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彼は孤児だった。
生まれたときから彼は一人で、親の顔も知らない。
彼は両親に捨てられ、その身柄を孤児院に引き取られたのだ。
彼は孤児であったが、それが彼に対して悪影響を及ぼすようなことは無かった。
施設は広くて環境も非常に良く、彼自身も他の孤児たちとも仲がよく、孤児院で自分達の世話をしてくれる人達も、みんな優しかった。

ある日、孤児院にひとりの男が現れた。
孤児院の院長の友人らしく、親しげに話している。
彼は、その男をひと目見たとき、その男が「恐い人」に見えた。
自分が今まで見てきたどの大人とも違っていたからだ。見た目は他の大人と一緒なのに、どこか雰囲気が違う。

他の孤児たちと一緒に、教室のドアの影からそっと覗いていたが、男がこっちに気づくと皆一斉にわぁっと逃げ出した。
唯一、彼を除いて。
ドアの影に隠れている存在に気づいた男は、彼に向かって声をかけた。

「おいボウズ、そんなとこに隠れてないでこっちきてみろって。」

一瞬身体が強張ったが、だけど呼ばれたからには行かなければならない。
逃げ出したい衝動に駆られていたが、彼はそのとき孤児院の中でも年長者で、面目と言うものもある。
この際プライドは抜きにして逃げ出してもよかったが、彼は勇気を振り絞って男の下へと歩いていく。恐る恐る。

男の足元まで来て、彼は男を見上げた。
子供と大人、身長には圧倒差があり、すごく大きい。
顔まで見ると、男の顔には大きな傷があった。それが少し痛々しくて、その傷に気づいた瞬間、彼は泣きそうになった。

男は彼に話しかけた、よく恐がらずにここまできたなって。

男は、自分の服のポケットをまさぐりだした。自分の下にやってきたこの少年に、お菓子のひとつもあげようかと思ったのだろう。
しかし、お菓子が見つからない。困ったなあと言いながら諦めずにコートの中のポケットにも手を突っ込む。

ふと、そこで院長が男に助け舟を出す。「おまえの得意なピアノでも弾いてあげたらどうかな?」と。
ちょうどここは音楽室。男のすぐ後ろには、ひとつのピアノが置いてある。
彼は不思議に思った。このおっきい恐そうな人がピアノを?うっそだーひけるわけないよー!
思ったどころか、彼は口にした。少年のその声に、男は反論する。いや、ホントにひけるんだぞ、うそじゃないって!

半信半疑の少年の目を後ろに感じながら、男はピアノを開ける。小さなピアノだが、音はちゃんと出る。
男は鍵盤を確かめるようにポーンポーンと押していたが、それが気が済むまでやると、ふっ…と小さく息を吸い込み、その手を動かし始めた。

男が繰り出すピアノの旋律は、ジャズクラシックとでも言うのだろうか、陽気でリズム感の良い曲が、部屋中に響き渡る。

彼は、演奏する男の姿に見とれていた。ピアノを演奏している男の顔は、明るく優しかった。
さっきまであんなに恐い顔だと思っていたのに。
演奏がひとしきり終わる頃、彼は男とピアノを憧れの眼差しで見つめていた。
そんな少年の姿を見た男は、彼に「ボウズ、おまえもやってみるか?」と聞いてきた。
彼は「難しいから無理だよ」と答えたが、男は「大丈夫、難しくないからやってみろ、俺が教えてやるから」と言ったので、彼はピアノと男の元へ走った。

それが彼のピアノと音楽との出会い。

その日から、男は毎週土曜日の午後、彼にピアノを教えに来てくれるようになった。
彼は彼で、その日を毎週毎週心待ちにしていた。

男が孤児院に顔を出していたのは、院長の友人であることもそうであるが、実際の理由は別にあった。
この孤児院は、ほぼ全てが彼の出資によって成り立っていたのだ。

男はレイヴンだった。この孤児院を維持していくために、男は自らその身を危険な戦いの世界に置いていたのであった。


…………どのくらい時間が経っただろうか。
「彼」はACのコクピットの中で目を覚ました。すごく昔の夢を見ていた気がする。
その夢の続きはこうである。「彼」が自立できるくらいの年頃、「彼」にピアノを教えていた男は戦いの中その生涯を閉じた。
「彼」は嘆き悲しんだ。男は「彼」にとってかけがえの無い存在だったから。

さらに追い討ちをかけるかのように、「彼」のいた孤児院が、街ごと焦土と化した。
企業同士の争いの中、戦火が街に飛び火したのだ。そして尖兵として企業は街にレイヴンを送り込んできた。
そのレイヴンの目的は……街に対する破壊活動。
孤児院もそのレイヴンによって破壊された。逃げ遅れた兄妹達、世話になっていた院長達は全員に塵と化した。
「彼」はその日たまたま別の街で入学試験を受けていたため、難を逃れた。

「彼」は孤児院がかつてあった場所に戻ってきたときには、もはやなにも残っていなかった。

しばらく、「彼」は呆然と日々を過ごしていた。そんなある日、ひとりの弁護士が「彼」の元に現れた。
レイヴンであった男が死に、その遺産が丸ごと孤児院に納められていたのだが、その孤児院も無くなってしまった。
孤児院はなくなってしまったが、男の遺産は孤児院に対して遺してあった為、唯一生き残った「彼」の元に転がり込んできたのだ。

普通に暮らしていたのでは絶対に稼ぐことの出来ないほどの莫大な資金。
「彼」はその額を見て考えた。そしてひとつの考えを思いついた。

――この金を使ってレイヴンになり、あの人の、そして孤児院のみんなの仇を取る…復讐をするんだ・・・!


その日から「彼」の日々は慌しく過ぎていった。
厳しい審査を抜け、レイヴンに登録され、企業や武装勢力などの様々な依頼を受け、数年後にはその実力は一級品となっていた。
復讐の相手を探す、探してこの手でそいつを殺すこと。全てはその為だけに。
執念のドス黒い炎を燃やし、リサーチャーを雇い、あるときは自分で探すこともしていた。

あのときのレイヴンはどこにいるのか。
俺の殺したい相手は、どこにいるのか……

レイヴンが絡みそうな依頼は率先して受けていった。
「彼」は優先的にACを狩り殺していた。「彼」にとって自分以外の他のレイヴンは皆「憎い存在」であり、はけ口でしかなかった。
いつしか、他のレイヴン達は、彼のACの凍るような蒼い色にちなんで「血に餓えた凍狼(とうろう)」と呼ばれるようになった。
それほど「彼」の対AC戦ぶりは残虐極まりない戦果をあげていた。

レイヴンとして活躍するようになってから数年、「彼」はついに復讐の相手を見つけた。
当時、自分の街を襲ったレイヴン。しかもそのレイヴンは「彼」のピアノの師である男の仇でもあった。

「彼」は、そのレイヴンに偽の依頼を出し誘き出した。
場所は旧レイヤードで未だに活動している廃棄物処理施設。
戦いは「彼」の奇襲から始まった。
「彼」はどんなに汚い手を使ってでも、相手レイヴンを殺したかった。否、それは「殺したい」なんて言葉だけで済まない。
敵に向けるのは憎悪、憎悪、ひたすら憎悪。「彼」は復讐の鬼と化していた。

戦いは「彼」の勝利に終わる。弾という弾を全て相手のACに叩き付けた。
そして煙を吹いて動かなくなったACに向かい追い討ちの発砲。
ACは転倒したが、そのACを四脚の足が押さえつけて、コアに向けて至近距離で残ったグレネードを発射。
頑丈なコアが捻じ曲がるのを見たが、それでも「彼」の怒りは収まらない。
格納してあったレーザーブレードを取り出し、そのコアに向けて熱波の刀身を突き刺した。

何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

狂ったようにレーザーブレードを突き刺し、そのコアが原型を留めないくらい破壊しつくされたのを見て、「彼」は壊れた玩具に飽きた子供のように、
残骸と化した敵ACを焼却施設のマグマに蹴り落とした。機体は超高熱に焼かれ、跡形も無く燃え尽きた。


復讐を終えた「彼」は何度か深呼吸をして気分を落ち着かせ、ガレージへ帰還した。
帰還した後「彼」は鏡で自分の顔を見た。その自分の顔を見て「彼」は急に気分が悪くなり、トイレで嘔吐した。

鏡には、「彼」であって「彼」でない「鬼の形相」が浮かんでいた。

その日から、「彼」はレイヴンであることをやめてしまった。
レイヴンとしての登録はされたままだったが、「彼」は戦うことが嫌になった。

「彼」は鏡で自分の顔を再び見るのが恐くなった。
アレが俺?冗談じゃない、俺はあんなにイカレた顔付きじゃないはずだ。

復讐を終えた「彼」に待っていたのは敵を討った充実感などではなく、虚無感であった。
なにもすることができない「彼」は、次第に酒におぼれるようになった。
幸い、レイヴンとして仕事をしてきたため、一生遊んで暮らすだけの金はある。
だが一生遊ぶなんていう気持ちの余裕はすでになくなっていた。


フラフラと重い足取りで「彼」は街を歩く。
「彼」は一軒の古びたバーで足を止め、その店にフラッと吸い込まれるように入っていった。
時間が早いこともあり自分以外に客はほとんどいない。
とりあえず一杯注文する。
バーのマスターが運んできた酒を、グッと一気に飲み干した。喉元に熱い液体が注ぎ込まれ、身体の隅々に行き渡る。

ふと「彼」の目に、バーのステージの上に一台のピアノが置かれているのを見つけた。
酒ビンを片手に、「彼」はそのピアノの近くへと引き寄せられていった。
そっと手を当ててみる。懐かしい感覚が彼の身体を呼び覚ます。

自然と手が鍵盤に触れた。そして無意識のうちに一曲。
終わったとき、カウンターから拍手が聞こえた。マスターは感心したように「おまえさん、見かけのよらず相当の腕の持ち主のようだな」と唸った。


その日から、バーのマスターの勧めで「彼」はバーでピアノの腕を披露するようになった。
ピアノを弾いている瞬間だけ、「彼」は復讐鬼であった自分を忘れ、昔の少年時代のときに戻ることが出来た。
懐かしい、何もかも懐かしい。孤児院で、師である男からピアノを教わっていたあの日が甦る。
すごく気持ちよかった。

バーでピアノを弾き始めてからしばらくが経ってから、「彼」の元にクレストからの依頼の催促がくるようになった。
「彼」は身元を隠していたが、どこから嗅ぎつけてきたのかクレストは「彼」の元に直接現れた。
依頼内容は、この街の防衛。
だが、「彼」はこの街がどうなろうとどうでもよかった。だから依頼は断った。
どの道もうACには乗りたくない。乗って戦場にでてしまえば、またあの感覚が戻ってしまう。

クレストのエージェントは「気が向いたら連絡してください」とだけ言い残し、連絡先を置いて帰っていった。

それからさらに数日後、彼は自分に向ける、熱い眼差しを感じた。
視線の先には。両目を閉じた少年が立っていた。
目が閉じているんだから視線を感じるわけないよな、と思ったが、視線は確かにその少年から感じ取れた。

目が、見えないのか。

その少年は、毎日「彼」が演奏する日にはかならず現れて、その演奏を聴きにやってくるようだった。
雨の日も風の日も、雪の日も変わらず毎日。

「彼」は、自分の少年時代を思い出していた。
男に来いと言われ、恐る恐る彼の元に行き、男のピアノに感動し、この人みたいになりたいと思った自分を。
ひょっとしたら、この少年は小さい頃の俺じゃないか、と。
「彼」は、昔の師がしてくれたように、「彼」も少年に声をかけてみた。


「そんな遠くで引っ込んでないで、おまえも俺たちと一緒に楽しまないか?」と。

その一言が始まりだった。




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