「観戦者」
「煙」
「守る者」
「悪魔と烏」
「エース」
「孤高一羽最後の烏」
「鐘の音」
「缶詰」
「ドミナント」
「絶望の蒼、希望の黒、烏の名」
「わらしべ長者」
「赤い雨」
「卓上の九番」
「主の平和」
「纏った鎧は拠り所」
「死への恐れ」
「狂い笑う男」
「赤い盾」
「クリスマス氏ね」
「武器腕カーニバル」



「観戦者」


赤い烏と青い烏、二人の烏は睨み合う。
辺りに人は見当たらず、静かに始まる殺し合い。
しかし予想は裏切られ、二人の烏は上を見た。

緊迫した空気が漂うなかソレは一斉に現れた。
騒がしい歓声と共に幾千幾万の観戦者が二人の烏を包み込む。
鳴り止まぬ歓声に一人の烏が悪態を吐くが、それも歓声に消えていった。

先に動くは赤い方。
青い烏を殺そうと、手に持つ大きな鋼の筒から鋼の粒を吐き出した。
青い烏は鼻で笑う、鋼の粒をひらりとかわし右手の筒を相手に向ける。

始まった殺し合いに観戦者は興奮する。
中には烏の身体に自身を当てて砕け散る者も多く見られる。
それでも一向に数を減らさぬ観戦者、彼等の歓声は続いた。

赤い烏は地を滑り、青い烏は空を舞う。
当たらぬ粒は底を付き、赤い烏は毒を付く。
青い烏は地に脚を付け、赤い烏の隙を突く。

観戦者はより一層盛り上がった。
青い烏がどう止めを刺すのか、赤い烏は切り返せるのか。
何よりも青い烏の左腕に輝く金色のソレが、気になって仕方なかった。

青い烏は腕を振る、飛ぶためではなく斬るために。
眩い光が烏を撫でる、赤い烏を優しく撫でる。
赤い烏の鋼の身体はずるりずるりと溶けてゆく。

烏の殺し合いは終わり、歓声も次第に止んでいった。
そして最後の一人になった観戦者が小さな歓声を上げた後に、青い烏は呟いた。


「雨が止んだか…」





「煙」


煙が上がる

狭く暗い個室にて、初老の烏が煙を燻らす。
朝から晩まで依頼漬けの激務をこなす彼の一日は、コーヒーでも妻の寝顔でもなく煙で始まる。
依頼での嫌な事を忘れるために吸い始めた煙草だったが、今では忘れたい事を思い出させる。
一口、また一口と吸う度息子の言葉が脳裏を過ぎる。

「父さん…俺……、レイヴンになろうと思ってるんだ」

始めは耳を疑った、そして不甲斐無い自分を呪った。
非行に走るのとは訳が違う、命を捨てるようなものなのだから。
まともに相手をしていれば、レイヴンなどやめればよかった…何度思った事だろう。
気付けば煙草は消えていた。

煙が上がる

彼の機体の武装から、これ見よがしに煙が上がる。
少し変わった外見の4連装マシンガン、初老の烏はコレを愛用し様々な敵を鉄屑に変えてきた。
一つ目の依頼をこなし、補給を終えて次に依頼に急ぐ。
そんな時でも彼は考え事をしていた、息子の事が頭から離れない。

レイヴンになりたいと言う息子を止める権利が私にあるだろうか、ある筈がない。
今までやってきた事を真似るというのだ、自業自得も良い所。

「ならば出来るだけ金を稼ぎ、息子の障害になりそうなレイヴンを消していく…」

マシンガンはすっかり冷えて煙を吐くのをやめていた。


煙が上がる

自慢の機体が黒煙を上げる。
ナービスから受けた依頼で交える事となったレイヴンが予想を上回る強さだった。
愛用していたマシンガンは弾が底を付き、格納武装で応戦するも効果は期待できなかった。

「この機体で負けるはずが…」

確実に焦っている、普段なら考えもしない言葉が口から洩れる。
焦りが生んだ隙を的確に突かれ、とうとう黒煙は爆煙となった。

「遂に…俺の番か……」

せめて息子にだけは、この順番が回って来て欲しくない。
そう願った。

爆発が終わり煙はすぐに風に流せれていった。

煙が上がる

烏になろうと奮闘する息子は怒っていた、それは煙が出る程に。
レイヴンになりたいと打ち明けてから、仕事を増やした父にたいしての怒りだった。
言葉も交わさないのは不満があるのだろうと決め付けていたから。
しかし数日して真実をしる、企業からの死亡通知と父の通帳が現実を叩き付けた。
彼は無知な自分を、そして最愛の父を殺したレイヴンを呪った。
その後彼は怒涛の如き勢いで、烏の一羽と成り果てた。

「待っていた…貴様と戦えるこの日を…」

いつしか燻っていた煙は憎悪の炎へと変わっていた。





「守る者」


「このコロニーね。私の生まれ故郷なの…。」
既に廃れたコロニーを前に彼女は言った。
長い髪を風に踊らせ、憂いた表情をこちらに向ける。

「あなたはこんな時でも喋らないのね。」
静かに笑う彼女を見て、応えようと思ったが言葉が思いつかない。
精一杯の返しは頷くことだけだった。

「無理しないで、口下手なんて珍しいものじゃないわ。」
「それよりね、聞いて。ちょっとした思い出話。」
彼女はゆっくりと話し始めた。
生まれ育ったコロニーのこと、…それからレイヴンになるまでを。
時に悲しそうに、時に面白そうに自分のことを優しい笑顔で。

「…バストロール。」
不意に彼女の名を呼んだ。
無意識に…ではないが理由は自分でもよくわからい。

「やっと喋ったと思ったらレイヴンの時の名だなんて…あなたらしいわ。」
「でも、プライベートでは本当の名で呼んで頂戴。ねぇハングマン?」
彼女もまた私の名を呼んだ、レイヴンの時の名を。
「お返しよ。」と悪戯に笑いながら車の方へと歩いていく。
あの時私が、私が彼女の名を呼んだのはきっとわかっていたからだろう。

彼女が私より先に遠い所へ逝ってしまうことを。


私の前には敵がいる。
イメージではなくはっきりとした事実が頭に浮かぶ。MTと戦闘車両、合わせて50以上。
その数の相手を前にして私は、レイヴンハングマンは愛機戒世と共に単機で立ちはだかっている。

「レイヴンに告ぐ!そのコロニーはジオマトリクス社の開発指定地だ!」
そうだ、彼女の育ったコロニーは壊されてしまう。
だがそれを前にして私は何をしている?

「本社のレイヴンがそれを妨害するのは重大な規約違反だぞ!わかっているのか!?」
わからない、わかるはずもない。自分にも理解できないのだから。

「最終通告だ!退かないのなら武力を持って行使する!」
沢山の銃器がこちらを狙う、あの数では高い耐久性を持つ戒世でも防ぎきれないだろう。
なによりもこの機体は彼女を守るための物だ。
コロニーは彼女でない、守るべき彼女はもういない…なのに何故。

「コロニーには当てるなよ!狙いはレイヴンだけだ!……撃てぇ!!」
無数の光が放たれ、瞬く間に自分を戒世を包む。
轟音と衝撃に機体が揺らぐ、早く抜け出さなければ死んでしまう。
だが動かない、動こうとしない。
何故だ!何故私は執着する!?そこまでして何を守りたい!?
廃れた町を守って何になる!?戦場で彼女をバストロールを守れなかった腹いせか!?
だがここを守る理由は?彼女のいない世界で彼女のいない町を守る理由は…


「理由なんていいじゃない、いままでそうして来たように。これからそうして行くように。」
「守りたいから守る、でしょう?口下手さん。」
……そうだ彼女が私に言った言葉だ。
優しく笑う彼女が、私に優しく言った…言葉。


『AP50%』
シールドが装甲が防御スクリーンが音を立てて削れて行くのがわかる。
このままでは長くない、理由なき守備は終わってしまうだろう。

「理由なんかいらない…」
「何かを守るのに理由なんかいらない!」
「守りたいから守る!終わらせはしないっ!!」
頭に描く、攻撃を弾く姿を。戒世の輝く姿を。

そして彼女の守る戒世の姿を!



『リミッター解除コード確認』
『エネルギー再充填200%オーバー』
『ジェネレータ出力最大値突破』
『防御スクリーン硬度限界突破』
『エネルギーシールド出力限界値突破』
『機体温度上昇 危険です』
装甲が弾を弾き、シールドが衝撃を緩和する。
戒世を削っていた物が逆に削られていくのをケーブルを介して感じる。

わたし
 戒世 は再び、守ることができる!


戒世を包む光が、轟音と衝撃が徐々に薄れて行くのを感じる。
途切れ途切れになったそれらは、遂になくなった。

「何をしている!早く攻撃しろ!!」
「ですが…全ての部隊が弾切れです…。」
「なっ!?て、敵はACたったの一機だぞ!?」

静かだ。
バストロール…守れたよ、私は守れたんだ。
君の育った町を、たったの一度だが―――

「守れたんだ…」




「悪魔と烏」


いつからだろうか。

今にも全てを飲み込まんとする夜空を恐怖すようになったのは。
優しく照らしている筈の月明かりさえ、嘲笑っている悪魔の眼に見えるようになったのは。

いつからだろうか。

人と悪魔の見境が付かなくなったは。
周りに溢れ返る人という人が、親しい者ですら悪魔に見える様になったのは。

いつからだろうか。

烏として力を振るっていた私が、今はベッドの下の暗闇に怯える子供の様になったのは。
力なく震える子供の様になったのは、本当に…いつからだろうか。

足を引き摺る老婆の様にゆっくりと静かに…だが確実に、夜がやってくる。
遅くはならないが、早くもならない。…老婆とは…夜とはそういうものなのだ。
ミッションを進める間にも、少しずつ広がり風景を潰していく夜の暗闇に恐怖していた。
老婆は手招く。

「こちらへおいで。」

そんな言葉さえ聞こえてくる。
全身が小刻みに震え、玉のような汗は首筋を伝う。
老婆が手招けば、奴等はやってくる。
暗闇とは違う、もっと恐ろしい奴等が牙を剥いて…翼を広げて…。

悪魔はやってくる。

電子画面が騒がしく悪魔の接近を知らせるが、それすらも静かに思える程に私は怯えていた。
歯を打ち鳴らし、手足を震わせ、烏は子供になっていく。
目の前の電子画面を介して広がる暗闇に、悪魔は突然姿を現した。
月明かりにぼやけてそのまま溶けて消えてしまうような白い装甲。
本来腕がある場所に取って代わって小振りな翼が生えている。
悪魔は地面を滑る。歩くことなく近づく様は見慣れている…筈なのにも関わらず後退りしてしまう。
それが悪魔の意思であるかの様に距離を取ろうと少しずつ。

「前に進め…これでは何時もとかわらん!」
「これで最後なんだ…きっと…。」

怯えた子供は烏へ戻ろうと、震えを抑え奴等に…悪魔に銃を向けた。


足元に転がる悪魔の亡骸を見て、私は思い出す。
以前も、こうして悪魔を薙ぎ払うことができた。
その前も、その前その前もその前も…そうすることができた。
その度に願っていた、これが最後であってくれと。
だが願いが叶うことなどなかった…只の一度も。
奴等は決して諦めない、私を葬るまで何度でも現れる。
奴等は死なない、悪魔とはそういうものだ。

どんなに殺しても…殺しても殺してもころしてもころしてもコロシテモコロシテモKOROSITEMO

奴等は殺せない…悪魔とはそういうものなのだ。
電子画面のその下、小さな引き出し。
その引き出しから銃を取り出す、私の手に隠れてしまう程の小さな銃を。
烏はいつも自由だ、何をするでも自分で決める。
何にも束縛されず自由に空を飛ぶ、それが烏なんだ。
永い経験からわかる、私はもう烏ではない。
飛ぶことを止め、ただ怯え震えるそんな子供だ私は…。
悪魔を恐れ空を嫌う、何よりも自分を見失うのは許されないことだろう。

「……烏とは、そういうものなのだ。」

低く鳴り響く銃声は、夜の暗闇に溶けていった。




「エース」


酒と煙草の臭いが漂う薄暗い部屋の中、唯一の明りはテーブルを照らしている。
木製のテーブルはもう一つの光源になろうと、受けた光を鈍く反射させたがどうやら不十分なようだ。
そんな儚い夢を持つテーブルを挟んで、二人の男が静かに座っていた。
一人の男は手に持つカード遊ばせて、赤褐色の透き通った酒を眺めてはグラスを傾ける。
もう一人の男は加えた煙草を遊ばせて、自分のカードを穴が開かんばかりに眺めている。
部屋の臭いはどうやらこの二人が原因らしい。
ふと、一人の男が顔を上げる。

「エース、早くカードを引けよ。」

いつまでも酒を煽る男、アリーナのトップであるエースは我に返る。
目の前で不満をちらつかせる男に笑みを浮かべ口を開いた。

「すまない、また悪い癖だ。」
「おいおい、しっかりしてくれよ。」
「考えすぎは体に毒…か?」
「そういうことだ、くだらん考えをしなくていいようにポーカーやってんだぜ?」

外見に似合わぬ説教を始めた男に、アリーナのトップはこれまた似合わぬ表情でクツクツと笑った。
その表情を確認した男は説教の甲斐あったと、満足そうに鼻を鳴らす。
アリーナでは決して見せない表情でカードを引いたエースは、手持ちのカードと男の顔を交互に見る。

「どーしたー?良いもんでも揃ったか?」
「どうやらな、今回も勝てそうだ。」

数枚のチップをテーブル中央に放り投げ、止まっていた賭け事は進展を見せようとしていた。
突然、甲高い音が部屋に響く。
男達は胸ポケットから持っているカードよりも小さなプレートを取り出した。
二人のプレートが同時に鳴り出したらしい、一人は落胆し、一人は無表情へと戻る。

「すまん、依頼だわ。」
「…奇遇だな、私もだよ。」
「まったく企業の連中も空気読めねぇな…。」

悪態をついて重い腰を持ち上げる。
部屋を出る際に明りを消したおかげで、テーブルの儚い夢は叶わぬものとなった。


「で、結局何が揃ったんだよ?」
「…そういうお前さんはどうなんだ。」
「俺か?俺はフルハウスよ!…しかもQのスリーカードにJのワンペアでなっ!」

嬉々として自慢する男にどう答えようか、エースは悩んだ。
少し考えてから自分の揃ったカードを打ち明けるとに、男は腹を抱えて笑い出す。

「そうか、エースが三人集まってもフルハウスには勝てねぇか!」
「…最後の引きは運に見放されたようでね、まぁサンダーハウスになら私一人で充分だが。」
「ごもっともだな、あー腹イテェ。」
「おっと!俺の機体はこっちのガレージだ、依頼が終わったらまたやろうぜ!ポーカーをよ。」
「そう…だな…。」

友に軽く手を振り、別れを告げる。
友として会うことができるのはこれが最後となると、顔をしかめずにはいられなかった。
無機質な廊下は、エースから人として暖かさを奪っていくような冷徹さを感じさせる。
エースは烏として、烏であるサンダーハウスを殺す。
それが彼に与えられた依頼だった。

「すまないな、サンダーハウス。」


サンダーハウスの愛機、バトルフィールドが戦場を駆けていた。
重兵装の軽量機体をブースター推力で半ば無理矢理押し出している。
右手のライフルが轟音と共に火を噴き出し、吐き出された鋼の粒は目標へと向かう。
瞬く間に風を切り音を超えたソレは、目標の装甲を抉り、内部を著しく破壊して機能不全に陥れる。
ライフル側面から排出された薬莢は未だに熱を帯び、地面に落下するやいなや鈍い音を響かせた。
目標が全て沈黙したのを確認すると、動きを止め熱せられたブースターと機体内部を冷却させる。

『全機撃破したぞ、これより帰還す…。』

言葉も終わらぬうちにブースターを再加熱させた、今しがた現れた目標に気付いたようだ。
機体を旋回させ新たな目標にライフルを向けるが、目標もサンダーハウスもそれ以上の動きは見せなかった。

『やっとお出ましか、エース。』
『知っていたのか?』
『勘…だけどな、お互いレイヴンだいつかはこうなってたさ。』
『……。』
『戦場で茶々入れはなしってか?そいつにゃ同意だ!』

サンダーハウスはライフルではなく、背に乗せている彼の最大火力をエースにぶつけようとする。
対大型機動兵器及び汎用機動兵器部隊殲滅用高出力熱量射出光学兵器《CR-WBW98LX》の起動にエネルギーを回したのだ。
兵器内コンデサから抑えきれない程のエネルギーがバレルに漏れ出し、小さな雷の如く駆け抜ける。

『へそでも隠しな!』

サンダーハウスの言葉と共に、巨大なバレルから不安定なエネルギーの塊が射出される。
バトルフィールドの身体を大きく揺らす、放たれた衝撃は岩を砕き草木を焼いて大気を蒸発させる。
地上に放たれた大規模な雷は、辺り一面を別世界へと変えていった。
エースの立っていたと思われる場所に大きな水泡が一つ、周囲を蒼白く照らしている。
依然形を変えない水泡は、周辺の物を溶かし、蒸発させ、あらゆる物を飲み込んでいった。
バトルフィールドは歪んだ姿勢を整え、怪物のような兵器を畳んだ。
装甲表面は射出時の熱に襲われ、塗装やエンブレムが酷く爛れていた。

『何をしている、私はまだ生きているぞ。』

瞬間バトルフィールドの一部が急速に熱せられた。
エネルギーを一転に集束させ、強固な装甲ですら焼き切ってしまう熱量を発する左腕兵装。
エースの機体アルカディアは左腕のブレード、ムーンライトを振り抜いた。
装甲が弾け、機体内部は溶け出し血のように流れ落ちていく。
バトルフィールドは形を変えながら地面へと崩れ落ちていったのだ。

『やっぱり俺一人じゃぁ…エースには勝てねぇか…。』
『…。』
『いてぇ…、あの時引いたカードが悪かったってアレ…嘘だろぅ。』
『…。』
『最後に勝たせたのはせめてもの報いってか?…へっ、キザな野郎だよ。』
『……。』
『友達だろうが、変に気を使うんじゃねぇ。』
『…そうだな。』
『引いたカード……教えろよ…。』


『もちろん…エースだ。』




「孤高一羽最後の烏」


男は世界に牙を向き 果てに望むは人類の

続く繁栄多大な栄光 されど願いは誰ぞいつぞの

願いのためなら仲間をくびり 最後に残すは自身の骸

「そうぞ私は一羽の烏 その上でも下でもありぬ」

「見よこの姿滑稽ぞ 策に溺れる烏の末路 世話をかける」

この烏ありてこの話しあるなり

女の強さは夢か真か 烏の命平らげて

故に望むは古今東西最強の 孤高の存在一羽の烏

邪魔する者は全てくびり あとに残すは一羽の烏

「主も烏 死する覚悟はできていよう」

「烏と呼ばれる存在 主にこそ相応しくありや」

この烏ありて烏という名あるなり

男が欲する数多の力 それは悪かや正義かや

彼はさだめを妄信し 自身のさだめに酔いしかや

数多の虚に眼を背き 故に残すは泣き童

「なるほど 貴殿も神託受けし者でありや」

「貴殿なら遣り遂げるやもしれぬ あとを頼まれよ 孤高の烏」

この烏ありて貴方があるなり

さぁ貴方は 貴方はどうありや

さだめに従い右向くか さだめを拒み左を向くか

最後に残すは名か骸 全て正しく全てが誤り頭を伏せず前を見よ

砂切打つ音で上がる幕 一夜限りの花舞台

人間動物草木に至れ 全ての者よ舞台を見やれ

烏と烏の殺し合い 孤高一羽最後の烏


これにて開演




「鐘の音」

少女の目前は赤だった。
炎は彼女の視界いっぱいに広がっている。
轟々と燃え盛り未だ爆ぜる音を絶やさぬ炎、彼女はそれらをただ立ちんぼで見つめていた。
近くのコロニーは形を崩し、遠くの人は悲鳴をあげる。
行く場所を失った少女は自分が宙ぶらりんな存在になることを自覚していない。
どこか悲観的な人がこの光景を見たら、きっと彼女の立場を可哀想だと嘆くだろう。
ただそれだけ、嘆くだけで終わる。
この世界で同情など安いものだ、誰しもが他人事だろう。
現に他人だ、他人に優しくする者など馬鹿か物好きのどちらかだ。
ではこの男は、多分馬鹿なのだろう。
彼女の姿に涙を流し燃える炎を睨みつけ、蹂躙闊歩するマッスルトレーサーをこの手で――――。

「大海を知れ、下衆共が。」


男の涙は本物だった。
安いシナリオに涙するどこかの悲観的な人間の塩水とは違った。
故に愚かなのだ。
この世界でそんな涙に価値はない、まして他人の為に流す涙程滑稽なものはない。
だが男は気にもしなかった。
今にも崩れ落ちそうな繊細極まりない彼女を、自分の汚れた腕で支えてあげたいと。
ただそれだけを願い彼は動いたのだ。
鋼の身体を操り今蹂躙している屑どもを、自身の愚かさに嘆き、苦しみ、涙流し許しを請うまでやり返すために。

『レイヴン』、彼こそ生き残った最後の独り。


男の使役する重量級無限軌道ACは文字の通りマッスルトレーサーを踏み潰して行った。
右手、左手、右背、左背全てに積んである高火力の兵器を撃ちに撃ち尽くす。
怒りに燃える彼を止められる者などこの場にはいなかった。
銃を向ける相手を誤ったと後悔する時間さえ与えない。
彼は戦闘の間際、少女に眼をやる。
先ほどまで表情のなかった彼女の顔は無邪気な笑みで満ちていた。
爆発と鋼の削れる轟音が混じるなか、陽気な歌を手を広げ小さく踊りながら歌っている。
その姿は男にとって辛いものでしかない、少女は正気を失ったのだ。
止まらぬ涙が頬を伝い、男の怒りを憤怒へ変える。
既に大破し、動けないマッスルトレーサーの群れに向け照準を合わせる。
まだ生きて逃げようとする者も、機体に足を挟まれ苦しみ悶える者も、こちらに向かって降参を叫ぶ者も。
彼は微塵も生かそうなどと考えなかった。
背中の大筒は彼等に向けられる。


少女の視界に赤は既に消えていた。
歌い終わり満足そうにどこかへと歩いて行く少女。
その後のほうで真っ白な巨人、彼は少女をただ見つめていた。
男は少女に着いて行くだろう、彼女が困った時にまた手を差し伸べるだろう。
けれど、何度助けようと彼女は男に感謝しないだろう。
既に彼女は以前の少女ではない、そんな少女の為に残りの人生を使う。
それが男の考えうる自身への罰だった。
自身を罰して意味があるかなどわからない、ただただ男はそうしたかったのだ。

最後に放った大筒の薬莢が今にして落ちてくる。
地面に当たり、薬莢の発した鈍く深い音は少女と男の耳に届いた。

少女は呟く
「しゅくふくのかねのね。」




「缶詰」


暗く狭い空間の中、缶詰を持ち大きなディスプレイを覗く巨漢が独り。
筋骨隆々の男を見るに、この空間の狭さにうんざりしているようだ。
手に持つ底の深い缶詰は既に空。
しかし男はスプーンで、空の缶詰の底を引っかき回している。
どうやら中身がなくなったことに気付いていないようだ。

「畜生が、いったい何時までまたせやがる。」

男はぼやき、強く缶底を引っかいた。
ようやく缶詰が空だと気付くと後の方に放り投げ、新しい缶詰を引っ張り出した。

〝ポークビーンズ 栄養満点、夜食や保存食として〟

十得ナイフ柄から缶切りを選び出し、キコキコ音を立て開けていく。
その動きは手馴れていて、熟練のレイヴンがACを操る様に缶切りを操り缶を開いた。

だが、男が手馴れているのは缶切りの使い方だけではない。
男、名をアサイラムと言う。
彼が今居るこの場所は、重量級ACギカンテスのコックピットだ。
男が巨漢であるように、このACもまた他に比べ一際大きい。
装甲に装甲を重ね速度を捨てたフレーム、腕部一体型の大型直射砲と量背中に積んだミサイル。
そのどれもが眼を引き、腕部の直射砲に至ってはその大きさから正面に立つ者が縮み上がる程。
そんな怪物の様なACを操り、敵を完膚なきなきまで叩き潰すことにも手馴れているのだ。
が、叩き潰す敵がいない今、彼にあるのは素早い缶切り捌きだけだった。
もうすぐ空になるポークビーンズを貪りながら、レーダーに映る筈の光点の出現を待っている。

「依頼の場所はここの筈だろうが…。」
「企業もいい加減な仕事しやがる。」
「狭い中で缶詰になってクソまずい缶詰食ってるこっちの身にもなれってんだ畜生。」

彼の苛立ちは敵が来ないということもそうだが、どうやら缶詰の味からも来ているようだ。
売り文句に〝食卓にもう一品〟と書いてない辺り味の方は想像できる。


男が待ちくたびれ、先ほど開けた缶詰が空になる頃。
レーダーに光点が一つ、また一つと映りだす。
男は歓喜し空になった缶詰を放り投げ、巨人ギカンテスを動かした。
一方、囲んでいるトレーラーを目標地点まで護衛するMTの部隊はACの存在に気付き始めた。
ゆっくりと近づいてくるソレに対し、彼等は脅えながら銃火器を乱射する。
ギガンテスに向かって飛んでくる銃弾はその殆どが当たらず、例え当たってもその装甲に傷を付けることはできなかった。

「かははっ!ちいせぇちいせぇ、豆鉄砲だ!さっきのビーンズのがよっぽど効くぜ!」

腕部の砲を前方に向け、交互に発射しながらゆっくりと歩み寄るギガンテス。
飛んでくる砲弾に当たらぬことを願い、護衛対象を守り抜こうとするMT部隊。
悲しいかな、彼等の弾は巨人の前では小さすぎ、飛んでくる砲弾は彼等にとってあまりに大きすぎたのだ。
トレーラーがMT諸共爆風に飲まれるのにそう時間は掛からなかった。

「いいねぇいいねぇ、報酬が入ったら晩飯はステーキだ。」

後に転がる空の缶詰をざまぁみろと言いたげに睨む。
察するに、御馳走と呼べるものにありつけるのが相当久しいのだろう。
鼻歌混じりの巨漢が帰路につこうとした時、彼のオペレーターから連絡が入った。

「いったい何をしてるんですか…。」

女の声は小さいが、明らかに怒りで震えていた。

「何もナニも依頼をこなしてたんだよ、今夜はステーキだ!一緒にどうだい?」
「結構です!それに、ステーキもお預けです!」
「なーに怒って・・・お預け?」

なんでも彼は企業からの依頼メールを確認した時、久しぶりの依頼とあって興奮していたようだ。
同時に彼女の下にもメールが届き、依頼受諾の確認のためガレージに行くと既にガレージは空だった。
部屋のPCは起動したままで画面は契約画面で止まっていた。
つまる所彼は依頼契約をせずにミッションを遂行したため、企業に逆手を取られ報酬は無効、必要経費も出されなかった。
男の巻き添えでオペレーターまでおまんま食い上げである。

「…やっちまった、また缶詰生活なのか…。」
「お願いですからそのまま缶詰に埋もれて死んでください…。」

落胆する男はそのままうつむき、新しい缶詰を手早く開ける。
いつもより少し塩辛いポークビーンズに男は顔をしかめた。




「ドミナント」


空に一つの影が落ちる。
地上に這う男達は我先にと指を指し、声高らかに危険を歌う。

あれは何だ?大きな鳥か?鳥というにはあまりに速い。
鳥じゃなければなんなんだ?あれは敵の大型輸送艇だ!
武器を持て!砲だ!大きな砲が良い!あれを落とすには大きな砲が一番だ!

そうこうしている間にも輸送艇は近づいて、運んだ荷物を地上に落とす。
大きな鳥から落とされた、鮮やか蜉蝣蒼い烏。
真紅の眼で見て畏怖される。
群がる男は我先に、そこのけそこのけ逃げ果せ。

蒼いのだ!奴だ!奴がきた!逃げろ命が惜しければ!
死神月光!高慢指揮官!神託受けし者!その名は!

その名は!

その名は! レイヴン!エンヴァジェ!!

駄目だ!歯向かうな!立ち向かうな!奴は冷静で狂っている!

しかし遅い、遅かった。
男達の刹那の判断はエヴァンジェにとっては数刻にも感じられたのだ。
左手に持つ金色蒼刃月光刀、逃げ行く者たちの装甲という装甲を片端から刻んで行ったのだ。
月光はあらゆる物を刻んで行く、例えるならば日本刀、例えるならば刃先の紙。
次元が違い過ぎるのだ彼等と彼では。

圧倒的だ!撤退!生きてる奴等だけでも撤退しろ!するんだ!
母ちゃんにあいたきゃ祈りながら逃げるんだ!

涙ぐましい撤退劇にレイヴンエヴァンジェは笑いをこぼす。
自身の強さを辺りに散らばる亡骸、畏怖が証明しているのだから。
エヴァンジェは歪んだ笑みといきり立つ股座で今を最大に満喫している。
装甲の爆ぜる臭い、肉体を焦がす光刀、死臭、そのどれもが彼にとっての癒しのアロマ。
歓喜を抑える方が無理難題なのだ。
男は今を逃げるもの、そして死人にも聞こえるような大声で叫んだ。


私はなんだ!!

レイヴン!最強のレイヴン!!自身以外を見下し死を与える最強者!!!

私はなんだ!!

死神!全てを喰らう底深き傲慢者!!

私はなんだ!!

エヴァンジェ!神託を授かりし者!!人を人と思わぬ者!!!

そうだ!私はレイヴンだ!エヴァンジェだ!!選ばれた者だ!!!
私を称えろ!私を脅えろ!私を敬え!私を恐怖しろ!死に物狂いで逃げ果せ!恐怖を噛み締めナニを縮めろ!!
頭を下げろ!!命乞いをしろ!!畏怖を快感にマスをかけ!!

私はなんだ!何者だ!!声高らかに歌ってみせろ!!

貴方が!  私が!
貴殿が!  拙者が!
YOU!  ME!

ドミナント!!!

イエスッッッ!!ドミナント!!私がドミナント!!!!!




「絶望の蒼、希望の黒、烏の名」


暗闇。
どこまでも続く闇の中、独りの男が涙を流す。
この闇は母なる黒、生を謳歌する寸前の闇、男はそう思っていたのだ。
男の過去を見て見れば、それはなんとも不遇なもの。
烏になることで人としての何かを失い、死を目前に大切なそれを取り戻した。
男は一度死んでいる、それはそれは勇ましくとてもとても儚げに。
そして死に招かれた今、自身の生き方に少しだけ後悔していた。

「…すまない」

男は力なくそう言った、それは心の言葉ではく口からでた紛れもない空気振動。
そのため、その言葉は誰かの耳にも届くのだ。

「よかった、意識があるみたいだ」
「ナナ兄さん、このひとはなんていったの?」
「さぁ、誰かに謝っていたようだけど」
「なんであやまるの?なにかわるいことをしたの?」
「アミ、静かに。この人が起きてしまうよ」

突如聞こえた人の会話に男は困惑した。
彼自身、既に自分は死んでいるものだと考えていたからだ。
息を呑み、目の前の闇を振り払おうと立ち上がる。
すると、どこまでも続くと思えた闇は簡単に途切れ瞳を焦がさんばかりの光が視界を被う。
長く闇に慣れていたせいか先程まで泣いていたせいかはわからないが、大粒の涙が頬を伝い零れ落ちてゆく。

「ここは…」

突然の光に麻痺した視神経もやっと落ち着き、周りの情報をゆっくりと取り入れる。
小汚い部屋、壊れ抜けている壁と天井、二人の人間。
数度の瞬きで不完全な情報も完全なものへと形を変えた。

「身体は…大丈夫ですか?」

聞こえた声は二人の内の一人、少年のものだった。
警戒しながらも、心配そうにこちらを見つめる。
その少年のうしろに隠れるように男を見ているのはもう一人の声の主、八歳半ばの女児。
しかし少年の労わり言葉も届かぬ程に、男は困惑していた。

「ここはどこだ!仲間は…レイヴンは!あいつは…」
「私はなぜ生きて…世界は…世界はどうなった!」

頭を抱え膝を付き、息を荒れげながら自身を保とうとする男。

少年のうしろでその光景を見ていた女児は立ち上がり取り乱す男に手を伸ばす。
その手はまるで救いの手、男を包む安堵の闇。
男の頭を胸で受け、か細い腕を背中に回し男を優しく包み込む。
今にも崩れ落ちんとする男は、息を整えまた涙を流した。

「そうかこれが先刻の闇か…」

男は眠るかのように息を落ち着かせた。
少年は安堵の溜息をつき、女児と男を交互に見つめる。
少しして男は、大の男が自身の半分もない女児に抱擁されているという状況を考え羞恥心が込み上げる。

「…もう大丈夫だ、もういい」

その言葉を聞いた女児は男を離し、少年のうしろへと戻っていった。

「先刻はすまない、年甲斐もなく取り乱してしまった」

男は少年と女児に頭を下げた、深く静かに。
二人は大人に謝られる状況になれていないらしく、言葉に困り顔を見合わせる。

「そんな、謝らないでください。長く寝ていたんですからわからなくもないですよ」
「寝ていた?」
「ええ、コロニーの外で倒れているのをアミが…あぁ自己紹介が遅れてましたね」
「僕はナナ、こんな名ですが男です。そしてこっちが妹のアミです」
「えと…あなたの名前は」

男は躊躇った、この二人に自分素性を教えていいものなのか。
整理の付かない現状で、自身を晒すのは利口な判断なのだろうかと。

「あ…嫌ならいいんです。気が向いた時にでも…」
「すまない…そうさせてもらう」

子供に気遣ってもらうのは気が滅入るようだ。
立ち上がり、外をみようと壊れた壁から顔を覗かせる。
しかし眼に映る光景は、到底気分転換できるようなものではなかった。
ナナはコロニーと言っていたが正確にはコロニーだったが適切だろう。
半球状の屋根はこの部屋のように崩れ落ち、下に広がる居住スペースが半分は潰れている。
その他にもMTの残骸が被さり潰れた建築物、大きな弾痕の残るアスファルト。
とても人の住むコロニーの光景とは思えなかった。

「…酷いな」
「仕方ないですよ、企業もあの一日でボロボロになっちゃいましたから」
「企業の立て直しが終わるまでコロニーの復興はないでしょうね」
「それにしてももう一年にはなるのに、食料やその他の物資は充分に供給されるようになりましたけど」

落雷のような衝撃が男の脳髄を突き抜ける。
あれから一年、既に一年の歳月を経ている。
だからこそ疑問に感じるのだ、『私は何故生きているのか』と。
あの時、あの烏に背中を預け、自身の命と引き換えに打ち倒した絶望。
あの日から今日まで、記憶が一切ないのに何故こうしているのか。

「いったい…何が」

戸惑いを隠しながらも、頭の中ではまたあの時の状態だ。
男は困惑せずにいられなかった。
不自然に続く沈黙は、以外にも無口なアミが終わらせた。

「おじちゃん、びょうきなの?」
「あ!馬鹿、言っちゃ駄目だろう!すいません変なことを」
「病気?」
「その…見る気はなかったんですが寝ているときに服を変えようとしたら……」
「おむねがね、光ったの。あおくてぼや~って」


「蒼く…光って……」

男は服を引っ張り胸部を睨む、するとアミの言うとおりにそこに光があった。
一年前のあの日、沢山の烏が畏怖し立ち向かい敗れていったあの絶望の光。
男の死を防いだのは男が死を覚悟し破壊したあの光だったのだ。
睨めば睨む程にその光は淡く燃える、一方的な破壊と力の誘惑、畏怖と絶望の滾る終焉。

「病気じゃないですよね」
「あぁ、病気なんかじゃない」

「私にとってもっと嫌なものだよ」

突如、甲高いサイレンが半壊したコロニー内でわめき散らす。
非常警報用のサイレン音、男の耳にも馴染みがあった。
コロニーに住む少ない住人がこぞって非難を始める様子は一年前と何も変わってはいなかった。


「戦闘か」
「そうです!あなたも非難を、100%安全じゃありませんけど少なくともここよりは…」
「そうだな…アミは私が背負う、急ごう」

男と二人の子供は地下のシェルターへと向かう。
そこには他の住民の姿も見て取れる、皆恐怖で縮こまり身を寄せ合っていた。
薄暗いシェルター内は恐怖が渦巻き、先刻とは違う纏わりつくような不快な黒であった。

「しかし、これでも安全は保障されないのか」
「えぇ、あの一日でレイヴンはいなくなり戦闘はMTを主とした物量戦になりましたから」
「ACがいた時はすぐに戦闘が終わるんですが、今は殆どが長期戦です」
「随分詳しいんだな」
「こんな状況がずっと続いてましたからね」

ナナは震えながらも作り笑いをする、男の胸にその笑顔が苦痛だった。
子供の感じる恐怖への共感、一年前のあの日を迎えるまでの彼では到底考えられないことだろう。
男は変わったのだ、あの時の敗北と少ない間だが子供と過ごした時間の中で。
だからこそ辛かったのだ。


男は、震えるアミを見て胸の中の苦しみを決心に変える。

「アミ…恐いか?」
「うん、とっても」
「あの時は私もだ、けれどアミが抱き寄せてくれて…恐くなくなったよ」
「だから、待っててくれ。…少し行ってくる」
「ナナ、使えるMTはあるか?動くだけでいい!」
「あるにはありますけど何をする気ですか…」

男はシェルターを飛び出し、コロニーを直走る。
建築物にもたれかかるように動きを止めるMTを見つけ、コックピットの中へ飛び乗る。
操作プラグを差し込んでる間にハッチから見える戦場。
弾丸が飛び交い、一機また一機と歿していくMTの群れ。
弾避けに使われ、あらゆる弾丸に揉みくちゃにされる残骸。敵、敵、敵。
オイルに混じる汚れた血、肉の臭い。
男は戻るのだ、男という立場を捨て戦場に〝烏〟として。


「こんなポンコツ一機でどうにかなるとは思わないがな」
「何、賭けてみようじゃないか」
「賭けに勝てばあの子達を守ってあげられる、分の良い賭けだ」

MTは新たな宿主を与えられ、立ち上がる。
戦場へ向かって一歩また一歩と壊れかけの身体を引きずった。
烏は最中に回線をいじり、通信が声が戦場の全ての者たちへと聞こえるようにした。

「今戦うものたちよ!私の声を聞け!!」

銃声、爆発音、装甲の爆ぜる音、全てが止まった。
今ここにいる人という人が唾を飲んだかのように、静けさが広がり。
烏の乗る半壊したMTへ視線がカメラがレーダーが集まる。
この烏の一言は戦場をも止めた、それだけ烏は知られているのだ。


烏は開かれたままのコックピットハッチから飛び出し、MTの頭部の上で仁王立ちの姿勢をみせる。

『あいつは!』
『アライアンスの亡霊か!』
『死んだと聞いていたぞ』
『なぜこんなところに』
『そうだ!何故ここにいる何故生きている!!』

『『『『『『『エヴァンジェ!!!』』』』』』』

「貴様らに答える道理などない」
「私が求めるのは一つ、今すぐ戦闘を中止しろ!ボスのところへ戻って私が生きていたことを報告するといい!!」

胸が焼けるように熱い、それはエヴァンジェの感情を表す熱だった。
きっと戦闘になる、だが勝機はあるエヴァンジェは確信していた。
今はエヴァンジェに、守るものがあるからだ。

『戦闘の中止だと!?』
『逆らったらどうするつもりだ、そのMTで力尽くか?』
『笑わせるな!ACのないレイヴンに何ができる!』
『ただでさえ生き残った一人を持て余す企業にお前は必要ない!』

「愚か者が…ならば見せてやろう決定的な違いをな!!」

「終焉の淵を歩む者よ!身体を貸してやる!その絶望の光に神託の力を今!!」


       「 「 「 パ ル ヴ ァ ラ イ ズ ! ! 」 」 」 


エヴァンジェの胸から蒼く禍々しい程の濃さを持つ光が噴出し、エヴァンジェの身体と共に半壊したMTの鋼の身体をも飲み込んで行く。
光の中心がより一層輝き、光がその濃さを失ったときそこに現れるのは災厄の力。
パルヴァライザーが復活する。


『なんだ…あれは!?』
『ACじゃないのか?』
『撃てぇぇぇぇぇえええっっ!!』

その場にいた者全てが平等に恐怖を感じていた。
パルヴァライザーはあの日から極秘扱いで、この場にこの機体を知る者などいない。
にも関わらず彼等は敵味方関係なく協力して倒そうとしているのだ、パルヴァライザーを。

《オモ…シロイ…》

既にエヴァンジェの声は人のそれではなくなった。
パルヴァライザーを中心に巡らされるシールドは何千何万とい弾丸を叩き落す。
二本の脚は地に付かず、空を蹴って一瞬でMTの群れの中心に移動する。
瞬間移動にも見える驚異の瞬発力は距離という概念を噛み砕き、両手のブレードはMTの防御力という概念を飲み下した。
蹂躙は始まりと共に終わる。

パルヴァライザーが腕を振るえば何十というMTが骸に変わる。
鉄屑が吹き飛び、その時初めて敵が隣にいること知るMT達。
距離を取ろうとした時既に、彼等は自身が切られていることに気付いたのだ。
蒼く滲むブレードは敵が近ければ刀身で、敵が離れれば光の衝撃で骸の数を増やしていく。
しかしMT達も数多く、エヴァンジェをパルヴァライザーを包み込む陣形を整える。
MTに乗る彼等とて、ただ死に行く愚か者ではないのだ。
二本のブレードでは持て余す数の多さ物量、だがそんな小細工でどうにかできるのならあの日。
多くの烏が畏怖することなど、数をすり減らすことなどなかったのだ。

《…フヤセバ…イイ》


パルヴァライザーの背から光が伸びる、あの禍々しい光。
その光が形を成し腕を増やす頃、MT達は戦意の大半を削られていた。
四本の腕を、ブレードを限界まで伸ばしたたずむその姿はまさに悪魔、彼等にどうこうできる相手ではないのだ。

《アサルト…ドミナントォ……》

ブレードの刀身が光を集め、爆発的にその内のエネルギーを凝縮させる。
腕が羽が輝きを増し、飛んでくる弾丸を分解し粉へと変えていく。
周りに落ちるMTの残骸すら、光に干渉し粒子の雨を生み出す。
粒子の渦がパルヴァライザーに纏わり、その全てが一気に外側へパルヴァライザーを囲むMTの壁へと干渉する。

《ブレード!!》

全て飲み込む絶望の光、纏わりつく闇を浄化する光源。
光球は辺りを照らし飲み込み塵に変えその干渉範囲を進めていった。
全て喰らい尽くす絶望の光の前で、逃げられる闇などどこにもないのだ。

干渉がコロニーまで到達する寸前に、エヴァンジェは正気を取り戻す。
力を抑え、パルヴァライザーの干渉を拒み自身を保つ。
パルヴァライザーを光が包み、塵積もる戦場に残るは半壊したMTとエヴァンジェ独りとなった。

「フッ、少しばかり格好は付いたかな」

エヴァンジェはシェルターへと向かった、一刻も早く二人の無事を確認したいから。
コロニーの残骸を飛び越え、砕けたアスファルトを踏みにじる。
MTの骸や薬莢をすり抜け二人のもとへと向かうエヴァンジェのうしろ姿は、さながら人の子の親と言えた。

「そうだな、ちゃんと自己紹介してからでも遅くはないか」


「まさかアナタがアライアンスの英雄だなんて」
「それは表の史実だ、実際は仲間と企業を裏切り力に驕って敗北した愚かな奴だよ私は」
「そんなことありません!だって守ってくれたじゃないですか僕等を」
「…」
「またああやって守ってくれますか?」
「その心配はない、私が生きてたと知れば企業も流暢に戦闘行為などしない。私を探すのに躍起になるさ」

「いかないで…」

背中を向けたエヴァンジェの服をアミは強く握り、エヴァンジェは少し驚いた。
エヴァンジェは、自分がこうして求められる状況など戦場以外でないと考えていたからだ。

「行かせてはくれまいか、アミ」
「絶対に帰ってくると…約束しよう」
「ほんとう?」
「もちろん私の名前に誓おう」

「私はレイヴンエヴァンジェ、人読んで〝隊長〟…だからな」




「わらしべ長者」


見ている。
私は見ている。
私は暗がりで見ている。
私は瓦礫の暗がりで見ている。
私は町の瓦礫の暗がりで見ている。
私は戦禍の町の瓦礫の暗がりで見ている。

聞いている。
私は聞いている。
私は敵の音を聞いている。
私は敵の出す音を聞いている。
私は敵の出す音を息を潜め聞いている。
私は敵の出す音を息を潜め武器を持ち聞いている。

ほうら近づいてくる。
人間だ歩兵だ元凶だ軍だ企業だ生きてる奴だ死に行く奴だ殺される奴だ私が殺す奴だ武器を持った奴等だ。
静かに!気付かれてしまう、ばれちゃうばれちゃう。
もう少し見てよう聞いてよう、あと数分あと数秒あと数瞬あと…いや今起きよう。

いいなぁ殺すのはいいなぁ最高だぁ。
ほら見て企業の歩兵は私が飛び出して驚いているぞ。
砂や埃まみれの瓦礫が動くなんて誰が思うよ、でも私はこの時のためにナイフ一本持って隠れてたんだ。
一週間…長かったぁ、だからいいんだこの瞬間が。
対MT・AC用のナガモノなんて人相手じゃ無用の長物…なんちゃって。
こっちに向ける前に私のナイフが首に届くんだから楽だよなぁ、肉にめり込むこの瞬間忘れられないよ。
さて長物ライフルひぃふぅみぃ…これはそんなにいらないや。
MT・AC用ランチャーがひぃふぅ、ふたつこれだけあれば大丈夫。
次だ、次つぎはどこにしようどこ隠れよう…あぁでも興奮してちゃぁ駄目だよなぁ。
マスかいてから考えよう、うんそうしようそうしよう。

狙っている。
私は狙っている。
私は屋上で狙っている。
私は建物の屋上で狙っている。
私は壊れていない建物の屋上で狙っている。
私は壊れていない建物の屋上で孤立したMTを狙っている。

あと少し、ここなら乗れる飛び乗れるいいぞいいぞ早く来い。
ほら来た!ほらね、馬鹿な奴俺はお前を狙ってる味方とはぐれた馬鹿な奴。
このライフルで外部ハッチレバーを狙い撃つ、やったね!当たりぃ耳痛い。
驚いてる場合じゃないぞ馬鹿な奴、壊れた所ををこのランチャーで狙い撃つ。
一発外して一発当たるでも一発で充分だ。
開いたひらいたハッチの装甲、見える見えるぞ馬鹿な奴。
ナイフをくわえてそっちに飛んでありゃりゃナイフは先刻捨てちゃった、仕方ないから素手でやろう。

疲れたけれど手に入れた、新品同様でっかい兵器ハッチは開いたままでいいや。
堪らないなぁ嬉しいなぁ、味方だと思ったMTに薙ぎ払われる歩兵の顔は。
口径違いの大砲で吹き飛ぶ血肉は最高だぁ。
笑っちゃ駄目だめ真剣に、だってアイツがいるんだもの。
こんなMTより強い奴、レイヴン一羽いるからね。
あれ欲しいなぁ、すっごく欲しい今度はアイツと殺ってみよう。
静かに静かにしずかにSIZUKANI!ゆっくりアイツに近づいて、味方ですよ味方です…僚機信号で騙し打ち。
興奮するなよ誤魔化せよ、ゆっくりゆっくりうしろから少しで届くあと少し駄目だよ笑っちゃ気付いちゃう。

「とった!」

私のブレードは届いた筈だ、アイツの身体を貫いて今もある筈目の前に。
あれでも可笑しいなんでかな、私の左手どこいった?あいつの姿はどこいった?
見えない聞けない狙えない、私の身体が傾いて画面に映るは瓦礫だけやっぱりおかしいわからない。
私はいったいどうなった?


「そいつに乗るのは始めてか?味方同士での信号のやりとりがあるんだよ」
「もっとも、うしろから近づいてくる奴など味方だろうと斬ってしまうがな」

そうか両断されたんだ、腕と身体を横半分にだから瓦礫が映るのか。
くそう、強いな蒼いやつ。
蒼くて白くて格好良くて、黄色いアレが早いやつ。
あぁ糞畜生完敗だ、くっきりあっさりボロクソにあの黄色いのに薙ぎ払われた。
ナイフ一本でMTまでかそれが私の限界か。

「隊長、止めを刺しますか?」

急に出てきた変な奴、ひぃふぅみぃよぉ脚4本うわなんだこれマジキメェ。
こんな強いの欲しくねぇ、こっち見るなよキモイ奴ワシャワシャさせんなあっち行け。

「慌てるな、……少なくとも機体の操作は素人同然だが」
「使えるだろう、アライアンスに問い合わせろ…小間遣いが増えるとでも言っておけ」
「…了解しました」

「おいおまえ、おまえだキチガイ」
「名を」

蒼いあいつが聞いてくる、名前聞かれるの久々だ。
言っていいかないいのかな、私の名前なんだっけ?あぁそうだ思い出した。

「ジャウザー…」

そうそうこんな名前だった、このあと私はどうなるだろうか。
殺されずにはすんだけど、どこかに連れて行かれるようだ。
ナイフ一本でここまで来たけどあれより良いものもらえるだろうか、なんだか死ぬ程楽しみだ。




「赤い雨」


多くの人が世界からその影をなくしてしまうでしょう。
雨は何処にだって降り注ぐ、逃げ場なんて望めない。
けれど私は信じます…だって諦めるてしまえば、レイヴンに彼に申し訳がありません。
今これを聞いている方に、私は言っておきたい。
諦めないで、そして頑張って。
世界が不条理なのはわかっています。
これからも続く雨、いえ…絶対に止むであろう雨の中生きていて。
そして祈って、いつだってレイヴンという存在は諸悪の根源であり希望の光。

もしこれを聞いている方がレイヴンならば

              〝レイヴン〟貴方は自身に何を求めますか?


―――数十時間前 某所―――――――――

真っ赤だ見違える程に赤いんだよ、空がさ。
夕暮れ時の赤とは違う赤だ、あと数分もせずにこのビルへと降り注ぐ赤。
空を見ながら死ねると知ったときはなかなか乙なもんだと思ったが、こう赤いんじゃ風情も糞もない。
それにさっきから喧しい、ACの警告音に喚き散らすオペレーター。
コイツには永く乗ってるがこんな喧しいもんだとは…まったく参るね、死に際だってのに。


「ちょんの間の静寂ってのはないのかねぇ」
「よっと、機体確認」

《AP50%低下》
《ラジエーター、損傷有り機能が30%低下しています》
《左腕損傷、関節に問題有り》
《装甲表面のプロテクトスクリーン、主に前面のスクリーンは出力が著しく低下しています》
《右腕武装の予備弾数残弾560、発射に問題はありません》

「厳しいねぇ、第2波の到着時間は…」
『……』
「なんだ、先刻まであんなに五月蝿かったのに今度はだんまりか…女ってのはようわからんね」
『…なんで撤退しないんですか…グスッ…』
「へ?」
『機体はもうボロボロで次の特攻に耐えられる訳ないじゃないですか…ズビッ…それなのにそれなのに…ヒック』
「ほらほら泣かない泣かない、お前さんが死ぬ訳じゃぁないんだから」
『だって!貴方は…あの古代兵器だって倒して第一波だって退けたじゃないですか!…ここで退いたって企業の誰も責めやしないのに、そんなことできないのに…』
「…そうさな、俺はやった、いろんな奴殺していろんな事阻止してそれで小金稼いださ」
「俺はよレイヴンだ、烏なのさ。汚ねぇもん扱って金稼ぐ底辺さまよ」
『そんなことありません!貴方のしてきた事は英雄と言われたって!』
「やめろ!…やめてくれよ英雄なんて、こんな奴にそんな称号いらねぇしあっちゃいけねぇ」
「人様の恨み買って高く売りつけて、英雄なもんかよ」
『でも……でも…』

《熱源接近》

言葉を掻き消す爆音、急激に熱せられたアスファルトは泡を噴き溶けるように焼ける。
一瞬で男の搭乗するACを包む赤い雨、それに飲まれぬよう男は飛来する雨に銃弾をばら撒いた。
右腕の武器は連続した火の粉を噴出し、直線状にいる雨を貫くように飛んで行く。
誘爆、空中で身を爆ぜた雨の衝撃に飲まれ次々と吹き飛んで行く雨の群れ。
それでも雨は数を減らすことなく、ACに男に向かって行く。
物量の驚異、男はそれを実感していた。
休むことなく吐き続けられる薬莢、放物線を描きアスファルトに落ちて行く薬莢はその端々から炎に飲まれて行った。
男は自分の最後を予期していた。

『敵飛来物!数1500を超えて…2000!』
『でも…大丈夫!貴方ならきっと』
「聞け!お嬢ちゃん!」
「敵の数数えるのも俺を励ますのも…やめるんだ、お嬢ちゃんが悲しくなるだけだ」
『あっ…だけど』
「俺は先刻いった通りの駄目な野郎さ、だからレイヴンも駄目って訳じゃねぇ」
「誰かにとってレイヴンはすげぇ存在なのかもしれねぇし、最低なクズ野郎共って認識でしかないかもしれねぇ」
「俺の中でのレイヴンはどっちかってぇと後者寄りなのさ。」
「歴史を振り返れば英雄みたいな奴だっている、神さまだって裸足で逃げ出すような奴もいる」
「千差万別十人十色、レイヴンってのはそういうもんさ」
「だが俺は駄目だ、何かを守る為にとか力が欲しいからとか唯一無二の存在になりたいとか」
「そんな立派な理由はねぇのさ」

こうして話している間も飛来物は数を減らすことなく、ただ男の生を磨り減らしていく。

「はなっから失うものなんてなかった、だからなってやったさレイヴンに」
「ちょっと強かっただけで期待の新人だとよ、こんなおっさんが新人なんて笑わせんぜ」
「成り行きだったんだ、今の今まで」
『…』

「けどよ!」
「烏だぜ!信念曲げねぇで命を軽んじて金に執着する生粋の烏さ!」
「先刻言った立派な理由でレイヴンになるやつ、これからにでも出て来るさ!」
「そいつらに教えてやんのよ!こんなレイヴンが居たってな!」
「ようは烏なりの誇りさ、それがここから退かねぇ理由」

「こっちからは見えないけど暗い顔すんなお嬢ちゃん!」
「オペレーターはオペレーターらしく『あんたが死んだら金づるがなくなるー』って怒ってりゃいいんだよ」
『……クスッ』
「やっと笑ったな?…そうだ、笑え笑え!したらおっちゃん頑張っちゃうからよ!」


それからあの人は逝ってしまった。
最後の最後まで笑って逝ったレイヴン。
あれから多くの烏が同じ道を辿ったが、笑っていた烏なんて彼以外いなかった。
レイヴンとして、生粋な生き方を求め得た彼を歴史が語る。
私も歴史の中の一人として。




「卓上の九番」


雪の降る夜。
風は冷たく、闇深く。広がる空に明りなし。

「狭いコックピット内で行なうチェスも、なかなかどうして乙なものですわね」
雪の積もる広大な区画に声は響く。完璧に淹れられた紅茶を口に含みながら喋ったのではないこと思う程、甘く、上品な香りさえ漂わす声が。
声の主はホワイトクィーン、現在ランク8を飾る白い王女。
彼女の乗るAC〝チェックメイトⅡ〟は、この雪景色のなかで溶けて消えてしまうかのような純白を着飾り、流曲線の美しい四肢をそこに立たせていた。
「一勝負、いかが?」
聞くだけで美しい容姿を彷彿させる声を、少し離れた所に立つ男とACに投げかけた。
「こんな所に呼び出して、何かと思えばチェスのお誘いか」
「トップランカーは忙しい、ランク8如きでそこそこの仕事にありつける貴女なら理解できると思うが」
皮肉混じりにそう言った男、ハスラーワンは既にホワイトクィーンに背を向けていた。
チェックメイトⅡとは対極の存在であるかのような機体、〝ナインボール〟。
刺々しいまでに武装を積んだ細長いラインのフレーム、赤と黒の入り混じるカラーはこの雪景色の中で嫌という程自身を主張していた。
「あらあら、短気は損気。カリカリせずにお話できませんこと?」
「寒いのが嫌なら暖かい紅茶もありましてよ、ハスラーワン」
くだらんと相手に聞こえるように呟き、冷えたブースターに火を点けるハスラー。
その光景をまるで生意気な子供でも見るように、チェックメイトⅡは凝視していた。


「そんなに忙しいなら、ネコの手でもお借りになってはいかが?」
「代わりの身体なら、…いえ代わりの貴方ならいくらでもあるのでしょう?」
その場離れようとしていたハスラーは、ナインボールをぴたりと停止させる。
ブースターの余熱はナインボールの足元に積もる雪を溶かし、立ち込める水蒸気がナインボールを包む。
白い蒸気の中、チェックメイトⅡの方へと振り返る。強く光る頭部のメインカメラは、正しく悪魔の眼光と言える程だ。
だが、ナインボールから放たれる威圧をものともせずに、ホワイトクィーンは続けた。
「あら?驚かれまして?」
くすくすと少女のように笑い、トップランカーを小馬鹿にするホワイトクィーン。
「チェスのボードはaからh1から8の計64マスでできていますわ」
「私を含め貴方以外のレイヴンに企業とネスト、それらが64マスの上の駒」

「そして貴方と、〝貴方に指示する者〟がボードの外から高みの見物…ですわね?」

今の話を聞かされても尚、その場で動かずチェックメイトⅡを睨みつけるナインボール。その光景を楽しむかのようなホワイトクィーン。
二人の間に動くものは降り続ける雪だけだった。


静寂、ナインボールの溶けた足元には新たな雪が積もり、チェックメイトⅡの冷えきった装甲には薄らと雪化粧。
次に口を動かしたのは以外にも、ハスラーワンの方となった。
「よく知っている、いや…知りすぎだ」
「イレギュラー、我々が望まぬべき存在。修正が必要だ」
先刻までは少しばかりの女性にたいする紳士的な口調があったが、いまはその影すらない。
排除する目標、ハスラーワンはホワイトクィーンをそう認識したのだ。
「あらあら、化けの皮が剥がれましてよ。その機械のような冷酷さが本性でして?」
「それに、イレギュラーはどちらかしら?過去の骨董品が人類の未来を管理しようなどと、愚かしいとはおもわなくて!?」
彼女の口調には先程までの暖かさはなく、冷たく強く、周りの雪すらその動きを止めてしまうかのような冷徹なもだった。
ナインボールは以前より強くブースターに火を点し、右手のパルスライフルをすぐにでも撃てるよう構えを取った。
チェックメイトⅡは同じようにブースターを点火、身体の雪化粧をプロテクトスクリーンを展開させることによって粉々に吹き飛ばす。
「そんなことまで知っているとはイレギュラー、やはり貴様は危険な存在だ」
「やはり?機械の御脳は存外に優柔不断ですのね」

先に動くはナインボール、ブースターの推進を高出力で保ち夜の闇に溶け込む。
それも計算の内と言わんばかりにチェックメイトⅡ、プラズマトーチを積もる雪目掛け勢い良く突き出す。
高温の刀身が大量の雪を一瞬で溶かし、水蒸気の塊を生み出した。
「どう?これで見えなくてよ!」
白い蒸気に身を隠し、ブースト推力を下げ作った煙幕を吹き飛ばさないよう移動する。
レーダーで捉えた方向へパルスを連射する、二人同時に。
青の光弾が交差しぶつかり掻き消しあう。煙幕で相手が見えない状況からの射撃にも関わらず互いの光弾は機体をかすめる。
ブースターを低出力に抑え脚力任せに雪原を駆けずり回るチェックメイトⅡ、その間も出力を高めたパルスを絶え間なく撃ち続ける。
一方、出力を保ちEN兵器と推力のエネルギーを調節するナインボール。火器管制を切り替え、背中のグレネードを空中で展開した。
「ランク以上の実力は認める。だが、それでは無理だ」
見えない相手の動きを予測、そしてグレネードを躊躇いなく撃ち込んだ。機体を揺らす射撃反動を胸部と背部、脚部の推力で絶妙に相殺させる。
眼下に広がる砲弾の連鎖爆発、雪原が焼け野原に変わる様を見ようともせずリロードが終わりしだい発射を繰り返す。グレネードの砲身はその温度をジリジリと上げていった。

ナインボールが地上に降り立つ頃には、そこに溶ける雪はなく、降り積もろうとする雪さえも地に触れる前にその姿を消していった。
土溜まりが赤々と焼け、純白は燃えるような赤と炭化した黒の入り混じる色になってしまった。
その色に混じり、点々と白いものが見える。
それはチェックメイトⅡだったものだ。今では見る影もない。
周囲に反応がないことを確認すると、ナインボールは再びブースターを点火する。
今度こそ誰も邪魔しない。そう確信すると闇夜に向かい上昇していった。
戦闘により熱された機体も冷える程の高度、今まさに加速せんとするナインボールを複数の光弾がかすめた。
機体内で鳴らされたアラート、ナインボールを追撃しようと迫る光弾。
空中で体勢を整え旋回を交えながら回避行動をとるナインボール、ハスラーワン。
索敵範囲外から自身を攻撃した相手を見据え、またも地上に脚をつけるナインボール。
彼はこの状況に驚くことはない、だが想定の範囲を大きく超えた相手であると決め付けた。
離れた所からこちらにパルスライフルを向けるのは、先刻、残骸へと欠片へと破片へとなるまで破壊に破壊を尽くしたAC。

〝チェックメイトⅡ〟が三機、焼け野原に立っていたのだ。


「あらあら、キングにコマを効かせた時は〝チェック〟と宣言するものですのよ?」
「「このぐらいのルールは初歩の初歩、それも守れないなんて…呆れてものも言えませんわ」」
「「「そもそも私はクィーンなのだけれどね」」」
重なるように、響くように、甘い声は甘ったるく交わる。
聞いてる方からすれば催眠術のように、脳髄を直に震わせる。人間ならば気を違えてしまう。
しかしハスラーワンは冷静に、彼らしくなく、機械らしくもない言葉を発する。
「貴様もそうなのか、私と同じものなのか」
「えぇ…貴方と違って貴方と同じでしてよ、ハスラーワン」
「「いえ、管理者…と言った方がいいのかしら」」
「「「同じ過去の遺物、イレギュラー。貴方も私も消えるべき存在なんですの」」」
言葉を発するに連れ、感傷に浸るように落ち込むように、その力強さを失っていくホワイトクィーン。
それを聞くナインボールもまた、機械ではないように思える程、感情を剥き出す。
「同じ…同じか、ならば何故――――…」
しかし言いたいことをグッとこらえた、ように見える。


「貴様等は何故現れる、何故邪魔をする」

「貴方達は何故管理するの、何故過去に囚われるのです」

暗闇の彼方から閃光、それはブーストの光だった。
今いるナインボールの隣にもう一機、まったく同じ武装とフレームの、二機目のナインボールが着地する。
その淡々とした口調に彼らしさが戻っていた。

「企業、AC、そしてレイヴンズネスト、全ては私が作り上げたもの」

「人類、未来、そしておおきな可能性、全ては私達を必要としないもの」

「荒廃した世界を、人類を再生する。それが私の使命」

「荒廃した世界は、人類が再生する。それが彼等の使命」

二機のナインボール、三機のチェックメイトⅡ。互いに戦闘体勢を取った。
プロテクトスクリーンを展開し、ブースターを全開で維持、双方がいつでも戦える状態を保ったのだ。

「私は守るために生み出された。私の使命を守り、この世界を守る」

「私は守るために生み出されました。彼等の使命を守り、人類の世界を守る」

「力を持ちすぎた者、秩序を破壊するもの、プログラムには不要だ」

「過去に囚われた者、可能性を芽引く者、人類には不要ですの」

      変則的な存在
『消えろ!イレギュラー!!』

        過去の存在
『消えなさい!トラベラー!!』




「主の平和」


木漏れ日と鳥の声、河の流れに深い霧。
人など軽く飲み込んでしまう程ぼうぼうと茂る草木、中でも一番高く、茂る葉の量も一際多い背高のっぽうの大木が目立つ。
他の木よりも背伸びし、多くの太陽光を得ようとしたのだろうか。霧深いこの森でそれがどれだけ効果的かはわからない。
そんな木の根元、幾多もの露出した大小の根が折り合い圧し合いしながらできた、大きく狭い空間。
そこには大木には負けるものの、それでも大きな何かがもたれ掛かるように鎮座している。
重厚な金属が幾重にもなる身体を持ち、その身体は何かが焼け付いた臭いと硝煙の残り香が鼻を衝く。

 〝兵器〟 このおとぎ話をそのまま現したような森に似合わない、超現実的な代物だった。

が、その兵器には腰の辺りまでシートが被せてある、頭部付近には無理矢理折られたまだ葉の付いている太い枝が盛られていた。
こうして見るとこれは兵器ではなく、スヤスヤと寝息をたてる人にしか見えない。
大きな木の根元で眠りに付くという光景が更にそう錯覚させた。
自身の活躍を夢見ながら眠る兵器の足元、そこには錯覚ではない本当の人間が忙しそうにしていた。
ぶつぶつと小声で喋り、時折辺りを見渡してはまた重く低い声を押し殺して小言を呟く。
すらりと伸びる身体に抱える小さな機械、そこから飛び出る数々のダイヤルを回しながら小さなマイクに鉛のように重い声で小言を一つまた一つ。



「こちらクラフツパーソン、レイヴン聞こえるか?オーバー」
返ってくる雑音は長身の男の脳を更に熱くさせるかのように頭を沸騰させ、巨体を小刻みに震わせるだけだった。
血が上り思考を低下させている自身の性格を制御するように大きく息を吸い、同じように吐き出す。
しかしこの森特有の濃い酸素は、彼の思考を更に奪うだけだとは知る由もないだろう。
片手で顔を拭い、またも小さな機械に手を付ける。
「こっちも駄目か、こっちも――、レイヴン聞こえるか?こちらはクラフツパーソンだ。オーバー」
雑音に紛れ聞こえる懐かしい人の声、男は目を見開き歓喜の表情を抑え、機械の数値をゆっくり調整する。
「――ちら…ヴン、…レ―ヴン、―えるか?こちらレイヴン、クラフツパーソン聞こえるか?オーバー」
ついにしてやったぞと拳をッグと決め、手に持っていたヘッドセットを頭に掛ける。
「こちらクラフツパーソン、聞こえているぞレイヴン。オーバー」
「ふぅ…安心したぞ。どこかでやられたのかと思っていたよ。オーバー」
「そんな玉じゃぁないさレイヴン。オーバー」
「そいつは良い、さっそく現状の報告を。何故外部の無線からコンタクトした。オーバー」
「機体間での通信は敵の耳に引っ掛かっていた。俺達が散り散りにされたのもそれが原因だからだ。オーバー」
「なるほど、しかしそれじゃぁ俺がアナログ無線を引っ張り出してなきゃまったく無意味だったんじゃないか?オーバー」
「アンタの勘が優れていたから助かった。オーバー」

二人は淡々と現状を報告し合い、少し雑談を絡めながら溜まっていたストレスを和らげようとしていた。
現に二人はこの森で丸一日程過ごしている。いつ敵と遭遇しても良いようにと神経を張り巡らせていたのだから、溜まるストレスも相当な物だろう。
緊迫した空気の中では自然の発する声も雑音に等しい。彼等の状況や無線のやりとりも頷けた。
男の顔付きが不意に変化する。先程までは久しく会ってない友人との再会に胸躍らせる青年のような表情だったが、そこに青年の面影はなく急に老けたかのように見える。
目は吊り上がり、眉間のしわがぐっと深くなる。獲物を探す獣のような、辺りを見据える烏のようなそんな表情だ。
今しがた眠る兵器を操り、沢山の命を焼き消して来た者の表情―――兵器のパイロットなのだと、そう実感させる。
森林の雑音が騒がしいなか、男は自然の声とは違う、金属の擦れる微かな響きを耳にしたのだ。
ゆっくりとその場で立ち上がり慣れた足つきで兵器の横たわった身体を登っていく。
「――さて初めるか」
そう呟くと抱えている小さな機械の、飛び出ているダイヤルとは別に赤いカバーで被われたスイッチに指を伸ばす。
パチンと軽快な音をたてる。すると機械は突然動きだすかのように冷却ファンが回り、何かを作動させた。
「レイヴン、時間がない。返答せずに俺の話を聞いてくれ」
男は焦るように続ける。
「この外部無線も敵の耳に確実に引っ掛かってる。それを逆手に取りたい。」
「このまま敵と長期戦になるのは避けたい。そこでだ、俺達の機体は壊れた。いいか?オーバー」
「俺は役者には向かないが…了解。しかしさっき聞かれてると言ってたが作戦を喋って大丈夫なのか?オーバー」
「それは問題ない、その為の特製無線だからな。少しばかりの小細工だ」
「破損状況なんかは大袈裟に頼む、一気に叩きたい。時間だ…3、2、1―――」


男の抱えた無線機は役目を終え、冷却ファンの起動を停止させた。
「聞くのを忘れていたな、機体の状況を知らせてくれ。任務は継続できそうか?オーバー」
「駄目だレイヴン、腕の破損が酷い。使える武器が限られている、そっちはどうだ。オーバー」
「問題ない…と言いたいが、脚の推力をやられた。囲まれたら一溜まりもない。オーバー」
「敵に遭遇しないことを祈りたいな。河沿いに進んで行く、レーダーに映りしだい合流しよう。オーバー」
「了解した、何かあれば連絡する。オーバー」
「敵も、俺達がアナログ無線で連絡しているなんて思いもしないだろうからな。」
はははと軽い笑い声と共に無線は閉じられ、男の耳に入るのは森の雑音と微かな金属音だけだった。
さっきの無線の後、男の耳に入る金属の擦れる音は少しずつ大きく、そして音の数も増えている。
どうやら思惑通りにいったようだ。
男は腰掛けていたコックピットハッチから降り、ハッチの付け根にある外部ロックを解除した。
コックピットを守る分厚い金属ハッチが気密用ガスを勢い良く吐き出し、守られていた内部を露出させる。
男は座りなれたシートに腰掛け、目の前のパネルに映されている光学スイッチを数回指で叩いた。

分厚い金属がコックピット内部を守るように閉じ、男の視界から光を追い出した。
薄暗いコックピットを唯一照らすのは目の前のパネル一つ、男はそのパネルをいそいそと叩きだす。
「起動準備」
男が静かにそう言うと、男を囲むように配置されていたパネルが順番に点灯し始めた。
『MT、カイノス/E02-陸戦機動型起動開始』
突然聞こえる無機質な女性の声、どうやら兵器のものらしい。
「プロテクトスクリーンは張るな、出力を本来の30%で維持。ラジエーターは60から80、熱を出さないように」
『了解、状態を維持。システムを通常から戦闘へ移項』
「よろしい、レーダーを熱源からソナーに移項。距離は半径20mに絞れ。周りの状況がわかればいい」
『了解、武器状態を説明。湿度が高い為、レーザーの使用に時間が掛かります。砲身を乾かしますか?』
「それもいい、熱がでる。今見つかるのは不味い」
『了解』
重苦しい声で無機質な彼女を黙らせると男はパネルを二度三度叩いた。
次に男は呼吸を抑え、パネル脇のソナーに神経を集中させる。メインモニターが点いていないコックピット内部は未だに薄暗かった。


反応。
男の見つめる画面に三つの光点が現れる。
男は小さく舌なめずりをし、敵の行動を逐一考察した。
「やはりか、アローポータータイプC。密林戦闘用特殊仕様」
「ソナーでなければ映っていないところだ。ブリーフィングでそれらしいことを聞いてはいたが充分ではないぞ、クレストめ」
敵を現す光点の一つは、男の正面18mの所。本来なら見つかってしまう距離。
「この様子では気付いていないな。低出力で潜んでる上に水分を多く含んだシートで身を包んでいる」
「熱源として捉えられないのも無理はない。…それにこの霧だ、目も使えないだろう」
男は最適な距離を待つ、奇襲の威力を最大まで上げる距離を。
敵逆関節MTの足音が一歩また一歩、森の声すら静かに聞こえる程大きく、近く。
「まだだ…」
衝撃を緩和するジャッキの音まではっきりと男の耳に届く、距離10m。
「まだ…」
辺りを見回しているのか、身体を捻り擦れる金属の音。距離8m。
「今!!」

「メインモニター機動!出力最大!プラズマトーチ準備!プロテクトスクリーンも忘れるなっ!!」
『了解』
折り重なる根を引きちぎるようにブーストで身体を起こし、その余力と脚力を使い目の前の標的へと接近する。
ブースターの推力で機体速度は底上げされ、目標との距離はあっという間に縮まった。
突如現れ目と鼻の先まで来ている敵、その存在に気付くのが遅れたアローポーターはロックオンすることすら許されなかった。
下から上へと振り上げるように繰出されたブレードは的確にコックピットを融解させる。
「ひとつ!」
ひしゃげた装甲からめり込んだ拳を引き抜き、片付いた敵の亡骸から次の標的へと攻撃を仕掛ける。
訳も分からぬ内に味方が一人やられた彼等は、高速でこちらへと突っ込んでくる敵に狙いを定めた。
クラフツパーソンはメインモニターの中心に一機、モニターの左端にもう一機を捉えながら距離をつめる。
『ロックオンアラート、ミサイルです』
「わかっている!」
アローポーターは無数のミサイルを放ち、発射口を飛び出したミサイルは蜘蛛の糸のように煙を引きながら標的へと飛んで行く。
直線や曲線の糸を引きながら加速するミサイル群、しかしクラフツパーソンは直進するのやめはしなかった。
身を屈め少し重心をずらし、崩れかけたバランスを保つかのように脚で一歩踏みしめ前へでる。
ミサイルは頭上をかすめ、かなた向こうへと飛んで行き爆発。その衝撃は辺りの霧を吹き飛ばした。
「素人が、この距離でミサイルが当たるものか!」
勢いを保ちながら敵へと接近、ショルダーのシールドを前に突き出しブーストで加速する。


ミサイルを避けられ焦るアローポーターは、迎撃機銃で突進してくる敵をむちゃくちゃに撃ちまくる。
しかし殆どがシールドに弾かれその効果は期待できなかった。
「ふたつ!!」
巨大な金属が衝突する轟音、クラフツパーソンは加速を緩めずシールドを構えたままアローポーターに突っ込んだのだ。
その衝撃をもろに受けた逆関節MTは威力任せに吹っ飛び、その形状を酷く変えながら遠くへと転がっていく。
『サイドシールド損傷、プロテクトスクリーン展開不可』
「パージだ!重りにしかならない!」
体当たりをしてバランスを崩さないように脚と胸部ブースターで重心を保ち、胸部ブースターと脚部副推力で画面端の敵へと向きを変える。
ショルダーのシールドを切り離し、偏った機体重心をコンソールパネルで調整。
その間にも迎撃機銃で敵を落とそうと躍起になるアローポーターの攻撃をかわし、ブーストで距離を保って敵をロックした。
メインブースターをいっぱいに吹かし機体を持ち上げ、不覚を取ったアローポーター目掛けミサイルをこれみよがしに撃ち散らした。
「みっつ!」
頭上から降るように撃ち出されたミサイルを避けられる筈もなく、アローポーターを直撃した。

ミサイルの爆薬だけではない大きな爆発、それが生み出した熱と衝撃がクラフツパーソンの乗るMT、マスターピースを包む。
機体が激しく揺れ装甲表面をチリチリと熱っし、機体に付着していた水滴が一気に蒸発した。
『ジェネレーター誘爆を確認、機体温度上昇しています。機体各部に問題はありません』
「…やっと、終わったか」
男が一息つきながら、頭に掛けたヘッドセットを取り足元に投げる。
久しく忘れていた安堵を取り戻した男の表情にはやすらぎが見て取れた。シートに深くもたれ目を閉じる。
『ロックオンアラート』
「っ!?」
男は驚く間もなく衝撃に襲われる。
どこからともなく現れたミサイル群に晒され、機体は大きく傾いた。
コックピット内でもみくちゃにされた男は一瞬何が起きたか理解できずにいた。
「柄にもなく油断した…状況!」
『機体後方より飛来したミサイルを直撃、左腕部破損、胴体部分の左半分を損傷』
『これによりジェネレータ、ラジエータ共に出力の低下を確認。左腕部武装、ブレードを失いました』
『プロテクトスクリーンは現在、出力が45%まで低下しています』
『また機体内部の温度上昇及び、機体外部の一部が炎上。このままでは武装の誘爆を招きかねません』
「機体内部と機体外部で冷却剤散布!それとジェネレーター出力を武器と機体の適性値で割り振れ!」
『了解』


普段は冷静な男もこの森特有の酸素と長期の緊張からくる疲労、そこから生まれた隙を衝かれ動揺していた。
男は敵を警戒しながらレーダーとメインカメラに集中し、次に攻撃されても充分に対処できるよう大木の陰に隠れた。
装甲の下から覗かせるノズルからは絶え間なく冷却剤が噴出され、炎上している機体を消化、冷却している。
ここまで迅速に行動できたのも無機質な彼女のお陰だと心の中で感謝し、未だ見つからない敵の索敵に勤しんだ。
「いない、アローポーターにしては退くのが早すぎる…」
「レーダー、なにか映ってるか?」
『ロックオンアラートが展開されるまで敵の存在を捉えてません』
「レーダーには映らないか。…音を拾ってくれ」
『了解』
男は耳に神経を集中させる。不自然な音はないか、森のものとは別の雑音がないかと音を掻き分ける。
パチパチと燃える炎の音や自身の機体がだす駆動音の響くなか、男は感づいた。
「――!ホバーシステム…音が重いな。出力の高さからか?それにミサイル」
「フーグリオン!なるほど、どうりで」
「敵は重装甲で高機動だ。レーザーライフル、それからミサイルに迎撃機銃の準備」
『了解、移動用に割り振った出力から武装用に25%移項』
「さて、こちらが攻撃するまでに相手の攻撃をどう避けるか、だな」
辺りを警戒しながら打開案を模索する最中、男はメインモニターの端にめぼしいものを見つけたようだ。

「ブースターは使えるか?」
『2,5秒の連続使用が可能です』
それを聞いて安心したかのように、男は推力調整用ペダルを踏み込み一気に駆け抜けた。
大木から姿を見せたクラフツパーソン目掛け、敵は容赦なく狙いをさだめる。
『ロックオンアラート』
「間に合う!この距離ならっ!」
右手に持つレーザーライフルの先端で目的のものを引っ掛ける。クラフツパーソンは拾ったものをできるだけ敵に届くよう、全力でアラートの示す方に向かって右手を振るったのだ。
敵目掛け飛んでく物体、それは先程までマスターピースの身体を隠していた大きなシートだった。
大量に含んだ水分は未だ乾いておらず、飛距離を伸ばす質量としては充分だったのだ。
ミサイルを直撃させるために全力で加速、突進していたフーグリオンは、飛来したシートをまともに喰らってしまう。
シートへの衝突で起こる自爆を覚悟し、トリガーを引いていれば数発のミサイルがマスターピースに当たっていただろう。
しかし攻撃を躊躇った時点で、遅かったのだ、判断が。
「見つけた!」
『ロックオン完了、射撃精度65%』

「倍返しだっ!!」


マスターピースは身体中に装備している武器という武器を一斉射する。
エネルギーアラート、火器管制が悲鳴を上げるのも構わずに正面にいる敵目掛けひたすらに連射。
迎撃機銃、レーザーライフル、ミサイルの雨を正面から受けた敵MT。
重装甲とはいえ、これだけの攻撃をまともに喰らって無事で済む程フーグリオンは頑丈ではなかった。
そこに残されたのはフーグリオンの残骸と燃えるシートの切れ端だけとなった。
「今回ばかりは…焦ったな」
無理をさせ続けた機体から鳴り響くアラートの中、男は静かに呟いた。
「レイヴンの方はとっくに終わってるだろう」
「機体間通信をON、それから…無理をさせて悪かったなマスターピース」
『了解』
彼女は今まで通りに、主人の労いの言葉に無機質な返答で答えた。

―――― 数日後 ――――

この間までいた森林とは違った風景が男の目前に広がる。
空に伸びる高層ビル、無数のパイプが根のように絡まりあう巨大な工場、大小様々な煙突。コンクリートジャングル。
そんな兵器工場が囲むオフィスビル街の中、男クラフツパーソンは珈琲の湯気をくゆらせ、うなだれていた。

「やはり高性能ともなると、値が張るな」
企業のパーツカタログを広げ、値段を見てはうなだれるを繰り返す。そのカタログの表紙には〝AC〟の文字が大きく写されている。
歳柄にもなく喫茶店でカタログを広げるのを見るに、うなだれているものの男にとっては喜ばしいことなのだとわかる。
「聞いたぞ、レイヴンになるんだって?」
聞き覚えのある声に興味を引かれ、カタログの上から二つの目を覗かせる。男とおなじようにすらりと背はたかく整った顔立ちの男が立っていた。
相手が誰だかわかったとたんに男はすぐにカタログへと視線を戻す。
「まぁな、この間。あんたと一緒にいった依頼で叩き出した戦果が、企業の目を引いたみたいだよレイヴン」
「そりゃよかった。おめでとう」
カタログの壁がなければニヤ付いた表情をレイヴンに見られていた所だろう。
男としてもその状況は避けたかった。
「先輩レイヴンとして、俺に忠告か?」
自分の横に腰を下ろし、煙草をくわえるレイヴンを横目で見ながら語りかける。
「忠告ねぇ。そんな柄じゃないさ…腕はよかったしちょっと様子を見にな。それと―」
言葉を発しながらクラフツパーソンのカタログを取りあげる。クラフツパーソンのあっと驚くような怒ったような声を聞きもせずに続けた。
「最初の内はこんなもん見なくていい。MTであれだけやれるなら初期の構成で充分やれるさ」
カタログを取られたことに憤慨しながらも、それはどうもと冷たく重たい小声で礼を言う男。
「あとあれだ、頭部COMは女性型に限る。野郎の声で喜ぶのなんてゲイかホモくらいなもんだ」
からからと笑いながら、カタログを茶化すように返すレイヴン。カタログを返された男は満足そうに言った。
「それはもう、決まっていてね」


「永い間一緒で、他のものでは変わりにならない最高のCOM…」
「マスターピース、機体の名であり彼女の名だ」
いつものように冷たく重い声ではあったが、その声はいつもより暖かみがあった。

――――私はマスターピース。
戦闘補助、及び兵器の自動操作を行う自律する戦闘システム。
現在の所有者、ならびに私のパートナーはクラフツパーソン。

内に願うは〝主の平和〟

クラフツパーソン、今後もあなたに平和が訪れんことを願って―――――




「纏った鎧は拠り所」


思い出す、あの一日。
激化する戦禍、死に行く者達のあの眼あの声あの臭い。
烏達は一羽一羽と地に落ちて、残った烏は私だけ。酷く醜く汚れた翼と暗くよどんだこの瞳。
永く永い一日を、飛び続けた私の羽を、誰も癒せず癒されず。
他者の羽で身を被う。
聞こえるあの声頭に響く。許してくれと私は泣いて、いずれ終ると小声で叫び。
終る一日追いかけて、終わらぬことを願ってた。
私はなんとはなしに知っていた、この一日が終ってしまえばそこに残るは一羽の烏。
巣が無く羽無く親が無く、泣いているのは私だけ。
そんなあの日を思い出す。

暗く、湿り気のある部屋のなか。耳をつんざく程の呻きとも悲鳴ともとれる声がこだまする。
その声は窮屈な部屋を飛び出し、デスクに身を突っ伏して寝息をたてていた女性を叩き起こした。


321 名前:名無しさん@コテ溜まり 投稿日:2009/11/20(金) 23:46:58
事態を把握した女性は、上から2段目の引き出しを開く。
大小様々な薬品が入り混じるなか、赤いラベルの〝安定剤〟を強く握り、声の主がいる部屋へと駆けていく。
扉を開けると声はますます大きく響き、女性の耳に掻き毟るような感覚を与えた。
薬が握られた手とは逆の手でスイッチを押すと、家具や装飾が置かれていないコンクリートが剥き出しの部屋が視界に入った。
その部屋の隅で、声の主は巨体を小さく見せるかのように縮こまり、身体を震わせていた。
頭を抱える腕から覗く視点の定まっていない瞳、体中から流れる玉のような汗。
男の姿を見るやいなや、握り締めていた入れ物から錠剤を5つ掌に投げ出し、男に近づいて未だ叫び声を上げる口へと押しやる。
そして、これでもかと力を入れ小さくなっている男を抱きしめた。
男は次第に叫ぶのをやめ落ち着きを取り戻す。そんな男を抱きしめる女性の頬に一筋の涙が光る。
「落ち着いた?」
涙を流し、しゃくり上げる自分を抑え、優しく男に問う女性。
薄いアイシャドウがほんの少し溶け出し、伝う涙と共に頬へと流れる。
「ごめんねシーラ。ぼくこわいゆめをみたんだ」
「みんなみ~んなくらがりにいってしまうんだ」
厳つい顔と引き締まった体の持ち主とは思えぬ程、幼い子供のように喋り出す男。
その男をまるで母親のようにもっと強く、ギュッと抱き寄せるシーラ。
「そう、恐かったね」

シーラはそう言うと、男のぼさぼさ髪を優しく撫でる。
「シーラはくらがりにいったりしないよね?ぼくをおいていかないよね?」
「もちろん、ずっとあなたの傍にいるわ」
抱き寄せていた腕をほどき、アイシャドウと涙を拭う。
男の腕を握り、座っていた男を優しく立たせながら男に言う。
「ACのコックピットに行く?」
「うん、わかんないけどあそこ、とってもおちつくんだ」

コックピットから10にも満たぬ子供のように、寝息を響かせる男を前にシーラと男性が小さく話している。
「レイヴンの調子はどうなんだ?」
「軽度の記憶障害と重度の幼児退行は、未だよくならない。むしろ悪化しているわ」
男性とシーラは物憂げな表情で男を見つめた。
「レイヴンもこの調子じゃぁ、仕事させるなんて無理だな」
「エド、そんなことを言わないで。彼は…レイヴンはあの一日で多くのものを失いすぎたのよ」
「それもそうだな、あの一日でかなり稼がせてもらったし、これ以上の仕事は―――」
「エド!!」
シーラの口調に驚き、顔を片手で被いながらすまねぇとエドは呟いた。

「エド、アレはもうできているの?」
沈黙を破ったシーラの問いかけに、エドは顔を被っていた手をどかし答える。
「アンタの頼んでたもんなら完成してるぜ」
それを聞くと、シーラは悩むように眼を閉じ、眉の間にしわを寄せ眼を開いた。
「明日、レイヴンを乗せてみるわ」
一瞬、エドは冗談なんじゃないかと笑ってみせたが、シーラの表情は固いままだ。
「さっきあれだけ声を荒げたのはアンタじゃぁないか。それをどーして」
「仕事をさせるつもりなんてないわ。ただ――」
物憂げな表情は今にも泣き出しそうになり、溜めた涙を指で拭う。
息を落ち着かせ、深呼吸するかのように溜息を吐き出した。
「彼は戦場の火を脅え、欲してる」
「失ったものに手が伸びるのは、レイヴンにとって戦場だけだと思うのよ。いえ、そうとしか思えない」
「だからって…」
エドは頭を掻き毟り、シーラの顔を横目で見る。
頬を伝う涙を必死に拭っている彼女の考えも、彼には理解できない訳ではなかった。

「けどよ、戦場なんて言ったって、どこで暴れさせるつもりなんだ」
「あの一日以来、企業は神経質だ。場所によってはまだ復興作業中だろうに、好き好んで戦う奴等なんて…」
「――アライアンス跡地、あそこには未だ企業の支社ビルに工場が多く残っているわ」
エドの血の気は一気に引いていった。彼女の口からそんな言葉が出るなんて思ってもいなかったからだ。
歪んだ愛、それを目の前に寒気すら感じている。
「正気かシーラ!?あそこは一般人だっているんだぞ!」
「わかっているわ。だからこそ、企業は自社ビルと一般人を守るために戦力を惜しまない筈」
「おい!!本気で――」
「本気よ!わかってる、死者が多く出るのなんてわかってるわ!」
「でも私は!レイヴンが元に戻るためなら、彼が安らぐのなら、他にどんな人間が死のうとどうだっていいのよ!!」
「だって私じゃ、私では…駄目なんだもの……、彼を…レイヴンを……治すことが…できないんだもの……」
そういって泣き崩れるシーラ。身を震わせ泣きじゃくりながら、誰ともいえぬ誰かにひたすらに謝り続ける。
そんな彼女を止めることなどエドにはできる筈もなく、ただ苦虫を噛み潰すだけだった。
「明日、機動準備させるようにメカニックに伝えておく」
「有り難う…エド……有り難う」


―――アライアンス跡地―――

『大型の熱源が接近!』
『信号、確認できず!』
『一般人、ならびに非戦闘員は避難所へ急げ!!』
慌しく町中が動きを見せる。鳴り響く警報に恐怖し、おせや急げや避難所を巡って大勢が走り回る。
MT数十機が数列の陣を成し、こちらへと向かう謎の存在を警戒していた。

『レイヴン、聞こえる?』
「うん、きこえてるよシーラ」
『機体の調子はどう?』
「すごいよ!そーじゅーするところはおなじなのにいままでのとはぜんぜんちがう!かっこういいよ!」
子供のように無邪気に喜ぶレイヴンの声を聞き、見えない笑顔をニコリと形作るシーラ。
今から非人道的を体現させるとは思えないような、微笑ましい会話を母子のようにする二人。
その様子を見ているエドは、胸の内に酷く痛むものを感じていた。
『見える?レイヴン』
「うん、みえるよ。おおきなまちがみえる」

『あそこにはね、沢山人がいるの』
『みんなね、あなたの事が大好きなのよ?』
「えへ、なんだかうれしいな」
『でも、みんな暗がりへ行こうとしてる』
「……それはいやだ、いやだよ!」
『そうよ。だから止めなくちゃ、沢山いる巨人が原因なの』
『それを壊さなくちゃ駄目、できる?』
「やる!みんなをまもらなくちゃ!」

『距離3000!』
『映像に出せ!!』
『!!…これはっ!』
大きな指令室のそのまた大きなモニターに映ったのは、三企業が統一されていた時の主力兵器と瓜二つだった。
烏のように黒い〝レヴィヤタン〟、それを一回り小型化したような兵器は、超速度でこの町へと接近している。
『馬鹿な!?』
『既に現存するものはない筈だぞ!』
『他企業の陰謀か?』
『もしそうなら、キサラギもミラージュも存在するこの町に攻撃はしてこない筈だ』
『信号も連絡もないんだぞ!敵に決まっているだろう!!』

『レイヴン、始めて』
「…わかった」

黒いレヴィヤタンは何十何百のミサイルを吐き出す、煙を糸を伸ばしながら千数メートル先の眼下の敵を薙ぎ払う。
燃え上がる爆炎の中を命辛々生き延びたMT達が抱える砲や筒を持ち上げ迎撃、数が減ったにせよその厚い弾幕はレヴィヤタンを襲おうとする。
目前の弾幕を回避するために前方のブースターを最大出力で噴射、進行方向を真逆にしたのち背部にある幾数のメインブースターを点火した。
横からみれば〝く〟の字を描くように回避運動からの直進、生き残ったMT達を2連装のグレネードで複数まとめて吹き飛ばしていく。
『MT部隊を増やせ!周囲の基地、コロニーに増援要請を、他企業だろうと構わん!!』
『防衛用砲台、全砲門を開かせろ!敵に総力をぶつけるんだ!!』
地上から空へと伸びる光点の列、その数は数え切れない程多い。超速度での戦闘を繰り広げるレヴィヤタンでさへ、その幾つかを機体に被弾させた。
しかし、強力なプロテクトスクリーンがその殆どを弾いてしまう。
『なんて分厚いプロテクトなんだ…!』
ハッチから飛び出したMT達は空を飛ぶ機動兵器を打ち落とさんと武器から火の粉を連続して吐き出させる。
が、それらは当たることなく空の彼方へ消えていく。見つかったMT達はグレネードとプラズマの集中砲火を浴びせられ、粉々に吹っ飛ぶ。
休むことなく吐き出されるミサイルはMTに砲台、周りの建造物をも一緒くたに飲み込んでいく。

『レイヴン、各装甲のダメージが蓄積されているわ』
「……」
レイヴンの頭の中でいろんなものが混じって消えていく。
「…そうだ私はレイヴンだ…あとは頼んだぞレイヴン………レイヴンその称号は……」
ぐるぐると回るように、ぐるぐると落ちるように、烏の羽が落ちるように。
レイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴン…

『――ヴン!レイヴン!聞こえてるの?』
「………うん」
『そろそろよ、準備して』
「わかった」
応答のなかったレイヴンを心配しつつも、通信システムや機体の現状が映し出されてるパネルとは別のパネルをいそいそと叩くシーラ。
完了したシステムは送信され、コックピット内のレイヴンが見つめるパネルにその情報を映す。
それを確認したレイヴンは、眼を閉じ、口小さく動かした。

「キャストオフ」

空中分解、小さなレヴィヤタンはそこかしこの装甲を吹き飛ばす。
小さなものから随分と大きな装甲まで惜しげもなく放り出した。
『やったか!?』
『…いや待て、あれは…』
空中で吹き飛んだかのように見えたレヴィヤタンではあったが、その一部は今も体勢を維持していた。
重りをなくし更に加速せんとする高出力のブースター、2連装のグレネード。一番大きな翼を残し、胴体のあった部分には紛れも無い人型…
『変形した!?』
『馬鹿な!あれは…』
そこにはどの企業も知らない、作ったこともない漆黒のアーマードコアの姿があったのだ。
ブースターの向きを変え、地上へと急降下する謎のAC。
その機動力は今まで戦っていたレヴィヤタンのものとは比較できず、砲台は愚かMTすらその動きを捉えられはしなかった。
「インターネサインから拝借した素材と技術、てめーら企業の没った設計案からまとめた我らがメカニックの自信作だ」
エドは短くなった煙草を既に満杯の灰皿に押し付け、渋った顔で言う。
「前戯のレヴィヤタン装着式装甲でてこずってる時点で…ねぇんだよ、勝ち目なんざ」

遠方の敵をグレネードで、近くの敵を腕から伸びる刀身で薙ぎ払い進んで行くAC。
滑るように地を走り、気付いた敵を片端から消し飛ばしてゆく。
蒼く輝く眼光に脅え逃げ惑うMT達、あまりにも一方的だった。
幾つかの企業ビルに火の手が上がり、歯向かう愚かな敵などいなくなる頃。
「シーラ…」
『なぁに?レイヴン』
「有り難う」
その声に幼さはなく、最後は一羽はその羽を広げていた。
シーラはとめどなく溢れる涙を拭おうともせずに、ただただ彼の言葉を待っている。
エドは耳を傾けるのは無粋だと察し、オペレートルームを後にした。
「落ち着くなぁ、コックピットの中って」
「やっぱり此処なんだな。俺の場所は」
『えぇ、そうね』
「罪深いかな…俺は」
「多くの犠牲の上で立つってことはさ…」
『そんなことない、そんなことないよレイヴン…』

涙を膝に落としながらヘッドセットを愛しき相手の如くなでながらそう言った。
レイヴンの声を聞き漏らすまいと声を押し殺し、片方の手でゆっくりと優しく撫で続ける。
「これだけのことしちゃったら…まずいよ流石に」
『責任は私にあるんだもの、気にしないで』
涙を抑えようと鼻を啜り、声を押し殺す彼女の仕草を感じ取り、レイヴンは申し訳なさそうに笑った。
「ハハハ、やっぱり、罪な男だわ俺はさ」
「…時々、時々戻ってもいいかな?補給とかのために」
『えぇ、もちろん…いつでも戻ってきて』
『その時は何度でも言ってあげるわ。だから―――』

『おかえり、そしていってらっしゃい』
「ただいま、そしていってきます」

漆黒のACは高度を上げ翼を展開、出力を上げ大空を飛んで行く。
新たな羽を得た烏は新たな戦火を求め、新たな一日を古い巣を捨て新たに手に入れた鎧を拠り所に羽ばたいていった。




「死への恐れ」


死ってなんだろう。
考えたことはないか?死について。
俺はいつだって考えてる。そのつもりだ、頭から離れたことなんてない。
俺は死ぬのが恐い。
何かをやり残したわけじゃぁない。好きな事はそれなりに経験した。
孤独な死ってわけでもない。そこそこ綺麗な女房に、生意気だが元気で明るい息子だっている。
痛みや苦しみが嫌ってわけでもない。企業の元で働いて、MTに乗ってれば怪我なんてしょっちゅうだ。
そうじゃない、そういうんじゃぁないんだ。
ただ死が恐い、死そのものが恐いんだ。
MTに乗ってりゃいつ死ぬかなんてわからない。
それでもMTに乗るのは、安全だと勘違いしてるからだろうな。
けれど、勘違いしたってしょうがないだろう。
コックピットの中は俺の家より頑丈なんだ。
妻と子には悪いが、ここはどこよりも安全だ。そうだろう?レイヴン。

今日はレイヴンと共同での依頼だ。
俺は僚機としての雇われ、今俺は少しだけ恐怖が和らいでいるよ。
以前も雇ってくれた良い奴だ。腕も良い。
この間は密林での仕事だったが、俺が囲まれて右往左往してるのを助けてくれたっけな。
役に立たないにも関わらず報酬を弾んでくれたのは有り難かった。
顔馴染みってのも精神的に良いもんだ。
「今日はよろしく頼むよ、ドランカード」
こんな風に気さくに話掛けてくれるなんて親切な奴じゃぁないか。
本当にレイヴンかどうか怪しいもんだ。
「こちらこそ、レイヴン」
さて目標地点まで移動する間どんな事を語ろうか。
妻の自慢話も嫌な顔せず聞いてくれる奴だ。
息子のことを語らうのも悪くないかもしれないな。
そうだ、写真を見せてやろう。とっておきのやつだ、俺と妻と子のベストアングル。
いつだって恐怖してる俺の支えをな。

ミッションが始まる前ってのはいつだって嫌な空気だ。
胃を鷲掴みにされてる気分、あんたにだってあるだろう?こんな感じ。
よくよく考えたら、安心してる場合じゃないよなぁ。
レイヴンが一緒ってことはつまり…、相手側もレイヴンを雇ってるのか?
冗談じゃない!もしかしたら、隣でACに乗ってるレイヴンも殺されちまうかもしれないじゃないか!
こんな良い奴が?殺される?あぁ考えるだけでも震えが止まらない。
畜生こんなのって、…AC?目の前にACが俺を…俺の乗るMTを睨んでいやがるじゃないか!
考え事をしすぎて気付かなかった?レーダーが反応しなかった?警告すら気付かなかったのか?
死ぬ、死んじまう!俺はここで死んでしまう!畜生畜生!どうすれば―――
「助けてくれ!!俺には妻子がいるんだ!!」
「頼む!後生だから!!どうかどうか!!」
咄嗟の考えだがいいぞ!そうだ命乞いだ。相手が理解ある奴なら生かしてくれるかもしれない。
恥なんて考えるな!俺は生きる、生きていたいんだ!
「お願いだ!なんでも、なんでもするから―――」

相手の機嫌を損ねたのか?反応が全然ないじゃないか。
俺は死ぬのか、こんな所で死ぬっていうのかよ。
『―――良く見ろ!!』
どうやら相手のレイヴンはご立腹らしい、聞きなれた声は穏やかさに欠けている。
………聞きなれた声?凄く聞きなれた声だ。それに、機体も。
数分前まで一緒にいたレイヴンそっくり―――。
『味方だよ…』
あぁ、なんて事だ焦りすぎて敵と味方を間違えちまった。
よく見りゃミッション開始まで数分あるじゃないか。
よりによってあのレイヴンを敵と間違えるなんて。あぁ笑い声が聞こえるよ。
そうだ、もっと馬鹿にしてくれ。そうでないとこっちの気が済まない。
『ははははっ、ふぅ…応答がないと思ったら脅えていたのか。…ップ、ククク』
「ヘヘッ、悪かったな」
どうにか笑い話にもっていけそうだ。本当に良い奴だよ、お前さんは。

『どうしてそう脅えるんだ?』
どうして、どうしてか。いざ聞かれると説明し辛いな。
「そういう性分なんでね」
「だからMTも頑丈なのを選んだんだ」
「中に入れば安心できる…そんな奴を選んだんだ」
これは良い、俺の中での100点満点の返答だ。
アイツはまた笑ってくれるかねぇ。
『ふぅん、珍しい考え方だな。しかし脅えるが故にそんな答えを出すのも良いかもしれないな』
『恐いから、死にたくないから兵器に乗る。敵を倒す』
『レイヴンでもないのにレイヴンみたいな考え方だ』
レイヴンみたい…俺がか、思ってもいなかったな。
こんな弱虫で臆病な俺が…レイヴンか。
「聞かせてくれよ。そこはACの中ってのはここよりも安全なのか?」
『また難しい事を聞くもんだな』

ACってのは、形なんだ。人それぞれの心の形』
『誰よりも速くありたいレイヴンがいれば速く。誰よりも硬くありたいレイヴンがいれば硬く』
『乗り手の考え次第、そう考えるとドランカード…お前さんに一番合った場所かもしれんな』
「心の形…俺に合った場所」
『そう、心の形。…おっとそろそろだぞ、準備しとけよ』
俺の心、臆病な俺の。
恐怖か最初は恐怖だよな。それを包む硬さ、堅牢さ。
恐怖を、死を、敵を拒む。近づかせない…距離。射程…か?
俺に合った場所、俺に俺が俺の―――レイヴン…。

 ―――某日某所―――

『これよりミッションを開始します。レイヴン〝ドランカード〟よろしく』
「おぉ、こちらこそだ。早速で悪いが敵の精確な位置、距離を教えてくれ」
『はっ?…敵は未だ作戦領域外ですが、いったい何を――』
「この地点から曲射射撃による直接攻撃だが?」
『直接攻撃って、ここからまだ12キロも離れてるんですよ!?』
「12キロか…風速と着弾までの時間に、敵部隊の移動速度も計算に入れて…」
『…えぇと、当てれるんですか?』
「当てられるかじゃない、〝当てる〟んだよ」
そう、これが俺の心の形、恐怖の現われ。
恐いから装甲を厚く、攻撃を弾き。恐いから敵を寄せ付けない、圧倒的な射程距離。
これが、臆病なレイヴンとしての俺の形。
シガレット…敵を寄せ付けず敵を撥ねつける、超長距離射撃及び拠点防衛用タンク型AC。

「まぁそういうことで、今後ともよろしく。レイヴン」




「狂い笑う男」


狭い部屋だ、明りも少ない。
実際にその部屋に居れば、壁に当たる事のない明りだけを頼りに部屋の広さを把握するのは難しいだろう。
天井からぶら下がる裸の電球は、ヌードでありながら官能ささえ感じさせない。
撮られるカメラもなく、ポーズをとる事もなく、電球は裸のまま部屋をチリチリと照らしていた。
その電球の下、照らす光の範囲内に薄汚れた椅子が一つと、その椅子に座る男が一人。
男はうつむき、自身の作り出す影に顔を隠していた。
そんな男の周り、部屋の暗さに目が慣れれば見えてくる人影。
よく見れば、狭いこの部屋の中ですし詰めの如き大人数が男を囲んでいた。
皆が皆がやがやと小声で話し、時折男を指差したり咥えた煙草に火を付けたりと忙しそうにしている。
そんな騒がしさも突然にピタリと止んだ。暗い部屋のドアがあるであろう場所から音が聞こえたのだ。
数回、しなやかな木材に拳を当てる音。その音が了承を得るかのように止まると、望んでいた了承は与えられた。

「入れ」

多くの人の中から一人の声がはっきりと聞こえた。
重く冷たく、しゃがれたような声だ。

その言葉が終ると共に未だ見えぬ扉は開き、漏れる光がその輪郭だけを形作った。
漏れ入る光はヌードモデルの光より強く、ドア付近に居た複数人を照らすと共に、部屋へ入ろうとする者の姿を見せてくれた。
入ってきた者はスーツに身を固め、着物と同じ様に自身の髪をぴっちりと固定しているのが印象的な男だった。
扉は閉じられ、またも部屋の中の明りはヌードの電球だけとなる。
今しがた入ってきた男はいそいそと動き、電球の恩地にあやかろうと部屋の中心へと歩んだ。

「待たせてすまない」

男が口を開くと、中心に座っていた男が顔を上げる。
だらしなく伸びた頭髪と無精髭、覗く目は酷く濁っている。
男は自身とは正反対の、スーツ姿に整った髪と顔を持つ男へと笑ってみせる。

「ヒヘヘ、…それはぁ俺に言ったのか?」
「この部屋に居るお前以外の者へと言った礼儀の一言だ。下卑たる貴様に礼儀など必要ないだろう?」

その言葉を聞くや否や、それもそうだと下卑た男は笑い声を上げた。
そんな笑い声も聞こえないと言わんばかりに、スーツ姿の男は胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

「ウェンズデイ機関、その技術チームの主任。名をシュバルツ…で合っているな?」
「シュバルツ~、シュ~バル~ツ~。イヒヒクヘヘェ…良い名前だろぅシュバルツゥ、返せよぉ俺ん名だぞ?」
「こんな状態で、大丈夫なのかね?」
「問題ありません、今のところ精神は落ち着いてます」

暗がりから投げかけられた年寄りの疑問に答え、男は続ける。

「貴様等機関が作り上げ、謎の男『スティンガー』に強奪された『ファンタズマ』について…」
「幾つか質問させてもらうぞ」
「あぁ?ああああぁ、アレか…アレは良いもんだったなぁ」
「俺が作ってきた物の中で一番色っぽくてよぉ。一番興奮したもんだぜ」
「フッ、そんなにあの玩具が恋しいか?」
「勿論だともよ、アレがない今ぁ俺は生きてる意味なんかないってもんだ」

恍惚とした笑みで、反芻する男。
その笑顔はあれだけの兵器を作った者としての狂気が滲み出ている。
部屋の中の大人数は皆、椅子に座る男を見て思わず生唾を飲んだ。スーツの男以外は。
シュバルツから放たれる狂気を、これがこの男の真なる価値だと。そう、言いたげな笑みを浮かべる。
現に、整った顔を歪ませそれでこそだと呟いていた。


「そんなに恋しいならば、作らせてやっても良いんだぞ?」
「ほおぉ、企業の人間ってのは…もっとこうお堅い奴等だとばかり思ってた」
「けどよぉ、無理だぁ…ヒヒッ」

思惑が外れたのか、スーツの男は眉間にしわが寄る。
その表情を見逃さない程に、濁り汚れた眼は目の前の男へと迫っていた。

「わりぃねぇ。わかる…よぉおくわかるとも、企業はアレを利用したいよなぁ?欲しいよなぁ??」
「レイヴン共がアレで遊ぶの見て欲しくなっちゃったんだよなぁ?わかるぜぇ」
「御自慢の玩具もたった一人のレイヴンに壊される程、お粗末な物だったじゃないかね?…つけあがるなよ下郎!」

シュバルツの挑発的な物言いに男も釣られていた。
その口論を聞いていた暗がりの人々から、皮肉と冗談の混じる笑い声を聞かされる。
自身の失態に気付いたスーツの男は、恥を隠す様に歪んでもいないタイを整えた。

「それで?我々に協力するのかね?」
「そう…がっつくな。順に説明するからよぉ」

「協力、協力は無理だ…なんせ設計図はもうどこにもねぇんだからぁよ」
「基地ごと…ドカンッ!!ってのは憶えてるだろぅ?」
「一から書き直せば良いだろう、その辺りに関しても資金は惜しまんぞ?」
「それが無理なんだよ。アレをファンタズマを俺たちが一から全て作ったとでも思ってたらぁ…そりゃ勘違いだぜ?」
「ん?」
「そもそもよぉ、良く考えりゃわかることだろうに」
「アレの設計図も動力源も今の技術でどうこうできるもんじゃぁねぇのよ」

「〝管理者〟…過去の亡霊から頂いたブラックボックスでできてるんだよぉ」

どよめき、狭い部屋のあちこちをどよめきが飛び交った。
がやがやと騒がしくなった人達をスーツの男は片手を挙げ制止させ、今も笑っている男に耳を傾けるよう促した。

「管理者、古い資料にしか載っていないものだ」
「少しくらいは知ってるだろぉ?過去の独裁者、な~んて言われてるもんさ」
「昔の人間は機械に命運握らせてたってんだからぁよ、イカレてるよなぁ?」
「イヒヒヘヘヘヘッ、俺達機関は利用されてたんだよぉ。ヒヒ、俺達はあいつ等の工場の一つなのさ」
「そんな事、どの資料にも――」
「資料資料、紙に書いてあることだけが真実かぁ?くだらねぇ…」
「まぁ…俺があんな奴等と関わったからこそ知っちまったってぇのもあるがねぇ」
「ようは、ファンタズマ欲しけりゃ管理者様にお願いしなってことだ」

部屋は静寂しきっていた、シュバルツの発言があまりにも突拍子のないものだからだ。
スーツの男は小さな溜息を口から漏らし、片一方の眉を吊り上げている。
眼の下の筋肉が痙攣するようにヒクヒクと動き、その眼には怒りが感じ取れた。

「がっかりだよ」
「馬鹿にしているな?そんなもの、過去になくなったものに作らされただと?」
「貴様がそうやっていつまでも遊んでいる気なら、こっちも少々手荒に行くぞ」

そう言って男はシュバルツの髪を鷲掴み、自分の顔に引き寄せる。
早めに吐いたほうが良いぞ?と眼で訴えたが、シュバルツはヘラヘラと笑っているだけだった。

「下郎が、もううんざりだ」
「鈍器で殴られたいというならずっとそうしていろ」
「ヒヘヘ、慌てんぼだなぁ。」
「死にたがり共、そんなに聞きたきゃ聞かせてやろぉ」

急に冷めたように喋り出すシュバルツ、部屋を出ようとした男は振り返った。
濁ったような眼が、暗がりに隠れてる人達一人一人を探るように向けらる。

「お粗末、お粗末っていったよなぁ?スーツの旦那」
「一人のレイヴンに壊されたお粗末な玩具。言ってくれるじゃぁないか」
「でもよぅ、〝脚部パーツ〟だけであれだけ暴れられるのは…凄いことじゃあないか?あん?」

一瞬、また冗談を言っているのではないかと皆が耳を疑った。
お粗末とは言ったが、ファンタズマは確かに驚異の大型兵器だったからだ。
あのレイヴンでなければ恐らく、単独での破壊など不可能だと知っていた。
その兵器が未完成?ただの脚部パーツ?容易に信じる事事態間違っている。
が、男シュバルツの狂気に満ちた表情を見て、冗談だろうと笑う事のできる人間はスーツの男を含めその場にはいなかった。

「あれはよぅ、ただのパーツだ。俺達機関と同じように一つのパーツ、必要なもの」
「いくらACが強かろうと、脚部パーツだけで何ができる?えぇ?」
「ファンタズマはそれをやってのけた。正式名称LC-F1009Bはなぁ、愉快だろぅ」

シュバルツの声は、この部屋を支配していた。
いや、彼の狂気こそが、部屋に居る人々を呑み込んだのだ。
誰も彼を制止しようとはしていない。寧ろその続きが気になって仕方がなかった。

「ファンタズマが脚部だとして、何を…何を上に載せるんだ!?」

「アイツだよ!あの悪魔さ、赤と黒で染まったあの悪魔」
「御前等無能な企業の犬共は知ってるか!?ナインボール!アイツを載せる御身脚だ!」
「アイツの身体が載った時にこそ、100%の出力が出せる!!最強のタンク型ACになる!!」

「〝ナインボール・ヴィヌス〟地上を這いつくばる翼をもがれた獣だよ」

「御前等が重要視していた人機融合はなぁ…その獣を眠らせる強制シャットダウンの起動スイッチでしかねぇのさ!!」

「ヒィヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘッ!言っちまったぁ喋っちまったぁ!死ぬぞぉすぐに消されるぞぉ!アイツがここに飛んで来るぞぉ!」

周りに居る人達が信じられんと言いたげな顔をしているのは、容易に想像できることだった。
シュバルツは、そんな事すら知った事かと高らかに笑ってみせる。

狂い笑う男、シュバルツ。

彼の言った事は事実となった。
企業の重役が集まっていた豪邸に、突如として謎の飛行物体が接近。
数分後に豪邸は消し炭へと変わっていた。
付近の監視カメラなどは丁寧にも破壊されており、その物体がなんだったのかは未だ明らかではない。
この事件に対し、各企業は一向に口を開こうとはしなかった。
その後、アリーナのランク1にナインボールが姿を見せたのはもう少し後の話である。




「赤い盾」


自らを盾とするならば、私は堅牢な物で有りたい。
盾としての信念を貫き、盾としての役目を果たす。盾として確固たる証明をしたい。
誰かを守れるのならそれでいい。
だが、その前に耐えてみせたい。浴びせられる鉛を熱を、心を曲げようとする恐怖さへも。
自身を極限の状態に晒してみせたいのだ。

『作戦領域に接近これよりAC投下準備します』
『1番ロック、2番ロック解除、固定用アンカー移動』
『1番レール問題なし、これより後部ハッチを開きます』
『作業員は速やかに退避して下さい』
『後部ハッチオープン、1番レール展開』
『レール固定確認、固定用アンカーは定位置へ』
『2番アンカー定位置への移動及び固定確認、準備完了』

『ハングマン、戒世の投下準備完了しました、これより5カウントで投下します』
「了解」

…5…4…3…2…1―――

『投下します』

鈍く沈んだ赤の装甲は大空へと投げ出された。
びゅうびゅうと吹き付ける風は戒世の身体を叩き、ぴくりとも動かぬ巨体を小さく震動させる。
落下速度が上がるにつれ戒世の鋼の身体は表面温度を低下させ、赤い装甲には薄らと白い霜の化粧が施された。

『現在の高度、3500フィート』
「これよりパラシュートを展開する」

男は目の前のコンソールパネルに指を伸ばす。
光る文字を追うように指で画面をこつこつと小突いた。

「盾、全てを弾く盾かどうか――」

戒世の背中に取り付けられたバックパックは、搭乗者の命令に従いその内容物を放り出す。
展開された大きなパラシュートが風を受け止め、重力に抗おうとしてみせた。
抵抗を受け落下速度が大幅に減る。戒世とハングマンの両者は、落下の最中に浮遊したような奇妙な感覚を黙って体感した。

『ハングマン、憶えていますね?今回のミッションでは敵に発見されてはいけません』
『ブーストの連続使用、武器使用は共に禁じます』
『敵に索敵、攻撃された場合は速やかに撤退、指定の位置で次の命令を待つ――とする』
「発見されてからの反撃は?」
『構いません。ただし、現在の状況は敵の砦への単独侵入、その機能を索敵されずに停止させるのが目的です』
『できるだけ、依頼通りにこなしてください』
『それに、流暢に反撃していれば貴方といえど永くは持たないでしょう。もう少しご自愛ください』
『御社にとっても貴方は―――』
「500フィートを切った、低出力でブースターを起動する」


戒世がその大木のような二つの脚で大地を踏みしめる。
背中のバックパックは切り離され、役目を終えたソレは静かに土の上へ横たわる。

『現在の地点より南に3キロ、そこが目標の砦です』
『辺りを警戒するMTに見つからないよう接近してください』
「…ご自愛、盾に何を愛せというんだ」
『ハングマン?』

男はボソリと唇を動かさぬ程小さな声でボソリと呟いた。
コックピット内の空気が震動せぬよう小さく小さく。

「砦、好都合だ。此処なら私を試せる!盾として私がどれ程なのか」
『ハングマン!?』
「不都合があるなら上に伝えるんだな、次からは隠密等、装甲の塗装が地味な軽量級ACにやらせろと!」
『それはっ…ごもっともな理屈ですが…』
「私には私の、戒世には戒世のやり方がある!良く見ておくんだな!」
『ハングマン!何を!?』

戒世は搭乗者の意思を読み取るかのようにその眼の光を一層強める。
装甲表面の霜を粗方吹き飛ばし、超強高度のスクリーンを展開した。
背中にある一対の大型ブースターを起動させ、噴射口を守る分厚い装甲を展開した。
背中から高出力の推力を噴出し、戒世のその重い身体を無理矢理に前へ前へと押し出した。


『ハングマン!付近のMT、砦にも索敵されました!ハングマン!!』
『このままでは砦の長距離砲台数十台に狙い撃ちです!退避を!』
「退かん!私は盾!私は堅牢な盾だ!」

戒世は風を撥ね退け、前進する。
腕でコアを、自分を守るように構え左の手に持つ盾の出力を限界まで押し上げる。
正面に立つ木々を吹き飛ばし、岩を砕きながら赤い盾はその速度を落とすことなく前進するのだ。

『長距離砲台からの射撃、来ます!』

突然の爆発、戒世を中心に四方数百mを焼き尽くさんとする程の大爆発が戒世を呑み込んだ。
爆風は広がり一体の木々を地面から根こそぎもぎ取り、吹き飛ばす。
大気がその熱に晒され蒸発、爆炎の収縮ととも大量の水蒸気が爆心地に吸い寄せられていった。
未だに残る黒煙に、白い蒸気が絡み合う。中心がどうなっているかなど外からでは確認のしようがない。
しかし白黒混ざる煙の中、鮮明にとても強く光る青の輝き。
信念の灯火、心の青。そして、まごうことなき真紅の盾!

戒世は一撃を防いでみせたのだ!!

「そんなもので!この戒世を砕けると思うな!!」

武装はただれ、装甲は焼きついてはいるが、戒世は未だ動いている。
あれだけの攻撃を直撃しながらも耐え切った、驚異的な耐久力の戒世を沈めようと四方八方から鉛弾が飛来する。
しかし戒世も、ハングマンも脚を止めはしない。
砦を前にMT等見向きもせず、目標へと前進したのだ。


―――ハングマン、修理工前―――

《機体修理費950460cとなりまーす》
「?、フレーム全て合わせた値より高いが」
《どこも酷くやられてたのでほぼ総とっかえですねー。ジオマトロクス直属のレイヴンなんで一応お安くしてますよー》
《今ならサービスでワックスとエンブレムの塗り直しがたったの10cですがどーですか?》
「いや、それより残金が…カードで頼む」
《はいはーい、下の読み取り機にスライドして下さーい》
《あれ?カード使用停止してますよー》
「なっ」
《更新してます?兎に角使えないのでキャッシュ振込みでお願いしまーす》
「足りない…」
《幾らほど足りません?利子高いですが金額によってはコチラで――》
「950400c…程……」

《強化手術に1名さまご案なーい!》

ハングマンは筋骨隆々な巨漢二人に連れて行かれた。
その後も戒世はあらゆる依頼でそれなりに活躍するが、戒世のパイロットであるハングマンの姿を見た者はいない。
極稀に出撃前の戒世の周りを一人の女児が忙しそうにしているが、それがハングマンとどう関係しているかは定かではない。




「クリスマス氏ね」


⑨「クリスマス氏ね」
レイヴン「ラナがいるだろ」
⑨「!?…クリスマス素敵!」
レイヴン「クリスマス氏ね」
面倒「スミカがいるだろ」
レイヴン「!?…クリスマス素敵!」
面倒「クリスマス氏ね」
クライン「ファンタズマがいるだろ」
面倒「!?…クリスマス素敵!」
クライン「クリスマス氏ね」
ボイル「ストラングがいるだろ」
クライン「!?…クリスマス素敵!」
ボイル「クリスマス氏ね」
ランバー「レミルがいるだろ」
ボイル「!?…クリスマス素敵!」
ランバー「クリスマス氏ね」
戒世「ディアハンターがいるだろ」
ランバー「!?…クリスマス畜生!」
戒世「クリスマス氏ね」
サイプレス「アストライエがいるだろ」
戒世「!?…クリスマス素敵!」
サイプレス「クリスマス氏ね」
ファンファーレ「管理者様がいるだろ」
サイプレス「!?…クリスマス素敵!」
ファンファーレ「クリスマス氏ね」
スネチャマ「リップハンターがいるだろもしくはトラファルガー」
ファンファーレ「!?…クリスマス素敵!」
スネチャマ「クリスマス氏ね」
ゼロ「ウォーターハザード(笑)がいるだろ」
スネチャマ「!?クリスマス素敵!」
ゼロ「クリスマス氏ね」
トロット「おっかけ(カラードネイル)がいるだろ」
ゼロ「!?…クリスマス素敵!」
トロット「クリスマス氏ね」
ジノーヴィー「未来の花婿がいるだろ」
トロット「!?…クリスマス素敵!」
ジノーヴィー「クリスマス氏ね」
ジナ「アグラーヤがいるだろう」
ジノーヴィー「年増など!幼女がいい!!」
ジナ「クリスマス氏ね」                     ジノーヴィー「ぎゃあああああああ」
ジャック「レイヴンがいるだろ」
ジナ「……せ、せっかくだ。少しくらい雰囲気を楽しませてもらう」
ジャック「クリスマス氏ね」
ンジャムジ「俺、要る」
ジャック「許せよ」
隊長「クリスマス氏ね」
トロット「やだなぁ、僕がいるじゃないですか!隊長」
隊長「…まぁそれもありか。トロット、付き合え」
トロット「了解です!」

雪降る町はどこも一組の人だらけだった。息は白くなり、鼻頭が赤く染まっている。
どこもかしこも華やかな装飾が目立ち、町全体に活気が見て取れる。
アライアンス戦術部隊トップの二人は、その光景を目の端に入れながら、寂れた喫茶店に入った。
店員のいらっしゃいの声の変わりに、錆びかけのベルがカランコロンと乾いた音色を響かせた。

隊長「トロット、ケーキを食べるか?」
トロット「いいんですか?ご馳走になります!」
隊長「まぁ、今日ぐらいはな」
店長「おや、アライアンスの御二方、今夜も仕事で?」
隊長「まぁそんなところだ」
店長「ハハ、精の出ることで。聖夜くらい休みを取ったらどうです?今暖かいコーヒーを」
隊長「ケーキも一切れ頼む、種類は問わん」
店長「はい、ただいま」

トロット「隊長、メリークリスマス!です」
隊長「あぁ…そうだな、メリークリスマス」

メリークリスマス


森「クリスマス氏ね」
ゴードン「管制室がいるだろ」
森「!?…クリスマス素敵!」
ゴードン「クリスマス氏ね、リア充も一緒にだ!」




「武器腕カーニバル」


――アライアンス戦術研究所――

「今日皆様に集まってもらったのは他でもありません」
沢山の機材がそこらに散らばる暗い部屋。
その部屋の中心で白衣の男は、声を投げかける。
投げかけた先には5人のレイヴンが気だるげに立っていた。
右から、
高身長で堀が深い整った顔立ちの男 ―エヴァンジェ―
一見パッとしない男(脚は2本だが4本ありそう) ―トロット―
5人の中で一番若く、青臭さを感じさせる青年 ―ジャウザー―
横に太くたくましい筋肉で服を内側から押している男 ―ゴードン―
良い歳して髪を縦に巻き胸元に無駄な脂肪を蓄えている女 ―プリン―
が、
疲れや眠さを抑え、仕方なしに白衣の男の言葉を聞いている。
「――ということです」
話が終ると、トロットが嬉々として手を挙げ口を開く。
「つまり、みんな武器腕を装備しろってことですね?」
「そのとおりです」
要約された言葉を聞いてトロット以外が、最初からそう言えという顔をした。


「と、いうよりは」
付け加えられる言葉と共に部屋のスクリーンに、5人のレイヴンそれぞれのACが映される。
3D映像とはいえ本物と見分けが付かない程良く出来たものだ、一部を除いて。
「既に装備準備中です」
皆の愛機の腕の部分が、いつもとまったく違う形状をしていたのだ。
これにはトロットも苦笑い。
「イヤアアアアッ!私のサンダルフェザーが!ビット腕!?ビット腕に!!」
「落ち着いてプリンさん、機体名間違えてますよ!急いで帰ればまだ止められるかも―」
「ちょっと待て!俺の機体だけなんで脚も変えられてるんだよ!」
「アンテナ頭にあの武器腕と逆脚とは…どこかで見覚えが」
「隊長!オラクルもすっごく格好良いですよ!」
「…!? 核腕にブレ腕…だと…?」
「車だ!車を用意しろトロット!」
トロットを先頭に戦術部隊は駐車場目掛け部屋を飛び出していった。

「おい!この車もちっと速く走れねぇのかよ!」
「5人も乗ってるんですよ!?」
「ふむ、一人降りれば少しは早くなるな」
「「「「……えっ?」」」」


「慌てるな、ひ弱なお前らを放り出すとは限らんだろう」
「ドミナントの脚力、よく見ておくんだな!」

パリーンッ!

「たいちょー!遅いっつっても200キロ出てるんだぞー!!」
「消えちまった…」
「あれ…?」
『ドミナーントッ!』
「なん…だと…!?」
「並走?いや…抜かしていった…」
「トロット、今何キロ出てるのかしら?」
「215キロ」
「すげー、もう見えなくなっちまった。何食えばあんなんになるんだ?」

―数分後―

「あ、隊長が倒れてる」

「あばら押さえて痙攣してんな」
「無理もないでしょう、どうするの?」
「ほっとけ、今は機体を優先だ」
「隊長…」



――アライアンス戦術部隊拠点――

「よかった、サンダイルフェザーは手付かずねぇ」
「僕の機体はシルキー搭載された右腕だけが蓮根になってる…」
「良いじゃねぇか、多分そっちの方が強いぜ?」
「ゴードンはどうなのよ?」
「腕は変えられたが脚の方は無事だ…よかった、脚も変えられたらコアも武装も変わりそうな気がしてたんだ」
「そうなっちまったら、きっと取り返しの付かないことに…ホントによかった」
「トロットは――」
「変わってない…代わりに電池がターンブースターになってる」
「ひでぇ…」
「嫌がらせか何かかしら…」
「あと、隊長の機体が…」
「腕が4本…」
「格好良い、正義に満ちてます!」
「それは嫌味か?なんにせよ隊長が帰ってきたらどうなることやら」

その後、腕4本で敵を吹き飛ばすACが戦場で暴れるのはもう少しあとの話。


漢!









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