「ひどい光景だな……」
一機のACが、澱んだ空を徘徊していた。
荒れた大地を見下ろしながら、それは何かを探すように動いていた。
「ん?」
そのパイロットの目に、何かが飛び込んできた。視線の先には、瓦礫の山。
ブーストを吹かしつつ、そこへ接近する。そこにいたのは瓦礫に半分埋もれたAC。
「なるほど……これが報告のあった……」
生命反応はある。パイロットは、まだ生きているようだった。
一機のACが、澱んだ空を徘徊していた。
荒れた大地を見下ろしながら、それは何かを探すように動いていた。
「ん?」
そのパイロットの目に、何かが飛び込んできた。視線の先には、瓦礫の山。
ブーストを吹かしつつ、そこへ接近する。そこにいたのは瓦礫に半分埋もれたAC。
「なるほど……これが報告のあった……」
生命反応はある。パイロットは、まだ生きているようだった。
夢を見た。
懐かしい人の夢。
裕福な家庭に生まれ、お偉いさん方に囲まれて育った幼馴染み。
結局最後まで敬語が抜けなかったあいつが、笑っていた。
『ディート……頑張ってくださいね……』
それは、夢でも抜けていなかったけれど。
懐かしい人の夢。
裕福な家庭に生まれ、お偉いさん方に囲まれて育った幼馴染み。
結局最後まで敬語が抜けなかったあいつが、笑っていた。
『ディート……頑張ってくださいね……』
それは、夢でも抜けていなかったけれど。
「ん……」
目を覚ますと、光が瞳に降り注ぐ。柔らかなベッドが、彼を包み込んでいた。
ゆっくりと上体を起こし、状況を確認する。痛みが全身を駆け抜け、顔がつい歪んでしまう。
「気がついたか?」
自分を囲んでいたカーテンが揺れ、そこに一人の男が現れた。
そこで初めて気付かされる、ここが医務室で、この男に手当てを受けたのだと。
「……すまん。まだ頭が状況を整理できてない」
目の前の男は初対面だし、自分が倒れる前、何があったのかも詳しく憶えていない。
ただわかることは、想像を絶する恐怖を味わったことだけだ。
赤い雨が降った。その瞬間は、空が恐怖一色に染まっていたのは憶えている。
考えるより先に体が動いていた。ひたすらに逃げ回って、彼は崩れかけの建物に飛び込んだ。
無人兵器は、それでもしつこく襲い掛かってきた。機関部に重大なダメージを負い、ACは動かなくなる。
ここらで意識は飛んでいたような気がする。それでも、落ちていくシステムと崩れていく瓦礫の音だけは耳に残っていた。
そこまで思い出し、自分の指が震えていることに気付く。
「あんなものを見た後ではな……仕方が無いだろう」
男は、左の手に持っていたカップを差し出す。湯気が踊るそれからは、コーヒーの香りが漂っていた。
カップは暖かく、全身を駆け巡る寒気がそれだけで失せるようだった。彼にとって、なんともありがたいモノだっただろう。
「アレは何なんだ?お前は何か知っているのか?」
彼は、とりあえず疑問に思ったことを口にした。この男が何かを握っていると思ったのだろう。
男が何も知らなかったとしても、とりあえず現状だけは把握したかった。
「我々もまだ詳しいことは把握していない。ただ、あれは危険……ということはわかっている」
男は表情を一切変えることなくそう言った。本当に何も知らないのかと問いたくなるほど、淡々と。
「ここ最近は奴らの活動も沈静化し、今は外で十分活動できるレベルだ」
「ここ最近はって……ちょっと待て。俺もしかして決行長いこと眠ってたのか?」
そうでなければ、ここ最近だなんて言葉は出てこないだろう。
一日かそこらなら、情勢は全く変わっていないはずだから。
「2ヶ月近くは眠っていたな」
そう聞いて、落胆する。まぁ死んでないだけマシか……と考えることにした。
「そうか……んで、その2ヶ月の間に何があったか教えてくれないか?」
それぐらいなら、この男もわかるだろう。まぁ混沌としていると言うのならばわからなくても仕方がないが。
「ふむ……いいだろう。無人兵器の襲来は止み、今はミラージュ、クレスト、キサラギの三社が立ち上げたアライアンスと言う機関が地上を統治している」
どうやら、企業はしっかりと生き残っているらしい。新しい統治機関を設立し、滞りなく事態は回復へ向かっているようだ。
「レイヴンは……アークはどうなったんだ?今まで通り機能しているのか?」
企業側の事態はおおよそ把握したが、レイヴン達はどうなったのだろうか。
無人兵器の襲来に耐えたレイヴンは、恐らく多くは無いだろう。生き残りがいて、ちゃんとアークを動かしているのだろうか。
「アレが襲来してから……殆どのレイヴンは死に、アークは自然消滅したよ。生き残っているレイヴンは21人……いや、君が22人目だ」
……予想外の事態に彼は言葉を失う。生き残っているのは22人……それほどまでに、あの無人兵器の威力は絶大と言うことだ。
しばらくの間沈黙が流れる。彼は、これからどうするべきか必死に考えていた。
「……レイヴンとして仕事を続けることは可能なのか?」
とりあえず、それだけは確認したかった。仕事を失ってしまったのでは元も子もないからだ。
「アライアンスも時にはレイヴンを必要とする事もある……ただ、後4ヶ月もすればレイヴンの需要はさらに増えるはずだ」
「4ヶ月?何かあるのか?」
いつの間にか空になったカップを膝の上に置き、問う。レイヴンの需要が増える……ありがたいが、何か裏がありそうだった。
騒乱など慣れっこだが、正直命に関わるような事態は勘弁して欲しい。先の無人兵器襲来でもう十分死の淵は味わった。
「統治と言うものには、反乱が付き物だ。アライアンスのやり方を良しとしない者も、集まりつつある。恐らくは、全面衝突になるだろう」
と言うことは、戦争みたいな形になるのだろうか。あまり経験の無い事態だから、おぼろげにしか状況が浮かばない。
自分は、どちらの側につくのだろうか。いや、この際どちらにつくでも無く、独立して活動するのもレイヴンとしてはありなのではないか。
まぁそんなことは、その時になって考えれば済むことだろう。自分はレイヴン、自由な傭兵だから。
「そうか……まぁ何にせよ、俺は今まで通りでいいってことだな」
「それはどうかな?」
空になったカップを傍にあったデスクに置き、彼は男の言葉に「は?」と返す。
「レイヴン『アベル』……搭乗AC『クルースニク』
無人兵器襲来により消息を絶つが、今ここにこうして生存している。
アークに所属していた時代では、そうランクは高くないものの15以内には食い込んでいたな」
淡々と、男は語る。間違いなく、それは自分の情報であった。
それがどうしたと言うのか。そう問う暇も無く、男はさらに続ける。
「実力の程はまだ見る機会が少なかったからな……だが、私は君を高く評価しているつもりだ。どうだ……私と手を組む気は無いか?」
……この男は何を言っているんだろう。彼は全く話が見えていなかった。
ひょっとしたら、この男は独立武装勢力でも率いて、そのアライアンスと、それに反抗する集団に対抗するとでも言うのだろうか。
そこで自分がどうしたいのか考えてみる。とりあえず、最低限死にたくは無いと思っていた。
この際レイヴンをやめるのが一番安全な気がするが、それでこの先生き残れるかは謎だ。
「……と言うか、あんたはそもそも何者なんだ。手を組むと言われても、流石にそれなりの条件じゃないと蹴るぞ」
ここに来て、そう思い始める。一応命の恩人ではあるが、流石に組織との契約だとかになってくると仕事の問題だ。
「ふむ……すまない。自己紹介が遅れてしまったな」
そう言って男は立ち上がる。空になったカップ二つを手に取り、どこかへと持っていく。
そして、すぐに戻ってきた男は、ハッキリとこう言った。
「私の名はジャック・O……レイヴンによる秩序の創出を目指して、バーテックスを組織している最中だ。
そこで、私と共に戦ってくれるレイヴンを募っている。私は、是非君をバーテックスに迎えたいと思っているのだが、どうかな?」
「…………」
どうかな?と、言われても困る。今目の前にいるのが、あのジャック・Oだと思うと流石に動揺を隠せない。
かつてのアーク主宰が、こんなところで反抗勢力を組織しているとは流石に想像が出来なかった。
実際に目の当たりにするのは初めてだ。話したことはおろか、アリーナで戦ったことすらない。
中堅程度のレイヴンでは、永遠に関わることなど無いだろうと思っていたぐらいの人間である。
それが、自分の力を必要としている。そう考えるだけで、何となく気分が高揚してしまう。
「……待てよ……今『レイヴンによる秩序の創出』と言ったか?」
何やら不穏そうな言葉が――そもそも統治機関に牙を向く時点で不穏なのだが。
ともかく、レイヴンによる秩序の創出などと言われてもいいイメージは湧いて来ない。
単純な話、レイヴンの世界を築くという事なのか。それともまた別な何かがあるのか。
いずれにせよ、彼に言える事はこれだけだった。
「……悪いが興味無いね」
ゆっくりと体の軸を回転させ、ベッドから足を出す。自分の靴は、しっかりとそこに置かれていた。
立ち上がるときに、ほんの少し視界が歪む。だがそれもすぐ止まり、今まで眠っていたのが嘘のようにしっかりと立てた。
「戦闘開始まで4ヶ月の猶予はあるんだろう?」
すぐ近くの椅子に掛けてあったジャケットを羽織り、新しいコーヒーを淹れるジャックに問う。
いつの間に現れたのかわからないが、一人白衣を着た男がいるのに気付く。恐らくはここの医師なのだろう。
「あぁ。その間に、リサーチャーやオペレーターを雇っておくことを推奨するよ。
君もレイヴンなら、自然に戦いに巻き込まれることになるだろうからな……。
事前に準備しておいた方がいいぞ。私たちが宣戦布告すれば、休んでいる余裕は無くなるからな」
「心得ておくよ」
近場にあった鏡で、二ヶ月ぶりの自分の顔を拝んでおく。
――眠ったままでは二ヶ月経ったことも実感が無いのだが。
どことなくやつれた気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。
「ところで」
鏡から目を離すと、淹れ終わったコーヒーを啜るジャックがいた。
美味そうな芳香が、一瞬脳を支配した。すぐに欲を振り払い、本題へと戻す。
「俺のACはどうなってる?」
レイヴンとして、まず気にかかる問題。自分の愛機は自分の分身、と彼はいつも言っていた。
「かなりボロボロだったからな……特にブースターは二度と使い物にならない。
だが、とりあえず修復可能なものは修復してガレージに保管している。案内しよう」
カップを置いて立ち上がるジャック。それを見て「ありがたい」と短く返す。
とりあえず、ACが無事ならば何とかなるだろう。レイヴンにとってACほど大事なものは無い。
ガレージへ続く肌寒い道を、あのジャック・Oと歩きながら考える。
頭に描くのは、おぼろげな未来と、おぼろげな過去。
目を覚ますと、光が瞳に降り注ぐ。柔らかなベッドが、彼を包み込んでいた。
ゆっくりと上体を起こし、状況を確認する。痛みが全身を駆け抜け、顔がつい歪んでしまう。
「気がついたか?」
自分を囲んでいたカーテンが揺れ、そこに一人の男が現れた。
そこで初めて気付かされる、ここが医務室で、この男に手当てを受けたのだと。
「……すまん。まだ頭が状況を整理できてない」
目の前の男は初対面だし、自分が倒れる前、何があったのかも詳しく憶えていない。
ただわかることは、想像を絶する恐怖を味わったことだけだ。
赤い雨が降った。その瞬間は、空が恐怖一色に染まっていたのは憶えている。
考えるより先に体が動いていた。ひたすらに逃げ回って、彼は崩れかけの建物に飛び込んだ。
無人兵器は、それでもしつこく襲い掛かってきた。機関部に重大なダメージを負い、ACは動かなくなる。
ここらで意識は飛んでいたような気がする。それでも、落ちていくシステムと崩れていく瓦礫の音だけは耳に残っていた。
そこまで思い出し、自分の指が震えていることに気付く。
「あんなものを見た後ではな……仕方が無いだろう」
男は、左の手に持っていたカップを差し出す。湯気が踊るそれからは、コーヒーの香りが漂っていた。
カップは暖かく、全身を駆け巡る寒気がそれだけで失せるようだった。彼にとって、なんともありがたいモノだっただろう。
「アレは何なんだ?お前は何か知っているのか?」
彼は、とりあえず疑問に思ったことを口にした。この男が何かを握っていると思ったのだろう。
男が何も知らなかったとしても、とりあえず現状だけは把握したかった。
「我々もまだ詳しいことは把握していない。ただ、あれは危険……ということはわかっている」
男は表情を一切変えることなくそう言った。本当に何も知らないのかと問いたくなるほど、淡々と。
「ここ最近は奴らの活動も沈静化し、今は外で十分活動できるレベルだ」
「ここ最近はって……ちょっと待て。俺もしかして決行長いこと眠ってたのか?」
そうでなければ、ここ最近だなんて言葉は出てこないだろう。
一日かそこらなら、情勢は全く変わっていないはずだから。
「2ヶ月近くは眠っていたな」
そう聞いて、落胆する。まぁ死んでないだけマシか……と考えることにした。
「そうか……んで、その2ヶ月の間に何があったか教えてくれないか?」
それぐらいなら、この男もわかるだろう。まぁ混沌としていると言うのならばわからなくても仕方がないが。
「ふむ……いいだろう。無人兵器の襲来は止み、今はミラージュ、クレスト、キサラギの三社が立ち上げたアライアンスと言う機関が地上を統治している」
どうやら、企業はしっかりと生き残っているらしい。新しい統治機関を設立し、滞りなく事態は回復へ向かっているようだ。
「レイヴンは……アークはどうなったんだ?今まで通り機能しているのか?」
企業側の事態はおおよそ把握したが、レイヴン達はどうなったのだろうか。
無人兵器の襲来に耐えたレイヴンは、恐らく多くは無いだろう。生き残りがいて、ちゃんとアークを動かしているのだろうか。
「アレが襲来してから……殆どのレイヴンは死に、アークは自然消滅したよ。生き残っているレイヴンは21人……いや、君が22人目だ」
……予想外の事態に彼は言葉を失う。生き残っているのは22人……それほどまでに、あの無人兵器の威力は絶大と言うことだ。
しばらくの間沈黙が流れる。彼は、これからどうするべきか必死に考えていた。
「……レイヴンとして仕事を続けることは可能なのか?」
とりあえず、それだけは確認したかった。仕事を失ってしまったのでは元も子もないからだ。
「アライアンスも時にはレイヴンを必要とする事もある……ただ、後4ヶ月もすればレイヴンの需要はさらに増えるはずだ」
「4ヶ月?何かあるのか?」
いつの間にか空になったカップを膝の上に置き、問う。レイヴンの需要が増える……ありがたいが、何か裏がありそうだった。
騒乱など慣れっこだが、正直命に関わるような事態は勘弁して欲しい。先の無人兵器襲来でもう十分死の淵は味わった。
「統治と言うものには、反乱が付き物だ。アライアンスのやり方を良しとしない者も、集まりつつある。恐らくは、全面衝突になるだろう」
と言うことは、戦争みたいな形になるのだろうか。あまり経験の無い事態だから、おぼろげにしか状況が浮かばない。
自分は、どちらの側につくのだろうか。いや、この際どちらにつくでも無く、独立して活動するのもレイヴンとしてはありなのではないか。
まぁそんなことは、その時になって考えれば済むことだろう。自分はレイヴン、自由な傭兵だから。
「そうか……まぁ何にせよ、俺は今まで通りでいいってことだな」
「それはどうかな?」
空になったカップを傍にあったデスクに置き、彼は男の言葉に「は?」と返す。
「レイヴン『アベル』……搭乗AC『クルースニク』
無人兵器襲来により消息を絶つが、今ここにこうして生存している。
アークに所属していた時代では、そうランクは高くないものの15以内には食い込んでいたな」
淡々と、男は語る。間違いなく、それは自分の情報であった。
それがどうしたと言うのか。そう問う暇も無く、男はさらに続ける。
「実力の程はまだ見る機会が少なかったからな……だが、私は君を高く評価しているつもりだ。どうだ……私と手を組む気は無いか?」
……この男は何を言っているんだろう。彼は全く話が見えていなかった。
ひょっとしたら、この男は独立武装勢力でも率いて、そのアライアンスと、それに反抗する集団に対抗するとでも言うのだろうか。
そこで自分がどうしたいのか考えてみる。とりあえず、最低限死にたくは無いと思っていた。
この際レイヴンをやめるのが一番安全な気がするが、それでこの先生き残れるかは謎だ。
「……と言うか、あんたはそもそも何者なんだ。手を組むと言われても、流石にそれなりの条件じゃないと蹴るぞ」
ここに来て、そう思い始める。一応命の恩人ではあるが、流石に組織との契約だとかになってくると仕事の問題だ。
「ふむ……すまない。自己紹介が遅れてしまったな」
そう言って男は立ち上がる。空になったカップ二つを手に取り、どこかへと持っていく。
そして、すぐに戻ってきた男は、ハッキリとこう言った。
「私の名はジャック・O……レイヴンによる秩序の創出を目指して、バーテックスを組織している最中だ。
そこで、私と共に戦ってくれるレイヴンを募っている。私は、是非君をバーテックスに迎えたいと思っているのだが、どうかな?」
「…………」
どうかな?と、言われても困る。今目の前にいるのが、あのジャック・Oだと思うと流石に動揺を隠せない。
かつてのアーク主宰が、こんなところで反抗勢力を組織しているとは流石に想像が出来なかった。
実際に目の当たりにするのは初めてだ。話したことはおろか、アリーナで戦ったことすらない。
中堅程度のレイヴンでは、永遠に関わることなど無いだろうと思っていたぐらいの人間である。
それが、自分の力を必要としている。そう考えるだけで、何となく気分が高揚してしまう。
「……待てよ……今『レイヴンによる秩序の創出』と言ったか?」
何やら不穏そうな言葉が――そもそも統治機関に牙を向く時点で不穏なのだが。
ともかく、レイヴンによる秩序の創出などと言われてもいいイメージは湧いて来ない。
単純な話、レイヴンの世界を築くという事なのか。それともまた別な何かがあるのか。
いずれにせよ、彼に言える事はこれだけだった。
「……悪いが興味無いね」
ゆっくりと体の軸を回転させ、ベッドから足を出す。自分の靴は、しっかりとそこに置かれていた。
立ち上がるときに、ほんの少し視界が歪む。だがそれもすぐ止まり、今まで眠っていたのが嘘のようにしっかりと立てた。
「戦闘開始まで4ヶ月の猶予はあるんだろう?」
すぐ近くの椅子に掛けてあったジャケットを羽織り、新しいコーヒーを淹れるジャックに問う。
いつの間に現れたのかわからないが、一人白衣を着た男がいるのに気付く。恐らくはここの医師なのだろう。
「あぁ。その間に、リサーチャーやオペレーターを雇っておくことを推奨するよ。
君もレイヴンなら、自然に戦いに巻き込まれることになるだろうからな……。
事前に準備しておいた方がいいぞ。私たちが宣戦布告すれば、休んでいる余裕は無くなるからな」
「心得ておくよ」
近場にあった鏡で、二ヶ月ぶりの自分の顔を拝んでおく。
――眠ったままでは二ヶ月経ったことも実感が無いのだが。
どことなくやつれた気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。
「ところで」
鏡から目を離すと、淹れ終わったコーヒーを啜るジャックがいた。
美味そうな芳香が、一瞬脳を支配した。すぐに欲を振り払い、本題へと戻す。
「俺のACはどうなってる?」
レイヴンとして、まず気にかかる問題。自分の愛機は自分の分身、と彼はいつも言っていた。
「かなりボロボロだったからな……特にブースターは二度と使い物にならない。
だが、とりあえず修復可能なものは修復してガレージに保管している。案内しよう」
カップを置いて立ち上がるジャック。それを見て「ありがたい」と短く返す。
とりあえず、ACが無事ならば何とかなるだろう。レイヴンにとってACほど大事なものは無い。
ガレージへ続く肌寒い道を、あのジャック・Oと歩きながら考える。
頭に描くのは、おぼろげな未来と、おぼろげな過去。
アライアンス……そしてバーテックス。
自分はその両者の間でどう生きていくのだろう。
自分はその両者の間でどう生きていくのだろう。
『敵が脱出を図っているわ。領域を離脱される前に、必ず撃破して』
大人びて、冷静な声が響く。我ながらいい人選だと思った。
「了解した」
始まりの鐘は、とても鐘とは思えないような電子音だった。
大人びて、冷静な声が響く。我ながらいい人選だと思った。
「了解した」
始まりの鐘は、とても鐘とは思えないような電子音だった。
『メインシステム、戦闘モード――起動します』