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束の間の休暇だった
彼は近所の自然公園の草の生い茂った丘に寝転がり、遠くの空を眺めている

彼はこの国が好きだった
この平和な世界が好きだった
そして、この国を守る為に軍人になった
彼はMTの操縦に才能も無く、軍人としては半人前だったが
この国を守りたいという気持ちに関しては誰よりも自信が在った

やはり世界は平和だった
この所戦争や紛争の類はあまり無く、情報端末からはたわいもないニュースが無機質に流れ続ける
平穏という言葉が的確な世界だった

彼は考えていた
自分はこの平和な世界を守り続ける為の力には、あまりなれないのかもしれない
しかし、この平和な世界の一員として、平和な世界の存続を願い続ける事が出来るなら
そして、多くの人が同じ事を願っていてくれていれば
この世界の平和は保たれ続けるだろうと

そして、平和を願う人々を増やす為には、何よりもこの平和を享受する人々を増やす事が大切だ、そう思っていた
平和を享受出来ない人間には、平和を願う事など出来ないのだから

そんな折、彼の見つめる遠くの空から異様な人型の影が現れた
その影は凄まじいスピードで移動し、その影の移動した後には噴煙が立ち上っていく

彼は寝ぼけて夢を見ているのかと思った
悪い夢だ、とにかく悪い夢だ
平和を享受出来なかった可哀想な人間が、平和を奪い取りにやってくる
しかし、奪い取られた平和は、その掌に残る事無く、露のように消えてしまう

しかしこれは夢では無かった
緑色に輝く重厚な人型機械
大きさはノーマル程度だが、圧倒的な制圧速度で次々に辺りの何かを破壊していく
何か…なんだろう、何を破壊しているのだろう、彼はとても緩やかな速度で考えを巡らせている
徐々にその人型はこちらに接近し、最も彼の近くに近づいた

太い二本の脚部を持つ緑色の人型機械
それを覆うように球体のようなベールがかかっており、その輝きは美しかった

そしてその人型機械は、そのままどこかへ飛び去ってしまった
大変だと思うより先に彼の頭の中に浮かんできたことは
あの薄い緑色の輝きが、目に焼き付いた太陽の輝きのように、胸の奥を焦がしてしまったような気がしている事だった

国家解体戦争、そんな耳慣れない言葉を聞いたのはそのすぐ後の事だった
気付いたときには国家という存在は企業の駆るネクストという兵器によって駆逐され、これからは企業の支配する世界が始まるのだという
本当に僅かな時間での出来事で、国家に所属する人間には、気付いたときには既にどうしようもない状態であった

そんな時彼は、絶望と無力感に打ちひしがれる暇もなく、企業の人間に連行されていた
そこでは彼の軍人仲間が次々にコックピットのような所へ入れられ
出てきた人間は皆一様に頭を抱え吐き気を催し、目の焦点の合っていない実に疲弊しきった感じの顔をして出てきた

彼は思った
あぁ、国家の軍人の生き残りはこうして企業に洗脳されるんだ
あのコックピットの中で、企業に対する忠誠を誓わされてしまうんだ
そんな物はクソ食らえだ、でも、もう自分には守るべき国家も平和も何もない
弱い自分にはもう何も抵抗する術がない
彼はそう思っていた

次々に人が入っては出てを繰り返し、ようやく彼がコックピットのような物に入れられる時が来た

コックピットのような物の中は、思ったより快適だった
コックピットに入るとまず首に何かを刺された、そして、こう言われた
「右手を動かしてみなさい」
彼は右手を動かす、すると、それと同じようにコックピット内に映る映像も動いた
その瞬間、自分をオペレートしている人間の間にどよめきが起こる

自分の手を動かすように意識するだけで、映像の手が動く、おそらくそういう仕掛けなんだろう
彼はそう思い、特に何も感じなかった
その後も次々に命令が出され、その通りに彼は動かす
その動作にも飽きてきた頃、最後にこう言われた
「君には訓練を受けてもらう、それまで眠っていてくれたまえ」
そう言われると、彼は腕から何かを注射され、気を失った

目が覚めると彼の目の前にはあの緑色の人型機械があった
薄緑色のベールは無かったが、その機体はとても美しく思えた
「ようこそ期待の新人、歓迎するぜ、俺はシェリングって言うんだ、よろしく」
声に反応して隣を見ると男が一人立っていた
「これが俺の機体、クリティークさ、もしかしたら既に見かけた事があるかもしれないな
えっと、名前はなんて言うんだっけ?」
彼は名乗った
「ヤン、です」

「ヤン、か
ちょっと上層部に無理を言ってな、お前とこうして話す機会を貰ったのさ
色々調べさせてもらった、君はうだつの上がらない国家の軍人だったらしいじゃないか
だが君にはAMS適性がある
ま、適性なんて物はネクストに乗る最低限の条件みたいな物で、そこからは完全に戦闘のセンスだが
とにかく君には可能性が在るんだ」
ヤンが遮る
「あなたが…」
「ん?」
「あなたがこの国を解体したんですか?」
「そういう事になるが…
今頃この世界中のあらゆるところで、国家という概念は無くなっているだろう
ただ企業という支配者が君臨しているだけだ
私はただ彼らの銃となり引き金を引かれて飛んでいった弾丸に過ぎない
そしてたまたま私の飛んでいった先がこの国だった
君も軍人ならわかるだろう」
「私は…この国が好きでした
私が生まれ、私を育み、私を平和というベールで守ってくれていたこの国が好きでした
私もせめてこの平和に貢献したくて軍人になったのに…」
「だがその国ももう存在しないのさ、平和?そんな物ははじめから存在しなかった
君が平和と認識していた期間も、企業は確実に力を蓄えていたんだ」

「なら…なら、本当の平和という物はどんな物なんですか
そして、それを実現する為にはどうすれば良いんですか」
ヤンは少し涙目になりなっていた
「そうだなぁ…
平和なんて言葉があるからこういう事は面倒なんだ
君は平和という言葉の意味がわからない、私もそんな言葉は殆ど聞いたことがない
それなら平和なんて言葉はもはや言葉として意味を持たないよ
ただ、言えることは、君の理想は少し現実離れしてるんじゃないかな」
「それでもッ…」
「あぁ、わかったよ
本当の平和ねぇ、人間が他人と関わろうとし続ける限り、そんな物は存在しないんじゃないかな
もし俺が熱狂的な平和維持活動家だったら、俺はまず自分の心の中に平和の雛型を作ろうとするだろう
それはおそらく、孤独に耐える事が出来る強い人間同士が、最低限の関わりを持って賢明に死を待つ事だ
必要以上に人と人が関わろうとするから、争いが発生する
しかし、それは仕方のない事でもある、孤独に耐える事が出来る強い人間は殆ど存在しないのだから」

「強い人間だけが享受出来る平和なんて意味が無いじゃないですか…」
「そうさ、理想だけでは意味が無い、だから、功利的に考えるんだ
平和を享受出来ず、責任に苦しみ、一切の矛盾を秘匿する、優秀で強く自己犠牲心の強い人間を一人作ってやる
そうする事で、残りの愚かな人間どもは平和を享受出来るようになるんだ」
「…何故ですか?」
「何故って、その一人というのが、一人で戦争という物をくわえ込むからだ
人を束ねて孤独の苦しみから解放してやる代わりに、その間に起こるあらゆる争いを一人で行わなければならない
そんな崇高な人間が現れれば、残りの弱い人々は争いをせずに人と触れ合う事が出来る」
「…そんな事は一人じゃとても出来ませんよ
そんな罪深く神のような人が一人生まれるのも、全ての人間が孤独に耐えられるようになるのも、同じくらい可能性の低い事です」
「一人で無理なら、その罪深い人間の人数を最小限に抑えながらその人数を増やしてみる
まずは二人だ、二人の罪深い人間が全ての人間の争いを請け負う
その場合、最も効率の良い方法は何だと思う?」

「協力する事…」
「いや、違う、戦争請負人が二人で仲良しこよしなんて事は許されない
二人は争うべきだ、それぞれのグループに所属する人間がお互いにいがみ合う事が無いように、相手のグループと敵対させるべきだ
しかしこれでは違うグループの人間同士が出会う度に戦争請負人が出動する羽目になる
なら今度は三人だ、罪深い戦争請負人を三人用意する
これで少し対立の姿勢が薄まる、なんせ、他の一グループといがみ合うともう一つのグループに虚ろを突かれかねない
さぁ、これで膠着状態だ、戦争請負人の仕事はぐっと減る
しかしこれでは不十分だ、何故って?戦争請負人一人分の仕事量はこれでもまだ人間一人の力の限界を越えているからさ
さぁ、どんどん人数を増やしていこう、四人、五人、六人…
そうして辿り着いた先が、今の世界さ
企業という集団が戦争を請け負い、弱い人間達を孤独の苦しみから救ってやる
国家という集団がしっかりと戦争を請け負わず、人々を競争させるがままに任せ
自由という偽りの果実を与えて孤独の苦しみを増大させていた結果だ」

「そんな平和なんて…私は要らない…
今の企業が人々に代わり戦争をしていても、人々は満足する事が出来ないでしょう
そもそも人が触れ合おうとする心と、人が争い合おうとする心を、完全に剥離させてしまったのが間違いなんです
企業が戦争を請け負っても、人々は決して孤独から解放される訳ではありません
人は人を傷つけ、傷つけられて、痛めつけ、痛めつけられるうちに、初めて孤独で無いという事を実感するんです
自由が偽りの果実なら、痛みは真実の果実です
それを人々から取り上げてしまったら、いずれどこかで綻びが起きて崩壊するでしょう」
「この企業による支配が終わったら、その時は全ての人々が等しく戦争を請け負い、全ての人々が等しく孤独を感じる、大変混沌とした世界になるだろうな
最も、そうなったらまた同じ試行錯誤が始まるだけだ
一人の人間を犠牲にし、二人の人間を犠牲にし、そうしていくうちにやがてまだ気付く時が来るだろう
企業という強大で曖昧な戦争請負人が、いかに尊い存在だったかを」
「…」

「まあそんな顔するなよ、ヤン
他の人間の幸せにまで首を突っ込むから、こんな無限地獄に落ちる
功利主義なんて物は我々には必要無い
混沌とした状態で人々が受ける苦痛の総和以上の苦しみを、たった一人の戦争請負人が感じているとも限らないだろう?
そんな事は誰にもわからない、大切なのはもっと利己的に考える事だ
君が平和が好きと言うなら、君のイメージする平和の為に、このAMS適性を使うといい」
「私のイメージする平和は…」
シェリングが遮った
「いや、良いのさ、そんな事は俺に伝えるべき事ではないよ
君が君の心の中に、大切に取っておくべき事だ
その気持ちはいつか君を支えてくれる、その日が来るまで、大切にしまっておいてくれ
私みたいに、大切にしまっていた物の蓋を開けたら、空っぽだったなんて事が無いようにね」
「シェリング…さんは、一体何をしまっておいたんですか?」
「さぁね、俺も忘れちまった
ただ覚えているのは、その中身はとても美しく輝いていたという事だけさ」
「…見つかると良いですね、探しもの」

「そうだな、見つかると良い…か
そうだ、君を呼んだ当初の目的を忘れていたよ
もし君がこの企業を、アルドラ社を憎むなら、好きなだけ憎めばいい
だが、これだけは覚えておいてほしい
その、なにくそ!なにくそ!という思いが君を強くする
そして強くなった時、君から見てアルドラ社が君にとって不足な物だったら、君がアルドラ社を守ってやってほしい
もっとも、私は君がアルドラ社を壊すべき壁と見做す程、小さな人間だとは思わないがね…」
「…はっきり言って、今の私は企業が憎いです、いつか私は、アルドラ社を裏切るかもしれません
それでも、あなたは私を止めないのですか?」
「あぁ、止めないよ
君に裏切られるようでは、アルドラ社もそれまでだったと言うことだ」
「でも、そうなったらあなたが黙ってはいないでしょう?
企業があなたを私に差し向ければ、あなたはその通りに動かざるを得ない筈」
「ハハハ、私の事を気にかけてくれるのか
だが大丈夫さ、アルドラ社の今後は君一人に託されているのだからね
じゃあそろそろ私は行こう、君と話せて光栄だったよ」

それが、ヤンとシェリングと交わした最初で最後の会話となった
それからヤンは、リンクスとして経験を積むべく様々な任務を課せられ、そのいずれでも圧倒的な戦果を上げてきた
そしてリンクスとして実戦レベルに達したと企業に判断された時、シェリングは既にこの世には居なかった
シェリングもまた、戦争の犠牲者となったのである

ヤンはシェリングの言葉を思い出していた
今、シェリングの言っていた自分のリンクスとしての可能性が、現実の物となりつつある
そして、アルドラ社にはもうリンクスは自分一人しかいない
彼の反逆心を阻む物は何もなかった

しかし、彼はアルドラ社を振り返り、こう思った
自分の利己的な平和の実現の為に、アルドラ社を利用出来ないかと

ヤンの考える計画はこういう物だった
アルドラ社という戦争請負人に、戦争をさせずにただ繁栄し生き長らえてもらう
その生殺しの期間こそ、ヤンにとっての復讐であり、この国のあった場所に訪れる束の間の平和なのだと

そして、リンクス戦争が終わった
ヤンも、そしてアルドラ社も、大した被害は受けていなかった
ヤンはのらりくらりと立ち回り、極力ネクスト戦を避け、口癖のようにこう言っていた
「もし私が死んだら、誰がアルドラ社を守るんですか?」と

実際、リンクス戦争中アルドラ社が表立って標的になる事が無かったのが、幸運だったのかもしれない
アルドラ社の支配地域は、ヤンの願いもあり、束の間の安息を得ていた
そう、ほんの束の間の安息である

ヤンは再びあの森林公園の丘に来ていた
もうここもコジマ粒子濃度が上がり、防護服無しでは立っている事も出来なかった
国家解体戦争後、確実に各地で平和という物は失われ、リンクス戦争によるコジマ汚染は、各地を瞬く間に浸食している
企業はこの地上を見限ろうとしているという噂も最近耳にするようになってきた

本当に私の選択は正しかったのだろうか、そう思う時がある
結果的に見れば、私は結局企業にリンクスにされ企業に飼い慣らされた一人の人間に過ぎないかもしれない

しかし彼はこう思うのだ
彼がもしアルドラ社を潰していても、そこに平和はあったのだろうか
彼は瞬く間に粛正され、ただ破壊された企業と、汚染された地域だけが残る
それは彼の望む平和ではなかった

今でも彼はアルドラ社を憎んでいる
この汚染された丘から見上げる風景は、かつての物とはいえ比較にならない程荒んでいた
決して企業が平和をもたらす戦争請負人で無いという事を、彼は理由ではなく
ただ目前に広がる風景から、直感的に感じていた

国家解体戦争を防げなかった無力な一人の軍人として、彼は考えていた
平和とは何なのか、ただそれだけを、今も必死に考えていた
そしてきっと、これからも同じ事を考え続けるのだろう

ハッと思い、彼は自分の胸に手を当てる
大切な物は、一体何だったのだろうか
平和、平和、どんな平和だったのだろうか、あの時感じた、自分なりの平和とは、何だったのだろう
ヤンはしばらく悩んでいたが、どうしても思い出せなかった
ただ思い出せたのは、この丘で見たシェリングの機体が纏っていた、コジマ粒子の薄い緑色の輝きだけだった




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