「おい、パルメット、うたた寝なんて珍しいじゃないか、おい、起きろよ」
目を開けるとセロが居た
オーメル社のリンクスルームの窓から何かを指差している
「見てみろよあいつ」
「なんだ…?」
「あいつだよ、なんでも新しくここに所属するリンクスらしいじゃないか
ここは一つ、派手に歓迎してやろうぜ」
セロが指差す先にはオーメル社のエントランスを通っていく女性の姿があった
「へぇ、随分とお高く止まってる感じじゃないか
だが本当の才能って奴を目の前にしたら、あいつのプライドはどうなるかな?」
セロは口では嫌味な事しか言わないが、内心リンクス仲間が増える事に興奮しているようだ
その証拠に、セロはいつもより饒舌だった
「まず新人には上下関係という物をしっかり認識してもらわないとな、なぁ、パルメット」
「いや、彼女も私達と同じ企業に飼われているリンクスだ、私達と特に差がある訳じゃない」
「飼われているとは良い表現をするもんだ
だが俺の才能を買ってくれる程の力のある会社は他に無かったんだから
俺が世界一の猟犬である事に変わりは無いさ」
「所詮は猟犬仲間…か」
「何か不満か?パルメット」
「いや、何も無いさ」
「ふん、お前にやる気が無いのなら、俺も神妙にお出迎えと行きますか」
「あぁ、そうしてくれ」
「しかし気になるな…あいつ」
セロらしからぬ発言だった
いつも傲慢で他人の事など全く気にもかけていなかったセロが、珍しく他人に興味を持っているようだった
「どうした、一目惚れでもしたか」
「いや、そんなんじゃないさ…」
セロはどこか遠くを見ているような目をしていた
「あいつもリンクスなら、俺達と同じように、人を殺さないと生きていけない連中なんだよな
あいつには果たして感情という物が残ってるのだろうか
それとも…」
「随分とお前らしくない弱気な発言じゃないか
リンクスだって人間さ、俺達と同じようにな」
「そうかなぁ…俺にはまだわからないよ、パルメット」
セロは相変わらずどこか遠くを見続けていた
「さて、そろそろ来るんじゃないかな
セロ、新しい仲間だ、粗相の無いようにな」
「わかってるさ、あいつには俺との格の違いを知って貰わないと」
気がつくといつもの傲慢の鎧を着たセロに戻っていた
「ミド・アウリエルです、よろしく」
期待の新人は挨拶を手短に済ませるとすぐに自分の用意された席へ座った
最初の挨拶以外パルメットとセロには全く目もくれなかった
あっけにとられたセロが小声で囁いてくる
「おい、どうなんだ、あのミドって奴は
随分と無愛想じゃないか、まるで俺達など眼中にないような感じだ」
「あぁ…それが当たり前な人なんだよ、彼女は
俺達はせいぜい邪魔しないようにしていなきゃ…」
と言おうとしたのも束の間、セロは既にミドの所へ行ってしまった
「ミド、か
ここのリンクスは俺達三人だけだ、もっと仲良くやっていこうぜ
俺はセロって言うんだ、話くらい聞いてるだろう」
「…」
「どうした、何故黙っている」
「あなたのような傲慢な方と会話する気はありません」
それがセロとミドが交わした最初の会話だった
見かねてパルメットも助けに入る
「まあそう言わずに仲良くしていこうじゃないか、人見知りはよくない
俺はパルメット、よろしく」
「私は馴れ合いはあまり好みませんので…」
それがパルメットとミドの交わした最初の会話だった
憤慨するセロを引っ張って部屋を出る
「いやぁ、仕方ないよ、セロ
彼女が言うようにこの仕事に馴れ合いは必要無いんだ
彼女なりのやり方を尊重しようじゃないか」
「俺は確かに傲慢だが、初対面の相手に嫌われるような事をした覚えは全く無い
事前情報だけで相手を判断する程自惚れてる奴に傲慢と言われる筋合いも無い」
「まあまあ、仕方ないよ、彼女が傲慢だとしても、他にどうしようも無いじゃないか」
するとセロは突如目を大きく開いてこう言った
「やりようはあるんじゃないか?」
「おい、セロ、おい!」
パルメットの制止を聞かずにセロは再び部屋に入っていった
パルメットも慌てて後を追う
「ミド、お前馴れ合いは必要無いと言ったな」
「はい、そうですが…」
「じゃあ馴れ合いじゃなくて良い、俺と約束をしてくれないか」
「約束?…」
「俺がお前に傲慢な事を言う度にお前は一回俺の言う事をシカトして良い
その代わり俺が傲慢な事を言わなかったらお前は俺に返事をしろ」
「…」
「何故黙っている」
「その約束自体が傲慢です、でもシカトして良いのは一回まででしたね」
「そうだ、それで良い」
「…」
「いや、それで良いです」
「はい」
「じゃ、じゃあ俺も改めて、パルメットだ、よろしく」
「…」
「…あれ?」
「あなたとは約束をしていないので…」
「な、なら俺が傲慢な…」
「あなたは傲慢な事を言う確率が低いのでその約束はお断りします」
「…」
その日からパルメットの日陰人生が始まった
「ミド、ちょっとこれから飯でも喰わないか」
「いいですよ」
「じゃ、じゃあ俺も付いていって良いかな?」
「…」
「ミド、お前のAMS適性も俺に比べればまだまだだな」
「…」
「でもお前の近接時の動きにはキレがあるな」
「セロさんにはまだ及びませんよ」
「あのさ、空中戦では横移動を控えて急上昇すると…」
「…」
「俺が何かしたって言うのかよぉおおおお!」
セロとミドはいつの間にか独特の距離感を保ちつつ良い馴染み方をしていたが
パルメットはいつもミドとセロの会話に入る事は出来なかった
いつしかパルメットは空気キャラななりつつあった
一応彼もオリジナルではあるのだが…
そんなある日
「パルメットさん?」
珍しくミドからパルメットにお声がかかった
「は、はい、なんでしょうか、ミドさん」
「もし私が帰らなかったら、これをセロに渡してもらえませんか?」
「帰らなかったら?…セロに?…」
「あなたも一緒に中身を見ても構いませんよ、パルメットさん
あなたは大切な友達でしたから」
「はぁ…そうですか」
そう言うとミドはパルメットに何かの入った茶封筒を渡すと、軽く会釈をして去っていった
「何だったんだぁ?…」
珍しく人間扱いされた事に戸惑っていたパルメットだが、冷静にミドの言った事を思い返していた
帰らなかったらという台詞が何か悪い意味で意味深長な気がしたが
その時のパルメットには特に思い当たる節は無かった
その日はその後も相変わらずセロとミドが仲睦まじく会話を交わしていた
パルメットはさっきの会話がまるで幻だったような気になってくるが、今持っている茶封筒の感覚は本物だった
そうしてその日が終わり、次の日、ミドは現れなかった
パルメットがセロを見つけた時には、既にセロは一騒動起こしていた
ミドの行方について上層部の人間を捕まえて問い詰めていたのである
オーメル社の切り札であるセロに意見出来る人間はあまり居ない
パルメットがセロを発見した時には既にセロは必要な情報を得た後だった
「セロ、何をしている」
「あぁ、もう既に話は聞けたよ」
「何があった?」
「ミドはローゼンタールと合同のネクスト部隊に配属された、ただそれだけの事だ」
表向きは各企業が協力して各コロニーを支配しているこの世界に、ネクスト部隊などという物騒な物は非常に珍しかった
ネクストは国家解体戦争以来絶対的な力の象徴であって、リンクス同士が部隊を組む必要がある程の戦闘というのは今まで無かったのだ
「そうか…」
パルメットは迷った、ミドから預かった事を今伝えるか否か
しかし、今セロにその事を伝えてしまったら、もうミドは永遠に帰ってこないような気がした
「ネクストがそれだけ揃っていれば大事は起こりようがないさ、安心してミドの帰りを待とう」
「そうだな…」
セロはまたいつかのように遠い目をしていた
情勢が変化したのはその直後だった
リンクス戦争の幕開けである
レイレナード陣営はネクストを用いての大規模な強襲作戦を実行し、オーメル社に大打撃を与えた
それに対抗するように、自社の戦力を失ったオーメル社はアナトリアの傭兵やジョシュアを雇って反撃に出る
各地で無秩序に繰り返されるコジマ汚染は、さながら終末を示唆しているようだった
パルメットやセロもオーメル社の戦力として戦争に参加し、疲弊しきっていた
オーメル社の雇った二人の傭兵の力によって情勢はオーメル社の勝利に傾いていったその頃、悲報は届いた
いつか見た光景である
セロが上層部の人間を捕まえて騒ぎを起こしていた
例によってパルメットが駆け付けた時には既に必要な情報を得た後だったようだ
違ったのは、セロの目が暗く濁っていた事だけだった
「セロ、何があった」
「ミドが、ミドの部隊が、全滅した」
「…」
「仇の部隊は全てアナトリアの傭兵が撃破した、だからもう、俺達の出る幕はない」
「そうか…
なぁセロ、実は…」
パルメットはセロに事情を説明した
ミドから茶封筒を預かった事、それを渡してしまったら、ミドがもう帰ってこないような気がしていた事、そして、未だに中身を見ていないという事
「セロ、これはお前への荷物だ、だから俺は約束を守ってこれをお前に渡す
だがこれをどうするかはお前の自由だ、もし辛いのなら…」
「いや、見せろ、見せてくれ」
セロは何かにすがりつきたくてたまらないような寂しい表情をしていた
昔も、そして今も、二人きりのリンクスルーム
だが今のリンクスルームには何かが欠けていた
セロが茶封筒を開ける
中を探りセロは納得の行かない顔をする
茶封筒を逆さまにするが、中からは何も落ちてこない
「これはどういう事だ、パルメット」
「…」
「どういう事なんだよ、パルメット」
「きっと、こういう事なんだよ
俺達に伝えるような事は、何も無いと」
「そんな馬鹿な…ミド…」
セロは支えを失ったようにその場に崩れ落ちた
そして、泣きじゃくり始めた
「おい、パルメット、お前は知らないかもしれないが、ミドは本当は不安だったんだ
リンクスとして育てられた自分を、人間としてまともに受け入れてくれる場所があるかずっと不安だったんだ
ミドはただ裏切られるのが怖いから、最初あんな風に俺達を拒絶したんだ
あいつはただの人間だったんだよ、ただAMS適性があった、それだけのちっぽけな人間だったんだよ」
「…」
「一度だけ、本当に一度だけ、ミドは俺に言ってくれたんだ
ここに来て良かったと
恥ずかしそうに、さも本心では無いかのように笑いながら、そう言って見せてくれた
俺はたまらなく嬉しかったよ、俺みたいな人間がこんなに感謝されるなんて
だってそうだろう、俺は誰よりも自分勝手な人間だ
いつだって俺は自分の価値観だけに従って動いてきた
自分が幸福になる為なら平気で人を不幸にしてきた
だけど、だけど、今の俺はほんのちょっとあいつの為になれたら、それだけで凄く幸せな気がする
こんなにも辛いのに、こんなにも苦しいのに
でももうそれもかなわない、それでも、今もあいつがどこかに居るような気がする」
「随分と薄情な話じゃないか、パルメット
俺はもうこうしてミドを欲しがる事しか出来ない犬に成り下がったというのに
ミドは俺達に何も用は無いとさ」
「…」
「笑ってくれよ、パルメット、俺は今実に滑稽だろう、笑ってくれよ」
パルメットは左手でうずくまるセロの首を掴んで顔を持ち上げると、突如として思い切り右手でセロの顔を殴った
「お前はまだ何にもわかっちゃいない
お前がミドを好きだったとしても、お前にミドの気持ちを貶める権利は無い
俺にもミドがどんな気持ちでこの茶封筒を残したのかわからない
でもこれは死にゆく者が残した最後の置き手紙なんだ
それを薄情だなんて言う権利はお前にはない
本当にミドがお前を欲しがる事しか出来ない犬にしたいと思っていたと思っているのか?
ミドが本当にお前に惨めな気持ちを味あわせたいと思っていたと思っているのか?
せめて今お前に出来る事は、お前の思うミドを疑ったり裏切ったりしない事だ
ただそれだけだ」
セロは何も言わなかった
ただ何も言わずに、涙を流していた
その次の日、リンクス戦争はレイレナード社の壊滅を以て集結した
一人リンクスルームに佇んで居るパルメット、気がつくとミドからの茶封筒がパルメットの所に無造作に置いてある事に気づいた
ボーっとした頭で中を探ると、中からノートのような紙切れが出てきた
慌ててセロを呼ぼうとセロを探すが、どこにも居る様子が無い
あの時は空っぽだったのに、どこにこんな紙切れが紛れていたのかと疑問になって、ふと紙切れの端を見るとこう書いてあった
「セロより」
パルメットは慌てて紙切れの中身を読み始めた
やぁ、パルメット、一仕事頼まれちまってな、俺はこれからアナトリアの傭兵の排除に向かう
今回の戦争で大活躍した二人の傭兵が居るだろう?奴らを生かしておくのは企業にとって危険なんだとさ
大丈夫、二人を同士討ちさせて、残った方を俺が片付ける、簡単な仕事だ
だがな、俺もわかってるんだよ、そろそろ俺も潮時かなって
なんせ相手はミドを殺した部隊をたった一人で全滅させた男だ
ミドの仇を取ってくれた男にこんな返答の仕方も無粋だろう?
俺には昔のような、無限に湧き上がるような自信は無くなってしまったんだ
そんな俺が行った所で、勝てる筈がない
何故俺が昔あんなに強かったのか、今では分かる気がする
俺はただ単に知らなかったんだ、痛みとか、優しさとか、悲しさとかを
ただ漠然とそういう物がある事は知っていた、だが、実際に感じる事は今まで無かった
そういう物が欲しいという自分の価値観すら、漠然とした寂しさとしか感じる事が出来ず、自分の弱い気持ちだと思って押し込めていた
しかし、俺は満足しているよ、恋をして、恋が終わった
他人から見たらとても恋とは呼べないくらい、滑稽でぎこちない物だったかもしれない
悲しかったし、辛かった、でも俺はそれに満足した
この茶封筒の意味も分かった気がするよ
ミドはただ、適切な言葉が見つからなかっただけなんだ
ただそれだけなんだ
自分が死地に向かうと分かった時、俺達に何かを伝えようとしてくれた
ただそれだけで俺には充分なんだ
その先の言葉は、今日のうちに聞けると思う
お前にも伝えられない事だけが残念だな
さて、そろそろ出撃時間だ
死ぬ前に人間らしい体験が出来て、俺は良かったと思ってる
もっとも、こんな体験をしなければ、俺はこんな所で死ぬ事は無かったんだろうけどな
パルメット、お前には本当に感謝している
セロより
「セロ、人間が皆初恋に殉じてしまったら、人類は滅亡してしまうよ」
そういうと、パルメットは一人でクスクスと笑い始めた
一人ぼっちのリンクスルーム、オーメル社にはもうパルメットしかリンクスが居ない
これからオーメル社は慌ててリンクスを探し出すだろう
そしていつかこの部屋も、パルメットの後輩達で賑やかになる事だろう
後輩達にセロの事を聞かれたら、きっとこう答えてやろう
あいつは誰よりもはにかみ屋だったんだって
そしてミドの事を聞かれたら、こう答えてやろう
あいつは誰よりも正直な奴だったんだって
「あぁ、お前には毎回驚かされっぱなしだったよ、セロ」
そう言ったパルメットを、不意に重たい睡魔が襲ってきた
この部屋には一人しか居ない、しばらくは仕事も無いだろう
ここ最近は色々な事が在りすぎた、少し眠ろう
夢の中で、またセロやミドの事を思い出すだろう
だが、きっともう二度と同じ日は来ないのだ
「パルメットさん、うたた寝なんて珍しいじゃないですか、起きてくださいよ」
目を開けると、ミドが居た
「…ミド?」
「もし私が帰らなかったら、これをセロに渡してもらえませんか?」
「帰らなかったら?…セロに?…」
「あなたも一緒に中身を見ても構いませんよ、パルメットさん
あなたは大切な友達でしたから」
「…」
そう言うとミドはパルメットに何かの入った茶封筒を渡すと、軽く会釈をして去っていった
「…」
パルメットは目を疑ったし、今起きている事を説明出来なかった
だがパルメットは今を逃すと一生後悔するとでも言うような、とてつもない衝動に駆られて、ミドを追った
「ミド!おーい!ミド!」
「なんですか?要件は伝えましたが…」
「行くな!行かないでくれ!セロを一人にしないでくれ!」
「…何の話でしょう」
「ローゼンタールには、俺が行く、今から話を付けてくる」
そう言った瞬間、突然視界が真っ白になって、パルメットの意識は再び飛んでしまった
目が覚めた時パルメットはいつものリンクスルームには居なかった
リンクスに搭乗し、敵が目前に迫っていた
「来るぞ!」
声の主を見ると、隣にはオーギルフレームの両肩にオーメル社製の三連レーザー砲を積んだ白く輝く機体が居た
目前からは灰色のアーリヤフレームの機体が攻め込んでくる
一瞬これはミドの体験した夢かと思ったが、ここに居るのは確実にパルメット本人だった
ならここで死ぬ訳にはいかない
パルメットは通信回線を開くと死に物狂いで叫んだ
「まともにやりあっても勝ち目はありません!増援が来ます!それまで持ちこたえてください!」
「増援?そんな物は聞いていない」
「うるせぇ!来る物は来るんだよ!さぁ逃げろ!誇りなんか捨てて生き延びろ!
俺はまだあいつらの結末を見届ける義務があるんだよ!」
パルメットは肩のECMをばらまきながら急上昇し、逃走の体制を取った
「おい、待て!戦士なら戦え!」
隣のオーギルはどうやら一歩も退く気は無いらしい
「仕方ねぇなぁ!」
パルメットは両手の武器をパージする
するとパルメットの機体はオーギルを後ろから鷲掴みし、そのまま急上昇した
「おい、何をする!」
「あいつらの機体の性能じゃこんな上空までは飛べないだろう?
逃げたくなかったら飛べば良い!」
「おい、貴様!」
「おっと、こんなデカいお飾りを付けたままじゃ飛べないぜ?」
パルメットは余った手でオーギルの両肩のレーザー砲をもぎ取る
「ふざけるな!」
「ふざけてるのはお前の方だ!勝てると思ってるのか!」
そう言うとパルメットは上空から相手方の勢力をオーギルに見せる
「四体だ、四体、死ぬ気かよ!」
「…」
パルメットの異常な見幕に流石のオーギルも押し黙ってしまった
そうこう言っているうちに、地平線の方から一体のACが現れた
戦闘する意志のない二機を放置して、敵の四機は地平線から現れた一機のACに殺到する
「勝てる筈がない…」
オーギルも不安なようだ
「あいつはセロより強かった、あいつならやれる」
パルメットは自信に溢れた声で言った
地平線から現れたのはタンク型のACだった
まず飛びかかってきた灰色のアーリヤフレームをにバズーカを直撃させ、その硬直に合わせてグレネードを叩き込む
上空から迫る青い逆関節にスナイパーキャノンを打ち込み、スナイパーライフルで削り取る
ただ後退しながら、的確に武器選んでを当てているだけなのに、敵の四機は劣勢に立たされていた
そんな時、タンクACがバズーカとスナイパーライフルをパージした
チャンスとばかりに灰色のアーリヤフレームはタンクACに突貫する
だが気がつくとアーリヤフレームは、タンクの格納していた二丁のライフルによっては蜂の巣にされていた
エースを失った三機とタンク型ACのそれからの戦いはまさに一方的だった
誰一人としてそのタンク型ACの分厚い装甲を貫けた相手は居なかった
結局、四機の沈黙したACと、何も言わず佇む山のようなタンク型ACだけがその場に残った
「ほら、だから言っただろう、今日のお前の命は貸しにしておいてやるよ」
「…」
オーギルを地上に下ろすと、振り返らずパルメットはそのまま帰投した
「パルメット!」
オーメル社に戻ってきたパルメットを一番に迎えてくれたのはセロだった
「心配したんだ、本当に今回ばかりは死んだかと思ったぞ」
「いやぁ、久しぶりだなぁ、セロ
俺もお前の元気な姿が見れて嬉しいよ」
セロの背後からミドが現れる
「パルメットさん、申し訳ないです、本当は私があそこに赴く筈だったのに…」
「いやいや、構わないさ、生き残る事にかけては自信があるもんでね
それよりミドも随分久しぶりじゃないか、また会えて本当に良かった」
そう言うとパルメットは涙ぐむ
それを見てセロは笑った
「こいつ、そんなに泣くような事でも無いだろうに」
「色々あったんだよ、色々」
パルメットは笑った
その後リンクス戦争はまたも集結した
ジョシュアとアナトリアの傭兵は危険因子と見なされたが、アナトリアの傭兵のあまりにも圧倒的な力の前に、対抗しようとする企業は居なかった
あの自信家のセロですらアナトリアの傭兵の相手を笑って辞退した
「やあ、こうして三人でこの部屋に居られるなんて、まるで夢のようだね」
パルメットは終始ニヤニヤしていた
「セロさん、あの人気持ち悪いです」
「あぁ、俺もそう思う、ローゼンタールから帰ってきてからあの調子だ、全く困り果てるよ」
「そうだ、パルメット」
「どうした、突然」
「今度俺達、結婚する事にしたんだ」
「はぁ?!俺達って?!まさかミドと?!」
「そうだけど?他に誰が居るんだ?」
「そうか…うん、俺は嬉しいよ、ミドもこんな奴の相手は大変だろうが頑張れよ」
「…」
「やっぱり無視か…」
「セロさんをこんな奴なんて言うのは傲慢です」
「…このやろう!ノロケも大概にしやがれ!」
三人のリンクスルームにはいつも活気が溢れている
もしここに後輩がやってきたらこの事を話してやろう
パルメットという空気リンクスが居たという事を
目を開けるとセロが居た
オーメル社のリンクスルームの窓から何かを指差している
「見てみろよあいつ」
「なんだ…?」
「あいつだよ、なんでも新しくここに所属するリンクスらしいじゃないか
ここは一つ、派手に歓迎してやろうぜ」
セロが指差す先にはオーメル社のエントランスを通っていく女性の姿があった
「へぇ、随分とお高く止まってる感じじゃないか
だが本当の才能って奴を目の前にしたら、あいつのプライドはどうなるかな?」
セロは口では嫌味な事しか言わないが、内心リンクス仲間が増える事に興奮しているようだ
その証拠に、セロはいつもより饒舌だった
「まず新人には上下関係という物をしっかり認識してもらわないとな、なぁ、パルメット」
「いや、彼女も私達と同じ企業に飼われているリンクスだ、私達と特に差がある訳じゃない」
「飼われているとは良い表現をするもんだ
だが俺の才能を買ってくれる程の力のある会社は他に無かったんだから
俺が世界一の猟犬である事に変わりは無いさ」
「所詮は猟犬仲間…か」
「何か不満か?パルメット」
「いや、何も無いさ」
「ふん、お前にやる気が無いのなら、俺も神妙にお出迎えと行きますか」
「あぁ、そうしてくれ」
「しかし気になるな…あいつ」
セロらしからぬ発言だった
いつも傲慢で他人の事など全く気にもかけていなかったセロが、珍しく他人に興味を持っているようだった
「どうした、一目惚れでもしたか」
「いや、そんなんじゃないさ…」
セロはどこか遠くを見ているような目をしていた
「あいつもリンクスなら、俺達と同じように、人を殺さないと生きていけない連中なんだよな
あいつには果たして感情という物が残ってるのだろうか
それとも…」
「随分とお前らしくない弱気な発言じゃないか
リンクスだって人間さ、俺達と同じようにな」
「そうかなぁ…俺にはまだわからないよ、パルメット」
セロは相変わらずどこか遠くを見続けていた
「さて、そろそろ来るんじゃないかな
セロ、新しい仲間だ、粗相の無いようにな」
「わかってるさ、あいつには俺との格の違いを知って貰わないと」
気がつくといつもの傲慢の鎧を着たセロに戻っていた
「ミド・アウリエルです、よろしく」
期待の新人は挨拶を手短に済ませるとすぐに自分の用意された席へ座った
最初の挨拶以外パルメットとセロには全く目もくれなかった
あっけにとられたセロが小声で囁いてくる
「おい、どうなんだ、あのミドって奴は
随分と無愛想じゃないか、まるで俺達など眼中にないような感じだ」
「あぁ…それが当たり前な人なんだよ、彼女は
俺達はせいぜい邪魔しないようにしていなきゃ…」
と言おうとしたのも束の間、セロは既にミドの所へ行ってしまった
「ミド、か
ここのリンクスは俺達三人だけだ、もっと仲良くやっていこうぜ
俺はセロって言うんだ、話くらい聞いてるだろう」
「…」
「どうした、何故黙っている」
「あなたのような傲慢な方と会話する気はありません」
それがセロとミドが交わした最初の会話だった
見かねてパルメットも助けに入る
「まあそう言わずに仲良くしていこうじゃないか、人見知りはよくない
俺はパルメット、よろしく」
「私は馴れ合いはあまり好みませんので…」
それがパルメットとミドの交わした最初の会話だった
憤慨するセロを引っ張って部屋を出る
「いやぁ、仕方ないよ、セロ
彼女が言うようにこの仕事に馴れ合いは必要無いんだ
彼女なりのやり方を尊重しようじゃないか」
「俺は確かに傲慢だが、初対面の相手に嫌われるような事をした覚えは全く無い
事前情報だけで相手を判断する程自惚れてる奴に傲慢と言われる筋合いも無い」
「まあまあ、仕方ないよ、彼女が傲慢だとしても、他にどうしようも無いじゃないか」
するとセロは突如目を大きく開いてこう言った
「やりようはあるんじゃないか?」
「おい、セロ、おい!」
パルメットの制止を聞かずにセロは再び部屋に入っていった
パルメットも慌てて後を追う
「ミド、お前馴れ合いは必要無いと言ったな」
「はい、そうですが…」
「じゃあ馴れ合いじゃなくて良い、俺と約束をしてくれないか」
「約束?…」
「俺がお前に傲慢な事を言う度にお前は一回俺の言う事をシカトして良い
その代わり俺が傲慢な事を言わなかったらお前は俺に返事をしろ」
「…」
「何故黙っている」
「その約束自体が傲慢です、でもシカトして良いのは一回まででしたね」
「そうだ、それで良い」
「…」
「いや、それで良いです」
「はい」
「じゃ、じゃあ俺も改めて、パルメットだ、よろしく」
「…」
「…あれ?」
「あなたとは約束をしていないので…」
「な、なら俺が傲慢な…」
「あなたは傲慢な事を言う確率が低いのでその約束はお断りします」
「…」
その日からパルメットの日陰人生が始まった
「ミド、ちょっとこれから飯でも喰わないか」
「いいですよ」
「じゃ、じゃあ俺も付いていって良いかな?」
「…」
「ミド、お前のAMS適性も俺に比べればまだまだだな」
「…」
「でもお前の近接時の動きにはキレがあるな」
「セロさんにはまだ及びませんよ」
「あのさ、空中戦では横移動を控えて急上昇すると…」
「…」
「俺が何かしたって言うのかよぉおおおお!」
セロとミドはいつの間にか独特の距離感を保ちつつ良い馴染み方をしていたが
パルメットはいつもミドとセロの会話に入る事は出来なかった
いつしかパルメットは空気キャラななりつつあった
一応彼もオリジナルではあるのだが…
そんなある日
「パルメットさん?」
珍しくミドからパルメットにお声がかかった
「は、はい、なんでしょうか、ミドさん」
「もし私が帰らなかったら、これをセロに渡してもらえませんか?」
「帰らなかったら?…セロに?…」
「あなたも一緒に中身を見ても構いませんよ、パルメットさん
あなたは大切な友達でしたから」
「はぁ…そうですか」
そう言うとミドはパルメットに何かの入った茶封筒を渡すと、軽く会釈をして去っていった
「何だったんだぁ?…」
珍しく人間扱いされた事に戸惑っていたパルメットだが、冷静にミドの言った事を思い返していた
帰らなかったらという台詞が何か悪い意味で意味深長な気がしたが
その時のパルメットには特に思い当たる節は無かった
その日はその後も相変わらずセロとミドが仲睦まじく会話を交わしていた
パルメットはさっきの会話がまるで幻だったような気になってくるが、今持っている茶封筒の感覚は本物だった
そうしてその日が終わり、次の日、ミドは現れなかった
パルメットがセロを見つけた時には、既にセロは一騒動起こしていた
ミドの行方について上層部の人間を捕まえて問い詰めていたのである
オーメル社の切り札であるセロに意見出来る人間はあまり居ない
パルメットがセロを発見した時には既にセロは必要な情報を得た後だった
「セロ、何をしている」
「あぁ、もう既に話は聞けたよ」
「何があった?」
「ミドはローゼンタールと合同のネクスト部隊に配属された、ただそれだけの事だ」
表向きは各企業が協力して各コロニーを支配しているこの世界に、ネクスト部隊などという物騒な物は非常に珍しかった
ネクストは国家解体戦争以来絶対的な力の象徴であって、リンクス同士が部隊を組む必要がある程の戦闘というのは今まで無かったのだ
「そうか…」
パルメットは迷った、ミドから預かった事を今伝えるか否か
しかし、今セロにその事を伝えてしまったら、もうミドは永遠に帰ってこないような気がした
「ネクストがそれだけ揃っていれば大事は起こりようがないさ、安心してミドの帰りを待とう」
「そうだな…」
セロはまたいつかのように遠い目をしていた
情勢が変化したのはその直後だった
リンクス戦争の幕開けである
レイレナード陣営はネクストを用いての大規模な強襲作戦を実行し、オーメル社に大打撃を与えた
それに対抗するように、自社の戦力を失ったオーメル社はアナトリアの傭兵やジョシュアを雇って反撃に出る
各地で無秩序に繰り返されるコジマ汚染は、さながら終末を示唆しているようだった
パルメットやセロもオーメル社の戦力として戦争に参加し、疲弊しきっていた
オーメル社の雇った二人の傭兵の力によって情勢はオーメル社の勝利に傾いていったその頃、悲報は届いた
いつか見た光景である
セロが上層部の人間を捕まえて騒ぎを起こしていた
例によってパルメットが駆け付けた時には既に必要な情報を得た後だったようだ
違ったのは、セロの目が暗く濁っていた事だけだった
「セロ、何があった」
「ミドが、ミドの部隊が、全滅した」
「…」
「仇の部隊は全てアナトリアの傭兵が撃破した、だからもう、俺達の出る幕はない」
「そうか…
なぁセロ、実は…」
パルメットはセロに事情を説明した
ミドから茶封筒を預かった事、それを渡してしまったら、ミドがもう帰ってこないような気がしていた事、そして、未だに中身を見ていないという事
「セロ、これはお前への荷物だ、だから俺は約束を守ってこれをお前に渡す
だがこれをどうするかはお前の自由だ、もし辛いのなら…」
「いや、見せろ、見せてくれ」
セロは何かにすがりつきたくてたまらないような寂しい表情をしていた
昔も、そして今も、二人きりのリンクスルーム
だが今のリンクスルームには何かが欠けていた
セロが茶封筒を開ける
中を探りセロは納得の行かない顔をする
茶封筒を逆さまにするが、中からは何も落ちてこない
「これはどういう事だ、パルメット」
「…」
「どういう事なんだよ、パルメット」
「きっと、こういう事なんだよ
俺達に伝えるような事は、何も無いと」
「そんな馬鹿な…ミド…」
セロは支えを失ったようにその場に崩れ落ちた
そして、泣きじゃくり始めた
「おい、パルメット、お前は知らないかもしれないが、ミドは本当は不安だったんだ
リンクスとして育てられた自分を、人間としてまともに受け入れてくれる場所があるかずっと不安だったんだ
ミドはただ裏切られるのが怖いから、最初あんな風に俺達を拒絶したんだ
あいつはただの人間だったんだよ、ただAMS適性があった、それだけのちっぽけな人間だったんだよ」
「…」
「一度だけ、本当に一度だけ、ミドは俺に言ってくれたんだ
ここに来て良かったと
恥ずかしそうに、さも本心では無いかのように笑いながら、そう言って見せてくれた
俺はたまらなく嬉しかったよ、俺みたいな人間がこんなに感謝されるなんて
だってそうだろう、俺は誰よりも自分勝手な人間だ
いつだって俺は自分の価値観だけに従って動いてきた
自分が幸福になる為なら平気で人を不幸にしてきた
だけど、だけど、今の俺はほんのちょっとあいつの為になれたら、それだけで凄く幸せな気がする
こんなにも辛いのに、こんなにも苦しいのに
でももうそれもかなわない、それでも、今もあいつがどこかに居るような気がする」
「随分と薄情な話じゃないか、パルメット
俺はもうこうしてミドを欲しがる事しか出来ない犬に成り下がったというのに
ミドは俺達に何も用は無いとさ」
「…」
「笑ってくれよ、パルメット、俺は今実に滑稽だろう、笑ってくれよ」
パルメットは左手でうずくまるセロの首を掴んで顔を持ち上げると、突如として思い切り右手でセロの顔を殴った
「お前はまだ何にもわかっちゃいない
お前がミドを好きだったとしても、お前にミドの気持ちを貶める権利は無い
俺にもミドがどんな気持ちでこの茶封筒を残したのかわからない
でもこれは死にゆく者が残した最後の置き手紙なんだ
それを薄情だなんて言う権利はお前にはない
本当にミドがお前を欲しがる事しか出来ない犬にしたいと思っていたと思っているのか?
ミドが本当にお前に惨めな気持ちを味あわせたいと思っていたと思っているのか?
せめて今お前に出来る事は、お前の思うミドを疑ったり裏切ったりしない事だ
ただそれだけだ」
セロは何も言わなかった
ただ何も言わずに、涙を流していた
その次の日、リンクス戦争はレイレナード社の壊滅を以て集結した
一人リンクスルームに佇んで居るパルメット、気がつくとミドからの茶封筒がパルメットの所に無造作に置いてある事に気づいた
ボーっとした頭で中を探ると、中からノートのような紙切れが出てきた
慌ててセロを呼ぼうとセロを探すが、どこにも居る様子が無い
あの時は空っぽだったのに、どこにこんな紙切れが紛れていたのかと疑問になって、ふと紙切れの端を見るとこう書いてあった
「セロより」
パルメットは慌てて紙切れの中身を読み始めた
やぁ、パルメット、一仕事頼まれちまってな、俺はこれからアナトリアの傭兵の排除に向かう
今回の戦争で大活躍した二人の傭兵が居るだろう?奴らを生かしておくのは企業にとって危険なんだとさ
大丈夫、二人を同士討ちさせて、残った方を俺が片付ける、簡単な仕事だ
だがな、俺もわかってるんだよ、そろそろ俺も潮時かなって
なんせ相手はミドを殺した部隊をたった一人で全滅させた男だ
ミドの仇を取ってくれた男にこんな返答の仕方も無粋だろう?
俺には昔のような、無限に湧き上がるような自信は無くなってしまったんだ
そんな俺が行った所で、勝てる筈がない
何故俺が昔あんなに強かったのか、今では分かる気がする
俺はただ単に知らなかったんだ、痛みとか、優しさとか、悲しさとかを
ただ漠然とそういう物がある事は知っていた、だが、実際に感じる事は今まで無かった
そういう物が欲しいという自分の価値観すら、漠然とした寂しさとしか感じる事が出来ず、自分の弱い気持ちだと思って押し込めていた
しかし、俺は満足しているよ、恋をして、恋が終わった
他人から見たらとても恋とは呼べないくらい、滑稽でぎこちない物だったかもしれない
悲しかったし、辛かった、でも俺はそれに満足した
この茶封筒の意味も分かった気がするよ
ミドはただ、適切な言葉が見つからなかっただけなんだ
ただそれだけなんだ
自分が死地に向かうと分かった時、俺達に何かを伝えようとしてくれた
ただそれだけで俺には充分なんだ
その先の言葉は、今日のうちに聞けると思う
お前にも伝えられない事だけが残念だな
さて、そろそろ出撃時間だ
死ぬ前に人間らしい体験が出来て、俺は良かったと思ってる
もっとも、こんな体験をしなければ、俺はこんな所で死ぬ事は無かったんだろうけどな
パルメット、お前には本当に感謝している
セロより
「セロ、人間が皆初恋に殉じてしまったら、人類は滅亡してしまうよ」
そういうと、パルメットは一人でクスクスと笑い始めた
一人ぼっちのリンクスルーム、オーメル社にはもうパルメットしかリンクスが居ない
これからオーメル社は慌ててリンクスを探し出すだろう
そしていつかこの部屋も、パルメットの後輩達で賑やかになる事だろう
後輩達にセロの事を聞かれたら、きっとこう答えてやろう
あいつは誰よりもはにかみ屋だったんだって
そしてミドの事を聞かれたら、こう答えてやろう
あいつは誰よりも正直な奴だったんだって
「あぁ、お前には毎回驚かされっぱなしだったよ、セロ」
そう言ったパルメットを、不意に重たい睡魔が襲ってきた
この部屋には一人しか居ない、しばらくは仕事も無いだろう
ここ最近は色々な事が在りすぎた、少し眠ろう
夢の中で、またセロやミドの事を思い出すだろう
だが、きっともう二度と同じ日は来ないのだ
「パルメットさん、うたた寝なんて珍しいじゃないですか、起きてくださいよ」
目を開けると、ミドが居た
「…ミド?」
「もし私が帰らなかったら、これをセロに渡してもらえませんか?」
「帰らなかったら?…セロに?…」
「あなたも一緒に中身を見ても構いませんよ、パルメットさん
あなたは大切な友達でしたから」
「…」
そう言うとミドはパルメットに何かの入った茶封筒を渡すと、軽く会釈をして去っていった
「…」
パルメットは目を疑ったし、今起きている事を説明出来なかった
だがパルメットは今を逃すと一生後悔するとでも言うような、とてつもない衝動に駆られて、ミドを追った
「ミド!おーい!ミド!」
「なんですか?要件は伝えましたが…」
「行くな!行かないでくれ!セロを一人にしないでくれ!」
「…何の話でしょう」
「ローゼンタールには、俺が行く、今から話を付けてくる」
そう言った瞬間、突然視界が真っ白になって、パルメットの意識は再び飛んでしまった
目が覚めた時パルメットはいつものリンクスルームには居なかった
リンクスに搭乗し、敵が目前に迫っていた
「来るぞ!」
声の主を見ると、隣にはオーギルフレームの両肩にオーメル社製の三連レーザー砲を積んだ白く輝く機体が居た
目前からは灰色のアーリヤフレームの機体が攻め込んでくる
一瞬これはミドの体験した夢かと思ったが、ここに居るのは確実にパルメット本人だった
ならここで死ぬ訳にはいかない
パルメットは通信回線を開くと死に物狂いで叫んだ
「まともにやりあっても勝ち目はありません!増援が来ます!それまで持ちこたえてください!」
「増援?そんな物は聞いていない」
「うるせぇ!来る物は来るんだよ!さぁ逃げろ!誇りなんか捨てて生き延びろ!
俺はまだあいつらの結末を見届ける義務があるんだよ!」
パルメットは肩のECMをばらまきながら急上昇し、逃走の体制を取った
「おい、待て!戦士なら戦え!」
隣のオーギルはどうやら一歩も退く気は無いらしい
「仕方ねぇなぁ!」
パルメットは両手の武器をパージする
するとパルメットの機体はオーギルを後ろから鷲掴みし、そのまま急上昇した
「おい、何をする!」
「あいつらの機体の性能じゃこんな上空までは飛べないだろう?
逃げたくなかったら飛べば良い!」
「おい、貴様!」
「おっと、こんなデカいお飾りを付けたままじゃ飛べないぜ?」
パルメットは余った手でオーギルの両肩のレーザー砲をもぎ取る
「ふざけるな!」
「ふざけてるのはお前の方だ!勝てると思ってるのか!」
そう言うとパルメットは上空から相手方の勢力をオーギルに見せる
「四体だ、四体、死ぬ気かよ!」
「…」
パルメットの異常な見幕に流石のオーギルも押し黙ってしまった
そうこう言っているうちに、地平線の方から一体のACが現れた
戦闘する意志のない二機を放置して、敵の四機は地平線から現れた一機のACに殺到する
「勝てる筈がない…」
オーギルも不安なようだ
「あいつはセロより強かった、あいつならやれる」
パルメットは自信に溢れた声で言った
地平線から現れたのはタンク型のACだった
まず飛びかかってきた灰色のアーリヤフレームをにバズーカを直撃させ、その硬直に合わせてグレネードを叩き込む
上空から迫る青い逆関節にスナイパーキャノンを打ち込み、スナイパーライフルで削り取る
ただ後退しながら、的確に武器選んでを当てているだけなのに、敵の四機は劣勢に立たされていた
そんな時、タンクACがバズーカとスナイパーライフルをパージした
チャンスとばかりに灰色のアーリヤフレームはタンクACに突貫する
だが気がつくとアーリヤフレームは、タンクの格納していた二丁のライフルによっては蜂の巣にされていた
エースを失った三機とタンク型ACのそれからの戦いはまさに一方的だった
誰一人としてそのタンク型ACの分厚い装甲を貫けた相手は居なかった
結局、四機の沈黙したACと、何も言わず佇む山のようなタンク型ACだけがその場に残った
「ほら、だから言っただろう、今日のお前の命は貸しにしておいてやるよ」
「…」
オーギルを地上に下ろすと、振り返らずパルメットはそのまま帰投した
「パルメット!」
オーメル社に戻ってきたパルメットを一番に迎えてくれたのはセロだった
「心配したんだ、本当に今回ばかりは死んだかと思ったぞ」
「いやぁ、久しぶりだなぁ、セロ
俺もお前の元気な姿が見れて嬉しいよ」
セロの背後からミドが現れる
「パルメットさん、申し訳ないです、本当は私があそこに赴く筈だったのに…」
「いやいや、構わないさ、生き残る事にかけては自信があるもんでね
それよりミドも随分久しぶりじゃないか、また会えて本当に良かった」
そう言うとパルメットは涙ぐむ
それを見てセロは笑った
「こいつ、そんなに泣くような事でも無いだろうに」
「色々あったんだよ、色々」
パルメットは笑った
その後リンクス戦争はまたも集結した
ジョシュアとアナトリアの傭兵は危険因子と見なされたが、アナトリアの傭兵のあまりにも圧倒的な力の前に、対抗しようとする企業は居なかった
あの自信家のセロですらアナトリアの傭兵の相手を笑って辞退した
「やあ、こうして三人でこの部屋に居られるなんて、まるで夢のようだね」
パルメットは終始ニヤニヤしていた
「セロさん、あの人気持ち悪いです」
「あぁ、俺もそう思う、ローゼンタールから帰ってきてからあの調子だ、全く困り果てるよ」
「そうだ、パルメット」
「どうした、突然」
「今度俺達、結婚する事にしたんだ」
「はぁ?!俺達って?!まさかミドと?!」
「そうだけど?他に誰が居るんだ?」
「そうか…うん、俺は嬉しいよ、ミドもこんな奴の相手は大変だろうが頑張れよ」
「…」
「やっぱり無視か…」
「セロさんをこんな奴なんて言うのは傲慢です」
「…このやろう!ノロケも大概にしやがれ!」
三人のリンクスルームにはいつも活気が溢れている
もしここに後輩がやってきたらこの事を話してやろう
パルメットという空気リンクスが居たという事を