉と共に、影に沈む長テーブルの向こうから小さな箱が滑らされた。
ビニルの擦れる音は老人の前で綺麗にピタリと止まってみせる。
老人はそれを拾い上げ、少ない光で照らし見た。

「モリー*か、気が利くね」
「君も吸うかね?」

老人は早速にも封を開き中の紙筒を一本咥え、隣の若者に勧めてみせる。
横から先程の秘書が、老人の前にクリスタルの灰皿とライターを静かに置く。
灰皿は秘書の掛ける眼鏡と同じくらいに透き通っている。

「結構、私は喫煙しないもので」
「マジメだな」

老人は火を付けたソレを指で遊び、ゆっくりと煙を吐き出した。

(*モリーとはマールヴォロの事)


368 名前:隊長 投稿日:2010/01/20(水) 01:05:23
クリスタルの灰皿に煙草が押し付けられると、若者はもういいだろうと口を開く。

「では、本題に入る前に小さな事柄から済ませましょう」
「アリーナでの問題ですが…」

若者は老人の顔色を窺うように横目をやる。
二本目の煙草を咥え火を付けようとしていた老人は、若者に続けなさいと言うようにうなずく。
それを見るなり手元の資料に視線を戻し、暗がりの者に向かい話を続けた。

「この件はE-2のレイヴン――」
「またギムレットか!」

若者の言葉妨げるように横から口を開いた老人。
まるで問題児に頭を悩ませる教師のような苦笑いを浮かべ、若者もまた同じように笑った。

「度重なるアリーナでの行き過ぎた行為。アリーナでの負傷は兎も角、死者が出かねません」
「RASS*が黙っとらんだろうなぁ」
「現に警告文書がギムレット宛てに、今月に入って既に4通です」
『アリーナ運営局はどうしているんだ?』
「今の所は何も、実際には自重するよう連絡を入れているのですが、2度目からはメールを拒否され…」
「送った文書は封を開けられることなく送り返されたようです。着払いで」
「ハハハっ!奴らしいのぉ。まぁギムレットと言えばEランクにも関わらずBランクの試合並に稼いでいるからなぁ」
「運営も大きな口は叩けんのだろうよ」

老人は二本目の煙草を灰皿に落とした。

(*RASS:傭兵闘技場安全保障局の略称)


『運営局とRASSの衝突はできるだけ避けたい、解決策は』
「あります」
「抜き打ちのガレージ視察という名目で家宅捜索、そこで見つけた綻びに紐を結び、今後の行いを少々自重するよう聞かせるんです」
『何時から始められるかね』
「明日にでも、礼状は既に取ってあるので」
「レイヴン相手に礼状とは、なかなか肝の据わった判事もいたもんだな」
「ここ最近の件もあってか、礼状を取るのはさほど困難ではありませんでしたよ」
「しかし、あのギムレットを脅すとは…いやはや大したもんだ」

抜け目ない若者に対して老人は静かに鼻を鳴らし、口元に笑みを浮かべた。

『では――』
『本題に移ろうか』

しかし、この一言に老人のシワクチャな顔から笑みは消え、若者も椅子に座り直し生唾を飲み込んだ。
部屋の薄暗さは尚影を強くするかのように、室内の空気は一変する。
灰皿に落ちる煙草のフィルターが焦げる臭いもあってか、若者は不快さを隠せなかった。

「サイレントライン……ですね」
『そうだ、一連のMT暴走事件、謎の未確認機の襲撃、君らの意見を聞かせて欲しい』
「まだ、続くでしょうな」
「それも一連の件はまだまだ序章、そう考えられるよ」
「私はね」

老人は深い影に身を隠す者へと、鋭い視線を向けて言い放った。


「しかし実態も掴めてない以上、警戒を高めるぐらしか対策は…」
「公表は?するのかね」
『この件に関することを外部に漏らす必要はない』
「事実を隠すというのですか!?」
「落ち着けぇ!…実態が掴めてないと言ったのはおまえさんだろぅ」
「公表したところで返ってパニくるだけだろぉよ」
「ですが…」

若者はうつむき、額から目にかけてを掌で被った。
老人は影に向けた目を離すことなく、箱から三本目の煙草取り出す。
部屋は少しの間静寂で埋まった。

『もちろん、いつまでもこの件を隠すつもりはない』
『コーテックスはこれに関して対策を取るつもりだよ、自慢の烏達を使ってね』
「まさか、レイヴンだけでどうこうなる問題ではないでしょう!」
「しかし、既存の兵器で抑えるのならやはりAC、レイヴンは必要不可欠だろうからなぁ」
『その通り、相手が未踏査地区に何を隠しているかもわからん』
『レイヴンでも事足りるかさへ疑問なのだ』
「企業の連中も相当あんた等に頭を下げたろう、それとも脅されたかね?」
『両方だ、私個人は君らとその部下を使っての極秘捜査を提案したが、結局蹴られたよ』
「妥当だねぇ」
「何故ですか?何故、我々の捜査は不要だと…」
「後でな、荷物をまとめなさい」

そういうと二人は立ち上がり、秘書が抱えていた上着を取り袖を通した。
もらったモリーの箱を上着のポケットに滑り込ませ、扉に手を掛ける。


「次は何時にするんだい?」
『おって連絡をよこす』
「その時はメンソールを用意しといてくれ、コイツの好みだ」

そういと老人は若者を指差し、若者は驚きで表情を変える。
二人が部屋を出ると秘書が軽く会釈し、扉を閉めた。

「…それで、何故――」
「何故知ってたかと?香水でも付けなけりゃ、その臭いは誤魔化せんよ」
「いえ、それもそうなんですが違います…何故我々の捜査が不要なのかと」
「いらんのよ、我々の捜査は。殆どの事をコーテックスも彼も知っている」
「…しかし」
「それに、今回の会議は目上の視察も兼ねてのことなのさ。彼のな」
「?、仰る事がわかりかねます」
「彼は秘書など連れまわさんよ。この会議では部外者などもってのほかだ」
「少し探りを入れねばいかんな」

来た道を戻り、とうとう二人は待ち合わせていた突き当たりにまで来ていた。
相変わらずランプの明りは弱く、廊下の薄暗さは変わっていない。
老人は未だ戸惑い、顔を歪める若者の肩を二度三度叩いた。

「私は今後、どうすればいいのでしょうか」
「先刻ここでいったろう?」
「我々は本来の役目を大事にせねばならん」
「君は若いにも関わらずよくやっている、その調子で良いんだよ」
「我々は我々の行くべき道を、やるべき事を、行うだけだ」
「裏で動く者としてな」

その言葉を聞いた若者は老人に会釈し、突き当たりを左に。
老人は取り出した煙草を咥え右に進み、とうとう闇に消え見えなくなっていった。


『さて、いかがでしたか?』

暗がりから響く声は同じ部屋に居る女性に向けられたものだった。
言葉の主を見ることなく、少ない光にぼんやりと輪郭を浮かせる女性は口を開いた。

「何故、彼等に情報を与えなかったのかが、気になるところですが」
「特にどうと言えるような事でもありません、我々の役割の障害になる程の存在ではないでしょう」
『…』
『貴女は、一体どちらの味方なのです?』
『我々とは私達人間側の事でしょうか、それとも貴女方サイレントライン側の事なのか』
『――セレ・クロワール、この場ではっきりとさせていただきたい』
『私はこれ以上、市民を、部下を、そして友人であるさっきの二人を、売るようなことは沢山なんだ!』

しゃがれた声は喉に負担をかけながら、その声色を強くする。
暗がりから聞こえた金属音は間違いなく、銃の撃鉄を起す音だった。
しかし、セレと呼ばれた女性は眉一つ動かすことはなかった。
その表情に恐怖の欠片さえ見られない。まるで、人間ではないかのように。

「どうか落ち着いて下さい、老体に響きます」
「それに、ここにいる私を撃ったところで、コーテックスで働く若い女性社員が死ぬだけで、私は死にませんよ」
『…やはり、やはり貴女は向こう側なのですか』
「わかりません。私自身、どちらに属するかなど」
「ですが、言える事はあります。一つだけ」
「XA-26483をマークしてください。今の私にはこれが精一杯です」
「身体の方をよろしくお願いします」

その言葉と共に、女性は床に崩れ落ちた。
その場に倒れる女性をどうするか考えながら、暗がりの男は長テーブルの上のライトを消す。
真っ暗な部屋に女性と一泊の宿泊費を残し、男も部屋を後にした。




「鹿狩り」


俺に狩を教えたのは親父だった。
幼少の頃を思い返せば冴えない親父さ。
いつもはソファーに寝そべって、酒を飲んではフラフラしてた。
たまに思い出したかのように俺の悪戯に腹を立てて、酒瓶で小突かれたもんだ。
そんな親父も狩の時は眼がピカピカに輝いていた。
子供の俺を森に連れて、磨きのかかった猟銃を構えていたのを憶えている。
2連の猟銃にはいつも弾が1発だけだ。
親父は射撃の腕がピカイチだったから、鹿も熊も一撃で仕留めてみせたんだ。
獲物の血抜きをしてた親父の感謝するような眼は忘れない。
最高の親父さ、他の誰よりも強く逞しい男だった。
狩の時だけはそう思えて仕方がなかった。
初めて触らせてもらった猟銃は、少し重たく感じた。
鈍く光る引き金はそれ以上に重く、子供心に安易に引いてはならないもんだと理解した。
親父と肩を並べて森を歩き、いつか一緒に銃を構えるのが夢だった。
その夢が叶う前に親父は死んじまったけれど。
病気だった、コロニー外れのトラクターに住む俺たちは、まともな医者にも診てもらえなかった。
床に伏せ、苦しみながら親父は猟銃を俺に渡した。
今まで獲物を1発で仕留めてきたあの猟銃だ。

「仕留めろよ…1発で…だ」

そういって親父はズボンのポケットから、1発のバックショットを取り出した。
強くしっかりと握られたそれを俺は銃に装填、中折れ式の銃身を元に戻すと親父の頭に狙いを定めた。
俺の初めての獲物は親父だった。

緑の濃い森。
重く冷たい風がゆっくりと木々の隙間を通り抜けた。
とたんにぶつかった、風は木ではない何か行く手を阻まれたのだ。
近くで見ればそれは金属の塊だった、少し距離をあければそれが人型だとわかる。
金属の四肢は人間と同じように曲げられ、腰を下ろしたポーズでもう何時間もそこにある。
頭部にあたる部分では横に長いバイザーが薄らと光ってみせた。
右腕を少しだけ前に伸ばし、その腕の甲から長い銃身が光に反射せぬよう木々の枝の中へ突っ込んである。
このサイズならば銃というより砲が適切だろう。
その木々に埋もれた砲は、口をほんの少しだけ枝の中から覗かせる。
腕に取り付けらた砲の横からはベルト状の帯が伸びている。その帯は人型の背中に積まれた大きな箱で止まっていた。
察するに、これはACだ。
鮮麗されたデザインの四肢からは想像もできない程のパワーを出すことができる人型の兵器。
しかしそのパワーを見せ付けるでもなく、その人型兵器は未だその場所から動こうとはしなかった。
地面の脚と膝は重量でめり込み、装甲には露が光っている。
低い出力で保っているせいもあってか、低くうなるような音は遠くまで響かない。
異様だった。これではまるで獲物を待つ狩人、それがそのまま大きくなったように思えたのだ。

「来たか…」

コックピットで息を殺していた男が呟く。
頭部のレーダーだけの索敵を補うように男の鋭い瞳が電子画面を睨みつけた。
敵の数は16、お世辞にも充分ではない性能のレーダーがそう告げている。
確認した男は握るスティックを僅かに、素人目には動かしていないと思える程に傾けた。
砲身が動くことで木の枝がパキリと音たてる。
が、敵に聞こえる筈がない。何せここから敵までの距離は5キロも離れているのだから。
だが男には充分だった、むしろ近すぎるくらいだ。

「獲物1匹を1撃で」

男の乗るACの腕から眩いまでの閃光、そして轟音と振動が放たれた。

5キロと離れていると、敵の所に轟音が届くのは少し後のことだった。
16の敵の内1人が、森で発した光に気が付く。
同時に、飛んでくる弾もほんの一瞬だがカメラに捉え、気付くのが遅れた敵MTに待っているのは砲弾の直撃だった。
爆発。
MTの戦車をも上回る分厚い装甲は、弾の直撃でひしゃげ、その後爆発と同時に鉄の屑となって散らばった。
大量の炸薬、重い質量を加速させるレールシステム*によって一気に押し出されたされた榴弾は、爆発した後もその勢いを残したままだった。
榴弾の生み出した爆破の衝撃は真上ではなくMTが立っていた後方まで伸びていく。
まるで曲射弾道の大型の榴弾がめり込むかのように敵MTと地面を抉り取ったのだ。
ワンテンポ置いてから気付いた他のMT達は敵の場所を探した。
その間も非情な狩人は次の射撃準備をしている。
一度使われた薬莢は不要となり砲の横から吐き出された。
熱帯びた薬莢は地面に落ちるなり茂る草を焼き、白い煙を上げた。
背中へと続く帯の中を大きな砲弾が移動し、内1発が腕の砲の中へ消えた。
もう一撃、砲身は近くの枝や葉を焦がしながら、巨大な火の玉を一瞬だけ見せる。
それに気付いた敵MT達は森に向け銃という銃を乱射してみせる。
その頃には先の1発が到達し、今度は3機のMTを同時に薙ぎ払った。
砲の射撃反動によってずれた照準を敵に合わせ、弾の装填を待ち狙撃する。
1発で敵を数機同時に沈めることはあったが、一度だって弾を外すことはなかった。
その間も敵はこちら接近、次第に狙い所もよくなってきた。
男のACを弾がかすめ、後の木の幹を砕いたのだ。

「移動だな」

そう言うが早いか、今までずっと同じ姿勢だったACは成るべく腰を落とした状態で立ち上がり、木々の生い茂る斜面を下っていった。
ブースタはそこそこに、ACの脚力を使って地面を蹴る。
少し身を浮かせた後に倒れないように脚でバランスを保ち、スケートでもするかのように斜面を滑り下りた。
木々の隙間を抜けていき、障害物を重心を傾けることで器用に回避してみせたのだ。
砂煙を撒き立てながら機体はドンドン加速していった。

(*レールシステム、AC武装の問題である射程距離を小型のレールユニットを搭載することで解決された、比較的少ない炸薬量で重い弾頭に安定した飛距離と威力を与えたのだ。現在、ACの武装には標準で、コストの高い高性能MTにも装備されている。)

斜面を下りながら減速、男のACはそこで立ち止まると背中と腕の装備をパージした。
柔らかい土の上にその重量を預けた火器を置いていき、身軽さを得た男のACはまたも斜面を下りだした。
これ以上無駄な弾を撃つまいとしたのだ。
森の木を抜ければ敵のMT達はすぐそこまで迫っていた。
こちらを発見した手前のMTは身構えた、しかし男は正面から近づこうとしない。
背中のハッチを展開し大型のブースタで一気に接敵することを選んだ。
MTはあのブースターを発動させまいと腕の機銃を振り回すように撃ちまくる、しかし遅かった。
とてつもない推力は軽くなった機体をぶっ飛ばし、その場からACは消えていたのだ。
あの距離を縮めるにはあまりも早すぎるブースター推力に驚きながらも、ACは捉えきれないMTに回り込む。
伸ばした脚を揃え、機体が今にも倒れそうな程に傾かせる。
バランスが崩れぬように突き出した左手は、マニピュレータの先が地面を擦った。
渦を描くようにMTへと近づき、敵が気付くか気付かないかの刹那、ACは左腕を振るった。
左手のダガーナイフに見立てたブレードが敵のコアと頭部の付近、首の辺りを切り開いた。
血のようにオイルが噴出し、MTは力なく崩れる。
残っていたもう1機のMTに歩行で近づいていく、ACに向けられた銃の弾は恐怖の震えによってか当たることはなかった。

「悪く思うな」

冷酷な男が、眉一つ動かさず左手を上げた。
目の前のMTは弾が切れた事に気付いていなかった。
男が眼を閉じる、そこにはあの時のだらしなくも男らしい父親の顔が映った。
猟銃を構え、獲物に感謝の眼を向けたあの父親の。
その時男の取った行動は気まぐれだと言える。
振り上げた左手はコアではなく、敵MTの脚の付け根を狙ったのだ。
突き刺さったブレードを引き抜くと勢いよくオイルが噴出し、男のACにかかる。
装甲の汚れを気にするでもなく、男は置き去りにした武器の元へと戻ってゆく。
その顔は少しだけだが、感謝するかのような優しい顔に見えた。




*書きかけSS


「⑨の真実」


―――ロストフィールド遺物回収班、コルナードベイシティ拠点―――

「どうした?ベニー」
「サームズか、いや…あの袋の中身が今動いたような気がして…」
「あぁ、そりゃ気のせいさ。なんせアレは壊れたパーツの一部だからな」
「パーツ?なんだそりゃ、聞いてないぞ」
「お偉方が話してたのさ、なんでも腕の立つレイヴンにとんでもない額の報酬を払ってやっと撃破したんだとさ」
「撃破か、とするとこりゃ兵器なのか」
「ドン臭いやつだな、ほれ見てみろ」
「こりゃ…まるでACの装甲みたいだ」
「そんなのよりもっと凄いんだろうよ!なんてったって極秘中の極秘な代物だからな」
「おいおい、そんなことベラベラ喋っていいのかよ」
「知ったことか、どうせ俺みたいなお喋りに黙ってろって方が無理なのさ」
「はは、ちげぇねぇ」
「!…おいおい、脅かしっこなしだぜ…急に触るなよ」
「あ?俺は何もしてないが、…!、おい!やっぱり動いてるぞ!コレ!!」
「馬鹿な!?早く警報を……ぅわぁぁぁぁぁっぁぁああああああああ!!!!!!!!!!!」


デレレ、デレレ レレレ レレレ…
トゥ~ル~ル~ル~ル~ル~~~
デレレ、デレレ レレレ レレレ…
(省略)
デンッ!!


―――FBI本部―――

「やぁスカルブロック(以下スカルー)」
「バルダー、朝から急用っていったいなんなの?」
「起しちゃったかい?それは悪いね。でも、謝罪を聞く前にこれを見てくれ」
「なぁに、またUFOの目撃情報なんかじゃないでしょうね…これって個人情報?」
「そう、こっちの男性がベニー・マクレガー。そっちのが――」
「サームズ・ワシントン、この二人って政府で働いてる人達じゃない…けれど清掃員のようね」
「表上はね、実はこの二人、政府直属の極秘班で働いていた人間なんだ」
「いた?」
「一週間前に消息を絶っている、二人の妻から捜索届けが出されたが警察は殆ど動かず…」
「不審に思ったベニーの妻からFBIに依頼が来たのさ」
「だからって…ACファイルの出る幕じゃぁないと思うわ、バルダー、考え過ぎよ」
「本当に彼等が極秘班で働いているとしたら政府が動く筈でしょ?貴方の情報だって怪しいものだわ」
「現に動いてる、コッチの写真を見てくれ。三日前にコルナードベイシティで撮られたものだ」
「これって…」
「そうさ、政府直属の黒服集団、本来ならセントラルオブアースから出ることのない調査集団さ」
「彼等がセントラルオブアース出て調査している時は、決まって極秘情報漏洩が考えられている時なんだ」
「だからって決め付けるのは――」
「スカルー、言い争ってる場合じゃないんだ。今こうしている間にも真実は闇に葬られつつあるんだよ」
「僕はこれからコルナードベイシティに飛ぶけど、嫌じゃなければ一緒にどうだい?」
「止めたって行くのだろうし、貴方一人じゃ危険よね。いいわ、私も行く」
「ランバー副長官には言ったの?」
「勿論、内緒の捜査さ」
「…でしょうね」


―――コルナードベイシティ―――

「ねぇバルダー、貴方がこの件に関心を持つのはなんでなの?」
「あぁ、そのことかい」
「実はね、ずっと昔のACファイルと瓜二つな事件なんだよ」
「大破壊のすぐ後のことさ、ある一人のレイヴンが人類を統治、管理していた絶対的な存在管理者を破壊した頃の話」
「また…その話だって根も葉もない古びた噂でしょぅ?」
「それが、そうでもないんだ」
「管理者という存在は大破壊の後から現在まで所々の歴史的書物にほんの少しだけ書かれている」
「根も葉もない噂が昔の本に書かれるものかい?」
「それなら私も知ってる、現在もその姿形を隠し人々の日常を管理している…なぁんて妄想癖のある人間が書きそうなものじゃない」
「話を戻そう、管理者は破壊される度にソレ等を必要とする者の手を借り再生を図っているんだ」
「まさか、その必要とする者達が政府自体なんて言わないでしょうね」
「そのまさかさ、今回の件は知りすぎた者の排除ってことも考えられる」
「現に昔の事件でも、情報を持った者達が次々と失踪する事件があるんだ。これが昔の事件のファイルだよ」
「やだこれ…この事件の被害者達も清掃員じゃない」
「だから言ったろう?表上の職だって」
「だけどわからないは、この時にレイヴンに管理者を破壊するよう依頼したのも政府じゃないの」
「必要とする者達が管理者を破壊する意味はあるの?」
「確かにね、これは憶測だけど管理者の存在を抹消している者と管理者を必要とする者」
「政府の中でこれ等は対極の位置にあるんじゃないかな?」
「仮説に仮説の上塗り…貴方の話はホントに飽きないわ」
「まぁそういうなよスカルー、それをこれから調べるんじゃないか」


380 名前:隊長 投稿日:2010/01/31(日) 19:49:22
ここまで書いてやめました、次からはマジメ書こう…




「戦術脱兎の如く」


空を斬るブレードの刀身、刀身の放つ熱がチリチリと目に映る。
確信していた。間合いに入った敵のコアを確実に貫いた…と。
だが、霞を通り抜けるかの如く、敵は俺の間合いから消えていた。

―――数分前へ遡る―――

「反応を辿って来てみれば…」
『誰かと思えば、インパルス』
「コイツはとんだ食わせモンだ、ストリートエネミー」
『此処に居るということは、俺とお前は敵同士のようだな』
二体のACが距離を保ち、互いに相手を見据えている。
流曲線の目立つ特徴的なフォルム、右手のライフルは構えることなく銃口を地面へと向けている。
左手のブレードは何時でも放てるよう、引きの構えをみせている。
それとは対極的に、直線が多くゴツゴツとしたフォルムのAC。
こちらは左手の投擲銃を構え、右手の厳つい射突型のブレードを引っ込めていた。
「アリーナでのランクを忘れたか?」
「引いた方が身の為だぞ」
『ここをアリーナと同じ遊び場と考えているのなら、レイヴンとして質が問われるな』
(確かにランクは俺の方が上だ…が、正直相手が悪い)
「いつまでも動きたくないならそうしていろ!!」
インパルスの先攻、投擲銃ではなく肩に背負った大型のロケットを放つ。
ストリートエネミーを飛び越えたロケット弾は後方の壁に衝突し爆発、辺りの瓦礫を吹き飛ばし爆煙撒き散らす。
舞い上がった粉塵と燃えカス、黒煙がストリートエネミーを覆い隠し視界を遮断。
「まだだ!」
敵を煙から逃すまいと投擲銃を連射し、放物線を描き飛んで行く弾頭が第二第三の爆炎を生み出した。

しかしインパルスは攻撃の手を休めようとはしない。
轟々と燃える炎目掛け、分裂型ミサイルをロックオンすることなく放つ。
発射と同時に胸部の推力機を吹かし機体を出来るだけ後退させた。
50m程後退した辺りで、轟音と共に眩い炎の光がモニターを照らしインパルスの視覚を刺激した。
爆破の衝撃と余韻が辺りの物蹴散らす光景が広がっている。
一瞬、機体が大幅に揺れた。その後のアラートは武器の破損を示している。
「しぶとい奴だ!」
ストリートエネミーのライフルによる精密な射撃が、ハッチが開き露出していたミサイルを襲ったのだ。
ミサイルは跡形もなく、接続部と肩の装甲は著しく抉り取られていた。
『流石に駄目かと思ったがな』
『着弾地点から身を引いておいて正解だった』
煙から出てきたストリートエネミーは装甲表面こそ熱で爛れているものの、目立つ破損箇所はない。
直撃はどうにか避けていたようだった。
とはいえ、彼の機体は装甲が特に厚いワケではない、これ以上のダメージ危ういだろう。
(さてコッチの方が幾分有利なった、ミサイルをやられたのは痛手だが)
(相手の出方次第か…)
インパルスのAC、スタリオンが右手のマニピュレータを握り締める。
(コチラに欠けるのは命中率、耐久と威力が揃っていれば勝機は充分)
(奴にあるのは持続的な火力と命中率、回避を行なうのに充分な速さを持っているのは俺もあいつも同じ事)
(冷静さを保てれば奴の勝ち、焦れば俺の勝ち)
(〝吹っ掛けて〟みるかな…)
「悪いが、持久戦と洒落込ませてもらうぞ!」
インパルスは背中のハッチを展開させ、OBを起動させる。
同時に、脚で思い切り地面を蹴りつけ脚部の推力機を吹かし機体を大きく横に移動させた。
背中の大型推力機は今にもエネルギーを吐き出そうとしている。
その時、ストリートエネミーも動きを見せていた。
敵に距離を取らせまいとブースターの出力を全開に、地面蹴りつけると同時に単発の推力を発生させ距離を縮めたのだ。
左手のプラズマトーチは半ば刀身を発生させ、インパルス目掛け斬り付けようとしていた。

既にOBの超速度によってACスタリオンはかなり距離を離した所に立っている筈だった。
しかし、インパルスは未だストリートエネミーの目前。つまりは、ブラフ。
「焦りを見せたなっ!!」
更には、ブレードで斬りかかるのを予想していたかの如く、右手を引き、〝撃ち込み〟の構えを取っている。
大降りなストリートエネミーのブレード、ソレより早い正拳突きがコアの中心を狙った。
(この間合い―――)
「獲った!!」
が、撃ち出された杭が突き刺したのは、大気だけだった。
射突時の熱が大気を熱し水蒸気を発している。
そして、その杭の先ほんの数mの所に、ストリートエネミーは居た。
ライフルとコア搭載型の自動攻撃機を展開、構えた状態で、EXのバックブースターから熱を吐きながら――。
「あの間合いで、…引いたのか」
「焦っていたのはお前じゃなく、俺だった…?」
『そういう事だ』
吐き出されたライフル弾とラインレーザーは目を見張る連射速度でインパルスを襲う。
装甲を抉り、関節を砕き、ケーブルを千切る。
ACスタリオンはその姿形を大きく変化させ、倒れた。

「――…何故止めをささない」
『いや何、弾切れだ』
そういうとライフルのチャンバーから弾を排出し、まだ残ったマガジンを切り放す。
展開していたEOを引っ込め、崩れ落ちたインパルスに背を向けた。
『プライドが傷つくのなら、アリーナでやり返せばいいさ』
『アンタが生きていても俺の依頼に支障はきたさんよ』
「くそっ、憶えておけよ」
『忘れやしないさ』
『…多分な』

おわり




「希望を求めた狂信者」


とんとん…とんとん…、雨の打つ音が心地良い。
窓の外はどしゃ降りの雨で、遠くまで眺めることができない。
けれど、僕はそれが好きだ。湿気で髪はゴワゴワするけど、肌がじっとりと濡れるのは嫌いじゃない。
戸を開けよう、靴を履いてコンクリートを思いきり蹴りつてやるんだ。
傘なんか要らない。
そうだアイツと一緒に出掛けよう、テン・コマンドメンツといつもの場所に行くんだ。
雨の日はこんなにも気分が晴れるのに、ガレージに篭るなんて馬鹿みたいだって教えてやる。
「さぁ出掛けよう、テン・コマンドメンツ」
「管理者さまのお恵みを心置きなく楽しもうじゃないか!」


止む気配を見せない大粒の雨はそこかしこにぶつかり、地面を水浸しにしては排水溝に流れていった。
そもそもこれは自然の雨ではない、人工的に作られた空、その向こうに広がる巨大な天井からの放水。
管理者の恵みであり、戦闘によって舞い上げられた粉塵を洗い流す環境整理でもあるのだ。
とはいえ、これは少々やり過ぎだと言える。
道路は既に浸水、深さは1mにもなるだろうか。
これでは道路を走ることは無理だろう。もっと大きな乗り物なら話は別だが。
通りに溜まった水の上を軽快に進んで行くオレンジのAC。
フロート型脚部は水や沈んだ車さへも飛び越し、順調に速度を上げていく。
水飛沫の軌跡を残し、装甲に雨を打ちつけて、サイプレスは目的の場所へ向かう。
数十km進んだ所で、目的地の扉が見えた。
その扉の前で赤色灯を喚かせる作業用MTの姿にも気付く。
「こんな時間にレイヴンが何用ですか!?」
雨の音で声が遮られぬようMT搭乗者の作業員は大声で尋ねたが、サイプレスにはそれが喧しくて仕方がなかった。

「あっ!言わなくても結構、レイヴンと言えば企業の依頼でしょう!」
「いやぁお疲れ様!」
「お名前を聞かせてもらえませんか!?」
正直こういった会話はうんざりだった。
五月蝿いし面倒くさい、何より人と話すことじたい好きではなかったからだ。
「テン・コマンドメンツ、レイヴン〝サイプレス〟だ」
「サイプレスさん…あぁっ!あの!Bランクの!?試合見ましたよぉ~」
「雨で気付かなかったけど、そういえばこういう機体でしたね!いんや~立派なACで」
「すまない、先を急いでるんだ…」
「あぁこりゃ失敬!この先の水没都市は今水かさが増してて、えぇこの量の雨でしょ!?」
「排水施設が間に合わないもんだからコッチに流してるんですよ!」
「…そうか、有り難う」
作業員の「いえいえ、これが仕事なもので」の言葉を軽く流し、MTがロック解除したのを見るや扉の向こうに進んだ。
サイプレスはやっと拘束が解けたと一息付く、ベルトをキツく締めるより窮屈だと思えるのは気さくな人との会話だ。
そう心の中で呟きながら、現にキツく締めていたベルトを緩めた。
「ふぅ、人と話すのは苦手なんだよね」
「変に気を使っちゃうし、…『俺を使えばよかったのに』って?駄目だよテン・コマンドメンツ」
「依頼以外での騒ぎは避けたいし、僕は苦手だ」
「でも、あと少しで都市に着くからね、わくわくするなぁ」

水没都市、ここはサイプレスのよく訪れる第二のガレージと言えた。
高層ビルや建設最中だった大型の施設はどれも水に沈み、その中でも高い建設物がその頭をひょっこりと覗かせている。
水に浸かった部分は酷く荒れているのが見て取れた。
透き通った水の中を様々な色形の魚が泳ぎ、天井からは人工の雨、壁に沿って引かれたパイプからは排水溝からの
大量の水が飛沫を上げ流れ落ちる。
光源が殆どないため透き通った水も深い場所までは見えず、底に近づくにつれ濃くなる影はまるで底など
ないのではと感じさせる。おとぎ話のようでそうでないこの空間に来る度、彼は心躍らせるのだ。

「やっぱり此処は良いねぇ」
モニター越しに映る都市の光景を、まるで宝石でも眺めるかのようにうっとりと溜息をつく。
右腕を伸ばし目の前のモニターを愛しそうに触れた。
「ねぇ、コックピットブロックを開けてよ」
「『雨に濡れたら風邪を引くから建物に着いてからにしろ』?…いいでしょ、少しだけだから」
AC、テン・コマンドメンツの首後から気密用ガスが吐き出される。
排出が終ると頭部が首ごと前方へスライド、最後に薄い金属板が引っ込むとチェアーに座るサイプレスが露になった。
凄い勢いで雨粒がコックピットに降りかかる。
雨を頭から被りながら狭い空間から這い出るサイプレス、モニター越しの外を自身の眼で見たとき、彼は言いようのない
開放感で満たされた。
モニターで見ただけではわからない、巨大な空間。
壁や天井はあまりにも遠く霞んで見える程だ、地下施設にも関わらず地平線までそこにはあった。
「すごい!こんなに広いんだ!こんなに広かったんだ!!此処は!」
「建物の中やACの中からじゃわからないワケだ!すごい、すごいよ!」
「テン・コマンドメンツ!君はいつもこれを独り占めしてたんだね!羨ましい奴だ!」
水上に浮かぶACの上で飛んだり跳ねたり、本当に子供のように目を輝かせはしゃいでみせる。
少し落ち着いた所でサイプレスはACの肩の部分に飛び乗り、身を乗り出して下を見た。
透き通った水面は雨が当たるせいで下の方まで見通せない、少し不満に思いながらも彼はにんまりと笑い閃いた。
「『早くしろ』なんて言わないでよ、今凄く楽しいんだから」
「シャツは邪魔だから持ってて、『何をする気だ?』って決まってるだろ」
「テン・コマンドメンツ、建物まで競争しよう!」
そう言うが早いか、脱いだシャツをコックピットに投げ込み全高8m、フロート機能で浮いてる分も合わせて
10m強の高さから水面に飛び込んだ。
着水する前に3回転半のターンを決め、殆ど音を立てず水に吸い込まれるように着水する。
サイプレスは閉じた目をゆっくりと開き、水中の世界を目に焼き付けた。
彼はふと、頭に言葉が浮かぶ。

〝別世界〟、だと。

そこに音はなかった、先程まで耳に響いていた雨の音がない。
決して聞こえないワケでない、ただ違う。音ではなく感覚なのだ。
小刻みに伝わる振動がこの世界での音なのだと、彼は知る…いや感じる、の方が適切だろう。
そして都市、水に飲まれた都市は荒れていたのではなかった。
生まれ変わったのだ、水に浸かることで金属やコンクリートの放つ硬さのイメージがまるでない。
近づいて手を触れれば崩れてしまう、そんな繊細さを感じさせる。
上から差し込む少ない光さへ、水と混じることでその色をエメラルドのような翠色に変化させていた。
その光にぼんやりと照らされ浮かび上がる都市、彼は息継ぐことを忘れてしまいそうだった。
できることならこのまま、この世界に消えてしまいたいと。
(いけない、テン・コマンドメンツが心配しちゃう、早く上がろう)
彼は惜しいと思いながらも、水上へと泳ぐ。
水面から顔出した時、萎んだ肺にたらふく空気を入れてやった。
その時自分は陸上の生物なのだと思い出し、少しだけ落ち込んでしまう。
「ごめんごめんテン・コマンドメンツ、下の世界に見惚れちゃったんだ」
「それじゃぁ、一泳ぎしよう!」
そう言って、先程思い出したことを忘れるよう泳ぐことに集中した。
少しずつ離れていくサイプレスの信号を、自動操縦に切り替わったテン・コマンドメンツがゆっくりと追いかけた。
サイプレスは建物までの1.5kmを休まずに泳いでみせる。

「ックション!」
「『風邪を引くって言っただろう』なんて言わないでよ。僕が悪かったからさぁ」
携行ランプで照らしてはいたが建造物の中は少々暗かった、近くのテン・コマンドメンツを入れた大きな穴から
入る光も、穴から僅か数m程度しか照らしていない。
グッショリと濡れた身体を丸めてひんやりとした床に座るサイプレス。
そのすぐ後ろにはランプの光で輪郭だけを浮かばせるテン・コマンドメンツ、影に身を落とすその姿は
どこか考え事に浸っているように見える。

「コホッコホッ、…まいったなぁホントに風邪かもしれないや」
何度も続く咳が壁を跳ねてどこまでも反響する。
テン・コマンドメンツは排気口の蛇腹状になった装甲を少し開いて、熱せられた空気を噴出す。
白みがかった蒸気は辺りに広がり、近くに座るサイプレスもすぐに包まれた。
「はぁぁ…あったかい、有り難うテン・コマンドメンツ」
その言葉に返すことなく、テン・コマンドメンツは数分置きに蒸気を吐き続けた。
金属の壁を雨粒が叩く音、排気音、サイプレスの呼吸の音、鼓動の僅かな音。
しばらくの間この空間にそれ以外の音は響かなかった。

「雨の音って心地いいね。ねぇ、今此処には僕等の二人だけだよ…」
「違うか、だって僕等には管理者さまが着いてるもんね」
少し反省するような苦笑いで愛機の顔を覗いた。
装甲に引っ掛けておいたシャツに触れ、乾いたことを確認すると袖を通した。
また小さく座りなおし、今度はテン・コマンドメンツの装甲にもたれ掛かる。
「ねぇテン・コマンドメンツ――」

「ぼくが女の子だったら君と恋仲になれたのかな?」

動揺したことを隠すかのように勢いよく蒸気を噴出す。
「アチチッ!…変なこと言ってごめん、ちょっと考えてみただけだよ」
「それに、君が許しても管理者さまが許してくれないよね」
「ぼくのような愚図を管理して下さるだけでも感謝すべきことなのに」
「管理者さまから愛されず、君を愛することもできず…」
「ごめん、愚痴がすぎた」
「何?『自分に性別はないから、愛交えたいと思うなら好きにしろ』って?…はは、有り難う」
サイプレスは頬を染めて、照れ隠しに笑った。
初々しい青年の思いが実ったかのように、治まらないにやけ面を手で覆い隠す。


「あっ、雨上がったみたいだ。――それじゃぁ行こうか、テン・コマンドメンツ」

「我々は爆発音を賛美する」


鳴らせ!世界の端まで届く雑音を!鳴らせ!装甲が弾ける音を!
鳴らせ!噴出す炎が鉄を叩く音を!鳴らせ!どこまでも響く嘆きの金属音!!

世界は音を求めている!最高に刺激的でなんとも涙ぐましい音色を!!
観衆は音を求めている!言葉にできないほど魅力的で心を揺るがす音色を!!
そして……!―――私は求める!!狂おしい程に滅茶苦茶な順序の楽譜に刻まれた人の指では弾けない――そんな音楽を…。

我々は!!爆発音を賛美するっ!!!

沸き立つ声、燃え上がる大気。
荒れ狂う海原を彷彿とさせる、観衆の人だかり。
一定のリズムを保つことなく続けざまに上がる狂喜の雄叫び。
アリーナ、一般市民が自らの手を汚すことなく日常では見られぬアンリアルを体験できる数少ない娯楽。
彼等は半球状の施設を囲む観戦席を隙間なく埋めている。
頭上に吊り下げられた大型スクリーンは、一般家庭に普及しているものの何十、何百倍にもなるだろう。
突如、館内の天井から光が消えた。
順々に切られる光源のスイッチ、観客を包んでゆく影は喧しい騒音をも吸い取るかのようだった。
客として訪れていたものは知っているのだ、これが合図だと。
『紳士淑女の皆々様方!大変お待たせ致しましたっ!!』
『今宵始まるチャレンジバトル!!命知らずの挑戦者を!今!此処にぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!!』

『ここまでのし上がったのは運か!?いぃぃやっ違う!!実力だっ!!』
『命は捨てるからこそ価値がある!彼を倒しAランク挑戦のチケットは握れるかっ!!』
『Cゲート!!名も無きぃぃぃぃぃぃ!レイィィィィィィヴォォォォォォオオオオンッ!』
わっと立ち上がる観衆、皆の視線は集まっている。
暗闇の中唯一照らされる照明の先、金属のゲートが持ち上がりその姿を見せた人型兵器。
アーマードコアを、彼等はその目に焼き付けた。
二本の脚を床に叩きつける如き勢いで、大袈裟に歩いてみせる2脚型AC。
バランスの取れた中量級脚部の上に軽量フレーム、そして距離によって使い分けるマシンガン、グレネード、ミサイル。
文字通り安定した性能を装備が物語る。
『そして!彼の挑戦を受けて立つのは!!アリーナ1の装甲強者!!』
『脚など要らぬ!必要なのは威力!!必要なのは装甲!!』
『爆発こそが至高の音色!Aゲートォ!グランドォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオッ!チィィィィィィィィィィィィィィィイイフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
ゲートが開き登場したタンク型AC、威圧と呼ぶに相応しいその迫力は、観客が叫ぶより先に息を飲む程だ。
無限軌道を音を立てて動かし、前進する超重戦車。
そのカメラアイが捉えるものは挑戦者ただ一人。
『それでは!始めて頂きましょう!!金属と金属の殴り合いを!』
『―3!―2!―1!レディ―――』

『悪いなレイヴン、コチラは既に射程距離内だ…』
開始と共に動いたのはグランドチーフ。
超射程超威力を誇る対大型機動兵器用ミサイルを何本も搭載した筒状の腕部、その発射口を覆う装甲板が開き、2重に保護する
フィルターが吹き飛び外された。

『響かせろ!』
4本の弾頭が煙を噴出し発射口を飛び出すまでの数秒、レイヴンはまだ数十メートルの距離を移動しただけだった。
あっと言う間も与えることなく容赦ないミサイル攻撃はレイヴンに届く、1本をコアの迎撃機銃に撃ち落され、もう1本を瞬時に勘付いた
レイヴンによってばら撒かれたマシンガンの飛礫が叩き壊す。
ばら撒くと同時に瞬間的に発した推力で上昇した事により、もう2本のミサイルを直撃することはなかったもののレイヴンの動きに合わせ
急上昇したミサイルはその身を壁に叩き付けた。
背後で起きた爆発に飲み込まれながらもその威力を装甲表面のスクリーンで殺し、殆どダメージを受けることなく接近を試みる。
『轟かせ!』
牽制のミサイルを避けられる事はグランドチーフにとって読みの内だった。
レイヴンが回避行動を取っている合間にも、次のミサイルが用意、発射されたのだ。
背の分裂型弾頭と垂直射出式連動補助ミサイルの挟撃。
空中という足場のない不安定な状況を狙われたレイヴンは推力ペダルを弾き緊急的対処、急降下の後に分裂ミサイルをマシンガンと機銃にて迎撃する。
が、間に合わず。既にその弾頭は4発の小型弾頭に姿を変えている。
同時に頭上からも4発のミサイルがレイヴンを挟んだ。
『奏でろ!』
爆発は広がった。8発の弾頭が重なるように吹き飛び、灼熱と轟音と衝撃の球体を作り出す。
想像以上の爆破衝撃に観客は息を飲み、伝わる振動に恐怖と好奇心を交えた。
レイヴンの姿は未だに捉えられないが、グランドチーフの脳内では理解できていた。
レイヴンはまだ生きていると、だからこそ手を休めるなと、だからこそその手に握るトリガーを引くのだと。
『我々は――』
無限軌道脚部の底からとてつもない熱量が発せられる。
ブースター、その巨大な推力は度を越した重量であるグランドチーフのAC、ヘルハンマーを持ち上げた。
『爆発音を――』
一定の高度で停滞、そして肩に積む最強威力の兵装。
超大型弾頭搭載対大型機動兵器及び広範囲焦土用ミサイルを射出したのだ。
『賛美する!!』

既に爆発が収まり、爆炎は黒煙へと姿を変える頃だった。
そこに撃ちこまれた大型弾頭は更なる燃料となり、先程の比でなはい爆発となったのだ。
アリーナの観客を守る防御用スクリーンを隔てた強化素材仕様の大窓に亀裂が入り、観客の数人が振動と衝撃で転倒する程だ。
全体を強化装甲で補強してある床にはクレーターができていた。
そこから数十メートルの所にレイヴンは転がっていた。
敗北、完全に敗れたのだ。
『決まったぁぁぁぁぁあああ!!』
『見たか!見たことか!!これぞ威力!!これぞ爆発!!これぞ音楽!!!』
『圧倒的な破壊力を前にっ!!!命知らずも恐怖するっ!!!!』
『勝者!!グラァァァァァァァァァァンンドォ!チィィィィィィイイイイイイイイイイイフウウウウウウウ!!』

外野の歓声と戦った二人への惜しみない拍手、口笛。
アリーナの熱狂が爆発以上に館全体を揺さぶる。
グランドチーフはACを降り、コックピットの上へ出ると観客に軽く手を振るう。
そして機体の装甲を足場に飛び降り、コックピットから引きずり出されタンカーに乗せられたレイヴンの元へと走った。
「最高の音楽だった」
「次も挑戦する気があるなら受けて立とう」
額から血を垂らしながらも、レイヴンはグランドチーフに親指を立てる。


後日、退院したレイヴンは非公開アリーナにてグランドチーフと再戦した。
装備を一新し、迎撃ミサイルとデコイを装備した機体で―――。

終わり




「緑と黒は混じらない」


死体?違った。死んだように眠る男だ。首は重力に遵って垂れ下がる。
口からだらしなく涎を垂らし、寝息は殆ど聞こえない。
小さなチェアーにベルトで固定され、寝返りすら打てない酷い環境でぐっすりと眠っていた。
周囲は機器で埋まっている、白と黒の砂嵐が映るモニター、点滅を繰り返す小さなボタン。
ケーブルやジョイスティック、とても寝息をたてられるような所ではなかった。
『クライゼン!聞こえますか!?クライゼン!』
突如聞こえてきた女性の声は、どうにも慌てているようだ。
声を聞くだけで頬すじに汗を垂らしているのが想像できる。
『いけない…バイタルが』
『緊急処置を…維持装置!』
すると今度は、死体のように寝ていた男がビクンと勢い良く身体を痙攣させた。
ベルトがキツく締まっていたため、なんとも情けない人形のように手足だけが飛び跳ねる。
『もう一度!―――』
「待てっ!!」
息も絶え絶えに、今にも死にそうな男が大声で叫ぶ。
「ハァハァ…ッ……寝ていた…だけだ」
『…よかった』
「よかぁない、寝てるところを電気ショックで起されてみろ」
「寝起きも糞もないぞ…」
『ですが、脈拍がかなり弱くて…』
「ここ数日コックピットから出ていないからな、弱るのも無理はないだろぅ」
男の言葉を聞いて、女性は心配以上に怒りが沸いてきていた。
男からは姿が見えていないが、声の震えで理解できただろう。
『長期の休暇を与えられたから何かと思えば…』
『そんなに自分を酷使してっ!』
「そう怒らないでくれ」

男は茶化すように笑ってみせたが、女性からは彼の笑顔が見えなかった。
息も落ち着いたところで、男は手元のスイッチをパタパタと軽快に倒していく。
砂嵐だけのモニター向かい、もう一度息を整え言を伝えた。
「メインシステム起動」
途端に、砂嵐の前衛芸術は消えて画面が真っ黒になり、次には美しい緑を映し出した。
男、クライゼンの乗るACインソムニアも、男同様に息を吹き返した。
重厚な装甲を纏う逆関節脚部に支えられた、バランスに優れた中量級のコア。
脚と同じように装甲が貼りあわされた腕部には、機関部が軽量装甲で見え隠れするクレスト製のマシンガンを抱えている。
頭部は男が首を動かす度に、連動されたシステムで同じ方向を見据える。
『今はどこにいるんですか?』
「自然区だ、依頼の作戦エリアに近いから前日からここにいる」
『貴方が眠るなんて珍しいですね』
「効鬱剤をたらふく飲んだら疲れが取れてリラックスできてな」
「気付いたら寝ていた、まぁ依頼の前だから眠れて助かった」
男はスティックを握り作戦領域まで、インソムニアを歩かせた。


『正面!12時方向、来ます!』
「わかってる」
作戦開始から30分が過ぎた。自然区で展開されていたMT部隊を奇襲、その半数を撃破した所だった。
彼女の言葉と同時に逆関節を限界まで押し込み、ブースターの推力と掛け合わせた跳躍によって砲撃をかわす。
自由落下から少しの推力でバランスを整え、眼下に捉えた敵目掛けてマシンガンを連射。
トップアタックで蜂の巣にされた僚機を見て、敵ACが上空にいるのに気付いた他のMTは一斉に武器を構え迎撃を試みた。
ロックオンと同時に銃口から放たれ弾頭はクライゼンを襲う。
「油断した!」
すぐさまEXのバックブースターを起動し、弾の柱から抜け出す。
しかし、着地した途端に脚の損傷が激しい部位から煙が上がり、立ち上がることができなくなった。
『脚部の関節用ジャッキが破損してます!』
「片脚が使えないとは…」
追手はそう遠くない、MT達がコチラへ接近しているのをレーダーとアラートが告げる。

オペレーターでありサポーターの女性は後退を提案するがクライゼンは聞き入れなかった。
疲れがあるとはいえMTにしてやられたのを、彼のプライドが許さなかった。
「腹を括れよ」
男は電子画面の操作に指をやり、そしてもう一度スティックを強く握る。
瞬間、オーバードブーストが彼を機体ごとぶっ飛ばす。
片方の脚と背中のブースターを組み合わせ、超速度に達する前にどうにか立ち上がる。
追ってきたMTとの距離をみるみる内に縮め、先頭に立つMTと衝突する寸前――
「くれてやる、もっていけ」
片一方のバックブースターだけを起動し超速度に加え、遠心力を発生させる。
むろん被弾していたフレーム全体が悲鳴上げるが、なんとか耐えてみせた――破損した片脚以外は。
遠心力によって大きく外向きに突き出された右足は、その勢いを保ったまま目前にいるMTを直撃する。
クライゼンはOBとBB、壊れた片脚を利用して回し蹴りを喰らわせたのだ。
巨大の質量の衝突は物凄い衝撃を生み出し、脚の減り込んだMTは他のMTを巻き込んで後方へと転がって行く。
クライゼンの方も無事ではなかったがMT程ではなかった。
しかし、脚の千切れ際の減速と衝突の振動は弱った体にはキツいものがあったようだ。
ベルトに固定されているせいもあってか、男は頭や口から酷く出血している。
『クライゼン、敵が!』
「捕捉してる、最後までやるつもりだ」
叫んだせいでモニターにまで飛沫血痕が付いた。
片方だけになった逆関節脚部を操り、うつ伏せから仰向けへと体勢を変え、衝撃で装甲が剥げ、機関部が露出された
マシンガンを敵へと向ける。
まともにロックすることなく、彼はトリガーを引いた。
しかしそれは、MTにとって充分な威力を発揮した。ワケも分からぬ内に味方ごと吹っ飛ばされた挙句にマシンガンを乱射されては
避けようがないからだ。
『ここ最近の行動を見れば自業自得だと言いたいですが…』
『クライゼン、お疲れ様。自滅行為もここまでくれば賞賛ものですね』
『なんならアリーナで鬱憤を晴らせばいいんじゃないですか?』
「……ありがとよ。アリーナか、そういや試合にでたことねぇな」
「やってみるのも悪くないかもな」




「戦術部隊」


『敵武装勢力の奇襲!繰り返す、敵武装勢力の奇襲!』
『コチラは既に部隊の半分がやられてんだぞ!!聞こえてるのか!?本部ッッ!!』
『部隊長!弾が切れた!』
『コッチも弾切れだ!畜生、これじゃぁ命が幾つあっても足りゃしねぇ!』
『生きてる奴は引き返して来い!!こうなったら増援がくるまで篭るしかねぇぞ!』
くそっ、最悪の事態だ。
が、受け入れろ。今は少しでも多くの味方を生かして耐えるしかねぇ。
何がアライアンスだ、こんな時に糞の役にもたちゃしねぇじゃねえか。

『諸君、緊急の出撃となり募る不満もあるだろうが後にしてほしい』
『現在、君達を乗せた輸送ヘリは南に200kmの市街地へと向かっている』
『我々アライアンスのMT部隊が拠点として利用している場所なのだが、ここ半年の混乱に乗じて略奪を企てた武装勢力に攻撃を受けている』
『優秀な部隊ではあったものの敵の物量に押され、部隊の殆どがやられた。生きてる者達も長くは持たないだろう』
『そこで、君等の出撃が許可された。上もこの救出劇を戦術部隊の丁度良い宣伝と考えたのだろう』
『なんせ6機も出撃させるのだからな、本来なら有り得ない話だ』
『この依頼を成功させれば他の部隊の士気向上、ひいては市民への良きニュースとなる』
『頼んだぞ』

「聞いたとおりだ、貴様等。掃溜めの群れにやられた使えない雑魚部隊の救出だ」
「本来なら一人で片づけられて当然の依頼、醜態を晒した奴から首を跳ねる、そのつもりでやれ!」
『あ~あぁ、むさ苦しいったらないわ。髪を直す時間だって貰えなかったじゃない』
『隊長!この作戦、敵の掃討のみを考えればいいわけですね?』
「それでいい、味方の部隊は一ヶ所に集まり防戦に徹底している。敵を殲滅した方が部隊を移動させるより早い」
『救出劇ねぇ、どーでもいいが…報酬は出るんだろうな?タダ働きなんておれぁゴメンだぜ』
『出たとしてもこの人数、割ってしまえば少なくなるかもしれませんよ。兎に角、味方の安全を第一に迅速な行動を徹底しなければなりませんね』
「お喋りはそのくらいにしておけ、投下地点まであと僅かだ。」

生き残ったMT部隊――

「弾の残りは!?」
『こっちの狙撃用のが一握り!先行MTのマシンガンはマガジン3つです!』
『バカヤロー!顔出すんじゃねぇ!!しにてぇのかっ!』
「負傷者は建物の奥に移せ!弾持ってるMTは入り口固めて前に出てきた敵だけを撃て!!無駄撃ちすんなよ!」
部隊の人間は精神が疲労していた、肉体的にもだ。
市街中心に建つ旧アリーナ跡地にて籠城を強いられていた。
「MTがやられた奴等は歩兵用火器を持って待機!」
「増援が来るまでどうにか足掻くぞ!!」
『部隊長!敵が近づいてきた!障害物を上手く盾にしてやがる!!』
『これじゃぁ狙うに狙えない!部隊ty――』
外から流れ込んだ小型のミサイルがMTのコックピットに直撃した。
人が乗っているであろう部分に大きな穴が開き、そこからはオイルとも血とも判別できない液体が垂れ流れる。
ゆっくりと、スローモーションで崩れ落ちるMTは足元にいた歩兵数人を下敷きにした。
「クソ!入り口をカバーしろ!!空いてる奴は手を貸せ!!!」
「増援はまだかっ!!」

『レーダーに反応あり!これは、パターンからして味方だっ!!』
『部隊長!!増援です!数は……5…』
「たった…たったの5機だと!?それで何ができる!何が!できるってんだ!!」

『ACが…5機です…!』


アライアンス戦術部隊――

市街地より数百mの地点、砂煙を上げながら横並びに直進する――アーマードコア部隊。

「作戦領域に到達、これより簡単な作戦を説明する」
「市街地に突入し次第、私とトロットは市街中心の旧アリーナ跡地へ、他3名は敵を殲滅。――以上!」
『『『『了解』』』』

『あらぁ?早速お出迎えよ。隊長、私がやっても?』
「構わん」
『けっ、女に何が出来るってんだ。俺様の獲物ってことで一つ、大人しく見てるこったな』
『あら残念、ロックオン完了』
『あっテメ!』
フロート型の脚部が特徴的なAC、両肩に背負った垂直射出式発射装置を起動、保護フィルターを弾く。
煙を置いてけぼりにする速度で撃ち出されたミサイルは、正面に展開されている敵MTの応戦陣へと降り注がれた。
4発のミサイルは着弾と同時にMTを亡き者へと変え、丁度良い入り口を作る。
遅れて届く爆破の衝撃が、並ぶACの装甲に掻き消された。
『派手にやりやがる』
『入り口もできたことだし、お先に行かせて貰おうかしら』
フロート型のACは加速し、他の4機を置いて行く。
それに釣られるように中量2脚型のACが後を追った。
『続きます!』
『させるかよ!!』
5機のなかでも一番に厳つく奇抜なカラーの重量2脚型のACが、触発されブーストを全開に噴かす。
それでも前の2機を追いかけるのでやっとの速度が限界のようだ。
『どう思いますか?隊長』
「好きにさせておけ、競争心は不要なものでもないだろう」
『では、我々も急ぎましょう』
「そうだな」


プリンシバル――

戦術部隊の紅一点であり、ロングレンジを自身の間合いとしているレイヴン。
市街地に突入後、彼女は直ぐに街で一番の高台へと向う。
それが彼女にとって一番戦闘に向いた場所だからだった。
「そんな所に突っ立って、隠れたつもり?良い度胸ね」
左手から伸びる長距離狙撃用の対AC弾を装填したスナイパーライフルから火の粉が噴出す。
ACを揺らす射撃反動をフロート脚部が上手い具合に逃し、朽ち欠けの建物へと伝わり埃や粉塵が舞う。
直線状に立っていたMTを、身を隠していたコンクリの壁ごと撃ち抜き、粉砕した。
「これで9機め」
『やりますね!』
「あら、有り難う」
『へっ、こっちはもう11やったっての!』
「とは言いつつ、囲まれてるじゃないの」
『囲んだ所で俺の機体に傷がつけられるかよ!!』
「丁度良いわ、手伝ってあげる」
味方のマーカーを囲むように点々と反応を示す敵MTを睨みつける。
ロックオンマーカーで全ての点を囲むと同時に、彼女は両背とEXのミサイルの発射準備を終らせた。
『お、おいぃまさか…ばっ!やめっ!!』
白い煙の線を引いてその高度を上げていくミサイル。
中型、小型の弾頭は落下するように敵と建造物、地面に着弾。
それらが生み出した爆破球は市街地の一部を削り取った。
『味方ごと吹っ飛ばすやつがあるかぁ!!』
「残念、生きてたの?」
「でもこれで、15機」


ゴールディ・ゴードン――

戦術部隊にて、重量級のACを操るレイヴン。
金こそを生甲斐とし、依頼遂行、敵機撃破のためならあらゆる手段を厭わないレイヴンらしい男。
市街地突入後、なんの考えもなしに敵MTの群れへと猛進する。
奇抜なカラーリングの機体同様彼の考えもまた奇抜な物だったが、その目立つ機体は耐久性にも秀でいるため
引きつけ役として狙撃手であるプリンシバルの戦闘に大いに貢献していた。
「あの女…頭がそうとうイカれてやがる」
「それに、差を付けられたな」
先程のミサイルの爆心地にて唯一無傷で立ち上がった兵器。
しかし、彼の機体の売りは装甲だけではない。
「おぅおぅ、出て来る出て来る…わらわらと、ゴミ蟲みてぇによ!」
正面の大通りから溢れ返る程のMTが彼の元へと押し寄せる。
それを見ても彼は動こうとはせず、流れ弾を装甲で弾き、飛んでくる小型ミサイルを撃ち落す。
「そう慌てんな!今遊んでやるからよぉ!!」
「頭部火器管制、FCS、共に良好!」
「コア搭載自動攻撃機、準備よーし!肩部オービットもオーケー!」
「一つ、派手にやってやろうかぁ!」
「ロックオン開始――」
正面から押し寄せ、彼に攻撃を浴びせかけるMT一機一機に赤いロックオンマーカーが表示される。
数秒と経たずに彼の見つめるモニターは赤で一杯となった。
「喰らいやがれっ!!」
彼が叫ぶのと同じ頃に彼のACも動いた。
コアの背部から二つの大型攻撃機が射出され、肩部の兵装から小型の攻撃機が4つ飛び出す。
両腕に携えた実弾とエネルギーのライフルを構え、全ての火器が一斉攻撃を開始したのだ。
がむしゃらとも当てずっぽうとも言えるばら撒きではあるが、隙間なく展開されていたMT部隊に対し絶大な威力となる
ものの数秒で目前の敵は片づけられたのだ。
「はっ!これで19機!」
『まぁやるじゃない?…因みに私は20機ね』
「なっ!?」


ジャウザー――

戦術部隊において最も若いレイヴン。
アライアンスにこそ信ずる正義があるとし、若さ故の先走る行動が欠点にも長所になっている。
市街地突入後彼は冷静さを保ち、ゴードンが暴れて敵の目を引き付けている合間に散らばった敵を撃破していった。
市街地特有の入り組んだ構造と2脚型の機動力を活かした戦法は、地味ながらも確実なものである。
「二人共凄い戦い方だ」
「少々、見習うべきところありますね」
通りを抜けようと加速した矢先、袋小路から姿を現したMTを左腕のブレードで薙ぎ払う。
が、行動に遅れが生じたことで、他のMTに見つかってしまった。
「見つかりましたか、派手に暴れるのはゴードンさんに任せたかったのですが」
「仕方ない」
『あぁん!?呼んだか?』
「いえ、呼んでいません――」
先頭に立っていたMTの武器を持っている腕をへし折り、その腕を押さえる形で動きを抑制したMTのコックピットに
ブレードを突き立てた。
「よ!っと――」
『そうかい、若いの!今何機めだ?』
「まだ13機です」
『ハッ、いけねぇな。若いのにあんま溜め込むのはよぉ』
『ちょっとゴードン、そういう下品なことを言うのやめなさい!』
「?――兎も角、御二人の脚を引っ張らぬよう頑張ります」
背負う大型の散弾兵器を構え、撃破したMTの亡骸を放り捨てる。
コチラを狙っていたMTの空中を跳び越し、後に並ぶ他のMTへと散弾を浴びせかけた。
着地と同時に右手のエネルギーマシンガンに切り替え、まだ撃破に至らぬ敵の胸部を順に撃ち抜いていく。
一連の流れを息つく間もなく終らせ、残りの真後ろに立つMTを振り向くことなくブレードで切上げた。
真っ二つになったMTは開くように崩れる。
「すみませんね、僕もまだ若い」
「こんな派手なやり方に憧れることもあるんですよ」


トロット・S・スパー――

戦術部隊の司令官補佐であり司令官に心酔しているレイヴン。
レイヴンとしての実力は決して高いとは言えないが、その忠誠心から生まれる行動力は未知数。
現在、司令官と共に旧アリーナ跡地へ向かっている。
「隊長、来ます」
『任せる』
腕部一体型兵装、高出力プラズマを敵へと向ける。
バレルとなる部分が二つに分かれ、その間を帯電していることで稲妻の如きエネルギーが駆け抜ける。
トリガーが引かれることで双頭のバレルから眩いプラズマの塊が撃ち出された。
矛先に立っていたMTは装甲が溶け、熱せられた油の用に泡立った液体へと姿を変える。
『トロット、前だ』
「了解」
行く手を遮るMT達は同じように溶かされ、熱せられた液溜まりが増えていく。
目的地まであと少し、といった所でトロットは隣に走るACを制止した。
「隊長」
『わかってる、この先の大通りだな』
「えぇ、数はそれなりですね。迂回路はありません」
『面倒だ、壁ごと焼け』
「これを撃ったら戦力外になりますがよろしいですか?」
『構わん』
「WA01-LEO、性能調整、回路直結。リミッター破棄、完了。ラジエーター緊急冷却維持、EX、JIREN連動――」
「撃てます、隊長下がって」
バレルに帯電するエネルギーはその量のあまりそこかしこに漏れ出る。
腕部の塗装が内側から焼けるように徐々にその色を失い、回路周辺やバレル端からは連続した火花な散った。
そして、―――…バレルからは何も出なかった、そう見えたのだ。
だが、バレルの先に立っていた建物は煙を上げている。コンクリートが白い灰になっているのだ。
それを隔てた大通りの敵MT達は未だに姿を確認できた、本当に姿だけだったが。
足元にはあの液溜まりが見れる、回路系統だけを焼かれたようだ。中の人間がどうなっているかはわからない。
「隊長、あとをお任せします」


エヴァンジェ――

アライアンス戦術部隊の司令官、部隊の中でも一番の実力を誇るレイヴンでありドミナント。
少々過剰な自信の持ち主ではあるが、その実力は本物であるだろう。
「アライアンス直属MT部隊、聞こえるか?」
『あぁ!聞こえる、レイヴンが5人も…しかし、助かった』
「生きているのならそれでいい」
「5分待て、アリーナ跡地周辺の雑魚を片付けやる」
『…5分?』
一瞬何が起きているのか、その光景を目にしていたものは理解できなかった。
彼の乗るAC、オラクルはなんとも鮮明な青い機体色だ。
その左手に輝く金色の兵装、高出力プラズマトーチは機体色に混じらずとても目立つ代物。
普通なら近づこうだなんて思うワケがない。
しかし、目前の戦闘ではまるで…まるで、MTたち自らが切られに行っている。
エヴァンジェは、彼は殆ど動いていないのだ。にも関わらず、全てのMTを左腕のみで葬っている。
そして、やっと気付いたのだ。明らかな距離、ブレードを当てるにはあまりにも長い距離に。
ACの動きとは思えぬ速さで振られる左腕、そしてトーチの刀身が青から無色に変わる。
次の瞬間には、近くの敵も遠くの敵も刻まれているのだ。
「――3」
大股に開いた脚で姿勢を低くし、そこから大きく腕を振るい敵が飛び散る。
「2」
振った腕を止めることなく勢いを保ち、片足の推力で身体全体を回す様に動き、浮かせた脚を地面に叩きつけると同時腕を振り遠くの敵が爆散。
「1――」
後から攻撃を仕掛けたMTの攻撃をかわし、左腕の月光を全力で振るう。
「周辺に敵反応なし、コチラは片付いた」
構えた左腕を下ろし、戦闘モードを解除。アリーナへと歩いていく。
それから少しして、先程のMTは切断面からずれ落ちるように崩れていった。

『…これが、レイヴンの力』


モリ・カドル――

戦術部隊一の雑魚、精魂も捻じ曲がった糞。
私を超えて見ろ(笑)

「見せてやる!見せてやるさ、僕の凄さを!」
「管制室、聞こえるかい?今日は僕等戦術部隊の初出撃なんだ!」
「隊長のエヴァンジェも僕に期待してるみたい、なんせ一番重要な後方からの援護射撃を頼まれたからね!」
「待ってる間は退屈だけど、時がくれば僕の超射程超威力のグレネードで…ボンッ!さ」
『どーでもいいけど、部隊戻ってきたよ』
「…えっ」
『依頼は完璧にこなしたみたいだけど、カドル?』
「……」
『あー、そろそろ仕事終るから。んじゃね』
『ブツッ』



終わり




「らしさ」


人に嫌われる。
嫌い。
人に好かれる。
好き。
人との関わりを壊す。
嫌い。
人との関わりを築く。
好き。
人を殺す。
嫌い。
敵を殺す。
好き。
人の死。
嫌い。
金に換わる命。
好き。
誰かの悲鳴。
嫌い。
敵の悲鳴。
好き。

レイヴンらしさって何?って聞かれたら、多分私は答えに困る。
人間らしさって何?と聞かれたら、同じく私は答えに困る。
でも少し困ったあとで、私は自分の中の答えを言って見るのだと思う。
きっと笑われるのだけれど。

目の前で肩を震わせる親子がいる。
夫、妻、息子。身を寄せて両親が子供を挟むように力強く抱きしめ、子は母のお腹辺りまでしかない背を更に小さくし
母の体にひしとしがみ付いている。
彼等彼女等がこんなにも脅えきっているのは無理もない。
身の丈10m、身体の隅から隅までを装甲で覆った人兵器が、本来人に向けるべきでない大きさの武器を構えているからだ。
銃口から人の塊までの距離は僅か2m足らず、撃てば間違いなくハンバーグが食べられなくなる。
肉全般は大方食べられなくなるだろう。
正直、こんな依頼だとわかっていたら受けることはなかった。
ジョイスティックを握る腕が震えている。
寒いワケではない、武者震いでもない。恐い、目の前彼等となんら変わりはない、恐いのだ。
いつもは装甲に隠れている人、殺した所で拝むことのない肉片。
あんなに躊躇なく引いていたトリガーがこんなにも重い、人というのは不思議だ。
いや、心?精神?人格?こういった考えが人間らしさなのだろうか、向けている銃を持つ手を振るわせる事が。
ただ臆病なだけにも思えるがきっとそうなのだろう。
時計を見た、考え事をしていながら銃を向けてから30秒と経っていない。
気付いたら目標が消えていた、なんて事を期待していたのに彼等ときたら大粒の涙をボロボロと零しているだけだ。

「なんとか…なんとかしなきゃ」

頭の中では殺したくないと声を大にしているのに、身体がそれを拒んでいる。
何時ものように握ったスティックをしっかりと握り、標準を少しもずらそうとしていないのだ。
レイヴンらしさ、人間らしさ、二つが葛藤しているのだろうか。
そうだとしたら、ドチラも中途半端で酷く醜い。
少し冷静に考えよう、私はどちらに従うべきか。
自身の価値観と偽善と自己満足、それらから来る中途半端な人間らしさ。
金と自身の名に忠実だけど、中途半端な罪悪に揺れるレイヴンらしさ。

彼等は人間だ、生身の。
金のために彼等を殺すことは人間らしさか?ノー、これではレイヴンだ。
彼等は資金源だ、金と同じ。
己を保つためにソレを拒むことはレイヴンらしさか?ノー、これでは人間だ。

「あぁ、そうか」
「…これでいいんだ」

私は大粒の涙を零し、トリガーを引いた。
電子画面の向こうの人達が散る。肉片というにはあまりに細かく、血とうにはあまりに粗い。
彼等がソレ等になった。たった一発で三人の体をそこらじゅうにぶち撒ける。
私の機体にも体液と片は飛び散り、付着する。
胃がギュウギュウと握られている気分だ。内容物のない液だけをコックピットに吐き出す。
でも、どんなに出しても楽にならない。
私は胃液を吐き続けた。涙を零し無理矢理に笑顔をつくりながら。
金になった、私は依頼を無事成功させた。
安心して、あれは人じゃない。あれを殺せば企業が何より私が喜ぶ。
だって敵なのだから。
〝…ごめっ…〟
私は最高に幸せだ、こんな楽な仕事で企業から多額の報酬をもらえるのだから。
声にならぬ悲鳴を感じ取ったときなんか鳥肌ものだった、これだからレイヴン家業はやめられない。
〝な゛ざ…〟
これで依頼主の企業との関係も良くなるだろう。
もしかしたら安定した仕事をもらえるかもしれないし、そしたら仲間もできるだろうか?
〝……ご…ごめ゛んな゛ざいぃ…ごめんな゛ざい…〟
レイヴンの仲間、味方ができたら安心できるんだろう。


「知ってる?レイヴンらしさって何か」
「それはね、人間らしくいることなんだよ」




「狙撃の中で息潜め」


眠る魚も穏やかに、水面を揺らして寝返って。
尾びれの動きは密やかに、あくびの代わりのエラ呼吸。
寝ている自分を起さぬように、気泡を少しも出さないように。
静かに泳いで夢見がち。
私もそれ等を邪魔せぬように、じっと堪えて息潜め。
震える指先静かになって、触れる水滴氷のようで。
私は凍っているようで、けれどそれは思い違いで。
私は独り覗いてる。

「それじゃぁ、始めましょう」
『システム、戦闘モードへ移行します』
「ステルス起動」
『了解、エクステンション起動。ユニット機能を随時更新します』

私と彼等の距離は8、8キロ程は離れてる。
ここで私が笑おうと、彼等はけして気付かない。
それは少し寂しいものだ、ホントに少し、少しだけ。
グナーがいるから寂しさも、遠くどこかへ消えるのだけれど。
私はやはり寂しいと、ほんの少しだけ思ってた。
グナーもきっと気付いてる、だから私を励まそうと、ジェネレーターを噴かしているんだ。
私の名前はワルキューレ。
寂しがりやのワルキューレ、独りが好きなワルキューレ。
たった一人のお友達、グナーを操るレイヴンだ。

どこか遠くから響く重低音それが一体なんなのか、MT達が気付いたのは味方が目の前で砕けた時だ。
遥か上空の天井、地平線の先の壁、先の音は未だ反響し音がどこから来たのかを探るMT乗りの耳を嘲笑う。
彼等は不運だった。
今日もいつも通りに、この水没都市で密輸される荷を確かめ、回収する。
それだけのことだった、味方のコックピットが撃ち抜かれ、砕けるまでは。
「ねぇ、グナー」
混乱しきった部隊と呼ぶには余りに少ないMTの群れ目掛け、長距離狙撃用の対AC弾頭を撃ち込む。
ビルの隙間からマズルフラッシュを覗かせぬよう慎重に選んだポジションは、見事にその光を隠してくれた。
ビルの壁から高い高い天井、そして壁、発射音が彼等の耳に届く頃には最早特定不能の反響音でしかない。
ライフル横から俳莢された空薬莢は白い蒸気と熱を纏わせ、水面に触れる瞬間ジュッと音を上げ冷えていく。
「私は魚のように静かに事を進めるべきだろうか?」
弾の直撃で破損し、自らが散らした破片と共に水の底に消えていくMTを眺めながら問う。
水に体の半分以上を浸けた状態で低くした姿勢を保つグナー、彼女が魚のようにと例えたのはコックピットにも水が入っているからだ。
ACの気密性を疑われる状況ではあるが、これは彼女が故意に水を侵入させたせいである。
彼女は狙撃時、周りの環境に馴染むことでその精神を落ち着かせているようだ。
「そろそろ消音機を使ってみるのもいいかな、と思うんの」
セミオートのライフルは射撃、俳莢、装填を繰り返し、彼女もまた射撃、反動制御、標準調整を繰り返す。
彼女はミスをせぬよう、そうは思っていなくとも長年染み付いた癖が彼女の体を動かす。
視線は一切ブレることなく、一定のリズムで繰り返し行なわれる呼吸、冷え切った鉄のような冷たい表情。
敵を確実に一撃で仕留める。機械のように同じようで少しだけ違う動作を完璧にこなしていく。
潜めた息はそのまま止まり、そのまま本当に機械になってしまうのでは思える光景だ。
時々、返事をしないグナーに語り掛けることでパクパクと動く口が彼女に生物らしさを与えていた。
死んだように暗く動かぬ目もあいまって、魚のように見える。
モニターの見つめる先には一体の敵も確認できない。
依頼は完璧に遂行されたのだ。

冷え切った体を摩り、グナーを立ち上がらせる。
コックピット内の水を排出、空気に晒されたスーツ越しの肌が小刻みに震えていた。
「AC兵装用消音機なんてどこで買えば良いんだろ?」
排出を終え、機体の隙間から水滴を落としていくグナー、それらを吹き飛ばすように各部位の推力機は展開される。
蒼白い炎は低出力に抑えられ、機体をゆっくりと浮かばせる。
「クレスト?キサラギ?ミラージュ?やっぱり自作かな」
「あぁ駄目だな、仕事の最中は考えごとが多くて、喋りたいけど喋れない」
彼女は潜めていた息を吐き出すようにその口を止めることなく、独り言兼会話を続ける。
その表情には先程の冷徹さは消え、なんとも健康的で肌色が良く活き活きとした少女になっていた。
「そういえばお腹減ったね。グナー、燃料食べる?私はドーナツ食べたいな」
「チョコフレーバーがトッピングされてる奴、ストロベリーチョコのかかったやつもいいね」
「そうだ、ファナティック誘おうか。あの子独りが好きみたいだから来てくれるかわからないけどさ」
「まぁ断られてもいいけどね、だって私は独りじゃないから」
「ねぇ、グナー」
壁に開かれる大きなハッチの先は闇、その中にグナーとそのパイロット、ワルキューレは消えていく。
彼女達が撤退したことにより騒がしさは納まり、反響していた音も少ししてなくなる。
水没都市はいつも通りの静かな閉鎖区域に戻っていった。

「あ、魚の宙返りを見そびれた」




「夜鳴くネコはどこにいる」


知ってるか?ボブキャットってのは、なかなかどうして賢いネコだ。
身体も大きい。夜行性で、聴覚、視覚、嗅覚が他のネコよりも鋭いんだとよ。
特に群れるワケでもなく、独りでいるのが好きなスプーキー(変人)なネコさ。
でもよ…気をつけな。
こんな暗がりを独りで散歩してる日にゃ、磨いだ爪でもって、襲われちまうぜ?

「ニャ~~~オォ…」

なんせ、凶暴なネコだからよ。

独りの男が不機嫌そうに一日を過ごしている。
彼はネコのように気まぐれで疑り深く面倒臭がりな男だった。
「明日のミッションを説明しま…」
「……イストくん、君には期待し…」
「…んどのアリーナの対戦あい……」
「…むぜ!ソロイスト!お前に全額かけ……」
(にゃあにゃあにゃあにゃあ喚きやがって、コッチは聞いてもいねぇってのに)
(それにアレだ、腹がすいたな。飯を食うにも仕事があるしゆっくりしてもいられんね。コックピットでさっさと済ませるか)
ようやく解放された男はガレージへと走り行く。
途中、売店にぶらさがっていた固形簡易携行食糧を口を使って引き千切り、口に咥えたまま走り去った。
店員が気付かぬ程にその行為は目を見張る早さだった。


『作戦領域自然区に到達、これよりAC投下します』

男がガレージに着いてから目まぐるしく準備を急いだようで、口には先程の携行食が咥えられている。
機体が輸送機から切り離され空中を落下していく最中、ようやく口にある食糧を思い出した。
封を切ると漏れ出すコーンの香ばしい砂糖菓子のような香りが狭い空間一杯に広がる。
ゴクリと喉を鳴らし両の手を使って頬張る、その間にも機体はその高度をおおきく下げていく。
「ん、ごちそうさん」
口の周り付いたコーン菓子の欠片を舌で器用に舐め取り、持っていた空の封を投げやる。
それからやっと、操縦桿を握りリンクケーブルを首後ろのソケットに差し込んだ。
その時点での高度は地表から数十m程、この時点でブースターを吹かしても脚が壊れるのは明らかだった。
が、彼はコアの背部と脚部に装着されたブースターを今更になって吹かす。
次の瞬間には脚が地面へと届く、しかしそれでも機体は落ちる。
逆関節特有の関節部を限界まで折り曲げ、また吹かし続けているブースターをも合わせ衝突のエネルギーを殺したのだ。
まるで身体全体をしならせて着地するネコのようだった。
着地を終らせて以降、彼はACを動かそうとはしない。
今は夕暮れ時、彼が動くのはまだ少し先。
彼は静かに夜を待つ。


辺りは暗く、先が見えぬ闇に包まれた。

チチチチチチチチチチチチチチチチ チッ…

遠くで鳴いていた虫の声が消えた。
標的を睨む目だろうか、木の隙間から淡い光が覗く。
夜、夜行性のネコが動く時。
標的といえるのはこの場所において、3機で辺りを警戒してるMTぐらいだろう。
彼等は自分達を襲う者がいないか目を光らせている。
その光る目を肉食のネコに見られているとは知らずに。


「ニャ~ォ」

『おい、今何か言ったか?』
『いや何も…さては脅かす気だな?』
『そんなつもりはない、何か聞いたんだ!』
『空耳だろ、こんな森の中だ、聞き間違いもするさ』
『信じてないな?おい、カーロス!お前も何か言ってやってくれ』
『…カーロス?』
3機が2機に減っていた、彼等は気付くのに遅れたのだ。
既にネコはいる、それも彼等が想像するよりずっと近くに。
『敵か!?』
『わからん!レーダーに映ってないぞ!!』
『コイツの粗末なレーダーなんかあてにするな!!目と耳を使え!…陣形を取るぞ、背中合わせで兎に角撃ちまく…』
残り1機。
静かなに流れていく風が雑音を起し辺りをざわつかせ、目と耳を奪う。
『畜生!畜生!!畜生!!!』
『誰だ!くそっ、出て来い!!出て来ぉぉぉいっ!!!』
むちゃくちゃ振り回す機関銃から四方八方に飛び出す弾丸、周りを囲む木や草を吹き飛ばすが標的には当たる筈もない。
MTパイロットの表情が容易く想像できる。
恐怖に引きつりながらも歯を食いしばり、額に汗を浮かばせていることだろう。
だが、ネコはそんなことを気にはしない。当然だった。
「俺はソロイスト、コイツはボブキャット揃いも揃ってスプーキー、俺とコイツはイレギュラー、だから当たらない、だから見つからない」
「だからお前がやられるのさ、ニャーオ」
残り…いや残っていなかった。
硝煙のツンとする臭いも風に流される。

静かな森でネコが鳴く。




「うその嘘」


『やぁレイヴン、また懲りずにやられに来たか?しかし運が良いな、今日の俺は調子が悪い
ひょっとしたらとひょっとするかもしれないぞ?』
砂漠の向こう、フロート型脚部の異形ACが重武装を携えコチラを見据える。
下方向に吐き出され続ける推力が、装甲に覆われた半身と詰め込まれた武装を一緒くたに浮かばせる。
それだけ強い出力は足元の砂を吹き飛ばし、砂煙へと変えていた。
『まぁ嘘だがな』
まるで舌を出してからかい笑う子供のように、男は嘘だと言ってのける。
スサノオ、彼は嘘つきでありレイヴンである。
機体を固定日時とし、それに乗ることで彼は意気揚々に嘘のため舌を踊らせるのだ。
そして、彼にレイヴンと呼ばれた男。
彼はなんとも言えぬ、この世界に似合わぬ雰囲気を持っていた。
『しかしアレだ、こう天気が良いとまるで戦う気にもなれない、どうだ?たまには景色をみて終らせるってのも有り
なんじゃないか、うん?』
『まぁ…』
フロート脚部のACはその眼光を一層に強くし、両腕のライフルをレイヴンに構えた。
そこから続けさまに4発、右手に構える3点バーストのライフルがけたたましい金属音を響かせながら弾頭と薬莢を、左手の
ライフルがそれよりも早く1発の弾頭を撃ち出す。
マズルフラッシュがワンテンポ遅れて銃口から噴出される。その頃には4発の弾頭が空気の壁を紙切れでも破るかの如く勢いで
超え、目標に向かっていく。
『嘘だがな』
その弾道の先、レイヴンも相手のモーションに合わせ動いていた、ブーストの力に脚力を加え跳躍。
空に舞った体勢から右手のライフルをスサノオに向けた。
標準が合わさった頃にレイヴンの立っていた場所へ先の弾が着弾、煙を上げるのと同時に大量の砂を抉った。

着地寸前の状態からレイヴンの乗るACが右腕を大きく揺らす、発射。
ライフルが目をつぶりたくなる程の閃光を一瞬だけ覗かせる。
スサノオの乗るAC、エイプリルフールの装甲が歪んだ。射出された弾頭は胸部の装甲に命中したのだ。
『ほぉ、前回よりは腕を上げたな。これはウカウカしてたら本当にやられそうだ…』
視線の先、少し遠くで着地しそのままスサノオを睨むレイヴンへと応える。
スサノオは左手のライフルを構えたまま右腕を下ろし、肩に積んだレールガンの折畳まれたバレルを展開した。
相手のモーションを待っていたレイヴンは、武器展開に急いだスサノオとの距離を縮めようとブースターを吹かした。
足元の砂をぶっ飛ばし、脚裏が擦るすなを蹴り上げる。
『わかってるとは思うが、さっきのも嘘だ』
レイヴンが距離を半ばまで詰めたところで、スサノオの構えるレールガンはチャージを完了させていた。
緑のフラッシュが辺りを照らした思った時には、直線状に存在する物全てに穴を開けている。
空気の分厚い層、そしてレイヴンの乗るACの装甲。
空中に居た筈のレイヴンだったが攻撃に間に合わないと判断したせいか、その身を地上に立てている。
『急降下!上手く的を外させたな』
砂の上に立っているACは、頭部とコアの一部が削り取られたかのように無くなっている。
《頭部破損》
そしてそんな状態のままスサノオをとの距離を縮めに来た。
『思った以上に速い、引いても詰められるか…』
レイヴンは近づいた目標目掛け左腕を振るった。
腕の甲に装備されたプラズマトーチがレールガンと同じようにスサノオのACから一部を削り取る。
《左腕部破損》
『ド下手糞め、その程度か!』
本来ならコアを直撃する筋だった。
しかしスサノオは咄嗟の判断によりフロート脚部らしい、トリッキーな機動をとることでどうにか狙いをずらせることができた。

腕を破壊できたものの、致命傷とまではいかなかったレイヴンの一撃。
そしてこの距離、スサノオは反撃の準備を終らせていた。
ほぼ密着しているとも言えるこの距離で彼はレールガンを構えたままだったのだ。
『当たらないだろうがな』
2機の間に緑色の閃光が瞬く。
気付いたところで遅く、反応できたところで避けようがない。
射出されたエネルギーはレイヴンの右足を溶かし、削り落とした。
レイヴンは衝撃をまともに喰らい砂の上を転がっていく。砂に接触する度に金属が凹むような軋むような、そんな音が重く響く。
『……転んでも、ただでは起きないようだな』
スサノオもACを砂の上に置いていた。
脚部に4枚ある筈の出力ブレード、その内の1枚が遠くへと転がっていった。
《《脚部破損》》
レイヴンのカウンターブレードが吹き飛ばされる直前、彼の脚部を破壊していたのだ。
『だが状況は俺の方が有利だ。残念だがレイヴン、お前は駄目だ、見込みがない諦めろ』
『まぁコレも』
片脚が欠けたレイヴンは、転がされたところから体勢を整え無い脚を引いて三つん這いの姿勢で構えている。
左肩のグレネードをスサノオに向けて。
『嘘、なんだがな』
まるで砂が波紋を広げるかのように波打つ。
衝撃で砂が舞い上がり、熱がレイヴンを包む。
発射された桁違いの威力と質量を誇る直射榴弾は、スサノオの言葉を掻き消すかのようにエイプリルフールを直撃。
爆発は文字通りエイプリルフールをスサノオごと木端微塵にした。

『はぁ、いやになるね。俺もこの砂漠もこの空も、全部が嘘っぱちなんだろ?弾も爆発も銃もACも、砂から空気に至るまでがぜんぶ』
『そしてお前さんだけが本物なのか、うそが嘘を付くなんて笑い話にもならないな…』
『んじゃな、レイヴン。たまには顔出せよ』

《ヴァーチャルリアリティーアリーナ、ご利用有り難う御座いました》




「右を向けと言われ右を向く」


灰色、頭上の空は不機嫌にその色を曇らせる。
それとは対照的に地上はなんとも賑やかだ。
目を刺激する強い赤や眩しい黄、煤けた土気色の上を塗り潰すように広がる黒に近い赤。
ピンクはそろそろ見飽きたな。
隣に眠る男は誰だろう?顔に生気がない。良く見れば目も死んでる。
顔や身体中に泥を咥え込んで、風呂に入ること勧めるべきか。この臭いは少々キツイものがある。
そういえば、俺は先刻からなんで寝そべっているんだろう。
頭が酷くボンヤリする。思考も思うようにいかないな。
頭の中で羽虫が酷く興奮してるようで五月蝿い。このキーンという音を誰か止めてくれ。
誰か止めてくれ、頼むから―――止めてくれよ。

「大丈夫ですか!」
身体を揺すられた、酷く気持ちが悪い。
耳元で喚き散らす男に見覚えがある、コイツの肩を借りて状態を起そう。
隣の男は…下半身がない。断面からはスパゲッティみたいに腸が伸びてる。
あぁ思い出してきた。此処は戦場でそして俺は…。
「状況を説明してくれ、頭を強く打って呆けてやがる。これなら俺の爺さんのほうがよっぽど物覚えが良さそうだ」
気付けば空を仰いでたな。
全然思い出せない、確か行進の最中だった。そっこから駄目だ。
「敵MT部隊に奇襲を受けました、砲撃です!近くで爆発したときはもう駄目かと思いました。現在、敵MT部隊の主力MTは
完全に沈黙、先程味方のACが薙ぎ払って行きました!」
「敵は全滅か?」
「いえ!残った歩兵が近くの建造物に立て篭もり、それらの殲滅にあたっています!見えますか?この先の黒い建物です」
よし、だんだん思い出してきた。
敵拠点の占拠、場所はこの先の通りを少し行ったところか、レイヴンに頼めばちょろい仕事だろうに。
まぁ奴(やっこ)さんらも一筋縄では行かないだろうがな。向こうには向こうの仕事がある。

「小隊長は!…いや、いい」
そうだ、俺の隣に転がってるのが先刻までこの小隊の指揮をとってた隊長だった。
見開いた目が今日の空みたいに曇ってる、口から痰と唾と血と吐瀉物が混じったような液がどろどろと地面に流れいく光景は見るに耐えない。
「先程無線で、小隊長が死んだならば指揮系統は貴方が取れと」
「参ったな、統率は苦手なんだが…まぁいい!名前は?」
「ここではシュガーマンと!!」
「よし、シュガーマン!お前はそこいらの奴等2~3人に呼びかけろ!こうも狙撃されていては叶わん、集まり次第建物に突入、制圧する!
お前も着いて来い!!」
「ッサー!」
さっさと潰して先に進みたいが、この状況で上手くいくか?
こっちのMT部隊はまだ後方、先行したMT部隊が見当たらないのも気になる。
そういえば、吹っ飛ばされる前に小隊長と話していたことがあったような気もする。
それが引っ掛かるんだがまだ頭が痛い。
「あの時小隊長はなんて……確か噂がどうとか、他愛もない話だった気もするが」
そうだ、小隊長は言ってた。敵もコチラに対抗して――

『敵もコチラに対抗して、どうやらレイヴンを雇ったようだ。向こうの兵器が大量に横流しされていたのを覚えている。そうとう
腕の立つ奴を雇うための資金稼ぎだそうだ』

曇り空の向こう、一点だけ明りが点ったかのように輝いている。
障子越しに蝋燭の淡い光が漏れ出しているような、そんな感じ…。
今の俺が見ているのは、その障子に影絵でも作るような状況に似ている。ぼんやりと浮かぶ人型の…

「AC!!!!」
「敵ACだあああああああ!!!!全員伏せろおおお!!!!!!!!!!!!」
俺は喉を潰す勢いで叫び、それに気付いた他の兵がまだ気付いてない奴等に対し、俺と同じように叫ぶ。
皆が皆、空を見上げていた。
金切り声に揺れる雲、あれは雷なんかじゃない。

あらゆる金属音を重ねて交えて潰したような、喚き声様々に鳴く歩兵を前に、空から降った奴がいる。
空から此処目掛けてブーストを吹いて、コンクリートを蹴散らし土を抉って、二本の脚を地面に突き立てた。
俺はコレが兵器だとは到底思えなかった。映画に出て来るような、ストーリーの一部に過ぎない、もっと言えば
美術館に飾ってある大きな彫刻だって言った方がまだ現実味がある。
10mを超える人型、手や肩に背負う大型の砲身機関、無骨な装甲、自身に影を落とし塗装すら忘れさせるその暗い巨体の影の中で
輝く眼光、アーマードコア。
今まさに、世界でもっとも優れた兵器が目の前で稼働している。
関節をキリキリと鳴かせ、擦れる装甲の摩擦音、駆動音。シュウと吐き出す蒸気、動物のように一部一部が忙しそうに動いている。
間違いなくコレは兵器なんだ、俺は確信した。
確信したにも関わらず飲み込めない。こんな大きなものが動くこと事態間違っているのに。
MTなどで慣れていると思っていたが、こうまで綺麗に人型をしていては違う所があった。
感傷に浸っている場合じゃあない。コイツは敵だ。
敵う筈の無い敵なんだ。
「全員撤退!!撤退だああああ!!!!下がれ下がれさがれぇ!!!」
アレを前に道に転がる車の残骸、崩れた建物の影、なんの役にも立ちゃしない。
回れ右だ、右向いてもっかい右向いて祈りながらひたすらに走る。
今もっとも生存率を上げる戦術的撤退。
障害物から離れたとき、狙撃兵の弾がかすったが、俺の玉は限界まで縮み上がっていたから恐いとも思わなかった。
撃たれて死ぬ方がまだマシだからだ。
横を走っていた奴が頭を撃たれた。俺は念押しでヘルメットを少し傾ける。
何人かが応戦するように歩兵用携行ロケットを構えている。
「馬鹿野郎!!そんなもんが通るか!命が惜しけりゃ…」
一番近くの奴が吹き飛んだ、下半身がビクビクと痙攣し、衝撃で宙を舞った上半身はまだ意識があるようだ。
驚いたような顔で彼は自分の足を上から眺め、左手がゆっくりと千切れていく。
地面に落下した上の方が残った右腕と頭を壊れた玩具のようにジタバタと動かしているのが見える。
そして未だ離すことのなかった砲筒からロケットの弾頭が撃ち出され…。

俺は吹き飛んだ。

今度こそ別れを言うべきだろうか。言う相手もいないし惜しむべき人生でもなかった。
身体中の感覚がない中で、視覚だけが生きている。
また空だ、曇り空。横切るように飛んでいく弾、サイズの大きさから言ってACのだろう。
シュガーマンは生きてるだろうか、小隊長のように死んでいなかろうか。
俺もソッチ側へ行くのか?
あのACはどれくらい暴れるのか、俺達の部隊は間違いなく全滅か。
アレは、空を翔る天使?じゃない…人型?味方のAC。
「シュガーマンが先刻言ってた奴か!?」
身体を強く打ったようだが死にはしなかったようだ。
よくよく悪運が強いんだな、おれは。
身を起すと背中にズキンと痛みが走り、血の混じった咳をする。
見上げれば、そこには2体のAC、敵味方を巻き込んでの凄まじい戦闘。
ブースト時の衝撃で何度も飛ばされそうになった。現に何回か身体が宙に放り出された。
「今の傷付いた身体にゃ辛い…」
そういって膝を付いた時、どっちかのACの装甲が頭上をかすめた。ここまでくると悪運と言うには都合が良すぎやしないんか。
「コッチだ!早く来てくれ!!」
霞んだ視界にあの男、シュガーマンが映る。せっせとコチラへ走って来ているようだ。
「よかった、無事だったんですね!コッチだ!担架をまわせっ!!!」
「お前も、生きて…たか」
シュガーマンの肩に体重を預け、半ば引き摺られるように歩く。
赤い十字の目立つ服着た奴等に預けられ、シュガーマンは援護するように横を走った。
「貴方の名前は?」
薄れる意識の中、誰かに名前を聞かれた気がする。
本来の名前を言おうとしたが、難儀なことに本名は長い上に噛み易い。
仕方なしに俺は小隊長につけられたあだ名を呟いた。
「…ブ…ライブ……」




「青空の向こうの飛行機雲」


青い空、さんさんと照りつける太陽の下で、大地はその色を赤く染めたのだろうか。
オーブンから取り出したばかりの料理のように砂は赤く熱く、向こうの景色が微かに歪んでいる。
ひび割れた地面の上にどっしりとその身を預ける岩山、砂に比べ彼等は随分と黄みがかっていた。
荒地と言うに相応しいこの赤い荒野に気の利いた緑などなく、枯れ草の塊がただころころと風任せに
砂の上を転がっているだけだった。
砂が剥げ、乾燥した地盤を幾度も踏みつけることによって出来たであろう道路、舗装もされていない
この道路がこんなにも目立つのは、この場所にそれ以外見るべきものがないからだろう。
だが、本当に何もないワケではない。
この道路を道なりに進んでいくことで、やっとこさ人工物と呼ぶに相応しい物が見えてくるからだ。
そこにあるのはなんとも寂れた雑貨店だった。
屋根、壁はその化粧である塗装が剥がれ、下地の木目が露出している。
その上何年も砂の混じった風に晒されたせいだろう。壁はそこらじゅうが削れて隙間だらけになっていた。
煤けた看板がなんとも哀愁を漂わせる。

~フィリアム雑貨店~

本来ならば屋根に取り付けられていた看板は、今や入り口の横に立て掛けられているだけだ。
横に置いてある植木鉢から伸びたツルに巻き込まれ、それらが枯れているのを見るにかなりの年月を物語っている。
これだけ並べてもまだ言葉に困らない程、この建物は古めかしいものだった。
突然、両開きの扉が勢い良く開かれる。
飛び出してきたのは少女だった。この場には少し…かなりの違和感を覚える程、身形の整った少女。
太陽のように輝く金の髪、降り注ぐ日の光を浴びて眩い白のドレスはフリルが至る所に飾られている。
セットの帽子には大きなリボンも付いていた。
ピカピカの革靴が砂を蹴るたび、少女は機嫌良さげに鼻歌を交えた。

少女が開けてからバネの力で元の位置に戻ろうとする扉は、錆びた蝶番がキィキィと音立てている。
その扉の奥、影の落ちる店の中からしゃがれた老人の声が響いた。
「あんまり遠くに行っちゃ駄目だぞ!」
どうやら少女を心配しているらしい。
それ聞いた少女は振り返り、声の主へと聞こえるように声を張り上げた。
「近くにいるから大丈夫!」
そういうと彼女はにっこりと笑みを見せ、また鼻歌を響かせながら道路の方へとスキップしていった。
小さな足で駆けて数分の所、道の脇には小さな樽が置いてある。少女は樽に被った砂をその白い手で掃い落とし、腰掛けた。
そして彼女は、左手に抱えていた本を膝の上で開く。此処は彼女のお気に入りの場所らしい。
本は表紙が皮作りになっており、金の細文字で美しく、だがシンプルにその題を綴っている。

   〝アイラ〟

~甲冑を纏う黒髪の少女~

この年頃にしては珍しく、1ページぎっしりと埋める文章を苦とも思わずにすらすらと読んでいく。
時折彼女は空を見上げ、巨大な入道雲の向こうを透き通った瞳で見つめる。
1ページ1ページ丁寧に捲り、また空を見上げ、視線を本に戻す。
「わたしもこーひーを飲んでみたいなぁ」
ぼそりと呟いた、どうやら本の中の話のようだ。また1ページ捲る。
それから思い出すように空を見上げると、彼女は待ち望んでいた物を目にした。
瞳を輝かせ、見た物が嘘か幻でないかを確かめるように瞬きする。
それから開いていた本を閉じ、立ち上がって雑貨店に向かって駆け出した。

彼女の見上げていた空には飛行機雲が綺麗な線を描いている。

「おじぃちゃーん!レイ兄が来たよ!」
雑貨店の扉の前に少女が辿り着く頃、店の中に居た老人はその枯れ枝のような腕で扉を引いていた。
皺が刻まれた顔を白髪が飾り、目には穏やかさと厳しさを秘めている。
少し黄ばんだシャツにだぼだぼのオーバーオウルを着込み、厳ついブーツが床板を叩く。

「俺の後ろに隠れてないと風で飛ばされっちゃうぞ?」
店の壁にいくつもある木目も顔負けの皺だらけの顔をくしゃくしゃに、微笑みながら少女をからかった。
それを聞いて少女ははしゃぎながら老人の後に回り、少しだけ顔を覗かせて先程までいた道路に
その視線を向けた。
少女の肩に手を置く老人もまた、同じ場所を眺めていた。
それから少しして、静かだった辺りに重低音が響く。その次に砂煙だった。
二つは次第に賑やかさを増し、砂煙が目に入らないかと少女はドギマギしていた頃だった。
通りの向こう、少女と老人の二人から見て左の空から黒い影がその身を落としていた。
影、ではなく影のように黒い何かだ。それが〝人型〟を模しているのは老人の衰えた視力でも把握できる。
その人型は直線状に伸びる道路の上をなぞるように飛びながら、その高度をゆっくりと下げていき、あと少しで脚の裏が
道路を削る手前というところで胸部から推力を吹き飛ばした。
が、減速が充分ではなかったためか、道路の上を滑るように削り進んでいる。
近くで見るとその人型は大きく、人と比べればその身の丈は巨人と言う他ならないだろう。
店の前を少し通り過ぎた所で人型はやっとこさその勢いを殺し、その巨大な脚で店の近くまでやってきた。
口に入った砂をぺっぺっと吐き出し終えた少女は、近づいて来た人型の方へと走っていく。
「レイ兄ー!」
老人は少女の後を追うように、店の日陰から日の光の下へと歩いていった。
黒い人型は少女の背丈で見上げると、倍以上の大きさに見える。
先端が太くそれでいて滑らかな流線形の胴体、悩ましい美しさの曲線は背中の方へと続いている。頭は半ば胴体に隠れているようで
細長く、平べったいそのフォルムをきちんと眺めるには屋根に登らないと難しいだろう。
この人型は人間のような肌ではなく、硬い装甲で覆われている。
そのせいか、直線的なフォルムの部分は刺々しく、曲線的な部分はどうにも芸術作品を思わせた。
二つでは事足りないため複数設けられている人型の目は二人に向けられている。
足元で飛び跳ねる少女と、その後から腕を組んで見上げる老人の二人を。
「うぅむ、やはりこうして見ると格好良いもんだなぁ、〝AC(アーマードコア)〟は…」
そう、二人の前に立っているこの人型の名だ。アーマードコア、この地上でもっとも優れた兵器。
老人の呟きはACに乗っている者の耳にも届いていた。
『惚れたってやれねぇぞ?コイツは俺の大事な身体だからな』
外部スピーカーから聞こえてきたのは生意気さを感じさせる青年の声だった。

巨大なACの丁度頭部に位置する所、そこから甲高い音と共に白い煙が噴出された。
頭部パーツが前へと進み背部の分厚い装甲が後へ、下にいる二人には見えないがその部分に狭い隙間ができた。
隙間から這うように出てきたのは、ACと同じく黒で統一されたパイロットスーツに身を包む青年。
ACの後頭部に足を置いて老人と少女を見下ろすように立ち上がると、見上げる二人へと一声。
「久しぶりだなフィル爺、それからリオちゃん」
ヘルメットをもぎ取り、その赤い髪と緑の瞳をあらわにする。
「レイ兄!早く降りてきてよぉ!」
「はっはっ、…まぁ家に入れ、酒くらいしか出せねぇがな」
「荷物を持ってくから先ぃ行っててくれ!」
レイはまたコックピットへと戻り、フィルは少女リオの手を引き、店へ戻った。
やっとこさ取り出せたトランクケースを片手に抱え、レイはACの装甲を器用に飛び移り、二人を追って行く。

店内は薄暗く、薄汚れてもいた。壁に出来た隙間のおかげで電気を点けずとも室内を見渡せる。
雑貨店とは言うものの、売り物になりそうなものは殆ど見当たらず、商品棚に置いてあるのはガラクタばかりだ。
陳列されている酒も一度封を開けた物ばかりが目立つ。
店の中心であるレジ台の近く、テーブルやイス、カウンターが設置されたところに三人は居た。
レイは持ってきたトランクをテーブルに載せてカギを開けている。その横ではリオがいっそうに輝かせた瞳でトランクと
レイを交互に、ひっきれなしに見つめている。
「はっこっのなっかみはなんだろな?……はい!リオちゃんのスパッツが3着に、寝巻き用にヒラヒラの付いたお洋服!
それから新しいドレスと帽子だ」
「ふぁ、すごく可愛い!ありがとぉレイ兄!」
リオが寂れた土地で華やかな身形をしていたのは、どうやらレイが買い与えていたからのようだ。
新しい洋服を自分の前で広げ、満面の笑みを見せる少女。
また、その様子を見てフィルとレイの二人も満足そうに微笑んだ。
「それからっと…ほい、フィル爺には煙草と酒な。飲み過ぎんなよ?」
「わりぃな、いつもいつも。結構するだろ…随分良い酒だな?感謝の言葉も出ないよ、今此処で開けようか?」
フィルがカウンターの棚からコルク抜きを探そうと立ち上がったが、すぐにレイはそれを止めた。
「いや、やめとく。これから仕事なんだわ、も少ししたらこっから行っちまうからさ、酒飲むのは控えないと」
老人はそれを聞いて渋々腰を下ろした。古ぼけた椅子がギィと悲鳴を上げる。

「あっ、そだそだ。リオ姫!もひとつ、渡すものがあるんだ…ハイ、これ」
そういってドレス片手にはしゃぐリオの下へ行き、パイロットスーツの幾つもあるポケットの一つから古くなった
本を取り出し少女に手渡した。

 〝アイラ〟

~青い鳥の翼~

「あぁ!これ!」
嬉しさに言葉を忘れ、レイの手から本を引っ手繰る。
パラパラとページを捲り開けた口を閉じようとしないリオにレイは言った。
「欲しかったろ?二部作の下巻、この前オークションで見つけたもんだからさ」
「ありがとぉ!お外で読んできても良い?」
レイに感謝した後、視線を向けたフィルの許可も聞かずにドアを押し退け外へ飛び出していった。
「あんまり遠くに行っちゃ駄目だぞ!……すまんなぁレイ、何から何まで。どうにか返したいが金も価値あるもんもない」
「気にしないでくれよ、俺が好きでやってることだ。まぁ本は結構な値だったけどさ。なんでも赤い雨が降るよりもずっと昔に
書かれたとかなんとかで美術品扱いだったからよ」
申し訳なさそうに頭を掻き毟るフィルを尻目に、レイは一人愉快そうに声を上げて笑った。
一頻り笑ったところで、レイの顔にはさっきまではみせない真剣な表情を作った。
「今日はさ、ちょっと大事なことを話さなきゃいけないんだ」
「どうした急に、そんなに改まるなんて珍しい…」
彼の表情と態度で、心配そうに目の前の青年を見つめるフィルは、椅子が悲鳴を上げるのもお構いなしに姿勢を正した。
「今日これから行く仕事はさ、ちょっとやばいかもしれないんだ。っていうのも結構な曰くつきで、かなりの数のレイヴンに
依頼したんだけど、生きて帰ったのは一人もいないみたいなんだ。で、巡り巡って俺の方にも依頼が来たってこと」
店内の空気がガラリと変わったように錯覚した、先程よりも薄暗さが増したように思える。
フィルの険しい表情にたじろぎながらもレイは続ける。
「まぁ!心配ないけどな、なんてたって俺は強いからさ!だってこの歳で専属レイヴンだぜ?大丈夫。……ただ、俺に何かあったら――」
「やめてくれ!」
急に声色を変え震える声で怒鳴りつけたフィルを、驚愕したと言いたげな目で見つめるレイ。
老人は目に一杯の涙を溜めるも泣くまいとし、彼に向かって言葉を並べた。

「なんだってそんな仕事を引き受けるんだ!お前は、俺にとってもあの娘にとっても大事な存在なんだぞ?
金に困っているのなら、わざわざ土産を買ってこなくていい。金だって渡してくれる必要はない、生活が辛いのなら
わざわざそんなことしてくれなくたって良いんだ」
「お、落ち着けよ?フィル爺」
今にもテーブルを壊しかねない力で、握りこぶしを振るわせるフィルをなだめようとレイは焦っていた。
自分でも落ち着きを取り戻すよう、フィルは自分の手で顔を隠す。
「すまない、こんな偉そうなことを言える立場じゃないのにな。孫娘一人満足に食わせられない俺が
言えることじゃあないのになぁ…」
少しの間沈黙が続く、二人の呼吸の音と隙間風が抜ける音、風が壁を叩く音だけが室内を包んだ。
抑えていた手をどけ、一呼吸ついた後で、フィルは近くの棚から安酒を取り、一口煽る。
「なんでまた、そんな危ない仕事を受けたんだ?」
静寂を破ったのはフィルだった。
「言うのは恥ずかしいんだけどさ、…その、リオを学校に行かせたいんだ。それにフィル爺にももっと楽してほしい…
それには、今の俺の稼ぎと貯金じゃ少し不安で、だから依頼を受けたのかな。まぁそんなトコ」
「…断ることはできないんだな?」
「その通り、アンタだってあの娘を誰かと遊ばせたいだろ?ここじゃ友達になる子もいないし、学校はコロニーまで行かないと
ない、リオを思うなら…断らないでくれ」
とうとうフィルの皺だらけの頬を一筋の涙が落ちていった。
赤くなった鼻を啜りながら感謝と謝罪を繰り返すフィル、それを聞くのは少し恥ずかしいとレイは右手の指でこめかみをなぞった。
「ふと、思うよ。なんでお前みたいな好青年がレイヴンなんてやってるのかって…な」
「なんでだろうな?俺も不思議に思うよ」
得意気に微笑んでからレイは立ち上がる、それをお前が言うかと涙目を擦りフィルも同じように笑ってみせ、入り口まで
歩いていくレイを見送るために一緒に外へ出て行った。

ACに乗り、道路を滑走路代わり飛び立とうとするレイを見送る二人は影の下。
フィルの複雑な思いを表した目つきに気付いたレイはスピーカーの音量を上げ、二人に届くよう声を張り上げる。
『ゴメンなぁリオちゃん!次来た時はがんがん遊んでやるからな!』
そう言い残し、ブースターの出力を上げるAC。夕暮れ空に鮮やかな飛行機雲を作りあっという間に雲の向こうへと消えていった。

レイがあの荒野を飛び立ってから随分の時間が経った。
黒一色だった空は地平線の下から少しづつだが明るさを見せつつある。白が黒と混じるも煤けた灰色でなく鮮やかな紺に
少しだけ透き通るような赤の気まぐれ、あと数刻で日の出を迎えるのだろう。
「うーん、輸送機を迎えにこさせた方がよかったな、訓練受けてるとは言え長時間の移動は辛いわ」
先程まで背景に溶け込んでいた黒のACは、日の出と共にその色を変える空の中でその姿を晒しつつあった。
あれからずっと休ませることなく動かしていたブースターだが、このような長時間の運航は想定されていると言いたげに
濃い翠の火を吐き続けている。
太陽の光を反射する黒の装甲は、表面に薄く氷を張っているせいで宝石のように輝いているのがわかる。
推進速度に比例して掛かる負荷は、張り巡らされた装甲の隙間を狭める程に強い。しかし、その隙間が狭くなるのもお構いなしに
内部で作られた水滴が規則正しく空の彼方へ身投げする。
大地の上を雲が線引きする更にその上、レイを乗せたACは常人では想像も付かない遥か上空を高速で移動していた。
《作戦領域に到達しました》
目覚まし時計もビックリのその正確な機械音声に、退屈していたレイは待ってましたと両手を動かし、だらけていた自分に
一喝するように頬を打って操縦桿を握る。
システムは移行させずに、速度と進行方向を保ち辺りの警戒を強めた。
まだ見ぬ敵を探す一方で、レイの頭の中では作戦のブリーフィングと依頼主からの情報を併せて思い返していた。

『この依頼は実力あるものに是非とも受けて頂きたい。それが例え他企業の専属レイヴンだったとしてもだ。
こういった話をするべきではないのだが、依頼文にこれらを記載する理由はひとつ、決して実力の低いものに手出しして
もらいたくはないからだ。我々は既に多くのレイヴンを雇いこの依頼の実行に当たって貰ったが、誰一人として成功させた
ものはいない。更に付け足すならば、敵対目標の情報が殆どないに等しい。ただひとつ確実にわかることは―――』

『今回の依頼は敵対目標の破壊、ですが情報といえる情報が揃っていません。依頼企業側の憶測とも言える
曖昧な情報が…敵は一機であること、レイヴンであること、そして―――』

既に太陽はその姿を現し、空に先程までの暗さなどなくなった頃。作戦領域の丁度中心地、今は誰にも使われることのない高層の
建造物が雲の中からその頭だけを幾つも覗かせる空域。
そしてその内のひとつの屋上に――

『『敵対目標は旧式のAC使っている』』

「旧式の…AC」
レイの目前にいる目標、その姿形を造る鋼鉄の身体は殆どが見るのも初めてのパーツばかりだった。
一部は今でも流用され記憶に新しい物もあるが、旧式と言われるAC、やはり心当たりのあるフレームではなかった。
それらは今、レイの瞳にこびり付いていく。その特徴的な青と白、まるで空のような塗装も含めて。
旧式のACは、水流のようなしなやかな曲線を描く脚を未だ平たいコンクリから離すことはない。
その場で留まり、紅い目でコチラを睨みつける以外に何もしてこないのだ。
(…何だ?こっちの動きを警戒してるってのかよ。まぁ旧式が下手に動けばやられるってのを理解してるから
なんだろうが…嫌な相手だ。こっちを焦らして判断を誤らせるつもりなんだろうよ)
「生憎、俺は我慢比べは苦手なのさ…行くぞ!如来!!」
《システム、戦闘モードに移行します》
如来と呼ばれたレイのACはシステムを切り替え、旧式AC目掛け突っ込んでいく。
フルで稼働させた推力機とジェネレーターは文字通りに火を噴き、空中で冷え切っていた黒いフレームを加熱する。
僅かな距離を進んだ途端に黒いACの周りに白い大気の壁が現れ、巨大な質量であるフレームがそれを打ち砕く。
バンッ!と音が鳴り消えた瞬間、レイのACは建物までの距離を一瞬で0にしていた。
だが、それは相手も同じだった。本来ならばレイのAC、如来の目と鼻の先にあの青いACは立っている筈だったのだ。
しかし居ない。レイはそれを想定していないワケではなかったが、度肝を抜かれたのは事実。
旧式のACは既に脚をコンクリから離し、その身を空に浮かべている。
(…以外に動きが速い?にしても消えてから気付くなんてな。少し侮り過ぎたか)
「けどよ、空での鬼ごっこなら負けないぜぇ!!」
旧式のACを見上げながらにコンクリを蹴りつける。僅かにだがその身を浮かせるやいなや背部のメインブースターを
怒涛の如き勢いで唸らせた。
先刻と同じようにまた大気の壁を砕いて頭上の敵へと迫る。当たる日に黒い装甲を輝かせ、超えた大気の渦の中
蛇のように貪欲なうねりを見せ猪突する。
そして敵もまた、レイの誘いに乗ってきた。急接近するAC、如来に背を向けその推力機に鞭打ったのだ。
レイの加速同様に旧式ACの周りにも同じような大気の壁が生まれ破壊される。
が、段違いの加速だった。今しがた全力で推力を吹かした如来を遥か後方に置いてけぼりにしていく。
そして後のACが遅れを取っているの知っているかのようにその速度を少しずつ落としていくのだ。
「…へっ、思ってたよりは速いと感じたが、それは加速だけみたいだな!」

口頭では強がった、だが確実に冷えた空気を感じていた。
最初の俊敏性、そして先の加速度。それらから判断して旧式のACは間違いなく新世代のACフレームとパワー等が互角、最悪の場合
旧式の方が性能的に秀でている可能性がある。
(どうやら、昔の企業はACパーツを採算度外視で造ってたって噂、本当らしいな。…やっかいではあるが、性能の高さ
ならコッチの如来も負けてない!キサラギフルフレームで高速戦闘に長けたコイツなら或るいわ!)
一定の間隔を保ち追い追われを続ける二機のAC、レイは少しの間も敵から目を離さず、相手の動きの癖についてを学ぼうとしていた。
しかし相手の動きを見れば見るほどコチラの分の悪さが明らかになっている現状、焦らずにはいられなかった。
敵に合わせコチラも徐々に加速し、ガッチリとその後に喰らいついていく。今最も賢い判断だと言えるだろう。
既に両者の機体速度はマッハ2を越えている、身体に掛かる負荷は緩和されているとは呼吸が早くなる。
呼吸に乱れに生じぬよう集中しながらの戦闘、まだ撃ち合いはしていないもののレイの身体には確実に疲労が蓄積されていった。
雲の合間を縫うように飛行し、時折覗く太陽に目をしかめながらも間合いを保つ。そして遂にレイがその動きを見せたのだ。
右手に装備された連射兵器を相手の旧式、ではなくその旧式の数瞬後に居るであろう軌道に向け火器を乱射した。
バレルから飛び出した弾頭は目標の移動予測先に放たれた。だが空を切る、旧式は各部位のブースターを使いその予測位置から大きく
反対側へ、その身体を軸にクルリと回りながら軌道を変えて見せた。
(速い!読まれてた?…――だが!!)
旧式の動きに合わせて如来もまた、その軌道を大きくずらしながら旧式へと食って掛る。
敵に避ける隙を与えまいと左手の同一火器を連射した。2~3発が旧式の装甲をかすめたが回避行動を取られたのが直撃よりも先だ。
レイから見て機体で大きな円を描くように動き、一瞬だがコチラと向き合いそのまま背中から落ちていく。その間にも旧式は右手のリニアライフル
を如来に向け照準も合わせずに撃ち返す。マシンガンの物よりもおおきな弾頭がレイの乗る如来をかすめた。
反撃に移ろうとした刹那、旧式のACはその身体を真っ白い雲の中へと隠したのだ。
「逃がすかよ!!」
思わず口に出ていた。確実に、少しづつではあるが焦りが生じている。
自分でも気付かない程だろうが、その焦りは行動に出ていた。レイは旧式を追い雲の中へと飛び込んでいく。
次に雲を抜けた時、旧式は如来の遥か下を飛んでいた。纏わりつく糸のような雲を引き千切るようにブースターで急降下、そこから
旧式を光学照準に合わせ、両背中の兵装を展開した。
「悪いがこのチャンス、逃がすなんてこたぁしないぜ!?」
引いたトリガーから伝わる電子信号が兵装へと命令を下し、36発のミサイルは旧式を目標と認識しながら飛んでいく。
また、糸を引いて飛んでいくミサイルへと続くよう、背中のポッドを切り離し、推力を全開まで引き上げ旧式を目指した。

上空から降り懸かるミサイル群を引き付けるように、また追手である黒いACとの距離を開けるかのように、旧式も同じくその推力を
全開まで振り絞った。
更に増した加速度を加えた上昇は、一瞬だがミサイルを置いていく。光学照準搭載の小型弾頭ミサイルは一瞬失った目標を
再確認すると同じように上昇。その後を追うレイもまた同じく上昇した。
それからだった。旧式は更にその速度を速めていき、かなり間の開いたミサイル群に向かって1発、火を噴いたリニアライフルからもう1発
の弾頭が撃ち出され、ミサイル群を迎撃。そこからさらに大きく軌道を変え小刻みに回転しながら残りのミサイル達を撃ち落していくのだ。
「あれがトップスピードかよ、なによりあんな無茶な軌道!…くそっ!!」
実力に圧倒的な差があったのを見せ付けられた、だが引くに引けなかった。
レイヴンとしてのプライド、そしてあの二人のための高額報酬。今にして思えば何故企業がコイツを潰したいのかわかる気がした。
アレは間違いなく〝イレギュラー〟、ましてや企業の都合で動いてくれないとなると相当都合の悪い存在なのだろうと。
ただ、判断を間違えた。この時点で撤退していれば、或るいわ―――。

「コイツの売りは機動性!そして旋回の早さ!」
(OBで誘いをかけてまた雲の中に入れれば、コチラが敵の上を取って摘みだ!)
背中の装甲板が口を開けるように上下に動き、中から単発の大型推力機がその姿を覗かせる。
そこから膨大な推力を吐き出した時には、旧式との距離も限りなく狭くなっていた。旧式は距離を開けるように右下に下降、そのまま
雲へと消えていく。ここまで、レイの計算通りにことは運んでいた。
大出力のブースターを切らずにコチラも同じく雲の中に消えて行く。もの凄い速さで機体に触れては後方へと流れる雲の塊を突き進み、
旧式の軌道を予測、相手が姿を現すであろう場所へと加速していった。
然程大きな雲ではない故に、彼の予測した位置は十中八九当たっていただろう。それが今までの相手なら。
雲の壁を突き抜け、再度日の光を装甲に浴びた時、彼の中ではほぼ確信していた。眼下から確実に敵が飛び出すと、そう踏んでいたのだ。
ほんの僅かな時間だった、風のそよぎがあっちからこっちに行く程度に短い、本当に僅かな時間。
それでも雲から姿を現さない旧式、そして、時機に落ちる誰かの影。
黒の装甲に少しだけ暗さを付け足すように、時機の上空から影を落とし包む。
全てが、今までが、これからが頭を過ぎるような感覚にレイは襲われていた。
自身の視線の先に落ちる汗の玉がまるで感覚と競争するかのように、ゆっくりゆっくりと落ちていく。
鳴り響くアラームは高い音の筈なのに、まるでスローで流す茶化した音楽みたいに間抜けに耳を過ぎていった。
高鳴る鼓動すら、今は止まってるかのように静かに胸を打っているのだ。

そして気付いた。相手の上を取ろうとしていた時機の上を、奴は飛んでいる。

一撃目。プラズマトーチが肉を切り裂くナイフのように装甲を抜けていく。
高鳴るアラームの音色も忘れボンヤリと頭に少女が映った。
まるで眩しく光り輝く宝石を敷き詰めた絨毯のような草原の上を駆けて行く少女、手に古びた本を抱え
回りの光景も色あせるような笑顔をしている。

二撃目。腕と足に一瞬だが熱さと痛みを感じた。その次にはコアの前半分が空の向こうへと落ちていくのが見える。
よく見れば手足が見当たらない。一緒に向こうの方へと落ちていったのだろう。
遮るものがなくなり風が身体を包む、涼しかった。ヘルメットがなければもっと良い気分になれただろう。
その風の向こう、草原を走り回る少女に優しい瞳を向ける老人が見えた。
心地良い風に椅子を揺らし、口に咥える煙草から煙を燻らせていた。

三撃目。横半分に両断されたようだ。
落ちていく中でそのバランスをなくした如来を打ちのめすように大気の壁が全体を揺らす。
開いたコアの前から見える景色はグルグルと姿を変え、なんとも言い表せない気分の悪さになる。
崩れ落ちていく如来はそこかしこから破片を放り投げて、ゆっくりと自身を削っていく。
少女と老人が見える。
二人はコチラに気付くと、少女はその場で崩れ落ち、大きな瞳からぼろぼろと大粒の涙を流す。
行かないで、行かないでとひたすらに喚きながらむせ返り、顔を上げることはなかった。
老人は涙を一筋流し、顔を腕で覆い隠した。震える肩で声に出せぬ感情を表している。
そして、青年レイもまた、その瞳から涙の粒を宙へと落とし身体を振るわせる。ヘルメットで遮られなかった涙がコアの中をさまよった。

「……ごめん、ごめんよ。リオちゃん、フィル爺、ホントにゴメン…」

誰も見ることのない青空の向こう、ひとつの爆発が静かに雲を振るわせた。

荒野にはやはり緑がなかった。
乾いた風が運ぶ細かい砂と枯れ草。殺風景なこの場所で唯一姿を変えるのは空に見える雲くらいのものだろう。
何食わぬ顔で地表を照らす太陽、その下で見覚えのあるドレスを着た少女が古びた本を片手に樽の上に座っていた。
不満気な顔して見つめる先には大きな入道雲、そして変わらぬ青さを保ち続ける空の切れ端。
やはり求めるものはないと確信した少女は、手に持つ本を捲り続きのページから読書を再開した。
と、その時だ。求めるものとは別だがこの辺りでは珍しいものに気付く。
砂煙だ。ただの砂煙じゃない、道路を走る車のものだった。黒の塗装眩しいその車はどうやらこの雑貨店を目当てにしているらしい。
その事がわかったのは店の前の道路で車が止まってからだったが。
たとえ車一台であろうと少女の興味を引くには充分だった。樽から腰を上げるとお尻の汚れを掃い、車の元へと駆けて行く。
少女が車に辿り着く頃には、中に乗っていた人がドアからその足を覗かせる。
スラリと伸びる裾からスーツの上からでもくびれがわかるスタイルの良い女性、全身を車同様黒で統一し、目元はサングラスで隠している。
車を降りて近くの少女に気付くと、彼女の背丈と合わせるように自身も屈み、少女へと口を開いた。
「可愛いお嬢さん、フィリアムって人知ってるかな」
「うん、私のおじいちゃん。お店にいるけど呼んでくる?」
「お願いしても良いの?」
コクリと頷いた少女は来た道を戻るように店へと駆けて行く。
その後姿を見つめながら女性は立ち上がり、車のドアを閉めてニコリと微笑んだ。
店の扉から顔出した老人は少女に待ってなさいと一言、そしてコチラへ向かって歩いてくる黒尽くめの女性の方へ自分もまた歩き出した。
「どうも、初めまして。私キサラギに勤める獅子王・k・アンジェリカと申します。この度は我社にて働いていた専属レイヴンの―――」
「死んだ…そうだろう?」
フィルは込み上げる感情をグッと堪えた。数日前のあの日、自分達の為に空へと飛んでいった青年の顔を浮かび上がる。
アンジェリカと名乗った女性もサングラスを外し胸のポケットに収める。その黒い瞳はフィル同様、悲しみを浮かべていた。
「レイヴンからも…いえ、レイ本人からも聞いております。家族のように大切な方々だと、お悔やみ申します。
この場で渡す無礼をお許し頂けるならば、彼の契約時の条件について…話すよりも早いでしょうから、コレを」
そういって、アンジェリカは封筒を手渡した。呆けるように立ち尽くすフィルに一礼し車へと戻っていく。
風に晒されながら、自然と一筋の涙が零れ落ちるのに気付いたフィルはソレを拭う。そして手渡された封筒を破り開けた。


フィル爺へ

これを読んでる頃には、俺は多分もういないと思う。
なんかこういうのって映画みたいでちょっと興奮するな。一人で書いてるのに凄くドキドキしてきたよ。
まぁこういう手紙を書いておくからには格好良く死んでみてぇな。な~んて、冗談。
フィル爺とリオちゃんが楽できるまで死んでも死に切れねぇっての!
そうだ、本件はアレだ。
俺が死んだらさ、貯金と俺に掛けてある生命保険がフィル爺の講座に振り込まれるようになってんだ。
つっても額が額だから結構な金額引かれちゃうみたいだけど、この歳になっても税ってのが納得いかねぇな!まったく。
それでも、二人が安心して食ってけるくらいはあるからよ!心配すんな。
面倒な手続きとかは、コレ渡しにきた獅子王さんがやってくれるみたい、どうよ?美人だったろぉ?
リオちゃんのドレスもさ、獅子王さんに選んでもらったのよ。俺じゃぁ何が可愛いとかわからんからさ。
ちなみに只今猛烈アタック中です。惚れたからって告るなよ?歳考えろっての!

リオちゃんによろしく~

                                          レイ

「…プッククク、クハハハハハハハハ!これが遺書かぁ?まったく書くこと選べってんだ!しっかしコレは…クク、クハ傑作だなコリャ…
歳を考えるのはお前さんの方だろう…まったく……馬鹿野郎め…ほんっとうの大馬鹿者め………」
フィルは涙を流しながらも、まるで子供のように笑っていた。
アイツらしい、そういいながら遺書に目を通す度に腹を抱えたのだ。
「おじいちゃん、どうしたの?…泣いてるの?」
店から出てきたリオに気付き、シャツの袖で涙を拭ってから飛び切り笑顔で笑って見せた。
「まっさか、あんまりに面白くてな、つい笑ってしまったのよ!」
「アハハ、へんなの~」
リオもまたフィルに笑ってみせた。
二人は空を見上げる、雲だけが形を変えるあの変哲のない空。

あの青空の向こうの飛行機雲があった場所を、日が落ちるまでいつまでも。




「妄想添加物〝ヴァッハフント〟」


男はベンチに腰掛けていた。
ガラス張りの天井の下、木漏れ日に目を瞬かせながらどこか遠くを食い入るように眺めている。
その鋭い目付きを隠すように伸びた前髪、覗かせる口元は時折息を荒くしてその形を不気味に歪めた。
男の視線の先、出店屋台のホットドック屋が看板横のラジカセから能天気な音楽を垂れ流していた。
少し禿げた頭を帽子で隠す店主は接客中、トッピングをどれにするかで頭を悩ませる少女が一人。
男は少女を見つめていたのだ。
ワンサイズオーバーのぶかぶかな長袖シャツから伸びる細い手足、店主の半分もない身の丈が可愛らしい。
肩まで伸びた艶やかな髪は寝癖を直していないせいか所々がはねていた。
微かに見えるうなじに背中へと伸びるラインがなんとも悩ましい。
太もも辺りの柔らかそうな肌とおにくにスパッツの食い込みが目立ち、男の何かを熱くたぎらせる。
やっとこ決めたトッピングのホットドックを店主から受け取り、咥えていた紙幣を店主に渡した。
もちろんその光景を男が見逃す筈もなく。
少女が走っていくとすぐにベンチから腰を上げ、ホットドック屋目掛け物凄い形相で走っていく。
その表情の歪みようたるや、店主が受け取った金をカウンターに落とす程のものだ。
ましてや大男がその顔で店目掛け全力で向かってくるのだから無理もない。
「店主、すまないがホットドックを一つ!釣りはコレで良い!」
そういって桁の一つ違う紙幣を店主に握らせカウンターの上のまだ湿っている紙幣を優しく拾い上げた。
「そのホットドックは次の客にでもやれ」
男は逃走した。
店主はあまりの出来事に腰を抜かす。僅か30秒での事である。
逃走を終え人通りの少ない場所に行き着いた男は、ハンカチで包んだ紙幣をそっと鼻に近づけ、その湿った部分の香りを堪能する。
少し迷った後に、口元に運んで舌を這わせようした…が
「駄目だ!俺には出来ない!!これをやったらヴァッハフントたんを汚してしまうっ!」
そういってもう一嗅ぎした後、ハンカチで包みなおしそっとポケットにしまった。


男はレイヴンだった。


ヴァッハフント。
レイヴンでありアリーナでの名は有名だ。
その実力とは裏腹に低ランクに身を置くことで、ACの操作もままならぬ新人レイヴンを痛めつけ会場を沸かせている。
典型的な初見殺し。
脅しとも取れるメールを新人に片端から送りつけるので、その姿を見ぬレイヴン達はそれはそれは恐ろしい筋骨隆々な大男を想像する。
しかし実態は十にも満たぬ少女だと言うのだからそのギャップは凄い。
男、レイヴンが先程から変態的な行動をするのには理由があった。
アリーナで初めて彼女を見たとき恋に落ちたからだ。言い出せぬ想いが募りレイヴンを行動に走らせる。
それ故に道を間違えた。
男は現在、アリーナではトップを飾る最強のレイヴン。ヴァッハフントを振り向かせるためにトップを目指し、途中上位ランカー
から送られた挑発メールにさへ気付かない程早くトップに登りつめたのだ。
また、最近巷を騒がせるフライトナーズやクライン、ディソーダーなど、それらに関連した依頼が多くレイヴン宛てに届いたが、
彼にとってはどうでもいいことだった。
アレス(笑)クライン(笑)ディソーダー(笑)

場所は変わりアリーナのレイヴン『ヴァッハフント』控え室、…の、部屋の上の通気ダクトの中。
男は詰まっていた。
狭いダクトの中を巨体をねじり、縮めて、音立てぬように息を潜めて通気口の隙間から室内を覗いていたのだ。
「…ハァハァ、……まだかな…」
少しして、ドアが勢いよく開き壁に叩きつけられた。
顔を真っ赤にして涙目になりながらヘルメットを投げつけるヴァッハフント、椅子に座ると近くにあった携帯端末を引っ手繰り、音を立てて
キーを押していく。どうやらメールのようだ。
「何が!何がきたいの新人だくそぉ。ハングレなんて使ってんじゃねぇよちくしょう、グスッ…ばーかしんじゃえ、SAMSARA辺りにやられちゃえばいいんだ!」
メールを送り終えた途端にその端末も投げ捨て、簡易ベッドの布団の中に頭を埋めた。
身体のラインにピッタリと張り付いたパイロットスーツ、布団に隠れていないおしりは無防備にも突き出され、男は息を荒げる。
「泣いてるヴァッハフントたん可哀想だけど可愛いよぉ……ハァハァ………ウッ……さて」
男は果てた。
「?…なんかダクトから音がしたような…イカ臭いなぁこの部屋」


翌日、アリーナに人だかりが見えた。一般客ではない、席に座る者全員がランカーだった。
何故なら、期待の新人のテストを兼ねた模擬戦にトップランカーが志願したからだ。
戦闘前に両者パイロットが顔合わせる。
「まさかトップランカーに模擬戦を手伝って頂けるなんて、光栄です」
「それはよかった」
男は顔を大きく歪め不気味な笑みを作った。
新人は戦慄した。
開始5分、新人レイヴンの機体は煙を上げ機能停止していた。
観客であるランカー達はまぁそうだろうなと予想通りの結果に笑っている。
観客席の一部をサブカメラでズームする男、そこには満足そうに鼻で笑う少女、ヴァッハフントが居た。
男は反り返った。
模擬戦終了後、男は自販機の前で何を飲もうか悩んでいる。
彼の頭の中に新人に対する申し訳なさなど微塵もなく、ヴァッハフントの笑みを肴に何を飲もうか決めあぐねることだけが詰まっていた。
が突然、横から伸びた細い指が一番下の段のサイダーを押す。
男が驚いて横を向くとヴァッハフントが飲み物を取り出していたのだ。
男は二度驚いた。
「いやぁ気分が晴れたよ、しかしトップランカーは物好きか奇特な奴が多いのかな?」
「………や、やぁヴァッハフント…」
「普通新人レイヴンをあそこまでボコボコにゃしないよ、でもまぁ、昨日さんざアイツにやられたからさ、なんとなくありがとさん」
にっこり作ったヴァッハフントの笑顔、口の端の笑窪と八重歯が堪らない。
男は少し前屈みになった。
「私このサイダー好きなんだけどいつも残すんだよね、量が多くてさ。よかったら飲みかけだけど飲む?」
「い………いただきます…!」
「サイダーごちそうさん、あとなんかあれば言ってよ。サイダー分くらいは礼をするから」
男は考えた、一世一隅のチャンスを無駄にするまいと。
「じゃぁ!…にゃ~って言ってくれっ!!」
「?いいけど、…にゃぁ~。はいサイダー分ちゃらだね」
ヴァッハフントは廊下の突き当たりまで行くと見えなくなった。
男は選択を誤った。しかし彼は今、非常に満足している。
レイヴン齢32歳での事である。




「妄想添加物〝マグマスピリット〟」


薄暗い廊下は酷く冷たく、吹き抜ける風に温さを感じる程だ。
それは彼女が寒がりなせいかもしれないが。
時々点滅する天井のライトが照らす下、ベンチに腰掛ける10歳位の女の子。
季節外れのホットコーヒーに、燃えるような赤毛が印象的。
肉付きの良いしなやかな身体、その柔肌の所々にラバー素材のようなパイロットスーツを食いこませている。
彼女はアリーナで戦うレイヴン、決して誉められた戦績ではない下位ランカー。
今は彼女にとって大切な反省会の時間であり、少し前の対戦を思い出す苦手な時間でもあった。
先も言ったように、誉められた戦績ではない彼女。
その理由は戦いのコンセプトにあった。
相手に背を向けることなく、ひたすらに特攻。
立派な心掛けではあるが、その戦法で押し切れる程の技量が彼女にはなく。
殺られる前に殺れる程、高い性能の機体も武器も持ち合わせてはいなかった。
「もっと戦術的に動かして…いやいや、私の操縦技術じゃぁ付け焼刃だ。兵装一新する資金もないし…」
呟きが虚しく廊下にこだまする。
真剣に考察し、自身の欠点や僅かな長所を把握。それらをどう埋めてどう生かすかを考える下位ランカーは珍しい。
よほど愚直な性格なのだろう。故に、彼女は気付いていなかった。
今この廊下、それも腰掛けているベンチのすぐ傍に、もう一人のレイヴンがいることを。
「資金なら、俺が出してもいいぞ…」
突然聞こえた声に彼女が驚くのは当たり前だ。
持っていた缶コーヒーを落とし、呟く自分を見られたと理解した彼女は顔を耳まで真っ赤にしている。
動揺していたせいで相手が誰なのかもわからず、意味不明な言い訳を口からボロボロと垂れ流す。
おかげで、ようやく平常心を取り戻し相手の顔を認識した時に再度同じこと繰り返すはめになったのだ。
「あばっああぁああなた、貴方は…トップランカーの!!」

そこにレイヴンは居た。


未だ影が壁や天井に張り付き、今が昼か夜かさえわからない廊下。
二人は座っていた。
動揺に動揺を重ねたマグマスピリットは、今にも頭から煙を噴出そうだった。
真っ赤な顔を紅い髪を垂らすことで隠している。
レイヴンはそんな彼女を、この世のものとは思えぬ気色悪い歪めた笑みで見つめている。
犯罪者予備軍の顔、そう言えば理解できるだろうか。
「トップランカーの貴方がどうして此処に…?」
俯き加減で聞いた彼女は、彼の顔を見ずに済んだ。
レイヴンはその声すらも楽しむように、彼女の声を何度も頭の中で反芻し、ねっとりとした湿り気を漂わせる声で答えた。
「いや何、たまには別の道を歩いてみようと思っただけ…偶然だ」
もちろん嘘だった。
はぁそうですかと返すマグマスピリット、格上の相手と二人っきりのこの空間は彼女にとって居心地は最悪だった。
それに加え先の言葉、トップランカーの言ったあの言葉がどうしても頭を離れない。
資金提供を受けるような彼女ではないが、最近負け続きでこの上ない魅力を感じさせる。
だが、話をコチラから切り出すのも申し訳がなかった。
もちろんその手間は、レイヴンが取っ払ってくれたが。
「資金で悩んでいるようだが…私で良ければ提供しよう。無論無償でだ、大きな額を動かすのは運営に睨まれるだろうが私の行いなら
対応も甘くなるだろう、抵抗があるならACパーツという形でもいいが?」
何時もの彼女ならバッサリと断っていただろう。
だが時期が悪い、悪すぎたのだ。最早彼女の中の天秤が悪い方に傾くのも時間の問題だった。
膝の上に置いた両手を固く握る。彼女は決心した。
「…じ、条件を付けてもいいですか?」
「いいとも」
「一つのパーツだけで済ませて下さい、色々貰うのはとても申し訳ないです。…そ…ソソそ、それと――」
「それと?」
「どんな事でもいいので!わ、私に!何かやらせて下さい!貴方のACを洗ったり、ガレージの雑巾がけでも何でも!
私の身体一つで、出来ることなら何でも言って下さい」

レイヴンはこれを待っていた、彼はド外道だった。


「条件は呑もう。もっとも、提供する側の私が条件を言い渡されるとは思ってもいなかったがな」
これも嘘だった。それを平然とさも驚いたかのように振舞う辺りレイヴンのクズさ加減が理解できる。
片手で隠した口元はおおかた酷く歪んでいるのだろう。
礼を言って何度も頭を下げる彼女が不憫でならない。
「では…そうだな、ACの掃除――」
「はい!」
「ガレージの掃除はやらなくて良い」
「はい!……え?だ、駄目です。パーツだけ貰うなんて、それに条件は呑むって――」
「何もするなとは言わん、むしろ私は…いや、おにいさんは色々色エロする気満々だとも。言ったな?身体一つで出来ることなら
何でもと、では使わせて貰おうともその立派なムチムチロリボデー」
本性を露にしたレイヴンを前に彼女はペタンと座り込む、腰を抜かしたのだ。余りに歪んだその醜い心に。
待てを終らせた盛る犬が如く息荒げる獣の前に不幸にも力ない少女は無防備だった。
「じゃぁ、膝の上に座ろうか」
「…は、はい」
彼女はベンチに手を掛け、ゆっくりと立ち上がる。
頭の中を今から起こるであろう不幸がグルグルと廻る、きっと『らめぇ』とか『ひぎぃ』な展開なのだろうと
彼女は予想していた。
レイヴンがぴかぴかの笑顔で悦に入りながら手招きしている。
こうなることを少しでも予想しなかった自分に怒りを感じることなく、マグマスピリットは流れに身を委ねた。
おしりがレイヴンの太もも辺りに触れた時、ビクリと身体が強張るがそのまま腰を下ろす。
しかし、彼女の予想とは反してレイヴンは何をするでもなかった。
彼女包むように腕を前に出し、後から抱きしめる形で既に10分が過ぎようとしていた。
ホッとする反面、まだ何かあるのではと疑うマグマスピリットではあったが、何か言った途端にR18同人誌のようなことに
なることを恐れた彼女はもう少し黙っていることにしたのだ。


それからまた10分が過ぎようした頃、彼女は思い切って聞くことにした。
「何も…し、しないんですか?」
「ナニカサレタイのか?」
「い、いえ」
想像して彼女はまたも顔を真っ赤にしたが、やはり納得がいかなかった。
かなり聞き出し辛いことではあるが、彼女は再度口を開く。
「でもやっぱり――」
「幼女との性交、私はそれ程愚かではない。全てはプニプニボディのため、幼女のかほりのため…」
彼女の言葉より先に答えていた。
「欲を言えばほっぺとあばらも触りたいがな」
「触らないんですか?」
「触られたいのか?」
「い、いえ!…それでも触りたいと言われれば、断れません。私はそういう立場に――ふぁっふへぇ!?」
「ではお言葉に甘えよう、うわなにこれすごいスゴクぷにぷにやめられないとまらない」
とうとう純潔のほっぺは男の毒牙にかかってしまった。
「ここであばらも行ってみよう、うわすごいごりごりしゅごいこれこの感覚たまらない」
「ふゅふふっふぁいへふ!ふぁえふぁへへふ!ふあぁっ////」
W攻めである。

廊下は静かになった。
レイヴンの膝上に座るマグマスピリットは先の恥ずかしさで全身真っ赤になる勢いだ。
ド外道レイヴンに至っては余りに嬉しかったのか、その表情に賢者が見える。
「さて、今の内に聞いておこう。パーツ一つ、何が欲しい?」
「決まっているワケではないんですが、武器がいいです。今の私の戦法だと火力不足が目立ってしまって」
「わかった、コチラで高火力兵装を選ぼう。明日には届けられるようにしておく」
「あの、何だが変なことになりましたけど、ありがとうございます」
「気にするな、私は大いに満足した」

変態は笑っていた。


『システムオールグリーン、ホライゾン起動します』
「よし、コード入力〝電子回路に熱意を乗せて〟!」
『認識、システム戦闘モードへ移行します』

赤と黄の奇抜なカラーで飾られた二脚ACホライゾンが開いた正面ゲートを潜る。
満席状態ではないにしろ、スクリーン向こうの防護シールドに守られた観客席からの声援が熱い。
相手はスネイキージョー、未だ勝てたことのないひとつ上のランカー。
だが不思議にも、今日の彼女は負ける気がしていない。
それは新しい右腕武器のせいではない、別段技量が向上したワケでもない。
(なんだろ?背中が凄く温かい)
カウントダウン、両者広いドームで睨み合う。スネイキージョーのパフォーマンスが目に入った。
いよいよと言う時なのに、息ひとつ上がらない。
(そっか、昨日のアレで当分の緊張感を使っちゃったんだ)
開始、飛んできた敵のミサイルを避けようともせずに左手のシールドで弾く。
普段なら身体が強張る爆発の振動も、今回は冷静に対処できた。
爆炎の隙間から見えた空を飛ぶジョーの機体、その一瞬を捉え右手のバズーカを撃ち放つ。
砲身から飛び出したロケット弾頭は早くも敵の左腕を吹き飛ばした。
以前よりも切れのあるマグマスピリットの攻め方に歓声が沸き立つ。
ジョーも負けじと、己の戦闘距離へと急ぐ。
二人の対戦は今までの比ではない熱さで繰り広げられていた。
(そうか、レイヴンさん私にこういうことを教えたかったんだ!最初は驚いたけど、トップランカーは変態さんなんかじゃなかった!)
「行こう、ホライゾン!今日こそ勝つんだ!」


その頃彼女の中で株の上がったレイヴンは
「ああああああああああああ!!俺の馬鹿!馬鹿!馬鹿がぁっ!!むちむち幼女を目の前にしてびびってんじゃねえ!
完全に服従モードじゃねえか!!なんで自分からフラグバキバキ!!」
身体をくの字に曲げてのたうっていた。




「亡霊の希望」


室内を照らす明り、天井壁床に至るまでが白一色で統一された部屋には窓がなかった。故にこの部屋の中心に力なく崩れ落ちている少女は外の風景を楽しむこともできない。
たとえ窓があろうと彼女は自分から外を覗くだけの力はないだろう。見開いた瞳は瞬きを忘れているせいで潤いがなく、生理機能がそれを補うように涙腺を開きはなしにしている。
閉じることすらままならない口からだらしなく溢れる唾液は頬を伝って溜まりとなり、顔色は新鮮な死体のように青白く生気を感じさせない。
健康状態もそうだがそれを差し引いても、彼女が生ける屍となっているのには理由があった。首元に幾つもある圧力注射の痕から大方の理由は察することができるだろう。
細枝のような指一本動かせない彼女だが、この状態でも意識だけはどうにか保てていた。勿論投薬されていない状態の時程ハッキリとではない、体を動かせずただ考えることだけを許された状態は
言葉では言い難い程の苦痛だろう、だが彼女にとっては思考することを許されたのが自分を保つための唯一の希望だった。
(…ここのところ身体が自分の物じゃないみたい、お薬のせいだけじゃない…あの実験がきっとよくないんだ。きっとそうだ……)
(気を抜くと頭が…脳が…その中にあるモヤモヤだけが抜き取られそう……そしたらきっと身体には戻れない、私は戻れない戻れない戻れない戻れない戻れない戻れない戻れない戻れないもどれないもどれないもどれないもどれない……)
脳内の独り言は彼女の頭の中だけに響き、部屋の中は先刻と変わりなく物音一つない。その静けさもあって本来なら隙間風程度の音がハッキリと聞き取れた。圧縮された空気が一気に抜けるような音、部屋に横たわる少女にとっては聞きなれた音であり
また、それが実験の合図だと言うことも承知していた。
窓一つなかった白い壁、横たわる少女の丁度頭上の壁に大人が一人出入りできるような扉が現れた。その次に扉が音もなく開いたかと思うと白い装備を纏った兵士が二人、順に部屋へと入ってくる。
肩に掛けた銃や身体を保護するプロテクターがガチャガチャと五月蝿い、その音に負けじと扉の奥から二人の兵士に怒鳴りつける別の人間もいた。
「何をボヤボヤしてる!薬が抜けるまでにさっさと枷をつけろ!」
一人の兵士があからさまに馬鹿にした表情で「はいはいわかってますよ」と声を出さずに言った、もう一人の兵士はそれ見て噴出すのを我慢しながら少女の足に枷をつけた。
強化合金の枷がカチャリと音を立てた途端に彼女の身体からは薬が抜け、先刻までの状態が嘘みたいに一人で立ち上がり、伸びをし、動かさなかった首を曲げてポキポキと軽快な音を鳴らす。
「見た目に惑わされるなよ、このガキはこんなでも最終強化段階を終えたタイプだからな。枷がなかったらL3のアラートが鳴るぞ」
兵士の一人が口笛を吹いた。隣に立つ自分の半分もない少女がそこまで危険な存在だと実感せずに茶化して吹いたのだろう。
そんなやりとりを見ていた少女、兵士に説教を垂れているスーツ姿の男を少女は知っていたが、兵士の顔がいつもと違うことに気付いた彼女は扉近くに立つスーツの男に問いかける。
「兵隊さんが今日は違う人なんだね、なんで?」
スーツの男は彼女を嫌悪しているのか、喋りかけてきた少女を睨みつけ顔に皺を寄せぶっきら棒に答えた。
「この前の実験の時にお前さんが殺したんだろう、次暴れたら俺が鉛弾を撃ち込んでやるからな…わかったら大人しくしてろ」
そう言って男は足早に部屋を出て行った。残された兵士二人は少女を恐れるように冷や汗をうかばせる。それに気付いた少女は気遣いなのか冗談めかした脅迫なのか兵二人に微笑みかける。
「なぁにやってんだどあほぅどもが!さっさと実験体〝ゲシュペンスト〟を格納庫まで連れてけ!!」
通路の向こうから飛ばされた怒声に兵達は溜息、腰のロッドを手に取り少女を突くように押し、ゆっくりと歩かせた。
それ以上に少女もこれから向かう格納庫が恐ろしくて溜まらなかった。


『実験体の接続が完了しました、プロジェクトゲシュペンストを再開します』
薄暗い格納庫内にこだまするアナウンス、ACのコアだけが吊り下げられた固定台から研究員が離れていく。
その様子を離れた場所に設置されたモニタールームから監視する技術者連中と先程のスーツの男、画面を確認しながら記録を取る白衣の集団を横目にスーツの男は強化ガラス越しにACのコアを睨みつけている。
「どうなんだ?状況は」
ネクタイを結び直しながら男は聞いた。隣に立っている白衣の女性は自分に向けられた言葉だと理解しこう答える。
「今の所順調、彼女とAIの同化率が6割を超えたわ。7割を超えればこの研究では及第点、8割を超えた状態で精神に異常がなければAIの商品化は目前かしらね、肉体を必要とせず尚且つ休む必要もない、AIのみでは不可能な操作系統を人間の思考と同化させることで実現するまさに名の通りのAIでありパイロット、亡霊ね」
それを聞いた男は嫌味ったらしく鼻で笑ってみせる。
「精神に異常がなければ?今のどこが正常だってんだ、部屋にいる時は薬で動けなくされて、あんなちっこい身体で大人を簡単にひねり殺せる。しかも次の週には忘れて平気な顔して笑ってみせてるのが正常か?笑わせんなよゲス共」
「別に、自分を認識できるか否かが判断基準なのだから道徳的観念は必要ないわ。それよりも貴方…ロリータコンプレックスなの?この世界で子供のことを気にするのなんて馬鹿かソレの二択じゃなくて?人の性癖をとやかく言うつもりはないけど、仕事に影響がでない範囲で頼みたいものね」
噛み付き返された男はせっかく結び直したネクタイをもぎ取るように解き、八つ当たりする勢いで扉を開ける。
「実験途中よ?どこへ行くの」
「煙草だよクソ女」

――実験用ACX-025A-1Jコア内部――

格納庫よりも更に暗い吊らされたコアのコックピットで、彼女は眠るように静かに息をしている。今回は投薬が原因ではなくACとの神経接続のせいだ。彼女は今夢の中にいるような感覚に陥っている。
「こんな実験嫌だ…こんな実験嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだいやだいやだいやだいやだ………」
脳内に流れ込んでくる膨大な量の情報が自動的に処理され彼女の身体は人ではなくなっていく感覚を憶える。自分でそれをどうすることもできず、ただうずくまり否定することでその処理される情報量を抑えるだけだった。
「身体を取らないでもっていかないで私をこわさないで…」


「同化率は6割から変化なし、実験はもう少し掛かりそうですね」
モニターを見つめていた技術者の一人がメガネを外し疲れた目を目蓋の上からほぐしながら言い、クソ女と罵倒された白衣の女性は人差し指で頬を軽く叩きながら答える。
「確か〝X-025A-2J〟が実戦訓練用にあったわね?あれを今晩中にフル装備で用意して、今日の実験はこの位にして明日実戦訓練を試しましょう」
「6割の時点で実戦ですか…?了解、整備班に連絡します」
「そうよね、まだ子供だもの。遊んで学ぶ…存分に暴れさせれば存外効果が期待できそうじゃない?」
女性はお世辞にも美しいとは言えぬ笑みを浮かべながら部屋を後にする。格納庫を出る際、薬を打たれまたも死んだような状態でコアから引っ張り出された少女を目にし、得意気にメガネ光らせた。

今は夜、気味が悪い程真っ白い部屋も明りが消され暗闇だった。だが少女は寝付けない、実験の後はいつもそうだ。眠れば身体を取られてしまうと錯覚していたから。
この夜もいつも通り、頭の中で必死に否定の言葉を繰り返して終るものだと思っていた。その筈だった、突然部屋の明りが点るまでは。
(誰か来た?誰?また実験?やめて…やめてやめてもういじめないで)
部屋の扉が開くのを感じたが、身体が動かせないため入ってきたのが誰なのかわからなかった。首筋に慣れた感覚が押し当てられる、圧力注射。こんな遅くに投薬されることは初めてのことで彼女は脅えていた。
奇妙な出来事だった、投薬された筈なのに身体が動かせる。まるで薬が抜けたかのようだ。身体をコントロールできると知った彼女は今しがた注射を打った相手に肘打ちを喰らわせる。手応えあり、そのまま部屋の隅へと素早く動き相手をその目で捉える。
「…おじさん、なんで?」
「ガッホゴホ、いてえな畜生!そうだよ…俺だ、まず落ち着け」
脇腹を押さえながら跪くスーツの男を少女は不思議そうに見つめた。なぜ薬を中和したのか、それもこんな時間に。なによりこの男は自分を嫌っていたようなのに、今の彼からは嫌悪感が感じられないのが不思議だったから。
それによく見れば怪我をしている。首と肩から出血していた、肩の方は特に酷い。
「時間があんまりないからよく聞けよ……お前さんを今から逃がす、そのために中和剤を持ってきた。これで何時も通り動けるだろう、実践済みだしな」
肘打ちをモロに喰らった脇腹を指さして笑ってみせた。それから2~3度咳き込みながら話を続ける。
「この部屋を監視してる連中と格納庫までの警備兵を殺っておいた、定時連絡の時間までは15分あるからそれまでは心配いらん、勿論15分を過ぎればあっという間に事態がばれるがな。そうそう、これを持ってけ俺のマスターキーだ。
コイツがあれば各ブロックが閉鎖されても隔離シャッターを開けられるし、ACの起動準備も可能だ。…ここまでいいか?」
少女が頷くのを見ると優しく微笑んだ。今まで見たこともない表情に少女は驚きを隠せなかった。そして度々咳き込む男を見て咄嗟にやってしまった肘打ちに酷い罪悪感を憶える。
「今格納庫には明日の実戦用に武器をたんまり積んだACが用意されてる、嫌かもしれんがそれに乗ってここから逃げろ。一番安全で一番確実な方法だからだ、そして乗ったらな…いいかこれだけは忘れるな、メインコードを入れろ、音声入力式だから
神経接続の前に言うだけでいいからな、ゲホッコホ…さっきのマスターキーだけでも起動できるが、それだけじゃ研究所のシステムからACを止められちまうから、絶対に入れるんだ…いいな?メインコードはマスターキーの裏に書いてあるから」
男はシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、一本を咥えて火をつける。未だに不思議そうに見つめてくる少女に気付き口を開いた。
「理由がききてえのか?ん?」
「うん」
「なんでだろうなぁ…正直わからんよ、家族もったこともねえし娘がいたわけでもねえからな。…まぁ仕事のわりに給料悪いからそれだと思うがね。はっはっはっ…痛っ…
ほら、もう行けよ?時間がねえって言ったろって…あぁ格納庫の警備を忘れてたわ、これ使うか?」
そう言って少女の方へ伸ばす手には少女の手には大きい拳銃が握られていた。しかし少女は首を横に振る。
「それの使い方しらないからいい」
「そうか」と呟き銃を持つ手を引っ込めた男の方へ少女は歩み寄る、怪我した場所をできるだけ触らないように気を付けながら男にとって短い腕を精一杯伸ばし、男を優しく抱きしめる。
「ありがとうおじさん」
「おう、…おまえさんも生きろよ。ACで脱出できたら適当な所に捨てて自動操縦にしとけ、あとでレイヴンに追われても誤魔化せるだろうからな」
もう一度有り難うと言って部屋から出て行った少女を見えなくなるまで目で追いかけ、その後男は部屋の床へ大の字に倒れ込んだ。
「理由か、理由ねえ。案外あのクソ女の言ってることも正しいかもしれんな。馬鹿かロリコンの二択…どっちかねえ俺は。………ゴホッケホ…しっかし流石はプラスだ、あの短い手で肘打ちされただけで
内臓破裂とはなあ、肩の出血も酷いし内出血と出血多量、どっちでおっちぬかなこりゃ、はっはっはっはっ!」


少女は男の手回しに感謝した、おかげで格納庫まで誰とも遭遇せずに済んだのだから。最後の扉を渡されたマスターキーで開いたとき、裏に書かれたメインコードに少女は少し涙がこぼれた。
このあと男がどうなるかはわからないがきっと酷いめに会う、そんな考えが過ぎっても引き返すことはなく、男が開けてくれたも同じことの扉をくぐった。
面前に広がる巨大な格納庫には嫌な思い出しかなかったが、それでもそこに希望はあった。何時も乗せられるコアだけのACの横に完全武装されたAC〝X-025A-2J〟が立っている、少女に与えられた希望だ。
ACまで通ずる足場に銃を持った警護兵が二人、しかし、今の少女にとってはなんら障害にはならなかった。
「おい…あれ!実験体〝ゲシュペンスト〟が何故此処に!?」
「コチラ格納庫!実験体が逃走した!ただちに応援を遣してくれ!!」
『了解!できるだけ生け捕りにするよう心掛けろ!』
兵の一人が銃を構え少女へと狙いを定めようとするが、それは間違った判断だった。彼女と兵との距離は約100mこの程度の距離は彼女にとって接近したも同じことだ、この時取るべき判断は取り回しに優れた9mパラペラムの拳銃で弾をばら撒くことだったろう。
それでもどうにかできるかは定かではない、現に警護兵がライフルのトリガーに指を伸ばす時彼女は50m距離を詰め、指がトリガーに触れた時既に彼女の掌が警護のプロテクター越しに助骨を粉砕し内蔵を水風船のように割っていたからだ。
骨の砕ける音は痛々しく、内臓が潰れその衝撃で内容物が口や鼻、目を通して体外へと押し出される。半ば持ち上げるように打ち出された掌は大の男を数十cm浮かび上がらせ、その後足が付いてから倒れるまで数秒を要した。
今さっき無線連絡を終らせたもう一人は何がおきたのか把握できず、突然崩れ落ちた相方に目をやり、手を伸ばせば触れる距離に目標が立っていることをやっと理解した。
「化け物めぇ!!」
ホルスターから拳銃を抜き取ろうとする、これも間違った判断だった。ここまで近づかれていたならいっそのこと足場から飛び降りた方が生存率も高かっただろう、少女は身投げした人間に止めを刺す程残忍な性格ではないから。
抜き取られた拳銃、その銃口が少女の方へと向けられる前に警護兵の腕は文字通り飛んだ。少女の左足が彼の腕の動きよりも速かったからだ、そして何故目の前で自分の腕が舞っているか気付かせるよりも速かった。腕を蹴ってからそのまま相手の腹を思い切り蹴り飛ばしたせいで腕一つ分軽くなった兵の身体は吹き飛び、
後にあるACの装甲にブチ当たってそのままグニャリとへばりついた。
二人の警護兵を片づけたとほぼ同時に基地内全てのアラートがL4の事態を知らせる。格納庫内でも赤いランプが点滅し各扉の防護壁が閉まる音も響いてきた。
しかし彼女は驚いてなどいられなかった、へばりついた死体を剥ぎ捨て装甲をよじ登る。ACの首後ろまでくると小さなパネルにマスターキーを差し込む。するとACは息を吹き返したかのようにコア密閉用ガスを排出、白い煙となって少女を包む。
それから首が頭ごと前にスライド、背中の装甲板の一部は後へと開く。何枚も重なっている防護プレートも一枚づつ開き、少女をコックピットへと招くかのように最後の一枚が開放された。
細い足をコックピットの座席に滑らせ、腰を落ち着かせる。中に入ってからコンソールパネルを叩きブ厚い装甲が少女を守るように閉じられる。ほんの少しだけ暗闇に包まれたかと思うと次々と光るコンソールやメインモニターがコックピット全体を優しく照らし出した。
AC頭部のAIが自動的に各部のチェックを開始し終わらせていく。そして神経接続を求める一文が表示される。
そこで少女は思い出したかのように涙を流し、微笑みながら優しい口調でAIに伝えた。


「メインコード入力―――〝ゲシュペンストの希望〟」


彼女は接続用コードをうなじのソケットに差し込んだ。
ACと繋がり伝わってくるその兵器としての息吹、それに対し嫌悪感を感じさせないのはこれこそがあの人の残してくれた希望への架け橋だからだった。
『システム戦闘モード移行します』


突然鳴り響いたアラートに基地内はてんてこまいだった。技術主任であるあの女性も夜中に呼び出され、事態を大筋を聞いたこともあって青筋を浮かべている。
「あんのロリコンじじいがあっ!」
テーブルが凹む勢いで拳を叩きつけたので女性の指は赤みがかったがそんな痛みもどうでもいいと鼻息を荒くした。動揺する兵はできるだけ距離を取り報告を続ける。
「計画責任者は先程実験体を隔離していた部屋で死亡が確認されました」
「そんなことはどうでもいいの!実験体は今ドコ!!」
「はっ!現在実験用格納庫にてAC〝X-025A-2J〟に乗り込んだもよう、遠隔操作で緊急停止コードを入力しましたがこれに受け付けず、メインコードが書き換えられているようでコチラからのコードは全て受け付けません!」
「………この際実験体の生死はどうでもいい、情報の流出を防ぐのが最優先。MTを何機でも出撃させていいわ!絶対に基地から出さないでちょうだい!!」
「し、しかし――
「はやく!!!」
鬼の如き形相の女性から足早に離れる兵は無線で各格納庫と連絡、MTの出撃命令を知らせた。女性は近くに掛けておいた白衣を着てこちらも足早に実験用格納庫へと向かった。
途中武器を持って格納庫前を陣取っている警護兵からの止められるのを黙らせ、格納庫のモニタールームに入る。そこで女性は少女とのコンタクトを試みたのだ。
「聞こえるでしょう?貴方がやっていることがどれ程の人間に迷惑を掛けているか理解してる?」
子供を叱るような口調で彼女は強気に少女へと語りかけた。彼女にとっては所詮子供、上からの物言いで屈すると考えたのだろう。
その後も煽るような言葉を使いACから降りればまだ許されるなど説得に努力したが、いつまでも答える様子のない少女にとうとう堪忍袋の尾が切れたようだ。
「なんとかいいなさい!!それとも貴方は最強の力を手にしたとでも思っているの!!?」
『その通りです。とても良いACを用意してくれてありがとう、はじめておばさんにかんしゃします』
そういってやっと動きを見せたACはモニタールームに右腕を向けた。右腕一つに幾つも装備された武装の中からパルスライフルが選択され可動した。バレル内でENコイルが回転、高熱を生み出す。
『あと、自分から出てきてくれましたし、探す手間が省けました。……だって一番殺したい人だったから―――
ENコイルが勢いよく押し出されバレル内で作り出された高熱のENリングが反転、射出させられる。モニタールームを眩い光が被った次の瞬間には熱を帯びた真円の穴が開き、そこにあった物体を全て蒸発させた。


目標のいる格納庫で動きがあった、シャッターが隔離用防壁ごと吹き飛んだのだ。爆発と炎で格納庫内を確認できないMT部隊は警戒を怠らずにゆっくりと近づいていく。
部隊の内一機のMTが爆発で開いた穴からの突入を試みた、サブカメラとメインカメラを駆使して格納庫内を覗き込んだあとブースターを一瞬だけ点火し加速、問題ないと判断し通信で援護要員を呼び込んだ。
同じ穴からもう一機入ろうとした瞬間、最初に突入したMTがコックピットを撃ち抜かれて倒れてきた。それ支えた味方も同様に支えたMTごとコックピットを撃たれ沈黙した。
そしてシャッターをブチ抜きながらACはその巨体を部隊の前に現したのだ。
『――Myturn』
ACは両腕を広げると腕に複数装備された各武装を展開する。少女の声と共に突きつけられたACの眼光がMT部隊に畏怖の念を植え付けた。


圧倒的と言う他ならないだろう、目前の光景は。片腕に3種類以上の武装を施された改造ACは近づくMTを片端から葬り去っていく。
右腕の甲のENマシンガンは数発でMTの装甲を貫通し、マニピュレーターに持つパルスライフルは装甲ごとMTの内部を焼きつかせ、下部に搭載されたグレネードが施設諸共部隊を薙ぎ払う。
左腕の甲にある高出力ENブレードが敵を切り刻むと同時に下部のレーザーライフルが後の敵を撃ち抜き、建造物に身を隠くすMTの部隊を背中のリニアガンが襲った。
ACはただ歩き近づく敵遠ざかる敵を撃てば良いだけのことだった。少女にとっても難儀な操縦ではなく、脱出まで道程はあまりにも短かった。
『周辺に敵反応なし、右腕マシンガン、グレネード、左腕レーザーライフル、荷電射出機、残弾数0』
AIが告げると同時に少女は胸を撫で下ろし、使えなくなった武装をパージ。爆発と黒煙に包まれた基地を無事脱出した。



――オールド・ザム 上層通風施設――

『了解、システム自動操縦に移行します』
少女はACのコックピットを抜け出した。その際男からもらったマスターキーを大事そうに握っている。
先刻、この施設に到着しモードを通常へと移行させた際、接続端子を通して男の声が聞こえた。なんでも少女のために隠れの別荘を用意したようで、この計画事態も随分前から考えていたようだ。
そしてその声は何度も何度も謝っていた。能力のない俺が極秘の仕事の責任者に選ばれた時は喜んだが、考えてみれば丁度いい汚れ役にされただけだったなどの内容も含まれていた、実験体の少女を初めて目にしたとき、どうにかして逃がしたいと考えていたらしい。
それを知った時少女は何度も自分の口でありがとうを言った。彼を思い出し泣きそうにもなった。それでも彼女笑顔を作った、言葉の最後に「笑顔でいろ」とあったから。
少女は施設を出たとき、眩しさに目を瞑る程の直射日光を体験した。その時流した一粒の涙は眩しかったからか、彼の為のものなのかは知る由もない。


おわり





「究極の騎士は愛に生きた」


広大な敷地、見下ろせばそこが巨大な屋敷を中心に広がる見事な庭園だということに気付く。
そんな庭園の一角、頭上を埋める夜空の星明かりに見惚れる男が一人いた。
黒が基調のダンスドレスには装飾なのか腰にはロングソード、下地のフリルが目立つものの、男は見事にその珍妙なドレスを着飾っている。気品ある顔立ちが理由だと言えよう。
手に持ったグラスには映り込む月ですらその色を変える琥珀色の酒が甘い香りを漂わせる。しかし男にはそれすらも魅力ではなく、思いに耽るような憂いた眼差しで夜空を見上げていた。
「そんなに見つめては月も顔を紅く染めてしまいますわ、御兄様」
男の背後から少女は囁いた、歳相応の甘い声だ。
男もしばし月から目を逸らし、後に立つ聞きなれた声の少女を歓迎することにした。
「ルデッタ、12歳の誕生日…貴女に祝いの言葉を送りましょう。その月が顔を紅くするのなら、それは今宵ドレスに包まれ一段と美しくなった貴女が居るからこそ」
男は自分を兄と呼ぶ少女に会釈するとそう言った。純白のドレスに身を包み年頃にしては少し背伸び気味の化粧が見れる少女は頬を赤らめた。
男は少女に微笑むと、グラスの酒を気持ち程度にあおる。
「御兄様は私と居るとすぐに優しくなってしまわれる。胸の内に百獣王の魂を宿す勇猛果敢な騎士もどこ吹く風…」
「如何に猛々しい獣王も美しい姫君の前では首を鳴らして猫のよう…貴女を前にするとある賢者がそう言っていたのも理解できるというものです」
「幾ら言葉で持ち上げようと、褒美が出るわけではありません」
「幾千万の星ですら霞んで見える美しい女性が近くに居ること以外に、何が褒美と言えましょう」
「もう、御兄様に言葉では敵いませんわ」
そう言ってルデッタは紅い頬をそのままに照れくさそうに微笑む。
そのまま歩み寄ってくる少女に男も同じように笑ってみせた。

「そろそろ屋敷に御戻り下さい、今宵の祝いは貴女のために行なわれたのですから祝いの席で華が居なくなっては男達も酒が不味くなるというもの
…それに此処は風も冷たい、貴女の御身体に何かあれば御父上が嘆かれますでしょう」
そう言って少女の手を引くも彼女は俯いて動こうとしなかった。
「どうかなされましたか」
男は膝を付き頭の高さを少女に合わせ心配そうに問う。
「私は…歳を経ていくのが嫌なのです、御父様は既に私の婚約相手を選ぶのに忙しそうよ?私はまだ12の年月を重ねただけの子供に過ぎないのに」
「…そんなことはありません、貴女は既に立派な女性。その影に先代御母上の風格すら感じさせます。この家の名と歴史を継ぐのに…」
「本当に?本当にそう思われるのですか?貴族などこの家系以外に存在しないこの国で…紳士を迎え入れ家の名を継いで行く女性は強く在るべきものなのです。…今の私には
そんな強さがあるとは思えません」
「せめて…せめて、身を委ねる相手が御兄様なら…いえ、御兄様以外にはもう……考えられなくて…」
小さな身を震わせとうとう泣いてしまった少女、その少女の言葉に強く心打たれた男は胸の百獣王の魂に誓いの炎を灯す。
「涙を拭いて下さいルデッタ、血の繋がりもなくただ雇われているこの私を兄と呼び慕ってくれた貴女に誓いましょう」
「…はい」
男はもう一度膝を付くと深深と頭を下げ、そして腰のロングソードの柄を握り締める。

「ルデッタ様…いえ、我が愛しき姫君、貴女に忠誠を誓ったこの騎士めに御命令を!!」

「グスッ………よろしい、貴殿に命を与えます。貴族としての誇りを重んじるこの家系、代々強さの証を持った騎士のみを迎え入れ
妻の名が与えられます。そしてその証とはあらゆる強者を退けた一握りの者であることこそが絶対!甲冑乗りとの決闘で見事その名を上位五本指の内に刻みなさい!」

「誓いましょう!!この剣に!我が甲冑の名にかけて!!遍く甲冑乗りを切り崩し!見事五本指の内に名を刻みましょう!!我が馬脚甲冑の右に!何者も立つことは許されぬ!!」


それから少ししてのことだった、アリーナに騎士を名乗る逆関節のAC乗りが現れたのは。
最初は皆同様に馬鹿にした。この御時世に騎士を名乗る恥ずかしい奴が現れたと、そして彼のアリーナでの初戦が始まったとき、誰もが言葉を忘れたのだ。そのあまりの強さにだ。
上位ランカー達の殆どが彼の戦いを見て思わず震えた、アリーナのトップであるアレスさえも何か内に感じるものがあった。
それ以降彼のランクアップは留まる所を知らぬかのよう、正に怒涛の勢いであった。
今日も今日とで彼の戦いが始まった。観客は今か今かと登場ゲートから目を離さない。湧き上がる黄色い声は誰もが彼の名を呼んだ。
そして遂に彼の機体が姿を現し声援は何倍にも膨れ上がる。騎士と馬が合わさったような外見のACは一歩一歩ゆっくりとエリアへ歩み、反対のゲートから姿を現した上位のランカーを睨み付ける。
観客の多くが待ちわびているのは彼の登場だけじゃない、彼が戦闘前にとるパフォーマンスに惚れ込んだ人間も多いのだ。

『我が名はライオンハート!内に獅子王を宿す騎士の名よ!!』

『アルティメットナイトは我が馬であり!剣であり!甲冑である!その力、魔王の軍団にも!竜の息吹にも!匹敵する!!』

『そして誓おう!この剣在る限り!私は剣交える相手に敬意を表すると!』

『今駆け抜けよう!この決闘場を!巻き起こす突風が一時のものと思うな!!』

『いざ参る!!!』





「コイルに軋む砂嵐」


『5カウント、4…3…2…1……AC投下』
外部接続アンカーが取り外され、ロックボルトの解除音が夜空の中に消えた。
垂直降下する人型兵器の影に砂嵐が紛れ込む。ざらついた質感の風に機体のコイルが軋むのを感じる。
操縦桿には何時もと変わらぬ重み、首筋の神経接続部から髄液が一粒零れ落ちるのがなんとも不愉快だ…と男は心の内に毒吐いた。
横風をものともせず頭から垂直に落ちていくAC、コックピットの中の浮遊感に胃が浮つくような感覚は慣れていた。
『そろそろ敵部隊の索敵範囲内です。レイヴン、ACを垂直降下体勢からフラットに切り換えてください』
ヘッドセットから女性の声が響くのと同じくらいにコックピットの画面端には地上の様子を映した衛星からの映像。
その横を高度メーターがキリキリとメモリを変える。コックピット内に並ぶ電子画面は男の視覚からあらゆる情報を脳に伝えようと点滅するのだ。
「降下体勢を維持しそのまま部隊に突っ込む、目標はあくまで大型索敵機及びその周辺の基地、設備の破壊
 雑魚に構うのは好きじゃあない」
『仰る通りですがこの体制ではスクリーン展開率が前面のみの出力60%、数発の被弾でバランス制御に問題が生じます。無茶では――』
「ないな、信用しろとは言わんが私を過小評価するのも良い気がしない」
雲を抜けた。ACに絡まる雲の尾も千切れ地表のレーダー基地の明りに装甲が輝く。
ACのコアを中心に、関節が装甲に格納され空気抵抗減らすため後方に伸ばされた脚部は各部が折畳まれコンパクトになっているのがわかる。
腕部一体型兵装は前方に展開されその間にある頭部は半ばコアに埋まった状態となる。
この状態が彼等の言う降下体勢のようだ。横から見れば戦闘機と見間違うようなフォルムはACであることを疑う代物だった。
地表から迫り来る光点の連続、光の柱と言えば聞こえは良いが実際は鉛弾の飛礫。
数発の被弾がレイヴンにとって嬉しいことではない、男が操縦桿に微妙な力加減を加えることで各部に付いた小型のブースターと装甲の一部が
小刻みに動きその降下軌道を変える。何百という光の粒が風に混じる砂を蹴散らすのを見ながら近くをかすめる弾だけをきように避けてみせた。
「OB展開。一気に加速、接敵する」
背中の装甲板が展開すると同時に脚部が大型出力に干渉しないようその位置を斜め下へと可動。
『ここから先は砂嵐と妨害電磁網で通信不可領域です、〝コープスペッカー〟幸運を――』
オペレーターの声がかすれ途絶えた。
ACは後部から発した膨大なエネルギーと共に急加速、速度をマッハまで一気に持って行き地上へと接近する。

急加速し地上目掛け突っ込むACを捉える光弾はなく、既に通り過ぎた軌道に虚しくなぞり入れるだけだ。
音を超えたACを邪魔するのは空気の層となり、機体全体を大きな振動となって駆け抜ける。
地上までの距離がグンと縮むもその速度を緩めないACヘルストーカーはそのまま地上にブチ当たる勢いだ。
危険だと告げるアラートが鳴り響くコックピット内でも男は冷静そのもの。操縦桿と神経に集中しタイミングを見出す。
ここぞという時、男の握る掌に凄まじい力が加わる。
「脚部展開、副推力を全開のまま体勢維持」
折畳まれた脚部は瞬間てきに展開、装備された小型の推力機が最大まで吹かされ先程まで降下していた機体を持ち上げる。
しかしそれでも機体を止めるまでに至らなかったが、一度切られたOBを再度展開、その出力を今度は下方に向けぶっ放す。僅かのタイミングで脚部がクッションとなり推力が負荷を緩和し
地表すれすれの状態で体勢を変更、先程の降下体勢に戻し脚部を折畳んで敵部隊の合間を縫うように飛んだ。
「武装変更、景気付けの煙幕だ」
肩部に装備されたミサイルから一発の弾頭が射出され空中で四散、光学標準機能は辺り構わず目標と捉え基地や設備、MTへと飛んでいった。
各方面で起きた爆発に気を取られたMT達にも別の弾頭が襲う。
速度600を意地するACは正面に立つ敵目掛け腕部のリニアカノンを撃ち出す、亜音速の弾頭は命中率に乏しいながらその衝撃力と貫通力が高く
左右から同時に発射されたリニア弾頭が邪魔な敵を障害物ごと持っていってくれた。
【目標までの距離―2500】
サブパネルに表示された座標に目をやり男はスイッチをパチパチと捻る。
コンソール画面を片手にメインモニターを睨みながら敵への攻撃を休むことなく続けるのだ。
「体勢変更だ。フラットに戻し火器管制を通常から2段階上へ、索敵のエネルギーを推力の足しにしろ」
コアから噴出すバックブースターは機体の速度を殺し、そこから折畳まれた各部装甲と脚部がガシャガシャと音を立てて展開する。
腕部関節を保護していた関節用追加リングがコア関節部分へと格納されボルトを収納した。うなだれるようにコアに隠れていた頭部は起き上がりメインカメラが妖しく光る。
「砂嵐に機体が軋む…俺は早く帰りたいからな」
地表に脚を衝き立てたACはやっと人型へと姿を戻し装甲表面の防御用光学スクリーンはフルでその能力を発揮、ACにまとわりついた霜を吹き飛ばした。


基地で発生した火災に作業用MTまで駆り出されたものの事態は一向に鎮静化せず、原因となるACの排除に躍起になる同部隊のMTが無駄弾を撃ちまくるせいで
作業用MTの仕事は増えていく一方だった。
変形していた時の直線的な動きとは違い、現在のヘルストーカーは縦横無尽に飛び回る。
建造物を難なく飛び越え下に構えていたMTを頭上から吹き飛ばし、爆発に身を隠しては敵の前から姿を消していた。
敵の目標地点を理解しているMT部隊はレーダー施設周辺に陣を張るが、建物の隙間にチラついたACの影をむちゃくちゃに撃ちまくる姿は頼りないものだ。
建物越しに撃ち込まれた分裂式多弾頭ミサイルを着弾する前に迎撃するが空中で起きた爆発とそれに伴う粉塵、砂嵐、黒煙は部隊の視覚を完全に機能させず。
無論それはレイヴンにとって好機となった。
炎と黒煙の中から突然現れたAC、敵に対処しようと銃口を向けるMTに対し腕部一体型の武器が蟹の鋏のようにMTの腕を掴む。
バレル内の電磁加速コイルの連続体が視覚化した電気の渦を見せつけ弾頭射出用バレルから粒のような弾を衝撃と共に撃ちだす。
初速と弾速を底上げされた弾頭は掴んでいた腕を貫きMTを粉々に砕いて後方にあった施設の一部ごと吹き飛ばした。
バレル展開、放熱強化した腕部兵装は、正面にいた障害物がなくなったことで最大限の威力を目標に与えることが可能となった。
炸薬と電磁加速時の火花が眩しく、排出される薬莢はその数だけ弾を撃ったことを教えてくれる。爆発の煙で右往左往するMT部隊を尻目に、男は目標の施設を完全に破壊したのだ。
「ミッション完了だ。これより―――あぁ、通信不可だったか…」
男は何も言わず黒煙が晴れる前にその場を離れた。
施設から離脱する際、残りのMT部隊に攻撃するのが面倒だったため飛び交う弾を避けながらの撤退を試みたが、一発の弾が装甲を削った。
ムキになって反撃に出るのも癪だと感じた男は、気晴らしに近くの作業用MTの脚を引っ掛けて影の中に姿を眩ませた。







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