彼女の機械の鼓動は停止する。電源がつながっているのは心電図だけだ。
コンセントを順々に抜いていくと大層にガッションガッション動いていた医療機器が次々停止していくのはまたとても面白かった。
背後のドアの向こうで叫んでいる声が聞こえる。どんどんとドアをこぶしで叩いている。
彼女は金の生る木だった。だがもう、彼女はそのすべを失ってしまった!
だから殺した。もう、彼女は、我が偉大なる母は、最早用済みなのだ。
私には彼女の残した金がある。金をつくれない彼女はもういらない。
このままこの役立たずの死に損ないの所為でこの通帳が減っていくのは見るに忍びない。
母のベッドの横で何本もの電源コードを握った私はによによと笑っていた。
今日は巣立ちの日だ……。
管理者だ。管理者だ。管理者だ!
レイヤードをつかさどる、DOVEは、包括的人類管理機構は、管理者だ!
いつ作られたか定かではなく、誰に作られたかもわからぬ究極のブラックボックス!
彼女は神だ!!
だがその機械の神は狂った!
一瞬の電気の走索による計画に則った殺戮ではなく、無差別にセクションを蹂躙する。
男も、女も、子供も老人も関係なかった。全て飛び散り蒸発し、瓦礫の上に降り積もる血液色の埃となった。
舞い上がる喜劇の炎は流れる人の血液の消火剤によって消される。
そしてその燃え尽きた焦げカスは戦火の火種となり循環する。
燃える炎を吸い込み続ける目には見えない吸気口に吸い込まれて生成されて、
奇麗な正常な空気になってまだ何も知らないセクションに送られていった。
蔓延する、ウイルスのように。発狂性感染ウイルスである。拡大する狂乱だ!!
燃焼し舞い上がる黒こげの血液は煤煙とまざり、世界を満たす。
ひき肉となった人間は、ぶちまけられた鉄筋コンクリートの瓦礫にまざって、彼女の進軍の道となる。
大破壊的な力を持つ、管理者部隊。
その機械的殺戮アメーバの小さな歯車でのあるAC一体一体ですらも、コーテックス所属の一般的なレイヴンを超えている。
一般的ではない、超人的なレイヴンはいるにはいるが、数が足りない。
しかしそんな彼らすら大体は一人一殺であり、速度のある粘菌の如き管理者部隊を食い止めることなど到底不可能である。
滅菌スモークにまみれた鉄の死臭に満たされたセクション。
そこを照らすものは、撃鉄にはじかれた破壊の弾丸の唸る閃光のみ。
彼の肩のスラッグガンの必滅の十六発の鉄甲弾によってめちゃめちゃに裂ける管理者の二脚AC。
融爆→パルスジェネレータの暴走。頭部を残して全てが中心に吸い込まれるようにして消滅する。
管理者ACの頭部は、ちろちろと残った接続神経で彼の方を向いた。
彼女は懇願しているようにカメラ・アイを点滅させる。
彼はしかしそれをキャタピラでぐしゃりと踏みつぶす。じわりとオイルが設置したキャタピラの隙間から漏れ出でる。
彼は上方にリロードを終えたスラッグガンを放つ。一瞬の沈黙の後、鳥のように改造されたフロートACの残骸が降ってきた。
彼はトドメに右手のバズーカを放つ。めきょめきょと爆裂=変形し吹き飛ぶ。
『敵影の消滅を確認。次のミッションへ移行してください』
「なあ……おれは……」
『レイヴン、考えるのは後です。今は生き残ることを考えましょう!
……ヘリの到着を確認。レイヴン、早く!』
「ああ」
彼は錆ついたキャタピラをきしませてヘリの元へ向かう。だが……、
『レイヴン!』
「ははは、デートの予定はキャンセルになりそうだ……」
突然ヘリが爆発し、その炎上する巨体が彼に向かい……!
ブラックファクタ――レイヴンとして、俺はいままで彼とともにしてきた。
彼とずっとこのままでいたい。俺は何度もそう思った。彼は俺の心の安らぎだった。
だがそんな彼は、今俺に向けて銃を向けいる。俺は彼に向けて叫ぶ。何故だ。
彼は言う。それらは芝居だったと言う。俺の金が欲しかったんだ。
俺は一歩前に進む。彼は発砲する。銃弾は俺の耳を削いだ。俺はよろめく。くらりと目まいがする。
世界が回る。暗い部屋に赤熱した銃口が何重にも重なってガトリングガンのように映る。
彼の目が光る。彼は泣いているのか。何故そんなにも涙を流すのか!
「わからない」
――彼はそう言い、引き金を引いた。俺の視界が真っ赤に染まる。
俺は倒れる……。ああ、……! 彼が出ていってしまう!
ドアが開く。光が。閉まる。闇。彼の音が遠のいていく。彼は俺の前から姿を消した……。
ごうごうと、風圧、高く。
エレベータが、下がる。下がる。下がる。
遼機のアジャンテ=MT:レギュレーターはショットガンに弾層を叩き込みつつ、彼に回線を開いた。
『レイヴン、よろしくたのむ』
「ああ、こちらこそ、頼む」
彼――トラファルガーはレイヴンである。AC:ダブルトリガーを駆り、作戦エリアを蹂躙する。
この任務はミラージュからのものだ。だが本当はこれは彼の任務では無い。
しかしこの任務を受けたレイヴンは来れなくなった。
――マグナ遺跡のその奥に、管理者中枢への道がある。
――だが敵がいる。クレストだ。彼らを即刻排除してもらいたい。
――その為に、こちらで遼機を用意した。協力して任務にあたってくれ。
アジャンテはトラファルガーが個人で雇った。彼の愛機:レギュレーターはMTである。
しかし彼によってチューンナップされたその機体は、並のMTとは比べ物にならない。
元となったミラージュ製MT:ギボンの基本性能を遙かに超えている。ACと比べてもそん色ないくらいだ。
無論、機体性能のみが高くても意味はない。パイロットがヘボであればどんな機体でも雑魚である。
だがそんな心配は無用だ。アジャンテは強い。ここまで生き残っている――それが彼の強さを証明してくれる。
急にエレベータが止まる。本当はもう少し、下で止まるはずなのだが……。
レギュレーターがショットガンでエレベータの安全装置を破壊し、ゲートを無理やりこじ開ける。
エレベータの止まる位置がかなりずれているが身を屈めて、出るだけの隙間はありそうだ。
出た先が壁であったら目も当てられない。
面倒ではあるが、とりあえずは階層を自力で降りれば良かった……。
『先に出てくれないか……、レイヴン? 外に出たら、ここをおさまえてくれれば助かる』
ダブルトリガーは言われたとおりにし、頭の上と背中を少し擦りながらも、隙間を無事くぐりぬける。
彼は閉まろうともがくゲートを言われたとおりレギュレータの代わりに支える。
『さあ、次は俺の……何ィ!」
レギュレーターの右足が出たところで、ゲートから火花が散り、ダブルトリガーは吹き飛ばされる。
防御スクリーンによる、エネルギーの反発のようだった。
支える物が無くなったゲートはガチリとレギュレーターの右足を食いちぎり、最下層まで一気に落ちて行った。
アジャンテからの通信は何もない。友軍信号も、消えた。
そのかわり、レーダー・スクリーン上に赤い三角が点滅する。何個も。何個も……。
トラファルガーは気を尖らせてACを操縦し、奥に進む。
エリアの真ん中に来たところで、何かが彼の横を通り過ぎた。光が、湾曲している。
瞬間、全方位から、パルスガンの光るリングが、トラファルガーを襲う。
だが彼はブーストジャンプで、それを交わす。集中した、弾丸によって、石畳の一点が溶解し、陥没する。
しかしトラファルガーは慌てない。ミッションコードをコンソールに入力。
そしてクラッチコードの口頭認証:「レイヴン:トラファルガーよりAC:ダブルトリガー、戦闘モード起動!!!」
≪ジェネレータの振動開始:出力80%!≫
≪ラジエータ緊急冷却開始:冷却率60%!≫
≪FCS凍結解除:各武装へ電力を供給します≫
≪オプショナル・アモー!≫
≪メインシステム、戦闘モード起動します≫
ぶうぅん……ブゥウウウウンン!
4ツ眼の鋭い眼光は見えない全てに睨みを利かせる。
各排気口から出る水蒸気は、ジェネレータの発動熱量の冷却完了を示す。
トラファルガーは肩のトリプル・ロケットを選択し、照準スティックを握る
≪サーチ! サーチ! サーチ! ……敵影確認:電子処理開始!≫
まるで陽炎の様な機影がメイン・スクリーンに何体も。
陽炎の一体に向けて右肩を放つ。三発のロケットが飛んでいく。敵影らしきものは慌てて避けようとする。
通常のロケットであれば、それで回避は可能だっただろう。だが彼のトリプル・ロケットは違う。
射線が読めないのだ。打った本人にもだ。ガイドラインに沿って撃ってもてんでバラバラの方向に着弾する。
一発が天井に、もう一発が遺跡の柱に、最後に陽炎に突き刺さりそのステルス迷彩を吹き飛ばし、本体は姿を表す。
現われたのはミラージュ製ステルスMT:フリュークだ。こいつらと戦ったことが彼にはあった。かなり前のことだが。
秘密のベールを剥がされたMTに右手のショットガンを照準し撃つ。散弾は全て直撃し、MTは上半身を吹き飛ばされる。
トラファルガーはEOを起動。動くもの全てにレーザーを放つよう命令した。
EOはENの許す限り、針のようなレーザー・マシンガンをばら撒く。一機、また一機、と姿を現すフリューク。
そこにすかさずトラファルガーはショットガンを叩き込む。ぶわりと炎に焦げるオイルの煙。
何体ものそれによって、フリューク達の迷彩は役に立たなくなっていく。トラファルガーはEOをしまい、
トリプル・ロケットを照準。今度はガイドラインに沿ってまとめて飛んでいく。
三発のロケットが直撃したMTは紫電を上げる暇もなく爆散する。
躍起になって背後から飛びかかってくるフリューク。寸でのところで回避し、間髪入れずに左手の分裂投擲銃を撃つ。
フリュークの背に突き刺さる投擲弾。一秒後、破裂し、四個に分裂する。MTは四肢を引きちぎられる。
何度も、何機も、破壊する。トラファルガーは、破壊する。銃で撃ち、ロケットでバラバラに破壊する。
幻影の剥げた無機質な白の装甲に真っ赤に高熱を発する大穴。
トラファルガー=ダブルトリガーは雪崩れかかろうとする半壊したフリュークを右腕のショットガンで殴りつけた。
その衝撃で吹き飛ばされ壁にたたきつけられたフリュークは爆炎を上げて鉄くずになった。
≪敵影:ゼロ≫
≪遼機の救出に向かってください≫
頭部COMが言う。だが、まだここでやることがあった。
殆どのMTは原型をとどめていないが、やっとのことで、上半身の残ったMTを見つけた。
トラファルガーはハッチ解放を命じる……。
砂利道と化した石畳の上に降り立ったトラファルガーは奥歯のスイッチを舌で押しセンサリンクを起動する。
彼の顔面の左側はホッケーマスクのような金属の仮面に覆われており、規則的に空いた小さな穴から青い光が漏れる。
右目を瞑るとACとリンクしたエリア情報が、送られてくる。
彼は腰からサバイバルガンを抜き腰に構えながら、MTの残骸に近寄る。
まだ熱があったがそれによじ登り、コクピットハッチの解放プラグソケットを探した。
拉げたカバーをサバイバルガンを使ってこじ開けて、歪んだソケットに汎用プラグを無理やり射し、開放コードを送信する。
コクピットハッチが解放される。
赤い肉片がどちゃどちゃとこぼれおち、白い装甲を血で赤く濡らした……。
彼は奥で見つけたエレベータに乗った。こんどはちゃんと動いている。ゴトンと音がし、到着する。
ゲートが開いた。何も音はしない。ぼぅっと光る大きな非常灯が大昔の坑道のようなおもむきで配置されている。
エレベータを降りると、脚元はでこぼこのそれでもってつるつると滑る。だが彼は足を取られることはない。取られたらだめなのだ。
大きな岩のつららが上から垂れ下っている。鍾乳洞なのだ。大きな音をたてたら最後、上からそれが何百本も降ってくる回避することは出来ない。
なんとか鍾乳洞を抜け、ぬかるんだ舗装をされていない道を幾巡し、彼は足跡を見つけた。右足の後がない。左足の後が転々と、そして深くついている。
レギュレーターのものだろう。小ジャンプ移動で右足が無くとも移動したのだ。
足跡をたどると再び脚元は石畳に移行し、閉じたゲートの前に立つ。マップ情報を見るとこの先は広いエリアとなっているようだ。
ゲートを開放する。
祭壇のような人間用の階段の上、アジャンテが、レギュレーターがこちらを向いている。
だが、彼の信号は復帰していない。通信も無い。
レギュレーターはガチャンと、おもちゃのように倒れ、階段を滑ってくる。
トラファルガーは手を伸ばしコンタクトをとろうとする。
突然のレーザーの一閃。一瞬のところでダブルトリガーは回避する。掴もうとしたレギュレータの右手が溶解した。
トラファルガーはブーストジャンプし、祭壇を飛び越える。
狙っていたのは白と桃色のAC。レイヴン:リップハンター=AC:ルージュ。
優美な曲線を描いていただろうその機体も今は半身がなかば吹き飛び、今にも崩れおちそうだった。
彼女はなんとか旋回し、ブーストダッシュを試みようとするが、背部で爆発。
ブースタの機能不全だ。行き場所を無くしたエネルギーが彼女の身体の内部で暴走する。
各部に紫電を走らせ、祭壇を転げ落ち、レギュレーターにぶつかる。
『私は……まだ……戦える!!!』
ルージュはレーザー・ライフルをトラファルガーに向けようと身を起こす。
『……もう、充分遊んだじゃないか……なあ?』
『いやあ、アジャンテ、放してよぅ!!』
『レイヴン……あとは頼んだ。まだ……まだ敵がいる……』
再起動したレギュレーターはブレードでルージュのコアを塗らぬいた。
血液色のオイルをぶちまけ痙攣し、ルージュは全機能を停止した。
レギュレーターの目からも光が消え、鉄屑に帰る・・・・・。
遺跡の奥から黒い影が現われた……。重装二脚ACだった。
黒いブ厚い装甲の上にロケットなど重火器を満載しているアンテナヘッド。
そして、ACの左手に持つのは、トラファルガーの物と全く同じ分裂投擲銃……。
『おまえか……。予期していた相手とは違うが、致し方ない。
いつか会う、そう思っていたが、……ここで会うとはな』
「その声は……お前か」
『そう、私だ。だが今の私はファンファーレだ』
トラファルガー=ダブルトリガーが銃口を向ける先には一体の重二脚AC。
レイヴン:ファンファーレの駆るAC:インターピッドである。
それはトラファルガーの、宿敵!
「何故、お前は俺を……裏切った」
『私は金が欲しかった。潤沢な資金こそが私を満足させてくれるのだ』
突撃してくるだろうファンファーレの迎撃に備え、ダブルトリガーの連射EOがコアから射出される。弾数は既に全回復している。
インターピッドはやはりOBを起動した。薄暗い遺跡がパッと明るく染まる。
『イレギュラー要素は抹消する、ミラージュは……いや、私は判断した。お前は私を惑わす』
「俺は殺される訳にはいかない。俺は、お前を取り戻す。
消えたお前はそれ以前の俺も一緒に連れて行ってしまった。
俺が俺でなくなってしまった。俺は明日を作れない。俺は止まってしまったんだ、あの日から!
だから、俺はお前を倒す。倒して、俺を取り戻す。そしてお前も取り戻す。あの日からの未来を取り戻す!」
張りつめた大気がバンッとはじけた。
銃声が、幾重にも何重にも重なって次第に重みのある破滅の質量へと変化していく。
連射EOが供給されるエネルギの限りレーザを吐き出すが、分厚い防御スクリーンに阻まれ消失する。
このままでは体当たりされる、そう思ったトラファルガーはブーストを起動しギリギリのところで回避する。
擦れ違い様の至近距離でダブルトリガーはインターピッドにショットガンと叩き込むが、
一点に集中された散弾の威力をもってしてさえもその分厚い装甲は貫けず、へこませるだけだ。
ターンブースタによって一瞬にしてインターピッドはトラファルガーの方向を向き、
捻じ曲げられた慣性に身を任せ急速接近し、ダブルトリガーの頭部を掴み、コアにひざ蹴りを食らわせる。
仰け反るダブルトリガー。ショットガンが右手から離れ、遺跡の天井に突き刺さった。だがやられて黙っている彼ではない。
防御スクリーンを空いた右手に収集させインターピッドの頭部に向けて打ち出す。
アンテナが吹き飛び、インターピッドは眩暈を起こした様によろめき、右腕が痙攣し、関節部から爆発する。
だが同時にラージロケットが打ち出され、ダブルトリガーの四つ目の頭部も吹き飛ぶ。
二体のACは互いに分裂投擲銃を向け、引き金を引いた!
交差した射線。
ぶつかり何倍もの分裂数に弾ける!
上に、柱に、床に全てにそのエネルギーをぶちまける!
二人同時にブーストを起動。その身を以てぶつかる。
トラファルガー=ダブルトリガーのショットガンはファンファーレ=インターピッドの振り上げるハンドロケットにぶち当たり爆発する。
ショットガンに残った散弾が円状にばらまかれ、二人の装甲を吹き飛ばす。ロケットの爆発がそれに追従する。
二人は爆炎の中、投擲銃を双方のコアに向け、放った!
煙が晴れる。ぐらりとダブルトリガーが倒れる。嘴のようなコアの前面が大きくこそぎ落とされて、ジェネレータが露出している。
そのジェネレータも、活動を粛々と弱め、止まる。勝者は、……インターピッドだ。
『結局私は何もわからなかった。お前を殺してもさ、私の心の穴はふさがらないよ! もはやこの世界に私の居場所は無い。私の望むものも、無い』
ファンファーレは分裂投擲銃を天井に向け撃つ。残弾数:ゼロ。
『生憎だが……私はもう何も持っていないんだよ。お前と過ごしたあの日々から、私自身も消えていった……。
奪い取った何もかもが私から、流れる涙と一緒に零れおちていく。
私は何故……泣いているのか。このぼろぼろと流れ落ちる涙をとめるすべはないものか!!!』
撃ち込まれた爆弾が破裂し天井が盛り上がり、弾ける。
『私はお前がうらやましかった。素直に人を好きになれる選択権を持ったお前が。
私はもう、どうしようもなかった。私はお前が欲しかった。金としてのお前ではなく、人として。
しかし、人として愛して、告白して、拒絶される。私はそれが怖かった。
愛が怖かった。愛を失うくらいだったら、相手を殺してしまったほうがいい。
愛してほしい。裏切られるのはいやだ。なら自分が裏切って殺してしまえば愛した人が永遠になるハズだった。
金は代替物だった。金は人を裏切らないのだ。私は金を奪うことで、その罪を愛のためではなく金を奪うためと自分に認識させていた、
私は無償の愛を欲する。私はそれに、今気がついた!』
もう取り戻せない。取り消すことは無理だ。
これはゲームではない。再ロードは出来ない。
だが、取り消すことが可能だとしても、私は何をすべきだったのか。
ここでACを降り、懺悔するべきだったのか。
いや、そのようなことはありえないだろう。
私はレイヴンだ。私はACに乗り、そして殺す。だから私は殺した。
私はレイヴンだ。私は物言わぬ死体をついばんで散乱させて、戦場にむせ返る腐乱臭を満たす者だ!
崩落するマグナ遺跡。何千年、何万年前の人の英知がバラバラに崩れる。
彼の頬を流れる涙のように崩落は止まらない。
ファンファーレは笑った。
それは嘲笑である。
コンセントを順々に抜いていくと大層にガッションガッション動いていた医療機器が次々停止していくのはまたとても面白かった。
背後のドアの向こうで叫んでいる声が聞こえる。どんどんとドアをこぶしで叩いている。
彼女は金の生る木だった。だがもう、彼女はそのすべを失ってしまった!
だから殺した。もう、彼女は、我が偉大なる母は、最早用済みなのだ。
私には彼女の残した金がある。金をつくれない彼女はもういらない。
このままこの役立たずの死に損ないの所為でこの通帳が減っていくのは見るに忍びない。
母のベッドの横で何本もの電源コードを握った私はによによと笑っていた。
今日は巣立ちの日だ……。
管理者だ。管理者だ。管理者だ!
レイヤードをつかさどる、DOVEは、包括的人類管理機構は、管理者だ!
いつ作られたか定かではなく、誰に作られたかもわからぬ究極のブラックボックス!
彼女は神だ!!
だがその機械の神は狂った!
一瞬の電気の走索による計画に則った殺戮ではなく、無差別にセクションを蹂躙する。
男も、女も、子供も老人も関係なかった。全て飛び散り蒸発し、瓦礫の上に降り積もる血液色の埃となった。
舞い上がる喜劇の炎は流れる人の血液の消火剤によって消される。
そしてその燃え尽きた焦げカスは戦火の火種となり循環する。
燃える炎を吸い込み続ける目には見えない吸気口に吸い込まれて生成されて、
奇麗な正常な空気になってまだ何も知らないセクションに送られていった。
蔓延する、ウイルスのように。発狂性感染ウイルスである。拡大する狂乱だ!!
燃焼し舞い上がる黒こげの血液は煤煙とまざり、世界を満たす。
ひき肉となった人間は、ぶちまけられた鉄筋コンクリートの瓦礫にまざって、彼女の進軍の道となる。
大破壊的な力を持つ、管理者部隊。
その機械的殺戮アメーバの小さな歯車でのあるAC一体一体ですらも、コーテックス所属の一般的なレイヴンを超えている。
一般的ではない、超人的なレイヴンはいるにはいるが、数が足りない。
しかしそんな彼らすら大体は一人一殺であり、速度のある粘菌の如き管理者部隊を食い止めることなど到底不可能である。
滅菌スモークにまみれた鉄の死臭に満たされたセクション。
そこを照らすものは、撃鉄にはじかれた破壊の弾丸の唸る閃光のみ。
彼の肩のスラッグガンの必滅の十六発の鉄甲弾によってめちゃめちゃに裂ける管理者の二脚AC。
融爆→パルスジェネレータの暴走。頭部を残して全てが中心に吸い込まれるようにして消滅する。
管理者ACの頭部は、ちろちろと残った接続神経で彼の方を向いた。
彼女は懇願しているようにカメラ・アイを点滅させる。
彼はしかしそれをキャタピラでぐしゃりと踏みつぶす。じわりとオイルが設置したキャタピラの隙間から漏れ出でる。
彼は上方にリロードを終えたスラッグガンを放つ。一瞬の沈黙の後、鳥のように改造されたフロートACの残骸が降ってきた。
彼はトドメに右手のバズーカを放つ。めきょめきょと爆裂=変形し吹き飛ぶ。
『敵影の消滅を確認。次のミッションへ移行してください』
「なあ……おれは……」
『レイヴン、考えるのは後です。今は生き残ることを考えましょう!
……ヘリの到着を確認。レイヴン、早く!』
「ああ」
彼は錆ついたキャタピラをきしませてヘリの元へ向かう。だが……、
『レイヴン!』
「ははは、デートの予定はキャンセルになりそうだ……」
突然ヘリが爆発し、その炎上する巨体が彼に向かい……!
ブラックファクタ――レイヴンとして、俺はいままで彼とともにしてきた。
彼とずっとこのままでいたい。俺は何度もそう思った。彼は俺の心の安らぎだった。
だがそんな彼は、今俺に向けて銃を向けいる。俺は彼に向けて叫ぶ。何故だ。
彼は言う。それらは芝居だったと言う。俺の金が欲しかったんだ。
俺は一歩前に進む。彼は発砲する。銃弾は俺の耳を削いだ。俺はよろめく。くらりと目まいがする。
世界が回る。暗い部屋に赤熱した銃口が何重にも重なってガトリングガンのように映る。
彼の目が光る。彼は泣いているのか。何故そんなにも涙を流すのか!
「わからない」
――彼はそう言い、引き金を引いた。俺の視界が真っ赤に染まる。
俺は倒れる……。ああ、……! 彼が出ていってしまう!
ドアが開く。光が。閉まる。闇。彼の音が遠のいていく。彼は俺の前から姿を消した……。
ごうごうと、風圧、高く。
エレベータが、下がる。下がる。下がる。
遼機のアジャンテ=MT:レギュレーターはショットガンに弾層を叩き込みつつ、彼に回線を開いた。
『レイヴン、よろしくたのむ』
「ああ、こちらこそ、頼む」
彼――トラファルガーはレイヴンである。AC:ダブルトリガーを駆り、作戦エリアを蹂躙する。
この任務はミラージュからのものだ。だが本当はこれは彼の任務では無い。
しかしこの任務を受けたレイヴンは来れなくなった。
――マグナ遺跡のその奥に、管理者中枢への道がある。
――だが敵がいる。クレストだ。彼らを即刻排除してもらいたい。
――その為に、こちらで遼機を用意した。協力して任務にあたってくれ。
アジャンテはトラファルガーが個人で雇った。彼の愛機:レギュレーターはMTである。
しかし彼によってチューンナップされたその機体は、並のMTとは比べ物にならない。
元となったミラージュ製MT:ギボンの基本性能を遙かに超えている。ACと比べてもそん色ないくらいだ。
無論、機体性能のみが高くても意味はない。パイロットがヘボであればどんな機体でも雑魚である。
だがそんな心配は無用だ。アジャンテは強い。ここまで生き残っている――それが彼の強さを証明してくれる。
急にエレベータが止まる。本当はもう少し、下で止まるはずなのだが……。
レギュレーターがショットガンでエレベータの安全装置を破壊し、ゲートを無理やりこじ開ける。
エレベータの止まる位置がかなりずれているが身を屈めて、出るだけの隙間はありそうだ。
出た先が壁であったら目も当てられない。
面倒ではあるが、とりあえずは階層を自力で降りれば良かった……。
『先に出てくれないか……、レイヴン? 外に出たら、ここをおさまえてくれれば助かる』
ダブルトリガーは言われたとおりにし、頭の上と背中を少し擦りながらも、隙間を無事くぐりぬける。
彼は閉まろうともがくゲートを言われたとおりレギュレータの代わりに支える。
『さあ、次は俺の……何ィ!」
レギュレーターの右足が出たところで、ゲートから火花が散り、ダブルトリガーは吹き飛ばされる。
防御スクリーンによる、エネルギーの反発のようだった。
支える物が無くなったゲートはガチリとレギュレーターの右足を食いちぎり、最下層まで一気に落ちて行った。
アジャンテからの通信は何もない。友軍信号も、消えた。
そのかわり、レーダー・スクリーン上に赤い三角が点滅する。何個も。何個も……。
トラファルガーは気を尖らせてACを操縦し、奥に進む。
エリアの真ん中に来たところで、何かが彼の横を通り過ぎた。光が、湾曲している。
瞬間、全方位から、パルスガンの光るリングが、トラファルガーを襲う。
だが彼はブーストジャンプで、それを交わす。集中した、弾丸によって、石畳の一点が溶解し、陥没する。
しかしトラファルガーは慌てない。ミッションコードをコンソールに入力。
そしてクラッチコードの口頭認証:「レイヴン:トラファルガーよりAC:ダブルトリガー、戦闘モード起動!!!」
≪ジェネレータの振動開始:出力80%!≫
≪ラジエータ緊急冷却開始:冷却率60%!≫
≪FCS凍結解除:各武装へ電力を供給します≫
≪オプショナル・アモー!≫
≪メインシステム、戦闘モード起動します≫
ぶうぅん……ブゥウウウウンン!
4ツ眼の鋭い眼光は見えない全てに睨みを利かせる。
各排気口から出る水蒸気は、ジェネレータの発動熱量の冷却完了を示す。
トラファルガーは肩のトリプル・ロケットを選択し、照準スティックを握る
≪サーチ! サーチ! サーチ! ……敵影確認:電子処理開始!≫
まるで陽炎の様な機影がメイン・スクリーンに何体も。
陽炎の一体に向けて右肩を放つ。三発のロケットが飛んでいく。敵影らしきものは慌てて避けようとする。
通常のロケットであれば、それで回避は可能だっただろう。だが彼のトリプル・ロケットは違う。
射線が読めないのだ。打った本人にもだ。ガイドラインに沿って撃ってもてんでバラバラの方向に着弾する。
一発が天井に、もう一発が遺跡の柱に、最後に陽炎に突き刺さりそのステルス迷彩を吹き飛ばし、本体は姿を表す。
現われたのはミラージュ製ステルスMT:フリュークだ。こいつらと戦ったことが彼にはあった。かなり前のことだが。
秘密のベールを剥がされたMTに右手のショットガンを照準し撃つ。散弾は全て直撃し、MTは上半身を吹き飛ばされる。
トラファルガーはEOを起動。動くもの全てにレーザーを放つよう命令した。
EOはENの許す限り、針のようなレーザー・マシンガンをばら撒く。一機、また一機、と姿を現すフリューク。
そこにすかさずトラファルガーはショットガンを叩き込む。ぶわりと炎に焦げるオイルの煙。
何体ものそれによって、フリューク達の迷彩は役に立たなくなっていく。トラファルガーはEOをしまい、
トリプル・ロケットを照準。今度はガイドラインに沿ってまとめて飛んでいく。
三発のロケットが直撃したMTは紫電を上げる暇もなく爆散する。
躍起になって背後から飛びかかってくるフリューク。寸でのところで回避し、間髪入れずに左手の分裂投擲銃を撃つ。
フリュークの背に突き刺さる投擲弾。一秒後、破裂し、四個に分裂する。MTは四肢を引きちぎられる。
何度も、何機も、破壊する。トラファルガーは、破壊する。銃で撃ち、ロケットでバラバラに破壊する。
幻影の剥げた無機質な白の装甲に真っ赤に高熱を発する大穴。
トラファルガー=ダブルトリガーは雪崩れかかろうとする半壊したフリュークを右腕のショットガンで殴りつけた。
その衝撃で吹き飛ばされ壁にたたきつけられたフリュークは爆炎を上げて鉄くずになった。
≪敵影:ゼロ≫
≪遼機の救出に向かってください≫
頭部COMが言う。だが、まだここでやることがあった。
殆どのMTは原型をとどめていないが、やっとのことで、上半身の残ったMTを見つけた。
トラファルガーはハッチ解放を命じる……。
砂利道と化した石畳の上に降り立ったトラファルガーは奥歯のスイッチを舌で押しセンサリンクを起動する。
彼の顔面の左側はホッケーマスクのような金属の仮面に覆われており、規則的に空いた小さな穴から青い光が漏れる。
右目を瞑るとACとリンクしたエリア情報が、送られてくる。
彼は腰からサバイバルガンを抜き腰に構えながら、MTの残骸に近寄る。
まだ熱があったがそれによじ登り、コクピットハッチの解放プラグソケットを探した。
拉げたカバーをサバイバルガンを使ってこじ開けて、歪んだソケットに汎用プラグを無理やり射し、開放コードを送信する。
コクピットハッチが解放される。
赤い肉片がどちゃどちゃとこぼれおち、白い装甲を血で赤く濡らした……。
彼は奥で見つけたエレベータに乗った。こんどはちゃんと動いている。ゴトンと音がし、到着する。
ゲートが開いた。何も音はしない。ぼぅっと光る大きな非常灯が大昔の坑道のようなおもむきで配置されている。
エレベータを降りると、脚元はでこぼこのそれでもってつるつると滑る。だが彼は足を取られることはない。取られたらだめなのだ。
大きな岩のつららが上から垂れ下っている。鍾乳洞なのだ。大きな音をたてたら最後、上からそれが何百本も降ってくる回避することは出来ない。
なんとか鍾乳洞を抜け、ぬかるんだ舗装をされていない道を幾巡し、彼は足跡を見つけた。右足の後がない。左足の後が転々と、そして深くついている。
レギュレーターのものだろう。小ジャンプ移動で右足が無くとも移動したのだ。
足跡をたどると再び脚元は石畳に移行し、閉じたゲートの前に立つ。マップ情報を見るとこの先は広いエリアとなっているようだ。
ゲートを開放する。
祭壇のような人間用の階段の上、アジャンテが、レギュレーターがこちらを向いている。
だが、彼の信号は復帰していない。通信も無い。
レギュレーターはガチャンと、おもちゃのように倒れ、階段を滑ってくる。
トラファルガーは手を伸ばしコンタクトをとろうとする。
突然のレーザーの一閃。一瞬のところでダブルトリガーは回避する。掴もうとしたレギュレータの右手が溶解した。
トラファルガーはブーストジャンプし、祭壇を飛び越える。
狙っていたのは白と桃色のAC。レイヴン:リップハンター=AC:ルージュ。
優美な曲線を描いていただろうその機体も今は半身がなかば吹き飛び、今にも崩れおちそうだった。
彼女はなんとか旋回し、ブーストダッシュを試みようとするが、背部で爆発。
ブースタの機能不全だ。行き場所を無くしたエネルギーが彼女の身体の内部で暴走する。
各部に紫電を走らせ、祭壇を転げ落ち、レギュレーターにぶつかる。
『私は……まだ……戦える!!!』
ルージュはレーザー・ライフルをトラファルガーに向けようと身を起こす。
『……もう、充分遊んだじゃないか……なあ?』
『いやあ、アジャンテ、放してよぅ!!』
『レイヴン……あとは頼んだ。まだ……まだ敵がいる……』
再起動したレギュレーターはブレードでルージュのコアを塗らぬいた。
血液色のオイルをぶちまけ痙攣し、ルージュは全機能を停止した。
レギュレーターの目からも光が消え、鉄屑に帰る・・・・・。
遺跡の奥から黒い影が現われた……。重装二脚ACだった。
黒いブ厚い装甲の上にロケットなど重火器を満載しているアンテナヘッド。
そして、ACの左手に持つのは、トラファルガーの物と全く同じ分裂投擲銃……。
『おまえか……。予期していた相手とは違うが、致し方ない。
いつか会う、そう思っていたが、……ここで会うとはな』
「その声は……お前か」
『そう、私だ。だが今の私はファンファーレだ』
トラファルガー=ダブルトリガーが銃口を向ける先には一体の重二脚AC。
レイヴン:ファンファーレの駆るAC:インターピッドである。
それはトラファルガーの、宿敵!
「何故、お前は俺を……裏切った」
『私は金が欲しかった。潤沢な資金こそが私を満足させてくれるのだ』
突撃してくるだろうファンファーレの迎撃に備え、ダブルトリガーの連射EOがコアから射出される。弾数は既に全回復している。
インターピッドはやはりOBを起動した。薄暗い遺跡がパッと明るく染まる。
『イレギュラー要素は抹消する、ミラージュは……いや、私は判断した。お前は私を惑わす』
「俺は殺される訳にはいかない。俺は、お前を取り戻す。
消えたお前はそれ以前の俺も一緒に連れて行ってしまった。
俺が俺でなくなってしまった。俺は明日を作れない。俺は止まってしまったんだ、あの日から!
だから、俺はお前を倒す。倒して、俺を取り戻す。そしてお前も取り戻す。あの日からの未来を取り戻す!」
張りつめた大気がバンッとはじけた。
銃声が、幾重にも何重にも重なって次第に重みのある破滅の質量へと変化していく。
連射EOが供給されるエネルギの限りレーザを吐き出すが、分厚い防御スクリーンに阻まれ消失する。
このままでは体当たりされる、そう思ったトラファルガーはブーストを起動しギリギリのところで回避する。
擦れ違い様の至近距離でダブルトリガーはインターピッドにショットガンと叩き込むが、
一点に集中された散弾の威力をもってしてさえもその分厚い装甲は貫けず、へこませるだけだ。
ターンブースタによって一瞬にしてインターピッドはトラファルガーの方向を向き、
捻じ曲げられた慣性に身を任せ急速接近し、ダブルトリガーの頭部を掴み、コアにひざ蹴りを食らわせる。
仰け反るダブルトリガー。ショットガンが右手から離れ、遺跡の天井に突き刺さった。だがやられて黙っている彼ではない。
防御スクリーンを空いた右手に収集させインターピッドの頭部に向けて打ち出す。
アンテナが吹き飛び、インターピッドは眩暈を起こした様によろめき、右腕が痙攣し、関節部から爆発する。
だが同時にラージロケットが打ち出され、ダブルトリガーの四つ目の頭部も吹き飛ぶ。
二体のACは互いに分裂投擲銃を向け、引き金を引いた!
交差した射線。
ぶつかり何倍もの分裂数に弾ける!
上に、柱に、床に全てにそのエネルギーをぶちまける!
二人同時にブーストを起動。その身を以てぶつかる。
トラファルガー=ダブルトリガーのショットガンはファンファーレ=インターピッドの振り上げるハンドロケットにぶち当たり爆発する。
ショットガンに残った散弾が円状にばらまかれ、二人の装甲を吹き飛ばす。ロケットの爆発がそれに追従する。
二人は爆炎の中、投擲銃を双方のコアに向け、放った!
煙が晴れる。ぐらりとダブルトリガーが倒れる。嘴のようなコアの前面が大きくこそぎ落とされて、ジェネレータが露出している。
そのジェネレータも、活動を粛々と弱め、止まる。勝者は、……インターピッドだ。
『結局私は何もわからなかった。お前を殺してもさ、私の心の穴はふさがらないよ! もはやこの世界に私の居場所は無い。私の望むものも、無い』
ファンファーレは分裂投擲銃を天井に向け撃つ。残弾数:ゼロ。
『生憎だが……私はもう何も持っていないんだよ。お前と過ごしたあの日々から、私自身も消えていった……。
奪い取った何もかもが私から、流れる涙と一緒に零れおちていく。
私は何故……泣いているのか。このぼろぼろと流れ落ちる涙をとめるすべはないものか!!!』
撃ち込まれた爆弾が破裂し天井が盛り上がり、弾ける。
『私はお前がうらやましかった。素直に人を好きになれる選択権を持ったお前が。
私はもう、どうしようもなかった。私はお前が欲しかった。金としてのお前ではなく、人として。
しかし、人として愛して、告白して、拒絶される。私はそれが怖かった。
愛が怖かった。愛を失うくらいだったら、相手を殺してしまったほうがいい。
愛してほしい。裏切られるのはいやだ。なら自分が裏切って殺してしまえば愛した人が永遠になるハズだった。
金は代替物だった。金は人を裏切らないのだ。私は金を奪うことで、その罪を愛のためではなく金を奪うためと自分に認識させていた、
私は無償の愛を欲する。私はそれに、今気がついた!』
もう取り戻せない。取り消すことは無理だ。
これはゲームではない。再ロードは出来ない。
だが、取り消すことが可能だとしても、私は何をすべきだったのか。
ここでACを降り、懺悔するべきだったのか。
いや、そのようなことはありえないだろう。
私はレイヴンだ。私はACに乗り、そして殺す。だから私は殺した。
私はレイヴンだ。私は物言わぬ死体をついばんで散乱させて、戦場にむせ返る腐乱臭を満たす者だ!
崩落するマグナ遺跡。何千年、何万年前の人の英知がバラバラに崩れる。
彼の頬を流れる涙のように崩落は止まらない。
ファンファーレは笑った。
それは嘲笑である。