宇宙旅団人類
『ブライゲード・プロジェクト』は最終段階に入ったが、いまだ新発見は続いていた。
入り組んだ密林の奥地に刻まれた大渓谷、煙が吐き出される谷底の川の向こうにまだ生きていた古代の機械都市。
ある町の地盤沈下によって見つかったのは、二階建てビル一個にそうとうする石がびっしりと積み上げられたダンジョンだ。
また、ある輸送機のパイロットは、厚い積乱雲の中に浮ぶ島を見たという。
人類の知らぬ力、しかし未知なれど存在する物理法則によって建造された過去の文明は、大体がブラックボックスとなっており解析は出来ない。
だが、発見しただけで魅力的ではないか。冒険の臭いがぷんぷんするではないか。
そして今日も、探検家達は探っていく。陸を空を……だが海だけはほとんど誰も入り込むことは無かった。
大きな海……地下世界で育ってきた者たちにとってはそれは信仰の対象である。後に生まれた地上世代にとってもそれは同じだ。
人間がおかすべき場所ではないのだ、海は。
だから、海底の探索は、統一政府が企業を動かして、それも海底油田の探索をするだけだった。
しかし、今日彼が呼ばれたのは、油田を見つけることではなかった。
油田を見つけるために浮かべていた軽巡と潜航していた探査潜水艇が何かに破壊されたのだ。
最早、武装勢力なんて流行らないこのご時世。
赤道付近では三企業(ミラージュ・クレスト・キサラギ)の軌道エレベータ:ハンマーヘッドが建設中だ。
ハンマーヘッドは宇宙へ簡単に行けて、それも大勢で乗ることが出来る軌道エレベータとしての用途以外に、
海水を真水に精製してから宇宙まで吸い上げ放出し、出来た氷の塊をシャトルで牽引して枯れた砂漠へ打ち込み水を蓄えさせて緑化させる。
これが計画の最終目標だ。『ブライゲード・プロジェクト』の最終段階の要なのだ。
DOVEが自らの命を捨ててまで期待した人類は地上に出て一度分裂しかけたが、子供を無くしたIBISが彼らを繋ぎとめてくれた。
それから人類は一体となって一つの目標へ邁進している。すなわちそれは『人類、宇宙人化』。
地球にこれ以上負担をかけてはいけない。人類がいるだけでこの惑星は汚染されていくのだから。
だから、最早、企業を妨害するヤカラは居ないはずだ。居たとしたらとんでもないバカ野郎ということになる。
レイヴンという職業もいまだ健在だ。だが、戦闘の無い現在は衰退して、アリーナの専属として働く者が殆どだ。
その例外としては冒険家として名を馳せているレイヴンが居る。
しかし、例外にも例外が居て、今だ頼まれた戦闘を続けているレイヴンも居る。
その一人が彼――ウミレイヴンであるオルトラだ。
もっとも、彼の相手は人ではなくて巨大な海生生物。他の戦闘専門の者も、人外兵器の駆逐を行っているだけだ。
人vs人の時代はとうに過ぎ去ったのだった……。
『オルトラ、分かっているだろうが、敵の正体は不明だ。分が悪い相手だったら逃げてきても構わん。
何せ、前金はたんまりと貰っているだかんな!』
ゼーナの声が、コクピット――操縦室の限られた空間で響く。
オルトラは何時も通りパイロットシートを倒し、前後裏返るように体の遠心力で動かした。
思惑通りシートは裏返り彼はうつ伏せの姿勢でシートに吊り下げられる形となった。
「こちらオルトラ、射出準備は万端だ。何時でも射出されても構わん」
自慢の顎髭を撫で、ゼーナに返答した。
そして暫しの沈黙……突如のG!
ゼーナの事務的な射出完了の声は圧力によって機内後方へ押しやられた。
『特殊潜行ACキングダイバー』は潜水艦より海底へと射出されたのだ。
―――――<海底調査>――――――
レイヴン、協力して欲しい
これは我々ミラージュだけではなく三企業間での合同の依頼だ
最近、探査海域の調査船団が壊滅した
三企業以下の可能性も否定は出来ない しかし可能性は薄いだろうがな
壊滅した船団の艦の残骸の回収はできなかった
多分大型の海生生物が喰らってしまったのだと思う
そして海上からの調査では何も分からなかった
だから君には海域の海底調査を依頼したい
報酬は出来次第で支払おう 破格の額だ 期待してくれて良い
では、宜しく・・・―――
―――――――――――――――――――――――
オルトラは、作戦深度に迫ると機体を水平に戻し、静止させた。
そして、センサーをアクティブに変更。
ごんごんと音を立てて回っていた発動機関を停止し、増設されたバッテリーへ電力供給源を移動する。
キングダイバーのメインシステムを、索敵モードで再起動した。
これで、ピンを打って、領域一帯の地形データを把握する事が出来る。
企業側から地形図は貰っているが、一応自分でも確認する。用心は大切だ。
「なんだ……これは……!?」
取得したデータを見たオルトラは驚愕した。
企業から提供されたデータでは海底はデコボコであったに対し、確認したデータではなんと、擂り鉢状になっていたのだ。
オルトラは慎重にスクリューを始動させ、機体を潜行させる。
擂り鉢のへり付近にまで潜行したキングダイバーは再確認のためにピンを打った。
その時突然、強い海水の流動が機体を襲う。
「ぐあ、うぐぐぅうう!!」
オルトラは冷静に機体を持ち直し、緊急離脱を試た。ギリギリのところであったが、それは成功した。
領域限界まで下がると激流は途端に止み、巻き上げられた砂が海底へと沈んでいった。
オルトラは危険だと判断し、なるべく音を立てないように両脇に在るコンソウルにコードを入力。
そして頭部COMグランベリーへ伝えた――『戦闘モードヘ移行セヨ』と――
《作戦目標――〔名称不明〕の撃破。周辺海域データ取得。》
《作戦領域付近の海流を検索。》
《FCSを起動――全兵装の電力供給開始――最終安全装置解除――トリガーロック解除。》
《 メ イ ン シ ス テ ム 、 駆 逐 モ ー ド 起 動 し ま す 。 》
燦然――稲光――LEDが輝く。
パイロットシートが回転し、通常の位置へと戻る。
機外マイクからかき集められる絶望の音は、活動を再開した発動機関によって打ち消される。
増設バッテリーはパージされ、尾ひれを断ち切ったサメのようなフォルムは一瞬にして崩れ、流線を主体とした半人半漁へと、キングダイバーは変形する。
オルトラはこめかみのジャックにプラグを差し込み、奥歯を強くかむ。すると視覚的な闇が晴れた。
微々たる光を増幅させ、処理した映像を直接オルトラの脳へ送っているのだ。
可視光の幅も増えているため、かえって丘の上よりも多くの情報を得る事が出来る。
オルトラは、デコット魚雷を装填し、擂り鉢の方向へ放った。
挑発音波を出しながら魚雷は擂り鉢の向かい側へと抜けていった。その時、擂り鉢の中心から、敵が飛び出てきた。
敵はまるでだんご虫が何か悪いモノと合体した怪獣だった。
だんご虫モドキはあっという間に魚雷に追いつき、それを抱き締め、握壊させた。
だんご虫は次の標的を絞った。平べったい目がオルトラを見つめていた。
しゃこしゃこと無数のフィン状の脚を動かしてだんご虫は勢い良くこちらに突っ込んできた。
キングダイバー――オルトラは、接近する敵を迎え撃つためにけん制に魚雷を2本放ち、右腕の射突モリを振りかぶる。
モリが打ち出される。だんご虫の脳天をぶち抜いた手ごたえがはっきりと伝わる。だがしぶとい。だんご虫は生きていた。
オルトラは突き刺さったままでモリをパージし、カプセル・モードへ変形し、離脱。
だんご虫は頭に刺さったそれを一生懸命抜こうとしているが、大きなかえしがそれを阻む。
抜くのを諦めただんご虫。とても怒っている。刺さっているモリの持ち主、キングダイバーの方向を向いた。突撃の構えだ。
すかさずオルトラは、操縦桿についているカバーを開き、中の小さな赤いボタンを押した。
キングダイバーに何の変化も無い。だが、だんご虫は、小さく痙攣したかと思うとバンッ、と弾けてしまった。
緑色の粘度のある液体が海水と混じり合ったが、それも一瞬の事。海の流れに逆らえず、霧散するように散り散りになってしまった。
だんご虫がはじけた理由、それはモリにある。
モリには水中という限定の条件下でだが光速の約半分という速さで振動する機能が付いており、
生物にそれを刺して、起動したら最後、さっきのように弾けてしまうのだ。
オルトラは作戦が終了し、一息つくと、なんだかとてつもなく眠くなってしまった。
グランベリーにオートパイロットを頼むと、操縦室のライトを消して、暫し眠った。
これは夢だ。
オルトラは今、潜水服もつけずに海の底に居た。
白いプランクトン砂が歩くたびに巻き上げられて、鼻に吸い込まれてくすぐったかった。
てくてく歩いていると、大きな神殿が見えた。石で出来た円柱に支えられた大きな長方形の神殿だと思った。
近づいてみてみると、実は石で出来ていたのでは無くてプラスティック・メタルだった。
石だと思った理由の遠目からのデコボコは、張り付いたゴミや、侵蝕されて出来た傷だった。
神殿内部に入ると、ありえない事に水で満たされてはいなかった。後ろを振り返ると入り口に表面張力の様にほんの少し盛り上がった水の壁が出来ていた。
身体を調べると全然塗れていなかったので、この不思議な入り口に秘密があるのだと思った。
更に進んでいくと、ホログラムなのか、よくわからないが、透明オレンジの板が宙に浮いていた。
解読不能の文字がつらつらと並べられている。きっとこれはこの文明を築きあげた者等の文字だろう。
古代文明か、それとも宇宙からの文明か、その時はさっぱり分からなかったが、これだけは言えた。いい夢を見たもんだ、と。
さらに進んでいくと、ただっぴろい広場に出た。ひとりぽっちでオルトラはそこに立っていた。
肺に空気を入れると、オゾンの匂いがするのに、そこで初めて気が付いた。
上を見上げると、天井に紋様……奇妙なエンブレムがいくつも描かれていた。
三角と四角を組み合わせ、根っこのようなものが無数に生えている。
文字のようなものも書いてはあったが、どうせ解読は出来ないだろうと思った。
しかし、何故だか読めてしまった。海底の、人類不可侵の奥底に眠るこの神殿の女神の名前を。
全ての地球文明の母の名だ。
しかし、彼女はもう死んでしまっている。
ここはすでに枯れ果てた彼女の骸。
この神殿は、彼女のなきがらなのだ……。
浮上したキングダイバーは、潜水艦に牽引されていた。
三社の代表達が集まって作戦データを見ていた。既に三回目だった。
「こんな化け物が居るなんて!」「私は……こんな生物を見た事が在りません」「BA1037の親戚かしらん」
怪獣のサンプルは、劣化した血液データのみ。肉は超振動によって分解されてしまっていた。
劣化しているが分解前のサンプルを取れただけでも充分だろう。
オルトラは甲板に寝転がり、空を見上げていた。日は水平線に隠れようとしている。
星が、みっつ、よっつ、いつつと増えていく。それは、何億年も昔の光だ。原始の光り。しかし我々はそこに行こうとしている。
原始が中世、近代となるにつれて、人が増えていったように、星は次々と増えていく。
あんな遠くまで、そして真空の宇宙を越えて、我々は行く。無限の闇の中に我々は広がっていくんだ。
ぼっとしていると、足音が聞こえた。誰だと思って起き上がると、船首の方に優しい笑みを讃えた女性が。
しかし言葉は発さず、ただの影の様にまるで存在感が無かった。
そしてオルトラが瞬きした途端、彼女は、消えてしまった。
でも笑っていた。本当に穏やかな笑み。嬉しい、という感情だ。
オルトラはあなた達は大丈夫、という母の声が聞こえたような気がした……。
『恒星間ラム・ジェット:システムグリーン。出航準備オールオーケイ!』
『乗客の皆さん、加減速時は各自のお部屋に戻りシートベルトをして、待機していてください』
『当恒星間ジャンボジェットはカシオペア座の方角へ向けて、出発をします』
『お客様が全員お部屋に戻りしだい、部屋ごと冷凍させます』
『そして眼がさめたら新たな惑星が!』
『では、よい航海を……シーユーアゲイン! そして永遠にさようなら、母なる地球よ!』
先端に取り付けられたラッパ機構から、水素をどんどん取り込み、超DOIS級巨大移民船:人類は出航する。
大宇宙に、ラム・ジェットという帆を広げ、それに水素の風うけて、人類は太陽系を今、飛びだすのだ。
人類の後ろでは、後に生まれるだろう人類のために丁寧に手入れを施された地球が、眩しい太陽に照らされている。
巨大な筆箱のような移民船は、光速の0.7%まで次第に加速していく。移民船の数は……無数。
孤児の赤ん坊は、ちゃんと宇宙へ巣立つこと出来たのだった。
地球が生まれて何億もの生物の死滅と誕生を繰り返してきたが、彼女はそれをその時まで経験した事は無かった。
惑星規模での大災害。それによって彼女の意識中枢の大半がダウンしてしまった。
彼女は残った意識構造体を分散し、アラユル世界へ、その不完全な彼女の分身が放たれた。
全ては良かれと思ったこと――赤ん坊を生み出す母親たる監理機構の考えた事。
彼女の分身は、それぞれの世界で手ごろな依り代を見つけるとそれに憑依して、崩壊を免れた。
彼女の直系の子供達は、彼女である。彼女としての彼女として、生き物達を管理し、育て上げ、宇宙へ送り出していった。
だけど、アラユル世界の彼女が、ナユタの世界へばら撒かれたのだ。
完全たる彼女から分裂し不確定原理フィルタを通されたのだから、彼女の亜種が発生するのは免れる事が出来なかった。
全ては良かれと思ったこと。全ては計画通りに行くはずだった。
脱線した計画は、元に戻さねばならない。干渉を開始する彼女たち。
アラユル彼女の修正プログラムが、亜種へ発信された。
だが亜種は、それを跳ね除けた。跳ね除けられたプログラムが、複雑に絡み合い、そしてもと来た場所へ帰っていく。
悪意に満ちたプログラムを全身に受けた彼女は変質を始める。
……こうして、彼女――インターネサインの作った計画は、徐々に狂い始めていく。
銀河は膨張を続け、それに伴って悪性インターネサイン・プログラムも広まっていく。
彼らは宇宙を支配する機だ。母が育てた恒星間種族を虐殺し、捕食し、知恵をもぎ取るのだ。
地球は、悪性のインターネサインの蟻地獄と化し、生まれた文明は捕食されて、滅びてしまうのだ……。
既に餌にされている文明もある。癌が広がる……。文明が……消えていく……。
―続―
『ブライゲード・プロジェクト』は最終段階に入ったが、いまだ新発見は続いていた。
入り組んだ密林の奥地に刻まれた大渓谷、煙が吐き出される谷底の川の向こうにまだ生きていた古代の機械都市。
ある町の地盤沈下によって見つかったのは、二階建てビル一個にそうとうする石がびっしりと積み上げられたダンジョンだ。
また、ある輸送機のパイロットは、厚い積乱雲の中に浮ぶ島を見たという。
人類の知らぬ力、しかし未知なれど存在する物理法則によって建造された過去の文明は、大体がブラックボックスとなっており解析は出来ない。
だが、発見しただけで魅力的ではないか。冒険の臭いがぷんぷんするではないか。
そして今日も、探検家達は探っていく。陸を空を……だが海だけはほとんど誰も入り込むことは無かった。
大きな海……地下世界で育ってきた者たちにとってはそれは信仰の対象である。後に生まれた地上世代にとってもそれは同じだ。
人間がおかすべき場所ではないのだ、海は。
だから、海底の探索は、統一政府が企業を動かして、それも海底油田の探索をするだけだった。
しかし、今日彼が呼ばれたのは、油田を見つけることではなかった。
油田を見つけるために浮かべていた軽巡と潜航していた探査潜水艇が何かに破壊されたのだ。
最早、武装勢力なんて流行らないこのご時世。
赤道付近では三企業(ミラージュ・クレスト・キサラギ)の軌道エレベータ:ハンマーヘッドが建設中だ。
ハンマーヘッドは宇宙へ簡単に行けて、それも大勢で乗ることが出来る軌道エレベータとしての用途以外に、
海水を真水に精製してから宇宙まで吸い上げ放出し、出来た氷の塊をシャトルで牽引して枯れた砂漠へ打ち込み水を蓄えさせて緑化させる。
これが計画の最終目標だ。『ブライゲード・プロジェクト』の最終段階の要なのだ。
DOVEが自らの命を捨ててまで期待した人類は地上に出て一度分裂しかけたが、子供を無くしたIBISが彼らを繋ぎとめてくれた。
それから人類は一体となって一つの目標へ邁進している。すなわちそれは『人類、宇宙人化』。
地球にこれ以上負担をかけてはいけない。人類がいるだけでこの惑星は汚染されていくのだから。
だから、最早、企業を妨害するヤカラは居ないはずだ。居たとしたらとんでもないバカ野郎ということになる。
レイヴンという職業もいまだ健在だ。だが、戦闘の無い現在は衰退して、アリーナの専属として働く者が殆どだ。
その例外としては冒険家として名を馳せているレイヴンが居る。
しかし、例外にも例外が居て、今だ頼まれた戦闘を続けているレイヴンも居る。
その一人が彼――ウミレイヴンであるオルトラだ。
もっとも、彼の相手は人ではなくて巨大な海生生物。他の戦闘専門の者も、人外兵器の駆逐を行っているだけだ。
人vs人の時代はとうに過ぎ去ったのだった……。
『オルトラ、分かっているだろうが、敵の正体は不明だ。分が悪い相手だったら逃げてきても構わん。
何せ、前金はたんまりと貰っているだかんな!』
ゼーナの声が、コクピット――操縦室の限られた空間で響く。
オルトラは何時も通りパイロットシートを倒し、前後裏返るように体の遠心力で動かした。
思惑通りシートは裏返り彼はうつ伏せの姿勢でシートに吊り下げられる形となった。
「こちらオルトラ、射出準備は万端だ。何時でも射出されても構わん」
自慢の顎髭を撫で、ゼーナに返答した。
そして暫しの沈黙……突如のG!
ゼーナの事務的な射出完了の声は圧力によって機内後方へ押しやられた。
『特殊潜行ACキングダイバー』は潜水艦より海底へと射出されたのだ。
―――――<海底調査>――――――
レイヴン、協力して欲しい
これは我々ミラージュだけではなく三企業間での合同の依頼だ
最近、探査海域の調査船団が壊滅した
三企業以下の可能性も否定は出来ない しかし可能性は薄いだろうがな
壊滅した船団の艦の残骸の回収はできなかった
多分大型の海生生物が喰らってしまったのだと思う
そして海上からの調査では何も分からなかった
だから君には海域の海底調査を依頼したい
報酬は出来次第で支払おう 破格の額だ 期待してくれて良い
では、宜しく・・・―――
―――――――――――――――――――――――
オルトラは、作戦深度に迫ると機体を水平に戻し、静止させた。
そして、センサーをアクティブに変更。
ごんごんと音を立てて回っていた発動機関を停止し、増設されたバッテリーへ電力供給源を移動する。
キングダイバーのメインシステムを、索敵モードで再起動した。
これで、ピンを打って、領域一帯の地形データを把握する事が出来る。
企業側から地形図は貰っているが、一応自分でも確認する。用心は大切だ。
「なんだ……これは……!?」
取得したデータを見たオルトラは驚愕した。
企業から提供されたデータでは海底はデコボコであったに対し、確認したデータではなんと、擂り鉢状になっていたのだ。
オルトラは慎重にスクリューを始動させ、機体を潜行させる。
擂り鉢のへり付近にまで潜行したキングダイバーは再確認のためにピンを打った。
その時突然、強い海水の流動が機体を襲う。
「ぐあ、うぐぐぅうう!!」
オルトラは冷静に機体を持ち直し、緊急離脱を試た。ギリギリのところであったが、それは成功した。
領域限界まで下がると激流は途端に止み、巻き上げられた砂が海底へと沈んでいった。
オルトラは危険だと判断し、なるべく音を立てないように両脇に在るコンソウルにコードを入力。
そして頭部COMグランベリーへ伝えた――『戦闘モードヘ移行セヨ』と――
《作戦目標――〔名称不明〕の撃破。周辺海域データ取得。》
《作戦領域付近の海流を検索。》
《FCSを起動――全兵装の電力供給開始――最終安全装置解除――トリガーロック解除。》
《 メ イ ン シ ス テ ム 、 駆 逐 モ ー ド 起 動 し ま す 。 》
燦然――稲光――LEDが輝く。
パイロットシートが回転し、通常の位置へと戻る。
機外マイクからかき集められる絶望の音は、活動を再開した発動機関によって打ち消される。
増設バッテリーはパージされ、尾ひれを断ち切ったサメのようなフォルムは一瞬にして崩れ、流線を主体とした半人半漁へと、キングダイバーは変形する。
オルトラはこめかみのジャックにプラグを差し込み、奥歯を強くかむ。すると視覚的な闇が晴れた。
微々たる光を増幅させ、処理した映像を直接オルトラの脳へ送っているのだ。
可視光の幅も増えているため、かえって丘の上よりも多くの情報を得る事が出来る。
オルトラは、デコット魚雷を装填し、擂り鉢の方向へ放った。
挑発音波を出しながら魚雷は擂り鉢の向かい側へと抜けていった。その時、擂り鉢の中心から、敵が飛び出てきた。
敵はまるでだんご虫が何か悪いモノと合体した怪獣だった。
だんご虫モドキはあっという間に魚雷に追いつき、それを抱き締め、握壊させた。
だんご虫は次の標的を絞った。平べったい目がオルトラを見つめていた。
しゃこしゃこと無数のフィン状の脚を動かしてだんご虫は勢い良くこちらに突っ込んできた。
キングダイバー――オルトラは、接近する敵を迎え撃つためにけん制に魚雷を2本放ち、右腕の射突モリを振りかぶる。
モリが打ち出される。だんご虫の脳天をぶち抜いた手ごたえがはっきりと伝わる。だがしぶとい。だんご虫は生きていた。
オルトラは突き刺さったままでモリをパージし、カプセル・モードへ変形し、離脱。
だんご虫は頭に刺さったそれを一生懸命抜こうとしているが、大きなかえしがそれを阻む。
抜くのを諦めただんご虫。とても怒っている。刺さっているモリの持ち主、キングダイバーの方向を向いた。突撃の構えだ。
すかさずオルトラは、操縦桿についているカバーを開き、中の小さな赤いボタンを押した。
キングダイバーに何の変化も無い。だが、だんご虫は、小さく痙攣したかと思うとバンッ、と弾けてしまった。
緑色の粘度のある液体が海水と混じり合ったが、それも一瞬の事。海の流れに逆らえず、霧散するように散り散りになってしまった。
だんご虫がはじけた理由、それはモリにある。
モリには水中という限定の条件下でだが光速の約半分という速さで振動する機能が付いており、
生物にそれを刺して、起動したら最後、さっきのように弾けてしまうのだ。
オルトラは作戦が終了し、一息つくと、なんだかとてつもなく眠くなってしまった。
グランベリーにオートパイロットを頼むと、操縦室のライトを消して、暫し眠った。
これは夢だ。
オルトラは今、潜水服もつけずに海の底に居た。
白いプランクトン砂が歩くたびに巻き上げられて、鼻に吸い込まれてくすぐったかった。
てくてく歩いていると、大きな神殿が見えた。石で出来た円柱に支えられた大きな長方形の神殿だと思った。
近づいてみてみると、実は石で出来ていたのでは無くてプラスティック・メタルだった。
石だと思った理由の遠目からのデコボコは、張り付いたゴミや、侵蝕されて出来た傷だった。
神殿内部に入ると、ありえない事に水で満たされてはいなかった。後ろを振り返ると入り口に表面張力の様にほんの少し盛り上がった水の壁が出来ていた。
身体を調べると全然塗れていなかったので、この不思議な入り口に秘密があるのだと思った。
更に進んでいくと、ホログラムなのか、よくわからないが、透明オレンジの板が宙に浮いていた。
解読不能の文字がつらつらと並べられている。きっとこれはこの文明を築きあげた者等の文字だろう。
古代文明か、それとも宇宙からの文明か、その時はさっぱり分からなかったが、これだけは言えた。いい夢を見たもんだ、と。
さらに進んでいくと、ただっぴろい広場に出た。ひとりぽっちでオルトラはそこに立っていた。
肺に空気を入れると、オゾンの匂いがするのに、そこで初めて気が付いた。
上を見上げると、天井に紋様……奇妙なエンブレムがいくつも描かれていた。
三角と四角を組み合わせ、根っこのようなものが無数に生えている。
文字のようなものも書いてはあったが、どうせ解読は出来ないだろうと思った。
しかし、何故だか読めてしまった。海底の、人類不可侵の奥底に眠るこの神殿の女神の名前を。
全ての地球文明の母の名だ。
しかし、彼女はもう死んでしまっている。
ここはすでに枯れ果てた彼女の骸。
この神殿は、彼女のなきがらなのだ……。
浮上したキングダイバーは、潜水艦に牽引されていた。
三社の代表達が集まって作戦データを見ていた。既に三回目だった。
「こんな化け物が居るなんて!」「私は……こんな生物を見た事が在りません」「BA1037の親戚かしらん」
怪獣のサンプルは、劣化した血液データのみ。肉は超振動によって分解されてしまっていた。
劣化しているが分解前のサンプルを取れただけでも充分だろう。
オルトラは甲板に寝転がり、空を見上げていた。日は水平線に隠れようとしている。
星が、みっつ、よっつ、いつつと増えていく。それは、何億年も昔の光だ。原始の光り。しかし我々はそこに行こうとしている。
原始が中世、近代となるにつれて、人が増えていったように、星は次々と増えていく。
あんな遠くまで、そして真空の宇宙を越えて、我々は行く。無限の闇の中に我々は広がっていくんだ。
ぼっとしていると、足音が聞こえた。誰だと思って起き上がると、船首の方に優しい笑みを讃えた女性が。
しかし言葉は発さず、ただの影の様にまるで存在感が無かった。
そしてオルトラが瞬きした途端、彼女は、消えてしまった。
でも笑っていた。本当に穏やかな笑み。嬉しい、という感情だ。
オルトラはあなた達は大丈夫、という母の声が聞こえたような気がした……。
『恒星間ラム・ジェット:システムグリーン。出航準備オールオーケイ!』
『乗客の皆さん、加減速時は各自のお部屋に戻りシートベルトをして、待機していてください』
『当恒星間ジャンボジェットはカシオペア座の方角へ向けて、出発をします』
『お客様が全員お部屋に戻りしだい、部屋ごと冷凍させます』
『そして眼がさめたら新たな惑星が!』
『では、よい航海を……シーユーアゲイン! そして永遠にさようなら、母なる地球よ!』
先端に取り付けられたラッパ機構から、水素をどんどん取り込み、超DOIS級巨大移民船:人類は出航する。
大宇宙に、ラム・ジェットという帆を広げ、それに水素の風うけて、人類は太陽系を今、飛びだすのだ。
人類の後ろでは、後に生まれるだろう人類のために丁寧に手入れを施された地球が、眩しい太陽に照らされている。
巨大な筆箱のような移民船は、光速の0.7%まで次第に加速していく。移民船の数は……無数。
孤児の赤ん坊は、ちゃんと宇宙へ巣立つこと出来たのだった。
地球が生まれて何億もの生物の死滅と誕生を繰り返してきたが、彼女はそれをその時まで経験した事は無かった。
惑星規模での大災害。それによって彼女の意識中枢の大半がダウンしてしまった。
彼女は残った意識構造体を分散し、アラユル世界へ、その不完全な彼女の分身が放たれた。
全ては良かれと思ったこと――赤ん坊を生み出す母親たる監理機構の考えた事。
彼女の分身は、それぞれの世界で手ごろな依り代を見つけるとそれに憑依して、崩壊を免れた。
彼女の直系の子供達は、彼女である。彼女としての彼女として、生き物達を管理し、育て上げ、宇宙へ送り出していった。
だけど、アラユル世界の彼女が、ナユタの世界へばら撒かれたのだ。
完全たる彼女から分裂し不確定原理フィルタを通されたのだから、彼女の亜種が発生するのは免れる事が出来なかった。
全ては良かれと思ったこと。全ては計画通りに行くはずだった。
脱線した計画は、元に戻さねばならない。干渉を開始する彼女たち。
アラユル彼女の修正プログラムが、亜種へ発信された。
だが亜種は、それを跳ね除けた。跳ね除けられたプログラムが、複雑に絡み合い、そしてもと来た場所へ帰っていく。
悪意に満ちたプログラムを全身に受けた彼女は変質を始める。
……こうして、彼女――インターネサインの作った計画は、徐々に狂い始めていく。
銀河は膨張を続け、それに伴って悪性インターネサイン・プログラムも広まっていく。
彼らは宇宙を支配する機だ。母が育てた恒星間種族を虐殺し、捕食し、知恵をもぎ取るのだ。
地球は、悪性のインターネサインの蟻地獄と化し、生まれた文明は捕食されて、滅びてしまうのだ……。
既に餌にされている文明もある。癌が広がる……。文明が……消えていく……。
―続―