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 ロストフィールドの最深部、陽の光すら届かない地の底でブルーバード・シルフィとナインボール・セラフの、互いの存在意義を賭けた戦闘は繰り広げられた。

 

 縦横無尽に宙を舞うブルーバード・シルフィの機動を燕に例えるならば、一瞬で距離を無に帰すナインボール・セラフは鷹のそれだろう。十発に及ぶミサイル弾の雨を、シルフィが右へ左へと飛び回って掻い潜れば、反撃に転じようと向けられたスナイパーライフルに対し、セラフは銃弾すら追い越す速度で射程から消え去って見せる。

 

 一進一退を繰り返す戦況だけを見れば、両者の戦闘力は五分と言って良い。だが、シルフィに搭載された最新型のFCSですら捉えきれない加速と、ライフル弾をも跳ね返す脅威の装甲を持つセラフの機体性能は圧倒的で、その差を埋めるための負担は全てパイロットであるアイラにかかっていた。

 

 いかに強靭な精神力を有しようとも人の身である以上は必ず限界が訪れるわけで、この均衡も間もなく崩れ去る砂上の楼閣に過ぎない。

 

 だからセラフは決着を急がない。シルフィの射程から逃れるよう距離を取りながらミサイルによる散発的な攻撃を加えるだけで危険を伴う行動は取ろうとせず、特にムーンライトの届く間合いまでは決して近寄ろうとしなかった。

 

「ちっ!」

 

 アイラは舌を打ちながら回避に専念する。セラフに搭載されたミサイル自体は旧式の武器であるためか弾速、誘導性共に現代に出回っている製品に比べれば見劣りし、大した労もなくかわしきることが可能なのだが、反撃の糸口を掴めない状況が彼女を苛立たせてならなかった。

 

 距離を詰めなければ攻撃の命中は望めない。しかし飛行形態のセラフに追随する方法が無い以上、前に出たところで易々と仕切りなおされてしまう。

 

 現に、今もまたアイラがミサイル弾の合間を縫って接近に臨んだところ、セラフはそれを撃墜しようとする素振りすら見せずに変形し、逃げの一手に打って出た。そうなると変形を解除して着地するまで、アイラはただ眺めていることしか出来ないのだ。

 

 とは言え、いかにセラフとは言え無尽蔵の出力を持つわけではないのだから、連続的な起動で熱を帯びた体を休ませるために人型に戻る時がやってくる。飛行形態のセラフを捉えられないのだから、アイラの反撃する機会はその瞬間を持って他になかった。

 

 セラフは人型に戻った際の隙を隠すべく、彼女の死角であるシルフィの背後で変形を解く。が、その姿が視界に入らずともレーダーに表示された敵機の移動速度が落ちたことからアイラはそれを察した。

 

 好機と見たアイラは操縦桿を押し込んで、両肩に搭載した補助ブースターを起動させる。一年前、地球に降りてから最初のミッションにてヴァッハフントと交戦した際に用いたパーツと同様のそれは、前後互い違いに推進力を噴出することで、シルフィの向きを瞬時に180度転換させる。

 

 その正面には、まさに人型へと戻らんとしている赤いACの姿があった。 

 

 アイラはスナイパーライフルを撃ち込みながら、左肩に装着したプラズマ・キャノンの砲身を前方へとスライドさせる。そして片膝をついて機体を固定させたところで、FCSがロックオンの完了を告げた。

 

 轟音と共に大口径の砲身から放たれた一筋の光条は、目標に着弾すると煌々とした炎を巻き起こした。一拠点すら一撃で壊滅させる破壊力を持つ兵器である。並のACに命中したならばパイロット諸共に鉄の残骸へと変えるだろう。

 

 だが敵はナインボール・セラフ。ACを屠るために作られた、ACを超えるACであった。

 

 燃え盛る炎に錘状の穴が空くと、一条の弾丸が濛々と立ちこめた煙を突き破りシルフィの身体を貫かんと迫る。その表層は傷も焦げた形跡も残されておらず、攻撃を受ける前と変わらぬ赤く鈍い輝きを放っていた。

 

「この化け物!」

 

 アイラは悪態をつきながら反応する。プラズマ・キャノンの直撃を貰ってなお動き続けるセラフの装甲を化け物と称するならば、その命中をしてなお緊張を保つアイラの集中力もまた人間離れしていると評して差し支えないだろう。

 

 大量のミサイルをばら撒きながらセラフはシルフィに突っ込む勢いで接近する。アイラはムーンライトを構え、迎え撃つ態勢を整える。

 

 しかしセラフは、シルフィの眼前で急停止すると人型へと切り替わり、両腕に備えた青く輝くブレードを持って切りかかった。その刀身はムーンライトの三倍ほどに長大で、自らの刃だけが届く絶妙な間合いでセラフはそれを展開したのであった。

 

 アイラはムーンライトの刀身が届かないことを悟ると、シルフィの腹部を開放し、デコイを数発射出してミサイルを誘導しつつ、同時に補助ブースターを前方に噴射し緊急退避を図る。

 

 ところで、このブレードを用いた特攻を補助ブースターを使ってやり過ごすというのは、ヴァッハフントがアイラを撃つために用意した戦法だ。最新のパーツである補助ブースターを利用した戦い方はスカイウォーカーに記されておらず、アイラも訓練を受けていなかったが、宿敵が血汗を流して編み出した戦術は、反射的な操作を可能とするまでに彼女の記憶へと深く刻み込まれていたのであった。

 

 ブレードを寸前のところでかわしたアイラは、目の前に立つセラフにスナイパーライフルを撃ちこむが、弾丸は無情にも敵の胸板で火花をあげるだけで弾かれた

 

 アイラは歯噛みする。この展開を見越して強力な射撃兵器、そう、ヴァッハフントが使用した大型ロケット砲のような武器を用意していれば、この瞬間に決着をつけることが出来たはずだ。敵の正体を知りながら、周到な準備を諮ってなお掴めるはずの勝利を逃したと考えると、己の想像力の限界が悔やまれた。

 

 淡く緑色に輝く刃がシルフィの左腕に生まれる。今やセラフを傷つけることが出来る唯一の武器となったムーンライトを展開し、アイラは反撃に出た。

 

 しかしセラフにしてみれば、彼女にとって最後の希望とも言える接近戦に付き合う義理はない。ムーンライトが振られるより先に変形を果たすと、そのまま刃の届かぬ遠くまで飛び立って行く。

 

 アイラは再度補助ブースターを使って向き直り、それを追おうとするが、去り際に放たれたミサイルの弾幕に遮られてならなかった。

 

 

 

 かくして両者は数百mの間合いを置いて再び向かい合う。

 

 セラフはムーンライトを警戒し、一定の距離を保ったままミサイルを散発的に撃ちこむ持久戦の構えを見せ、機動力に劣るアイラはそれを甘んじて受けるという当初の戦況が再現されることになった。

 

 アイラは回避に専念し、スナイパーライフルによる反撃にも臨まなければプラズマ・キャノンを使用する素振りも見せなかった。シルフィの射撃兵器がセラフに通用しないことが先の攻防で明らかにされたためだ。

 

 時間を置くことで互いの戦闘力の違いは浮き彫りとされ、アイラはまさしくジリ貧の戦いを強いられた。

 

 左右から迫るミサイル弾を後方に下がって自機の正面へと誘導する。二発の敵弾のうち片方はコアの自動迎撃機能によって撃墜され、残った一発はスナイパーライフルで迎撃された。

 

 ライフルの起こした熱がミサイル弾の火薬に引火し、爆発を起こす。ダメージと呼ぶには遠いものの、その衝撃はシルフィを揺るがし、震動がコックピットに座るアイラの髪を流した。

 

 黒く艶やかな前髪の隙間から零れた彼女の表情は、笑っていた。

 

 

 

 シルフィのレーダーには十発近いミサイルの群が迫る様子が映し出されていた。

 

 アイラは残数も心もとなくなってきたデコイを使ってそれらを迎撃する。シルフィの放ったデコイの発する電波と熱を感知し、引き寄せられたミサイル弾は軒並み誤爆を起こして虚空に消えた。

 

自機の目と鼻の先で起きた爆発がシルフィの体を揺らす。しかしアイラは自身の内臓を揺さぶる衝撃にまるで関心を持たず、その視線は仁王立ちしたまま動かないナインボールの姿だけに注がれていた。

 

 迎撃の成功は彼女にとって確定事項だ。今、アイラが成すべきこととは現状の打破であり、そのためにはわかりきった事実に満足しあぐらを掻いているわけにはいかなかった。目を開き、耳を澄ませ、あらゆる情報を取り込み、導き出さなければならない。不可能を通す奇跡の一手を。

 

 そしてアイラは見出す。いや、確信すると表現した方が正確だろう。アイラは、ネストの率いる手駒たちが持つ弱点を最初から知っていたのだから。

 

ミサイルが迎撃された時、セラフは棒立ちのまま動きを見せなかった。シルフィが機動力を駆使してミサイルを回避した際には、すぐさま追撃の一手を打ってきたにも関わらず、デコイによる対応には反応することが出来なかったのだ。

 

アイラはナインボールのこうした姿に覚えがある。ロストフィールドに侵入する過程で交戦した彼らには、OBや補助ブースターと言った最新の兵器に対して一様に反応が遅れる傾向が見られた。そして今、彼女が使用したデコイもまた、ほんの数年前にACへの実用化が成功した最新型、つまりはネストの管轄下にない機器なのである。

 

 つまり、こうしてセラフが一時的な機能不全に陥っているのは、同機もまた他のナインボールと同様に、予測の出来ない展開、知識を持たない兵器に対して対応出来ない欠点を抱えていることを証明していた。

 

「だったら」

 

 アイラの瞳に輝きが灯る。

 

「やりようはある!」

 

 この時デコイを掻い潜った流れ弾がシルフィへ迫ったが、アイラは眼前までそれを引き付けると、ムーンライトの一閃で切り落とした。

 

 この動作に対するセラフの反応は、やはり見られなかった。

 

 

 

 アイラの選んだ方法は他のナインボールを破った時と同じものだった。

 

 彼女の推測が正しければ、セラフもまたOBの存在を知らない。相手が警戒を強める直前の距離からOBで一気に接近すれば、反応されるより先に密着出来るだろう。そうなれば、ムーンライトの一撃で勝負は決まる。

 

 アイラは力強くレバーを倒し、シルフィを前進させる。純酸素ターボチャージャーを搭載した特殊ジェネレータの生み出す馬力に支えられ、その背に負ったブースターはAC用パーツとしては最大級の推進力を実現し、蒼い機体を押し出した。

 

 セラフは両肩に備えた全砲門からミサイル弾を一斉に撃ち出して撃墜にかかる。その弾数や実に二十四、弾薬があげる白煙の数々が一面の幕となって対象を覆い、狙われた獲物は成す術もなく爆炎に呑まれていく…はずだった。

 

 だが彼は知らなかった。彼自身が生み出したACという兵器は、彼の手を離れヒトの手により進化を続けていたことを。二十五年という月日は、彼らが築いた常識が崩れるに十分な期間であったことを。

 

 シルフィの両肩の先端に取り付けられていた、扇形のパーツがその口を開く。そしてその中から解き放たれた弾薬の群れは、迫り来る凶弾を迎え撃ちそのことごとくを相殺した。

 

 轟音と共に、ロストフィールドに炎と熱の華が咲く。一面に展開された煙を突き破り、現れたのは一条の蒼い光と化したブルーバード・シルフィだった。

 

 セラフは動けなかった。人間には不可能な思考速度を持つ機械仕掛けの体とて、見知らぬ存在を前にしてはその姿を目の当たりにしてから反応する他にない。そして、彼の常識を大きく超える速度で迫るその相手は、変形して逃れるという判断を下すよりも疾くその間合いに踏み込んだ。

 

 いかに超常的な機動力を誇るセラフとて、変形を完了させるまでには一瞬の間を要する。そして、それはシルフィがムーンライトを振るうには十分過ぎる時間であった。

 

 獲った、アイラは確信する。この体勢から逃れる術などありえない。ムーンライトがナインボール・セラフのコアを切り裂く、それは確定事項と化したのだ。

 

 二十年に渡る戦いの決着としてはいささか呆気無いが、戦闘とは往々にして虚しいままに終わるものだ。

 

 エメラルドに輝く光の刃が、全てを終わらせるべくセラフの体にめり込んだ。

 

 

 

 セラフの弾幕を撃ち落としたシルフィのパーツは、これもネスト消滅後に開発された対ミサイル迎撃用の一品である。ACとは一言でまとめればコアを中心に、頭、腕、脚、ジェネレータ、ラジエータ、ブースター、FCS、の八項目に各種の銃火器を加えて武装した鎧であるが、これはそのいかなるカテゴリにも属さない追加要素的なパーツだった。

 

 当然ネストの常識には存在しない武装で、アイラもそれを見越して搭載を決めたのだ。

 

 旧世代の亡霊に用いられた技術の中で、最も特徴的だったのは基礎フレームの軽量化だった。現代のACはネストが支配していた時代のそれに比べて、パーツの種類も増えより多面的な機能を要求された結果として複雑な機構を採っており、必然的に重量が嵩む。旧世代の亡霊とは、そうした嵩張る骨組みを取り払い、対応するパーツの幅を狭めた代わりに軽量化と高強度化を両立させた、対AC専用機であった。

 

 この軽くて強いフレームを採用したことでシルフィの限界搭載重量には相当の余裕が生まれ、空いた枠にアイラは目一杯の最新機器を詰め込んだのである。これらはもちろん対ネストをかく乱する目的で実行したチューンであり、言ってみれば対ナインボールに特化した機体がこのブルーバード・シルフィであった。

 

 その目論見は見事に嵌り、彼女は自機をはるかに上回る戦闘力を持ったセラフに対し見事一太刀を浴びせることに成功した。

 

 そう、彼女の採った戦略は正解だった。ブルーバード・シルフィの在り方に問題などなかった。

 

 では、間違っていたのは…。

 

 

 

 視界の右上から迫る青い光の動きが、アイラには妙にゆっくりと感じられた。

 

 セラフの左腕が振るったブレードは袈裟切りにシルフィの身体を薙ぎ、全身の皮膚を剥がされるような高熱と骨の髄まで粉砕されるような衝撃がパイロットの神経を通り抜けた

 

 機体と一緒にアイラの身体まで両断されなかったのは、寸前に補助ブースターを起動させ後退を図った恩恵によるものだ。とは言え、直撃こそ免れたものの胸部の装甲板を持っていかれるほどのダメージを受ければ、パイロットも無傷で済むはずがない。コックピットでは赤いランプが眩しくちらつき、危機を知らせるアラームがけたたましく鳴り響いていた。

 

 アイラは声を噛み殺して痛みと、内臓に受けたダメージで引き起こされた酸欠状態を忘れようとする。ベルトをつけていなかったことが災いして、敵のブレードによる衝撃はもちろん、緊急回避の際にかかった横向きの重力までもが凶器として彼女の肉体に襲い掛かったのだ。

 

 セラフは更に右手にもブレードを展開して、シルフィに留めの一撃を加えようとする。だが、懸命に痛みを堪えて実行したアイラの回避行動がギリギリで間に合い、その一閃は空を切った。

 

 無理な体勢から足をあげて操作したことで更なる痛みがアイラを襲う。が、ここで苦痛に負けて操作を止めれば紛れもなく死が訪れるのみ。声の出ない苦しみに思考を支配され理性などほとんど働いていないが、彼女は歯を食いしばってレバーを押しペダルを踏む。

 

 シルフィは後方へと離れながらも左肩にかけたプラズマ・キャノンをセラフ目掛けて発射する。が、またも変形したセラフは悠々と着弾点から逃れていった。

 

「しくった」

 

 アイラは眉をひそめ、苦々しい口調で自嘲する。表情には、名実共にパートナーという言葉に相応しい存在になりつつあるフェイや、幼少時、いや生まれる以前からその姿を見つめ続けていたアリスですら目にしたことのない、眉間に皺を寄せたしかめ面が浮かんでいた。

 

 そしてセラフは追撃を開始する。敵は虫の息であり、体当たりの一つでも食らわせれば容易く崩れ落ちるはずだが、それでも彼は早急な方法ではなく先ほどまでと同じ、ミサイルによる遠距離からの砲撃を選択した。

 

 状況を問わずより安全な、より確実な方法を取るのが機械的、非人間的な思考であり、セラフの在り方と言えた。

 

 そう、セラフは人間ではない。アイラが失念していたのはその一点だった。

 

 アイラはモニターの彼方に立つセラフの姿を見る。赤く輝く四肢は健在だが、その本体であるコアには大きな亀裂が入り火花を上げていた。ムーンライトの一撃は、確かにセラフの身体を切り裂いたのだ。

 

 ACは各々の部位が損傷したとしても基本的に戦闘を続行できるよう設計されている。しかしパイロットの乗り込むコアだけはその例に及ばず、破壊されれば乗り手の命と共に全ての機能を奪われてしまう。そのためにコアパーツは特別頑強に設計されているわけで、他のパーツは全てコアを守るための武装と言って過言ではない。

 

 だからこそ人は彼の兵器をアーマード・コアと呼ぶのだ。

 

 だがしかし、セラフにその常識は当てはまらなかった。何故ならセラフはネストが操る機械人形であり、当然乗り手など存在しない。コアが破損しようと失われる命など持ち合わせていない。

 

 命を持たないセラフを相手に、他のACと同じようにコアを急所と見なしたことがアイラの犯した失敗である。

 

「そんなの、ACじゃないって」

 

 ミサイルをかわしながら、アイラは誰にも聞かせたことのない愚痴をこぼす。

 

「いや」

 

 崩壊寸前の鉄塊に覆われた孤独で、彼女は一人、弱音を漏らした。

 

「間違えたのは私、か」

 

 後悔を口にすると、心が急速に冷えていくのを感じられた。

 

 

 

 絶望的な戦況の中、アイラの頭に浮かんだのはガレージで今もなお彼女の勝利を信じ待ち続けるフェイとアリスの姿だった。

 

 いついかなる時もACと共に奔放に飛び回っていた彼女が初めて定住を受け入れ、未来を守るべく命を賭けたその場所は、アイラの故郷に等しかった。

 

 戦火にあって故郷に想いを馳せる。そんな死に逝く者の思考に、アイラ・ルークスカイが陥るという冗談がおかしくて、彼女は鼻を鳴らしながら笑った。

 

 回避運動の合間を縫って、彼女は通信用のスピーカー部に手を置いた。戦闘が始まる前にスカイウォーカーとの接続を切っておいたのは正解だったと思う。

 

 涙を見られずに済むから。フェイの、アリスの、スタッフたちの、彼女を知る人々の胸の内に住まう、アイラ・ルークスカイというレイヴンの幻想を壊さないでおけるから。

 

 彼らは知っている。アイラ・ルークスカイはいつだって強く、どんな苦難も飄々と乗り越え、どこまでも自由に世界を翔け…

 

「誰にも、負けない」

 

 彼女がそう呟いたのと、ミサイル弾がシルフィの左肩に命中し、腕ごと吹き飛ばしたのは同時だった。その背に負ったプラズマ・キャノンの砲身が爆発に巻き込まれて折れ、銃口を含む先端部が地面に落ちて砕け散った。

 

 

 

 身体の一部を失ったことで重心の崩れたシルフィは制御を失い、左右へと不規則に揺れながら墜落した。再び飛び上がろうと背中のブースターが何度も炎を噴くも、もはや両の足で立つことすらままならない身体では推進力のベクトルを下方に向けることもあたわず、半死半生の芋虫のごとく、うねうねと地面を這うことしか許されなかった。ただ必死にその場を逃れようと蠢く彼の姿に、かつての燕のように軽やかな機動は見る影もない。

 

 

 

いつからこうなった?

 

 

 

 機体が横倒れとなったことでコックピットの上下左右が九十度回転し、アイラは操縦席から投げ出されて下方向に移り変わったモニターに腹を打ち付けた。衝撃で肺の中の空気が漏れ、吐き気にも似た激しい息苦しさに見舞われるが、ダメージを負った内臓は一時的に機能停止に追い遣られ、たった一呼吸にも数秒の間を要するほどだった。

 

 

 

好きなように生きて、好きなように死ぬ

 

 

 

 それでもアイラは戦う。電灯はもちろんアラームランプすら壊れ、わずかに生き残った計器類の灯りだけが辺りを照らす暗闇の中で、勘だけを頼りに腕を伸ばして操縦を成そうとする。

 

 

 

それが私だったはずなのに

 

 

 

 起き上がることが出来ないので、目の前にあったペダルを右手で踏み、計器の隣のレバーを頭で押し込む。十九年の人生、いや、生まれる前から親しんできたACの操縦だ。目で確認せずとも、手足を入れ替えた操作であっても、間違えるはずもなかった。

 

 

 

今は、負けられないと思っている

 

 

 

 シルフィの背中に光が灯った。全開に放たれたブースターの出力は床を抉りながらシルフィの身体を前方へと押し出し、それは目の前の敵へと、ナインボール・セラフへと、向かうべく動き出す。

 

 

 

なのに

 

 

 

 だが、絶望の淵にあって欠片ほどの意地が報われるほど現実は甘くない。

 

 這うように起動を始めたシルフィの身体に、止めとなるセラフのミサイル弾が突き刺さる。非情な鉄の弾丸は、かすかに残された希望と共にその鮮やかな蒼い装甲を吹き飛ばした。

 

 一回目の爆発は流線型の頭部を砕き三日月状に変えた。二回目の爆発は逆転の切り札であった右腕とムーンライトを打ち砕いた。

 

 相手が半死半生の身であっても、セラフは決して追撃の手を緩めなかった。そもそも容赦という判断が彼にはなかった。目標の殲滅こそが彼の存在意義であり、唯一許された自由なのだから。

 

 やがてブルーバード・シルフィは脚部に留まらず下半身、そしてコアまでもが倒壊し、人型と呼ぶに相応しい姿を失った。それでもなお断続的に機動を続けるブースターだけが、絶えない彼女の戦意を示していたが、やがてジェネレータが停止したことで供給電力が途絶えるとそれも弱々しく消え去っていき、最期に瞳の光が失われることで、同機は完全に沈黙した。

 

 

 

 こうしてロストフィールドの決戦は終わる。闘技場には、二機のACの影が残された。

 

 その内の蒼い一機は一山の鉄塊と化していた。そしてもう一機の赤い機体は、滅び行く宿敵の最期を看取るように、悠然とした姿で佇んでいた。両肩に備わった砲門は閉じており、シルフィに致命傷を負わせた両腕は、その役割を終えたかのようにだらんとぶら下がったまま動かなかった。

 

 先刻までの死闘とは打って変わり、静寂に支配されるその一室に、ガランという重く硬い金属同士がぶつかり合う音が響いた。音はシルフィの足元から鳴っていた。そのコアパーツの一部分に穴が空き、切り捨てられた装甲板が転がり落ちたのである。

 

 穴は内部から開けられたものだった。爆発の際にフレームが歪んだのか、搭乗口が開かなくなったので、搭乗者が携帯していたレーザートーチで壁を焼き切ったのだ。

 

 鉄の溶けた切断面に触れないよう注意しながら、搭乗者が這い出してくる。全身が痣だらけで、随所には骨折していると思われる青い斑点が浮かび上がっていたが、彼女は確かに健在だった。

 

 滑り落ちるように機体から飛び降り、着地の衝撃で全身に鋭い痛みが走って顔を歪める。激痛を堪えるうちに脂汗が額からにじみ出るが、倒れないよう両足を踏ん張るだけで精一杯で、顔を拭う余力すら残されていなかった。

 

 はっ、と強く息を吐きながら体をシルフィに預ける。稼動時の発熱は装甲までは伝わっていなかったのか、愛機の体は冷たく火傷した肌に気持ち良かった。

 

 気を緩めれば飛びそうになる意識を唇を噛む痛みで保ち、彼女は真っ直ぐに強い眼差しを数十mの向こうに立つ宿敵へと向ける。勝敗は既に決している。が、それでも彼女はセラフに屈するわけにはいかなかった。

 

 しかしACと対峙するには、生身の身体はあまりにも脆弱すぎる。セラフが再びミサイル弾かバルカン砲、いや、ただ歩いて踏み潰すだけでも彼女の命の灯火は潰えるだろう。

 

 さて、どんな死に様を晒すことになるやら。などと頭の中で軽口を叩く。

 

 決して屈せず且つ悔いを残しながら諦観の念を抱く。死の間際にありながら矛盾する思考を同時に処理する精神性は、まさしくアイラの在り方であった。

 

 アイラ流の覚悟が固められる中、それを滅する無情の一撃は、しかし数秒の間を置いても下されることはなかった。

 

 アイラは不思議に思い、正面を向いていた視線を上方に向ける。彼女の曇りなく輝く青い瞳と、彼の鈍く光る赤い瞳が交錯した。

 

「そっか」

 

 セラフの沈黙は、アイラに理解を促した。

 

 倒すべき宿敵を前にしながら視線の向けられない両の目に、彼の意思は感じられなかった。何者をも撃とうとしない腕に、彼の目的は篭もっていなかった。

 

 そう、彼はアイラを殺すつもりなどなかったのだ。

 

 ナインボールの存在意義とはイレギュラーの排除であり、具体的にはネストの管理から外れたACの消去にある。その価値観において、ロストフィールドに許可なく侵入したブルーバード・シルフィは間違いなく抹殺対象だが、アイラ・ルークスカイという個人はその限りではない。

 

 何しろネストは既に崩壊し、秩序の管理者たる地位を失っているのだ。只の自動防衛装置に過ぎない同システムに反逆したところでネストの定義するイレギュラーには相当せず、ナインボールの削除対象には含まれないのである。

 

 つまり、アイラと戦う理由など最初からナインボールには無かったのである。

 

「アンタも似たようなものだったんだ」

 

 我が侭な野心を種とし、あらゆる人間のエゴを受け止めながら、なお自由を求めてもがき続ける彼女は語り。

 

 我が侭な理想を種とし、あらゆる人間のエゴを受け止めながら、戦う意味を失った彼は語らなかった。

 

 己でない何者かの意志に操られ戦いを強いられる。立場を同じくした両者の明暗を分けたのは、ひとえに彼らを求める者の存在であろう。

 

 敗北が決定的となりながらも無事に帰る責務を持った彼女は諦めず。

 

 勝利を決定的としながらも世界に不必要な存在と化していた彼はそれを放棄した。

 

 いかに武装して(Armored)見てくれの戦闘力を誇ろうと、最後に勝敗を分かつはその者が背負う使命(Core)の重さ。ただ、それだけの話であった。

 

 

 

 アイラは痛む体を押さえながら立ち上がり、よろよろと今にも倒れこみそうになりながらも、しっかりと一歩一歩を踏み込んで進む。

 

 そしてナインボール・セラフの隣を通り過ぎる際、彼女はぽん、と拳でその脚を小突き、

 

「じゃあね」

 

 正反対の理念を持つ分身に別れの言葉を告げると、ロストフィールドの最深部を目指して歩き始めた。

 

 彼らをあるべき場所に帰すべく。

 

 そして自らがあるべき場所に帰るべく。

 生まれる前から己を縛り付けてきた鎖を解き放ち、仲間と共に自由を掴むために。





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