ノブリス・オブリージュを継ぐ者、ジェラルド・ジェンドリン
彼には矜持があった、今の自分に対する誇りと、それを裏付けする高い能力
決して揺らぐ事なく企業に尽くす彼を、認めない者は居なかった
そう、ある一人のリンクスを除いては

ダリオ・エンピオ
彼もまた、ローゼンタールのリンクスである
彼はローゼンタールの新標準機ランセルを駆り、今もまだ矜持を求めてさまよっている
彼を知る者は皆こう言う、彼は権力を求めていてばかりで、ローゼンタール社の誇り高いリンクスに相応しく無いと

しかし彼はその姿勢を一向に崩そうとはしない
彼は求めているのである、矜持を持つに足るだけの力を
彼は指摘する、ジェラルドにはまだ矜持を持つに足るだけの力が無い
ジェラルドはレオハルトから受け継いだ物を守る事しか出来ていない
ただその能力を持て余し、虚栄心に食い潰されているだけだと

そんなダリオを支持する物はローゼンタール社には殆ど居なかった
ただ一人、そのジェラルド・ジェンドリンを除いては

「ダリオ、今日のお前は随分と情けない顔をしているな」
ジェラルドは顔色を変えずに冗談を言った
「ケッ、お前のいつもの顔に比べればマシだ、ジェラルド」
ダリオは露骨に嫌そうな顔をする
「今日はちょっと下らない依頼をこなしてきただけだ、それだけだ
お前の方こそ何もせずに随分と暇そうじゃないか」
「私が投入される作戦は限られてるいるからね、それこそローゼンタール社直々の依頼でないと」
「全く良い御身分だぜ…」
ダリオはいつも不愉快そうなのに対して、ジェラルドは全く動じる様子が無かった

「それで、どうなんだい、今日こそ君の矜持という物は見つかったのかい」
「…いや」
「それでは私が教えてあげようか、矜持という物は気がつくと自然と自分の胸のうちに備わっている物なんだ
君のような人間には到底辿り着く事のできない、いや、その資格すら無い世界だ、諦めたまえ」
「あぁあぁ、その話は聞き飽きたぜ
俺はお前のように今の状態に甘んじるような奴に俺の大切な物を語られるのは嫌いなんだ
軽蔑するのは自由だからそっとしておいてくれ」

「何も君を軽蔑する為にこんな話をしているんじゃないよ、ダリオ
ただ私は貴族の義務として君の手助けをしてあげているだけなんだ
君の全てを喰らわんとする程の心意気は素晴らしい、実に素晴らしい
だが君はちょっと安定感に欠けるきらいがある
それでは誰からも認められずに終わってしまうだけだ
丸くなれ、ダリオ」
「お前はそんなんだから不適格なのさ
誰かから与えられた矜持なんて俺は欲しくないね
ただ自分で自分を認めて、矜持という物を備えるに足る力を手に入れて
初めて俺にとって矜持という物は意味を持つんだ」
「だが今の君には矜持が無い
他人どころか自分にすら認められない者に、矜持なんて物は過ぎた代物だよ
ダリオ、君の言うように矜持は適格な者に自然と備わる物だ
矜持を求めて焦る者に矜持は振り向いてはくれないよ」
ジェラルドはどこか愉しげだ
「フンッせいぜいそうやって御託を並べていれば良いさ
いつか俺がお前以上に誇り高い人間になった時に、今度は俺がお前に説教してやるだけの事さ」

「君は矜持を他人と比べるつもりなのか?
私は君を誇り高い人間だと思ってるし、私も私を誇り高い人間だと思ってる
そこに順位を付けようとする事自体、随分と無粋な事だとは思わないか?」
「あぁ、俺はお前なんかの矜持もどきには全く興味が無いよ、ジェラルド
俺は俺の矜持を手に入れる、その後の事は手に入れた後で考えるとするぜ
だがお前が俺を誇り高い人間だと思ってくれていたとは意外だった」
「当たり前の事さ、君は実に誇り高い
他人に目をかける暇も無い程に自らを高めようとする君は実に美しい
この私の事すら認めない君は私にとって実に興味深い
ただ残念なのは、君が矜持という物から少し離れてしまっている事ぐらいだ」
「褒め言葉として受け取っておくよ、ジェラルド・ジェンドリン」
そう言うとダリオは席を立った
「…何も言わないのか」
「君は実に興味深いと言ったものの、君の行動をいちいち拘束する気はないよ」
「そうか」
ダリオはそのまま自分のガレージに向かった

ダリオは一人で考える
正直な所を言えば、ジェラルドの言っていた事に心当たりが無い訳では無かった
矜持とは自然に備わる物、ふと気が付いたときに手に握られている物
しかしダリオはジェラルドのような守る為の矜持を得ようとは思っては居なかった
自分の決定に自信を持って自分の価値観に従う事を躊躇わない強く真っ当な人間
そんな人間になる為に、ダリオにとって矜持という物は不可欠な存在だった

強気な野心家と思われているダリオも、迷いや後悔や寂しさと無縁な訳では無いのだ
ただそれを断ち切らんとする頑なな意識がある、それだけがダリオの気概だった

人によって、心の弱さを打開する為に掲げるテーマは異なる
人によってはそれは正義だったり、優しさだったり、信仰だったり、愛だったりする
それが、ダリオにとっては、矜持だった
ただそれだけの事だった

何故矜持なのか
それはおそらく、ダリオが誇りを何よりも重んじるタイプの人間だったから、それだけだった

一人になった部屋で、ジェラルドは考える
ダリオは未だに矜持という物が何かわかっていない
だがダリオは自分の持つ矜持より大切な何かを持っているような気がするのだ

ジェラルドにとって矜持という物は、自分の価値観に従って行動した時に得られる副産物のような物だった
最早矜持はジェラルドと共にあり、矜持はジェラルドにとって無理に必要な物でも無かった

ただ、ダリオが持っていた気概を、ジェラルドは持っていなかった
誇り高く振る舞う事は出来ても、自分の思いを貫く事は出来なかった
しかし、ジェラルドの精神がぶれるような事は一度もない
自分の思いという物が希薄で、その場に応じた合理的な判断が容易かった、ただそれだけだった

ジェラルドはダリオに会ってダリオの気概を感じるうちに、不思議な感情を抱いていた
ただそれが何なのか、ジェラルドにはまだよくわかっていなかった

そんなある日
ジェラルドの様子がおかしかった
ダリオと目を合わそうともせず、黙ってうつむいていた
「おい、ジェラルド、随分弱気そうじゃないか」
ジェラルドは顔を上げる
その目は若干潤んでいた
「あぁ、そうだね、私は今かつて感じた事の無い不安な気持ちを抱いているよ」
「いつも自信たっぷりなお前にしては随分殊勝な話じゃないか」
「あぁ、そうだ、これはとても良い事なんだ、ダリオ」
「…大丈夫か?お前」
「大丈夫さ、ただ私は今君が欲しいと思っていた所だ」
「欲しい?…」
「そうだ、私は君が欲しい、君の反抗的な眼差しを見る度に胸が痛むよ」
「…何いってるんだこいつ」
「端的に言えば私が君を好きになった、それだけの事さ」
「…」
「私にはわからないよ、今までこんな事は無かったのだから
私には揺るがない精神があった
でも今の私の精神は不安とかつて感じた事の無い程の欲望で混沌としている
最早私にはどうすれば良いかわからないよ、ダリオ」

「とりあえず落ち着け、ジェラルド・ジェンドリン」
ダリオはジェラルドの両肩を掴むと目をしっかり合わせて話し始めた
「お前がどうしてそんな風になったかの経緯はわからない
だがお前はそうやって簡単に人に自分の弱い面を正直に語ってしまうのは良くないぜ
仮に俺を振り向かせようと思ったら、本当の矜持を手に入れてみろ」
「本当の…矜持?…」
「そうだ、自分で自分の思う所を実行し、自分で自分の事を認める、強い人間になれ
自分の弱さを知り、自分の不確かさを感じた上で、自分に誇りを持てる、慈悲深い人間になれ」
「わかったよダリオ
確かに今の曖昧な私には矜持が無い
きっと君を振り向かせるような矜持を持つ人間になって見せよう
ただし、その時には君を奪いに行く事を許して欲しい」
「ケッ、わかったよ
その時はお前を許してやるよ
だが、果たしていつその時が来るか見物だな
お前は本物の大馬鹿者だぜ、全く」

ジェラルドの奇行はその日限りでピタリと無くなり、いつもの高慢なジェラルドに戻っていた
ダリオもあの時のジェラルドは冗談を言っていたのかと思ってしまう程だった
そして、あんな事を言っていたという事すら忘れてしまいそうなある日、ジェラルドに依頼が届いた

アルテリア・カーパルスを襲撃しているネクスト機の排除、そんな内容の依頼だった
アルテリア施設が襲撃されたとあればローゼンタールとてノブレス・オブリージュを出撃せざるを得なかった
依頼を受けたジェラルドは、出撃準備をする前にダリオの所を訪れた

「やぁ、ダリオ、今日は君に大事な話があってね」
「もう出撃するんだろ、こんな所で油を売っていて良いのか」
「大事な話、なんだ、ダリオ
私は自分の心がいかに弱いか知ったよ
だが、それを克服する方法は一つでは無いと言うのが、私なりの結論だ
己一人で迷いを断つ、誇り高い方法も確かにあるだろう
だが私は敢えて弱者の側に立ってみたい、果たしてそんな事が全ての人間に可能な事なんだろうかと」

「…何が言いたい」
「つまり、私は自分の弱さを認め、自分の不確かさを認め、慈悲の心にすがる事で自分の弱さを克服しようと思うんだ
私の弱さは君の存在、この一点に尽きる
だからこそ私は君に認めて欲しい、そして愛して欲しい
人は一人では生きられない、そうだろう?
私達リンクスなんて存在は企業のバックアップと企業の意思無しには存在さえ出来ない
私は弱く、脆い、その脆さを、君に支えて欲しいんだ」
「ケッ、ノブレス・オブリージュを継ぐ者がこんなでは、ローゼンタールもおしまいかもな」
「…」
「俺は言っただろ、俺を振り向かせたいなら、本当の矜持を持てとな
それが出来ないなら、それまでだ、それだけだ」
「…」
ジェラルドは悲しい目をして、ダリオの顔を流し見た
そして、ジェラルドは黙ったまま出撃準備をしに行った

「ジェラルド、お前はこんな所で終わるような男じゃねぇよな
這い上がって来てくれるよな
だが、今のあいつは脆い、脆すぎる…」
ダリオはそう呟くと、自らも出撃準備に取りかかった

ダリオがカーパルスに到着した時には、全てが終わっていた
ノブレス・オブリージュがカーパルスの真ん中に悠然と佇み、敵機の姿は水底に沈んだのか無かった
ダリオは自分の心配が杞憂だった事に気付き、帰投準備をする
しかし、そんなダリオの機体に突如ロックオンアラートが響いた

ダリオは即座にクイックブーストを吹かすと、ダリオの居た所に計六発のレーザーキャノンが通過した
クイックターンで振り返ったダリオは目を疑った
そこには、こちらに向かって両肩のレーザーキャノンを構えているノブレス・オブリージュの姿があった

ジェラルドからの通信回線が開く
「私はどうしても矜持を手に入れなければならない、その為には君に死んでもらうしか無さそうだ」
「何を言っている、ジェラルド、味方同士で戦闘なんてしたら、ローゼンタールが黙っちゃいないぞ」
「良いさ、私にはもう後が無いからね
君さえ居なければ、私は誇り高い人間で居られる
君さえ認めてくれれば、私は全てを失わずに済んだのに、私にはもう何も残っていない
残っているのは、この届かなかった愛が腐っていった果ての無関心だ」

「どうしたんだ、ジェラルド、どうしちゃったんだよ…」
「簡単な話さ、君は私の弱点なのさ
その弱点を無くして私は君に認めてもらう
そう、私の中にいる君に」
「俺はここに居る俺しか居ない、目を覚ませ、ジェラルド」
「目を覚ませ?夢を見ていたのは君の方じゃないのか?
矜持?誇り高く強く真っ当な人間?そんな物になって何になる
君は誇りの為だけにどれだけの悲しみを生んでいるのかわかっていない
本当に人の為になる物が何なのかわかっていない
一握りの強者が独占する矜持という物に、一体どれだけの価値があるというのか
それなら私は弱者の立場に立って考えたい、迷い、悲しみ、立ちふさがる壁を乗り越えられない多くの人間の立場に立って考えたい
私もその弱く脆い人間の一人として、君の驕りを糾弾したい
果たして君は、本当に矜持という物を理解していたのか?
君はただ、矜持という物に憧れている自分に憧れていたんじゃないのか?
君の飽くなき向上心の源は、結局ただの羨望の念だったんじゃないのか?」

「フン、動機はどうだっていいじゃないか、ジェラルド
俺はお前なんかに負けはしない
一度の挫折も乗り越えられず、弱者の皮を被っただけで粋がってる偽物の天使には俺は倒せない
俺は騎士になる、誰よりも誇り高く、誰よりも優しい騎士になる
俺はお前を倒す、そしてノブレス・オブリージュの伝説はお前の狂気と共にこの水底に沈む
さよならだ、ジェラルド・ジェンドリン」
そう言うと、ダリオの機体、トラセンドはレーザーライフルとレーザーキャノンを構え、猛然とノブレス・オブリージュに向かって行った

ノブレス・オブリージュはライフルと背中の三連レーザーキャノンを構えると、ライフルを撃ちながら合間に強力なレーザーキャノンを撃ち込む
それに対して、トラセンドは最低限の動きで移動しながらライフルを被弾しつつ、確実にレーザーキャノンを避ける
その間にトラセンドは命中率の高いレーザーライフルで着実にノブレス・オブリージュの装甲を削り取る

既に一機を相手にしてAPの減少したノブレス・オブリージュである
中距離戦は不利と見たジェラルドは、ライフルと背中のレーザーキャノンを片方パージすると
もう片方のレーザーキャノンとレーザーブレードのみを残し、トラセンドめがけてクイックブーストを吹かした
呼応するようにトラセンドも両背中の武器をパージし、レーザーライフルとレーザーブレードのみを残し、ノブレス・オブリージュに接近する

次の一瞬のブレードで勝負が決まる、そう思われた
ノブレス・オブリージュのブレードを後方クイックブーストでギリギリの所で回避したトラセンドは
一泊遅れてブレードを振り、ノブレス・オブリージュのブレードを振り切った左腕部を切り飛ばす
そのままトラセンドはレーザーライフルをパージし、格納されていた散弾型パルスライフルを取り出す
そしてノブレスオブリージュのコアに向けて銃身を突き立てた

「負けたよ、ダリオ」
「…殺しはしない」
そう言うとトラセンドは散弾型パルスライフルをノブレス・オブリージュの右背中のレーザーキャノンに向けて発射し、一瞬のうちにレーザーキャノンを融解させた

既にノブレス・オブリージュは完全に武装解除されている
「今日の事は黙っておいてやる
お前にはまだ生きてもらわないといかん
騎士には守るべき物が必要だろう?
俺がお前を守ってやる、来いよ」
「…本当に守ってくれるのか、ダリオ」
「あぁ、俺は嘘はつかない、ジェラルド・ジェンドリン」
その後二人は、表向きはカーパルスに現れたネクストを二人掛かりで倒したという事にして、帰投した

その次の日
ダリオはローゼンタール社のリンクスルームに入ると、目を疑った
「お帰りなさいませ、ダーリン」
そう言われると突如として唇を奪われた
慌ててのし掛かってきた何かを振りほどいてみると、何やら体格の良い女が目の前にいた
「…誰だお前」
「もう、寂しい事言わないで、私よ、ジェラルド、ジェンドリン」
「はぁ?!」
そう叫ぶとダリオは気を失った

彼の騎士道は茨の道である





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