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老兵はため息をついて、己の辿り着いた場所を眺めた。
空には妖しく蠢く特攻兵器の群。
大地は紅く焼け焦げ、ひび割れている。
―――ここが、死に場所。
トリガーから指を離し、ゆっくりと腕を下ろす。
最早、老い、傷ついた身体は動かず、それは彼の分身『エイミングホーク』も同じであった。

ふと、目を閉じる。
これは、たった一瞬、彼の人生最後の―――


『追憶』

物心がついたときには父も母もおらず、私は孤児院で育った。
『両親:地上への移動に伴う混乱に巻き込まれ、死亡』
ある書類にそう書かれていたのを覚えている。

孤児院での生活は楽しくも、その中にどこか陰惨さを含んだものであった。
それは、愛すべき家族がいないという負い目だったのだろう。
笑いあえる友も居た。周りの大人たちも優しく微笑みかけてくれた。
それでも、時たま、陰惨な気持ちを感じてしまった。



今思えば、私の人生の中で、最も輝ける日々であったとても。



そんな日々の終わりは、唐突に訪れた。
世界中で同時に発生したAIの暴走。
私の住んでいた町は、大量の無人兵器に襲撃された。

町はガレキと血で埋め尽くされていく。
さっきまで、友達だった肉片。
さっきまで、先生と呼ばれていた、血溜まり。

気がつけば、立っていたのは自分だけ。
どうして、なんて疑問は持つ余裕もなく、
もうすぐ私も死ぬのだと、思考は安堵にも似た恐怖に塗りつぶされていき、


―――その時、その烏は、俺の前に舞い降りたんだ。


忘れることなど、できない。
色褪せた思い出の中で、その瞬間だけは未だ鮮明のまま。
降り立ったその漆黒の機体の姿は、烏と呼ぶにはあまりに気高く、
「鷹みたいだ」
と私はぽつり、呟いていた。

その先のことは覚えていない。
目を覚ますと、そこは病室だった。
医者は、私のことを奇跡の生存者と呼んだ。
それから、ある新聞記事を見せてきた。
曰く、アリーナのトップランカーがAI暴走の原因となったサイレントラインの施設を破壊した、と。
写真にはあの漆黒の機体。

見出しには「英雄」と、そう書かれていた。



或いは、他にも道はあったに違いない。
しかし、私がレイヴンになることを決意するのに、そんなに時間はかからなかった。
元より、捨てるものなど無かった身で、その上でまた全てを失った。
本当に、これ以上失うものもなく、
―――何より、あの機体の姿が忘れられなかった。
目蓋の裏から剥がれ落ちない、あの鷹の姿。
今考えると、それは子供じみた憧憬であったのだろう。


あの世界の混乱で、グローバルコーテックスは再生不能なまでに衰退しきっていた。
そこで新たに創設されたのが、レイヴンズアーク。
アークにとって急務であったのはレイヴンの育成である。
レイヴンもあの戦いの中で大きく数を減らしていた。

アークの下で、新たなレイヴンの募集とレイヴン育成プログラムが実施された。
渡しに舟、とはこのことだ。
適性検査にも合格し、私は晴れて箱舟の乗客となった。

―――そう、その日こそが、始まり。
いつか鷹に追いつくと、一羽の烏が誓いを立てた日。
烏の長などという、大仰な名前も。
エイミングホークなどという、野心をむき出しにした機体名も。
全てがその日から始まった。

「長生きできなさそうな名前だ」
ある男はそう言いながら、
「だが、そういうのは嫌いじゃないがな」
なんて、笑ってくれた。



最初はMTを用いた訓練から始まった。
一連の操作技術を覚えたら試験用のACを用いた訓練に移行。
ACの操縦は想像以上に負担の大きいものだった。
振動、身体にかかるG。
五感の酷使に伴う精神的疲労。
最初期は、シュミレータに乗っただけでもボロボロになった。
すぐにレイヴンをやめたものも少なくない。

唯一の救いは、すぐには戦場へ出ずに済んだことだろうか。
この頃はまだどの企業たちも再生に必死で、戦闘にまで発展する諍いも起こることはなかった。
しかし、無論、いつまでもそんな日々が続くわけはない。
しばらくすると、企業たちも以前に近い力を持ち始め、小競り合いが頻発しだした。
歴史は繰り返す。
また、レイヴンの時代がやってきたのだ。

依頼の量は日ごとに増え、内容の激しさもエスカレートしていく。
グローバルコーテックス時代からのレイヴンの「新入り狩り」の動きもあって、我々の生活は日ごとに熾烈になっていった。

初めて戦場に立ったときのことを、今でも覚えている。
黒く濁る煤けた空気。
焼けるガレキに埋もれた大地。
この世で一番地獄に近い場所。
コックピットからでも、それが分かった。

何度目かのミッションのとき、人を殺していた。
爆発する敵MTから、ノイズに混ざった、一瞬だけの断末魔。
撃たなければ、撃たれていた。
それは分かっているのに体が震えた。

そして、気づけば襲いかかってきたもう一体のMTも撃ち落していた。

誰もが、生き残るために必死だった。



レーダーから、最後の敵MTの反応が消える。
『ミッション終了です。レイヴン、お疲れ様でした』
オペレータの声が聞こえてくる。
「ああ、……エイミングホーク、これより帰還する」
崩れ落ちる敵MTを見下ろしながら、帰路につく。

レイヴンになってから、それなりの歳月が過ぎた。
様々な戦場を潜り抜けた俺は、自分で言うのもなんだが、それなりの腕利きになっていた。
アリーナのランクも上位。任務の達成率も安定している。
特に、空中戦となれば敵なしだ。
レイヴンとしては、順風満帆なのだろう。

しかし、
―――俺はレイヴンになったことを後悔していた。
正確には、くだらない理由でレイヴンになったことを、だ。

――何が、憧れ。
――――何が、誓い。
――――――何が、英雄!
憤怒にも似た感情が駆け巡る。
世界はそんな綺麗事では回っていなかった。
全ては破壊と暴力で突き動かされていた。
殺戮は世界のどこかで日常茶飯事に行われていた。
その主役は他でもない、我々レイヴンだ。

レイヴンは、決して英雄などに成りえる存在ではない。
それにやっと気がついてしまったのだ。

それでも、もう辞めることはできなかった。
呆れる程に、気づくのが遅すぎた。

ノイズに混ざった、あの断末魔が耳から離れない。
あの、初めて人を殺してしまったとき、既に俺は戻れなくなっていた。
そして、あれからも、たくさんの人々を殺してしまった。


だが、今、こんなことを考えていても、いつからだろうか、戦場に立つと全て無くなるのだ。
弾丸と共に全て吹き飛んでしまう。
ただ敵を倒すことしか考えられなくなる。

なんて、都合の良い。
あの時、あの町で、全てを自分から奪ったあの虐殺兵器は、今や他ならない、俺自身だ。



『……あの、レイヴン。大丈夫、ですか? 』
オペレータが声を掛けてくる。
ずっと黙っていたので、心配したのだろう。
「ああ、すまない、大丈夫だ。……少し、考え事をしていた」
『そう、ですか。……それにしても、さっきの戦いぶり、本当に見事だったわ』
心配げだった声のトーンが上がる。
『たった数分であれだけの戦力を鎮圧したのだもの! やはり、貴方がトップランカーになる日ももう』
「―――すこし、静かにしてくれないか」
静かな、しかし、確かな怒りを篭める。
正直、耳障りだった。
『……っ、ごめん、なさい』
彼女からの通信が沈黙する。

そう、トップランカー。
今のトップランカーは、俺を救ったあのレイヴンではない。
あのレイヴンは、「サイレントライン」の事件のあと、レイヴンズアークに属することもなく、どこかへと姿を消した。
それ以来、戦場で姿を見たという噂もなく、俺も情報をかき集めたが、結局、生死すら不明だ。

何故、あの男は俺を救ったのだろうか。
何故、他者では無く、俺だったのだろうか。

問うべき相手とは、もう、会うことも出来ないのだろう。



「久しぶりだな、ウー」
ガレージに着くと、珍しい客人が顔を出していた。
ジャック・O。数少ない、俺の同期の生き残りの一人だ。
「おお、久々だな。
役人様がこんな場所まで何の用だ?」
軽く皮肉ってやる。
ジャックはレイヴンでありながら、その才覚をアークに見込まれて、アークの仕事の一部を任されるようになったらしい。
「なに、所詮は下級役人。上司にこき使われる駒に過ぎんさ」
苦笑するジャック。

しかし、少し俺の顔を見つめると、真顔になる。
「―――お前、変わったな」
「何がだ?」
誤魔化そうと、今度はこちらが苦笑いを浮かべる。
「覇気が無い。今のお前からは、まるで意志が感じられない」
「…………」
この男には、誤魔化しが一切通用しない。
「……お前の身体だ。何をどうするのも、お前の自由だ。
だが、あまり腑抜けていると、低ランカーにも寝首を掻かれかねんぞ」
獲物を狙う狐のような、鋭い眼。
いつもの様な、穏やかな瞳からは想像もできない。
「ああ……、気を抜かないようにするよ」
少し顔を合わせただけで、これだけ見透かされるとは。
この男には恐ろしい力がある気がしてならない

「それで、今日は何の用だ? 」
「おお!それなんだがな……」
さっきとは打って変わって穏やかな顔つきになるジャック。
「……………………忘れてしまった」
「……………………は? 」
前言撤回。この男は恐ろしいバカだ。

「いやいや、冗談だ。実はな、もうすぐお前にキツい依頼が回されることになっている。それを教えに来てやった訳だ」
「……いいのか? そんなこと教えても」
「構わん。このアーク、レイヴンに厳しいルールを敷く割には、上層部は甘い蜜でベトベトだ。こっちが少しぐらい吸っても、バチは当たらんだろう。」
さらりと流す職権乱用魔。
「とりあえず、だ。次のミッションには万全の態勢で臨むことを勧める。それじゃ、美人のオペレータによろしくな」
フハハ、と笑いながら手を振って、ジャックは去っていった。

……まぁ、あの男がわざわざ言いに来る程なのだ。よっぽどの任務なのだろう。
どんなミッションにも万全の態勢で臨んでいるが、次の依頼には特に注意しておこう。



部屋に戻って、しばらくすると、控えめなノックの音。
ドアを開けると、さっきヤツの言っていた「美人のオペレータ」が立っていた。

彼女とは、アークに所属して以来のつきあいになる。
優秀なオペレートとハッキングの能力を持ち、正に理想のオペレータだ。

「どうしたんだ? 」
「……さっきは、その、ごめんなさい。余計なことを言ってしまって」
しゅんとして、謝ってくる彼女。
さっきの、帰還中のやり取りを思い出す。
「あ、ああ、いや、こちらこそ、すまない。あんな……」
ああ、分かっているんだ。
彼女が気を使ってくれたことぐらい。
「でも、最近のあなたは、どこか変で、それで私……」
きっと、最近の俺は、さっきジャックが言ったように、まるで腑抜けた顔をしているのだろう。
心配してくれるのは、嬉しくもあり、しかし、今の俺には、苦しいことでもあった。
俺のような人間に、彼女の優しさを受ける権利などない。

二人の間を小さな沈黙が支配し、
「……すまない、少し一人で休ませてくれ」
俺は逃げた。
「……っ、あ、あのっ、私っ! 」
彼女は何かを言おうとしたが、その前にドアを閉める。
これ以上、彼女といるのが辛かった。
電気を消して薄暗い部屋の中、俺はベッドの上で目を閉じた。

そして、俺は夢を見る。
もう何度目かもわからない、あのガレキと化した街の夢。
やはり、立っているのは俺だけで、しかし、町を襲う兵器も、また俺だった。
俺はトリガーを引き、自分自身を撃ち殺した。
俺の身体がバラバラに吹き飛び、あたりの血溜まりに沈んでいく。
俺は涙を流した。

英雄は、現れなかった。



『もうすぐ、作戦領域に到達します』
オペレータの声を聞き、眼を開く。
下は、見渡す限りの草原だった。
……本当に、こんな所にクレストの開発施設などが存在するのだろうか?

あれから数日後、ジャックの言っていた任務が回ってきた。
ミラージュからの極秘任務。
クレストが最近、新兵器を開発しているらしい地下工場の場所が判明したので、そこを襲撃して欲しい、とのことだった。
成程、報酬の額も、並ではない。
確かに、新兵器開発施設への強襲は、大きな危険を伴う。
相手がその開発中の強力な兵器を使用してこないとも限らない。
ジャックの言うように、俺は万全の態勢を期して出撃した。

しばらくすると、前方に小さな町が見えた。
どうやら、あそこが今回の作戦領域となるようだ。
俺の疑念はますます強くなったが、任務である以上、必ず何かある筈だ。
そう思い、気を引き締める。

作戦領域に到着し、エイミングホークが輸送用ヘリより投下される。
町の前に立つと、その小ささが一層よく分かった。
パイプラインもリニアのラインも通っていない、およそこの時代には似つかない非現代的な町。
しかし、このような町は、レイヤードの時代から多く存在したらしい。
都市としての重要性が低ければ、戦場となる可能性は少なくなる。
避暑地ならぬ、避戦地といったところか。

それ程までに、この世界は争いで満ち溢れているのだ。



町はひっそりと静まりかえっていた。
皆、ACの出現に震え上がって、息を潜めているのか、
それとも、クレストの防御部隊が地下で迎撃の態勢を整えているのか。
どちらにしろ、今すぐ町に攻撃を仕掛ける訳にもいかない。
とりあえず、俺は町の周辺を散策し、クレストの地下工場の手がかりとなるものを探した。

それにしても―――。
思う。
この町は、俺の住んでいた町に似ている。
石で出来た家々。
町の中央には、他の住居より頭一つ抜けた大きな建造物。
恐らく、教会だろう。

俺が育った孤児院も、教会の横に建っていた。
よく、他の子供達と一緒に祈りを捧げに行かされたものだった。
居眠りをして、よく牧師に

『レイヴン! 町の中央に熱源反応! 』
「―――! 」
一瞬で、空気が緊迫する。
回想は吹き飛び、戦闘に特化した思考回路が形成される。
クレストの防御部隊。どれくらいの規模なのか。
この町は偽物なのか。この町を戦場として戦うべきなのか。

―――また、この町を、ガレキに変えねばならないのか。

『大型の熱源反応が一つだけ……?敵はACと予想されます』
「……ACか。どうやらクレストの専属機のようだな」
最近になって、クレストは自軍の強化に力を入れ始めたと聞く。
『ただ、敵が開発した新兵器の可能性もあります』
そうだ、ここはクレストの開発工場。
うかつに近づけば何が飛び出すか分からない。
「様子を見るのが賢明か……」
街から少し離れた地点で待機する。
身体を震わす機体の振動。
任務中のこういう間には、いつまで経っても慣れそうにない。

『……レイヴン』
「なんだ? 」
彼女からの呼びかけ。
ス、と息を吸う音。
『……必ず、
生きて、帰ってください』
「――――」
それは、祈りだった。
他でもない、俺の為に捧げられた祈りだった。
それが、あまりに綺麗で、
『お願いです』
それが、あまりに辛すぎて、

俺は、何も言うことが出来なかった。



この過ちの人生は、どこから始まってしまったのだろうか。
辿れば間違いなく、あの日あの町で、救われたことが、全ての始まりだった。
救われるべきだったのは、あの血だまり、あの肉片だったのだ。
あの英雄が、あの漆黒の鷹が全ての始まりだった。


だから、教会の裏から現れたモノを見たとき、凄まじい衝撃の裏で、理解していた。
ここが、俺の終わりだと。
今日、この町で、俺という過ちは終わるのだと。

今、あの日のように、俺の前に立つ、あの漆黒のAC、
―――全ての始まりによって。

『あの機体は一体……? 』
オペレータの言葉は耳に届かない。
瞳孔はあの黒い理想から動かない。
互いに、言葉が交わされることはない。
相対する、鷹と烏。
時が止まったかのような錯覚。


だが、恐らく、それは一瞬だったのだろう。
静かに銃口をこちらに向ける相手のAC。
『敵からの攻撃が来ます!迎撃してください!! 』
「――! 」
始まりを告げる轟音を響かせて、発射される祝砲。
間一髪でそれをかわすエイミングホーク。

戦いの火蓋が切って落とされた。



『敵ACの情報はデータバンクにはありません!』
「……だろうな」
『レイヴン?あの機体を知っているのですか?』
ああ、知っているとも。
嫌という程、知っている。
「敵を全力で迎撃する。……集中する、通信をオフにさせてくれ」
『レ、レイヴ』
通信をシャットダウンする。
「―――すまない」
聞こえるはずも無いのに、呟いた。
きっと、今のが最後の会話だったのだろう。
ひどく、名残惜しい気がした。


自分の置かれた状況を確かめる

敵の機体は中量機体。
右手にバズーカを持ち、左手には旧式のライフル。
肩にはミサイルとレーダー。
全て、あの日のままだ。

対するエイミングホークは軽量機体。
右手にはガトリングマシンガン。
左手にはレーザーライフル。
肩には拡散型のミサイルとトリプルロケットを搭載している。

機動力ではこちらが勝り、防御力では相手が勝る。
総合的な機体性能では丁度五分といったところか。


勝っても負けても、これが最後の戦いだ。
そんなことを思った。
負ければ、当然、殺される。
勝てば、理想と理由を失った俺は「死ぬ」。


理想の追求に疲弊し、それでも尚、未練がましく追い続けた。
英雄という存在を否定しても、それでも実は、諦められずに憧れ続けてきた。
妄執の果て、やっと辿り着けた答え、容赦なく叩きつけられた答えが、これだっただけだ。

どう転んでも俺は終わる。
でも、ただ、一つだけ。
果たさなければならないことがあった。
最早古ぼけた、ひどく子供じみた誓い。
鷹を、貴方を越えると。

気持ちを込めるように強くトリガーを握った。
エイミングホーク。
この名も、この人生も、全てはこの時の為に。



ブースターをふかして最高速度で相手に近づく。
この相性なら、接近戦に持ち込むのが一番だ。
敵の砲撃とミサイルをギリギリでかわし、こちらもミサイルで牽制しながら直進する。
敵がマシンガンの射程圏内に入った。
しかし、まだ撃たない。
無駄撃ちを避けるためにも、もう少し近づきたい。

一撃、脚部に被弾する。
反動で機体が硬直する。
「クソッ、離れられ――!? 」
離れられる、そう思った。
だが、予想外にも、敵は直進して、俺に近づいてきた。
迷わずトリガーを引く。
ガトリングマシンガンとレーザーライフルの嵐。
敵は装甲に物を言わせて直進し、そのまま俺の横を通過していった。
今の行動にどういう意図があったんだ?
そう思いながら旋回し、

反射的に、機体を横にずらした。
俺の居た場所に砲弾が撃ちこまれる。
成程、相手のACの方が、エイミングホークより一瞬だけ旋回速度が早いようだ。

すぐさま敵がミサイルを放ってくる。
それを避け、俺もミサイルで応戦する。
息つく暇もない。
今、世界には二人しかいない。

そうだ。
理想との戦い。
―――これが、これこそが、俺が望んだ唯一の戦い。




彼との回線が切れて、どれだけ経つだろうか。
エイミングホークからの映像だけが淡々と流れてくる。
戦いの経過はほぼ五分五分だった。

唇を噛む。
彼と共に戦っているつもりだった。
彼の力になれているつもりだった。

敵のあの機体、過去のデータベースからすぐに判明した。
かつて、アリーナの頂点に立った、あの「サイレントラインの英雄」の機体だ。
何故、あの街に現れたのかは、分からない。
ただ、彼はあの英雄に並々ならぬ執着を持っていた。
その理由も分からない。

私は彼のことを全然知らない。
過去に何があったかも知らないし、何故レイヴンになったのかも知らない。
今までさり気なく訊いたことはあったが、話してはくれなかった。

でも、彼の生き方に触れ続けて、私は―――彼に惹かれた。
彼のあり方は、レイヴンとしても、人間としても、異質かもしれない。
それでも、そんな彼を、愛しいと思った。

生きて欲しい。
生きて、帰ってきて欲しい。

泣きそうな心を奮い立たせる。
祈るだけじゃ、ダメだ。
願うだけじゃ、ダメだ。
行動しなくちゃ、いけないんだ。

――まだ、私にも、出来ることがある。



戦いは既に佳境に至っていた。
互いに機体の損傷が激しく、満身創痍。
トリプルロケットはあと一回で弾切れ。
ミサイルは撃ちつくし、だが、まだパージしない。
敵への牽制として、まだ積載しておく。
恐らく、相手も同じような状況なのだろう。

次に近づいた時、それが、決着のときになる。
漠然とした、しかし、確かな事実を、肌と心で感じる。

互いに、円を描くような動きをとり、距離を維持する。

まだ、だ。


じわじわ、分からない程度に距離が縮まっているのを、感覚で理解する。



まだ、まだだ。




―――そして、
ある一点に達した!

前方に飛び出すエイミングホーク。
ほぼ同時に相手も飛び出す。
仕掛ける。
トリプルロケット。
トリガーを引く。
当てるためではない。
ガトリング以外の全ての武器をパージする。
相手の上方ギリギリを通過するロケット。
重荷を外されたエイミングホークが飛翔する。
牽制を受け、一瞬遅れる黒い機体。

だが、背筋に走る悪寒。
バズーカの黒い銃口が俺を狙う。
地に足をつけても尚、その爪で烏を抉らんとする鷹。

―――振り切る。
加速するエイミングホーク。
突破口は空。

―――振り切ってみせる!
身体にかかるG。
軋む機体。
ただ、空を目指し。
ただ、高く。

そう、高く。

あの鷹よりも高く!
「飛べえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 」

発射される砲弾。
コマ送りで進む時間。

必殺の威力を持つ灼熱の魔弾は
高速を以って俺へと滑空し、

俺の機体の左脚を、


僅かに掠めていった。


空中で旋回。
ガトリング、セット。


―――その時、鷹に触れた感覚を得ていた。
焦がれ続けていた、理想を果たしたと感じた。
敵をロックオンし、トリガーを引いて、俺のエイミングホークは達成される。


終わった。

が、
あとはロックオンするだけの敵の姿が、ない。

即座にレーダーを確認。
頭部が損傷していて、分かりづらかったが、微かに黄色い反応。
敵は下に潜り込んでいる。
また旋回し、捕捉。
が、捕らえられない
おかしい。
レーダーを確認。
いない。
反応は自分ひとり。


いや、いる。
コックピットに翳される影。
重なっている。
レーダーの中央、青い反応。
俺の反応の上。
丁度、真上。
上。
見。


その瞬間、凄まじい衝撃がコックピットの中を貫いた。
叩き堕とされるエイミングホーク。
指先からすり抜けていく捕らえた感覚。
飛ぶ鷹に落とされる烏。


そして、
エイミングホークは地面に墜落した。



「――――――が」
体が大きくしなって、弾ける。
肺から、息と、それ以外のものが吐き出される。
頭と身体が離れそうになるくらい、大きくねじれる。

ぼやけた視界には、あの日見た理想の姿。
―――ああ、理解。
左腕部が丸ごと無くなっていた。
あの時、相手は不要な武器を「左腕部ごと」切り離し、機体をギリギリまで軽量化したのだ。
制御しにくくなった機体を使って、なお、俺の死角をつく軌道を描き、エイミングホークの真上を取った。

人間業ではない。

それ故の、英雄ということか。

『だ――か―!? レ――ヴ―!! 』
落下の衝撃でオンになった通信から、彼女の痛切な声が聞こえた。
何を言ってるのか、もう、分からない。
訳もなく涙が流れた。
感情も曖昧だ。

ただ、一言。
「すまない」と、俺は呟こうとした。
言えたかどうかは分からない。
彼女には、最後まで謝ってばかりだった。


最期、トドメを刺そうとこちらに迫る英雄の姿を見た。
これで、いい。
元より、こうあるべきだったのだから。

そして、俺の思考は、

一瞬でこの世から切断された。




暖かな感覚。
目を開けると、オレンジ色のぼやけた光が見えた。

ああ、死んでいない。
一瞬でそう悟った。
地獄は、こんなに暖かくないだろう。

少しずつ、視界がクリアになっていく。
石畳で出来た、少し小さめの部屋。
カーテンが閉じられていて、部屋の外の様子や今が何時なのかは分からない。

俺はベッドの上に寝かされていた。
起きようとすると、体中を激痛が襲う。
力なく仰向けになる。

頭の中はいろいろと混乱していたが、あることだけははっきりと分かる。
俺は、負けたのだ。
だというのに、何故生きているのだろうか。
トドメを刺さなかったのか。
何故だ?

動けないまま悶々と考えていると、部屋のドアを開く音。
「―――目を覚ましたかい? 」
壮年、いや、初老一歩手前の男性が立っている。
多少老けているものの、服の上からでも分かる、がっしりした体格。

直感する。
「……あなたは、あの、ACの」
「ああ、君が戦ったあのACのパイロットは、この私だ」
ゆっくりと、落ち着き払った返事。

初めての対面。
それは、唐突ではあれ、劇的ではなかった。

「………………」
ただ、それでも言葉に詰まった。
えっと。
俺は、
何を、
何を、訊こうとしていたのだったか?

「……一つ、訊いても良いかい? 」
暫くの静寂の後、彼が俺に質問してきた。
静かに頷く。
「もしかして、……もしかして君は、昔、私が助けた……」

―――覚えて、いた。
「………………」
何も言うことが出来ない。
「やはり、か……」
表情で理解したのか、彼が呟く。
「面影がね、残っていたんだ。小さいけれど、忘れることはないよ」

衝撃だった。
彼が俺のことを覚えていたことも勿論だが、何よりも―――。


「―――ああ、良かった。生きていてくれて、本当に、良かった」


なんで、
なんでそんな表情を―――!

「……何故、だ」
その瞬間、何かが弾けた。

「何故だァァァァァァアアアアアア!! 」
絶叫した。
ただ、絶叫した。
何故だ。
何故だ。
何故だ。
何故助けた。
何故姿を消した。
何故今更現れた。
何故それでも俺を殺さなかった。
何故そんな表情をする。
何故、何故、何故。

気がつけば涙を流していた。
叫びすぎて肺が締め付けられたように痛み、それでも叫ぶ。
咳き込む。
息が詰まる。

もう叫べなくなる、その直前。
「なぜ、おれ、だ、ったん、だ」

結局、一番俺が問いたかったのは、それだったのだ。
俺で無ければ、他の誰かなら。
こんなことには、なっていなかったのに。


叫ぶことも出来なくなり、力なくベッドに倒れた。
彼は全てを黙って聞いていた。
その顔を覗く。
彼は、とても悲しそうな顔をしていた。

頭の中はぼんやりとしていた。
部屋に、俺の口の端から漏れるヒューヒューという音だけが響く。
霞がかった静寂がこの部屋を支配していた。

沈黙が続いてどれだけ経っただろうか。
「……少しだけ、昔話をしても、いいかね?」
ふと、彼が呟いた。
「………………」
俺は、よく分からなかったが、頷いた。
ただ、なんとなく感じた。
彼が今から話すのは、きっととても大事なことなのだろう、と。

「ありがとう」
彼が穏やかな眼で私を見る。
眼を閉じて、少し息を吸い、
「―――私の世界は、破壊と暴力に満ち溢れていた」
そして、彼はゆっくりと、語りだした。



それは、今はもう、多くの人々に忘れられつつ、ある時代の話。
かつて、人々が『レイヤード』と呼ばれる地下都市に住んでいた時代。
『管理者』と呼ばれる存在が絶対的な力を持っていた時代。

ある少年は、とある英雄に憧れていた。
管理者の暴走を食い止め、人々に地上という新たな希望を与えたレイヴン。
家族を失った少年を保護した『ユニオン』という組織。
そこから、私の人生は始まった。

人々は地上に向かう。
地上は、しかし、新たな争いの地でしかなかった。
企業同士の覇権争いと、『サイレントライン』を巡る凄惨な戦い。

私がレイヴンになったのは、『サイレントライン』が人々に認識され始めた頃だった。
すぐに、ある者は私を天才と呼び、ある者は畏怖と侮蔑の意味を込めて『イレギュラー』と、そう呼んだ。

戦い、破壊し、そして、殺した。
気づけば、レイヴンとなった、理由も、意義も、価値も、全てどこかへ置いてきた。


「……そんな時だった。君を、助けたのは」
到着したときには既に手遅れだった。
町はAI兵器の群に飲み込まれていた。
生存者などいない。
結局、レイヴンの仕事なんて、いつもこんなものだ。
そう思い、AI兵器を駆逐しようとして、

目の前に、小さな少年が立っていることに気づいた。

「生きている。ただ、それだけで嬉しかったんだ」
危険を承知で、コックピットの中にしまいこんだ。
AI兵器をなんとか駆逐して、すぐに他の無事な町の病院へと連れて行った。
何故、そんなに必死になったのか、自分でも分からなかった。


サイレントラインの地下施設を破壊したのは、その後すぐだった。

地下最深部に眠るAI兵器との激闘は、想像を絶するものだった。
満身創痍になりながらも、私を支えたものは何だったか―――さて、何だったかな。
激闘の末、コアに穴が開き、脚に深い傷を負って、尚、私は生還を果たした。

だが、本当の地獄は、それからだったのかもしれない。

「脚を、やられてしまってね」
脚の傷は、思った以上に深く、私という存在を抉った。
機体の振動、身体にかかる重力。
五体不満足で乗れるほど、ACは甘いものではなかったらしい。
いろいろと、失ってから気がついた。

飛べない烏に、意味などあるのか。
苦しんだ。
懺悔しかできなかった。
世界を救ったなどと言われても、そんな実感は湧かなかった。
何度、死のうと思っただろうか。

「だが、その度に私を救ってくれたのが、君という存在だった」
助けることができたという、唯一の実感。
過去からの怨嗟の声に混じった、一筋の光。
生きてもいい、と言ってくれる存在は、救った世界でも何でもない、一人の少年だった。

結局、私は死ねるほど、強くなかったということだ。



彼の話を、ただ、黙って聞いていた。
荒かった息も、今は穏やかだ。
微かな視線を感じ、目を向ける。
数人の子供がドアから顔を出して、こちらを覗き込んでいた。

「こらこら、今、大切な話をしているんだ。すこしあっちへ行っていなさい」
それに気づいた彼が、優しい声で子供を追い払う。
子供たちはコクリと頷くと、走ってどこかへ行ってしまった。

「孤児、だ。各地で起きた戦いの」
彼が、まだ声が出せない俺の疑問を言い当てた。
ということは。
「孤児院を、営んでいる」
そうか、とどこかで納得する。
なら恐らく、ここは、あの教会の中の一室なのだろう。

「偽善なのだと、自分でも思う」
彼の低い、しかし、しっかりとした声が響いた。
「だが、結局、私はそれにすがるしかなかった……君という存在にすがりついたように」
そう言った彼の眼は、ただ虚空を見つめていた。
それは、何かに赦しを乞う姿のように思えた。



「すまなかった」
突然、彼が謝る。
うろたえる。
何故、謝るのか。
「私は、君を救えてはいなかった……。
ただ、救った気になって、救われていただけだった」
「―――本当に、すまない」

違う。

違うはずだ。
俺は間違いなく彼に救われた。
本当に、救われたのだ。

なのに、そんな顔をしないでくれ。


「やめて……ください」
なんとか、擦れた声を絞り出す。
「謝るのは……俺の方です」
そうだ。ずっと気が狂っていた。
救ってくれた相手を、憧れるならまだしも、恨むなんてどうかしていた。
「俺は、本当に……貴方に、救われたんだ……」
救う側も、救われる側も、相手を選べる訳なんてない。
だから、俺が言うべきなのは、
「本当に、貴方に、救われてよかった」
本当に、この人でよかった、と。
「ありがとう」
俺を、選んでくれてありがとう、と。
ずっと、ただ、それだけだったのだ。


それからは、どちらともなく、泣いた。
音もなく、時折、嗚咽を洩らし、泣いた
彼は下を向いて、俺は上を向いて、泣いた。

蝋燭の灯りが、二人を包んで揺れていた。



その夜、俺は夢を見た。
俺は孤児院の子供で、先生は彼だった。
皆、幸せそうに笑っている。
皆で草原へと出かける。
突き抜けるような、青空。

こんなひが、ずっとつづきますように。




翌日、俺はこの町を出ることにした。
身体はボロボロで、彼からも休むべきだと言われたが、それなら、アークに戻って休もう。
ここは、居心地が良すぎる。
離れられなくなりそうで、怖い。

エイミングホークが佇んでいる場所まで、車で移動することになる。
担がれるようにして車に乗り込む直前、彼が近づいてきた。
少しだけ沈黙があって、一つ、名前を訊いていなかったのを思い出す。
名前を聞く。
そうか。
その名前を、一生忘れない。

手を出す。
彼も手を出す。
さよならの代わりに、しっかりと手を握る。
そして、「ありがとう」と、呟いた

彼は黙っていた。
少し寂しそうで、しかし、とても温かい笑顔を浮かべて。


ボロボロになったコアで、なんとか生きている通信をつないだ。
発信すると、すぐに彼女の声がした。
ずっと、待っていてくれたのか。
私が声を出すと、崩れ落ちるような嗚咽。
ただ「良かった……良かった……」と、泣きながら話す彼女。

暫くして、ヘリが到着する。
着陸して、真っ先に彼女が飛び降りてくる。
俺をみつけると、ボロボロと泣きながら、抱きついてきた。
俺も、抱きしめ返す。
少し身体が痛かったが、それよりも、温かかった。


町が遠ざかっていく。
あそこで、失ったものがあった。
俺の「英雄」という幻想は、脆くも打ち砕かれた。
圧倒的な強さを持った「英雄」など、この世のどこにもいないのだ。

そして、あそこで、手に入れたものもあった。
可能性。
俺たち「人間」は、弱い。
だが、その弱さ故に持つことの出来る強さというものが、あるのではないだろうか。


眼を閉じる。
青い空を思い浮かべる。
一羽の鷹が宙を舞った。

いつか、自分も辿り着けるだろうか。
―――鷹の飛ぶ、その空の高さに。




彼の乗るヘリが遠ざかっていく。

「ありがとう」という言葉が、まだ、この胸に生きていた。
胸が温かくなる。
もしかしたら、この胸の温かさも、愚かなのかもしれない。
それでも、温かいと思う気持ちを、止めることは出来なかった。

何故、トドメを刺さなかったのか。
結局、彼にそれを語ることは無かった。

あの戦いの末、辛くも勝利した私。
無論、顔を見ることもなく、相手があの少年であることに気づく訳もない。
久々の戦場。
ある種の恐怖と興奮。
町を襲った相手への怒りと憎しみのままに、トリガーを引こうとし、

『……うか、お…がいします』
雑音に混ざった、小さな祈りの声が聞こえた。

『彼を……殺さ、ないで……』

たった一瞬。
それは、伝わる筈のない通信だった。
所属不明の機体に通信を送ることなど、可能なのか。
私には分からない。

ただ、気づけば、身体の震えは止まっていた。
懐かしい、ある声を思い出す。
いつも、私を支えてくれた声。
あの小さな少年以外に、ただ一人だけ「生きて欲しい」と囁き続けてくれた存在。

窓の外、青い空に思いを馳せる。
「エマ……」
思い出す、幽かな思い出。
今はもう、遠くへ行ってしまった、笑顔。
私の―――俺の愛した、ただ一人の、かけがえない存在。




―――それから、色々なことがあった。

私とエイミングホークは、戦場を飛び続けた。
何年経っても、戦場は変わらず存在し、レイヴンの仕事は変わらなかった。
それでも、戦い続けると決めた。
戦うことで、何かが変わると信じた。

ナービスの創設に関わる争い。
新たなる存在の出現に、多くの人々が希望を見た。
後に、この新たなる希望が、絶望の引き金に指をかけることになると、誰が想像し得ただろうか。


私は、彼女と結婚した。
許されることではないと分かっていて、それでも、彼女を愛した。
彼女だけは、ずっと私を赦し続けてくれた。

ささやかだが、二人で幸せな日々を過ごした。
子供が出来た。
彼女は、いつも私の帰りを祈って待ち続けてくれた。

自分が死んだら、という話をしようとすると、常に彼女は私を叱った。
「生きて帰ってください」
これが、彼女の決まり文句だった。

結局、私が死ぬより先に、彼女が病で倒れた。
何故、彼女が私より先に逝かなければならないのか。
そんなことを、ずっと考えた。
私は、彼女に謝り続けた。
そんな私を、彼女は死の際まで、笑顔で赦し続けてくれた。

彼女には、最期まで謝ってばかりだった。



時代は巡り、私も歳老いた。
相変わらず、この世界は破壊と暴力で満ち溢れている。
だが、世界は、必ずしもそれだけで突き動かされている訳ではない。
美しく、温かいものが、この世界にはあるのだ。
多くのものに、そのことを教えられた。


ある日、世界を特攻兵器が襲った。
あれは、この世界の破壊と暴力の象徴だ。
多くの町が、またあの町の様に、ガレキと化してしまった。
食い止める手段を持たない自分の弱さが、ただただ悔しかった。

あれだけは、何としても止めなければならない。


『直接会って、話したいことがある』
それは、半年に渡る特攻兵器の襲来が止んで、1ヵ月程してからのこと。
レイヴンズアーク崩壊の際に死んだとされていた、ジャック・Oからの連絡だった。

ジャックは全てを話した。
特攻兵器とは何か。
これから起きるであろう、最悪のシナリオ。
そして、どうすれば、それを止めることが出来るか。

「ウー、もし私の仲間になれば、……恐らく、お前にも死んでもらうことになる」
はぐらかすこともなく、真剣に私の目を見据えるジャック。
「お前には、選択権がある。……もうすぐ、孫ができるのだろう? 」

ジャックの言う通り、特攻兵器襲来の際、サークシティに居て難を逃れていた私の娘には、もうすぐ子ができようとしていた。
孫の顔を見るのは、確かに楽しみだった。


「―――構わん。この世界を救えるのならな」
だが、躊躇うことなく言い切った。
「……お前が、そこまでこの世界想いの人間だとは知らなかったぞ」
ジャックが驚いた顔をして言う。
「なに……お前には、大きな恩があるからな」
「……はて、思い浮かばんが」
笑ってしまう。
かつて、あの、私がかの英雄との再会を果たした偽りの任務。
あれは、間違いなくお前の仕組んだことだろうに。
この男は、あれから何度訊いても、認めようとしなかった。

「それにな」
そして、何よりも、ずっと抱き続けていた、夢があった。
レイヴンという存在とは、対極の望み。
だが、その理想に、憧れ、焦がれ続けていた。

「最期は、何かを守る為に、戦いたかっただけだ」




―――そして、今、私は焦土と化したベルザ高原で、最期の時を迎えていた。


老兵はため息をついて、己の辿り着いた場所を眺める。
空には妖しく蠢く特攻兵器の群。
大地は紅く焼け焦げ、ひび割れている。
―――ここが、死に場所。
トリガーから指を離し、ゆっくりと腕を下ろす。
最早、老い、傷ついた身体は動かず、それは我が分身『エイミングホーク』も同じであった。


だが、この胸は、確かな温かさで溢れていた。
目の前に立つAC。
特攻兵器の降る中、私を倒した相手。
それは、忘れることもない、遠く、皆に忘れられた英雄の機体だった。

息子か、孫か、孤児院の子供のうちの誰か、か。
誰にしても、彼の意志を継ぐ人間がいたのだ。

それが、嬉しかった。
きっと、この世界の美しく、温かいものは、誰かが引き継いでくれるのだろう。

老兵は、ただ、去るのみだ。



一つだけ悔いがあるとすれば、ある約束を守れなかったことか。
「生きて、帰ってください」
彼女が死んでからも、律儀に守り続けた。
「―――すまない」
向こうに逝けば、君に会えるだろうか。
できすぎた願いだと分かっていても、願ってしまった。

「潮時、か」
眼を閉じて、重荷を降ろしたように、フッと力を抜いた。
機体が限界を向かえ、爆散する。
身体がフワリと浮く感覚。

青い空を飛ぶ、鷹になれたような気がした。




その日、太陽が昇ったとき、世界に、新たな命の産声が響き渡った。
温かく、美しい夜明けを祝うように。






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